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Morris.2010年読書控
Morris.は2010年にこんな本を読みました。読んだ逆順に並べています。
タイトル、著者名の後の星印は、Morris.独断による、評点です。 ★20点、☆5点

読書録top 2009年 2008年 2007年 2006年 2005年 2004年 2003年 2002年 2001年 2000年 1999年

セル色の意味 イチ押し(^o^) おすすめ(^。^) 普 通 とほほ(+_+)

10043 【現代短歌 そのこころみ】関川夏央

10042 明解物語】武藤康史編

10041 【非水百花譜】杉浦非水

10040 【あるキング】伊坂幸太郎

10039 【韓国の「昭和」を歩く】鄭銀淑

10038 【自転車ぎぎこぎこ】伊藤令

10037 【詩の本】谷川俊太郎

10036 【K-POPバイブル2005】 HOT CHILI PAPER 別冊

10035 【ザ・ローリング・ストーンズ】今拓海

10034 【出星前夜】飯島和一

10033 【韓国歌謡史 1895−1945】朴燦鎬

10032 【演歌の海峡】森彰英

10031 【ソウル こんなとこ行ったことある?100】パクサンジュン・文 ホヒジェ・写真

10030 【甘粕正彦 乱心の曠野】佐野眞一

10029 【降臨の群れ】船戸与一

10028 【続 塚本邦雄歌集】 

10027 【詩の中の風景】石垣りん

10026 【現代マンガの冒険者たち】 南信長

10025 【煙霞】黒川博行

10024 【少年計数機】石田衣良

10023 【骨音】石田衣良

10022 【夢の痕跡】荒俣宏

10021 【傷だらけの天使 魔都に天使のハンマーを】矢作俊彦

10020 【別冊 図書館戦争 T U】有川浩

10019 【白川静 漢字の世界観】松岡正剛

10018 【うまいもの・まずいもの】 東海林さだお、尾辻克彦、奥本大三郎

10017 【松林図屏風】萩耿介

10016 【すごい虫の見つけかた】海野和夫

10015 【雪のひとひら】ポール・ギャリコ 矢川澄子訳

10014 【舞姫通信】重松清

10013 【いつかソウル・トレインに乗る日まで】高橋源一郎

10012 【香田証生さんはなぜ殺されたのか】下川裕治

10011 【チルドレン】伊坂幸太郎

10010 【クジラは誰のものか】秋道智彌

10009 【諜報的(インテリジェンス)生活の技術】佐藤優

10008 【空の中】有川浩

10007 【トイデジLOVERS!】鈴木文彦編

10006 【和風モダンの不思議】文・初田亨 写真・増田彰久

10005 【時には懺悔を】打海文三

10004 【地を這う魚】吾妻ひでお

10003 【西洋館を楽しむ】増田彰久

10002 【灰燼の暦 満州国演義5】船戸与一

10001 【されど修羅ゆく君は】打海文三


10043

【現代短歌 そのこころみ】関川夏央 ★★★☆☆ 斎藤茂吉と釈迢空が亡くなった1953年から、中井英夫の没年1993年までの40年間をおおまかな区切りとして、いわゆる「歌壇」に属さず新しい短歌を目指した歌人たちとその作品を引いて、関川なりの短歌観を披露している。

この本は、現代短歌の果敢な「こころみ」を歴史として記述しようとする「こころみ」である。短歌には門外漢だが日本語表現について日頃考えをいたしている者の、一種の短歌論の「こころみ」である。
短歌には「業界外」からの批評が不足しているのではないかという疑いは私の動機の一つであったが、記述するにあたっては、うるさくない程度に多く、作品を 引用した。それは歴史を立体的に表現したいという欲動のあらわれであるのみならず、よいと思われた歌を一般の読者に知ってもらいたいと強く願うようになっ ていたからだ。(あとがき)


このあとがきにもあるように、関川と短歌という取り合わせは、Morris.には意外だった。大部分は2001年から2004年にわたって「NHK歌壇」に連載されたもののようで、本書の発行は日本放送出版協会となっている。
取り上げられた歌人を目次から拾うと、中城ふみ子、石川不二子、寺山修司、村木道彦、葛原妙子、宮柊二、渡辺直己、土岐善麿、岸上大作、清原日出夫、岡井 隆、石原吉郎、村上一郎、石田比呂志、穂村弘、上田三四二、齋藤史などである。名前だけならたいがいお馴染みである。好きな歌人となると1/4を下回るだ ろう。しかし、関川の引用歌の選択眼と、行き届いた解説には驚かされた。
未知の歌人の見どころのある歌も十首を超えた。関川はMorris.と同年生まれで、興味や関心の分野やベクトルに共通するものを感じてきたが、まさか、 短歌の分野でもMorris.の知らないところで、これだけの「読み」を会得していたということには、ちょっとした驚きを禁じ得なかった。

寺山修司は、自身がそういうように「贋金づくりであった。その意味で中井英夫が1954年に抱いた「贋の金 貨ではないか」という危惧はあたったのである。しかしこの「贋金」は「本物」よりも好まれ、世界に流通した。そして、短歌に与えた影響の大きさま、その 「贋の金貨」の美しさを誰もが否定できなかったからであった。

・野に風のわかれのやうな愛終えてわれら佇つとき響(な)るまんじゆしやげ 小野興二郎
・水風呂にみずみちたればとっぷりとくれてうたえるただ麦畑 村木道彦
・するだろう ぼくをすてたるものがたりマシュマロくちにほおばりながら 村木道彦
・わたくしが居なくなりてもこの部屋にしづかに月日はながれつづけよ 永井陽子

読者にとって、歌は一瞬の光芒であって構わない。「青春歌」の場合は、ことにそうだ。むしろそのほうがよい。歌は愛誦され、歌人は消費される。
だが歌人の人生は一瞬ではない。思いのほか長い。歌は未完でよいが、人生が未完であるのはつらい。歌われた歌と歌った歌人の人生について思いをいたすとき、短歌とは残酷な文学であると思わないではない。

・中国に兵なりし日の五ヶ年をしみじみと思ふ戦争は悪だ 宮柊二
・佐野朋子のばかころしたろかと思ひつき教室へ行きしが佐野朋子をらず  小池光
・クレヨンに「肌色」という不可思議の色あり誰の肌とも違う 松平盟子
・潔き貧などありや帰り来てしめる畳の上に坐りつ 石田比呂志
・暗がりをさらに暗くする初しぐれ練兵町の軒を濡らせり 島田幸典
・さくらよりさくわにわたす一年の木深き闇にまぎれかゆかん 上田三四二
・おいとまをいただきますと戸をしめて出てゆくやうにゆかぬなり生は 齋藤史
・たそがれの鼻歌よりも薔薇よりも悪事やさしく身に華やぎぬ 齋藤史
・定住の家をもたねば朝に夜にシシリーの薔薇やマジョルカの花 齋藤史


10042

【明解物語】武藤康史編 ★★★ 
三省堂の国語辞典「新明解国語辞典」は他に類を見ない個性的な語釈が多いということが一時話題になり、赤瀬川原平の「新解さんの謎」をはじめこの辞書をネタにした面白本、クイズ本まで発行されて、Morris.もいちおうさっと目を通したものである。
本書は、この辞典の60年にわたる沿革と、それに深く関わった山田忠雄、見坊豪紀の二人へのインタビューを中心に、関係者、家族への取材、該当辞書からの 序文などの引用からなっている。2001年この辞書の発行元三省堂から出されている。Morris.はうっかり見逃していたが、当時読んでおくべきだった な。
編者の武藤は学者ではなく評論家で、「言語生活」で見坊豪紀と「ことばのくずかご」にかかわり、辞書への関心が深いらしい。

三省堂から『明解国語辞典』が出たのは昭和18年のこと。昭和27年には『明解国語辞典』改訂版が出た。これを土台として、やがて、『三省堂国語辞典』(昭和35年)、『新明解国語辞典』(昭和47年)の二つに枝分かれし、いくたびか版を改めて今日に至っている。
この系列の辞書を私は「明解」系国語辞書と名づけてみたい。
この「明解」系国語辞書は二人の主幹によって支えられて来た。『明解国語辞典』のスタイルを創始し、その改訂版を経て『三省堂国語辞典』に至る系列において半世紀にわたり主幹を務めたのは見坊豪紀。『新明解国語辞典』の主幹を務めたのは山田忠雄。(武藤康史)


実はMorris.は、「新明解」の話題になった個性的な語釈は見坊豪紀のものだと誤解していた。あれは山田忠雄の個性だったのか(@_@) そもそも Morris.は見坊豪紀(けんぼうひでとし)の名を「けんぼうごうき」と思い込んできたし、名前の字面からして何となく学者らしからぬ、やんちゃ坊主み たいにイメージしてきたこともある。有名な現代語採集カード(見坊カード)に寝食を忘れるくらい熱中して、それが辞書の原稿の遅滞を招いたりもしたことな ど、本書によってやっと理解できた。
見坊の著書に「ことばのうみから」というのがあって、これと「言葉の海へ」(高田宏著)を混同して、見坊が「言海」の大槻文彦に私淑していたという勘違いもあったらしい(>_<) そのくらいいい加減なMorris.だった。
Morris.にとっての国語辞典といえば、小中学時代をべつにすれば、大学時代から愛用の新調国語辞典(現代語・古語)だろう、ながいこと、ほとんどこれだけを使ってきた。昭和40年初版でMorris.のものは43年版。かなりボロボロになってる。
その後、ほとんど骨董的興味から大槻文彦の「言海」にはまってしまい、これを2回にわたって読破した。そのあと古本屋で「大言海購入」、さらに平凡社の 「大辞典」2冊本も手に入れ、こが手持ちでは一番大部のものになる。有名すぎる「広辞苑」は何故か毛嫌いして、所持したことはない。三省堂の明解系辞書と はまるで無縁だった。
でも、今一番利用している「大辞林」は三省堂である。
山田忠雄という人は、篤実な学者というイメージが強かったのだが、本書で、かなり子どもっぽい人で、新明解の個性というのも多分にその表れだということも解った。見坊豪紀にはちょっと申し訳ない気になってしまった。
「言海」という、読むに足る辞書への愛着深いMorris.は、新明解がそれに近いものかと一種のシンパシーを感じていたのだが、それも、どうやら誤解だったらしいことも、本書のおかげで気づくことが出来た。
仮名遣いの話題に触れた部分で、発音そのままの表記の利点として、外国人の使用に利便という発言が出て、Morris.が長いこと疑問に思ってた、三省堂の古い「ABCびき日本辞典」の ことを思い出した。大正6年という早い時期にではあるが、三省堂がこういったローマ字見出しを採用したのは、いわゆるローマ字運動もあっただろうが、海外 進出を見越して、外国人でも引きやすい辞書を作ろうとしたのではないだろうか。当たってるかどうかは別として、辞書というものの存在意義と、その成立にま つわる、人間関係、社会との関わりなどもいろいろ考えさせてくれるという意味でもありがたかった。
小学館「日韓辞典」の読書にかまけて、一般図書の読書をおざなりにしているMorris.には、警鐘ともなる一冊だったような気もする


10041

【非水百花譜】杉浦非水 ★★★☆ 大正9年から11年にかけて出版された杉浦非水の花卉写生図集の復刻版で、2008年にランダムハウスから発行された物。Morris.は旭屋書店で見かけて、すごく気になったけど、結局買わずじまいで、先日中央図書館で見かけたので借りてきた。
杉浦非水は明治後期から昭和初めにかけての日本のアールヌーボースタイルデザインの第一人者で、三越のポスターや改造社文学全集の装釘、煙草「光」のデザインワークなどでMorris.はすっかりご贔屓だったのだが、彼がこんな花の図集をだしてたというのはずっと知らずにいた。

さてこの花卉図集は確かに杉浦の絵画作品である。他にいくつか公刊された杉浦の図案集である『非水図案集』、『非水創作図案集』、『しぼりの図案』や『非水一般応用図案集』などのように、デザインの実例集そのものとは違う。あくまでリアルな絵画というのがこの図譜の第一義の性格である。と同時にこれは一種の植物図鑑でもある。というよりは、植物図鑑のような体裁をとっていることによって、図案集ではなく、絵画集であることを強調するということになる。しかし同時に単なる絵画集ではないということにもなる。実景から周囲を全く省略して花卉のみを浮き立たせる。それを植物学的にも正確に描く立場を貫き通すのである。
杉浦がデザイン制作のもっとも重要な基礎と考えたのは写生である。それは常に立ち返るべきデザインの力の源泉として、モダンデザインの担い手たちが特別に大事にしたものであった。モリスしかり、エミール・ガレしかりである。
そしてデザイン界のみならず、たとえば陶芸家・富本憲吉の自然写生論に代表されるように、日本の工芸の近代化、「表現の工芸」成立にもそれは大きな役割を果たした。言い換えると、産業から脱して、近代作家としての工芸的表現を確立するとき、自然に立ち返ることが作家の個性、創作性を発揮するための最低限の保障だったのである。
杉浦の『非水百花譜』とは、まさにその自立へ向けての宣言のようなものであった。だからそれは絵画的洗練、上質さをアピールするだけでは足りず、植物学的正確さを兼ね備えようとしたのである。そしてさらに言うなら、日本画をルーツとし、日本画に親しむ晩年を送った杉浦の究極の芸術とはやはり絵画だったのではないかということである。
非水以降、そして戦後のデザイン界は、そうした系譜をはるかに飛び越えてしまった。そのことは、富本が後年、自然写生以外の、模様が生まれてくるさまざまな因子に気が付き、愕然としたように、非水の中でも心の一番奥底にずっと溜まるひとつのこだわりとなって残っていたのではないかと思われてくる。その一番奥に居座っているのが『非水百花譜』である。(金子賢治)


復刻版を監修した東京国立近代美術館工芸館の金子の前書きからの引用だが、おしまい文章がちょっと歯切れが悪いが、本書の体裁と特徴をよく捉えた力の入った文章である。
しかし、そういった、こむずかしいことはさておいて、本書の百葉の図は美しい。植物図鑑的な細部の正確さに加えて、やはりデザイナーとしての構図や色使いの妙と非水の個性が横溢していると思う。
取り上げられた花も、名花とし定番のもの、それほど知られないものから雑草にいたるまで、それぞれに不思議な美しさを備えたものが多い。
オリジナルは五葉ずつを一組にして二十組計百葉である。煩を厭わず、列挙しておく。

[第一輯] 八重桜(やへざくら)著莪(しゃが)牡丹(ぼたん)野葡萄(のぶどう)紺菊(こんぎく)
[第ニ輯] 木瓜(ぼけ)鉄砲百合(てっぽうゆり)石蕗(つはぶき)葱(ねぎ)錨草(いかりさう)
[第三輯] 宝鐸草(はうちゃくさう)山百合(やまゆり)猿取茨(さるとりいばら)連翹(れんげう)木蓮(もくれん)
[第四輯] 椿(つばき)蓮花躑躅(れんげつづし)十薬(どくだみ)龍胆(りんだう)朝顔(あさがほ)
[第五輯] 染井吉野(そめいよしの)芍薬(しゃくやく)南天萩(なんてんはぎ)釣鐘人参(つりがねにんじん)待宵草(まつよひぐさ)
[第六輯] 薔薇(ばら)枳殻(からたち)山吹(やまぶき)赤沼風露(あかぬまふうろ)蓮(はす)
[第七輯] 梅(うめ)撫子(なでしこ)紫陽花(あぢさひ)蒼朮(をけら)海老根(えびね)
[第八輯] 男宝香(をたからこう)忍冬(すひかづら)雁緋(がんび)野牡丹(のぼたん)大待宵草(おほまつよひぐさ)
[第九輯] 麝香連理草(じゃかうれんりさう)木苺(きいちご)鬼芥子(おにげし)露草(つゆくさ)夏水仙(なつずゐせん)
[第十輯] 天南星(てんなんしゃう)紫蘭(しらん)藤(ふじ)水梔子(こくちなし)梅鉢草(うめばちさう)
[第十一輯] 仙人草(せんにんさう)蛍袋(ほたるぶくろ)蔓茘枝(つるれいし)野茨(のいばら)松虫草(まつむしさう)
[第十ニ輯] 数珠玉(じゅずだま)芙蓉(ふよう)桔梗(ききゃう)熊谷草(くまがゑさう)草藤(くさふじ)
[第十三輯] 雛罌粟(ひなげし)姥百合(うばゆり)木通(あけび)山鳥頭(やまとりかぶと)華鬘草(けまんさう)
[第十四輯] 凌霄葉蓮(のうぜんはれん)羅生門葛(らしゃうもんかづら)紅花芍薬(べにばなしゃくやく)瑞香(ぢんちゃうげ)
[第十五輯] 浜撫子(はまなでしこ)山茶花(さざんくわ)油菜(あぶらな)油點草(ほととぎす)塩竈菊(しほがまぎく)
[第十六輯] 小昼顔(こひるがほ)彼岸花(ひがんばな)浦島草(うらしまさう)小楢(こなら)紫露草(むらさきつゆくさ)
[第十七輯] 木犀(もくせい)草夾竹桃(くさけふちくたう)白粉花(おしろひばな)梨(なし)燕子花(かきつばた)
[第十八輯] 紅蜀葵(もみぢあふひ)水葵(みづあふひ)百日香(ひゃくじつこう)大山木(たいさんぼく)澤桔梗(さはぎきゃう)
[第十九輯] 苅萱(めがるかや)藪萱草(やぶくわんざう)花菖蒲(はなしゃうぶ)鹿子百合(かのこゆり)赤詰草(あかつめくさ)
[第二十輯] 灸花(やいとばな)萩(はぎ)澤瀉(おもだか)灘波茨(なにはいばら)山葡萄(やまぶだう)


彼岸花の図ふーーっ、久しぶりに漢字の植物名をいっぱい打ち込んだ。疲れたけど、何か楽しくなってしまった。やっぱり植物の名前、特に和種のものは、漢字か、せめて平仮名で表記したほうが良いと思うな。
こう、言った作品の常としていささかの出来不出来があるのはやむをえないだろう。本屋で立ち読みしたときは全てが素晴らしい作品と思ったが、部屋でじっくり眺めるとかなりの好き嫌いも出てくる。
何度見なおしても素晴らしかったのは、八重桜、野葡萄、錨草、十薬、朝顔、赤沼風露、露草、梅鉢草、小昼顔、小楢、苅萱、赤詰草、灸花(へくそかづらのようだ)、灘波茨、山葡萄あたりかな、そして、Morris.のナンバーワンは「彼岸花」だった。


10040

【あるキング】伊坂幸太郎 ★★★☆ 空想野球小説である。
弱小地方球団・仙醍キングスの熱烈なファンである両親のもとに生まれた山田王求(おうく)は、期待以上に野球の才能が飛び抜けていたため、両親は異常な情熱を彼にそそぐ。父は王求をいじめた上級生を殺害してしまう。後年それが明らかになり高校野球をやめた王求は紆余曲折の末キングスに入団し、信じられない成績を残すが……と、馬鹿馬鹿しいコミックドラマになりそうなストーリーを、いやに哲学的/文学的/ブラックコミックドラマに仕立てたのは、著者の力量というべきか。
シェイクスピア作品を下敷きにして、因縁と輪廻と運命に弄ばれる「優れたもの/王」の悲劇を再構築したともいえるが、成功したとは言いがたい。でも、それなりに楽しめたのだから、やっぱりこの作家は、何かMorris.を惹きつけるものを持ってるということになるだろう。

山田王求がプロ野球の記録を塗り替える機会が来るたび、敬遠や四球、死球などの戦略が取られた。それは記録を保持している仲間の名誉を守るためというよりは、もっと別の、憎むべき相手に領地を奪われてなるものか、というヒステリックなものだ、と山田王求は察していた。おそらく、自分の父親のことが影響しているのだろう、とも分かっていた。殺人犯の息子が目立ってしまっては、世の中の規則がくるってしまうような違和感があるに違いない。


10039

【韓国の「昭和」を歩く】鄭銀淑 ★★ 韓国各地の日本の建物の残滓を訪ねるという企画である。

もし、みなさんが住んでいる街に言葉の通じない外国人が押し寄せてきて、一等地に見慣れない家を次々に建て始めたら、どう感じるか。ほんの少し想像力を働かせてほしいのだ。
日本人は、植民地支配について「あまりにも無自覚な人」と「やたらと反省する人」の二極化が激しいのではないか。いずれのタイプと話をしても、ぎくしゃくとしたものを感じてしまう。


という袖書き(まえがきからの引用)に、なるほどと共感を覚え、期待して読み始めたのだが、肩透かしだった。
これに似たテーマを扱った本はこれまでに何冊か見たり読んだりしたことはある。それなりに興味深いもので、Morris.が訪韓時に手がかりになったこともある。
しかし、本書はほとんど、素人のルポに近い内容にしか思えなかった。著者は67年生の女性ジャーナリストで、本書を出したのが40歳前くらい。全羅道(江景(カンギョン)、群山(クンサン)、栄山浦(ヨンサンポ)、木浦(モッポ)、慶尚道(釜山、鎮海(ジネ)、大邱)、仁川(インチョン)、ソウルの3地方に分けて、日本人助手と二人でちゃかちゃかと取材して、作り上げた一冊らしい。
全羅道の訪問地のうち木浦以外は行ったことがないので、それなりに参考にはなったものの、その取材というのが、あまりにも出たとこ勝負で、事前の連絡や見学許可などまるで取っておらず、官庁の観光課や歴史館などを訪ねて、資料もらったり、人を紹介してもらったり、後は、偶然出会った日本家屋を撮影して、その住民や近所の人に話を聞くといったパターン。それ自体が駄目というわけではないのだが、あまりにも杜撰だし、住所も大雑把、取材者の名前も資料名もほとんど無し。もちろん巻末に参考図書の紹介も無い。
たまに、建物の基本的紹介などあっても、その後に「と、資料には書いてある」だったりする。こういった神経がどうも理解しがたい。
また日本人助手(カメラマンを兼ねる)の取り上げ方も、かなりに変である。名前は出さずに「中年で太ってる」とか、「無神経な発言」とか、「いい気なものだ」とか、日本人差別(^_^;)的意識が、文章のはしばしから匂ってくる。
どう見ても、何かの受け売りだと思うような「感想」があったり、あまりにステロタイプな日帝批判とか、要するにこの著者の書き振りがMorris.の好みではなかったということになるのだろう。
主題とは付録的関係だが、だが、韓国語の中に残ってる日本語を紹介した部分に、Morris.の知らなかったものもあったので、引用しておく。

