安聖基の日々1995/09/23-24
アンソンギとMorris.
9月23、24の両日、NIFTYーFMOVIE2第11会議室韓国映画学会の関西オフが開かれた。日頃あまり活動していないものの、いちおう学会の末席を汚している僕もこれには、いそいそと参加することにした。オフと言うのはパソコン通信の世界では「オフラインミーティング」の略で、普段はオンライン(通信のライン上)での付き合いをしている会員が、直接現実世界で集うことを言う。ようするに「例会」「コンパ」みたいなもので、時には単なる「飲み会」になることも多い。
しかし今回のオフは、「おおさかコリア映画祭」が23日森ノ宮のピロティホールで催され、そこに韓国映画会のスーパースター安聖基(アンソンギ)がゲスト出演することから、彼とのコンタクトあわよくば、韓映学会として正式に挨拶を交わすところまで持って行きたいと言う明確な目的のあるオフだった。安聖基は、1952年の生まれ、幼い頃から名子役として中学まで多くの映画に出演し、大学、軍隊を出て78年に再デビュー、80年李長鎬監督の「風吹く良き日」で好評を博し、これ以後、韓国映画のトップ男優として、演技力、人気、出演本数ともに、突出した存在となった。何しろ僕がこれまでに見た韓国映画が30本くらいとするとそのうち15本は彼が主役、その他、5、6本にも脇役として出演しているほどだ。
23日昼前に、ピロティホール前に集合したのは、会長のテジョン先生、トラジ、植田、リーチ、百舌鳥、一松亭、T-BIRD、世宗、百済大王、きだちゃん、山崎、平野、パイザ、の14人。あれ、国際的なメンバーだな、と思われるかもしれないが、これは一部本名でなくハンドルと言う、通信上でのニックネームで呼合うことが、よく行われているわけで、テジョン先生は本名の「大田」の韓国語読み、トラジさんは「桔梗」を意味する韓国語、百舌鳥さんは堺の百舌鳥に在住している事から命名するなど、各自勝手に自分のハンドルを決めるわけだ。かく言う僕もこの仲間内では「Morris.」で通っている。
催しは2部構成で1部では、安聖基の主演映画2本の上映、2部では、安聖基、李鳳宇、李英一によるディスカッション。で、その後内輪に行われるパーティに、韓国英語学会のメンバーも出席出来るように、前もってテジョン先生が根回ししていたので、皆期待が高まっていた。
上映されたのは「曼陀羅」と「神様こんにちは」で、僕は後者はテレビでも見たし、それを録画したビデオでも何度も見たが、「曼陀羅」は名作の評判ばかりで、なかなか見る機会がなかったので、僕にしては、熱心に見た。寺での修業に満足せず放浪しながら、悟りを開こうとする二人の対照的な僧の物語で、仏教の教義問答などが多く、ちょっと重い内容の映画だったが、やはり並の作品ではないと思った。
「神様‥‥‥」は、何度も見たといっても劇場のフルスクリーンで見るのははじめてで、こちらは文句なく感動の名作だとの感を新たにした。身体障害で右手は全く動かず、顔面も麻痺してことばもたどたどしく、歩くにもかなり不自由な少年ピョンテ(安聖基)は自力で慶州へ行こうとするが、ソウル駅へさへ辿りつけず、あきらめかけたところに詩人を自称する浮浪者ハンミヌと知合い一緒に慶州へ向かう。途中で臨月の不幸な娘チュンジャと知合い、一緒に旅を続け、様々な事件に巻き込まれながら、チュンジャはピョンテと子供たちだけしかいない農家の馬小屋で男の子を出産する。と、言うことはタイトルはイエス誕生をパロってるのかもしれない。それは、ともかく、やはり大画面で見ると感動も一段と増すようだ。
2部のディスカッションは、時間も短く、内容も割と一般的で、それほどでも、なかったが、とにかく生身の安聖基が目の前にいるということだけで、メンバーは興奮していた。
そして、いよいよ、懇親パーティ。大阪城公園のIPLビル26階のレストランで40名余りの出席者で開催されたが、我が韓国映画学会からは11人と言う多数の参加。数では他を圧倒していた。10人用の円卓5セットが用意された会場で、僕等は真ん中のテーブルを占領してしまい、安聖基らゲストは一番奥の席に付くことになった。「上座」の意識でそうしたのだが、こんな会場なら、ゲストが中央の席に着くべきだったかも知れないと、やや焦り気味の僕だったが、安聖基は気にする風もなく、会食が始まった。
メンバーは食事どころではなく、隣の席の安聖基ばかりを、ちらちら注目し続け、とうとう我慢し切れなくなったトラジさんが、関係者らしき人に頼みこんで、花束の贈呈。トラジさんが買ってきた花束は紫のトルコ桔梗で、こっそりハンドル名を忍ばせるところなど、なかなか周到だったが、贈呈は若いきだちゃんに委ねた。「若い子に花を持たせた」んだと。続いて,これもトラジさんが買ってきた安眠手袋と,寝ながらテレビを見る眼鏡を贈呈.後者は特に大受けだった.これは今度安聖基が出演する日本映画「眠る男」にちなんだプレゼントだったらしい.この機会をを逃してなるものかとメンバー全員群がり寄って,握手をするわ,サインをねだるわ,全員で記念写真を撮るわと,所期の目的を果たして.やっと一同,食事に専念する事が出来た.
途中「韓国映画入門」の著者李英一さんに,韓国映画学会の紹介と挨拶をはたしたり,主催の河合塾からは,今後とも引続き参加してほしいとの約束も取り付け、これで、もうみんな満足だろうと思っていたのだが、いよいよ散会と言う段になって、安聖基とツーショットの写真を撮りたいと誰かが言い出して、収拾がつかなくなりそうだったので、僕がカメラを預り、「パリ、パリ(早く早く)」の掛け声で、1分足らずで、10人分の写真を撮り終えた。と、書くと自分だけいい子になってるみたいだが、結局最後には僕もちゃっかり1枚撮って貰ったのだから、あまり偉そうなことは言えない。
興奮醒めやらないメンバーはカラオケで発散させようと梅田に繰り出したが、生憎時間がなくて、喫茶店でお茶をにごし、翌日は堺でも映画鑑賞、集会を持ち、充実のオフの幕を閉じた。
【裏話】
オフで話すと、袋叩きになりそうな危険を感じたので、牡蛎のように口を閉ざしていたのだが、ここだけの話、実は僕は映画祭の前日(22日)に安聖基に会っていたのだった。
学生センターの飛田館長から、安聖基が地震のお見舞と在日韓国・朝鮮同胞を励ますために、長田定住外国人復興センターで集会を開くらしいとの連絡を貰い、半信半疑でその日1時間も前に会場に到着した。1階が工場になってるビルの5階にある会場にはまだ誰もいなくて、細長い会議用の机が長方形に並べてあった。事務の人に尋ねて、日本人でも構わないのかと聞いたら、会の主旨は同胞と留学生のためのものだが、学生センターで韓国語を学んでいるのならと、着席を許された。
車で長田の罹災状況巡回を済ました安聖基が、時間通り到着した頃には20席程の椅子は満席で立見もどんどん増えて最終的には60人以上がつめかけたようだ。安聖基は青いシャツに紺のジャケット、ジーンズに黒の皮靴、ベッコウ縁の眼鏡をかけて終始穏やかな笑みを浮かべていた。結果的に僕は彼と斜に向い合う特上の席に着いたことになる。
初めに地元ミニFM局(FMわぃわぃ)が神戸の印象、映画人としての抱負、日本作品「眠る男」についてなどのインタビューを行い、後は自由に懇談すると言うことになり、いちおう日本語の通訳も来ていたが、会場には留学生が多数参加していて、大部分は韓国語でやりとりが行われる状態になってしまった。留学生の中に2、3知った顔もあったので、ちょっと緊張も解けた僕は、思いきって映画に関する3つの質問をすることが出来た。本当は10も20も聞きたいことはあったのだが、時間をあまりにも取り過ぎてはいけないと自重したのだ。その内容と、回答を簡単に記しておく。

