2002秋Morris.ヂョワヂョワ韓国日記
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2002/09/24(火)晴●韓国へ●

JRで大坂に出て、関空快速で関空に着いたのが10時45分、ちょっと早すぎたかなとも思ったが、とりあえず航空券を入手せねばと、G-76カウンタで手続き。
あっさりとチケット手に入れることが出来た。
JR内でお土産に持って行く高野文子の「絶対安全剃刀」再読する。うーーむ、やっぱりすごい。
帰国便も同じAsianaの夕方の便で、これでともかくも、韓国観光公社の賞品の授受が完了したことになる。ありがとね→韓国観光公社
時間が余ったので、空港内の化粧品屋で、イパクサが欲しがっていた髪を金色や銀色に染めるヘアスプレー探したが無いということ、しかし、大きな化粧品屋だったらありそうな話しだった。うーーん、こうなると、パクサがもう少し早く連絡してくれたら今回買って行けたかもしれないのにと、ちょっと残念だ。
早めに国際線搭乗の手続きを済ます。いつのまにか、空港使用料が免除されていた。おまけに税関通る時の書類も一部カットと、すごく楽になってる。ただし、機内持ち込み荷物の検査は厳重になってて、バッグに入れてたアーミーナイフは、取り上げられてしまった。インチョン空港で返してもらえるらしいけど、これはちょっと手間だった。
いつまでたっても飛行機に乗るなら、窓際が好きなMorris.なので、今回も「窓際で景色の好い席を」と頼んで20-Aという席を確保。左翼の前方で、なるほど、とても見やすい席だ。
今日は晴れててあまり雲がない。ずっと陸地や海の景色が見えている。でも、もうちょっと雲の色々を見たいなと、贅沢たれながら、機内食(巻寿司その他、貧弱)食べて、缶ビール(Cass)飲みながらこれを打っている。
ちびくろの内蔵電池はほとんど死んでるのだが、実はこの前買ったとき、おまけに?外付け電池が付いてて、これはまだ生きてて、ワープロだけなら1時間半くらい持ちそうなのだった。かなり重いのとかさ張るのが欠点だが、今回はとにかく持ってきたのだった。これで、ちょっとした文章なら外出中、電源無くても打てる。
今回はちびくろ(実は2台目だが面倒なのでこの名前にする)を目いっぱい使うつもりが見え見えだね、これは。
それから30分足らずでインチョン国際空港に到着した。
レートは\100=965ウォン。
とりあえず2万円だけ両替して、空港バス(6,000ウォン)で新村に出る。
現代百貨店前に半分地下みたいな通りがあり、「チャレシジャン」と看板があがっている。
これは前には無かったと思う。100mほどの間に外国製品や食品、屋台、食堂、その他の店が並んでいて、東大門市場の屋台通りを髣髴させる。ちょっとだけ見物して、本屋に立ち寄り、パクサ宅付近の地図を確認する。
通りに多数の横断幕があり「延高定期戦 全戦圧勝!!」と書いてある。そうか、ちょうど、延世大と高麗大の恒例のスポーツ対抗試合の時期なんだとわかった。
ずっと以前に、一度だけ両校の野球を見たのだが、試合はともかく、その応援合戦が面白かったので、今回も機会があれば見たいと思う。
地下鉄駅で、大きな旗を持った学生がいたので、尋ねてみたらやはり応援団の一人だった。定期戦は始まっているのかと聞いたら、まもなく始まるとのこと、スケジュールなど分かるかと聞いたら、大学に行けばわかるだろうが、インターネットで見ればいいと言われた。
なるほど、それはそうである。しかし、日本でならたぶん、こういう答えはまず返ってこないだろう。韓国がインターネットの普及において、日本より先んじていることの表われに違いない。
地下鉄4号線から6号線に乗り換えてウォルゴク(月谷)で下車し、パクサ宅へ向かう。
6号線は去年開通したばかりで列車も新しい。7人掛けの座席にステンレスパイプが2本たてに設置されていて何だがじゃまな気もしたが、これで、2人、3人、2人と確実に7人が座れるようになっている。JRでも7人掛けの座席に5人くらいで満席もどきになってることがよくあるが、それを防止するための対策のようだ。グッドアイデアなのか、姑息なやり方なのか、ちょっと迷うところ。
6時前にパクサ宅に付いたら、パクサは一人で、相変わらず、ちょこまかと動き回っていた。
挨拶もそこそこにミナちゃんの部屋の家具の移動を手伝わされる。その後、スタジオ兼衣装部屋で、談笑。
パクサが出演した、ラジオの録音テープや、テレビ番組のビデオを見せてもらう。しかし、パクサの性格が遺憾無く発揮されて、一時停止、早送り、巻き戻しの連続で、細切れになって、見にくいことこのうえない。後で一人でゆっくり見ることにした。
途中、パクサが東京のうり丸君に電話。久しぶりらしいが、Morris.がいたのでびっくりしていた。
そのあと長女のミナちゃんが帰って来、遅れて長男ソンミンも帰宅。チャジャンミョンとムルマンドゥの出前を取り、軽い夕食。またしばらくビデオを見て、9時過ぎに奥さんが4歳のソンイルを連れて戻ってきた。奥さんの兄さんが肺を悪くして2ヶ月入院しているらしい。
パクサはほとんど飲めないのだが、奥さんは酒好きで、さっそく二人で宴会となる。
ちびくろのカラオケを披露したら、喜ぶまいことか、しばらく家庭内カラオケとなった。パクサはカラオケ嫌いなのだが、とりあえず笑って見ていた。
ソンイルの写真を撮ったら、おもちゃを持ち出してきて、あれを撮れ、これを撮れとうるさいこと。2月に会ったときもかなりのヤンチャだったが、どんどんエスカレートしているようだ。
気が付くと12時を過ぎてる。Morris.のこのところの韓国行は初日の晩に飲みつぶれるという傾向がある。今回もかなり飲んだが、この辺で切り上げたので、何とか助かったようだ。
ところで、チョナンカンこと草薙剛の人気のほどを、ミナちゃんに尋ねたら、何と、クラス中で知らない子はいないくらいに知名度は高いらしい。人気のほどは、好き嫌いが半々だとか、いやあ、これは思った以上の大健闘と言えよう。
そう言えば、夜のKBS歌謡番組にキムワンソンが出ていた。それも、懐かしの「ピエロ」だ。顔もえらく若いから、昔のビデオだということに気づいた。懐かしい。それに続いて新曲「S」だ。もちろん初めてみる映像だ。さっきのピエロと比べると年は隠せないが、相変わらず色っぽいぞ。
それにしても、韓国初日で、パクサに会って、チョナンカンの人気も確認し、キムワンソンの映像まで見てしまった。今回の旅の目的の半分は片付いたような気もする。
迷った末にちびくろ持って来て、本当に良かった。ただし、ソンイルがそばにいるとかなり危険ではあるし、旅は始まったばかり、前回のようなアクシデントが無いことを祈りたい。特に後半になってダウンしたりするとショックは大きいだろうなあ。

2002/09/25(水)晴●スイルさんバックに熱唱●

7時半起床。洗面所で顔を洗い髭をそる。今回は電気剃刀もってこず、いわゆる安全剃刀持参なのだった。お湯が出ないのがちょっと痛かったが、まあ剃れないことはない。どうも電気剃刀だとすっきりしないのでそうしたのだが、これはやっぱり失敗だったかも。旅行中は電気剃刀のほうが手軽だ。
9時ごろからちょっと散歩に出る。近くにトンドン(同徳)女子大学がある。メール友達のミンヒさんもここの生徒だ。まだ彼女とは連絡取れてないので、それとは無関係に校内を覗く。高台に沿って多くの校舎が配置されてなかなか美しい、中庭には池があり、緋鯉が泳いでいたし、傍のガーデンテーブルでは、女子大生が手鏡で化粧直ししてた。
10時にもどり奥さん手料理の朝食いただく。
テンジャンチゲにサバの揚げ焼き、ホバク(ズッキーニ)のナムル、オイキムチ、スルメ、各種キムチ、そして、韓国海苔。Morris.は最初の旅行のときから、この海苔には目がなかった。最近になって、やっと日本でもそのうまさが認められたみたいだが、やっぱりこちらで食べると倍以上うまい気がする。
しばらくテレビ見ながら、ちびくろと遊んでいた。パクサはまたしつこくナミちゃんの部屋の模様替えしてる。あれは一種の病気だな。
2時ごろマネージャーのキムヒョングン氏と音楽関係の知人が来て、家族みんなと近くのソグムクイ(塩焼き肉)の店に行く。天井から排煙用のパイプがぶら下がっていて、七輪に炭火を入れたものをテーブルにセットして、肉ときのこを焼く。もちろん、キムチ、チシャ、唐辛子に、コチュジャン、葱にナムルなどいっぱい並べられ、さらにネンミョン、パクサは定番のテンジャンチゲまで注文して、贅沢な昼食会になった。
肉の焼けるにつれてMorris.は、我慢できなくなりソジュを注文。パクサは飲めないし、奥さんは昨日の酔いがのこってるらしくパス、後の二人は運転するからと断られ結局Morris.一人で、ソジュ2/3くらい飲んでしまい、いい気持ちになってしまったよ。
ネンミョンのほかにヨルムネンミョンというのが出て、これは初めてだったが色黒の麺に真っ赤なスープ。まるでピビンネンミョンのスープ版と言った趣だった。麺はこしがあると言えば聞こえはいいが、ほとんど噛み切れない。鋏で適当に切ってもらうべきだった。4時過ぎパクサ宅に戻り、スイルさんが来るのを待っていたが、パクサに確認したら、今日は時間が無くて来れないと言う。それならそうと先に言ってくれればいいのにと言ったら、それなら直接スイルさんが通っている店に行けばと言う。それもそうだと思い、場所と電話番号など手帳に書いてもらう。
一人で行くのもなんなのでソウルの杉山さんを誘い出す。
6時に鍾閣のYMCA前で待ち合わせ、まず近くのPC房に入って、ぐいぐい酒場覗いて、ホットメールの確認。ミンヒ、ハンナちゃんからメールが来ていた。
その後、インサドンの「ハンアリ」と言う店でスチェビ(4,000ウォン)食べる。スチェビはスイトンみたいな奴で、以前一度食べて、あまりに不味かったのでそれ以来食べてなかったのだが、この店は杉山さんのお勧めだけあって、別のメニューかと思うくらい美味かったので、昼間にあれだけ食べたのに、ほとんどたいらげてしまった。
地下鉄5号線と7号線乗り継いでミョンモクへ行き、そこからタクシーで東部市場入り口まで乗って、そこからスイルさんに電話したら入口は入り口でも反対側の入り口だったらしい。で、この東部市場のメインストリートを通り抜けることになったのだが、この市場は初めてだがなかなか雰囲気のある市場だった。かなり幅のある道路の両側には商店が並び中央に屋台がずらりと連なっている。それらがなんとなくソウルの中心街の市場と比べると鄙びているのだ。屋台のテープ屋でも、最新歌謡曲より、トロットメドレーが幅を効かしているし、商店も店の奥で団欒してたりで、すごくいい。ここは、昼間にでもまた一度訪れたい。
と、いうことでやっと市場の反対側に到着し、近くのレコード屋のおやじに聞いたらその「CAPITOL」という団欒酒幕はすぐ分かった。
ビルの地下にあって、ドアを開けたら、ソファとボックス席があり、なんとなくヤバイ(高そうな)感じ。でもここまで来たら仕方が無い。席に付いてビールを注文したらとりあえずビールが5本(小瓶だけど)出てきた。これがセットらしい。
スイルさんの名前を出すと、しばらくしてスイルさん登場。相変わらず渋い。挨拶をして話ししていると、隣の一人で来ている客が歌うらしい。カラオケが流れ、スイルさんのキーボードがそれに重なる。カラオケの歌詞を画面に流すための便方らしい。これはスイルさんにとってはかなり厳しい状況だろうなあ。
この店は分室になってて別の部屋には独立したカラオケマシンがあるようだ。
隣の客は相当歌好きらしく、一人で何曲も歌いつづける。こうなるとMorris.も黙ってはいられない。「チャピョハンジャン」と「シントブリ」を続けて歌う。やっぱりカラオケの歌詞と、スイルさんの伴奏がかなりずれたりする。
中休みを入れて、隣の客と入れ替わりで、かなり歌ったなあ。
「ネパクチャ」「トラワヨプサンハンエ」「サランエコリ」「ソヤンガンチョニョ」「ソウルテジョンテグプサン」「トマンナンネヨ」後はおぼえてない^^;
途中、頼んでもいないのにママがビール5本追加する。これはサービスだと言われたが、勘定のことを思うとちょっとびびりまくり。安くて一人5万ウォン、下手したら一人10万ウォン近くになるのではないかと覚悟した。
3時間歌って飲んで、踊って、勘定頼んだら、何と二人で4万ウォンとのこと。いくらなんでもこれは安すぎる。スイルさんの親友と言うことでママが破格値にしてくれたに違いない。
零時過ぎてたので、タクシーでパクサ宅に戻ることにして、杉山さんとはここで別れる。12時半にパクサ宅到着。パクサとミナちゃんしかいなかった。
しつこく、ビール飲みながらこれを打ってる。
韓国旅行二日目にして、このペースは凄すぎると思う。

