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2002秋Morris.ヂョワヂョワ韓国日記
第三部 バックトゥザゾウル
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7時起床。 朝風呂に入り、午前中いっぱい清州を徘徊して昼過ぎのバスでソウルに向かうことにする。 あまり時間もないし、どこに行こうか地図を見てたら、割と近くに清州大学があり、博物館もあると言うので、バスで大学前に出る。 校門から高台に向かって、プラタナスの並木のある広い車道がずっと続いている。普通の大学とはえらく感じが違う。案内図を見るとすごく広範囲にわたって校舎や関連建物が分散している。 車道は一般車道みたいだ。ということは、この大学は街路の中に各学部が分散していると言う造りなのだろうか。 9時前にやっと博物館を見つけて中に入る。 入り口のドアは開いてたから、開館してるのかと思ったのだ。階段の下に若い女性がいたので、博物館見物できるか尋ねたら、ちょっと不審そうな顔をしながら、わざわざ事務室まで行って鍵を借りてきてくれた。 実はここの開館時間は9時半からだったのだ。 1階には、装身具や木製の箱、刺繍、絵画などが展示され、古い指抜きなどは嬉しかった。素朴な石の童子像はかわいらしかった。 次は2階に案内されて、厳重な鍵を開けてもらい、中に入ったらかなり広い展示室いっぱいに、土器、陶磁器がずらりと並んでいてちょと、びっくりした。 97年に開校50周年を記念して開設されたらしいこの特別展示室は、大学の博物館とは思えないくらい、充実したコレクションだった。 須恵器や、土器から、お得意の青磁、白磁、粉青沙器まで、国宝級のものはないにしても、充分鑑賞に堪える品が揃っていた。粉青沙器贔屓のMorris.も、最近はやや白磁の魅力に負けそうになっている。 ここの白磁の小さなとっくりなどは、これで酒を杓いだらさぞ美味しいだろうなと思った。 案内してくれた女性は、ハン・エランという貿易関係の学部の大学生だった。 韓国で今流行の穴明きジーンズはいて、気さくないい子だった。 清州が気に入ったと言うととても喜んでくれた。 しばらく大学を見物することにしたが、どうも全体がつかみにくい。なんとなく神戸大学と似ているような気もした。 バスでユッコリシジャンに出て、最後の市場見物しようと思ったが、見事にバスに乗り違えたようで、川を越えてしまったので慌てて降りたが、どこなのか良く分からない。 橋を渡って、戻っていくつもりがまたまた道を間違えて、中央市場に出てしまった。ついでだからと見物したが、これもまたたいしたことはない。 またバスに乗って、今度はちゃんとユッコリ市場に到着した。時間が無いので、さっさっと見て、途中銀行で両替。今日のレートは100円=985ウォンだった。 11時過ぎに旅館に戻り、一休みして、アジュマに別れを告げ、バスでターミナルに。 電柱に「イパクサ」という文字だけのビラが貼ってある。 キス観光ナイトクラブの宣伝のようだが、パクサと関係あるのだろうか。あとでパクサに聞いてみたら、単に名前を利用されてるだけとのこと。それだけイパクサが名高いことの証拠だろう。 観光案内所のアガシに挨拶して12時半発の南ソウル行きバス(5,600ウォン)に乗る。 行き先からすると、高速ターミナルではなく、例の南部ターミナルに着くのだろう。 今日の昼食もバスの中でキンパ(2,500ウォン)である。以上までバスの中で打った。
昨日、今日とかなり歩いたのでちょっと疲れているようだ。バスの中でしばらくうたた寝していた。 2時にソウル南部ターミナル到着、地下鉄乗り換えて鍾閣の定宿「ウォンガプ旅館」に着いたのが3時ちょうど。アジュマがいなくて、新しいお手伝いさんは良く分からないみたいなので、料金は後で交渉することにして、211号室に入る。 この部屋はこれまでのに比べてちょっと狭いようだ。 そのかわり風呂+トイレはだだっぴろい。Morris.は狭いのは馴れてるから別に文句はない。 この旅館の娘は、絵を描くのが好きで、玄関にも、廊下にも、客室にも作品が飾られている。 前回の旅でも、少し紹介したが、折角だから、今回も2,3枚紹介しておこう。 具象画も抽象画もどちらもこなすみたいだが、Morris.は圧倒的に抽象画の方が好ましかった。 ちょっと昼から下痢気味だ。これはまずいと、近くのデド薬局で薬を買う。 2種類の錠剤4回分で4,500ウォン。高いような気がするのはMorris.がすっかりウォン=円の頭になってるからだろう。 6時にYMCA前でミンヒさんと待ち合わせ。 時間どおりに来たのだが、何となくそわそわしている。