1.自分の出演した作品の中で気に入ってる、また印象深い作品は?
どの映画も演じているときはそれに没頭しているので、選ぶのは難しいが、成人としての最初のヒットとなった「風吹く良き日」、映画関係者から評価を受けた「曼陀羅」、大衆からの支持を受けた「鯨とり」、アメリカでロケを行った「DEEP BLUE NIGHT」、ベトナム戦争を扱った「ホワイトバッヂ」などは印象深い。コミカルな「トゥコップス」も楽しかった。
2.好きな女優、共演したい女優は?
総じて韓国の女優は俳優としてだけでやっていける人は少ない。唯一の例外はカンスヨンくらいではないだろうか。彼女は素晴らしい俳優だと思う。ただ、あの気の強さも、大したものだ。キムボヨン、イミスクなどそれぞれ魅力がある女優は多いし、色々な映画で共演する女優さんはそれぞれに綺麗だし‥‥‥
3.欧米の映画俳優で、影響を受けた人はいるか? いなければ好きな俳優を
私は自分独自の演技を追及するつもりなので、特に誰に影響を受けたと言うことはない。自分が演技と言うものに関心が深いので、やっぱり演技力のある俳優が好ましい。例を挙げれば、ロバート・デニーロやダスティ・ホフマン。

会の終わりに握手会もあり、僕は去年ソウルの団成社で見た「太白山脈」のパンフレットにサインを貰った。もちろん、翌日の韓国映画学会の参加についても伝えておいたことは言うまでもない。

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