Morris.1999年読書録

1999年にMorris.はこんな本を読みました。
タイトル、著者名の後の星印は、Morris.独断による、評点です。
★20点、☆5点
セル色の意味 イチ押し(^o^) おすすめ(^。^) とほほ(+_+)
■【江戸川柳の謎解き 】室山源三郎  ■【もてない男−恋愛論を超えて 】小谷野敦 ■【誘惑料理−食べるエッセイ 】魚柄仁之助 ■【流沙の塔 】船戸与一
■【鳥頭紀行ぜんぶ 】西原理恵子  ■【獏さんがゆく 】茨木のり子 ■【露伴の俳話 】高木卓 
■【虹龍異聞 】湊谷夢吉
■【人生の叡智 】谷沢永一 ■【タイラオスベトナム酒紀行! 】江口まゆみ文、小のもとこ絵 ■【天啓の器 】笠井潔 ■【海外個人旅行術 】東京海外旅行研究会
■【免疫学個人授業 】生徒:南伸坊 先生:多田富雄 ■【重箱のすみ 】金井美恵子 ■【正露丸のラッパ−クスリの国の図像学 】田中聡 ■【釉がわかる本 】手島敦
■【マレーシアかれいどすこおぷ 】櫻田政秋 葭原麻衣 ■【ガロを築いた人々 】権藤晋 ■【メナムの河の流れ 】愛田紀章 ■【仙人の壷 】南伸坊
■【レディ・ジョーカー 】高村薫 ■【夜光虫 】馳星周 ■【Tバック戦争 】E.L.カニグズバーグ 小島希里訳 ■【江戸俳句夜話 】復本一郎
■【日韓唱歌の源流 】安田寛 ■【昭和生活なつかし図鑑 】太陽編集部編 ■【ポーランドゆき 番外編おなか ほっぺ おしり) 】伊藤比呂美+西成彦 ■【奥の横道 】赤瀬川原平
■【古本めぐりはやめられない 】岡崎武志 ■【パソコンを鍛える 】岩谷宏 ■【カネに死ぬな掟に生きろ 】宮崎学 ■【バンコクのホント 】下川裕二編
■【恨ミシュラン2 】西原理恵子 神足裕二 ■【豪雨の前兆 】関川夏央 ■【うまひゃひゃさぬきうどん 】さとなお ■【俳諧辻詩集 】辻征夫
■【1億人の漫画連鎖コミックリンク 】ダ・ヴィンチ編集部編 ■【月刊広告批評99年6,7月号 ■【博士と狂人−世界最高の辞書OEDの誕生秘話 】サイモン・ウィンチェスター鈴木主税訳 ■【スイングジャーナル青春録[大阪編]】 中山康樹
■【何が何だか 】ナンシー関 ■【グランドミステリー 】奥泉光 ■【氷の森 】大沢在昌 ■【皇帝のために 】李文烈 安宇植訳
■【続々東京トホホ会 】金井哲夫、秋元きつね ■【ガーデニングってやつは� 】田島みるく ■【海燕ホテル・ブルー 】船戸与一 ■【テロリストのパラソル 】藤原伊織
■【歌枕伝説 】荒俣宏 ■【逃亡 】帚木蓬生 ■【突破者の本音−残滓の思想 】宮崎学、鈴木邦男 ■【アジア旅人 】金子光晴+横山良一
■【日本フォーク私的大全 】なぎら健壱 ■【買ってはいけない 】週刊金曜日別冊 ■【groovy book review 】blues interactions,inc ■【曲者天国 】中野翠
■【あしたかげろうの旅 】志水辰夫 ■【和菓子屋の息子 】小林信彦 ■【それぞれの情況 】五味太郎 ■【リップクリーム 】観月ありさ
■【ちびくろサンボよすこやかによみがえれ 灘本昌久 ■【老人力 】赤瀬川原平 ■【そろえて楽しむキッチングッズ 】矢野直美 ■【地獄への道はアホな正義で埋まっとる 】宮崎学
■【上野介の忠臣蔵 】清水義範 ■【「酒のない人生」をはじめる方法−アルコール依存症<回復ノート> 】アルコール問題全国市民協会(ASK)編 ■【20世紀をつくった日用品 ゼム・クリップからプレハブまで 】柏木博 ■【DVD-RAM革命 】麻倉怜士
■【昭和40年代 思い出鑑定団� 】串間努 ■【喜娘(きじょう) 】梓澤要 ■【オタクの迷い道 】岡田斗司男 ■【新種の花図鑑 】別冊家庭画報
■【サイレント・マイノリティ 】塩野七生 ■【机上の一群 】向井敏 ■【アジアの旅20カ国ガイド 】下川裕治 ■【遊びとジョーク 】松田道弘
■【阿修羅 】梓澤要 ■【歴史上の本人 】南伸坊 ■【百枚の定家 】梓澤要 ■【戦中派不戦日記 】山田風太郎
■【カリスマ 中内功とダイエーの戦後 】佐野眞一 ■【帽子の運命 】今江祥智 ■【岸和田少年愚連隊 望郷編 】中場利一 ■【セバスチャン 】松浦英理子
■【優しい去勢のために 】松浦理英子 ■【美しく生きる−中原淳一その美学と仕事 ■【詩集 塵芥 】金子光晴 ■【血と骨 】梁石日
■【しゃべる唯幻論者 】岸田秀対談集 ■【菊地君の本屋−ヴィレッジヴァンガード物語 】永江朗 ■【追跡者の血統 】大沢在昌 ■【罪と罰−ナニワ人生学 】青木雄二
■【新星十人−現代短歌ニューウェーブ ■【軽いめまい 】金井美恵子 ■【男もの女もの 】丸谷才一 ■【引越ー日本の名随筆 】中村武志編
■【時代人の詩 】生田春月 ■【江戸っ子だってねえ−−浪曲師廣澤虎造一代記 】吉川潮 ■【プラトン学園 】奥泉光 ■【日本のレトリック 】尼ケ崎彬
■【漣健児と60年代ポップス 】高護監修 ■【猪八戒の大冒険 】武田雅哉 ■【コードネームはかくや姫 】花房孝典 ■【マルチェロ物語 】樹なつみ
■【バナールな現象 】奥泉光 ■【葦と百合 】奥泉光 ■【ブッタとシッタカブッタ 】小泉吉宏 ■【せどり男爵数奇譚 】梶山季之
■【電脳文化と漢字のゆくえ 】吉目木晴彦、池澤夏樹、加藤弘一他 ■【「言語」の構築・小倉進平と植民地朝鮮 】安田敏朗 ■【ガン・ロッカーのある書斎 】稲見一良 ■【国家と犯罪 】船戸与一
■【何用あって月世界へ 山本夏彦名言集 】植田康夫編 ■【明治流星雨 】■【不機嫌亭漱石】関川夏央・谷口ジロー ■【百人一句 】高橋睦郎 ■【蕪村の風影 】寺久保友哉
■【蛇を殺す夜 】奥泉光 ■【作家になるパソコン術 】松本侑子 ■【体にいい寄生虫 】藤田紘一郎 ■【浪花節繁盛記 】大西信行
■【絶対音感 】最相葉月 ■【霊廟 】E・M・エンツェンスベルガー、野村修訳 ■【私の舞踏手帖 】淀川長治 ■【 】奥泉光
■【こいびとになってくださいますか 】大西泰世 ■【似顔絵物語 】和田誠 ■【宙を舞う 】郭早苗 ■【子供より古書が大事と思いたい 】鹿島茂
■【韓国歌謡現在形 】友野康海 ■【和更紗紋様図鑑 】吉岡幸雄編 ■【日本の藍 】吉岡幸雄監修 ■【縮緬変化 】大谷みやこ
■【千代紙 ■【ブリキのおもちゃ ■【人形・うつし絵・着せかえ・ぬり絵 ■【明治の輸出工芸図案 】樋田豊次郎
■【蔵書票の魅力 】樋田直人 ■【古書無月譚 】尾形界而 ■【新・バンコク探検 】下川裕治 ■【歌集 赤光 】齊藤茂吉
■【家紋の話 】泡坂妻夫 ■【盲目の鴉 】土屋隆夫 ■【人はなぜ道に迷うか 】山口裕一 ■【群衆の悪魔 】笠井潔
■【カラオケ、海を渡る 】大竹昭子 ■【名古屋のモダニズム 】INAXギャラリー ■【魔法としての言葉 】金関寿夫 ■【雑書放蕩記 】谷沢永一
■【北の詩人 】松本清張 ■【たびびと 】立原正秋 ■【歌集 青童子 】前登志夫 ■【『吾輩は猫である』殺人事件 】奥泉光
■【見知らぬ妻へ 】浅田次郎 ■【春秋の花 】大西巨人 ■【遊民爺さん 】小沢章友 ■【遊民爺さん、パリへ行く 】小沢章友
■【大正末〜昭和20年代 日本の広告マッチラベル 】三好一 ■【シルクロードの印章 】小田玉瑛 ■【詩人まどみちお 】佐藤通雅 ■【風濤 】井上靖
■【戰時広告図鑑 】町田忍■【型録・ちょっと昔の生活雑貨】林丈二 ■【'98国際おたく大学 】田斗司夫編 ■【粋判官 】谷沢永一 ■【閑吟集を読む 】馬場あき子
■【静かな自裁 】飯尾憲士 ■【解剖學個人授業 】養老孟司・南伸坊 ■【不逞者 】宮崎学■【突破者の条件】宮崎学  ■【ぞうのミミカキ 】まどみちお
■【川柳のエロティシズム 】下山弘 ■【詩とは何か 】嶋岡晟  ■【牧野植物図鑑の謎】 俵浩三
 


江戸川柳の謎解き】室山源三郎 ★★★★ 川柳はわりと苦手の方なのだ。特に現代川柳はもうはなから見る気も起きない。ただ古いものの中には好きなものもある。一番好きなのは後句付けの「武玉川」に尽きる。それにしても川柳は言葉の遊びだけに、今となっては理解不能のものも多い。いや大半がわからないと言うのが近いだろう。本書はそれを逆手に取って、川柳をパズルやクイズと見なしてその謎解きを行うもので、類書は数多くあるものの、本書の解説のねんごろなことは、基礎的知識に欠けるMorris.にはとても有りがたかった。おざなりの解でなく、史料や参考文献も揚げて、手抜きの無い文は考証随筆としても読めるし、とにかく、目からうろこのネタがごろごろ転がっている。現代教養文庫の1冊だが、この文庫の江戸文学解説書には見るものが多い。
本書中、Morris.がチェックした、元句とヒントのみならべてみる
・れてゐてもれぬふりをしてられたがり(「惚」
・十七と十四の間へ花見寝る(人麻呂の歌「ほのぼのと--」) ・山が舐め川が噛みつけ嫁難儀(昔話) ・可愛い坊さんだよなうと花の朝(てるてる坊主) ・宵に鷹飲んで雀の声を聞き(鷹の爪=宇治銘茶) ・起きてゐる間もないほどに流行るなり(売れっ子遊女) ・村酒屋軒へ天狗の巣をつるし(杉玉) ・壬生おどり九十九人はただ見せず(壬生忠見)
・女房は駕籠で帰って叱られる(練れない)
・朝よりは一字少なく鉦を打ち(南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経)
・楚の国で酢をひとしきり買い切らし(楚王細腰を好む)
・七草は源氏平家は十五日(白粥と小豆粥)

もてない男−恋愛論を超えて】小谷野敦 ★★★★Morris.のために書かれたのではないかと思わせる(^○^)本書の題名見ただけで、迷わず借りてきた。筆者は62年生まれで東大からカナダの大学にも留学したという、結構かっこよさそうな経歴だけど、やっぱりもてないのは事実らしく、Morris.は大いに共感を覚えた。恋愛至上主義の今の世の中で「もてない男」は存在価値すらないように扱われることに異議申立てを述べるとともに、理想が高いがゆえに、挫折を繰り返す筆者が、開き直って、小説や漫画を引用して恋愛そのものへの疑義を提出しながら、結構面白おかしく本音を吐露してるところなんか、Morris.には感動的ですらあった。名香智子の「パートナー」の引用が多かったのもおかしかった。でもまあ、はっきり言えば筆者はオナニストなわけで、ぜひ、ダン松本の名曲「オナニーボーイ」を聞いてもらいたいなあ。メールアドレスも載ってたので後で歌詞だけでも送ることにしよう(^。^)

[オナニーBOY] 作詞 ダン松本 曲=ダニーボーイ

オー、ナニーBOY いつもチンポ握り
ひとりでやる方が気持ちいい
オー、ナニーBOY 今日は何使う
裏本ビデオももう飽きた
いるのは 空想と右手だけ
嫁はん寝たか確かめて
風呂場でシャワーを浴びながら
オー、ナニーBOY 今日も満足


誘惑料理−食べるエッセイ】魚柄仁之助 ★★★☆☆毎度のように言ってることだが、いわゆるグルメとは対極にいるMorris.だがもともとは料理本見るのは好きだった。吉田健一や丸谷才一のように、ひたすら美味しいものを食べまくっては、その「うまさ」を文章に定着する料理エッセイ。ひたすら実用に徹した料理指導書。その両方を合わせたミックスもの。当然本書はおしまいの類に属する。この手のものは往々にしてどっちつかずになったり、バランス悪かったり、ひどい時は読んで面白くなく、実用にも心もとなかったりする。というところで、本書は、両方共にMorris.の評価が○だった。アサ芸連載だったので、軟派を装って、48人の女性のために作った料理と作者とのいきさつが面白おかしく語られているのだが、これが博多弁まじりのくだた文体で嫌みなく、それでいて、料理の手順、こつ、ポイント、下拵えから、栄養面にまで気を配って紹介されている。Morris.にとって嬉しいことに、高級志向ではなく、あくまでB級、C級グルメのレベルで、当然材料費も安上がり、調理も手軽なものが多く、約60種(一つのエッセイに複数のメニューのものもあり)の、レシピのう4分の1くらいは、Morris.も実際に作ってみたくなりそうなものだった。これはかなり高い打率だ。昨年出た本だが、作者はすでに10冊以上の著書を持つそうなのだが、これまでなんで、読まずにいたのか。もったいない。以前本屋で「うおつか流台所リストラ術」というのを見かけて、面白そうだけど、ウオッカなんて日本人ののむもんじゃないよな、と、手に取らず終いだったのが、今思うと、彼の出世作だったらしい。「うおつか」は酒でなく、彼の苗字(本名かどうかは知らないが)だったんだね(^_^;)
ちゃんと各メニュー、イラスト付きで手順を説明してあるが、イラストなしでも充分通用するくらいにわかりやすい。Morris.のことだから、このメニューを選んで引用しておく。

あばれコンニャク
1.コンニャクを一口大に手でちぎり、鉄鍋に入れる。(ステンレス鍋はOK、アルミやホーローは避ける)
2.お玉1杯の酒をかけてすぐふたをする
3.ジュウジュウしている鍋に洋食さじ2杯くらいの味噌を入れ、さっとかき混ぜふたをする
4.ころあいを見てショウガをすりおろし、混ぜ合わせながら煮詰める
5.最後に刻み葱と七味トウガラシを加えたら出来上がり


流沙の塔】船戸与一 ★★★☆横浜の客家の養子として育てられた主人公がロシア女性の殺人事件解明のため中国に送られ、いつのまにかタクラマカン砂漠ウイグル自治省でアフガニスタンからのヘロイン輸送車強奪作戦に巻き込まれると言う、作者お得意の国際謀略ものだが、さすがと思わせる情報量の多さと精確さ、登場人物の性格描写、ストーリーテリングのうまさが随所に見られ、上下2巻の長さもほとんど感じさせない手に汗握る冒険小説で、中国の抱えている政治的、経済的問題や周辺少数民族自治区の絶望的状況、共産党、革命党、原理主義者の腐敗など抉るように書き込まれている。94年9月から翌年いっぱい週刊朝日に連載されたもので、時代設定は97年。つまり近未来物だったのが、単行本化されたのが98年。、まり現在では近過去の物語となっている。現実的な齟齬を感じさせない(加筆訂正があったかわからないが)のは、船戸の情勢を見る目がその場限りではなく、これまでの全世界方位の取材に裏打ちされているためだろう。先に主人公と書いたが、本作品には他にも主役クラスの登場人物が複数いるし、脇役たちも、ウルグイに住みついた謎の日本人老人、中国公安部の女性幹部など、曲者ぞろいだ。しかしデッドエンドのあわただしさと、救いの無い虚無感は、読み終えてやはり殺伐としたものが残る。フィクションならばこそ、何か希望の種子らしいものでも残しておいて欲しい、と、思うのもMorris.の感傷なのだろうか。


鳥頭紀行ぜんぶ】西原理恵子 ★★★★ 多分これは再読と思うのだけど、やっぱり引き込まれてしまった。オールカラー紀行漫画に数編附録につけて110ページ。タイトルに「ぜんぶ」とあるが、このあとに「ジャングル編」という強烈な奴が出ている。Morris.はこちらを先に読んで悶死した(^_^;)記憶がある。「まあじゃんほうろうき」の頃からうすうす感じてはいたが、西原こそは、戦後無頼派作家の正当な後継者に違いない。ほとんど自殺行為とも言える、暴露、暴言、暴飲暴食、我侭、無責任、責任転嫁、居直り、逃避、傲慢、下劣、卑劣、差別、弱いものいじめ...すべてをあからさまに描きながら、品がある。まさに 漫画界の貴腐ワインと称すべき存在だよなあ。


獏さんがゆく】茨木のり子 ★★★★彼についていくらかでも知ってる人なら何も説明する必要はないし、知らない人にはぜひその詩を知って欲しい詩人が、山之口獏である。高田渡のレパートリー「生活の柄」の作者と言えばわかる人がいるかもしれない。
本書は30年も前に出された「うたの心に生きた人々」を4分冊にして、ハードカバー文庫本として再刊したものだが、筆者の対象に寄せる愛情があふれているいい文章だ。原書に取り上げられている他の三人(与謝野晶子、高村光太郎、金子光晴)も、それぞれ同じ形態で出されているらしい。沖縄生まれで、貧乏で、結婚したがりで、完全主義者(自作詩に関して)で、寡作で、詩壇とは縁の無いところで自分だけの世界を構築した詩人、山之口獏を最初に知ったのは、友人金子光晴の文章からだったが、当時光晴に心酔していたMorris.は、それほど獏さんの詩を評価していなかった。それなりに魅力は感じていたのだが、いわゆるライトヴァースと見ていたのだ。しかし時を経る毎に、彼の詩は重みを増していった。そして今では獏さんの詩は、Morris.の心の本棚の一番いいところに位置を占めている。200編ほどしか残されていない彼の詩だが、時代を超えて生き延びるだろう。全然読書録になっていない。と思う(^_^;)

「石」−−−−山之口獏

季節季節が素通りする
来るかと思って見ていると
来るかのようにみせかけながら

僕がいるかわりにというように
街角には誰もいない

徒労にまみれて坐っていると
これでも生きているのかとおもうんだが
季節季節が素通りする
まるで生き過ぎるんだというかのように

いつみてもここにいるのは僕なのか
着ている現実
見返れば
僕はあの頃からの浮浪人


露伴の俳話】高木卓 ★★★★ 幸田露伴が昭和15年末から17年にかけて、身内を集めて俳句指導の会を開いた。それに参加した筆者(露伴の甥)が、露伴が死んだ翌年(昭和23年)にその時のノートを含めた「人間露伴」を出したが、その中の俳話を中心に再構成して講談社学術文庫に収めたもの。露伴の博識は、かねがね仄聞してはいたが、こと俳諧に関してもなみなみならぬこと、その一端を窺い知ることができた。身内の前での雑談という気安さから、べらんめえ口調まじりの露伴の肉声を聞いてるような気にさせてくれる、貴重な1冊だ。発句、俳諧への道標としても得るところ大なのはもちろん、とにかく露伴の博覧強記、それもいわゆる世間で言う物識りとは一線を画した高次元の学識に裏打ちされているのはすごい。時々Morris.も、人から物知りといわれたりする(すごく嫌なのだけど、それもMorris.が知ったふりをする傾向があるのが原因なのだから自業自得(>_<))が、そんなのとはぜんぜんレベルが違いすぎる。これは、一度しっかり、腰を据えて露伴を読まねばならないなあ。でもかなり手強そうだ。
本書にいくらか引かれている、露伴自身の句にはそれほど感心するものはなかった。眼高手低と言うわけでもないが、Morris.の好みとはちょっとそりが合わないということだろう。
・飛ぶ蝶々にわが俳諧の重たさよ
・葦垣をへだてず蝶のきたりけり
・ふるき湯の街の日なかを燕かな
・なで肩の錦紗をすべる春の風
おしまいのは発句ではないが、Morris.には、これが一番好ましく思える。
書き忘れるところだったが、この貴重な記録を残した喬木卓と言う人はまったく知らなかったが、実に手際よく露伴の談話をまとめているし、己を叙すること謙虚で、ただ者ではないと思ったが、後書きで、東大を経て教授となり、歴史小説で芥川賞を受賞しながら習作だからとの理由で辞退したという気骨のある人と知れた。


虹龍異聞】湊谷夢吉 ★★★☆ 夭折の漫画家湊谷夢吉を知ったのはつい最近のことで、なかなか見つからずやっと先日梅田のマンダラケで手に入れた作品集1。うーーん、水準は高いし、時代の雰囲気を実感させる作品には、感心はしたが、感激はしなかった。スーパーアクションに連載された「銀河探偵局?」とか言う作品の扉絵にぴくっときたのだが、その作品は収録されてなくて、欲求不満が残る。デザイナーらしい、整理された描線は可能性をかんじさせるし、主人公の衒学的でノンシャランなところは、久生十蘭あたりの影響があるのだろうか?機会があれば他の作品も読んでみたい。


人生の叡智】谷沢永一 ★★★ 26人の「忘れ得ぬ人々」へのオマージュやらお追従やら、顕彰やら、長いのや、短いのや、書かれた年代も古いのや新しいのや、一人に付き一編から数編にわたるものまでの、ごった煮状態なのも、谷沢の著作の中からパッチワークした一冊なのだから仕方がない。それでも中の数人への贔屓ぶりには共感を覚えた。たとえば、森銑三の卓見(西鶴の真筆は一代男のみと言う)に学会がいかに無視したかとか、木村毅の明治文化の総括的著作の意義とか、文筆家石橋湛山の魅力とか、特に以前「銀花」に掲載された宮武外骨論は、ブームになる前にいち早く、実に手際良く外骨の全体像を描いたものとして懐かしく読んだ。姿勢、文体にムラがあるのも、こういった作ではやむをえないが、タイトルは自分の名前に掛けているのだろうか?そうだとしたら、なかなか茶目っけもあるぞ谷沢の叡智(^。^)


牧野植物図鑑の謎】俵浩三 ★★ タイトルにつられて借りてしまった。「明治から大正、昭和にかけて次々と植物図鑑を作り出した天才植物学者牧野富太郎。(彼には)村越三千男という競争相手がいた。村越との葛藤を軸に、牧野のユニークな人間像と植物図鑑の黎明期に起きたドラマを描き出す。」との煽り文句もMorris.を興奮させてくれる。興味津々で読み始めたのだが...これは看板に偽りあり、羊頭を掲げて狗肉を売るの、誇大広告ではなかろうか。その前に文章がなっていないぞ。特にイントロがひどい。出版史的な中間部分は、知らなかった植物図鑑の歴史などもあり、それなりに興味を覚えたりしたのだが、謎そのものが、「謎」という言葉を使うのすらおこがましいくらいの些事ばかりで、ちょっとがっかりだ。Morris.は牧野富太郎の図鑑は小型のものしか持ってないが、その図版(もちろん牧野画)見ただけで、ファンになってるし、所々に添えられた写真とその説明にも好感しかもてなかったので、重箱の隅を突つくような牧野批判(にもなっていないが)自体が気に食わなかったのかもしれない。


タイラオスベトナム酒紀行!】江口まゆみ文、小のもとこ絵 ★★★☆ タイトルと作者たち見ればわかる通り、東南アジア三カ国の女性による酒紀行イラスト付きだ。二人は大学の先輩後輩で、30前後の女盛り??らしいが、ほとんど女子大生のノリで、大胆かつおおらかに酒を飲みまくり、地酒を作る噂を聞いてタイやラオスの辺地まで出かけていくし、ほとんど言葉できないくせに、何とかコミュニケートしていくし、文も絵もすごくうまくはないが、そこそこ読ませる、見せるで、この、ほどほど感が結構心地良い。しかも奥付の写真(白黒で小さい小さい)見るとなかなか可愛そうだ(可哀そうではない)。こんな娘らとならMorris.も楽しく飲めるよなあ(って、いつも飲んでるんだけど)と思ってしまった。二人とも、本当に酒好きらしいことが端々から読み取れるし、その飲みっぷりも悪くない。基本的に貧乏性らしいところも共感をおぼえると、誉めまくってるが、こんな本読むより、やっぱ、実践したいよなあ。来年はマレー半島横断の旅だあ!!


天啓の器】笠井潔 ★★★☆☆☆「虚無への供物」(作中では「ザ ヒヌマ マーダー」)を巡る複雑にからまった、アンチミステリーの大作と言うことになるのだろう。実名の作家が複数登場するし、笠井自身ももちろん変名で出てくるし、かなりの意欲作ということは認めよう。500ページを超える長編だが、Morris.は笠井の作品は長いほど面白いと決めているので、「哲学者の密室」には及ばないものの、そこそこ楽しめた。途中小説家と編集者が小説論を戦わせるぶぶんがあり、その中で奥泉光が引用されてて、ちょっとびっくりもし嬉しくもあった。結果的には中井(作中では中居)の作品の中で「虚無への供物」だけがあまりに突出していることと、初出時に別名で出されたことを核として、現実と創作の二重の事件を幅広い時間空間に配し、さらに複雑な血縁関係、ロシアの神秘思想家まで動員して、笠井らしい虚構を描いた点でも楽しめた。中井ファンにとっては、腹が立つ作品かもしれないし、最終部のばたばたはちょっと整理が必要かもしれない。
 


海外個人旅行術】東京海外旅行研究会 ★★☆☆ 最近は日本でもけっこう格安チケット買えるようになったし、情報誌や、インターネットなどで、情報も得やすくなった。このての本も以前のように、飛びつきたい記事はあまりなくて、それよりも世界各国の穴場やアドバイスのコラムの中でいくつか、役に立ちそうなのがあったかなというところ。


免疫学個人授業】生徒:南伸坊 先生:多田富雄 ★★★☆☆前に読んだ「解剖学個人授業」が面白かったのでこれも借りてきたのだが、これも予想以上に面白かった。「面白くてためになる」シリーズだ。第1作「生物学個人授業」も読まねば。
免疫の概念からして分かりにくいが、免疫が病気を免れるものどころか病気のもとだったり、自分という存在の分子レベルで関わるものだったり、超(スーパー)システムと言う「無目的的」な生体系の目から鱗の話だったり、まだ良く分かってない部分が多いと言うことがよくわかったり、胸腺という免疫に非常に重要な器官が研究の対象になったのが高々30年前のことだとか、結構スリリングで、やっぱり良く分からないけれど面白かった(^_^;)たとえば風邪の症状を免疫学的に分析した部分なんか、読んでるときは実に良く分かった気がして、これで、Morris.は風邪に関してはオーソリティーだ、と思ったのに、今それを説明しようとするとなーんも出てこない。それでもまあ、この本は一読の価値あり。


重箱のすみ】金井美恵子 ★★★☆ ここ数年に金井が書き散らかした雑文、エッセイなどを大まかなテーマ別に展示した一冊。もともと彼女の雑文は嫌いじゃないから、楽しく読めたんだけど、かなりムラがあるなと言うのが第一印象。他の小説家や、投稿者、学生などへの毒舌は、鋭い割に的外れな感じを受ける部分があった。映画の話はとにかく見てないのでお手上げ。あいかわらず小説を紡ぎあげることへの情念みたいなものの話しは繰り返し読んでも興味は尽きないし、「」『』の使い分けの話や、山田風太郎へのオマージュなどは共感するところ大だし、物書きと装丁者の姉妹愛にも感心するが、今回は「この世の花」と題された、花を肴にした20編ほどのコラム連作が一番面白かった。季刊「とすてむ」に数年にわたって連載されたらしい。金井らしく、ちょっとひねりの利いた短文揃いで、アネモネをルドンの目玉の花と見たり、百合への嫌悪感や、海芋への無知を臆面もなく吹聴しつつ貝芋と書けば良いという暴言まで、この人の書くものは天衣無縫を装いつつ、独特の文体とあいまって、Morris.を喜ばせてくれる。でもやっぱり、面白い方の小説(彼女の作品はMorris.に取って完全に二極化している)を読みたい。


正露丸のラッパ−クスリの国の図像学】田中聡 ★★★★いやでもなおるハラ薬「だんぐわん」
ラベル偏愛者のMorris.だから、とにかくこういったたぐいの本は点数が甘くなる傾向が有る。新書版を一回り大きくした小振りのハードカバーで装丁も洒落てて嬉しいのがカラー図版も光沢のない普通紙に印刷してあるので、古いパッケージ、ラベルの雰囲気を損なうこと無く味わえることだ。150ページくらいのうちカラー図版が16ページというのがちょっと物足りない(図版はオールカラーにしてほしかった)が、それだけに厳選されたラベルばかりで、眼福を施してもらった。売薬のおまけの紙風船(ちゃちな木版の立方体型のやつ)の写真も有り、これは殊のほか懐かしかった。それらの素晴らしいラベルの中でもMorris.がいちばん気に入ったベストオブベストが右の「弾丸」というハラ薬だ。なんたってコピーが「いやでもなおる」だもんね(^○^)しかも地球儀(地図はへんちくりん)の上に「はら 世界 平和」とならべてあるところなんか、素晴らしすぎる。先週のMorris.の腹痛もこれさえあったら、いやでも治ってただろうに(^_^;)