サシミ、サラ、モチ、アナゴ、ワリバシ、ヒヤシ(シヤシともいう)、マホ(魔法瓶)クツ、クルマ、シタ、シアゲ、テモト、フキダシ、ワク、コテ、ジャブトン(座布団)、タタミ、タライ(タラ)、ハコ(部屋)、ムデポ(無鉄砲)、ワイダン(猥談)、チラシ、エリ、フカシ、ソデナシ、タンス、カバン、ジャンケンポン、メリヤス、ゴム、バケス(バケツ)、ビラ、パンク、ダンドリ(段取り)、ピカピカ……


10038

【自転車ぎぎこぎこ】伊藤令 ★★★☆ 前作「こぐこぐ自転車」が面白かったので次作のこれも読むことにした。前作が2005年発行で著者72歳だったから、本書(2009年発行)では米寿サイクリストということになる。自転車のり始めたのが定年直前で、自転車歴は10年くらいだし、年取ってから始めたため無理はしないとのことだが、7台目を買って、あいかわらず楽しそうなサイクルライフを楽しんでいる。
個人で東京近郊を回ったり、友人と電車を使って地方輪行したりで、本書の大部分はその紀行文だが、何と言ってもそのユーモアとペーソスにあふれた含蓄のある文体が素敵である。
内田百間の「阿房列車」の自転車版といえば誉め過ぎだろうか。伊藤整の息子だけのことはある(^_^;)

自転車に不都合なものというと第一に雨を考える。誰しもそう思う。シャツからパンツまで濡れるのはたまらないと思うのである。だが本当に厄介なのは風で遭遇する頻度も雨の比ではない。
風というのは地上を水平に流れる空気の集団を指す、とないかに書いてあった。あたり前のことのような気がしたが、言われてみるとなるほどと思う。ちなみに地上を垂直に流れる空気の集団は風とはいわず上昇気流とか下降気流というのだそうである。
自転車は空気の集団を押し退けながら前方に進む。空気の集団は目に見えないから私たちはともすると存在を無視しがちであるが、目には見えないとはいえ、空気は空気なりに押し退けられまいと抵抗を試みる。自転車に乗る人間はその抵抗に敢然と立ち向かってペダルをこぐ。ペダルをこぐと足が疲れ、息がきれるのはそのためである。


こういった感じである(^_^)

実用ということを言うと、自転車を実用化するのに必要なものはほかにまだある。バックミラーだ。自転車にバックミラーを付けている人はすくない。しかし、考えてみると、日本中の自動車とオートバイにはバックミラーが付いている。それなのに自転車に付いていないというのはいったい、どういうことだ。自転車が自動車道路でつねに追い越される立場にあるということを考えると、むしろ自動車以上に安全装置としてミラーを必要としているともいえる。私の自転車にはみなバックミラーを付けてある。

そうそう、たしか前作にもバックミラーのこと書いてあって、Morris.もバックミラーを買ったのだが、あれから結構長いこと経つのに、バックミラー付けてるママチャリは一台も見かけない。並べて駐輪したあと探す手間が省けるけどね(^_^;)

ところで、どうでもよいことであるが、総距離150kmのなかに九十九里浜があるのは変な感じである。九十九里をキロメートルに直すと396kmになるからだ。これに異を唱えるひとがいないのは、九十九里というのはとても長いことの譬えであろうと多くの人が好意的に理解してくれているからなのであるが、来歴を探るとこれはここにある白里という土地に由来していることを知る。なぜ白里なのかというと、「白」は「百」から一を引いたもので、「白里」つまり「九十九里」ということにある。九十九里というのは譬えでなく、洒落なのだ。歌の下手なひとのことを犬吠と言うのに似た洒落である。蛇足であるが犬吠は銚子の外れにある。

こういった言葉遊びめいた部分もMorris.好みである。もっとも、最後のギャグは、今のMorris.には「兎の逆立ち」であるが(^_^;)>>ミミガイタイ


10037

【詩の本】谷川俊太郎 ★★★☆☆ 2006年発行、谷川の30数冊目の詩集(Wikipediaによると)である。雑誌や新聞に請われて発表したものが大部分を占める。後半は茨木のり子、岸田今日子、市川崑などへの弔辞代わりの作品も多い。Morris.は谷川の詩の良い読者とは言えないだろうが、処女詩集「二十億光年の孤独」と次の「62のソネット」は今でも傑作だと思っている。「ことばあそびうた」は瀬川康男、「女に」は佐野洋子との合作の詩画集として、これまた傑作に違いないし、それ以外の詩集にも見るべきものが多い。
本書に収められている作品も凸凹はあるにしろ、見所あるものが多かった。
「道を歩いていると」という連作7篇は、安西冬衛、草野心平、中原中也、萩原朔太郎、三好達治、まどみちお、宮沢賢治の詩句を引用した遊び心の横溢した作品だし、谷川の好きな詩人の傾向を伺うことも出来た。
「かわいのいわい」という漢字なしの作品は河合隼雄の文化功労者受賞記念の祝辞として書かれたものだが、「ことばあそびうた」を彷彿させる。

斬新なカット?かわいのいわい 谷川俊太郎

せわしいタマシイけたたましい
さもしいタマシイさわがしい
さかしいタマシイうっとうしい
まぶしいタマシイうとましい
ふたつよいことさてないものよ
わかりまへんなとてごわいかわい

ただしいタマシイはらだたしい
あやしいタマシイなやましい
おかしいタマシイうらがなしい
ゆかしいタマシイうたがわしい
うそからうまれるまことのしらべ
ふえをふきふきかわいいかわい

つましいタマシイふてぶてしい
さみしいタマシイややこしい
やさしいタマシイもどかしい
きびしいタマシイあつかましい
おのれころさずひともころさず
よわいかさねてよいかげん

きりなしそこなしかわいのはなし
ちゃばなしはかなしこばなたのし
むかしばなしははてもなし
あやかしあやなしはらごなし
なりわいにぎわいさいわいあじわい
こよいわいわいかわいのいわい


うまいもんである \(^o^)/
表紙見返しのカット?しかし、この詩(2001)の6年後にはその河合隼雄への弔詩を書くことになる。

私がもう言葉を使い果たしたとき
人間の饒舌と宇宙の沈黙のはざまで
ひとり途方に暮れるとき
あなたが来てくれる言葉なく宇宙からの一陣の風のように
私たちの記憶の未来へと
あなたは来てくれる(「来てくれる 河合隼雄さんに」より)


また「お茶」という作品では、自分は詩を多く書きすぎてるから、読者に、一つだけ選びそれを読んだあと座り込んで15分くらいぼんやりして欲しい、なんて書いてあった。
Morris.が選ぶとすれば、「只」かな?

只 谷川俊太郎

本に値段があるなんて
ピカソの絵が何百万だなんて
別れた女に慰謝料出すなんて
特許使用料だなんて
著作権使用料だなんて
詩を書いて稿料もらうなんて
なんてなんて未開な風習だろう!

空気も海も天の川も
愛も思想も歌も詩も
女も子供も友人も
ほんとうに大事なものはみんな
只!
         ……のはずなのに


1993年発行の「これが私の優しさです」所収らしいが、Morris.は他のアンソロジーで読んだ気がする。
ところで、この本を三宮図書館で見つけて借りてきたのには事情がある。
ぱらぱらと頁めくっていたら、途中に空色のクレパスで、なぐり描きしたようなカットがあり、おお、斬新なカットだなと感心したのだが、これがあまりに生々しい。向かいの頁にわずかだが色移りもしてるので、これは誰かの落書きなのかもしれない。と、まあ、それを確認するという意味もあって(^_^;)借りてきたのだが、やはりこれは肉筆であることはまちがいなさそうだ。濃赤の表紙見返しと次の題簽頁にも計3点の「作品」があり、おなじ色のクレパスで、これまた見事な作品とMorris.には思えた。子供の落書きとは思えない、いや、こんなことするのは、年取っててもどうせ「子供」にちがいない。
自分で買った本ならともかく、図書館の本にこういうことをするのはけしからんのだろうが、Morris.には見事なコンピレーションだと思えた。
本書で印象に残ったフレーズは

詩は束の間の償い
一瞬の勝利
記録でも契約でも予言でもない
音楽を失った不随のうた(「森へ」より)


10036

【K-POPバイブル2005】 HOT CHILI PAPER 別冊 ★★★☆☆ 先日梅田東通り末広書店で見つけたもので、日記にも書いたとおりMorris.はK-POPとは無縁だけど、イパクサやオムジョンファが載ってたのと、\200という値段につられて買ってしまったのだった。でも、これが意外と見ごたえある好著だった。韓流ブームに便乗したやっつけ本の一冊ではないかと思ったMorris.が間違ってたm(__)m
全体で216ページのうち大部分を占める名鑑は光沢紙オールカラーで、ほぼ270組のアーチストがプロフィールとディスコグラフィ付で紹介されている。紹介文は短いものの、いい加減でなく、きっちりそれぞれを聴きこんで解ってることがよく分かる(^_^;)書きぶりである。
巻末のジャンル別K-POPヒストリーは、男性グループ/アイドル、女性グループ/アイドル、バラード、ロック、ダンス、ヒップホップ、フォーク、インディーズ、俳優の9部門別に見開きで紹介。
たとえばロック部門では
1964〜シン・ジュンヒョンとヨプチョンドゥル/KEY BOYS
1976〜ソンゴルメ/チョニングォン
1986〜015B/N.E.X.T/キムジョンソ
1995〜PIPI BAND/オンニネイバルグァン/No Brain
1998〜紫雨林/ソテジ/YIIK/
2002〜Cherry Filter/Roller Coaster/FLUX

といったアルバムジャケットを羅列しながらそれ以外の多くのアーチストを網羅総括している。
もちろん、Morris.には全くわからない、ヒップホップ系やインディーズなど、すっ飛ばしたアーチストの項も多かったが、それでも結構お馴染みだったり、懐かしかったりするアーチストの顔も散見して、興味津々で読まされてしまった。それぞれにキャッチフレーズめいた小見出しがつけられていて、それも結構面白かったので、印象に残ったアーチストとその小見出しを引いておく。

・イウンミ…ステージに生き、ステージを駆ける裸足のディーバ
・イサンウン…デラシネが生む、時空間を超越したブルース
・イジョンヒョン…歌謡シーンにおけるテクノのベクトルを変えていく女性シンガー
・イスンチョル…”復活”としての原点回帰からソロアーティストとしての頂点へ
・イソラ…癒し系からロックまでをカバーする魅惑のヴォイス
・イパクサ…世俗を超越したポンチャックの神様
・イムンセ…バラード界の大御所にして、韓国音楽界の良識派
・インスニ…”韓国のティナ・ターナー”まさに大韓ソウルのクイーン
・SE.S…韓国の女性ポップスをリードし続けた3人の歌姫たち
・SG WANNNA BE+…韓国の叡智が結集して放つ2004年の大型新人
・オムジョンファ…貫禄のコリアンビューティ、それはまさに横綱級
・カンサネ…熱き信念で自由に跳躍する、気骨あふれるロッカー
・カンスジ…元祖、清純派アイドルシンガー
・キムグァンソク…死後もなお人々に愛され続ける民の調べ
・キムゴンモ…万人が認める大衆歌謡の最高峰
・キムチャンファン…90年代を制した”ミスターK-POP”
・キムワンソン…歌って踊れる、元祖”韓国のマドンナ”
・コブギ…ヒップホップ発ディスコ行きの列車に乗った3匹の亀
・コヨーテ…韓国ポピュラーミュージックの巨星
・015B(コンイルオビ)…90年代の韓国歌謡を多角化させた二人の兄弟
・コンチュリココ…温泉旅館の海上で楽しみたい歌謡ショー
・紫雨林(ジャウリム)…陰と陽の交錯する韓国のトップロックパンド
・ジュジュクラブ…エキセントリックな女性ヴォーカルが印象的なオルタナバンド
・シンジュンヒョン…韓国ロックの祖にして「生きる伝説」
・シンスンフン…韓国的風土が生んだ「バラードの帝王」
・シネチョル…圧倒的信者数を誇るロック界のカリスマ
・イスヨン…誰もが認める「バラードの女王」
・ソテジ…音楽のみならず言動のすべてが注視されるカリスマ
・消防車(ソバンチャ)…先駆者にして偉大なる男たち、ポップアイドルの元祖
・チャンナラ…親近感ではNo.1のトップアイドル
・チョソンモ…”泣きのバラード”で一世風靡、今また脚光を浴びるシンガー
・チョヨンピル…「恨」の魂が宿る”小さな巨人”
・チョニングォン…焼けた喉が発するメッセージに若者は共鳴する
・チンジュ…大韓ソウルの海に眩しく輝く黒真珠
・DJ.D.O.C(ディージェイドク)…竹島、警察、ベビボ、なんでもござれ、これが韓国の暴れ舌
・テジナ…韓国演歌界の大御所
・動物園(トンムルゥオン)…韓国フォーク界のリビングレジェンド
・東方神起(トンバンシンギ)…次世代型スーパー高校生アイドルユニット
・パクサンミン…”韓国の長渕剛”が贈る兄貴の歌
・パクチユン…2度目の転機を迎えた大型女性シンガー
・パクチニョン…背骨はファンク、踊り続けるプロデューサー兼シンガー
・ハンデス…韓国のボブディラン
・パンミギョン…遅咲きの強みを見せる姉御シンガー
・ハンヨンエ…韓国ブルーズの女王
・ピ…師パクチニョンのすべてを継承しながら独自の世界観を確立
・Fin.k.l.(フィンクル)…国民的指示を得る4人の妖精たち
・Big Mama…メガトン級のヴォーカルユニット
・BABY V.O.X…お色気を武器に世界へと躍進する大衆歌謡の保守本流
・BoA…エイジアン・アイドルの頂点に立つ女性シンガー
・MAYA…人気上昇中の武闘派女性ロッカー
・ヤンパ…ロックに魅せられた玉ねぎ娘
・ユスンジョン…ダンシングマシーンと化したウェッサイ(WEST SIDE)な男
・ユリサンジャ…人柄が滲み出た、やさしさいっぱいの男性デュオ
・ヨヘンスケッチ…ヒューマン&ネイチャーなフォークの世界
・LOVEHOLIC…”恋愛中毒”のあなたに贈るお墨付きロックサウンド
・リナパーク…R&Bを脱し、オリジナルの空間を築くディーヴァ
・Roo'Ra(ルーラ)…2度の解散劇を演じた90年代後半を代表する混声ダンスポップ
・WAX…MV主導に見せかけ、歌唱でハートを鷲掴みにする女性シンガー


2005年1月発行という時間的な条件があるので、今となっては、忘れられたアーチストもかなりあるようだが、ともかくもこれだけの人数のリストは、Morris.のような門外漢にも利用価値はありそうだ。ワンダーガールズのデビュー以前だったというのがちょっと残念(^_^;)
本書には特に執筆者名が記されていないが、あとがきを書いてる阿部泰之という人が、中心的存在というのはまず間違いないだろう。

「夏にはダンス、冬にはバラード」という大枠の中で、あっという間にひとつの音楽スタイルを使い切って目まぐるしく回転し続けてきた韓国歌謡界。それは公式には日本の歌謡曲が遮断されているという鎖国状況があったから可能なものだった。が、在米僑胞やアメリカ留学からの帰国組が歌謡システムに取り込まれることなく自己主張をはじめたり、日本のシーンが浸透してきたりすると、10代をマーケットに想定したギミックだらけの音楽は本物志向へと転換。Brown Eyesの成功にみられるように、21世紀を迎えた韓国歌謡会はドラスティックな変化をみせた。

あとがきのほんの一部の引用だが、これだけでも韓国音楽シーンへの視線の鋭さが解る。ネットで検索したらこんな記事が見つかった。やっぱり只者ではなさそうだ(^_^;) 
チョニングォンの項に、Hachiさんの名前がちょこっと出てた。

2003年には春日博文のプロデュースでソロ3集を発表。CDと一体型になる写真集の撮影地であるタクラマカン砂漠をも飲み込むような力強さを再び見せてくれた。(チョニングォン)

Hachiさんはカンサネのアルバムのプロデュースのイメージが強かったけど、カンサネの項にはHachiさんのことには触れてなかった。
この感想文を書いた翌日新長田図書館の韓国図書コーナーで1983年発行の「K-POPバイブル」を見つけた。Morris.が買ったのはこの改訂版だったらしい。でも、図書館のは写真は白黒で、取り上げられているアーチストは2/3くらいだったから、Morris.が買ったものの方が圧倒的に実用的である。


10035

【ザ・ローリング・ストーンズ】今拓海 ★★☆☆ 「ジャンピン・ジャック・フラッシュの聴き方が変わる本」という副題が付いている。著者は1962年生まれのルポライターで、5年の英国留学した英国の雑学が得意らしい(^_^;)
Morris.はストーンズはデビューからのリアルタイム体験で、ビートルズより好きだった。でも、こういった本はほとんど読まなかったのに、つい借りてしまったのは、

本書は私自身による詞の訳を載せながら、彼らが最も創造的だった'72年の『メイン・ストリートのならずもの』までのローリング・ストーンズの歴史を再検証したものである。

という、前書きに騙された(^_^;)ということになるだろう。
ほとんど訳詞なんて掲載されて無くて、掲載されてたのはストーンズナンバーではないものだった。本文中に部分的な訳はあるものの、これでは前書きとはかなり話が違う。たぶん、著作権関連でのことがあったのかとも思うが、Morris.の知らないエピソードや、ストーンズとは無関係な英国雑学ネタもあったので、それでよしとしよう。

・ジャガー家はキリスト教メソジスト派だった。日課を区切った規則正しい生活方法(メソッド method)を推奨したため、他宗派からメソジストと名付けられた。

・スパムはもともとは米軍の戦場での非常食。Spice Hamを略してSpamと名付けられた缶詰の肉は、名前通りにスパイスが必要以上に使われた上に塩っ辛く味付けされており、オカズとしてはパンを何枚も食べることはできた。

・三角貿易とは、英国で造られた繊維製品、ラム酒、武器を載せた舟が西アフリカに向かい、西アフリカで黒人奴隷を積み込み、西インド諸島で降ろし、そこで砂糖や綿を積み込み、英国へ戻る。三大陸間を流れるそれぞれの海流に乗り、迅速に運べる上、船が一度も空になることはないという効率のよさは英国に多大な収益をもたらしたといわれている。この際、黒人は黒い積み荷、砂糖や綿は白い積み荷と呼ばれた。

・ブルースやリズム&ブルースと並んでロックの祖となったカントリー&ウエスタンは米国の白人が作り出した音楽だと紹介される事が多いが、実はそのルーツには北米体力に移住してきたアイルランド、スコットランドのケルト系の音楽がある。ケルト音楽をベースにし、ドイツ系移民がダルシーマ、イタリア系がマンドリン、スペイン系がアコースティック・ギター、アフリカ系がバンジョーの原型となる楽器を持ち込んだ。これらのがっきが混ざり合い、アメリカ南部で発展する。

・代名詞ともなっていた、ロンドンの霧は工場や家庭から排出される煤煙だった。

・ロンドンの地名には、ピカデリー・サーカスやオックスフォード・サーカスというものがあり、"circus"という単語には繁華街の中心といった意味がある。


ほとんどストーンズとは関係ない断片的引用に終わってしまったが、これを読んだおかげで(^_^;)久しぶりに昔のストーンズナンバーを聴き返そうかという気になったというのが一番の収穫かもしれない。


10034

【出星前夜】飯島和一 ★★★☆ 小説読むのは何ヶ月ぶりだろう(^_^;) 日韓辞典にかまけて?他の本は読まずにいたのだが、流石にちょっと疲れたのか、灘図書館で金ピカ表紙に釣られてつい借りてしまった。
飯島和一は「雷電本紀」という作品を初めて読んで、何か凄いなと思ってた。本書は数年前に読んだ「黄金旅風」の続編とのことだったが、いかんせんMorris.はもうすでにその本の内容は忘れてしまってた(>_<)。
いわゆる「島原の乱」を描いた作品である。
寡作な作家で、本書本書を含めて現在までまだ6冊くらいしか出していないが、いずれも力作、傑作の呼び声が高い。たしかに力量のある作家だと思うし、本書でも、漢方薬や戦関しては、実に詳細かつ活き活きと表現して、凄い!と思わせられたのだが、登場人物のキャラクタ設定が固定しているのが、物語の深みを殺いでいる感じがした。最初に「小物」扱いされた登場人物は、なにをやっても小物としての行動を取るしかないみたいなのである。Morris.も「小物」に属する輩なのだろうが、人間は、そのように、一刀両断にできるものではない、と信じたい。
前作の感想でも触れたMorris.の嫌いな「手をこまねく」表現が本書にも数ヶ所出てくるし、「目をしばたかせた」表現まで出てきた。「こまねく」は大辞林にも「こまぬくの転」として載せてあるし、「しばたく」も「しばたたくの転」になっていた(>_<) Morris.はこういった安易な容認には賛成できないぞ。
ちっとも、本書の感想が出てこない(>_<) どうも、Morris.は本格的に読書家廃業したのかもしれない。
長崎の花火師として知られた唐人陳継光が、原城の城爆破を命じられたときの台詞が印象に残った。

花火は、人の生に似てる。一瞬のまぼろしだ。闇から現れて一瞬いとしい光を放ち、また闇のなかに消えていく。われわれも、日本人も、高麗人も、琉球人、印度人、南蛮人、すべての人の種が、いや鳥や獣の果てまで、一瞬の生を送ることでは皆同じ。花火をあげて見せると、誰もが歓声を上げ、手をたたくが、火玉が散って闇のなかに消えていくとしばし沈黙する。そして闇の深さと生の寂しさとにふれる。誰もがほんのわずかな瞬間、生のいとしさを感じる。それを…やるに事欠いて干し殺しだと? 無垢な赤子までを賊徒と決めつけ、このまま時をかけて皆を飢えさせ殺す? 子どもや赤子にどんな罪がある? 戦は、どいつもこいつも正気でなくなる。どんな戦もヘドが出る。


