Morris.日乘2003年5月 
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ここは、Morris.の日記です。読書記録、夢のメモ、宴会の報告、友人知人の動向など、気まぐれに書き付けるつもりです。新着/更新ページの告知もここでやります。下線引いてある部分はリンクしているので、クリックすれば、直行できます。  
今月の標語 
 
ヤクザ医師
超絶婦長
飽きナース
 

【2003年】 4月 3月  2月 1月
【2002年】 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月   3月     2月     1月   
【2001年】 12月 11月 10月     9月     8月 7月     6月     5月     4月 3月 2月     1月  
【2000年】 12月 11月 10月   9月     8月 7月     6月     5月   4月 3月    2月 1月
【1999年】 12月 11月 10月 9月 8月 7月     6月     5月     4月     3月     2月 1月    
【1998年】 12月 1月
   
2003/05/31(土)●腰砕け台風●

昨夜も2時近くまで大西ユカリちゃんの番組聞いて夜更かししたが、一向に台風は来ない。
今朝は6時に起きて窓を開けたら薄曇りではないか。TV見たら愚図ついてて関西に来るのは昼頃とか言ってる。
昼前に三宮に出る。サンパル3Fの風車広場で昨日から青空古本市やってるというので覗いて見た。テント10個以上並んでいたが、時ならぬ台風のため、かなり品揃えを落としているような感じがした。せっかくだからお愛想に1冊でも買おうと見て回ったがこれというのがない。やっと百円均一台で鈴木棠三の「しゃれ」という本を見つけた。東京堂の「ことわざ辞典」「類語辞典」などの編者として衆知だが、本書は「ことば遊び辞典」の拾遺みたいなものらしい。
その後阪神理容で散髪。今日のおっちゃんは初めてで、いまいちうまくない。バリカンの使いすぎで、中途半端な頭になってしまった。
「つの笛」にも寄り、ここでも均一棚で数冊購入。高架下を通って中央図書館に行く。
結局5時に帰宅したが、その途端に雨が降り出した。台風は四国に上陸したところで温帯低気圧になってしまったらしい。なあんだ(^_^;)
今夜は阪神-巨人戦と、日韓サッカーが重なるので、とりあえず7時まで野球をラジオで聞いて、あとはサッカーに集中することにする。
試合は前半は五分五分だったが、後半は韓国が一方的に攻め込み、途中から入ったアンジョンファンが決勝ゴール。あいかわらず、かっこいい。
サッカー終わってすぐ、野球にchあわせたら、阪神は2-4で負けていて、9回表無死満塁、金本という場面。いやあ、これからがすごかった。金本の同点タイムリーに始まり、アリアスの逆転打、とどめの金本の3ランホームラン(通算250号というおまけ付き)などで11点も入れてしまった。これで貯金を19に戻し、明日勝てばいよいよ目標の貯金20にまた王手である。
ともかくも一粒で二度美味しい夜のスポーツ観戦であった。
orcalandにアップロードできない件で、ひらちゃんにメールしたら、ホストのアドレスを変更するようにとのお達しで、あっという間に解決。

2003/05/30(金)●台風来ないかな(^_^;)●

奥井、矢谷、西根君と4人で向日町の米人女性宅のピックアップ。彼女は京都芸術大学の講師か何かで、シルクスクリーンやら工芸品やら自作の作品が多くて面白かった。中でも発泡スチロールのベースに布地で細かい細工を施した髪のオブジェ3点が目を引いた。やっちゃんなんか見たらすごく喜んだろうと思う。
昼食は「まるめん」という店で豚骨ラーメン。ここは矢谷君が例の「関西ラーメンNavi」に載ってるということで入ったのだが、なかなかに美味しい店だった。矢谷君は昨日も来て、昨日は醤油ラーメン食べたらしい。どちらも美味いが、どちらかというと醤油の方が美味いとのことだったので、Morris.はちょっと未練だった。向日町競輪場のすぐ近くだから、あまり来る機会が無さそうだが、近くで現場があったら必ずまた行きたい。
台風4号が、本州に上陸しそうというニュース。5月に台風が本土直撃というのは時期外れというか、時期尚早な感じだが、もしそうなったら実に40年ぶりくらいの快挙??らしい。
関西を通るのは深夜から早朝くらいか。実は台風大好きのMorris.なので、内心どきどきわくわく状態だ。
ところで一昨日から、orcalandにアップロードできない(+_+)Morris.部屋を見ることは出来るので、orcalandが閉鎖してるのではなさそうだ。以前にも数回こういった事態があったので、それほど心配はしてないが、日記はともかく、島田さんのスケジュールなどが更新できないのが辛いところ。
今夜の東京ドーム、阪神-巨人3連戦の緒戦は、ムーアが打たれて前半で0-8のワンサイドゲームになってしまった。9回に2点返して完封を免れただけで良しとしておこう。

【知的武装講座】一橋ビジネススクール ★★★ 一橋大学大学院商学研究家グループ4人がプレジデントに連載された特集記事を再構成したものである。Morris.の読書傾向からいうと、こんなのはまず読まないのに、どうした風の吹き回しなのだろう。魔がさした、というべきか。たまには気分を変えてみたかったのかもしれない。
内容は四部構成。
1.日本企業の経営課題/伊丹敬之
2.企業価値を創造する経営戦略/伊藤邦雄
3.人と組織を活性化させるための戦略的課題/沼上幹
4.複雑化する金融・為替を理解する/小川英治
「経済音痴」を自負するMorris.だけに、ほとんど理解できなかったし、専門用語(実は基本語)でも分からないものが多い。
特に最後の金融関係はまるで理解不能だった。
辛うじて理解できた(ような気がする)のは、3部の組織論の一部のみ。

そもそも人間は、目の前に大量のルーチンワークを積まれると、その処理に追われ、創造的な仕事を常に後回しにしてしまう傾向がある。創造的な仕事とは、仕事のやり方自体を根本から変えるとか、長期的な展望を描いてみるといった作業のことである。「ルーチンワークは創造性を駆逐する」ハーバード・サイモンの言う意思決定のグレシャムの法則である。つまり、日々ルーチンな仕事に追われている人は、ルーチン的な仕事の処理に埋没して長期的な展望とか革新的な解決策とかを考えなくなってしまう、ということである。膨大なルーチンワークが存在し、それに追われている状況というのは、背後に何らかの構造的な要因があることを意味しており、本当は何が本質的に問題なのかを考えなくてはならないはずなのに、それを考える余裕がない。「貧乏ヒマなし」だから「貧すれば鈍する」のである。

マズローの欲求階層説
1.生理的欲求→2.安全・安定性欲求→3.所属・愛情欲求→4.承認・尊厳欲求→5.自己実現欲求
(この説の)人気を支えている理由は二つある。一つは、豊かになるにつれて徐々により高次の欲求が重要になっていくという欲求の階層制が直感的にも経験的にも理解しやすいことであろう。
もう一つの理由は、自己実現という考え方が美しくて、しかも安いということである。低次の欲求から徐々に高次の欲求へと進歩していく人間、あるいは猿から超人へと向かっていく人間というイメージは前向きで気高く美しい。しかも、各人が勝手に自己実現しようとし続けてくれるので、人事の担当者が世話を焼かなくてもよい。金銭的インセンティブとも無縁だから給料を上げる必要もない。従業員が勝手に仕事で自己実現してくれるなら、会社にとっては安上がりなのである。


こういった欲求による人間論は、むしろ啓蒙書や自己啓発書(これらもMorris.は苦手とする分野)に多く論じられているが、本書ではそれを経営側から分析しているところがちょっと面白かった。でも、やっぱりMorris.と経済、経営は、ミスマッチのようだ。

2003/05/29(木)●貯金20まであと1●

[釜山地下道の夢]釜山で友人の歓送会があるというので、会場(学生センター?)に向かうが一行にたどり着けない。しかもまるでカタコンベのような地下道を逃げるように進まねばならなくなる。地下には得体の知れないバーや食堂があって、盛んに客引きをやっている。どんどん状況は厳しさを増し、追手も増えてきたので、排水溝を手探りで進む。闇市でギターアンプを買い、試していると、秋本君がチューニングしてやろうとやってきて、2弦を切ってしまう。

としろうら5人で、芦屋の中国人宅のピックアップ。良く片付いていたが、結構時間がかかり、作業終了は6時前。
今週は日曜から連続で、結構きつい現場だったので、ちょっとばて気味だ。
明日の現場が終わるとちょっとひまになりそう。
夜は昨日の残りのおでんつつきながら野球観戦。今日は伊良部が1点でぴしゃりと押さえ、2-1で横浜を3たて。明日からの東京ドームでとりあえずの目標貯金20に手が届きそうだ。
島田和夫部屋矢谷トモヨシ部屋のスケジュールを更新。

2003/05/28(水)●時ならぬおでん三昧●

朝からピーカンの快晴。
時ならぬおでん矢谷君と午前中は六甲アイランド高層住宅のニュージーランド向け荷物のピックアップ。午後は本山からシンガポール向け航空便のピックアップ。
昼食は甲南山手のあじゅち屋の和歌山ラーメン。ここは矢谷君お気に入りの店で、Morris.も嫌いではないが、やっぱりMorris.は普通の博多ラーメン食べたいぞ。矢谷君が「関西ラーメンナビ」とかいう昭新社の本を買ってて、約400件のラーメン屋が地図とともに掲載されている。Morris.も1割くらいは行ってるみたいだ。400皿のラーメンを総覧すると、これがラーメン?と思うようなものも結構多い。
夜TVで野球見てたら、PONちゃん(江川君)が突然訪れる。今はロンドンに行ってしまったハンナちゃんを紹介してくれた若者で、カ○テツ勤務で、今日は研究開発の試作品の余った奴を山ほど差し入れに来てくれたらしい。さっそく、時ならぬおでん作り。とにかくものすごい量で、これにこの前つよしから貰った蒟蒻玉を入れて、なかなか美味しいおでんが出来上がった。これをつつきながら野球を見る。阪神が早々と10点を入れて、いくら薮でもこれなら余裕のひだりうちわの観戦。9時からは「DIAMOND GIRL」にチャンネル代える。ところがCMの間に野球に戻したら、いつのまにか10-7に。あわてて見続けたら、9回ウィリアムスが2ホーマー浴びて一点差まで詰め寄られ、あわやのところでの逃げ切り。貯金を18と増やしたが、これがファンサービスだとしたら、やりすぎである。

2003/05/27(火)●浜中代打復帰で勝利打点●

6人で昨日の現場。さいわい雨模様という天気予報が外れてくれたおかげで、門前の石灯籠の仮梱包も順調に終えることが出来て(しかし、重かった(;_;))、何とか5時半に作業を終えることが出来た。
昼食は芦屋R2沿いの「山頭火」で塩ラーメン頼む。ここは4月に開店したばかりらしい。すべてのラーメンメニューに「塩、味噌、醤油」がある。スープはあっさり目で甘目だが、そう不味くはなかった。麺が太目のもじゃもじゃで、Morris.苦手のタイプだが、その割にはまあ食べられた。
先日の高田屋の細うどん麺のことがあったので、ちょっと点数が甘くなっているのかもしれない。
さて、阪神-大洋戦、ぢゃなかった、横浜戦。今日は仕事で遅くなったので、帰りラジオで聞いたら6回裏で1-1。帰宅してサンTVで観戦。井川はいまいちながら7回まで粘ったもののピンチを招き、交代した安藤が同点に追いつかれたものの、その裏、代打の浜中が決勝のタイムリーで1点差の勝利。これで対横浜戦9連勝、貯金17で、2位中日に7ゲーム差である(^。^)
東北の地震は怪我人が100人超えたし、新幹線の橋脚のコンクリートが剥離したりしたが、地震の規模の割に被害はそれほどではなかったようで、良かった。一昨日、石川九楊の「一日一書02」の読書控えの中で、関東大震災と神戸震災の安易な比較論にケチつけたばかりだったので、何か暗合めいたものを感じてしまった。

2003/05/26(月)●東北で地震●

[野外床屋の夢]下町の広い公園(天王寺公園?)の芝生に多くの貧民が座っている。広場の中央に舞台が設えてあり、床屋の椅子がいくつか並べられて、そこで散髪が行なわれている。慈善事業のようでもあり、何かのショーのようでもある。舞台に向かって100人くらいの列が出来ている。びっしり詰めているのでなく、飛び石のように1,2mの間隔を取って座り込んでいる。散髪がひとり終わる毎に、全員が同じ間隔だけずり進んでいく。Morris.も列に加わり、ずずずと進む。進みすぎると冷たい視線で後じさりを余儀なくされる。だんだん馬鹿らしくなって列から外れようとすると、これも目に見えない力で拒否される。途中離脱は許されないシステムらしい。

矢谷、溝渕君と芦屋からアメリカ向けのピックアップ現場、二日取りの初日だが、普通の日本家屋にアメリカ人家族の荷物が詰まってるという感じで、これはかなり大変そうだ。
昼食は「餡掛屋」というラーメン屋に入った、つもりが、実はここは餡かけうどん専門店だった(^_^;)。東南アジア風の小奇麗なインテリアで、うどんも不味くはないものの、薄味でちょっと物足りなかった。
午後からは三矢さんも来て5時半まで作業したが、あまり進まなかった。
今夜は野球もないし、なんだかえらく眠い。久しぶりに早寝しよう。
夕方、宮城県北部あたりで震度6弱の地震があったらしい。交通機関は一時的にほとんどストップしたが、死者は無かったもよう。

【憧れの名句】後藤比奈夫 ★★★☆☆ NHK俳壇の本と銘打って、テキストに毎月掲げた看板企画の名句を一冊にまとめたハードカバーの美麗な本で、96pまではカラーで、これまた美麗すぎるくらいのカラー写真80点が置かれ、それに即した名句390句が散りばめられている。
後半の白黒200pでは、各句の簡単な解説も載ってるので、俳句初心者には勉強になる。愛好者は、我が愛唱句の幾ばくが選ばれていることに安堵したり、選ばれてないことに不満を持ったりするだろう。
実作者ともなれば、自分の師匠筋や結社関係の句がどのくらい選ばれてるか気になるだろうし、自作が一句でも取り上げられているくらいの俳人ともなれば、その一喜一憂は大変なものだろう。
したがってこういった類の選者はものすごく気を遣わざるを得ないだろうなと、つい、余計なことを思ってしまった。
本書の著者、後藤比奈夫は、大正6年生まれだから、まあ年齢からしても俳壇の重鎮といえるだろう。しかも父が後藤夜半という有名な俳人だから、あまり文句の出ないところかもしれない。その著者にして前書きにこんなくだりがある。