釉がわかる本】手島敦 ★★★★陶磁器は人並みに好きな方だと思う。生まれが有田の近くと言うこともあって、子供の頃陶器市に行った記憶もある。日本では三島手と呼ぶ、朝鮮のプンチョンサギ(粉青沙器)には魅せられている。焼き物を自分で作ろうとは思ったこともないし、これからもないだろう。この本は「やきものをつくる」シリーズの1冊なのに面白かった。これは陶磁器の上薬「釉(ゆう)」の、超初心者向けの解説書だ。著者が5人の生徒相手に、楽しく質疑応答ならびに実践しながら、化学用語を使わず、テストピースで、実際に焼きあがりの色合いを見せながら説明してあり、実にわかりやすい。Morris.は釉が、基本的に灰と粘土と長石からなると言うことすら知らなかった。色は酸化鉄や胴、コバルトなどの金属、それらの微妙な配合で色合いやテクスチャが変化する不思議。もちろん陶土、温度、時間などが複雑に組み合わさってできあがるのだから、焼き物は奥深い。と言うことがわかっただけでもこの本は有意義だった。


マレーシアかれいどすこおぷ】櫻田政秋 葭原麻衣 ★★★ 前から行って見たいと思ってたのだが、みかちゃんが赴任してから一層身近な国におもえては来たものの、何にも知らないので、入門書のつもりで借りてきた。旅行案内ではなく、食事、大衆文化、果物、暮らし全般、総花的に網羅した、タイトル通り多岐にわたるコラム集みたいな本で、それなりに楽しめた。名作「カンポンボーイ」の漫画家ラットのインタビューや、ドリアン農園探訪、B級グルメ御用達の安くて美味しい、店や屋台の紹介など、おおむね麻衣さんの記事は面白かった。櫻田の方は、駐在歴は長く、知識も幅広く深いのだが、いかんせん文章が生硬だし、面白味に欠ける。その分、住宅の選び方や、書類手続きの方法などは細かく説明してあって実用的だ。次はガイドブック探そう。


ガロを築いた人々】権藤晋 ★★★☆☆☆ 64年9月に創刊された「ガロ」に66年から4年間編集として携わりその後西冬書房を興し、書き下ろし作品集「夜行」を出している著者が70年前後の漫画家達の若い姿やエピソードを編集者ならではのインサイドレポートにしたてたもので、白土三平、水木しげる、つげ義春の三巨人を別格として、滝田ゆう、林静一、佐々木マキ、石井隆といった一癖もふた癖もあるつわものたち、さらには鈴木翁二、つげ忠男、三橋乙揶などの個性派など、懐かしさの込み上げる漫画家達の知られざる逸話をこれだけ読めただけで嬉しかった。当時の漫画マニア世界は白土のガロ派と、手塚のCOM派に大きく分かたれていて、COMの方が、ややハイカラ??で絵柄もきれいでお洒落だったような気がする。ガロは素人みたいなタッチの漫画も多く、ちょっと野暮ったいものや、暗いものが多いと言うイメージがあった。しかし、30年近くたった今、振り返って見ると(現在まで刊行されつづけられていると言うパワーを含めて)ガロこそが、日本の漫画界の底流を支えてきたのではないかと思われてくる。COMをBEATLESとすれば、ガロは言うまでもなくSTONESである。
本書には20人近くの漫画家について論じられているのだが、最終章の湊谷夢吉に興味を覚えた。87年「モーニング」に「銀河探偵局事件帖」を連載したとあるので、無名の作家ではないのだがMorris.は知らなかった。その職人肌の画風と、該博な知識、ドライなノスタルジー、ディテールにこだわるトリビアリズム、すべてが食指をそそるし、88年に38歳で夭折したというのがあまりにも惜しまれる。古本屋で探してみよう。


メナムの河の流れ】愛田紀章 ★☆ タイトルとタイでの日本人ビジネスマンの生活が書かれているようなので借りて来たのだが、なんだこれは、であった(-_-メ) 作者自身をモデルにした(名前は相田!!)海外恋愛小説らしいのだが、小説以前のでき。タイと日本合弁の広告会社に日本側の社長として赴任した主人公が妻と娘二人を日本に返した後、タイの女性と愛し合って女はアメリカで夫との離婚話を進める途中、子宮外妊娠(もちろん相手は相田さんね)で死んでしまい、主人公は悲しみをぶつけるつもりで初めて手に入れたワープロでこの小説を書いたっていうオチなんだけど、なんかなあ。それにしてもこの長さ(430ページ)に比して内容の取り止めの無さと、きたら。タイの生活に関心が無ければ途中で投げ出してるな。小説とは関係ないが、なんで、彼(主人公+作者)は、何年もタイに駐在しながらタイ語を学ぼうともしないんだろう?Morris.にはそれが一番不思議だった。


仙人の壷】南伸坊 ★★★★☆ 以前「チャイナファンタジー」という中国の怪談奇談を漫画にした彼の「絵本」が出て、Morris.はいたく感動した覚えがあるが、本書はそれを増補したもので、前の絵本より版型がちいさくなってるが、やっぱりその絵の素晴らしさには、感動してしまう。それに今回は漫画の後にそれぞれ「蛇足」と題した短いコラムが付せられていて、これがまた、いい味を出している。飄々として淡々、茫洋として達意の文章はただ者ではない、と、改めて彼の多才をことほぎたくなった。「蛇足9」に、「アルプス一万尺」のメロディで中国歴代王朝の年号を暗記する方法というのがあって、馬鹿馬鹿しくも面白いのでついつい、Morris.も唄ってしまった、けっこう難しいが、うまく行くと気持ちいいので、引用??しておこう。

殷、周、東周、春秋、戦国(インシュウトウシュウシュンジュウセンゴク)
秦、前漢、新、後漢(シンゼンカンシンゴカン)
魏、蜀、呉、西晋、東晋(ギショクゴセイシントウシン)
宋、斉、梁、陳、隋(ソウセイリョウチンズイ)
五胡十六、北魏、西魏、東魏、北周、北斉(ゴコジュウロクホクギセイギトウギホクシュウホクセイ)
隋、唐、五代十国、宋、金(ズイトウゴダイジュッコクソウキン)
南宋、元、明、清(ナンソウゲンミンシン))

デキタカナ??


レディ・ジョーカー】高村薫 ★★★このところ読書控えが少なかったのは、宴会やら腹痛のせいもあるが、高村のこの長編にてこずってたのが大きい。ベストセラーになって1年以上たった今ごろになって、やっと図書館で借りることができた。ビール会社の差別事件と裏金をネタに、競馬場で知り合った5人の男が、社長を誘拐した後、微妙な陽動作戦、ビールに異物混入などして、20億円をせしめると言うピカレスクストーリーだが、高村がそれだけの内容で満足するわけはなく、犯人側の警官と、個人的にまで関わりあう警官、誘拐された社長と幹部ら、大企業内部の複雑な事情、マスコミ、検察、政治家、総会屋それぞれに重要登場人物を配置して、それぞれを高村得意の筆致で丹念に書き込んでいくのだから、長くなるのは当たり前で、もともと長編好みのMorris.には望むところのはずなんだけど、どうにも没頭できなかった。ディテールにこだわることでリアリティを実現する。それはよくわかるし、それをやるだけの力量は認めざるを得ない。だが、しかし、もうちょっとどうにかならないものか?最後のまとめかたも、締まりが悪いし、それなりにすごそうな作品と思いながらもMorris.はあまり満足してない。これを読んで連想したのが浅田次郎の傑作「きんぴか」だった。こちらははちゃめちゃなところもあるが、面白さでは月とスッポンの差があると、思う。


夜光虫】馳星周 ★★☆☆ 日本のプロ野球で嘱望されながら故障で台湾リーグに移ったピッチャーが、八百長に染まり、さらには年下の親友を殺しその妻を寝取り、罪を重ね、血縁のやくざと、警官との抗争にまきこまれ、最後には殺し屋になってしまうと言う、簡単に言えば、ピッチャーがバッター(ヒットマン)になると言う話で、まあ、漫画だが、主人公のパボなアナーキーさが面白かった。しかし、肉親のつながりのどろどろした業の深さみたいな部分は、Morris.にはどうしても理解できない。
 


Tバック戦争】E.L.カニグズバーグ 小島希里訳 ★★★ 12歳の少女クロエが夏休みにバーナデットおばさんのところに行き仕事(海岸での軽食販売)を手伝う中で、Tバックで売り上げを伸ばす売り子の出現と、それに反対する教会や市民運動の騒ぎに巻き込まれるという、一見喜劇めいたストーリー展開と思いきや、実は結構陰鬱なトーンに彩られた、重いテーマの小説だった。ベトナム戦争当時のヒッピーコミューンの後遺症、個人と集団の相容れなさ、マスコミ、宗教団体と個人、小さな誤解の積み重なりが、心ならずも個人の傷を暴き出していくこととか、裏切りとか。Morris.は途中でちょっとめげてしまったね。カニグズバーグといえば、傑作「クローディアの秘密」に目眩めく思いをしただけに、これはいまいちかな。誠実な作品だとは思うけど---

十四歳少女の家出先は美術館道連れは弟・秘密・ミケランジェロ( 歌集「偏想曲」


江戸俳句夜話】復本一郎 ★★★☆☆ 芭蕉、蕪村、一茶という江戸の三大俳人のエピソードとその他、あまり知られていない俳人の佳句を紹介、解説したものだが、おしまいの「季語の美意識」が異常に面白かった。題詠における季語の約束事、雰囲気、作法などを古語の季語に促して解説したもので、その根拠に鬼貫の「独ごと」を中心に論をすすめているのが、鬼貫びいきのMorris.にフィットしたのだろう(^○^)
その中の菊の項
菊は、霜か花かと見まがふ朝、まち得たる心地ぞする。にほひを万花のしりへにこぼし、風に傲り霜を睨みて、をのれ顔なる風情。殿上の庭に有ては冨るがごとく、民家の園にありては、潜めるがごとし。
をひいて、
菊の花咲や石屋の石の間(あい)−−芭蕉
を、引用してあるあたり、なかなかのものである。


日韓唱歌の源流】安田寛 ★★★★韓国の唱歌や軍歌に日本の曲と同じメロディがあると言うことは知っていた。「学徒歌」が日本の鉄道唱歌だったり、日本の軍歌「敵は幾万」が「決死戦歌」という名で韓国の軍歌になっているなどは割と有名だし、この本もそれらを紹介したものと思っていたら、それ以外に、そもそも日本の唱歌のルーツが讃美歌にあることを史料を介して、実証したり、日本に無かった、三拍子が、いかに導入されていったかを、事細かに検証していくなど、興味深いエピソードが満載されていた。中でも面白かったのが、讃美歌が、実は嵌め替え可能な替え歌集の構造を持っていて、メーター(韻律)、コモンメーター(共通詩型)をキーに、チューンネームでグループ化し、組み合わせ自在な形式になってること自体が初耳で、面白かった。明治21年発行の「新撰讃美歌」34番「われらの父なるまことの神は」はNettletonというチューンネームに属し、このリズム形が、日本の唱歌の心の母になったとというくだりは、傾聴にあたいする。さらにこれが、軍歌として日本人に3拍子を根付かせ、ひいては古賀正男の「影をしたいて」「酒は涙がため息か」さらに、「星影のワルツ」などの、演歌に直接繋がると言う指摘は、当然韓国の、トロット歌謡にも直結するだけに、ポンチャッキーなMorris.にとっては、実に有意義な本だった。しかし、ソンデグヮンの大ヒット「ネパクチャ−四拍子」との関連が、今後の課題として浮かび上がってきたことも事実である(^○^)
韓国の唱歌が日帝支配下に、ほぼ完全に日本の影響下におかれたと言うことを証明した上で、1914年中国吉林省で発行された「最新唱歌集附楽典」に、朝鮮独自の唱歌が残されていることを発見し、そこから、日本人の「港」型、韓国人の「美しき天然」型嗜好傾向を明らかにしたり、と、とにかく、啓発されるところが多かった。
本書の瑕瑾をあげつらうとすれば、これだけ興味深い素材と新事実を盛り込んでる割に、構成がやや甘く、面白味を削ぐ部分があることと、人物呼称が揺れて、特定しにくいこと、余計な類型的形容が目につくことくらいか。意地悪なものいいでなく、久しぶりに好奇心を満足させる本だっただけに、次作以降を期待して、苦言を呈したのだ。


昭和生活なつかし図鑑】太陽編集部編 ★★★題名見たら内容もすべて分かる、お手軽な寄せ集め編集物だが、こちとら、懐かしい写真さえ見れば満足するのだから仕方が無い。本書に関しては、とにかくペコちゃんの懐かしい円形屋外広告板の写真を取り込みたいがだけのために借りてきたのだ。これは前にも別の雑誌で見たことがある、同じ看板なのだが、何度見ても懐かしい。って。とにかくも1000点以上の写真が掲載されてあるし、そのうちのいくらかは、ああ、昭和、というか、郷愁を呼び起こすもので、それでも、Morris.はペコちゃんのオリジン(なのか、稚拙なだけなのか?)にだけ、大きく心の針を振幅させるのだった。(ナンダコリャ(^_^;))昔のペコちゃn


ポーランドゆき 番外編おなか ほっぺ おしり)】伊藤比呂美+西成彦 ★★★ 詩人伊藤とその旦那(ポーランド研究家?)との、ポーランドでの育児日記である。たぶん伊藤自身が書いていると思う、子供のイラストが、変に可愛くて(けっこう不細工で下手なのに、妙にリアルで、やっぱり可愛い??)借りてきたのだが、ポーランドと言うスラブ系の国で、異端者としての暮らし中で、たくましく、元気に、のんきに、時に怒ったりしながらの日常が生き生き描写されていて面白かった。言葉との関わりで、子供たちがポーランド語をいやいやながらも身に付けていき、日本に帰って、「ポーランド語きらい」という場面も納得できた。ポーランド語で「うんこ」のことを「クッパ」っていうんだぞ(^_^;)


奥の細道】赤瀬川原平 ★★★ 「老人力」の「ライカ同盟」の「トマソン」の「贋千円札」の「路上観察学会」の「芥川賞」の著者(ずっと、のりのりだね(^。^))が、日経に連載してた写真コラムをまとめたもの。ほとんどライカで写したとおぼしい、モノクロ写真が、やっぱりいい味出してる。もう素人の域は越えてるけど、決して写真家ではない彼の写真は、対象を見つける目が六部、あとは運かな??カメラとは縁遠くなった(TIARAを壊したのが痛い(>_<))Morris.だが、一度はちゃんとしたカメラでこんなかっちりした白黒写真を撮ってみたい。


古本めぐりはやめられない】岡崎武志 ★★★ もとよりMorris.も古本大好きで、古本屋に行くのはもちろん、古本に関する本、古書店主の本、古本マニアの本も結構良く読んでいるのだが、本書は均一台を中心に、雑本、文庫本などから、少々汚くても自分の興味にあった本を買いあさるという、実にMorris.と良く似た志向のものだったので、大いに共感を覚えて読んでしまった。というのも、これは三宮に出るつもりで六甲道駅まで来て、ちょっと立ち寄った灘図書館の書架で目に付いたので、そのままソファで、読み終えて、そのソファでこの一文を打っているという次第(^_^;) 子供時代は大坂で、千林の5軒の古本屋を回り出したのがきっかけとのこと、千林ならMorris.も20年以上前近くに住んでたことがあって、たしかに安い古本屋がそろっていたなと懐かしくもなった。現在筆者は東京でフリーの神保町ライター、編集者やってるので、いきおい東京の古本屋中心だが、均一台の中から掘り起こした本の紹介なんか、Morris.のサンボ通信時代の「 余が愛蔵本 」と通じるものがある。初版本や限定本、美本、稀覯本などとは無縁でも、均一台でしか見つからない本と言うものもあるんだし、結構今までに掘り出し物もあったし、均一台漁り止められない。Morris.の常連均一台と言えば、宇仁菅(六甲)、勉強堂(春日野道)、天地(上六)、サンパル(三宮)、そして、何と言ってもつの笛(元町)だね。
「均一道心得四ケ条」というのがあったので写しておく。
第一条 事前に小銭を用意せよ
第二条 ゆめゆめ包んでもらおうなどと思うなかれ
第三条 探求手帳を必携すべし
第四条 迷った時を勝機とせよ


パソコンを鍛える】岩谷宏 ★★★☆☆ロックマガジンの頃から岩谷の文章は良く読んでたけど、このところじゃすっかり進歩的パソコン評論家になってしまった。彼の過激なパソコン入門、ウインドウズ、マック批判も、正論で納得できるんだが、Morris.にはまっすぐ、彼の指示に従うわけには行かない。本書はOSそのものへの入門書としてはすごく分かりやすく、いくらかパソコンへの見方を変えてもくれた、いい本だと思う。結論としてはUNIX、それの実用キットであるLINUXへの勧誘の書で、このところたしかにパソコン関係書籍コーナーではこの文字が溢れてるし、たしかに魅力はあるんだけどな(^_^;)
MS批判は、みんなもっと、どんどん、やるべしだ。
「(汎用機の)不安定性は、各ユーザーの自由な、自分のニーズにぴったり合ったコンピュータ利用ができるための基盤だ。人生においても、自由の代償は不安定性だ。自由には、どんな自由にも不安定性が裏地のように伴う。」いやあ、いまだに岩谷は、青く若いぞ。あいかわらず青い、Morris.からもエールを送りたい。


カネに死ぬな掟に生きろ】宮崎学 ★★☆☆ 「突破者」になりたい若者のためのアジテーション文集みたいなもので、宮崎の本の中では今までで一番面白くなかった。まあ、これまで読んだ分と、内容の重複が多いので、初めてこれを読んだらも少し評点は上がってるはずと思うけどね。警察、政治、小市民への批判は相変わらず過激だが、ことマスコミに関しては、隔靴掻痒な気分が行間から匂ってくるようで、この本自体がマスコミの制限にあることに、いらだってるのがよく分かる。ということになると、現時点では、彼のホームページが、一番手っ取り早く彼の本音を聞ける場所ってことになるな。


バンコクのホント】下川裕二編 ★★★★ああ、これ読んでまたまたバンコクに行きたくなったよ。 バンコク通の3人が、個人旅行者のためのノウハウと穴場リアルタイムの役立ち情報満載の上、タイへの愛情あふれた姿勢がすばらしい。最近よく見るタウン探検型ガイドブックに多い、おたくの自慢話っぽさも少なく、ツボを押さえた編集は、下川の力が大きいと思う。巻末のカオサン通りの安宿情報は、そのままMorris.の次の旅に実践したいものだ。特に韓国人経営の「出会いの広場」(安宿兼情報交換の場)や、日本語メールが送れるインターネットカフェなどは、ぜひ利用したい。


恨ミシュラン2】西原理恵子 神足裕二 ★★★☆☆今日の午前中はずっとベッドで、これを読んでた。うかつにも、Morris.は以前にこの2巻は読んだつもりでいたのに、そうでなかったことに図書館で気づきあわてて借りてきたのだった。なんたってこの巻には、青木光恵との濃い交流が披露されてるのだ。神足のコラム文も下手ではないが、やはり西原の漫画だけで充分だね。この単行本は小型なので絵が小さくなりすぎてるきらいがある。しかし、たしかこれは文庫化されてたから、それにくらべるとまだましか。トップ記事に飛田の「百番・鯛よし」が取り上げられて、しかも絶賛されてたのが嬉しかった。ここはMorris.とイパクサの出会いの場といってもいいくらいだから思い入れも一入。恨ミシュランにしては、おおむね大阪編は好意的なのも、西原が四国出身ということもあるのかもしれない。5年前の発行で、結構時事ネタっぽい性格の本だから、ちょっと鮮度が落ちてるきらいもあるが、サイバラの魅力は輝きを失っていない。


豪雨の前兆】関川夏央 ★★★☆☆☆ Morris.のなかではいまだに「ソウルの練習問題」の作者としての印象が強い関川の最近出たエッセイ集で22編が6つのテーマ別に収められている。鉄道と時間、「漱石の時代」のエピソード、周辺作家、海外の知人、パクチョンヒと大久保利通、食い物にまつわるもろもろ。やはりMorris.には韓国関係の3編、なかでも「朝鮮のエトス」が興味深かった。司馬遼太郎の韓国行き、70年代前半に司馬の「坂の上の雲」を愛国の書として愛読した韓国人の話、パクチョンヒが血縁、地縁に縛られる韓国国民を「愛国」に目覚めさせるために「反日」を掲げ、その体制を明治維新に倣ったという矛盾とも思われる当時の状況、田中明の当時としては例外的な韓国を見る目の確かさにも感心した。日韓関係は、時々立場をひっくり返してみる必要がありそうだ。
韓国関係以外でも、漱石のヒロイズム論、西原の「恨ミシュラン」の過激にして愛敬ある日本語の高みを評価してる部分もMorris.は大いに評価する。


うまひゃひゃさぬきうどん】さとなお ★★★☆☆以前稻田さんに紹介してもらったグルメのさとなおさんのホームページで、大好評連載のさぬきうどんのコーナーが本になったもので、いやあ、ほんとにこれは面白くて、ためになるいい本です。Morris.もうどん好きで、仕事で香川県に行ったら、とりあえず、小さなうどん屋でしょうゆうどん食べるのが、最大の楽しみだったんだけど、このところ、あまり香川に行く機会が無くて残念。この夏、春待ちファミリーBANDの一部がレオマワールドで長丁場の演奏やって、有名どころのうどん屋に通ったことをきいて、またぞろなつかしくなったところで、あらためてこの本を読んだので、すっかりうどん食べたいモードになってしまった。Morris.個人的には善通寺、尽誠学園の横の路地にある店(名前失念)が気にいってる。
本書推薦の名店ベスト15は「山越」「谷川米穀店」「松家」「鶴丸」「ジャンボ」「宮川」「おか泉」「山田家」「中村」「山内」「田村」「あたりや」「さか枝」「彦江」ああ、この中の一つでも行ってみたいよ。巻末には車での周遊コース案内まで付いてるので、実用的価値も高い。
さとなおさんは神戸近辺在住で、フランス料理などにもくわしく、市井の料理評論家らしいので、食い物に興味ある方は一度彼のホームページを覗いてみてください
http://www.ckp.or.jp/satonao/
本書の文章もしろうとばなれしてて、笑わせるツボも押えてあるし、おやじギャグすれすれのベタベタな駄洒落やひとり突っ込みも、Morris.は大笑いさせてもらった。ただ、やはり、ネット文体なので、こうやって活字になると、つい浮いてしまう所があるのはやむをえないところかな。


俳諧辻詩集】辻征夫 ★★☆☆ 仲間の詩人らと句会を開き、その中での自作句を核として詩に仕立てたもの。こういう方法は過去にも無いわけではないが、Morris.はひとえにタイトルに惹かれて手に取った。「辻」というダブルミーニングが利いてる、というか、それがすべてかもね。自分の苗字を思い切り効果的に使用したもんだ。Morris.は「森崎」という苗字は割と気に入ってるんだけど(平凡そうであまり多くはない)、やっぱり「辻」というのはかっこいい苗字だよなあ。辻潤、辻邦生、辻調理師学園(^_^;)。学生時代に辻治來という友人がいてやっぱりなんとなくいいなと思ってた。さかのぼれば小学のときに辻麗子という同級生がいたな。彼女のこともなんとなく忘れ難い。と、思いっきり横道に逸れてるのも、計画的で、内容はいまいちだった(^_^;) わび、さびよりは諧謔、軽みを前面に出そうとした意図は感じられるものの、単なる自作解説になったり、人事詩にとどまってたり---そもそも核になるはずの自作句に魅力の無いものが多かった。それでもいくらか見所のある句をいくつか引いておく。
・<<蝶来タレリ!>>韃靼ノ兵ドヨメキヌ
・頭から齧らるる鮎夏は来ぬ
・断崖やもう秋風のたちつてと
・明け方の夢でもの食う寒さかな


1億人の漫画連鎖コミックリンク】ダ・ヴィンチ編集部編 ★★★☆☆ 書評誌??(良く知らない)が特集した漫画関係記事と、アンケートと、自社の資料をまとめて、ホームページ風に1册に仕立てあげました、って感じの本。一昔前ならMorris.ももっと興奮したかもしれないが、やっぱり、漫画読みとしては隠居状態のMorris.なので、6分の懐かしさと4分の興味本位で眺めてみた。ランキング、テーマ、漫画家インタビュー、キーとなる作家からのリンクに分かれてて、ランキングは「いまどきの読者」の嗜好名のでよくわからず、インタビューされてる漫画家もぴんと来る作家はいなくて、結局おしまいのキイ作家の一部だけを熟読して終った。その作家も、Morris.の趣味から容易に想像される通り過去の少女漫画家にかぎられていて、岡崎京子、河原泉、萩尾望都、岩館真理子、一条ゆかり、そして本命の大島弓子ね(^○^)とりあえず、トータルで1,000册は取り上げられているらしいから、それなりに楽しめる本ではある。ただ今の時代、これはやはりインターネット上で構築するか(ひょっとして近いものはあるのかも)CDROMで出して欲しいものだ。


月刊広告批評99年6,7月号】★★★☆☆☆数年前広告が面白くてたまらない時期がありそのころはこの雑誌もよく三宮図書館で借りて読んでたものだが、いつのまにか読まなくなった。本号の「特集 広告の20世紀2」につられて久々に借りて来たのだが、これは、すごい!!とりあえず40頁にわたる総カラーの20世紀の広告の小さな写真群。これもはじめの30頁までがめちゃめちゃ楽しい。その後(70年代以降)はがたんと魅力なくなり、その落差の大きさも見るべきである(^_^;)。この部分だけでも、資料として持っておきたくなる1册だ。加藤秀俊、荒俣宏のエッセイもまあ、よく出来てるし。今なら、まだバックナンバー手に入るかもしれないな。2回目の特集とあるからには、1回目もあったわけで、これも見たくなった。雑誌の世界も油断は出来ないもんだ。


博士と狂人−世界最高の辞書OEDの誕生秘話】サイモン・ウィンチェスター 鈴木主税訳 ★★★ OEDの編纂主任ジェームズ・マレーと、謎の協力者W・C・マイナーの物語だ。マイナーはアメリカの退役軍人で、精神異常で殺人を犯し、ロンドン郊外の精神病院に隔離されていた人物だった、という、やや異常な出会いを中心に据えて取材構成されたもので、辞書好きのMorris.なら読まずにいられない惹句に煽られて迷わず借りて来た。南北戦争で精神的障害を受けたアメリカ人と、さして高い学歴を有しないまま最高水準の辞書の責任者になった男のドラマは、淡々と綴られても、興味を惹くのだが、アメリカの記者あがりの著者によるセンセーショナルなとりあげ方で、ちょっと違った方向にバイアスがかかった感もある。でも、OEDの製作過程のおおざっぱな状況を知ることが出来て、それだけで、読んだ甲斐はあるというもの。しかし非常に不満がある。訳文に関してだ。訳者の鈴木主税は巻末の紹介によると、多くのベストセラーズを訳しているし「私の翻訳談義」なんて本を出してるみたいだから結構老舗の翻訳家なんだろう。それにしては本書の文章は「日本語になっていない」。後書きにはアシスタントに下訳させて、鈴木がチェックしたとあるが、かなり杜撰な訳のように思える。辞書=言語を扱う書物としてはあまりにも注釈がおざなりで、問題になってる言葉のオリジン(英語)が省略されてたり、当核人物の呼称が入り乱れたり、脈絡が通じない所も多い。原作者の視点からしてすでに、売らんかな精神が垣間見えるが、まあ、それはそれ面白ければOKなのだが、テーマの興味深さを、訳者が削いでるとみた。もったいないぞ。


スイングジャーナル青春録[大阪編]】中山康樹 ★★★☆☆ スイングジャーナルの編集長だった作者の、青春記であるが、本書はイントロにすぎないのかもしれない。何しろ、関西に生まれ育ち、高校卒業後プー太郎の4年間までこちら(Morris.が神戸在住なもんで(^_^;))にいて、いよいよ上京してスイングジャーナル社に入社というところで[大阪編]は終っているのだから。スイングジャーナルといえば、もちろんジャズの専門誌で、本書もジャズ漬けの内容と思ったら、予想に反して、前半はロック、特にビートルズとビーチボーイズが関心の中心となっていて嬉しい誤算のような気がした。特にビートルズはシングルが出るたびの興奮が事細かに綴られていてつい、読みながら頷いてしまったよ。それと、ビーチボーイズの「ペットサウンズ」への、思い入れの深さ。Morris.はビーチボーイズは、サーフィンサウンドのバンドと、軽く考えていたけど、これは一度聴き直さねばと思う程の入れ込みようだった。その作者がジャズへの転進??いや、ジャズもロックも並行して聴き続けては行くのだけど、ジャズとの出会いが、いわゆる名盤ではなく、雑誌スイングジャーナルから、というのがタイトルにも繋がるのだろうが、その後のジャズとはイコール、マイルス・デイビスだもんな。あと評価されるのはウエザーリポートくらい。とにかく、ジャズというより、マイルスに取り付かれた青年が、同好の友人と、同人誌を作ったり、友人の経営するジャズ喫茶に入り浸ってジャズへの理解を深め、東京のスイングジャーナルに引っ張られるくらいになるまでの過程を、主観的なわりにはクールに描いてる。友人関係を大きなファクターと、捉えながら、それでもはっきり自分の気持を書き留めてる所が作者の性格なんだろうな。昨日日曜日の午後からこれを読み出したMorris.は、心斎橋のジャズ喫茶「ファイブイブスポット」の描写あたりで、つい、STARdigioのジャズチャンネルを流して、モリス亭を即席ジャズ喫茶に見立ててしまったくらいだ。[東京編]はもう出てるのだろうか?早く読みたいものだ。