10033

【韓国歌謡史 1895−1945】朴燦鎬 ★★★☆☆ 1987年9月発行で、Morris.は多分当時読んだはずだが、内容はほとんど覚えていなかった。まだ韓国にはまる前で、特に本書で扱われている戦前戦中の韓国歌謡とは無縁だった。いや、まだ韓国歌謡そのものについての知識も関心も無かったと言える。
それを20年ぶりに読み返そうという気になったのは、カラオケとミニギターで、すっかり韓国ナツメロ歌謡にはまってしまったことと、先般、朴燦鎬氏が本書の続編を「韓国で」出版して、最近名古屋のTV番組に出演したというニュースに接したからである。
大倉山中央図書館の書庫から本書を借りだしてきた。そのときついでに借りた「演歌の海峡」が思いがけない好著だったことは、前に書いた。
本書は実証的な労作であり、歌謡曲だけでなく、チャンガ、新民謡、歌曲、童謡なども取り上げらている。本文に登場する曲数は900曲そのうち300曲の訳詞が収められている。それだけでも資料として有用である。近代朝鮮半島の音楽を総見して、日本との強い関係性を浮き彫りにしている。これは在日韓国人である著者ならではの特徴かもしれない。
本書は五部に分かたれている。

第一部 歌にこめられた民衆の心
第二部 朝鮮近代音楽の先駆者たち
第三部 草創期の歌謡曲
第四部 歌謡曲の黄金時代
第五部 暗黒期の歌謡曲


率直に言って、一部と二部はMorris.には退屈だった(>_<)三部に入るとかなり面白くなり、四部にはすっかり没頭してしまった。
とりあえず、付箋付けた中から、エピソードや印象深かった部分を引用する。

・1926年に『死の讃美』という歌が大ヒットした。それは韓国歌謡史上最初のヒット曲として記録されている。
大阪に着きニットーのスタジオに立ったユンシムドクは、妹のユンソンドク(この直後アメリカに留学)のピアノ伴奏でレコーディングした。彼女はこの時、予定にない曲を一曲追加したいという。彼女が強く頼み込んで実現したもので、それが『死の讃美』だった。曲はイヴァノビッチ作曲の『ドナウ川の漣』で、歌詞は彼女自身がつけたといわれる。リズムは、物悲しさを強調するために四拍子に変型した。三日間のレコーディングを終えてキムユジンと落ち合った彼女は、連絡船に乗って釜山へ向かう途中、恋人とともに玄海の荒波に身を投げ、短くも激しい生涯を閉じたのだった。

映画『死の讃美』でこのあたりの事情は知ってるつもりだったが、ワルツである原曲を4拍子にアレンジしたというのは寝耳に水だった(@_@) Morris.の歌本(世光『韓国歌謡』1975)掲載の楽譜は3拍子だし、歌詞も後に改作されたものらしい。この曲を歌うたびに何となく違和感を覚えたのは、そのせいだったのかもしれない。今度は4拍子で歌ってみよう。
オリジナルの歌詞はこうなってる。

荒れた広野を 駆け抜ける人生よ
どこを目指し 行くのか
さみしい世界 険しい苦界に
何を求めんと するのか

涙のこの世 死ねばそれっきり
幸せ求める 人生よ
お前の 求めるのは 悲しみ


初めの2行はMorris.の知ってるものと同じだが、その後はかなりちがっている。知ってたつもりの曲ですら、知らない事だらけということを思い知らされてしまった。最初のカウンタパンチである。

・1936年、コロムビアの正月新譜でバートン・クレーンの『酒のみの歌』が発売された。彼はアメリカの新聞記者で、31年に『酒がのみたい』を日本語でうたっているが、同じ曲であろう。

このバートン・クレーンの「酒がのみたい」はMorris.のエアチェックテープに入っていて、印象深い。面白い人物だったらしい。朝鮮語版も聴いてみたくなった。

・1934年、”創立一周年記念特別号”と銘打ったオーケーレコード2月新譜で、記念すべき新民謡『ノドゥル江辺』が発売された。作曲は文湖月、唄は朴芙蓉で、作詞はキムダインと言われている。”ノドゥル”とはソウルの鷺梁津(ノリャンジン)のことだという。ノドゥル江辺とはその辺り一帯の漢江支流の川辺のことで、数十年前まではのどかな舟遊びが盛んだったという。

「ノドゥル江辺」は、サランバン会でも人気の民謡であるが、新民謡というのは知らなかったし、「ノドゥル」が、ソウル一番の水産市場である鷺梁津の事というのも、ちょっとびっくりさせられた。

・韓国では、1920年代半ばから30年代前半までを歌謡曲の”草創期”あるいは”揺籃期”と呼んでいる。これに対してこの時期と交錯する形で、30年代半ばから40年代初めまでを”黄金期”””全盛期”、そして45年8月開放の日までの4年余を"受難期"としている。

植民地下の朝鮮半島の音楽シーンが、日本の戦争体制にきっちり組み込まれていった証左でもあるのだろう。特に最後の4年間は、まさに歌手や歌謡界の関係者にとっては暗闇の時期だったかもしれない。しかも解放後5年足らずで、次は同じ民族間の血で血を洗う戦争に巻き込まれるのだから、全くなんてこったい(>_<)であるが、それらの傷みや悲しみ苦しみが、韓国歌謡に深みと重みを嫌でも加味したとも言えるのだろう。

・孫牧人は音楽で身を立てようと決意し、1930年に釜山港を後に日本へ渡った。
夏休みで帰省中、学生服で演奏しているところをオーケーの李哲に認められた。同社専属作曲家の文湖月が又従兄弟だった縁もあってオーケーに入社、1934年、新人歌手・高福寿の入社に伴い『梨園哀曲『と『他郷ぐらし』を作曲した。
翌1935年、孫牧人は李蘭影の『木浦の涙』を作曲したが5万枚を超える大ヒットとなった。
解放とともに、C・M・C楽団をさらに大幅編成楽団に拡大し、華麗なショー舞台を彩った。1947年には、JODKから新たに国営放送に模様替えして開局した、HLKA放送局の専属音楽担当者となった。
1950年、6・25動乱勃発とともに釜山に避難し、『シューシャインボーイ』というブギウギ調の曲をヒットさせた。
1951年6月頃、彼は日本に密入国した。


こうやって密入国した日本で、あの名曲「カスバの女」を作曲したということになる。「シューシャインボーイ」が彼の作と知った時もちょっとびっくりしたが、間口の広い作曲家である。

・金海松は李蘭影と恋愛関係に陥り、やがて結婚した。その愛妻のため、趙鳴岩作詞の『茶房の青い夢 タバンエプルンクム』を作曲して、1939年の11月新譜として発売された。これは、朝鮮歌謡では初めて正確なブルーノート技法で作曲された異色のブルース調の曲であるという。(黄文平)。
金海松はまた、李蘭影の実兄李鳳龍に作曲技法の手ほどきをしている。


金海松は朝鮮戦争で北朝鮮に連れ去られてしまい、結果的に「越北者」ということになってしまったため、彼の作品は開放後の韓国では、禁止曲になるか、作曲家の名前を変えて歌われたりしている。
「茶房の青い夢」もMorris.の歌本では作曲は李鳳龍(李蘭影の実兄)名になっている。これは前から好きな曲なのだが、「正確なブルーノート技法」というのは、いまいち良くわからない。途中あの「セントルイスブルース」のフレーズが使われているのですぐ覚えた。まあ、ブルースでは頻繁に出てくるメロディだけどね。
この曲は今年発売されたHachiさんプロデュースのアルバム「プンガクジェンイ ウンジン」にもカバー収録されているが、こちらには、きちんと金海松作曲と明記されている。

・李在鎬は1914年に晋州の風流の家の次男に生まれた。日本の高等音楽学校に留学してバイオリンを専攻した彼は、二十歳の時から作曲を始め、オーケーに入社した。だが、当時のオーケーには金海松、孫牧人、文湖月、朴是春といった作曲陣が活躍しており、彼の出る幕がなかった。間もなく太平に移り、白年雪という歌手を得て断然光彩を放つようになった。
李在鎬は、無類の酒好きで毎晩のようにへべれけになるまで飲み明かしたという。
1960年7月、宿患に克てず43歳でこの世を去った。李在鎬死すとの報に、二十年余り兄弟のように親交を結んできた半夜月は、「巨星が墜ちた」と涙ながらにつぶやいた。


李在鎬といえば「断腸のミアリ峠」一曲だけでも、韓国歌謡史に大きな足跡を残した作曲家だが、韓国歌謡に親しむほどに愛唱歌が増えてくる。「ナグネソルム」「番地なき酒幕」「大地の港」「香港アガシ」「水車の廻る理由」「山有花」……
この前釜山の古本屋で買った70年代の歌本に、半夜月の連載があり、ちょうどこの李在鎬追悼の回だった。

・李花子は1940年の4月新譜では『花柳春夢』(金玲波曲)で再びファンを熱狂させた。
『花柳春夢』のメロディは、その後日本で『片割れ月』という歌となって登場した。『片割れ月』は童謡歌手から転身した菅原都々子のデビュー曲といわれ、『帰り船』のB面に収められた。詞は大高ひさを、曲は彼女の父・陸奥明の名となっているが、その後発売されたディック・ミネのハワイアンギター独奏盤では、”松海敏夫作曲”になっている。彼女はその後多くの朝鮮の詩をうたったが、一番最初のものは1942年に発売された『トラジの花』である(同じころ、田端義夫も同名の曲をうたっている)。


この曲も「プンガクジェンイ ウンジン」に収録されて、やはり作曲は金海松となっている。75年発行の世光の「韓国歌謡」では作曲は李鳳龍になっている。朝鮮戦争以降韓国ではいろいろややこしいことになってたらしい。
金海松は、孫牧人が個人的に非難する文章書いてたので悪印象持っていたが、やはり作曲家としての才能水準は高く、歴史に翻弄されなければ、韓国の国民的作曲家の一人になったのだろうと思うと、いかにも惜しい。

・清津、羅津、元山と北朝鮮地方東海岸を公演してソウルに戻った李時雨は、『涙に濡れた豆満江』を何とかレコードにしたいと思い、ニューコリアレコードで一緒だった金貞九を訪ねた。李時雨の話を聞き感動した金貞九は、無名作家の作品であるため朴是春に楽譜を見せ、レコード化の斡旋を頼んだ。李時雨の作った歌詞は一番しかなかったため、金貞九はC・M・Cバンドのトロンボーン奏者で、作詞も手がけていた金用浩に事情を話し、二,三番の詞をつけてもらった。
こうして『涙に濡れた豆満江』は、朴是春の編曲、金貞九の唄でレコーディングされ、1938年2月新譜としてオーケーから発売された。
発売とともに反響を呼んだが、大ヒットとまではいかなかった。やがて1943年頃には総督府当局から、朝鮮人を刺激する民族性が強いという理由で発禁処分にされてしまった。そしてこの歌が万人の愛唱歌となったのは6・25動乱の後からだった。とりわけ、60年代から放送されているKBSの反共ラジオドラマ『金笠北韓放浪記』のテーマ曲となって、いっそう有名になった。


この歌はサランバンpostmanの十八番で、何度聴いたかわからない(^_^;)が、朝鮮戦争がきっかけで大ヒットしたというのは初耳だった。

・1937年2月の臨時発売盤『連絡船は出て行く』でデビューし、一躍”歌謡界のシンデレラ”といわれて、李蘭影とともにオーケーを代表する女性歌手となった張世貞は、平壌の和信百貨店内の常信楽器店で店員をしていたところをスカウトされた。
オーケーに入社した張世貞のデビュー曲、朴英鎬詞・金松奎曲の『連絡船は出て行く』は大ヒットし、彼女は一躍スター歌手となった。
『連絡船は出て行く』は1951年、日本のテイチクから『連絡船の唄』という歌となって登場、菅原都々子がうたって大ヒットした。作詞は大高ひさを、作曲は金山松夫、編曲は長津義司となっている。金海松が”金山松夫”となっているのは、営業上の方針からだった。だが、1970年を前後して、作曲者名は長津義司とされた。NHKでもそのように放送したが、いつしか、”キン・カイショー”といわれるようになり、レコードでも”金海松”と記されるようになった。
解放前、日本で”せっちゃん”という愛称でよばれていた張世貞は、解放後も度々渡日しており、浅草の劇場でワンマンショーを持ったりした。
1970年代初めころから、持病の高血圧が悪化して思うようにうたえなくなり、申カナリヤの経営する喫茶店”カナリヤ”で、旧友と昔話に花を咲かせるようになった。この頃から彼女のヒット曲の多くが”越北作家”の作品として禁止されている。

オリジナルの作曲は「金松奎」と書きながら、日本盤は金海松というのがちょっと矛盾してるようだ、この歌もまた「プンガクジェンイ ウンジン」に入ってるが、作曲は金松奎(キムソンギュ)名義になっている。世光歌本は、やっぱり李鳳龍になってる。
しかし、「片割れ月」「連絡船の唄」ともに名曲であるな。これもレパートリーにいれなくては(^_^;)

*追記 この件に関しては後日、著者の朴燦鎬さんから、Morris.の掲示板に以下の書き込みがあった。

ちょっと、あなたの日記で調べ物をしていたら、金海松と金松奎の記述について書かれたのを目にしました。24年前の本でしたが、戸惑わせることになって済みませんでした。彼は1934,5年のデビュー時から、作曲には本名の金松奎を使い、金海松を歌手名として使っていました。コロムビアに移籍後もそうでしたが、1938,9年のオーケー復帰後は歌手から手を引き、金海松の名で作編曲に専念するようになりました。

つまり、金松奎と金海松は同一人物の別名だったということらしい。Morris.の早とちりだったようだ。ここに訂正しておきたい。(2011/08/30) 

・数々のヒット曲を放って人気歌手と鳴った秦芳男だったが、やがて作詞も手がけてさらに真価を発揮した。
『ノクトゥリ二十年』は秦芳男の唄でレコーディングされ、ヒットするが、会社はその時やっと”半夜月”が秦芳男のことだと知らされ、びっくり仰天したという。半夜月は、以後本格的に作詞に着手し、『花馬車』(李在鎬曲、秦芳男唄)などのヒット曲を放った。
『花馬車』は、満州公演中の秦芳男が李在鎬とハルビンに立ち寄った折、異国情緒に感じ入って作詞したもの。この歌は解放後(60年代)放送倫理委員会から”越北作家”の作品であると誤認され、禁止された。半夜月が証拠を揃えて提出したため解禁となったが、”ハルビン”は好ましくないとして、現在は”コッソウル”(花の都)と直されている。


「花馬車 コンマチャ」はポルカ調の明るい歌で、Morris.も良く歌ってたのだが、元がハルピンを舞台にしたというのにはびっくりである。そういえば歌詞の中に「クーニャンの耳飾りが揺れて」なんて出てきたので、ちょっと気にはなっていたが、これで納得である。
この前読んだ「演歌の海峡」で気になってた李哲。本書では「オーケーグランドショーと李哲」というタイトルで一章を割いているので、そこからランダムに引用する。

・歌謡全盛期といわれる1930年代後半に綺羅星のように多くのスター歌手を世9に送り、その中心的存在として君臨したオーケーレコードは、1938円い”オーケーグランドショー”を設立して歌謡界の旋風を巻き起こした。その主人公は李哲、オーケーの創立期から会社を育て上げた立役者だった。
李哲は公州の出身で、1904年生まれだという。新聞配達などのアルバイトをしながらバンド部に入り、サキソフォンをマスターした。しばらく活動写真館のボックス楽士となった。映画とともにレコードが急成長するようになると、レコード会社経営に志を抱き、日本オーケー蓄音器商会京城営業所の所長となった。
金貞九によれば、レコード会社を持つようになった李哲は、日本、それも”帝国”という名のついた会社の出先機関というイメージを嫌って、”オーケー”という名称をつけたのだという。
李哲はオーケー設立後、優秀な歌手や作家を発掘するため奔走する一方、自転車にレコードを積んでレコード店を廻り、拝み倒してはレコードを置いてもらったという。自らも演奏をよくした彼は、曲のヒット性を判断する名手といわれ、オーケーを業界トップの座にのし上げた。
舞台公演の成功に自信を得た李哲は、今度は日本公演を思い立つ。 受け入れ側の吉本興業側が、オーケーグランドショーでは通りが悪いと難色を示したため、”朝鮮楽劇団”とすることになった。
朝鮮楽劇団は”ハントウのショーボート・オーケーグランドショー”と宣伝され、1939年3月11日から十日間、浅草の花月劇場で公演、斬新な感覚で企画を練って大喝采を受けた。メンバーはC・M・Cバンドに孫牧人、高福壽、李蘭影、金貞九、南仁樹、李花子、張世貞、李寅雄、崔仁順、趙英淑、徐鳳姫、金綾子、朴勝子、金南紅、金貞淑らであった。
日本公演を終えた後、李哲は、和信百貨店に映画館が新設された時の挨拶で「ゲタチャク(日本人)なんか、わが朝鮮楽劇団にゃかないっこない」と発言した。この”ゲタチャク発言”が問題となり、李哲は鍾路警察署に二十数日間留置された。
陣頭指揮した李哲は、演奏者に欠員が生じるととっさにピンチヒッターを買って出た。また日本語にも堪能だったので、警察からのさまざまな圧力、干渉をうまく処理,収拾した。
李哲は、無限の可能性を持ったステージマスターだったと評価されている。だが、才人も病には克てなかった。朝鮮楽劇団の満州公演の途中、上海公演の打ち合わせのため上海出演中に持病が悪化し、ただちに帰国したが間もなくく他界した。


うーーん、やっぱりなかなかの人物だったようだ。植民地時代、半島と日本を股にかけて大衆音楽の世界を創り上げた功労者というだけでなく、個人的にとんでもない魅力のあるキャラクターだったにちがいない。
それにしても朝鮮楽劇団のメンバー=当時の朝鮮歌謡界オールスターズと言ってもおかしくない陣容である。男女の二つのユニットのラインアップ見ただけでも、思わず笑いたくなる(^_^;)

[アリランボーイズ]…金海松、朴是春、宋熙善、李福本の芸達者4人が、歌と楽器とコミカルな寸劇で活躍。李哲が日本で見た”川田義雄とあきれたボーイズ”のステージにヒントを得て結成され、独自の味付けをして人気を博した。
[チョゴリシスター]…李蘭影、李敏喜、張世貞、洪清子、徐鳳姫がチームを組み、朝鮮と日本のヒットソングをうたった。


本書は20年ぶりの再読ということになるが、ほとんど初めて読んだみたいなものである。
あとがきの中で、謝意を評した人のなかに、神戸六甲学生青年センターむくげの会のメンバーである山根敏郎さんの名前があった。彼は、本当に朴燦鎬に比肩するくらいの韓国歌謡の権威である。(病気、ともいう(^_^;))機会があれば、是非彼にもきちんとした韓国歌謡の本を出してもらいたいものである。
こうなると、朴燦鎬氏の続編を読みたくなるのだが、韓国語版が出た後、日本語版もという噂が出たまま、なかなか刊行の知らせが届かない。日本語版が出ないなら,韓国語版を買わねばなるまいと思う。Morris.としてはやはり解放後から80年代までの歌謡シーンに一番関心があるので、尚更のことである。


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【演歌の海峡】森彰英 ★★★★ 副題「朝鮮海峡をはさんだドキュメント演歌史」。これは朴燦鎬の「韓国歌謡史実 1895-1945」を再読するため大倉山の中央図書館の書庫から資料請求するとき偶然目についたので、ついでに(^_^;)借りてきたものだが、いやこれは思わぬ拾い物だった。
1981年、少年社発行で、著者は1936年生まれの週刊誌のライター出身のフィリージャーナリストとある。著者も出版社にも見覚えがなく、なんとなく興味本位のやっつけ本ではないかと思ったのだが、とんでもない嬉しい勘違いだった。
30年前の日本での韓国歌謡への関心はほとんど皆無に近かった、いや、その数年前の李成愛の日本進出で「演歌の源流を探る」とかちょっとした話題になってたことはあった。本書もそれに触発されての産物であったらしい。
Morris.はといえば、朝鮮半島には漠然とした興味を覚えていたくらいで、実質的にはまるで何もやってなかった。神戸に来てまだ間もないころである。
著者は韓国語はほとんど出来ないのに、韓国歌謡の重要人物の多くにインタビューしている。これは日帝植民地時代の日本語政策のおかげで、証言者が日本語に堪能だったこともあるが、それにしても、現在のMorris.から見ると、まさに歴史上の人物のオンパレードのように思える。朴是春、全寿麟、趙春彰、孫夕石、吉屋潤 朴椿石、徐永恩、ヒョンソッキ、金セレナ、チェウニ…… 当然今は故人となった人物も多いわけで、その生の証言も貴重なものと言える。

(昭和10年代の)韓国における大衆歌謡やレヴューについて、黄金時代といういうべき一時期を担ったのは、テイチク系のオーケーレコード、そしてその専属となっていたオーケー楽団でしょうね。日本でいうなら宝塚歌劇団のような組織で、その最盛期には約四十名くらいの踊り子、二十名ほどの楽団員、そして多くの人気歌手、専属の作曲家を擁して、朝鮮半島全土、さらに満州まで公演の足を延ばして圧倒的に歓迎を受けたものです。(趙春彰談)


オーケーレコードという名前は、よく耳にするがテイチク系の韓国歌謡レーベルだったのか。
このオーケー楽団、後の朝鮮楽劇団の推進者だった李哲という人物はとんでもない逸材だったらしい。

朝鮮楽劇団が上演してヒットした演目を見ていくと、李哲が目指したところがわかるような気がする。たとえば「歌う春香伝」、韓国人ならば誰でもが知っている歴史伝説をミュージカル化して、主役には人気歌手を持ってきたものだ。朴是春と孫牧人が劇中の歌を作曲し、人気歌手の南仁樹と李蘭影が、悲恋の主人公である李夢龍と李春香に扮した。振付はモダンバレエ出身の金敏子である。
李哲が死んだのは、日本の敗戦の一年前,1944年の晩秋である。一種の敗血症のような症状で、あと数年遅れてペニシリンが手に入るころならば、場違いなく一命を取り留めただろうといわれる。


