top 歌集 読書録 植物 愛蔵本 韓国 春待ち calender mail 掲示板

2004年5月Morris.韓国旅行記
水原で拾ったポスター、キムワンソンやパンミが!!
そしてソウル(;_;)(泣いてどうなるのか)
2004/05/25〜06/05


今年2月に行ったばかりなのに、3ヶ月後に、またも韓国に行ってしまった。これはやはりちょっと無理があったようだ。

だいたいMorris.の韓国ワッタガッタ(行ったり来たり)は1年に1度が普通で、一昨年の秋から去年の初めにかけて3度も連続して行ったのは、済州島編集の手伝いと、韓国観光公社ホームページコンクール銀賞入賞の賞品が無料航空券だったという二大ラッキーが重なったからのことだ。

実は前回2月に帰国するとき、いつもは1年オープンの往復航空券購入するのに、つい「魔が差し」て、3ヶ月オープンのチケットを買ってしまったのだった。1年オープンより5千円ほど安かったということもあるが、ノレバン通いと、近藤さんとパクサ宅で異常に盛り上ったことから、なるべく早くまた来たいという誘惑に負けてしまったと言うべきだろう。

2月に帰国した後、やっぱりこれはあんまりだったかもな、と思ってる暇も無く、あっという間にチケット有効期限が近づいてしまった。

その頃またまた酒の上での不祥事で、眼鏡壊してしまい、それを買うために行くという口実ができたものの、支出が増す一方ではあるし、出発直前には、突然の偏頭痛に襲われてしまい、意気の上がらないこと。

とにかく今回は、インターミッションの意味で、早ければ4,5日、長くても1週間くらいの、短期間で切り上げようと決心した。それで今回は「お忍び」と称して、韓国の知人にもあまり連絡入れず、パクサ、近藤さんらと会って、後は眼鏡やテープや本など買うだけにしておくつもりだった。

しかし、これまでのMorris.の行動様式からすれば、きっと金が尽きるまで居座ることになるだろうという危惧はあった。まあ、後はなるようになるしかない、ということになる。

結果的に5月25日に出発して、部屋に戻ったのが6月5日だから12日間の旅だったということになる。短いとは言えないな(^^;)

旅の準備もおろそかで、忘れ物も多かったし、到着してからの日程や電気製品トラブルもあり、何となく冴えない旅行だった。

そして、帰国前々日の夜、頓馬なMorris.は身に付けていたデジカメや財布、鍵などの盗難に会うという、決定的ドジまで犯してしまった。

何と言ってもデジカメには今回写した画像200余点が入ったままだったから、これで落ち込まないわけはない。

そんなこんなで、今回の韓国旅行日記は現地でのデジカメ画像は皆無である。おまけにいつもなら、毎日ざっと打っておくはずの日記本文も、ちびくろ持参しながら使えなくなった(+_+)という事情もあって、臨場感の無いものになっているかもしれない。

手帳のメモと、頼りにならない記憶にすがって、文章のみで記すことにする。

Morris.の旅日記を楽しみにされてた少数の方々には、本当に申し訳なく思うが、一番がっくりしてるのはMorris.であることにかんがみて、ご寛恕願いたいm(__)m


2004/05/25(火)●頭の痛い出発●

数日前からの偏頭痛が治まらないままの出発である。午後遅めの便だから、あわてることも無いのだが、昨日までほとんど何も準備してなかったので、ばたばたと鞄に荷物を詰めてJR大阪12時50分発の関空快速で関空へ。例によって窓際の眺めの良い席を取る。待合いロビーにインフォメーションコーナーがあり、インターネット無料で出来るようになっていた。早速掲示板に書き込み。
今日はほぼ快晴で、雲を見ることの好きなMorris.にはあまり嬉しくない。
17:20インチョン到着。入国のときX線検査でカバンを開けさせられた。刃渡り36cmの刺身包丁はそりゃ目立つだろう。色々質問されてやっと解放。
レートは\100=1,010ウォン。10倍と憶えておけばまちがいない。
パクサに電話したら、先月近くに引っ越したところで、今日明日は、巡業があるので、明日の晩に電話することにする。
バスで鍾閣に出たら7時過ぎてたので、宿も決めずに韓国観光公社地下に直行。そんなに頻繁にメールチェックする必要も無いだろうが、ここは午後8時までだからとりあえず、挨拶代わりに覗いたのだった。
現金と言うか、韓国に到着したら偏頭痛はほとんど無くなってしまった。
すでに常宿と思っている東山旅館へ。つい3ヶ月前に2週間連泊したのだからアジュモニももちろん良く憶えていてくれて、4歳の娘も一緒に歓迎してくれた。
部屋はこの前の隣部屋で中はほとんど同じ。あの恐怖の狭い階段は、改めてすごいと思う。
洗顔すまして、TV点けて、ちびくろで初日の日記を打とうと、ACアダプタに交換プラグ付けて電源に差し込み、ちびくろにジャックを突っ込んだとたん、シュウーッ!!!という音と共にACアダプタの筐体から煙が出てる(@_@)狼狽してジャックとコンセントを抜いた。すごい匂いが立ち込めている。これは完全に入力電力過剰の症状だ。
それにしても、これまで何度も韓国旅行のたびに持って来て問題なく使えてたのにどうしたことだろう。2月にも、毎日東山旅館で使ってたのになあ。で、ふと思い付いてアダプタの筐体の裏を見たら「input 100-120V」と書いてある。ちびくろはもともと中古品を買ったのだが一代目が故障して、ネットオークションで買い換え、現在のものは二代目である。だからACアダプタは二つあって、これまで韓国で使えてたのは、海外使用可能な方で、今回のは日本国内用だった可能性が高い。
ちびくろの画面は電源抜いた後10秒くらいで消えてしまったが、ちびくろの内蔵バッテリはとっくにへたりきってるので、これでちびくろ本体がアウトになったとは限らないが、やはり心配である。とにかく現在のところ、サイト更新もちびくろ無しではおぼつかないのだから。ということで、初っ端から、何となくあたふたとしてしまったし、旅の期間中ずっと心のすみにしこりとして残り、不安な気持ちにさせられた。
結果的に、ちびくろは今回は、全く役にたたない、単なる「お荷物」になってしまった(+_+)
気を取り直して、インサドンに出る。明日は旧暦4月8日「プチョニムオシンナル(お釈迦様がおいでになった日=花祭り)」で、韓国ではクリスマスと共に公休日で、今夜は休日前ということで結構人だかりがしていた。
広場では例によって、寄付金集めのフォークライブやってたが、何と今回は楽器も持たず、スタンドの上にカラオケマシンと液晶画面セットしている。しばらく見物してスタッフにカラオケのことを聞いたら、マシンだけなら2百万ウォンくらいらしい。新曲はメモリボード交換。ノレバンのものより小型だが、PAさえしっかりしていれば音響的には全くひけをとらないようだ。
最初の食事は何にしよう。キョボ文庫方面の食堂街を流したらカムジャタンの看板が目に付いた。普通の韓食堂だ。韓国でカムジャタンといえば、大きな鍋にどかんと出てくるもので2,3人で一緒に食べるメニューで、価格も小さな鍋でも1万5千〜2万ウォンするので、一人旅のMorris.はなかなか食べる機会がない。しかしこの店は「カムジャタン白飯(定食)」というのがあって価格も5千ウォンと手ごろである。当然入ってみる。もう遅いのであまり客はいないが、出てきたカムジャタンは全く文句の無い一品だった。カムジャ(ジャガイモ)はもちろん、骨付きのでっかい肉の塊がごろごろと入ってる。味付けも合格だし、これからこの店も贔屓にしよう。
散策を兼ねて明日の準備をしてる韓国仏教最大のお寺「チョゲサ(曹渓寺)」にいく。境内一面に提灯が掲げられ、光る絨毯を敷き詰めたようになっていた。真下からデジカメで写したら幾何学模様的な美しい絵が撮れた。明日はここは宗徒と観光客でごった返すことだろう。
クモンカゲ(売店)は閉まってたのでコンビニでソジュ(韓国焼酎)2本買って、零時前に宿に戻る。TVはケーブルで、40chではNHKの国際放送を見ることが出来る

