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Morris.日乘2004年11月 
ここは、Morris.の日記です。読書記録、夢のメモ、宴会の報告、友人知人の動向など、気まぐれに書き付けるつもりです。新着/更新ページの告知もここでやります。下線引いてある部分はリンクしているので、クリックすれば、直行できます。  
今月の標語 

十一月は詩も尽き

Morris. personal calender

【2004年】 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月
2004/11/30(火)●過去散策●

昼に図書館に寄り、習慣みたいにサンパル2Fと3Fの古本屋を冷やかしたが、3Fの大型古本屋「まんよう」が営業はしているものの、いやに空の本棚が目に付く。でかいばかりがとりえの、それほど魅力も無い古本屋だが、無くなるのは嬉しくない。今のところ閉店する雰囲気ではないが、もともとこのフロアはジュンク堂サンパル店で、すごく気に入ってただけに、となりのダイエービルに移転したときには、なんだかがっくりしたものである。
その後、久しぶりに中央図書館に向かうが、今日は元町から北上して県庁から中山手通り、関帝廟に寄り、中山手の熊野神社から宇治川方面に回る。
Morris.が29年前に神戸に来たとき住んだのがこのあたりで、細い路地から狭い石段を上がって、変則的な2階建てのボロ長屋だったが、ここに住んでる間に春待ちと親しくなって、石屋川の仲郷町に移ったのが3年後くらいだろうか。引っ越してほんの半月くらい後に、所要があって、中山手の不動産屋に立ち寄ったら、その長屋はMorris.が出た直後に火事で半焼になったと聞いた。不動産屋の話だと、1階に住んでた親父が酔っ払って寝煙草したのが原因だったらしい。Morris.が住んでた2階はほぼ燃えてしまったらしいから、あのまま住んでたら、危ないところだった。
その後、ずっと近くまで行くことはなかった。もちろん10年前の地震の影響を受けなかったはずもない。今日も路地をうろうろしたが、長屋のあった場所を特定するのはむずかしかった。多分ここだろうと思う場所にはそれなりに今風のアパートが建っていた。
昔からあった浄土真宗の寺にも入ってみる。本堂の脇にそんなふ古いものではないが、小さな石の餓鬼4体が並んでいて、頭の上には四天王ならぬ、花崗岩の塊が置かれていた。すぐ近くに銭湯があって、長屋には風呂なかったから、ここにはよく通ったものである。大倉山公園から中央図書館に回る。今日は韓国関連の本を中心に借りる。2Fのガラスケースから、毎回瞥見するのがくせになっていたマッチラベルが消滅していた(>_<) 何とかあれは、申請してでもじっくり見たいものである。
夜矢谷君が、年賀状持ってくる。郵便局勤務の竹田君のノルマへの協力である。明日からは12月で、そろそろ年賀状のこともかんがえなくてはならない時期になってしまった。今年は読書量が激減してるので、Morris.の年賀状(旧年に読んだ本のタイトルの羅列)はスカスカになりそうだ(>_<)


関帝廟の狛犬??

たぶんMorris.の旧居跡

岩石を支える石餓鬼
2004/11/29(月)●イスンチョル●

昨日は結構飲んだはずだが、ほとんど残っていない。昨日のビデオをVHSにダビングする。思ったよりも音も綺麗に録れている。これならまあ、満足して貰えるだろう。
午後は、KBSの全国ノレチャランと「開かれた音楽会」(以降「開音」)見る。ノレチャランは相変わらずだが、このところ面白くなかった「開かれた音楽会」は、初っ端からイスンチョルが「ファンジェ--皇帝」とかいうバンドを引き連れて「オヌルドナン--今日も俺は」を歌いだした。一昔前の不良っぽさは無くなったが、それでもやっぱりイスンチョルの歌は何か魅力がある。続いて「パラムパラムパラム」のキムポンニョンとチョンスラが登場、自分の持ち歌やデュエットしたあと、若手の登場で、これまた最近Morris.一押しのMAYAが登場。ひさびさに見甲斐のある「開音」だった。途中のクラシック歌手のコーナーは、あっさりスキップ(^o^)、おしまいにヘバラギが出てきたが、やっぱりこのグループはMorris.とは縁なき衆生である。