2002/09/26(木)晴●パクサと栗拾い●

9時起床。
昨夜は帰ってからもしつこく、ビール、ソジュ飲みながら日記付けたりしたので、寝たのは3時ごろ。別に二日酔はしていない。
今朝も奥さん手作りの朝食、テンジャンチゲにクルビ(イシモチ)玉子焼きにジャコとコチュのいためた奴、キムチ、ナムル、それに海苔(^.^)
今日こそひとりでソウル徘徊しようと思ってたが、昼からマネージャーの車で、家族一緒に近くの山に栗拾いに行こうと誘われてしまった。これは断れないよなあ。
12時半に車が来ると言うのでそれまで時間待ち、この待ち時間がつらいので、外に出ようとしたが、パクサが部屋でキーボードやギター使って遊び出したのでこれを見学、「どんな歌が好きか」と聞かれて、いろんな曲の名前をあげたら、歌ってみろと言って、「トラワヨプサンハンエ」の伴奏を始める。恐る恐る歌い出したが、途中歌詞を忘れてしまいハミングになってしまった。やっぱり歌詞カードないと歌えない。そこではたと思い出したのがちびくろの内蔵ノレバン、これで呼び出して歌詞だけ見たらよい。というわけで挑戦したのだがこれがなかなか難しい。パクサのテンポとノレバンのテンポがずれてしまう。カラオケにはテンポ調整があるのだが、これを使っても早くなったり遅くなったりしてしまう。昨夜のスイルさんの苦労が少しだけ分かる気がした。
12時半に来ると言ってたのが1時過ぎになったし、家族みんなで行くような感じだったのに、奥さんとソンイルは家に残ることになったようだ。
車はチュンチョン方面に走り、途中石屋に寄って、パクサ持参の水石の切断を頼む。水石(寿石とも書く)は、パクサの一番の趣味らしく、室内には棚が6つもあり、多数の石が並べられている。Morris.には全く理解できない。
ともかく、水道付き回転鋸を使い目の前であっという間に切断してくれた。料金は20,000ウォン。
また途中、パクサ知り合いのガソリンスタンドでオイル交換。ここに、可愛い子犬が繋がれていた。
目的地のマソ農園も、パクサの友達で、パクサの顔の広さが遺憾無く発揮されている。大きな栗の樹の前に直径20mくらいの芝生の広場が誂えてあり、端には吹き抜けの縁台やテーブルがあり、ちょうど数人が食事中だったが、そこに並べられてる肉はひょっとして、これはあれではないか???と、もったいぶる必要も無く、ケコギ(犬肉)だった。韓国に通い始めて14年になるが、一度も食べたことはない。ケ嫌い^^;してるわけではないのだが、やっぱりなんとなく抵抗がある。それにこれは店で食べると結構高価だというのも、Morris.が口にしなかった理由なのだが、今日は、とうとう食べる破目になってしまった。スライスした肉片にコチュジャンをつけて、恐る恐る口に入れる。想像してた匂いもなく、肉質は柔らかいのにコシがあって、地鶏の腿肉みたいだ。これは結構いけるじゃないか。隣の大きな鍋を覗いたら、ほぼ1匹分の肉塊がスープに浮かんでいた。みんなはこのスープにご飯を入れて食べていたが、Morris.はこちらは遠慮しておいた。
さて、肝心の栗拾いなのだが、パクサが用意してきた紐の先に石を縛り付けて栗の枝の間に放り投げ、紐で枝を揺すりまくって、栗の毬を派手に落とした。毬を足で踏んで中の栗を出してどんどんナップサックに入れていく。
ここは、農園と言うか、牧場というか良く分からないが、鹿が20頭近く飼われていたし、鶏や家鴨や七面鳥、兎までいた。遠くにはホルスタイン牛の姿も見えたし、なかなか楽しいロケーションだった。栗も5kgくらいになったし、すっかり満足。
農園のひとりが途中の売店まで一緒について来て、パクサがビール1ダースとサイダー、アテなどを買って渡してたから、あれが、料金代わりなのかもしれない。
帰り道大きな花屋で、パクサは今日切断してもらった水石用の水盤を二つ買う。50×20cmくらいの白い焼き物で一つ10,000ウォンだった。
5時半に帰宅。速攻で奥さん自製のピビンクッスが出てきた。丼山盛りだったが、すごく美味しくてみんな食べてしまった。
その後奥さんが今日取ってきた栗を目の前で器用に剥いて、そのまま食べるようにと言う。生でもほのかな甘みがあって酒の肴にはいいかもしれない。
奥さんの携帯に小さなコチュ(唐辛子)と紐飾りをあしらったアクセサリーが付けてあってあまりに可愛いのでMorris.も同じものを街で探して買うつもりだと言うと、この飾りは自分の20年来の友人が問屋をやっててそこで買ったという。
そして、これからその店に行こうとさっさと外出の支度する。あわてて付いていったら地下鉄駅前で10番のマウルバス(小型のローカルバス)に乗り、終点のミアサムゴリ(彌唖三叉路)で下りて、件の問屋へ。40歳くらいの女性で、妙に色っぽかった。目的のコチュ飾りをまとめ買いしたらびっくりするくらい安く買えた。もちろん奥さんのおかげである。せっかくだから軽く一杯と言われて、Morris.に異存のあろう筈も無くOKしたら、すぐ向かいの刺し身屋に入っていった。おいおいこれじゃ軽く一杯ではすまないぞと思ったが、いやなわけではない。大皿いっぱいに盛られた白身の刺し身、ひらめかと思ったらそうではない奥さんは「クヮンオ」と言ってた。名前はともかくこれはなかなか美味い。おくさんと友人との話しも弾み、お決まりのメウンタンがこれまた無茶美味で、大満足、当然お酒も進んで、3人で真露3本あけたからひとりまるまる1本飲んだことになる。
さらに先の問屋に戻り、別の客(友人)2人も交えて、今度はビールで宴会が始まった。ここでもかなり飲んだなあ。ついでだからそのままノレバンに繰り出しそうな勢いだったが、あまりに遅くなったので帰宅。
奥さんはまだ飲むつもりかビールを買ってたが、結局部屋に着いたら、二人ともダウンだった^^;

2002/09/27(金)曇●安東チムタクからノレバンへなだれ込む●

8時半起床。
二日酔ではないがさすがに酒気は残っている。
パクサ宅のバスルームで身体を洗い、さっぱりした。
今日はやっとひとりでソウル見物できそうだ。
地下鉄で鍾路3街に出る。車内に多数の小学生が乗っている。女子のグループにどこに行くのか尋ねたら、6号線の終点にある、ワールドカップ競技場見学だと。例の真っ赤に燃えた興奮は根強く残っているようだ。ついでだから「チョナンカンを知ってるか?」と聞いたら、えらく受けてしまった。やっぱりチョナンカンの知名度は相当のものらしい。さらにイパクサを知ってるか聞いたら、半分くらいが反応した。記念に写真を撮ろうとすると、えらく恥ずかしがる子とポーズ取る子など色々だった。青丘で5号線に乗り換えたら、こちらにもかなりの数の小学生の集団が、われさきにと6号線に向かって走り出したから、ワールドカップ競技場は、完全に観光名所になってるらしい。
鍾閣の先日も行ったPC房に入る。ぐいぐい酒場に久しぶりに白狼さんの書き込みがあった。何でもMBCドラマ「商道」のO.S.T.が欲しいのだが、自分が持ってるのはイントロの部分が入ってないとか、あと色々書いてあるが良く分からない。そもそもO.S.T.って何だ?状態。
その後、ホットメール見たら、ミンヒさんからメールが来ててほっとしたのもつかの間、メールが文字化けしてる(+_+)言語環境を日本語にしても韓国語にしても駄目、係員に頼んでみたが、これも駄目で1時間近くいじったものの何にもならなかった。仕方ないので、英語でメールを送り、折り返し英文で返事をくれと書いておいた。英語だけなら文字化けしないだろうと思ったからだ。
PC房を出て近くの韓国観光公社に表敬訪問(^。^)実は、この前鍾路の「韓国雑誌博物館」がヨイドに「雑誌情報館」として生まれ変わると聞いていたので、是非行きたいと思っていたからだ。まだ地図には載っていないので、ここなら分かるだろうと尋ねて見た。
受付の女性二人が親切に応対してくれ、電話かけて住所など確認、ネットから略図まで引っ張り出して印刷してくれた。
また地下鉄乗り継いでヨイドに出て、目標のKBS別館に向かって歩く。結構遠い、それに情報館は、独立した建物ではなくて、サムソンルノー自動車ビルの地下と書いてある。どうも、このまえ聞いた話とは少し違うようだ。観光公社の情報が無かったらきっとずいぶん迷ったかもしれない。そのくらいわかりにくかった。
で、地下に下りていったら、たしかに「韓国雑誌情報館」の看板があり、現代的な明るく美しい雑誌閲覧室と、3室に別れた博物館があって、PCも6台ほど並べてあり、洒落たコーヒーショップまで設置されていて、確かに見た目は以前より素晴らしくなっていたが、Morris.は、ちょっと失望してしまった。
もともと雑誌閲覧室は、パゴダ公園前のミュージックランドの地下二階にあって、あそこなら、誰もが利用しやすかった。博物館は鍾路1街の雑誌会館にあって、これはこれで雰囲気があった。両者が合体しても悪いことはないが、あまりにも場所が悪い。研究者ならともかく、一般の人が気軽に行くことはまずないだろう。Morris.もたぶん再訪することはないだろうと思った。
せっかくヨイドに来たのだから、近くに事務所を構えているTOP MUSICのソパンソク社長に電話を入れる。彼はキムヘヨンの育ての親なので、新曲のヒットの祝賀を述べたら喜んでくれた。今日はあいにく馬山の地方公園に同行してるらしかった。ソウルに戻った頃にまた電話するようにとのこと。
地下鉄でヨンサン(龍山)に出る。駅は2月にも大工事中だったが、まだまだ完成までには時間がかかりそうだ。
ヨンサンは電子マーケット、日本で言えば秋葉原か大阪の日本橋みたいなところだ。
ノレバンCDRの新しい奴かDVDノレバンがあれば買いたいと思っていたのだが、見当たらない。ちびくろに入れているウリチプノレバン7のコンパクト版らしい「ウリチプノレバンparfect」(13,000ウォン)というのがあって、これのパッケージにはハングルWin2000対応と書いてある。もしかしたらデスクトップで使えるも知れないということで、試しに買うことにした。
SHARPの電子辞典(日韓、韓日、英韓、韓英)の液晶がおかしくなっているので、新しい製品を探してみたら「Prime7000」というのが出ていた。現在使ってるDUKEよりちょっと大きいが、単語数がDUKEの倍くらいある。最初の店では20万ウォンと言われたが、別の店では17万5千ウォンだった。うーーーん、どうしよう。旅行の終わりにお金が余ってたら買おうかなと思う。
電子ランドの地下にあるシンナラレコードを冷やかす。キムヘヨンの新アルバム「大--韓民国 名品ディスコ」(2枚組7,000ウォン)、チョナンカンの「チョンマルサランヘヨ」(5,000ウォン)があった。キムヘヨンはソパンソク社長に会うときサイン入りCDを買えるかも知れないのでとりあえずパス。
「秋の童話」のCDが目についたが、索引に「O.S.T.」と書いてある。店員にこれはどういう意味か聞いたら「Original Sound Truck」だと言われた。なあんだ、である。
白狼さんのリクエスト「商道」のCDは2毎組みで、1枚がO.S.T.2枚目がビデオCDだった。
駅の連絡通路で日本の漫画のイラストTシャツを売ってる二人の女の子がいた。ハチョンの芸術大学の生徒らしい。コンピュータ使ったもので、なかなか面白かったがキャプションが日本語じゃなく、ハングルだったら買ったと思う。
チャメ(真桑瓜)をおみやげに買って、7時過ぎ帰宅。
リビングルームにビニールシートを敷いて昨日取って来た栗をばらまいてあった。思ったより凄い収穫量である。
ミンヒさんからパクサ宅に電話があったらしい。ところがパクサが彼女の電話番号メモしてなくてちょっとMorris.は怒ってしまった。7時半以降Morris.が戻ると言ったらしいからまた電話あるだろうとのこと。8時半になっても電話が無い。
奥さんがまた一緒に飲みに行こうと誘う。電話があればパクサが奥さんの携帯電話番号へ転送するからというので、例の10番バスでミアサムゴリに出、アンドンチムタクの店へ。数年前ソウルで、タッカルビが大流行して、今では日本でもポピュラーになったが、去年くらいから、このアンドンチムタクが大人気になってるらしい。アンドン(安東)は地名で、チムタクは、蒸し焼き鶏だ。
昨日一緒に飲んだ問屋の女性の旦那と一緒で、この店の主人もパクサの友達らしい。
チムタクは鶏と春雨、野菜にトッポッキまで入って豪華な鶏料理だ。なるほど、タッカルビより韓国人に人気が出るのは納得できる。しかしMorris.にはちょっときついかな。
途中から店の主人と問屋の女性と息子も宴に加わり、話しが弾んで、待望のノレバンへ突入。これは嬉しかった。みんなそれぞれ歌が好きで、ノリがいい。
Morris.はほとんど絶叫状態。「ホルロアリラン」では100点をマークした。
大満足で帰ろうとすると、さらに軽く一杯と、ポジャンマチャ(布幌馬車=屋台の飲み屋)に誘う。おいおい大丈夫かいと思いながら、またまた乾杯を重ねて、パクサ宅に戻ったのが1時過ぎだった。
途中、ミンヒさんから電話があり、明日トンドンヨデ(同徳女大)前で待ち合わせることにした。