私の父、後藤夜半に、「瀧の上に水現れて落ちにけり」がある。作った時は誰からも省みられなかったが、一度虚子の推輓を受けるや否や、俳句自身みるみる頭角を現わし、それが今に続き、「瀧の夜半」などと言われるようになった。不朽の名作などと言って下さる方もあるが、名作と名句とも少々違いがあるように思われる。身内のこともあって、本著には再録していない。

うまいこと、父の代表句を紹介してるような気がしないでもないが、しっかりと本書には後藤夜半の句は8句が選ばれている。12月の棹尾にも、しっかり夜半の「あをあをと保護板市の矢来かな」を置いてるあたりは、なかなかの孝行息子ぶりである。

ちなみに5句以上選ばれている俳人は

・阿波野青畝(7)・一茶(5)・大野林火(6)・川端茅舎(5)・後藤夜半(8)・高野素十(8)・高浜虚子(18)・高浜年尾(5)・中村草田男(6)・中村汀女(5)・芭蕉(9)・福田蓼汀(5)・蕪村(8)・星野立子(8)・正岡子規(5)・松本たかし(7)・水原秋桜子(7)・山口誓子(5)・山口青邨(8)

の19人である。巻末に作者名別五十音順索引というのがあったからこうやって数えることが出来たのだ。いちからチェックする根気はMorris.には無い。
とにかく、虚子の18句というのが、効いてるよなあ(^_^;)だいたい、これでNHK俳壇の雰囲気が分かってしまう。つまりはホトトギス系なんだろう。

長谷川櫂は「春の水とは濡れてゐるみづのこと」一句のみしか採られていないが、本書の中では一番目立っているように思えた。個人的には、偏愛している黒柳召波の「憂きことを海月に語る海鼠かな」があったのには、ほっとして嬉しかった。
逆に角川春樹の句が一つも無かったのは物足りなかった。父、角川源義の「花あれば西行の日とおもふべし」は採られていたけどね。

さすがにこれくらいの厳選句集となると、Morris.でも半数は衆知の句だった。
本書で初めて括目させられた句を引用しておく。

新年の謎のかたちに自在鉤 平井輝敏

なまけものぶらさがり見る去年今年 有馬朗人

熱燗や性相反し相許し 景山筍吉

今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子

初蝶は影をだいじにして舞へり 高木晴子

さくら散る日さへゆふべとなりにけり 樗良

てぬぐひの如く大きく花菖蒲 岸本直毅

日輪を送りて月の牡丹かな 渡辺水巴

青梅に眉あつめたる美人かな 蕪村

磨崖仏おほむらさきを放ちけり 黒田杏子

水に入るごとくに蚊帳をくぐりけり 三好達治

虹二重神も恋愛したまへり 津田清子

飛込の途中たましひ遅れけり 中原道夫

涼しさは淋しさに似て夜の秋 藤松遊子

恋さまざま願ひの糸も白きより 蕪村

秋風や書かねば言葉消えやすし 野見山朱鳥

人の行く方へゆくなり秋の暮 大野林火

徒歩(かち)ゆくや花野の絵巻巻くごとし 伊藤敬子

鮎落ちて美しき世は終りけり 殿村菟子

みかん黄にふと人生はあたたかし 高田風人子

枯菊と言捨てんには情あり 松本たかし

くれなゐの色を見てゐる寒さかな 細見綾子

2003/05/25(日)●連敗しない阪神●

としろう、奥井さんらと、西宮の韓国人宅のピックアップ。マンションの前が夙川公園で、今日は割と大掛かりなバザーやってた。昼休みに覗いて、酒屋がサービスに配るアサヒビールの中ジョッキが10個\300で、出てたのでつい買ってしまった。Morris.は最近あまり部屋でビールは飲まないので、今度社長宅に行く時に半分持参しよう。
昨日松山のぼっちゃん球場で、ムーアでヤクルトに負けてしまった阪神、今日はデイゲームで、仕事帰りにトラックで聞いたら2-4で負けてたが、7回片岡で同点、8回金本で6-4と逆転。そのまま逃げ切り。今年の阪神は連敗しないのが良い。
夜は、昨夜の由利さんのライブテープをVHSにダビングする。いやあ、めちゃくちゃよいぞ。昨日は撮影の方に気が行ってた分、耳がおろそかになってた感があるが、こうやって聞き直すと、ついつい熱中してしまう。嬉しいことに光量抑え目にした撮影も大成功だったみたいで、すごくジャズライブ喫茶の雰囲気が出てる。魚眼レンズ使い、ほとんどかぶりつきの場所からの撮影だから迫力満点だし、余裕でバンド全体もカバーできてるし、大きなミスもなかった。これなら多分由利さんも満足してくれるだろう。
ただ、Morris.のMini DVハンディカムは、かなり古くてガタが来てるし、光量をマニュアル設定にすると微調整する時段階的に変更になるので、操作が目立ってしまう。これはズームみたいに境目なく調節できればいいのにと思う。

【一日一書02】石川九楊 ★★★ 京都新聞に2002年1月1日から一年間連載した写真コラムを集成したもので、休刊日のものも追加して365編が日付順に並んでいる。「02」とあることからも分かるように、2001年から連載開始で昨年その第一冊が出て、Morris.はこれを大阪旭屋の4Fで立ち読み(ほとんど写真の「書字」だけだけど)して、いたく感心したことを覚えていたのだった。
例の「書の宇宙」の版元、二元社から出されているだけに、本書の「書」の写真もカラーで、これはすごくいいことだと思う。墨色や紙色、存在感が格段に違う。著者の「書」に関する選択眼と学識、鑑賞力も群を抜いたものとかねがね畏敬してきただけに、それぞれの書字が粒揃いで、ヴァラエティに富み、150字前後の短文コラムなので、技法や魅力のポイントを凝縮したコメントも堂に入ってわかりやすいものが多い。
朝日の大岡信の「折々の歌」とは一味違った楽しみを味わえるコラムとして人気があるだろうことも想像に難くない。
漢字の膨大な数からしても、世に残されている名品の数から言ってもネタ切れになる心配は全くなさそうだし、延々と続く可能性のある企画かもしれない。実にうまいことを考えたものである。
著者は書家である上に文章にも一家言、二家言あるタイプだし、それなりに評価していたのだが、最近とみに、ワープロ、パソコン批判に傾くあまり、狭量とさえ思われる発言が多すぎて、Morris.はちょっと閉口気味なのだが、本書のコラム中にも、ステロタイプな攻撃発言が目についた。

ワープロ、パソコン時代になったから、書けなくとも読めればいい--は、格闘ゲームに強いから格闘に強いというに等しい虚実を混同した悪い冗談。この錯覚が、近年日本語力の極端な低下を招いている。書けなければ使えはしない。(2/24)

この件については前にも書いたから反論は止めておくが、それ以外の日々の事件や世相についての著者の感想は、決め付けが多く、それも何となくピント外れのものが多い。そんなしょうも無いこと書くくらいなら、わずかの文字数しかないのだからせめて半分くらいは文字に関して書いてもらいたいものだ。
一番呆れてしまったのは9月1日「震災記念日」のコラムだった。全文を引用する。

大正十二年の今日、関東大震災、M7・9、死者十四万人、負傷十万人。神戸大震災、M7・3、死者六千人、負傷四万人。戒厳令、非常徴発令で即座に対応、市民活動を制限し被害を拡大した東京と、有事法なく市民の自由な創意、工夫、協力で復興した神戸。国家的対応が遅く、民の声を聞く村山首相で実はよかったのではないだろうか。
顔真卿の送裴将軍詩の<震>。


「震」という文字を掲げて、説明は作者出典のみ。というのはあんまりではないかということは、ともかく、Morris.が呆れたのはもちろん、その前の暴言(妄言?)である。
二つの災害の死傷者の数だけをあげつらって、彼我の比較をするということ自体、杜撰に過ぎる。両震災の時代背景、罹災時刻の違い、その他諸々の状況の差違をを無視しての、この発言に、どれほどの矛盾や誤謬があることか。神戸地震の被災者としての物言いばかりではないつもりだ。
これの元原稿は、ともかくも著者自身の「手」で書かれたのだろうし、新聞に掲載するからには、編集の校正もあったろうし、本書に再掲載する時にも加筆訂正の機会はあったろうし、それで、こんな「ゴミ」みたいな文章を公刊してしまう神経というのはすごいと思う。
今回の★マークは、引用されている「書」自体への評価であり、コラムへの評価ではないことを、明言しておこう。Morris.はケンカ売ってるよな(^_^;)
どうせ買ってはもらえないだろうけど。

2003/05/24(土)●意味無く徹夜●

昨夜は酒も飲まず、牛乳も切れてたのでブラックティーなど飲んで、目が冴えてしまった。1時からABCラジオのユカリちゃんの番組久しぶりに聞く。相変わらず元気だ。そんなこんなで、3時前になってやっとベッドに入ったものの、寝付けず、また本読んだりしてるうちに朝になってしまった(^_^;)
これはなんか意味の無い徹夜をしたことになる。
8時ごろから散歩兼ねて、近所をふらふらして、8時から開いてるジャパンで、テープやら牛乳やら買って戻る。
デスクトップは昨日higashiさん宅に届いたらしい。ぐいぐい酒場への書き込みによると、落ちることもなく3時間ほど動き続けているとのこと。おい、おい、ほんとかよ。パソコン工房でも同じようなこと言われて、泣く泣く持って帰ったら途端にシャットダウンだったものなあ、Morris.との相性が悪いのか、それともモリス亭に問題ありなのか。やっぱりPCはBLACK-BOXである。
また、昨日の1999年度読書録ページに関しては、山口さんから詳しい検証報告がメールで寄せられて、やっぱりブラウザや言語モードによっては、リンクが効かないとか。リンク元のターゲット名をすべて半角英数に変更しない限り、抜本的解決にはならないようだ。ともかくも、IE、ネスケ2大ブラウザの日本語環境ならなんとか、リンク効いてるので、しばらくこれでごまかしておくことにする。
熱唱する由利さん at GREAT BLUEそういえば、きゅみちゃんは今日、韓国に行く(戻る?)らしい。日韓をまたにかけて活躍してるということになるのだろうが、基盤が二つあって、往来するというのも、それなりに大変ではないかと思う。
韓国ネット関連で知り合った近藤夕夏子さんから北浜のギャラリーで開く個展の案内状来る。彼女は画家で、まだ作品は写真でしか見たことが無いので、楽しみである。抽象絵画なのだが、オキーフの初期の花のシリーズみたいなタッチでMorris.好みっぽいのだ。会期は6/2(月)から6/14(土)まで。近づいたらちゃんとした案内を告知しよう。
今夜は、三宮のGREAT BLUEで春野由利さんのジャズライブに行く。Morris.はビデオ撮影係だ(^_^;)
ライブは8時過ぎから2部構成。ピアノ、ベース、ドラムのいかにも基本的なジャズトリオをバックに、由利さんは超のりのりで、唄う唄う。客も一部はぼちぼちだったが、二部では友人やお馴染みで満員になった。ビデオははじめカウンタの脇で撮るよう言われたが、ウエイターや客が動くので、魚眼レンズ使ってステージ真近のコーナーを確保、光量抑え目で撮影。春待ちファミリーBANDとはちょっと勝手が違うが、たまにはこういうのもいい。
由利さんのボーカルは、今日はアドリブが冴えて、サマータイム、ラブフォーセイル、恋に恋して、などMorris.の知ってるスタンダードナンバーが多かったこともあって、とても楽しめた。ラストナンバーの「バットノットフォーミー」は、観客を酔わせ泣かせたようだ。
午前零時帰宅。

【脱文学と超文学】斉藤美奈子編 ★★★☆ 岩波の「21世紀文学の創造」シリーズの第4巻らしい。Morris.はこのところ、岩波アレルギーだが、斉藤美奈子の名前だけで手に取ってしまったよ。
斉藤美奈子の前書きめいた「「文学史」を蹴っ飛ばせ」を始め、9編の小論が掲載されている。面白かったのは前書きとあと2,3編だった。

「文学」と聞いて思い出せるのは、小説、詩歌、随筆、戯曲----まあそのくらいです。それでも詩歌や戯曲が出てくればまだ上等で、現在の状況では、文学≒小説といっても過言ではありません。であればこそ「文学は衰退した」「文学は死んだ」といった台詞がまことしやかにささやかれもするわけですが、しかし、はたして文学≒小説という概念は絶対的なものなのか。参考までに、明治末期の修辞学書『作文講話及文範』(芳賀矢一、杉谷代水著、冨山房、明治45)には、「美文」の例として、次のようなジャンルが列挙されていました。
歌(短歌・長歌・今様・狂歌)・俳句(発句・俳諧)・川柳・詩(古詩・律・絶句・偈)・新体詩(新体詩・唱歌)・謡いもの(催馬楽・東歌・宴曲・小唄・長唄・俗歌・童謡等)・小説・伝奇・御伽噺・脚本・歌劇・浄瑠璃・謡曲・狂言・小品文・紀行(或種の)・随筆(或種の)・その他美観を主とするもの。
イコール「文学」とはいえないまでも、しかし、これらが「文学」以外の何かといったら「?」なわけで、やはり「文学」に分類するしかありません。率直にいって、いまとなっては「死んだ(死なないまでも瀕死の状態にある)文学ジャンル」の多さに、いささかの感慨を覚えさせられます。文学文学と日頃口にしていても、もしかして、私たちは「文学」を非常に狭くとらえているかもしれないのです。
私たちは「活字」の呪縛にとらわれすぎていないでしょうか。近代は活字文化の時代だったわけですが、おなじコトバの文化でも、明治末期の「美文≒文学」 に音声の文化や芸能がかなり混じっていたことを思い出してください。ネガティブにみれば、この110年間の変容は「活字文化の衰退」かもしれない。が、半面それは、活字以外のメディアによって、新しい感受性が育ってきた時代だったともいえるのです。(斉藤美奈子)


いやあ、簡にして要を得た、わかりやすい文章で、日本文学の深い部分をぐさりと刺すご意見じゃありませんか。ほんとにMorris.は今や、彼女のフリークだ。
このシリーズではもう一巻彼女が編者になってる「男女という制度」があるらしいので、それも読まなくては。
その他の執筆者のもので、面白かったのは、岡田幸四郎の「「谷沢永吉」と「ヘンタイよいこ」」だ。
これは、80年代の糸井重里論みたいなもので、えいちゃんの「成り上がり」を構成したのが糸井重里だったというのも初めて知ったけど、糸井のCMキャンペーンからヘンタイよいこ、そして今の「ほぼ日刊イトイ新聞」までを、実にわかりやすく、論じまくっている。
稲川方人の「ざわめく書物」は菊池信義を中心とする装釘論で、コンピュータDTPまでを視野に入れての書物の外装と内容の攻めぎ合いと協調を論じてあり、詩人であり装丁もこなす著者自身への興味も湧いてきた。
その他、元「新潮」編集長だった坂本忠雄への斉藤のインタビュー「文芸誌とは何か、何だったのか」は、日本の文壇の消滅の証言として歴史的意味を持つかもしれない(^_^;)
そんなこんなで、久しぶりに岩波の本をそれなりに楽しく読んでしまった。