【宮本常一の写真に読む 失われた昭和】 佐野眞一 ★★★☆☆ 今年の5月に開設されたばかりの「周防大島文化交流センター」は宮本常一の記念館といえるだろうが、ここの眼目が、彼の残した十万点の写真コレクションである。
彼は戦前から写真撮影をしてはいたが、戦災で過去のものは無くし、その後しばらく写真から遠ざかったようで、残された写真はそのほとんどが昭和35年(1960)以降のものである。
本書にはその中から200点ほどをセレクトして掲載してある。メインは昭和30年40年代である、ということはMorris.の少年時代から青春時代にあたるわけで、懐かしさと気恥ずかしさを感じさせるものが多かった。もちろん宮本の写真はそんな懐旧のためのよすがではなく、卓越した民俗学者としての視点に裏打ちされたものばかりである。
宮本常一は写真を芸術などと思ったこともないようで、あくまで記録媒体として使いまくっている。ハーフサイズで72枚撮れるオリンパスペンSを愛用したということからも、彼の志向が汲み取れるだろう。もし彼が今も生きていて現在のデジカメを手にしたら、どれほど喜びまた、どれほど撮影しまくったか想像に難くない。
それはともかく、やはり記録するという行為は大事なことだと改めて思い知らされた。Morris.も最近何となくデジカメ熱が再燃した雰囲気だが、どうも中途半端に過ぎるきらいがある。
その場で画像を確認できて、安価で、実にEASYに撮影できるデジカメの機能にすっかり取り込まれている感じなのだ。シャッターさえ押せば自動的に画像が定着されるというカメラの本質は光学カメラの時代から変わってはいないのだが、あまりの便利さお手軽さが、かえって人々からカメラに対する緊張感を失わせているのではないだろうか。Morris.なんかその典型なのかもしれない。
情報過多というより、無尽蔵なゴミの生産にばかりに汲々としているのではないか。
まあ、本書はそういったことを考えさせてくれた。
佐野眞一のあとがきにある「写真の読み方」への短文が心にしみた。

「読む力」とは、人間の身体の全領域にわたるこれらの能力のすべてを指している。それが本当におとろえているとするなら、活字離れや出版不況どころの騒ぎではない由々しき問題である。
「読む力」というものを少しむつかしく定義すれば、人間であれ、事物であれ、自分と向き合うべき対象との距離を測り、その関係性の間合いのなかに、自分の「立ち位置」を性格にポジショニングしていく能力だといえる。つまり、歴史に規定された自分という存在が、その時空間の奈辺にあるかを感じとる能力である。
すぐれた写真は、それを自ずから喚起する力を内在的に備えている。それを見る者は、自分がどういう時代に生き、その時代とどう向き合ってきたのか、鋭く問われることになる。その写真を見ることによって、自分と世界との間に横たわる目に見えない等高線を感じとり、自分がその等高線のグラデーションのどのあたりに存在しているかを、いやおうなしに実感することになる。
宮本の写真は、一見、懐かしい世界だけを写しとっているように見える。しかし、その写真は、見る者の身体能力のすべてを稼動させなければ本当に読み解くことはできない。一本の流木から相互扶助の精神を読みとり、杉皮が干してあるだけの山村風景から山林労働の全過程を読みとることはできない。
「あるくみるきく」精神から生まれた宮本の写真には、キーボードをたたくだけで、瞬時に「解」が出るインターネットとは対極の世界が広がっている。そこには、歩くことでしか見えてこない「小文字」の世界が、ゆったりと流れるアナログの時間のしわとともにゆるぎなく定着されている。宮本の写真は、われわれがどこから来て、どこに行くかを静かに問うている。
「記憶されたものだけが記録にとどめられる」
宮本が晩年語った言葉だが、宮本の写真から伝わってくるのは、それを反転させた言葉である。
「記録されたものしか記憶にとどめられない」
宮本の写真の底には、高度経済成長期前後の日本人の記憶と記録がおびただしく堆積されている。