2002/09/28(土)曇●女子大生同行パクサ公演●

7時半起床。
洗顔すまして、しばらくぼーっとしていた。
10時に同徳女子大前でミンヒさんんと待ち合わせ。顔は覚えていなかったがすぐ分かったらしく、向こうから声をかけてきた。2月にインサドンの食堂で会ったときは結構酒が回っていたし、完全に顔は忘れていたのだが、ちょっと受け口のとても可愛い女性だった。
まず、校内を案内してもらい、例の池のそばのテーブルで、しばらく話しをする。池の向こうでは女子高校生らしい女の子が、日本語の朗読やっていた。
今日の昼から「全国高校日本語弁論大会」が開かれるらしい。これは面白そうだからちょっと覗いてみようと思う。
とりあえず何か食べようと、校外に出て、最近出来たばかりと言う日本式トンカツハウスへ。
小奇麗で、確かにトンカツは日本風だったが、味はまあ普通かな。とにかく量が多すぎるのと脂っぽいのには参った。
その後近くの「プラスティック」と言う店でコーヒー飲む。黒で統一したモダンな内装の店だった。このところ、ソウルのコーヒーショップの乱立は相当なものがある。
今夜はヨンチョンでパクサの公演があるので早めにパクサ宅へ戻らねばならない。パクサに、ミンヒさんのことを話したら、時間が合うなら一緒に連れていったらどうかと言われてたので、ミンヒさんに打診したら、OKの返事、さらにクラスメートのイジュヒさんんも一緒に行くことになった。
弁論大会までに時間があったので、教室に入り、ちびくろのノレバンを披露、しばらく教室ノレバン状態を楽しんだ。
「日本語弁論大会」会場は国際会議室で、同徳大の日本語専攻の生徒が多数見に来ていた。20人出場者全員の原稿(日本語)を掲載した冊子や、同徳女子大学のパンフレットなどいただく。
ミンヒさんのクラスメートたちと固まって席に付いたら、後ろの席に新しい日本人の先生がいると、ミンヒさんが言うので挨拶する。千葉から来た本間さんという律義そうな人だった。
ちょっと時間がずれ込んで4人ほどしか見ることが出来なかったが、さっき池のほとりで練習していた彼女の弁論を聞くことが出来た。最初の子は中学まで日本に住んでいたというので、ちょっと反則じゃないかと思ってしまった。発表は、原稿をおぼえればいいから、みなそれなりにこなすのだが、そのあとの、日本人の女の先生からの質問と言うのが難しそうだった。あれはちょっとかわいそうだ。
2時半に3人でパクサ宅へ。
マネージャーと、ダンサーの女性二人は既に来ていたが、出発は4時ごろになるとのこと。それならもう少し弁論大会見ることが出来たのに。まあ、パクサは食事を一緒にしようという心積もりだったらしい。
スタジオでまたしばらくちびくろをネタに3人で話する。パクサは二人にスペース・ファンタジーのCDにサインしてプレゼントするサービスぶり。
4時にやっと出発。いちおう8人乗りの車だが7人はちょっと窮屈かもしれない。
それにもめげず、今日の日記、ここまでは車内で打った。
公演会場のヨンチャン郡シンソ面デグワン里は、ウィジョンブ(議政府)よりかなり北にあり、到着したのは6時前だった。
近くの食堂でトンテジチゲをご馳走になる。豆腐、野菜、きのこ、蟹、魚などが入ったチョンゴルだと思ったが、店の人がトンテチゲだと教えてくれた。なかなか美味しい。ソジュ一本だけ頼む。ダンサーの二人はキムタウンさんとチョキョンヒさんで、上背があって、スタイル抜群だ。タウンさんは結構イケル口らしく、ソジュもMorris.より多く飲んでた。主催者(パクサの古い友人)宅が控え室代わりになる。
すぐ近くの広場には立派な舞台が設えてあり、すでに椅子席は満席で、立ち見の客も多かった。
6時半にショーが始まり、最初は学校の先生による踊りだったが、始まったと同時に雨が降り出し、一時小降りになったかと思ったら、7時ごろから本降りになった。。
パクサの出番はかなり後半に予定されていたが、雨のため急遽出番を早めることになった。しかし、すでにかなりの雨だ。Morris.らは、使い捨ての簡易雨合羽をもらったので、とりあえず濡れずに見ることが出来たが、パクサと、ダンサーの二人はびしょ濡れ状態。これで公演できるのかと心配になるくらいだったが、流石はパクサ、15分ほどのステージをばっちり決めてくれた。舞台の前では迷彩服を着た若者(徴兵中の)が踊り狂っていたし、その後ろには中高生のかたまりが、大声で叫びまくっていた。大雨にもかかわらず観客はほとんど帰らずパクサの演奏を見ていた。
残念だったのは、この雨でカメラがほとんど使えなかったことだ。買ったばかりのデジカメだけに、濡らすには忍びず、一応数枚シャッターは押したもののすべて×だった(+_+)
主催者は、いかにも人望の有りそうな好漢で、娘二人が、とても可愛く人懐こかった。
雨のおかげで?予想より早めに出発できたので、10時半にパクサ宅に到着。ミンヒさんとジュヒさんは、ここからバスで帰宅するというので見送った。
今夜は奥さんと息子は実家に行ったので、ナミちゃんしかいない。今日は酒を控えるようにパクサに言われてしまった^^; 別に気分を悪くしての言葉ではなくて、Morris.の身体を心配してくれてのことだ。仰せに従って、ビール1本だけにしておこう。
iTVで、トロット番組が始まった。ペイロ、チェジニ、ソルンド、ヒョンスクと、お馴染みの歌手がぞくぞく登場。パクサも別室で同じ番組を見てた。
その後、パクサはテープ流して新曲の練習始めた。これをBGMにして寝ることにしよう。

2002/09/29(日)曇●ハンナちゃんと韓定食●

7時起床。
MBCで「イミジャ・ピョンヤン公演実況中継(もちろん再放送)」やってたので見ていたら、パクサが飯食いに行こうと言う。イミジャ見たいし、というと、テープ持って来て録画セットしてくれた。後で見ればいいという。この行動力が素晴らしい。
近くの食堂で、スンドゥブチゲとチェユクポックン頼む。スンドゥブチゲフリークのMorris.なのに、今回初めてだ。しかしここの店の豆腐はいまいちだった。スンドゥブは、豆腐が固まる前のとろとろ状態のものなのに、今日のは普通の豆腐を砕いたものみたい。それでもパクサがおごってくれる朝食に文句言う筋合いはないし、色々家族の話しなど聞けて面白かった。ところが計算の段になって、パクサが支払いしようと財布開けたら、さすが芸能人、現金はなくてカードと小切手だけ、もちろん下町の食堂でそんなもの使えるわけがなく、Morris.がおごるという形になった。なかなかいい気持ちである。いつも金はマネージャーが払ってたからなあ。
食べ終わって帰ろうとしたら、外は凄い雨になってた。傘はないと食堂のアジュマに言われ、しばらく待ったが埒があかない、パクサは走って帰ろうと言う。アジュマにポリ袋二つもらい、それをひっかけて戻る。結構濡れたけど、随分助かった。帰ってさっそく、録画していたイミジャの続きを見る。彼女はもともと老け顔だから初めて見たときからあまり変わらない。しかし、相変わらず歌はうまいなあ。ホンナンパの名歌曲「鳳仙花」を歌ったときには思わず涙ぐんでしまったよ。
今日は光州のハンナちゃんがソウルに出てきてるので、11時にYMCA前で会うことにする。始め鍾路書籍前と言ったら、ハンナちゃんが鍾路書籍は無くなったと言われびっくりした。古くからある5階建ての本屋で、結構通ってただけに残念だ。
9時半にパクサ宅を出て、とりあえず例のPC房で掲示板とメールを見る。一昨日ぐいぐい酒場に書き込んだつもりの発言が入ってなかった。
予定通り11時にハンナちゃんと会う。午後5時半のバスで光州に帰るらしい。昨日Y2Kファンクラブの集いがあって、それに参加した後、従姉妹宅に泊まったとのこと。
とりあえずインサドンに行き、しばらく見物。この前正月関連の展示をしていて面白かったアートセンターに行く。地下ではワインショーなどが開かれていたのでパス。
5階から順に下りていったら、3階で面白そうな展示があった。片方の部屋では、電気釜やトースター、掃除機、ポットなど電気製品を使ったロボットが適当に動いていた。
その向かいの大きな展示室には、機械部品を使った彫刻や、油絵、オブジェなどが並んでいて、数人の作家による共催展示かと思ったが、これがひとりの作家で、特に、機械部品とステンレスのスプーンやフォーク、ナイフなどを多数使って、鳥の羽や花びらを構成してる作品は笑ってしまった。しかも冗談だけでなく、ちゃんと作品としても完成度が高い。受付に作者はどんな人か聞いてみたら、会場にいると言うので、記念に写真を撮らせてもらう。
リム・オクサンという作家で、カタログ(サインもらった^^;)によると、50年プヨ生まれで、ソウル大芸術学部、大学院まで行き、後フランスの大学も卒業したエリートで、ニューヨークなどでも個展を開き評判になったくらいの作家らしい。
インサドンの画廊は、ソウルに来るたび一応覗いて見るのだが、最近はあまり面白い作品に出会わなかったので嬉しかった。
昼食は例のオルゲンイクッの店に行くことにしたのだが、日曜日は休みだった(+_+)
また、雨が降り出したので、近くの「新日館」という店に入る。2月にここの看板にある、雑誌の記事を読んで一度入ってみたいと思っていたのだ。
韓定食の店で、メニューの一番最初にあるコースを頼む。前回杉山さんと韓国定食を初体験したときは、杉山さんがダイエット中ということもあって、ちょっと予算をケチったためか、それほど豪華とは思わなかったのだが、今回は、十二分に韓定食を食ったぞ、という気になった。
最初にホバクと魚のジョンがでて、次に玉子チム、タコの刺し身、ユッケ、カルビ、メインは、蟹とエイ、豚肉にカッキムチ、その他、チャンジャ、ミョルチその他の塩辛、ナムルにキムチ、もろもろにおしまいにご飯に、テンジャンチゲ、ヌルンジ(おこげ)まで、出て満足、満足。当然Morris.はこれだけの肴を前にして、ソジュを注文したのは言うまでもない。
ところが、ハンナちゃんは酒は全く駄目で、サービス精神は旺盛だから、結果的にMorris.はまたも、昼からソジュまるまる一本空けてしまった。
さらにハンナちゃんの贈り物攻撃には、ほとんどめげてしまった。
何と体長30cmの韓国アガシ人形だ。しかも顔はほとんどリカちゃん人形(@_@)他に、この人形の絵の付いたうちわ。
CD3枚もあって、ミネギョンのカムバック盤は、嬉しくないことも無かったが、後は、キムヘヨン、チャンサイクで、どちらもMorris.はすでに持ってて、CDが擦り切れるくらい聞いてた奴だった。結局CD2枚は、光州の買った店で別のCDと交換してもらうと言うことで持ち帰ってもらうことにした。
しかし、この人形、どうしよう、Morris.亭には置き場が無い、というか、ペコちゃんの隣に並べるというのもなあ。困ってしまう。
食事の後はお茶、ということで、インサドンに最近増えた、アナクロっぽい喫茶店へ入る。「オ! チャネワンヌンガ--おお、お前よく来たな」と言う店で、店名は、マッチによると、金詩羅の詩から取ったらしい。内部は、昔の汽車の座席をそのまま使ったらしく、横には線路まで設えてあった。二人ともスジョングヮを頼む。シナモンの効いた冷たいお茶で、松の実が浮いている。ここでもちびくろに、活躍してもらう。
その後またしばらく、インサドンの店を冷やかして回り、途中ハンナちゃんに小さい子供用のコムシン(女の子用の靴)買ってもらい、4時過ぎに、高速バスターミナルへ行く。
ハンナちゃんは光州だから、ホナムソン(湖南線)で、久しぶりに訪れた高速ターミナルはすっかり様変わりしていた。凄く近代的なビルで新世界百貨店が入り、乗り場もハイパーというか、ピッカピカだ。ついでに、扶余行きの時間を見ようとしたがない。案内に聞いたら、扶余はホナムソンではなくて、キョンブソン(京釜線)だと言われる。そしてキョンブソンは、隣の建物だった。こちらは、昔の面影が残っている。
ハンナちゃんは来年から、留学して言語を学びたいらしいが、ロンドンにしようか、東京にしようか迷っているらしい(゚.゚) つまり英語をやるか日本語をやるか迷っているということか。Morris.はなんとも言えないが、ソウルでさえ、ストレスのため光州にもどった彼女が、東京や、ロンドンで大丈夫なのかい、と思ってしまう。ミーハーで能天気な割りに神経が細かい彼女は、なんとなくほっとけないような気にさせてくれる。
地下鉄でイテウォンに行ってみる。日曜日の割りに人出は少ない。手持ちのウォンが少なくなったので、外換銀行のキャッシュカードで出金してみる。初めハンナラ銀行でやったが、残高表がでるだけ、その後外換銀行の機械でやったらちゃんと出金できた。でも、残額はかなり乏しい。
今夜釜山でアジア大会が開幕した。店内のTVで中継が流れていたが、あまり関心が湧かない。

地下鉄でインサドンに戻る。日曜だからまだ何かやってるかもしれないと思ったのだ。
入り口付近で、「愛の音楽会」と題して、かわるがわるに若者が歌い、寄付を集めていた。みな結構上手いし、寄付もかなりの額が集まっているようだった。
街角で、デジカメで写した写真をPCで加工しプリントしてパウチして売っているのを見かけた。
地下鉄で東大門に出る。これだけしつこく地下鉄に乗るのにはわけがある。先日杉山さんと会ったとき、地下鉄に乗るとき、1区間分買おうとしたMorris.に、杉山さんが、こちらが便利だと、5,000ウォンとか10,000ウォンとかのボタンのある機械を指したので、ついMorris.は、10,000ウォンのボタンをおしたのだが、これが、普通の切符と同じ形態で、地下鉄しか使えないタイプのものだった。
ソウルでは、交通カードが普及していて、これなら地下鉄もバスも使えるし、ケースに入れたままプレートに触れるだけだからあまり無くさないようだが、Morris.が買った奴は、きっと改札を出るときに忘れそうな気がする。杉山さんは、自分が買い取ってやると言ってくれたが、すでに使ったものだけに、断ったのだが、パクサや夫人と行動すると、まず地下鉄は使わないので、6日目の今日でも9,000ウォンくらい残っていたのだ。明日から扶余にいくとしたら、ますます使う機会が無い。数日後ソウルに帰ってから使えばいいのだろうが、本来は地下鉄よりバスを好むMorris.としては、何とかこれを使い切ってからバスに乗りたいと、まあ、貧乏性ならではの行動パターンになってしまったのだった。
というわけで東大門市場に来たら、どうも、市場は日曜休みが多いらしくあまり、店もやってない。
南に下がって、衣料品センタービル「DOTA」前の広場のベンチに座って、ちびくろいじってたら雨が降り出したので、ドアの付近で雨を避けようとしたら、案内の席が、空席になってるのを見つけ、とりあえず、これを使わせてもらうことにした。で、ふと、足元を見ると電源がある(^。^) これを使わずになるものかと、ちゃっかり、こっそり、電池切れを気にすること無く、ばちばちと以上まで打ったことになる。
その間3名から、館内の案内質問を受けてしまったよ(^。^)。そろそろ店じまいするとしよう。
今夜は二十三夜だが、ソウルの夜はいまいちすっきりしない。
2002/09/30(月)曇●扶余へ●