携帯電話を学校近くのコピー屋に忘れてきたらしい。その携帯に電話して店に預かってもらうようにしたらいいと言ったのだが、今時の女子学生らしく、ケータイがひとときでもないと落ち着かないようだ。 とりあえず、インサドンの、オルゲンイ店に行く。 今回は間違わないようにちびくろで前々回の旅行日記の写真を見せて、目的の「オルゲンイクッパブ」を頼んで美味しく食べる。ミンヒさんは、初めて食べるとのことで、美味しいとは言いながら半分近く残す。 その後「自由夫人」と言う飲み屋に入ろうとしたものの、ここは食事がメインとのことでパス。 どうもミンヒさんがケータイに気が行ってるらしいので、とりあえず取りに行こうとバスで、大学まで行き、無事ケータイ取り戻したら、とたんに彼女の表情が明るくなった。 余分な時間を使ったので、ミンヒさんの家の近くで飲もうと言うことになり、バスを待っていたら、偶然ジュンヒさんと出会う。 一緒にチョンニャンリまで行き、ミンヒさん居住地のサガジョンまで205番のバスに乗る。 途中キムスイルさんの店の近くの東部市場を通った。市場の本通りは昔風の趣だが、表通りには、若者向きの店が並んでいる。 やっぱりここは、要チェックである。 ミンヒさん行きつけのホプ「ヨモジョモ」に入る。 ここで2,000ccのジョッキ頼んだら、ドライアイス仕掛けで煙りモクモクの凄いのが出てきた。 ここを出たのが9時半で、これからノレバンに行こうと言うので、1時間コースなら10時半に終わるから、充分地下鉄で帰れると思ったのだが、この「ソリノレバン」という店もミンヒさんの行きつけで、残り時間が3分だと思ったら、いつのまにか12分になったり、後5分になったらまた15分になったりで、これは受付でサービスとして無料で時間延長してくれてるらしい。 結局二人で完全交代状態で、ほぼ2時間近く歌い続けたことになる。 ちびくろノレバンとは、迫力が違う。Morris.は、すっかりのどがつぶれてしまった。 Morris.は、キムヘヨンの「ソウルピョンヤンパンナジョル」に始まり「ファゲチャント」に終わる、ポンチャク中心、ミンヒさんは、x-japanの日本語曲から、韓国最新pops中心と、見事に対照的な選曲だった(^。^) ミンヒさんは華奢な体の割りに凄いパワーで、高音が出る出る。 というわけで、しっかりノレバンを堪能したのだが、店を出たら11時半。すでに地下鉄は終電過ぎてる。 バスは、まだ適当に動いている。 鍾閣まで行くバスはなくても、チョンニャンリまで行くバスならある。というので、これに乗ってチョンニャンリ駅までもどり、そこからタクシーで鍾閣に戻る(5,000ウォン)。 1時前に宿に戻ったが、風呂に入り、ビール飲みながらちびくろで日記打ってたらもう2時過ぎている。 明日は、11時までにパクサ宅に行き、一緒に音楽関係者と会うことになってるし、夜はジェインらと待ちあわせ。 なんだか旅の終わりがけは、結構ハードスケジュールになってしまいそうだ。まだ、東大門も、南大門も、泥棒市場すら行ってないと言うのに。 例の薬は良く効いたらしく、お腹の調子はほとんど問題なし。いい加減疲労蓄積もあるし、そろそろ寝なくては。
7時半起床。 8時半に宿を出て地下鉄でパクサ宅に9時半到着。 パクサの話しによると、今日はキムスイルさんも一緒に、イルサン市のスタジオで、録音と打ち合わせがあるとのこと。これは見逃せないが、今日はパクサの歌はないと言うのでちょっとがっかり。 5時過ぎまでやるらしいので、一緒に帰ると、ジェインたちとの待ち合わせに間に合わないから、途中で抜けることにしよう。 イルサンはソウル市の西北にある街だが1時間半もあれば大学路に着けるだろう。 11時にマネージャーが来るらしいからそれまで待機だが、またパクサがキーボードのリズムボックスとギターで遊び始めた(作曲らしいが)ので、退屈はしない。 パクサはギターもキーボードもそう上手い方ではないが、ポンチャクのつかみは、さすがというか、第一人者だから当たり前だが、目を見張るものがある。 でも、すぐ飽きて、今度はTVを見始めた。パクサとTVを見ているとものすごく世話しない、ほぼ5秒ごとにチャンネルを変えるからだ^^; これはもう習性としかいいようがない。シンパラムもこの性格があってこその産物だったのだろう。 先日同徳大学の日本語弁論大会のときもらったパンフレットの中に月刊「日本語」という雑誌があり、本来日本のアルグが発行している日本語教師のための雑誌の韓国版らしいが、中身は広告以外すべて日本語だった。手元に他の本がないこともあって、ちょこちょこ拾い読みしてたらなかなか勉強になることが書いてある。 たとえば相手に希望を問うとき「どこどこに行きたいですか?」