2004/05/26(水)●花まつり●

8時半起床。曇天のようだ。
KBS1の朝のドラマ「チルレッコッ(野薔薇)」を、見るともなく見てたら、BGMに懐かしの「As tears go by(Stones)」が流れた。
早目に市庁近くのプゴクッチブ(鱈のお粥専門店 5,000ウォン)で朝食取り、観光公社に寄ってから、チョゲサ方面に向かう。
今日の花祭りの催しはチョゲサで10時、15時、19時から行事があると書いてあったので、ともかく10時過ぎに行ってみたら、偉いさんの挨拶などばかりで面白くなかったので境内から出る。花祭りの胸章付けてもらい、屋台を冷やかす。
ずっと前に見た花祭りパレードがあるのかと楽しみにしてたのだが、今日はお寺の催しのみでパレードは23日の日曜日に行なわれていたらしい。
12時にききさんと待ち合わせる。近藤さんも寺に行くとメールにあったので、先にお土産だけでも渡しとこうと誘ったが、ベトナム人などの友人と一緒だし3時から別の用があるからと断られる。
ききさんとチョゲサに行ったが中休みなので、近くのコーヒーショップで一休み。日本語でイジヨンのことなど話してたら、初老の韓国人男性二人が、コピーした日本語のテキストみたいなものを持って話し掛けて来た。なんでも、赤十字ボランティアで、神戸地震に関する文書の翻訳をやってるのだが、どうしても分からない単語や表現があるので、できれば教えてほしいとのこと。Morris.が神戸から来て、地震の被害にもあったというとびっくりしていた。
わからない単語と言うのは、「黒子(くろこ)」「地道」「かってでる」といったものだった。さいわいMorris.にもわかるものばかりだったので、ほっとした。
そのまま昼食に向かう。Morris.の希望で、ききさんが昔通っていたというスンドゥブの店へ。何故か店内に洋画をいっぱい並べた店でスンドゥブも不味くはなかったが、豆腐がトロトロでなかったのが残念だったし、7千ウォンというのはちょっと高い気がする。その後、東大門運動場のピョルクシジャン(蚤の市=泥棒市)に赴く。
実は今回の旅の目的の一つに、前回、4と5の日にのみ開かれるソウル郊外のモランシジャン(牡丹市場)で、見かけて買わずにしまった、イウナのトロットメドレーテープ2本組を是非買わなくては、というのがあって、もしかしたらここにあるのではないかと思ったのだった。しかし、数軒のテープ屋台には見当たらなかった。
蚤の市も休日のため、屋台や人出も多かったし、飴売りの滑稽な踊りチームなどもあったが、やっぱりMorris.は黄鶴洞の三一アパート前の不法かつ開放的な泥棒市が懐かしい。
ききさんは根っからのイジヨンファンで、先般Morris.がイジヨン部屋立ち上げたのも、前回会った時に勢いでききさんに約束したからに他ならない。彼の秘蔵の当時の「ミュージックライフ」を見せてもらう。表紙がイジヨンで記事も掲載されている。デジカメで撮影して、帰ってから追加記事にしよう。
その後は、もう、行く所はノレバン以外に無い。鍾路3街の2Fのノレバンに入り、当然の如く、ここにあるイジヨンナンバーを交互にほとんどすべて歌い尽くした。ききさんは昨夜も飲み会があって朝帰りで宿酔気味のためか、前回よりはちょっとトーンが低かったようだ。ノレバンのアジョシが延長サービスしてくれたので、1時間分の料金でたっぷり1時間半歌うことが出来た。ラストに十八番の「シントブリ(身土不二)」歌ったら100点が出てなかなか気持ち良かった。
ききさんとは、ここで別れ、Morris.はまたまたチョゲサに戻る。7時からはお祈りの時間だったらしく、日本語とはちょっと発音のちがうお経が数人の僧侶によって朗々と唱えられる。檀家の女性たちのチマチョゴリ姿も美しいし、小坊主たちも可愛い。結局Morris.も一番前に座り込んで2時間近くお祈りに参加した。それが終った後、境内では20人くらいの農楽が始まる。もちろんMorris.は大好きだから人垣の一番前に陣取って見物。だんだん興が乗ってきて、リズムも速くなり、数人のアジュマ、ハルモニが楽団の中で踊りはじめる。Morris.もカバンから玉子マラカス取り出して、リズムに合わせる。
そのうち、チャンゴ叩いてたアジュンマ(おばちゃん)がMorris.の腕を引っ張り中で踊るように言う。こうなったら行くしかない(^_^;) 結局この後、農楽終るまでおどりつづけてしまったよ。
また零時過ぎに寄宿。当然ソジュも買ってきて呑みながら寝てしまったようだ。

2004/05/27(木)●刺身包丁お届け●

9時起床。すごくいい天気だ。洗顔、洗濯すまして、外に出る。
旅館のすぐ近くの食堂でユッケジャン(4,500ウォン)の朝飯。いかにも庶民の食堂という感じで美味しかった。
今日は可楽市場(ソウル中央市場)内の水産市場のナムムンミョンさんに頼まれて買ってきた刺身包丁を届けに行くことにする。前回頼まれたのだが、あの時は昼前から烏賊の刺身振る舞われて、ソジュを一人で浴びるように呑んで、えらいことになってしまったので、その罪滅ぼしということもあって、この頼みだけは応える必要があったのだ。
昨夜電話して、今日行くことは伝えてあったのだが、また観光公社でメール送受信や、掲示板に書き込みしたりしてたので、市場に到着したのは12時前だった。ムンミョンさんの店に行ったら若い衆がMorris.の顔を覚えていて話し掛けて来たのはいいのだが、肝心のムンミョンさんはすでに自宅に帰ってると言う。市場の朝は早いから一眠りしに戻ったと言うのだが、刺身包丁の代金を貰わなくてはならない。2万5千円以上するものだから仇やおろそかにはできない。自宅に電話してもらい2時頃に出てきてもらうことになった。それまで市場見物だ。Morris.は市場大好きなので2時間くらいはどうってことはないのだが、今日はえらく暑い。黄色いチャムウェ(真桑瓜)1個千ウォンで買い、皮を剥いてもらい、頬張りながら歩く。
市場の昼間と言うのはすでに仕事終った部門がほとんどで、何となくのんびりしてる。葉っぱのついたマヌル(ニンニク)の山や、西瓜の大群、市場に似つかわしくない可愛い犬などの写真撮ったりしながらふらふらする。
2時過ぎに水産市場に戻り、2時半くらいにやっとムンミョンさん現れる。前回の失礼を詫びて包丁を見てもらう。前回は45cmのもの2本と頼まれていたのだが、千日前道具屋筋で、刃渡り46cmと言ったら、そんな長いのはなくて普通で一番長いのがこの刃渡り36cmのものだったのだ。値段が張ることもあって今回は一本だけにしたのだが、それでよかった。彼の思惑よりちょっと長いということだった。充分使えるのだが、刃渡り30cmくらいのものを次に持ってくるよう依頼される。45cmというのは柄まで入れてのことだったらしい。
それはともかく代金も受け取って一安心。再会を約束して市場を出る。
向かう先は南大門市場。懸案の眼鏡を買いに行く。前回懲りたので辺鄙な店は止めて市場内の大きそうな店を数軒回る。Morris.好みの鼻当てなし真ん丸枠のものはあまり無くて、いろいろ迷ったが、出口近くの2階にある「南門眼鏡」と言う店でまずまずのものが見つかったので、ここに決定。担当のクォンデュンさんが親切で、細かい注文にも応えてくれるし前回の技術いまいちの店に比べると、天地の差だった。それにMorris.が時々使ってた小型眼鏡のネジ山が完全に潰れているのを見せたら、無料で取り替えてくれた。これはすごく嬉しかった。
店を出たら雨が降っていた。パクサに電話して、明日訪問することにして、地下街からウルチロ3街の書店など冷やかして、比較的早めに宿に戻る。YMCA横の前回よく通った饅頭屋に寄ろうと思ったのだが、すでに様変わりして、持ち帰りの粉食屋になってた。本当にソウルでは食堂などの入れ替わりが激しい。
ここでキムパ(韓国海苔巻)やティギム(てんぷら)など買う。雨だし部屋でTV見ながら、ソジュを呑む。

2004/05/28(金)●パクサ宅へ●

目が覚めたら、あじゃじゃ、どしゃ降りである。11時からMBCの歌謡番組を見る。パクサ宅には3時過ぎに行くと言ってあるので、宿のアジュモニに傘を借りて近くの楽園市場の映画館で時間をつぶそうと思う。「シルミド」でもやっていればと思ったが、すでに終って、今公開されてるのが「ハルインセン(下流人生)」というタイトルで、これはあまりに就きすぎだと思うのでパス。
どうせなら鍾路4街の老舗映画館「タンソンサ(団成社)」まで足を伸ばしてみたのだが、何と団成社は新築工事中、近くのアカデミーなど数軒あった映画館も大きなビルを建設中だった。しかたなく近くの漫画部屋でしばらく時間をつぶす。
結局パクサ宅に到着したのは4時前で、パクサ宅といっても訪れたのは一般住宅の地下にあるパクサのスタジオ用の住居だった。家族はすぐ近くの高層住宅に住んでるようだ。
挨拶をした後は、Morris.持参のビールで乾杯して、早速パクサが何か歌えと言う。歌詞無しで歌える持ち歌は数少ないのですぐ詰まってしまう。パクサが「ギターブギ」の歌詞を紙に書き出して、歌唱指導するという。聞いたことはあるが歌ったことはない。それでも何とか合わせて、賑やかにやってたら、前回楽しませてもらった国楽のヘギョさんと、イベント屋のユンハンギルさんがやってきて、ひとしきり呑んで歌って時を過ごす。
パクサ夫人はまた、昼から夜遅くまで別の仕事に通っているらしい。
夜になって、住宅の方に場所を移し、1時前に悪ガキソンイルの部屋で寝ることにした。
夫人は深夜に帰って来たらしいが挨拶もできなかった。
今度のアパートは前の住居に比べるとちょっと狭いが7Fだから見晴らしはまずまずだ。中学生になったミナちゃんは、夜遅くまで塾に通っているようだし、以前のような家族団欒の時間がほとんど無いなのが残念でもある。