7時起床。
まだパクサも奥さんも寝ていたので、こっそり用意して、7時40分にパクサ宅を出て、地下鉄で高速ターミナルへ。キョンブ線の切符売り場に行ったが、コンジュ(公州)、オニャン(温陽)はあっても、扶余はない。係員に聞いたら、扶余へは二つ先の駅にある南ターミナルから乗るといわれた。おいおい、それはないだろう、この前韓国観光公社で尋ねて、高速ターミナルと言われたのに。まあ、今回の旅に関しては観光公社の悪口は言えない事情があるし、せっかく昨日高速ターミナルまで足を運びながらちゃんと確認しなかったMorris.の迂闊さということもある。先を急ぐ旅でもないし、近いからよしとしよう。
ということで、たどりついた南部ターミナルは、昔乍らのローカルな風景で、扶余に行くのには、やはりこれのほうがお似合いかな。
9:10発の扶余直行バス。10,000ウォンというのはやっぱり安いなあ。到着は11:30.切符買うとき「窓側の席」を頼んだのだが、乗客は10人足らず、どこに座ろうと自由自在だった。
バスは高速道路を好調に飛ばしている。これなら時間通りか、ちょっと早めに着くかもしれない。途中休憩所のテープ売り場にキムヘヨン「クデルルサランヘ」のポスターが貼ってあった。何を置いてるか聞いたが、例の「名品ディスコ」のテープしかなかった。
11時に公州大橋をわたり、両側にコスモスの咲きつづける道を通って、ほぼ時間どおりに扶余ターミナルに到着。相変わらずド田舎の停留所だ。案内書もないし、地図も無い。仕方ないので裏通りの看板を見ていたら、タクシーの運転手が声をかけて、簡単なパンフレットをくれた。ありがたい。
考えてみると今日は月曜日で博物館は休みだ。これは明日にまわしてとりあえず、宿を決めようと歩き出したのだが、市場にぶつかって、当然そのまま見物して歩く。途中の屋台でベルト(3,000ウォン)を買う。Morris.は元来ベルトしないのだが、カメラケースがベルトに通すタイプなので、欲しかったのだ。
宿を捜すつもりが、そのまま定林寺に出てしまったので、ともかく、入場(1,000ウォン)。百済の石塔は、記憶よりずいぶん小さい気がしたが、やはり形状と風格はさすがである。問題の石仏は、なんと、豪華な屋根付きのお堂に入っていた。どう考えても釣り合いが取れないぞ。
いちおう、五重の石塔は芝生でかこまれて、入ってはいけないようになってるのだが、Morris.は裏側からこっそり入って、一番下の基壇にちびくろを置いてこれを打ってる(^。^)花崗岩がかなり摩滅して感触が嬉しい。
そろそろ宿決めて、食事して、プソ山に登り、白馬江に行こう。
というわけで1時前にターミナル近くの宿屋を回り「シルラジャン--新羅荘」の2階に投宿。とりあえず2泊分(40,000ウォン)先払いする。しかし、考えてみると、百済の古都に来てなんでわざわざ新羅の名前の宿に泊まることになるのか(@_@)
Morris.にしてはかなり広くて奇麗な部屋で、TVも20インチで映りも良いし、小さいながら冷蔵庫も付いている。湯船はユニットだが、お湯の出もよい。さっそく一風呂浴びる。TVではアジア大会の水泳やっている。
昼食は向かいに「ファゲチャント」という食堂があったので迷わずここに決める。Morris.が99年末大阪で開かれたKBS韓国のど自慢に出場したとき歌った歌のタイトルがこの店の名前と同じだったのだ。
メニューに「ファゲチャントクッパプ」というのがあったので、これを注文。隣にいた兄ちゃんがスポーツ新聞持っていたのでちょっと見せてもらう。彼は食堂の息子だった。
クッパプは、具沢山で骨付きカルビまで入っててばっちり。親戚の母子が来ていて、2歳の女の子はてとても可愛かった。
旅館のすぐそばにプヨ中央市場(といってもすごく小さい)があって、その天幕を越えて北に行くと以前の博物館にぶつかる。現在は完全に閉鎖されている。その南側一帯は、百済時代の遺構があったらしく、現在発掘調査中だ。
前は博物館の裏からプソ山に登れたのに、今回は、大回りしなければならなかった。2,000ウォン払って入山したら、山の中はほとんど変っていない。リスも数匹見かけた。三千人の官女が身を投げたという落花岩、皇蘭寺と一通り見てから、白馬江の遊覧船でクドゥレ船着き場まで日本人の団体と一緒に乗る(2,300ウォン)。韓国アジュマと一緒だったら、ポンチャク演奏と踊りがあるのに、とちょっと物足りなかった。クドゥレ波止場付近の河川敷にずらりとテントが張られ、シルム(韓国相撲)の土俵や、ステージが設営されつつあった。
のぼりには「百済民俗文化祭」と書いてある。そういえば、10月初めにそんな祭りがあることを思い出した。近くのアジョシに聞いたら、今年は10月3日から6日までの四日間らしい。Morris.はその直前に来たことになる。祭りのときに来たらそれはそれで面白いのだろうが、Morris.は普段のプヨをこそ見たかったので、結果的には良かったと思う。
しばらく近くの公園で一休み、近所の市場を回って、白馬江の夕陽を鑑賞する。それなりに美しかったが、なんとなくイメージが違う。以前にいつも見ていた場所にはテントがあるのでかなり西に移動して見ていたのでそんな感じがしたのだろう。明日はやっぱりいつもの場所で鑑賞しよう。
中央市場でさきイカ3,000ウォン分買ったら量りもせずに無造作にビニール袋に入れてくれたが150gくらいはありそうだ。ビールとソジュ買っていったん旅館に戻る。7時から韓国-オマンのサッカー中継があるからだった。
ビールはどこに行っても変らないが、ソジュは地方によって違うようだ。ソウルで一般的な真露だが、釜山ではグリンソジュ、そしてこのプヨでは、「ソンヤンセッチャン」というブランドだった。
サッカーは今のところ1-0で韓国がリードで、まず負けることはないだろう。途中に柔道が挟まれたりして、落ち着いて見られない。8時から街に出ることにする。
繁華街もあるにはあるが、全体的に田舎町という感がする。中高生の姿が多く見受けられる。
夕食を何にしようか迷って入った店で「ソコギトッパプクッスジョンシク」というのを頼んだら、不味いうどん+甘い牛丼のセットで、最悪だった。定林寺の石塔がライトアップされてたので外から撮る。
PC房はあまり見当たらない。やっと見つけて4階まで上がったが、ここでは日本語がどうしても書けなかった。JAMONDOをインストールしようとしてもうまく行かない。読むことは出来るので、ぐいぐい酒場や巡回ページを見る。
11時帰宅。ビール飲むのにプラスチックのコーヒーカップしかないので、アジュマにしつこくねだってカラスコップ(Hiteと書いてある)を入手。これは神戸へのお土産にしよう。
風呂入って洗濯して、かるくビール飲んで、今夜はちょっと早めに寝ることにする。

2002/10/01(火)●公州に足を伸ばす●

7時半起床。
シャツのボタンが一つ取れそうになってたので、旅館の帳場で糸と針借りて、繕っていたら、アジュマが食事するように誘ってくれた。ありがたくいただく。
パンチャンほとんど無しで、キムチ、ナムル、ミョルチくらいの簡素なものだが、嬉しい。サンチュにキムチ、ミョルチとご飯を載せて包んで食べるととても美味しい。同席していたハルモニは90歳になるという。一緒に写真撮らせてもらう。
9時に旅館を出て直接国立博物館へ向かう。一帯に霧がかかっている。これは後で好天になるしるしだろう。
定林寺の北を歩いていくとそれらしい建物があったので入ろうとしたら、体育館と青少年修練館だった。博物館はそれより数百mさきにあった。93年に移転とあるので、1回来たはずだが、こんなに広かったかな、と思うくらい。
現在ソウルの国立博物館の建物が貧弱になってしまっただけにこの建物は凄い。「百済文字展」が行われていたが、割と地味だった。
それでも百済の古都で、百済仏にまみえるというのは、感慨深い。裏庭から裏山にも登ってみた。小学生の団体(課外授業)が多くなった。中には日本人だとみて、話し掛けてくる子もいた。
先生に頼んで、裏庭で子供たちと一緒に記念撮影してもらう。
すっかり堪能して、クンナムヂ(宮南池)まで歩く。池自体は以前と同じだが、周りの整備が進んでいて、別の場所に来たみたいだった。農地だったところが、花壇公園になっている。コスモスの花が咲き乱れ、舗道が作られて、大きな柳に囲まれた池を引き立てている。これは確実に前より良くなったと思う。
着いたのが11時半くらいで、ほとんど人もいなくて清閑なたたずまいを楽しめたが、12時近くなると小中学生の団体が、わさわさと詰め掛けて、弁当広げてにぎやかになった。池畔に高さ10m近いクネ(ぶらんこ)が作られていて、子供らが遊んでいたが、Morris.も、頼んで乗せてもらい、先生に一枚撮影してもらった。
周辺には蓮池もあって、これが咲いている時期はよほど奇麗だろうと思う。水中にはメダカが群れていた。
これからどうしようか迷った末、今日のうちにコンジュ(公州)に行っておくことにした。1時のバス(2,800ウォン)があったので、これなら6時前に扶余に戻って来れるだろうと思ったのだ。
昼食は近所でキムパ(海苔巻き)買って、バスの中で食べることにした。
公州高校前で下りて15分ほど歩いて公州国立博物館へ。いつのまにか、国立に昇格したようだ。ここは13年ぶりで、懐かしかった。ちょっと高台にあって、道を挟んだ向こうの高台には煉瓦造りの天主教会の尖塔が絵になっている。これは、歌集『冬の旅』のトップに使っている写真の教会だ。
国立の名に恥じない展示物で、展示内容は、扶余を凌駕していると思う。特に珍奇な動物の石造物が面白かった。しかしこれを撮影していて、係官に注意されてしまった。
館外にも石造物が多数展示してあって、男女児童の素朴な石造と、首の無い石仏像の衣服の襞(ドレープ)が見事だった。
ついでだから、向かいの教会にも登ってみる。はっきり言って、遠くで見るほうが格好がいい。
日が照っているのに、突然大粒の雨が降り出したので教会の袖の部分に雨宿りする。女の子が二人いたので、「こんな雨を日本では、キツネの嫁入りというんですよ」と言ったら、韓国でも似たような表現があると言う。これをきっかけに話しができた。
公州教大付属高校三年生のキムスジン、リュミランという同級生で、二人ともとちょっと離れた田舎の出身で、寄宿しているらしい。
時間があれば、公州山城と錦江見物に一緒に行かないかというと即OKで、サイダーなど買って、一緒に登る。スジンちゃんは話し好きで、ミランちゃんは人見知りするタイプのようだった。今日の錦江は水量が少なくてちょっと期待外れだった。
4時になったのでそろそろ扶余に戻ろうと、下車した公州高校前に戻ろうとしたのだが、ふたりが、近くにバスターミナルがあるというので、行ったら、これが、ローカルターミナルで、プヨへは、タンチョンというところで乗り換える必要があるとのこと。まあ、何とかなるだろうと切符(730ウォン)買って、5時発だから20分ほど時間があるので、すぐ傍の市場をうろうろと冷やかす。Morris.好みのタニシがあったが、買うに買えず断念。
5時発のバスは完全なローカルバスで、ほとんどはハラボジ、ハルモニだらけ。座ることははじめから断念。5時半にタンチョンに着いたが、Morris.はすんでのことで降り損なうところだった。
扶余行き(1,200ウォン)バスは、5時55分発でだいぶ待ち時間がある。うーーむ、Morris.は、白馬江の夕陽を見たいがために、扶余に2泊することにしたのだが、間に合うだろうか。扶余行きバスは、定時より3分早く到着したが、ちょっと不安になってしまう。
扶余に近づいたころ、夕陽は見事な朱色になってた。結局ターミナル到着が6時11分。タクシー嫌いのMorris.なのだが、今回は迷わずタクシー拾って、クドゥレ波止場まで走ったのだが、タッチの差で日の入りには間に合わなかった(+_+)
今は日に日に日の入りの時間は早くなっているのだ。
日没後のトワイライト風景もそれなりに雰囲気があるのだが、決定的瞬間を見逃したという無念の意は結構強かった。
しかし、済んだことはしかたがない。例の「ファゲチャント」で夕食。ポッサム定食というのが美味しそうだと思ったが今日はすでに売り切れだったので、石焼きピビンパプ(5,000ウォン)頼む。これがまた予想以上に美味しい!! Morris.はすっかりこの店のフリークさ。おまけに今夜もこの店の幼い姉妹二人がいて、これまた可愛い。
旅館に戻る前に中央市場の店で、蜜柑とビール買ったら、アンジュ(肴)にと、ジャコと干しエビ付けてくれた。プヨの人はやさしいぞぉっ!!
旅館に戻って風呂に入り、TV見ながら日記を打つ。
アジア大会の水泳は中国が好調のようだ。しかし、アジア大会にフェンシングやホッケーは無くてもいいような気がする。
KBSの「開かれた音楽会」にイウンミやチョンスラ、チョンヨンノクが出てるのでついつい見てしまう。