何が何だか】ナンシー関 ★★★☆☆「平成の棟方志功の異名をとる消しゴム版画家」(^○^)(Morris.が言うんじゃなくて別の本の惹句ね)ナンシー関はその似顔版画と同じくらいにエッセー(コラム)も好きで、結構読んでる方だと思うけど、本書はその中でも突出してるな。「噂の真相」「オズマガジン」「広告批評」「ハイファッション」などに連載したものの集成だが、前二つの雑誌の連載が圧倒的に面白い。辛辣、熾烈、トリビアル、ユーモア、ひねりのきいた彼女の視点って(^○^) イラストライターともいうべき人種(南伸坊とか和田誠とか安野光雅)はやっぱり目がいいんだろうね。一般人とは見え方が違うんだと思う。それとはちょっと外れるが、ミーハーに関する一文が、Morris.に刺激的だったので一部引用しておく。
「私は、ミーハーというのは無節操であることだと思う。−−略−−たとえばこんな節操である。いくらおでんの中で玉子が好きで、どのネタも70円均一であっても、セブン・イレブンで玉子ばかり7個も8個も買うと言うのは節操がない。自分のカネで勝手だろうが、という根性が無節操なのだ。私も玉子は好きだ。でもおでん一皿に玉子は1個。何に気兼ねしているということではない。外してはいけない心のタガ、それが節操。/心のタガを外して欲望のままに何かを求める心こそ、「ミーハー」と呼ぶにふさわしい。」
Morris.が、以上の文中の「玉子」を「コンニャク」と入れ替えて読んだことは言うまでもない(^○^)
 


グランドミステリー】奥泉光 ★★★★☆久々に奥泉の近作(といっても97年)を読めて、Morris.は、すっかり満足ぢゃ。真珠湾攻撃からソロモン、硫黄島にいたる、太平洋戦争の時期を舞台に、写実的な戦闘描写、聖戦の内幕、潜水艦部隊の独得な連帯感、海軍の気風と言った、奥泉らしからぬストーリーが始まり、あれっと思ったら、いつのまにかパレレルワールドに誘い込まれ、飛行大尉の謎の自殺、ウランを積んだ船の沈没、暗躍する武器商人、予知能力を持つ複数の男女と、そのうちの一人の妹であるヒロインの愛なき婚約。自殺した大尉の未亡人で影のヒロインの不気味な行動、等など、読めば読むほどこんがらがってくる仕組みになっていて、それでいて、飽きさせない奥泉の手管には、いつものことながら舌を巻くしかない。二つの世界を繋ぐイタリアの地下道(カタコムベ?)や、夜の桜の場面、影のヒロインの象徴とされるアングルの「グランドオダリスク」などのひとつ、ひとつがリアルに迫るのも、奥泉の「文章の力」であることはたしかで、Morris.はほとんど彼の文章に惚れ込んでるなあ。本作品では更に、パラレルワールドの微妙なズレを、巧みに利用して、物語の紡ぎ出す技法を示唆しながら、作者自身もそれを楽しんでる風でもあって、いやあ、もう、これは、酒見賢一の「語り手の事情」と並ぶ、作家の手の内公開小説としても見逃せない。特にエピローグの牧歌的愛の告白場面で終える辺りはうますぎる(^_^;)
 


氷の森】大沢在昌 ★★★新宿鮫シリーズがお気に入りの大沢のちょっと前の本だが、鶴橋の楽人館で3册200円の棚で見つけて買ってしまった。腰巻きに「新宿鮫」の伝説はここから始まった!!とあおり文句があったのでこれにつられてしまったのだ。六本木の私立探偵が主人公で、麻薬がらみで、ヴァイオレンスあり、濡れ場ありと、たしかに大沢世界の典型作品ではあるし、キザさもそれほどきつくなく、とりあえず時間つぶしにはなった。でも、やっぱりこの人は女が書けない人なんだなあ。


皇帝のために】李文烈 安宇植訳 ★★★★☆☆Morris.はここ10年ばかり韓国との関わりが深くなってしまったが、歌謡曲や料理や映画やスポーツなどに比して、韓国文学との関わりは希薄といっていいくらいだった。幾ばくかの詩や小説も読んではみたのだけど(翻訳で(^_^;))今一つ面白いものにあたらなかった。そんなMorris.が、ついに、すっごく面白い作品に出会ってしまったぞ!! 李文烈はあちらでは人気作家なので、何をいまさらってことになるのかもしれないが、彼の他の作品もいくらか読んで、それなりに実力はみとめていたけど、この作品ほど印象的なものはなかった。
天命を受けて朝鮮の皇帝になると信じた男の一代記で、日韓併合前後から第二次大戦、朝鮮戦争という時代背景をそのままに、彼らの奇想天外な行状が、時代のパロディとともに綴られているのだが、演義風の構成と、東洋思想の百貨店的開陳、波瀾万丈を装った諧謔の洪水、とんでもない量の引用と比喩、それだけでも作者の力量と遊びの精神が横溢していてMorris.カ・ン・ゲ・キ!!の一冊であった。偶然と寓意と御都合主義で物語りは進むのだが、がそれがかえって魅力になってるところが本書の魅力だ??訳者は「ドンキホーテと阿Qを掛け合わせたような主人公」といってるが、Morris.は、本書こそ「韓国版『百年の孤独』である」と揚言したい。いやあ、韓国文学もあなどれないぞ。マンセー!!


続々東京トホホ会】金井哲夫、秋元きつね ★★★ パソコン関係でこのタイトル、となるとおおよそどんなものか想像つくだろう。そう、パソコン購入、使用、増設、通信諸々の場面でドジなことをやった報告書みたいな物だが、すでに3册目で、Morris.はすべて読んでる、というのも、基本的にトホホ会員の資格十分な人間だと自負するからでもある。他人の失敗談てのは、一般に面白い。自分と似たようなドジは身につまされるし、笑ってはいけないと思いながら笑わずにいられない本って、それだけで読まずにはいられないよね。本書の投稿者(大部分が読者の投稿)は初心者から上級者までのトホホ者が登場、なかには「つわもの」としか言いようのない筋金入りの常連トホホ者も何人かいて、彼らの噴飯ものの体験談は、質実ともにめざましいものがあるうえに、パソ通、インターネットチャットなどで鍛えられたとおぼしい、独得の文章力にも見るべきところがある。日本人らしく、わびさびで評価する辺りもほのぼの感を醸し出してるし、同病相憐れんだり、自分より重症患者に人知れずエール送ったりしたくなる本だ。秋元きつねのマウス(タブレット?)描きマンガもいい味出してる。


ガーデニングってやつは】田島みるく ★★★☆☆☆植物、特に草花大好きのMorris.なんだが、園芸にはまるっきり興味ない。昨今なんでも横文字にするとかっこいいという風潮からか「ガーデニング」と称して、けっこうこれが一世を風靡しつつある。ホームセンターでもDIYと同じくらいの比重で、植木や庭作りの道具、材料を扱って人気を集めているようだ。Morris.もそれに釣られて借りてきた、わけではない。本書がイラスト(まんが)中心のハウトゥものだったので、としろうの「梱包入門絵本」の参考になるのでは、という助平こころで手に取ったのだ。しかし、これがまた読み出したら結構面白い。田島みるくは、他にも育児や出産のノウハウ漫画を出してるみたいで、その方面でも割とよく売れてるようだ。絵は可もなし不可もなしだが、実際的な知識が豊富で、楽しみながら本格的に勉強も出来るというハウトゥものとして、よく出来てる。作者が農学部出身というのも有利な条件だし、ほんとうに庭いじりが好き、花が好きという気持ちが読者にも伝わって来るし、単なるノウハウだけでなく、回りへの配慮(化学肥料つかわない、迷惑の避け方など)もよくなされていて、好感を持った。カレル・チャペックの名著「園芸家十二ヶ月」の格調は望むべくもないが、おしまいにあるバラ庭の作り方での一年十二ヶ月個々の作業と細々した注意点などは、実際に役立ちそうだし、実践による成果のあらわれだと、拍手を送りたくなるくらいの出来だ。ただ「これであなたもつるバラを植えたくなったでしょ」との作者の言葉には、「こんな、大変な作業、ずぇーーったい、やりたくないぞお」と突っ込みいれてしまった(^_^;)


海燕ホテル ブルー】船戸与一 ★★★現金輸送車強奪未遂で5年の刑を受けて出所した男が裏切った仲間を訪ねた下田で、元やくざの中年と出会う。元やくざはバブルがはじけて倒産したホテルを買い取って、登校拒否児童の共和国を作りたいから男に協力してくれという話をもちかける。男は住み込みでホテルを再生していく。このあたりまでは、とても魅力的な小説だと思った。稲見一良ばりのハードボイルドメルヘン世界が展開するのかと予想したのだが、すっかり期待を裏切る展開で、おしまいは救いの無いカタストロフィ。実に後味の悪い結末となった。これは船戸にしては、めずらしいくらいの筋違えのストーリー展開だ。先のホテル改造あたりでセーブして、リスタートして別の作品に仕上げて欲しかった。見所はあるものの、失敗作と断定したい(^_^;)


テロリストのパラソル】藤原伊織 ★★☆☆ 全共闘くずれのアル中の主人公が過去に絡んだ爆発事件に巻き込まれ、あらためて過去の思い出を抹殺する事になるという話で、なんか危ういプロットだと思いながら読んだのだが、小説以前の作品だった。ただ同時代人としてのノスタルジーを感じさせてくれたのでそれが評点のほとんどを占める。漫画と思えば、御都合主義も許すべきだろうが、主人公の過去の恋人が短歌の会に入りその歌からもう一人の主要人物にたどり着くという設定もあったので、つい興味持ったが、肝心の歌が紹介する気も失せる程度のものだったのも情けなかった。


歌枕伝説】荒俣宏 ★★☆☆稀代の雑学博士、おたくの権化、荒俣版「奥の細道紀行」で、東北の歌枕をネタに、自分流の仮想過去を牽強付会的にこじつけていくというもので、こういう冗談は手際よくやってくれれば、それなりに楽しめるのだが、その場その場の思いつきを書き垂らしたみたいなやり方では、途中で欠伸が出る。昔とったきねづかで(過去にプログラマやってた)、歌枕をインターネットのリンクや検索ソフトに例えるあたりには、なるほどとおもったのだが、あとの展開はほとんど、民間歴史好事家のそれと変わりない。荒俣には小説や、民俗学とは手を切ってもらい、例の博物学とりわけ、図像関係の仕事に集中して欲しいとMorris.は思う。


逃亡】帚木蓬生 ★★☆☆☆このところ読書録が無かったのは、宴会続きだったせいもあるが、本書にえらく手間取ってしまってたためだった。2段組600頁を越える長編だからそれなりに時間を食うのはわかるが、それ以上に、すんなり読み通せないところがあった。
香港で民間憲兵だった主人公が、香港を脱出して日本の家族と再会するが、官憲の手がまわり、国内でかっての上司と逃亡生活を送り、結局ひとりだけ逮捕されて巣鴨で裁判を待つと言ったストーリーで、テーマも興味深く、香港、日本の状況描写も帚木一流の、緻密な構成と文章で、それなりに読ませる、はずなのだが、どうもMorris.とは、相性が悪い作品だったな。
憲兵と言うと、反射的に戦犯、非道、残虐、拷問といったマイナスイメージが浮かぶ、日本帝国の恥部みたいな捉え方をされやすい。本書はその意味では憲兵の立場からの、言い訳、あるいは異議申立てでもあり、戦争責任−ということは必然的に天皇批判にも繋がるし、いろいろ考えさせる本でもあるし、極刑を待つ刑務所での人心の葛藤なども、懇切に描写されているし、なによりも、戦時の空気をしっかり伝えてくれる細々したエピソードは、圧倒的と言ってもいいくらいなんだよね。
これはかなり体験に裏打ちされたんだろうと、作者の略歴見たら、47年生だって!! ということはつまり戦時の世相や、憲兵の内部事情、刑務所の雰囲気などもすべて、取材と資料の渉猟でこれだけのものを書けるのか、と、舌を巻いてしまった。しかし、しかし、それでも、この作品がMorris.にはあまり面白くなかったのは、きっと、その取材の材料を生のまま使いすぎたせいじゃないだろうか。
梓澤要の短編で、個々の登場人物や、エピソードを膨らまして、もっと長い作品に仕立てて欲しいと言ったのと、ちょうど反対の意味で、本書の個々のエピソードが「不必要な精彩さ」に溢れてるためだろう。主人公のキャラクターが、いまひとつたってない、と言うのが、最大の弱点だろうな。


突破者の本音−残滓の思想】宮崎学、鈴木邦男 ★★★☆ 突破者宮崎と、一水会の鈴木の対談を、編集者がかなり苦労してまとめたんだろうな、と思わせる本で、彼らはMorris.よりちょっと上の世代(宮崎'45生、鈴木'43生)なんだけど、共通する部分も多いし、アウトロー的な生き方(と思ってた)にも興味を持って、期待して読んだんだけど、外れてしまった。宮崎はいいのよ。あいかわらずだし。問題は鈴木の方で、なんじゃこれはとしかいいようがなかった。まるで大人と子供の争論だ。宮崎の「混翼の思想」(右翼でも左翼でも自分の心情に合った部分はそちらを支持する)なんて、魅力的で、鈴木もそれはいいと同意したりしてるんだけど、自分の主張ってのがなってない。変に弱気で、常識的で、言い訳多くて、特にMorris.があかん、と思ったのが、彼の発言中で、「じゃー」という言葉が多出して、その表記法とともにたまらなく嫌だったこと。いくら編集が手を加えてるにしろ、自分の発言のゲラ校正はしてるはずだから、この情けない表記も本人が是認してるにちがいない。今回の評点の星のはじめの三つは宮崎の得点だ。


アジア旅人】金子光晴+横山良一 ★★★★☆☆半世紀ほど前の光晴の東南アジア放浪の記録や詩に、横山良一が追体験的に旅をして撮影した写真を組み合わせたもの。光晴の詩文が超一級というのは当然だが、これに伍して堂々とわたり会うことのできる写真に脱帽した。横山はMorris.と同世代で、60年代末から世界中を放浪しながら写真を撮って来たらしい。 「旅とはその土地の気配を皮膚感覚で味わうことだと思った。そういう意味では金子光晴は筋金入りの旅人であり、『マレー蘭印紀行』は僕にとっての旅のバイブルとなったのだ。/旅の中で僕は写真家となった。金子光晴の文章のような写真が見たくて写真家になったのだ」 という後書きの一節からも、横山の光晴への傾倒ぶりをうかがうことが出来るし、その言葉を裏切らない写真たちだ。また、引用も適切で、よくある詩画集のような安直さはない。本書はA5版横長の変型本だが、単なるデザイン上の奇をてらったものでなく、写真作品の構図と、視覚上の配慮からの必然性を感じさせるし、キャプションが写真にかぶらないように前後ページの文章下に置いてあったり、見開き二葉の写真は対比を考えて慎重に効果的に配置されているなど、レイアウトも活きている。時間を超えた良質のコラボレーションと言えるだろう。そして、Morris.も久しぶりに光晴の詩文に触れて、彼のすごさに改めて感じ入った。中から詩一編を引用する。これは詩集『女たちへのエレジー』所収のもので、三部構成の第一部「南方詩集」の序として、本編より段下げ、小活字で印刷されていた。
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南方詩集
                                              金子 光晴
    この詩集を東南亜細亜民族混血児の諸君にささげる。

神経をもたぬ人間になりたいな。
本の名など忘れてしまひたいな。

女たちももうたくさん。
僕はもう四十七歳で
近々と太陽にあたりたいのだ。

軍艦鳥が波に揺られてゐる。
香料列島がながし目を送る。

珊瑚礁の水が
舟の甲板を洗ふ。

人間のゐないところへゆきたいな。
もう一度二十歳になれるところへ。

かへってこないマストのうへで
日本のことを考へてみたいな。

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Morris.は、光晴がこの詩を書いた時の年齢をとっくに過ぎてしまったことになるな、はーーっ
実は、この詩を数人のメールに引用したのだが、その時「軍艦鳥」を誤って「軍艦島」と打ってしまった。この場を借りて、お詫びと訂正をしときます。ごめん。


日本フォーク私的大全】なぎら健壱 ★★★☆☆☆みっちゃんのFolky Nightの影響と、スターディジオ426chのおかげで、このところ急に日本のフォーク聞く機会が増えてしまったMorris.なので、この本はタイムリー(ほんとは4年前に発行)だった。なぎら健壱は、ラジオのパーソナリティとしてくらいしか知らなかったが、なかなかしっかりした文章を書いてるじゃないかと感心した。(あとがきに親しいライターに手直ししてもらったと書いてあった。そうだろうな。でもちゃんとこうやって断りいれる姿勢も好感)タイトルに「私的」とあるとおり、なぎら自身の体験的フォーク史なのだが、あの頃のフォークの世界なんてもともと狭い世界だしなぎら本人が結構あちこちのイベントに出演したり、ツアーに出たりしてるので交友関係も広く、また、フォーク(特にメッセージフォーク)への視点も行き届いていて、これはみっちゃんに薦めなくてはと思った。
高石ともや、岡林信康、五つの赤い風船、高田渡、遠藤賢司、加川良、三上寛、斉藤哲夫、吉田拓郎、武蔵野たんぽぽ団、RCサクセション、泉谷しげる、もんたよしのり、友川かずき、井上陽水、なぎら健壱16章を立てているが、セッションメンバーや交友関係で多数のフォークシンガーが登場するので、結構日本のフォークの全体像が浮かび上がってくる。特に武蔵野たんぽぽ団が、ジャグバンドとして結成したのに、ウオッシュボードもタブベースも手にはいらず、ちんけな音出して、メンバーもやるたびに違ってたなんて記事は面白かった。巻末には30頁にわたる、詳細な日本のフォーク年表が付いてるし、人名索引もあるから、資料としても役立ちそうな1册だ。なぎらってフォークおたくだったのね。ただ、「オリビアを聴きながら」の歌手が「亜里」(304頁、索引でも)となってるのは?だ。曲作ったのが尾崎亜美で、最初に唄ったのが杏里だから、両方を合成したのかな。まさかね(^_^;)


買ってはいけない】週刊金曜日別冊 ★★★☆☆☆巷ではかなり話題になった本である。先月古田さんが事務所で自慢したのを拾い読みして、面白そうだなと思って、後で借りることにした。そのあと、文藝春秋で、批難の記事が出てて、こちらは本屋で立ち読み。それからやっと、本書を借りて読みとおした。このての本は、現代の日本ではなかなか出ないし、書店でも敬遠しがちだが、それがベストセラーにまでなるというのは特異現象で、こんなこともあっていいと思う。有害食品、危険商品、贋物、嘘吐き商品などなど(現在流通している商品の大部分がそう)を俎上にあげて、批判しようとしてもそれがマスコミという土俵では消費者より怖いスポンサーの御機嫌伺いした後の骨抜きの批判でしかなくなってしまう。本書の対談で「コマーシャルは企業のマスコミに対する口止め料」と言う発言どおりだろう。花森安治の「暮らしの手帖」が誌面に広告を載せず、企業に気兼ねしないで商品テストを掲載した時の衝撃の強さを思い出した。
本書に取り上げられた商品はコマーシャルでお馴染みのものばかりだ。たたくならトップをという、編集(攻撃?)方針のなせる技らしいが、特に集中攻撃されてるメーカー数社にとっては、売上に及ぼす影響も少なくはないだろう。味の素、日清食品、資生堂、花王などにとっては、まさにこの本は「買ってはいけない」といいたくなるに違いない。
実際の執筆は船瀬俊介、三好基晴、渡辺雄二の3人に編集部の山中登志子だが、船瀬だけは、前から知ってる。「本物の日本酒選び」で、さかんに純米吟醸酒のキャンペーンやってて、これにはMorris.も大いに賛同して、大いに純米酒を飲みまくっていたことがある(^o^)。そのころから批判の舌鋒は鋭かったものの、その批判の方法が垢抜けしないなと思っていた。本書を読んで、相変わらずクサいし、前よりワンパターンになってるなと感じた。批判や批難、こき下ろしを文章にするのは結構技巧が必要だ。悪口は語彙が豊富で形容が的確でなくては、読む方が鼻白んでしまう。船瀬も一度、三田村鳶魚の「大衆文芸評判記」(忠公文庫で出てる)でも読んで、勉強し直してもらいたい。各々の商品についての、是非は読者の判断に委ねるとして、仮にこのうちの3割でも有効打としたら、プロ野球では立派なレギュラー打者の評価が与えられるし、仮に1割の打率だとしても、無制限に垂れ流されている、これらのジャンク商品への警鐘として、確実に役立つものと思う。今後とも「強いものいじめ」に徹していってもらいたい。本書はもうちょっとのところで、優れたブラックユーモアの名作になれそうだっただけに、記事の構成力、レトリックの貧弱さが惜しまれるかな?


groovy book review】blues interactions,inc. ★★★☆☆☆ なんともカッコイイ装丁で、一見アメリカのペーパーバックかと思わせる。背表紙だけ見たらまんまだもんね。でもこれは日本語の本で、複数による書評、それもCDアルバムレビューに限りなく似せたブックレビューで、グラフィック、映画、アート系にバイアスがかかっているが、結構スリリングな、近過去の本のカタログだ。Morris.は書評好きだが、これだけ、無機質なレイアウトの書評本は、はじめてで、なんとなく嬉しくなってしまった。でもこの中で、絶対読まねばと思ったのはたった1册だけだったけどね。(それで充分か?)


曲者天国】中野翠 ★★★映画や本や日常時評コラムで、とみに人気を集めてる中野の近作だが、10人の「曲者」をネタにウダをまいたような本で、杉浦茂と、松本かつぢの名があったので思わず借りてしまった。この二人以外は映画関係が主で、それはそれなりに面白かったが、お目当ての二人に関しては、食い込みが足りないって感じだ。それにしても、中野はMorris.と同世代なのかな。結構嗜好は似ているようである。くるくるくるみちゃんの復刻版をこのコラム書き出してから手に入れて大喜びしているあたりは、無邪気と言えなくも無い。で、彼女がこの世代の曲者に惹かれる理由は「日本式モダニズムの流れ」が感じられるからということになるらしいが、生れてもいないモボモガの時代が、何故か異常にリアルに感じられるのは、Morris.にとっても同じで、そこらあたりの共感を醸し出させるあたりに彼女の人気の秘密が隠されているのではなかろうか。古河ロッパの日記からの考察も、彼女の皮膚感覚で論評してるのがよくわかる。ロッパの日記への賛辞「文章も素晴らしい。簡潔で、しかも遊びがある(私が最も憧れるタイプの文章だ!)」の部分に、またまたMorris.も共感を覚えた。


あしたかげろうの旅】志水辰夫 ★☆☆ 北海道の小島に隱された秘宝を巡ってのロマン冒険小説といううたい文句で、笠井潔の評論につられて借りてきたのだが、ほとんど噴飯ものだった。500ページを越える長編なのだが、ストーリーも構成もいいかげん、一人称で書かれる主人公(いちおう筆者の投影なんだろうな)も自家撞着の権化みたいだし、脇役、特に女性のそれの性格、容貌の描写が著者の恣意にまかせてころころ変るわ、肝心の秘宝の行方は分からずじまい、時間の無駄という一冊だった。途中で読むの止めれば良かったんだが、Morris.の性格上なかなかそれができないし、ひょっとして、最後に大どんでん返しがあるかも、と思ったのだが、それも空振り。一時ちまたで流行した「やおい漫画」に通ずるような---。


和菓子屋の息子】小林信彦 ★★☆☆ 両国の和菓子屋「立花屋」の9代目の長男として生れた著者が下町の暮らしを外祖父の手記を元に回想したもので、矢谷が読んでて面白いというので、読んだのだが、あまり面白くなかった(^_^;)小林信彦は嫌いな方ではない。「ちはやぶる奥の細道」なんか、日本パロディ文学の歴史に残る名作だと思うし、そこそこ面白い作品も書いてる。Morris.個人的には、圧倒的に中原弓彦名義の映画演劇論(特に喜劇関係「日本の喜劇人」や「マルクスブラザーズ」もの)を偏愛してる。ヒッチコックマガジンの名編集者ぶりも忘れ難い。
ところで本書は、回想記としても徹底してないし、途中、中途半端に挟み込まれてる映画評や演芸評も以前のものと比べると、薄い水割り飲まされているような気がする。小説に仕立てることは自分にはできないので、このようなものにしたという、言い訳が始めにあるがそれなら、もっとクロニクルとして徹底して欲しかった。テーマというか、貴重な記録になるだけの材料はいくらでもありそうな匂いはするだけに、隔靴掻痒の感がぬぐえない。


それぞれの情況】五味太郎 ★★★☆☆ 絵本作家、イラストレーター、最近ではエッセイスト(イラストライター?)としても活躍してる五味太郎だが、Morris.はあまり馴染めずにいた。最初の頃は絵柄が垢抜けしないし、誰かの亜流のようでもあったしで、どっちかというと嫌いな方だった。今でも好きになったわけではない。この本は立ち読みしてて「屋根に関するそれぞれの情況」というページにあったリスク薬品工業の広告看板「くすりはリスク」に感心して借りてしまった。短いながら完成度の高い回文である。
フィールドノートの副題があるとおり、世上観察者の目で色々な情況をスケッチしている作品群だが、ちょっと斜にかまえた、ちょっと皮肉な、ちょっとユーモラスな、ちょっとうがった作者の寸評と、それなりに雰囲気を分からせるだけの技量はある絵には、楽しませてもらった。
実は図書館で他に2册立ち読みしてしまったのだが、「そういう事なんだ」という本の中に日記に関する小文があって、メモしてきたので引用しておく。
・日記を付ける ということ
日々にそれぞれ何らかの意味を持たせたいときに日記をつけるという方法があります。やることなすこと意味づいてしまうような日常を過ごしていると、日記など思いつきません。日記をつけるということは、収支の意味づけを目的とした家計簿に似ています。なんとなく帳尻を合わすところも似ています。毎日つけるという意志の固さと反比例してなんとなく貧乏くさくなるところも似ています。
ね、なかなか、皮肉がきいてるでしょ。Morris.の日乘も貧乏くさいと思うな。なにしろMorris.は自他ともに許す貧乏性だもんね。
ついでだからもうひとつだけ引用しとく。
・愛するということ
その人が身近にいなくても、何の不足感も焦燥感もなく、ただ充足感に滿ちているということが愛するということだと思います。君が好きだ、貴方が必要だ、そばにいてくれ、私を抱いてなどというやつは、こころとからだの取り引きですから、愛とは別のジャンルの話です。この世界は愛に滿ちていますが、この人間という生き物だけが、愛には不向きなんじゃないかと、ぼくは思います。
ね、屈折してて面白いでしょ。


リップクリーム】観月ありさ ★★★☆☆観月ありさ、初めてのエッセー集とあるが、TVガイドに連載した「ありさのお仕事」を中心にまとめたもの。タレント本やアイドル本てのは、たいがい、ゴーストライターが書くものと相場は決まってて、本書もまあ多分そうなんだろうけど、誰が書こうと面白ければかまわないと、Morris.は思ってる。そして、本書はMorris.には結構面白かった。ちょうど、ドラマ「ナースのお仕事」「いちばん大切な人」「ナースのお仕事2」あたりの時期で、ドラマ嫌いのMorris.が、何故か「ナースのお仕事」だけは結構よく観てたという事情もあるのだろう。ほとんど全部2ページ見開き完結のコラム風のレイアウトもイマ風で観やすいし、それぞれに1点ずつ付されている白黒写真がなかなかいいスナップだし、懐かしのアルバム、彼女自身によるポラロイド写真(彼女はフジフィルムのモデルやってたからフォトラマ写真か)とか、ほどほどにファンを満足させるおまけもついて、よく出来たアイドル本だと思う。まあ、これはキョンキョンの「パンダのanan」にインスパイアされたと本人が書いてる通り、真似しいって感じもあるけど、出来としては充分越えてると思う。
Morris.は観月のファンではないけど、彼女の顔は好きだ。で、今回思い当たったのが、観月をちょっとデフォルメしたらパフィになるってことと、最近Morris.がぞっこんの、スタープラスアジアでDJやってるミシェール(中国人)に、どこかそっくりだということだった。


ちびくろサンボよすこやかによみがえれ】灘本昌久 ★★★★☆☆ Morris.は嬉しい。サンボに関しては、言いたい事はやまほどあるのだが、この本が出たので、なんかすっきりしたぞ。オリジナルの「The Story of Little Black Sambo」(ヘレン・バナーマン)は1899年10月に発行されたというから、今年はサンボ生誕100年祭にあたる。思えば10年前、岩波版の「ちびくろさんぼ」が突然絶版になってしまい、怒り心頭に発したものだが、その直後に「「ちびくろサンボ」絶版を考える」という本が出て、絶版賛成派、反対派の意見を網羅していたが、反対派の中でもっとも整然とした告発文を書いてたのが本書の著者だった。あれから10年間、持続してサンボ復活を目指して努力して来たというそのことだけでも、賞賛を惜しまないが、本書の内容も素晴らしい。サンボ本の出自、変遷、実態、価値、誤解、差別(授受)論まで、国際的視野に立ち、懇切にして実証的で資料の選択も的確で、申し分ない。そもそも岩波書店が、一方的に絶版にしたことが躓きの石だったわけで、いいかげん耄碌しかけてた岩波はあの時点でほとんど死んだと断定したい。Morris.にとって(日本人のサンボファンの多くが)あの岩波版こそが唯一無二のサンボだったのだから、座右の書が焚書にあったみたいなものだ。Morris.は2册所持(1册はスペア(^o^))してるけど、それはそれ、ここ10年間に生れた子どもたちはほとんど、あの絵本に出会う機会を取り上げられているわけだ。著者はこの本と並行して、バーナマンの原書の完全復刻版とその日本語版を出すという。えらいぞ、径書房!! でも、やっぱりMorris.は岩波版の完全復刊をこそ望みたい。もしそれが駄目なら、岩波版の元版である、フランク・ドビアスイラストの米国版(1927年ニューヨーク、マクミラン社)を完全復刻してくれえ!!
本書の後半は著者本業?の差別論に力点が置かれてあり、それも共感するところ多いのだが、竹田青嗣の説に依存しすぎてるのがちょっとなあ。差別に関してはMorris.はまず、「差別語」とか「ことば狩り」なんて言う輩を断固糾弾したい。とにかくMorris.は「天上天下絶対差別主義者」だもんね。