2004/05/29(土)●鉄道博物館と水原山城●

雨もどうにか上がった模様。9時過ぎパクサに起こされて、朝飯に出る。
自転車に乗って、へジャンクッチブ(解腸湯店)へ。ここはすごく美味しくてパクサのお気に入りらしい。なるほど自転車でわざわざくるだけのことはある充実ぶりだった。普通ヘジャンクッといえば、どちらかといえば素朴で身の少ないスープ系が多いのだが、ここのは、カムジャタンに入ってるような骨付き肉の塊がごろごろ入ってるし、味付けもばっちり。これで5千ウォンは確かに安い。
その後またパクサのスタジオに戻りごろごろしてたが、特に今日はパクサの予定も無いと言うので、12時前にパクサ宅をいったん出て一人で見物に回ることにした。本当は今日は9の日で、牡丹市場やってるからそちらに行こうかとも思ったのだが、まだ行ったことのない水原近くの富谷にある鉄道博物館に向かうことにした。ソウル駅旧館の2階にあった博物館は2度ほど行って、それなりに楽しんだのだが、今回の新ソウル駅移転で博物館もなくなり、ちょっと淋しいと思っていたところ、「東山旅館ものがたり」サイトのぷりんすさんから、鉄道博物館はもともと富谷に本館があると教えてもらったのだった。
富谷鉄道博物館チケット水原行の電車で富谷に着き、10分ほど線路沿いに歩いて博物館に到着。外からも蒸気機関車などが見える。入場口のアガシに唐突に「もしかして65歳以上ではありませんか?」と尋ねられてちょっと驚いた。まあ65歳以上は無料で入場できるからそれを確認したのだろうが、いくらなんでもなあ、とちょっと落ち込んでしまったよ(^_^;)ともかく400ウォン払って入場。
SLやジーゼルなどの車輌が10台前後並んでいて、梯子で中にも入れるようになっている。Morris.が気に入ったのは、美しく手入れされた構内の芝生花壇にミニレールが巡らされていることだ。きっと休日などにはここをミニサイズのモデルトレインが走るのに違いない。これは見ておきたかったな。
本館は思ったほど大きくないが、えらく新しくて奇麗だ。1Fのホールには、小さ目のSLが展示してあり、第一展示場は、前にソウル駅の博物館でみたのとそう変わりなかった。昔の釜山駅のミニ復元モデルは初めてだったし、なかなかかっこいい。しっかりデジカメにおさめる。
2Fには映像室と、鉄道の未来展示室。休憩を兼ねて映像室で9分割のマルチビデオ映像をしっかり全篇見る。50人くらいは入れる部屋を一人占めというのは贅沢といえるかも。Morris.はあまり内容はわからなかったが、司会進行の駅員制服姿のアガシの艶姿に見惚れていた。
博物館を出たら2時過ぎていた。どうしようか迷ったが、水原がすぐ近くなので、久久に水原城に行くことにする。
せっかくだから富谷駅前の商店街を冷やかしたが、見るほどのことはない。ただ小さなレコード屋があったので、イウナのデッドストックでもないかと入ってみた。イウナはなかったがスピーカーからイジヨンの新人賞受賞曲「ナンサランウルアジンモラ」が流れてきたのでびっくり。若い女性店員に聞いたら、ムングニョンが歌ってると言う。ききさんがカバーの話をしてたのがこれらしい。嬉しくて、これイジヨンのカバーだよね、と、念押ししたが、店員はイジヨンの名前すら知らなかった(+_+)
水原駅はすごく大きく立派になってた。
イウナのオリジナルCD水原城は10年ぶりくらいだ。駅から山城までがこんなに遠いとはすっかり忘れていた。結局1時間以上歩いて八達門(南門=山城の正門)に着いたのが5時近く。
近くのレコード屋でしつこくイウナのトロットテープ無いか尋ねるが見当たらない。変わりにオリジナルCDの持って無いのがあった。一部ベスト盤にも入ってるが、知らない曲もあったので購入する。
とりあえず山城の一部だけ見れば充分だろうと思ったのだが、Morris.の性分として、こうなると結局一周(約6km)してしまうんだな、これが。これもまた一種の貧乏性なのかもしれない。すっかり整備されて、過去の遺跡としての価値はほとんど無く、見事な観光資源となってる。高低があって、要所要所に門やのろし台、楼閣などが配してある。市民の散歩コースとしても親しまれているようで、水原市民がちょっと羨ましくなった。
途中大きな釣鐘があり、有料で突けるというので、Morris.には珍しく大枚千ウォンを払って突いてみた。3回突けるらしい。貼り紙には「一突目は父母のため、二突目は家族のため、三突目は自分のため」と書いてある。Morris.の場合、父母も家族もいないから、一突目は日本の友人、二突目は韓国の友人のために突くことにした。あれだけ大きい鐘だと余韻が永くて気持ちが良かった。
帰りはバスで駅まで戻り、パクサ宅に戻ったのが10時前だった。何とパクサ手ずからのテンジャンチゲが出てきた。実はずっと前に一度パクサのテンジャンチゲ食べたことがあり、それが実に不味かった(+_+)ので、今回も期待してなかったのだが、これが結構美味いっ!! パクサ、いつのまに料理の腕をあげたんだ?
11時過ぎにパクサ知り合いの演歌歌手オセグンとマネージャーがやってきた。オセグンは韓国人ばなれしたバタ臭い風貌で、デモテープの新曲「アカシアなんたら」を聞かせてくれた。なかなか凝った作りだが、流行るかどうかとなると、??である。日本の演歌に関心があるのでMorris.にあって話をしたかったらしい。マネージャーに誘われて、近くの焼肉屋で、スユク(蒸し肉)あてにソジュ飲み交わす。帰国後、日本の演歌のテープを送る約束をして別れる。