2002/10/02(水)晴●清州へ●

8時起床。
TVの上で何か動いている。ちびくろのノレバン画面だ(@_@) 昨夜ソジュ飲みながらひとりノレバンやってて、そのまま酔いつぶれてしまったらしい。ベッドの上に置いとかなくて良かった。もしかしたら、蹴落としていたかもしれない。それでなくても、一晩ノレバンつけっぱなしというのも、決してちびくろにとっていいことではない。時々フリーズするちびくろだけに、少なくとも帰国するまでは、がんばってもらわねば、韓国旅行日記がアップできなくなりそうだ。
昨夜はソジュ「ソニャンセッチョン」と「チャミスル(真露)」を飲み比べて結局2本空にして寝たらしい。どっちかというと「ソニャンセッチョン」の方が美味しかったような気がする。
冷蔵庫にはビール2本がまるまる残っている。どうしよう(^。^)
とりあえず1本カバンに入れて最後の扶余見物に出る。と言っても見たいのは白馬江に決まっている。途中黒いチワワを抱いている美女がいたので、チワワの写真を撮らせて欲しいと頼む。もちろん敵は本能寺である(^。^)
白馬江の川岸まで降りて、手を伸ばせば水に手が届きそうなところに腰を落ち着け、ビールを開ける。うーーーーん、なんでこの川は、心なごませるんだろう。水は濁ってるし、とんでもない大河でもないのに。とにかく、気持ちよくビール飲んで、すっかりいい気持ちになり、歌など歌ったような気もするが、よくおぼえていない、ことにする。
1時間ほどぼんやりして(ビールが空になったので)ぶらぶらと川岸をたゆたいながら白馬江に別れを告げる。
観光案内所があったので、清州の地図など無いか聞いてみたが、扶余は忠清南道、清州は忠清北道と言うこともあって、資料はなかった。でも、案内のチェジョンヒョン嬢は親切で、日本語で色々説明してくれて、PCも遣わせてくれて、ぐいぐい酒場に書き込み(ローマ字だけど)することも出来た。
昼食は、ファゲチャントと決めていた。今日のメニューは「ポッサムジョンシク」分厚い豚肉と白菜、パンチャン10種類くらい出て、ご飯と濃厚な汁付きで、5,000ウォンというのは信じられない値段だ。肉とコチュジャン、ニンニク、青唐辛子、キムチやパンチャンと一緒に白菜で包んで食べる。特にアミの塩辛が豚肉とマッチして、これはたまらんうまさだった。インサドンの一人前2万ウォンの韓定食より、満足度は倍以上という感じ。
いやあこの店はMorris.の五つ星食堂に決定ぢゃあ。食後にアガシがコーヒーサービスしてくれたし、もう、言うこと無しである。扶余に行くなら、扶余中央市場南口からすぐ先にあるファゲチャントに行こう!!
せっかくだからアガシ二人と記念撮影して、また来ると約束して店を出る。
荷物整理して、12時半に宿を出る。ハルモニが親切に挨拶して送り出してくれた。
バスターミナルでチョンジュ(清州)行き切符を買う。案の定チョンジュ(全州)の切符を出されてしまった。韓国語の発音は全く違うのだが、Morris.の発音では区別がつかないらしく、観光客が行くのは圧倒的にピビンパで有名な全州のほうだから、しかたがない。
地図を見せて清州の切符(6,000ウォン)を買うことが出来た。
1時12分発で、30分以上時間があるので、窓口で頼んで内部のコンセントを使わせてもらい、ちびくろでここまで打つことができた。
今日のバスもがらがらで、Morris.いれて4人しか乗っていない。もちろん右の窓側に座り、景色を楽しみながら、しっかり持参してきたビールを飲む。1時間くらいで着くと思ったら、公州まで1時間かかった。
清州高速ターミナルに到着したのが3時半だから、たっぷり2時間以上かかったことになる。
とりあえあず、ターミナル内の観光案内所で、観光地図を貰い、見所を尋ねる。国立博物館と、古印刷博物館だけは見ておきたいと思うが、明日は公休日なので、開館しているかどうかちょっと心配だったのだ。幸い明日は開館していると言うので、今日はどちらか片方見れば充分だ。
博物館は6時までなので、旅館探すより先に、荷物持って博物館に行くことにしたが、案内嬢が、ここは夜11時まで開いているから、預かってあげると言う。なんて親切なんだろう。
おかげで身軽になって、590番バス(600ウォン)に乗る。
一番後ろの席にちょっと派手な女の子がいたので、博物館前に来たら教えてくれるように頼んだが、手前で降りると言う。それでも色々話しして、一緒にいた友達に頼んで2ショットの写真撮って貰ったりした。韓国女性も茶髪は増えているが、日本ほどではないし、染めてもあまり目立たない色にするのが多い。この子みたいな茶髪はあまりいないようだ。
子供連れのお母さんに頼んで、停車地を教えてもらった。
「古印刷博物館」は芸術の殿堂の向かい側にある。入場料は660ウォン。「直指」という14世紀の韓国の書物が、グーテンベルクの42行聖書より古い、つまり世界最古の金属活字本であるということが、メインになってるようだ。活字中毒のMorris.としては見逃せない博物館である。
高麗時代の木版のお経の版木や、刊本、活字造りを再現した、人形を使った展示はすごく力が入っていて、顔なんか本物と見まがうほどだった。
活字の歴史と「直指」に関する映画も上映され、2階にはグーテンベルグ聖書を始め、世界の印刷史資料が展示されている。
実際に版木から、手刷り出来るコーナーもあり、コンピュータ室もあったが、これは日本語完全文字化けで使い物にならなかった。
世界の印刷機器のコーナーで写真撮ってたら禁止だと、叱られてしまった。
あまり知られていないが、韓国の博物館の中でもなかなかユニークないい博物館だと思う。2階のフロアで、これを打っている。 もう5時だから、国立博物館は明日にまわして、街でも見学するか、ターミナルまで戻って宿探ししてから街に出るか、どうしようか迷っているところだ。
もともとこの博物館は興徳寺址という遺構らしい。となりに小さなお堂があって、釈迦如来像が安置してあった。周りは芝生の気持ちよさそうな公園になっている。
清州は思ったより大きいし見所もありそうだ。バイオEXPOが開催されているとのことなので、覗くのもいいかもしれない。
初めはバスターミナル付近の旅館にしようかと思ったが、どうせなら街の中心部で宿探ししようと考えを変えて、一番の繁華街という道庁までバスで行こうとしたが、バスは1時間に1本くらいしか来ないと聞いて、タクシーで行く(2,200ウォン)。
ところで、所持金が底をついてしまった。6時前だから銀行はしまっている。外換銀行のカードを使うことにした。ところがなかなか外換銀行が見つからない。何人かに聞く度に方向が違う。警官に尋ねてやっとたどり着き、10万ウォンだけおろす。とりあえず、これで大丈夫。明日また銀行で両替しよう。
なるべくわかりやすいところで宿探ししようと、清州百貨店前の岐路を入っていったら、脇に「サンボ荘」という旅館を発見。これはもう、名前だけで絶対ここにしようと決めた。25,000ウォンというのを20,000ウォンに値引きして306号室に決定。ここもMorris.には上等すぎる部屋で、TV、冷蔵庫、デスクまで付いているのがうれしい。
512番バスで高速ターミナルへ荷物取りに行く、結構時間かかる。これなら直接カバン持って、博物館へ行ったほうが、時間的ロスがなかったようだが、親切な案内嬢にまた会えるから、まあいいか、ということにしておく。
ターミナルからは400番座席バス(1,000ウォン)で、百貨店前に戻る。途中、大きな市場や、ペット犬屋が並んでいる通りや、繁華街もいくつか見かけたし、清州って結構見所の多そうな街だ。明日は、EXPOはパスして、市内見物に徹することにしよう。
旅館に着いたのが8時過ぎで、TVでは北朝鮮-日本のサッカーやってる。前半0-0で終わった。これは見ておこうと思ったが、なんとなく動きがとろい。実はこれは女子サッカーだった。
カバンを整理していて、扶余の旅館に、ノレバンの曲目表の本を忘れたことに気づいた。久々の大ポカである。ちびくろ内蔵ノレバンは、曲目表が文字化けするので、あの本が無いと事実上使用不可ということになる。うーーん、これは痛いぞ。
扶余の旅館に電話して、もしあれば、パクサ宅に郵送してもらおうと電話したが、アジュマは、何もないの一点張り。多分パンフレットみたいなものと思ってごみと一緒に捨てたのではないかと思う。これはもう諦めるしかないな。今回の旅行では結構活躍してくれただけに残念だし、帰国してからも困るのだが、巻田さんかファピョンさんに借りてコピーすればいいだろう。気づいたときは、本気でプヨまで取りに行こうかと思ったくらいだが、そこまですることはないだろう。いっそ無いと言われて諦めがついた。
一風呂浴びて、街へ出よう。
ここら付近は、日中の繁華街で、9時前ともなると、ほとんどの店が閉店している。食堂も店仕舞い始めてる感じで、今夜の晩飯は屋台で、トッポッキ(1,000ウォン)となった。おでんも1本食べたのにこれはサービスになってしまった。どんどん清州の印象が良くなって行く。
パクサ、ミンヒさんに電話。そして一番古い韓国の友人ヤンジェインにも電話した。ジェインとファンソンウンの二人は、88年Morris.初めての韓国旅行のとき、南山図書館で知り合って、一緒に街を案内してもらい、それ以来、韓国に来るたび会っていたのだが、2月の旅行のときは、旧正月ということで、かえって遠慮して会わず仕舞いとなり、なんとなく気がかりだったのだ。今回は是非会わねばと、連絡した。ソンウンがホテルの厨房勤務なので、夜が空いてる日が少ないので、早めに時間調節をジェインに頼んだ。
明日一日で、清州を見物するので、今夜はなるべく早めに寝ることにしよう。
こちらのソジュは「C1(シーウォン)」という銘柄が多い。多分「シウォナダ-すっとする」という単語にかけている命名だと思う。