と質問すると、相手の心理踏み込むので、使わない方がいいとか、ボキャブラリー不足から、一見子供のような状態になってしまうが、それを見て発話者の能力を侮ってはいけないとか、いわれてみればなるほどと思うことも書いてあるが、ブラッシュアップカレッジという疑似大学講座を模した中にある「国際社会学部」担当の春原憲一郎の文章は印象深かった。 世界と日本の関係を通して「日本語教育」を考える主旨で、外国語教育と言うのは一方的な輸出産業と捉えている。つまり強国が弱国に、一方的に負担を負わせることのひとつが、国語教育だということだ。 またナイーブを「=能天気」と訳したり、ユニークなところを見せている。 国や民族といった集団のアイデディンティティで鎧うのでもなく、かといって「結局一人ひとり違うんだ」といった個人主義に立てこもるのでもなく、個人と集団のどちらにもくみせず、粘り強いコミュニケーションをしていくことが、今ほど求められている時代(とき)はないのではないでしょうか。また同時に、「どうでもいいや」というニヒリズム、「関係ネーヨ」というシニシズム(冷笑主義)、「愉しきゃいいじゃん」というファナティシズム(熱狂主義)を越えて、隣人との共存の可能性をとことん追求していく、その営みの一つとして「日本語教育」を考えるのが、この学部の姿勢です。 11時に来るはずのマネージャーとキムスイル氏は1時間遅れてやってきた。 ところが車が完全に停車する前にキムスイルさんがあわてて降りようとして、転んでしまい、ちょっと車に引きずられる形になったのでおお慌てで、助け起こしたが、大したこと無かったみたいで良かった。 本当に一時は息がとまりそうになった。 それからまた1時間ほどかかってイルサンのビル内にある、スタジオへ。 ほとんどPC専門スタジオなので、防音装置など無い普通の住まいみたいなところだった。 とりあえず、ここで、パクサ、スイルさんとの3ショットを撮影してもらう。 スイルさんのキーボード(Technics KN-2000)のトランスが無くてスタッフが買いに行ってる間にパクサが、近くの喫茶店からコーヒーの注文をする。 20分ほど持ってアガシが、アイスコーヒーを手提げカバンに入れて持ってきた。 グラスにラッピングばっちりで、一度ひっくり返し、それにストローを挿して、みんなが飲み終わるまで待って、お喋りの相手をする。 一応正装(ベージュ色のスーツ)してる。本物のパクサを見てびっくりしていた。 今日はスイルさんのキーボードをトラックごとに録音する作業らしい。 まず、リズムボックスで、全体のリズムを決めてしまう。それからいよいよスイルさんの出番だ。 ある程度全体の流れは出来ているらしい。スイルさんは、ポイントごとにオブリガートを入れるのが仕事らしい。 3時前にスタジオを失礼して、外に出る。 イルサンは初めて来たが、ソウルの衛星都市で、オフィスビルが多いようだ。道路に沿ってやたら細長くて広い公園があった。 また広場では何かお祭りがあっていて子供たちが集まっていた。 地下鉄チョンパルサン駅の横には巨きなロッテデパートがあった。 1月の釜山ロッテデパートで見た、駐車場案内嬢の振りを見ることが出来るかもしれないと、わざわざ裏の駐車場まで回ってみたが、いちおう案内嬢はいて、インカムでアナウンスしながら車の誘導をしてたが、釜山の優雅な(複雑な)動きとは程遠い平凡なものだった。 3時半前に地下鉄に乗って東大門市場へ出る。今回初めてだ。 実は、ミンヒさんが、漫画「っポイ!」の韓国語版を読んだといったので、これを買いたいと思ったのだ。 どちらにしても一度は覗いておきたい市場ではあるし、大学路6時の待ち合わせまでにちょっとでも寄ることにしたのだった。 4時に東大門市場に着いたら外は雨が降っていた(+_+) ソパンソク社長に、明日か明後日会えないかと思い、電話したら、今南山のタワーホテルにいるからすぐタクシーで来いとのこと。 6時に大学路待ち合わせがあるが、とりあえず、こちら優先、ということでタクシーを捜すが、なかなか拾えない。 どうも、逆方向で待っているらしい。急いで反対側にわたり、やっと拾えたのが模範タクシーだった。ちょっと高級なタクシーで、親切で、相乗りも無いのだが、ちょっと高い。 普通のタクシーなら3,000ウォンくらいの距離なのに9,000ウォンかかった。まあ、それはいいのだが、道が大渋滞でホテルに着いたのが5時。 しかもパンソクさんの姿もない。 ロビーから電話したら、どうも、この本館ではなく、新館の方にいるらしい。しばらく待つように言われたので、そうしたが、10分以上経っても現れないので、ホテルのボーイに頼んで電話してもらう。こちらに向かってるとの答えだったから、もしかしたら別のところにいたのかもしれない。 