【21世紀の野球理論】佐藤義則他 ★★★ 「もっと上手になる120の鉄則」と副題にある。デイリースポーツに4ヶ月にわたって連載されたもので、投手編(佐藤義則)、打撃編(宇野勝)、攻撃走塁編(岡義朗)、守備編(鎌田実)の4部構成となっている。。
Morris.は阪神ファンではあるが、いざ実践となるとからきしで、草野球はおろか、小学生時代の三角ベースですら、まともにやった覚えが無い。だから本書を読んで、技術向上を目指そうなどとはつゆほども思っていない。
プロ野球観戦の時にいくらかでも参考になるかもしれないし、あわよくばいっしょに観てる友人に偉そうに話す種になるかもしれないという助平ココロがなかったとも言い切れない。
ただ、蒲田の守備編は読んでもほとんど理解できなかった(^_^;)佐藤の投手編も、まあ、理屈は分からなくもないが、それほどでなく、面白かったのは宇野の打撃編と、岡の走塁編だった。
バットは軽いほどいい、ステップは狭くして頭を残す、一塁側から見て「入」(「人」ではない)のシルエットを作れ、投手のリリースポイントに着目、どんな球も同じスイングで、ボールは目玉だけで追うなどの項目だけでも、なるほどと思えるし、今後バッティングセンターに行った時にでも実践してみたくなる。(まず、行かないだろうけどね(^_^;))
走塁では、盗塁の狙い方や、リード方法、バントの方向やサインの奥義など、これは観戦時に役に立ちそうなことが書いてあった。
総じて、スポーツの解説書は、戦術、戦略的なことならともかく、技術的な面では隔靴掻痒の観が強いし、分かった気になっても実践には結びつかないいわゆる「畳水練」から逃れられないのだろうが、野球コラムと思って気楽に読めばそれなりに面白いところがあった。

2003/05/23(金)●4年前の読書録(^_^;)●

今日も朝からカレー漬けだ。それにしても美味いなあ。
昼から、読書録の手直しにかかる。
Morris.の読書録はMorris.部屋の開設とほとんど同時だから、98年の11月から始めたのだが、98年分と99年分はひとまとめにしている。
現在、1999年度165冊、2000年度160冊、2001年度230冊、2002年度160冊の合計700冊ほどの読書控えが、アップされてることになるが、これらも石川九楊に言わせると「すべてゴミみたいな存在」なんだろうな(^_^;)。彼の著書への感想も10冊分くらい含まれてるはずだけどね。2001年だけ特に多いのは、この年は一度も韓国に行かずじまいだったためだろう。そういう意味では、すでに2回も行って、秋頃にまた出かけるつもりの今年は読書量激減のおそれが多分にありそうだ。
それでこれはまあ、第一義的にはMorris.自身の読書メモみたいなものなのだが、公開することによって、同じ作家や分野に関心を持つ方に見ていただいたり、新刊書店では見かけない本の選択や読書の勧めにもなるかとも思っていた。もちろん、感想や批判、誤謬の訂正などがあれば、ありがた過ぎるくらいのものである。
各年度1ページにまとめてるから、該当本を見つけるのが大変だろうと、冒頭に一覧表を置き、タイトルでページ内リンクさせておいた。これでもなかなか見にくいが、無いよりはましだと思っていた。ところがこのリンクが何故かブラウザによっては無効になってしまってることに気付いた。と、いうより、今現在Morris.が試した範囲では、ネスケVER.4以外のブラウザではすべてリンクが死んでいる(+_+)
これはページ内のリンク先の名前(ラベル名とかアンカー名とか言う)を書名そのまま日本語で用いたことに原因があるらしい。名前は極力半角英数で付けるべきだったようだ。
手直しするとなると、これまた結構な作業になるとは思いながら、ほっておいては、本当に「ゴミ」をアップしてる結果になることは目に見えているので、古い分からやり始めた。
ちびくろ(win95、133MHz)でやるのだから、大変なことは予想していたが、ディスプレイは15.7インチのデスクトップ用に接続したから、見にくいことはない。動きは多少のろいが、できないこともない、ということで、何とか今日のうちに1999年度読書録だけはリニューアル済ませた。せっかくだから、お勧め本と、トホホ本(^_^;)を表で色分けして見た。4年前に読んだ本となると、すでに忘れているものがあるし、自分の感想を見て改めて思い出したものもある。99年はMorris.が奥泉光にはまった年だったようだ。
良ければ一度覗いて見てください。そして、まずは、表からリンクできるかだけでもチェックして、もし、駄目だった場合は連絡いただけるとありがたいです。特にマックな方、よろしくm(__)m
今日は阪神は試合ないので、夜ものんびり過ごしてる。さっきBoAのビデオクリップ特集やってたので、見てしまったが、彼女の場合は、音だけで充分だろう。

【漱石先生お久しぶりです】半藤一利 ★★★ 「漱石先生ぞな、もし」の続々編にあたる。前の二書もそれぞれ楽しく読んでいたので、本書もそれなりに楽しめるだろうと予想は付いてたし、たしかにそのとおりだったが、全体的には、二番煎じ、出がらしの観が無くも無かった。
著者は、松岡譲(漱石の娘筆子と結婚)の娘を嫁にしているので、義母が漱石の娘であることを、ことあるごとに筆の端に上せる。直系の孫にあたる夏目房乃介と比べると、かなり傍系だとは思うが、文豪が祖先にいるということは、それなりの自慢なのだろう。
著者の本では漱石の初期の俳句を取り上げた「漱石先生大いに笑う」が一番おもしろかったようだし、漱石の初期の磊落で直裁な句には大いに共感を覚え、ぐいぐい俳句などと名づけて、自分で俳句まで始めたMorris.だから、本書でも俳句を論じた部分に関心を寄せざるを得なかった。

・狸化けぬ柳枯れぬと心得て(明治29年)
・時雨ては化ける文福茶釜かな(明治32年)
・枯野原汽車に化けたる狸あり(明治29年)


おしまいの句がちょっと不思議だが、明治時代には狸が汽車や汽船に化けるという俗説が、あんがい一般に広まっていたらしい。
明治32年、イギリス留学に向かう船プロイセン号で香港に寄港した日の日記にある

・阿呆鳥暑き国へぞ参りける
・稲妻の砕けて青し波の花


の「阿呆鳥」について、すったもんだ書いてあるが、これは著者の言うようにあえて、漱石が我が身をアホウドリに見立てたとするよりも、亜熱帯海上の景物としての鳥と見たほうがいいような気がする。

俳句以外では、漱石の小説には当て字が多いといわれ、魚の秋刀魚を「三馬」と書くなどを代表としてよくあげつらってあることに関して

されどこれは漱石の造語にあらず。『言海』にはっきりと三馬とあるのである。さきの林原宛ての書簡にみるように、漱石は好んで『言海』をぱらぱらとやっている。音なしく、地烈太(ぢれつた)い、糠る海(ぬかるみ)、反吐もど、寸断々々(ずたずた)、蚊弱い、烏鷺々々(うろうろ)----漱石が無造作に使っている当て字が、すべてそうであるのかどうか、『言海』にいっぺん問うてみる必要があるのではないか。

と、あったので、言海大好きのMorris.はさっそく、以上の語をチェックしてみた。

「三馬」に関しては確かに見出語の後に「小隼|三馬」とあり、語釈のおしまいに「秋光魚」というのもある。現在良く使われる秋刀魚は見当たらない。
「音なしく」は見当たらず、穏順シキ 大人しいという漢字があてられている。
「地烈太い」は、見出し「じれつたし」と語頭が「ぢ」でなく「じ」であることからしても、漱石の文字遣いは間違っているようだ。 語釈に「懊悩ル-ジレル」とあるので「懊悩つたい」なら使えそう。
「糠る海」は言海には「ヌカリミ」という見出ししかなく、 泥濘の語が付してある。
「寸断々々」は「づたづたに」の見出しの後に「寸断」とあり、繰り返しは無くてもヅタヅタニと読めるようだが、これはまあ漱石の使い方でも良しとしよう。他に「寸斬」で「ヅタヅタニ」と読ませる例も挙がっている。
「蚊弱い」は「かよわし」というひらがなのみである。「か」は発語という注あり。
「烏鷺々々」は「うろうろ」とひらがなの見出ししかなく、語釈のおしまいに「彷徨」が並べてある。
以上の調査(^_^;)からすると、漱石の当て字で、許容範囲なのは「三馬」と「寸断々々」くらいで、あとはちょっとおかしいといえるだろう。やっぱり漱石は宛字の多い作家だと思う。そして、Morris.はそのことが漱石の欠点だとは決して思わないのだ。言海も宛字も大好きなMorris.なのだった(^○^)。

【ふくすけ】松尾スズキ ★★★ 劇団「大人計画」主宰の著者の92年頃の作品らしい。戯曲はあまり読まないMorris.だが、太田蛍一の表紙絵に惹かれて借りてしまった。巨頭症の少年が裸のフランス人形の手足を差し替えている図柄で可愛くておどろおどろしい。
ストーリーも同様なおどろおどろしさで、著者が後書きで触れているようにオーム事件以降に書かれたとしたら、洒落にならないだろうが、事件数年前に書かれたと言うことで、事件の予言めいた感じを受ける。
製薬会社の薬によって奇形児が多数生れ、その中のひとりふくすけが、10年の幽閉の後、新興宗教団体を作り、歌舞伎町に自身の大仏を作ろうとする。これにまつわるさまざまな異能人、讒言癖の女性、風俗を牛耳る三姉妹、レズの歌手志望コンビ、盲の娘などが、それぞれの異常世界を開陳していく。フクスケのエキセントリックぶりと、初演で著者自身が演じたらしい、狂言回しコオロギの存在感が大きいし、台詞の突拍子もない跳躍、突然の挿入、駄洒落(「これじゃ田舎のの草野球ですね」「え?」「ミットもない----」(^_^;))まであって、まあそれなりに楽しめた。だからといって、彼の作品をこれ以上読もうとも、舞台を見たいとも思わなかった。
終幕では、登場人物がどんどん殺戮されていき、そして誰もが死んでしまう。それほど無残ではないのだが、やはりMorris.はこういったアングラっぽい芝居は向いていないと思うのだった。

フクスケ「--だけど、一番関心があったのは、もっと哲学的な問題さ。世界一醜い人間は、どうやって生きていくのかっていうね。神様を恨んだわけじゃないぜ。神なんか、いない。信じる奴はバカだ。宗教なんかやる奴は、もっとバカでしょ。天に感謝するより、自分に感謝した方が救われる。あの世とか、来世の幸福なんて言ってる奴は、早く死ね。死んだら灰になる。それでおしまい。宇宙人とか超能力とか霊魂とか、みんな同じだろ。お祈りしたらUFOが来るなんて、バカ通り越して、もう、エゴイズムだろ。てめえは何様なんだっつの。あんたの祈りなんて誰が聞く?牛や豚殺して食って人間だけ救われるなんて、虫が良すぎるぜ。未来なんて信じてる奴もクズだ。未来なんて、生きてるうちは永久に来ないんだから。あんたが死んでから先が、未来なんだから。未来だろうが来世だろうが、SFだって、レベルじゃ同じだっつの。この頭に、どんな未来がある!?(タバコに火を点ける)映画を観て現実を忘れる人もいるが、俺は逆だった。俺は、人とは違うってことを、密室に居ながら一つ一つ思い知らされたのさ。そのたびに俺は考えた。フットボールのヘルメットが頭に入らない時、人はどう生きるか。ディズニーランドの乗り物に乗れない時、人はどう生きるか。生れてこないほうが良かった時、人はどう生きるか。それでも宗教も未来も来世も信じることが出来ない時、人はどう生きるか!(フラッと倒れるふり)---なんつって---あんたは、俺がここで倒れたらどうする?親切にするだろう?俺がいつも考えてるのは、あんたの親切から、どう身を守っていくかさ。それでもまだ親切にするかい。じゃ、俺と結婚してくれ。俺とセックスしろ。俺とセックスしろ!俺とセックスしない奴には、親切にさせない。励まされもしないし、勇気づけられもしない。何にも感動しない。俺が生きるってことはさ、そういうことでしょ?アグネス・チャン、黒柳徹子、俺とセックスしろって、そういうことでしょ?すさんでる?俺が?違うね。俺ほど建設的な人間はいない。なぜって、俺には生きる理由がある。でも、あんたにゃないだろ?あんたを殺しても、俺は生きるぜ。なんたって、俺は世界一の男だからな。ケケケケケケヒヒハハハハハ!」

中盤のフクスケの長広舌の大部分を引いたが、弱者の開き直りぶりとしては、なかなかに見所ありというべきか。

2003/05/22(木)●さんちゃんおめでとう\(^o^)/●

[ユカリちゃんの夢]ユカリちゃんの田舎に呼ばれて私鉄で山の中へ。おっそろしい田舎で、広い日本家屋で、ユカリちゃんの兄さんに紹介され、いっしょに観光に出かける。百段以上の石段から降りていく温泉場で一風呂浴びて、家に戻るとユカリちゃんはいなくて宴会が始まる。お土産に、東南アジアの大皿や、韓国の石鍋などならべてあるが、とても持って帰られない。帰りの電車は屋根がなくて、折りからの雨でびしょ濡れになる。

7時半起床。デスクトップ梱包して、近くのコンビニまで持っていき、宅急便で長野県のhigashiさん宅に発送。
PC自作が趣味のhigashiさんが、一度見てくれるということになったのだった。まあ、駄目元という感じだし、あのまま部屋においておくというのも始末に困るところだったので、渡りに船というところか。
さんちゃんの掲示板覗いたら、19日付けの発言に「5月10日に女児出産。「海」と命名、母子とも健康なり」とあった。そうか、5月3日にぱいざさんと会ったとき、出産予定日は今月末と聞かされてたので、油断してた(^_^;)な。
早産でも健康なら言うこと無しだ。

