海 峡 を 冬 満 月 と わ た り け り
Morris.in Korea 2002 W inter
 
インサ洞で正月正餐のセットがあったのでちゃっかり記念撮影
since 2002/01/29 to 02/13
Morris. in Wordland へ
韓国部屋TOPへ
*このページは約2.5MBあります。記事だけをお読みになりたい方は、  こちらのページへ

 



はじめに 【日韓共同切符】のこと
 下関フェリーターミナル 1年3ヶ月ぶりの今回の韓国旅行の往路は、初めて日韓共同切符を使うことにした。 

  理由は、 

1.とりあえず、どんなものか関心があった。 
2..かなり格安らしいと噂できいた。 
3.一度は関釜フェリーで韓国に行ってみたかった。 
4.まだ乗ったことのないセマウルにも乗れる。 
5.ソウル直行便使うと、なかなか釜山にいけない。 
6.ソウルで往復の航空券を買いたいので、往路は片道切符の必要があった。 
7.新幹線だって、最近は乗ってない。 
8.いつまであるか心配だ。 
9.Morris.は船に乗るのは好きな方だ。 
10.時間だけはたっぷりある。 

と、いったところだろうか。 
 
 
上が表紙、下が、一枚目。4枚つづりで、いまどき手書きの切符と言うのは希少価値があるかもしれない 。 
 

要は、韓国で往復航空券(一年open)を買って、嫌でも(^o^)一年以内にまた韓国へ行かざるをえないようにしておきたかったのだ。そのためには、往路は片道切符で行く必要がある。飛行機の片道切符の格安と言うのは、ほとんどない。で、飛行機でないとなると、やはりこの関釜フェリーか、ビートルということになり、それなら、神新幹線、フェリー、セマウルと3点セットの共同切符はお買い得に違いないと思ったわけだ。 

ネットで関釜フェリーの情報は手に入れたが、肝心の共同切符の詳しい情報は少ない。 

面倒なので、1月25日(土)の夕方JR三宮のみどりの窓口で買おうとしたら、JRでは販売していないから、向かいの旅行会社Tisに行けといわれてしまった。Tisでは、受付のお姉ちゃんが、この切符だけは今でも手書きなので、ちょっと時間がかかります、といいながらも、親切に受け付けてくれた。それによると、申込は利用する初日の2ヶ月から二日前までで、有効期間は1週間、新幹線、フェリー、セマウルに乗る日時はあらかじめ決定しておく必要がある。つまり、明日出発するつもりなら、今日はもう買えないことになる。いちおう28日出発で予約頼んだが、その日は駄目で一日先の29日に新神戸出発して、その夜のフェリーに乗ることで予約できた。釜山に二泊して、その後、光州のハンナちゃんにあって、全州、大田なども回ってからソウルに上ろうと目論んでいたから、セマウルは2月1日発を予約、うまく行けば大田で途中下車して、2月4日までなら大田-ソウル間も使えるかもしれないし、駄目ならそれはそれでいいと思った。 

価格は神戸からだと17、800円。正規だと新幹線だけで約13、000円、フェリーが8,500円だから、それだけでも3,000円近く安い。これにセマウル料金を3、500円と見積もると、トータル6、500円ほどの割引になるのだろう。まあ正規の値段出すなら、飛行機使っても変わらないだろうけど。 

ちなみに新幹線使わない、下関からの料金は8、540円。ほぼ、セマウルが無料になる。ということは、フェリーの正規料金というのは、ほとんど意味がないような気がする。

 



2002/01/29(火)●出発●
 
 
 
 

 
フェリーのロビーに積み上げられた荷物。  
乗船からしばらくは、詰め替えで、おおわらわだった  
 
 
   
沖に見えるのが、韓国籍のフェリー。これは釜山港に着いて、下船してから撮ったもの
   
下関、厳島神社裏の石造多聞天。
   
今年4月に就航するフェリーのポスタ こちらに乗りたかった気もする。
 
 
 
  

  
8時起床。いかん、二日酔だ。掲示板に簡単に書き込みして、荷物まとめて出発、最後まで持って行こうかどうかまよっていた、ちびくろ(サブノートPC)も結局持っていくことにした。 
で、いったんドアを出かけたところで、ACアダプタ入れ忘れに気づく。これなしでは、単なるお荷物になるところだった。 

11時半に新神戸着。11:55発のひかりで、窓際の席で隣は空席だったから、ゆっくりすることができた。14:10小倉について、すぐ乗り換えて下関に着いたのが2時半過ぎ、そこから歩いて、フェリーターミナルに行き、手続き済ましたのが3時。なんと乗り込みまで3時間もある。共同切符指定のひかりは、あまりに早く着きすぎだ。ターミナルにぼーっとするにはあまりに時間があるので、下関散歩でもすることにしたのだが、ターミナルにはコインロッカーがない。なくなく、下関駅まで荷物もって戻り、そこから、ぷらぷらと歩き始める。どうせ大したものはないというのは知っていたが、高杉晋作の終焉の地とか、志士をまつる神社とか、益体の無い物ばかり。ちょっと高台にある巌島神社に上ってみた。神社自体はけばけばしく塗装されていて、面白くなかったが、神社裏に変な取り合わせの石造りの三尊像(千手観音、不動明王、多聞天)があった。戦前のもので、多聞天はなかなか見所があった。 

そんなこんなして駅に戻ったが、まだ時間があるので駅近くの「満潮」という店で豚骨ラーメン食べる。店の前に不穏な匂いが漂っていたのでこれは、と、思って入ったのだ。予想通り濃厚スープの正当博多ラーメンに近い味だった。 

荷物を取りに駅へ戻ったとき、ターミナルで、車体全体にペコちゃんのイラストを施した市バスを見つけた。下関不二家のCMらしい。こうやってバス全体を装飾するバス・ラッピングは、神戸でも良く見かけるが、ペコちゃんのは初めて見る。ドアのところには等身大?のペコちゃんが、いらっしゃいませポーズで笑いかけている。か、可愛い、写真をとらなくてはと思った瞬間バスは出て行ってしまった。今までに見た一番大きいペコちゃんグッズだっただけに残念。 

ターミナルに戻り30分ほど待って乗船開始。韓国人小学生中心の団体がいた。修学旅行かと聞いたら、ボーイスカウトの団体で、日本で大会があったらしい。ポッタリ(運び屋)の連中もそこそこいたが、全体的には比較的すいていたと思う。 

この船は韓国籍で、古い阪九フェリー並の装備、つまり相当ボロい。壁には今年4月に新しく就航する「ソンヒ−星希」というフェリーのポスターが貼ってあったから、ほとんど最後のご奉公に近いフェリーに乗ったことになる。今まで関釜フェリーとばかり書いてきたが、正確には釜関フェリーということになるのだろう。日本籍と韓国籍が一日ごとに交代、というか、ケーブルカー方式で、下関・釜山を行ったり来たりしているらしい。 

いちおう場所を確保して風呂を浴びる。一番乗りと思ったら、韓国人が一人入っていた。 

客室のコンセントは:方式で、ちょっと気がかりで乗務員に聞いたら100Vで問題無いというので、ちびくろつないでみたが、全然反応しない。仕方なくロビーの電源近くに座り込んで日記打つ。ちょっと情けない。 

ロビーには運び屋の荷物が数箇所固めて置かれてある。今日はそれほど荒れてる方ではないと思うが、それでもさすがは玄界灘。ローリングするたびにキャスター付きの鞄などは右に左に走りまわり状態。さっきなんか、二つほどドアにぶち当たって、デッキに走り出ていった。 

夜中甲板にあがる。強風で動きの早い雲の間から満月が時々顔をのぞかせていた。

 



2002/01/30(水)●釜山港エトラワッタ●
船は大分揺れたようだが、船には強いMorris.は熟睡して、6時前に目を覚ました。とっくにフェリーは釜山港内に停泊している。実際の航行時間は5、6時間だろうから、泊って税関の開くのを待っている時間の方が長い。 

上甲板に上がって見たが、まだ薄暗い。釜山の街の灯りと山影の上に満月がぽっかりと浮かんでいた。なんだか幻想的で美しい。ふりかえると背後には五六島がシルエットに浮かび上がっていた。 
8時になって、やっと動き出したフェリーは、定刻どおり(あたりまえだろう)釜山港に着岸、団体やポッタリは後回しにされたらしく、入国手続きも比較的簡単に済んだ。換金レートは100円=966ウォン、最近の円安傾向からしたら、もっと換金率低いかと思ってたので一安心。数年前の100円=1300ウォンのことを思うとかなり低いが、Morris.が最初に韓国来た時は、100円=500ウォン以下だったもんなあ。 

久しぶりの釜山港ターミナルから歩き出す。足は自然に、迷うことなくチャガルチ(魚市場)方面へ向かう。Morris.が釜山贔屓の理由は、ひたすらこのチャガルチにある。88年に神戸からフェリーで来た時に、すっかりはまってしまい、その後も、釜山に来るたび日参し、今や釜山の宿はチャガルチと決めているくらい。今回もチャガルチ内のデウォンジャン旅館に投宿する。料金は2万ウォンで、探せばもっと安い宿があるかもしれないが、まあよしとしよう。3階の寝台部屋で、Morris.が泊る宿にしては、比較的きれいな方だ。 

一休みしてさっそくチャガルチへ。とりあえず腹ごしらえしようと、水産市場ビル1階で、泳いでいるイカとヒラメを調理してもらい、2回の食堂で、ケンニプ(エゴマの葉)サンチェ(チシャ)ミナリ(セリ)マヌル(ニンニク)プッコチュ(青唐辛子)などの野菜と、コチュジャン、ヤンニョンジャン、醤油、それにソジュ(焼酎)「真露」頼んで、昼間から、一人で刺身宴会。韓国の刺身は日本のようにスライスではなく、膾に近い切りかただが、そこは素材の新鮮さに免じて十二分に美味しい。量が半端でないので、本当に刺身だけでおなかいっぱいになる。ソジュの酔いもまわって来た。 

いい気分で外に出たら、目が点になってしまった。 

チャガルチの中でもMorris.が一番のお気に入りの場所がすっぽりなくなっているではないか。ビルの隣から西に向かう道筋には、チャガルチの顔ともいうべき、アジュマ(おばちゃん)たちがずらりと魚を並べて座っているはずなのに、ほとんど更地というか、大規模な基礎工事の真っ最中だったのだ。おいおい、アジュマはどうしたんだ、と、多少うろたえながら歩いていくと、埠頭の一部にある、あずまや仕立ての倉庫みたいなところの下で数列並んで営業していた.でも、これではなんだかしっくりしない。顔見知りのアジュマがいないかと探したが見当たらなかった.更に西の方に行くと、以前の面影どおりの露店が続いているが、長いこと既得権として営業していたショバを追われたアジュマはやりきれないだろう。 

ちょっと辛い気分で海を見ていたら、釜山アジョシ(おっちゃん)が、話し掛けてきた。この工事は、と聞くと、でっかい水産市場ビルが建つとのこと。観光船の営業をしているというそのアジョシは、Morris.がポンチャク好きだというと、船の操縦室にテープがあるから、聞きに来いと、飛び乗った。観光船とは名ばかりのボロ船で、十人も乗ったら沈みそうな小ささだった。ポンチャクメドレーのテープがいっぱいあって、ほとんどお馴染みの曲ばかり、つい調子に乗って、合いの手入れたり、歌ったりしているうちに船は岸を離れ、いつのまにか釜山港ポンチャク遊覧船の旅状態になっていた。30分ばかりして着岸した後、ありがとうと握手を求めると、しっかり料金を請求された。Morris.はこのアジョシにまんまと「乗せられて」しまったわけだ。まあ、面白かったからいいことにしよう. 
 
