社長 in 釜山1995/05/01-04
ゴールデンウイークの5月1日から5日までフェリーで釜山に行ってきた。これはイヴェント屋の千秋が、船内の催しを担当していたツアー企画で、僕はその催し手伝いのスタッフと言う名目で、ロハで便乗したというわけ。地震のため春の韓国旅行は諦めていただけにまさに「わたりに船」だった。このツアーには春待ちの社長(澤村重春)も「歌手」として同行。韓国は初めてと言う社長が、どんな反応を示すか、興味津々で観察した。でも、やっぱり社長はどこに行っても、マイウエイだった。以下はその同行記。
5月1日(月)雨

6時起床。社長と待合わせて、大阪天保山から釜山行きのフェリーサンシャインふじに乗船。スタッフは千秋とその連れの吉田君、司会担当の松福亭遊喬、歌手の三木夫妻の計7名。
10時半出航。僕は免税品の受付を手伝うことになったが、ほとんど仕事らしいことはなし。夜は社長らのステージの照明とゲームの手伝い。社長は例の赤のチェックのスーツにギターを抱えて、ミュージシャンと言う触れ込みだったが、約30分のステージで、何と、たった2曲しか歌わなかった。後は要するにおしゃべり。客は社長のことを「漫談家」と思ったに違いない。
船内は缶ビール150円なので嬉しくて飲む飲む。社長らはツアーのスタッフとうどん食って、さらに飲んだ模様。

5月2日(火)曇

朝8時前に予定通り釜山港に入港したものの、審査に手間取り、10時半に下船。円高のおかげでレートは100円=900ウォンと、これまでで最高。
地下鉄でクラウンホテルまで行くのにポミルドン駅とポムナコル駅の誤認があって、中央市場を通り、大幅に遅れて到着。社長はすぐ食事すると言うのに、市場でマンドゥ(肉マン)を見付け、意地汚く3個買うつもりで、3皿も売りつけられ持て余し気味だった。
みんなで地下鉄でナムポドンに出て、行きつけの「宮中參鶏湯」で昼食。社長は手振りでアガシ(娘さん)にビールを注文して、ご満悦。
その後社長と二人でヨンドサン公園、商店街を散歩、社長が韓国の美容院に行きたいと言うので、「元山麺屋」の3階にあるジョンホ美容室へ行く。僕は普通のカットだけですぐ済んだが、社長はパーマかける上に赤く染めるなどと言い出して結局2時間以上かかることになってしまった。僕はその間を利用して、本屋を冷やかしていたので、その間の社長の状況は知らないが、やっと終了した社長がしきりに僕をそそのかし、アジョシに仕事終わってから逢う約束するように強要する。結局僕のつたない韓国語で僕等を担当した女の子二人を食事に誘うことに成功。と、言っても、勤務中の空いてる時間だけと言う約束で、下の「元山麺屋」でいっしょに冷麺食べる。この店は以前吉美ちゃんに教えてもらい、すっかり気に入ってる店で、僕はムルレンミョン(スープの入ってる辛くないやつ)、社長はピビンネンミョン(真っ赤な無茶苦茶辛いやつ)を食べた。やかんに入ってるソバツユみたいなのが、またうまいのだが、これは社長が「鶏のスープだ」と蘊蓄をたれた。ここでも社長は、女の子とコミュニケーションをはかろうとするが、悲しいかな、韓国語は全く出来ないのでお手上げ。僕も通訳はほど ほどにしておいた。二人は食べ終わると、礼を言い、さっさと仕事に戻って行った。
それから、チャガルチを見物。昼間なので朝の活気もなく、夜の屋台の賑わいもなくて、少し拍子抜けしたらしい感じの社長は、突然、ここから山の手方面に行ってみようと言い出した。社長の言うまま路地を抜けて上がって行くと、何と無く不思議な雰囲気の通りに出た。そこ、ここの安旅館の1階に芸者置き屋みたいな部屋があって、複数の女が化粧している。昼間なので、客引きはいなかったが、これは間違い無く淫楽街。噂に聞いた「みどりまち」と察しがついた。釜山には何度も来ている僕が知らないのに、初めて来た筈の社長が、どうしてすぐにここを捜し当てるのか、おそるべし、社長の嗅覚。(もちろん、昼間だったし、僕もいっしょだったから、この時は社長はただ、通り過ぎただけだから心配しないでいいよ>>さりいちゃん)
何の目的もなく市場をうろつきまわって、夜は「釜山ソップルカルビ」で焼肉たらふく食べる。その後、カラオケに行きたがってる僕の下心で、国際市場西の繁華街で女の子4組に、いっしょにカラオケに行こうと声をかけた僕だったが、すべて時間が遅いと断られる。スーパーで調味料や食品などいろいろ買込んだ社長は、女の子に声をかけまくる僕の勇姿に、ふっと力が抜けて紙袋を地面に落とし、ガラス瓶に入ってたタレや調味料でベトベトにしてしまった。
すごすごと撤退を余儀なくされた僕等だが、なおも11時に、ソミョン(西面=釜山で2番目の繁華街)までもどり、しばらくぶらついて12時過ぎホテル着。

5月3日(水)曇

8時過ぎ、社長と近くの中央市場、問屋市場などひやかす。社長、出来立てのキムパ(海苔巻)をおいしそうに食べる。さらに紙屋で書道用紙50枚注文、地下街では家族と自分用のスニーカー、など買込む。この日はお互い自由行動と言うことにしたので、免税店まで社長を案内して別れる。そのあと、社長は他の連中と街で偶然に会い、一緒に見物したらしい。それにしても、社長の買い物好きは、知らないでは無かったが、実際にみると、よくも、まあと、感心するばかり。さりーちゃんがカードを持たせなかったのは正解だ。社長の買物の一部。ブランドものの靴下、毛筆用の小筆、冷麺!!(かさばるっての)、調味料、CD、百科事典くらいの大きさの料理の本(重い!!)など。今回の旅にはステージ衣装にギターケースまで持って来てると言うのに、どうやって持って帰るのか、こちらが心配になるくらいだった。

5月4日(木)晴

8時起床。ヌンカムチャクハルサイ(瞬きする間)の短い釜山の旅も半日でおしまい。荷物をフロントに預けて社長と市場に出る。中央市場2階の韓国生地屋で、アジュマ(おばさん)数人に囲まれて記念撮影。近くの粉食店で自家製の麺を使った「ミルレンミョン」食べ、バスで市庁前まで出る。社長は懲りずに買い物の続き。チャガルチ東端の乾物屋でスルメと干し海老、それに中華料理の材料と言うクコの実まで買う。
5時前フェリーに乗船して、夜は初日と同じプログラム。この日のステージでは社長も、いくらか曲数をこなして、後、カラオケ大会の審査員まで、一杯機嫌でやっていた。夜遅くまで船室で、ビール飲んで大いにだべる。5月5日(金)晴8時起床。荷物番とじゃんけんゲームの手伝いをして、3時に大阪港着。港からニュートラム駅に行く途中も大きな荷物に引きずるように歩きながらも、ツアーの女客に声をかけまくっている社長であった。

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