2002/10/03(木)曇●旅館でノレバン●

10時起床(@_@)
完全な二日酔だあ。
清州は見所たくさんみたいなので、もう一泊することにした。
タクシーで国立博物館へ(2,900ウォン)。ここも国立だけあって、展示物はそこそこ充実している。高麗時代の鉄製の釈迦如来は、ソウルの博物館のものと似ているが、Morris.はこちらの方が気に入った。
ここにもPCがあって、日本語も読めるのだが、送信はやはりローマ字しかできない。まあ無料だから文句は言えない。
今日はケチョンジョルという韓国の祝日らしい。
ちびくろで日記打っていたら、チョウンチョルという青年が話しかけてきた。故郷が釜山と言うので、Morris.部屋の韓国旅行記見せたら、とても喜んでいた。彼は飛行機の整備士らしい。
博物館の隣に「オリニチョンジクヮン--こども展示館」というのがあって、輪投げ,矢投げ、昔のおもちゃなどの展示のほか、実践教室みたいなのがあって、版木から拓本を取るコーナーで、十二神将の図像が格好よかった。兎の図を拓本にすることにした。売店で、紙とタンポンと墨汁買って(1,700ウォン)、係員の指示に沿って作業を進める。
まず版木の上に紙を置き、スプレーで水を全面にかける。その上に布巾をかぶせてブラシで全体をくまなく叩く。
布巾を取ってタンポンに墨汁を染ませて、新聞紙に擦り付けてある程度薄くなったところで、紙の上を叩いていく。思ったより簡単でうまくいった。なかなかの出来である。これはうさこちゃんへのお土産にしよう。
サムルノリの楽器も置いてあって自由に叩ける。それぞれ楽しそうだ。ケンガリか、ちび太鼓のどちらか買って帰りたくなった。
足で蹴り上げて遊ぶチギチェギもたくさんあったので、一つ貰った。これも神戸に持って帰ろう。
子供展示館の休憩室で、自販機のユジャチャ(柚子茶)飲みながらこれを打ってるが、もう2時だ(@_@)
そろそろ街に出よう。
博物館前のバス停に昨日乗った512番バスが来たのでこれに乗って、サジク市場というところで降りる。昨日バスから見た「ピョンヤンミイン--平壌美人」という看板が気になったのと、市場大好きなMorris.だし、また、このあたりには愛玩犬ペットショップがたくさんあるのでこれも覗いて見ようと思ったのだ。
ピョンヤンミインは、食堂か軽食の店だろうからここで昼食とるつもりだったが、美容室だった。ちょっと残念。しかしこのキャラクターは、とても可愛いぞ。
韓国人が犬好きなのは昔からだが、それは「食べたいくらい好き」を実践してきたと言う意味で、いわゆるペット犬はあまりいなかった。それがここ5,6年くらいの間にえらいブームになって、こうしたペットショップが、どこの街にもあるようになった。このサジク地域だけで20件以上並んでいる。
韓国ではどんな種類の犬が人気あるのか店員に聞いたら「ハスキー」とのこと。ちょっと日本とはずれを感じる。
サジク市場は、大したこと無かった。子犬がじゃれ付いてきてこれはすごく可愛かった。電気屋でデジカメ用のアルカリ電池を買う。4本2,000ウォン。電気屋主人に、清州で大きな市場はどこにあるか聞いたら「ユッコリシジャン」というのが一番で、何とMorris.の宿のすぐ近くだった。
バスで引き返し、さっそくその市場に向かう。韓国では珍しい本格的アーケード工事中だった。本当に広い。南大門市場くらいはありそうだ。
ちょっと雨が降りそうになったが、大したことはなかった。
両替しようと銀行に行ったが、閉まっている。今日は公休費だった。仕方ないのでまた外換銀行カードで10万ウォンおろす。これでほとんど残高なくなってしまった。ちょっと悲しい。お金あまったら少し預金して帰ろう。
何となく二日酔が抜けきれないので冷麺でも食べようと、探したら「ヨンシミプンシク」という軽食堂があった。ヨンシミと言うのは、昔大人気の漫画のキャラクターだ。14歳の女の子が主人公でMorris.も愛読してたから、嬉しくなってしまう。ここの冷麺(3,000ウォン)は、玉子と、大根と胡瓜しか入ってないシンプルなものだったが味はなかなかのものだった。
4時半頃、いったん宿に戻り、ちょっと休んで、また5時過ぎから先の市場に出る。
広さは確かに南大門くらいあるが、やはり店の数は少ないしビルになっていないから、規模としてはそれほどでもない。ただ、鶏、家鴨、兎などを売ってる店は多い。仔猫まで檻に入れて売られていた。
またケコギの店も多く並んでいて、一軒のショーケースには生首が飾られていた。思わず一枚写したら、店の女主人からちょっと文句を言われた。確かに生々し過ぎるかもしれない。
市場からちょっと狭い横道に入っていったら、いかにも味わいのあるコルモッキル(路地)が続いていて、数枚写してみた。
一通り市場をみてしまい、戻っていくとそのまま、昨夜散歩した、舗装された繁華街に繋がっていた。露天で靴下2足(2,000ウォン)買う。NikeとAddidasのマークが入ってるが、これは模様みたいなものだろう。
大通りの下は地下商店街になっていた。ここは高級女性服や、バッグ、アクセサリー店などが多くてあまり面白くない。だいたい韓国の地下街はMorris.には似合わない。唯一の例外はソウルのナンポドン地下街だろう。
ここの地下街の突き当たりがソンイルムンゴという書店で、なんとなく雰囲気が変だと思ったら、本棚が1mくらいしかない低さで、その上に本を平積みにしているので、本屋にしては見通しがいいのだった。
夕食は何にしようと考えて、ベンチに座っている青年にこのあたりで美味しい食堂を知らないかと聞いたら、ロッテリア横の路地の先にある「チョダン食堂」というのを教えてくれた。
立派な店構えでちょっと気後れしながら入ったが、メニューは5、6種類しかない。「スンドゥブペッパン」というのがあったのでこれにする。スンドゥブにはちょっとうるさいMorris.だが、ここのは文句無し、だった。
とりあえず、テーブル備え付けのガス焜炉でチゲを沸騰させるというのが、好感度大である。スンドゥブも純粋なスンドゥブで、かなり辛かったが、大満足の味だった。
スンドゥブも美味しかったが、パンチャンが10皿以上出てきたのにはびっくり、それも一つ一つが豪華で、量も多い。
白菜キムチ、水キムチ、チャプチェ、牛肉のそぼろ煮、青唐辛子炒め、玉子焼き、クルビ、スルメ、ピンデトック、チヂミ、胡瓜の和えもの、それにご飯とポテトサラダまで付いてきて、とても食べ切れない。上から見たらほとんど韓定食状態。ファゲチャントのポッサム定食に匹敵する、いやもしかしたら内容はこちらが充実しているかもしれない。
扶余に行ったら「ファゲチャント」、清州では「チョダン食堂」で決まりだね。
8時に旅館に戻り、風呂に入る。TVでは韓国-マレーシアのサッカー(今回は男子)やってるが、前半2-0で韓国のリード、まあ実力の差は歴然だから、あまり面白味はなさそうだ。
9時半頃、ビール2本持って旅館の番台部屋に行く、昼間アジュマがビール飲むなら一緒に飲もうと言ってたからだ。アジュマ二人がいて、歓迎してくれた。
ほとんど身上調査みたいな質問受けて、いいかげんな説明しながら、持って行ったちびくろで、Morris.部屋の、イパクサ部屋や、韓国旅行日記の写真を見せる。その後は、当然のようにちびくろノレバンタイム(^。^) 曲目表の載った本は無くしてしまったが、新曲、ポンチャク、追憶曲などがそれぞれ100曲ずつ、メドレーで演奏される機能があったので、ここはもちろんポンチャクを選び、約1時間、旅館内ノレバン状態となった。
10時半にお開きにして、夜の散歩を兼ねて電話かけるために外に出る。
地図にあったソンダン公園に寄ってみたが大したことはない。
ちょっと電話するのが遅れてしまったが、まずジェインに電話、ソンウンが夜空いてるのは明後日の土曜日だけとのこと。本当はその日ミンヒさんと会おうと思っていたのだが、、明日早めにソウルに戻り、夜に彼女と会うことにした。
2週間の今回の旅も残り5日になってしまった。パクサ宅には旅の終わりの二日間、6日と7日に泊まることにしよう。
2002/10/04(金)晴●バック トゥ ザ ソウル●

7時起床。
朝風呂に入り、午前中いっぱい清州を徘徊して昼過ぎのバスでソウルに向かうことにする。
あまり時間もないし、どこに行こうか地図を見てたら、割と近くに清州大学があり、博物館もあると言うので、バスで大学前に出る。校門から高台に向かって、プラタナスの並木のある広い車道がずっと続いている。普通の大学とはえらく感じが違う。案内図を見るとすごく広範囲にわたって校舎や関連建物が分散している。
車道は一般車道みたいだ。ということは、この大学は街路の中に各学部が分散していると言う造りなのだろうか。
9時前にやっと博物館を見つけて中に入る。入り口のドアは開いてたから、開館してるのかと思ったのだ。階段の下に若い女性がいたので、博物館見物できるか尋ねたら、ちょっと不審そうな顔をしながら、わざわざ事務室まで行って鍵を借りてきてくれた。実はここの開館時間は9時半からだったのだ。1階には、装身具や木製の箱、刺繍、絵画などが展示され、古い指抜きなどは嬉しかった。素朴な石の童子像はかわいらしかった。
次は2階に案内されて、厳重な鍵を開けてもらい、中に入ったらかなり広い展示室いっぱいに、土器、陶磁器がずらりと並んでいてちょと、びっくりした。
97年に開校50周年を記念して開設されたらしいこの特別展示室は、大学の博物館とは思えないくらい、充実したコレクションだった。
須恵器や、土器から、お得意の青磁、白磁、粉青沙器まで、国宝級のものはないにしても、充分鑑賞に堪える品が揃っていた。粉青沙器贔屓のMorris.も、最近はやや白磁の魅力に負けそうになっている。ここの白磁の小さなとっくりなどは、これで酒を杓いだらさぞ美味しいだろうなと思った。
案内してくれた女性は、ハン・エランという貿易関係の学部の大学生だった。韓国で今流行の穴明きジーンズはいて、気さくないい子だった。
清州が気に入ったと言うととても喜んでくれた。
しばらく大学を見物することにしたが、どうも全体がつかみにくい。なんとなく神戸大学と似ているような気もした。
バスでユッコリシジャンに出て、最後の市場見物しようと思ったが、見事にバスに乗り違えたようで、川を越えてしまったので慌てて降りたが、どこなのか良く分からない。橋を渡って、戻っていくつもりがまたまた道を間違えて、中央市場に出てしまった。ついでだからと見物したが、これもまたたいしたことはない。
またバスに乗って、今度はちゃんとユッコリ市場に到着した。時間が無いので、さっさっと見て、途中銀行で両替。今日のレートは100円=985ウォンだった。
11時過ぎに旅館に戻り、一休みして、アジュマに別れを告げ、バスでターミナルに。
電柱に「イパクサ」という文字だけのビラが貼ってある。キス観光ナイトクラブの宣伝のようだが、パクサと関係あるのだろうか。あとで聞いていたら、単に名前を利用されてるだけとのこと。それだけイパクサが名高いことの証拠だろう。
観光案内所のアガシに挨拶して12時半発の南ソウル行きバス(5,600ウォン)に乗る。
行き先からすると、高速ターミナルではなく、例の南部ターミナルに着くのだろう。
今日の昼食もバスの中でキンパ(2,500ウォン)である。以上までバスの中で打っている。
昨日、今日とかなり歩いたのでちょっと疲れているようだ。バスの中でしばらくうたた寝していた。
2時にソウル南部ターミナル到着、地下鉄乗り換えて鍾閣の定宿「ウォンガプ旅館」に着いたのが3時ちょうど。アジュマがいなくて、新しいお手伝いさんは良く分からないみたいなので、料金は後で交渉することにして、211号室に入る。
この部屋はこれまでのに比べてちょっと狭いようだ。そのかわり風呂+トイレはだだっぴろい。Morris.は狭いのは馴れてるから別に文句はない。
この旅館の娘は、絵を描くのが好きで、玄関にも、廊下にも、客室にも作品が飾られている。
前回の旅でも、少し紹介したが、折角だから、今回も2,3枚紹介しておこう。具象画も抽象画もどちらもこなすみたいだが、Morris.は圧倒的に抽象画の方が好ましかった。
ちょっと昼から下痢気味だ。これはまずいと、近くのデド薬局で薬を買う。2種類の錠剤4回分で4,500ウォン。高いような気がするのはMorris.がすっかりウォン=円の頭になってるからだろう。
6時にYMCA前でミンヒさんと待ち合わせ。時間どおりに来たのだが、何となくそわそわしている。携帯電話を学校近くのコピー屋に忘れてきたらしい。その携帯に電話して店に預かってもらうようにしたらいいと言ったのだが、今時の女子学生らしく、ケータイがひとときでもないと落ち着かないようだ。
とりあえず、インサドンの、オルゲンイ店に行く。今回は間違わないようにちびくろで前々回の旅行日記の写真を見せて、目的の「オルゲンイクッパブ」を頼んで美味しく食べる。ミンヒさんは、初めて食べるとのことで、美味しいとは言いながら半分近く残す。
その後「自由夫人」と言う飲み屋に入ろうとしたものの、ここは食事がメインとのことでパス。どうもミンヒさんがケータイに気が行ってるらしいので、とりあえず取りに行こうとバスで、大学まで行き、無事ケータイ取り戻したら、とたんに彼女の表情が明るくなった。余分な時間を使ったので、ミンヒさんの家の近くで飲もうと言うことになり、バスを待っていたら、偶然ジュンヒさんと出会う。一緒にチョンニャンリまで行き、ミンヒさん居住地のサガジョンまで205番のバスに乗る。途中キムスイルさんの店の近くの東部市場を通った。市場の本通りは昔風の趣だが、表通りには、若者向きの店が並んでいる。
やっぱりここは、要チェックである。
ミンヒさん行きつけのホプ「ヨモジョモ」に入る。ここで2,000ccのジョッキ頼んだら、ドライアイス仕掛けで煙りモクモクの凄いのが出てきた。
ここを出たのが9時半で、これからノレバンに行こうと言うので、1時間コースなら10時半に終わるから、充分地下鉄で帰れると思ったのだが、この「ソリノレバン」という店もミンヒさんの行きつけで、残り時間が3分だと思ったら、いつのまにか12分になったり、後5分になったらまた15分になったりで、これは受付でサービスとして無料で時間延長してくれてるらしい。結局二人で完全交代状態で、ほぼ2時間近く歌い続けたことになる。
ちびくろノレバンとは、迫力が違う。Morris.は、すっかりのどがつぶれてしまった。
Morris.は、キムヘヨンの「ソウルピョンヤンパンナジョル」に始まり「ファゲチャント」に終わる、ポンチャク中心、ミンヒさんは、x-japanの日本語曲から、韓国最新pops中心と、見事に対照的な選曲だった(^。^)
ミンヒさんは華奢な体の割りに凄いパワーで、高音が出る出る。というわけで、しっかりノレバンを堪能したのだが、店を出たら11時半。すでに地下鉄は終電過ぎてる。
バスは、まだ適当に動いている。鍾閣まで行くバスはなくても、チョンニャンリまで行くバスならある。というので、これに乗ってチョンニャンリ駅までもどり、そこからタクシーで鍾閣に戻る(5,000ウォン)。1時前に宿に戻ったが、風呂に入り、ビール飲みながらちびくろで日記打ってたらもう2時過ぎている。
明日は、11時までにパクサ宅に行き、一緒に音楽関係者と会うことになってるし、夜はジェインらと待ちあわせ。なんだか旅の終わりがけは、結構ハードスケジュールになってしまいそうだ。まだ、東大門も、南大門も、泥棒市場すら行ってないと言うのに。
例の薬は良く効いたらしく、お腹の調子はほとんど問題なし。いい加減疲労蓄積もあるし、そろそろ寝なくては。

2002/10/05(土)曇後雨●スイルさんスタジオ録音●

7時半起床。
8時半に宿を出て地下鉄でパクサ宅に9時半到着。パクサの話しによると、今日はキムスイルさんも一緒に、イルサン市のスタジオで、録音と打ち合わせがあるとのこと。これは見逃せないが、今日はパクサの歌はないと言うのでちょっとがっかり。5時過ぎまでやるらしいので、一緒に帰ると、ジェインたちとの待ち合わせに間に合わないから、途中で抜けることにしよう。イルサンはソウル市の西北にある街だが1時間半もあれば大学路に着けるだろう。
11時にマネージャーが来るらしいからそれまで待機だが、またパクサがキーボードのリズムボックスとギターで遊び始めた(作曲らしいが)ので、退屈はしない。
パクサはギターもキーボードもそう上手い方ではないが、ポンチャクのつかみは、さすがというか、第一人者だから当たり前だが、目を見張るものがある。
でも、すぐ飽きて、今度はTVを見始めた。パクサとTVを見ているとものすごく世話しない、ほぼ5秒ごとにチャンネルを変えるからだ^^;
これはもう習性としかいいようがない。シンパラムもこの性格があってこその産物だったのだろう。

先日同徳大学の日本語弁論大会のときもらったパンフレットの中に月刊「日本語」という雑誌があり、本来日本のアルグが発行している日本語教師のための雑誌の韓国版らしいが、中身は広告以外すべて日本語だった。手元に他の本がないこともあって、ちょこちょこ拾い読みしてたらなかなか勉強になることが書いてある。
たとえば相手に希望を問うとき「どこどこに行きたいですか?」と質問すると、相手の心理踏み込むので、使わない方がいいとか、ボキャブラリー不足から、一見子供のような状態になってしまうが、それを見て発話者の能力を侮ってはいけないとか、いわれてみればなるほどと思うことも書いてあるが、ブラッシュアップカレッジという疑似大学講座を模した中にある「国際社会学部」担当の春原憲一郎の文章は印象深かった。
世界と日本の関係を通して「日本語教育」を考える主旨で、外国語教育と言うのは一方的な輸出産業と捉えている。つまり強国が弱国に、一方的に負担を負わせることのひとつが、国語教育だということだ。
またナイーブを「=能天気」と訳したり、ユニークなところを見せている。

