Morris.日乘2001年9月
Morris.日乘(i-mode版)

ここは、Morris.の日記です。読書記録(★=20点、☆=5点、これはあくまでMorris.の独断、気紛れ、いい加減です)、オフ宴会の報告、友人知人の動向など、気まぐれに書き付けるつもりです。新着/更新ページの告知もここでやります。下線引いてある部分はリンクしているので、クリックすれば、直行できます。



     今月の標語  溲瓶しびんに梔子 くちなし


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2001/09/30(日)●やったね、Qちゃん
朝から雨。ちょっとげんなりしながら、社長の車で名谷須磨パティオへ。12時からリハーサルして、出番まで3時間近くあいてしまった。須磨区制70年記念の催しで、演奏は20分くらいで終了、とんぼ返りで、西宮フレンテホールで、福祉団体「新生会」の記念パーティ。出番は午後7時半から8時までで、この後、妹の結婚式でタイから一時帰国してる浜田洋子さんと飲み会の予定だったのが、何故か流れてしまった。ちょっと残念。
帰りに社長、いやまと3人で、六甲の「たけうち」に寄り、ひさしぶりにお好み焼き食べる。ここのお好みは六甲一との定評があって、以前は毎週のように行ってたのに最近はご無沙汰だった。今日は豚玉食べたが、いやあ、やっぱり美味いわ。欠点と言うか、ママが完璧主義のためなのか、一度に大量を焼くことを良しとしないので、時間がかかること。今日も注文してから出てくるまで30分はかかったぞ。その間TVでは、長嶋監督の引退セレモニーが会ったり、ベルリン女子マラソンで、高橋尚子が2時間20分を切る世界記録で優勝したニュースなどが流れていた。つい先日彼女を主人公にしてたドラマを見たばかりなので、ふゆみちゃん(平山綾)のとダブってしまったが、すごいものである。

2001/09/29(土)●イ・ジヨンのテレカ
矢谷、市川、西根君と4人で加古川のピックアップ。近くに長浜一番があったので、昼食はラーメン大盛り。以前食べた別の店より、スープが薄いような気がする。矢谷君の話によるとこのチェーン店の中では英賀保駅前店が一番美味いとのこと。食べたあとに「極細麺あり」の貼り紙発見、月曜日も同じ現場なので今度はこれに挑戦してみよう。
掲示板で知り合った大阪のまー坊さんから、イジヨンの生写真テレフォンカード二枚が送られてきた。89年10月31日の日付がある。実はこの日はイジヨンの誕生日で、まー坊さんは、それを知って、事務所に突撃してこの写真を撮り、ステージを見て、いっしょに食事までしたそうだ。羨ましすぎる。イジヨンの生写真テレカ
ところでメモを見たら、Morris.も89年10月12日から11月10日まで韓国旅行をしている、つまり当日も韓国にいたのだった。そう思うとなおのこと、この写真を見ると羨ましさがつのる。サンボ通信14号にはその旅の想い出をエッセイ風に綴った「韓国点描」8編が収めてあり、そのなかの「歌姫」という記事の中にイジヨンに触れた部分があった。

近視眼的に自分の気に入った韓国の歌手のことを書こうと思うのだが、僕の前歴を知ってるものなら誰でも、どういう路線なのか見当はつくだろう。そう、アイドル女性歌手なのだ。
ちょっと前まで韓国にはアイドル歌手は存在しなかったらしい。歌手は歌がうまければ、容姿などどうでもいいと思ったのかどうか、若手の歌手でも実力派のイソニなどは小太りのまんまる顔にまん丸眼鏡で、どう見ても美人の部類には入らない。それがここ数年の間に、見てくれのいい歌手にも人気が出だしたらしく、これは日本の悪い影響だと嘆いている記事が韓国の日刊紙に出たりしたそうだ。
目立ったところでは、88年デビューの3人娘、イジヨン、イサンウン、ヤンスギョンだが、僕にとっての本命はイジヨン。去年の冬の旅行で、友人のファンソウォン君から土産に貰った彼女の2枚目のアルバム「娟」が決定的だった。このアルバムの曲はほとんど好きだが、中でもフォーク調の「卒業」は、曲も歌詞もやさしいので僕の愛唱曲になっている。イジヨンは派手ではないが文句無しの美人歌手だ。華奢で長髪、細面の彼女は特に日本人受けしそうな気がする。韓国の女性何人かに聞いた範囲では、あまり好感をもたれていなかった。同性からは反発されるタイプかもしれない。発売が遅れている3枚目のアルバムを首を長くして待っているところ。

ははは、10年前も今も思考方式は変わっていないなあ。ついつい8篇全部読み返してしまった。自分でいうのもおこがましいが、韓国へのウブな心情が吐露されているようで、ちょっと恥ずかしくなる部分もあって、なかなか面白い。最近更新のない、韓国部屋に近々転載することにしよう。

2001/09/28(金)●長嶋監督退陣
部屋から南に歩いて10分くらい、元コーナンのあとに、電機のコジマがオープンするというので、開店時刻10時ごろに行って見たのだが、延々行列ができていた。千人ではきかないだろう、あきらめて帰る。あちこちから金木犀の匂いがする。
長嶋が監督退陣を発表、新監督は原辰徳だとのこと。中途半端な時期だが、30日の最終戦でさよならセレモニーをするためとか、よくわからない。選手辞めたときのあの興奮を再びということなのだろう。アンチ巨人でも長嶋は好きと言う人は多い。Morris.も嫌いではない。長嶋茂雄は、Morris.同世代にとっては、美空ひばり、力道山、石原裕次郎などと並ぶ金看板だったから、つい反応してしまう。オリックスの仰木監督も今日退陣会見行ったが、扱いがえらい違いで、西鉄巨人拮抗時代を知るMorris.としてはちょっと寂しかった。

【愚か者の楽園】畑中純 ★★★☆ 「小説新潮」96年2月から2000年3月号まで50回にわたって連載されたもので、連載中は図書館でよく立ち読みしたものだ。北九州のマンマロ温泉に落ちてきた人生落伍のダメ五十男が、はずみで宿に住み込むことになり、宿のおかみや村の人々との暮らしの中で、土地に溶け込んでいくという、ユートピア物語だが、畑中のことだから、当然向日的な性のユートピアであることは言うまでもないし、地べたからの理想社会論、人生論、文学論ありで、なかなか楽しめる一冊だった。「まんだら屋の良太」に比べると、主人公が中年の分だけ、パワーダウンかもしれないが、その分ペーソスにあふれている。木版の表紙絵が少ないのもちょっと物足りなかったが、明るくスケベーな漫画を描かせたら彼の右に出るものはいないだろう。
後書きではちょっとシリアス現代のおじさん像を書いている。

"もはや戦後ではない"とスタートを切り、みんなで豊かになろう、とビシバシと身体にムチ打ちながら経済成長を突き進み、一時かりそめの繁栄と自由に酔っぱらって浮かれていましたが、ふと気がつけば行き道も帰り道も分からない寒風ふきすさぶ荒野の旅人だったという訳です。
修身は自分らで足蹴にしてきた。平等の名の下に師も年長者も対等に扱い、結果自分の子の世代からぞんざいに扱われるようになった。自由を掲げてわがままを通してきた。繁栄の前に道徳は無力だった。不況下でもまたしかり。人格美学は将来の可能性を願う貧困の上にしか成立しないのか。グズグズ考えながら歩いていると若い衆に殴られる。酒場で愚痴ても誰も聞かない。たっぷりヤケ酒を呑めるほど懐は暖かくない。
父権の不在だと。今さら何をいう。戦後五十余年みっちりと時間をかけて"父"や"男"を踏みにじってきたではないか。怒り方もとっくに忘れたよ。それより再就職はどうする。ローンはどうなっている。ああ、全部捨てて静かな世界に行きたい。といっても自殺するには気力も体力も要るぞ。一杯呑んで寝るに限る。せめてパラダイスでも夢見て。

荒れた野もいつか花実よ桃の園

2001/09/27(木)●ふゆみちゃん
秋風の訪れと共に仕事も少なくなったようで、暇を持て余したまま今日も一日部屋で、読書、古い韓国歌謡のビデオ鑑賞などで時間をつぶしてしまった。
夜は6chでファイティング・ガールでふゆみ(深キョンの妹役)の平山綾が、マラソンの高橋尚子役で出た2時間ドラマをしっかり見てしまった。コーチ役の竹中直人が主役と言うべきかも知れないが、Morris.はいつもの事ながら、お目当ての綾ちゃんを眺めていた。別に高橋尚子が嫌いなわけではないのだが、できればこういった実録ものでない方が望ましかった。でも、やっぱり綾ちゃんの顔は、もろ、Morris.好みである。演技も贔屓目入れてまずまずではないかと思う。柏原芳恵、イジヨン、キムヘヨンに続くMorris.のアイドルになるかというと、まだ疑問だが、彼女の出るドラマはしばらく見ていきたいので、みなさま、情報よろしく>>特にえっちゃんあたり(^o^)

【虹の谷の五月】船戸与一 ★★★ フィリピン、セブ島を舞台に、ジャピーノ(日比混血)の少年と元ゲリラの交わりを軸に、貧困地区の惨めな暮らし、腐敗した警察と政治家、誘拐事件、プロのスナイパーなどが絡み合う、船戸お得意の辺境戦闘もの。98,99,2000年と年を追って3章に分けられている。ほぼ同時代のフィリピンの一現状を伝えてもいるわけだが、平和ボケしたMorris.には、なかなか実感できにくい話でもある。少年は元反日活動家でもあった祖父と暮らしていて、近辺に雨期になると円形の虹がかかる谷があり、そこに元ゲリラが潜んでいて、戦闘の大部分もここで行われ、最後には少年と愛する娘がここで結ばれるるのだが、どうも、この谷の象徴性がぼやけている。少年と祖父が飼う軍鶏と、街での闘鶏の場面などはリアルでいいのだが、登場人物が多い割に尻すぼみだったりで、全体に散漫になってしまっている。「砂のクロニクル」「蝦夷地別件」といった傑作を産んだ作者だけについつい多くを望んでしまう。

2001/09/26(水)●近鉄派手な優勝劇
元町の阪神理容で散髪してから歩いて、平野の山田書店経由で、久しぶりに中央図書館へ。帰りに宇治川商店街のこふじ食堂で、大盛りご飯付きの定食食べて、また元町まで戻りJRで帰宅。夜はTVで、近鉄の優勝場面を見ようと思ったが、劣勢で9回表で3点差だったのを、北川の、代打満塁サヨナラVホームランで、優勝決定。いやあ、なんと言うか、劇的というより、漫画見てるみたいだった。12年ぶりの優勝、ともかくも現在、唯一の大阪チームの優勝はめでたい。
広島の未知の人から、韓国歌謡「ホルロアリラン」の日本語歌詞を知りたいというメールが来た。この歌は、ソ・ユソクが歌っていたもので、作詞作曲のハンドルは、フォーク界では有名な人らしい。それはともかく、日本語の歌詞なんて聞いたことないので、自分で即席に訳してみた。ずっと前に、キムヘヨンさんの依頼で10曲ほど訳したことがあるが(結局録音には至らなかった)、日本語と韓国語では音節の数が違うので、日本語にするときはかなり省略が必要だし、固有名詞は向こうの発音残したいしと、四苦八苦して出来たのが以下のもの。