吉屋潤氏は、本名チェジョンス、演奏家として、シンガー・ソングライターとして、多大な功績を残している。日本でも1950年代のジャズ界で活躍した。白木秀雄トリオのテナーサックス奏者、クールキャッツのリーダーとして戦後ジャズ史上に名を留めている。作詞作曲した「イビョル」「1990年」「ソウル讃歌」は日本にも紹介された。
「音楽は国境を越えているという文句は、ある面では正しいでしょう。だが、韓国と日本の音楽は違います。数年前に演歌のルーツは韓国にあるという論議がなされましたね。だが、私に言わせれば,あれは商売人がつくった宣伝文句だ。演歌は日本のものであって、韓国に演歌があるはずがない。韓国人には,心の深部まで食い入っていくあんなカミソリみたいなセンチメンタリズムはありませんよ。もっと物にこだわらず、馬鹿にみえるほど悠長なところがある。だから何度もどこかの国に隷属し、いじめ抜かれなければならなかったのかもしれない」
吉屋氏は熱を帯びて語り続けたが、その言葉をたどっていくと、日本と韓国とが強制的に癒着した関係を結んでいた、韓国人のいう日帝三十六年間の支配期間に、音楽の面でも両国は無理にすり合わされ、同質と見られるようになったという批判にも達する


それにしても、演歌の源流という表現を使ったことは売り出した側の作戦勝ちだった。昭和51年から52年にかけては、ニューミュージックが主流を占めているようにみえる中で、演歌が復権をはたした時期である。都はるみの「北の宿から」、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」がヒットしたし、八代亜紀、千昌夫、歌手としてはアマチュアであるはずの増位山太志郎や内藤国雄がレコードを吹き込み、大当たりした。山口百恵が「横須賀ストーリー」で、可愛子ちゃん歌手から完全に脱皮して、人生の断面を歌い上げるようになったのもこの時期であった。


私が釜山と音楽とが最も密着していると思った場所は、南浦洞の南側、水産センターに通ずる釜山港の海辺だった。
港というよりも、このあたりは船着き場である。小さな漁船や荷を運んできた船が接岸している。荷揚げを終えた船員が甲板の上に大の字に寝転んでいたり、岸にいる者と大声でどなるように何事かを話し合う。この船着き場に沿って市場ができている。
午後の明るい太陽に照らされて、長く続くその地域は色彩の洪水だった。ミカン、リンゴ、魚の鱗のきらめき、山積みにして売っているセーターや婦人服の色、銀の煙管やライター、バケツ、竹かご、こうした中を肩がふれ合わんばかりに通行人が往く。頭の上に荷物を載せた女性のスタイルや、腰のあたりに赤ん坊を背負った独特の姿は、ソウルの街では見られないものだった。
こうした雑踏に演歌風のメロディが重なり合っているのだ。ずらりと並んだ物売りの中に、歌のカセットテープを並べているのが結構多かった。彼らはひっきりなしテープをかけている。「釜山港へ帰れ」も流れていた。また、食べ物の屋台でも同じようなテープを流しているのから、何百メートルという通路にわたってひとの話し声や物売りの呼び声の上に、まさしく演歌がかぶさっているのだ。


これは釜山チャガルチ市場の当時の風景の描写というだけで嬉しくなった。

その印象は、日本の演歌との相似形である。きょうだいのように似ていると言ってよく、ある部分では韓国のほうが日本をはるかに超えている。李美子と美空ひばり、文珠蘭と松尾和子、青江三奈、南仁樹と小畑実、春日八郎、羅勲児と森進一、五木ひろし、チョミミと島倉千代子、河春花と都はるみ、印象的に相似形を並べてみたが、感情のこめ方、小ぶしの効かせ方、息の使い方といい、共通点がある。曲調もまた似ている。イントロ、展開、リズムの刻み方、もし歌詞をはずして演奏されているのを聴けば、日本でもこのようなメロディが流行したのかと思わせるに十分なのだ。

こういった比較が即座にできるというのは。著者が日本の演歌にもかなり関心が高いことをうかがわせる。

演歌の基本的パターンになっている別れという状況で、日本と完全にちがっているのは国土が戦場になった、その後遺症がテーマになっていることだ。
1950年に勃発した朝鮮戦争によって、韓国人は何度も逃げまどった。ソウルは北鮮軍に占領され、国連軍に奪回され、また占領、奪回と一年足らずのうちに4回も支配者が交代した。国連軍によって二度目に奪回されたときには、商店街、住宅街は崩壊し、開戦時の人口150万余人が20万人に減り、その20万人が防空壕の中に身をひそめ、飢えと疲労にあえいでいたという。
三十八度線によって民族が分断されてしまった別れや望郷の心情は「去れよ三十八度線」「恨みの三十八度線」などの歌によって代表される。同じ民族が、血の通い合った者同士が政治的な地域区分によって分けられてしまい、会えないどころか消息さえ不明にある、という悲劇だけは私たちの想像を絶する。戦場体験や引き揚げ体験の悲惨さは語りつがれはしても、日本人には、ソウルとほぼ同じ緯度である新潟あたりにラインが引かれて、北と南に分断されて、東京の人間と仙台の人間は声を聞くことさえできないという体験はなかったからである。
別れが別れだけではすまない状況なのである。相互の責任のなすり合いや告発や、密告や汚名がいつまでもついてまわった。こうした状況を考えると、私たちがいつも口にしている演歌の中に盛り込んでいる、さようならがいかに淡白であり、すぐに割りきれてしまう初歩の方程式であるかがわかってくる。
韓国における演歌の黄金時代が幕開きしたころは、朝鮮戦争が終わって十年近く経過していた。しかし、大衆の中の複雑な感情は消えていなかった。そんなとき、自分にぴったりした別れの心情を歌謡曲の中に求めた人は多かったのではないだろうか。ある者は、故郷の風景をうたった曲に別れを見出し、ある者は恋人への慕情に別れた人への気持ちを仮託しようとした。あるいは三十八度線そのものをうたった曲で、泣いても泣ききれない切なさを追体験した人もあるだろう。
悲しみは尽きないが、世の中が少し落ち着いたから、ようやく心情の整理をし、自分に合った歌を探しはじめた。その結果として、演歌が盛んに聴いたり歌われたりしたのではないだろうか。


この朝鮮戦争と韓国歌謡の深い因縁については、先般買ってきた韓国語の本に詳しいので、読後また書くことにする。

日本で活躍して、一つの時代を画した韓国人歌手に小畑実がいる。昭和17年に「婦系図の唄」(湯島の白梅)がヒットして以来、「勘太郎月夜」「長崎のザボン売り」「小判鮫の唄」「星影の小径」「高原の駅よさようなら」「花の三度笠」と代表作をあげただけでも、時代劇における遊侠の徒をうたったもの、都会的な恋愛もの、異国情緒的なものと、範囲が広かった。
彼は小畑唱法とでもいうべき歌い方を生み出した。音楽的に分類すれば"クルーン唱法"である。自己流に小ぶしをきかせたりはせずに、楽譜に記してあるどんな細かい付点も正確にとらえ、リズムも強弱もテンポも、作曲者の指定ぴったりうたう。だが、その上に、彼独特の甘いムードがあった。特に叙情的な歌をうたう場合は、マイクロフォンの性能を最大限に利用して囁くようにうたったのだ。
東洋音楽の研究者である松本弘氏は、日本の演歌歌手の歌唱法がガラリと変わったのは、小畑実、菅原都々子らが第一線に出てきた昭和二十年代の初めではないか、それは西洋音楽の否定だったと言っている。


明治以降の日本の音楽教育=西洋音楽だったことははっきりしている。それが日本人に取って良かったのかどうか?疑問であるなあ。

(全斗煥が宴席で歌ったという)「討匪行」は軍歌というよりも歌謡曲に近い。満州事変当時、匪賊の討伐に赴いた関東軍をテーマにつくられ、藤原義江がうたった。♪蹄のあとに乱れ咲く 秋草の花しずくして 虫が音細き入日空♪といった叙情的な部分や♪敵にはあれど亡骸に花を手向けてねんごろに 興安嶺よいざさらば♪と、敵のことまでを思いやる余裕さえみせていて、いまだに愛唱する人が多い。
だが、この歌には陰画がある。かなりよくうたわれた替え歌である。
♪アメノショポショポ フルパンニ カラスノマトカラ ノソイテル マテツノキポタンノパカヤロー♪ 
♪サワルハコチセン ミルハタタ サンエンゴチセンクレタナラ カシワノナクマテツキアウワ♪
朝鮮人を馬鹿にするとき、日本人は彼らの不得意な濁音か半濁音の区別ができない部分をことさら誇張したが、この替え歌もそれをしている。
♪雨のしょぼしょぼ降る晩に ガラスの窓からのぞいてる 満鉄の金ボタンの馬鹿野郎♪ 
♪さわるは五十銭 見るはただ 三円五十銭くれたなら 鶏(かしわ)が鳴くまでつき合うわ♪ 
満州のどこかの町にいる朝鮮人娼婦が、遊郭の中から通行人によびかけている形式だ。歌詞は次のように続く。
♪あがるの帰るの どうするの 早く精神きめなさい 決めたら下駄持ってあがりなさい♪
♪お客さんこの頃紙高い 帳簿(帳場?)の手前もあるでしょう 五十銭祝儀をはずみなさい♪
♪そしたら私が抱いて寝て 二つも三つもボボさせて かしわの鳴くまでつき合うわ♪
これを「討匪行」のメロディにのせると、七五調が実によく合う。
当時、満州では最高に権力をふるっていた満鉄社員を娼婦の側からからかっているのだが、その馬鹿にした朝鮮風日本語に何とも哀愁がある。映画「日本春歌考」に、この替え歌を取り入れたのは大島渚だった。田島和子という女優が表情を崩さずに、この歌をきちんとうたいながら歩くのを、カメラは正面からとらえていた。作者不詳、いつどこでうたい出されたのかもわからない替え歌だが、当時日本人が朝鮮に対してとっていた態度が、朝鮮の側に身をおいた逆操作によって浮かび上がってくる。
歌の歌の伝えられ方は、決して一面ではとらえられるものではない。「討匪行」の陽画(ポジ)が、全大統領の心の歌、自分を励ます応援歌としてのものなら、「討匪行」の陰画(ネガ)である替え歌はいぜんとして、日本にのこっているのだ。歌の持つ不思議な運命ではないか。


この替え歌はMorris.も古くから知っていたが、メロディが「討匪行」というのは初めて知った。レパートリーに入れとこう(^_^;)
でも、後で、ジュンク堂で大島渚関連の本立ち読みして確認したら、「日本春歌考」でこの歌を歌ったのは、在日韓国人少女金田役の吉田日出子だったらしい。うーーん、こうなるとこの映画、ビデオででも見たくなる。

RKB毎日が制作したドキュメンタリー番組「鳳仙花−近く遥かな声」が放映されたのは昭和55年2月だった。
(番組ディレクタ-の木村栄文は9これまでに何度も韓国および韓国人をテーマにしてきた。5年前には、焼物を輸入し日本で商売しているため、年中玄界灘を渡っている聖人の生活ぶりを描いた「丁徳和の海峡」という作品をつくった。
「いままでテレビで韓国人を主題にすると、必ず彼らのミゼラブルな状態が出てきましたね。被爆者、在日韓国人の集落、強制連行といったテーマで取り上げ、底辺にうごめいている状態を紹介し、日本の帝国主義支配を反省するというパターンがいつしかでき上がってしまった。しかし、私が感じる限り、韓国人はそれほど甘い国民ではない。日本人のおよびもつかないほど、生活力もあり商売の才能もある。そんなしたたかさを描こうと、韓国語を話せないで海峡を往復している半チョッパリの丁徳和を持ってきたのですが、テレビ仲間からは、日韓関係の認識が甘いという声もありました」
「日韓関係を政治的に割りきって、視点を明確にせよということは、北か南、どちらかの立場に立つということでしょうか。しかし、現在の日本では、それではすれちがって議論は成立しない。政治的に議論するのが好きな人はそれでよいが、私はむしろ悲しみに普遍性があると思う。悲しみを通じて人間が仲良くできる、いとおしく思えるというのが、『鳳仙花』のテーマです。歌では喧嘩のしようがない」
「『鳳仙花』をテーマ曲に持ってきたg、あとになって『他郷ぐらし』にしたほうがよかったかなと思っている。両方共好きな曲ですが、『鳳仙花』はパルチザンの少年が銃殺前にうたったなどと、エピソードが結びついて、意味づけができあがり過ぎてしまった。加藤登紀子などが反戦フォークとしてうたっているのを聴くと、ちょっと手垢がついた感じですね。いい歌は余り思い入れをせずに聴いて、自分で感じればおいのではないでしょうか」
作家の李恢性成氏は、画面ではかなり酒に酔ったところを見せて、こんな主旨のことをしゃべっていた。自分は韓国人が明朗な民族だという見方を肯定する。明るくない人間に、なぜこんなに悲しい歌を長くうたい続けてこられたものか。明るい民族でなかったら悲しみに抑えつけられて滅亡していたはずだ。それが生き残ってきたのは、悲しみを愛し、そこから生きる強さをかちとってきたからではないだろうかと。
また韓国文壇の長老的存在である詩人の金素雲氏は語っていた。「四十年以上も昔、日本で暮らしていた私は、われわれrの民族についていろいろと発言し、自分は民族感情の先兵として日本の知識人に知らしめるのだと自負していた。しかし、いま考えてみると、偉そうにひじを張って口角泡をとばしていた、あれはみんなアホダラ経です。それより何の気負いもなく一つの叙情詩を日本に紹介したことのほうが意味があったと思う。今後、韓国(韓日?Morris.注)二つの国のあり方もこうであらねばならないと思う。何か民族の暖かさが最後に勝つんですね。相克の壁をつき破るのは大砲やミサイルでなくて、理解し合う暖かい感情です。最後はこれが大きなドリルの役目をするのじゃないかと……」


この番組は見たかったな。
久しぶりの読書控えで、引用がやたら多くなったが、本書はなかなか目にすることが難しいと思うので、あの時代にこんな本が出ていたということを知るためだけにでも、意味があるのではないかと思う。


10031

【ソウル こんなとこ行ったことある?100】パクサンジュン・文 ホヒジェ・写真 ★★★★ 小学館日韓辞典通読(^_^;)にかまけて、見事に読書控えのなかったMorris.である。実に5月7日以来、ほぼ2ヶ月ぶりぢゃ(@_@)
ソウルの穴場100それがまた、ソウルの写真ガイドブック、というのが、Morris.の韓国かぶれぶりを象徴しているようだ。
本書はちょっと前の名古屋の現場で、韓国系アメリカ人領事の奥さん(こちらはネイチブ韓国人)からもらったものだ。
2008年8月発行で931pの大冊である。ほぼ1/3はカラー写真で占められているがこの写真がモロMorris.好みである。写真見るだけで気分が昂揚してくる。
そして100ヶ所の穴場だが、Morris.が行ったことのあるのが1割強くらいあるし、ショッピングスポットなどMorris.の守備範囲外のものや関心持てないものを省いても、充分見応え読み応えのある1冊だった。
もちろんすべてハングルだから、全部読んだわけではなく、興味あるところだけをセレクトしてつまみ読みしたのだが、それでもソウルに行ったら必ず足を運ぼうというスポットは十指に余る。これはかなりのものである。
心覚えとしても付箋付けたスポットをメモしておく。

[チュンニムドン(中林洞) ヤクヒョンソンダン(薬蜆聖堂)」 キリスト教教会である。無宗教のMorris.だが、宗教施設には魅力を感じる。近くに朝市があって早朝4時から市が立つらしいので、これも一緒に見に行きたい。地下鉄2号線チュンチョンノ(忠正路)4番出口。www.yakhyeon.or.kr

[ソウルサリプミスルグヮン(ソウル市立美術館) ナムソウルブングヮン(南ソウル分館)] 元ベルギー大使館だった建物を美術館としたものらしく、とりあえずこの建物だけでも見る価値ありそう。地下鉄2,4号線サダン(舎堂)6番出口を500m直進、ウリ銀行過ぎた左側。

[アリラン ヨンファエ コリ(アリラン映画の街] 「大韓民国映画の聖地」と小見出しが踊っている(^_^;) 道路に映画のポスターが多数ぷりんとしてあって、その中にMorris.眷恋の「死の讃美」が垣間見えた。これ見るだけでも行かずにおれない。地下鉄4号線キルム(吉音)5番出口。arirang.seongbuk.go.kr

[プアムドン(付岩洞)]昌徳宮北側の一帯で、古い出版社や理髪店などがあるが、Morris.日乘先月の標語に借用した「Life is Suddenly」という落書き?のあるカフェ「クラブ・エスプレッソ」に行ってみたくなったのさ(^_^;)地下鉄5号線カンファムン(光化門)4番出口から、0212番、1020番バス利用してプアムドン事務所下車。

[ユルドンコンウォン(ユルドン公園) チェクテマポク(本のテーマパーク)]いちおう「元」読書家(^_^;)のMorris.としては抑えておきたいかな。地下鉄ブンダン線ソヒョン2番出口から15番マウルバス、ユルドンコンウォン後門下車。www.hadongkwan.com

[ハルコヤンイ(猫一番?)]「奇々猫々 子猫にお願い」と小見出しにある。本物の猫がいる猫カフェではなくて、猫の商品や小物が置いてある店らしい。Morris.@Catographerとしては、やはり一度覗いておきたい。地下鉄5号線光化門2番出口、地下鉄3号線慶福宮5番出口からマウルバス11番で韓国教育評価院下車、ミョンサンMart向かいB1F。www.haroocat.com

[セッテパムルグヮン(鍵の博物館)]韓国語で鍵は「ヨルセ」、「セ」は「鉄」で、「ヨル」は「開ける ヨルダ」の変化である。錠は「チャムルセ」「チャムル」は「チャムグダ (鍵釦などを)かける」の変化。実に端的で分かりやすいが、「セッテ」というのがよくわからない(>_<) 「「セッ」は「鉄の」という意味だろうが「テ」は何だろう? ともかくも大学路にあるこの博物館はMorris.には必見だろう。地下鉄2号線ヘファ(恵化)2番出口放送通信大学の路地を500m直進。www.lockmuseum.org

[ハングクカメラパムルグヮン(韓国カメラ博物館)]これはもう文句なしに行かねばの娘(>_<)である。個人のコレクション展示らしいが、その規模と質量ともに半端ではなさそうだ。地下鉄4号線ソウル大公園4番出口前。www.kcpm.or.kr

[ウンボンサンガ アムピョクトゥンバンコンウォン(ウンボン山と岸壁登攀公園)]ソウルの夜景といえば南山タワーが定番だが、往十里と玉水の中間くらいの低い山(海抜95m)であるこのウンボンサンからの夜景もなかなかのものらしい。これは天気の良い夜に散歩がてら登ってみたい。地下鉄中央線ウンボン左側出口から。

[キョンヒデハッキョ(慶煕大学)]韓国切っての豪華建築の大学で、Morris.も以前行ったことがあるが、そのときは友だちに会うためでじっくりこの建物やキャンパスを見ることがなかったので、今回はじっくり観察させてもらおう。地下鉄1号線フェギ(回基)からマウルバス1217番、1222番、147番、261番、705番慶煕大下車。www.kyunghee.ac.kr

[ユネスコ オクサンジョンウォン チャグンヌリ(ユネスコ屋上庭園小世界)]Morris.は何となく明洞は避けてる傾向があるが、これは一度足を運んでみようという気になった。Morris.の屋上好きは一部では有名だもんね(^_^;) 地下鉄2号線乙支路入口5,6番出口の間を直進。ユネスコビル12F。nuri.unesco.or.kr

[ウレオク(又来屋)]有名な冷麺専門店で、行きたいと思いながら行けずにいた。今回は必ず行くぞっ!! 地下鉄2号線乙支路4街4番出口を出て10m前の最初の路地を右回転して20m。

[ハドングヮン(河東館)]これはコムタン専門店らしい。コムタンもMorris.の大好物の一つである。夜はやってないそうだから昼ごはんに行こう。地下鉄1号線乙支路入口5番出口から外換銀行右手に回る。ABCマート方面の路地。
www.hadongkwan.com

これだけでも13箇所が楽しめる。さらに本書の巻末には、これらの穴場を複数流すための16コースが提示されてる。そして何よりも本書が優れているのは、付録の一枚ものの地図兼インデックスである。
千ページ近い本書は1.5kg超える重さで、これ持って旅行に出るというのはかなりの負担になる。それに比べるとこの地図なら10gたらず。折りたためばアロハの胸ポケットに入る。前面ビニールコーティングしてあるから普通の地図に比べると格段に丈夫そう。
表はカナダラ順に100ヶ所の電話番号とインターネットアドレスの一覧、裏面は地下鉄路線図で、すべての穴場の利用駅がすぐわかるようになってる。いやあ、ある意味、本書よりMorris.にはこの地図の方が値打ちあると思う。
出発まで後10日になった40回目(ぐらいだと思う(^_^;)の訪韓がますます楽しみになった。
名古屋の韓国人の奥さん、チョンマルカムサハムニダア!!!!m(__)m


10030

【甘粕正彦 乱心の曠野】佐野眞一 ★★★☆☆ 満州への関心が高まってから、甘粕正彦への興味も出てきて、2008年発行のこの本の存在を知ってから、ぜひ読まねばと思いながらついつい出遅れてしまった。
しかも、ちょうどこの本を図書館で見つけてやっと借りた直後に、例の小学館日韓辞典買ってしまい(^_^;) さらに繁忙期と重なったと言うこともあって、結局延長2回の再借り出しで借りてからほぼ2ヶ月かかってしまった。
本書は2006年6月から7月にかけて「週刊新潮」に短期連載した「満州の夜と霧 第二部 甘粕正彦 乱心の曠野」を元にしたものだが、連載時の百五十枚から本書は千枚、つまり6倍強に膨れ上がっている。
読み終わった今、Morris.としては連載時の百五十枚をこそ読むべきだったと言う感が強い(^_^;)。
本書の前作、第一部である満州の麻薬王里見甫を描いた「阿片王」でも、そうだったが、佐野の取材ぶりは微に入り細を穿っている。関係者の身内はもちろん、類縁者、知人友人、そのまた子供やその知人関係者…… その執念には脱帽する。
しかし、メジャーなマスコミ連載で、取材費も出て、取材スタッフも駆使して取材するのだから、その量が膨大になるのは当然かも知れない。それを作品として完成させるためには、その膨大な情報の思い切った取捨選択が不可欠である。もちろん、本書でも捨てられた情報はそれこそ膨大なものだろう。それでもなお、Morris.はまだ捨て方が甘いと思ってしまった。他人の労作にケチをつけるのは、誉められるやり方ではないのだが、彼の取材とその読み込みの力量を認めればこその言い草である。