さんちゃん、パイザさんおめでとうございます\(^o^)/

しばらく実家で静養だろうから、光市に帰る前に一度会いにいきたいな。
昼前からSTARdigio408chのナイアガラ・サウンド徹底研究の最終回4時間分をエアチェック。トータル12時間の特集だったが、最初の2時間ハッピイエンドの回は、前に別にチェックしておいたので、今回は10時間分ということになる。大滝詠一サウンドは、すごい、とは思うものの、はまるようなタイプではない。今回もチェックしながらいいかげん、飽きてたりした(^_^;)同じ曲の別ヴァージョンや、インスト版なんてのがやたら多いし、サウンド的にも、今聞くとそれほどのことはないのもある。しかし、とりあえず10時間の特集となると何か値打ちがあるようでついついチェックしたのは、やはりMorris.の貧乏性
というやつなのだろうか。
ジャガイモ、ニンジンごろごろカレー今夜は、カレー作る。タイカレーとかインドカレーといった、本格的でなく、昔家で食べてたジャガイモ、ニンジンごろごろのいわゆるホームカレー。肉も肉じゃが用の牛のバラの一番安い奴。ルーは、S&Bの「フォンドボー」+ハウスの「こくまろ」をミックス。ニンニクだけは大目に絞って玉ねぎスライスをじっくり炒めて、あとは寸胴にほうり込んで、時々味見して香辛料少しずつ加えて出来上がり。たまにはこんなカレー、食べたくなるよね。
阪神は今日は苦しい試合だったが、8回裏起死回生の金本の逆転2ランホームランで、広島を3たてで破り、5連勝、貯金も16。うーーーむ(@_@)

【「書く」ということ】石川九楊 ★★☆☆ 『文學』に掲載された3編をまとめたもので、書家という立場から、ワープロ、パソコンへの嫌悪と弊害をしきりに言揚げしている。
Morris.は著者の書道論は実に見るところが多いと畏敬の念を感じているのだが、ややヒステリックなワープロ攻撃、特にローマ字日本語入力への非難ぶりは、常軌を逸してるのではなかろうか。
もちろん、立場が違うということは理解できるし、手で文字を書くということの重要さを無視しようというわけではない。ただ、ワープロの恩恵にあずかっている、というか、どっぷり漬かり込んでいるMorris.には、ワープロやインターネット文化に対する多様な評価や可能性を踏まえた上で論じて欲しいと思ったのだ。
たとえば、ネットにあるさまざまの文章のすべてが、著者の言うように、何の考えもなしに吐き出されたゴミのようなものばかりなのか。
少なくともMorris.はそうではない、と確信している。
悪筆のMorris.が日記や旅行記をこうやって、ひとさまに読んでもらえているのも、ワープロの効用のひとつだが、それ以上に情報や意見の公開が、一部の特権階級から開放されたことが大きいだろう。
また「日本語横書きは英文縦書きに同じ」という乱暴な論調でもって、日本語の横書きに横やりを入れてる部分もピントが外れているようだ。例の「丸文字」が、日本語を横に書くための限界形として登場したとは、Morris.にはとても思えない。
ハングルをカタカナに近い表音文字という捉えかたにも不満があるし、西洋のアルファベット文化には、文字そのものの美を追求しようという気持ちが欠けているという決め付けも、間違っていると思う。
やたら、文句をつけることに終始しているが、著者からすれば、こういった文章こそ、ネットの弊害的、垂れ流し文章の好例ということになるのだろうか。デスクトップ故障で、古いノートをワープロ専用機みたいに使っている現状だけに、本書のワープロ批判が耳障りだったのかもしれない。
ものごとにはすべて、メリットとデメリットが同居していると思う。だからワープロ文化のデメリットがあることは否定し得ないのだが、Morris.はメリットを選択したのだ、と、言い切っておこう。

2003/05/21(水)●ラーメン旱●

としろうらと6人で、芦屋からアメリカ向けのピックアップ最終日。
昼は「高田屋」とか言う店で塩ラーメン頼んだが、麺がうどんの細いような奴でひどかった。葱も白髪葱で、これもMorris.の趣味には合わない。どうもこのところ、うまいラーメンに中らない。時々部屋で食べる韓国の「辛ラーメン」の方がまだましなくらいだ。
ところで今日の現場と同じマンションに、阪神の金本選手が住んでいるらしい。昼前にベンツで出かけるところを目撃したと清水君が言ってた。
今夜も阪神は7-1で広島に快勝。これで貯金15になった。ほんとに夢みたいだ。でも金本はこのところ打撃不振だ。
「DIAMOND GIRL」どんどん、ストーリーがひどくなってきている。同宿のホステスや歌手志望の少女たちから金を騙し取った音楽プロデューサーに義憤を覚えた観月ありさが独りで立ち向かっていき、最後は弁護士を引っ張り出して、反省したプロデューサーが彼女らに金を返すという、まあ、あまりにも作り物めいた展開。まあ、Morris.は毎度書いてるように、ドラマとして見てるわけではないのだが、それにしてもなあと思う。それから今回、ありさが紅茶を入れるシーンがあり、これがまた、最低だった。マグカップにティーバッグ先に入れて、保温ジャーからお湯を注ぎ、カップにふたもしないで、ティーバッグを数回振ってすぐ引き上げて女性オーナーに差し出す。これもあんまりぢゃあ。そういう演出なのかもしれないが、紅茶党のMorris.には考えられないシーンだった。

2003/05/20(火)●天国に一番近い島●

今日はパーフェクTVのチャンネル解放日で、久しぶりにKNTVを見たが、気の抜けたドラマの連続と、相も変わらぬ噴飯もののCMで、すぐchを切り替えた。
解放日といっても、映画やスポーツの専門番組は視聴不可だし、とりたてて面白いプログラムもない。普段でも見ることのできるchannel necoで、ちょうど「天国に一番近い島」が始まったところだったので、とりあえず見る。原田知世が眼鏡かけた引込み思案な少女を演じていた。原作も読んでないし、この映画も初めてだったが、やっぱり大林宣彦は少女ものを撮らせると上手い。原田知世は眼鏡が邪魔というか、勿体無いような気がした。ニューカレドニアの風景はそれほどMorris.好みではなかった。
夜は阪神-広島戦、接戦を制して一点差の勝利。ついつい酒が進んでしまう(^_^;)

2003/05/19(月)●つよしのはたけえにっき●

8時半起床。宿酔ぢゃあ。
9時半につよしに迎えに来てもらい斉藤家へ。
今日の作業は、斉藤造園HPの壁紙作り。これはつよしのカットを小さくして利用。これで、ちょっと斉藤部屋も軟らかくなったような気がする。
ついでにつよし掲示板も壁紙にライオンのイラストを使い、つよし部屋に絵本「ぴくにっく」の紹介と、今年4月から斉藤さんが三田近郊に借りた10坪ほどのはたけを、つよしがイラスト中心に紹介する「はたけえにっき」の雛形を作る。
今日のBGMCDは韓国の懐メロ6枚組で、これは前回のポンチャクに比べるとインパクトには欠けるが、落ち着いて作業できた。
日記ぺージトップのカレンダーのデジカメ画像を、斉藤家のPCからCDROMに焼いて持ち帰る。
これで、カレンダー画像がちょっとはましになったと思う。
つよしが三田の市場で買ったという田舎蒟蒻玉を土産にもらう。これはほんまものらしく、美味しそうだ。

2003/05/18(日)●Morris.潰れても阪神強し●

10時起床。
昨日の住吉公園からひら乃、ヒアカムまでのアルバム作ってアップする作業。ともかくもちびくろ使ってるだけに、これがまた時間かかること。デスクトップなら20分くらいの作業なのだろうが、たっぷり3時間近くかかってしまったぞ。
でも、ちびくろでも、これだけのことはできるということがわかって、何か嬉しかった。今夜は芦屋のBIRTHDAYで、Morgan's Barのライブあるのだが、やはり阪神-巨人戦をTVで見なくてはと、昼前から入れ込んでいた。
昼過ぎに、奈緒ちゃんが来るとのこと。昨日のビデオ見たいのだろう。それに、3時半から、ABCで、阪神特番があるのでそれも見たいらしい。ちょっと遅れて伊藤君もやってきて、お決まりの飲み会。ここのところすっかり弱くなってるMorris.は、しっかり夕方には出来上がってしまい。何と試合始まる前に爆睡してしまった(@_@)らしい。
起こされたらすでに9回。まあ、阪神は勝ってたから良いとしても、これで2回目の見損ないである。
彼らは10時過ぎに帰っていった。何となく物足りないMorris.は、またも飲み始めた。

2003/05/17(日)●東灘うはらまつり●

6時半起床。天気は上々である。
11時前に住吉公園に着いたら、すでに会場は設営されて、PAの千秋君たちの準備もほとんど終わっていた。
Morris.はステージ前の芝生に折り畳み椅子で陣取り、ビデオとデジカメ撮影に専念してるふりして、割といい加減に見物することにした。
秋本、いやま君が音合わせを兼ねて、ごちょごちょと、昔のフォークのイントロ披露などで遊んだ後、突端からMorgan's Barの演奏。後は、矢谷君絡みの、フクイーズ、ドットコム、TTE、山口さん絡みのYS11、PC200、大阪から来たケンさん、みっちゃん、ほうぼう、神田君などが入れ替わり立ち代わり演奏。春待ちファミリーBANDメンバーはほとんど来ていたのに、バンドとしての演奏をやらなかったのが、ちょっとさびしかったかな。
おしまいあたりに春野由利さんがMorgan's Barバックにサニーサイドを歌い上げ、ダン松本の、アブナイ歌で最高潮。おしまいに、社長がビートルズナンバー4曲ほど歌って〆。
Morris.は、今日はめずらしく、酒は一滴も飲まず、つぶさに祭りを観察した。薄曇りとはいいながら、顔と胸は真っ赤に日焼けしたので、外見からはかなり酔ってるように見えたかもしれない。
7時から「ひら乃」で打ち上げだったが、Morris.は一旦帰宅して、TVで野球観戦。ムーアの投打にわたる活躍で1-0の完封勝ち。
この後、「ひら乃」に行ったら、まだ満席だった。遅がけのMorris.は、割り勘負けしないように、こっそりカウンターの横で、上ミノ焼き二人前注文して一人で楽しむ。
その後、由利さん、いやま君らとタクシーでヒアカムへ。矢谷君がいて、ママもすっかりいい機嫌。
ステージでやり損なった、矢谷君の「アフリカ」+いやま君のカリンバ(親指ピアノ)を、急遽、演奏することに。由利さんもバックコーラスに入り、この1曲は、実に美味しいオマケだった。
すっかりいい気分になり、1時前に帰宅。
今日の模様は、2003神戸祭りアルバムと題してアップ。画像30点ほどあるのでちょっと重いっす(^_^;)

2002/05/16(金)●緒戦に痛い黒星●

掃除洗濯すまして、昼から灘図書館へ。しばらく館内読書(^_^;)すまして、夜は、阪神-巨人戦をTVで観戦するも、伊良部が清原にホームランされたりして、完封負け(+_+)
やや、ヤケ酒気味。

【デジカメの絵本】早坂優子 ★★★★ 視覚デザイン研究所から出された、ヴィジュアルな、写真絵本?基本的にはデジカメ撮影見本帖みたいなものだが、いわゆるハウトゥものとはよほど違っている。文章は極端に少ない。さまざまなデジタル画像が、ゆったりと掲載されていて、短いコメントで、デジカメ撮影の基本以前の姿勢や、特にライティングの効果を実感できるような作りになっている。
・ストロボ使って、良いことなし
・露出では、黒い暗いはマイナス補正。白い明るいはプラス補正。
・強い光は辛い、弱い光は甘い

など、単純で有用な定義は、実に分かりやすい。
被写体に対する光源の位置による、9種類の光の説明と見本写真は、照明の基本だが、これも、本書みたく、単純な球体の写真と、普通の事物の写真を並べてあるとわかりやすい。

クロス光(斜め前45度から)
順光(デジカメのストロボと同じ)
サイド光(斜め上から)
ミディアム光(斜光)
逆光(真後ろから、強いとシルエット、弱いと輪郭)
半逆光(ちょっと斜め後ろから)
レベル光(真横からの光長い影)
トップ光(夏至の正午の太陽光)
ボトム光(一般には存在しない光源、幻想的)


Morris.のデジカメクラスでも、たしかに光と影に関してコンサバティブになることで、かなり仕上がりは違ってくるだろう、ということが、わかった。実践とはまた別の次元のはなしではあるが。
ともかくも、これは贅沢なデジカメの絵本であることはまちがいない。

2003/05/15(木)●上屋劇場で小林エミ●

[図書館の夢]大阪の市立図書館にいる。道から直接エスカレーターに乗って閲覧室へ向かうも、何故か登りエスカレーターは通過してしまう。階段を降りて閲覧室に入ると、そこは監獄みたいで、書籍の貸し出しには厳重なチェックを受ける。閲覧も独房みたいな部屋で、監視受けながら行う。本は交代可能だが、Morris.は部屋を出る事はできなくなっている。トイレも部屋の隅にある。どうやら本当に留置されたようだ。

どうも夢見がよくない。
藤井康一(左)と小林エミ今夜は西元町の上屋劇場に、小林エミ Home Town Friendsのライブを見に行く。島田さんが一度見て欲しいようなことを言ってたし、ゲストの藤井康一(ウシャコダ)を見にうさこちゃんも行くといってたので、これを機会に、初めての上屋劇場だった。
楽屋のマスターが開いた3件目の店で、倉庫の1階を改造したものだけに天井が高いし、広い、広い。
しかし、客の入りはあまり良くない(^_^;)このところゲルピン気味のため、今回は島田さんの招待枠使わして貰ったのだが、申し訳ないところである。
ライブは8時頃始まり、「ゴンドラの歌」や「星の流れに」など、えらく古い歌謡曲からスタート。小林エミさんに関してはMorris.は全く情報を持ちあわせていなかったのだが、豊かな声量と表現力は、なかなかのものだと思った。ギター、ベース、キーボード、そして島田さんのドラムというバックも、それぞれに達者だし、確かに島田さんが薦めるだけのことはある。
そして、ゲストの藤井康一もすごかった。Morris.はこちらも初めてだったが、サックス、ボーカル、ウクレレと、キャラクタが半端ではない。彼は長身で、かっこ良さではえらい違いだが、髪型やファッションセンスがMorris.と似ているようで親近感を持ってしまったよ(^_^;)