ホルロアリラン(独りアリラン)

1.東海(トンヘ)の遥か彼方 孤独な島
今日も海風は 吹いてるだろうか
小さな顔に 嵐を受けて
独島(トクト)よ きのうは眠れただろか

*アリラン アリラン ホルロアリラン
アリラン峠を 越えてゆく
険しい道なら 休み休み行くさ
手を取り合って 共に進もう

2.金剛山(クムガンサン)の清水は 東海(トンヘ)に注ぎ
雪岳山(ソラクサン)の清水も 東海(トンヘ)に注ぐ
僕らの思いは 何処へいくのか
いつだって僕ら 孤立してるね

*繰り返し

3.白頭山(ペクトゥサン)豆満江(トマンガン)から 船を出そうよ
漢拏山(ハルラサン)済州(チェジュ)からも 船を出すんだ
あの島のとまりに 錨を下ろし
昇る朝日を 共に待とうよ

*繰り返し

2001/09/25(火)●グッバイ、ノレバン一号
今日は大型ゴミの日だったので、とうとう、ノレバン一号を廃棄してしまった。地震のあと、浜田町のワンルームに引っ越した後買ったから、まるまる6年間使ったことになる。PCの寿命から言えば,天寿を全うしたと言えるだろう。フォーマットできなかったので、ハードディスクは2枚とも取り出して、物理的に破壊してしまった。ちょっとかわいそうだったが仕方が無い。愛称「ノレバン一号」の名のとおり、韓国歌謡カラオケCDROMでずいぶん楽しませてもらった。感謝をこめて、冥福を祈りたい。合掌
昨日宴会の後、部屋で飲み過ぎたようで、久しぶりにひどい宿酔。一日ごろごろしていた。おなかの調子がまだ全快しない。おなかにはあまり良いとは思えないが、チャイを作ってみた。本格的なものではないが、肉桂の木片と粉、クローブ、胡椒などを牛乳と水と紅茶(チャイ用の丸まった葉)を入れて、鍋で数分トロ火で煮出し、布製の茶漉しで注ぐ。砂糖は入れないのにほのかな甘味があって、なかなか美味しい。鍋の掃除がちょっと大変だけど。
秋本君からメールでスケジュール送ってきたのでMorgan's Barのページを更新。島田和夫部屋を更新。やっちゃんのイラストえっちゃんの誕生会チャイのつもり

2001/09/24(月)●えっちゃん誕生会
おなかの調子は一段落とはいうものの、まだ何となく落ち着かない。今日はえっちゃんの誕生日なので、午後2時からさりーちゃん主催の宴会が催された。出前や持ちより、さりーちゃんの筑前煮、秋刀魚などご馳走が並び、井山のアコーディオンをバックにケーキの儀式もあって、なかなか賑やかだった。堀姉妹、伊藤君と常連メンバーに社長令嬢姉妹、社長は大阪の仕事で不在だったが5時ごろちょっと帰宅して、すぐ四国に向かった。忙しそうである。やっちゃんは、学校の課題の、パステルによる似顔絵風の作品製作に没頭していたが、これが、贔屓目でなく実に巧い。町の似顔絵描きくらいならすぐできるかもしれない。えっちゃんの誕生祝には,手作りのブレスレットプレゼントしてたし、創造生活まっしぐら状態だ。ひろこはバスケット一途で、少々疲れ気味のようだが、姉妹で芸術とスポーツの秋を分担してる感じ。7時ごろお開きにして帰宅し、TVでスーパーフライ級タイトルマッチ見る。徳山が判定で防衛したが、これは、まあ文句ない勝利だった。たしか彼は、在日だったと思う。

2001/09/23(日)●オ・ナ・カ・イ・タ・イ
10時起床。本当は今日も仕事あるはずだったのだが、事務所の事情で休みになった。せっかくだから、和田岬の方まで出かけて、とどさんに教えてもらった、ボンネットバスに乗ろうとおもったのだが、何となく頭がぼんやり痛むので、宿酔かと思ったが、昼頃になって、おなかまで痛くなってしまった。寝込むほどではないが、下痢で食欲も無い。今夜は西宮で、寄り合いがあったのだが、断りのメールを入れる。
堀さんの名刺の見本作りや、歌集『夢の小経-promnade-』のレイアウトしてアップしたり、ごそごそやってたら、社長が資料持ってやってきたので、社長部屋と、春待ちスケジュールの更新する。社長は明日から四国に行くそうだ。おなかの痛みはまだ続いているが、ちょっとおなかが減ってきた。冷蔵庫が無いので、自炊がままならないのが辛い。今夜はコンビニ弁当でごまかすことにしよう。

2001/09/22(土)●さ、さぶっ!!
6時前に2号線でトラックを待つことにしたのだが、外に出たら震え上がるくらいに寒かった。今日は総勢6人で舞鶴のローカルピックアップ。現場には9時前に到着。結構な荷物で、家具の吊りおろしなどもあり、作業完了は午後4時前。帰りも2号線で降ろしてもらい、6時半に「あ・うん」で、堀姉妹、えっちゃん、伊藤君と飲み会。二次会「Second Heaven」3次会「Foo Foo Poo」と、はしごして12時前帰宅。夜もやはり冷え込んでいた。
明日は秋分の日だが、これだけ鮮やかに季節が切り替わるとは。

2001/09/21(金)●naddistパブ・オフ
10時起床。今日もしっかり?ゴロゴロの一日。370chで記録映画「東京裁判」やってたのでついつい見てしまう。かなり縮小してあるのだがそれでも長い。東条英機始め「戦犯」が実際に証言したりする映像の連続で、下手なドラマよりドラマチックだった。誘導尋問、被告同士の確執、勝者が敗者を裁くというそもそもが茶番でしかない裁判の中で、人間の卑小さと、空しさが浮き彫りにされていく。見るほどに暗い気分になりながらとうとう最後まで見てしまった。
夕方小雨が降りすぐ止んだ後、南の空に大きな虹がかかった。naddistパブ・オフ 六甲道三岡
今夜は、久しぶりに、naddismのパブ・オフ。7時半に六甲駅改札口に集合、今日の会場は、数ヶ月前まで酒販売専門だった三岡。参加者は。naddist主催の慈夫妻、中尾、高木、野本、吉川、半田、吉澤、澤崎、水野夫妻、Morris.の11名。Morris.は約10ヶ月ぶりの参加で、ちょっと決まり悪かったが、慈さんは全く意に介せずの対応でありがたかった。何でも慈さんは、Morris.愛蔵の「犬棒かるた(瀬川康男)」を、ヤフーオークションで手に入れられたとのこと。瀬川康男ファンが身近にいたということだけでも嬉しかった。明日早出ということもあって、二次会はパスしてしまったが、この集いはなかなか心地よいので、これからもなるべく参加させてもらおう。

【鬼譚草子】夢枕獏+天野喜孝 ★★☆☆☆ 平安時代の妖異譚をアレンジした3つの中、短編からなる。夢枕獏の作品は、面白そうだが、どうも肌に合わない気がしてこれまであまり読まずにいた。本書は天野のイラストが良さそうなので借りてきた。ファイナル・ファンタジーで名をあげたイラストレーターで、これも、Morris.の好みとは違うのだが、本書のえらく現代風な平安女性?のイラストはなかなかよろしい。もともと作者の二人が、平安時代の鬼と女をテーマにして、Hなものをやろうという思いつきから実現したものらしいが、内容は決していやらしくはないし、いっそ端整で擬古文めいた文体も(活字も平体かけた新聞活字風)悪くない。おしまいの「篁物語」は、言葉遊びの名人でもある小野篁が主人公なので、期待したが、漢詩の引用や、解釈が主で期待はずれだった。カラーと、白黒それぞれ30点ずつのイラストが配されていて、そのうちのいくらかは、独立して鑑賞できるくらいの出来だと思う。もともとがアニメ系の人だけに、女性の顔がモロアニメ顔、漫画顔になったりするが、色遣いのセンスは流石だし、身体や、髪の繊細な線の美しさもなかなかである。Morris.は、一種の絵本としてこれを評価したい。

2001/09/20(木)●おひさしぶり韓国ノレチャラン
9時起床。今日はパーフェクTVの開放DAYとかで、以前視聴していたKNTVを覗いたら、矢鱈ドラマだらけになってるし、特別編成なのかどうか分からないが、おかげで久しぶりに「韓国のどじまん」を見ることが出来た。全羅南道の田舎町からの中継のせいか、いまいち盛り上がりに欠けてたし、ゲスト歌手もぱっとしなくて、期待はずれだった。最後にソンデグヮンが出て相変わらずの泥臭い演歌を歌ってくれたのがせめてもだった。
午後もだらだらと部屋で本読んだり、TVみたりしてた。
Nimdaと言う新種のウイルスが話題になって複数の人からメールで注意されたりしたので、ネットのウイルス情報など見たが、かなり厄介なもので、感染したらOS再インストールするしかないようだ。ファイオウォールも簡単にスルーするとか。それにアウトルックでウイルスメールを多数に転送するという、このまえのサーカムみたいな機能も持っているらしい。知らないうちに加害者になるかもしれないと言うのがいかにも剣呑である。とりあえずノートンアンチウイルスのウイルス定義を更新しておいた。
しかし、冷蔵庫がないと、ほんとに自炊なんてやってられなくなるな。

【トン考--ヒトとブタをめぐる愛憎の文化史】とんじ+けんじ ★★★★ ブタをネタにして、薀蓄と博学をひけらかした最近流行りの面白本の類だろうと思っていたのだが、なんの、なんの、これは、ひさびさのヒットだった。共著者である二人は、かたやイラク・エジプト大使を歴任した元外交官、かたや農業に詳しい化学技術者で、本書の構想は20年前に始まるというから、半端ではない。そうして出来上がった本書には30ページにわたる、カラー図版、ブタと人間との関係史、イスラム教などのブタ忌避タブーの源泉と経緯、ブタ博物誌、ブタの有用性、ブタマニア紹介など、多岐にわたり、しかもブタへの愛を基調とする、熱意にあふれる一冊となっている。時間をかけただけあって、精緻な数値資料あり、関連図版あり、逸話も山ほどあり、軽妙なユーモアと辛口のエコロジー批評ありで、よくもまあこんなコンパクトな本にこれだけ詰め込めたもんだと感嘆してしまう。

日本では男神で表されることが多いが、摩利支天のルーツはインドでは太陽や月の象徴である女神・マリーチである。マリーチとは、パーリ語で「陽炎」を意味する。自らの姿を隠して利益を施す神で、信仰する者の旅の安全を守ったり、発財にご利益があるとされている。マリーチは中国にも伝わり、道祖神の女神、斗母元君、即ち北斗七星の母となる。唐の玄宗朝の一行上人の奇瑞譚として、七匹のブタを甕に封じ込めるとそれが北斗七星であった、というおが『西遊記動物園』(實吉達郎)にも出ている。