私はこの評伝を、大正、昭和という時代に翻弄されたひとりの人間の魂の成長の物語、いわばビルドゥングロマン(教養小説)を構想しながら執筆した。ただし小説とは違って、この作品に想像は一点も混入させていない。すべて取材で得た事実と、信頼すべき歴史資料をもとに構成したノンフィクションである。

あとがきの一部であるが「想像は一点も混入していない」には、疑義ありだ。取材、インタビュー、資料そのものが、事実を語っているとは断じられないし、取材者、読み手の主観、想像が一点も混入しないとはとうてい思えない。
それと、本書の資料で最も重きをなしているのが、甘粕の実子、甘粕忠男のそれである、というのも気になる。うがって考えると、これまでの批判的(マイナス志向の)甘粕正彦論をプラス側に変革しようという意図も感じられる。
大杉栄、伊藤野枝、甥の6歳の少年の殺害という、甘粕の代名詞とさえなっている事件を、甘粕自らが手を下したのではなく、部下が勝手にやってしまい、それを甘粕が憲兵と軍部の意思と酌んで、自ら冤罪を演出したというストーリーが始めにあって、それを補完、補強する証言や資料を集めたとすら思われる。
たしかに、本書ではじめて知らされたことも多いし、人間関係の幅広さとその奇縁めいたエピソードも数多くあったし、Morris.自身の甘粕正彦観が、かなり変わったことも事実である。
戦後につながる甘粕正彦人脈とそれぞれの活動ぶりも面白かった。
中でも満映の残党が戦後日本で作ったのが東映で、東映ヤクザ映画には満州での怨念みたいなものが投影されているというあたりは、うーーむ、と唸らされてしまった。

私が甘粕に興味をもったのはかなり古く、もう四十年以上前になる。大学で映画関係のサークルに所属していた私は、当時人気絶頂だった東映のヤクザ映画の完全な虜となっていた。池袋の裏通りにあった文芸坐という小便臭い小さな映画館に、東映ヤクザ映画のオールナイト興業がかかる度、スクリーンに釘づけになった自分をほろ苦く思い出す。
全国に学生運動の嵐が吹き荒れたあの時代、耐えに耐えたあげく死地に赴く鶴田浩二や高倉健の虚無感を漂わせた着流し姿は、学生たちの幼いルサンチマンをこの上なく慰撫してくれた。
物陰から彼らにそっと番傘を差し出し、「ご一緒させていただきます」と言って雪のなかを修羅場に向かう助っ人役の池部良の渋さも堪らなかったし、彼らを陰で支える藤純子(現・富司純子)の忍従ぶりも素晴らしかった。
しかし、私は東映のヤクザ映画にそれ以上のものを感じ始めていた。銀幕から伝わってくるこのデモニッシュな衝動は、一体どこからやってくるのか。
それから間もなく、私は東映が、元憲兵大尉の甘粕正彦が理事長だった満映の残党たちによって戦後つくられた新興の映画製作会社だと知ることになった。
そういう目で東映ヤクザ映画を見直してみる、登場する男たちはみな満州からやってきた流れ者の任侠の徒のように見えたし、女たちは全員満州に女郎として売り飛ばされる薄幸な運命にあるように見えた。
映画人たちの間で「義理欠く、恥かく、人情欠く」と陰口される東映の三角マークの裏側に隠されたえもいわれぬ快美感とそれとは裏腹の名状しがたい恐怖感には、"主義者殺し"の烙印を押されたまま自決した甘粕の無念と、満州の地平線に沈む血のような色をした大きな夕陽の追憶が、底知れないニヒリズムとなって照り返しているのではないか。妄想はそんなところにまで及んだ。


このくらいのリキの入った部分があるのに、枝葉末節のエピソードが多すぎて退屈させられることもしばしばだった。
また「後述するが」「このことは後にまわすが」「この件は後でまた詳しく述べる」などの腰砕けさせる進行(これも彼の芸風なのかも知れないが)の頻出にもちょっとMorris.はげんなりさせられた。
しかし、本書が内容のある、読んで損のない作物であることは間違いない。


10029

【降臨の群れ】船戸与一 ★★★ 何と先月は読書控え0である(@_@) いちおう小学館日韓辞典通読のため、他の本が読めないと公言してるのだが、辞典はたいてい仕事の日、トラックの助手席と休憩時間をメインに読んでて、部屋ではあまり読まないから、本当の原因は、ミニギターとノレバン98号とYou Tubeなど、韓国歌謡に時間を使い果たしていることに尽きる。それと酒もね(^_^;)
本書は実はちょっと前に読了してたのだが、なかなか感想書けなかったのだ。
「小説すばる」に2002年9月から2004年にかけて連載されたもの。
インドネシアの小さな島アンボン島でのキリスト教信者とイスラム教信者の対立を中心に、インドネシア秘密警察、CIA、イスラムマフィアなどが絡み合い、初老の日本人海老養殖技術指導者笹沢浩平が狂言回しの役割で事件に巻き込まれる。
2001年9月11日のテロからちょうど一年後に連載が始まってるため、全編にこのテロの影響が見られる。
カトリック系中国人商人に雇われた殺し屋ドランの台詞

「グローバリズムってえやつは何を齎すか知ってるか?」
アチェンドロが怪訝そうな表情をした。
ドランの声がふたたび強められた。
「グローバリズムってえのは何だかんだと言っても結局アメリカの世界制覇だ。金銭を持ってるやつが好き放題をするってことだ。その結果産みだされるのは大量の難民だよ。いまはイスラム圏の難民が多い。sかし、今後インドとパキスタンがどうなるかわからねえし、アフリカも北朝鮮も大量難民の産地となる。」


最近の船戸の癖で、章ごとに登場人物を交代させて下記進めて行く手法は、何時まで経ってもMorris.は馴染めない。
それでも、進行形の大作満州シリーズよりは、面白かった。


10028

【続 塚本邦雄歌集】 ★★☆☆ 以前春日野道の勉強堂で、つい買ってしまったもので、一通り読んだものの読書控え書くのをサボってた。
国文社の現代歌人文庫の1冊で、続でない一冊には「日本人霊歌」(第三歌集 1958年)全編が収められていたが、この続編には「黄金律」(第十八歌集 1991年)の全編が収められている。33年を閲して、天と地の違いを感じてしまうのは、Morris.の僻目だろうか?
「水葬物語」「装飾楽句」「日本人霊歌」「水銀伝説」「緑色研究」「感幻楽」までは、本当に凄かった。その後の「星餐図」「青き菊の主題」あたりはまだ余韻に引かれて読んでたが、その後はすっかりご無沙汰状態になってしまった。
宇仁菅で自選歌集「寵歌」を買ってしまい(^_^;) そのときも思いは同じようなものだった。
初期の塚本にはMorris.もすっかりしびれてたのだ。
巻末の沢口芙美の歌人論のかきだしの一節

なみいる塚本邦雄ファンには一歩も二歩もゆずるが、私も長い間塚本邦雄の歌を注意して読んできた一人である。しかし、その関心はいつのころからかうすらいでいた。言葉の美しさは、それはそれとして、わざわざ注意して読むほどの問題を感じず、「もういい」という気分であった。「同義反復という徒労」を塚本の歌に私も感じていたのである。

これがそのままMorris.の気持ちを代弁してくれてた。沢口はここから第十九歌集「魔王」と戦争論に展開して行くのだが、Morris.はそれっきりである。
以後の仕事では1983年冨山房百科文庫の一冊として上梓された「清唱千首」が素晴らしかった。
歌集「黄金律」の中で、一首だけが心に残った。作品の質の高さではなく、内容と状況から、Morris.の知人の息子の早すぎた死を思い起こさせられたからだ。

夭折も天壽のひとつ歌すてて死ののちの夏を楽しむだろう 塚本邦雄

「歌を忘れた歌人」Morris.には今更鎮魂歌など歌えないから、これを借りて、故人とその母親に捧げよう。


10027

【詩の中の風景】石垣りん ★★★☆ 1987年から1992年にかけて「婦人之友」に連載されたものらしい。こんな連載があったことも、それを編纂したこんな本が出ていることも知らなかった。
海子さんのブログ「日替わり定食」で石垣りんの「表札」が引用されて、それへのレスを書いた翌日、灘図書館でこの本に出会い、借りてきた。
「くらしの中によみがえる」という副題がある。
53篇の詩がとりあげられ、、上部に濃い葡萄色のインクで詩作品。下部に石垣りんのコラムめいた短文がレイアウトされている。

佐藤春夫、三好達治、茨木のり子、長田弘、清岡卓行、辻征夫、高見順、木山捷平、八木重吉、藤原定、蔵原伸二郎、金子光晴、中勘助、秋谷豊、伊藤桂一、川崎洋、新川和江、山崎榮治、高田敏子、山村暮鳥、杉山平一、堀口大學、大関松三郎、城侑、伊藤信吉、中桐雅夫、近藤東、井伏鱒二、竹内浩三、安西均、中原中也、乾直惠、井上靖、吉野弘、高橋順子、まど・みちお、山之口貘、吉原幸子、村野四郎、大木実、田中冬二、草野心平、岸田衿子、会田綱雄、島崎藤村、高村光太郎、永瀬清子、山本沖子、滝口雅子、千家元麿、室生犀星、谷川俊太郎。

石垣りんが所属していた「歴程」の詩人が多いのはやむをえないところだろうが、彼女らしい選択でもある。
おしまいに、自身の作品が挙げられていたので、全文引用しておく。

太陽の光を提灯にして 石垣りん

私たち 太陽の光を提灯にして
天の軌道を 渡ります。

おそろしいほど深い 宇宙の闇です。
人間は 半交代で眠ります。

一日背負っている 生きているいのちの重みは
もしかしたら 地球の重みかもわかりません。

やがて子供たちが背負うでしょう
海山美しい この星を。

ひとりひとり 太陽の光を 提灯にして
天の軌道を 渡るでしょう。

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初日

元旦の日の出を中継する、テレビの企画「日本の夜明け」に詩を書き添えて来て十年たちました。
瞬時の映像をとらえ、放映するためにどれだけの準備、人手が必要か。ふだん知らない世界、ひとりでは成り立たない仕事の現場に、少しでも関わることが出来て、私には得難い経験になっています。
以来私は太陽に向かって手をあわせるようになりました。ずいぶん勝手な話です。「どうぞ詩を一つ授けてください」などと願うのですから。
「太陽の光を提灯にして」は、その一回目に使用したものです。こんど編集部に何篇か読んでもらって、結局この一篇が採り上げられてみると、初心というものの怖さを感じます。
個々のいのちが、どんな片隅にあっても、地球と一緒に天の高みを越える。人も獣も虫も、全ての生きものが、人連りになって、空を渡る姿は、それまでにあたためていたイメージでもありました。
毎日昇る太陽を初日と呼んで、、一年一度の衣装替えをする。空にしつらえた舞台の緞帳がするすると上がるかに見える、新年幕開きの設定。さまざまな創意工夫。
人は今年もごく身近に、太陽を招き入れて暮らすのだと思います。


10026

【現代マンガの冒険者たち】 南信長 ★★★★ 著者は64年生まれのマンガ評論家とのこと。ひさしぶりに歯ごたえのあるマンガ論に出会えた。

もしもあなたが「最近、面白いマンガがないなあ」とか「この作家の作品が好きだけど、ほかに似たようなのがないかな」とか「昔の名作も読んでみたいけど、何から読めばいい?」とか「○○の絵って、××に似てない?」とか、少しでも今の”マンガ生活”に物足なさyは疑問を感じているなら、本書が何らかのヒントになるはずだ。
エクリチュールがどうした、ディスクールがなんとか、みたいな小難しいことは書いてない。かといって、単なるブックガイド、作家ガイドというわけでもない。現代マンガの歴史のなかでキーパーソンとなる作家たちを選び出し、「どこがすごいのか」「マンガ界にどんな影響を与えたのか」を検証しながら、チャート図なども用いて漫画家の系統進化の流れを俯瞰できるようにした、いわば[現代マンガ進化論]のようなものだ。


と前書きにあるとおりで、中身も偽りなくそのとおりのものだった。
全体は5章に分けられている。とりあえず、各章のタイトルとキーパーソンを引いておく

1.ビジュアルの変革者たち
(井上雄彦 大友克洋 江口寿史 鳥山明 高野文子)
2.「Jコミック」の正体
(岡崎京子 よしもとよしとも 望月峯太郎 松本大洋 古谷実)
3.[ギャグ]に生き[ギャグ]に死す!
(吾妻ひでお 江口寿史 鴨川つばめ とり・みき 唐沢なをき いしいひさいち 吉田戦車 西原理恵子 桜玉吉)
4.[物語の力]を信じる者たち
(浦沢直樹 諸星大二郎 星野之宣 福本伸行 弘兼博 本宮ひろ志 さそうあきら)
5[少女]は成長して[女]になる、か
(くらもちふさこ 槇村さとる 吉田まゆみ 吉田秋生 成田美名子 松苗あけみ 吉野朔実 耕野裕子)


各章に附されたそれぞれの系譜図が如実に著者の眼力を誇示している。これは労作である。一例としてMorris.の得意分野だった少女漫画の系譜図を例に挙げておく。
60年代から00年代までの時間を横軸に、恋愛濃度の高低を縦軸にという、簡潔明解な切り口も見事だが、それぞれをグルーピングしてキャッチコピー、影響関係の矢印つけたりしながら、170名もの(概算(^_^;)作家の鳥瞰はMorris.カ・ン・ゲ・キッ!!(^_^;)である。
もっともMorris.の場合、感激の強度はおおむね右ページ(60年代から80年代初期)に集中している。やはりMorris.は少女漫画のオールドウエーブであることは明らかだな。
「乙女ちっくロマコメ」の陸奥A子、田渕由美子、太刀掛秀子、岩館真理子、小椋冬美なんか、すべてキャラクタトランプ持ってたし(^_^;)、「24年組」は、今でも一番好きな漫画家が集まってる。一条ゆかりを「ゴージャス」、松苗あけみを「無敵の女子高生」、吉田まゆみを「ファッション革命」と一言で定義するあたりもなかなかのものである。
もちろん本文で、この系譜図の詳細な展開がなされているわけで、その一つ一つが水準が高い、というか、目から鱗の言説も枚挙に枚挙にいとまないが、ちょっと横着して、西原理恵子への言及だけを引いて済ましておく(^_^;)

今でこそ過激な体験取材マンガや赤裸々なエッセイマンガを描く女性作家は珍しくないが、『できるかな』シリーズで唸りを上げる西原理恵子の剛腕の前では、すべて小粒に見えてしまう。放射能漏れ事故直後の高速増殖炉「もんじゅ」の炉心ど真上に立ち、カンボジアの地雷源を歩き、インドネシアの暴動を見物し、サハリンで泥酔し、富士山の山頂に立つ。『脱税できるかな』では、1億円の追徴金をめぐる税務署とのバトルを描き、[誰が払うか、そんな金]と根切りに値切る過程を破壊力バツグンのエンターテインメントに仕立てる力業は他の追随を許さない。
もちろん実録とはいえマンガであるからには、脚色されている部分も多々あるだろうが、それでもこういうネタを臆せず描く度胸にまず敬服。また『ホステスできるかな』では、実際にキャバレーで2週間ほど働き、『ヒジュラできるかな』では、夜を徹して行われるインドの奇祭に花嫁姿で参加。その体験をもとに、サイバラのもうひとつの顔である[叙情]を交えながら、笑いと涙のツボを緩急自在に押しまくる。
デタラメなようで一本芯の通ったサイバラワールド。そこには無頼派気取りの作家が裸足で逃げ出す凄みがある。


いやあ、上手いもんである。そして西原理恵子の本質をきっちり把握している。これだけの「形見本」で、著者の筆力と分析能力は自明だろう。
この調子で、吾妻ひでおや江口寿史や高野文子などへのオマージュと分析を展開してあるのだから面白くないわけがない、と言うことがわかってもらえると思う。
夏目房之介、いしかわじゅんなどとはまた一味違う、漫画ファンサイトからのこういった漫画論の出現は嬉しいことである。


10025
【煙霞】黒川博行 ★★☆
 冒頭は、私学への告発文から始まったので、社会派の問題小説かと思ったが、大阪の私学の理事長の秘匿財産を巡って、収奪を狙うブローカーや愛人、それに巻き込まれる私学高校の美術教師と音楽教師などのどたばた活劇だった。
内容は何でも、おもしろければそれで良いのだが、これはあまりに杜撰な作品だった。
二人の教師が半ば偶然に事件をかき回したり引っ張ったりするのだが、ことごとに都合の良い偶然で、ピンチを脱したり、相手の情報を引き出したり、家宅侵入したりと、好き勝手である。つまりは作者のご都合主義の行き過ぎが鼻に付くというわけだ。
本作は新聞小説だったようで、毎日、ちょっとした山場を作らねばならないという、このての小説の宿痾の一例といえばそれまでだろうが、以前読んだ作品には見どころあると思ってた作者だけに、こういったものを見せられると、引いてしまう。
タイトル(えんかと読む)はよくわからないながら、この作品のいい加減さの表象といえるかもしれない(^_^;)


10024

【少年計数機】石田衣良 ★★★☆ 「池袋ウエストゲートパークU」2000年7月刊。Morris.はこのシリーズ結構読んでるはずだが、この2nd.と次の3rd,を三宮図書館で見つけたのでいっぺんに読んだ。
表題作の他「妖精の庭」「銀十字」「水の中の目」の4つの短編が収められている。最近作に比べると気負いが感じられるが、それだけ荒削りな「熱さ」が感じられもする。
例によって、小洒落た言い回し、小道具のクラシック音楽、Gボーイズの首領タカシの聖別、老人と子供への過剰な愛護、主人公で語り手でもあるマコト(著者の投影)の二枚目半ぶりなど、いささか鼻につくところ無きにしもあらずだが、やっぱり「読ませる」作家であることは紛れもない。

「知ってる、マコト? 今さ、報道カメラマンのあいだじゃ、モバイルパソコンとデジタルカメラが必需品なんだってさ。戦場の最前線やスポーツ大会のアリーナで撮った写真を、パソコンと携帯でずばっとリアルタイムで本社に送る。そのまま紙面で十分使える解像度の写真ができるんだ」
メガバイトとピクセルの話をしているときのラジオはいきいきしていた。何度も興奮して髪をかきあげる。ラジオの話を聞いていると、世界はますます入り口と出口だけになっていくようだった。プロセスは余分なものとして限りなく削られていく。(「妖精の庭」)

あのころの日本人には、理由も鳴く飲食をふるまわれてはいけないというしつけがいき届いていたのだろうか。それとも、おれなんんかと同じで他人に借りをつくりたがらない、貧乏人特有の潔癖症なのか。(「銀十字」)

だが、長いものを書くといっても、なにを書いたらいいのか、さっぱりわからなかった。おれには波瀾万丈の物語はかけそうもない。これまでのネタもみんな池袋の街で出会いがしらに衝突したものばかり。鮮度はよくても、たいして代わりばえしないネタだ。シーラカンスの刺身みたいな、世の中があっと驚く一品は出せそうもない.そこでおれは考えた。みんなが知らないことを書けなければ、みんなが知っていることを書けばいい。(「水の中の目」)


これは、このシリーズを書くことへの宣言なのかもしれない。


10023
【骨音】石田衣良 ★★★ 「池袋ウエストゲートパークV」2002年10月刊。
表題作の他「西一番街テイクアウト」「キミドリの神様」「西口ミッドサマー狂乱(レイヴ)」の4篇が収められている。
音楽に人間の骨の折れる音を使うとか、新しいタイプのドラッグをテーマとした作品が多く、Morris.としてはちょっと引いてしまった。

「携帯のない昔に戻るのさ。Gボーイズのメンバーはたくさんいるだろう。メッセージがあるときは伝令を飛ばせ。手旗信号やのろしなんかもおもしろいよな。だいたいみんな、携帯に頼りすぎなんだ」
おれはほんとうにそう思っている。携帯をもって歩くのではなく、携帯にぶらさがって歩いているストラップ人間のなんと多いことか。(「西口ミッドサマー狂乱」)


こういった、デジタル文化への批判は、ポーズかもしれないが、Morris.は共感せざるを得ない。


10022

【夢の痕跡】荒俣宏 ★★★☆☆ 1995年刊だから当時読んだと思う。あまり記憶になかったのだが、今回あらためて読んで、荒俣の底力を思い知らされてしまった。
ミュンヘンの国立ドイツ博物館と、アメリカのスミソニアン研究所の探訪を中心とした20世紀科学の夢の跡をたどるという企画だが、圧倒的に前半のドイツ編が面白かった。アメリカ篇は、付け足しという気がした。
ザラ紙に白黒印刷で定価三千円だから、かなり高価である。でも、この白黒写真がとんでもなく素晴らしい。ドイツ篇が黒田一成、アメリカ篇が瀧上憲二となってるが、写真もこれまた圧倒的にドイツ編が良い。
Morris.がもしドイツに行くことがあるとしたら(なさそうだけど(^_^;))この博物館だけは見逃せない。

今世紀の痕跡! われわれは科学の驚異をめぐるガラクタと見世物のなかに、もういちど、驚異を演出する興業としての科学の本質をさぐりださなくてはならないだろう。なぜなら、どんなに日常化した科学も、はじめは違和感から−−珍奇なものに対する不安からスタートして、人々の感心をつかんだのだから。そして現在までのところ、科学が生んだ現実と夢の両方に巡りあえる痕跡の劇場として、ドイツ博物館以上にスリリングな場所はないのである。