老人力】赤瀬川原平 ★★★ 昨年ベストセラーになったとき本屋でぱらぱらと立ち読みして、ほとんどわかったような気になったのも、Morris.に「老人力」がしっかりついていたからにちがいない。要は「ボケ」老人をマイナスに捉えず肯定的に「力」とした、一種の遊びの表現で、ほとんど「老人力=忘却力」なんだけど、このおっさん自身が一筋縄では行かないだけに、いろいろご託並べて、そこに不思議な魅力があるなあ。


そろえて楽しむキッチングッズ】矢野直美 ★★★☆☆前のMorris.の独房から今の部屋に移って嬉しかったことのひとつに、とりあえず料理できる台所がついてることがあった。なにしろ独房ではガスコンロさえ使えず、カセットコンロ3台使いつぶしたくらいだから、引っ越し前にグリル付のガスコンロ買ったMorris.の喜びぶりが分かろうというもの。料理するには道具からってんで、台所小物もちょこちょこ買いはじめている。もちろん充分な広さも収納場所もないのだから、必要最低限にしておかねばならないが、女の子が文具を買い散らかすみたいに、わくわくしてるのも事実。本書は新書版で見開き1アイテムの紹介で、たかだか50あまりだが、結構Morris.好みの小物があって、すっかり気にいってしまった。中に「キッチンから布巾掛けを追放しよう」というコラムがあって、共感したMorris.はさっそく、布巾掛けを取っ払ってしまった。布巾は一度使ったら即洗濯籠に投げ込んで、洗い立てのものを使うべきだという主旨で、Morris.は以前独房に遊びに来た山田浩子さんから、布巾のあまりの汚さを笑われて以来(洗ってはいたんだけどボロボロだった)、ちょっと布巾コンシャス(^o^)になってるだけに、これは目から鱗の指摘だったわけ。
すでに買ってしまったり、前から持ってるのもいくらかあったが、今後手に入れたいと思ってるものをピックアップしておくので、Morris.への引っ越し祝い品の参考にしてもらえるとありがたい(^○^)*キッチンはさみは井山あきのりがプレゼントするといってた。(あてにならないかなあ(^_^;)
・パイレックスの計量カップ(500g)
・ヘンケルスのキッチンばさみ
・リッターのピーラー(皮むき器)
・ステンレスのレードル(お玉)
・ステンレスのスキマー(網じゃくし)
・柄つきのキッチンブラシ
・中華鍋用のヘラときんちゃく
この本に載ってないもので、ぜひ追加してもらいたいのは、ゴム製の瓶の蓋開け。信長さんのアメリカ土産で、ぺらぺらのゴムのコースターみたいな奴なんだけど、これで瓶の蓋を包み込むようにして回すとかなり固い蓋も簡単に外れる。


地獄への道はアホな正義で埋まっとる】宮崎学 ★★★「突破者」宮崎のこれは何と言えばいいのかな。レポートとでも言おうか。昨年年末の安田好弘弁護士逮捕を契機に救援活動始めて、主に彼のホームページ( http://www.zorro-me.com/miyazaki )での発言を整理したものだ。実はMorris.もこの部屋の密かなファンで、この本の内容の大半はリアルタイムで、サイトで読んでた。ただ、いまのところ、サイトで読むより、こうやって活字になったもののほうがうんと読みやすいのは事実だ。この人のスタンスは小気味いいというか、住宅金融管理債権機構はともかくも、政府、検察、裁判所、警察などへの権力批判ぶりだけでもすごい。口先だけでなく、世間の裏道を歩いてきた実績??に裏打ちされた発言だけに妙に納得させられる。「電脳キツネ目組」に参加してもいいなと思うくらい、彼の回りはオーラにつつまれている。
 


上野介の忠臣蔵】清水義範 ★★忠臣蔵てのはよほど日本人好みなんだろうな。これを主題にした本は、比喩でなくゴマンと出ているはずだ。本書は吉良上野介側から事件を見るという、ちょっと趣向をこらしたものだが、この人の時代劇は、パロディでもなく、歴史小説にもなってなくてつまらない。名作「蕎麦ときしめん」があまりにもおもしろかったので、ついつい他の小説にも手を出して、いわゆるパスティーシュものの中にはそれなりに楽しめるものもあったけど、最近は駄目みたいだなあ。上野介の耄碌と浅野内匠頭のストレスの衝突を、刃状事件の原因とするのも平凡だし、登場人物が全然描けていない。時間潰しのつもりで読んだのだが、時間の無駄にしかならなかった。


「酒のない人生」をはじめる方法−アルコール依存症<回復ノート>】アルコール問題全国市民協会(ASK)編 ★★★ アル中から脱出する(つまり断酒)を目的としたハウツー本なのだ。人間をアル中とアル中でないとに二分したら、たぶん前者に入るであろう(^_^;)Morris.なのだが、このての本はこれまでにもいくらか読んだ事がある。なだいなだのものが一番納得できるものだったが、それで酒を止めようとしたわけでもない。本書は70ページあまりのパンフレットみたいなもので、自己診断しながら、徐々に断酒の方向に導いていこうという、その意味ではよく出来ている本なんだけど、これを肴にチビチビ呑りながら読んでるMorris.って----(^_^;)


20世紀をつくった日用品 ゼム・クリップからプレハブまで】柏木博 ★★★☆☆ 道具、日用品などモノを主題にデザイン論を展開している著者が96〜98日経新聞に「日用品の思想」のタイトルで連載したもの。80あまりのアイテムをとりあげ簡潔に手際よく料理している。個々のモノを通して、現代社会のシステムや規格、生産工程、社会通念、共通認識の変化の源を探るという視点は、ユニークで面白かった。「紙コップ」が「使い捨て」を、「エレベーター」が「高層建築」を、「時計」が「産業革命」を、「ショッピングカート」が「大量消費」を産み出したと(著者はそうは言ってないが(^_^;)逆向きに考えるとモノが出現し使用される社会の相が、くっきりと見えてきたりする。システムキッチンの出現にはストー夫人が関わっていたとか、ミシンは始めは見世物機械だったとか、エリザベス一世は手袋好きで2000枚以上持ってて専用の手入れ係がいたとか、エピソードにも事欠かない。最近「ネタ切れ」のMorris.にとっては格好のネタ本になりそう?
あとがきからパソコンに関して書かれた部分を引用しておく。
「考えてみると、パソコンに限らず、道具に依存するということは、道具によってある能力を拡張していると同時に、道具の論理によって支配されるということでもあり、また、ある一定の能力を低下させることにもほかならない。炊飯器や洗濯機にたよることで、わたしたちは機械的な力を手にした。しかし、他方ではなにがしかの能力は低下したのではないか。パソコンを持ったということは、いろいろなことを記憶してくれるもうひとつの人工的な脳を持ったような気持に無意識にさせてしまう。そして、その存在は、わたしたちの感覚に深く入り込む。したがって、パソコンは、わたしたちの感覚に直接何がしかの変容を引き起こしているといえよう。」


DVD-RAM革命】麻倉怜士 ★★☆DVDが今後パソコン等のスタンダードなディスクドライブになりそうな気配で、CDROMドライブに代わってDVD内装の機種が目に付くようになった。録画ディスクとしてのDVD-RAMは、まだ企画的にもハード的にも普及するには時期尚早のようだが、可能性としては充分魅力的だ。近い将来の技術予想と、開発経緯、特長と限界、何よりも実態把握のために読んだのだが、とりあえずどんなものかはわかったし、今のところは買い控えようという指針にもなったので、読んだ甲斐はあったのだが、例によって最近のこのての解説者の文章のひどさには驚かされる。インタビュー記事が多いのだが、途中で著者のスタンスがころころ変ったり、文体が極端にばらばらだったり、それよりも、カタカナ語の濫用が目に余る。技術的な用語や製品名で日本語に訳せない部分はともかく、形容詞や動詞までカタカナ化する必要がどこにあるのだろうか?
「再生時はもちろん、記録時にランダムアクセスすることによって、情報をヴィヴィッドに活用する機会が飛躍的に増えるのである。マルチメディア時代は情報洪水の時代である。だからこそ、欲しい情報を、欲しい時に、欲しいようにゲットできるランダムアクセス能力が、これからのメディアに必須のファンクションなのだ」
さらにこれはインタビューされた側の発言にあったのだが、
「それはまったくチキン・エッグなことですよ」
鶏が先か玉子が先か、の例えなのだろうが「チキン・エッグな」ねえ(^○^)


昭和40年代 思い出鑑定団】串間努 ★★★「日曜研究家」である著者が自分の小学生時代の懐かしい思い出のタネを収集品と追跡調査もからめて披露したもの。Morris.とは14年も違うため、ディテールはかなりちがうが、それでも懐かしさを共有できる部分も多くて面白かった。それにしてもこの人もオタクだよなあ。よく昔のものを大事に保存してるし、よく覚えてる。昭和40年代(1965〜74)と言えば日本の高度経済成長が始まり石油ショックで一挙に景気が沈むまでの時代だ。この時期は消費は美徳の掛け声に合わせて、ぞくぞくと新製品が開発され、登場した時期でもある。3C(カラーテレビ、クーラー、自家用車)なんて言葉もこのころかなあ。カタヌキ飴、紙石鹸、銭湯、リモコンの変遷、冷蔵庫の機能拡充、ガリ版、給食、ギョウチュウ検査、修学旅行の枕投げ、人生ゲーム、etc−−−ああ、ノスタルジーやねえ、とすっかりのすたる爺さんになってしまってた(^o^)


喜娘(きじょう)】梓澤要 ★★★☆☆ 「阿修羅」と同じく奈良時代を舞台にした5編の短編が収められているが、出世作でもあるタイトル作が一番良かった。他の作品も多少むらはあるもののそれぞれ見所はある。Morris.が最初に読んで感心した「百枚の定家」は、彼女にとっては、毛色の違った作品だったらしい。「喜娘」というのは第十次遣唐使大使藤原清河と唐の女性との間の忘れ形見の娘の名前で、彼女が第十四次遣唐使一行と、日本に渡り、そこで政争の具にされそうになるが、それを避けて再び唐へ戻るというストーリーだ。日本へ向う船が難破して漂流し命からがら九州天草に漂着するが、この時彼女をサポートした遣唐使の若者大伴継人との、密かなラブストーリーこそが眼目なのかもしれない。Morris.は時空を超えた「ポセイドンアドベンチャー」だと思ってしまったよ(^o^) 喜娘のキャラクター設定が何とも魅力的だし、史料にはほとんど名前だけしか出てこない彼女を想像の羽根をひろげて思いきり躍動させた著者のサービス精神には努力賞をあげたい。「歴史離れと歴史そのまま」という森鴎外の命題からすると、登場人物の関係や行動は限りなく「歴史離れ」しながら、唐と奈良朝の時代背景は緻密に「歴史そのまま」を再現していて、これこそMorris.の望む「歴史小説−ヒストリカルエンターテインメント」のあるべき方向ではないか(^o^) とベタ襃めしてる割には採点が辛いじゃないかと、思われるかもしれない。Morris.は基本的に長編好みなのだ。本書の短編の幾つかは充分長編に仕上げられるだけの内容を持ってるだけに、それが惜しい。(要するにMorris.は、おいしいものはなるべく長い時間楽しみたいってわけ(^_^;)
それとは別に、Morris.が本を読んで著者の語彙力を査定する二大基準てのがあって、
「目をしばたく」と、「腕(手)をこまねく」の二つで、読書中にこれを発見するとMorris.はそれだけで、「こいつはあかんな」と烙印を押してしまいたくなる。(「目をしばたたく」「腕(手)をこまぬいて」が正式の表記)
言葉は生き物だし、慣用読みみたいに、間違ってても大多数の人がそれを用いれば、それが正しいものとしてまかり通ってしまうことも、わからないではないのだが、Morris.は個人レベルで自分が使用する単語に固執したい。
大辞林には「しばたく」は「しばたたくの転」、「こまねく」は「こまぬくの転」とちゃんと見出し立ててるくらいだから、誤用とは言えないのだろうけど、やっぱり認知したくないなあ。
本書で梓澤要はちゃんと「しばたたかせて」って書いてたので、おお、さすが、さすが、と、一人悦に入ってたのだが、途中で「そないしかめつらしいことを」と言う表現が出てきて????状態になってしまった。「しかつめらしい」の誤用なんだろうな。著者の間違いか出版社側の校正ミスかはわからないが、これはやっぱり減点対象になってしまった。さらにこれをMorris.手持ちの辞書で調べたら「しかつめらしい」という語も「しかつべらしいの転」つまり、もともとは「しかつべらしい」という語で、この言葉は「「然りつべくあらし」の転か?」と、辞書にはある。うーーん、日本語っておもしろい。すっかり横道に逸れてしまったが、彼女の作品にはしばらく注目したい。


オタクの迷い道】岡田斗司男 ★★★☆☆ 「テレビブロス」に連載されたコラムの集成。Morris.も以前ブロスを愛読してた事がある。数あるTV番組雑誌の中では群を抜いて安いというのが第一の理由だったが、もう一つ、ブロスのコラムって時々面白いのが混じってるってことがあった。岡田斗司男の連載は記憶に無いが、自称「オタキング」という著者のコラムだけあって「濃い」話のてんこもりで、類は類を呼ぶことわざのとおり、彼の回りはオタクだらけ、らしい。Morris.にとっては「異界」を垣間見る視点で、この本を楽しんだが、オタクも、いまじゃ一種のステイタスだったり(^_^;)するんだもんなあ。タイトルはあの「酒呑みの迷い箸」のパロディだろうか。さすがと思ったのは表紙で、一見コギャル風の娘が著者の会社「オタキング」(^o^)を訪ねて、いろいろポーズとってるものなのだが、この子が実に典型的「オタク好み」なのだ。奥付の説明欄には、表紙モデル/インリン・オブ・ジョイトイ、としか書いてない。代わりにURLアドレスがあったので、ついMorris.も覗きに行ってしまったよ(^o^)それによると彼女は1976生、台湾出身のモデル兼歌手だそうで、写真集も出てるらしい。それにしても少女顔にナイスバディだ。とりあえずアドレスを転載しておこう(^○^) でも、メチャ重いよ(^_^;)
http://www.bekkoame.ne.jp/i/joytoy/www/


新種の花図鑑】別冊家庭画報 ★★☆☆ 花好きのMorris.だが、花屋の前を通ると、名前を知らない花が多い。大体が園芸品種より、山野草の方が好きなせいもあるが、最近の切花は新しい外来種が多く、名前が羅典語の学名をそのままカタカナ表記しているケースが多いので、覚えにくく、馴染みにくくなってるきらいがある。先日堀さんと、さりーちゃんの見舞いに行ったとき、堀さんが買った花の名が思い出せなかった。アルストロメリアで、和名は「ユリズイセン」だと。たしかに百合にも水仙にも通ずるところはあるが、もうちょっと気の効いた命名はできないものだろうか? と、いうわけで、図書館でこの本見つけて、花屋の花の名のお勉強をしようと思ったのだが、本書は新種といっても、これまでの花の品種改良が中心で、矮性種やら、色変わり、蔓生、匍匐生種とかのマイナーチェンジが多くて、ちょっと期待外れだった。それでも、よく見かけながら名前が覚えきれないものもそこそこ載ってたので、いくらか書き出しておく。(メモ代わり(^_^;)
・クリスマスローズ=オキナグサに似た茶花にしたいような渋い花
・カアルセオラリア=要するに巾着草
・ムスカリ=花なのか実なのか戸惑いそうな紫の花穂を密生させる百合科植物
・アキレア=西洋ノコギリソウ
・アクレイギア=西洋オダマキ
・アナガリス=瑠璃ハコベ
・ケマンソウ=赤と白の心臟型の花が下向きに咲いてるやつ
・トラケリウム=シモツケみたいな赤紫の鉢植え品種。和名ユウギリソウ
・ネモフィラ=瑠璃唐草。これは知ってたけど、Morris.の好きなのがインシグニス・ブルーだという事を知った。
・フリチラリア=黒百合、黄色や赤や白いのもある
・ベロニカ=瑠璃トラノオ
・ユーストマ=トルコキキョウのことをこう呼ぶのか??原産地は北米だとか
・ルピナス=ノボリフジ。蝶型の花穂が特徴。
・アカリア=英名cat-tail。赤い尻尾みたいな花が特徴。鉢植え品種
・エノテラ=昼間に咲くピンクの月見草
・ガウラ=ハクチョウソウ、といっても白鳥ではなく白蝶のことらしい
・クレロデンドルム=紫と白の蝶が群れ飛んでるような、便箋の模様に合いそうな花
・コレオプシス=ハルシャギク、といってもペルしゃではなく、北米原産。
・バーベナ=ビジョザクラ
・ペンタス=クササンタンカ、星型の小花を半球形に付ける鉢植え品種。よく見かける。
・ポーチェラカ=まつばぼたんみたいなのに、葉っぱが松葉型じゃないやつをこう呼ぶらしい。
・マンデビラ=ニチニチソウみたいな白い大きな花を付ける蔓性種
・ローレンティア=白、紫、ピンクなどの星型の小花。こんもりと円く茂る葉に負けないくらい多くの花を付ける


サイレント・マイノリティ】塩野七生 ★★★☆ 20代前半からイタリアに住み、マキャベッリ、チェ−ザレ・ボルジア、などを日本で「ルネッサンス」させた(^○^)ブームの仕掛人塩野七生が「新潮+45」(82〜84年)に連載したコラムを中心にまとめたもので、後の「男たちへ」につながる、辛辣そうで、けっこうスノップで、しかもシニカルな視点と、歴史おたくの面目躍如たる部分がない交ぜになってて、それなりに面白かった。彼女がキプロスでなじみになった「オリエンタルレストラン」のメニューのひとつ「なにやらわからないが濃い緑の野菜を使ったスープを注文し」てこれが、「モロヒアという、シリア、パレスティーナ、エジプトに、キプロスではこの近くだけに産する野菜で、葉は固くて山羊も食べないものだと後で説明された。これが実に美味で、明日また来ますから一人前残しておいてください、と頼んだほどである」というくだりに、これこそ日本に「モロヘイア」ブームを起こした種子ではないかと想像した。


机上の一群】向井敏 ★★★書評を読むのは、何も、めぼしい本を探すためとは限らない。もちろん、書評のスタイルもジャンルもさまざまで、カタログをなぞったような簡便なものから、評論と紙一重くらいのものまで、百花繚乱、汗牛充棟、疾風怒濤??玉石混淆、で、さらには最近じゃ書評専門の雑誌も相当数あったりして、世に本読みの種は尽きまじなのだが、Morris.は、同好の士の雑文として楽しむ事が多い。馬好きが競馬新聞をつい手にしてるようなものだ。書評の名手と目される筆者の文章は總じて巧みで、それだけでも読んで損はなさそうだし、その上、取り上げられた著作のダイジェスト、眼目を知る事が出来るし、読まずに済ませる本を知る事も出来るしと、いいことだらけなのである。前振りが長くなったが、向井敏は矢沢永一、開高健の仲間内では一番地味な存在だが、書評の手堅さには定評がある。割に良くあたる予想屋といったところか。本書は「文藝」掲載の比較的長文のものと、その他の短文の寄せ集めで、タイトルがちょっと気取りすぎかとも思うが、やっぱり読んで損した気にはならなかった。「である」という文体を定着させたのが尾崎紅葉であるとか、ヴァレリー翻訳の今昔、探偵小説における階級性などネタもいくらか拾えたしね(^o^)


アジアの旅20カ国ガイド】下川裕治 ★★★☆ アジアのバックパッカーの中でもタイには詳しい下川さんのアジア総覧みたいな本。20カ国といえばほとんど網羅してることになる。客観的なガイドでなく、あくまで個人的思い入れの強いコラム形式で、ひととおりアジアの諸国を回ってみたいと思っているMorris.にはいい参考書になった。韓国・中国・モンゴル・香港・マカオ・台湾・フィリピン・ブルネイ・ベトナム・ラオス・カンボジア・タイ・マレーシア・シンガポール・インドネシア・ビルマ・バングラデシュ・インド・ネパール・パキスタン。この中で一番Morris.の食指の動いた国はベトナムだった。今年は無理でもなるべく早い時期にホーチミンに行ってみたい。(もちろんバンコク、マレーシア周遊で)


遊びとジョーク】松田道弘 ★★★手品やトリック、ジョーク関連の論考では日本の第一人者である著者の、コラムや雑文をあつめたもので、随所にアメリカンジョークが散りばめられていて、気軽に楽しめる1冊だった。ただ、ジョークというものは、相当出来がよくても、その表現方法や、場面、タイミングなどで効果は全くちがってしまう。特に会話の場においては、ネタ半分、話者のテクニック半分、いや6:4か7:3くらいで、話し手の話術+キャラクターが重要度を占めるのではないだろうか?落語を持ち出すまでもないが、面白くない話でも名人がやると面白くなるのは誰もが経験済みだろう。それでもネタ自体が面白いにこしたことはなく、本書は結構そういう意味でのネタは豊富なほうだろう。いくらか引用しておく。

■その男は感傷的な気分で思い出にひたっています。「きょうは特別な日だ。ウィリアム・テルは7百年前のきょう生まれた。私が子どもの頃ウィリアム・テルは私たちのアイドルだった。私と弟はいつも裏庭でウィリアム・テルごっこをやったものだ。弟も五十四のはずだよ。あのとき矢がリンゴにあたっていたらな」

■ある夫婦の会話
「ぼくがいなくてさびしかったろう」
「あら、いなかったの」

■子どもが父親に質問しています。
「パパ、戦争はどうして起るの?」
「そうだな、たとえばアメリカが中国とけんかしたと仮定しよう」
そこへ母親が口を入れます
「アメリカが中国とけんかする理由なんてないわ」
「たとえばの話だっていってるじゃないか」
「そんなばかばかしいたとえを持ち出して子どもが誤解したら困るじゃありませんか」
「どこがばかばかしいんだ」
父親が声を荒げます。
「もういいよ、パパ。戦争がどうやって起るのか、ぼくよくわかった」

■第一次世界大戦中、独逸軍は次のパズルを印刷して空中からばらまき、塹壕のなかの連合軍の兵士は、皆がその解き方に夢中になって士気がおとろえたというものです。
コインが9枚あります。
このうち一枚が僞のコインで、その重さが本物より少し軽いのです。いま、てんびん秤を使って、二回計量するだけで、その一枚の僞コインを選別してほしいという問題です。

最後のはジョークでなくパズルだから、この世界のルールに従って、解答は数日間、おあずけにしておくので、しばらく自分で考えてみてください。
 


阿修羅】梓澤要 ★★★☆☆ 先日の「百枚の定家」があまりに面白かったので、灘図書館でさっそく借りてきた。舞台が奈良時代、テーマが政変という、Morris.には苦手な設定なのに、ともかくも最後まで読みとおした。この作家はなかなか読ませるなあ。ただ聖武天皇時代の系図や、人間関係がちっとも頭に入ってないMorris.は結構ややこしくて、ほとんど想像で補ってしまった。橘諸兄の子橘奈良麻呂を興福寺の阿修羅像のモデルと見立てて、かなり「歴史離れ」の作品だが、それでも考証などはしっかりしたもので、彼女の几帳面な性格が偲ばれる。点数がやや辛いのはあくまでテーマのせいだ。


歴史上の本人】南伸坊 ★★☆☆ おにぎり頭のイラストライター南伸坊が、二宮金次郎、松尾芭蕉、西郷隆盛、織田信長など歴史上の人物になりきって(扮装、メーク、顔真似)、ゆかりの土地を訪ねて土地の人を驚かしながら紀行をものするという、欲張ったというか、馬鹿馬鹿しいというか、変な企画なのだが、これはもともと雑誌「旅」に連載されたもので、要するにJTBの肝入りというか、PRがらみだったみたいで、この人の作にしては面白くなかった。いや、まあ、面白いんだけど、面白度が他の本より落ちるくらいという意味だけどね。南文子夫人撮影の彼の仮装ぶりを眺めるだけでも、まあいいかと思ってしまう。


百枚の定家】梓澤要 ★★★★☆ 全く未知の作家で650ページもある大部な本なのに、手に取り、すぐ借りる事にしたのは、題名によること言うまでもない。歌を忘れた歌人(^_^;)Morris.とはいうものの、和歌、特に新古今の歌人には今も畏敬の念を持ち続けている。定家といえばその象徴だし、百人一首の成立や謎にも人一倍関心はある。でもこの小説は百人一首そのものではなく、定家直筆の「小倉色紙」をテーマにしたものだった。それはそれで興味ふかかったし、この作者の博識と勉強振りには瞠目させられた。書跡、和歌、骨董の真贋、茶道、地方史、美術館のキュレーターの世界等など、それぞれに一筋縄ではいかない、ややこしい世界を、なるほど、と、Morris.をうならせる程度に料理してる手練は、ただものではない。新しく開館する東京近郊の市立美術館に、赴任した学芸員を主人公に、米国で新発見された一枚の「小倉色紙」購入を機会にオープン記念展もこれをテーマにすることとなり、新たにまとめて発見された10枚の色紙を巡ってのさまざまな人間模様、殺人事件までからまるストーリーだが、登場人物のそれぞれの描写や歴史がやたらリアリティがあって、これをもっと膨らませたら本書の数倍のボリュームになりそうな内容を感じさせる。特に不慮の死を遂げる書の権威者の個人史と錯綜した人生と芸術の描写などは本筋より印象に残るほどだ。テーマが、Morris.好みだったことを割り引いても、今年読んだ小説の中では一、ニを争う。主人公の性格がちょっと女性的だな、と、思ったが、著者紹介に、本名・永田道子とあったので驚いた。女流だったのか。


戦中派不戦日記】山田風太郎 ★★★★☆☆ Morris.のお気に入りの作家山田風太郎による昭和20年一年間の日記である。当時24歳の山田青年は、医大の学生で、そのため徴兵に取られず、そのかわり?東京空襲を始めとする、太平洋戦争末期の恐怖と錯乱の東京を克明に記録している。更に敗戦直後の混乱と戸惑いの世相も醒めた目で書き留められている。同世代の大部分が兵隊に取られ、そのうちのかなりが戦死するという極限状況の中で、特殊な自己の立場をやや自嘲的に「不戦」と称したのだろうが、なかなかどうして、銃後の生活もそれなりに大変だった。本書は昭和46年(1971)に番町書房から出された。Morris.はこれも読んだ記憶があるが、今回再読したのは講談社文庫版(1985)だ。文庫で500ページを超える大部なもので、当時の青年の真摯さにまずうたれる。風太郎独特の、乾いた虚無主義も、この時代の経験に起因するのだろう。空襲の描写も体験者ならではの臨場感溢れるものだが、Morris.の身近な?極限状況といえば、反射的に5年前の神戸大地震を思い出すのだが、本書を読むと、恐怖の密度がまるで違う。そりゃまあ、天災と戦争を比べるのがそもそも間違ってるだろうが、震災当時には、これ以上の修羅場はないと思ったのだから、しかたがない。戦争を単に観念として忌避するのでなく、実感として(疑似--シミュレーションだとしても)体感できる得難い一冊でもある。しかしMorris.はこの日記が、単純に面白かったということも白状しておかねばならない。後世、稀代のストーリーテイラーになる風太郎の萌芽といえる、冴えた表現、自己も他者も客観的視線で捉えての絶妙な描写、日記という個人的覚え書きが、これほどまでに普遍性をもって現代を照射するというのは希有のケースかもしれない。実はMorris.はこれを、きっちり毎日、その日の分を読んで今年いっぱい樂しもうと思ったのだが、ついつい最後まで読み通してしまった。


カリスマ 中内功とダイエーの戦後】佐野眞一 ★★★☆☆ 600ページを越える大部のドキュメンタリーで、読むのにえらく時間が掛かってしまったし、結構読みごたえもあった。ダイエーの中内功(本当は功ではなく造りが「刀」が正しい)という、現役の大物を、忌憚泣く評価、批判、糾弾するのは、かなり障害も大きかったと思う。後書きにも裁判のことに触れてあるように、ダイエーの存続左右しかねないとすら思わせる現状分析も、説得力がある。ダイエーという企業の光と影(主に影の部分だが)をこれだけ暴露しただけでも大した物である。ダイエーの歴史とMorris.の個人史は、ほとんどぴったり重なるだけに、流通業、大衆経済史として時代を振り返る意味でも興味深かった。中内功個人、ダイエー一企業にとどまらず、戦後から高度成長期、バブルからその崩壊まで、日本の大衆の欲望と生活の縮図が実に分かりやすく見えてくる。このての本はめったに読まないMorris.だが、人間というものはホモ・エコノミクスでもあるわけで、目をそらしてばかりはいられないと、柄にもなく殊勝な反省もさせてもらった。ただ本書の瑕瑾をあげつらうならば、文章があまりに素人くさいことだろう。もってまわった言い回しや、漢語の濫用(春秋の筆法によるとなんてのが繰り返し出てくる)と、インタビュー相手の印象批評がおざなりな事くらいか。