日本の食料自給率の低さ、それも年々低下している。いま、なにかと飽食、捨てても平気の風潮が現実にこの低自給率の中で拡がっている。
ところがこうした食糧の何と30%以上はポイ捨て、つまり食べずに捨ててしまっているのである。
まだある。外食、食品工場から出る食べ残しや調理くずは全国で年間2000万トン、これは国内で生産する食料の30%に匹敵、この大半が高価なエネルギーを使って焼却されている。このおなじ地球上に飢えに苦しむ人が多数いるなかで、この飽食そして捨てっぷりは、驕りと言うにしても凄まじく空恐ろしくなる。現実に食物を無駄にしている人が述べる主張や論理の、何が「地球にやさしい」だと、言いたくなる。
この残飯、生ゴミは処理のしかた一つでブタの餌となる。となれば、まさにブタは今すぐ、食を節約、無駄なく活かすことの苦手な日本にとって、その恥部を覆い、食を有効利用させてくれるホープになるとも言うべきであろう。少なくとも他の動物でこれくらい役立つ家畜はいないと言ってもよいであろう。

2001/09/19(水)●冷蔵庫機能停止
朝5時半電話で起こされ、急遽鳥取の米子行き。西根君と二人で昨日の吹田の現場の実家保管の荷物の配達。10時に着いて作業は楽に終了、昼食には早いので、姫路まで戻り、長浜ラーメン一番に行ったのだが定休日。しかたなく飾磨区の別の長浜ラーメンで昼食。まあ平凡で、スープも力がなかったけどとりあえず博多風ラーメンだから、替え玉してしまった。
帰宅して冷蔵庫開けたら、全然冷えてない。昨夜冷凍庫の氷が半分溶けてたので、ドアが半開きになってたのかと思ったのが、今朝になっても改善できてなくて、それでもまだ冷蔵庫はいくらか冷えてるのかと思ったのだが、どうやら、完全にコンプレッサが駄目になったようだ。うーーん、これは辛いものがある。先週までは倉庫に3台くらい処分品があったのだが、今は廃棄してしまった。商売柄、しばらく待てば出物があるとは思うのだが、とにかく今日から困ってしまう。それに冷凍庫の中身もすべて廃棄処分するしかない。カレーは昨日片付けたけど、肉団子も、蒸し鶏も、うどんも、市販の冷凍食品も入れると結構な量になるし、乳製品や野菜なども常備できなくなる。本当に困ってしまった。人一倍氷が好きなMorris.は、それだけでもげんなりしてしまう。
8chでアカペラグループのコンテストやってたのでつい見入ってしまった。流行ってるのは知ってたが、すごく上手いグループもいて感心した。Morris.はハモりというのは、特に弱くて、カラオケで主旋律歌ってて誰かがバックつけたりすると、すぐそっちに引っ張られるので、とにかくコーラスできること自体が驚異的に思える。その後のファイティング・ガール、何と今日で最終回だった。冒頭の日記の日付が9月19日というのは、作為的だろう。主要登場人物4人が各様に新しい出発をするというエンディングはほぼ想像通りだった。ふゆみちゃんの彼氏も、いつか迎えに来ると約束したし、ショーケンと天海祐希もほんわかムードで、余韻を残した終わり方。結構Morris.はこのドラマにはまっていただけに、来週から楽しみが無くなってしまうのがつらい。是非、なるべく早く続編を企画してほしいものだ。

【血族 アジア・マフィアの義と絆】宮崎学 ★★★ あの宮崎学が小説書くのかと驚いたが、どうもいつもの宮崎らしくない。客家に生まれた中国人が、第二次大戦ではイギリス軍に、戦後は国民党の分派として中国・東南アジアで、戦闘を繰り返すうちに、「将軍」と呼ばれる、国家の裏面史を縦横無尽にあやつり、非合法すれすれの活動を通じて、国際的な陰の大物になるまでを描く、波乱万丈のピカレスクドラマ、にするつもりだったらしいのだが、変に昔の熱血小説風だったり、エピソードがブツ切れだったり、繰返しだったり、尻切れとんぼだったりのうえ、途中に延々と内戦や、国際紛争の事情の説明があったりするので、読みにくいったらありゃしない。将軍の殺し屋となって、漫画みたいな超活躍する日本人がプロローグから登場して、サブストーリーにもなっているのだが、これは別の本にするか、もっと省略すべきだったろう。小説としては、構成も何もあったものでないし、文体もころころ変わるし、先に書いたとおり、宮崎らしからぬところがあるから、たぶんゴーストライターというか、本文にも出てくるジャーナリストのモデルあたりが、大部分を書いたのではないかと想像される。誰が書こうと、面白ければそれでいいんだけどね。とりあえず、本書の取り得は、中国、東南アジアの、紛争の現代史を裏面から解説してくれてるということだろう。巻頭見開きの登場人物関係図には、孫文、毛沢東、トウ小平、蒋介石から、アウンサン、フラミャイン(ビルマ)、ポルポト(カンボジア)、南機関まで出てくる賑やかさだし、冷戦時の、CIAの東南アジア介入の方法や、ベトナム戦争の絵解きなどは、たしかに分かりやすくて興味深かった。

2001/09/18(火)●ラーメン戦国時代?
矢谷智克、西根君と昨日の現場。午前中に終了。昼食は、夙川「希望軒」でラーメン。ここは2回目と矢谷君は言うのだが、Morris.には記憶が無い。で、ここの目玉はピリ辛らしいが、相変わらず残暑厳しいし、ラーメン自体の味がわからないので、普通の豚骨ラーメンを頼む。麺が少しモジャモジャ系で、スープは濃い割にこくがない。つまり味に深みがないということだ。生ニンニクを絞り器で提供してるのは悪くないが、にんにくがかなり乾燥してて、後で胸焼けがした。偶然、今夜8ch見てたら、関西のラーメン屋特集やってて、この「希望軒(ホープ軒と読むらしい)」が映ったのには驚いた。発祥は姫路の店だとのこと。やはり、ピリ辛を食べてて、これは鶏がらスープらしい。どうやら、ここは、豚骨はサブメニューらしかった。それにしても、最近の新興ラーメン屋ラッシュは、尋常ではない。身近に新しく出来た店を思いつくだけでも、八角、いのしし、日の丸軒、げんこつ、彩華、あじゅち屋、藤兵衛、黒兵衛---不況の時にはラーメン屋が流行るのかもしれない。
午後は北野で、ベッド引取り。
今週のSTARdigioはタイトルだけ見ると結構いけそうだ。457chでミッチ・ライダーとデトロイト・ホイールズなんて懐かしいグループありの、435chはThe Dixyland Jug Blowersという、初めて聞く、名前だけで聞き逃せないものありの、421chのめんたいロック特集という九州出身のロックバンド(だろうな)ありの、439chは、久しぶりのシューマン特集ありの、ジャズ系ではロリンズ、コルトレーン、マイルス、ウエス・モンゴメリーにアル・ディ・メオラと巨人の揃い踏みありのと、満艦飾状態だが、今週のMorris.の一番のお目当ては、425chの藤圭子特集(^o^)。親の七光りならぬ「娘の宇多田ヒカル」のおかげで、若者にも認知度高い彼女だが、今を去ること30年くらい前は、一世を風靡していた。現在では「夢は夜ひらく」一曲を彼女の代表曲にしてすましている傾向があるが、この曲なら園まりの方が先だったし、三上寛のおどろおどろしい奴の方がよほどインパクトがあった。やはり当時異常ブームであった、東映やくざ映画に良く似合う、任侠風演歌「命預けます」「新宿の女」「東京流れもの」などが、彼女の本領発揮している。Morris.個人的には「京都から博多まで」が最高傑作だと思う。

2001/09/17(月)●残暑は続くよ
矢谷、西根、清水、市川さんと総勢5人で吹田の現場。本当は明日は山口の現場だったのが、清水君が変わってくれた。今日も暑い一日だった。残暑はいつまで続くのだろう。やっぱり彼岸までかな。

【すべて君に宛てた手紙】長田弘 ★★☆☆ 「世界は一冊の本」の詩人、長田弘の新詩集かと勇んで借りてきたのだが、39通の手紙の形を借りたコラム風のエッセイ集だった。ちょっとがっかり。もちろん、詩や絵本や音楽、言葉の問題などなどに関する、それなりにいい話も書いてあるんだけどね。
手紙23は「のこしたい10冊の絵本」というタイトルで、もちろん10冊の絵本の名が挙げられているのだが、Morris.の好きなあるいは記憶に残っているのは、1から6までで、7から10は記憶に無い。最初にこれだけはという5冊を、とあるから、まあ有名なものが前に来ているのだろう。で、長田弘の「残したい」絵本ベスト10は

1.「ちいさいおうち」ヴァージニア・リー・バートン
2.「100万匹のねこ」ワンダ・ガアグ
3.「もりのなか」マリー・ホール・エッツ
4.「あおくんときいろちゃん」レオ・レオーニ
5.「かいじゅうたちのいるところ」モーリス・センダック
6.「こねこのぴっち」ハンス・フィッシャー
7.「時計つくりのジョニー」エドワード・アーディゾーニ
8.「ありがたいこってす!」マーゴット・ツェマック
9.「ことば」アン・・ランド&ポール・ランド
10.「きりたおされたき」武井武雄

日本のものが一つしか入ってないのがちょっと気になるところだが、Morris.も真似して10冊挙げてみよう。Morris.の場合「残したい」とかでなく、とりあえず好きな絵本。本当は10冊なんて絶対無理な注文だけど、資料など見ないで、思いつくままに書き出すから、とんでもない抜けがあるかもしれない。

1.「ちびくろさんぼ」ヘレン・バーナマン、フランク・ドビアス絵
2.「花の好きな牛」(フェルディナンド)」
3.「森の絵本」安野光雅
4.「穴はほるとこ、おっこちるもの」モーリス・センダック
5.「しろいうさぎとくろいうさぎ」ガース・ウイリアムズ
6.「ことばあそびうた」谷川俊太郎、瀬川康男絵
7.「100万回生きた猫」佐野洋子
8.「眠りの国のリトル・ニモ」ウィンザー・マッケイ
9.「妖精の国」リチャード・ドイル
10.「ぼうぼうあたま(もじゃもじゃペーター)」H・ホフマン

ほら、ケート・グリーナウエイも、ベアトリクス・ポッターも、ディック・ブルーナも抜けてしまったじゃないか。グリーナウエイなんか、どれもこれも好きで、どれに決めていいかわからなくなってしまったのが敗因かも。1.の「ちびくろさんぼ」を除いて順不同である。(為念。)しかし「花の好きな牛」の作者は完全に失念している。Morris.は部屋に、友達の子供が来ると、手元にある絵本をすぐあげてしまうくせがあるので、きっとこの本もだれかの、娘が(^o^)持っているに違いない。

しかし、なんと言っても長田弘は、詩人だから、詩集を読みたい。彼はMorris.好みのなかなかいい詩をたくさん書いているのだが、就中「世界は一冊の本」は、最高に好きで、Morris.は頼まれもしないのに、韓国語に翻訳して、知り合いの韓国人に片端から送ったことがあるくらいだ。手紙9はこの詩にかんするものだった。