ロビーのソファでこれを打っている。 ジェインには、6時の待ち合わせを7時に遅らせてもらうよう電話したから、多少余裕はある。それにしても遅いなあ。 以上までホテルで打ったが、さらに20分待って6時近くなったのでまた電話したら、ホテルの前で待ってたとのこと。慌てて出たらパンソク氏がいて、彼も30分待ってたとのこと。 さっきのボーイはどんな連絡をしたのか。 パンソク社長もいいかげん帰ろうとしたところだったとか。すごい時間を無駄にしてしまった。 でもともかくも会えて良かった。ただジェインとの待ち合わせまで1時間も無い。 雨も降ってる。タクシー待っても来ないしどうしようと思ったらホテルバス到着。これで東大門運動場まで出て、近くの喫茶店でやっとゆっくり話しすることが出来た。 さっそく、ちびくろを出して、Morris.部屋のヘヨンさんのページや、日記に出てくる、ヘヨンさんの写真や、紹介記事を、見せたり、ノレバンで「ソウル、テジョン、テグ、プサン」をかけたりして、大いに面目を施す. ヘヨンさんは、今日は木浦で公演だとか。Morris.は、ヘヨンさんにも会いたかったが、パンソク氏に会えただけでもすごく嬉しかった。 さらに何とヘヨンさん直筆サイン入りのものを含めて5枚ものCDをプレゼントしてくれた\(^o^)/ 例の「名品」2枚組みのほか、全く知らないものも2枚あって、ほとんど狂喜乱舞状態である。 ヘヨンさんのホームページ教えてもらい、掲示板に書き込みすることを約束して惜しみながら別れを告げる。ほんと、会えて良かったなあ。 その後地下鉄4号線で、大学路のKFC前で待ち合わせ。 先にソンウン、続いてジェインが来て、彼らの友人であるチェジュンホがシェフをやってる「ASHRE」という店に行く。ここはイタリアンレストランで、生演奏もあるなかなかの店だった。 ジェインもソンウンもたしかに年は取ってるが相変わらずで、ジェインは、無菌美肌クリームを開発して、売り出すところらしいし、ソンウンはホテルの料理室に勤務続けて、10月23日から5日ほど大阪に研修旅行に行くという。これは必ず会わねばと約束する。 9時過ぎにこの店を出て、ノレバンへ。 今日は3人で1時間だから昨日より楽なはずだが、最初から全員ぶっ飛ばしだったので、やっぱり終わったら喉がガラガラになってた。 しかし、今夜の食事や飲み代、ノレバンもすべて二人が出してくれた。土産の一つも持ってこなかったのに。ちょっと申し訳ない。ソンウンが大阪に来たときは歓待しよう。 午前零時にパクサ宅に到着。
7時に目を覚ましたら、外はざあざあ降りだあ。 旅の残り少なくなって最後の日曜日だから、今日は張り切ってソウル見物に徹しよう、黄鶴洞の泥棒市も楽しみにしてたのに、これはちょっと難しいかもしれない。 おまけに下痢がぶり返してしまった(+_+)昨夜パクサ宅で、夜中にちょっとお腹が物足りなかったので、帰り道買った肉饅頭を肴にビール1本飲んだのが祟ったようだ。 奥さんに薬ないかと聞いたら「ソンファカル--松花粉」というのを溶かして飲ましてくれた。 晴れてたら朝の可楽洞市場(ソウルの中央卸売市場)にも行きたかったのになあ。 これは明日というのも残っている。 明日が月曜日で、博物館や美術館など軒並み休みになるから、今日はソウルのミュージアム回りでもしようか。 ともかく、しばらく休憩してから出かけることにしよう。ちびくろはパクサ宅待機とする。 こんな調子だから、食事は遠慮するといったが、パクサは、こういう時こそ柔らかいものを食べておかないといけないという。今日は鶏のスープでお腹にもやさしそうだった。 11時にパクサ宅を出て、まず徳寿宮に向かう。ここには、美術館と宮中遺物展示館がある。 徳寿宮には何度か行ったことはあるが、これらの展示館はまだ入ったことがない。 門の前に朝鮮の服装をした門番が二人立っていた。幸い雨は午前中でどうやら上がったらしい。 700ウォン払って入場。境内に白いテントがずらりと並んで、本が展示販売され、世宗大王の銅像の前ではライブ演奏が行なわれていた。キョウボムンゴの「本の広場」という催しらしい。案内嬢からパンフレットとバッジを貰う。 フェイスペイント、ネイルペイントのコーナーが人気を集め、日替わりで作家のサイン会も行なわれると書いてある。 隣では、複数の版木で、古い本の1ページを木版刷りするコーナーがあり、Morris.も、「正民訓音」の冒頭のページを刷らせてもらった。 もちろんこれも無料で持ち帰ることが出来る。 ここまでは良かったのだが、またお腹の調子が悪くなってきた。 下痢は相変わらずで、今度は腹が刺し込むように痛い。しばらく経つとそれほどでもなくなり、また痛みが出るという状態が断続的に続く。 