帽子の運命】今江祥智 ★★★懐かしい名前に惹かれて手に取った。学生時代に日本の児童文学にも関心を持った一時期があって(翻訳児童文学は子供の頃から夢中だった)、その中でも一番好きになったのが今江祥智だった。短い童話から、中篇、短編、なんでもござれで、自伝的長編「ぼんぼん」シリーズあたりまでは、ほとんど夢中になって読んだ記憶がある。それがだんだん、精彩を欠き、作品の質量ともに下降線をたどり(あくまで、これはMorris.の個人的感想)、何となく過去の作家みたいな存在になってしまった。本書は「クロワッサン」に連載したものに、残り半分くらいを書き下ろしたもので、13話の連作短編になっている。タイトルにあるように各挿話ごとに帽子(または帽子みたいなもの)が小道具として配されている。身体の弱かった静枝と言う少女が人生のそれぞれの時間に出会った男性とのコネクションを今江節で切り取った態のもので、久しぶりに昔の今江に出会えたような気がして、嬉しかった。しかも挿画の宇野亜喜良が、これまた久しぶりに丁寧な作品を1作ごとに(それも特色の紙挟み込み)添えてくれてて二重に嬉しかった。(名作「あのこ」のコンビ(^o^))その割に採点が辛いのは、挿話によってむらがあるのと、「ためにする」ストーリー展開が目立つ事、そしてあの黄金時代作品の自己摸倣の匂いを嗅いだためだ。


岸和田少年愚連隊 望郷編】中場利一 ★★★☆☆☆たぶんこのシリーズ3作目になると思う。岸和田とは何かと縁のあるMorris.だから、1作目はタイトルに惹かれて読んだのだが、これがはちゃめちゃにおもしろい。今回は副題にあるとおり、小学校時代の春木地区を舞台にとんでもない親父、祖父とこれまた結構切れてる小学生である作者と仲間達との愛憎交々の悲喜劇が繰り返されるのだが、父のあまりの横暴にたまらず家出する母と父を憎みながら歯噛みするばかりか、どうも父親の遺伝子を多く受け継いだ作者のジレンマ等など。この家庭状況は梁石日の「血と骨」岸和田版ではないか。情念やディテール描写は、在日版に敵うべくもないが、Morris.は岸和田版のこちらの方が好みだ。


セバスチャン】松浦英理子 ★★☆☆☆エッセイ読んだ後この人の小説は読まないだろうと言った舌の根も乾かぬうちに、実質的デビュー作といえるこの小説を読んでしまった。昨日三宮図書館に寄った際、ちょっと手にとり、そのまま30ページくらい立ち読み、あとはソファに座って1時間ちょいで読み終えた。どのようなセックス描写があるのかという興味も無くはなかったのだが、精神的(フィジカルな部分もあるが)マゾヒスムが中心主題の、観念小説みたいだった。著者の頭の良さみたいなものは随所に顕われてて、Morris.はそれなりに楽しめたが、作品としての完成度はいまひとつだな。主人公が翻弄される相手の名が「背理−せり」というのは、面白かった。けど、もう他の作品は読まないだろう(^○^)


異端は未来の扉を開く】梁石日★★☆☆在日作家の中で一番Morris.の読書意欲をそそる梁石日のエッセイ、コラム、対談を寄せ集めた本で、「血と骨」がジャーナリスティックに話題を呼んでるから、雑誌、新聞、その他から何か短いものでもという依頼も多くなる。それをまた集めて1冊にする。テーマも分散、内容の重複も多く、物足りなさを感じた。やっぱりMorris.は「作品」を読みたいよ。それも私小説系(「血と骨」など)じゃなく、できるだけ物語性の強い(「夜を賭けて」など)やつをね。


優しい去勢のために】松浦理英子★★★94年に出た彼女のエッセー集。第二作「セバスチャン」(80)から話題作「親指Pの修行時代」(94)刊行までのものだが、Morris.は彼女の本を読むのは初めてだった。雑誌の対談や、書評を見て気になりながら、何となく敬遠してた。セックスという、Morris.の苦手??な分野、それも、ややアブノーマルな傾向ということで、ひるんでたのかもしれない。本書は予想以上に面白かった。文章もしっかりしてるし、頭がいいこともわかる。だいたいMorris.は、頭のよさそうな女性作家(倉橋由美子、金井美恵子、冨岡多恵子等など)に弱い。マゾヒスティックな快感を味わえるような気がするのだ。特に初期の頃のやや昂揚しすぎとも思える言説は、読んでいて、快感を覚える。タイトルになっている「優しい去勢のために」(紙もインクも特色使ってある)は、性器をテーマにした散文詩といった気配の作品で、なかなか素敵だった。でも、Morris.は彼女の小説を読もうと言う気にはならなかった。

*このところしばらく、書評(読書録)がなかったけど、韓国旅行中は、本読まなかったし、帰ってからも ソウル漫遊記 書いたり、引越準備やバイトが異常に忙しいこともあって時間がなかった。じっくり読んでる本もあったりして読書欲が減退してるわけではない。


美しく生きる−中原淳一その美学と仕事】★★★★☆☆帰国して授業に出る前南天荘でこの別冊太陽ムックを見つけて狂喜して買った。しばらく宴会モードで、読めなかったが、やっと通読して(鑑賞して?)期待を上回るものだった。高々200ページ足らずだが、大判でほとんどカラー刷りであの中原淳一の佳麗で、纖細で、叙情的で、ハイセンスで、どきどきさせる世界が展開されているのだから、当然かもしれない。Morris.の淳一好みについては、サンボ部屋愛憎本コーナーの「 愉しく新しく 」を見てもらいたい。これまでにも復刻本や雑誌の特集などいろいろ借りたり、購ったりもしたが、これほど網羅的に、しかも比較的安価に手に入れることのできるものはこれまでになかったと思う。これを契機に、新しい世代にも淳一の魅力を発見して欲しい。でもMorris.にしてみれば、この本出してもらっただけで、ひたすら感謝、感謝だ。コラム風の著名人の讃文も、それぞれに淳一への敬愛が表現されていてなかなかいい。


詩集 塵芥】金子光晴★★★75年、光晴没後に出されたいくつかの詩集の一つで、Morris.は当然当時読んだはずだが、四半世紀振りに読み返して、やっぱり光晴はいいな、と感じ入った。初期の象徴詩派風の作品も、戦争中の抵抗詩も、「蛾」や「女たちへのエレジー」」も戦後の叙事詩(人間の悲劇など)も好きだが、「愛情69」に代表される晩年の金子節は、読むたびに心がマッサージされるような気がする。そのように優しく易しく表現されている行間に鋭い人間観察と、批判精神。光晴は晩年になって、マスコミにエロ爺さんとして、よく取り上げられ、本人もそれに迎合するかのように企画に乗ったり、対談したりしてたが、この詩集などを読めば、それが、韜晦であったことがよくわかる。十代から八十代までをタイトルにした8編の詩がある。光晴にしては、ちょっと芸の無い詩風だが、かえって光晴の肉声が聞こえてくるようで面白かった。そろそろ近い五十代の詩を引用する。

五十代

 五十代とは、なんと、
しのこしたことの目に立つ年頃か。
そのくせ、やり直すには少し手遅れ。
「お若く見えます」などと言われると、
じぶんでもつい、そうかと思う。
だが、試すだけは試した方がいい。
見はてぬ夢とか、老らくとか
言われるほどの年ではない。
帆柱会の用も、蛇酒も無用、
まだまだ自力で立つべきだ。


血と骨】梁石日★★★☆「タクシードライバー日誌」以来、彼の作品はほとんど読んでる。一年ちょっと前に出た本書はかなり話題になったので、ぜひ読みたいと思いながらも、図書館では見当たらなくて結局例のセンターの古本市で見つけて300円で買ってしまった。2段組500ページのボリュームある力作だが、彼と凄い父親との確執話はいいかげん勘弁してもらいたいという感じになった。もし、本書で初めて彼の作品に接したのだったらもっと評価も高くなったかもしれないが、すでに散々彼の父親の凄まじさを読ませてもらった後では、多少辟易させられる。表現力、描写の巧みさはいつもながらうならされるのだが、「夜を賭けて」のような客観的描写に比べると、ややしんどかった。梁石日個人にとっては父の存在はいくら書いても書ききれないだろうが、Morris.は、彼の父の話は、もういいよ!!って言ってしまおう。この本は金曜日にまたセンターの古本市に並ぶことになるはずだ。


しゃべる唯幻論者】岸田秀対談集★★「ものぐさ精神分析」は衝撃的だった。「二番煎じ−−」「出がらし−−」「保育機の中の大人」くらいまでは、ほとんど熱中してた。それから20年以上もたつ。「人間は本能の壊れた動物」「愛情も理想もすべて幻想である」「日本は黒船によって強姦されてその後遺症を抜けられずにいる」などは、すでに一般論として定着した観すらある。しかしいまの時点では、新鮮さを失ってる気がする。処女作が出来すぎでこれをを超えられないタイプかもしれない。「甘えの構造?」の作者土居某が同じケースだ。二人とも心理学者というのもなにか符合するものがある。本対談集の相手のなかにはMorris.の好きな橋本治も含まれているのだが、これが一向に面白くない。岸田秀は、本当に「出がらし」になってしまったのじゃないか。巻頭にある写真を見て直観的にそう思った。集中唯一見所があったのが岡田斗司夫との対談の一部でタイトルが「精神分析はもういらない」で、Morris.はこれを「岸田秀はもういらない」と読み替えていた。


菊地君の本屋−ヴィレッジヴァンガード物語】永江朗★★★☆神戸ハーバーランドの情報ビル3Fの本屋「ヴィレッジヴァンガード」に初めて行ったときのことは忘れられない。とにかく一般の本屋とは全くちがうレイアウト、天井まである本棚、わけのわからない小物類、おしゃれなBGM、マニアックな本揃え、いっぺんにファンになり、定期的に覗くことにした。この店を名古屋で開いた菊地敬一の語りおろしを中心にまとめられた本書は、ヴィレッジヴァンガードへの認識を新たにさせてくれるとともに、菊地敬一本人の、意外にしたたかな商才と、クールでシニカルな面を発見させてくれた。綜合書店の隙間を縫ってのおいしいとこどりの若者向け本のコンビニエンスストアと片づけることもできるが、あれだけ楽しめる空間を演出してくれれば充分だ。近辺の方は一度訪ねて、体感してほしい。巻末に店の定番1,300の一覧があるのもうれしい。この本全体がヴィレッジヴァンガードのPRだが、神戸店以外の店、特に名古屋の1,2号店は、一度覗いて見たくなる。


追跡者の血統】大沢在昌★★★一時期大沢ものを読み漁ってた。特に「新宿鮫」シリーズ。漫画みたいなものだが、面白いのだからしかたがない。本書は15年ほど前の作品だが、それなりに楽しめた。国際諜報機関に拉致された親友を追って、主人公の法律事務所付探偵が痛めつけられながら、しぶとく食い下がり、目的を達するという、マカロニウエスタンならぬ「タクワンハードボイルド」で、本格ファンはハナもひっかけないだろうが、たまにはこんなので息抜きしたくなることもあるさ。娯楽度は高いし。


罪と罰−ナニワ人生学】青木雄二★★「ナニワ金融道」の作者が、漫画家やめてから数冊書いたエッセー集の1冊。なんでこんな本借りてきたのかよくわからない。やっぱり疲れてたのだろう(^_^;)。本人は成り金になったマルキストと自称してるし、ドストエフスキーに触発されて例の漫画を書いたということで、本書のタイトルとしたようだ。しかし、漫画の10分の1も面白くないぞ。やっぱり彼には漫画家復帰を願いたいものだ。


新星十人−現代短歌ニューウェーブ】★★★歌人を標榜していたこともある(^o^)Morris.なのだが、本書に収められている10人中二人しか知らなかった(^_^;)。それぞれ、ミニ作家論+新作30首+自選100首+エッセイという構成で、とにもかくにもトータル1,300首を猛スピードで読み飛ばしてみた。エッセイなどは読んだり読まなかったり。コンピュータ関連の作品も複数あったが、あまり興味を覚えなかった。タイトルは「新風十人」にあやかろうとしたものだろうが、彼此の作品の差は歴然で、比較すること自体、先達に失礼というものだ。読後感として、やはりこの形式には調べが不可欠だな、と再確認した。前から知ってた紀野恵と今回初めて知った水原紫苑、この二人が印象に残った。ランダムに数首を引いておく。

大粒の真珠失ひ夏はただ海のつめたさあしたのくらさ
・ゆめにあふひとのまなじりわたくしがゆめよりほかの何であらうか
・わたくしはどちらも好きよミカエルの右の翼と左の翼 紀野恵

・科学者も科学も人をほろぼさぬ十九世紀をわが嘲笑す
・天涯といふはいかなる崖(きりぎし)や空蝉の目に雨はふりつつ 坂井修一

・たのしいね、みんなわらってないてるね、海月になつて唄ふゆふぐれ
・今生と謂ふべく昏るる白粉花(おしろい)の胸には柩、あなたを挽いて 辰巳泰子

・くちびるでくちびるつつむ
 はじめから成立しない誓はたてず 林あまり

・嫉みもつ人の頭(かうべ)よ一羽づつ極楽鳥のとまりてゐたる
・美しき脚折るときに哲学は流れいでたり 劫初馬より
・天球に薔薇座あるべしかがやきにはつかおくれて匂ひはとどく 水原紫苑

・週末に銀曜日あり みっしりと桜木ならぶ舗道を抜けて  吉川宏志

・合歓よ合歓いく度眠らば澄み果つるまで滅びし百済 米川千嘉子


軽いめまい】金井美恵子★★★☆☆彼女が詩集「マダムジュジュの家」で登場した時から、ファンで、すぐに小説に転向してからも割と熱心に読み続けてきたが、途中評論やエッセイでちょっと離れたりもしたが、前作「恋愛太平記」2巻が豪快に面白くて本書がその流れの作だったので、楽しく読ませてもらった。平凡(とも言えないが)な主婦が身の回りでの出来事を語るともなく記述していくスタイルで、とりたててドラマチックな事件が起こるのでもないが、この語り口(つまり文体)が絶妙でついつい、ひきこまれる。「恋愛太平記」の後書きに、谷崎の「台所太平記」を意識したとあったが 、平安女流文学の、連綿としてとぎれない語り口なのだ。段落内には読点「。」がほとんどない。長いときにはこれが數ページも続くのだが、ハイフン「−」つかったり、曖昧な接続語を駆使して、意味は通じるのが日本語の面白いところで、彼女はそれなりにスタイリストなわけで、その芸も楽しめる。ついでに言えば、前作からの特徴だが、服飾や食品等の固有名詞がばんばん出てくるのも、変にリアリティがあり(これはまあ「何となくクリスタル」みたいでもあるが)、更に写真や映画、文学などに関するうがった論考が、登場人物の意見として疲勞され、それをまた否定したり、曲解したりして、作者自身の意見や辛辣な批評をミスティフイケイトするやりかたは、なかなかの発明であると思う。これが「家庭画報」に連載されたというのも、笑えるよな。


男もの女もの】丸谷才一★★★☆当代きっての随筆の達人丸谷才一だけに、あいかわらず、達者だしとりあげらている話題も、バラエティに富み、遊びとけれんのある文章も流石なのだが、何か、年取ったなと思ってしまった。装丁とイラスト担当の和田誠は、あいかわず素晴らしい。今回も007の作者イアンフレミングの愛人ミュをネタに、絶妙の書き分けの名人芸を見せてくれてる(75pと79p)。


引越ー日本の名随筆】中村武志編 ★★★☆☆ いやいやながら引越せざるをえながった人。ほとんど引越が趣味みたいな人。自分の理想を実現すべく新居を注文建築する人。引越と言うより家を新築しまくる人。さまざまな引越に関するエッセイ28編が収められている。作品社のこのテーマ別随筆シリーズは好評で、第1期100冊に続いて続編、別巻と継続してる。ひ越し願望の割に一向に実践に移せないでいるMorris.は「イメージトレーニング」の教材としてこれを読んだ。わけではない(^o^) この「引越」編集にあたった目白三平モノの中村武志は本書編纂中に病没。此岸から彼岸への引越の記念の書となったというのも皮肉である。「貸し間あります」の札が日常的に見られた古き良き時代の引越が懐かしく思い出される。


時代人の詩】生田春月★☆☆以前梅田大丸の古書店で買った「生田春月全集第3巻」である。予想を上回る(下回るというべきか)作品(いや作品とはいいがたい)だった。これは承知の上で買ったし、途中で止めず読み通したのも、この詩人とは腐れ縁みたいなものがあって、ついつい気にかかるからだった。春月を知ってる人の方が少ないと思うので、改造社版の詩人全集中の小傳からダイジェストすると
明治25年島根県生。14歳で家族とともに朝鮮釜山に移転、世間の辛酸を舐める。16歳で上京し生田長江の書生をしながら詩作に励む。大正6年新潮社から発行の詩集「霊魂の秋」がちょっとしたベストセラーになり、続編「感傷の春」も版を重ね、一躍叙情詩人としての地位を確立する。翻訳、感想、小説などにも手を広げたが、技術上の行き詰まりと、女性問題のもつれから厭世的になり、昭和5年5月19日、菫丸船上より瀬戸内海に、悩み多き一生を自らなげうった。死後1ヶ月目に刊行された詩集「象徴の烏賊」が彼の頂点をしめすものとされる。
Morris.は初期の抒情詩集、就中「小唄」のような小曲を愛好していた。マイナーポエットという言葉をそのまま体現してるみたいな、大正時代−日本のベルエポック(幻想としても)を彩る詩人として、個人的な思い入れの強い存在だったわけだ。「時代人の詩」というのは、彼が自殺する直前1年あまりの詩稿ということになるのだが、先に書いたように、作品以前のメモ、覚え書き、繰り言、感想が中心で、これが二段組600ページ近くも続くのだから、読みとおすのも一種の難行だった。これを書き始める前に、彼は芦屋と神奈川の二人の女性(どちらも有夫)と、恋愛関係にあり、どちらとも会ったり別れたりを繰り返していたようで、本書の大部分もこの女性との葛藤に割かれている。まあ熱に浮かされての囈語みたいなものだから、理論の整合性などあるはずもなく、振り子のように揺り揺られする感情をこれでもかと、言うように垂れ流し状態で、これをそのまま刊行すること自体、ちょっと異常に感じられて。それも全集の1冊全部を費やすなんて、と思ってしまう。ちなみにこの第三巻には末尾に春月の遺書(十通もある)まで併載されている。新潮社の春月への義侠心(残された親族への経済的援助)の発露のようだが、結果的に死者を辱めることになったのではないだろうか。心の弱さを責める気はない。Morris.こそ人後に落ちない小心者だし、同病相憐れむで、春月への共感もある。それはそれとして痛まし過ぎるこの本は、近いうちに火葬しようかと本気で考えている。本書からの引用は止めて代わりにMorris.の好きな彼の詩句を引用しておこう。「霊魂の秋」の冒頭に小文字で付されたため息のようなことば

あこがれは
我が手の玉、
地に落し、
うち砕くとも、
なほ我がものぞ。


江戸っ子だってねえ−−浪曲師廣澤虎造一代記】吉川潮 ★★☆☆☆先々月読んだ 「浪花節繁盛記」大西信行 が力作だったので、これに触発されて浪花節のことをもう少し知りたいと思ってたのでタイトルを見て迷わず手に取った。副題にあるとおり浪花節界最後のスーパースター廣澤虎造の伝記小説である。虎造といえば森の石松「馬鹿は死ななきゃなおらない」の「石松代參」だが、この名調子をラジオで聞けなくなって四半世紀近く過ぎたのではないだろうか。東京生まれの虎造が関西で浪曲師となり、帰京して大看板になるまでの苦労話、とりわけ友人で理解者の白井新一、講談の神田ろ山、落語の司馬龍生らとの友情。女房で曲師を兼ねたとみ子との愛憎などが、まさに「なにわぶし的」に語られていくあたりは、分かりやすくて面白かったが、小説としては態をなしていない。まあ、Morris.も初めから虎造の活動を総括してみるのが目的だったから不満はないが、やや安手の読物となった感は否めない。ともかくもテープかCDで虎造の「石松代參」と勝太郎の「天保水滸伝」だけは聞いてみたい。


プラトン学園】奥泉光★★☆☆期待して読んだのに、ああ、これも「バナール−−」の流れをくむ、ちょっと退屈な作品だった。導入部は良かったのに、だんだん、テレビゲーム風バーチャルワールド、そしてデジタル日記のアナーキー性の繰り返し。最終章のタイトルがそのまま「バナールな現象」。うーーん、頼むからこのてのはなしは勘弁して欲しい。97年発行だから、割と近作のはず。文芸界の動向にも疎いMorris.はこれ以後の作があるかどうかもしらないが、このところずっとイチ押ししてた奥泉熱が少し冷めかけている。この作品は新聞連載だったらしい。それが敗因(Morris.の評価での)なのか。それにしてもいまどき新聞小説を楽しみにしてる読者なんてどのくらいいるんだろう。本書の文体(「かように」とか「さように」を多用する)も、これまでの作より、一段落ちる気がした。


日本のレトリック】尼ケ崎彬★★★★ちくまライブラリー88年発行。あーあ。これこそ発行された時点で読んどきゃ良かった。当時は日本語のレトリック関係の本が割と頻繁に出てて、そのうちのいくらかはMorris.も熱心に読んだものだ。10年後に読んだ本書は、レトリックはレトリックでも、ほとんど和歌、短歌の技法事典みたいなもので、それも万葉、古今、新古今の錚錚たる名歌を明晰に技術分析してくれてるじゃないか。そのころから歌を作り出したMorris.は、ほとんど手探りでつたない歌をでっち上げてきたが、この本を先に読んでたらずいぶん、参考になったはずなのに。どうもMorris.は歌人の歌論に偏していたきらいがある。本書の著者は凡庸に見える文章のくせにポイントは的確に押えて、Morris.にもよくわかる分析がすごく面白かった。引用の的確さも筆者の底力を感じさせる。・仕立て・見立て・姿・対句・寄物陳思・掛詞・縁語・本歌取の8章に分かたれていて、それぞれ興味深いが、各時代の歌論を比較評価しながら、現実世界とは独立して成立している和歌の世界の豊穣が、日本文芸の拠って立つところであるというあたりは、思わず膝をたたいて同感してしまった。
縁語の章における、定家の絶唱
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ
に関する分析は圧巻だが、以前のMorris.の歌集「消息」(サンボ通信27号)の冒頭歌がこの定家作のパロディだと気付いた読者は一体何人いたことだろう?
来ぬ文を待つ仄暗き夕間暮白夜の城のミモザ枯れつつ


漣健児と60年代ポップス】高護監修★★★★60年代といえばMorris.はティーンエージャーまっさかり??だった。64年の東京オリンピックに象徴される、高度経済成長の胎動期で、実際には貧しい生活のなかにも、将来に夢と希望があるように思われた時代。そのBGMとして一番相応しかったのが洋楽(主にアメリカンポップス=オールディーズ)を日本語の歌詞をつけてうたわれるカヴァーポップスだった。弘田三枝子の「ヴァケーション」「子供ぢゃないの」、飯田久彦の「ルイジアナナママ」、田代みどりの「パイナップルプリンセス」、中尾ミエの「可愛いペイビー」、坂本九の「すてきなタイミング」、パラキンの「電話でキッス」等々、今でもフレーズが口をついて出てくるこれらの訳詞を一手に引き受けていたのが漣健児(本名草野昌一現在シンコーミュージック代表)で、本書は彼の作品の詳細なディスコグラフィ、カラー写真満載のオリジナルシングル紹介、漣健児インタビュー、フリークたちのコラム、極めつけ10曲の楽譜まで掲載されたカヴァーポップスの世界てんこ盛の、いわばカヴァーポップス大全と言える嬉しくなる作物だ。漣の訳詞(彼自身のいうアダプテーション)の素晴らしさは、ノリのよさと、常識にとらわれない(ぶっ飛んだ)語彙の選択にある。英語の押韻を魅力的な日本語に移したり、個性的擬音の使い方など、いろいろあるが、要はセンシティヴィティに集約されるのだろう。とにかく懐かしくて、面白くて、目から鱗の裏話も満載で、Morris.も大満足の1冊。
 


猪八戒の大冒険】武田雅哉★★★★ご存知西遊記の人気者、ブタの怪物(ブースカにならって快物といいたい)猪八戒をネタに、中国の笑いのエッセンスを見事に解析してくれた名著。何たって面白い(Morris.の評価はこればっか(^_^;))。この面白さが広範な渉猟、古今東西の比較文化、自由奔放な想像力と、巧まぬユーモアある文章、八戒への露骨な身贔屓、どれをとっても作者の力量並々ならず。ぜひぜひこの人に西遊記の翻訳やって欲しい。読みたいぞ。Morris.にとっての西遊記というと、もちろん子供向きのリライト版から親しんだが、雑誌「少年」に連載された杉浦茂の「少年西遊記」が強烈な印象を残した。キャラクターも魅力的だったし、奇想天外をあっさりとした絵柄で描き出す杉浦茂って、やっぱり天才としか言いようが無い。平凡社版の全訳も読んだはすだし、野尻抱影・初山滋の素敵な絵本も忘れ難い。西遊記のストーリーの波及力ってすごいよな。「ドラゴンボール」がアジアで爆発的に受けたのもプロットが西遊記だということも理由の一つだろう。さて、八戒だが、もともと彼は黒豚だったことや、食欲、性欲の権化と思われながら、実は家庭生活に憧れる愛すべき存在だということや、漫才でいう大ボケ野郎で、トリックスターであることなど、本書の教えは多岐にわたって、それぞれに興味深い。日本版の西遊記はやっぱり、沢庵臭いという指摘は、わかるような気がする。


コードネームはかくや姫】花房孝典★★【バイバイ、烏骨鶏】★★☆☆いちおう連作で。第2部の方が一部韓国を舞台にしているようなので借りてきたのだが、まあ、時間の無駄というべきだろう。ちょっとおまけして第二部は時間潰しくらいにはなるといっておこうか。とにかく第一部小説胃以前。作者の蘊蓄(料理やファッション)も上滑りして、ストーリーはおそまつな御都合主義−−とこきおろしておく。期待の韓国編では、こと料理に関してだけはツボを押えていて、★マークの大部分はそれだけで稼いでる。主人公の二人(デザイナーと料理評論家)が作者の分身らいしいが、そうだとしたら臆面もなくこういうシチュエーションの話を造って公開できる神経には、降参(お手上げ)するしかない。
 


マルチェロ物語】樹なつみ★★★センターの古本市で愛蔵版上下200円で入手。樹なつみは「0Z」しか知らなくて、このマルチェロは初期の代表作らしいが、もちろん初めて読む。女装の美少年モデル、マルチェロと、中年デザイナー、デルモネ、それに若手デザイナー、イアン3人の同性愛三角関係物語、と、書くと愛読者は怒るだろうな。表面上は、ヒロインも登場するし、イアン、マルチェロと三竦みを演じるアメリカ女優、レズのトップモデルとか、ギャングの情婦とかいろいろ出てきて、それぞれの愁嘆場を見せたりもするのだが、作者の力点はやはり男3人の「愛」にあるのではなかったかとMorris.には思える。少女漫画に論理を求めても仕方が無い(^。^)。彼女のデビュー以前に現役を降りたとはいうものの、それまでは、いちおう少女漫画読みを自負していたMorris.だが、最近の少女漫画家は、画力の水準とストーリー展開のうまさに関しては、Morris.が読みふけっていたころの少女漫画家を段違いに上回っているのに、情緒、叙情、一途さというか、うまく言えないが何か肝心なもの(Morris.を虜にしたなにものか)を欠如しているような気がする。しかし、これも年寄りの戯言なのだろうな。本作を書いたとき作者はまだ女子大生だったらしい。それが信じられないくらいの達者さである。一条ゆかりの「デザイナー」名賀智子の「ファンションファデ」と遜色ないどころか、技の上では抜きんでている。1,000ページを超える大部(連作短編だが)を通して、たるみをみせないところも、すごいと思う。とりあえず、これはマレーシア方面の荷が出る時に、みかちゃんあてに送ろうと思う。
 


バナールな現象】奥泉光★★☆☆☆とうとう常勝奥泉にちょっと辛い点数をつけることになった。「バナール−banal=陳腐な平凡な」という単語すら知らなかったMorris.だから、歯が立たなかったのかもしれないが、とにかく、Morris.はこの作品を「楽しめなかった」。30代の哲学の講師である主人公が妻の妊娠を契機に心身ともにさまざまな混乱に巻き込まれていく物語である。イラクとアメリカの湾岸戦争という時事ネタをそのまま使ってしまったのが敗因かもしれない。細部のエピソードや考察には相変わらず奥泉の本領発揮の個所も多い。たとえば暴力のテクニック(相手を痛めつける程度を加減できる)、たとえばデジタル(つまりパソコンやワープロによる)日記がいかに不安定なものか(差し替え、消去、改竄自由で、痕跡すら残さない)という「告発」などは、あいかわらずの、奥泉節を伺うことができたがやっぱり、全体を通しては、楽しめなかった。このページ自体がデジタル日記に他ならないが、こうやって公開することによって、デジタル情報が一定の認定を得られるかどうかとなると、どうも曖昧になってしまう。と、本書からはどんどん離れていってしまうのだが、安易なパラレルワールドの大量生産につながる、このての手法はこれきりにしてもらいたい。これは、Morris.にとって奥泉の最初の失敗作と断定する。