こうして、世に「リソティント」と呼ばれる二色刷り石版が登場したのだが、ゼネフェルダーはさらにもうひとつお発見をした。背景色となる黄色や灰色をベッタリ塗る代わりに、一部にインクが乗らない白い残しをつくっておくと、「光」を描くことができる、という発見だった。
おもしろいもので、光は描き出すとオブジェめいて輝きや光芒がなくなる。むしろ、背景から抜いて残す余白として表現させるとき、うるむような光芒の味わいを発揮する。とくに、夜空に見る月や星や雷光が"光"らしく見えるのは、黒いバックから抜かれて表現されているからである。そして何よりも重要なのは、当時勃興しつつあったドイツ/ロマン派たちが、昼の直接的な反射光でなく、夜のうるむような透過光を愛していた、ということである。ゼネフェルダーの石版カラー印刷は、そういう暗くうるむような絵をコピーするのに向いていた。二食を重ね刷る石版術は、ひょんなことから、光を効果的にとらえるドイツ・ロマン派の表現方法を機械化してしまった。 


図鑑や図版のコレクターである荒俣ならではの着眼点と、写真の選択のセンスだけで本書は彼の200点近い著作の中でもベスト作品の一つになっている。


10021

【傷だらけの天使 魔都に天使のハンマーを】矢作俊彦 ★★★★ 今日一日の半分はこの本読んで過ごした。萩原健一主演の70年代のドラマで、放映当時はそれほど話題にならなかったのに、終了後再放送などで人気が出て今や伝説的ドラマになってるらしい。Morris.はタイトルくらいは知ってるが、実際に見たことはない。
本作は2008年に、矢作がこの作品の後日譚という形を借りての新作である。Morris.はこのドラマ見たことが無いのだが、小説として充分以上に楽しませてもらった。
ほぼ30年後のドラマの登場人物の変貌と、リアルタイム(執筆時)のギャップと、PCのヴァーチャル世界を主要なモチーフとした矢作の新しさ(結構矢作はこの分野に精通してる)があいまって、不思議な作品世界を醸し出している。
ストーリー的には途中でわかってしまうところがあるが、ディテールの描写、街歩き、本歌取りのサービスは横溢していること間違い無しで、このドラマのファンだった人にはたまらん作品だと思う。


10020

【別冊 図書館戦争 T U】有川浩 ★★★ 「阪急沿線」でMorris.も注目した著者だが、この図書館戦争シリーズがえらい人気らしい。現在「図書館戦争」「図書館内乱」「図書館危機」「図書館革命」4冊が出てる。噂を聞いてMorris.も読んでみたいとは思ってたのだが、図書館の書架ではまるで見当たらない。
神戸図書館OPAC検索システムでチェックしたところ、4冊とも全て貸出中、それもたいていの図書館で全巻揃えてて、3セットくらいある館もいくつかあるのに、この状況である(@_@) 人気沸騰といったところか。これではブームが鎮まってMorris.に回ってくるまでにはまだ相当の時間がかかりそうだ。(Morris.はこういうベストセラー系の予約は基本的に、やってない)
そんな中で、偶然この別冊(2冊組)を三宮図書館の返却棚で見つけたので思わず借りてきた。2冊で10篇の短編が収めらている。本編の登場人物それぞれのエピソードをメインにした楽屋落ち、過去譚、緊急事態、自己パロディみたいなものの寄せ集めである。
あとがきに「ラブコメ」風味と書いてあったので、本編はもう少しシリアスなのかもしれないが、おおよその舞台背景と雰囲気はは見当がついた。ある意味本編のPRみたいでもある。
ヒロイン笠原郁とヒーロー堂上篤はともに武闘派で直情径行の「燃え派」、これに「萌え派」やら「完全主義者」、「権謀術数派」などの脇役陣を配して、それぞれの「美点」をこれでもかと言うくらいに強調して、ストーリーを「組み立てる」手際はなかなかのものである。文章もギャグ、ユーモア、ペーソスに差別語論までミックスしながら、読みやすいスタイルを維持している。各篇毎に読ませどころをわきまえてのストーリー構成、キャラ立てまくり、適度のエロとヴァイオレンスも加味してて、いうことなしのエンターテインメントではないか、と言いたいところだが、Morris.は、ちょっとこの作風に鼻白んでしまった。
前に読んだ「空の中」の読後感にも書いたと思うが、この人はゲーム感覚で作品を作ってるようだ。はっきり言えば「ゲーム小説」で、これはMorris.とは、絶対合わない。
女子供好み(^_^;)の軽快なおしゃべり文の中に香辛料のように、難語やアナクロ語(「死語」といわれたりする単語)を配したり、いちいち登場人物の行動の心理分析したり、非難するための対象の短所をわざわざ執拗に増幅したり、読者サービスを免罪符にしながら、全体にあまりに「あざとい」と感じてしまったのだった。
この「別冊」は連載少女漫画が単行本になるたび、巻末に付録みたいについてたキャラいじりのお遊び、例えが古くなってしまうが、「っポイ」の巻末に毎回付いてた「主役っポイ」みたいなものだろう(^_^;)。これだけみて、いろいろ非難するのは片手落ちかもしれないが、Morris.は確信犯的に「好き嫌いの人」であるから、局部だろうと、欠片だろうと、嫌いなところは嫌いと言うしか無い。
それでいて、こういった組織対組織の攻防とか組織内の魅力的キャラ同士のやり取りプロットは好きな方で、この作品もそういう意味では面白そうだから、現物を目の前にしたら、たぶん読んでしまうに違いない(^_^;)
作中に出てくる木島ジンという作家を利用しての「言葉狩り」「違反語」「差別語」への言及は、いささか真剣に読ませてもらったが、鋭そうに見えて、どこか、脇が甘い感じを否めなかった。これはストーリーにも言えることで、いかにも造りものっぽすぎる。
でも、まあ、これだけ書けるというのは、大したもんであるな。
彼女の作風は「国境事変」の誉田哲也に通底するものがあるのではないかと閃いたのだが、褒めすぎだろうか?


10019

【白川静 漢字の世界観】松岡正剛 ★★★ 平凡社新書の一冊である。Morris.は白川静「字書」三部作のうち『字統』しか持ってないが、これは文字通り枕頭の書(時には枕そのものになってたりもするが)になっている。
しかし白川の学問的著作にはほとんど歯がたたずにいた。本書はその白川静の世界で初めてのガイドブックということになる。
しかし、この入門書でもちょっとMorris.には手ごわかった。
わからないままに変な紹介をするよりも、 松岡自身の千夜千冊サイトの「『漢字の世界』白川静」を読んでもらうことにしよう(^_^;)
白川静は2006年に96歳で亡くなったが、『字統』を出版したのが74歳、『字通』は86歳である。遅咲きといえるだろう。
『字統』刊行10年後に出た普及版(もちろんMorris.はこれを買った)の前書きから一部を引用しておく。

[字統]は、字源の解明を試みた書である。字の初形初義を明らかにして、はじめてその展開義を考えることができる。組織的・体系的な文字学を確立するためには、まずその基礎となる字源の研究を確立しなければならない。幸いに今では、甲骨・金文の文字資料も豊富であり、方法的な処理を誤ることがなければ、彼らは十分にその生い立ちを語ってくれるはずである。
字源の学は字源の学だけに終るものではない。原初の文字には、原初の観念が含まれている。神話的な思惟をも含めて、はじめて生まれた文字の形象は、古代的な思惟そのものである。たとえば風は、もと鳳の形に書かれ、鳥形の神であった。四方にそれぞれ方域を司る方神が居り、その方神の神意を承けて、これをその地域に風行し伝達するものが鳳、すなわち風神であった。風土・風俗のように一般的なものより、人の風貌・風気に至るまで、全てはこの方神の使者たる風神のなすところであった。風の多義性は、風という字が成立した当時の、風のもつ古代的な観念に内包するものとして、そこから展開してくる。そのことは、原初に成立した文字の多くについて、いうことができる。


いやあ、改めて読み返しても、その新鮮さと力強さには胸を打たれる。
「風」という一文字への言及は叙事詩の一部のようでもある。
ちょうどこの普及版出た直後の歌集『象形文字−hierogliph』は、もちろん『字統』に触発されたものであり、 カットに使用した金文・甲骨文も、大部分『字統』からの無断流用であること、言うまでない(^_^;)


10018
【うまいもの・まずいもの】 東海林さだお、尾辻克彦、奥本大三郎 ★★☆ 安原顕が編集してたリテレールの企画本らしい。3人が会食しながらの雑談3回分を鼎談に焼き直したもので、3人それぞれはきらいではないのだが、これはいただけなかった。
これならショージ君の丸かじりシリーズの1篇の方がうんと美味しいと思うぞ。
特に奥本のスノッブぶりが目に付くし、尾辻は胃腸が悪くて人の1/3くらいしか食べられないなんて言ってる。
まあ、15年以上前の本だし、交際費で美味いもの食って、お手軽冊子にして元をとろうといった風に見えてしまう。


10017

【松林図屏風】萩耿介 ★★ 長谷川等伯の評伝小説らしい。腰帯には「力のこもった、重厚な評伝−−高樹のぶ子」「信長・秀吉の時代におおいに繁栄した狩野派に対し、少し遅れて台頭した長谷川等伯たち一門と、その周辺を描いて充分読み応えのある小説となっている。−−阿刀田高」などと書いてある。
長谷川等伯といえば、本書のタイトルで表紙にもあしらわれているこの水墨画で、Morris.もこれと猿の絵だけは幼少時から親しんでいたから、期待して読んだのだが、見事に(^_^;)裏切られてしまった。
こんなのを「重厚な評伝」というなよ。「まるで読み応えのない」一冊だった。
どうでもよいことだが、公家の末裔入江義晴が秀吉の朝鮮侵略時に半島に渡り、朝鮮人になって日本に戻ったときに、等伯に依頼したのが件の松林図ということになっている。どうみてもこれは嘘くさい。それはともかく、義晴の朝鮮名が「イクイン」とルビがふってある。「義晴」の朝鮮語読みなら「ウィチョン」となるはずだが、何かじじょうがあったのだろうか?
そんな程度のことしか印象に残らなかった、といえる。時間の損だった。


10016

【すごい虫の見つけかた】海野和夫 ★★★★ 昆虫写真の第一人者である海野さんのこじんまりした写真&コラム集である。100p足らずで、写真は40点くらいしかないし、20cm四方の小型本だけど、ここまで選び抜いた写真はないというくらいに絞り込んだ傑作写真揃いだし、短いながらポイントを押さえたコラムの端々の情報だけでもMorris.にはすごく興味深い内容があった。

モルフォブルーとも呼ばれるこの色は、翅にある鱗粉が特別な構造をしていて、翅に当たった光が薄い翅の内部で反射を繰り返し、青い輝きを放つのです。(カキカモルフォ)

モルフォ蝶のあの光り輝くブルーにはこんな秘密があったのか(@_@) キンイロコガネやキンイロカメノコハムシなどの輝く色もこの構造色らしい。

チョウが2匹空中でダンスをするようにゆっくりと飛んでいる姿を見ることがあります。これはオスとメスの求愛飛翔です。
こうした求愛飛翔がよく見られるのはナミアゲハ、クロアゲハ、モンキチョウなどです。2匹連なって飛んでいる場合、前にいるのがオスです。まずオスがメスを見つけると、猛スピードで追いかけます。最初はたいていメスが逃げます。けれどオスに追いつかれると、不思議なことにオスの後を追うような飛び方に変わります。

こういった観察の細かさは、本当に蝶や昆虫が好きでなければ気づかないところだろう。

トノサマバッタを捕まえるのに良い方法があります。バッタの大きさと同じぐらいの木片に糸を結びつけ、棒につけてオスのバッタの前に投げるのです。そうすると、オスはメスと間違えて飛びついてきます。いったんn飛びつくと木片にしがみついてしまい、引き寄せても離れないので簡単に捕まえることができるのです。

これはMorris.も初めて知ったトノサマバッタ捕縛方である。いつか試してみたい。

チョウのマニアにはあまり人気のないチョウですが、一般の方に写真を見せると、ダントツの人気なのがスジボソヤマキチョウです。みんなキャベツの葉っぱみたいなチョウだといいます。

うーーーむ、こんな蝶は名前も姿も初めて見たぞ。いやあ、これは一度実物にお目にかかりたい。

草思社発行となってるが、この会社、以前に倒産したと聞いた記憶があるが、勘違いだったのかな?ともかくもこんな素敵な本を出してくれてることに感謝m(__)m
海野さんにひとつだけ注文つけたいのは、昆虫名すべてカタカナ表記ということである。紋白蝶とモンシロチョウ、螳螂とカマキリ、裏銀蜆とウラギンシジミを比べてみれば、どちらがイメージの喚起力があるかは、一目瞭然だろう。

嬉しかったのは、昆虫写真を手軽に撮るには、マクロで3cm以内に寄れるコンパクトデジカメが最適と書いてあったことだ。さらに10倍以上の望遠倍率があれば、申し分ないと書いてある。ワイドマクロで横から写すと一眼レフではとても難しいマクロ昆虫と背景が認識できる写真が簡単に撮れるなんて発言もあった。Morris.が現在使ってるCanonのPowerShot SX100ISは、1cmまで寄れるし、望遠も10倍だからバッチリ(^_^)である。たしかに、1cmまでのマクロは一眼レフだと、ムチャクチャ高価なマクロレンズやリングを使わなくてはならなかったから、現在のコンパクトデジカメの出現は、Morris.のような、昔昆虫少年で今や単なる虫好き爺さんには、夢の小道具である。
もっとも、こういった小道具を使いこなせるかどうかは、又別の問題であるな(^_^;)


10015

【雪のひとひら】ポール・ギャリコ 矢川澄子訳 ★★★☆☆ 一昨日天王寺夕陽丘の一色文庫で買い、還りの電車で読み終えてしまった(^_^;)
実はこの本はずっと以前からの愛読書?で、邦訳初版が1975年(今回買ったのは1985年12刷)となってるが、遅くとも1980年以前に最初に読んだと思う。原作は1952年、ギャリコ55歳の作である。
Morris.は吝嗇なくせに、気に入った本を人にあげる癖があって、この本なんかこれまでに5冊くらい買った(すべて古本屋で)と思う。手元にはすで「雪のひとひら」になくて、今回の本も早晩誰かの元に届けられることになるだろう(^_^;)
そういった本を思いつくままに挙げてみると

「ことばあそびうた」谷川俊太郎・瀬川康男
「写真集 50本の木」丹地保堯・谷川俊太郎
「もりのえほん」安野光雅
「ABCの本」安野光雅
おんなのこ」工藤直子 さのようこ
人生処方詩集」E・ケストナー 小松太郎訳


などがある。当然手元にはほとんど残ってないことになる。それはそれでいいのだろう。
「雪のひとひら」は中編、というより、ちょっと長めの短編ということになるだろう。
天から地上に落ちた雪のひとひらが、さまざまに形を変えながら時と場所を流れて行く間に、愛する雨のしづくと出会い、子供たちもでき、別れ、最後は海から水蒸気となって天に還るというストーリーの、一種の象徴的ファンタジーである。
Morris.は今回の読書が10回めくらいになるはずだが、ストーリーの細部(そりに乗った女の子に押しつぶされたり、雪だるまの鼻になったり、消防車のホースから火事に噴射されたり)は見事なくらいに(^_^;)忘れてた。でも、本書のカラーというか、テーマみたいなものは、しっかり心の底に刻み込まれていたようだ。
矢川澄子は解説で「女の一生」を描いたとしているし、たしかにそれはそうなのだが、もっとナイーブな宗教詩みたいなもののように思える。
それにしても原文(機会があれば読んでみたいが)はともかく、矢川澄子の訳文の美しさ、優しさ、温かさ、丁寧さには改めて感心させられてしまった。この訳者を得たことが「雪のひとひら」の僥倖と言えるだろう。

まあ、おちる、おちる、おちる! ゆりかごにでものったように、やさしく風にゆられ、右へ左へ、ひらひらと羽のようにふきながされながら、雪のひとひらは、いつのまにか、いままでついぞ見も知らぬ世界にうかびでていました。

もうすこしも、さびしいとは思いませんでした。だれかがこちらを思っていてくれることがわかるとともに、なぐさめとよろこびが胸にわきおこり、雪のひとひらは、安んじてそのしあわせに身をゆだねたのです。

このからだは、ガラスか綿菓子のかけらのような、幾百幾千の、きよらかにかがやく水晶でできていました。

まことに、胸もときめくばかりのすばらしい変化がおこったのでした。雪のひとひらは、もはやかつてのような、星と十字と三角形を一つづりにして織りなしたレース模様の生きものではありませんでした。いまではまるくって、朝のひかりのように清らかで、くもりなく透きとおり、小さな銀の鏡のように、まわりのものの色を片っぱしからとらえて映しかえすことができるのでした。

引用し始めるととどまることがなくなりそうだが、最後の一節、雪の結晶が水雫に変化する場面の描写なんか、天啓の慶びを実感させてくれる。

本書は新潮社によって文庫化されてるし、フランス装の美本も出されているらしいが、Morris.はやはり最初のA5ハードカバーのもので読みたい。全ページの上段に深沢幸雄の小さなカットが散りばめられているのも懐かしい。つまりは、最初に読んだ印象に支配されてるということだろう。
解説ではブレイクの「一粒の砂のうちにも宇宙を見る」という、Morris.の信条ともいえる一節が援用されているし、与謝野晶子の歌

人並に父母を持つ身のやうにわがふるさとえおとひ給ふかな
たらちねの親うからよりよそ人をむつまじくも覚えし少女
一人にて負へる宇宙の重さよりにじむ涙のここちこそすれ


を引用して、「個」に徹せざるを得ない女性の普遍的気持ちだと言及しているが、それよりも、その後に引かれた一首こそ、本書の全てを一行に集約したもののように思えた。
晶子の歌の中でMorris.がいま一番好きな作品かもしれない。

いづくへか帰る日近きここちしてこの世のもののなつかしきころ


10014

【舞姫通信】重松清 ★★★ 理由も無く自殺した双児の片割れ、女子高で自殺して伝説の「舞姫」の名で学生のアイドルとなった少女、ゲーム感覚で心中を図り、死にそびれた少年などを配して、自殺そのものの意味を問うといった問題提起小説らしい(^_^;)
TVのディベート番組でパネラーの社会学者が紹介するデュルケムの「自殺論」を援用しての、自殺観の変遷はそれなりにわかりやすい。あまりに冗長なので適当にはしょって引用しておく。

「歴史的に見て、社会の自殺観は三つの段階を経てきました。まず、古代ギリシア・ローマ時代ですね。前キリスト教時代と言ってもいい。アテネでもローマでも、自殺ははっきりと悪だとされていました。…ただし、アテネでもローマでも、自殺をしようとする者が国家のしかるべき機関に理由を申し立てて、それが承認された場合には、たとえ自殺者でも正式に葬ってもらえました。当時は国家の承認を得た自殺は認められていたのです。
ところがキリスト教社会が成立するといかなる理由があろうと、いかなる手続きをとろうと、自殺は厳禁されてしまいました。つまり、自殺は一種の犯罪だったわけで、これを社会と自殺の第二段階と呼んでおきます。
第三段階は近代です。産業革命、フランス市民革命を境に、少なくとも刑罰の面では、自殺はしだいに容認されるようになりました。自殺と犯罪とは明らかに一線を画すようになってきたのです。自殺者は発狂して自殺したのだから責任は問えない、という解釈で実質的に法を曲げてきたりもしています。これは、現在でも、我々の道徳レベルの感情に通じるものがありそうな気がしますね。
自殺の評価は個人と社会の関係に左右される、ということなんですよ。要するに、第一段階では、国家は個人の上に君臨していた。生殺与奪の権を、国家が握っていた。だから自殺も国家が許せば認められていたわけです。ところがキリスト教社会観では、個人の人格が確立されてきたのです。西欧的ヒューマニズムですよ。そうなると、今度は逆に個人すら個人の生命を奪うことはできない、となる。国家や社会はもちろん、個人じたいも、その人自身の生殺与奪の権は持ち得ない。ところが、市民革命を経た第三段階になると、ちょっと待てよ、個人をほんとうに尊重するのなら個人が死ぬ権利だって認めるべきではないか、となるわけです」


日本の放送局で日本人が議論するのにあまりに西洋的ではないかと思うが、明治以降すっかり西洋漬けになった現代日本人にはわかりやすい論理ではある。
しかし西洋ヒューマニズムなんて、人間の種の集団エゴイズムとしか思えないMorris.には、どうでもよいことのように思えてきた。
死ぬまで生きるしかないのなら、そうするしかないし、いろんな死に方があるからおもしろい(^_^;)ということもいえる。自殺というのもいろんな死に方のひとつでしかないということだ。
本書では双子の自殺した方の恋人が、芸能プロの跡継ぎ娘で、心中しそびれた少年を自殺志願をウリにしてアイドル化しようとするし、双子の生き残った方を死んだ恋人のフィギュアとして関係を持ってるし、生き残ったかたわれは、件の女子高の教師となって、舞姫ファンの少女たちを指導しながら、自殺した方の恋人を心身ともにわがものにしようとしていろいろ努力するが無駄だったりと、取ってつけたような物語進行になってるし、登場人物たちがあまりにも、役割分担的で、小説としてはあまりいい出来とはいえないようだ。
特に心中しそこねた少年がやけくそ気味に自殺をはかり、芸能プロ跡継ぎ娘が非常識な方法で妊娠して、その子供のためには自殺なんてできないと決心するあたりは、あんまりにもイージーだと思った。


10013

【いつかソウル・トレインに乗る日まで】高橋源一郎 ★★★☆☆ 初めタイトル見たとき「ソウル・トレイン」は、いわゆるソウル・ミュージックのソウルだと思ったのだが、1p目に突然「延世大学の構内」とあったので、ちょっと不意をつかれてしまった。主人公の中年男性は、学生運動の後放送局に入社し、韓国特派員時代に、韓国女性との愛と別れを経て帰国して日本で家庭をもっているのだが、韓国からもと恋人夫婦の死を知らされて、赴いた韓国で元恋人そっくりの娘(元恋人の実子)に出会い、そのまま常軌を逸した両思いとなり、その後の二人の道行(死ぬわけではないが)を描いた作品である。
10pあたりに、2004年アルカイダの人質事件がとりあげられていたのにもちょっとびっくりした。つい数日前に下川裕治の「香田証生さんはなぜ殺されたのか」を読んだばかりだったからだ。そして、その描写がかなり生々しく感じらてしまった。