 

 
停泊したフェリーから見る釜山の夜明け前。  
肉眼で見ると大きく見える満月も写真に撮ると  
豆粒のよう。  

   
夜明け過ぎ、やっと動き出したフェリーから。  

   
市場ビル1階で、生きているのを刺身にしてもらい、  
2階の食堂でいただく。。これ全部で1万5、000ウォン。  

   
みごとに、Morris.をかもってくれた、釜山アジョシ。  
名前はチョン・インミョン。でも、なんだか憎めない。

   
釜山港の象徴「オリュクト-五六島」。名前の由来は 
五つに見えたり六つに見えたりするから。  

   
チャガルチで、Morris.一番のお気に入りのスポットが 
なんと、見るも無残な状態になっていた。  

     
長年、馴染んでいた場所から追われて、埠頭の売り場 
で、商売するアジュマたち。ちょっと悲しい。  

   
釜山港ポンチャク遊覧船?すでに船は岐路につこうとしている。   

 

国際市場を抜けて、ボスドン古本市場へ。ソウル平和市場近くの古書街がこのところ、どんどん歯抜けになっているのに比べると、この釜山の古本市場は徐々に店が増えて、今やは30件以上まで増えてきたので、ひそかに応援していたのだが、今回は、学習参考書、雑誌中心になっていて、ちょっぴり期待はずれだった.どっちにしても、釜山で重い本を買う気はなかったけどね。 
とりあえず釜山に来たら登ってしまうヨンドサン(龍頭山)公園へ。イスンシンの銅像とシンプルな釜山タワーくらいしかないが、ここからの釜山の眺望は悪くない. 

  小腹が空いたので、公園下の「元山麺屋」でムルネンミョン食べる。吉美ちゃんから教えてもらって以来、すっかり病みつきになってる店で、神戸地震の年に社長と来た時も、店の3階にある美容室のアガシ(娘)誘っていっしょに食べたことを思い出す.ここの冷麺は確かに美味しい。さらに薬缶で出てくる、そばつゆ?みたいなのがこれまた,たまらなくいい味で、Morris.はいつも4杯はお代わりする。社長の話だと鶏がらスープだとのことだが、今日のは特に生姜が効いていた。 

本山麺屋のムルレンミョン、やかんの中が件のスープ
日本との交信のこともあるからと、近くのPCバン(インターネットカフェ)に入る。Morris.部屋も、ちゃんと日本語で読めるのだが、掲示板などで日本語の書き込みができない。ソウルに出たら、杉山さんに教えてもらおう.とりあえず、ローマ字でぐいぐい酒場に書き込みする。 
釜山も地下鉄が拡張され、前は1本だった路線も2本になっていて、その2本が交差するソミョン(西面)は、今や釜山一の繁華街になっている。チャガルチから釜山駅を越えて地下鉄で20分くらいのところ。ソミョンの屋台通りで以前食べたパジョン(葱チヂミ)の味が忘れられなくて、それを食べようと行ったのだが、やたら海鮮物の入ったチヂミばかりしか見当たらなかったので、テジクッパブ(豚雑炊)の店に入る。お約束どおり店の前には豚の頭が並んでいるし、大きな鍋から湯気が出ているのを見ると食欲が湧く。しばらくふらふらとして、チャガルチに戻り、ソジュ買って宿に戻り、TV見ながら寝てしまう。 
 

   
ソミョン、屋台街の中にある、豚雑炊店のテジクッパ。あったまる。
   
豚雑炊店の前の大鍋。この湯気を見ると食欲が湧く。 
 
 

     
プサンに来ると、とりあえず登ってしまう、ヨンドサン公園で、日本をにらむイスンシン将軍。と釜山タワー(左)  
ボスドン古書街。写真だと何故か広く見えるが実際は、ほとんど路地に近い。
 



2002/01/31(木)●ミニヴィプェ●
9時起床。チャガルチの朝市を見たいから、現地の宿に泊るのだと広言していたのに、何と言う情けなさ.まだ酔いの覚めやらぬ頭に、シャワー浴びて、とりあえず宿を出る。昨日チャガルチのビル市場と思ったのは仮設の2階建てだった。ビル市場とアジュマの定位置もいっしょに大きなビルに生まれ変わるらしい。 

今日はどこへ行こう。迷った時によくやるバストレッキング、最初に来た6番バスに乗ったらヨンド(影島)行きで、着いたところは島の中央、あまりぱっとしない、高台(終点)だった。途中の海岸で降りればよかったかなと思いながらせっかくだからぷらぷら歩く。途中で不思議なコーヒー自販機を発見した。「MOVILE VENDER」という名で電話番号も書いてあり、小銭が無くても携帯電話でコーヒーが飲めるという仕掛けらしい。しかし、300ウォン程度のコーヒー飲むのにわざわざ携帯かけるかなあと思ってしまった. 
 

 
海産物ビルの上から見る、チャガルチ。
     
宮中蔘鶏湯店のサムゲタン。 
沸騰しているので、よくわからないが、丸ごと一羽の 
若鶏が入っている。 
   
これが、くだんの携帯電話利用自販機。 この写真だと自販機自体が携帯電話みたいに見える。  

   
釜田市場の中にあった。ミニビュッフェ。 一見、単なる惣菜屋・ 
 

       
釜山のロッテデパートの駐車場誘導嬢。
前の塀があって、これ以上近づけなかった。
 

更に歩いていくと「蓬莱山大興寺」というのに当たったが、韓国の寺はそれほど面白いものが無い。ここも鐘が大きいくらいで、取り立てて見るほどのものはない。日本の寺の鐘と違うのは、ほとんど地面すれすれのところに吊られていることだ。 

ちょうどやって来た85番バスでソミョンへ出て、外換銀行で出金する。以前ソウルで預金口座開きカードも作っておいた。なにしろ1年3ヶ月ぶりで、ちゃんと出てくるかどうか心配だったが問題なく金は出てきた。これだと両替に神経質になる必要が無いので助かる。 

そのあと、銀行の北側にある、釜山で一番大きい釜田市場に行ってみる。大きいし、複雑に入り組んでいて迷路のようだ。そこかしこでポンチャクが流れているのが嬉しいし、とにかく、Morris.は市場見物大好きなもんで、ぐるぐると回遊してしまった。 

途中「ミニブィプェ2000ウォン」という看板を掲げているパンチャン(惣菜)屋があった。客がてんでに皿にパンチャンを載せ、小豆飯と汁をもらって、店の奥のテーブルで食べている。なるほど、これは「ミニビュッフェ」なのだと気付いた.Morris.も入ってみた。パンチャンといっても大した物はないのだが、バイキング方式で、好きなものを好きなだけ盛って食べ放題で、たった2、000ウォンというのは確かに安い.後で隣に座ったアジョシなどは、確実にMorris.の2倍は盛っていた。 

ソミョンのロッテデパートまで歩き、地下食品売り場を覗く。デパートにはあまり興味が無いのだが、地下の食品コーナーは、農水産物の名前が書いてあるので、それを見るために時々立ち寄るのだが、今日は店員がうるさいほど寄って来るので、すぐに逃げ出した。 

  外に出たら、デパート駐車場で黒い帽子に黒いコートを着たお洒落な女性誘導員がいて、車が来る毎に、インカムで誘導のアナウンスしながら、まず90度の最敬礼をしたあと、右手をくるくる回し、さらに両手を複雑に動かして、おしまいは半分膝間づく感じで車を御していた。その一連の動作があまりに優雅でもあり、洗練されていて、見方によっては自動人形のようでもあり、面白くて、しばらく見とれてしまった。それにしても1分に5台車が来るとして1時間で300回もあの動作とアナウンスするというのは、かなりの重労働にちがいない。これは、ほかのデパートでもやっていたが、釜山のロッテデパートだけは、際立っていた。 

しばらくソミョンを流して、市立図書館を見つけ、入ってみたが、韓国の図書館は、ほとんど勉強室化していて、本の閲覧もいちいち、係員に書庫から出してもらう方式らしいので、長居はしなかった。 

  地下鉄でナンポドンに戻り、「宮中蔘鶏湯」へ。ソウルにはいろいろ美味しいサムゲタンの店があるらしいが、Morris.は、釜山ではこの店が一番美味しい方だと思う。インサム茶のサービスはもちろん、素麺も添えてあり、若鶏の骨まで柔らかく煮た中には、インサム(朝鮮人参)を始め、パム(栗)、テチュ(棗)、松の実、粳米が詰め込んであり、美味しくて身体に良い料理の筆頭ではないだろうか.今回は最初に砂ずりと玉葱を炒めたものが出てきた。こんなのは注文していないといったら、それはサービスだとのことだった。この店はインターネットのHPも作っている。アドレスが、すばらしい(^^) 

www.samgaetang.com   

その後、軽くチャガルチ流して、早めに就寝。

 



2002/02/01(金)●上京●
 
 

 
夜明けの釜山港。とはいってもすでにセリは終わってる。   

   
釜山港の夜明け。かもめはお約束ね。   

   
セマウル号の、表示板。 もうちょっと掃除しろよというくらい汚れてる。

   
宿酔に良いというヘジャンクッ(解腸)  
  
国鉄釜山駅前の観光案内所。
屋上の塔が鳩のアパート。 

   
これなんだったんだろう?メモが残ってない。 コプチャンかも。

 

6時起床。今日はまあまあ早めに朝のチャガルチを見ることができる.とは言っても、朝の本格的セリ市はとっくに終わってる。ところどころで小規模の掛け合いやってるくらいだったが、今回の見納めと言うことで、一通り端から端まで歩いた.今朝は別に宿酔ではないのだが、24時間営業の食堂でヘジャンクッ食べる.へジャンは「解腸」、クッは「スープ」だから宿酔にいい食べ物とされている。これは店によって具が全然違う。今日のはたんなるテンジャンチゲみたいでいまいちだった。 