それに疲労と体力消耗に、睡眠不足が重なって、石段を上がるのがしんどい。休み休みしながら、宮内にある二つのミュージアムを見物。 両者とも建物は西洋風の立派なものだが、中身はたいしたこと無かった。 特に遺物展示館は、王様の使ったものや集めたものと、白木の建築模型、ほとんどがらくたみたいな仏像などが多く、これはもう、見たくない。 美術館ではリュ・キョンチェという画家の、割に大掛かりな回顧展をやっていた。 具象から抽象に移った画家らしく、後期の空間の多い抽象絵画は悪くなかったが、Morris.は、ウォンガプ旅館の娘の絵の方がよほど面白かった。彼女には是非抽象の道に進んで欲しい。 午後からは、徳寿宮の名物とも言える、結婚写真の撮影がそこかしこで行われ始めた。雨の後の曇空というのは撮影には割といい状態ではないかと思う。 宮の裏道を散歩して、カッチ(かささぎ)を写そうとするのだが、全然近くに来てくれない。 腹の具合としんどさのため、なかなか動くことが出来ない。 やっと2時前になって、市庁前の通りを歩いて北上する。途中、結婚式出席の韓服正装の家族に出会ったので一枚撮影する。 国立博物館に行く前に、パルパル旅行のゆかりの旅館「大元旅館」を訪ねてみた。 残念ながらアジュマは、結婚式に出かけているとのこと。中庭は、10年前と比べると相当奇麗になっている。階段も新しくなっている。構造と配置は昔のままで、部屋はあいかわらず汚そうだった。 ほぼ一年間かけて世界25ヶ国を回り、中国からこちらに寄り、日本にもどるというカップルがいて、なぜか懐かしくて色々話しする。 ついでに中庭でMorris.も撮影を頼む。しばらく待ってもアジュマ帰って来ないので、土産の菓子パンをアジュマの部屋において、大元旅館を後にする。それにしても、すごく懐かしかった。 今回の旅では、扶余、公州、清州と3つの国立博物館を回ったから、ソウルは見ないでもいいかと思ったが、やっぱり一度は覗いておいても良かろうと中庭に入ったら、光化門前で、朝鮮時代の門兵の交代儀式が行われていたので、見物する。 そのあと博物館に行ったら、今日は第一日曜日だから無料にすると書いてある。700ウォン儲けたことになる。 駆け足で見たのだが、やっぱり中央博物館だけあってみるべきものは多い。 これで入れ物(建物)がもう少しまともなものならなあと思ったら、パンフレットの裏に「新博物館鳥瞰図」というのが載っている。四角いビルが連立しているデザインはいまいちだが、規模を大きくして、新館ができるというのなら、大賛成だ。 場所もどこか分からないが、あまり遠いところに引越さないで欲しい。 Morris.の一番の願いは、中国室の復活、つまり宋時代の木彫観音像をいまいちど見たいということに尽きるのだが。 ともかく、陶磁器のいくつかと、仏像の何体かを撮影する。 扶余や清州の博物館では、後で見直したら撮影がいまいちだった。これは、ガラスのため、デジカメのピントが目茶苦茶になったらしい。 これを改善するには、ガラスから被写体までと同じ距離を加えた距離で、軽押ししてロックしておいてから、ガラスに近づきそこで本押しせねばならないことに気づいた。それでもこれはなかなか難しい。まあ、清州博物館までの画像よりはましだと思う。 4時前に地下鉄に乗り、新堂で降りて、泥棒市まで北に向かって歩く、泥棒市のだいぶ前から、皮ジャンの露店などが並んでいる。 予想通り、日曜日で大変な賑わい様。通りのバックに並んでいる古いアパートの外部階段は締め切りだったり、タイヤや家具の捨て場みたいになっている。このアパートはすでに廃屋なのかもしれない。 そう言えば、昨日ジェインらと話したとき、ソウル市は、この泥棒市をつぶして、緑地公園にしよう、などという、とんでもない計画を持っているとか。 これには、外国人であるMorris.も、大声で反対を表明したい。 元気なときなら大喜びで、歩き回るのだが、腹痛と疲労で数枚写真撮ったあとは、東大門市場にもどることにした。しかし一向にバスが来ない。しかたなくふらふら歩いてやっと市場に到着したら5時過ぎてたし、疲労は限界に近づいていた。 東大門では、漫画卸屋と、楽器店に寄ろうとしたのだが、いかんせん、日曜日は休みの店が多い。 例の漫画「っポイ!」の韓国語版の1巻目だけでも買おうと思ったのだ。しかし休みではしかたが無い。 その時、確か、鍾閣のヨンボン文庫に、コミックコーナーが出来てたことを思い出して、地下鉄で鍾閣へ。 すぐに「っポイ」の韓国語版は見つかった。1巻から18巻までずらりと並んでいる。結構人気があるようだ。 日本では今19巻まで出ていて、Morris.は17巻までしか持ってないから、18巻を買うことにした。 