【俳句武者修業】小沢昭一 ★★☆
東京やなぎ句会のメンバー、変哲の俳号で知られる著者が、プロの俳人が主宰する句会に参加して、互選を行い、その結果を面白おかしく披瀝するという企画で、「俳句朝日」に連載されたものらしい。
鷹羽狩行の「狩」、藤田湘子の「鷹」、稲畑汀子の「ホトトギス」、黒田杏子の「藍生」、黛あすかの「月刊ヘップバーン」、金子兜太の「海程」など10回分と、初めと終わりにやなぎ句会の巻を置いた一年分で、初めからあまり期待はしていなかったが、予想通りに面白くはなかった。
数年前突然句作に目覚めて?「ぐいぐい俳句」と銘打ち、しばらくは好き勝手に書き散らかしたものの、千句ほど作ったあたりで、行き詰まってしまったMorris.だから、偉そうなことは言えない。
とにかく遊びといいながら30年以上続いてるやなぎ句会もそれなりに認知されてるし、変哲の句集の中には好きな句も含まれている。しかし本書には、当人の句を含めて、これは、という句には出会えなかった。
句会というものとも無縁ではあるが、どうも苦手な部類に入りそうだ。
本書の見所は、互選の点の入り具合に一喜一憂しながら、不評な時の負け惜しみ、点を貰ったときの手放しの喜びぶりで、当然独り芝居の達人なりのサービスを忘れていない部分なのだろうが、結果的には、これは俳句雑誌の安易な企画だおれとしか思えなかった。

2003/05/14(水)●兵庫県公館疑似デート●

10時半起床。完全に宿酔だあ(@_@)
外は小雨が降ってる。
朝風呂使い、迎え酒に缶チュー杯飲るも、頭痛はおさまらない。
昼前に元町に出てゆひ子さんと待ち合わせ。ずっと借りっぱなしになってた電源モジュールの返却のため。
お礼に昼食でもということで、彼女の行き付けのスリランカ食堂「Wanga*Wanga」に行ったがランチタイムで満員だったため、ひとまず時間潰ししてからまた来ることにする。
一番気に入った白い花、お菓子みたいだ雨模様だったのでどうしようかと迷ったが、すぐ近くに兵庫県公館があり、ちょうどガーデンショーやってるので、それを見ることにした。和洋折衷の盆栽みたいな奴と、専門会社の見本ブースとがあり、雨に濡れて、これはこれでなかなか美しかった。
公館の中にも入れるようなので、初めての入館。明治35年に県庁として建てられたもので、ちょうど百周年を迎えるらしい。今は迎賓館としても利用されているだけに、外装はもちろん、内部もシックで落ち着いた感じ。装飾過多にならず、いい感じだった。ホールでは兵庫百景の写真展もやってた。神戸祭りの一環なのだろう。
Morris.は数カ所にあるシャンデリアがいたく気に入ってしまった。これまた昔風の白い傘を使った電灯を複数組み合わせた、シンプルかつ優雅なもので、ついついデジカメで何枚も撮ってしまった。
ともかく、時間潰しのつもりが意外に楽しいひとときとなり、美人のゆひ子さんと疑似デート状態で、Morris.は御満悦であった。これで頭さえしゃんとしてたら言うこと無しだったんだけどね(^_^;)
先の店で、スリランカカレーとチャイを頼んだのだけど、やっぱり食欲はない。スリランカ人の主人と日本人の奥さんも気さくで、いい感じの店で、サービスにカレーのお代わりまで出してくれたのに食べきれなくてちょっと申し訳なかった。スリランカカレーというのもはじめてだったが、印度カレーとはかなり違っている。今日は野菜カレーだったが、売り切れていたシーフードカレーにちょっと未練を感じた。今度体調の良いときに再挑戦してみよう。
阪神-広島戦は雨天中止。なあんだ、と思いながら巨人-横浜を見るともなくごろごろ。
9時からは観月ありさの「ダイアモンドガール」ストーリーは取って付けたようなもので、ひたすらありさのスタイルと表情を鑑賞するのみ。今夜は断固アルコール抜きである。


兵庫県公館、いい感じだ

Morris.いち押しのシャンデリア

真下から見上げると万華鏡風

【牙 江夏豊とその時代】後藤正治 ★★★☆ 江夏の阪神時代に焦点を絞り、同僚選手や関係者の証言、データを丹念に検証して、単なるヒーロー伝説ではなく、昭和40年代という時代を浮かび上がらせようとしている。Morris.は江夏が阪神で活躍している頃は阪神ファンではなかったが、それでも江夏の凄さは何となく感じていた。
何となく過去の大選手というイメージがあって、一世代上みたいに思っていたが、Morris.と一つ違いと知ってびっくりしてしまった。
スポーツ選手の現役時代は短いとはいうものの、1966年に阪神に入団して9年在籍したのち、南海、広島、日ハム、西武と渡り歩いて85年、大リーグに夢を託したが果たされず引退したから、四半世紀以上過ぎたことになる。
18年の通算成績は206勝158敗193セーブ。立派な成績だが、数字上ではこれを超える投手は何人もいるだろう。だが、存在感の大きさという点では群を抜いている。
江夏の阪神時代は、巨人のV9時代と重なるわけで、阪神での優勝経験はないが、後一勝で優勝を決める試合を逃した73年のことはMorris.にも印象深い。
江夏がユニフォームを脱いだ年に奇しくも阪神が優勝を決めている。それ以来優勝とは無縁のチームだった。久しぶりに首位に立っているこの時期に本書を読んだというのも時宜に適っているような気がした。

2003/05/13(火)●斉藤夫婦サイト同時公開●

9時半に能斗也を保育園に送っていったつよしの車に迎えに来てもらい、斉藤宅へ。
今日の目的は、斉藤家からHPのアップロードできるようにすることと、つよしHPの掲示板作り。
アップロードの件は、JCOMの関連会社の電話サービスで、結局NEC製品にプレインストールしてあるPC-GATEのアンインストールでいちおうの解決をみたのだが、ともかくもこれではPCが無防備になる。再インストールして設定し直す必要がありそうだが、これがまたどうもMorris.の苦手分野のようなので、後日にまわす。
つよしの掲示板は大手のteacupで簡単に作ることができた。しかし、前もってタイトル用のプランがなかったのでしごく平凡である。これも後日手直ししよう。
ともかくもこれで、いちおう斉藤造園のサイト「枯山水から野菜まで」http://www.kcc.zaq.ne.jp/dfdnx903/と、つよしゆうこのサイト「アトリエ小屋場山より」http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/3586/を、同時に公開することにした。
知り合いの方は一度覗いて見てやって下さいm(__)m
今日はわざわざ韓国歌謡CD(キムヘヨン、チュヒョンミ、イウナ、キムスヒ)持参で、これをBGMにして作業したせいか、えらくはかどってしまった。すっかりいい気分になり、昼からビール、午後には斉藤さんも帰ってきて小田さんといっしょに、ワインを空けて、これも相伴にあずかり、二人が出ていったあとも飲み続け、最後は日本酒まで手を伸ばしてすっかり酔っ払ってしまった。
夕方またつよしに送ってもらい、そのまま寝入ってしまったらしい。
目が覚めたら11時前だった。阪神は広島に大勝していた(^_^;)

【たった一人の反乱】丸谷才一 ★★☆☆ 1972年の作である。何で今ごろこんなのを読んだかというと、矢谷君が古本屋の百円均一で買って読んでたので、冒頭を読みかけて、ちょっと面白そうだと思ったので、中央図書館で借りてきたのだった。
30年前といえば、著者40代の作だな。
通産省から天下りした男が、後妻に若いモデルをもらい、刑務所帰りの彼女の祖母と同居して、てんやわんやの騒動に巻き込まれていく、いかにも作り話めいたものだが、それなりに面白さは持続させている。しかしMorris.は読み進むうちにだんだん、嫌な気分になってしまった。
評論家、エッセイストとしての著者は認めるが、どうも彼の小説はMorris.の性には合わないようだ。Morris.が年取ったためなのかもしれない。

2003/05/12(月)●STARdigioにひとこと●

9時起床。
メールや掲示板チェックした後、この日記を漠然と見ていて、とんでもない間違いに気付いてしまった。
ページの一番上にあるこよみは、去年から浅草ふじ屋の日本手拭の意匠を流用している。宮崎さんからのいただきもので、しつこく詮索すれば著作権に引っかかるかもしれないが、営利サイトでもないし、ここは大目に見ておいてほしいものだ。それはいいのだが、今月の暦の絵柄が「たけのこ」になっている。季節感が感じられていいなあ、と、思いながら、え? これは、去年もそうだったんじゃないかと気付いた。そう言えば今日5月12日は日曜日になってる。あわててチェックしたら、今年の3月から去年のこよみの画像を使ってる。ということは2ヶ月半ほどまったく気付かずにいたことになる。
デスクトップの乱調による、どたばたに伴うポカミスとは思うが、何といっても一番目立つところのはずなのに、ほとほとわが身のドジさを、反芻させられてしまった。宮崎さんにも失礼この上ない始末だった。ごめんなさい>>宮崎さんm(__)m
デジカメで撮影して、昨日から再び使いだしたピクチャーキャッチを駆使して、何とか差し替えたが、心なしか汚い(+_+)
これはやはりスキャナーで取り込む方がベターなんだろうな。今度斉藤家に行くとき手拭い持参して、スキャンを借りることにしよう。
今月のSTARdigioは407chで「ナイアガラサウンド徹底研究」3週間、12時間というのが目立つ。しかし、Morris.は大滝泳一個人には関心があるが、はっぴーえんどから、ナイアガラトライアングルあたりは、リアルタイムではほとんど聴かずに過ごしてきた。その後時々友人から紹介されたりして、たしかに心地良いサウンドではあるが、Morris.には縁が無いサウンドだなと思ってしまった。
これを機会にとりあえず、先週からエアチェックして聴いてるのだが、やっぱり印象は変わらない。インストが多くて、はっきり言ってこれはパスである。
それより494ch韓国ソングに注目である。このチャンネルはSTARdigio唯一の韓国歌謡チャンネルなのだが、Morris.はあまり聴くことはない。韓国最新歌謡曲にはすっかり疎くなってるし、このチャンネルはあまり曲目変更がないようなのだ。
それでも何となく気になるからたまにチェックするのだが、昨日チェックしたらキムゴンモが連続してかかってる。ネットで話題になった「チェビ」という曲もかかったのであわててエアチェックの用意する。と、言っても、このチャンネルはSTARdigioのHPの番組表では曲目紹介が無いし、何時間サイクルかの表示さえない。
たぶん韓国、台湾、フィリピンソングのチャンネルは毎週変更でなくせいぜい月ごとにチェンジするんだろうと思う。それはそれでかまわないから、とりあえずHP上で時間と曲目の提示はして欲しいものである。
キムゴンモの「チェビ-燕」は、えらく土着的で親しみやすいナンバーだった。よし、これは是非レパートリーに入れなくては(^○^)それ以外にパクチユンの新曲5曲もあった。去年の冬のソウルで流れていた「ナンナムジャヤ」という曲にしびれたのだが、彼女の声はゾクゾクさせてくれる。ちょっときつ過ぎるくらいの美貌だしね。

【リョーコ】中場利一 ★★☆ 岸和田愚連隊シリーズで散々楽しませてくれた著者の同工異曲で、シリーズの後半とその後の作品群にいい加減愛想つかしていたのだが、冒頭部をぱらぱらと読んでちょっと面白そうな気がして読むことにした。もともと著者のあっけらかんとした岸和田弁のワルたちのストーリーの運びには親近感を持ってるのでついつい、ひかれてしまう。
例によって、著者モデルのチュンバと、神戸から岸和田に転校してきたリョーコの青春恋物語なわけで、エピローグとプロローグに挟まれた、AB両サイドの回想的ストーリー構成は、なかなか洒落てるようだし、サイドAの二人のやんちゃな恋の展開はそれなりに読めたのだが、サイドBになると、もう、いいか、という気がしてきた。
リョーコを愛しながらも、他の女の子にちょっかいは出すし、同棲までしてしまう、それはそれでいいのだが、自己モデル小説でここまで書き続ける神経のナイーブさには、いささか辟易せざるを得ない。前にも同様の書き方をしたと思うので、あまり自信はないのだが、もう彼の作品を読むのは止めておこう。

2003/05/11(日)●須磨の雨2003●

今日は須磨海岸で恒例のフリーマーケット&フリーコンサート「須磨の風」の日で、Morgan's Barや、島田さんが出るので、見に行くつもりでいたのだが、朝から雨模様。昼には激しくなったので断念。というか、催しそのものも中止になったろうと思う。(実はコンサートだけは、強行されたということを、後で知った)
万華鏡を覗いたところ昨日デスクトップ断念宣言したし、当面はちびくろでの作業ということになる。
問題はデジカメ、スキャナーによる画像が取り込めないことで、斉藤家の最新ノートPCで取り込んでCDROMで持ち帰るという、方法があることはあるのだが、かなりのストレスなので、以前買ってそのままの、ビデオから静止画をキャプチャーする機器を引っ張り出してきた。つまりデジカメ画像をTV画面に出力するケーブルからこの機器を通して、デジカメ画像をビデオ画像の静止画として取り込もうという目論見である。

ぷはーっ!!結果的には取り込み出来た。右の画像がそれで、ものがものだけに、画像の奇麗さは良く分からないが、とりあえずHPで使うには問題ないだろう。ついでに昨日の新開地の画像も2点貼りつけておく。いちおう余計な金は一銭も使わず、デジカメ画像取り込めたのだから万々歳\(^o^)/ということになるだろうか。いや、いや、これはこれでなかなか手間がかかった。まずこのキャプチャー(OMRONピクチャーキャッチ)は、取り込む画像をサーチするときは白黒である。これはデータを少なくしてすこしでも早く読み込む配慮だと思うのだが、それでも、びっくりするくらいのろい。一つの画像をキャプチャーして転送するのに、たっぷり1分近くかかってしまう。ちびくろのCPUが133MHZということもあるのだろうが、一度速さを味わった身からするとあんまりではないかと思う。それに複数の画像を同時に扱う事が出来ず、一回一回、機器の立ち上げから始めなくてはならない。テレビ画面をCASIOのデジカメで撮影してそれをPCに取り込んでたころのアナログなのかデジタルなのかよくわからん操作を思い出してしまう。
今日も阪神デイゲームで、TVで応援。ムーアが投打に活躍、打線も爆発で4回までで10-0(^。^)結局11-1で楽勝。

【デジタルを哲学する】黒崎政男 ★★★★ 「時代のテンポに翻弄される[私]」と副題がある。
MSDOS時代からこの人の著書にはいろいろ啓発されたものだが、本書にはすっかり参ってしまった。PHP新書で比較的大きな文字だから量的にはわずかなものだが、その内容ときたら、冒頭からおしまいまで気が抜けない重要な提言や指摘、示唆に富んだ考察の積み重ねで、ひさびさに教えを蒙った、というのが率直な読後感である。
朝日を中心とする新聞、雑誌に発表された個々の記事を編集し直したものらしいが、新聞取ってないMorris.にはありがたい1冊だった。
300年前にライプニッツが「思想」として確立した二進法が300年後にコンピュータ文明として「実現化」したことを敷衍して、時代のテンポに翻弄されながら、百年、数百年後に意味を持つ、深くて力強い思想を思いながら、現実を考察しているところが素晴らしい。