  9時に宿を出て釜山駅へ。駅前の観光案内の建物の屋根の上にハトのためのでっかい巣箱というより団地みたいなのがあった。まだ、韓国では鳩はだいじにされているのだろうか。 

9:55発セマウルに乗車。実は、Morris.はセマウルに乗るのも初めてなのだ。しかし車体の外装は汚れまくり、客席は広いだけでコンセントもなくちょっと期待はずれだった.残念ながら通路側の席だったので景色見るのも不自由したが、途中空いている時は別の席に移った。洛東江に沿って進む京釜線。ところどころはだら雪が残っている。川には鳥の群れが多い。14:20ソウル駅に着いた。地下鉄でチョンガク(鐘閣)に出てYMCA裏の大元旅館に向かう。ここは、ソウルに来た時よく泊ってて、宿の人とも顔なじみなのだが、前回来た時は工事中だったのだ。しかし、大元旅館の面影はなくなって「パラダイスモテル」という看板がかかっていた。いちおう、中に入って訊ねたが、経営者も変わり、料金も高かったので、前回投宿したすぐ近くのウォンガプ旅館へ行く。 

受付にはアジョシがいて、平日は2万ウォンだが、土曜日は3万5千ウォンと言うので、主人と話したいと言うと、今は不在とのこと。とりあえず一泊と言うことで2階の部屋に落ち着く。 

今回の旅は、日韓共同切符をフルに利用して、釜山から全州、光州など回ってからソウルに上がろうと計画していたのだが、光州にいるはずのハンナちゃんが、公務員試験の準備のため3月までソウルの学院に通っていることを、釜山に来てから知ったため、直接ソウルに来たのだった。 

とりあえず鍾路の散歩に出る。パゴダ公園は工事で入れないようだ。まあ、お目当てのパゴダは、硝子の箱の中に隔離されて、ほとんど鑑賞できる状態でないからそれほど残念とは思わなかったが、ハラボジ(老爺)たちのたまり場がなくなってることには同情を禁じえない。向かいのビルの地下にあるMUSIC LANDに行って見る。ここはレコード屋だが、地下2Fに「雑誌閲覧室」があって、月遅れだが、韓国のメジャーな雑誌をほとんど見ることができるので、よく利用していたのだ.ところが、入り口に移転の貼り紙があった。キョボ文庫東側の,入り組んだところにあるらしい.地図をメモして戻る。 

ソウルの杉山さんに電話して今夜会うことにする。会うのを急いだのはPC房での日本語入力を早くマスターしたかったためもある。前回の旅では初日の晩に大酔いして失礼してしまった。 

現在ダイエット中とのことなので、先にMorris.だけ食事済ましてから会うことになり、つい、近くの軽食堂でトンカス食べたらえらく不味かった. 

地下鉄梨大前駅で杉山さんと待ち合わせし、まずトマホークというPC房で、日本語入力方法を教えてもらうつもりだったが、この店のPCにはすでに日本語IMEがインストールしてあって、何も考えずに日本語を打つことができた。ソウルのPC房なら、日本語OKなんだな、と思ってしまったのが後でたたるのだが、そのときは楽でいいやと思ったMorris.だった. 

すぐ近くのLONDON TIMESという新しくできたばかりのホプ(ビアホール)で、乾物あてにセンメクチュ(生ビール)飲む。中ジョッキ一杯2、000ウォンというのは、えらく安いなと思ったら、杉山さんが、韓国では缶ビールが一番高くて、次が瓶ビール、生ビールと言うのは安物ビールという位置付けということを教えてくれた。日本でいうと発泡酒みたいなもんか。安さにつられてジョッキを重ね、二人とも3、4杯は空けた後、勘定頼んだら、何と9,000ウォンだと言われた。いくらなんでもこれは計算間違いだろう。ついMorris.は「ラッキー」と言って、それだけ払って店を出たが、やっぱり、これはイケナイコトダッタノカモシレナイ(^_^;) 

そのあと、この店の地下にあるノレバン(カラオケBOX)に行く。ビールの酔いのせいもあって、結構のりのりの1時間だった。どのくらいのりのりだったかと言うと、杉山さんが「タタタ」で、Morris.が「シントブリ(身土不ニ)」で100点をマークしたということで、想像してもらいたい。 

今夜は、それほどひどい酔い方もせずに一人で宿に戻ることができた。まずはめでたしめでたし。

 



2002/02/02(土)●パクサ宅訪問●
8時起床。朝風呂入ろうとしたが、なかなかお湯が出ない。少しずつ温くなって来るのだが、体温くらいになるまでに20分くらいかかり、それから浴槽を一杯にするまでにさらに20分かかる。とにかくぬるま湯以下の風呂に入って、10時ごろ宿を出て、今回初めてスンドゥブ(純豆腐)チゲ食べる。 

Morris.はこのスンドゥブが大好物で、前回は朝飯はたいていこれにしていた。結構辛いのだが、日本ではあまり手に入らないスンドゥブつまり固まる前のとろとろした豆腐が、たまらない。しかし、これで結構店に寄っての差が大きく、なかなか大満足のスンドゥブには当たらない。前回の最後に食べた店が百点だったので、探したのだが見つからなかった。どうも無くなってしまったらしい。今日のはまあ、標準といったところか。 

昨日のメモを頼りに「雑誌展示室」を探す。狭い路地の奥に雑誌会館と言うビルがあり、その2階が展示室だった。入ってみると雑然としている。事務員らしい女性に聞いたら、3月にはヨイドのKBS別館前に「雑誌情報館」が開館する予定で、そこに展示室、博物館ともに移転するとのこと。ここは仮住まいというわけだった。ここの3階にも古い雑誌が展示してある博物館があり、植民地時代や、戦後まもなくの子どもの雑誌などが並んでいて、興味深かった。 
 
 

 
ほとんど整理できてない雑誌展示館   
  
自宅をマネージャーと出発するイパクサ
  
車の中では、寝てしまう。忙しいらしい。

   
最近のCD5枚ももらった。すべてにサインしてもらう。

  
戦後間もなくの子供雑誌「オリニ-子ども」 

   
パクサ夫人と、悪ガキのソンイル。  

   
結婚式の会食でもパクサは人気者。  

   
中学生にサインをせがまれる。若者に受けてるというのは、本当だ。

 

とりあえずイパクサに、ソウルに来ていることを連絡しようと携帯に電話したら、午後2時に家を出るからそれまでに来るようにと言われた。 
パクサは去年引越ししたとの連絡もらっていたので、どうやって行けばいいか聞くと、チョンヤンリ(清涼里)まで地下鉄で出て、駅前からタクシーに乗り、前の家の付近まで来たら、タクシー運転手に電話を頼めば、場所を説明して迎えに行くとのこと。 

12時前だったから急いで宿に戻り、荷物をまとめて出立。言われたとおりタクシーに乗り、近くまで行ったまでは良かったのだが、運転手が携帯電話不携帯(^^)だった。あわてて、あちこち走り回ってやっと公衆電話見つけ連絡ついた。地下鉄月谷洞駅近くに、パクサと息子ソンイルが一緒に待っていた。運転手は「あっ、イパクサだ」とびっくりしていた。韓国での知名度はかなり上がっているようだ。 

イパクサの新居は、同徳女子大学の近くの、集合住宅の4階で、実はMorris.が知っていた家の後、別の一戸建てに移り、それからまたこちらに引っ越したのだと言う。豪華3LDKでかなり広い。スタジオと衣装室を兼ねた部屋もあり、トイレは二つありウォッシュレットだった。奥さんと、知り合いの男女が来ていた。しばらくして長女のミナちゃんが帰ってきた。びっくりするほど大きくなっている。聞くともう中学2年生で水泳部に入ってると言う。おみやげにペコちゃんバッグなど持ってきたのがちょっと後悔されるくらいだった。ちょっと会わないと知り合いのこどもの成長ぶりにはいつもびっくりさせられる。 

間もなくマネージャーのキムヒョングンさんが、車を運転して迎えに来た。韓国SONYで、パクサのマネージャーを担当していた、イヒョクさんは、今、カナダに語学留学して3月に帰国するらしい。パクサの公式HPが現在閉鎖状態なのは、そのためだったらしい。 

4時からヨイドの国民日報ビルでの結婚式に出るから一緒に行こうと言われ、二つ返事でOK。またパクサの営業が見られると思うとドキドキする。車の中でもパクサのCDかけっぱなしだった。でも、パクサは多忙のせいか、途中で寝てしまった。 

ヨイドに着いたのが4時ごろで、ちょうど式が始まったところ。パクサはすっかり顔が売れてるらしく、誰彼と挨拶に余念が無い。小学生からサインせがまれたりしていた。3階の宴会場に招かれて豪華な食事を食べ、いよいよパクサの演奏かと待っていたら、何と今日はこれでおしまいだという。営業ではなく単に知り合いの結婚式に顔を出すだけだったらしい。うーーむ、肩透かしぢゃあ。しかも、パクサは急にこれから仁川の知り合いの会合に出なくてはならなくなったと言う。こちらでも演奏は無いと言うので、それでは付いていっても仕方ないので、Morris.はマネージャーの車でパクサ宅に戻ることにした。 

帰りは道が混んでてパクサ宅に着いたのが7時過ぎ。ちょっとPC房でも覗こうと、ひとりで出て入った店では、どうしても日本語が打てない。見るだけはできるのでここで掲示板などの巡回だけして、いったん外に出て、別の店に入る。この店の兄ちゃんが一生懸命頑張ってくれたが結局日本語の入力はできずで、またまたローマ字の書き込みして、ビールを買ってパクサ宅に戻ったら、ミナちゃん一人待ってて、みんなは近くの食堂に行ってMorris.の来るのを待ってると言うことだった。あわてていっしょに行ったところが、刺身屋で、海産物、握り寿司などご馳走になる 

イパクサ自叙伝「いっぺん会うてみいへんか?」 12時前に家に戻り、知り合いの男女二人を交えて酒盛りが始まる。奥さんはあまり強くないが好きで、Morris.の買って来たビールでは足りなくて、また買いにいくことになった。ミナちゃんはちびくろに興味を持って、Morris.部屋見たり、ゲームに夢中になっていた。2時ごろまで飲みつづけて、奥さんがほとんどつぶれかけた頃パクサが帰宅した。 

