加古川心筋梗塞訴訟(加古川市民病院事件)

  事件番号 終局 司法過誤度 資料
一審神戸地裁 平成17年(ワ)第867号 判決平成19年4月10日
(確定)
判決文
追加コメント
記録閲覧メモ

 加古川市民病院の救急担当医が,心筋梗塞を発症していた患者を,治療可能な施設に転送するのが遅かったとして有責認定され,全国の救急担当医を震撼させた事件です。インターネット上などでは,裁判の中では担当医本人すら主張していない"怪情報"を,さも公然の秘密であるかのような前提として,医療関係者が判決を批判していることについて兵庫医療問題研究会から声明が出されるなど,様々な問題を孕んでいると考えられます。

 しかし,そのような"怪情報"を抜きにしても,この判決が異常な判決であることは,判決文を読めば明白です。その最大の理由を以下に示します。

 判決文の 理由第1の3には,

(3) 再灌流療法導入以前の院内死亡率は20パーセントであったのに対し,導入後は10パーセント又は5パーセント前後へと減少しているとされる。

と記されています。これを図にすると以下のようになります。

再灌流療法なし
  死亡(20%) 再灌流療法がなくても助かる(80%)  
 
再灌流療法あり
  死亡 再灌流療法がなくても助かる(80%)  
(10~5%) *再灌流療法の恩恵を受けて助かる人(10~15%)

 そして,この事件の患者Aは,再灌流療法を受けずに死亡したのですから,20%の中に入った,つまり100人中の20人のうちに入ってしまったということになります。これがもし再灌流療法を受けていても死亡率は10%または5%なのですから,100人中10人ないし5人は死亡していたことになります。そうすると,再灌流療法を受けずに亡くなった20人のうち,再灌流療法を受けたとしても10人ないし5人はどのみち亡くなったということになります。これを確率であらわすと,患者Aが再灌流療法を受けていても50%ないし25%の確率で,どのみち亡くなっていたということになります。逆に言えば,患者Aが再灌流療法を受けたとした場合の救命可能性は50%ないし75%であった,ということになります。したがって,患者Aが再灌流療法を受けることができたとしても,80%程度の「高度の蓋然性」を要求されると考えられている,民事訴訟における因果関係の認定基準を満たさないことになります。

 以上のように簡単な算数計算をしてみると,この判決が述べている

本件注意義務が果たされていたならば,Aは,併発する心室細動で死亡することはなく,無事,再灌流療法(PCI)を受けることができ,90パーセント程度の確率で生存していたと推認することができる

とした部分は,明らかに誤りであることがわかります。この判決には,医師に対する注意義務違反認定などについても,異常に厳しいのではないかと考えられる面もあるのですが,それ以前の法的判断がそもそも不当なのです。2年もかけた裁判で,このような判決を左右する重要な基礎的判断をきちんとできないような裁判官が,高度の専門的判断を要求される救急現場の過失を厳しく認定する事態には,失笑を禁じ得ないというものです。もしかしたら, なんとかして患者側に大きな賠償金を与えようと,無理をして過失と因果関係を認定したものなのではないかとすら,勘繰ってしまいます。

 また,このような不当な判決に対して控訴もしないような自治体や,このようなそもそも異常な判決をさも「正当な判決」であるかのように主張し,別の問題にすり替えて「対立を煽る」などと批判する兵庫医療問題研究会のような団体が存在する地域では,医師が自分の努力が報われないと考えて,逃散して行ったとしても止むを得ないと思います。

追記(主として法律家の方へ)

 判決文を読むと,被告側は上記に関する主張をしていることがわかります。「請求原因に対する認否及び反論4(4)」で,

急性心筋梗塞の致死率は高く,専門施設に収容されたことによる死亡率の改善も僅かであるから,本件において,転送が実現し,専門病院における治療がされたとしても,Aが救命できたかは大いに疑問である。
とした部分です。そしてそれは先述のとおり判決を左右する重要な主張なのですが,そのような主張に対して裁判所はなんら判断を示していませんから,これでは審理不十分の謗りを免れないでしょう。さらに議論するならば,そもそも患者Aが受けた治療が「再灌流療法なしで80%助かるような治療だったか」という点について検討が必要だということにもなりますが, 私の周りの循環器内科の医師によれば,事実経過で心房細動に対する電気的除細動がなされなかったという点を斟酌しても,なお80%助かる治療から程遠かったとまではならず,むしろそれでも80%は助かる治療と考えて差し支えない,ということのようです。いずれにしても判決を左右する可能性を孕む被告側主張に対して,審理が尽くされていないことは明白なので,これを「正当な判決」などとする兵庫医療問題研究会の主張には理由がありません。

平成21年6月10日記す。平成21年6月13日,軽微な修正および冒頭に簡単な説明の追加。平成21年6月22日,図と追記を追加。平成21年7月21日,軽微な修正。

平成21年12月14日,本件の裁判記録閲覧をした上で,より強力な追加コメントを掲載しました。


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