2004/05/30(日)●偏頭痛再発●

9時起床。昨夜はそのまま、パクサのスタジオで寝た。洗顔して、パクサ宅を辞去する。パクサには明日か明後日には帰国するようなことを言っておいた。そうでも言わないと、なかなか解放してもらえない(^_^;)
雨は上がっている。11時半くらいに東山旅館に到着、一昨日までと同じ部屋に入る。アジュモニは戻って来たことをえらく喜んでくれたようで、手作りのチャプチェを部屋に差し入れしてくれた。
12時から、チャプチェをアテに買ってきておいたビール飲みながら、KBSの「全国ノレチャラン」を見る。やっぱり面白いし、韓国でリアルタイムで見ているというのがいいな、などと思ってしまう。
のどじまんの後は、ピマッコル(避馬路地)にあるモギョクタン(沐浴湯)に行く。今回は旅の5日目にして初めてだが、韓国人は、銭湯には1週間に1度くらいが普通である。夕方までは3,500ウォンというのは前回確かめておいた。
観光公社地下のインターネットコーナーでしばらくメールチェックや、書き込みなどして、ロッテ百貨店10Fの免税ショップへ。Morris.とは無縁なところだが、冬のソナタブームを当て込んで、ペヨンジュンをCMキャラクタに起用してキャンペーン展開していると噂に聞いたので冷やかしに行ったのだった。エレベータのドアにでっかい写真があるし、店内はたしかに、これ目当てらしい日本人女性客が多かった。ガイドブックに来店したらポスターもらえると書いてあったので、受付でそう言ったら「50ドル以上お買い物したお客様に限られます」と言われてしまった(+_+) おいおい話が違うじゃないかと文句言ったら、ホテルの免税店に行ったら、と耳打ちされた。早速行ってみたら、こちらはガラガラで、店員に頼んだらすぐくれた。ちゃんと長細い箱に入れてあるが、中身は何と言うことない宣伝用ポスターである。それでもいちおう持って帰ることにした。
ヒップホップミュージシャンDIGIRIのポスター地下鉄で梨大前まで出て、新村駅で、イムジンガン(臨津江=イムジン川)の展望台に行くための時刻表をチェック。駅員の話によると、展望台に行くには、臨津江駅から乗り換えて次のトラサン(都羅山)まで行く必要があるらしい。時刻表をみると、8::58,9:58,10:58の3本がトラサン行に接続しているが、展望台の観光が出来るのは8:58と10:58の2本だけで始発はソウル駅らしい。それでは明日にでも行ってみますと言ったら、月曜は休みだと言われてしまった。明後日にしよう(^_^;)でも、聞いておいて良かった。
前回偶然見つけたはんこ屋を再訪する。ローマ字とハングルで作ったはんこが気に入ったので、また何か作ってもらおうと思ったのだった。はんこを捺した名刺を渡したらすごく喜んでくれた。4月末にKBSの特集で取り上げられ、それ以来えらく人気が出て、忙しすぎて嬉しい悲鳴をあげているらしい。たしかに、ひっきりなしに客が訪れる。はんこも普通なら翌日渡しで、別注の木片象嵌のアクセサリーなんか1ヶ月以上待たされるらしい。Morris.は顔を効かせて??1時間で作ってもらえることになった。
時間潰しにまた街を冷やかしていて、縦長のかっこいいポスターを見つけた。DIGIRIという、ヒップホップ系のミュージシャンらしい。白黒の写真で、ソウルの街並みをバックに、くだんのミュージシャンが屋上で踊ってる絵で、これまで韓国で見たポスターの中でも一二を争うくらいの出来だと思う。折角だから(^_^;)記念に持ち帰ることにした。
待ち時間に杉山さんに電話する。日曜日だから休みだと思ったのだが、仕事だったらしい。すでに食事は済ませてたらしい。
それでも7時半に新村ロータリーで待ち合わせ、「コバウ」という裏通りのディープな焼肉屋に連れていってもらう。
ドラム缶をボイラーにしてその上に四角い鉄板を黄色い枠で囲んだテーブルが10ほど並んでいる。なかなか絵になるし、実際以前、TVドラマのロケにも使われたことがあるらしい。店にはアジュモニが5,6人もいるのだが、みんなTVの前にたむろして番組に熱中している。
テジコギ(豚肉)とビールを注文して乾杯。とろ火でじっくり焼くスタイルらしい。Morris.が熱心にデジカメ撮影してたら、杉山さんが椅子の上に立ちあがり真上から、肉とMorris.の姿を一緒に写してくれた。味は悪くなかったが、Morris.は、急に偏頭痛がぶり返したらしく、いまいち調子が上がらなかった。前回も、杉山さんを食事に誘いながら、先に自分だけ食事してしまったりと、失礼なことをしたのに、今回もまた、何か冴えない雰囲気で、申し訳ない感じがする。
本当は、その後「とんあり」にも顔を出そうと思ってたのだが、偏頭痛に加えて吐き気まで催してきたので、11時前に宿に戻る。

2004/5/31(月)●森林浴●

8:00起床。偏頭痛はいくらか納まったようだ。気持ちの良い晴天である。洗濯すまして外に出る。観光公社に寄ってから、前回すっかり気に入った「ウリチプ スンドゥブ」を食べようと、店を探し回って(Morris.は方向音痴)やっと見つけたが、ここは11:30開店で、まだ1時間ほどあるので、今日は断念して、近くのタロクッパブ(5,000ウォン)というのを食べたが、これはヘジャンクッみたいなもので、美味くも不味くもないと、いったところ。
そのままソウル駅方面に行く途中、市庁前広場で野外ステージ設営やってた。何をするのか聞いたら、明後日、6月2日の夕方から、韓国-トルコのサッカー親善試合に合わせて、あのワールドカップの「Be The Red」の再現を狙って試合前に、1時間半のライブ番組をやり、その後は巨大スクリーンで試合を観戦して応援しようという企画らしい。これは是非参加しなくてはと決心した。
駅の北側に小さな金属町工場が軒を並べているコルモッキルがありしばらく見物して撮影する。その後
ソウル駅旧館に行く。中を覗き込むが、構内はまるで空き地状態で何も無い。駅の回りには、浮浪者の数が倍増している。
今回の旅はいまいち盛り上がりに欠けるし、体調もぱっとしないので、今日はどこか郊外の公園でゆったりしようと思う。とにかく、どこか地下鉄の終点まで行けば、何とかなるだろうと、4号線の北東の終点駅「タンコゲ」まで行く。予想通り駅のすぐ北側は小高い山地になっている。
とろとろと登り始める。途中までは畑があって、結構人も住んでいるようだが、標高100mくらいを越えると田舎の裏山といった風情で気持ちがいい。
所々に岩肌があって、眺望も開ける。
韓国は植物相もほとんど日本と同じだ。時々リスが走りすぎて行ったりする。
途中直径10mくらいの立ち木に囲まれた空き地があり一人掛けの椅子数脚が置いてあった。特に施設として設置されてるのでなく、住民が適宜持ってきた感じ。これに腰掛けてしばらくくつろぐ。
木洩れ日の下、吹き来る風がとんでもなく心地良い。カッチを始め色んな小鳥の声も聞こえる。ちょっと大き目の鳥が枝の前に止まったので、ヒヨドリかなと思ったら、突然「カッコー」と鳴いたので、鳥の名がわかったりもした。
この山で3時間近く過ごして、駅の方に降り「タンコゲ冷麺」という食堂で、ムルレンミョン(平壌冷麺、5,000ウォン)食べる。嬉しかったのは釜山の「元山麺屋」と同じように、ヤカンに入ったスープが出てきたことだ。元山のスープよりちょっと味は薄めかなと思ったが、塩と胡椒入れたら目茶苦茶美味しくなった。冷麺もシャーベット風のスープが美味しくて、酢をたっぷりかけて、すべて平らげてしまった。
駅付近の昔風の街並みをしばらくふらついて、今日は早目に宿に戻る。