・風景を見るということは、風景をよむということ。そして、世界を見るということは、世界を読むということです。
・そんざいするものは、かならず自分の物語といえるものをもっています。その物語をじっと聴きとる。そしてわたし自身の言葉で書きとってゆく。
・「世界は一冊の本」というわたしの詩は、「本」という隠喩によって「読む」という人間の営みを主題として書かれたものでした。(『世界は一冊の本』所収、晶文社)
この詩を読むことで、あなたが、あなたの「世界」を、あなたの「本」として開いて、「読む」という好意の魅惑に囚われるようにと、わたしはこの詩の作者としてねがっています。

あーーあ。何て散文にするとさぶいんだろう。こんな御託を聞かないで、ストレートに作品に接して欲しいと、切にMorris.は願うものであります。
それから、本書の装丁に関して一言。おなじみ晶文社のハードカバーで、造本はしっかりしてるのに、カバーデザインのあまりのセンスの無さにはちょっと悲しくなってしまった。手紙だから切手を使うと言うのはわからないでもないけど、それにしてもねえ。

2001/09/16(日)●ノレバン難民
10時起床。昼から灘図書館に行く。考えてみると先月まで忙しくて、図書館は灘図書館しか顔を出していない。例の91.92番系市バスの路線改悪で、中央図書館への足を奪われた形になったことも影響しているだろう。
午後はちびくろとデスクトップのディスプレイをつなぎ、韓国歌謡カラオケCDROMを起動して見たのだが、やはり画像は粗いし、音がいまいちである。ミニステレオと接続するケープルを買うことにしよう。しかし、せっかく新しいPC導入したのに、こんなややこしいことになるとはねえ。

あなたに語る日本文学史 近世・近代篇】大岡信 ★★★★ 梁塵秘抄と閑吟集に付いて書いてあるので借りてきたのだが、期待以上に面白く、さらに後半の、連歌、俳句論は、俳人の俳句論とは一味違った面白い論で、さすが「折々の歌」の筆者だけのことはあると、改めて感心した.中でも子規から虚子に繋がる「写生」を噛み砕いて解説している部分は、これまで読んだ中で一番分かりやすく、納得できるものだった.

高浜虚子は、正岡子規から受け継いだ「写生」という概念を広げていって、写生主義、客観写生と言った.恐るべき魔力に富んだことばです。ほとんどのひとは、「写生」と言われるから馬鹿正直に写生してしまう。虚子はそういうことを言っていない。「写生はとても大事だ」と言っているけれど、「いちばん大事なことは五七五のことばだよ」と言っている。ほかの人は、見たものを一所懸命書けば写生になると思ってはいるけれど、そうではない。写生をするというのは、「私はこれを見たから写生になります」というのではない。「全部きちんと見ました」、その後で「こういうことばに表しました」というところで勝負が決まる。その勝負は、結局写生主義なんかではないわけです。自分のもののとらえ方、ものを見る目が決定的です。それはどこで表れてくるかというと、五七五のなかに入っていることばによって示されます。
けれど、ほとんどの俳人はそこに気がつかないというか、写生主義ということばで誤解してしまう.これは、現代の文章についてもまったく同じ観点で批評ができます。「私はこう思って書いたから、それでわかるだろう」というけれどそうではなくて、「私はこう思って書いた。その文章はこうだ。それを読んで読者がもう一回、私が感じたことをこの文章を読んで感じてくれるかどうか」というところまでいって、はじめて評価になる。ところが大抵の場合が、「私はこう思って、こう見て書いたのだから、それで分かるではないか」というふうに言う人が多いですね.批評というものはそれでは成り立たない。そこが大きな問題です.高浜虚子という人は、そういう巨大な問題を、俳句という器のなかできちんと押さえて、死ぬまで悠々とその道を突っ走った人です.

語りおろしの文体のため、冗長なところがあるのだが、たしかに目の前に大岡信がいて、その話を聞いているような気にさせられる。

じつは写生というのは、外にあるものをただたんに見て書くのではなく、それと自分はどうかかわったのか、ということが問題です.すなわち自分自身の生き方と一緒です.これをもう少し突っ込んで考えると、題詠というものがあります。俳句は季語があるから題詠ですが、歌にも題詠があります。--略--写実的にものを見ている人と、ぼうっと見ている人の違いが出てくる。だから題詠が写実の反対だというのは、とんでもない話です。題詠でちゃんとしたものができる人は、じつは写実している。ものを見ているから書けるのです。

子規、虚子の流れに対立するものとして、現在ほとんど文学史的に問題にされない、尾崎紅葉の句を挙げ、紅葉の句が言葉の錬金術であり、前衛俳句であったという指摘は実に面白い着眼点だと思う。

・その男恋はあらじ甘酒を飲むこと七椀
・蛙恨みを呑みて草むらに蛇の衣を裂く
・危き哉古き軒端に梯子かけて菖蒲葺く
・泡盛の瓶を鼓して涼床に人呼ばふ頻りなり
・途中の夕立面を洗うて三斗の俗塵落つ
・落第の秀才哀なり小夜すがら蛾を撲つ
・李を沈め瓜を浮べて腹下すなくんば幸い
                   尾崎紅葉

ひとりよがりの破調の句ばかりだが、大岡のいうように「へんてこりんな面白さ」がある。しかし、これでは、たしかに大衆化は望めそうもないし、早晩行き詰まるということも想像がつく。もっとも紅葉もこんな難解句ばかり作ったわけではない。巻末に別傾向の句が挙げられている。

・星既に秋の眼をひらきけり
・鶏の静に除夜を寝たりけり
・死なば秋露の干ぬ間ぞおもしろき(辞世)
                   尾崎紅葉

本書には姉妹篇「古代・中世篇」もあるらしい。今度見かけたらぜひ読んでみたい。

2001/09/15(土)●寝過ごしてしまった
昨日は、5時半に矢谷宅に行き、飯島、春野さんと生協に買出しに出かけ、準備をしているうちに矢谷君も帰ってくる。神田、伊藤君、ちょっと遅れて山口さんが来て、宴会出席者は7名。うどんすきをやるには、蒸し暑い一日だったが、冷房効かせてなかなか美味しかった。ダビングしたものだとかなり映像が汚いのでビデオもカメラ持参で、たっぷり3時間流して見る。Morris.以外は全員出演者だった。
飲んで食って楽しんで12時帰宅。ビデオ鑑賞鍋宴会2001/09/14矢谷智克宅
昨日のみ過ぎたせいか、今朝は仕事というのに、寝過ごしてしまい、西根君に灘駅で拾ってもらい、北野へ家具の配達。昼前に終わり、倉庫で別便を積み込んで終了。1時前に帰宅できてラッキーだった.
昨日のお礼も兼ねて??矢谷智克部屋のsong bookページに、「未来の想い出」など歌詞9編をアップ.
 
【あの紫は】皆川博子 ★★★☆☆ 8篇の短編が収められている.「わらべ唄幻想」と副題にあるように、それぞれに日本の伝承童謡(近代のものも多少含む)が引用されて、それぞれが各編の核となっている。しかし、この8篇は実は一つの物語の変奏ともいえるし、「眠りは恩寵」という言葉が繰り返されることから、八つの夢の記録であるかもしれない.近親相姦、両性具有、祖母との交歓、捨て子伝説、時空を超える繋がりなどなど、言葉を羅列するとおぞましそうだが、筆者の練達のことばで語られると、聖俗混交の怪しくも美しい世界が現出する.ベルゴレージの「スタバト・マーテル」それも、CT(カウンター・テナー)盤とか、「神変麝香猫」「恋愛双曲線」「湖族の秋」などのマニアックな作品紹介、「聞香(もんこう)」の解説、手袋の歴史といった薀蓄など、筆者の博識と雰囲気の出し方はなかなかのものである.
墜落する飛行機内での因縁の男女が「時間」と「時」の違いを論じるやり取りも興味深かった.

「<時間>ていうと、水平か垂直か、とにかく動いているけれど、<時>っていうと」
彼が何気なく思いついたことを口にすると、
「あ」と、相手は嬉しそうに小さい声をあげた。
「そうなの。<時>と<時間>とは、ちがうって、わたしも思うの。すごくそう思っちゃうの」
「ちがうって、ぼくも今感じたんだけど、言葉でうまく言えないな」
「もしかしたらね、<時>は、刹那だし、永遠でもあるの。そうじゃない?」
「ああ、言葉で言えば、そういうことか」
「だからね、一瞬間が、実は、無限なの。始めも終わりもなくて、そうして、過去とか現在とか未来とかも、ないの。飛行機に乗っていると、ことに、そう感じる」
「自分の位置がわからなくなるからかな」
「この飛行機の外の空間にね、過去も現在も未来も、存在するの。永遠て、そういうことだと思う.過去の<時>は、過ぎちゃったことではなくて、今、ここに在るの。未来の<時>も、今、ここに在るの。飛行機の中は<刹那>なの。一瞬なの」

最初に伝承童謡と書いたが、参考文献に挙げられている、岩波文庫の「わらべうた」を参照したら、そのまま引用されてるものはほとんどなくて、一部を変更したり、全くの創作も多いようだ.そうだとしたら、筆者の詩的才能も相当のものということが出来る.
富山県の伝承童謡「花折りに」のオリジナルと、皆川アレンジ版を並べておく。

花折りに (手毬歌 富山県伝承)

吾等子供ども 花折りに行かんか
何花折りに 牡丹芍薬菊の花折りに
一本折っては 腰にさし
二本折っては 笠にさし
三本目に 日がくれて
あっちの小屋に 泊まろうか
こっちの小屋に 泊まろうか
あっちの小屋は 煤掃きで
こっちの小屋は 餅かちで
中の小屋に 泊まったら
筵はしこて 夜が長て
あした起きて そら見たら
足駄はいて 棒ついて
雛のような 姫たちが
参れ参れと おっしゃれど
肴がのうて 参られん
あなたの肴は 何肴
大鮒三つに 鯉三つ
ジョロジョロ川の 鮎三つ

花折りに 皆川博子版

花折りに 行かんか
何の花 折りに
彼岸花 折りに
一段のぼれば 父の墓
二段のぼれば 母の墓
三段四段は 血の涙
花折りに 行かんか
何の花 折りに
彼岸花 折りに
一本折っては 腰にさし
二本折っては 笠にさし
三本折目に 日がくれて
あっちの小屋に 泊まろうか
こっちの小屋に 泊まろうか
花折りに 行かんか
何の花 折りに
彼岸花 折りに

2001/09/14(金)●ビデオ鑑賞鍋宴会
どうもアメリカの自爆テロのことで、憂鬱になってしまっている。
アメリカは大義名分をもって戦争できることに興奮してるみたいだし、日本の報道も結局は追随してるようだ。そもそも価値観の違う文化のぶつかり合いだから、お互いに相手を殲滅するまで、終わりようが無い。底なし沼だ。知人から、核兵器の使用もあるかもしれないとのメールが入ったが、確かにありえないことではない。
昼からは気分転換しようと、以前うり丸さんからもらった、キムヘヨンの出演場面をまとめたビデオを見る。かなり画面は乱れているが、あの声、あの歌は懐かしい。これを機にヘヨンページに、彼女の結婚式の写真と、朝鮮日報の記事の要約をアップしておく。ついでにパクサの日本盤CDページに「アリラン明電」を追加。
昨日買ったキーボードは、使うほどに気持ちがいい。デリートキーが下から3段目にあるのと、バックスペースキーが一番端でないのがやや使いにくいところかな(つい一番端の\キーを押してしまう)。まあ、これもおっつけ慣れるだろう。
今夜は矢谷宅でヌーベル・ヌーベルビデオ鑑賞会兼鍋宴会がある。矢谷君が仕事なので、夕方から数人で買出しなど手伝うことになっている.