国や民族といった集団のアイデディンティティで鎧うのでもなく、かといって「結局一人ひとり違うんだ」といった個人主義に立てこもるのでもなく、個人と集団のどちらにもくみせず、粘り強いコミュニケーションをしていくことが、今ほど求められている時代(とき)はないのではないでしょうか。また同時に、「どうでもいいや」というニヒリズム、「関係ネーヨ」というシニシズム(冷笑主義)、「愉しきゃいいじゃん」というファナティシズム(熱狂主義)を越えて、隣人との共存の可能性をとことん追求していく、その営みの一つとして「日本語教育」を考えるのが、この学部の姿勢です。

11時に来るはずのマネージャーとキムスイル氏は1時間遅れてやってきた。ところが車が完全に停車する前にキムスイルさんがあわてて降りようとして、転んでしまい、ちょっと車に引きずられる形になったのでおお慌てで、助け起こしたが、大したこと無かったみたいで良かった。本当に一時は息がとまりそうになった。
それからまた1時間ほどかかってイルサンのビル内にある、スタジオへ。ほとんどPC専門スタジオなので、防音装置など無い普通の住まいみたいなところだった。とりあえず、ここで、パクサ、スイルさんとの3ショットを撮影してもらう。
スイルさんのキーボート(Technics KN-2000)のトランスが無くてスタッフが買いに行ってる間にパクサが、近くの喫茶店からコーヒーの注文をする。20分ほど持ってアガシが、アイスコーヒーを手提げカバンに入れて持ってきた。グラスにラッピングばっちりで、一度ひっくり返し、それにストローを挿して、みんなが飲み終わるまで待って、お喋りの相手をする。一応正装(ベージュ色のスーツ)してる。本物のパクサを見てびっくりしていた。
今日はスイルさんのキーボードをトラックごとに録音する作業らしい。まず、リズムボックスで、全体のリズムを決めてしまう。それからいよいよスイルさんの出番だ。ある程度全体の流れは出来ているらしい。スイルさんは、ポイントごとにオブリガートを入れるのが仕事らしい。
3時前にスタジオを失礼して、外に出る。イルサンは初めて来たが、ソウルの衛星都市で、オフィスビルが多いようだ。道路に沿ってやたら細長くて広い公園があった。
また広場では何かお祭りがあっていて子供たちが集まっていた。
地下鉄チョンパルサン駅の横には巨きなロッテデパートがあった。1月の釜山ロッテデパートで見た、駐車場案内嬢の振りを見ることが出来るかもしれないと、わざわざ裏の駐車場まで回ってみたが、いちおう案内嬢はいて、インカムでアナウンスしながら車の誘導をしてたが、釜山の優雅な(複雑な)動きとは程遠い平凡なものだった。
3時半前に地下鉄に乗って東大門市場へ出る。今回初めてだ。
実は、ミンヒさんが、漫画「っポイ!」の韓国語版を読んだといったので、これを買いたいと思ったのだ。どちらにしても一度は覗いておきたい市場ではあるし、大学路6時の待ち合わせまでにちょっとでも寄ることにしたのだった。
4時に東大門市場に着いたら外は雨が降っていた(+_+) ソパンソク社長に、明日か明後日会えないかと思い、電話したら、今南山のタワーホテルにいるからすぐタクシーで来いとのこと。6時大学路待ち合わせがあるが、とりあえず、こちら優先、ということでタクシーを捜すが、なかなか拾えない。どうも、逆方向で待っているらしい。急いで反対側にわたり、やっと拾えたのが模範タクシーだった。ちょっと高級なタクシーで、親切で、相乗りも無いのだが、ちょっと高い。普通のタクシーなら3,000ウォンくらいの距離なのに9,000ウォンかかった。まあ、それはいいのだが、道が大渋滞でホテルに着いたのが5時。しかもパンソクさんの姿もない。ロビーから電話したら、どうも、この本館ではなく、新館の方にいるらしい。しばらく待つように言われたので、そうしたが、10分以上経っても現れないので、ホテルのボーイに頼んで電話してもらう。こちらに向かってるとの答えだったから、もしかしたら別のところにいたのかもしれない。ロビーのソファでこれを打っている。
ジェインには、6時の待ち合わせを7時に遅らせてもらうよう電話したから、多少余裕はある。それにしても遅いなあ。
以上までホテルで打ったが、さらに20分待って6時近くなったのでまた電話したら、ホテルの前で待ってたとのこと。慌てて出たらパンソク氏がいて、彼も30分待ってたとのこと。さっきのボーイはどんな連絡をしたのか。パンソク氏もいいかげん帰ろうとしたところだったとか。すごい時間を無駄にしてしまった。でもともかくも会えて良かった。ただジェインとの待ち合わせまで1時間も無い。雨も降ってる。タクシー待っても来ないしどうしようと思ったらホテルバス到着。これで東大門運動場まで出て、近くの喫茶店でやっとゆっくり話しすることが出来た。ヘヨンさんは、今日は木浦で公演だとか。Morris.は、ヘヨンさんにも会いたかったが、パンソク氏に会えただけでもすごく嬉しかった。さらに何とヘヨンさん直筆サイン入りのものを含めて5枚ものCDをプレゼントしてくれた\(^o^)/例の「名品」2枚組みのほか、全く知らないものも2枚あって、ほとんど狂喜乱舞状態である。ヘヨンさんのホームページ教えてもらい、掲示板に書き込みすることを約束して惜しみながら別れを告げる。ほんと、会えて良かったなあ。
その後地下鉄4号線で、大学路のKFC前で待ち合わせ。先にファンソン、続いてジェインが来て、友人であるチェジュンホがシェフをやってる「ASHRE」という店に行く。ここはイタリアンレストランで、生演奏もあるなかなかの店だった。
ジェインもソンフンもたしかに年は取ってるが相変わらずで、ジェインは、無菌美肌クリームを開発して、売り出すところらしいし、ソンファンはホテルの料理室に勤務続けて、10月23日から5日ほど大阪に研修旅行に行くという。これは必ず会わねばと約束する。
9時過ぎにこの店を出て、ノレバンへ。今日は3人で1時間だから昨日より楽なはずだが、最初から全員ぶっ飛ばしだったので、やっぱり終わったら喉がガラガラになってた。しかし、今夜の食事や飲み代、ノレバンもすべて二人が出してくれた。土産の一つも持ってこなかったのに。ちょっと申し訳ない。ファンソンが大阪に来たときは歓待しよう。午前零時にパクサ宅に到着。

2002/10/06(日)雨●下痢と疲労とサムゲタン●

7時に目を覚ましたら、外はざあざあ降りだあ。旅の残り少なくなって最後の日曜日だから、今日は張り切ってソウル見物に徹しよう、黄鶴洞の泥棒市も楽しみにしてたのに、これはちょっと難しいかもしれない。
おまけに下痢がぶり返してしまった(+_+)昨夜パクサ宅で、夜中にちょっとお腹が物足りなかったので、帰り道買った肉饅頭を肴にビール1本飲んだのが祟ったようだ。
奥さんに行ったら「ソンファカル--松花粉」というのを溶かして飲ましてくれた。
晴れてたら朝のカラクトン市場にも行きたかったのになあ。これは明日というのも残っている。明日が月曜日で、博物館や美術館など軒並み休みになるから、今日はソウルのミュージアム回りでもしようか。ともかく、しばらく休憩してから出かけることにしよう。ちびくろはパクサ宅待機とする。
こんな調子だから、食事は遠慮するといったが、パクサは、こういう時こそ柔らかいものを食べておかないといけないという。今日は鶏のスープでお腹にもやさしそうだった。
11時にパクサ宅を出て、まず徳寿宮に向かう。ここには、美術館と宮中遺物展示館がある。徳寿宮には何度か行ったことはあるが、これらの展示館はまだ入ったことがない。
門の前に朝鮮の服装をした門番が二人立っていた。幸い雨は午前中でどうやら上がったらしい。
700ウォン払って入場。境内に白いテントがずらりと並んで、本が展示販売され、世宗大王の銅像の前ではライブ演奏が行なわれていた。キョウボムンゴの「本の広場」という催しらしい。案内嬢からパンフレットとバッジを貰う。フェイスペイント、ネイルペイントのコーナーが人気を集め、日替わりで作家のサイン会も行なわれると書いてある。
隣では、複数の版木で、古い本の1ページを木版刷りするコーナーがあり、Morris.も、「正民訓音」の冒頭のページを刷らせてもらった。もちろんこれも無料で持ち帰ることが出来る。ここまでは良かったのだが、またお腹の調子が悪くなってきた。下痢は相変わらずで、今度は腹が刺し込むように痛い。しばらく経つとそれほどでもなくなり、また痛みが出るという状態が断続的に続く。それに疲労と体力消耗に、睡眠不足が重なって、石段を上がるのがしんどい。休み休みしながら、宮内にある二つのミュージアムを見物。両者とも建物は西洋風の立派なものだが、中身はたいしたこと無かった。特に遺物展示館は、王様の使ったものや集めたものと、白木の建築模型、ほとんどがらくたみたいな仏像などが多く、これはもう、見たくない。
美術館ではリュ・キョンチェという画家の、わりと大掛かりな回顧展をやっていた。具象から抽象に移った画家らしく、後期の空間の多い抽象絵画は悪くなかったが、Morris.は、ウォンガプ旅館の娘の絵の方がよほど面白かった。彼女には是非抽象の道に進んで欲しい。
午後からは、徳寿宮の名物とも言える、結婚写真の撮影がそこかしこで行われ始めた。雨の後の曇空というのは撮影には割といい状態ではないかと思う。
宮の裏道を散歩して、カッチ(かささぎ)を写そうとするのだが、全然近くに来てくれない。
腹の具合としんどさのため、なかなか動くことが出来ない。
やっと2時前になって、市庁前の通りを歩いて北上する。途中、結婚式出席の韓服正装の家族に出会ったので一枚撮影する。
国立博物館に行く前に、パルパル旅行のゆかりの旅館「大元旅館」を訪ねてみた。残念ながらアジュマは、結婚式に出かけているとのこと。中庭は、10年前と比べると相当奇麗になっている。階段も新しくなっている。構造と配置は昔のままで、部屋はあいかわらず汚そうだった。
ほぼ一年間かけて世界25ヶ国を回り、中国からこちらに寄り、日本にもどるというカップルがいて、なぜか懐かしくて色々話しする。
ついでに中庭でMorris.も撮影を頼む。しばらく待ってもアジュマ帰って来ないので、土産の菓子パンをアジュマの部屋において、大元旅館を後にする。それにしても、すごく懐かしかった。
今回の旅では、扶余、公州、清州と3つの国立博物館を回ったから、ソウルは見ないでもいいかと思ったが、やっぱり一度は覗いておいても良かろうと中庭に入ったら、光化門前で、朝鮮時代の門兵の交代儀式が行われていたので、見物する。
そのあと博物館に行ったら、今日は第一日曜日だから無料にすると書いてある。700ウォン儲けたことになる。
駆け足で見たのだが、やっぱり中央博物館だけあってみるべきものは多い。これで入れ物(建物)がもう少しまともなものならなあと思ったら、パンフレットの裏に「新博物館鳥瞰図」というのが載っている。四角いビルが連立しているデザインはいまいちだが、規模を大きくして、新館ができるというのなら、大賛成だ。
場所もどこか分からないが、引越ししそうだ。Morris.の下心は、中国室の復活、つまり宋時代の木彫観音像をいまいちど見たいということに尽きるのだが。
ともかく、陶磁器のいくつかと、仏像の何体かを撮影する。扶余や清州の博物館では、後で見直したら撮影がいまいちだった。これは、ガラスのため、デジカメのピントが目茶苦茶になったらしい。
これを改善するには、ガラスから被写体までと同じ距離を加えた距離で、軽押ししてロックしておいてから、ガラスに近づきそこで本押しせねばならないことに気づいた。それでもこれはなかなか難しい。まあ、清州博物館までの画像よりはましだと思う。
4時前に地下鉄に乗り、新堂で降りて、泥棒市まで北に向かって歩く、泥棒市のだいぶ前から、皮ジャンの露店などが並んでいる。予想通り、日曜日で大変な賑わい様。通りのバックに並んでいる古いアパートの外部階段は締め切りだったり、タイヤや家具の捨て場みたいになっている。このアパートはすでに廃屋なのかもしれない。
そう言えば、昨日ジェインらと話したとき、ソウル市は、この泥棒市をつぶして、緑地公園にしよう、などという、とんでもない計画を持っているとか。これには、外国人であるMorris.も、大声で反対を表明したい。
元気なときなら大喜びで、歩き回るのだが、腹痛と疲労で数枚写真撮ったあとは、東大門市場にもどることにした。しかし一向にバスが来ない。しかたなくふらふら歩いてやっと市場に到着したら5時過ぎてたし、疲労は限界に近づいていた。
東大門では、漫画卸屋と、楽器店に寄ろうとしたのだが、いかんせん、日曜日は休みの店が多い。
実は日本の漫画「っポイ!」の韓国語版が出ているとミンヒさんに聞いたので、1巻目だけでも買おうと思ったのだ。しかし休みではしかたが無い。
そう言えば、鍾閣のヨンボン文庫に、たしかコミックコーナーが出来てたことを思い出して、地下鉄で鍾閣へ。
すぐに「っポイ」の韓国語版は見つかった。1巻から18巻までずらりと並んでいる。結構人気があるようだ。日本では今19巻まで出ていて、Morris.は17巻までしか持ってないから、18巻を買うことにした。3,000ウォンというのは、韓国の物価からしたらかなり高いと思う。
7時にYMCAで、杉山さんと待ち合わせ。まさかこんなに体調悪くなるとは思っていなかったのだ。
お腹の調子を考えて「サムゲタン」の美味しい店に連れて行って欲しいと頼んだが、知らないとのこと。近くの若い子に教えてもらい、その店まで行ったが、ここは専門店ではないから、別の店を探そうと言われる。Morris.は疲れていたので、ここでいいと思ったが、もっと美味しい店があるのならそちらがいいやと、つい同調したのが間違いで、美味しい店があるはずの市庁裏の一角は今日は日曜のため軒並み閉館、交番で聞いたり、他の通りを回ったりしながら、約1時間ほどうろついて、結局最初の店「プサンチプ」に落ち着くことになった。その間、Morris.は数回疲労で座り込んでしまった。お腹の刺し込みも時々出て、いっそもう帰ろうかと思ったくらいだ。
幸いこの店のサムゲタンの味はまずまずで、お腹もちょっとは落ち着いたらしく、どうにか杉山さんと、ホームページの話しなどすることができたが、Morris.はやっぱり疲れがひどく、2軒目はパスして、この店でずるずると話しして、10時過ぎに解散。
Morris.は6号線で、寝てしまい、目が覚めたら二駅先のソッケだった。しかしここで気が付いたから良かった。折り返しの下りは最終だったらしい。
そんなこんなで、ふらふらしながら、零時過ぎ、パクサ宅に戻ったら、パクサは、新曲の歌詞の整理に熱中していた。
今日は、本当にしんどかったあ。