2004/06/01(火)●臨津江展望台DMZ●

8時半起床。あじゃじゃ、である。今日は臨津江展望台に行くので、ソウル駅8:50に乗るつもりだったのに。
今回は旅行用の目覚まし時計持ってくるのを忘れたのが、こういうときに祟るな。まあ、10:50発で出かけることにしよう。天気はまずまずのようだ。
新しいソウル駅を使うのは初めてということになる。臨津江駅までは1時間ちょっとで1,300ウォン。本当に韓国の交通費は日本に比べると驚くくらい安い。
臨津江駅のホームの看板には「←ピョンヤン250km ソウル51km→」と書いてある。これは写しておかねば。この国鉄路線は「キョンウィ(京義)線」で、ソウルから北朝鮮の新義州までをつないでいた。いわばユーラシア大陸に繋がる路線で、南北を繋ぐ幹線だったわけだ。そういえば、今回乗った普通列車も名前は「トンイルホ(統一号)」だった。
DMZ団体観覧チケット都羅山駅に行く列車は1時間ほど待って出るようだが、展望台などの観光は、団体として行く必要があり、窓口でパスポートなど提示して、セット料金5,700ウォンを払い首から掛ける番号札を貰う。Morris.の貰ったのは「38番」だった。何か象徴的なものを感じてしまった。
後で観光公社のパンフレット見たら、ソウルから直接バスで観光するツアーがあり、これだと一人46,000ウォンくらいするらしい。
売店で軽く食事しようと、メニューを見たら「追憶の鍋うどん(4,000ウォン)」と書いてある。貧相な鍋に、やっぱり貧相なうどんを入れて並べて熱するもので、朝鮮戦争直後の混乱期に良く食べられたメニューらしい。予想通り不味かったし、ポスターの写真にある玉子も入って無かったが、まあこれも話のタネということで(^_^;)
都羅山行の列車も普通の統一号で、10分足らずで都羅山駅に到着。駅前に赤い観光バスが待っていてこれに乗って、南侵第3トンネルへ。これは北朝鮮が密かに掘っていたトンネルで78年に韓国によって発見されたものだ。現在は完全に観光資源として利用されている。トンネル入口までケーブルカー(といっても座席のみ)で15分くらいかかって運ばれそのあと数百m歩いて鉄条網で立ち入り禁止になってるところまで見物できる。単なるトンネルだから別に見るほどのこともないのだが、狭苦しいトンネルをこっそり掘ってた北朝鮮人のことを思うとちょっと感慨なきにしもあらずだ。
トンネル内は写真禁止なので、トンネル前でヘルメット姿に38番の札を下げている姿を写してもらった。しかし、トンネルの中だって、とりたてて、機密でも何でもないのだし、撮影禁止は、単に団体のさばきを速やかに行うための便法なのではないかと思われる。
その後、小高い山の上に設けられた展望台へ。ここでの見物時間は15分くらいとえらく短い。石垣の向こうに休戦ラインを超えて北朝鮮の山々が望める。ここはパノラマ写真撮っておこうと連続写真3枚目を撮ろうとしたときに憲兵に注意を受けた。写真は石垣の10m後ろの黄色い線までしか写してはならないとのことだった。団体はいちおう隣の建物内で簡単な説明を聞かされその終りに撮影制限の注意もあるらしいが、Morris.はとにかく現場をしっかり見ておきたかったので、直接石垣の方に行ってたのだった。
その後、バスは、近くの統一村などを通りすぎて、休憩所というか、お土産屋みたいなところでとまり、ここで50分休憩するという。おいおい、展望台15分で、土産物屋50分はないだろう、これだから団体観光ってのは嫌いなんだよな。近所を見物して回ろうにも、単なる畑と田んぼがあるだけで、面白くないことこの上ない。
3時半頃都羅山駅にもどり、帰りの列車を待つ。その間駅近くを見て回る。京義線のレールをモチーフにした記念碑があり、金大中、ブッシュなどのサインがあった。
川向こうに低いながら形の良い山があり、これが都羅山らしい。山上には展望台もあり、高句麗時代の姫と王族との伝説もあるらしい。これは何となく良さそうで機会があれば登ってみたいと思った。
団体の中の二人連れがMorris.を日本人とみて話し掛けてくる。仁川のチェサンフンさんと、ソウルのソファナムさんで、帰りの列車でも同席して色々話す。韓国料理で何が好きか聞かれたので迷わず「スンドゥブ!!」と叫んだら、ファナムさんが、美味しいスンドゥブの店を教えてくれた。Morris.は臨津江駅で途中下車して、川を見物してから帰るつもりなので、二人とは途中で別れる。
最終列車は5時50分でちょうど1時間余裕がある。
川に向かって歩くと戦車やヘリコプターやロケット砲などがずらっと並んでいた。民間の武器兵器博物館みたいなものらしい。
それを通り過ぎたら、臨津閣という記念公園になっていて。自由の橋を途中まで渡ることが出来た。
ただ臨津江河畔は、厳戒態勢で近寄ることなど無理なようだった。そりゃまあそうだろう。見張り小屋があって衛兵が警備している。かすかに川面を垣間見ることができた。
ソウル駅に着いたのは7時過ぎだったがまだ空には明るさが残り、ホームからビル越しに臨む空には、何だか不思議に美しい雲が出ていた。思わずデジカメに収める。うーーむ、やっぱり雲は面白い。
夕食は当然、ファナムさんが教えてくれたスンドゥブ専門店に行かねば。最初サダン駅の近くと思ったが、南部ターミナル駅が最寄りの駅だった。店はすぐ見つかった。芸術の殿堂オペラ館の真ん前にある「百年屋」という店だった。もちろんスンドゥブチゲ頼んだら「辛いのにしますか?辛くないのにしますか?」と聞かれた。え?辛くないスンドウゥブもあるのかと思い、ちょっとそそられもしたが、やっぱり辛いのを頼んだら「トゥッペギ(土鍋)スンドゥブ(6,000ウォン)」というメニューだった。ここはスンドゥブの専門店というより、豆腐料理ならびに、豆腐鍋専門店といった感じで、他の客はたいてい、数人で大きな鍋を囲んで飲み交わしていた。
確かに美味しいスンドゥブではあるのだが、ここの豆腐もとろとろというよりやや角型が残った感じで、Morris.はどうしてもスンドゥブ(純豆腐)独特のあのとろとろぶりが好ましい。

2004/06/02(水)●真っ赤に燃えるはずが●

9時半起床。観光公社でメールチェックしてから、チョンゲチョン(清渓川)復元推進本部の広報センターを教えてもらう。チョンゲチョンはソウルを東西に流れる川で戦後道路として埋め立てられ川は暗渠となり、さらにその上を高架道路が走り、ソウルの幹線道路となっていたのだが、数年前からチョンゲチョンの復元工事が始まった。普通、都市の道路政策を考えると逆向きではないかと思われるしちょっと不思議に思っていたのだった。Morris.が大好きだった黄鶴洞の泥棒市も、この工事のあおりくらって、撤収を余儀なくされただけに、いささか不満を感じていたのだ。
チョンゲチョン復元予想図(パンフレットから)広報センターは観光公社から東に200mくらいの所にあり、2,3Fが一般展示室になっている。ボランティアらしいアジュモニが親切に案内してくれた。基本的にはソウルの街中に水と緑の空間を取り戻そうという環境政策の一環としての復元工事らしい。大阪道頓堀の河畔工事の大掛りなものかもしれない。展示物は過去のチョンゲチョンの写真やビデオ映像、そして完成時の縮小モデルなどで、今年の年末の完成を目指しているらしい。帰りに50p近いオールカラーのパンフレットも貰う。かなりリキが入ってるようだ。
センターを出るとき、入口前で女子大生らしい5人組が記念撮影してた。可愛い子揃いだったので、Morris.もお願いして一緒に記念写真撮らせてもらう。
その後、シンダン駅から中央市場を抜けて黄鶴洞に向かう。中央市場はアーケード取っ払って道を掘り返しての大工事中だった。市場の店はメインストリートで営業できずに、脇道に仮店舗営業したり、地面に茣蓙を敷いて品物並べたりして、まるで数十年前の市場の姿を髣髴させていた。
黄鶴洞は、道端の無法屋台店舗は消失してしまいかなり淋しくなっているが、三一アパートの1Fの商店街はそれなりに面白いものを扱ってるし、CD、ビデオ、DVDなどの専門店があるので、顔を出しておきたくなる。とりあえずカラオケDVDを1枚だけ購入。巻田さんから頼まれていた「シルミド」「ブラザーフッド」などのDVDは流石にまだ出てなくて、7月頃ではないかとのことだった。三一アパートも大改修が続いている。
そのまま北上したら、東廟を囲む通りに、古着や、骨董、ガラクタを路上に並べていた。これは以前の泥棒市の流れに違いない。現在泥棒市は東大門運動場の中で営業しているが、やっぱりこうやって、道端で勝手にやるというのが本来の姿だし、客としても楽しみがある。
地下鉄でイテウォンへ。前回会った、素敵な白黒の犬「カサブランカ」と飼い主のアジュマに会えないかとも思ったのだが見当たらない。数軒店を冷やかして、黒い皮のバスケットシューズ買う。
23番バスでいったん宿に戻り、一休みしてから市庁広場へ向かう。すでに大勢の市民が舞台前に陣取っていた。何と入場者には、係員が赤いTシャツ、鉢巻、座布団代わりの厚手のシート、大極旗(大小)などを無料で配布している。もちろんMorris.も貰ったさ(^。^) 隣の兄ちゃんは柄付の小太鼓を持ってる、これも配ってたらしいがMorris.は貰い損なった。
ステージでは赤い衣装の舞踊団が踊りながら観衆に応援の練習をさせている。お馴染みの「テーハンミングッ、チャッチャッチャッチャー!!」である。そして5時半からはKBSの生放送で、試合前のショーが始まる。これがなかなかに豪華な出演者たちで、イジョンヒョン、キムギョンホ、キムスチョルといったお馴染みの面々に、若手のダンスグループ。そして、何と懐かしのイソニまで出てきて新曲を2曲歌った後、名曲「ア、イエンナレヨ(ああ、昔日よ)」を歌ってくれた。まさか生でイソニのこの歌聞けるなんて思いもしなかっただけに感激一入。
ショーが終るとKBSのスタッフはあたふたと器材片づけ、ステージも何となくがらんとなって、7時からの試合開始までに、観衆もいくらか減ってしまった。ショーだけが目的の若い子がかなり居たようだ。そして試合が始まり舞台上の巨大スクリーンで韓国-トルコの親善試合が始まったのだが、何だか画像がおかしい、真ん中に大きな黒い部分が出たり、乱れたり、はては全く見えなくなったりして感興を殺ぐことおびただしい。舞台の横では、スタッフがおお慌てで器材を触ってる。おいおい、それはないだろう。いっそ宿に戻ってTV見ようかとすら思った。これで、また観衆の一部が減ってしまった。
やっとこ映像が見られるようになり、応援に専念することにしたのだが、ゲームの方も、韓国の調子がいまいちで、何となく気勢が上がらない。パスミスが多いし、持ち球を獲られることも多い。前半の中頃に、運にも助けられたトルコのゴール。後半になっても、調子が出ない韓国。時々チャンスは掴むものの決定力に欠ける。まるで日本のサッカーではないか。途中ではファール絡みで、小競り合いや罵り合いもあり、雰囲気も良くなかった。結局韓国は1ゴールも奪えずシャットアウト負け。観衆も意気上がらず、憤懣のもって行き場無しという状態。勝てないにしても、せめて1ゴールくらいして、万歳を叫びたかったなあ。勝ってたらきっと祝勝呑み会みたいなのがあるだろうから、うまく行けば潜り込めるかもなんて、とらぬ狸の皮算用で、すごすごと引き返す。翌日のスポーツ新聞の見出しが「色褪せた親善試合」とあったことからも、どんな試合だったか想像がつこうというものだ。
途中市庁の裏手に「高麗参鶏湯」の看板を見つけて、ここで遅めの晩飯にする。地下の店で、そろそろ店仕舞いしそうな感じだったので、どうしようか迷ったが結局サムゲタン(9,000ウォン)頼む。インサム酒もついて鶏もスープもまずまずの味だったが、やはり、サッカーが期待外れだっただけに、高揚できない。