3,000ウォンというのは、韓国の物価からしたらかなり高いと思う。 7時にYMCAで、杉山さんと待ち合わせ。まさかこんなに体調悪くなるとは思っていなかったのだ。 お腹の調子を考えて「サムゲタン」の美味しい店に連れて行って欲しいと頼んだが、知らないとのこと。 近くの若い子に教えてもらい、その店まで行ったが、ここは専門店ではないから、別の店を探そうと言われる。Morris.は疲れていたので、ここでいいと思ったが、もっと美味しい店があるのならそちらがいいやと、つい同調したのが間違いで、美味しい店があるはずの市庁裏の一角は今日は日曜のため軒並み閉館、交番で聞いたり、他の通りを回ったりしながら、約1時間ほどうろついて、結局最初の店「プサンチプ」に落ち着くことになった。 その間、Morris.は数回疲労で座り込んでしまった。お腹の刺し込みも時々出て、いっそもう帰ろうかと思ったくらいだ。 幸いこの店のサムゲタンの味はまずまずで、お腹もちょっとは落ち着いたらしく、どうにか杉山さんと、ホームページの話しなどすることができたが、Morris.はやっぱり疲れがひどく、2軒目はパスして、この店でずるずると話しして、10時過ぎに解散。 Morris.は6号線で、寝てしまい、目が覚めたら二駅先のソッケだった。しかしここで気が付いたから良かった。折り返しの下りは最終だったらしい。 そんなこんなで、ふらふらしながら、零時過ぎ、パクサ宅に戻ったら、パクサは、新曲の歌詞の整理に熱中していた。 今日は、本当にしんどかったあ。
9時起床。 お腹の方は、まだ幾分重い感じがするが、昨日と比べるとずいぶんましのようだ。 実質的には今日が最後の日だから、見残したものを見て、買い物も少しはしたいと思う。でもあまり無理はしないでおこう。今日もちびくろはパクサ宅待機だ。 まず地下鉄で梨大前に出て、梨花女学院の博物館からスタート。ここはこじんまりしている。 1階では、「詩・書・画」という特別展をやってた。陶磁器や絵、民芸品などの中に文字が書かれているものや、書道用品などを集めたものであまりとりとめが無かった。 小さな水滴の絵柄の可愛いものや、犬顔の魚の磁器などが目に付いたくらい。 実は2階の大学歴史室を楽しみにしてたのだ。 ずっと以前に来たとき、昔の教科書や、制服などが展示されてたので、今回はこれをばっちりデジカメで記録しとこうと思ってたのだ。ああ、それなのに、歴史室はほとんどがらんどうで、壁に写真パネルが貼ってあるだけという、情けなさ。どういう理由かよく分からないが、完全に肩透かしを食ってしまった。 しかたなく、延世大学に向かう途中、ガチャガチャという音に振り向いたら、リヤカーにがらくたを積んだアジョシが、片手に鋏を持ってそれで音を出しているのだった。 これは以前には良く見たのだが最近はすっかり目に触れなかったので、すごく懐かしかった。 形はハサミでももちろん、刃はついてなくて、形もちょっと違う。 アジョシに頼んで写真を撮らせてもらう。最初は嫌がってたが、Morris.がずっとこれをちゃんと見たくて探していたと言うと、快くOKしてくれて、握手して別れた。 延世の博物館も3年ぶりくらいだろう。 こちらは、本当にとんでもなく充実している。土器の収集ぶりなどは、徹底しているし、3階の自然室には、鉱物、植物、昆虫の標本が陳列してあるし、鳥獣の剥製も多い。 裏庭には、石像や石灯篭に囲まれた芝生の奥に韓国で最初の近代式病院「広恵院」の建物が移築されている。羊の石像がとても気に入った。気持ちよくてしばし芝生の上に寝転がっていた。 大学前の8番マウルバスで、独立門前へ。 独立門と、公園、西大門刑務所記念館の前をさっさと通り抜けて、またバスで南大門市場へ。 ここも走り抜けるように見て156番バスで東大門市場へ。裏道の写真をいくらかとって、ホナムチプという食堂で、焼き魚(サバ)定食(4,000ウォン)食べる。前の席に若いオートバイ運送ライダーがいて、ちょっとだけ話しをする。オートバイの荷台に驚くほどの反物を積んで走り回っている姿を良く見る。 その後楽器屋二軒回って「ポムサンサ」と言う店で、ケンガリ(40,000ウォン)買う。 安いのは15,000ウォンからあったのだが、やはり音が全然違うのでちょっと奮発したのだ。 その後しばらく市場をふらふら見物して、バスでチョンリャンニに出て、205番バスで気になっていた東部市場へ。昼間行ってみると、割と平凡な市場だった。しかし、市場からちょっと裏に回ると感じの良いコルモッキルにがあった。 一停留所分歩いて、同じ205番バスで、京東市場へ。 ここは果物市場として有名だ。 隣の韓薬市場まで歩き、29番バスでミアサゴリへ、そこから10番マウルバスでパクサ宅へ着いたのが7時。 