  パクサから最近のCD5枚とポスターやステッカーもらう。もちろん全てにサインしてもらった。 

2000年末に出たパクサ自叙伝「ハンボンマンナボルカ」 を見せて欲しいと言ったら、手持ち1冊しかないとのこと。とにかく借りて、明日本屋で探すことにしよう。パラパラと見たら、百済大王、芭雨ちゃん夫婦が韓服のコスチュームでキョンボックンで、パクサ、スイルさんんと並んでいる写真が。これはMorris.が撮ったものだ。もう一枚、Morris.もまじっている集合写真もあった。とても嬉しくなった。 

帰ったらこの本の中からいろいろ紹介して、パクサページにアップしようと思う。その前にまずこの本を手に入れなくては。 

結局この日は3時ごろ就寝。スタジオを提供してもらう。オンドルはあったかい。

 



2002/02/03(日)●ちびくろS・O・S●
8時半起床、日記をつけようとちびくろの電源入れたら「不良セクタが見つかりました。スキャンディスクを実行してください」との表示。さっそく実行したのだが、えらく時間がかかり、途中で止まってしまった。仕方なく電源を切って再起動したら、何と「Operation system not found」の表示が。ガ、ガ、ガーーーン。日本を出発する前から、ちょっとHDの音が時々変だなと思ってたし、旅行中も何度か気になる音はしてたのだが、まさかこんな事態におちいるとは。 

なにしろ、ちびくろはサブノートで、CDROMドライブはおろか、フロッピードライブすらついてない。だから、MSDOSでの起動ができないし、再インストールはなおさら難しい。まず困るのは、旅行の初めからつけていた日記が、まったく無駄になるかもしれないということだ。 

前回の旅行でリアルタイムに日記をつけたのが思ったよりうまくいったし、帰ってからの整理が楽なのに味を占めて、今回もちびくろ持参したのが、裏目にでてしまったようだ。帰国してからでもデータ取り出せるかどうかとなると悲観的だ。うーーむ。かなり滅入ってしまったが、このことはパクサには、言わずにおくことにした。 

今日は、キムスイルさんに会ってから、ハンナちゃんと待ち合わせの時間決めようと思ったが、なかなかスイルさんが来ない。考えてみると、夜遅くまでナイトクラブでピアノ弾いてて帰るのは午前何時という生活だから、仕方が無い。結局2時ごろ背中にキーボード担いでやってきたスイルさんは、早速新曲「チェヌネアンギョン−眼鏡をかけて見ろ」の、カラオケ作成に入った。一種の打ち込みで、半分出来上がってる演奏にオブリガートやおかずを追加していく。パクサの注文もなかなかうるさくて、Morris.はすっかり見とれてしまっていた。 

スイルさんは、ほとんど目が見えないのに、たいていの曲は1回聞いたら、すぐ弾きこなしてしまう。指なんかすごくぶっといのに、驚くほどすばやく動く。これが天才というものだろう。 

途中で奥さんのチャプチェご馳走になったり、以前の光化荘仲間の思い出話をした後、4時過ぎにパクサ宅を出て、地下鉄6号線に初めて乗り、青丘を経由して鍾路3街に出る。 
 
 

 
キーボードの魔術師キムスイルさん。ぶっとい指の動きの速いこと。   

   
パクサの奥さんは、全羅道出身で料理が巧い。  
これは、チャプチェ   

   
鍾路には、警官が武装して立っていた。

  
スイルさんはほとんど目が見えないが たいていの曲は一度で憶えて弾ける。 

   
インサドンで、ハンナちゃんにおごってもらった 
ソルロンタン。  

   
地下鉄民営化のための?デモ隊

 

鍾路では、鉄道改善待遇の大規模なデモが行われていて、警察も相当数出ていた。ソウルでデモを見るのも久しぶりだ。以前はデモといえば学生が中心だったが、今回のデモは地下鉄職員や応援者など、社会人が中心だった。 

パゴダ公園前でハンナちゃんと、待ち合わせ。やっぱり公園にはしばらく入れないようだ。 

まず、PC房に行き、日本語IMEを入れてもらう。この前杉山さんがやってたのとはかなり違うやり方で、結果的には入力できたが、今後一人でやれるかどうかとなると皆目自信が無い。 

インサドンを見物しながら、前回おいしかったコムコリタン店を探したが、とうとう見つからなかった。仕方なく適当な店で、ソルロンタンを注文、ハンナちゃんはサムギョプサルチム。ここはハンナちゃんがおごってくれた。日曜日ですごい人通りだったし、民俗菓子の屋台も数多く出ていた。綿菓子を固めた「クルタレ」という飴を食べてみたが、極細の白い繊維のかたまりで、不思議な食感、まるで蚕の繭のまだ固まる前のものを食べてるようだった。味は、はっきり言って美味くは無い。パクサ宅に土産に持って帰ったが、おおむね不評だった。 

インサドンに多くある伝統茶室の一つ「ネナンピョヌンナムクン−私の旦那はきこり」という店に入り、生姜茶を飲む。この店は、レトロな演出で、壁には昔の映画ポスターや雑誌がずらりと並び、机も昔の学校の机だったり、古いバスの看板、制服、鞄、おもちゃや菓子の包装、人形などがならべてあり、なかなか面白かった。 

チョンノ書籍で、パクサ自叙伝を探してもらったが、在庫切れで注文には時間がかかるというのであきらめた。 

その後、あまり乗り気でないハンナちゃんを説き伏せて、ノレバンへ。韓国の女の子はいちおうノレバンなんか嫌いだ、といいながら、いざ入るとマイク離さないタイプが多いのだが、彼女は本当にあまり歌うのは好きでないようで、悪いことをしてしまった。それでも交代で1時間歌いつづけたのだから、まあ、よかったことにしよう。 

11時半にパクサ宅に戻る。長男が帰ってきていた。ちょっと飲んで早めに寝る。隣ではその後、麻雀が始まったようだ。

 



2002/02/04(月)●眼鏡市場●
8時起床。朝食に鶏卵チム、メウンクッなどいただいて、9時過ぎにパクサ宅を出る。パクサはずっと家にいるようにいってくれるのだが、やっぱりパクサ宅に居続けだとMorris.の旅行ではなくなるもんなあ。パクサからインチョンの書家丈石の書をもらう。全紙に横書きで「清風明月」と書いてある。作者は80歳を越えている、軍人上がりの書家らしい。経歴書に寄ると、特攻隊長、警察署長、戦闘警察隊長などを歴任、肩書きは16個を数え、国定教科書にも収録された、とある。昨日の仁川での集会と言うのも、パクサの趣味のスセキ(寿石?水石)だったようで、この書家ともその会がらみで、誼を通じているらしい。Morris.にとっては猫に小判だが、ありがたくいただくことにする。 

で、結局またチョンガクのウォンガプ旅館に舞い戻る。今度は301号室だ。今回は主人がいた。ちなみに、最初に受付にいたここのチウンというアガシは油絵を本格的にやっているらしい。旅館のいたるところに彼女の作品が掲げられている。もちろんMorris.の部屋にも一枚かけてあった。なかなか作風がヴァラエティに富んでて、風景画、人物画、具象,抽象、前衛まで何でもありのようだ。Morris.は2Fの踊り場にある、アブストラクトが一番気に入った。それと、廊下の片隅には、作品のキャンパスが無造作に重ねて立てかけてあったので、それも見たら、自画像らしきものも見受けられた。 

セジンコピュータの珍島犬一号のシンボルマーク 一休みして外に出る。すぐ近くのPC房「サイベリア」というところに行き、またまた日本語入力に悪戦苦闘したが、結局兄ちゃんに日本語打てるようにしてくれと頼んだら、18番のマシンに連れて行かれた。おお、これにははじめから地球マークがある。ラッキー、これからずっとこのマシンを愛機にしよう。名前は「珍島犬1号」(^^)ぢゃ。実はこれ、セジンというメーカーのマシンで、ちゃんと「チンドケッイルホ」と明記してあり、単純ながらりりしい珍島犬のイラストが入っている。 

嬉しくてあちこち見たり、書き込んだりして3時間近くもPC房に長居してしまった。何しに韓国に来ているのかよく分からない。しかも、ここは1時間1、500ウォンだから、4、500ウォンも取られてしまった。昼飯代丸損だ。今後PC房は極力短時間で済ますことにしよう。 

YMCA近くのTOP航空という旅行社で、旧正月の予約状況を聞いてみる。13日の大阪行きは今なら予約できるという。ちょっと13日では遅すぎるようでもあるし、旧正月のソウルの姿を見ておきたい気もするし、ちょっと迷っているところ。早く帰るなら9日の切符は取れそうだが、ネットで知り合ったかせたさんが8日にソウルにもどってくるので会おうと思ってるし、帰る間際というのもあわただしすぎるから10日か11日の航空券が取れればいいのだが。 

そのまま南に歩き、南大門市場を冷やかして歩いていたら、声をかけられた。店の呼び込みか客引きかと思ったのだが、何と「もりさきさん」と名前を呼ばれる。顔はなんとなく覚えているが、どこで会ったのか思い出せない。話を聞くと以前イテウォン(梨泰院)で皮ジャンパー店をやってたとのこと、そういわれて、やっと思い出した。しかし、最後に会ったのが6年前、それを人込みの中で見つけて即座に名前まで憶えているとは、すごい記憶力だ。Morris.なんか、昨日会った人の顔さえ忘れることがあるし、名前もなかなか覚えられない。彼、チェユンソクさんは、市場内のビル3fでアクセサリー店をやっているとのこと。時間があれば、一度店に行くといって別れる。 
 

 
南大門市場西の眼鏡市場にある、アイリス眼鏡の主人パク・ドンウクさん。親切な人だった。
   
明洞「全州中央会館」の石焼ピビンパ。いうことなし。 
 

その後、南大門市場からちょっと外れにある高麗眼鏡卸市場に行き眼鏡を作る。今かけている、小さくてまん丸のが気に入ってたが、かなりくたびれてきので、同様の品を探したが見つからず、アイリス眼鏡という店で、それよりは一回り大き目の似たやつで我慢することにした。Morris.はかなり度がきついので、普通の人より高くつく。それでも日本で作るのの半額くらいだ。 

ここの店主はとても親切で、今年のスケジュール手帳などもくれた。韓国の休日などがわかるので便利だ。 

それは良かったのだが、閉店間際に行ったのであわてていたのか、何とフレームではまん丸だった筈なのに、レンズを楕円形にカットしたらしく、Morris.の望みとはかけ離れたものになっていたことに、宿に戻ってから気付いた。眼鏡はかけていると、レンズの形はわかりにくい。楕円形にしたものを、真円に研磨しなおしたら、フレームより小さくなってしまうだろうし、どうしたものか、と迷った末、明日、もう一度行って、気に入ってる古いフレームのレンズだけを換えてもらうことにした。事情を話せば少しはバーゲンしてくれるだろう。楕円形のものはそのまま使うことにした。 