2004/06/03(木)●ノレバンで盗難に(+_+)●

6時半起床。えらく早起きしてしまった。今日も良い天気で暑くなりそうだ。
TVつけたら「あの人は今」みたいな番組やってて、カンスジが出ていた。日本でも最近は見かけなくなったなと思ってたが、顔立ちは相変わらずで、笑顔の中にちょっと淋しげな表情を見てしまうのはMorris.の深読みかもしれない。ともかくその日は彼女の誕生祝パーティにファンが集まるという企画で、かなり年配のファンが多かった。ケーキの火を吹き消して、過去のヒット曲を歌う場面もあったが、何か違和感を感じてしまった。
いつも使うトップ航空でチケット購入。前回うっかり3ヶ月のチケット買ったのはやっぱり失敗だったので、今回は1年オープンにするかいっそ片道だけにするかさんざん迷う。それにしても航空券の値上がりは相当なもので、10年前は2万円以下で往復チケット買うことが出来てたのに、今では安くても3万円を軽く超えてしまう。ANAもJALも同じ価格でJALの方が遅い便があるというので、明後日5日(金)の夕方の便を予約。なるべく早く切り上げるつもりだった今回の旅も、足掛け12日というそこそこ長居になってしまった。
いまいち盛り上らない旅だったが、こんなこともあるだろうと割り切ることにする。
今日はともかく歩き回ることにしよう。朝食は宿の近くの「タングン-にんじん」という粉食屋に行く。ここは前回も入って気に入ったのだ。アガシにいつからやってるのか聞いたら3年前からという。4,000ウォンのスンドゥブ頼む。むふふ、ここのスンドゥブはちゃんとトロトロのスンドゥブでしっかり美味しい。今回もあちこちでスンドゥブ食べて、×というのは一回も無かった。値段は7,000ウォンから4,000ウォンまでで、どこのもそれなりに美味しいということになると、Morris.にとってはこのタングンのスンドゥブが一番安いから、一番良いということになるのかもしれない(^_^;)。後から店のアジュモニが来てMorris.の顔を覚えていてくれてた。
地下鉄でカリボンに行く。前回ここの駅前のテープ屋にイウナの二本組テープを見かけたような記憶があるので確かめるためだ。テープ屋はあったし、店のアジョシも覚えていて、たしかにちょっと前まではあったが、今は無いという返事。あーあ、やっぱり駄目か。こうなったら明日の牡丹市場に最後の望みを託すしかないな。
そのまま地下鉄に乗って今度はノリャンジン水産市場へ。ここも久しぶりだが昼前ともなると、ほとんど市場らしさはない。ここから歩いて漢江をわたろうと思う。一番近い鉄橋は無理だが漢江大橋なら歩いて渡れそうだ。でも、道を間違えてしまい、バスで二村まで出て逆に戻ろうと乗った85番バスが反対方向だったので、そのまま終点近くの現代市場というところまで行って、引き返す。漢江の幅はこのあたりだと1kmあるかないかで橋の全長も1.5kmくらいだから往復してもたかが知れてる。橋から眺める漢江の風景も悪くない。しかしあまりにも暑すぎるう(+_+)途中に中州みたいな島があって、数人が寝転んだり釣りしたりしてたので、Morris.も降りて一周してみる。よくわからないが、本当はここは立ち入り禁止地域なのかもしれない。漢江の流れはゆったりしてて水もそれほど奇麗というほどではないが、前からMorris.は漢江が好きで、ヨイドの船着き場あたりで、ぼんやり座ってる事が多かった。この中州でも、橋の真下の日陰のところで座ってしばらくぼんやりしていた。
その後橋をわたって、しばらくふらついたが、あまりの暑さにとうとうギブアップして、適当にバスに乗ったらインサドンを通ったので、下車して一旦宿にもどり、銭湯に行く。今回は銭湯には2回しか行かなかったことになる。
風呂上がりに、前から気になってた東山旅館真ん前の煉瓦造りの教会を見物に行く。目の前にあるのに入口がわからないでいたのだ。インサドンのコルモッキルから入るようになっていた。正面から見るとそれほどではない。ちょうど垂れ幕を除去する作業中で尖塔の所に作業員が二人登っていた。
夕食は、Morris.一押しのインサドンの「風流茶廊」で、飽きもせずにオルゲンイクッパブ頼む。今日は女主人もいて、ちょっと話もできた。本当に彼女は奇麗で上品で、Morris.はこの店のクッパブが絶品であるということは断言するが、実はそれ以上にこの女主人に惹かれて通っているのかもしれない。今回2度も行ったのは、1回目には女主人が不在で物足りなかったからだろう(^_^;)帰り道に、インサドンのアートセンタービルを冷やかす。展示会は見るほどのものも無かったが、5階のテラスから下を見て驚いた。真向かいが工事中で、たぶんビルが出来るのだろうが二、三百坪が更地になっていて、インサドン名物の韓屋飲食店地域の一部が完全に侵食されている。
先の風流茶廊などは、まだ路地の奥の方にあるので、大丈夫とは思うが、環境整備でチョンゲチョン開発をしてるソウル市は、インサドンの古き良き時代の香りを残す、この韓屋飲食店地域の侵食にも歯止めを掛けてもらいたいものである。
今日は歩きすぎと暑さ(最高気温32℃だったらしい)で疲れてたので、宿でTV見ながらごろごろしていた。夜遅く、コンビニに酒の買い出しに出たら、近くで外国人4人組が演奏してた。サックス、チューバ、ギター、ドラム(スネアとシンバルのみ)という変わった編成で、ラテンジャズとでも言おうか「ベサメムーチョ」「テキーラ」「聖者の行進」などをやってて、そんなに上手くもないが、下手でもないし、ノリは悪くない。石のベンチに座り込み、買ったばかりのソジュの蓋をあけて見物することにした。アメリカ人かと思ったのだが、演奏の途中に尋ねてみたら、全員ロシア人とのこと。唯一知ってる「スパシーボ!」を連発したら、笑ってくれた。すっかりいい気分になり、近くに座っていた韓国人の小太りのあんちゃんにもソジュを勧める。
演奏が終ったのが零時前、宿に戻って呑み直そうと思ったが、さっきのあんちゃんがまだ所在無さそうに残っている。そうだ、この際ノレバンに誘ってみようと思った。
今回はノレバンは、ききさんと一回行ったきりである。一番楽しみにしていた近藤さんとのノレバンも実現しなかった。前回あまりに張り切りすぎたのでその反省??もあったし、やや資金不足というのも否めないが、もう帰国便のチケットも買ったし、明日は最後の夜だから、またききさんでも呼び出してノレバン繰り出そうと思っていたのだった。
たまには見知らぬ韓国人とノレバンなんてのもいいかもな、と思ったのが、えらい失敗だったことは、後になってわかったのだが、その時は勢いというか、成り行きだから仕方が無い。あんちゃんははじめ、金が無いから、と、渋ってたが、Morris.がおごるからということで、前にもききさんと行った、こっそりビール飲ませてくれるノレバンに向かう。さっそく乾杯して歌いはじめたが、疲れと、ソジュの酔いが回ったらしく、いつのまにかうとうと夢見心地になったらしい。
ふと、我に返ったらあんちゃんはいなくて、Morris.ひとりだった。嫌気がさして帰ったのかと思ったのだが、ポケットの小銭入れが無い。宿の鍵も小銭入れに付けてたのだが、当然これもない。更にさらに、腰に吊り下げていたデジカメがケースごと無くなっている(+_+)
わっちゃー!!
である。ノレバンのアジョシにきいても全く要領を得ない。泣く泣く旅館に戻り、アジュモニをたたき起こして、スペアキーで開けてもらい、そのまま寝込んでしまった。