今夜はパクサ宅で一緒に夕食を摂ることにしたのだ。今晩のメニューは、何とカレーだった。 まさか、韓国旅行の最後の晩餐がカレーとは想像だにしなかったが、これはこれでなかなか美味しかった。 今日はやたらバス乗り継いでめまぐるしく、あちこち飛び回った感じだが、これは結構楽なスタイルなのだ。 Morris.は、博物館や市場に行くと、とにかく歩き回るので、バスに乗るたびに座って休息できるのだ。 バスだと移動中も市街を見物できるし、面白そうなところがあればすぐ降りて見物できる。その点地下鉄だと、確実に目的地に時間どおりに行けるが、その分面白味に欠ける。 今回、つい地下鉄の1万ウォン切符というのを買ってしまったため、これを消化しようとついつい地下鉄ばかり使う破目になってしまい、後から考えるとちょっと残念だった。 今日はそれを取り返そうという気持ちもあったのかもしれない。 バスだと、降り損なったり、違うところに行ったりすることも多いし、運転も荒いのだが、Morris.はそれを結構面白がる傾向がある。 次回は、バス、地下鉄共通で使える、交通カードを是非使ってみたい。 9時過ぎから奥さんがビールでも飲もうと部屋にやってきて二人で飲み始めたら、10時前に、ミアリ峠のクラブのママという、タヒさんがやってきて一緒に飲み始め、3人でノレバンへ行くことになった。 パクサは酒飲まないし、カラオケは嫌いらしい。 今夜も、あまりいい顔しなかったし、Morris.の疲労のことも考えて、奥さんにやめるよう行ってたが、結局1時間だけと言う約束で子供つれて行くことになった。 行ってしまえば、もうそのままノリノリ状態。子供は騒音に慣れているので^^;平気で寝てしまうし、ノレバンの主人がどんどん時間延長してくれるので、結局1時間40分は歌い続けたと思う。 ソウル最後の夜も、こうやって華々しく?終えることができた。 帰宅したら1時近くで、さらにビール飲んで2時就寝。
[ノレチャランの夢]昨夜のノレバンの余韻が残っていたのか、えらくリアルな夢を見た。どこかの女性プロデューサーが、何かのPRを兼ねた喉自慢を企画し、それにMorris.も出場することになる。二人で、作詞作曲し、いよいよ喉自慢当日となる。入れ替わり立ち代わり出場者が歌う。審査員が意地悪で色々いちゃもんをつける。観客には知り合いが多く来ていて、春待ちファミリーBANDのメンバーもいた。Morris.は一番おしまいの出場で、待っているうちに寝てしまう。慌てて起きてパンツ一枚で舞台の方に走り出す。舞台ではプロデューサーが、Morris.の代わりに歌っている。それを聞いてやっとメロディを思い出したMorris.は、裏側に歌詞を印刷した団扇を持って、舞台へ行き歌い出した。その歌は3番まであって、何度も覚えさせられたが、目が覚めたらほとんど忘れていた。「お祭り音頭」というタイトルだった(^○^) そんな、ややこしい夢を見てたせいか、目を覚ましたらまだ6時だった。これを幸いに、可楽洞中央農水産市場へ見物兼買い物に出かけることにした。 朝の6号線の地下鉄車体にサッカーのアンジョンファン選手のイラストが描かれた車両が来た。 6号線は、ワールドカップ競技場行きなので、それと関連あるのだろう。 アンジョンファンは、清水エスパルスに移籍したから、日本ファンも増えるに違いないからこの写真は貴重かも知れない。 蚕室から8号線に乗り換えて、市場に着いたのが、7時半過ぎ。これまで何度か訪れた事はあるが、たいてい昼間か午後で、一度は、朝の市場を見たいと思って、早めに来たつもりだったが、やっぱり市場の朝は早い。3時、4時でなければ、本当の市場の姿は見えないと思う。 逆にこの時間は、取り引きが一段落して、これから、小売りの農産物を並べる前で、あまり見学には向いていない時間帯かもしれなかった。 そんなことは、関係なく、市場好きのMorris.の血は騒ぐ。 広い構内をぐるぐる巡り、白菜をトラックに積んでるのを眺めたり、玉ねぎの外皮をエアスプレーで剥くさまにびっくりしたりした。 かぼちゃと、林檎はまだせりをやっていて、しばらく見る事が出来た。 仲買の兄ちゃん(たぶん)が、林檎を目の前で割って、半分をMorris.にくれた。これは多分富士だと思うが、とても美味しかった。 途中手押し車のアジュマにコーヒー頼む。例の自販機の紙カップと同じ味、同じ値段(300ウォン)だった。 そのまま、東の畜産市場と水産市場へ。 畜産市場は、まあ大きな肉屋と思えば間違い無い。地階と1階が肉を裁作業現場で、2階は肉を中心にした食堂が並んでいる。 水産市場は、Morris.が一番好きな市場だから、入った時点で恍惚状態。