新しい眼鏡かけて、ミョンドンに回り、ぶらぶらした後、久しぶりに「全州屋」に行ったら、名前が「全州中央会館」に変わっていた。変わったのは名前だけで、名物の行脚僧姿のサンドイッチマンも立っていた。石焼きピビンパ7、500ウォンは、ちょっと高いかと思ったが、出てきたのを見たら、やっぱりきれいで、豪華で、山菜から銀杏、栗まで具沢山で、味も上々、突き出しのキムチもうまいし、イカの塩辛がまたばかうまだった。これなら先の値段も納得だ。 

9時前にチョンノに戻り、「プルミネット」というPC房に入る。日記を打って、ホットメールで自宅に送るためだ。またここでも、日本語打てなくて、検索で「JAMONDO」のページを見つけ、ダウンロードしたら、打てるようになった。ラッキー

 



2002/02/05(火)●キムチのおいしい韓食堂●
 
昨夜、PC房で自分宛てに釜山での日記を思い出しながら打った。1時間ほどもかかって、やっと終わったと思ったころ、何かの拍子でマウスのボタンに触れたらしく、メール画面が即座に消えてしまった。どうしても復元できない。泣きそうになった。おまけに昨日の店も1時間1、500ウォンだった。 

今朝も8時半起床。風呂に入ろうとお湯を出すのだが、相変わらず、お湯の温度が低くて、えらく時間を食ってしまう。 
 
YMCA西隣にあるトップ航空

ぐずぐずして10時半頃部屋を出て今日の宿賃を払おうとするが誰もいない。しかたないのでそのまま出かけて、昨日行ったトップ航空で、予約頼むが、旧正月の間はやはり込んでいるので思うように予約できない。とりあえず待機ということで、あとでまた連絡いれることにする。 

地下鉄でソウル駅に出て、昨日行ったアイリス眼鏡へ。古い眼鏡のレンズ入れ替えをいくらか安くしてもらうこで、商談成立。 

それから、南大門市場に戻り、しばらく見つけるのに苦労したが、チェユンソクさんのアクセサリー店を覗いて見る。アクセサリ業者の雑居ビルの3Fで、店というより、ブースで、フィリピンから輸入したアクセサリーの卸をやっていた。日本との商売も多いが、なかなか入金してくれないとの愚痴も出た。彼は、イテウォンで、皮製品の販売やってるときに知り合い、時々店に行って仲良くなったのだが、景気が悪くなったときに日本の静岡のデパートが倒産して、かなり被害を被って、店じまいせざるをえなくなったらしい。自販機のコーヒーをおごってもらい、しばらく話したあと、別れる。 

そのまま、しばらく市場をふらふら歩く。食器市場のビルの5階屋上から下の市場を見ると不思議なアングルで面白かった。 

 地下鉄ソウル駅に向かう途中、南大門を見たら、数人が門の下をぞろぞろ歩いている。え、南大門って見学できるのか、と、大門への通路を探したが、ない。どうやら、特別の団体が見学してたらしい。あたりまえか。 

地下鉄で、ヨンサン(龍山)の電子街へ。 

龍山の駅は大幅改装工事中で乗り場が仮設になって、いつもと勝手が違った。電子街はまあ相変わらずで、今のところ何も買う気がないMorris.は、さっと冷やかすだけ。SHARPの新しい電子辞書は、DUKEとはまったく違った、横長の大型で、単語数は多いらしいが、韓国の「メトロ日韓辞書」がそのまま入ってるようなので、あまり使い勝手はよくないのではないかと思う。価格は17万ウォンくらいで、それほど高くはないが、いまのところ必要ないし、そんな余分な金もない。CD屋など冷やかして電車でワンシムニ(往十里)で下車。 
 
 

   
ビル5階の屋上から見下ろす南大門市場。   

   
ヨンサン駅構内の大工事。   

   
ワンシムニ付近の、食器店。

   
これも同じところから見下ろす。 
今回はこうやって、高いところから下を見ることが 
多かった。。 
  
   
これが、キムチの美味しいソルロンタン店。  

   
これが美味しいキムチ。といっても写真ではね。  

   
韓国で流行りのセットCD。お洒落にいえばCompulationn Albumというのだろうか。

ソウルに来るたび毎回のように訪れる「キムチの美味しい韓食堂」へ行くのが目的だ。ここは駅から北に歩いて15分ほどのところにあり、まず観光客は行かないだろうと思われる店で、ずっと前に、ヤンジェイン君に車で連れていってもらい、すっかり病み付きになった。いわゆるタクシー技士の店で、たいてい店の前にはタクシーが停まっている。タクシー運転手は、美味しい店を良く知っているから、彼らが常連の店は、美味いということになる。この店は、ソルロンタンもそれなりに美味しいし、葱入れ放題というのもいいが、何といってもMorris.のお目当てはキムチ。本当にここのキムチは最高ぢゃ!!! 今日もMorris.は意地汚く、お代わりを頼んでしまった。店の名前は「チングッソルロンタン専門店」ドソンサゴリの南西にある。 

このサゴリ(四つ角)から、西に向かって歩く。この一帯は、コプチャンチョンゴル(いわゆるホルモン焼き)のメッカらしく、専門店が並んでいる。 

ずんずん歩くと、食器や、厨房、家具の店が軒を連ねている、更に歩くと中古の電気製品が並んでいて、これはと思い、北上したら、思った通り、Morris.が一時はまってしまっていた、泥棒市場に出た。ちょっと時間が遅くて店じまいする屋台が多かった。ここはもう一度来ずばなるまい。 

  そのまま東大門市場まで歩く。ここもメインの店は閉まりかけている。セウン商街西のCDショップを冷やかす。ここで「追憶」という、6枚組みセットを買う。最近韓国では、この手のセットが流行っていると聞いてはいたが、思ったより多数のセットが出ている。往年の名アルバムをセットにしたもの、ジャズやクラシックを、雰囲気で編集したもの、ダンスもの、ちょっと懐かしめのもの、フォーク、ムード歌謡と多種多様だが、Morris.の買ったものは、フルガヌンノレ、つまり懐メロ大全集みたいな奴で、曲目を見たら、ネット仲間から顰蹙をかいそうなものばかりだ。でも、前から知っていながらオリジナルを聞いたことがない名曲が多数含まれているし、今後のことも考えて持っておいて損はないと思ったのだ。なにしろ安い。定価が2万ウォンで、破格なのに、さらにバーゲンで1万6千ウォンだった。一枚あたり2、700ウォンにもならない。泥棒市場で投げ売りしてる、CDだって一枚3千ウォンはするから、どのくらい安いかわかろうというもの。 

数年前に、「名作」と銘打って、バラードを集めたシリーズがあり、Morris.は6集まで持ってるが、これなんか、一枚1万ウォン前後で買ったから、今思うとえらい損だ。なんせ、最近出た「バラード」というセットなんか、何と12枚セットで、2万5千ウォンである。5分の1の価格ということになる。 

キムヘヨンが所属している、トップミュージックのソパンソク社長に電話してみた。昨年結婚したキムヘヨンだが、芸能活動は続けていく方針で、今でも時々出演しているらしい。うり丸さんとMorris.から、結婚の祝賀メッセージを伝えるように頼む。 

8時前にチョンガクに到着。いやあ、今日はよく歩いた。これが元来Morris.の旅行スタイルなのだった。 

今日は先日ハンナちゃんと入ったPC房に入る。ここはかなりボロい感じで、その代わり値段が安いはずだ。その分、機械もインテリアもあまりぱっとしない。いまどき15インチのCRTモニターで、キーボードの真ん中の列なんかハングルがほとんど消えている。それはいいのだが、 一番よく使うスペースキーが時々引っかかって、いらいらする。とうとう、途中でキーボード交換してもらった。マシンを代わればいいようなものだが、せっかく日本語IMEダウンロードしたので、やむをえない。

 



20021/02/06(水)●ソウル俳壇●
昨夜は、屋台でおでんとチジミたべ、キムパブを買って帰り部屋で酒のあてにした。 

7時半起床。入浴。トップ航空で航空券予約。結局13日夕方の便にした。
 
韓定食 これだけあると 迷い箸になりそう 日韓両国人合同の、俳句誌

 11時半にYMCA前で杉山さんと待ち合わせ、インサドンの「カフェ」という店で、韓定食。1万5千ウォンというのが中途半端だったのかどうか、品数は多かったものの、これというものではなかった。 

それでもこれだけいろんなものがあると、酒の肴には最高、ということで、Morris.ひとり、昼から真露たのんで、ぐいぐいやって、けっこういい気持ちになってしまった。ダイエット中にもかかわらず、食事を付き合ってくれた杉山さんに感謝。

杉山さんから「ソウル俳句会 第六句集」いただく。ソウルに住む日本人と、韓国人が合同で俳句会を催し、その集大成ともいえる俳句誌で、もちろん杉山杉久(俳号)の句も掲載されている。三句引用しておく。 

   
如月や風止むことのなき聖地 
銃眼の中は霞に沁みし村 
炭負ひの踏む石段の傾けり 杉久  

結構長い時間食堂にいたことになる。 
 
 

 
先日ハンナちゃんと入った、伝統茶店。
「あたしの旦那は木こり」 

   
イテウォンでは、暇を持て余した兄ちゃんらが、 
チェギで、遊んでいた。

  
オルゲンイ、コディ、クッ専門店看板 

   
これは、コディクッのなかにスジェビ(スイトン)が入っていた。 

 

杉山さんと別れてから、地下鉄でイテウォンに出る。それほど賑わっている風でもない。手持ち無沙汰の兄ちゃんらが、チェギチャギ(コインを紙や布で包み細いリボンを多数付けて空気抵抗を増すようにし、それを足で蹴って、回数を競ったりする)で、バレーボールみたいに分かれて蹴りあいをして遊んで居たりした。この遊びも正月のものらしい。 

23番バスでまたチョンガクに戻り、インサドンのおいしいコリコムタンの店探す。インサドンアートプラザ横小路を入り突き当たって右にすぐ見つかった。ただ、前回注文したメニューがわからず、コディスルグッというのを注文したら、前回のスープにスイトンのはいったのが出てきた。しかし、これも美味しい。 

そのあとふらふらしながら、トップ航空と同じビルにあるPCプラザというところでこれを打っている。 


 