2001/09/13(木)Key-board & Tail-Soup
昨日のファイティングガールは、天海祐希の変身が一番の見せ場だったのだろうと思う。パーティドレス着て、眼鏡外して、化粧して、ショーケンが見間違えるくらいに変貌するという、少女漫画によくあるパターンだったのだが、これだけ引っ張ってきた割には、驚くほどの変身とはならなくて、これまた期待はずれ。今週は面白くなる順番だったのに、フカキョンとユンソナの関係も両者の役割分担のことで、ピンチだし、ふゆみちゃんは、お愛想みたいに出演したものの、泣きじゃくることですっきりしたというだけで終わり。Morris.は、アパレルブティックの高木店長が結構気に入ってしまった(^o^)下心はともかく、言うことに一理あるし、ルックスも好みだ(^o^)(^o^)
今日はさすがに、アメリカのニュースはNHK以外ではあまりやってない.でも、ブッシュは着々と,NATOの協力を取り付け、国民を煽るだけ煽ったりと、報復の正当化の根回しに余念が無いようだ。
変な添付メールが来ていたので、以前ken mizunoさんに教えてもらったように、そのまま自分のホットメールアドレスに転送して、後で覗いたら、やっぱりウイルス、それもおなじみのサーカムだった。しかし、ノートンのアンチウイルスは、何をしているのぢゃあっ。メールのチェックするように設定していて、おかげでメールのダウンロードにすごく時間かかるようになってるのに。だいたい、例のサーカム騒ぎで懲りた後で、Morris.はアンチウイルスソフトを常駐させて、最新のウイルス定義をダウンロードしたはずなのに。ぷんぷん。ダウンロードした時点ではまだ、サーカムに対応してなかったのだろうか?ともかく、これからも、怪しいメールは、迂闊に開かずに消去するか、ホットメール転送を習慣付けねばならないだろう。今回のは、タイトルも送信者名も文字化けしてたから、韓国経由かもしれない。Keyboard Made in China
昼から日本橋に出て、DVCのテープ買い、ソフマップなど冷やかし、パソコン工房でディスプレイを90度回転して使うソフトを買おうかと思った(Morris.の韓国製ディスプレイはそういう仕様になってる)のだがちょっと高いので諦める。TWO-TOPに寄ったら、前から気になっていたミニキーボードが最後の1台になっていた.Morris.は、もともと小型のワープロばかり使ってたから、パソコンのフルキーボードは大きすぎて、ずっとミニキーボード使ってた。前回のを買った直後に、これを見つけ、しまった、と思ったのだった.見た目のシンプルさもさることながら、キータッチが、すごく良かったからだ.小型ワープロやノートのキーボード、フルキーボードでも最近のは、タッチがフニャフニャで、これは、バネの部分が合成樹脂やゴム状のものが多いからで、簡単にいえば、キーの下に軟らかいボールがあるようなもので、これだとキーを「打つ」というより「押す」ことになる.金属バネを使っているキーボードなら、カチッと音がして、打鍵してることが実感できる.だから前回買ったものも、一応フニャフニャではなかったのだが、TWO-TOPのやつは、タッチの返りが強くて、実に心地よいのだった。もともとMorris.は、ワープロの前に、手動タイプライタを趣味でやってたので、ワープロに代えた時のタイプタッチのあまりの頼りなさに、へなへなとなった覚えがある.ワープロやPCのキーボードはこんなものかと諦めていたところ、どこかのショールームで、米国製の某社のキーボードを触ってそのタッチの気持ちよさに感嘆したことがある。何でも、PCのキーボードは、一般に古いほど良いとか言われてるらしいし、コストダウンの際など、いの一番に犠牲になるパーツでもあるらしい。メーカーはよくわからないし、箱の裏にはmade in Chinaとあるし、Win.95対応とあるから、結構なデッドストックのような気もする。それにミニキーボードは、機能キーがかなりばらつきがあって特に「Del」「BkSp」「Ctrl」の配置が変わると慣れるまで結構大変だし、と逡巡しながら、とうとう買ってしまった.たいそうな講釈した割に、値段は\3500だから、なあんだ、と思われるかもしれないが、現時点で問題なく使えてるものを新たに買うというのはMorris.にとっては、禁忌に近い行為で、つまり、それくらい気に入ってしまったということになる。もちろん、早速試し打ちしてるのだが、なかなか快適である。
日本橋から近鉄で、上六に出て、天地書房2軒回る。南店の百均台で「ラングストン・ヒューズ詩集」(思潮社 木島始訳)「アラゴン詩集」(改造社 金子光晴訳)を買う.コムタン(テールスープ)福ちゃん
そのまま鶴橋まで歩き、タシダとチャンジャ買って、久しぶりに福ちゃんでコムタン(テールスープ)食べる。うーん、やっぱりうまい。大きな牛のテールのぶつ切りが入っていて、スープは白濁して、野菜は大根と人参と葱だけ。ナムルとキムチはたっぷりついてくるし、肉はほとんどとろとろに軟らかい.これは一度挑戦してみなくては。

【ラングストン・ヒューズ詩集】木島始訳 ★★★☆☆☆ 今日古本屋で買ったばかりで、もう感想書くというのも、実はこれ、Morris.の愛読書だったのだ。地震で処分したか散逸したかしたらしい。で、百円均一で出てたので買ってしまったというわけ.帰りの電車の中でさっと目を通した。流石に半分くらいは忘れていたが、好きな詩はまるごと覚えているものも多かった.ヒューズ(1902-67)は、アメリカの黒人詩人である。などと、説明の必要も無いかもしれない.それくらいに、ヒューズの名は市民権を得ていると思いたいのだが、どうだろう。ブルースを基調にした(実際にブルースの歌詞も多く手がけている)彼の作品は、分かりやすく、ユーモアがあって、切なくて、憂鬱で、優しくて、力強くて、美しい.

助言 advice

みんな、云っとくがな、
生まれるってな、つらいし
死ぬってな、みすぼらしいよ--
んだから、掴まえろよ
ちっとばかし 愛するってのを
その間にな。

自殺おぼえがき Suicide's Note

おだやかな
冷ややかな 河の顔が
わたしに 接吻を のぞんだんだ。

夢の番人 The Dreamer's Keeper

きみの夢を のこらず もってこい、
きみたち 夢みる人びとよ、
ぼくのところに のこらず もってこい
こころの 旋律を、
この世の 粗っぽすぎる
指に ひっかきむしられないように、
ぼくが 青い 雲の 布をきせて
そっと 包んでやることができるように。

そういえば、70年代の日本のフォークシンガーが、この木島始訳のヒューズの詩をギターの弾き語りで歌っていたのを思い出した.
「七十五セントのブルース」「ホームシック・ブルース」「短いおなじみの手紙」などなど.そういえば、あのころは、Morris.もブルースにしびれていた。一番すきなのはロバート・ジョンソンだったが、日本語のブルースといえば、やっぱり憂歌団が最高、最強だった.Morgan's Barの秋本節も、出会った頃は「秋本屋商店」というブルースバンドをやってた。先日、ヌーベル・ヌーベルというフリーコンサートで、スカンク・ウォーターというブルースバンドを見て久しぶりにブルースの素晴らしさを再認識させられてしまった.
ヒューズに限らず、黒人の身体の中にはブルースが染み込んでいるのだろう。
絶望と呻きの果てに生まれる不思議なユーモアがブルースの根っこにあって、ヒューズの詩にも、それが、顕著に現れていたりする。

愛についての嘆き Lament over Love

わたしの子どもは ぜったい もう
男なんて 愛さなきゃ いいと思うの、
ね、わたしの子どもは ぜったい もう
男なんて 愛さなきゃ いいと思うの.
愛するってことほど あんたを
傷だらけにできるものは ないんだもの。

河の方へ 降りてくるところよ
泳ぎにってんでは ないの、
河の方へ 降りてくの
泳ぎに ではないの。
本気で 惚れたひとが いなくなって
そのひとのこと 河で 考えてみたいんで。

愛って まるで ウィスキーみたい
愛って まるで 赤い 赤いブドウ酒みたい。
愛って まるで ウィスキーみたい
甘くて 赤いブドウ酒みたい。
幸せに なろうと 思うなら ね
しょっちゅう 愛してなきゃ ね。

わたしは 塔に 登ってくところ
木みたいに 高い 高い 塔。
塔に 登っていくところ
木みたいに 高い 高い 塔。
わたしの 彼氏のことを 考えに--
そいで わたしの阿呆らしさ 落っことしに。

2001/09/12(水)●ぱあるはあばあ!?
昨夜は遅くまでTVに釘付けになってたので、10時過ぎ起床。今日も続けてニュース流しっぱなし。被害は甚大で、これからの世界情勢を転換させる事件になりかねない。しかしアメリカ人が「パールハーバー」と同様に連想する(世論調査)というのは、ちょっと困ったものである。ともかく、アメリカ政府の、報復姿勢はMorris.の心配以上に盛り上がっている。
矢谷君から最近の活動日記が届いたので、矢谷智克Live Reportページを更新。これと並行して、先日のヌーベル・ヌーベルのスナップショットページを作ってみた。と、いってもMorris.が撮影したビデオからのダビングで、暗い、荒い、汚い、小さい画像そろいなので、あまり期待しないでもらいたい.

2001/09/11(火)●アメリカ空爆??
颱風の影響も神戸には、ほとんどなかったようだ。朝電車の窓から六甲山を見たら虹がかかっていた。
清水君と六甲アイランドからアメリカ向け航空便のピックアップ.今日の客はオリックスのアリアスという野球選手で、Morris.は知らなかったが、清水くんの買ったスポーツ新聞によると、今シーズンホームラン33本と、なかなかの成績を残している。シーズンオフの一時帰国のための荷物だったらしい.午後は長嶺台の現場のヘルプ。
今夜は超辛の金平牛蒡と、炊き込み御飯。
ニュースステーション見てたら、ニューヨーク、マンハッタンの超高層ツインタワービルに飛行機が突っ込んだというニュースで、びっくりした。途中で1機だけでなく2機目もぶつかったと映像が映り、さらにワシントンのペンタゴンも同様の空爆が起こったとのこと。しかも、ツインタワーは、両方とも映画のセットみたいに見事に崩壊してしまった。さらに他の民間機もハイジャックされて墜落したりと、大変なことになってしまった。
アラブイスラム圏のテロらしいが、自爆テロということは、いわゆる「特攻」だ。太平洋戦争末期の日本の特攻は、ほとんど実効はなかったようだが、今回の事件は、想像を超える被害が出ているので再発が心配だ.それ以上に、もともと好戦的なアメリカの過剰報復措置が懸念されるところ.