葦と百合】★★★★☆やあ、やあ、やあ、上でけなした奥泉の作品だが、こちらは素晴らしいぞ。ここにはロマンがある、伝承がある、哲学がある、殺人事件がある、幻想がある、究極の性交描写!!まである。何よりもこの作品には音樂がある。いや、本書の構成はそのままシューマンの幻想曲の構成を踏襲しているのではないだろうか? 解説など加えたくなくなる。現時点での、奥泉の最高作であると断じる。ただ本書の初出が91年、「バナール−−」の初出が93年、というあたりが、ちょっと、気がかりなところではある。


ブッタとシッタカブッタ】小泉吉宏★★★☆今日お愛想で買った4コマ漫画本。心の運転マニュアル本と副題にある。ブッタもシッタカブッタもブタで、これは「仏陀」と「シッダルータ」に掛けてあるのだろう。これからもお察しがつくだろうが、仏教の教えを分かりやすく漫画化した、啓蒙本の一種といえなくもないが、最近頻繁に発行されている心のケア本の流れに沿って書かれたものだろう。対象は中高生とみたが、OLやマザコン青年にこそお勧めかもしれない。教義や教えは比較的ストレートなのに、キャラクターと、駄洒落、ユーモアのセンスの良さで、結構うならせてくれる。特に巻末の「十牛図」をもじった「十猪図」は傑作で、そのまま絵本にできそうだ。実は以前ハーバーランドのVV(ヴィレッジヴァンガード)で、立ち読みしたことがある。初版は93年で、続編や別編も出ているから、知らぬはMorris.ばかりだったのかもしれないが、まあ疲れたときのドリンクよりは効き目がありそうだ。


せどり男爵数奇譚】梶山季之★★★☆☆☆例の学生センター古本市勤労奉仕で、Morris.が「せどった」うちの1冊。「せどり」とは「背取り」、古本屋で掘り出し物を見つけて買い、別の本屋やお得意に売って商売にしている者のことを言う。この作品は以前から読みたいと思いながらなかなかその機会を得られなかった。それほど稀覯本でもないのだが、古本屋で出てもすぐ売れてしまうという。古本好きの食指を動かすテーマのせいもあるだろうし、日本の小説中で、古本屋を主題にしたものというとまず、名前が挙がるくらいには有名な作なのだ。Morris.の本は95年に新しく刊行された夏目書房版、ハードカバーでなかなかお洒落な装丁だ。初出は74年前半「オール読物」に6回連載され、終了後直ちに桃源社から単行本化。76年には集英社のコンパクトブックス、83年に同社から文庫化されている。6回連載がそのまま6話の連続短編仕立てで、著者がいつも、偶然に「せどり男爵」と出会い、回顧譚や自慢話、古書にまつわる事件などを聞いて、それを紹介する形式。内容は世間離れした荒唐無稽なストーリーが中心だが、梶山らしいテンポの良さで楽しめる。古書業界の裏話や、蘊蓄はもちろん、出生地でもある韓国での古書探し旅もあるし、最終話の舞台は香港で、人間の皮で本を装丁するというちょっと気味の悪い話。梶山の本を、自分のペニスと睾丸で装丁したいと言う異常な装丁家のもとに、梶山自身が男爵に連れて行かれるところで終るが、この後きっと装丁家は梶山の肉体を使用したがるのに違いないと、Morris.は書かれていないオチまで想像してしまった。本書刊行の翌年、梶山はその香港で吐血して客死したことを思うと、何か因縁めいたものを感じる。


電脳文化と漢字のゆくえ】吉目木晴彦、池澤夏樹、加藤弘一他★★★★コンピュータと漢字。Morris.のようにワープロ無しでは日本語が書けなくなった人種に避けて通れないのがこの漢字問題だ。もともとアルファベット文化圏で生れ育ったコンピュータに漢字を扱わせること自体に無理があるのだが、これだけ普及すると日本語もあたう限り正確な表記を望むのは当然で、第一第二水準漢字では足りないことは、もう誰もが感じているし、ユニコードというやはり、漢字を扱わない国ので開発された規格は穴だらけのことも、はっきりしてきた。本書は技術側でなく、使用者側、特に文学者、言語学者、文芸評論家などが、「やっと」コンピュータの漢字処理のおそまつさに異議申し立て、要望、提案を行っている。取りあえず日本の古典のすべてを原典通り表記できる環境を実現すべきという意見に賛成の挙手をしておきたい。結局は日本の国語国字問題への対応のいいかげんさがアメリカの某ソフトメーカーの生産性重視のユニコードに付け入る隙を与えたとも言えるし、通産省主導のJIS漢字のいいかげんさは、子細にみれば「噴飯物」以外の何物でもないし、中途半端な日本式略字も、いたずらに漢字圏の国家の混乱の一因となってるし、とにかく問題山積みのコンピュータ漢字問題を一通り総ざらえしてくれただけでもこの本の意義は大きい。


「言語」の構築・小倉進平と植民地朝鮮】安田敏朗★★☆☆☆著者は30前の研究者で、先に時枝誠記と京城大学に関連する論考を出し、それから派生して小進平を論じたという。Morris.は時枝は知ってても小倉は名前すら知らなかった。東京帝大言語学科に、橋本進吉、金田一京助、伊波普猷らと同時期(明治30年代後半)に在籍、日韓併合期に、朝鮮総督府の文官として赴任し、個人的に朝鮮語、特に方言と新羅語を実地調査研究して、京城大学教授となり、朝鮮語研究の基礎を固めたという履歴をみただけで、なかなかの業績だと思ってしまった。著者は小倉を批判的に論じようという姿勢が露骨で、研究というからには避けられないのかもしれないが、現在の立場から過去を安易に批判しすぎるのじゃないかい、とつい、茶々を入れたくなった。時代の限界や状況への視点があまりに(わざと?)抜けている。しかし、安田の批判的紹介からでもMorris.はこれまで無知だった小倉を、評価したくなった。アカデミックとは無縁のMorris.だが、これからは少しはこういう方面にも目を向けていこう(あまり自信はないが)という気にさせてくれたという意味ではこの本を読んだ甲斐があると思う。内容とは離れるが、本書のレイアウトは、改行の次の頭が5字空けになっている。縦書きでこれをやられると実に違和感を覚える(はっきりいって不快)。おまけにやたら多い引用文が5字下げなので、紛らわしいったらありゃしない。ついでに言えば言語屋であるはずの著者の日本語の文章が、あまりうまくないのも本書の評価を低くしているようだ。どうもMorris.は安田先生にはいい感じを持てなかったな。


ガン・ロッカーのある書斎】稲見一良★★☆☆遅咲きの作家で、しかもデビューの3年後(94年)に亡くなってしまった稲見一良。これはその没後に編まれたもの。83年頃雑誌に連載された、銃や、ハードボイル作家、映画などに関するエッセイ集。つまり作家以前のものということになる。稲見を教えてくれたのは秋本たかしで、サンボ通信95年1月号のミステリー紹介記事中で「セントメリーのリボン」を94年最高作に推してたので、Morris.も読み始めた。面白くてついつい全作を読破したものだ。ハードボイルドというより、冒険小説、それも、少年の心を持ち続けた男の夢物語だと思ったが、趣味と実践(狩猟)で培われた銃やサバイバル関連の描写は、たしかに他の作家に比べて抜きんでているようだった。(Morris.はそのへんとんと無知だから)。このエッセイ集はその銃への愛好が生のままに出ていて、はっきり言ってMorris.とは無縁の1冊だった。遺稿集だから校訂する当人がいないのだから、責めるのは酷だが、内容の重複も多く、その意味でも読み通すのがちょっと苦痛だった。内藤陳の後書きは、故人への愛惜の深さでなかなか読ませる。


国家と犯罪】船戸与一★★★☆☆「砂のクロニクル」でしびれてしまい、「蝦夷地別件」で舌を巻いた船戸与一が、世界の火薬庫紛爭地域をレポートしたドキュメンタリー。キューバ、メキシコ南部、中国、モンゴル、中東クルド族、ナポリと、全世界を股にかけ、身体を張った取材、と言いたいところだが、小説とは違いレポーターとしての船戸は(表面上は)突撃取材めいたことはしていない。それより文献や映像を読み取りそこから紛爭の本質を嗅ぎ取る才能には長けているとみた。キューバに対するアメリカの経済封鎖こそはキューバ政府延命の源となっているという逆説的言辞や、例の湾岸戦争の目的もアメリカの「冷戦時代の対ソ戦略用兵器の在庫一掃。クウェ−トの金融資本の解体。パレスティナ解放機構(PLO)の中東情勢への影響力の壊滅的低下」にあったと明確にするなど、目から鱗のことをあっけらかんと教えてくれる。本書のタイトルはE.M.エンツェンスベルガーの「政治と犯罪」に拠っているとか。やはりあの詩人はただ者ではなさそうだで、一読の必要がある。船戸の取材範囲の広さが彼の小説のリアリティをもたらしているのだなと、納得させる一冊。


何用あって月世界へ 山本夏彦名言集】植田康夫編★★★☆☆山本夏彦はMorris.にとって「かなわんおっさん」なのである。コラムのうまさじゃ当代一二を争うんじゃないだろうか。「そもそも長いものを短くするのがコラムです」という、彼のコラム集(25冊)から、エッセンスを抜き出して更に短く刈りこんで、アフォリズム集に仕立て上げた本書のコンデンス度はかなりに高い。先に「かなわん」といったのは、筆力、論法などには「敵わない」という意味と、ちょっとちがうと思うんだけど反論できない歯がゆさからくる「カナワン」がいっしょくたになってるのだ。アフォリズムと思うからいけないので、新作ことわざだと割り切って楽しめば、こんなに楽しめる本もめったにない。浜野孝典というファンが「なつひこはやわかりかるた」と題して44枚のかるたに仕立てていて、これも本書の附録として掲載されている。絵札の方は省略して読み札のみを引用しておく。(絵がないと判読不能のものもあるが、ご容赦を)

・あんなにちやほやされたのに・犬の振り見てわが振りなおせ・美しければすべてよし・柄のない所に柄をすげる・親が嘉兵衛なら子も嘉兵衛・かわいそうな三重吉、ひばり・機械あるところ必ず機事あり・車坂の留さんお懐かしう!・下男の目には英雄なし・広告われをあざむかず・歳月は勝手にきて勝手に去る・春秋に義戦なし・すわるとバア(場)とる・千万人が往くなら我も往く・その高風を欽慕する・他人の目にはただのお多福・茶の間の正義・つかまえる人つかまる人・できない相談話合い・とかくこの世はダメとムダ・流れも清き境川・ニュースはローカルがいい・ぬえの如き岩波用語・値上が好きなのだほんとうは・登って三年下って三年・羽織ゴロは死なず・人みな飾って言う・分際を知れ分際を・平和のときの平和論・ポケットのなかから世間をうかがう・正常(まさつね)よ眠れ・滿つれば欠くる・無限に愚かな無限に愚かな人間のむれ・明治の語彙・持ったが病でなおらない・やっぱり人生五十年・幽明境を異にせず・世はいかさま・ラジオを持たない山本家・良心的という名のウソ・涙香黒岩翻訳上手・冷暖房ナシ工作社・ロバが旅に出たとても馬になっては帰らない・私は人生のアルバイト

玉石混交ながらことわざとしてよく出来たものもけっこうある。それ以上に夏彦の思考法式がよくわかるのはタイトルに偽りなしである。こんな読者がいるということだけでも夏彦の面目躍如たるところだろう。本文の中身に全く触れないというのも失礼なので、Morris.の自戒になりそうなものをいくつか引用しておこう。

・ちっぽけな物識りくらいつまらないものはない。一段うわ手の物識りにあえばひとたまりもないのに、一段上がいないのを幸い物識りだと思っているのをみると片腹いたい。私は早く一流の物識りを知ったから、並の物識りなんか物ともしないが、並または並以下にそれと思い知らせるには少しは物識りでないと出来ないから、物識りでないのもまた威張れたものではないと知るのである
・白髪は知恵のしるしではないことも見た。何より博覧強記というもの、それがものを創るのを助けないことを見た。(無想庵物語)

・話は短いにかぎる。短くてよく分かると、聞くものは自分の頭がいいと思って喜んでくれる。
・私は別世界へつれていってもらいたいのである。知らない話を聞きたいのである。何か発見がなければ読んだ気がしないのである。作者は何か発見があって、それを語るために文が上手でなければならぬと私は思っている。(恋に似たもの)

・良心的という言葉は良心そのものではないが、良心に似たもの、近いものといいうほどの意味に使われている。良心と言いきるには勇気がいる、また恥ずかしい。だから良心的とだれが言いだしたか知らないが、うまいことを言ったもので、たちまち世間に歓迎され流行するにいたった。こんなことを言うのは、私がこの言葉を憎んでいるからである。もし私がこの語を字引にいれるとしたら、良心に似て非なるもの、良心に近いようで遠いもの、良心のにせもの、良心だと思いこんでいるもの−−というほどのことを、字引だから一字一字たしかめて、彫るように万感をこめていれるだろう。(「戦前」という時代)


明治流星雨】【不機嫌亭漱石】関川夏央・谷口ジロー★★★★☆長編歴史劇画「坊ちゃんの時代」の第四部と第五部(完結編)である。12年にわたって書き続けられてきた本作品が、一昨年完結したことは知っていたが、中央図書館で見かけてやっと読み通すことが出来た。第一部「坊ちゃんの時代」、第二部「秋の舞姫」、第三部「かの蒼空に」まではほぼ単行本刊行直後に読んだので、お久しぶりという気がする。漱石、鴎外、啄木、秋水と、各巻ごとに明治の文学者、歌人、思想家を軸として、明治の空気を髣髴とさせる、日本劇画界の金字塔となるに違いない作品を完成させた二人に拍手を贈りたい。関川は「ソウルの練習問題」で、韓国への新しい視点をMorris.にもたらしてくれた「恩人」でもある。明治の文学、社会、思想に関しても、手抜きのない仕事ぶりで、凡百の歴史小説、評論を凌ぐ上に、「面白さ」も充分に兼ね備えているのだから、言うこと無しなのである。谷口ジローの絵柄は、Morris.の好みとはちと違うのだが、この作品では、その丁寧な描き込みと、渾身の気迫が伝わって来る。関川は「脚本」として原作を書き、谷口は映画でいうと監督、撮影、キャスチングを兼ねたということになるらしい。今後とも陸続とこういった作物を出して欲しい気もするが、両者にはその気はないらしい。30代後半から40代のほとんどをかけてこの作品を共同作成し、完全燃焼したのだろう。時間の経過が、谷口の画風にはあまり感じられない(意識的に統一を図った?)が、関川のストーりーには、ついつい時の流れを思ってしまう。特に今回読んだラスト2冊は、大逆事件に象徴される日本の膿が全編を、陰鬱に染めているせいもあって「楽しさ」を満喫するわけにはいかなかった。一,二部までが「明」、啄木の三部が「薄明」、その後は「暗」と、なるのは、歴史がそうなのだからやむを得ないことかもしれない。やはりMorris.は「明」の一、二部を推す。今回の星印は全体への評価。


百人一句】高橋睦郎★★★定家の「百人一首」を踏まえてのこういった趣向は数え切れないほど行われてきたが、要は「−−ベスト100」だから、選者は楽しみながら選び、読者も贔屓筋の評価を気にしながら、総花的百花を見物するということになる。作者は詩人だが、短歌も俳句でも実作者であるらしい。いちおう、万葉の片歌から昭和の俳人までを網羅しているのだが、どうも、行き当たりばったりに句を選んだ感じで、杜撰さが目に付く。作者の代表作を敢えて外したり(これは新味を出そうということだろうが)、はっきり言って「駄作」を選んだりしてるのはいただけない。もともとが西日本新聞の連載で、日々のやっつけ仕事だったからだろうか。とはいえ、100句の掲出句以外にも多くの引用句があり、その中にはMorris.の好きな句も多く出てくるので、こういったセレクションは、ついつい見てしまうことになる。掲出句の中でMorris.が好きなものを21句(20句にしようとしたんだけど(^○^))引いておく。

さくらさくとほ山守やみやこ人 宗砌法師
落花枝にかへると見れば胡蝶かな 守武
皆ひとの昼寝のたねや秋の月 貞徳
凩の果はありけり海の音 言水
もろこしに不二あらば後の月見せよ 素堂
越後屋にきぬさく音や衣更 其角
いなづまやどの傾城とかり枕 去来
蝶々や何を夢見て羽づかひ 千代尼
ゆく春やおもたき琵琶の抱心 蕪村
泣いて行くウヱルテルに逢ふ朧かな 紅葉
暁や捜瓶の中のきりぎりす 鳴雪 
かたまつて薄き光の菫かな 水巴
水洟や鼻の先だけ暮れ残る 龍之介
滝の上に水現れて落ちにけり 夜半
月光にいのち死にゆくひとゝ寝る 多住子
たんぽゝと小声で言ひてみて一人 立子
みな大き袋を負へり雁渡る 三鬼
眦に紅決したる踊りかな 秀野
春落葉いづれは帰る天の奥 朱鳥
草二本だけ生えてゐる時間 赤黄男
身をそらす/虹の絶巓/処刑台 重信


蕪村の風影】寺久保友哉★★★精神科の医師が、診療に訪れた蕪村狂いの躁病患者を通して、自らも蕪村に惹かれて行き、蕪村の空白の幼児期を、作品(句、詩、絵)から心理学的に推理していくというもの。画家ルドンと蕪村の「木」の絵を精神分析の手法で解き明かしていくくだりがハイライト部分だが、有名な「春風馬堤曲」に幼児の蕪村の母への思慕を読み取る部分などは面白かった。Morris.も蕪村好きなので、多数の発句引用だけで嬉しくなってしまう。小説としてより、蕪村愛好家のちょっと毛色の変ったエッセーとして読んだことになる。蕪村辞世の句を引いておく。

しら梅に明る夜ばかりとなりにけり 


蛇を殺す夜】奥泉光★★★☆☆☆標題作と「暴力の舟」の中篇2作収録。すごいものである。これまで奥泉作で、裏切られたことがない。「蛇を殺す夜」は婚約者の実家に伴われて挨拶に出かけた主人公の混乱した性と地霊の呪縛の葛藤の物語のように見えるが、他者を知るということの不可思議さと単純さを希求した作品として読んだ。しかし、Morris.はもう一つの「暴力の舟」の方がより興味深かった。純粋すぎるほどの教条主義者であるうえに極端な被暴力誘因保持者「先輩」のキャラクタ設定に辟易しながらも、目が離せないでいるうちに、なんと「先輩」の実家、日本海上の孤島に伝承された「うつぼ舟」が登場したときには、瞠目してしまった。これも以前福田がサンボ通信で谷川健一の歌を引きつつ紹介していた。孫引きに及ぶ。
・わが心封じこめたる空船(うつぼぶね)太陽(てだ)の端(ばんた)に差しかかる見ゆ−−谷川健一
もともとは大木を刳りぬいて中空にした船で、丸木舟もその一種だが、浦陀洛渡海や人身御供、即身仏傳説と結びつき、島国日本ならではの信仰対象になり、実際にそのような渡海もなされたことは民俗学を持ち出すまでもなく、Morris.も親しく知っていることだった。作中、先輩が自縄自縛式にこの現実の空舟に乗せられ、儀式的な、「死」を賭しての救世の航海を果たした後、回りの意地悪な策謀をその教条主義で逆転させて無形の勝利を得るものの、当人の肉体は病巣に虫食まれており、裏切ったはずの恋人は狂気を乗り越えて献身的に先輩を看護する−−−うーーん、いかんなあ、また上滑りの紹介になってしまった。これは、自己犠牲と人類愛の物語。すなわち個人の内部にある(かつてあった?)ユートピア復権の物語だと強引にこじつけておこう(^_^;)


作家になるパソコン術】松本侑子★★★☆☆☆ちくまニコニコブックスだし(^○^)、どうせワープロ少女小説家の、お手軽ノウハウものだろうと、あまり期待もせずに借りてきた(実は、ところどころにある水玉蛍之丞のイラスト目的で借りた(>_<))のだが、見くびってごめん。ちゃんとした内容の本だった。作者は、赤毛のアンの訳者でもあり、そのためにも、コンピュータ、インターネットに深入りしたそうで、ハードにしろ、ソフトにしろ、通信に関しても、うわついてない、自分の見識をもっていることにまず感心。スキャナー、デジカメ、ノートパソコンの買い方にしても、単なる流行でなく、必要であることを認識してから購入してるし、モバイルに関しても良き指導者にも恵まれているにしろ、着実に利用してるし、(このへんは、ちょい、羨ましいモード)このところ、故意に目をつぶってきた、携帯機導入熱が再発しそうな気配も!!??それにしても、このタイトルは、何とかならないものか。第一、内容とは、全く一致してないぞ。


体にいい寄生虫】藤田紘一郎★★★☆「笑うカイチュウ」「空飛ぶ寄生虫」が面白かったので、すっかりファンになった。本書も前2作の流れを汲むものだが、編集者が話を纏めたような感じで、ちょっと物足りなかった。でも、本当にサナダ虫の幼虫を飲んで、自分の体内で育てて、観察するというのはすごい。「清潔」な社会を目指して、ほとんど寄生虫を駆逐した日本社会が、そのために却って不健康に(アレルギー、花粉症)なってしまったと言う作者の持論は、そのまま鵜呑みにはできないまでも、日本の衞生システムに、矛盾が多いことは間違いない。サナダ虫によるダイエットが流行すると面白そうだが、体内で飼うペットにしては、巨きすぎやしないかい?(サナダムシは体長10メートル以上)


浪花節繁盛記】大西信行★★★★「浪花節的」という言葉が、日本の恥ずべき低俗文化思想の代名詞として使われて久しい。現代日本では死滅した、と言ってもいいくらい、すたれているが、実はこの低俗にこそ日本人の「根」があるのではないかと思ったりもする。Morris.も浪花節に関してはほとんど無知だが、「なにがなにしてなんとやらー」という、あの独特の節回しには懐かしさを感じるし、「旅ゆけば駿河の国に茶の香り」の広沢虎造くらいならリアルタイムに聴いた覚えもある。筆者は現役で浪花節の台本書きもしているだけに、浪花節への愛情(諦め混じりだが)の深さに関しては人後におちない、というかほぼ唯一の人でさらには、正岡容の直弟子という、由緒正しい血筋??の人でもある。正岡容の名前には記憶がある。金子光晴のエッセイ中にしばしば登場して抜き難い印象を残した。明治生まれの「江戸人」とも言える粋人と理解していたが、浪花節の最大の論者で「日本浪曲史」を著わし、台本もよくしたとは初めて知った。デロレン祭文を起源とする門付け芸から派生した浪花節は、江戸時代後期に形が整い、明治中盤から全国に広まり、桃中軒雲衛門が爆発的人気を得、大衆芸能として定着、太平戦争中の国粋主義昂揚の道具として使われたとして、糾弾されたが、戦後一時はラジオ放送の花形として、最後の黄金時代を築く、しかしTV時代には対応できず衰退した、と言うのが大まかな趨勢だが、本書を読んで「浪花節的」なものを、もう一度見直したくなった。正岡容が二代目玉川勝太郎のために作った「天保水滸伝」のさわりを引用しておく。

利根の川風袂(たもと)に入れて
月に棹さす高瀬川
人目関の戸たたくは川の
水にせかるる水鶏鳥(くいなどり)
恋の八月大利根月夜
佐原囃子(さわらばやし)の音(ね)も冴え渡り
葭(よし)の葉末に露おく頃は
飛ぶや蛍のそこかしこ
潮来あやめのなつかしさ
私ゃ九十九里荒浜育ち
と言うて鰯の子ではない

意地にゃ強いが情にゃ弱い
されば天保十二年
抜けば玉散る長脇差
赤い血しぶきしとどに浴びて
飯岡笹川両身内
名代なりける大喧嘩
伝え伝えし水滸伝


絶対音感】最相葉月★★☆☆1年近く前にベストセラーになったノンフィクションだ。Morris.はほとんどベストセラーは読まない。でも「音感」に不自由なところがあって、まして「絶対音感」なんてきくと、コンプレックスがマゾヒスティックに刺激されて、読む気になった。多人数に取材して、構成にも工夫があって、手際もいいのだが、何故か読後感はうすっぺらな印象しか残らなかった。「絶対音感」が特別の才能ではなく、訓練によって身につくものであるとか、それでも音楽家にとっては一種のステイタスであるとか、自由な表現、調性の妨害になるとか、日常生活に支障をきたすことさえあるとか、それぞれに納得しながらも、もっと他の何かがあるはずだと思うのはMorris.の「無いものねだり」かもしれないが、どうも作者は、あたかも取材によって発見を重ねたふうを装いながら、実はすでに内包している一定のストーリーを補強するためにインタビューを援用しているのではないか。しかも昨今のビデオクリップの画面よろしく細切れに目まぐるしく錯綜させて、論を追うのにいらいらさせられるところもある。それはよいとしよう。「絶対」なんて冠した言葉にろくなものはないことは、先刻承知だったはずだから。ちなみにMorris.は自分のことを「絶対差別主義者」と標榜している。絶対という言葉をぎりぎりまで摘要していくと手袋を裏返すように、立場が反転することはしばしばで、つまりは絶対という言葉(概念)の胡散臭さを証明している。しかして「絶対音感」もまたちっとも「絶対」なんかではなかったが、そのことは、読む前にわかっていたのだ。だから、Morris.は、あまりこの本が好きになれないのだろう。


霊廟】E・M・エンツェンスベルガー、野村修訳★★★★☆三宮の駸々堂で100円で買ったといういわくつきの詩集。「進歩の歴史からの37篇のバラード」と副題にあるように、世界の科学者、思想家、芸術家、革命家など37人をモチーフにバラードをずらずらずらっと37篇並べてある。何か、Morris.の歌集と構造的に通じるものがあって嬉しいぞ。でもこのバラードの一篇、一篇が読み応え、手応え充分で、少しずつ読み続けて、やっと読み終えた。いっぺんに読むのが勿体無かったってこともある。
エンツェンスベルガーなんて名前からして、骨太のごつごつ感があるうえに、訳者の文体もがっしりしてて、膨大な引用まであるので、千頁以上の評論読んだような感じ。決して難解ではなく、実に面白かったが、Morris.には全く未知の人物も多く登場して、ある程度リファレンスが必要だったかもしれない。
他の作はほとんど読んでないので、本書だけに限って言えば、エンツェンスベルガーの手法は、コラージュ、モンタージュを多用して対象の輪郭を明確にしていくというものだ。引用を巧みに自己の文と連結させたり、対立させたりして、新たな意味や、批評(時には皮肉や揶揄まで)を生み出す。つまりは的確な引用が出来てるということになる。形式はすべてバラードと言いながら、ここかしこにアイディアが散りばめられていて退屈させない。詩人としても批評家としてもかなりのテクニシャンと見た。ブレヒトに通じる部分もある。
しかし、どうもこの詩集には既視感がある?? しばらくして思いあたったのが、松岡正剛の雑誌「遊」が、2巻に分けて刊行した「存在と精神の系譜」。これの読後感とそっくりなのだった。当時かなり興奮して読んだよな、と本棚から引っ張り出してみた。こちらは150人を、やはりコラージュ的にレイアウトしている。「遊」の2冊が76〜77年。「霊廟」のオリジナルが75年(邦訳本は83年)に出ているから、同時代の空気ということもあるのだろう。
本書の37人中、Morris.が、耳馴染みといえる人物を順に挙げると、グーテンベルグ、マキャベリ、カンパネラ、ライプニッツ、リンネ、ピラネージ、メシエ、ギヨタン(ギロチン)、マルサス、フンボルト、フーリエ、ブランキ、ダーウィン、ショパン、バクーニン、スタンリー、メリエス、ライヒ、ゲバラの19人。辛うじて半分。
特筆すべきは、四半世紀近く前の作とは思えないほど、コンピュータへの関心と危惧が、全編を通じての主調音となっていることだ。これも、彼の先見性を証明するものだろう。
冒頭の作品を、改行を省略して引用する(これでも集中ではかなり短い方)。イタリアの時計職人ジョヴァンニ・ドンディ(1318〜1389)を主題にしたもの。

ジョヴァンニ・ドンディはパドゥアに生まれ/生涯をついやして/時計をひとつ組み立てた。

その時計は無類、そして無比/その後400年ものあいだ。/幾重もの仕掛けが/楕円の歯車が/伝動装置で結ばれていて/スピンドルの歯どめをはじめてもった/前代未聞の構築物。

七つの文字盤が/天空のありさまを/惑星すべての/沈黙の周行を示す。/第八の/一番目立たぬ盤が示すのは/時刻と日と年−−/AD1346年。

ワレトワガ手デ作リアゲタ/天の機械、/目的のなさ、意味の深さは「勝利(トリオンフィ)」と同じ、/あの文字でできた時計/フランチェスコ・ペトラルカ作の。

シカシキミタチハナゼワタシノ手稿ヲ読ンデ/キミタチノ時間ヲムダニスルノカ/モシキミタチガ私ニ/倣ウコトガデキヌノナラバ?