2002/02/07(木)●2009 lost memories●
8時半起床。入浴。キョウボ文庫横の路地の食堂でスンドゥブチゲ。今日のは平凡で、可もなし不可もなし、だった。キョウボ文庫冷やかしてから地下鉄でシンソルドンに出て泥棒市場へ。今日はちょっと早すぎたかな。ぼちぼち露天を広げる風景を見に行ったようなものだ。本当はこの市場は、土、日でないとそれほど賑わわない。まあ、定番の店はあるし、それなりに楽しめることは楽しめるが、正月前ということで、やる気がなさそうだった。東大門運動場あたりで靴を探すがどうもいいのがない。今回はパスかも。ミリオレとか、DOOSANなどのビルも一応覗いては見る。これもMorris.には縁がない。屋台のテープ屋で、キムヘヨンの「ユイルハンサラム」がかかっていたのでつい、最後まで聞いてしまった。 

 古本屋市場は、教科書、学習書のオンパレードで、釜山の古本屋街でもそうだったが、韓国は3月に新学期始まるので、この時期の特殊な状況だということに思い当たった。 

東大門市場を流す。やっぱり韓服市場はあでやかだ。広場の食い物露天から、食器、キャンプ用品、時計、貴金属、電化製品と通り過ぎ、CD屋で廉価販売CD3枚買う。ナムジン、ムンジュラン、キムチュジャと、これまたオールドウエーブ。特にキムチュジャは初期のシンジョンヒョンの曲を多く歌っているので、絶対手に入れておきたかった。 

宗廟前の広場には老人がたむろしていた。例のパゴダ公園が立ち入り禁止になっているためこちらに流れてきているのだと思う。
 
 
ボランティアによる 老人理容

地下鉄チョンノ3街駅構内で、老人の無料散髪が催されていた。7、8台の椅子をならべて、たぶん理容学校の生徒が、奉仕活動していた。これも旧正月前の行事なのだろう。 
 
 

 
泥棒市場の骨董店。正しくは黄鶴洞市場という。   

   
東大門市場、のアジュマ。手前左がスンデ、右は、とりあえず豚肉である。   

  
国鉄シンチョン(新村)駅。こじんまりしてて 可愛い。 
 
   
屋台のテープ屋に、テジナと並んで、パクサのテープがあった。 
  
東大門市場広場市場という名で、 屋台が並ぶ。 
  
「2009 lost memories」のポスター
上がチャン・ドンゴン、下が中村トオル
 

  梨大前に出て、久しぶりに梨花女子大学に寄ってみる。ここの博物館を見たくて行ったのだが、今は冬休みで閉館していた。本館前の広場で学生5人ほどが、農楽の練習してたのでしばらく見物する。先輩が後輩にチャンゴの手ほどきをしているようだった。しばらく梨大前の繁華街を冷やかしたあと新村に回る。国鉄新村駅は、小さくて可愛らしい。いっそここから国鉄に乗ってみようかと、中に入って時刻表見たが、イムジンガン行きというのがある。これはいわゆる38線近くの展望台に行くラインのようだ。時刻も遅いし、たぶん許可証なしでは入れないだろうからあきらめた。 

    新村に限らないが、ソウルでは、コーヒーショップが流行している。一番目立つのはスターバックスで、前回はほとんど見かけなかったのに、主だった街にはたいていあり、それもビル3階を全て占めるなど規模も大きい。そのほか、Rose buddとか、ネスカフェとか、大小取り混ぜていっぱいできている。 

  新村、梨大前からアヒョン方面は有名なウエディングドレス店が並んでいる通りだ。バスからは何度も見たが歩いて見るのは初めてで、確かに100軒以上はある。歩き出すと止まらないのがMorris.の癖で、アヒョン洞の家具街から、西大門駅を過ぎ、独立門前のヨンチョン市場(アーケード付きで一直線でかなり長い)をぬけて、独立公園を散歩。さすがに西大門刑務所記念館は閉まっていたが、薄暗い中で見る刑務所の壁と建物は、ちょっと不気味だった。3号線でチョンノに戻り、ピマッコルの食堂でカルビタン食べる。 

その後ナグォン(楽園)市場ビル4階にあるハリウッド劇場で、「2009Lost memories」の、8時半からの最終上演を見る。主役はチャンドンゴン、中村トオルという韓日共演で、せりふも半分は日本語だったため、ストーリーは分かりやすかった。ストーリーには矛盾が多い、というより、漫画なのだが、仲村トオルが圧倒的にかっこよかった。客の入りはがらがらに近かった。 

第二次大戦で、日本が勝利し、韓国は日本の支配下のままの2009年が舞台、ソウルのセジョンノにはイスンシン将軍の代わりに、豊臣秀吉像が建っている、町並みの看板、表示もすべて日本語、などの設定は面白かったが、最終的にオカルト風な解決というのは情けない。それとやはり変な日本語が耳につく。チャンドンゴンもかなりよく練習してるのはわかるが、日本語で話す部分はどうしてもリアリティに欠ける。 

映画終わったら11時で、サイベリアでこれを打ってる。13、14日に仕事が入ってるというメールが入っていたが、13日の夜に帰るので、これはパスすると返信した。

 



2002/02/08(金)●韓国もレトロ趣味●
7時半起床。入浴。韓国に来てから初めて、朝からどんより曇り、今にも雨が降りそうな気配。 

ミョンドンに向かって歩く途中に韓国電力会館があり、ここでは無料でインターネット覗けるので利用しようとしたが、空いてなかった。 

中央郵便局5階にある郵便博物館へ。ここは残っている記念切手を原価で売ってくれるし、博物館も楽しめるので、結構贔屓にしている。2000年子供の日の漫画切手にペ・ウンテクのヨンシミが登場していることを初めて知った。ポスターに「ナマネウピョ-私だけの切手」という企画の宣伝があった。それによると170円切手20枚のシートに、切手と同じサイズのシールを併載するといいうもの。切手代だけだと3、400ウォンだが、手数料共で1シート7、000ウォンからロットによって5、600ウォンまでで提供するそうだ。シールには結婚式の二人の写真や、誕生した子どもの写真など、いろいろ利用できそうだ。韓国郵便局もいろいろ考えているなあ。博物館は、4階と5階に分れていて、古いポストや制服、切手印刷の機械などなかなか充実している。 
 

 
ソウル中央郵便局5階にある郵便博物館のポスター。  
「私だけの切手、今や切手も個性演出時代」
   
ッチョルミョン 。野菜沢山のピビンネンミョン。 
一見あっさりしてるように見えるが、ませると真っ赤になる。
 

その後ミョンドンで、チョルミョン食べる。これはピビンネンミョンに野菜が多く入った感じのもの。ただ注文のときなかなか通じなかった。Morris.の発音は絶望的だ。ミョンドンでしつこく靴を見る。これならと思うのがやっと見つかったが、値段がかなり高い。これならイテウォンに行った方がましだと、地下鉄に乗り、イテウォンで買ったら3、000円ほど安かった。 

いったん宿に戻り、一服して、インサ洞をゆっくり見物する。宿のすぐ近くで、もう何度も行ったのに、食事だけだったり、人といっしょだったりで、何も観ていないに等しい。 

画廊がよそに移ったり、伝統茶店が増えたりと、さまがわりしているとはいうものの、やはりこの通りは、民芸品あり、陶器あり、骨董品店ありで面白い。アートセンタービルの地下で、正月前の特別展として、本格的な正月祭祀の膳を復元していたので、見学する。民画を刺繍した屏風と正月の豪華なご馳走膳の間に座って、係りの兄ちゃんに頼んで一枚取ってもらった。5階には展望スペースがあり、上から見ると、インサドン食堂街の一画だけは、いかにも昔の韓屋がかたまっているのがよくわかる。 
 

   
残念ながら本物ではない。正月前の展示会。
   
インサドン、アートセンター5階展望台からの展望。 
中央部分が食堂街。
 

日本の古いおもちゃや漫画のキャラクタを集めた「トトの古いものたち」というマニアの店があり、入ったらアニマルズなどが流れていた。店内の撮影は駄目だというので、外から撮った。この店といい、この前ハンナちゃんと入ったレトロな喫茶店といい、「自由夫人」という映画の看板を掲げた居酒屋といい、最近韓国の若者もレトロブームなのかもしれない。 
 

  
Morris.に韓国の面白さを教えてくれた貧乏外人専門宿デーウォン旅館。 
  
韓国ポピュラー音楽同好会の聖地でも あった、光化荘。 
  
インサドン、 アートプラザを東に入った路地にある 居酒屋。「自由夫人」という映画から命名。
   
これも正月の祭祀を行う正餐の模型。  

   
美しい韓国の刺繍。溜息が出る。  

  
「トトの古いものたち」と言う名の、 レトロ玩具店。アトムキャラクターの ものが充実していた。 インサドン。
 

インサドン通りを出たすぐ北側にあるホンムン女子高の校門前で、女の子が二人記念写真を撮っていて、シャッター押すよう頼まれたので、卒業するのかと聞いたら、今日が卒業式だったという。そういえばアルバムを抱えている。頼んで見せてもらったら、13組もあり、写真はすべてカラーだった。イジヨンの「卒業」という、フォーク調の曲を思い出した。イジヨンはMorris.の最初の韓国女性アイドル歌手だった。 

小腹が減ったので、例のオルゲンイに行く。今回は「コディクッパブ」頼む。これ、これ、前回注文したのはまさに、これだった。つまりずっと「コリコムタン」と思ってたMorris.はここでもえらい勘違いをしていたわけだ。コディというのは小さな巻貝のことだった。ともかく、美味しかったからいいのだ。 

結局今日も雨はほとんど降らずに晴天になった。本当に今回の旅は天気に恵まれている。しかし午後からは、本格的に寒くなった。そうそう、ソウルの冬はこれでなくては、と思いつつも震えて地下道に潜り込む。 
セジョンノを超えて、Morris.にとっては懐かしい、セジョン文化会館一帯を歩いてみる。最初の旅で決定的印象を残した、デーウォンは相変わらず、バックパッカー向けの商売を続けているらしい。ちょっと覗いて見たかったが門が閉まっていたのであきらめた。 

もう一軒の「光化荘」はすっかり見違えてしまった。外壁など改装したばかりらしく、なんとビルにリボンまでかかっていた。NIFTYのPC通信の「韓国ポピュラー同好会」の別名が「光化荘」だったのも、この宿が、5月の日韓合同オフの時の会員の溜まり場だったからだ。もちろんMorris.も何度か泊ったことがある。ここは以前は歩いてくるには割と不便な場所だったのだが、地下鉄5号線の駅ができてからずいぶん変わってしまった。 

セジョン文化会館 韓服ファッションショーの舞台 セジョン文化会館で韓服の展示会やってるというポスターがあったので入ろうとしたら、今日はもう閉館だという。がっかりして帰ろうとしたら係員が、向いの本館で韓服のファッションショーやっているからそれを見ろという。あわてて入り込んだら、始まったばかりだった。ここの大劇場にはいるのも初めてだ。 