2001/09/10(月)●ミミズクの会
颱風15号の影響か、朝から雨。昨日買った「愚か者の楽園」を読む。小説新潮に50回にわたって連載されたもので、図書館でちょこちょこ読んでたが、通して読むと、畑中純は「まんだらやの良太」の頃からずっと変わりなく、人性賛歌のユートピアを描いていることが良く分かる.それにしても畑中純の想像力はどこからうまれてくるのだろう?小倉出身の畑中のファンクラブを、学生時代の同級生がやってたこともあって、Morris.も「ミミズクの会」の会員になってたはずだが、最近は、会報も届かなくなっている.

2001/09/09(日)●レトロ図書館観光
寝苦しくて汗びっしょりで8時起床。完全に戻り夏だ。今日は日本橋の電機街を回るつもりだったが、気分が変わって、とりあえず梅田に出てから、ぶらぶらと淀屋橋まで歩く。ここはMorris.の大阪でのFavourite Spotなのだ。中州(中之島)という存在自体が好みだし、レトロな公共建築物が集まっているし、これまたお気に入りの東洋陶磁美術館がある.前回訪れた時は特別展のおかげで、ゆっくり見られなかったから、今回常設展だったら覗いてみようと思った.
西から日本銀行、大阪市役所、図書館、公会堂と並んでいて、堂島川を隔てた北側に裁判所の計5つが集中していた頃は本当に素晴らしかったのだが、最初に裁判所が取り壊し改築されて面影なくなり、次に市役所が、市民の反対を押し切っ形で、でかいばかりで風情のかけらもない新市庁舎に取って代わられた。公会堂は現在改築工事中で、こちらは外観を保持したままで修復するらしいので、まだ救いがあるが、とりあえず今は完全に遮蔽されている。日本銀行はおいそれと中に入らせてくれないので、結局現在唯一利用できるレトロ建築「大阪府立中之島図書館」を見学することにした.Morris.は四半世紀ほど前に3年ほど大阪に住んでたことがあり、その頃は、定期的にこの図書館を利用していた。その頃はまだ市立図書館は貧弱で、使えるのはここしかなかったが、実用からいうとすごく不便で使いにくく、あまりいい印象を持ってなかった.入館するのは10年ぶりくらいだが、内部はタイムスリップしたみたいに旧態然としていることに、呆れもしたが、見物人としてはちょっと嬉しかったりもした.市民図書館のあるべき姿「開かれた図書館」という意味では、かなり点数低いだろうなと思われる図書館である.まず、入る時に入館証を渡され、荷物はロッカーに保管しなければならない。開架図書は少なく、それ以外の資料は請求しなければならない。やたら分室が多くて、広範囲な資料を一度に利用するのは難しい。職員も何となく無愛想である---と、マイナスイメージばかりあげつらってしまったが、今回のMorris.のような物見遊山の観光客的視点で見ると結構楽しめる。何てったってこの建物は、文句なく素晴らしい.吹き抜けになってる天井ドームのステンドグラスからの採光は最高だし、宮殿のような階段の優雅さ、大理石造りの柱や外壁、昔を偲ばせるディテールの数々は流石である。 せっかくだから、ちょっとは読書の真似でもしようと、手に取った南條竹則「虚空の花」は、偶然昨日読み終えた、同じ著者のものとはけた違いに面白くて、結局読み通してしまった.Morris.は大阪市民でも府民でもないから、借りることは出来ない。

 
中之島図書館全景
 
図書館正面から
 
内部から図書館外壁
 
2,3Fの階段スペース
 
麗しの階段のカーブ
 
渋いドアノブ金具
 
ロッカー室
 
天蓋のステンドグラス
 
年季の入った踏み台
 
半分レトロな掛時計、色違いで数種類ある。
メーカーはSEIKOSHAならぬKOSEISHA
 
2階廊下から閲覧室を望む
何となく監獄を思い出す.
 
閲覧室のソファで読み通した一冊
「虚空の花」南條竹則
 
図書館を出て、陶磁美術館に行ったら、なんと特別展準備のために休館となっていた。がっかりしたが、これはしかたがない。近くの公園で小規模な野外ライブやってるのを、ちょっとだけ聞いてから、北新地経由(日曜日の新地なんてほとんどゴーストタウン)で、梅田に戻り、かっぱ横丁の古本屋冷やかしたが全く収穫なし.阪急東通りの「まんだらけ」まで足を伸ばす.ここも久しぶりだが、ディスプレイしてある「お宝」などもゆっくり見物。不二家の「ポコちゃん人形」を100万円で入手したとポスターで紹介してあった。Morris.はペコちゃん人形なら欲しいが、ポコちゃんはいらないのだけど、100万というのはとんでもない値段だ.希少価値からいうとポコちゃんのほうが高価なのかもしれないが、ペコちゃんも、ン十万円のお宝であることは間違いなさそうだ.買いそびれていた「棒がいっぽん」高野文子と「愚か者の楽園」畑中純を入手。ウサギのコスプレした店員がレジを打っていた。びっくりしたのは、Morris.愛蔵本で紹介している矢代まさこ「ノアをさがして」が、1000円で並んでいたことだ。超美本ではないが、Morris.のに比べたらうんと綺麗だし、一瞬買おうかとして思いとどまった.ともかくもまんだらけは、すごいなあ。

【猫城】南條竹則 ★★☆☆「酒仙」が気に入って、数冊読んだが、これはちょっとハズレという感じだった。著者の分身とおぼしき詩人が、九州大分(たぶん)の温泉町に逗留して、猫の一族の婚礼のための史料製作をやるはめになるという筋立てで、麦焼酎とカボスの晩酌の風景などは、個人的に懐かしさを覚えるのだが、ストーリーが散漫で、途中に猫の逸話が複数挿入されたりして、どうも退屈してしまった.

【虚空の花】南條竹則 ★★★☆☆☆ 久しぶりに大阪府立中之島図書館に行き、何気なく手にとって、読み出してそのまま、読み通してしまった。いやあ、面白かった。リラダンの「未来のイブ」の新解釈を小説に仕立てたものだが、リラダンの紹介としても、小説としても成功していると思う.リラダンと「未来のイブ」にはかなり思い入れがあるため特にそう思うのかもしれないが、本書を読んで、Morris.の読解の余りの皮相でしかないことに思い当たった.赤面である.
コンピュータ時代のVR(ヴァーチャルリアリティ)と、「未来のイブ」をリンクさせるというのも上手いが、精神の高貴と卑賤、イデアと現実の対立、宿命としての悲劇----貸出できなかったので引用できないのが残念だが、特にラストの、上海版「未来のイブ」の挿絵のエピソードは秀逸、というか、無条件降伏するしかない。この漢籍趣味は、酒見賢一に通ずるものがあるかもしれない。

2001/09/08(土)●映画を見るなら
昨夜は島田部屋、フクイーズ部屋の手直ししながら、韓国歌謡メモとって聞いたりして時間をつぶしてしまい、11時半くらいから肉団子+餃子作り始めて、結局夜更かししてしまった.
起床は10時過ぎ。残暑というか、何となく蒸し蒸しする。颱風の影響かもしれない.概ねごろごろしていた.概ねといえば、ひらかたパークのCMはMorris.個人的には「大胸好評」だった(^o^)。
昼飯は昨日の残りの餃子と、肉団子使った中華雑炊。夜は豚キムチと、定番(の割には久しぶり)メニュー。
何気なくチャンネル回したら260chで「われら巴里っ子ーL'air de Paris(1954)」が始まるところだった。ボクサー上がりのジャン・ギャバンが、素質のある若者アルレッティに期待するが、若者は上流階級を渡り歩く女性に恋をして云々という、ちょっと苦手なストーリーだが、マルセル・カルネ監督だし、モノクロの「古き良き巴里」の映像にほだされて結局、最後まで見てしまった。映画を見るならフランス映画さ、と甲斐よしひろも歌っていたが、確かにあの頃のフランス映画は、不思議な魅力がある。映画より芝居を見ているような気分にさせられる。「天井桟敷の人々」「ミモザ館」など、タイトルだけで降参するしかない。

【日本ウラ経済学】宮崎学 ★★★ 「突破者」が余りに面白かったので、それ以後の彼の本は、面白いことは面白いけど、やっぱり物足りない。アウトローの立場から、権力(政治家、官僚、財界、マスコミ、検察、警察)批判するのは、ずっと変わらないスタンスで、主張するところも明快で、一服の清涼剤みたいな本ではある。

「いっぺん血ぃ見るか、コラ」と脅す。「オイ、これどないしてくれんねん」とゴネる。「殺せるもんやったら殺してみい」と居直る.「脅す」「ゴネる」「居直る」はヤクザの三大行動バターンである。ヤクザはこの三つを時と場合に応じて使い分けて、カネを稼いだり借金を踏み倒す。ところが、これとまったく同じことをやっている国がある。「いうことを聞かんとミサイル打ち込むぞ」とイラクを脅す.「お前とこの国は人権を守りよらん」と中国にゴネる。「お前とこに返すカネなんぞない」と日本に居直る.いうまでもない、アメリカである。アメリカ経済の好景気は、すでに10年近く続いている。98年度には30年度ぶりという財政黒字を計上し、その額は1000億ドルを超える.しかし、その一方で3000億ドル近くもの貿易赤字を膨らましているのだから、アメリカも相当なタマだ。何のことはない、周りの国から借金しまくって、自分の国だけ贅沢三昧しているだけの話である.

ざっとこんな調子である。「グリコ・森永事件」のキツネ目の男に擬せられた過去を逆手にとって、電脳キツネ目組を名乗ってインターネットのホームページでの活動もなかなかの盛り上がりを見せていて、一時期(グリコの時効前後)はMorris.もシンパといった感じで、時々巡回していたが、このところ久しく覗いていない.