2002/10/07(月)快晴●ROUND and AROUND●

9時起床。お腹の方は、まだ幾分重い感じがするが、昨日と比べるとずいぶんましのようだ。実質的には今日が最後の日だから、見残したものを見て、買い物も少しはしたいと思う。でもあまり無理はしないでおこう。今日もちびくろはパクサ宅待機だ。
まず地下鉄で梨大前に出て、梨花女学院の博物館からスタート。ここはこじんまりしている。1階では、「詩・書・画」という特別展をやってた。陶磁器や絵、民芸品などの中に文字が書かれているものや、書道用品などを集めたものであまりとりとめが無かった。小さな水滴の絵柄の可愛いものや、犬顔の魚の磁器などが目に付いたくらい。実は2階の大学歴史室を楽しみにしてたのだ。
ずっと以前に来たとき、昔の教科書や、制服などが展示されてたので、今回はこれをばっちりデジカメで記録しとこうと思ってたのだ。ああ、それなのに、歴史室はほとんどがらんどうで、壁に写真パネルが貼ってあるだけという、情けなさ。どういう理由かよく分からないが、完全に肩透かしを食ってしまった。
しかたなく、延世大学に向かう途中、ガチャガチャという音に振り向いたら、リヤカーにがらくたを積んだアジョシが、片手に鋏を持ってそれで音を出しているのだった。これは以前には良く見たのだが最近はすっかり目に触れなかったので、すごく懐かしかった。形はハサミでももちろん、刃はついてなくて、形もちょっと違う。アジョシに頼んで写真を撮らせてもらう。最初は嫌がってたが、Morris.がずっとこれをちゃんと見たくて探していたと言うと、快くOKしてくれて、握手して別れた。
延世の博物館も3年ぶりくらいだろう。こちらは、本当にとんでもなく充実している。土器の収集ぶりなどは、徹底しているし、3階の自然室には、鉱物、植物、昆虫の標本が陳列してあるし、鳥獣の剥製も多い。裏庭には、石像や石灯篭に囲まれた芝生の奥に韓国で最初の近代式病院「広恵院」の建物が移築されている。羊の石像がとても気に入った。気持ちよくてしばし芝生の上に寝転がっていた。
大学前の8番マウルバスで、独立門前へ。独立門と、公園、西大門刑務所記念館の前をさっさと通り抜けて、またバスで南大門市場へ。ここも走り抜けるように見て156番バスで東大門市場へ。裏道の写真をいくらかとって、ホナムチプという食堂で、焼き魚(サバ)定食(4,000ウォン)食べる。前の席に若いオートバイ運送ライダーがいて、ちょっとだけ話しをする。オートバイの荷台に驚くほどの反物を積んで走り回っている姿を良く見る。
その後楽器屋二軒回って「ポムサンサ」と言う店で、ケンガリ(40,000ウォン)買う。安いのは15,000ウォンからあったのだが、やはり音が全然違うのでちょっと奮発したのだ。
その後しばらく市場をふらふら見物して、バスでチョンリャンニに出て、205バスで気になっていた東部市場へ。昼間行ってみると、割と平凡な市場だった。しかし、市場からちょっと裏に回ると感じの良いコルモッキルにがあった。
一停留所分歩いて、同じ205番バスで、京東市場へ。ここは果物市場として有名、隣の韓薬市場まで歩き、29番バスでミアサゴリへ、そこから10番マウルバスでパクサ宅へ着いたのが7時。今夜はパクサ宅で一緒に夕食を摂ることにしたのだ。今晩のメニューは、何とカレーだった。まさか、韓国旅行の最後の晩餐がカレーとは想像だにしなかったが、これはこれでなかなか美味しかった。
今日はやたらバス乗り継いでめまぐるしく、あちこち飛び回った感じだが、これは結構楽なスタイルなのだ。Morris.は、博物館や市場に行くと、とにかく歩き回るので、バスに乗るたびに座って休息できるのだ。
バスだと移動中も市街を見物できるし、面白そうなところがあればすぐ降りて見物できる。その点地下鉄だと、確実に目的地に時間どおりに行けるが、その分面白味に欠ける。
今回、つい地下鉄の1万ウォン切符というのを買ってしまったため、これを消化しようとついつい地下鉄ばかり使う破目になってしまい、後から考えるとちょっと残念だった。
今日はそれを取り返そうという気持ちもあったのかもしれない。
バスだと、降り損なったり、違うところに行ったりすることも多いし、運転も荒いのだが、Morris.はそれを結構面白がる傾向がある。
次回は、バス、地下鉄共通で使える、交通カードを是非使ってみたい。
9時過ぎから奥さんがビールでも飲もうと部屋にやってきて二人で飲み始めたら、10時前に、ミアリ峠のクラブのママという、タヒさんがやってきて一緒に飲み始め、3人でノレバンへ行くことになった。パクサは酒飲まないし、カラオケは嫌いらしい。
今夜も、あまりいい顔しなかったし、Morris.の疲労のことも考えて、奥さんにやめるよう行ってたが、結局1時間だけと言う約束で子供つれて行くことになった。
行ってしまえば、もうそのままノリノリ状態。子供は騒音に慣れているので^^;平気で寝てしまうし、ノレバンの主人がどんどん時間延長してくれるので、結局1時間40分は歌い続けたと思う。ソウル最後の夜も、こうやって華々しく?終えることができた。
帰宅したら1時近くで、さらにビール飲んで2時就寝。

2002/10/08(火)晴●終わってしまった(;_;)●

[ノレチャランの夢]昨夜のノレバンの余韻が残っていたのか、えらくリアルな夢を見た。どこかの女性プロデューサーが、何かのPRを兼ねた喉自慢を企画し、それにMorris.も出場することになる。二人で、作詞作曲し、いよいよ喉自慢当日となる。入れ替わり立ち代わり出場者が歌う。審査員が意地悪で色々いちゃもんをつける。観客には知り合いが多く来ていて、春待ちファミリーBANDのメンバーもいた。Morris.は一番おしまいの出場で、待っているうちに寝てしまう。慌てて起きてパンツ一枚で舞台の方に走り出す。舞台ではプロデューサーが、Morris.の代わりに歌っている。それを聞いてやっとメロディを思い出したMorris.は、裏側に歌詞を印刷した団扇を持って、舞台へ行き歌い出した。その歌は3番まであって、何度も覚えさせられたが、目が覚めたらほとんど忘れていた。「お祭り音頭」というタイトルだった(^○^)
そんな、ややこしい夢を見てたせいか、目を覚ましたらまだ6時だった。これを幸いに、可楽洞中央農水産市場へ見物に出かけることにした。
蚕室から8号線に乗り換えて、市場に着いたのが、7時半過ぎ。これまで何度か訪れた事はあるが、たいてい昼間か午後で、一度は、朝の市場を見たいと思って、早めに来たつもりだったが、やっぱり市場の朝は早い。3時、4時でなければ、本当の市場の姿は見えないと思う。逆にこの時間は、取り引きが一段落して、これから、小売りの農産物を並べる前で、あまり見学には向いていない時間帯かもしれなかった。
そんなことは、関係なく、市場好きのMorris.の血は騒ぐ。広い構内をぐるぐる巡り、白菜をトラックに積んでるのを眺めたり、玉ねぎの外皮をエアスプレーで剥くさまにびっくりしたりした。
かぼちゃと、林檎はまだせりをやっていて、しばらく見る事が出来た。仲買の兄ちゃん(たぶん)が、林檎を目の前で割って、半分をMorris.にくれた。これは多分富士だと思うが、とても美味しかった。
途中手押し車のアジュマにコーヒー頼む。例の紙カップと同じ味、同じ値段(300ウォン)だった。
そのまま、東の畜産市場と水産市場へ。
畜産市場は、まあ大きな肉屋と思えば間違い無い。地階と1階が肉を裁作業現場で、2階は肉を中心にした食堂が並んでいる。
水産市場は、Morris.が一番好きな市場だから、入った時点で恍惚状態。釜山のチャガルチと比べるのは可哀相だし、ソウルならノリャンジン市場の方が規模は大きいのだが、それでもMorris.は、今回釜山には行かなかったし、最初で最後の魚市場ということで、満足だった。
Morris.の好みであるイカの水槽で泳ぐ姿があまり見られない。たいてい、平台の上に並べられている。それでも数軒は見つける事が出来て、そのうち一軒で1匹買い、その場でさばいてもらう。本来なら近くの軽食堂で食べるシステムになっているのだが、昼前ということで、まだ開店してなく、水槽のあるところのカウンターで食べる。酒はないかと言うとソジュを無料でサービスしてくれた。ありがたい。アジョシが話し好きでいろいろ話し掛けてくる。子供は男女ひとりずつで、息子が中三で受験生なのに勉強嫌いで困るとか、娘は優秀で奨学金まで受けているとか言ってるうちは良かったが、途中でトクト(独島=竹島)問題が出て、ちょっとややこしくなりそうだったので、Morris.が「トクトヌンウリタン」を歌ったら、大笑いで、片付いた。
せっかくだから記念写真撮ろうと言ったら、近くの兄ちゃんと一緒にMorris.を持ちあげての写真になった。同じ棟内の乾物市場で、土産用のスルメと韓国海苔を買う。
スルメは20匹で、1万ウォンから2万ウォン。海苔は大袋が、2,500ウォンから5,000ウォンだった。
パクサ宅への土産に、クルビ(10匹、15,000ウォン)と、葡萄(巨峰 一箱8,000ウォン)も買ったので、いかにも市場に買い物に来た雰囲気になった。
帰路、また地下鉄一駅乗り過ごしたりして、パクサ宅に戻ったのが12時15分。
奥さんが最後の食事を出してくれた。
しばらく休憩してたら、中学生のミナちゃんも帰ってきたので、パクサ宅全員との記念撮影をする。これだけは、デジカメのサイズをSからMに変更した。
2時に別れを告げる。奥さんとソンイル(4歳の息子)が、バス停まで送りに来てくれた。
途中本屋で、奥さんが、何か本を買ってあげると言ったので、週刊漫画誌「ヤングジャンプ」にする。
2時22分に来た空港バス(10,000ウォン)に乗り、キンポ空港経由で、3時半に仁川国際空港到着。予想通り早すぎるくらいだ。(ここまではバスの中で打つ)
早めに搭乗手続き済まし、空港内見物、と言っても、地下一階の商店街冷やかすだけ。
外換銀行があったので、今回引き出した額と同じくらいを預金しておく。とにかくこれがあれば、いつでもカードで引き出せるのでとても便利だからだ。ちなみに今日のレートは100円=975ウォンだった。
特に買いたいものもなく、ちょっと早めにチェックイン。こちらの空港も空港使用料は要らなくなっている。これはとてもいい。1万ウォン得したような気になって、免税店の並びの食堂で、ボソッチョングッチュク--きのこ粥(7,000ウォン)食べる。なかなか美味しかったけど、やっぱり高すぎるぞ。
18:22、定時に離陸。機内では窓側の席で、夜景を撮ろうと思ったが、これはちょっと無理だった。夕暮れの水平線はわりと綺麗に撮れたようだ。
ら2泊3日の韓国旅行で奈良から来たという隣席の二人連れに、ちびくろでMorris.部屋を披露。外付け充電池で、30分以上ホームページ閲覧しても大丈夫。
ちびくろ本体の電池はほとんど死んでるから、こうなると携帯するときは手放せないな。
20時ちょうどに関空着。JRで六甲道まで1,660円と言うのに、またまた「高あい!!」と思ってしまう。1万5千ウォンもあれば、ソウルから全州くらいまで行けるのではないだろうか。
大阪は雨模様だったが、六甲は止んでいた。11時前に帰宅。
ほとんどふらふらだったが、何はともあれ、ちびくろとデスクトップを繋いで、今回の旅行日記下書きのテキストをデスクトップにコピー。その後風呂を沸かしながら、メールのチェック。ソウルでは最後の4日間は、PC房に行かず仕舞いだったので、ちょっと不義理してたようだ。
風呂に入ってる間に、デジカメの画像を、デスクトップに移す。何と560枚もある(@_@) 風呂から上がってもまだ、取り込みは続いていた。
やっと取り込んだ画像一覧を、超スピードスライドショー(1秒きざみ)で見る。それでも10分近くかかってしまう。
Sサイズがほとんどなので、画面全体に拡大するとちょっと粗いし、手ぶれ、ピント外れが結構ある。でもホームページで使うサイズに縮小すればまず問題はなさそうだ。
それより、この中から、適宜選択して、画像ファイル名をつけて、レイアウトする作業を考えるとちょっとぞっとする。
睡眠不足なのだから、早く寝なくてはと思いながら、旅の余燼で、なかなか寝付けず、結局就寝は3時前だった。

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