さすがに広い。上手上方には、巨大なパイプオルガンが鎮座ましましている。 

舞台では入れ替わり立ち代わりこれでもか、という感じで色鮮やかなチマチョゴリの乱舞。時々踊りも入るので見飽きない。延々と見せられたあと、日本の着物ショーが始まった。この催しが、ワールドカップ絡みで、いちおうコレア・ジャパンと冠されているためで、きものもそれなりに点数が多かったが、大半は銀座のママみたいだった。まあ、韓国人の好みを考えるとこれも仕方がない。 

2部では、韓国人の生まれてから死ぬまでの衣装の変遷をハルモニの語りを交えて紹介するというもので、これまた、とても興味深かった。司会の間の悪さと、照明のいいかげんさ、音楽のうるさすぎをべつにすれば、大満足の2時間半だった。無料というのが、Morris.の貧乏性を感激させたということもあるだろう。 

外に出たら、凍える寒さ。風も強くなって、光化門のライトアップをちらっと見て、チョンノに引き返す。ヨンプン文庫に行ったら、漫画のコーナーがかなりでかくなっていた。大半は日本漫画の翻訳もので、さすがにもう食指が動かない。 

今日もトップ航空と同じビルのPC房だ。ここは、係りの兄ちゃんがPCに詳しいようで、トラブルが起こってもすぐ解決してくれる。 

アンダーグラウンド歌手チャンサイクは、今一番好きな韓国の歌手で、今回も新しいCDが出ていれば絶対買って帰ろうと思っていたが、Morris.の持っている3枚以降出てないようだった。先ほどチャンサイクで検索かけたら、公式HPが見つかった。 ちゃんと曲も聴ける。しかも掲示板を見たら、3月31日にソウルキョンヒ大学でコンサートがあるとの知らせがあった。しかも共演はアンチファンとイウンミとある。があああん、アンチファンも大好きな歌手なのだった。これは見たいぞ。でも、2月にこれだけ長逗留して、3月末というのはいくらなんでも無理だろう。 

とりあえず、掲示板にハングルで、チャンサイク最高!!と書き込みした。

 



2002/02/09(土)●ファッションタウンは似合わない●
8時起床。入浴、Gパンも洗濯する。KBSTVで昨日のファッションショーのニュースが流れていた。 

その後主婦歌謡スターの特別番組を見る。チュヒョンミ、キムスヒ、オムジョンファ、イジョンヒョンなどの歌手がゲストに出ていた。これも正月特別番組らしい。 
 
朝の饅頭。小ぶりで具沢山。  
 

朝食はまんじゅうで済まし、セジョン文化会館の韓服展示会を覗いたがこれは大した事はなかった。 

酒幕(チュマク) 居酒屋兼食堂兼宿屋 そのままキョンボックン(景福宮)に行く。今朝は零下だったらしく、池も凍っていたし、昼前というのに、建物の影の部分は霜柱が立っていた。これを踏んで歩く感触は久しぶりだ。工事も大分はかどって、往古のスタイルを取り戻しつつあるようだ。民俗博物館は何度来ても楽しい。正月は休暇中も開館していて、公演もあるらしい。前庭に、戦前戦後の古い床屋、写真館、綿屋、駄菓子屋、練炭屋などの小売店舗を再現したり、それより以前の、旅籠や酒幕の再現もあった。これらは、レトロブームとは直接関係ないとは思うが、記念写真を撮る人が多く、なかなか人気があった。 

地下鉄でアプクジョンドンに出て、2時間ほど歩き回る。ファッションタウンということであまりMorris.には縁がないが、とりあえずぶらぶらするのには退屈しない。おしゃれな団地が集まってる一画があり、公園にはカッチがたくさんいた。そのまま歩いてシンサドンに出る。ずっと以前入ったトンカツ屋があり、入りたかったが、かせたにさんとの待ち合わせがあるので、三号線でチョンノ3街に戻る、構内で初対面のかせたにさんに呼びかけられてびっくりした。 

インサドンの「ソンシンテジカルビ」という店で豚の焼き肉を食べる。隣に座っていた韓国人の一人が、イパクサ宅近くにある、同徳女子大学生で日本語専攻しているチェミンヒさんで、日韓チャンポンで、イパクサやアンソンギの話で盛り上がり、後日、メール交換する約束をした。 
   
幻のマッコルリ屋でのスナップ。Morris.のデジカメはフラッシュないので、まるで半世紀前の写真だね。全く記憶なし。    
その後、かせたにさんお勧めのマッコルリチプへ移動。さすがに美味しいマッコルリで、いいかげん飲んでいたMorris.はこの店で完全につぶれてしまったらしい。すっかり記憶を失ったMorris.だが、後でカメラを見ると、店の主人や子ども等と一緒に写ってるMorris.の姿があった。おどろいたことに、その後カラオケにも行ったらしい。こうなると、救いようのないパボ(アホ)だあ。かせたにさんに送られて宿に戻ったらしい。前回から一向に進歩してない。

 



2002/02/10(日)●ハングンノレチャラン●
目が覚めたら11時だった。どうやって帰ったか、ぜんぜん記憶にない。頭もぼーっとしている。うーーむ、これはいかん、初対面のかせたにさんに、失礼なことをしたのではないかと心配になる。しかもかばんの中には、コーラのポリ容器に1/4ほどマッコルリが入ってるではないか(^_^;) 

風呂に入って、日曜日のお昼恒例のハングンノレチャラン(韓国のどじまん)見る。KNTV解約してしまったので、最近はほとんどお目にかからくなってしまった、司会のソンヘさんの顔が懐かしかった。女子ハンドボールのゴールキーパーとその姉が出場して、去年いなくなった母親を探しているとパネルを抱えて訴えていた。長いことみているが、のどじまんでこういうのは初めて見た。 

Morris.は宿酔もものかわ、残ったマッコルリをちびちびやりながら、昨日買った歌本(1,400ページもある)を見て、知ってる歌はいっしょに歌ったりしていた。こんな日本人はあまりいるまいと思う。
 
パゴダ公園前でのサムルノリ

 1時過ぎに宿を出たら、雪が降ってきた。それほどひどい降りではない。パゴダ公園前で5人の若者がサムルノリやってた。なかなか上手い。 

地下鉄でシンサドンに出て、昨日見つけた懐かしのハンソン(翰盛)でトンカツ食べる。10年くらい前に入って、とても美味しかったのをおぼえていた。やっぱり今回も美味しかった。トンカツ食べてる間に、雪はかなり本降りになった。 
 
 

   
シンサドンの裏道にあるハンソントンカス専門店  
   
これこれこの味、実に10年ぶりに食べる。 
 

そのままシンサドンのPC房に入り、これを打っている。 

PC房を出たら、雪は止んでいたが、風が出て、ますます冷え込んでいる。とりあえず地下鉄に乗って、テハンノ(大学路)に行く。この寒さの中、生ギターで歌ってる二人の若者がいた。結構観客を集めている。歌はそれほどでもないが、アドリブとギャグが達者で、有名歌手の形態模写や、歌詞を替えて歌ったり、掛け合いもなかなかこなれていて、観客を大いに沸かせていた。言葉が分かればもっと面白かったろういと思う。キムヒョンシクの「ネサランネギョテ」など、知ってる曲も歌ってくれたので嬉しかった。でもあまりの寒さに、とうとういったん宿に引き返すことにした。 

6時からしばらくTVを見る。「開かれた音楽会」には、キムスヒやオムジョンファが出ていた。昨日の主婦歌謡スターと同じような顔ぶれだ。ニュースでは正月帰省で混雑する道路状況を中継している。観光バスがトレーラーと衝突して30人以上の死傷者が出る事故が起こったようだ。 

7時半から外に出て、チョンガク裏通りの食堂で懲りずにスンドゥブチゲ食べる。ここのも平均的な味だった。キョウボ文庫近くのPC房でこれを打っている。ここは1時間1、000ウォンである。数日前に行った、ボロいところに比べると格段にきれいだし、ディスプレイは現代、キーボードは三星というメーカー品で、特にこのキーボードは今まで使った中で一番打ちやすい。こんなことなら始めからここにすればよかったと思っても、もう遅すぎる。


 



2001/02/11(月)●三角キムパと三清閣●
7時半起床、入浴。 
 
三角のりまき中に2009lost memoriesの無料観覧券幸運が--

 LG25(コンビニ)のおにぎりのポスターに、この前見た「2009lost memories」の写真が載っていた。キャンペーン商品らしい。試しに2個買う。1個700ウォン。チョンジュピビンバという混ぜ飯のは美味しかったが、もう一つセコギなんとかというのはいまいちだった。 
 
 

 
大晦日(旧暦)のハンガン。大きな川はそれだけで  
存在感がある。  

   
三清閣の庭で、ヤラセのユンノリ。背中には  
ホテルプラザと書いてある。これもお仕事。   

   
テッチュインサム茶、棗入りの人参茶だ。6、000ウォン。  
これは飛田さんがおごってくれた。

  
見事な連凧。アジョシによると、100枚はあるとのこと

   
ノリャンジン「死六臣」の墳墓。のどかである。   

   
ユン・ヨンスンさん(左)と、飛田さん。残念ながら  
二人とも目をつぶってしまった。

 

地下鉄5号線でヨイドナルに行き、漢江の川辺へ。流石に人はあまりいないが、閑散としたハンガンの眺めも悪くない。ところどころに鴨が群れをなして、水面を叩くように飛翔する姿も見られた。ちょっと東に行ったら、船着き場近くの売店のアジョシが連凧を揚げていた。その見事さに、すっかり見とれてしまった。今日はかなり風が強くて凧あげには条件がいいらしい。アジョシに訊ねたら100個くらいあるという。とにかく、風によって動く連凧は見飽きない。じばらく見続けていた。 

その後漢江の川辺に沿ってずっと東に歩いて行った。何時の間にか島から出てハンガン大橋から、ノリンジャンに出てしまった。「死六公園」というのがあったので見物することにした。死六臣というのは朝鮮王朝で失脚した主君を再び即位させるために、自刃して誠意を見せたと言う、Morris.にはよく理解できない人たちのことだが、大きな公園のなかに社を作り、祭殿の裏には、土饅頭の墓が並んでいた。韓国人の墓は、キョンジュ(慶州)にある、巨大な王侯の墓から、田舎の山辺に点在する、庶民の墓まで、大きさの違いはあっても、形態は同じような土饅頭で、好ましい。 