昼の長さ/月の軌道の交点/動く天空。/計算の機械、と同時に/もうひとつの空。/真鍮、真鍮の。/この空の下に/ぼくらはいまもなお生きている。

パドゥアのひとびとは/この時計に目をとめなかった。/暴動に暴動が続いた。/ペストの死をのせた車が路上を過ぎた。/銀行家たちは/かれらの項目を清算した。/食べものはろくろくなかった。

あの時計の淵源は/問題をはらんでいる。/コンピューター類似品。/メンヒル。天象儀。/時間ノとりおんふぃ。余剰品。/目的のなさ、意味の深さは/さながら真鍮製の詩だ。

グッゲンハイムが毎月一日に/フランチェスコ・ペトラルカに小切手を/送っていたわけではない。/デ・ドンディはなんの接触もなかった。/ペンタゴンとは。

別の猛獣たち。別の/文字と歯車。だが/同じ空。/この中世のさなかに/ぼくらはいまなお生きている。


  私の舞踏手帖】淀川長治★★★☆☆映画漬けだった一生に先般ピリオドを打った著者の、ダンサーへのオマージュ。数多い淀川本の中ではちょっと異色の1冊。クラシックバレー、ラテン、そして当然映画の中のダンスにとジャンルも広く、取り上げられているダンサーも十指に余るが、とにかく、女性ではアンナ・パブロワ、男性ではフレッド・アステア、この二人の項目だけで充分この本を読む甲斐がある。それほどに二人は突出していたといえるし、13歳でパブロワを見て真底感動して、一時は本気で舞踏家を目指したという入れ込みようは、著者の生涯を通しての対象への全的感情移入の萌芽としても微笑ましい。傳説を見てしまったものは、それ以後は不幸でいるしかない。傳説とはそれを超えるものが現われないということだから。それで、彼はクラシックとは別の世界の傳説を探そうと試みる。スペイン舞踊のアルヘンチーナ、そしてダンスミュージカルの空前絶後の存在、アステア。「 ジーン・ケリーは野球、アステアはテニス、ジーン・ケリーは運動場、アステアは花咲く庭、アステアは白いレース、バラの花、レモン色の三月−−− 」あまり多くは見ていないMorris.でも、あのダンスの魔法の一端は知っている。それにしても淀川長治の語りそのままの、花も実もあるこれらのオマージュ(評論とは呼びたくない)は、これはこれで至高の芸だったな。これからはその新しい作物を味わうことが出来ないと思うと、本当に「残念」を禁じ得ない。


滝】奥泉光★★★☆☆☆「滝」と「その言葉を」の中篇2作が収められている。「滝」は夢の中から生み出された非常に寓意的な作品。ある教義の修行のために5人の少年が山中の社を巡礼し、神託で凶が出ると禊のために山を下って各社に応じた滝で水垢離を行わねばならない。リーダーの少年は将来を嘱望される人材で、彼のあまりの落ち着きに先輩信者が試練を課す。試練にはくじけないが、悲劇が起る。これは「選ばれた者」と、そうでない者との葛藤の物語である。作者の観念が先走って(か、Morris.の理解が足りなくてか)難解に過ぎる部分もあるが、それを補って余りある、研ぎ澄まされた文体。Morris.はこの文章だけで、奥泉ファンになった。石川淳の「鷹」を髣髴させるみずみずしく丈高い境地と言い切っておこう。「その言葉を」は、ジャズと造反運動を交差させて往時の若者の(あるいは著者自身の)青春への訣別の書か。個人的には苦手な部類の作品に属するのだが「あのころ」のジャズ喫茶ならびにジャズファンの空気は的確に描写されて見事だ。


こいびとになってくださいますか】大西泰世★★★☆☆☆姫路、赤穂でスナックを経営しながら川柳を書く著者の第三句集。以前横浜の福田がサンボ通信の「歌兒誉美」で紹介した「 身を反らすたびにあやめの咲きにけり」が初めての出会いだった。行き付けの図書館では見かけなくて、縁のないものと思っていたら、三宮図書館の郷土コーナーにこっそり紛れ込んでいた。福田も書いてたが、これは川柳じゃないという気もするのだが、本人がそう呼ぶならそれでもよい。女にしか詠めない句が目白押しだ。始め適当に選んだら50句を超えた。泪を飲んで20句に絞って紹介しておく。

鬼百合が漂うている夜の書肆
死者ひとりいて天体を所有する
うばうことうばわれることかがやけり
パンジーの青色のみを偏愛す
夕焼けを飲み干すたびに手紙くる
さくら異聞ひとつのあそび全うす
風を聴く全身薔薇の遺書になる
想いつづけて一匹の魚になる
生涯の恋の数ほど曼珠沙華
曇りのち晴れのち言葉あそびかな
こいびとになってくださいますか吽
三日月や三日見ぬ間の男運
思慕一つあり本棚は本ばかり
恋文の余白をすべて憎むべし
滅亡という救いありウマゴヤシ
確実に死は来る一年草の媚態
夜桜という引力で人が死ぬ
肉体というやっかいなもの藤袴
露草のまなざしを持つ猫を飼う
冬薔薇星のひとつを受信せり


似顔絵物語】和田誠★★★★☆前作「装丁物語」も良かったが、これはそれを上回る出来。彼一流の文体もこなれてて読みやすい。なにしろ本業のイラストレイター、デザイナーとして現代屈指の実力者なのに、装丁家、エッセイスト、映画批評家、監督としての分野でも水準を遥かに超える八方美人(あ、これは韓国式にいう万能人という意味ね)の著者だけに、これまでの仕事の回顧(本書では似顔絵、ポスター)が、それぞれが納得せざるを得ないものばかりで、不器用さでは誰にもひけをとらないMorris.なんかはその一枚の似顔絵にだけでも、へへーーーっと、恐れ入ってしまう。とにかくシンプルかつ上手い、ひねりもある。似顔絵の第一条件「似ている」のは当然でその上に作品としての完成度が高い。こういう才能にあふれた人って、われら凡人を楽しませるために、神樣がプレゼントされた存在なのではないかという気がしてくる。音楽、美術(AV)は感覚を直撃するものだけに、魅せられてしまうと、批評なんてできない。好きか嫌いかという決定以降は、判断停止状態になるのがMorris.の常で、読書控えでヴィジュアル系に点が甘くなるのもそのためだろう。本書にも相当数のカットが載っていて、どれもがはっとする出来だが、もっともっともっと見たくなる。和田誠ワールドへの入門書として最適な本だ。


宙を舞う】郭早苗★★★☆長田に住む在日韓国女性が、神戸大地震被災後、家族(夫、息子2人、娘)とともに、また夫を残して、各地で疎開生活を過ごしたりした日々の記録で、Morris.も当事者のひとりとして地震直後の記述にはついつい自分の体験と重ねあわせて色々考えさせられた。Morris.のような天涯孤独な存在はああいう混乱時にも、比較的冷靜に(正直に言うと結構面白がったりしながら)観察したり、行動したりもできたのだが、やはり「家族」だと、お互いのことが支えになったり、荷物になったりしながら、個人行動はとりにくい。それがある程度暮らしも安定してくると、それまでの我慢や無理がたたり、心身の症状が現われることも多いのだろう。本書の著者も長男の自閉症が憑依したような記述も見られ、自意識過剰だったり、突然感覚が麻痺した状態になったりしている。書く事によって、自分を正気の世界に留めおこうとするような、一種の怖さを感じさせる部分もある。途中から地震とは無関係の日常の些事や映画などの記述が多くなり、読むのがしんどくなったりもしたが、地震後、神戸をしばらく離れて、外から被災地のことを考えるという視点は意外と語られていないようで、なるほどと思う点もあった。実は著者の旦那、歌手の光幻(もっちゃん)とは、春待ちを通じての古い知り合いである。この本の中にもMorris.の知人が数人出てくる。彼らの地震当時の行動や、思考の一部を垣間見ることができるのも、特殊な楽しみではあった。さらに言えば、Morris.は早苗さんとも短い間、一緒に韓国語を学んでいたことさえある。その時テキスト代わりに彼女の前作「父・KOREA」の韓国語版(海賊版?)を使ったので、アンチョコとして原作にも目を通したが、決して読みやすい本ではなかった。それに比べると本書は文章も、表現力も、語彙選択にも格段の進歩が見られる。


子供より古書が大事と思いたい】鹿島茂★★★☆☆19世紀フランスロマンチック挿絵本の収集家として知られる著者の、パリ古書店中心のエッセイ集。彼は古書店を超A級、A級、B級、C級に大別するが、Morris.にはC級でも遥か遠くに峻り立つ岩山のように思える。まあ、精神の贅沢さとか、元手のかかったエッセイは好きだから、かまわないが、超美本にこだわる世界は、金があっても無縁でありたい。タイトルはフランスの地方都市に家族とともに自動車旅行したときに、ある古書で19世紀ラルース百科事典17巻を格安で見つけ、どうしても持ち帰らなければならないはめになったときの、状況をユーモラスに書いたものだが、Morris.は、「間奏曲」という幕間のコラムに紹介されていた「荒木一郎の教訓」が印象深かった。荒木一郎は切手収集で相当の実力者らしいが、彼による優秀なコレクション完成の秘訣は
1.収集のフィールドを限定すること
2.一件についての購入価格の上限を設定すること
3.狙っているものが、むこうからあらわれてくるまで気長に待つ
の3項目ということだ。鹿島茂は、これを実践して、効果覿面だったと書きながら、その後次々にフィールドを新規開拓していき、病膏肓にはいってしまったと、嬉しそうに愚痴っている。


韓国歌謡現在形】友野康海★★★★☆☆1987年という時期(Morris.が初めて韓国に行く前年)に、韓国歌謡にこれだけどっぷり漬かり、しかも200人もの歌手を紹介したという快挙にまず拍手喝采である。Morris.の知る限り、この時期に彼と対抗できたのは、むくげの会の山根さんくらいだろう。Morris.が後になって知った往年の名歌手のデビュー時の写真や、コメント、思い入れの深さがしみじみと伝わってくる文章。著者の日常が生き生きと描写されてるコラム「鶴橋ラプソディー」を読んだだけでも圧倒される。本業は印刷関係のデザイナーだそうだが、Morris.の偉大なる先達であることは間違いない。特にMorris.が好きだった歌手の項からいくつか部分引用しておく。
●キムスヒ(金秀姫)7才の時に父親と死別したため貧しい生活が続く−−もし彼女が裕福な家庭に育ち歌の道に入っていなければ、今頃はハッピーな恋物語を得意とする女流作家として活躍してるだろうなぁと想像され、今日私達が、金秀姫のあの絶唱を聞くことができるのは、いったい誰に感謝すればいいのだろう?と考えたりしてしまう。
●キムワンソン(金完宣)韓国でも、ルックスのよしあしが歌手の人気を左右する今日。以前はダンサーをしており、まわりから推められて歌手に転向したという金完宣。彼女のリズムに合せた軽快なフットワークは最高、でも歌のノリも悪くない。
●ケウンスク(桂銀淑)韓国でのニックネームは水玉潜水艦−−韓国人に多いというB型人間。旅行やサイクリングが大好きという行動派である。85年には海をこえて日本へ上陸。−−(彼女は)通が通であるための演歌歌手といえるのではないだろうか。
●ナミ(羅美)宇崎竜童作曲の「スルプンイニョン(哀しい因縁)」などでよく知られるスーパーアイドル羅美。韓国No.1のポップシンガーである。
●ミンヘギョン(閔海景)こどもの頃から雨の日が好きだったらしい。−−その後の大ヒット曲は「ネインセンウルチャジャソ(私の人生を求めて)」。鉄とコンクリートで囲まれた一室に、アフリカの大草原を投影したような原始ビートが最高!
●パンミ(芳美)ちょっとハスキー、賑やかな歌謡曲。デビューは80年「ナルボロワヨ(会いに来て)」趣味はボーリング。編み物が得意。
●イウナ(李銀河)「気分はソウル」という本の中で水出さんという方が、李銀河のことを「内気なハスキーボイス」と述べておられ、すごいなーと感心。最小にして最大。彼女のイメージを語る表現としては、これ以上のものは他にないと思う。
●イミジャ(李美子)韓国歌謡といえばまずこの人を思いうかべる人も多いだろう。−−*本稿を書くに際して、神戸市のむくげの会が発行する「むくげ通信97号」、山根俊郎さんの研究レポートより多大な引用をさせて頂きました。
●チャンドク(張徳)ヒョニとトギの兄妹デュオとしてデビュー。−−歌手、ソングライター、女優と、多才な実力派アイドルとして人気が急上昇。−−87年前期は、テンポのいい「ニムトナンフ(あなたが去った後)」が、放送回数第一位になるくらいの大ヒットとなった。
●チュヒョンミ(周(火+玄)美)美顔と美声−−天に二物を与えられた若手のホープは演歌街道を着実に進む。必要以上の絶唱を避けたここちよい節まわしが、とかく熱っぽい韓国演歌に新しい涼域を築いている。
●ヘウニ ヘウニファンの人は二つのタイプに分けられるようで、一つは、手の中でふるえる小鳥のような歌声に聞き手の保護本能がくすぐられるという、保護本能派。もう一つは、生命発祥の源である海への退行現象をおこさせるという退行現象派。後者は、平たくいえば、母の羊水の中で、何の心配もなく眠っていたころまでに逆戻りしてしまうということ。人生に忙しい男たちの勝手な音樂鑑賞ではあるが、こっちの方が当っているなーと思うんですがどうでしょう。
例によってMorris.のミーハー趣味が露骨に出て、女性歌手ばかりの引用になったが、もちろん本書には男性歌手も数多く紹介してある。なにしろ先ほど手にいれたばかりということもあって、ちょっと興奮気味で、引用も長めになってしまったが、これでもチェジニ、イソニ、インスニなどまだまだ引用したい女性歌手目白押しで物足りないくらいだ。イミジャのところで、山根さんの名前が出てくるのは、さすがですね(両者とも)。ナミのヒット曲が宇崎竜童作品というのも、ビックリでした。


和更紗紋様図鑑】吉岡幸雄編★★★☆☆室町時代に南蛮貿易で輸入された南蛮更紗を江戸時代に和風にアレンジした「和更紗」は、エキゾチシズムと日本的なものの融合、窯変、誤魔化し、遊びの付加などで、実に面白い模様世界を現出している。
日本の藍】吉岡幸雄監修★★★★☆藍染めは日本の特徴と特長を兼ね備えた日本文化の粋といえる。
縮緬変化】大谷みやこ★★★★☆☆縮緬といえば江戸時代が最盛期だが、本書では皮肉にも「江戸ちり」と呼ばれる明治の型友禅を取り上げている。Morris.なんか、いっそ江戸期のものより、こちらの方が好み。とにかくこのままプリント地にしてアロハ作ったら絶対欲しいってのが山ほど詰まっている。ああ、一枚でもいいからそんなシャツがあればなあ。ため息出そう。
千代紙】★★★★☆☆ご存知いせ辰の棚卸しカタログみたいな本で、これも以前大型で出たときは図書館で借りてしばらく見とれてたものだ。韓国の友人崔貞姫さんが英国に移る時の餞別の一つとしてこれをあげて、手元に無かったのでさっそく補充。
ブリキのおもちゃ】★★★☆☆おたから探偵団では華やかなスポットライト浴びて、ブームだが、Morris.はそれほど関心がない。でも、やっぱり、明治、大正のものにはなんとも言われぬ味がある。
人形・うつし絵・着せかえ・ぬり絵】★★★★三次元の人形より、二次元平面の紙絵がいい。きいちのぬり絵も懐かしい。うつし絵なんて、現代の子は知らないだろうな。今はプリクラがその代役を果たしている。
明治の輸出工芸図案】樋田豊次郎★★★☆☆☆タイトル通りだが、その下絵となった日本画の鳥獣植物の絵自体が素晴らしい。300頁以上あるのにカラー図版が半分以下というのがちょっとさびしい。
(以上★☆の大盤振舞だが、Morris.はヴィジュアルに弱いんでそこんところ請御理解)


蔵書票の魅力】樋田直人★★☆☆蔵書票大好きのMorris.なので、期待して読んだのに、はっきり行って期待外れだった。そういえば、この丸善ライブラリという新書シリーズで、これまで、面白いのに当たった記憶がない。Morris.が好きな蔵書票は要するにブックラベルなのだが、筆者はそんなものは蔵書票として値打ちがないと言うスタンスなのだ。蔵書票の歴史や、世界の愛好会とか好事家の収集方法、「正規の」蔵書票に固執するあまり、楽しみをわざわざ遠ざけているのではないか? とはいえ、Morris.好みの数点も引用してあったし、武井武雄の切手型蔵書票には、その形態(ミシン目あり、裏に糊付)は普及してしかるべきだとの感想を持った。(作ってみたいぞ)


古書無月譚】尾形界而★★★★☆古本屋大好きのMorris.で、もちろん古書店も同断だがこちらはちと敷居が高い。それはともかく、古書業界を舞台にした小説は大体面白くない(エッセイはおおむね面白いのにね)。いたずらに専門知識ひけらかしたり、異常なビブリオマニアをさらに病的に描いたり、変な臭みがあったり、小説になってなかったりなのだが、本書はそのいずれにもあたらない、とんでもない大当たりだった。個人の愛書家が古書店を開き、客から注文を受けた詩集(嬉しいことに、立原道造の「萱草に寄す」)を東京の大市で入札購入しようとするが、さまざまな思惑が渦巻いて、とんでもない高價で取り引きされるが---というのが大まかな筋で、ちゃんと下げも用意されて、それなりに着地もうまく決まっている。本筋以上に脇役の登場人物(古書店主)たちが、それぞれひと癖もふた癖もあって、飽きさせない。中でも憎まれ役の大阪「どう屋」二代目店主のせりふには、古書店側の本音があけすけに語られていて、めちゃくちゃ面白かった。
いわく「金を持っとる客、気持ちの大きい客、本筋を追って目標を高く持っとる客を見つけるんや。五万円以下の安い本をなんぼ買うたかて、そんなんは客やない。その辺に糞と残飯と一緒に臭って流れとるドブや。二千円、三千円の本買うのに五分もどうしようかと決めかねているような奴ははじめから相手にすな。ホウキで掃いたれ」
いわく「客なんてもんは、何も知らんもんや。わしから見たら赤子、でくのぼう、野づらのカカシ、大学の教授や。この本十万で売っとるな、なんて知ったふうなこと言うたら、ほならそれは八万で買うときますわと平気で言うんじゃ。それで客が知らん百万の本があったら一万円で買うとくんや。客は大よろこびやで。十万円の本八万円で買うてくれたんやからな。一万円で買うた本も一万二千円くらいしてんのやなくらいに思うとるわ。あそこは高う買うてくれるいうて広告料なしで宣伝もしてくれる。店の名前とか信用とかはそういうもんや」
まあ、小説だから誇張や粉飾はあるにしても、これだけ徹底されるといっそすかっとする。しかしMorris.にとって一番面白かったのは、後輩への電話でしたり顔で言う次のせりふ
「初版本専門いうてえばっとる? そんなもん相手にすな。どうせ戦後の松本清張とか三クニオ売っとんのやろ。三クニオて誰やて? 小川国夫、辻邦生、塚本邦雄や。署名本と限定本ばっかりぎょうさんありよってからに、そのくせどないにも商売にならん代表作家のこっちゃ。よう覚えとけ。」 わっはっはっ(^○^) Morris.は小川国夫は読まないが、後の二人は結構身入れて読んで来た。でも、確かに愛蔵限定本が多すぎると思ってたのは事実だもんな。しかし、しかし、小説とは言え、こんなこと書いていいのかよ??!! 筆者は古書業界か、さもなくば古書店と頻繁に付合ってる文筆の徒に違いない。当然筆名はいわば匿名だろう。タイトルは「ツキが無い古書」と言うギャグだろうか。いずれにしろ筆者の文章力は水準を軽くクリアしてるし、まだまだネタは山ほどもっていそうだし、何でもいいから、どんどんこのての本書いて欲しいな。読みたい、読みたい。本書の欠点はただ一つ、短かすぎることだ。


新・バンコク探検】下川裕治★★★★前作「バンコク探検」が出たのが91年で、Morris.はむさぼるように読んだ記憶がある。これに刺激されてとうとうバンコクに行ったら2日目にバイクに跳ね飛ばされてバンコク探検どころではなくなったが、それでもこの町のあやしい魅力のいくらかは満喫できた。新作もあいかわらずディープなところまでを、さらっと分かりやすく解説してある。バンコクに関する本はこの人と前川健一の二人で充分だと思う。当地には浜田が住みついているし、先般松尾のりひこも行ってきたばかり、そろそろMorris.も敵討ち??に出かけたいものだ。日本きってのバンコク通であるばかりでなく、バンコク−タイへの愛情の深さも半端でない著者が交通機関(特にバスに関する部分は圧巻)、料理、風俗などからタイの本質を炙り出して見せるその筆力と、抜群の体力、飽くなき好奇心ともに感服の一語に尽きる。なんたって面白いっす。マル

歌集 赤光】齊藤茂吉★★★歌人を標榜しているのに、なぜかMorris.は茂吉がわからない。近代短歌の最高峰とも目される彼の歌を読んで、感動した記憶が無いのだ。塚本邦雄、岡井隆ほか、数多くの歌人評論家が茂吉論を書いて、そのいくつかは目を通してるし、たしかにすごいらしいことは分かるのだが、白秋や晶子や牧水、勇、佐美雄、史修司などなどの好きな歌人の作品を読んで感じる、ぞくぞく、どきどき、うっとり、わくわく、びっくりといった心の昂ぶりが感じられないのだからしかたがない。Morris.には、鑑賞能力が欠けているのかもしれない。この高名な「赤光」もたぶん3度目くらいになるのだろう。今さら読み直したのは、一昨日名古屋大須のノムラ古書店で、初版の復刻版が、たった300円で出てたので思わず買ってしまい、今日までに読み通したわけだが、千首前後のかなり多めの歌の中で、先の評論などでお馴染みのもの、名作として世評の高いものは散見するのだが、Morris.の琴線に触れたものはあまりなかった。調べの美しさとか、精神の澄明さなどは何となくわかるんだけどね。強いてあげればこの一首かな。
・猫の舌のうすらに紅き手の触(ふ)りのこの悲しさに目ざめけるかも


家紋の話】泡坂妻夫★★★★☆☆日本の家紋の美しさにはかねてから注目していた。適当な紋帳の一冊くらい欲しいよなと思って、時々古本屋で物色してたが、なかなかこれというのにあたらずにいた。本書は推理作家として名を成している作者が、実は紋の上絵師を本業としていることから、家紋の歴史や分類を啓蒙的に解説したもので、学問的と言うより、その意匠の美と面白さを中心に据えて論じてるだけに、Morris.も我が意を得たりと言う気にさせられた。紋の研究書と言えばなにをさて置いても代表とされる「日本紋章学」(沼田頼輔)に対しても、実証を重んじるあまりに、後世の改良、新作、手直しなどを堕落のように捉えることへの異議申立てを、いわば実作側の立場から堂々と反駁したり、特にこの大著に引用されている紋の図の貧弱さを指摘するあたりは痛快ですらある。とにかくこれは、家紋の門外漢にもわかりやすくその世界の全貌を知る事が出来る良書であるばかりでなく、さすが本職ならではの、紋の図も納得の高水準だし、点数も必要十分で、これは是非手元に置いておきたくなる一冊だ。唯名論者のMorris.は、それぞれの紋の名称にも魅了される。 「結び雁金」「三つ入れ子枡」「蝶車」「石持鉄砲松皮菱に三菱」などなどいわくありげな名で、上絵師はこれだけで特定の家紋を描けると言う。とにかく、これは心技体充実した名著であると断定する。
 


盲目の鴉】土屋隆夫★★★☆【影の告発】土屋隆夫★★★読んだ順で並べたが発表は前者が昭和55年、後者が昭和49年。何で今ごろこんなオールドウェーブをほじくりだしたかというと、先の大西巨人が彼の事に好意的に触れていたことを覚えていて、つい図書館で目にとまったことによる。どちらも検事が探偵の役をするし、トリックが電話の利用、田中英光、大手拓次、藤村、牧水などの文芸作品がストーリー展開に絡むこと、過去の深層記憶が犯罪の原因をなすなど、共通点が多く、この2作だけで、作風が分かった気になる。心理分析や、人格描写も的確で、文章も結構読ませる。嫌いなタイプではないが、何ぶんにも古びている。リアルタイムで読むべき作家だったのだろうな。


人はなぜ道に迷うか】山口裕一★☆方向音痴のMorris.だから、この書名だけに惹かれて借りてしまった。ところが、これがなんともおそまつ極まりない内容。ちくまプリマーブックスという叢書の1冊で「How to read a map.How to use the brain」なんて赤面ものの横文字の副題付けてて、ほんと、もうちょっと頭つかえよな、と毒づきたくなるくらいの非充実ぶり。論の立て方からしてすでに本人が迷い道に入り込んでるし、結論(?)らしきものが、「 迷わないためのマニュアルは作れないし、たとえ作れたとしても作るべきでない、というのが私の考えです」だと。おいおい、ちょっと待ってくれよ。これじゃまるで羊頭狗肉。たかだか200頁のくせに100頁あたりで突然新しい用語を「発明」していわく「 実は、この新しいキーワードは、ある面では同じ意味の、また別の面ではかなり違った意味の言葉なんだということを、まず申し上げておきましょう。そしてこの本自体にとって、とても重要な役割を持つ言葉になりますので、まず、この言葉の説明から−−問題を取り上げていこうと思います 」だと。しかもこのキーワードは「専門用語と違って、これらの区分けは、私が思いついたキーワードです。厳密に意味が決められている言葉ではありませんから曖昧で、適当なものと思われても仕方のない部分がかなりあると思います 」と、言い訳しながら、自分の思考方法で実感できれば「意外にすっきりと、理解できるはずです 」との御託宣。どこが「すっきり」するってーの??この論理のいいかげんさ。しかし、それよりも、なによりもこの本でMorris.がイライラさせられたのは、その「悪文」ぶりにあることはまちがいない。悪意はないことはわかる。特に文章を飾ろうと言う意識もない。ところが、なにしろ説明の道筋が不必要なまでにぐねぐね蛇行している上に、文末語尾の曖昧さも徹底している。ランダムに改行前の終りを連続して引いてみる。 「〜だといえます」「〜といえるでしょう」「〜といえるでしょう」「〜ような気がします」「〜と思います」「〜しておくことにしましょう」「それだけで十分です」「〜ということになります」「〜ないのではないでしょうか」「〜かもしれません」「〜と思います」 ああっ!!なんて優柔不断、なんという自信の無さ、こんなにMorris.が不快を感じるのは、実はMorris.の文章にもこれに似た悪弊があることを、自覚させられたことによる「のではないだろうか」。自分の欠点を強調してさらけだされた「ような気がするのかも知れない」。つまりこれはバーチャルな自己嫌悪体験「のように思われる」(^_^;)要するにこの本はMorris.の文章読本(反面教師としての)として肝に銘じるところあまりに多いがために、やや長ったらしい紹介(悪口)を書き連ねた「ということになるのではないだろうかと、Morris.には思われるような気がするのだ」


群衆の悪魔】笠井潔★★★★☆1848年2月革命から第二帝政に至るパリを舞台に、青年ボードレールと、モルグ街殺人事件のオーギュスト・デュパンが、貴族らの出生と陰謀に絡む連続殺人事件に巻き込まれ、これを解明するミステリーだが、事件の解決より、当時のパリの思想の転換、革命の実態、文学、群衆誕生論、香水から市民の衞生意識の変遷を論じるるところなどが一層興味深い。笠井は大作なほど、Morris.好みで、本書も2段組400頁を超える長編だが、飽きさせることなく最後まで引っ張っていく手際は大したもの。大作「哲学者の密室」(これは長い!!)に比べるとちょっと物足りない気もしたが、主人公がお馴染みの詩人と初代名探偵という絶妙の取り合わせというアイディアだけでもポイント高い。これに笠井お得意の哲学的文明批評がまぶしてあり、面白くてためになる(ような気にさせる)Morris.好みの作品だった。おしむらくは、デュパンの推理ぶりが、あまりに名人芸過ぎるのと、彼の政治、文化、歴史評が、ズル(つまり、現在から過去を見た上での結果批評)でしかない事だ。まあデュパンは天才の創造した天才なんだからそれはいい事にしておこう。


カラオケ、海を渡る】大竹昭子★★★☆アジア各国(台湾、香港、中国、ベトナム、韓国)におけるカラオケの様相を紹介しながら、その受容と変形、現状を、供給業者、設置施設(場所)の取材をまじえて、解説批評しながら、特殊な形態を取る沖縄、そして東京に戻り、カラオケ全体を総括するという、なかなかの労作である。業界のパイオニア(これは企業名じゃなくって開拓者ね)へのインタビュー、関係者の取材もまめにやってるが、その人物評語の画一的(闊達、清濁合せ飲む)なところはちょっと鼻についた。8トラ、ヴィデオテープ、レーザーディスクから、通信カラオケというソフトの変化が必ずしもアジア全般で同じように変化しているのでは無い事、各国独自なカラオケスタイルを知ることができるだけでも読んだ甲斐がある。特に韓国で独自に開発されたROM音源カラオケの記事中にMorris.がソウルやプサンでノレバンに行くたびに目にした「ARIRAN」とか「ASSA」というメーカー名が出てきたのは嬉しかった。
 


名古屋のモダニズム】INAXギャラリー★★★☆☆このINAXギャラリーは、株INAXが不定期に発行している美術デザイン誌で、企業誌と思えない充実ぶりで、Morris.も何冊か所有してるくらいだが、本書の主題、1920〜30年代の名古屋のモダニズムといえば、Morris.の関心は「ノリタケ・アールデコ」にしかなくて。今回もそれを目当てに借りてきた。もともと米国への輸入だけのために短期間生産された安物陶器だったノリタケ・アールデコが、半世紀以上経ってから、再評価され、レトロ、キッチュの範疇から一歩抜け出したとされるが、まだまだ一般的に認知されてるとは言い難い。いや、Morris.はレトロ、キッチュの方が性に合ってるからそんなことはどうでもよくて、面白い、可愛い、好き、上手い、気にかかるくらいのポイントでしか評価できない。やっぱり、ノリタケ・アールデコってのはミスマッチの美だよなと、再認識したのだが、続いて紹介されてた「瀬戸図案研究会」の皿の意匠に、完全に心奪われてしまった。蝶や薔薇や豌豆などが、まさにMorris.好みの大正ロマン風、シンプル&叙情的に体現されてたのだ。典型的なアールデコ幾何学模様の皿も、ノリタケとは格段の差で「本物」だ。更に目を皿のようにして見ると、これらは製品としての皿ではなく、皿のデザインのための下絵であることがわかった。瀬戸図案研究会は、瀬戸陶器学校の後身である愛知県立陶器学校に明治末赴任した日野厚の指導のもとに結成されたデザイングループだそうだが、いやはや、この意匠の皿なら、現在でも通用するどころか、Morris.ならずとも、欲しくなるに違いない。当時の独逸デザインを参考にしたという意匠に、特にMorris.は心惹かれた。名古屋あなどるべからず。