2004/06/04(金)●真っ暗な一日●

9時起床。頭が重い。昨夜のことは悪い夢だったのではないかと希望的観測のもと、部屋中を探し回るが、当然、デジカメも小銭入れも、影も形も無い。
ともかくも起き出して、牡丹市場に向かうことにする。ソウルの郊外にある牡丹市場は、いわゆる「五日市」で、4と9のつく日に市が立つ。
前回初めて行って、犬肉市場の規模に驚いたし、いかにも田舎の市というたたずまいも気に入ったから、今回も出来れば訪れたいと思ってはいた。でも、今回の一番の目的は、前回ここの屋台で見かけたイウナのトロットメドレー2本組のカセットテープを手に入れたかったのだった。何であの時買わなかったのか、後でずいぶん悔やんだのだが、あの時はどこにでもあると思ったし、できることならCDがあればそちらを買いたいと考えてしまったのだ。結局他の場所でも見つからず(カリボンの駅前にはテープがあったのに)帰国したので、今回こそと思って、あちこちで尋ねまわって、やっぱり見つからず、最後の望みを牡丹市場に託したのだが、今回の旅行のツキの無さからすると多分駄目だろうという予感がして、悪い予感は得てして当たるもの、とうとう手に入らず終いだった(+_+) 市場にはそれなりに面白そうなものもあったが、撮影しておこうと腰のデジカメに手を伸ばそうとするたびに昨日のことが思い出されて、しゅんとなってしまう。
いつもならメモリーカード数枚持って来て、片っ端から撮り貯めしておいて、帰国してから取捨選択するのだが、今回は予備のメモリーカード忘れてきたので毎晩、部屋で選り分けして不要な画像は消去してほぼ200点くらいで、あと20枚ほど余裕があるという状態だったから、今回のデジカメ画像は一枚残らず消滅したことになる。それを思うと泣きたい気分になってしまった。
早々に市場見物を切り上げて、宿に戻りアジュモニに昨日の事情を説明して、非礼を詫びる。
もしかして拾得物として届け出があるかもしれないと、パゴダ公園脇の交番に行き、話をしたが、ほとんど取り合ってもらえなかった。
食欲も無くて、昼過ぎに水餃子食べたくらいで、夕方早目に部屋に戻り、TVでも見ようとするが全く集中できない。酒飲む気にもならず、手持ちぶさたでもある。気を紛らわせるために、近藤さんへのお土産にと持って来て、結局手渡せなかった川原泉の漫画文庫本(「甲子園の空に笑え!」「ゲートボール殺人事件」「銀のロマンチック…わはは」収録)を、読む。なかなか身につまされるというか、それなりに慰められてしまったよ(^_^;)
「銀のロマンチック」に出てくる、ペア鈴木・佐藤組への烏山兄妹コーチの寸評「クラブを変えたくらいじゃ直らんだろうな〜あの性格は。自分達に都合が良い時には調子良く滑るが、ちょっと状況が悪くなると、あっとゆーまに動揺してあのザマだ」が、まるでMorris.のことのように思われて、ぐさっときた。まあ、人間たいていはそんなもんだろうけどね。
夜遅くにドアをノックする音がして開けたら、宿のアジュモニで、Morris.のことを心配して、もしお金が足りなければ用立てしようとの申し出だった。幸い、航空券やパスポート、財布などは無事で、帰国するのには不都合はないことを説明して引き取ってもらったが、心弱っているときだけに、この親切さにはじーんとなった。

2004/06/05(土)●傷心の帰国●

8時半起床。いい天気だが、空は晴れても心は晴れずである。
観光公社でメールチェックなどするものの、メールや掲示板に書き込む気力はない。
ART BOOK ARTヨンプン文庫で、前から気になっていた本「Art Book Art」を買う。3万ウォンとちょっと高めだが、それだけの価値はありそうだ。
出発は午後7時前の便だから、かなり時間が余る。といって何をする気にもならない。こんなことならお昼のANA便にするんだったと、今さら思っても後の祭りである。
単なる時間潰しで、国立中央博物館に行くことにした。例の弥勒菩薩でも拝んで、気を鎮めようと思ったのだが、何と仏像室は今週いっぱい閉鎖中だった。今回は何をやってもうまく行かない、に、駄目押しされた感じだ。それでも、陶磁器室をざっと流して、特別展示の「近い過去の暮らし写真展」を見る。60年代を中心にした白黒写真で、キムジチャン、イヒョンノクという韓国人写真家と、日本人写真家桑原史成の作品がほとんどを占めていた。Morris.の好きなチェミンスクさんの写真があるかと期待しただけにちょっとがっかり。
この中央博物館の移転の噂を聞いていたので、係員に確かめたら、ヨンサンの近く、二村駅の北側に新館を建築中で、2005年6月から年末にかけて移行するらしい。新館の模型もあったが、単なる博物館でなく、文化施設なども併設されるようだ。Morris.個人的には、元朝鮮総督府だった旧館の中国室に展示してあった宋時代の木彫観音菩薩立像に再会したいので、是非新館では展示されることを希望したい。
博物館を出たら、慶福宮前の広場、つまり博物館旧館跡地で、衛兵交代の儀式が行われていた。時間も余ってるのでこれをぼんやり見物した後、慶福宮にも入場する。ずいぶん復元工事が進んで、昔の宮殿配置がよく分かるようになっていた。芝生にはカッチが歩き回っていて、心なしか、山や他の公園で見るより警戒心が無いように見えた。
2時前に宿に戻り、一服してそろそろ出立しようかと思ったら、またアジュモニが顔を出して、お腹減って無いか?ラーメンでも作ってあげようかと言う。気持ちだけ受け取ることにして、宿を出る。昼食は、また「タングン」にしようと思ってたが、アジュモニとアガシが、ちょうど店終いして出るところだったので、別れの挨拶して、再会を約束する。
すぐ近くの店でソルロンタン(5,000ウォン)食べる。味はまあ普通に美味しかったと思うのだが、心ここにあらずで、味わう余裕はなかった。
空港バスもすぐ来て道路も空いてたので、出発の3時間近く前にインチョン空港に到着した。早めにチェックインして窓際の席を確保。
待ち時間はずっと「Art Book Art」を読む。実はこの本は2003年12月25日から2004年2月1日まで、ソウル大公園の現代美術館で開催された同名の特別展示会のカタログみたいなものだった。うーーーむ、この展示会は見ておきたかったな。
JALに乗るのも久しぶりだ。いちおう貧弱ながら弁当が出るだけでもANAよりはサービスがいい。Morris.には珍しくビールはやめてコーヒーにした。
7時と言ってもこちらは日本よりかなり東に位置するからちょうど夕日の時刻で、それなりに空中から見る夕暮れの空は美しかった。デジカメがあったらきっと最後の1枚になったと思う(^_^;)
JRで帰宅したのがちょうど11時くらいで、タイマー録画セットしてた「冬のソナタ」第9話が始まった。これなら先週の第8話も録画されてるようだ。先に9話見るのもなんだかな、と思いながら、風呂を沸かして荷物の整理などしながら半分くらい見てしまった。
ちびくろは、いちおう普通に動くようだ。これは助かった。
ふーっ、それにしても疲れたあ。