今日のいわゆる[情報]論の欠陥は、時間の経過によってその[価値]が極端に減少する情報(情報A)と、あまり変化しない情報(情報B)が区別されずに論じられる点である。
このような区別は、情報と知識の区別として、従来の文化的状況では、きわめて明確に意識されていた区別であることは改めて言うまでもないことだろう。
端的に言えば、時間を要する熟練、沈思黙考などという、文化を支えてきた思考形態は、(広義の)電子メディア時代においては、軽んじられ、すべてはスピーディーにかつ誰にでも分かるものに書き代えられ、置き換えられていく。
本来、いわば[時熟]をその本質とした[知]は、この速度無限大への欲望のなかで、完全に飲み込まれてしまうのかもしれない。


情報と知識の同一化、あるいは、知識が情報の中に埋もれて、消滅するのではないかという警鐘は、すでに遅きに失するような気にさせられる。

「読書する暇つぶし屋を私は憎む。あと一世紀も読者なるものが存在し続けるなら、やがて精神そのものが悪臭を放つようになるだろう。誰もが読むことができるという事態は、長い目で見れば、書くことばかりか、考えることまで腐敗させる」(ニーチェ「ツァラトゥストラはこう言った」)

この意味深くも辛辣なニーチェの言葉を引きながら、インターネットの文章表現をカラオケにたとえている。

かつて、カラオケはカラオケ喫茶やカラオケパブなどで広がり始め、自分の順番が来るまで、他人の下手な歌に必死で耐えている、という状況がよくあった。そして、カラオケは、数人で楽しむ個的な密室へと完全に収斂していった。
インターネットによる文章表現の[カラオケ化]は、同じ事態を歩むことになるのだろうか。[ものを考える]とか[ものを書く]などの営みにも、深くテクノロジーは浸透してきている。
ニーチェの予言から一世紀。結果は、誰もが読者であり続けただけでなく、今後は誰もが著者となる時代になるだろう。誰もが公表できるという事態は、いったい今度は何を腐敗させてしまうことになるのだろうか


ハッカーなどによる公式HP書き換え事件に関連しての記述。

しかし、本当に問題なのは、痕跡を残さないような情報の書き換えの可能性である。例えば、文書中の、会合の日付を一日ずらしたり、合格者の受験番号を書き換える、といった外部からの悪意ある不正な書き換えが行われながら、その改竄の痕跡が一切残らないために、情報発信者も受信者も、そのことにまったく気が付かないような場合である。

RAMとROMについてMorris.が以前考えたことだが、CDR媒体の書き換え不能という限界的特徴こそが、かけがえのない特長となるのではないか。インターネットにおける署名の暗号化なども、つまるところいたちごっこになるようだ。

時間がかかる、時間の遅延があることを、すべて[タイムラグ]として否定的に捉えたり、スピーディであることが、私たちの[豊かさ]を保証すると考えるならば、それは根本的な錯誤であるように思われる。無駄な時間を省いて、残った時間で豊かな生活を、と喧伝されながら、その残った時間もすべて、無駄な時間を省くという心性に汚染され、時熟を味わえないからだ。結局、私たちの生活は、テンポ全体が単にあわただしく加速しているだけなのである。
[私]が、便利さや速度の幻惑には徹底的に弱い存在であること、しかし、それにもかかわらず、それに身を委ねることは、[私]を徹底的にやせ細った刹那的存在にしてしまうこと。このことへの自覚は、今日においては決定的に重要であろう。
現代の情報、消費、社会システム全体が、便利さと速さを[豊かさ]と称して邁進せざるを得ない以上、[私]は常に情報反応マシン、消費マシンに変形されつつある存在である。だとすれば、時熟や成熟の契機は、外から与えられることを求めるのではなく、[私]自身の内側に自覚的に求めていくほかはないのかもしれない。


本書の主題が以上の考え方に集約されているようだ。
後に書評のあるエンデの「モモ」を連想させる一文でもある。
そして「書物」文化の衰退と哲学者の権威喪失に関しては

電子メディアの時代においては、すべてがおしなべて[情報]である。かつては思想の深さ、強靭さの証でさえあった[難解]さは、ヒステリックなほどに排除される。一度見たり聞いたりしただけで理解されないようなメッセージは、検閲されて[容易さ]に解体されるか、あるいは無視をもって迎えられる。
ところで[思索]には一定の無駄な時間というのがどうしても必要である。情報を流れ去るものとして次々しょりしていくのに適したメディアが、テレビや新聞などだとしたら、深い思索や洞察を練り上げるメディアは、書物しかない。書物という情報媒体の膨大なタイムラグこそ、思索を練り上げるのに必要不可欠だったのかもしれない。


哲学者を権威付けていたものが書物で、その書物の衰退=哲学者の衰退。というのだが、Morris.はこれはちょっと図式的なような気がする。
マスコミや世論において、疑いなく正しいと目されている「ヒューマニズム」に関する定義は、目からウロコものである。

人間は環境を壊しながら存在している。
四十六億年の地球の歴史のなかで、人類は約一万年前に農耕牧畜の開始によって、地球システムのなかに、人間圏という新たな物質圏を分化させ、地球システムの物質、エネルギーを直接利用する存在に変わった。文明は宇宙にあるもろもろの力を利用して、次々に、えれガントなマシンを作り出している。それは、人間の叡智の進展でもあるが、根本では、地球環境システムを搾取し、破壊している側面がある。
地球環境を守ることが一番の目的だ、というのであれば、人間はただちに滅亡するのがいいわけだが、それをしないのは、深いところに。ヒューマニズムがあるからだ。
ヒューマニズムとは、人間中心主義という意味である。動物の生命を脅かすのはいけないからといって、人類と動物たちとのどっちを取るかと言えば、人類を取る。人類の生存のためには、動物も殺すし、地球も破壊する。
環境問題は実は、人間中心主義から発しているんだ、という自覚がないと、とてもヘンテコなことになってしまう。テクノロジーへの過信は、人間の生きるということに関わる側面をどんどん希薄にする。暗殺者から要人を守れと」の指令を受けたロボットが、暗殺されないように、自らの手でその要人を殺すとうSF小説があるが、守るべき人間を殺さないのが人間である。


そうだよな。確かにヒューマニズムというのは人類という種の超絶ウルトラエゴイズム、というのはわかりきったことなのに、ついつい忘れてしまいがちである。

携帯電話に違和感を持つ、旧世代の人間の捉え方も、タイムスパンを変えると、また違った見え方がする。

ナイフを使えない子どもの議論があったが、火打ち石を使えない現代人に対し、昔の人は、人間の本来的な能力の欠如だと嘆くかもしれない。
我々はテクノロジーに関して、最初は言い知れぬ衝撃を覚え拒否するが、時間が過ぎると、それがあたかも太古の昔からあったかのごとくに、使いこなし受け入れていく。それが人間の人間たるゆえんだ。
テクノロジーによって、人間性が喪失される痛みを感じることは、かけがえのないと考えていることと表裏一体。それに耐えられないとしたら、それは現代人の根本的な衰弱を示しているのではないか


さらに、クローン技術からの考察。

今日、人々は代替可能なモノに囲まれて生活している。対価を払えば、古くなった製品は新しいモノに交換可能だし、社会経済は、まさに人々があらゆるモノを買い換えていくことで成立している。[同じ]モノが基本的に所有可能であること、つまり[すげ替え可能]が、現代の我々の基本姿勢である。
さらにテクノロジーは、臓器移植など、人間の身体を[同じ]ものですげ替えるという可能性を開きつつある。そしてこの姿勢は、すげ替えが不可能であるはずの対人関係をも侵食しようとしている。現代人の欲望は、[私]を中心に、(他者をも含む)あらゆるものが[私]のために整備されていることを臨むまでに深まったのかもしれない


これは、歴史的な王や皇帝など独裁者の思想に近い。今や人類総独裁者への道を歩もうとしているのだろうか。

哲学者の著者が、コンピュータに関心を持ったきっかけであるAI(人工知能問題)に関してはさすがに、年季が入っていて、17世紀のホッブスから話が始まる。

哲学史の文脈から人工知能問題を考えたときにすぐに思い浮かぶのは、十七世紀の思想家ホッブスの「考えるとは計算することである」という言葉である(ホッブス『物体論』1655)。
思考は記号を操作することであり、またその計算は規則に従う機械的処理過程であるとするホッブスの思考法は、ライプニッツに引き継がれ、「ホッブスが我々の心(mens)の働きはすべて計算(computatio)であると述べているがそれは正しい」とするライプニッツの普遍記号学の構想に引き継がれてゆく。


しかし、著者の立場はこれに追随するのではなく、AIでは扱いきれない「直観」や、人間の知能そのものに付いての考え方のパラダイムを哲学者が提供できないかという立場のようだ。

デスクトップが完全に駄目になった現時点でMorris.に印象深かった部分を引用して、終わりにしよう。

コンピュータは、徹頭徹尾エフィシェンシー(効率性)の世界である。その技術が飽和状態に達した暁には、悲しみの対象となる可能性は残されているが、効率性だけが中心の話題であれば、ここにある最新型コンピュータは必ず旧式になり早晩役立たずになる。だって、速いほうがいいし、なんでもできるマシンのほうがいい。コンピュータに向かっているときの私は、完全に効率と便利さを追求するメンタリティーになっているわけである。
この快楽は一方では抗しがたい魅力であり、私の心性は興奮状態のうちで、いわば上へ上へと駆け上がっていく。そして、常に最新情報を求めながら秋葉原をうろつき、私の愛すべきコンピュータが日に日に旧式になることを確認する作業に従事してしまう。私の心は情報と欲望のうちに拡散し果ててしまう。
だが、もはや製作されることもなく、他のものに脅かされることのないライカと向き合っていると、言いようもない充実感に満たされる。陳腐な表現だが、からからに乾いて拡散してしまった私の心性が、ひとつの私として充実しながらまとまってくるのが分かる。


それにしても、これは読書控えとしても、あんまりな、引用過剰だったかもしれない。読書控えはMorris.の個人的な控えでもあり、引用しておきたい文章がこれだけあったのだから仕方がない。
本書にはさらに「電脳を読み解く10冊」と別建ての書評と、本文中でも6冊を論じているから計16冊の書評が収められていて、それがまた、Morris.の読書控えとは違って、的確で細緻で、ポイントを押さえながら自説の補強と展開に持っていくあたりも、著者の力量と選択眼も含めて、改めて感心させられた。
有益な作物揃いのようなので、懲りずに一覧を引用しておく。

1.「コンピュータには何ができないか」H・L・ドレイファス 1972
2.「グーテンベルクの銀河系--活字人間の形成」M・マクルーハン1962
3.「声の文化と活字の文化」W・J・オング 1982
4.「ライティング スペース--電子テキスト時代のエクリチュール」J・D・ポルター1991
5.「ツァラストゥラはこう言った」F・ニーチェ 1983-85
6.「情報様式論--ポスト構造主義の社会理論」M・ポスター1990
7.「リコンフィギュアード・アイ--デジタル画像による視覚文化の変容」W・J・ミッチェル 1992
8.「啓蒙の弁証法--哲学的断想」M・ホルクハイマー、T・W・アドルノ1947
9.「インターネットはからっぽの洞窟」C・ストール 1995
10.「モモ」M・エンデ 1972
・「インターネットについて--哲学的考察」H・L・ドレイファス
・「西洋書体の歴史--古典時代からルネサンスへ」S・ナイト
・「カントの生涯」ヤハマン
・「芸術の逆説--近代美学の成立」小田部胤久
・「愛ある眼--父・谷川徹三が遺した美のかたち」谷川徹三著、谷川俊太郎 詩・編
・「「2001年宇宙の旅」講義」巽孝之

2003/05/10(土)●万華鏡と藍染めと●

10時起床。昨夜は夜更かししたので、まだちょっと眠い。
今日、明日は新開地ミュージックストリートやってるので、覗きに行く事にした。
中根さん(右)とMorris.手染めのバンダナと万華鏡例年なら、春待ちファミリーBANDがからんでいたりしたのだが、今年は事情によりパスしたみたいだ。
それでも、ネットで知り合った滋賀の焼き物作ってる中根さんの出店と、奥さんの藍染め体験教室というのがあるというので、それを第一目的として、正午に湊川公園へ。
コーナーの一画に「万華鏡手作り教室」というのがあったので、思わず申し込む。
Morris.は万華鏡が好きなくせに、一つも持ってなかった。ちゃんとした本物は結構高いし、お土産用の安物はあまりにひどい。今回の手作りのものは、あとで、素材を詰め替えることができそうなので、嬉しかった。20cmくらいという大きさも手ごろだし、肝腎の鏡いたがガラスでなくプラスチックの薄板というのがちょっと残念だがこれは子供相手の企画でもあるしがまんしておこう。ともかくも完成したのを覗く。これはこれで美しい。
その後「八風窯(はっぷうよう)」のコーナーへ。中根さんは何故か沖縄のサンシン(蛇皮線)を抱えていい気分で唄っていた。ともかくも奥さんがやってる藍染め体験教室申し込み、バンダナに括り染めを試みることにする。染色に関してはいちおうの知識は書物で読んだ事があるが、実際にやるのは全くの初めて。白布の端をくるくる丸めて輪ゴムで縛ったり、洗濯バサミでつまんだり、ビー玉やボタンなどをくるんで縛ったりした後、印度藍の葉を煮込んだ染料に数回漬けたり上げたりしてから、水洗いして、空気にさらすと、淡い緑色が、酸化して鮮やかな藍に変化する。いい加減にやったので、出来上がりもいい加減だが、この緑から藍に変化する過程がとても感動的だった。これはビデオに撮れば面白そうだ。
中根さんの焼き物は温かみのある厚手の陶器中心で、花瓶と燭台を兼ねる作品や階段状の模様を生かした作品などアイデアにとんだものもあったが、やはり花や葉など植物模様の鉢や皿、カップなどが中心で、いい感じだった。Morris.は水郷の日本家屋を並べた意匠のコーヒーカップが気に入ったが、サイズが小さいのでパス。こんど大きいのを作ってくれるとのこと。秋にはトアロードのクラフト展があるので、その時には入手できるかも。せっかくだから、フリーマーケット冷やかす。着物地を使った手作りのシャツに心惹かれたが生地が厚めでちょっと暑そうなのと、高かったので断念。ここでワックンに会う。
新開地アーケードを南下して一通りステージなど冷やかした後、メトロ神戸の古本屋流して、中央図書館へ。
帰りは元町高架下を通る。季節柄アロハが多数出ていて、黄色の縮緬風地に小さなハイビスカスを多数散らしたのを一枚買う。阪神はデイゲームだったことを高架下のTVで知り、あわててイヤフォンでラジオ聞く。1点差で阪神リード、結局9回に追加点入れて横浜に連勝。いやあ、ほんとに今年は阪神地力がついてるようだ。
夜はデスクトップかかえて(^_^;)社長宅へ。ほとんど諦めてはいたのだが、いちおう、電源を代えて試しておきたかったのだ。結果は言わずもがな。
ここで、デスクトップに関して「完全ギブアップ宣言」を出す事にする。いやあ半年以上も悩ましてくれたのだから、見切りつけるのが遅すぎた感無しとしないな(+_+)
今後の事は改めて計画をたてることにしよう。