ケンジはヨウコの言葉を無視して、画面に見入った。若い男の不安そうな顔が映り、それから、アナウンサーの顔に替わった。
「…なお、コウダさんの安否について、外務省高官は、情報が限られていて、はっきりしたことは断言できないと語っています……」
「この人、どうなるのかしら?」
「たぶん、殺されるだろう」
「この前の人質は助かったじゃない」
「この前は、地方の、いわば素人の抵抗グループだよ。今度は、職業的なテロリストといっていい。なのに、この国の首相はいきなり要求を認めないといった。交渉する気が最初からないと宣言したのだ。だから、彼らは人質を殺すだろう」
「かわいそうね」
「かわいそう?」
「かわいそうだと思わないの?」
「ある意味ではね」
「冷たいいい方ね」

「ヤマザキさん」
ケンジの前で、キタムラが待っていた。
「殺されましたよ、人質」
「いつ?」
「さっきです。アルジャジーラが殺害シーンを放映しています。見ますか?」
「ああ」

声明を読み終えると、すぐだった。彼らのひとりが、人質を床に突き倒した。手には巨大なナイフが握られていた。彼は人質の髪を掴み、のどに当てた。
声が聞こえた。そんな気がした。
いや、それは声ではない。断じて人間の声では。ひきしぼるような、呻くような、だが、そのどれでもない、表現のしようのない、奇怪な音が、その哀れな青年ののどのあたりから漏れた。意志や感情のかけらもない、獣の咆哮。いや、咆哮と呼ぶには、あまりにも力のない、単調な音だった。そして、すべてが終わった。あっという間のことだった。
「もういい」
ケンジは目の前の蠅を追うように手を振ると、こういった。
「まさか放送するつもりじゃないだろう」
「もちろんです。でも、どうなるんでしょうね。さすがに、人質が殺されたら、世論も変わるでしょうかね」
「変わるって?どんな風に」
「自衛隊派遣の方針を引っ込めない政府への批判が増えるんじゃないでしょうか」
「変わらんさ。賭けてもいい。この前の三人の人質の時と同じだ。この国の人間は、余計なことに首を突っ込むやつはバカだと思ってるんだ。目障りなんだよ。だから、殺されても同情なんかしやしないさ」


本書は2008年発行だが、初出は2004年12月号〜2007年にかけて雑誌連載らしいから、この部分は、人質殺害事件の直後に書かれたことになる。もちろん加筆訂正がなされているわけだから、安直にはいえないが、リアルタイムでこれだけの現状把握が出来てたとしたら、それだけでも凄いと思う。
主人公の友人であり、元恋人の夫となるキムヨンシムとの間で、宗教的というか哲学的な会話がなされる。

「ヤマザキ、我々がやろうとしている事業は、ただ政権を倒すことなのではない。底の底から、社会を変えることなのだ。腐敗した政権があっても、そこに集う人間が変わらなければ、次の政権もまた、同じように腐敗するだろう。『金日成』や『毛沢東』や『レーニン』の政権は、彼らが倒した政権より、遥かに立派なものだろうか。ぼくには、そうは思えない。彼らの政権は、彼らの以前の政権と同じように、人々を抑圧しているからだ。なぜ、そんなことになってしまったのか。ヤマザキ、それは、彼らが十字架に上らなかったからなのだ」
「なぜ、彼らは十字架に上らなかったのだろう」
「それは、彼らもまた、『見ずして信じる』ことができない者だったからだ。彼らは『見ずして信じる』ことができず、それ故、彼らに従う者たちも『見ずして信じる』ことなどできないに違いないと考えたのだ。彼らは、従う人々を信じることができなかった。それ故、彼らは、死ぬまで、『見ることのできるもの』を作ろうともがいた。『見ずして信じる』ことができない者たちのために。それが、彼らの政権であり革命だったのだ」
「愚かな質問かもしれないが、教えてくれ。きみは、なぜ、『見ずして信じる』ことができるのだ?」
「ほんとうのところ、ぼくは『見ている』のだよ。「而して言葉は肉体となり、幸福と真実とに満ちて我らと偕に住みぬ』さ。ぼくは、『十字架に上ったキリスト』の言葉を信じる。彼の言葉は、ただの言葉、紙の上に書かれた恣意的な言葉ではない。彼が、自らの肉体を十字架に掲げることによって作りだした。もう一つの肉体なのだ。ぼくには、それを見ることさえできる」
「ぼくには無理だ」
「そうだ。ヤマザキ、きみは言葉を信じない。言葉を信じないということは、なにも信じないということだ。いや、君には信じているものが一つだけあるよ」
「なにを? ぼくがなにを信じているって?」
「きみが信じているのは『無』だけだ。人は死んで『無』になる。革命は腐敗して『無』になる。友情は打算に負けて『無』になる。若さは、時の歩みに籠絡されて『無』になる。そして、愛は枯れ果てて『無』になる。それがきみの持っている唯一の信仰なんだ。そして、それがきみの救いになっている。きみは、きみの両親さえ信じていまい。『塩は善きものなり、されど塩もし其の塩気を失はば、何をもて之に味つけん。汝ら心の中に塩を保ち、かつ互に和ぐべし』。きみは、神がせっかく、きもの生涯の味つけのために与えた塩の効きめをなくしてしまったのだ」


ここにも、なかなか深いものがあるし、『無』論は、明るい虚無主義を標榜するMorris.の関心を惹いた。
さらにまた、「唯名論者」でもあるMorris.には見逃せない言説もあった。

「名前など、どうでもいいのです」とおじいさんは答えた。「名前というものによって、多くの不幸が始まるのです」
「そうなのですか?」ファソンが不思議そうにいった。
「そうです。あなた方、日本人は、最初に他人に会うと、挨拶をしながら、名刺を渡します。あれが名前です。名前は、一つだけではありません。親が決めた名前、それから会社や社会が決めた名前、国が決めた名前。国の保管している手帖には、名前が書いてあってそれは、その名前のついた人間に、税金を払わせるためです。それから、軍隊にも手帖があって、そこには、戦争になった時、連れてゆくための名前が書いてあります。学校にも手帖があって、たくさんの名前が書いてある」
「名簿のことですか」
「そうです。そうもいいます。名前がたくさん書いてある分厚い紙のことです。学校の名簿に名前が書いてあるのは、なぜだか、わかりますか?」
「成績をつけるため?」
「それも理由の一つです。英語が45点だったのは誰で、数学が零点だった馬鹿者は誰なのか、それをはっきりさせるためです。でも、もっと大きな理由は、誰がそこにいたのか、出欠をとるために必要だからです。学校のようなつまらないところに、きちんと休まずやって来るような馬鹿者が誰なのか、そして、自分の心に正直であろうとして、休んでしまうような犯罪的な人物は誰なのか、そのことを記録しておくために、あるわけです」
「いい目的ではない、ということなんですね」ファソンはいった。


これは、ちょっと拍子抜けだった(^_^;) Morris.の拠るところの「名前」とは別物の話だったようだ。
物語の本筋とは関係ない部分ばかりの引用が長くなってしまったが、いやいや、読み応えのある作品だった。筆力もある。もう少し読み続けてみたい作家であることはまちがいなさそうだ。
ただ、劇中劇というか、小説の中で別のものがたりに流れて行く「癖」は、Morris.にはちょっと勘弁してもらいたいところである。
それと4pにあるカタカナだけの韓国語のやりとりの中で
「ドンコヘヨ」

「カンガンタンヘッタ」
というのが良くわからなかった。ハングルならすぐにでも辞書で調べられるが、カタカナだと実際の表記がわかりにくい。
わかる方あれば、ご教示願いたいm(__)m

と、昨日書いたら、微ニ入ルソウルの杉山さんから、全訳が送られてきた(^_^) 何でもネットで試し読みのサイトがあって、そこで、冒頭の数ページだけが読めるらしい。せっかくだから、カタカナ韓国語部分と杉山訳&補遺を全文掲載しておく。

「サランヘヨ」→愛してる、好きだよ
「チョッヌネ パネヨ」→一目惚れする
「ドンコヘヨ」→同棲してる(通行人の会話なら「同棲しよう」ではないでしょう)
「オディソ マンナショッソヨ?」→どこで会いました?
「テハッキョ」→大学
「プモニムケソ パンデ アナショッソヨ?」→親は反対しなかった?
「ハショッソヨ」→しました
「オンジェ ククス モギョチユルコエヨ?」→いつ麺を食わせてくれるの→いつ結婚式の麺を食わせてくれるの→あなたはいつ結婚するつもりなの?
「ナップン サラム……コージンマルチェギ……コプチェギ……」→悪い人、嘘つき、臆病者
「クマンナセヨ! サラム サルリョ!」→やめなさい。人を生かしなさい(それ以上したら死んじゃうでしょ、みたいな意味かと思われます)
「マジヤッタ……カンガンタンヘッタ……」→(マジャッタなら)殴られた。強姦された。
「イムシンネッソヨ」→妊娠しました。
「ススル……ピ……ピ……ピ……ピ」→手術、費、費、費、(手術代のこと)


杉山さんに感謝m(__)m 
それにしても、おおよその読者は、この部分理解不能だろう。著者はこの部分を韓国のイメージを喚起するための擬音として用いたのだろうか?


10012

【香田証生さんはなぜ殺されたのか】下川裕治 ★★★☆ イラク戦争時、2004年10月アルカイダに捕われ殺害された香田青年。彼は、自衛隊派遣という状況の中で、援助とか報道とかには関係なく、単に純粋なバックパッカーとしてイラクに入ったということで、事件後ものすごいバッシングを受けた。
6年前になるのか、当時Morris.も、この事件に関しては、殺害された青年には批判的だったと思う。
しかし、著者はこの事件を他人事は思えず、彼の殺害事までの足跡を順にたどり、哀惜の情をもって旅行者の死を悼んでいる。
そして、日本人のこういった集団ヒステリー反応に、静かな怒りさえ覚えているようだった。

日本の民意の高まりもなく自衛隊はイラクに派遣された。しかし、ネットを中心に誘拐された日本人家族へのバッシングをつづける人々も、自衛隊の派遣問題に強い関心や主張があるわけではなかった。その裏には二つの可能性が仄見えてくる。ひとつは日本政府が背後で動いて世論の高まりを演出していった可能性だった。政治的なグループを利用したことも考えられた。そしてもうひとつの可能性は、弱いものを攻撃して溜飲を下げるという日本社会の病んだ部分だった。誘拐された日本人の家族が、なにも反論できないというサンドバッグ状態に追い込まれたことをいいことに、日頃のストレスを発散させていく無責任な発想だった。インターネットがもたらした匿名の世界は彼らにとって格好の攻撃ツールだった。

今思い返すと、この二つの可能性はどちらも正解で、両者が呼応しあってのことだったろう。Morris.もうっかりこれにひっかかってしまったらしい(>_<)
著者がアンマンで、ヨルダン人原理主義者の学生たちとの会話から受けた感想が印象的だった。

いま、世界で起きている環境問題や戦争の元凶は、キリスト教というよりプロテスタントに行き着くのだという。プロテスタントたちは労働を美化し、効率優先の社会をつくりだしていった。産業革命からの流れである。ある時期、それは生活の豊かさに貢献したが、いまでは逆効果が出てきている。そのひずみが、地球をとりまく諸問題を引き起こしている。それに比べるとイスラム教は、誕生して以来、ほとんど新しい教義をとり込まずにつづいてきている。その意味では、プロテスタントより本来の人間らしい生き方に根ざした宗教なのだ。欧米人はイスラム教徒に、「仕事中に祈りをはじめてけしからん」というかもしれない。しかしイスラム教徒は、それによって安らぎを心のなかに獲得していく。イスラム教は不労所得を禁じている。だから銀行の利子も経験な信者は受けとろうとはしない。その結果、通貨暴落とか財政破綻を引き起こすマネーゲームに振りまわされずにやってこられたのだ。
誰かの受け売りのような気がした。原理主義の思想的指導者のなかに、そんな論理を展開している人がいるのかもしれなかった。
蠱惑の理論なのかもしれなかったが、一面の真理を突いていることは確かだった。イスラムにもさまざまな問題があることも知っている。シーア派とスンニ派の対立はどうなのかともア思う。しかし彼らが口にする論理を耳にすると、一度、しっかりとイスラム教というもの勉強しなければいけない気になってくる。


これほど素朴にしかも真摯に心情を披露する著者は1954年生まれ。Morris.より5歳若いのだが、旅行者としては大先輩、というより、元祖日本バックパッカーみたいな人で、Morris.も彼のタイ、東南アジアを中心とした旅行書はかなり読みあさったことがある。その彼が、イラクでの「無為の死」に、彼なりの異議申し立てを行っていたという事実に、頭が下がってしまった。

「旅とはそういうものなのだ。確かな目的もなく、知らない国に分け入っていく。旅はそれでいいはずだ」
この発言は、二十代の前半から旅ばかりつづけてきた僕の精一杯の反発なのだろう。その真意をどれだけの人が理解してくれるのかという自信もない。しかし旅に染まった日々を過ごしてきた僕はこの言葉を曲げるつもりはない。


あとがきのこの一文に著者の矜持が示されている。そして、Morris.もこの言葉に大いに共感を覚えるのだった。


10011

【チルドレン】伊坂幸太郎 ★★★☆☆ パンクギタリストでエキセントリックな陣内を主人公にした5篇のオムニバス短編で、大学生時代の銀行強盗人質事件と、卒業後家裁調査官として、ユニークな少年指導を行うものとを交互に配して、時間的広がりを持たせているし、脇役たちがそれぞれいい味を出している。特に生まれた時から盲目の永瀬の、超能力に近い、感覚と頭の良さには感心することしきり。
陣内は歌もうまいらしく、人質になったときアカペラで「ヘイ・ジュード」をポール・マッカートニーそっくりに歌って、緊張感をほぐすし、おやじバンドではまた別のビートルズナンバーのバッキングをやってる。

演奏がつづいていた。「アイ・ス・ハー・スタンディング・ゼア」だ。たた、僕の知っているビートルズの演奏よりも、音に厚みがあったし、速かった。
聴く者の身体を刻むような、ギターのカッティング、それに合わせて、しわがれた声が駆ける。英語の歌詞が、パンロックに相応しい荒っぽい歌声で、撒き散らされる。ただの喚き声とは違う。ぎゅっと引き締まった塩辛さを感じさせる、魅力的な声だ。


細かいところをくだくだ説明せずにこのように演奏を表現できるというのは、かなりのものである。
陣内の、読者を戸惑わせる行動様式や、ひとり突っ込み的な、ゆるいユーモアも面白かった。
家裁調査官のことも、専門書ばかりでなく、現実の職員に取材して物語に活かしてるし、なんとなくありえないシチュエーションが多いなと思ってたら、あとがきに「出来上がった話は、現実から離れたものとなりましたが」と、きちんとふぉろーしてあるし、やはり、この人のものはもう少し読み続けてみたい。


10010

【クジラは誰のものか】秋道智彌 ★★★☆☆ 
「クジラはとても頭がよくて、神聖な動物」だが「乱獲で絶滅の危機に瀕している」から「食べるなんて野蛮だ」……。いまクジラ問題は環境保護の観点だけでなく、国際政治経済をも巻き込んだ一大事である。けれど、そもそも反捕鯨の国や団体の主張は正しいか。捕鯨ははたして「悪」なのか。どうしても感情的になりやすいクジラ問題を、あらためて歴史的、文化的、地球環境的、経済的に整理。その上で、人類とクジラのあるべき将来像を考察する。

とりあえずカバーそでの惹句を引いておいた(^_^;)
最近も話題になったグリンピース、シーシェパードの蛮行には、温厚な(^_^;)Morris.も怒りを禁じ得ないが、まずは、客観的状況を知ることから始めるべきだろう。

地球上にはたくさんの種類のクジラがいる。人間のほうも多様であり、集団や地域ごとに文化、言語、習慣の違いがある。だから、クジラと人間のかかわりを考える場合、クジラ一般、人間一般を対象とした議論は前提とすべきではない。

これが著者の基本姿勢であるが、本書では、捕鯨の問題だけではなく、クジラの生態や、民俗や、歴史についても総括的に紹介してあり、興味深い。

日本近海での捕鯨に進出した米国は捕鯨船の寄港地の必要から、ペリー提督を日本に派遣した。ペリーは1853,54年に来航し、米国捕鯨船の補給基地として日本に開国をせまった。それが江戸幕府の終焉につながったことは周知の事実である。ほぼ同時期のペンシルバニア油田発見により、鯨油の価値が下落し、欧米の捕鯨業自体もそのご衰退する元となった。

そうか黒船来航は、捕鯨船の寄港地確保が当初の目的だったのか。中学校で習ったかもしれないがすっかり忘れてた。

裁判の公判のなかで、原告の日本側からクジラ・イルカを殺すことを批判するなら、あなた方はウシやブタを同じように殺しているではないか、との異議が出された。これにたいして、弁護人側からは「ウシやブタは家畜であり、人間が管理しているから殺すことは人間の裁量であるが、クジラは野生動物であり勝手に殺すことは一体誰の許しを経ているのですか」との反論が出された。
弁護側の発想は、野生動物と家畜の管理者が人間と神とで峻別されるとする考え方に基づいており、日本人としてはとても理解に苦しむこととなった。たしかに、野生と家畜の違いは自然と人為の二元的な区分と対応する。しかし、日本人は野生と家畜の違いを超えて動物の殺戮にたいして弁護側にあるのとは異なった考え方をもっている。野生も家畜も同じ生命をもつ存在であり、人間と動物はともに霊を宿している存在である。人間を中心とした動物との距離は西欧的な二元的構造をもつものとは言い切れない側面をもっているのではないか。


東西の生命観の違いかな。それにしても、家畜とか管理というのなら、韓国の食用犬は何ら避難されるものではなくなるし、鯨も、何らかの形で管理出来さえすれば、OKなのかな?

どの集団がクジラを穫り続けることを保証され、またどの集団が捕鯨から撤退し、また撤退することを余儀なくされるのか。
セントキッツの国際捕鯨委員会で、反捕鯨国と捕鯨推進国の数は拮抗している。そのため、いずれにせよ四分の三以上の賛成を獲得するまでの道程は遠い。そして数からいえば、クジラを食する人間は少数派に属することは明らかだろう。
しかし、どんなに数がすくなくても、人間として生きるうえでの生存権、人権、文化への固執は尊厳をもって主張すべきである。


しかし、反対派は、こんな発言は聞こうともしないんだろうな。
これは直接クジラとは関係ないが、エスキモーのことで印象に残る一節があった。

イヌイットやエスキモーの用語を使うさいにも注意を要する。エスキモーはもともと「生肉を食べる人」の意味なので、差別につながるとする意見もかつてはあった。しかしいまではアラスカの先住民にたいしてはエスキモー、カナダやデンマークに居住するモンゴロイド系の先住民に対してはイヌイットの用語が定着している。

ああ、そうか、エスキモー復活したのか。よしよし。イギリス人だって「ビフィータ・ジン」飲んでるもんね(^_^;)
馬喰という言葉も懐かしいぞ。


10009

【諜報的(インテリジェンス)生活の技術】佐藤優 ★★★ ロシア大使館で「外務省のラスプーチン」と呼ばれた男で、田中真紀子との確執が有名。本書は雑誌「KING」に連載された「野蛮人のテーブルマナー」と、いくつかの対談で構成されている。
対談相手が、鈴木宗男、田中森一、筆坂秀世、村上正邦、アントニオ猪木といった顔ぶれである。要するに一筋縄ではいかない面々である。
情報、諜報、に深く関わった人だけに、Morris.のような能天気な人間とは人種が違うようだ。

筆者自身は右翼・保守陣営に所属していると考える。筆者の理解では、人間の理性を信頼し、合理的な計画で理想社会を構築できると信じる者が左翼・市民主義陣営をつくっている。これに対して、人間の理性や知恵は、しょせん限界のあるものなので、合理的な計画でつくった社会などろくなものではないと諦め、人知を超えた伝統や文化、さらに神様や仏様を尊重するのが、筆者が理解するところの右翼・保守陣営である。

といったところが彼の拠って立つところらしい。いちおう本書はビジネスマンにも役立つ戦略本ということになっている。ともかく、独特の文体を持ってることは認めよう。

以下の記述は筆者の創作で、事実ではない(ということになっている)。

なんていう前振りでゴシップを語る手法は、使えそうである(^_^;)

筆者は一度だけ、1998年末に東郷氏に連れられてモスクワにあったベレゾフスキーの事務所兼豪邸を訪れたことがある。モスクワ南部のパブレツキー駅の向かい側で、外から見たところ、貧弱な公民館のような入り口だが、内部は徹底的に改装された豪邸だった。外部を貧弱にしておくのは、一般の人々から嫉妬されないようにするためだ。

こういったソ連関連の小ネタには面白そうなものもあった。
連載してたKINGが廃刊になったため急遽最終回になったときのややこじつけめいた言説が一番印象的だった。

ギリシャ語にテロス(telos)という言葉がある。これは、「終わり」と「目的」と「完成」があわさった言葉である。
異業種勉強会や、趣味の会などを立ち上げるときも、まず、会をいつ終了させるかについて決めておくことが大切である。一旦できあがった組織は、必ず組織自体が生き残ろうとする本能をもつ。会を立ち上げるときに、解散についてきめておかないと、組織の生き残り本能に翻弄されて、本来の目的以外のところで大きなエネルギーを消費するようなことになる。この場合、解散については、目的が達成されたときと一定の時間が経過した時の双方について、とりあえず合意しておく必要がある。
離婚は結婚の3倍くらいのエネルギーがかかるという。筆者自身、離婚の体験があるので、そのことは皮膚感覚でよくわかる。プレイヤーは同じなのに、なぜこのように非対称なことになるのか、考えてみよう。結婚のときは、お互いに善意を想定している。従って、ひとつひとつのことが、比較的すんなりとまとまる。これに対して、離婚の場合、相手の悪意を想定する。従って、双方が最悪のシナリオについて考えるので、話がもつれるのである。