2001/09/07(金)●韓国歌謡復古趣味
朝から雨。矢谷、西根、溝渕君と豊中の現場で、山のような食器のピックアップ.いつもの引越しではなく、オーストラリアで日本料理店を始めるための食器で、品物の数量や素材までリストアップしなくてはならなかったし、量もさすがに半端でなく、午後奥井さんにしばらくヘルプに入ってもらっても作業は5時近くまでかかってしまった.
STARdigioの韓国音楽494chは曲の入れ替えがルーズで、ひどい時は2ヶ月近く同じだったりするのであまり聞かないようになってた。ジャンルもどちらかと言えば歌謡曲よりKOREAN POPS中心だから、すでにMorris.は付いていけなくなってることもある。で、ひさしぶりにBGM代わりに流していたら、何となく聞き覚えのあるメロディが出てくる。オリジナルではなく、新しくカバーしたものらしい。昨年は、日本曲のカバーが目立っていたが、今度は自国のカバーやリメイクが流行ってるのかもしれない.せっかくだからと、メモを取ってみた(ヒマダネ)ら、知ってる曲だけで11曲もあった。
 
曲名
オリジナルアーティスト
カバーアーティスト
1.コリエソ(街で) トンムルヲン チョ・グァヌ
2.イビョル(離別) ペチ・キム パク・ファヨビ
3.Jエゲ(Jに) イ・ソニ J
4.ヒヤ(姫よ) プファル イ・ジフン
5.ハンボンマント(もう一度だけ) パク・ソンシン FIN.K.L
6.タンシヌンモルシルコヤ(あなたは知らないでしょう) ヘウニ FIN.K.L
7.ヌルチグムチョロム(ずっと今みたいに) イ・エリン FIN.K.L
8.イロボリンウサン(失われた雨傘) ウ・スンシル チョ・ソンモ
9.イッチョジンケジョル(忘れられた季節) イ・ヨン キム・ボムス
10.ムジョンブルース(無情ブルース) カン・スンモ キム・ジョハン
11.チングヨ(友よ) チョ・ヨンピル ユ・スンジュン
他にMorris.の知らないものもあるかもしれない.イ・スンチョルは自分の曲「パンヒャン-彷徨」をハウス風にリメイクしてた.出色は、バラードの名曲「イビョル-離別」をソウルフルに歌い上げたパク・ファヨビかな。[Jエゲ」をカバーしてるJってのは、この曲に合わせて芸名にしたんだろうが、イ・ソニの歌唱力には及びもつかない。チョ・ソンモはファルセットで、最初は女性歌手かと思ってしまった.全体的にラップなど使って今風にアレンジされてるが、やはりカバーされるくらいの曲は名曲そろいで、オールドウエーブになってしまったMorris.には嬉しい傾向といえる。洋楽のカバーといえばライトレゲエ中心だが、韓国ではあまりレゲエアレンジは見当たらないようだ.カバーとは関係ないが「ムジョンブルース-無情ブルース」は、日本の曲でそっくりのものがあったような気がするが、思い出せない。
FIN,K.Lは3曲もカバーしてる、ということは、カバー企画アルバム出してるのかもしれない。ヘウニのトロット「タンシヌルモルシルコヤ-あなたは知らないでしょう」を取り上げてたのはちょっと驚き。個人的には「ハンボンマント-後一度だけ」が懐かしかった.うろ覚えだが、89年の歌謡大賞で作曲賞かなにかもらった曲で、釜山のバスターミナルのテレビで見たことだけははっきり覚えている。
フクイーズ部屋に、ファーストCDの紹介をアップ.島田和夫部屋のスケジュール更新.
 

2001/09/06(木)●残暑な一日
昨日のファイティングガールは社長宅で見た。いちおう、留守録してるつもりだったのでいいかげんに見てたのだが、帰宅して見直そうとしたら全然録画されてなかった(^o^) まあ今週は順番で言うと低調の番だからいいとしよう。Morris.好みのふゆみちゃん(平山綾)の出番も少なかったし。
今日はえらく蒸し暑い一日だった。夜になると雨が降り出した。
秋本のメールによると昨日武雄でのライブに熊さんは顔を出してくれたらしいが、演奏前に帰ったとか。あまり体調も良くないのに無理させたことになったかもしれないと、ちょっと申し訳なく思う.
新PC(愛称募集中)に替えてから、スキャナーが正常に使えなくなっていた。プリンタポート(パラレルポート)が、他のアプリケーションで使われているという表示が出てしまう。それでもリセットすれば、ともかく一回だけはスキャン出来ていたのだが、今日になって、とうとう何度リセットしても駄目で、こうなったら、USB接続のスキャナー買おうかとも思ったが、とりあえず、ちびくろ(ノートパソコン)にスキャナーのアプリケーションをインストールしてこちらでスキャンして、ファイルをデスクトップにコピーするというその場しのぎの方策をとる。

2001/09/05(水)●Morgan's Bar 武雄公演??
昼に秋本からメールが入り、今、伊万里にいるのだが、急遽今晩武雄(Morris.の故郷)の「郷」というバーでライブすることになったとのこと。とりあえず熊さんに連絡入れる。どういうわけでそんなことになったかよくわからないが、面白い。
夜は社長宅で、鯛のアラ煮などご馳走になって、ひさしぶりにだべる。春待ちファミリーBANDの3rdアルバムや、社長個人のCD(「おまつりだ」をメインにしたもの)の計画などで盛り上がった.「おまつり」は、社長のオリジナルで、Morris.もちょこっとだけ歌詞のアイデアを出したもので、学研の幼児教育雑誌「ラポム」4月号の付録CDにも収められているのだが、社長としては、自分の独立したCDにしたいらしい.以前から春待ちファミリーBAND部屋に、音源をアップしたいと思っていて、色々試行錯誤していたのだが、とりあえずこの「おまつり」をMP3に変換することに成功したので、テストとして、社長部屋にアップしておくので、聞いてみてください。WAVEファイルだと1曲25MBにもなるのにMP3だと2.6MBくらいに圧縮できた。それでも結構なサイズなのでいったんダウンロードしてから再生することをお勧めします。

【空山】箒木逢生 ★★★☆ 環境問題というか、ゴミ処理を主題にした小説らしいということで借りてきたのだが、「空夜」という前作の続編らしいことがわかり、以前読んでうんざりしてたことが思い出され、読もうか読むまいか迷ったのだが、結果としては一息に読み通してしまった.
九州の山あいに建設中の大規模なゴミ処理場を巡って、近隣の村や市の村長や市会議員が、環境問題に目覚めていくという、社会正義派的啓蒙小説なのだが、Morris.自身がやはり、ゴミ問題には無知なだけに、色々と蒙を開かれるという意味で、有用な読書ではあった.いちおう中年女性二人を主人公とするラブストーリーなのだが、こちらの方は、ちょっとMorris.の好みには合わず、さらに村や町おこし運動、伝統の継承や自然保護などあまりに図式的な地方政治のご都合主義的展開には鼻白む部分も多く、Morris.の星印はほとんどゴミ処理の実態や行政の杜撰さなどに関する啓蒙書への評点である。

「こういう事態になるのは、もう十年前に分かっていたはずなんです。それを政府は何にも手を打ってこなかった。焼却炉から出るダイオキシンが問題にされたのも、ここ四、五年のことでしょう。それまで国民には何ひとつ情報を与えなかった.諸外国ではとうの昔に対策が始まっていたというのにです。
要するに、政治家が動かなかったのです。ごみの焼却場や処分場を作る話を持ち出しても、地元の住民には嫌われる。それよりも、産廃業者や排出大企業から献金を受け取って、手心を加え、何も打開策を打ち出さないのが一番の得策だったのです。新聞も、なかなかそこをつかなかった。自分たちも毎日毎日何千万部という紙屑を出していますからね。最近になってようやく、自分ところの新聞紙は回収するようになりましたな。それで少しはごみ問題の記事が増えました。しかしもうあとの祭ですよ。
こうして見ていると、銀行の不良債権の処理と同じやり方を目論んでいるのではないかと勘繰りたくなります。銀行がつぶれたら日本も沈没してしまうと危機感をあおりたて、問答無用で何兆円もの税金を救済のためにつぎ込んだでしょう。他に選択肢がないというので誰も異を唱えられない。そうした最悪の事態まで至らしめた責任者は誰ひとり明らかにならない。今回のごみ問題も同じような気がします。ともかく捨て場を作らないことには、日本全体がにっちもさっちもいかなくなる。問答無用で、どこかに強制的に処分場を作るという策です。国が自分で作らなくても、民間の業者に補助金を出してどんどん作らせる。背に腹は替えられぬから、あまり厳しい基準を押しつけることはしない。目こぼしをして、何よりも作らせるのが優先です。多少作りが悪かろうが、産廃を裸で捨てられるよりはましだというわけです。」副島は一気にしゃべり終え、湯呑み口に持っていく。
「そうなると、天に向かって唾を吐くようなもので、いずれは自分に災いが降りかかってくるでしょうがね。」仁郎が苦々しい顔で応じた。
「自分への災いというより、あとの世代に降りかかる災いでしょうな。つい最近、政府は原子力発電所から出る放射性廃棄物の最終処分場作りには何十兆円かかると言い出しました.地下数キロの穴に貯蔵するのですからそのくらいの金はかかるでしょう.費用は電力料金にはね返ります。初めはそんなこと言いませんでしたよ。ずっと口をつぐんでいて、どうにもならなくなって公表する。全くの泥縄式政治です。」

村の診療所の医師が、公聴会で説明する極悪ごみの分析と対策も、実に分かり安く説得力がある.
まずごみを昔ながらの自然循環するごみと、現代で問題とされる極悪ごみとに分けたうえで

極悪ごみの五大別
1.重金属。水銀、カドミウム、亜鉛などで、使用後は回収して厳重に封じ込めない限り、周辺に害毒を及ぼしつづける
2.有機塩素化合物。ダイオキシン、DDT、PCB、フロンその他の有機溶剤。ほとんどが分解不能で、環境中に蓄積していく
3.アスベスト。せ印異が水道水に溶け出して発癌剤となる
4.放射性廃棄物。プルトニウム、
5.兵器。地雷、毒ガス

ごみに対する五対策
1.焼却主義の見直し。焼却炉で安全に処分するためには燃やすものの厳選が必須
2.有害物生産に対する漢詩と規制の強化
3.製品の生産者が、ごみとなった後の始末まで責任を負う。
4.リサイクル促進。デポジット制、過剰包装廃止
5.ごみ処理に関する情報公開、行政の政策決定に対する住民参加

小説では10ページにわたって開陳されているのを無理に箇条書きにしたので説明不足は否めないが、アウトラインはわかるだろう。
しかし、環境問題にしろ、ごみ処理にしろ、こういうことは知識として頭で理解しただけでは意味が無いことは言うまでもない。以前からこういった問題に積極的にかかわっている、信長さんや稲田さんからは、何を今さらと思われるだろうが、自分が無知であることを知ることができたということは、全くの無駄ではないと思う。

2001/09/04(火)●農閑期の始まり?
どうやら、今週から本格的に暇になったみたいだ.今週は金曜日以外はスケジュール入っていない.まあ、一番暑い時期に過剰労働したのだからしばらくはのんびりさせてもらうことにしよう.
今日も午前中はお茶飲みながらのんびりしてた。昼過ぎから思い腰をあげて灘図書館に行ったら新刊の棚に「放送禁止歌」というタイトルがあった。ちょうどぐいぐい酒場でこの話題が出ていたところだったので当然借りることにした、一年程前に出た本らしい.そういえば、今は無き三宮の駸駸堂で立ち読みしたような記憶がある.そのあと学生青年センターに立ち寄る.稲田さんから借りてた本を返すためだが、稲田さん、鹿嶋さん、中野さん、飛田さんの奥さんらがお茶の時間だったので混ぜてもらい、しばらくパソコン話などだべる。

【放送禁止歌】森達也 ★★★★ 99年5月23日午前4時15分からフジTVで放映された「放送禁止歌--歌っているのは誰?規制するのは誰?」という番組を制作した著者が、放映後番組の取材、インタビュー、資料、その後の調査などを再編成して一冊にまとめたもので、4章に分かれていて、1章で番組の紹介と推移、2章は放送禁止歌の歴史的背景、3章は日米の放送規制の違いをデ-ブ・スペクターと対談、4章は「竹田の子守唄」のルーツを探りながら部落差別と放送禁止歌との関係を描いている。
まずびっくりしたのは「放送禁止歌」という言葉はあくまで通称であるということ。1959年に民放連が「要注意歌謡曲指定制度」をスタートさせ、これに指定された「要注意歌謡曲」が放送禁止歌なのかと思ったのだが、こちらはあくまでガイドラインで、強制力は無く、自主規制の色が強かったようだ.しかも83年以降指定された曲は無く、制度としては存在しないということになる。それにもかかわらず、放送されない歌というものは何曲もあり、これは「風俗紊乱、猥褻、差別、悪影響を与える」などの理由で、自主規制しているわけなのだった。
1971年「放送禁止歌」というタイトルを歌った山平和彦は「実際に放送禁止になるなんて、全く予想していませんでした」と語っているが、予想に反して放送禁止になった。一番の歌詞(白井道夫作詞)を引用する。