2003/05/09(金)●無為もまた良し●

10時起床。朝風呂。酒はパス(^_^;)
きょうはひもねす部屋でごろごろ。夕方武雄の熊さんに電話。時々病院に通ったりしながらも、まずまず何とかやっていってるようだ。
阪神-横浜戦、初回に阪神が5点、3回には浜中、片岡、アリアスの3連続ホームランで6点入れて、伊良部が7回まで完封という、ワンサイデッドゲーム、たまにはこんな心安らかに観戦できる試合もいいよなあ。
勝利の美酒に酔いしれて、10時過ぎに床に寝て1時過ぎに目を覚ました。1008朝日放送のユカリちゃんの番組聞く。相変わらず元気だ。

【ぼくんち 全】西原理恵子 ★★★★☆ 観月ありさの映画を見た日にジュンクで買った総集編の原作漫画で、もともとずいぶん以前ビッグコミックスピリットにオールカラーで連載されていて、Morris.は時々読んでいた覚えがある。後でカラー単行本3冊で刊行されているがこれは全部読んだ記憶はないな。
しかし、映画を見たあと、白黒の1冊本を読んで、何かすっかり感動してしまった。思わず3回連続で読み返してしまったよ。
ほとんど人生破綻者みたいな登場人物ばかりなのに、根源的な優しさや愛のストレートパンチを受けてしまう。サイバラの漫画が、バイオレンスで過激になるほどに、その美質が際立ってくるのはどうしてだろう。極左と極右が突き詰めるところほとんど同一になるような仕組み?なのだろうか。
「ぼくんち」は見開き2p完結の短いエピソード114話でできあがっている。2話、3話連続のエピソードも多いから、ざっと50くらいの掌編からなってるとも言えるだろう。瀬戸内海とおぼしい海にある小さな島の、貧しい兄弟のところに家出してた母が妙齢の姉かのこを連れて帰ってくるところから始まり、母がまたいなくなり、姉が母親代わりとなり、長男一太が独り立ちを試み、姉はピンサロで稼ぎ、弟二太は無邪気な観察者として、野蛮で牧歌的なこの島の住民たちのしのぎや死や暴力ざたや無茶苦茶をたんたんと綴っていく。
エピソードごとに語り手は変わるのだが、一番多いのが二太の視点で語られるものだ。一例を挙げると

ここんとこの ぼくんちは けっこう大いそがしだった。
何年もいなくなっていた 母ちゃんが帰ってきて、またいなくなった。
かわりにねえちゃんが やってきた。
そしたら 一太にいちゃんがいなくなった。
ぼくにはよくわからない、人生というのはこうゆうものなんだろうか。
前に ねえちゃんは「考えてもどうにもならない事なら考えずに笑え」と言って、怒った。
ねえちゃんは今日も楽しそうに卵焼きを焼いている。(39話)


ざっとこんな調子である。
一太が恋するシャブ中の女の子も、二太の好きなさおりちゃんも、一匹狼やくざこういちくんにまつわりつく外国人になりたかった女の子も、薄幸を通り越した悲しい存在のはずなのに、いつしか聖なる光を放っている。もちろん姉かのこはさらにとんでもない存在だ。
戦後の無頼派作家たちが、無頼を重ねるほどにその内面的弱さ優しさ敏感さを際立たせていったように、サイバラの作中人物たちはどんどん非人間的行為を重ねるほどに、聖別化されていくかのようだ。
Morris.はこれまでサイバラの傑作としては一に「まあじゃんほうろうき」二に「ちくろ幼稚園」三に色ものとして「恨ミシュラン」と思っていたが、突如、「ぼくんち」がトップに躍り出たような気がする。
映画はなかなか健闘していたが、やはり原作には遠く及ばないだろう。と、いうか、そもそも無理な試みだったろう。それでも無理を承知でも挑戦して、見どころのある作品にまで仕上げたということには拍手を贈ろう
書きそびれるところだったが、サイバラの絵は、はっきり言って「上手い」とは、別の次元にある。「へたウマ」というのとも一線を画している。描画そのものが、彼女の資質と連動して、過激になるほどに彼岸の繊細優美を現出している。と、わざとこんなもったいぶった書き方するしかないような、畏るべき高みに達している。こともある(^_^;)のだった。

2003/05/08(木)●一日PC三昧●

7時起床。外はすごい雨風だあ。まるで嵐である。時々稲光までしている。
これでは仕事できないだろうと斉藤さんに電話して迎えに来てもらい、またノートパソコンと遊ぶことにする。
今日の目的は斉藤造園サイトの名称変更と、メール別名登録などで、すべて斉藤家からケーブルTV接続でないと埒があかない作業。
名称変更手続きも、申し込んでから登録されるまでのタイムラグがあって結構時間がかかり、でもそれは上手くいったのだが、いざ、メール送受信しようとすると回線が受け付けない。何度やっても駄目で、結局またサポートセンターと電話でやりとり、今回も女性のサポーターが親切に対応してくれたが、原因となるとなかなかわからない。またファイアウォールのことを言い出したが、これは使ってない。アンチウィルスも切ってるといったのだが、それでも何かの機能が働いてるかもしれないのでアンインストールしてみてはとのこと。ウイルスは、サーバー側でメールウイルスチェック機能が働くから大丈夫とのことで、実行したが、やっぱりだめ。その後DOSコマンド使っていろいろチェックしても駄目で、ほとんど諦めかけてたら、何故か突然繋がった。向こうも結局わからないままだったが、結果オーライ。
「こけ子とこっ子」携帯からメール入れたりしてチェックして、これなら使えそうだと安心して、つよしのサイトでも作ろうということになる。つよしは最近「こけ子とこっ子」という絵本を出したばかり。これは与謝野晶子の童話で、何ということはないストーリーなのに、文章が古めかしくて丁寧ですごく懐かしい感じを覚えた。
この絵本のもとになった、つよし手描きのちいさな手帳というのがあって、10年くらい前に描いたものらしいが、これがまたなかなか良かった。Morris.は縮み志向の日本人だからか、とにかく小さいもの好きなので、どちらかというとこの手帳の方が好ましかった。ところで、肝心の斉藤造園サイトの手直しと更新をしようとしたら、アップロードできない。
先週やっとのことで出来て、ほっとしてたのにい(+_+)他のソフト使ったりして、いろいろ無駄な抵抗をしたものの結局駄目だった。時間が押してサポートセンターも終わってしまってたから、解決は後日に持ち越しぢゃ。
このところ、デスクトップ使えない欲求不満を、斉藤家で発散してる傾向にある。
逆に言うと、今デスクトップ買ってしまうと、斉藤造園サイト作りがおろそかになるので、買い控えているという部分もあるのだろう。
今日もデジカメ画像をCDROMに焼いて持ち帰ってきた。
これで、今月の日記にもいくらか画像追加で来たし、例の大阪生野区の「舎利寺」のページも作ることが出来た。
今夜は、阪神ボロボロの10点差で怒涛の??連敗(+_+)

2003/05/07(水)●金剛石少女●
奥井さんと二人で、西区に家具の配達。午後は倉庫で、中国向けのラーメン製造機械の部品のリパック。これは重いのは100kgもあるので、なかなかの重労働だった。
野球は今日は8chで中継あったのに、あっけなく負けてしまった。薮は不甲斐ないと思う。
先週見逃した「DIAMOND GIRL」見る。昨日映画見たばかりなので、ついイメージがダブったりするが、それにしても観月ありさは光ってるなあ。後光がさしてるぞ。
「っポイ!」22巻は本当に面白かった。特に万里、平二人の主人公不在の、女性4人がコスプレ着たり、突然モデルやったりする66話は、実にMorris.の好みに合うエピソードだった。
 
2003/05/06(火)●っポイ!22●
8時起床。
昼前にセンターに行き、久しぶりに稲田さんと昼食。近所のパスタ屋でスパゲッティランチ。デスクトップの愚痴と、近況をMorris.が一方的に喋りまくるという、いつものパタン、これはいかんともしがたい。食事の後、三ノ宮に出て、アサヒシネマ3で「ぼくんち」を見る。今日はレディズデーで、女性は\1,000だ。女装していけば良かった(^_^;)。一般は\1,800。今時の相場なんだろうが、やっぱり高すぎると思うぞ。扇風機1台半買えてしまうではないか。平日2時からの上映だったので、それほど混んでない。当然女性が大部分を占めている。上映前のBGMも大西ユカリと新世界がかかっていてちょっと気分良くなる。
映画はまずまずの出来というところか。あの原作をどうやって映画化するんだろうと心配していたが、要は、省略とアレンジと再構成で何とかこなしてたようだ。母親役が鳳蘭というのはあまりのギャップだったが、二人の子役がそれぞれにがんばっていた。Morris.の目的はまあ、観月ありさで、彼女は予想以上に良かった。演技もTVドラマとはワンランク上だし、スタイルはもちろん、表情がいい。特に廃虚の煉瓦の上での、孔雀の踊りは素敵だった。かなり前列で観たこともあって、スクリーンにクローズアップの彼女の画像は圧倒的だった。
せっかくだから、帰りに近くのダイエー8Fジュンク堂漫画フロアで、最近出たという「ぼくんち」総集版を買おうとしたが、見当たらない。その代わりに、何と「っポイ!22巻」が平積みされてるではないか(@_@)結局これを買ってしまった。21巻よりは面白そうだ。
ついでに7Fの普通書籍フロアも冷やかす。ここで「ぼくんち」を発見。7Fで見つからなかったのはMorris.が勝手に小学館漫画文庫だと思い込んでたかららしい。B5版とは思わなかった。それでも、一般書籍売り場にあるというのがいかにも西原理恵子らしい。もとは、カラーで3巻だった。これはずいぶん前に読んだおぼえがある。総集版は白黒だが、こちらの方が作品の雰囲気に合っているような気もする。

先日香川で買った安部製麺所のうどんを、ぶっかけたれで食べることにした。
スーパーで買った掻き揚げと、大根おろし、卵黄、葱など乗っけて、レモン汁ふりかけて食べたらなかなか美味しかった。
今夜の阪神-中日は、井川vs.川上という因縁の対決で、谷繁の2ランで先制されたが、スクイズ、犠飛で同点、後は息詰まるような投げ合いとなり、7回、8回、9回でなんと8点も得点した阪神が10-2で、大勝。川上だっただけに喜びも一入である。今日はTV中継が無いので、ラジオで観戦だったが、画像も見たい試合だった。これで貯金10、巨人も負けたので、4.5ゲーム差で、首位独走態勢に入ったと言えなくも無い(^_^;)

【テレビの黄金時代】小林信彦 ★★★ 中原弓彦名義で「ヒッチコックマガジン」を編集していた著者には憧れに似た思いを持っている。「日本の喜劇人」を始め、映画評や書評の類もそれなりに評価している。小説に関しては外人名義でしゃれのめした「ちはやぶる奥の細道」は手放しで大喝采だったが、それ以外はさほど好みではない。
彼が実際にTV番組の台本書いたり、ギャグネタ提供したり、たまには生出演したりしていたということは、あまり知らなかった。
本書は回想記ではなく、その当時の光景をできるだけ客観的に記録したものと、著者は何度も断っているが、回想記という色の濃い本である。
著者は83年にキネマ旬報別冊「テレビの黄金時代」という同じタイトルのムックの編集にも携わっている。
彼にとっての黄金時代とは60年代のことであると言えるだろう。Morris.のティーンエイジと重なるが、Morris.は田舎に住んでいたしあまりTVっ子でもなかったので、本書に取り上げられている番組も大半を見ていない。

「光子の窓」「魅惑の宵」「シャボン玉ホリデー」「夢であいましょう」「若い季節」「若い広場」「スチャラカ社員」「ミッチと歌おう」「ザ・ヒットパレード」「夜をあなたに」「ダニー・ケイショー」「九ちゃん!」「11PM」「植木等ショー」「夜のヒットスタジオ」「ゲバゲバ90分」「コント55号!裏番組をブッ飛ばせ!!」

これらすべてに著者が関わったわけではないが、ヴァラエティ番組中心となっている。
著者の最終目的は小説を書くということで、TV関連は生活費のためだと言った書き方をしている。
しかし日本TVのディレクター井原高忠をメインに、永六輔、井上ひさし、青島幸男、前田武彦、大橋巨泉、渥美清、坂本九などとの関わり合いと、個人評を見ると、結構TV界への助平心が透けて見える。謙譲ぶっていながら、自己顕示が垣間見られる著者の筆法を、何となく胡散臭いと思ってしまうMorris.なのだった。
 
2003/05/05(月)●っポイ!21●
子供の日とはまったく無縁の(中身はこどもだとしても)Morris.は、今日も一日ごろごろを決め込んだ。朝寝、朝酒、朝湯をいてこまして(^○^)午後はTVで阪神-ヤクルト戦。
先発ムーアが好投、八木、矢野の活躍で4-0の完封勝ち。気持ちいいっ。久しぶりに電話してきた中江君の声も弾んでいた。
夕方食糧買い出しのついでに本屋(Books Kiosk)の漫画コーナー冷やかしたら「っポイ!」の21巻があったので買ってきた。発行日が2月10日になってるから3ヶ月も気付かずにいたのか、すっかりはまってたはずなのに。15,6巻くらいからちょっと中だるみ状態だからなあ。21巻もやっぱりそれほどではなかった。20巻以上かけて中3の一学年の話を続けるというのがそもそも無理がある。平と万里のキャラと美形にもちょっと飽きてきたし今回の男っぽいヒロイン朔も、Morris.好みではなかった。
一昨日訪れた舎利寺のおかみさんから電話。何かと思ったら、神戸の関帝廟と舎利寺住職の関係で間違ったことをいったからそれを正しておきたいとのこと。なんて親切なんだろう。
夜はイカキムチをあてにまた飲む。

【経験を盗め】糸井重里 ★★☆☆ 糸井がホストみたいな立場で、二人のゲストとテーマを決めておしゃべりするという、鼎談18編が収められている。橋本治や南しん坊、みうらじゅんといった、Morris.が関心持ってるゲストも混じっている割に、総じてテンションが低いと言うか、内容が無いような気がする。
初出が「婦人公論」の連載だからなのかなあ。「声のはなし」と言うテーマでの、声紋研究家の鈴木松美と巻上公一の会話しにはちょっと反応した。

鈴木 (音と言うものは)空気、気圧で伝わってくる。ついでにお話ししますと、人間の声が聞こえるのに、どのくらいの気圧がかかっていると思いますか?