Morris.は離婚体験がない(^_^;)ので、どうのこうの言えた義理ではないが、なるほどなあ、と思った。


10008

【空の中】有川浩 ★★★ 「阪急電車」が面白かったので、他の作品も読もうと思いながら、えらい人気らしく、図書館ではほとんど貸出中、やっと見つかったのがこれ。電撃大賞をとった「塩の街」に続く第二作目らしい。
四国沖高度2万m付近に浮遊していた謎の巨大生命体に民間貨物試作機と自衛隊機が衝突して爆発。自衛隊機パイロットの遺児瞬と幼なじみの佳江、試作機開発会社の調査員高巳と自衛隊女性パイロット光稀、二組のカップルが、生命体とそのかけらをめぐっての攻防に巻き込まれる。
試作機パイロット遺児真帆が立ち上げた反生命体団体に瞬がとりこまれ、両陣営の綱引。SF的なプロットと、登場人物の会話などは、なかなか上手くできてると思うのだが、基本的にゲーム小説というのが苦手なMorris.には、馴染めないものを感じた。 変に教育的筆致が鼻につくし、見事なまでの事態の単純化、やはり小説以前のものなのだろう。
9章それぞれのタイトルを一続きの文章(子供たちは秘密を拾い、大人たちは秘密を探し、秘密は高度二万に潜む。人々はそれを裏切って、子供は戻れぬ道を進み、誰も彼が未来を惑う。混迷は不意に訪れるも、秩序の戻る兆しはそこ、最後に救われるのは誰か。)にしたり、生命体のニックネーム「白鯨」、反生命対団体「セーブ・ザ・セーフ」の対峙は、反捕鯨団体グリーンピースのパロディだったりと、けれんみの強さは、好き嫌いが分かれるところだろう。Morris.は嫌いではなかった
充分魅力はあるし、才能にも恵まれているのだろう。もう少し読んでみたい作家ではある。
ところどころ気になる言葉遣いが目に付く。

大仰な台詞だが、実情はもはやそれがそぐったものになっている。

「そぐう」という言葉は、普通「そぐわない」という形で使用することが多いからか、こういった肯定的な使い方には、ひっかかってしまう。これはMorris.の特殊な見方(偏見(^_^;))かもしれないけどね。


10007

【トイデジLOVERS!】鈴木文彦編 ★★★☆ 「おもちゃデジカメ」である。もともと民生デジカメなんてモロ玩具でしかなくて、Morris.はその頃からの愛好家だと思うのだが、トイカメラというのはフィルムカメラ時代からあって、一部でカルトな人気を集めていたらしい。LOMOというのがその代表的機種とか。本書はそのフィルムトイカメラ中心にした雑誌「SNAP!」の別冊である。
いつの間にかデジカメがフィルムカメラを押しのけて普通のカメラに取って変わった時代に、わざわざそのデジカメの画素を落としたり、変わった効果狙ったり、奇抜な本体デザインにしたりのマイナーなメーカー品が輩出している。1万円前後の価格帯中心だが、中には普通のデジカメでもトイカメラ的テイストを持ったものも紹介されている。
Morris.は最初、いわゆる「チープな写真」くらいに思って、本書を手にとったのだが、なかなかどうして、この世界は相当に奥深いらしいし、トイデジならではのぐにゃり効果(CMOSという部品の特性)、緑かぶり、ビビッドカラー、トンネル効果等々いろいろいな特徴がある。
しかし最近のデジカメは色んなモードを持ったものも多いし、使い方次第だろうな。

「トイデジ」はカメラのジャンル名ではなく、使う方の心意気を表現する言葉だと考えています。

と、イントロに書いてあったが、そういう意味では、Morris.のデジカメも手持ち魚眼レンズ使ったり、最近はまった白黒モード、前機搭載のワンポイントカラーなどはトイカメラ的だし、何よりも芸術性より面白さ狙いのMorris.の本質はトイカメラ愛好家に通ずると思う。
本書に掲載されてるサイトを見てたら、トイカメラブログ人気投票みたいなのまであった。上位いくつか覗いて一番気にいったのが「LOMO日和」というブログで、これはトイデジではなく、フィルムのトイカメラを使ったものだが、いかにもトイカメラ写真の楽しさと美しさが表現されていると思った。猫好きで、観覧車とコスモスに固執してるあたりに何か共感を覚えた。このブログ作者は写真集も出してるらしい。


10006

【和風モダンの不思議】文・初田亨 写真・増田彰久 ★★★ もちろん写真家の名前で借りてきた(^_^;) 和風モダンそのものがやや曖昧だが、近代和風建築と大差ない意味だろう。
見開き左側が写真(モノクロ)、右が解説というほとんどコラムみたいなもの(数件は写真2p追加)の寄せ集めで100件弱が収められているが、中にはMorris.にとって懐かしい建物があったり、思わず笑いそうな物件もあった。
一番びっくりしたのは、佐賀県武雄温泉の楼門と新館がとりあげられていたことだった。しかも設計が辰野金吾というのがびっくりの二乗である。辰野は日本の西洋建築のボスみたいな人物だ。
そういえば、Morris.子供の頃、この楼門は有名な建築家の作品だと聞かされたような記憶がかすかにある。

温泉を管理していた武雄温泉組の組長・宮原忠直の意向で、明治44年に新しい温泉の試掘にとりかかり、大正2年(1913)に新泉脈が発見された。建物の設計は、同県唐津市出身の辰野金吾に依頼している。辰野は日本の建築界をつくってきた人物で、当時の建築界の最高実力者であった。設計をたのまれた時には、東京駅の建設に熱中していた。宮原は日田の咸宜園で学んだ後、東京に出ている。その後復帰して運送店を開き、九州の運送業をまとめ財をなした人物として知られ、県会議員まで務めた人物である。その彼が辰野に設計を依頼したのは、同郷ということもあったと思われるが、同時に、全国的に通用する施設にしたいとの希望があってのことであろう。
リゾートの施設として竜宮城を思わせる楼門と、和風色の濃い建物に洋風を部分的に取り入れた新館が大正4年に作られた。−−辰野は、和風よりも洋風建築を得意としていた。この施設で辰野らしさがみえるのは、楼門よりも、建物の配置や新館の方である。温泉通りの突き当たりに楼門を配し、さらにその軸線上に進化員を置いている。軸線上に建物を配置していく方法は、伝統的な社寺建築にもみられるが、温泉へのアプローとをも含めた、都市的なスケールの軸線の中で建物の配置を考える方法は、やはり西洋建築の影響といった方がよいであろう。そして、新館の窓の桟や浴室の意匠にも洋風建築の影響がみられる。


言われてみればなるほど、であるな(^_^;) 昨年8月末に武雄温泉を訪れて楼門や新館内部のデジカメ画像をいくらかアップしてるので2009年8月31日の日記を覗いて欲しい。(キャプションの「旧館」は上の解説の「新館」のこと)
和風ということで、京都、奈良の建物が多い。平安神宮、都ホテル、南座、奈良駅、奈良ホテル、奈良キリスト教会などは、それぞれ親しんでるし、大阪の愛珠幼稚園は適塾を見学したときに外から見てその威容と雰囲気に驚かされた記憶がある。飛田遊廓の「鯛よし百番」は、イパクサとの初対面と、レコード関係者の親睦会がここで開かれたとき、うまく潜り込めたときの印象が強烈すぎる。
神戸では白鶴美術館だけが紹介されている。そういえば、中国青銅器の収集で有名なこの美術館は、住吉川沿いにそのお城のような建物が望まれるし、このあたりは外国人居住地区でもあるので、仕事で100回くらい訪れてるというのに、開館時期に制限があるのと、見学者は懐中電灯持って見てまわるという伝説(^_^;)にびびって、まだ一度も入場していない。冬季は休館中で、春季は3月6日から6月6日まで開館してるらしい。建物をじっくり見るだけでも意味がありそうだ。ぜひ今年中に訪れてみよう。
その他ではいわゆる帝冠様式の愛知県庁舎もとりあげられているが、初田氏は否定的である。
お目当ての増田写真は、、一つの建物一点と、A5版という制約が大きすぎたようだ。雑誌掲載時には数点が付せられただろうし、もう少し大きな画像ではなかったろうか。
彼ならではの素晴らしいショットも多いのだが、いかんせん食い足りなかった。
本書はMorris.のように写真集、ガイドブックとして読まれるべきでなかったのかもしれない、そういう意味ではちょっと申し訳ない気がしないでもない。


10005

【時には懺悔を】打海文三 ★★★ 彼の2作目になるのかな。探偵が殺されて、別の探偵が犯人探しをするという話だが、そこに重度の身障児が絡むことで、不思議な味わいを持たせている。
探偵志望の女性を助手に押し付けられた探偵が、結局は女性たちのパワーに圧倒されていく過程がおかしかった。
本書はミステリーというより、特殊なメルヘンなのではないかと思えた。打海の作品はほとんどが、彼独特のメルヘンなのかもしれない。
これでほとんど彼の作品は読み終えたことになるし、新作は出ないのだから、これで打海ワールドとはお別れということになりそうだ。
一番の傑作はやはり「ハルビンカフェ」を措いてないと思うが、再読することはないだろう。
この期におよんで、彼の筆名は「うつみ」ではなく「うちうみ」と読むことに気づいた。最初の頃はずっと「内海」と誤記してたこともあるし、どうも、Morris.は最初から最後まで、彼の良い読者には成り得なかったようだ。


10004
【地を這う魚】吾妻ひでお ★★★☆ 「ひでおの青春日記」である。傑作「疾走日記」以後、やっと自分の青春時代を作品化できる境地に至ったものとみえる。
初期の最高傑作が「不条理日記」(Morris.は未読(;;))ということからして、日記という形態が彼の本領発揮できるものなのかもしれない。「うつうつひでお日記」シリーズの現在進行形の作品もそれなりに面白かったが、本書は、60年後期の、マンガ家志望の若者群像を描くという意味でも興味深い作品だし、虚実、戯画化、韜晦が絡み合う中、空中を泳ぎ回る魚や怪物たち、その濃密な幻想世界が駒からこぼれ落ちそうなサービスとあいまって、いかにも吾妻らしい作品になっている。
いててどう太郎(板井れんたろう)のアシスタントとしての仕事場風景、動物に仮託した仲間たちの日常が、異常にリアルに迫ってくるるのは彼の特殊な才能と力量のたまものだろう。
実を言うとMorris.は「失踪日記」以前の吾妻作品はほとんど知らないでいた。絵柄はお馴染みではあったものの、それほど関心も持てなかった。いわゆる「萌え」の元祖とも目される、美少女キャラだって、どちらかというといしかわじゅんのキャラが好みだった。
いしかわのマンガ評論でも、吾妻のことをライバル視しながら、彼我の差異を反芻している。
しかし、こういった両者がそれぞれの世界を構築し、それなりのファンを獲得していることが、日本の漫画界の豊かさの一端を証明してるのかもしれない。


10003

【西洋館を楽しむ】増田彰久 ★★★★ 建物写真では一番好きな写真家による、入門書めいたものだし、ちくまプリマー新書の一冊ということで、写真も小さいのだが、コンパクトでよくまとまってるし、漫然と建物の写真撮ってるMorris.が気付かなかった撮影のコツや秘訣なども披露してあるし、やっぱり小さくても写真それぞれが素晴らしい。
表紙がハンター邸というのも点数に加算されてる(^_^;)

明治に入ると駅が都市の玄関になる。しかし、どの都市でも駅は町の中心にはつくることができなかった。鉄道建設に強い反対があったからである。大阪を始め、京都、名古屋などの大都会も例外ではなかった。各地でとんでもないところに駅が誕生したことにより、江戸時代の都市の構造は大きく崩れていく。駅から町の中心までは道路でつなぐことになり、そこで駅前大通りが生まれていく。この通りが、新しい町の骨格となり町を大きく変えていった。駅は都市のイメージの中心として、新しい核となったのである。

明治といえば赤レンガの時代で、工場をはじめ駅や銀行など、あらゆるものが赤レンガで建てられた。赤レンガほど日本人に明治をイメージさせるものはない。西欧では数千年の歴史をもつレンガも、日本では幕末から明治そして大正12年の関東大震災までのおよそ60年というほんの短い間でしかなかった。

(キリスト教教会を)建設するときこれだけはどうしても譲れないというものがある。それは、どんな場合でも建物を縦長に使用するということである。キリスト教の儀式を行うときに人の流れが縦であるからだろう。日本の神社仏閣は、建物の正面に入り口を付け、そこから左右に長く伸ばして造られ、全て横長に建物を使っている。キリスト教徒は、縦のものを「聖なるプラン」、横の使い方を「悪魔のプラン」と呼んでいる。


こういった基礎知識(それでいて気が付きにくい)も有用で、面白くてためになるが、やっぱりMorris.には「西洋館を撮る」というコラムが一番印象に残った。

[建物撮影の3ポイント]
1.空間表現−−建築には外部と内部の空間があるが空間は実際に目ではみえない。見えているのは、それを生み出している屋根や壁、床や天井などである。写るのはこれらのぶざいであるが、建築の空間をハッキリと意識して撮影しているかどうかで写真のもつ説得力が違ってくる。
2.テクスチャー(質感)表現−−建築には構造材から仕上げ材まで、多くの変化に富んだ質感をもつ材料が随所に使われていて、これらが建築上の大きな表現効果となっている。西洋館では古くからの木、石、土、漆喰をはじめ明治の新建材であるレンガ、鉄、コンクリートなど多種多様である。このためテクスチャーをいかに表現するかが、建築自体を正しく伝える一つの手段となる。
3.ボリューム表現−−目で見た感じのボリュームを写真で伝達するのは大変に難しい。写真は生まれながらにしてプラス志向の強いディアである。そのため小さい物を大きく、狭い部屋を広く見せたりするのは得意だが、この逆はとても難しい。それほど広くない部屋が、写真で実際より広く見えたりするのはこのためである。それでは正しいスケール感を表現するにはどうすればいいかというと、何でもかんでも広角レンズを使用しないことである。人間の目は良くできていて、目玉がグルリと動くのでかなり広角のように見えるが、どう見ても小型カメラの28ミリくらいではないか。よく、全部が入るからと言って超広角で何でも撮影する人がいるがやめた方がいい。


特に最後の部分は、魚眼レンズ常用者Morris.にはやや耳の痛い提言だった。
また彼の建物写真にはほとんど人物が写ってないが、これは人間は人間に最も興味があるから、人物が写っているとそちらに目がいってしまうからとのこと。なるほどね。
最終章では彼が選んだ西洋館ベスト10が紹介されている。
・富岡製糸場・中込学校・箱根富士屋ホテル本館・日本銀行本店・盛美感館・自由学園明日館・小菅刑務所・朝香宮邸・岩崎小彌太熱海別邸・日向別邸
Morris.が訪れたことが有るのは朝香宮邸のみである。それも、ロシア絵本展会場としてで、時間も無かったのでじっくり建物見る余裕がなかった。
入門書という意味からも本書はすべてカラー写真だが、彼の傑作「写真な建築」に収められていた白黒写真のすばらしさが忘れられない。


10002

【灰燼の暦 満州国演義5】船戸与一 ★★★ このシリーズも5巻を重ねて、少しはましになるかと思ったのだが、どうもいかん(^_^;)
腰巻には「刊行ごとに熱中度増大!」なんて活字が踊ってるのが、何か空しい。この巻は昭和12年(1936)、盧溝橋事件から、南京事件までを扱ってるが、例によって敷島四兄弟それぞれの章が入れ替わる構成で、読みにくいったらありゃしないし、この4人とも、どんどん輝きを失ってくる。救いは名前が太郎、次郎、三郎、四郎でわかりやすいことくらいか。
Morris.ノ関心高い満州を主題にした畢生の大作という触れ込みだったから、傑作「砂のクロニクル」「蝦夷地別件」クラスの作品になるのではないかと大いに期待して読み始めたのだが、どうも盛り上がらない。
4人の中では一番魅力的と思えた次郎も、愛犬の死を契機に、馬を捨て、背広を来て車(ルノー)に乗ることになってしまう。長兄太郎はほとんど建国の夢も何もなくして、中国人メイドとのセックスに溺れるわ、末っ子四郎はほとんど操り人形みたいな存在である。唯一踏ん張ってる三郎も南京事件で己の無力さに打ちのめされる。
今後の展開も、ほとんど悲観的であるが、次巻では、起死回生的展開を期待したい。


10001

【されど修羅ゆく君は】打海文三 ★★★☆☆ 登校拒否の13歳の少女、究極の女たらし?の元警官と、結婚詐欺あがりの初老の女性、短躯でマッチョで醜男探偵、美人警察官僚などが織りなす、絶対ありえない愛の物語である。
死体が遺棄された公園に落ちていた野菜の種を少女がプランタで栽培し、その種類から殺人現場を特定するという、持って回ったやり方など、普通の小説では、「造り物」でしかnないが、打海の場合、それを盾にとって、専門大学の教授まで動員して、菜っ葉の薀蓄を展開する場面などは、もろ、Morris.の好みである。

「この苗を見て下さい」ウネ子は野崎の抱えているプランターをしめした。「正式な名前を知りたいのです」
「ツケナだ」氏家は一目見ていった。
「ツケナとは?」
「菜っ葉のことを園芸学では『ツケナ』と呼ぶ」
姫子はウネ子の背後で耳をそばだてる。
「カブという可能性はありませんか?」
「そうか。カブか。カブかもしれんな」
なんだか頼りない先生だ。こんなんで大丈夫かしらと思ったら、氏家はすぐに補足した。
「カブはツケナから分化したんだ。カブ菜という中間の形態もある。根が太るのがカブ、太らないのがツケナ、そう考えればいい」
氏家はここでは狭いからと、隣の実験室へ一同を案内した。黒塗りのテーブルにプランターを置かせて、子細にながめた。
「一本、抜いてもいいか?」
「だめ」姫子は厳しい声でいった。
「きみは誰だ」氏家はウネ子と野崎の間からいぶかしげな視線を向けてくる。
「苗の持ち主なんです」とウネ子。
「根っこを見るんなら、土をほじったらどうかな、先生」新田が代案を出して姫子を説得した。
「多少根が痛むが、枯れやしないから」
「−−−いいわよ」決定権は自分にあるこをと知らしめるように、姫子は鷹揚にいった。
氏家は一番大きな苗の根元を指で掘った。土の下に隠れていたのは、マッチ棒ほどの太さの根だった。胚軸と同じようにかすかな赤味を帯び、そこから細かいヒゲ根が出ている。
「カブかツケナか、まだわからんな」
「これから根が太り出すかもしれない、ということですか?」ウネ子がきいた。
「そうだ、苗が幼い。専門家ならわかるかもしれんが」氏家は腐食土を指で寄せて穴を埋めた。
「ところで、品種を特定することは、きみたちにとって、どういう意味があるんだね?」
「品種がわかれば、それを栽培している土地が推定できるかもしれないと考えたのです」
「なるほど、しかし特殊な品種だとしても、せいぜい産地とか消費地がわかるていどだ。たとえば、これがミズカケナだとしたら、富士山南麓が産地だ。山梨側でも多少作ってる」
「ああ」と新田が応じる。
「もしそこまで土地を絞り込めれば、ありがたいのですが」ウネ子がいう。
「それでいいなら−−」氏家はひょいと実験用のテーブルに尻をかけた。「あのな、カブもツケナも、古事記や日本書紀に記述があるように、太古の時代に中国あたりから入ってきた。つまり日本の野菜としては大根とならんで非常に古い部類に入るんだ。わが国で長い歴史を持っているということが、なにを意味するかわかるかな?」
「いいえ」
「それらの野菜は日本で土着化し、そして分化する時間的余裕を得たということだ」
「もう少し説明を」
「そうだな」氏家はすこし考えをめぐらかしてからいった。「まず、商品経済はごく小さな段階で、村単位に自給自足できていたような古いむかしの話だということを念頭におく」
「はい−−」
「海外から新しい野菜の種が近畿地方に入ってきたとしよう。その野菜が日本全国に広まっていく間に、九州のような暖かい地方に適した品種と、東北や高原のような寒い地方に適した品種に分化していくわけだ」
「わかります」
「分化というのは、人間が自分の好みによって品種の改良を加えると考えればいい。したがって各地方の食生活のちがいによっても野菜の品種は分化していく。たとえば漬け物を好むのか、煮物を好むのか、主に葉を食うのを好むのか、根を太らせて食うのを好むのか、それによって品種の選択がちがってくる」
「そうですね」
「ツケナはながい歴史を持つがゆえに、そして日本人の嗜好にマッチしたがゆえに、それぞれの地方独特の形質を備えた、たくさんの在来の品種を生んできたってことだ。これならわかるか」:
「なんとなく−−」
「きみの田舎はどこだ」
「新潟の八海山のふもと−−」ウネ子は思い出す。「ああ、大崎菜というのがあります」
「それだよ」氏家は得意そうな顔になる。
「小松菜ってのも、在来の品種の一つになるのか?」野崎が質問した。
氏家はうなずいた。「現在の荒川区小松川周辺で古くから栽培されてきたツケナの品種だ。カブの在来品種をいえば、東京には金町小カブがある。関西には聖護院カブだの酸茎菜だの沢山ある。在来品種の多さでいえば、カブよりツケナの方が多いかもしれん。ざっとあげるだけでも、サントウサイ、シロナ、ノザワナ、キョウナ、ヒロシマナ、タイサイ、タカナ、きりがない。それらのなかには、その土地の八百屋にしかないような超マイナーな品種がある。例えばカツオナは筑前地方の正月の雑煮に欠かせない菜っ葉なんだが、東京のスーパーには売ってない。東京の種屋も扱ってないが、九州の福岡あたりへ行けば、家庭菜園でも作ってるよ」


これだけでも、普通の探偵小説としても念が入りすぎてるが、この三日後に、いくらか成長したプランタを持って、別の教授から、さらに突っ込んだ説明を受ける(^_^;)
「洋種−和種、切れ葉−ビワ葉、開張−立性、有毛−無毛」などの対比や、アジア型、ヨーロッパ型などから、8pにわたって薀蓄が開陳されていく。さすがに引用は差し控える(^_^;)
とにかく、このような執拗な専門的説明が、浮いて見えないくらいに、物語の細部が、細かく、高密度に描きこまれている。つまり、かなりにハイテンションな作品ということで、登場人物がそれぞれにエキセントリックで、鋭いくせに人情に弱かったり、こだわりが強いくせに、弱みだらけだったり、と、非常に魅力的である。
特に幼いヒロイン姫子は作者のロリコンを昇華したものかもしれない。
緻密な細部の組み立てに反して、本筋はかなりに無理な、荒唐無稽な作品かもしれないが、Morris.はかなり好きである。
池上某による解説は無しにした方が良かったと思う。



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