ウサギのダンス 松浦寿輝

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 にんげんとりわけ女と禿頭の男を避ける季節がつづいた 悪が輝く冬の内部を歩いては 乾いたちいさなものやむごたらしいものに目をとめ 枯れた水の過去や骨だらけのしかばねについて瞑想する日々がつづいた さてどうだろう なまぐさい魚ややぶれた葉にこだわることをもうやめて あざむく白紙のまどろみをのがれ そろそろ戻っていってもよい時期だ フワフワしたもの ピョンピョンしたものの方へ ピクピクふるえたり クルクルまわるものの方へ いまひとつ別の種類のなまぐささの方へ

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 ルンルンちぢんだり キオルンキオルン クワッカクワッカのびたりするとてもすてきな アヒルウサギ ネコウサギ 身をよせあい 甘えるようにケンケンひくくいななきながら巣穴を掘ろうとするが 床板はかたいからたちまち爪がすりへってしまう しかたがないぼやけた視界に身をさらすことにしよう 平面上に斜線のように増えはじめる分身たちを湿った窖に隠すことはあきらめよう さいわいにんげんが密通のために利用する寝室の片隅はうすぐらい 毛と毛をこすりあわせるには絶好だ ニャーニャーくびをならし キリリキリリとみっつにわれたくちびるを噛みあうもの 鏡と表皮を奪いあうもの たとえばそんなもののようににんげんも性をいとなむから つかのま重い螺旋の雨に濡れるみだらな息づかいがかさなりあう クルルルルクルルルル 黴くさい 眼の ざわめき 名前(液体がしたたる)と官能(液体をすいこむ)を黒檀の机の下でとりかえあおう 碧海の入江の浜の砂で背中を洗っていた遠い祖先に比べれば あまりにもうさぎられた うさがれた光景だ つらぬかれる寒さ ブラインドの細い隙間から差しこむ月の光 たおれた水差し したたりやまぬ汚れた血 だが足跡はまばらだ テンテン テンテンテン トリウサギならばパタパタロンロン耳をふり ユルルンユルルンとのぼってゆく ウサギコウモリならば耳をたたんで目をとじ えぐられたいにしえの王国の運命へ向って 痩せた冬の睫毛の翼をひろげる 生まれたばかりのひとはらの仔ウサギにかまけることなく ソソラソラソラ番(つがい)ではねる ウサギウサギ 何を見てはねるまわるすべる おしひしぎふきぬけうづくまる 踊りというよりはむしろ<存在するもの>の <存在すること>の痙攣のようなもの とまらないにがいおくびのようなもの フクロの中の仔フクロウサギはフクロを有つ別のいきものを孕むもう一匹の仔フクロウサギをフクロの中に飼い なまあたたかいしずかな時間のなかに溶けてしまいたいと考える タルラルラリランタリラリラン ラリラリリンロンルンルンルン 水ぎわで踊るウサギでないものたちのユラリユラリとゆらめく影 まんまるお月さま おお足は丸みを帯び 手はものをつかめるようになった おお繊細な性器は狭くふかく燐光でかたどられ 瞳は潮のようにながれたゆたい 何も見ないでいることができるようになった ウサギルンルン ルンルンウサギ

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 ところが雨季もはじまらぬうちに ふしぎなことだ 柔毛につつまれたにんげんの巣がジトジト湿りだし 腋窩にも触れる気がしなくなる フワフワしたものはビッショリ濡れそぼち ピョンピョンしたものはグタリとのびきって しだいに藁や灰汁のようににおってくる フクロカイガラムシやニセマイマイカブリがあとからあとから死んでゆくあのかわいた悪い季節がなつかしい 情熱や吃音や告解をはじきかえすはりつめた冷気がなつかしい 結局はこれもまた不具のいきものでしかなかったヒトウサギ もうにんげんの方へ戻ることもできず 細かな傷を星のようにちりばめ 血の色の苦痛のなかで身をひきずるヒトウサギ やがて這うことさえできなくなる 「生きているうちに 自分の腐臭を嗅がなければならないとは!」 タラッタラッタラッタラッタラッタラッタラッタラッタラッタラッタラッタラッタラッタラッタラッタラッタ