釜山のチャガルチと比べるのは可哀相だし、ソウルならノリャンジン市場の方が規模は大きいのだが、それでもMorris.は、今回釜山には行かなかったし、最初で最後の魚市場ということで、満足だった。 Morris.の好みであるイカの水槽で泳ぐ姿があまり見られない。 たいてい、平台の上に並べられている。それでも数軒は見つける事が出来て、そのうち一軒で1匹買い、その場でさばいてもらう。 本来なら近くの軽食堂で食べるシステムになっているのだが、昼前ということで、まだ開店してなく、水槽のあるところのカウンターで食べる。 酒はないかと言うとソジュを無料でサービスしてくれた。ありがたい。 アジョシが話し好きでいろいろ話し掛けてくる。子供は男女ひとりずつで、息子が中三で受験生なのに勉強嫌いで困るとか、娘は優秀で奨学金まで受けているとか言ってるうちは良かったが、途中でトクト(独島=竹島)問題が出て、ちょっとややこしくなりそうだったので、Morris.が「トクトヌンウリタン」を歌ったら、大笑いで、片付いた。 せっかくだから記念写真撮ろうと言ったら、近くの兄ちゃんと一緒にMorris.を持ちあげての写真になった。同じ棟内の乾物市場で、土産用のスルメと韓国海苔を買う。 スルメは20匹で、1万ウォンから2万ウォン。海苔は大袋が、2,500ウォンから5,000ウォンだった。 パクサ宅への土産に、クルビ(10匹、15,000ウォン)と、葡萄(巨峰 一箱8,000ウォン)も買ったので、いかにも市場に買い物に来た雰囲気になった。 帰路、また地下鉄一駅乗り過ごしたりして、パクサ宅に戻ったのが12時15分。 奥さんが最後の食事を出してくれた。 しばらく休憩してたら、中学生のミナちゃんも帰ってきたので、パクサ宅全員との記念撮影をする。これだけは、デジカメのサイズをSからMに変更した。 2時に別れを告げる。奥さんとソンイルが、バス停まで送りに来てくれた。 途中本屋で、奥さんが、何か本を買ってあげると言ったので、週刊漫画誌「ヤングジャンプ」にする。 2時22分に来た空港バス(10,000ウォン)に乗り、キンポ空港経由で、3時半に仁川国際空港到着。予想通り早すぎるくらいだ。(ここまではバスの中で打つ) 早めに搭乗手続き済まし、空港内見物、と言っても、地下一階の商店街冷やかすだけ。 外換銀行があったので、今回引き出した額と同じくらいを預金しておく。とにかくこれがあれば、いつでもカードで引き出せるのでとても便利だからだ。ちなみに今日のレートは100円=975ウォンだった。 特に買いたいものもなく、ちょっと早めにチェックイン。 こちらの空港も空港使用料は要らなくなっている。これはとてもいい。 1万ウォン得したような気になって、免税店の並びの食堂で、ボソッチョングッチュク--きのこ粥(7,000ウォン)食べる。なかなか美味しかったけど、やっぱり高すぎるぞ。 18:22、定時に離陸。機内では窓側の席で、夜景を撮ろうと思ったが、これはちょっと無理だった。夕暮れの水平線はわりと綺麗に撮れたようだ。 隣席の、奈良から2泊3日の韓国旅行に来た二人連れに、ちびくろでMorris.部屋を披露。外付け充電池で、30分以上ホームページ閲覧しても大丈夫。 ちびくろ本体の電池はほとんど死んでるから、こうなると携帯するときは手放せないな。 20時ちょうどに関空着。JRで六甲道まで1,660円と言うのに、またまた「高あい!!」と思ってしまう。 1万5千ウォンもあれば、ソウルから全州くらいまで行けるのではないだろうか。 大阪は雨模様だったが、六甲は止んでいた。11時前に帰宅。 ほとんどふらふらだったが、何はともあれ、ちびくろとデスクトップを繋いで、今回の旅行日記下書きのテキストをデスクトップにコピー。 その後風呂を沸かしながら、メールのチェック。 ソウルでは最後の4日間は、PC房に行かず仕舞いだったので、ちょっと不義理してたようだ。 風呂に入ってる間に、デジカメの画像を、デスクトップに移す。何と560枚もある(@_@) 風呂から上がってもまだ、取り込みは続いていた。 やっと取り込んだ画像一覧を、超スピードスライドショー(1秒きざみ)で見る。それでも10分近くかかってしまう。 Sサイズがほとんどなので、画面全体に拡大するとちょっと粗いし、手ぶれ、ピント外れが結構ある。でもホームページで使うサイズに縮小すればまず問題はなさそうだ。 それより、この中から、適宜選択して、画像ファイル名をつけて、レイアウトする作業を考えるとちょっとぞっとする。 睡眠不足なのだから、早く寝なくてはと思いながら、旅の余燼で、なかなか寝付けず、結局就寝は3時前だった。
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