せっかくここまで来たのだから、ノリャンジン水産物市場も見ようと駅を越えて市場に出ようとしたとき、8日から旅行中の飛田さんと、数ヶ月前から語学留学中のユンヨンスンさんにばったり会う。飛田さんが来ている事は、鹿嶋さんのメールで知っていたが、忙しいだろうし、わざわざソウルで会う必要も無いだろうと思って連絡もとらずにいたのだが、こうも偶然に会ってしまったからには、ちょっとは付き合うことにしよう。二人がこれから行こうとしていた三清閣へ同行することにした。 

昔のキーセンハウスを国が買いとって昨年10月に開館したもので、各種講座と伝統茶店、食堂などがある。地下鉄でプラザホテルまで戻り、無料の送迎バスを待つ。何故か月曜日だけは、バスの本数が少なく、30分近く待たされた。 

場所はキョンボックンの北側の小高い山の中腹にある。一番大きな建物の庭に入ったら、数人の若者がいかにもわざとらしく、ユンノリをやってはしゃいでいた。背中にはプラザホテルと書いてある。正月にあわせた遊具が、いろいろ置いてあった。シーソーのようなノルティギ、矢を筒に入れる遊び、輪回し。チェギなどあったので、ちょっと遊んでみるが、どれもこれも、結構難しい。 

無茶辛のナクチポックン  
 本館の二階に伝統茶房があり、ここで高麗人参ナツメ茶を飲む。棗の香りが強くてあまりインサムの匂いがしなかった。飛田さんの頼んだメシルチャ(梅実茶)も味見させてもらったがこれはなかなか美味しい。 

  壁に飾ってある韓国の凧の意匠が秀逸で、しばらく鑑賞する。1階にはレストランがあり、ここは、とてもMorris.の入れそうな店ではなかった。本館の周りに配置されてる小堂では、民俗芸能の講座があり、ホールでは舞踊や楽劇の公演もあるらしいが、月曜日は全て休みらしい。帰りの送迎バスを20分以上待ちながら、置いてけぼりにされ、タクシーでソウル駅にもどる。茶代もタクシー代もすべて飛田さんにおごってもらった、感謝。ふたりはソウル大学院で研究中のイギョンミン先生に会いに行くとのこと。 

 Morris.は6時にキョウボ文庫でかせたにさんと待ち合わせで、近くのピマッコルの食堂でモドムジョン(チヂミアラカルト)やナクチポックン(タコの辛煮)食べる。ナクチは、量も多くおそろしく辛かった。さすがに開店している店は少ないようだった。かせたにさんんは、2月いっぱいで日本に戻り、4月から大宰府で勤務するとのこと。その後ノレバンに行き1時間歌ったあともう一軒飲みに行って12時前に帰宿。

 



2002/02/12(火)●旧正月は農楽三昧●
  9時半起床。遅く起きたためか風呂のお湯がぜんぜん熱くならず、入浴は断念。11時に宿を出て、近所の食堂で水餃子。どうも昨日のナクチポックンが応えたのか、お腹の調子が悪い。 

キョウボ文庫に行き、サムルノリや餅付きなどを見る。店内売り場にはチマチョゴリの店員もいた。 
 
 

 
教保文庫も、お正月で、韓服の店員がお出迎え。   

   
キョンボックン内の民俗博物館前での農楽隊。   

   
トンギョプサル、要するに豚の厚切りの鉄板焼き。

   
ムルマンドゥ。ようするに水餃子でした。  

   
流石に、本場のリズムは、のりがいい。 

   
トックッ。韓国の雑煮。もちの食感がかなり違う。

 

2時からキョンボックンの民俗博物館前で、新年の厄除け行事と農樂を見る。始めに祭壇に豚の頭や果物などを飾り、院君、王様に扮した二人が新年の祈りを捧げ、神酒を酌み交わし、観客が礼拝して、豚の口や耳に千ウォン札や万ウォン札を差し込んでいく。十日戎西宮神社の大鮪に小銭や紙幣を貼り付けるのを思い出した。30人以上が参加する農楽はさすがに力の入った演奏で、約2時間半、寒さの中を立ちっぱなしで見続けた。途中マッコリを振る舞われたり、踊りに誘われたりで、なかなか楽しい時間を過ごした。面白かったのは客が飛び入りで「南行列車」を歌ったことだ、思わずMorris.も「ソウル、テジョン」を歌おうとしたのだが、歌詞を一部覚えていないので思いとどまった。 

旧正月夜の鐘閣裏通り     そのあとヨンドンポに出て、食堂でトックッ食べる。トックは韓国の雑煮だから、今日食べるのが一番似つかわしいと思っていたのだ。辛くないのでお腹にも優しいだろう。 

その後、宿に戻りTVで「ディンドンデンスターノレチャラン」と「王建クイズショー」見る。どちらも正月特別番組で、ノレチャラン司会のソンヘさんが審査員として出ていた。歌謡クイズが中心で、Morris.の知ってる歌がどんどん出てくるので、例の歌本をたよりに、唱和していた。 

10時過ぎにチョンガクに出る。正月といってっも盛り場はふだんと変わりなく賑わっていた。「オクトル」という店でトンギョプサルというのを食べる。豚肉の固まりを鉄板で焼いて切り分けるものだった。最後の夜だから店でソジュも注文する。その後PC房に行き、うつらうつらしながらネット巡回して2時半過ぎに宿に戻った。 
 

 



2002/02/13(水)●そして神戸で芋ラーメン●
  7時起床。風呂に入りまた寝る。9時に起きて、インサ洞歩いて国立博物館へ。途中で前回見つけて気に入ってたイラストの絵葉書を買う。 

博物館は1時間足らずで切り上げる。粉青沙器はやっぱりいいが、今は李朝の白磁に惹かれる。以前の博物館に比べると現在のものは、何となく仮設という感が拭えない。中国宋時代の木彫の菩薩像ともう一度対面したい。 

地下鉄でチョンノ3街に戻り、宗廟へ。正殿のだだっぴろい石畳を前にしばらくひなたぼっこする。旅の最後の日はここを散策するのが決まりみたいになっている。境内にはカッチ(かささぎ)が多い。凍りついた池の表面を歩いているカッチを一枚写す。 
 
 

   
プンチョンサギ(左)と李朝白磁(右) の徳利。どちらも、欲しい(^o^)

   
仁川国際空港の管制塔のある建物。  

   
空港から見る夕日。

   
だだっ広い石畳の宗廟の正殿。  

   
すっかり凍った池の表面を歩くカッチ(かささぎ) 
Morris.のデジカメは 望遠なしなので、これが精一杯。

 

最後のスンドゥブを軽食堂で注文する。予想よりおいしい合格点のスンドゥブだった。ただ、結構辛いので昨日から下痢気味のお腹には厳しいものがある。最後のチョンノ散策を済まして、サイベリアでこれを打っている。 
帰りの便は午後7時10分発のANAだが、インチョン空港を使うのは初めてなのでちょっと早目の3時半に602番の空港行きバス(5、500ウォン)に乗る。正月だからか、道は空いていて、5時前には空港到着。 

 
 カムジャ(じゃがいも)ラーメン ここも海上空港だ。空港使用料韓国人25、000ウォン、外国人15、000ウォンと、関空よりは安い。さっさと搭乗手続き済まし、早めに搭乗口まで行って、1時間ほどTVのクイズショー見た。今回の旅では結構TVたくさん見たな。 

滑走路の彼方の山並に沈んでいく、韓国で最後の夕日も見ることができた。 

ANAの機内には韓国の新聞も雑誌も無い。やっぱりKALかASIANAにしとけばよかったっかなとちょっと後悔する。窓側の席をとったので、ソウルの夜景が楽しめた。ハンガンやヨイドの形は地図を見るようにはっきりと識別できる。夜間飛行といえば雰囲気があるが、ソウルを過ぎればほとんど見るものは無い。結局イパクサに無理言ってもらってきた自叙伝を読んでいるうちに関空に到着。JRで、六甲道に戻ったら、11時過ぎていた。ANAでは機内食もでなかったので、杉山さんからもらったカムジャラーメン食べる。やっぱり辛くて、麺は確かに芋っぽかった。



今回の旅は、前回に比べると日程に余裕があった、というか、最初の2、3日を除くとほとんどソウル滞在だった。前回は一週間フィックスチケットなのに、光州まで足を伸ばしたりして忙し過ぎたが、その分緊張感はあったような気がする。  

2月のソウルも思ったほど寒くは無くて、ちょっと雪が舞ったりしたくらいで、ほとんど晴れてたから、天候には恵まれていた。  

あまり、知り合いとは会わなかった。パクサ宅に2泊したのと、ネットで付き合ってる日本人二人、光州のハンナちゃんくらい。ヤンジェイン、ファンソンウンの二人の友人に連絡も取らなかったのが悔やまれるが、旧正月だけに却って遠慮してしまったのだった。  

唯一、残念だったのはちびくろのパンクで、これさえなかったら文句はなかったのに。入国5日目にパンクと言うのは、まだ良かったのかもしれない。日記の消滅も1/3で済んだことになるし、もしもこれが最終時点でフリーズしたら、今回の旅日記は、ほとんど無かったかもしれない。  

前回ほとんど毎日ちびくろで日記つけて、帰ってすぐアップできたのに味をしめて、今回も持っていったのだが、PC房で日本語が読み書きできて、ホットメールを活用すれば、ノートパソコン無くてもさして不自由は無い。こんなことなら、持っていくんじゃなかったと、後悔しても意味はない。それにちびくろのパンクは、旅行に携帯したのが理由でなくて、その前から兆候はあったから、これは、もう、天寿を全うしたのだと、諦めるしかない。1年3ヶ月ぶりの旅だったが、今回はオープンチケット買ったから、たぶん一年以内にまた出かけることになるだろう。   

今回も、写真めいっぱい使ったので、1ページのサイズが、2、5Mbという、まさに、犯罪的重さになった。  
これまでのMorris.日記に比べると、えらく写真が大きいのではないかと思われるかもしれないが、見かけのサイズは大きくても、各画像1個あたりの、ファイルサイズは、これまでとあまり変わらないはずだ。  
つまりこれまで、一生懸命小さくしてたつもりが、実際にファイルのサイズ節約にはなっていなかったことになる。それはそれで、問題だが。とにかく今回は、なるべくデジカメソフト内での加工ですました。その分不細工なものもあるが、目をつぶってください。何しろMorris.のデジカメは、CASIOのQV-100という、前世紀の遺物的しろもので、フラッシュも望遠もないし、電池の消耗も激しいのだが、なかなか壊れないので、捨てるに忍びないまま、もう7年間使っていることになる。  

 
釜山のデウォンジャン旅館。 
枕もとに、ちびくろとシステム手帳が 仲良く並んでいる(泣) 
 
★別冊付録★ 韓国小ネタ図鑑(写真18点)
 
句集『韓国拾遺』
感想やご意見などお寄せください