魔法としての言葉】金関寿夫★★★★☆☆「アメリカインディアンの口承詩」とサブタイトルにある。文字をもたないインディアンが口伝えに伝承していた詩編を、アメリカの学者や文学者が英語で記録した各種資料から日本語に訳し、適切な解説を付した素晴らしい一冊である。Morris.はこれが発行された直後に読んで感動した記憶がある。10年ぶりに借りて再読したのだが、感動は薄れるどころか、更に輝きを増したように思う。「魔法としての詩」という章が立てられているように、厳密に言うとこれらの詩章は文芸というより、呪文や祈りに近いものかも知れない。著者も書いているが、これらの詩句の比喩はレトリックでなく、実際にそうであると信じられた表現なのだろう。それにしても、この美しさはどうしたことだろう。もちろん日本語訳の見事さも評価せねばなるまい。英語からの重訳だから、本来の姿からはかなりの変貌を遂げているであろうことは、心に留めておかねばならないとしても。断片のような短詩、物語詩、擬音だけの詩、絵に添えられた歌など、バラエティに富んでいて、Morris.は中でもチッペワ族の、俳句にも似た短詩に、まず、シビれてしまった。

・ときどきおれは/じぶんのことが/あわれになる/たとえば/風にさらわれて
 空を/横っとびに/すっ飛んで/いくときなど(雷人の歌)

・空が/おれのゆくところへ/ついてくる(夢の歌)

・あ かいつぶりだ/と思ったら/わたしの彼が水をはねる/櫂のおとだった

・おれは空のうえを/歩いている。/鳥に/おれはついてゆく(夢の歌)

・大草原を見わたせば/春のさなかに/夏を知る(春の歌)

その他にも、ナバホ族の「夜の歌」、シムシアン族の「子守唄」、ズーニ族の「雨乞いの歌」、各部族の愛の歌など、本当に素敵な歌が目白押しで、すべてを引用したくなる欲望を押えるので大変なくらいだが、ここでは、集中の最高傑作の一つである、メスカレロ・アパッチ族の「夜明けの歌」だけを紹介しておく。これらが気に入った方は、ぜひ、本書を図書館などで探して御一読ください。(1988/05/01 思潮社 ISBN4-7837-7C0095)

・夜明けの歌(メスカレロ・アパッチ族)

黒い七面鳥が 東の方で尾をひろげる
するとその美しい尖端が 白い夜明けになる

夜明けが送ってよこした少年たちが
走りながらやってくる
かれらが穿いているのは
日光で織った黄色い靴

かれらは日光の流れの上で踊っている

虹が送ってよこした少女たちが
踊りながらやってくる
かれらが着ているのは
日光で織った黄色いシャツ

かれら夜明けの少女たちは おれたちのうえで踊っている

山々の横っ腹が みどり色になる
山々のてっぺんが 黄色になる

そしていま おれたちのうえに
美しい山々のうえに
夜明けがある


雑書放蕩記】谷沢永一★★★☆☆☆幼少時からの読書体験と、忘れられぬ本の数々をたどりながら、半生を回顧する自伝として読んだ。これは正直面白かった。「プルターク英雄伝」から始まって、円本、乱歩、ルパン、伊藤痴遊、三銃士、文芸評論、経済学、ロシュフコオ、古寺巡礼、ヴァレリー、世阿弥---と、まさに「雑涜」であるが、このジャンル無視という点においてはMorris.と似ているので共感を覚えた。しかし、読み込みの深さ、理会力、引用の的確さ、評言の鋭さは、比べようもない(>_<) この人にしては珍しく母親への無防備な愛情を吐露した部分があって、本書の空気抜きのような役割を果たしている。大学に残って助手になるまでの委細はややしつこすぎる。蛇足だが、本書では大阪日本橋に正しく「にっぽんばし」とルビ振ってあって、安堵した。(「粋判官」には「にほんばし」とあったので)
いくらか孫引きをしておく。

・大抵詞(ことば)直く理明に、知り易く記し易きものは必ず正理なり。詞難く理遠く、知り難く記し難きものは、必ず邪説なり。(伊藤仁斎)

・語の置換を発見と、隠喩を証明と、語の吐出を重大な認識の奔流と、そして自分自身を神託と思ひ込む病弊、これはわれわれの持つて生まれた病弊である。(ヴァレリイ、佐藤正彦訳)

・「ああ、君、君は感謝を期待しちゃいけない。誰もさうする権利なんか持つてはゐないのだ。結局、それが君に喜びを与へるから、君はいいことをするのだ。それがそこにある幸福の最も純粋な形なのだ。それに対して感謝を期待するのは、実際あまり多くを要求しすぎてゐる。」(モーム、青山一浪訳)


北の詩人】松本清張★★★☆☆日本植民地時代からの韓国の詩人で、第二次大戦後北にわたり、米国のスパイ活動をしたとして処刑された、林和(イム ホヮ)の悲劇と当時の政治背景を暴こうとしたノンフィクション色の濃い作。共産党がらみの、転向、寝返り、密告、謀略、拷問、脅迫、裏切り、保身等々には、うんざりのMorris.なのだが、これは、ちょっと前から読んでおかねば、という義務感みたいなものがあったのだが、やっぱり、結構しんどかった。清張は「或小倉日記伝」の頃からの愛読者で、前半の作のほとんどは読んだはずだが、1972年に雑誌連載されたこの作品は、当時Morris.が朝鮮/韓国にほとんど無関心だったためか、読まないでいた。今の時点で読むと、最終的に北朝鮮側の裁判記録に準拠してることからも分かるように、やや北にバイアスかかってるようで、主人公林和の主体性の無さ、存在の希薄さに、物足りなさを感じてしまった。日本の戦後における米国占領政策を資料と調査で綿密に抉り出す清張のやり方は、この作品でも活かされていて、それなりに読まされた。


たびびと】立原正秋★★★何となく氣になりながら読むのを控えて来た作家の一人で、まあ、前に何冊かは読んだのかもしれないが、とにかく相性は良くなさそうだ。いろいろ趣向を凝らしてはあるが、中年男の放蕩の言い訳じゃないか。舞台装置に衣装、小道具はまずまずのものをそろえているが、結局は通俗の粉飾に過ぎない。と見るのはMorris.に見る目がないのか。いちおう世評は定まっている作家なのだが−−−


【歌集  青童子】前登志夫★★☆☆この歌人も、以前からMorris.とは合わない。じゃあ何故借りてきたかというと、後書きに「百済・新羅への韓国紀行として作った「望郷50首」を含むとあったからだ。一通り全作目は通した。で、お目当ての「望郷」がまた面白くない。 「ハングルの文字になじめず手に重きカメラをさげて百済を歩む」だもんな。さらに「南北に分断されし半島の五月の空を柳絮漂ふ」「鼻毛抜き半島の地図に植ゑたれば慶州の夜のやまなみふかし」 ときたもんだ。まあ、これはとりたてて駄作、愚作を選んだわけで、もう少しましなものもあるにはあるのだが、全体の感じの悪さから、罰としてここでは引用しない(Morris.も偉くなったもんだ(^_^;)。今後この人の歌は読まないことにしよう。


『吾輩は猫である』殺人事件】奥泉光★★★★☆☆やあ久々に面白い小説読ませてもらった。やっぱり奥泉光はただものでない。漱石の猫のパロディは掃いて捨てるほどあるが、この作はそれらの中の一金字塔となるだろう。堂々たる大作(506頁)全体を、漱石の文体模写で通してる。しかも旧仮名遣いだ。漢字こそ旧漢字は使われていないが、その手並みだけでも賞賛に値する。その上ストーリーも気宇壮大で、主な舞台は当時の上海、「猫」の主要登場人物はほとんど出てくるし、猫族も、多士済々。イギリスからホームズ猫とワトソン猫まで到来して苦沙弥先生殺害の謎を巡って、波瀾万丈、奇想天外の物語が展開される。「猫」を3回読み、中高生時期にはシャーロキアンとは行かないまでもホームズものは全作読破したMorris.のために、あつらえられたかのような小説で、推理小説としてはやや、寄り道、冗長、御都合主義が多いとしても、とにかく面白かったあ。


見知らぬ妻へ】浅田次郎★★☆この点数からすると、紹介にも及ばないのだろうが、一時期彼の作を読み漁ってたMorris.としては、一言いっておきたい。こんなの書いてちゃ駄目じゃない。屈指のユーモアピカレスク小説でMorris.を楽しませてくれた浅田次郎はどこにいったのか?直木賞もらって墜落したのか? あの面白すぎる大作「きんぴか」の、興奮と快感を今一度、体験させてくれ。白状するが8篇の短編中、半分は途中で読み飛ばしてしまった。


春秋の花】大西巨人★★★★「神聖喜劇」の作者による、詞華集(アンソロジー)。主に週間金曜日に連載されたものらしい。引用句も短く解説も1枚前後の短いコラムだが、その選択の妙技と、寸鉄の筆法には、読みながら快哉したり、苦笑いしたりして、要するにとても楽しめた。俳句、短歌、詩の他に小説や随想の一節もまぎれこましてあり、著者の博識と批評眼を手軽に知ることも出来る。著名人から、無名人まで、披引用者もジャンル、時代にとらわれず、引用句もひねりが聞いている。さらに解説には引用句から連想される別の引用も多く、結果的に含蓄ある言葉の小宇宙を形作っている。感服。


遊民爺さん】小沢章友★★★☆☆時は1984年、哲学専攻の大学生だった「ぼく」が、70歳のディレッタント(芸術おたく)爺さんに、出会ったことから話が始まる。大半が爺さんの芸術に関する蘊蓄で占められているが、この爺さん金も仕事も才能もなく、それでも芸術が好きで、好きで、のめり込まずにいられず、結果的に遊民をやってる、つまり超低級遊民であるところが、Morris.の先行きを暗示しているみたいで、ついつい読まされてしまった。ちなみに作者はMorris.と同い年で、出生も同じ佐賀県だった。これは85年に書かれて8年後に日の目(開高健賞奨励賞受賞)を見たもの。おもしろうて、やがて哀しきストーリーだが、最初の奇妙さで最後まで突っ走って欲しかった。 


【遊民爺さん、 パリへ行く】小沢章友★★★10年後に書かれた上記の続編。タイトルはきっとギャリコの「ハリスおばさんパリへ行く」のパロディだと思う。そう言えば遊民爺さん自体、パターンとしてはハリスおばさんシリーズと共通点を持っている。爺さんが商店街の抽選で3泊4日カップルパリ旅行ご招待に当選し、大学を出て社会人になってる「ぼく」を同伴者にしてパリに出かけ、芸術がらみの珍道中を繰り広げる趣向。それなりに話はできているし、爺さんの恋する、芸術少女なんてのも出てくるのだが、インパクトは前作より落ちるなあ。やり方によってはユニークなシリーズになったかもしれないだけに、ちょっと惜しい。


隻眼の人】飯尾憲士★★★☆☆タイトル作品を含む6編の短編集で、主人公(筆者モデル)が祖国に親戚を訪ねるテーマのものが2作あり、そのひとつ「パッチィ(蝙蝠)」が出色だった。題名はハングルにカタカナルビが振られている。日本女性と結婚した父が朝鮮人であることを息子(主人公)に隱して日本語しか話さないで死んでいく。それから数十年もたってから、父の位牌を携えて祖国の親戚を訪ね、帰国した彼のもとに親戚からの手紙が届く、姪にあたる娘から来たハングルの手紙を、彼が自力で読みたいがために、韓国語の学習を始め、やっとその手紙を読めるようになったとき、祖国での親戚の心の底がくっきりと明らかにされていく。その内容が愛情に滿ち滿ちていながら、悲しく美しく、きびしくて、やはりこの作者はただ者ではないと思う。短編集なので、点数が辛いが、この作だけならあと☆☆くらい加えてもいい。


大正末〜昭和20年代 日本の広告マッチラベル】三好一★★★★ラベルにはからきし弱いMorris.だから、これはとりあえず買っておかなきゃ、だったが、Morris.のマッチラベルの嗜好は圧倒的に製品マッチラベルで、広告マッチラベルは一段低く見ていた。それ程に初期のマッチメーカーのラベルデザインは、Morris.の好みをそのまま実体化したものとしかいいようがないんだもの。ところで、あらためて、ここに集められた千種以上を見ると、これはこれでなかなかにすばらしい。やはり、編者の選択眼と、コレクションの質の高さに与っているのは間違いない。一昔かふた昔前にはMorris.の身の回りにも、喫茶店やバー、食堂などのマッチラベルのコレクターが何人かいたものの、あまり感心した覚えが無い。やはり、時代が、マッチ衰亡の時期にあたっていたのと、彼らはとにかくなんでもいいから数だけを誇るような集め方する傾向があったからなあ。それに引き換え、この文庫のラベルは粒よりで、テーマ別にきっちり分けてあるのも見やすくてよい。解説にも書いてあったが、広告マッチラベルは「ミニミニポスター」として鑑賞するのが似合っているようだ。懐かしのカルピス黒子さんや、パッケージそのままの煙草マッチ、人気が高いのもむべなるかなと納得の資生堂などに混じって、昭和10年頃とおぼしい築地小劇場での「春香傳」(村山知義演出)の宣伝マッチなどを、発見してまた別の喜びに浸ったりもした。


シルクロードの印章】小田玉瑛★★★★☆これは数年前単行本で出た時に図書館で借りて、すっかり魅了されたものだ。文庫版の方がカラー写真図版が多くてお買い得なのだが、Morris.の関心は、圧倒的に印章自体より、捺印された印面にあるので、単行本の、モノクロ紙面に、鮮やかな朱印がくっきりと浮かび上がるレイアウトの方が印象深かった。しかし、ローマ、オリエント、イランなどの印は、粘土や封蝋に立体的に刻印するレリーフなので、このカラー写真はわかりやすく、やっぱり、買わずにいられなかった。中国、日本の篆刻(特に遊印)も大好きだが、シルクロードのものは、花模樣、動物、抽象模様と多樣で、形も自由自在で、エキゾチシズムが漂ってて、これも捨てがたい。印章自体の造詣も凝りに凝ったものから、シンプルなものまでさまざまで、石や金屬、陶器、ガラスなど、素材それぞれの面白さもありそうだが、まだまだそこまではMorris.の目は届かずにいる。


詩人まどみちお】佐藤通雅★★★☆☆☆現存する詩人の中で、好きな詩人といえば、絶対にまどみちおを欠かすことは出来ないと思ってるMorris.だから、この本は迷わず手に取った。著者名に見覚えがあるような気はしたのだが、以前感銘を受けた「横書きの現代短歌」と同一著者とは思いがけなかった。何となく畑違いのような気がしてたのだ。しかし、彼は作歌活動しながら、新美南吉、宮沢賢治、北原白秋の童謠などの研究もやってたということなので、それほど驚くことはなかった。Morris.自身、まどさんの詩は、例の「全詩集」が出るまでは、断片的にしか読んでなくて、その中のさらに断片的詩句にしびれていたわけで、作者の經歴などもほとんど知らず、阪田寛夫の「まどさん」で、これも断片的にしか知らされずにいた。本書で初めて、その全貌を伺うことが出来て大いに得るところもあったが、読むのに辛い部分もあった。それはまどみちおの戦争体験だ。その中で数篇の戦争詩(戦争協賛ではなく、戦争を主題にした)を書いたことを、今でもまどみちおは恥じているということや、それでも嚴しいまで自分に眞摯な身の処し方などを知るに付け、ますます惹かれてしまう。評論としての本書の価値も相当に高いものと思う。緻密な考証は無理だとしても、作品句々への透徹した分析は、鋭く、時に遠慮なく批判のメスを入れもするが、基本的に、まどみちおの詩世界に魅入られた論者ならではのものであるから、説得力がある。うたわれる「童謠」と、読まれる「詩」の境界を往来しながらその狹間で均衡を保っている希有な作品として「ぞうさん」を賞揚しながらも、完成度の面で疑問を呈するのも、その一例だ。Morris.はまどみちお作品は、印象批評でこと足れりとしてきた(それしかできない)が、分析批評もできて、その意味もあることを教えられたような気がする。でも、やっぱり、まずみなさんには、詩を読んで欲しいです。図書館で「まどみちお全詩集」(理論社)があれば、厚さにひるまず、手にとって見てください。やっぱり重いと言う方は、「まめつぶうた」「ぞうさん」「ことばあそびうた」なんでもいいです。

ひろげた はねの
まんなかで
クジャクが ふんすいに
なりました
さらさらさらと
まわりに まいて すてた
ほうせきを 見てください
いま
やさしい こころの ほかには
なんにも もたないで
うつくしく
やせて 立っています
(「クジャク」まどみちお)


風濤】井上靖★★☆☆☆なんで今ごろ、しかも99年のトップに、こんなのを読んだのかというと、内容が「元冦−−蒙古襲来」前後の時代を、日本でも元でもなく、高麗に視点を据えて書いた作品らしいので、いつか読まねばと思い、クリスマス前に借りてたのに、忘年会、新年会で読書どころではなくて、やっと今日読み終えたもの。一言で言えば退屈だった。発表は昭和38年(1963)だから、既に相当古びていることもあるし、著者自身が「歴史そのまま」を目指したものと言ってる通り、ほんと、歴史の参考書読んでるみたいだったし、やたら引用されてる漢文讀み下し(漢字+カタカナ)擬古文には閉口してしまった。この漢文読み下し文てのも、そろそろ現代語風にならないもんだろうか? いつまでも「豈はからんや」とか「〜するところなり」なんて使いまわし必要ないだろう。格好付けとしては役に立つかもしれないけれど。でも、井上靖って、学生時代に読んだ「蒼き狼」なんか結構面白かったような記憶があるのに、これは小説以前だな。まあ、元と日本との板挟みになって凄い迷惑を蒙った高麗の二人の王樣(元宗忠烈王)と臣下達の、苦労と努力、時代背景などはよくわかったから、無駄な時間を費やしたとは思わないが、期待外れだったことは否めない。


戰時広告図鑑」町田忍★★★ 「型録・ちょっと昔の生活雑貨」林丈二★★★☆☆ まったく別の本だが、どちらも、アナクロなヴィジュアルに惹かれて、借りてきたもの。前者は主に第二次大戦中の日本の新聞広告が中心で、やせ我慢と引き締めと空元気と銃後の守りと撃ちてしやまずの精神に滿ち滿ちているが、何故か暗さは感じられない。後者は明治から昭和前期の日本の通信販売カタログの商品見本で、こちらはあくまで軽くほがらかで、図版も精密なものが多く、見ているだけで楽しくなる。広告という虚の世界だからこそ、憂き世の人に夢を見せさせられるのではないだろうか。現代の広告界の隆盛も「虚の栄え」であることは言うまでもない。


'98国際おたく大学」岡田斗司夫編★★★☆☆  20人のおたく講師陣による、おたく最前線講義録というふれこみで、エヴァンゲリオン現象に始まり、アニメ、ゲーム、フィギュア、特撮映画、声優、アニカラ、おもちゃ、コスプレ、プラモデル、コミケット、少年マガジン、コロコロ、ロボット等など、硬軟とりまぜて??の力作ぞろいで、冗談抜きで勉強になった。ロボットの分析などMorris.にははなからついていけないものもあったが、佐藤良平の「LD・DVD論」、みのうらの「コスプレ史」、岩田次男の「コミケット研究」などが印象深かった。ラストにおかれた秋本祥一の「幻となるはずだったゲーム「G・O・D」の研究」はすごい。でも、RPGゲームに無縁のMorris.にはやっぱりよくわからない。
 


粋判官」谷沢永一★★★ 開高健の盟友で、司馬遼太郎の使徒で、辛口書評家として知られる著者のやっぱり、辛口の書評だが、岩波系文化人への喧嘩めいた物言いと、渡辺昇一、山本七平、開高健、そしてもちろん司馬遼太郎への、やや身贔屓気味の賞賛。鼻白む部分も多いのだが、啖呵の切り方、資料の押え方、皮肉の效かせ方、切れのよい文体と、決めの言葉の選び方などは、流石である。引用の手際のよさも捨てがたい。あまり好きでないが、読まされてしまうというところか。「中央口論」(じゃなかった「中央公論」ね(^o^))や「諸君」に掲載したものが多いので、やや右よりにバイアスかかってるかもしれない。文中「大阪日本橋(にほんばし)」とルビを振ってあったが、どういう了見なのだろう??まさか、にっぽんばしを知らぬわけはないだろうに。


閑吟集を読む」馬場あき子★★★★☆ これは再読で、3年前に彌生書房から単行本になった時にすぐ読んだのだが、もともとこれは'79年にNHKの「古典講読」で7回にわたって放送されたものの講義録が原型だ。評点が高いのは閑吟集の小唄そのものに対するMorris.の身贔屓によるところ大である。馬場あき子の解説も邪魔にならない簡潔さだし、国文科卒にしては、古語の教養に欠けるところのある、Morris.にはミスリードを修正してくれることも多くてありがたい。岩波の古典大系を持ってはいるが、やはり閑吟集だけの手輕な一本が欲しいな。岩波文庫も絶版だろう。いっそ自分で作ろうかと思い立ったが、実現しないだろう。でも、閑吟集は何度読み返しても、いい。駄作や、退屈な唄も結構含まれているのだが、それすらも集中の珠玉作を引き立たせるための背景として、無くてはならぬ存在のように思われてくる。世間に喧伝されている「世間(よのなか)ちろりにすぐる ちろりちろり」「何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ」のすばらしさは絶妙だが、もっと軽いものにも、心慰められる。

憂きも一時(ひととき) 嬉しきも 思ひ覚ませば夢候(ぞろ)よ
靨(ゑくぼ)の中へ身を投げばやと 思へど底の邪が怖い
薄の契りや 縹(はなだ)の帶の ただ片結び


静かな自裁」飯尾憲士★★★☆ 田村義也の装丁に惹かれて手に取ったのだが、読みはじめてしばらくの間、タイトルを「静かな自我」と勘違いしていた(^_^;)。「自裁」というのは作者の造語かと思って大辞林を見たら、ちゃんと載ってた。「 自ら生命を斷つこと、自決」つまり自殺である。たかだか250ページくらいのこの本を読むのにえらく時間がかかってしまった。潛水艇「うずしお」の人身事故とその設計に携わった技術者の話ということから、Morris.の苦手な、機械の構造の説明が多くてややこしかったこともあるし、ノンフィクション(だと思う)を、リアルにするための取材が、微に入り、細にいり進められていくのに、ついていくのに疲れたのも事実だが、この作家の文体自体に、速読を制限するところがあるようだ。太平洋戦争中、特攻兵器の一つ、一般には人間魚雷と呼ばれている「回天」の設計に携わった、海軍造船官、緒明亮乍が、戦後、潛水艇「くろしお」の開発にかかわり、さらに後年アドバイザを引き受けた「うずしお」が、そのテスト潛水で事故を起こし、二人の乗員が死亡、その数日後に、責任を取る形で鉄道自殺した。その記憶が薄れた頃になって、ジャーナリスト剣崎士郎(モデルは作者だろう)がこの自殺に違和感を持ち、資料を集め、過去を知る人々に取材して、薄皮を一枚一枚剥ぐように、彼なりの真実をつきとめていく−−いけない、だらだらの紹介になっていく。短くまとめきれないのはMorris.の読みが甘いからだろう。ストーリー以上に主人公緒明の、日記やエッセー、ノートに残された、アフォリズムめいた短文が印象的だった。一つだけ引用をしておく。
「「この道でわれ日本一」という気概は、四十歳くらいまでは可愛らしいが、それ以上では醜怪である。「自分ですらこんなに出来るのだから、他人はもっとよく出来るにちがいない」という自信と「自分でさえこれくらいしかできないのだから、他人にできるはずがない」という僞自信とは対照的である。「人は何と言ったかではなくて、何をしたか、で評価せらるべきである」というのは真実だが、さらに「"何をしたと言ったか"で判断すべきではない」との一言を付け加える必要がありそうだ」
この作品は、先に触れたようにフィクションではない。資料にあたり、実証を重んじた上で、自分の仮説推理を補強していく。この手際は凄腕だ。飯尾憲士は以前「釜山1945」(??)とかいう短篇集を読んだが、あまり印象に残っていない。
 


解剖學個人授業」養老孟司・南伸坊★★★☆☆唯腦論の養老と唯顔論の南の取り合わせで、これは南が養老を先生として個人授業を受け、「素朴な」質問をしては、自分なりのノートを作成、それを公開するといった形式で、すでに「生物学」(岡田節人先生)「免疫学」(多田富雄先生)のシリーズが出ている。このての、難しい学問を簡単に面白く紹介するといのは類書も多く、夏目房之介の「学問」シリーズなどは、結構好きで、読み漁ったこともあるのだが、イラストライター南伸坊の方がやっぱり面白い。なんたって、この人は面白至上主義者でもある。端倪すべからぬ似顔絵描きとして華々しく(でもないか)登場して以来、路上觀察の達人、貼り紙考現学者などと多方面に活躍して、そのたびにMorris.は瞠目させられた。個人的には中国風の美人画がいっちゃん好きである。この本では、解剖学の本質は、言葉に由來するという思いがけない出発から、思想そのものが解剖ではないかというところまで、実に面白くてためになった(ような気がする)。言葉の矛盾を承知でいえば、これは良質の、大人のための「子供の科学」である。


不逞者」「突破者の条件」宮崎学★★★☆☆「突破者」作者の、今年初めに出された続編というか、前者は二人の「不逞者」へのオマージュ的伝記。後者は社会批評エッセイ。どっちも現状の日本に活を入れるために書かれたもの。前作があまりにも面白く、衝撃的だっただけに、あのエネルギーを持續できてるかどうか心配だったが、やっぱり面白かった。ただ不逞者で扱われた二人のうち、作者が実際に接触のあった万年東一の生き生きした描写に比べて、韓国人革命家金天海の登場する後篇は、やや物足りない気がした。評論の方は相変わらず、歯に衣着せぬ率直な表現で、政府、大企業、教育、新聞をずばずば切りまくるのだから面白くないはずが無い。社会の裏面を生き拔いて来たしたたかさは、筋金入りの軟弱者Morris.とは、余りにかけ離れているが、読んだ後の爽快感はたまらない。昔ヤクザ映画をみたその直後だけは、自分も強くなったみたいな疑似体験を感じたものだが、それに通じるのかもしれない。もっともこんな読まれ方は彼にしてみれば、不本意だろうな。彼のホームページのドメイン名が面白い。
http://www.zorro-me.com/miyazaki


ぞうのミミカキ」理論社★★★★☆☆ まどみちおの最新詩集(だと思う)。「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」などの童謠の作者として知られるまどみちおは、前からMorris.のお気に入りで、特に言葉遊び歌系統のものを好んでいた。冒頭に「ものたちと」という詩があり、これが本詩集のタイトル代わりになってる感じで、全篇がもの(日用品、部品、工具、そしてすべての「もの」たち)を題材にした詩集となっている。さら、どびん、コップ、虫ピン、靴べら、とんかち、よだれ、イス、やね、かいだん等など何をあつかっても、そこにまどみちおがいる。カットに使われている、フィリップ・ヴィダレンのモノクロ写真もこの詩集にぴったりはまって、なかなかよい。釘を犬に、ネジ釘を猫に見立てる秀逸な比喩があったり、お得意のことばあそびはもちろん、いつものあたたかさも、本質を見抜く眼差しもあいかわらずで、年譜によると来年90歳とのことだが、まだまだ現役で、素敵な作品を発表してもらいたい。まどみちおさんのことばはぼくらの「たから「もの」」です。

−−ものたちから みはなされることだけは
ありえないのだ このよでひとは

たとえすべてのひとから みはなされた
ひとがいても そのひとに

こころやさしい ぬのきれが一まい
よりそっていないとは しんじにくい
(「ものたちと」より)


川柳のエロティシズム」下山弘★★★☆☆ 川柳は古いほど良いと決め付けているMorris.だが、筆者は東京古川柳研究会会員だけに、本書で取り上げるのも當然、17世紀後期(明和、安永、天明)のばれ句、要するに「俳風末摘花」の句風を三期に分け年代をおって解説したもの。これまで艶笑ものという視点での類書は見たことはあるが、本書は視点がユニークで、バレ句をバレ句として、高くも低くも見ず、冷靜に評価しながら、肝腎の面白味を忘れてはいない。ことばの技巧に関しても、後期になると技巧が勝ちすぎて逆に品が落ちるという指摘など同感するところも多い。偉そうにいいながら、300を超える引用句を解説付で楽しめるというのが、最大の魅力だろう。


詩とは何か」嶋岡晟★★★ 明治から現代に至る、日本の詩を、駆け足で解説しながら、今後の展望を試みるという、好企畫ではあるのだが、今一つ突っ込みに欠けるきらいがある。それでも引用の詩は100篇を超え、先の川柳本と同じく、懐かしいお馴染みのものや、初めて見る詩句を、こちらも駆け足で楽しませてもらった。詩にも不易流行が肝要ではないか、というのは、Morris.の勝手な結論。


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