世界平和 支離滅裂
人命尊重 有名無実
定年退職 茫然自失
職業軍人 時節到来
皇室批判 人畜無害
被害妄想 言論統制
七転八倒 人生流転
七転八起 厚顔無恥
放送禁止 自主規制
奇妙奇天烈 摩訶不思議

たしかにこれだけで放送禁止になるのは解せないのだが、タイトルに、放送局のエライさんが、カチンときたのかもしれない。しかし歌詞の中に「放送禁止 自主規制」とあるのは、当時から放送禁止の本質は明らかだったということにもなるだろう。
放送禁止歌は放送局側の、保身、臭いものに蓋、さわらぬ神にたたりなし、といった体質の産物であり、しかもそれが、「過剰防衛」だったことがよくわかる。
それを端的に物語るのが次の二つの笑い話みたいなエピソードだろう。
1.あるTV番組で、5,4,3,と指を折ってキューを出す映像の、4本指になったとき、指の部分にモザイクがかけられたという。
2、ブラック・サバスというグループの人気が上がっても、彼らの曲の放送を自粛する局があった。理由は「部落差別」ときこえるからだったらしい。
2番目なんか全く「部落冗句=black joke」である。

それにしても件のTV番組は見たかったなあ。

2001/09/03(月)●自堕落DAY
朝から雨模様。今日は休みで、やっぱり完全休養というか、部屋で自堕落に過ごすことにする.先週図書館で借りて楽しみに取っておいた奥泉の本があるし、紅茶から始めて、ワインも残ってるし音楽はStardigioに任せることにしよう.で、今週は408chのCHARA、山崎まさよし、スガシカオ各々2時間ずつ6時間という強力メニューが目をひく。先日堀(姉)さんから借りた「福耳」(杏子、スガシカオ、山崎まさよしのジョイントライブ)のビデオ見たばかりだったので、タイミングもいい。しかし邦楽はこれのみで、ポップスもめぼしいのは見当たらない。ブラジル474chで小野リサ特集があるので、とりあえず午前中はこれをBGMにのんびりしてた。午後は読書に合わせてJAZZ一色。うまい具合に今週のジャズチャンネルは、小説に名前の出てくるアーチスト目白押し(ビル・エバンス、セロニアス・モンク、バド・パウエル、マイルス・デイビス)だし、436chジャズボーカルはオーケストラ専属女性歌手特集というMorris.好みの特集で、ばっちりだった。

【鳥類学者のファンタジア】奥泉光 ★★★★ 30代の女性ジャズピアニストが、祖母に導かれるように時空を超えて、第二次大戦末期のドイツで心霊音楽協会の儀式に巻き込まれるという、一見SF風なストーリーだが、タイトルにもあるとおりファンタジーの色が濃い。大部分が主人公の分身が物語を観察して報告するスタイル、つまりその年頃の女性らしい文体で書かれている。「「吾輩は猫である」殺人事件における、擬古文というか漱石の文体模写の手腕に脱帽したものだが、今回の文体も入魂の出来??で、それだけで読み応えありだった。漫画のタイトルや、音楽家の名前が頻出するし、いかにもその年頃の女性らしい表現を散りばめてあるところなどは、金井美恵子の「恋愛太平記」に繋がる一連の作品を連想させる。積極的で行動的な若い女友達、怪しい天文学者(実はケプラー)、猫のような女性ライター、俗物の権化で憎めない声楽家(実力皆無)など、脇役にも魅力的なキャラクタを配しているし、テンポも悪くない。音楽で律されている宇宙というアイデアはそう珍しいものではないが、自分でも楽器をやってるだけに楽曲の解釈や「宇宙オルガン」のディテールの説明なども説得力があるし、音楽の本願を真善美の「善」への奉仕だとする考え方なども面白かった.

つまり、ジャズとは、わたしにとって「いいもの」なのであって、その「よさ」はどこか倫理的なものに関わっている気がする。ソロの場合はまた話が違ってしまうのだけれど、何人かでセッションする現場というのは、それぞれのプレイヤーが他人の音に耳を澄ませつつ、互いの音でもって互いを活気づけ勇気づけていくわけで、きわめて対話的であり、対話的であること自体が創造的であるような過程である。個々のプレイヤーは「真」にも「美」にも奉仕するわけでなく、ただひたすら対話をすることで「いいもの」を生み出そうとしているとしたら、これはつまり「善」に奉仕していると考えていいのではないか。

ファンタジー仕立てだからこそ、骨格はしっかりしている必要があり、本書はそれもクリアーしている。時空の超越に、フィポナッチ音律(オルフェウスの音階)と、光る猫(「猫殺人事件」でおなじみ)が使われるあたりは、奥泉のファンサービスなのだろう。サービスといえば、おしまいにオプションとして付け足された、ニューヨーク、ミントンズ・プレイハウスでのジャズの巨人たちとのセッションもそうだが、これはちょっとサービス過剰だったかもしれない.(Morris.は大喜びしたけど)
女性を主人公なのにしきりに尿意を催しては便所のことを気にかけたり、用便のシーンが出てくるあたりや、登場人物の容姿は読者の想像にまかせるといったところも既成の小説へのアンチテーゼといえなくも無い.

人生を旅にたとえるのは昔からよくあるが、よく考えてみると、人生というのは別に本人がはじめたくてはじめるわけではない。人は誰も「ふと気がついたら」この世界にいて、ものごころついた頃には、もう後戻りはきかず、人生についてちゃんと考えなくちゃいかんよ、などとオトナに諭されて、仕方なく人生を考えたりする。その意味では、人生は「旅」というより、やはり「漂流」や「遭難」に区分できるのではないか。だから、人は、生活のなかで抱えるさまざまな悩みや不安とは別に、「自分がそこにいること自体についての不安感」を持つので、ひょっとしたら、こういうのをジツゾン的不安というのかもしれない.

こういったさりげない省察にも共感を覚える。
99年に「グランド・ミステリー」読んで以来の新作だけにMorris.の期待の大きさはわかろうというもので、その期待にちゃんと応えてくれるのだから立派なものである.

この世界には廃墟じゃない場所はどこにもなく、生きている人間も、死んだ人間も誰もが廃墟を旅している。旅人は疲れ切って柱の陰に座り込み、ふと耳にした音楽に慰められる.癒される。ジャズとは、きっと、そんな音楽だ.

ジャズとはそんな音楽ではない、とMorris.は思うのだが、主人公がこう思って自分のジャズを再会するのなら反論はしないでおこう。

2001/09/02(日)●禍咒苑≒果樹園
昨夜はバンタム級とスーパーライト級のボクシングタイトルマッチダブルヘッダを見たが、どちらも判定で、面白みに欠けた。
今日は日曜日というのに、高平さんと大阪阿倍野から荷物をピックアップして、六甲アイランドまで運び、その後苦楽園の現場のヘルプに回って4時半帰宅。
何気なく19chの競艇など見て、夜はサッカ-JOMOカップ、日本選手選抜と、日本に来ている外国人選手とのゲーム、モチベーションに欠けるつまらない試合で、外国人選手の圧勝だった。
サンボ部屋に歌集『禍咒苑』をアップ.果物をテーマにした歌集だ。

【花迷宮】久世光彦 ★★★ 月刊「太陽」に連載された13篇に、2篇を追加した、読書と愛唱歌をネタにした回想エッセイだ。先般読んだ「マイラストソング」の原型みたいなもので、平成元年から2年にかけてのものだけに、元号と天皇に関する記述がそこかしこに見え隠れする。金木犀の窓近くに掲げてあった御真影の記憶から天皇崇拝、というより天皇親愛の情が吐露されているのだが、何か含むところがあるようで何となく気に入らない.戦中の少女小説や、乱歩、歌謡曲、漱石、間諜映画、伝承歌、宝塚など、ノスタルジーを掻き立てる主題には興味をそそられるし、事実それぞれ楽しめるのだが、この人の体臭というか、回想のスタイルにはどうにも馴染みにくいものがある。隔靴掻痒ということばがぴったりの、違和感は、ひょっとするとMorris.の親近憎悪なのかもしれない。幼少期の耽奇、猟奇趣味も、少女趣味も共通しているのだが、オブラートに包んで開陳されているようで辟易してしまう。
しつこいほどに繰り返される金木犀の追憶で、昔の金木犀は現在のものより香りも色もはかなかったような気がするとあったが、もしかして、それは銀木犀だったのではないだろうか? Morris.は、昔から銀木犀贔屓である。九州の生家の庭には2本の銀木犀があり、よく木登り木をしていた。花の季節になるとかすかに黄色みを帯びた小さな花とその香りにつつまれて、いい気持ちになったことを思い出す.関西に来てからは、強烈な香りの金木犀ばかりで、銀木犀にはめったにお目にかかれない.そういえば矢代まさ子の「ノアを探して」に収められた佳作「セント・レニの街」は「ぎんもくせいのような花のかおりがただよう街」だったな、などと、さまざまに思い出話を誘い出すくらいの喚起力をこの本は有しているらしい.
「聖 しーちゃん」という毛色の変わったエッセイの中で「兄妹心中」の歌のヴァリエーションを多数引用してあるのは面白かった.Morris.も以前この歌の別ヴァージョンを聞いたか読んだかしたことはあるが、近親相姦という主題はギリシア悲劇の時代からあり、タブーでありながら特別視されたりもしてきたようだが、日本ではとんでもなく陰鬱で土俗的なものに変身する。

浪華町なら大阪町よ 大阪町なら兄妹心中
兄は十郎で妹はお菊 お菊十八兄さははたち

兄の十郎が妹に惚れて いとし恋しの病の床に
ある日お菊が見舞いに見えて これさ兄上病はいかに

わしの病はわけある病 医者もいらねば薬もいらぬ
せめてお前のお腹の上に 乗れば病はぴたりと治る

お菊兄さのためだとあらば 肌身合わすも死もいとやせぬ
お菊痛かろ兄さはよかろ お菊泣くなら兄さも涙

兄と妹じゃ夫婦になれぬ 世間悪いか二人の罪か
雪の降り積む浪華の町に 紅が散る散る兄妹心中

ポーの「アッシャー家の崩壊」が、アメリカ版兄妹心中の物語だという指摘は的を射ていると思う.

2001/09/01(土)●土曜の夜にはワインなど
奥井さんと豊中から保管の荷物ピックアップと高槻への配達など。昼は江坂駅前の「和歌山っ子」という店でラーメン食うも、いまいちだった。この店は前は「どさん子大将」だったらしい。
今日から9月というカレンダーどおりに、すっかり秋らしくなってしまった.
今夜はフルーツサラダ、カレー、トースト、にワインを添えて、Morris.らしからぬ夕食.