糸井 どのくらいなんでしょう。

鈴木 一気圧の一億何千分の一だったかな。。そのくらい気圧の小さなものを、耳はキャッチしているんです。で、耳の中には周波数分析装置がありましてね。そこには繊毛がついていて、その繊毛が奥にいけばいくほど低い周波数を感じ、外側が高い周波数を感じるんです。ところが、何かの拍子で大きい音を聞くと、その繊毛がやられてしまう。すると、それがキャッチしていた周波数だけ聞こえなくなるんですよ。この周波数分析装置は、壊れたら絶対に回復しません。

巻上 コンサートのPAエンジニアに、そういう人、多いですよ。

糸井 壊れちゃった人。

巻上 職業柄でしょうけどね。コンサートに行くと、ひどい音が出てる。エンジニアの人に聞こえない周波数があるんですね。だから、その周波数の音を補正して突き上げてしまう。多くのコンサートがそうですよ。

これは事実なんだろうか?春待ちファミリーBANDで大音響というのはあまりないが、たしかに野外でやったときに、ひどいPAがいたことを思い出した。
 
2003/05/04(日)●激安扇風機●
[恐怖の階段の夢]入り組んだ建物の中を逃げ回ると言うわけでもないが、落ち着かない気持ちで移動している。日本家屋なのだが階段が多くて一番上の階段の途中で足が竦んでしまい、登ることも降りることも出来なくなってしまう。下の部屋ではさりーちゃんが、女性香料師による不思議な儀式に参加してる。ガラスの美しい容器に入ったさまざまな香料を組み合わせて精神世界の改善を計るとか、何となく新興宗教の匂いのする儀式ですでにさりーちゃんはその世界に入り込んでいる。階段の上から、引き返すように声をかけるのだが、声にならない。

昨日の放蕩?から帰宅してまたまた酒飲んだりしてたためか、あまり楽しくない夢を見ながらの目覚めだった。汗びっしょりになってた。
今日もいい天気だがさすがに二日酔は隠せない。部屋でごろごろというパターン。
2時からはTVで野球見るも、今日はMorris.はあまり好きになれない下柳先発で嫌な予感。結果的には久々の敗戦。好調タイガーズ打線も、五十嵐、高津という押えにかかるとさっぱり打てない。
夕方、昨日切れてしまった蛍光燈を買いに近くのコジマへ。季節柄扇風機が勢揃いしてた。去年壊れて捨ててしまったから、冷やかしたら、何とえらく安いのを見つけた。サイズは普通で、白で透明5枚羽根で首も伸びるのが、\1280!!思わず買ってしまったよ。2002年製MADE IN CHINAだが、原価はいくらなんだろう、と思ってしまう。
夜のTV番組で、カバーヒット特集みたいなのやってて、芳恵が「ハローグッバイ」歌ってた。それはいいのだが、この曲のオリジナルは、アグネス・チャンで、何かのB面だったとのこと。一部流れたがたしかに初期のアグネスの声だった。Morris.はこれまでずっと、讃岐裕子がオリジナルだと思い込んでいた。と、いうことは、讃岐もアグネスのカバーとして出したのだろうか?

【日本語の21世紀のために】丸谷才一 山崎正和 ★★★☆☆ 二人の対談はこれまでに何冊も読んだと思う。本書は文藝新書で軽く読み飛ばせるものだったし、結局は二人の持論を、それぞれヨイショするようなところもあり、それなりに時間潰しにはなるかな、といった感じで読み飛ばしてしまった。
ただ、明治の言文一致運動に関しての言には、感心した。

山崎 しだいに言文一致運動が起こってきて、「話すように書け」という運動が起こるんですが、これは私は結果的に大失敗であったと思います。「書くように話す」べきだったんですね。この時代に話すように書けと言ったって、もともと土台無理な話だ。話し言葉に統一語はなかったわけなんだから、ほんとうは書くように話せばよかったんですね。

丸谷 言文一致というのは、要するに宣伝のための言葉なわけでしょう。だから不正確なもんなんですね。たとえば万年筆といったって、何も一万年もつわけがないのと同じで(笑)これは誇張なわけですよ。ところが、その誇張を文章作法に当てはめるときに、誇張だとは思わないわけですね。ある意味では言文一致を推進した人たちは、非常にまじめな人たちだったんですね。でも、それでは困るんです。

山崎 それとね、話すように書くということは、結局その話し言葉がどういうものであったかによるわけです。もともとの話し言葉がある種の客観性を持っていたら、客観性とは言わないまでも、開かれた公共性を持っていたらよかった。日本語の話し言葉には、それが乏しいんです。

言文一致を論じて、上記と同様の論がこれまでに立てられたかどうか知らないが、Morris.には、これは本当に目からウロコがおちるように感じられた。
やはり二人ともただ者ではない。
その他、七五調の元を二音連結と一音で停止からなると論じたり、政治家、マスコミの紋切り型への批判、検定教科書のつまらなさなど、それぞれなるほどと思うことが論じられている。
おしまいの教科書については、谷川俊太郎、大岡信、安野光雅の「にほんご」への最大級の讃美に終始してるのは、あの本を高く評価してるMorris.としては嬉しくもあったが、今さらなあ、と、ちょっと疑問を感じずにはいられなかった。
 
2003/05/03(土)●生野区徘徊●
10時起床。朝風呂つかって鶴橋へ向かう。
ファピョンさんからの連絡で、さんちゃん、パイザさん夫婦が山口県光市から里帰りしているので会う話になり、はじめは心斎橋の「春川屋」に行こうと言うことだったのに、さんちゃんが来れなくなり、結局3人だけで会うことになって、Morris.はちょっと残念だった。鶴橋駅前の「海幸」という回転寿司に入る。一番奥のカウンタだったので、なかなかネタが回ってこないし、それほど美味というわけにはいかない(オール百円だから文句は言えないが)。ファピョンさんとパイザさんは、在日の話や国際結婚話で盛り上がる。パイザさんは光市でボランティアで韓国語教えているらしいし、ファピョンさんはガイド試験に向けて猛烈に勉強している模様。韓国語に関してもMorris.は完全に差をつけられてしまっている。近くの喫茶店でまたしばらく歓談して別れる。
天気もいいし、折角ここまで来たのだから、Morris.は御幸森コリアタウンあたりを散策することにした。平野川界隈の路地をわざと間違うようにふらふら歩く。今日は甲子園でいゲームなので、イヤホンでラジオ聞きながら、自販機で缶ビール買い、まったくいい機嫌だ。阪神は伊良部先発で危ないながらリード続けてるし、韓国人の家屋が多い一帯を歩くのは楽しい。中川の方面では「赤バス」という100円均一の循環バスを見かけた。小さくて名前の通り真っ赤ん可愛いバスで、韓国のマウルバスを連想した。
阪神は追われながらも得点を加えてまた勝って貯金9にした。
猪飼野という地名は無くなったが、このあたり一帯をMorris.は今でも猪飼野として認識している。児童公園の隅に猪飼野地名の記念碑があった。
勝山に回ると御勝山古墳がありとなりの公園に折口信夫の石碑があったりで、まるで生野区文化財深訪みたいだ。そして極め付けが、舎利寺だった。
正確には「南岳山舎利尊勝寺」。瀟洒な山門を入ると境内は所せましと石造物が氾濫している。境内の一部は墓地になってるから、そこに墓石が並んでいるのそれほど不思議ではないが、それ以外の部分が築山みたいになって、六地蔵、閻魔、不動明王、仏足石、邪鬼から鬼瓦まで何でもありの状態。さらに圧巻は境内に西国三十三箇所のミニチュア版がせっちしてあることだ。それも、一つ一つが結構大きな岩で、その中央を穿ってそれぞれの持念仏である観音像を安置してある。あまりのすごさに圧倒されて、ぐるぐる回り、デジカメにおさめていたら、中年の女性が話し掛けてきた。びっくりしたことを話したらそれなら資料を持ってくるとのこと。この女性は実はお寺のおかみさんで、コピーされた寺の縁起と、カセットテープデッキまで持って来て、以前プロの人が作ったという、やはり寺の縁起のプロモーションテープを聞かせてくれた。
寺伝では、聖徳太子が絡むかなり古い寺ということになっている。生野長者と呼ばれた富豪の唖の息子が太子が前世に息子の口中に舎利三粒を預けていて、これを取り出したところ、息子は喋れるようになり、これを良しとした長者がその舎利の一つをまつり寺を建立したというのが創建由来だ。その後、何度も潰れては再興し、300年ほど前に黄檗宗の寺になり今に至っている。江戸時代の摂津名所図絵にもその偉容が描かれているし、第二次大戦では終戦直前の6月15日の空襲で焼け落ち、昭和25年に再建に取り掛かったもののジェーン台風で倒壊するなど災難に見舞われたものの、地元民からの物心両面の応援もあり現在のような形にまで復興したとのこと。また明治10年に創立された生野小学校の前身は舎利寺そのものが校舎として使われ、教師も住職が兼ねる寺子屋式だったというのも、やはり普通の寺とは一味もふた味も違っている。梵鐘も曰く謂れのあるものらしいし、門の脇に吊り下がっている魚型の木鐸も実にいい表情をしている、などなど、何とか画像を交えて紹介したいのだが、現時点ではMorris.部屋に画像をアップできないでいる。近日中に、ページを独立させたい。
その後、生野アーケード街を通って、寺田町駅にたどり着いたら6時半。ずいぶん歩いたもんだ。
新今宮に出て、動物園まえ商店街のカラオケ鉄板焼き「喜代」へ。梅津さんと会いたいと電話入れたが通じない。韓国、中国人のバイトはそのままだったが、演歌の上手な日本女性がいて、客のリクエストに応じていた。Morris.は4曲ほど(すべて韓国歌謡)歌ったが、やっぱり、知り合いがいないところで韓国語は引けてしまう。適当に切り上げ、ジャジャン横丁へ。掲示板に新世界の版画のコピーが貼ってあり、特にビリケンさんのものなどいい感じだった。連休で若者も多く、「天狗」などでは行列が出来ていた。
ちょっと今ふうの「串屋」と言う店で一杯傾ける。うーーん、今日はMorris.にしては珍しく一人ではしごだ。いい休日だったが、ちょっと飲み過ぎかな。11時半帰宅。

桃谷の児童公園前の猪飼野石碑

懐かしい琺瑯看板

生野循環赤バス、\100

洗濯物干しが香港風

釈超空(折口信夫)の歌碑

じゃんじゃん横町の貼紙(ビリケンさん)
 
2003/05/02(金) ●八十八夜●
今日は「夏も近づく八十八夜」とのこと。Morris.は紅茶には凝ってるが、日本茶なんてめったに飲まなくなったな。飲むとしたらコンビニでペットボトル買うことが多い。キリンの「生茶」が結構気に入ってたが、サントリーの「和茶」もなかなか美味いと思ってしまった。アンチサントリーのMorris.にしては珍しい。
奥井さんと通関、ヴァン詰め、夕方にはとしろう、秋本君らも帰ってきていっしょに倉庫作業。
明日からとりあえず4連休だ。

【誰がためにポチは鳴く】小林よしのり ★★★ 新コーマニズム宣言12である。Morris.はゴー宣には、毀誉褒貶相半ばするという立場で接していたのだが、やっぱり、彼のパワーにはそれなりの評価を与えるべきなんだろうな。「反米」のスタンスだけでも聞くものがある。もちろん、「よしりん」の躁的姿勢に全面同意とは言えないが、共感するところが増加ししてることは間違いない。
たとえば給食の「脱脂粉乳」への怨念は、Morris.も同時代で体験させられているだけに同感できた。本書では著者の個人雑誌「わしズム」の宣伝がメインになってる観もあるが、これにもMorris.はすげーなーという感想を持ってしまった。
しかし、彼の方向がすべて正しいとはどうしても思えない。いわゆる反面教師といった感じの存在なのだが、それなりに面白いのがやっぱりすごいと思う。
 
2003/05/01(木)●初夏登山(^_^;)●
9時起床。いい天気だ。今日から風薫る五月だもんなあ。
昼から灘図書館に寄って、中央図書館で借りてた本返却して、そのまま斉藤宅まで歩いて行くことにした。
海星病院まででも、結構距離があるし、六甲マンションからの坂道ははっきり言って登山道だ。
斉藤さんは仕事に出てるし、津吉は地下のアトリエの整理中。Morris.の目的は、斉藤造園ホームページの格好つけるのと、何とかアップロードすることだった。斉藤さんはケーブルテレビのインターネット接続なのだが、先日行ったときはどうしてもアップロードできなかったのだ。それで、今日は電話で相談することにした。電話はすぐ繋がったが、技術関連の担当者が電話中なので30分後に向こうから電話してくれるとのこと。それで実際ノートPC見ながら電話でいろいろ指導されたが、結局ホストに繋がらない。もしかしたらファイアウォール使ってて、それが原因かもしれないので、一度それをチェックして見てくれということで電話を終えた。このへんのところはMorris.苦手の分野(得意分野なんてあるのか(@_@))なので、NECのマニュアルを斜め読みして、PCGATEという、ソフトがあることを知り、チェックしたが、これは実効になっていなかった。と、なると何が原因なのだろう。いろいろ迷った後に、nortonのアンチウイルスを無効にしてアップロードしたら、すんなり転送出来てしまった。出来れば、なあんだということだが、とにかくも良かった良かったである。
これですっかり、気楽になって、後は、ビールに焼きソバ、イカ刺身、蒟蒻、ベーコンなどいただきながら、TVで阪神巨人戦を見る。嬉しいことに今日も阪神はあっさり逆転。結局甲子園で巨人に3たてをくらわしたことになる。
和田さんも来て、ついつい酒が進んだが、明日は仕事なので、適当に切り上げて10時前に帰宅。
ファピョンさんから、明後日、さんちゃん、パイザさん夫婦と、心斎橋で会おうと言う企画がアップされてた。うーん、さんちゃんとは長いこと会ってないから嬉しい。


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