付録1 幻写真館(未練と言われても(^_^;))
title date coment
提灯芸術 05/25 花祭り前夜のチョゲサ境内で、頭上の提灯の大群に圧倒され、地面にカメラを置いて、タイマーで自動撮影したら、幾何学的抽象画みたいな美麗な模様が映し出されていた。
カムジャタンなど 色々 毎度の事ながら、食事のたびにデジカメ撮影してるが、今回はメモ代わりも兼ねて、店構えも合わせて写しておいた。おかげで、店の名前が分からなくなってしまったりもした。
トンデモ看板 05/25 ききさんの脱力写真館の向こうを張るつもりではないが、韓国で日本語書きのメニューの間違い探しは結構面白い。今回一押しは、インサドン北側の路地の店のメニューで、鱈のスープみたいな写真に添えて全く意味不明なカタカナが書いてあった「○○スケ」とかだったような気がするがこれも忘れてしまっている(+_+)
Morris.菩薩 05/26 花祭りの当日、チョゲサの祭壇みたいなステージ前で座禅組み、印を結んでるMorris.の姿をききさんに撮ってもらった。これは今回の旅日記のタイトル写真にすることに決定していたのに---(;_;)
表紙のイジヨン 05/26 89年末頃の韓国の音楽雑誌「ミュージックライフ」。ききさんのおたからである。イジヨンの記事もあってデジカメに収めてイジヨン部屋で紹介するつもりだったのに---(;_;)
農楽の宵 05/26 2時間にわたる読経の後、境内で自然発生的に始まった農楽の宴。Morris.も玉子マラカスで相伴して、ついには輪の中で踊りまくった。暗いのでほとんど踊りは流れて写っているがそれがまた良かったりして。
包丁師 05/27 ソウル中央市場、可楽洞市場水産市場のナムムンミョンさんに前回頼まれた刺身包丁を届ける。刃渡り36cmの刺身包丁はちょっと怖いくらいだが、流石ムンミョンさんはサマになっていた。
西瓜の大群 05/27 昼間の中央市場は、はっきり言って仕事の後片付けみたいな感じだったが、西瓜は場所を取るからか、昼間にずらっと並べて値付けやってた。韓国の西瓜は、アメリカの西瓜ほどではないが、少し楕円形なのが多い。
市場では葉っぱ付のニンニクの山も撮影した。
パクサ新居 05/28 イパクサは、4月に引っ越ししたばかりで、アパートの7階だった。別に一般住居地下にスタジオ用の部屋を借りて、Morris.はそちらの方で過ごすことが多かった。
鉄道博物館 05/29 「東山旅館ものがたり」のぷりんすさんに教えてもらった、富谷の鉄道博物館は、鉄ちゃんでないMorris.にもそれなりに楽しかった。古い釜山駅の模型や、マルチ映像のアガシの艶姿、庭の芝生に敷かれたミニサイズの線路やSLなど、たくさん撮影した。
水原城 05/29 10年ぶりの水原城は、韓国独特の山城で、1周6kmくらいあって、あちこちに見所が配されている。結局2時間半くらいかけて全部回り矢鱈写しまくった。途中知り合った父娘3人連れが、階段で「カイバイボ(ジャンケン-チョキ、グー、パー)遊び」やってるところはすごく良く撮れたと思う。姉はスリ、妹はミンジという名だった。
パクサ手料理 05/29 パクサが手ずから作ってくれたテンジャンチゲ。これがなかなか美味かった。まな板がなくて適当な箱の上で豆腐やホバク(ズッキーニ)切ってる絵がパクサらしい。
東山旅館童女 05/30 パクサ宅から東山旅館に戻ったら、すごく喜ばれた。挨拶代わりに宿の4歳の娘にアイスクリーム買って、その代わりに?一枚撮らせてもらう。なかなか色っぽかった(^。^)
コバウにて 05/30 新村の路地裏にある「コバウ」はドラム缶で作ったテーブルが黄色の縁で、ヴィジュアル的にグー(^_^;)だった。豚肉頬張るMorris.を杉山さんが椅子の上に立ちあがって真上から写してくれた一枚。
山間椅子 05/31 地下鉄4号線終点タンコゲの裏山の中に、円形の広場があり、いくつか椅子が置いてあったので、それに座って自動シャッターで記念撮影。ここに吹く風はとんでもなく気持ちよかった。
DMZ 06/01 都羅山駅から観光バスで、第三トンネルや展望台回る。トンネル前で、ヘルメッかぶり、胸に38番の番号札ぶら下げたMorris.の勇姿を、団体客の一人に撮って貰う。展望台では、禁止地域でパノラマ撮影してて3枚目で憲兵から注意受ける。つまり2枚は写し終えてた。
臨津江 06/01 イムジン河である。Morris.は河畔でのんびりしよう、なんて思ってたのだが、よく考えればそんな事が出来るわけもない。でも、自由の橋から垣間見ることが出来た。
緑一点 06/02 チョンゲチョン復元推進広報センタービルを見学した後、入口前で記念写真撮ってる女学生5人組がいて、揃いも揃って美人+可愛い。だったので、Morris.も一緒に記念撮影。これが一番惜しかったかも(^_^;)
往時の市場 06/02 地下鉄シンダン駅から黄鶴洞に向かう途中の中央市場は、大改装工事中で、アーケードは取っ払われて道は掘り返され、店舗は路地に仮店舗構えた路上に茣蓙しいて商品ならべたりで、まるで戦後の素朴な市場みたいで気に入ってしまった。
be the red again 06/02 韓国-トルコの国際サッカー親善試合。このカードは、日韓ワールドカップでの3位決定戦の組み合わせだった。KBSが市庁前広場にステージ作り、例の赤い熱狂を再現しようとしたのだが、試合の方は期待外れだった。でも、当時の雰囲気の一端だけでも体感できたのは嬉しかった。
夜の市庁舎 06/02 戦い済んで、みんなが帰ったあと、ライトアップされたソウル市庁舎の姿は何だか不思議な懐かしさを感じさせた。映画のセットみたいでもあった。
漢江大橋中州 06/03 歩け、歩けと最高気温32℃の夏日の中、漢江を歩いて渡ることにしたが、漢江大橋の中州に降りて、しばらくくつろいだ。南側の古い橋桁や、時々通る遊覧船、鉄橋をひっきりなしに走る国鉄列車など、絵になる場所だった。
美人占い師 06/03 インサドンが店仕舞いする頃になると、毎晩道端に座っている女性の占い師が目を引いた。端正な顔立ちで、姿勢が良く、冷やかしのアジョシ客にも毅然とした態度で格好良かった。
WANTED!! 06/03 くだんのノレバンで、あんちゃんの歌う姿も一枚だけ撮影した。と思う(^_^;)もしかしたら、この写真がいわゆる証拠写真になるかもしれないと考えてあんちゃんは、財布だけでなくデジカメも、持ち去ったのかもしれない。もしそうだとすると、えらく高くついたことになる。たしかにデジカメに画像残ってたら、Morris.の旅日記に、指名手配写真として掲載してたに違いないもんなあ(^_^;)、
牡丹市場 06/04 もしデジカメあったら、それなりに色々写せたのになあ。
雲海 06/05 帰りの便は午後7時出発だったが、夕日もきれいだったし、Morris.好みの雲海も良く見えた。多分最後の一枚となったことだろう。


付録2 後の纏まつ

涙の韓国旅行(^_^;)から戻って半月が過ぎた。
たしかに帰国した当座は、がっくり、しょんぼり、ぐったりだった。
旅日記は、いつもと違って、本文が打ててないので、しばらく時間かかるのは仕方ないとして、しばらく普通の日記もアップせずにおいた。

掲示板の書き込みも、帰国報告したまま、後はROMに徹してたので、一部にはMorris.がえらく落ち込んで凹んで何も出来ずにいると思われたようだ。
実はMorris.は、立ち直りは早い方だと思う。
今回も帰国して、翌日には、大阪に出て、デジカメと小銭入れ買い直して、とりあえず現状復帰した。

デジカメが無くなったことで、今回の旅日記の大ネタはきまりだし、画像処理しなくていいからずいぶん楽なはずだ(^_^;)

それが、こんなに遅れてしまったのは、ひとえに、仕事が急に忙しくなったからだった。
まだ仕事過剰状態は続いているが、ともかく旅日記打ち終えたので、そろそろアップすることにした。

たった半月前のことなのに、すでにずっと以前のことのように思える。
今回の韓国旅行が、盗難事件にあう前から、いまいちノリが悪く、トーンダウンしてたのはまちがいないところだ。

前書きにも書いたように、3ヶ月OPENチケットを買ったというのが、第一の躓きだった。そして、そのきっかけというか、動機ともいうべき、近藤さんとの再会とノレバン行が実現しなかったというのが大きいと思う。
彼女はソウルに遊びに来ているわけではないし、学校に、創作にと、時間が足りないくらいの生活をしてるのは分かるし、今回は、彼女の体調不良と、急な展示会打ち合わせなどがあって、結果的に会えなくなったというのは、頭では理解できるのだが、Morris.の気分としては、やっぱり、がっかり+ちょっとは融通してくれてもいいじゃん、という感じだったのだ。
もちろん彼女に非があるわけではない。Morris.が一方的に思い込んで、勝手にふてくされただけのことである。

旅行初日の、ちびくろACアダプタの異常発生で、ちびくろが「お荷物」になったことと、毎日の日記打ちが出来なかったことは、物理的に困ったし、本体が100%大丈夫かどうかが気になって、ストレスになったのは否めない。

イジヨンやチャンサイク、「歌集 韓歌」のセレクションなどを聴こうと持っていったMDウォークマンが途中で何故か動かなくなった(後日勝手に復活)のも、ちょっとショックだった。

デジカメ、小銭入れ盗難事件も、冷静に振り返れば、被害はささいなものに過ぎなかったし、みんなが言うように、怪我など無かったのはラッキーというべきかもしれない。事件の原因というか責任の大部分はMorris.にあるということもまちがいないだろう。
酒に酔ってのことだし、見知らぬ相手への無警戒ぶりは言わずもがな、韓国でのMorris.のあまりの能天気ぶりに、ちょっとお灸がすえられたくらいに思うべきなんだろう。

これで、韓国が嫌いになったとか、韓国人に不信感を覚えたなどと言うことは全く無いと思う。

今回の落ち込みの大部分は「自己嫌悪」だった。大島弓子の台詞を借りれば「我が身のドジに泣けてしまう」ということになる。。韓国へのMorris.の向き合い方にちょっと反省を覚えたというところはあるようだ。

どちらにしろ、今年中に韓国に行く機会はないと思う。
来年にでも、再訪するとしたら、何か一つでも違ったところのある旅にしたいものである。

top 歌集 読書録 植物 愛蔵本 韓国 春待ち calender mail 掲示板