パチ、パチ、パチである。しかし、こういった引用をキーボードでちゃかちゃかと打っているMorris.の立場というものも、なんだかへんてこなものであるなあ。

2004/11/28(日)●DITEIES●

7時半起床。
今日はお友だちの大森浩子さん主宰のジャズボーカル教室「Music Bird」の発表会が、西宮白鷹禄水苑の宮水ホールで催された。Morris.は彼女に写真撮影を依頼されたのだが、Morris.は今やカメラといえばデジカメ専門、それもいまどき200万画素の貧弱な機種だから断わるつもりだったが、ボーカル発表会ならいっそビデオの方がいい記録になるんではないかい、ということで、急遽臨時のビデオカメラマンとして出向いたのだった(^^;)
禄水苑は初めてだが、まあ、最近流行りの酒蔵記念館兼販売所兼直営酒場みたいなところで、もともとこういうのは嫌いでないMorris.にとっては、嬉しい会場だった。空いてる時間を利用していくらか見学することも出来た。
ホールは二階にあって、すでにリハーサルが始まっていたが、これまた内装といい、雰囲気といいなかなかいい感じだ。
プログラムを見ると、出演する24名全て女性ボーカルである(^o^)先生が女性だからおのずとこういうことになったのだろうが、ともかくMorris.大喜びである(^o^)しかし先生をいれて25人の女性歌手がジャズのスタンダードを歌うというと、Morris.の昔の歌集『DITTIES--西洋小唄』を思い出さずにはいられなかった。dittyというのは小唄とでもいう感じの言葉で、ジャズの小曲にぴったりの言葉である。Morris.はこの歌集に取り上げた25曲すべて女性歌手のテープを作って愛聴してたから、条件反射的に思い出したのだった。
発表会は三部構成で、バックのトリオのピアノは旦那の大森一宏さん。百席ほどの椅子は満杯で、立ち見の出るほどの客の入り、まあ出演者だけで30人くらいいるから、一人が3人呼べばこのくらいになるんだけどね(^^;)
Morris.は上手の壁際に三脚立てて、こういうときにはもってこいの半魚眼レンズ装着してビデオ撮影。せっかくだから、デジカメを一脚に装着して、本番の写真撮影も片手間にやることにした。しかし3倍ズームでは限界があるし、フラッシュ無しだとISO400にしてもシャッタースピードが1/10秒前後になるので、歌い手がちょっと動くとブレてしまう。それはまあいいとして、2部の途中で、デジカメ撮ろうと、三脚から手を離したとたんにビデオカメラがカタンと下を向いてしまった(>_<)せっかく熱唱していた女性には申し訳ない仕儀になったM(__)m やっぱりビデオに専念すべきだったかなあ。後悔先に立たずである。
出演者は少女から、お孫さんのいる女性まで幅広い年齢層で、歌もむちゃくちゃうまい人から、それなりの方まで(^^;)いろいろだったが、みんな一生懸命で、しかも楽しそうに歌ってるのが一番良かった。ラストは先生の「言い出しかねて」でお開き。
2時間半ほどの長丁場だったが、全く退屈することなく、Morris.も撮影しながらしっかり楽しむことが出来た。なんといっても、女性の晴れ舞台ということで、ステージ衣装も見ごたえ充分。Morris.は特に背中の露出度の高い衣装に目がくぎ付けになってた(@ @)
終了したのが6時前で、せっかく西宮に来てるのだから、中江君に電話して、阪急西宮北口で待ち合わせ。今夜は満月みたいでとても綺麗だったので、駅から撮影を試みたがやっぱり小さすぎる(^^;)
二人で「常夜灯」という地下の居酒屋で乾杯。今シーズン初めての海鼠を頼んで大満足(量には不服)。その後中江君がどうしてもというので、六甲に戻ってレーヴへ。まさみさんでもいるかと思ったが、欠席(^^;)で、そのかわり、何と後からぶんちゃんが登場。Morgan's Barで九州に行っての帰りらしい。
しっかり盛り上がってデジカメ撮影会までやって11時過ぎに帰宅。なかなか楽しい一日であった。


白鷹禄水苑展示室の徳利

大森浩子「先生」

庭に咲いてたほととぎす

Morris.を悩殺した背中その1

Morris.を悩殺した背中その2

出演者記念撮影

晩秋の満月

レーヴママ

別に意味のない記念撮影
2004/11/27(土)●朝高ラグビー

今朝の朝日今朝、西灘の歩道橋から東の海の上に朝焼けが広がり、雲の下から太陽の光が上方に広がって何となく荘厳で綺麗だなと思った。ちょっと前まであった煙草「光」の秀逸なパッケージを思い出す。
としろうらと3人で六甲アイランド、タイ人宅への配達。ソファベッドが大きくて往生させられたが結局、隣のマスターベッドルームに入れることで何とか納得してもらった。
5時に帰宅して録画しておいたペヨンジュンの「PAPA」見る。娘の学芸会に間に合うようにアメリカから飛んで帰ってくるイヨンエが、飛行機が遅れて結局娘はむくれまくり、こういうとき、携帯電話がない時代のドラマというのが良くわかる。ペヨンジュンといえば昨日来日して、ホテルから出るとき、彼を見ようと集まった日本女性10人くらいが押されて倒れ軽症を負ったというニュースで持ちきりだった。
Morris.はうかつにも知らずにいたが、高校ラグビー、今年も大阪朝高ががんばって昨年に続いて全国大会出場を決めていたらしい。しかも大阪の決勝戦関西創価との試合(11/14)は壮絶な接戦だったらしい。りーちさんが某MLで教えてくれたのだが、毎日放送が、この試合のダイジェストをアーカイブで配信している。↓
http://rugby.mbs.co.jp/school/30.html
とにかくこれはほんとにすごい試合だったようだ。こうなると本大会は一度は花園に見に行かなくてはという気になってしまった。

【気まぐれにフリースロウ】山際淳司 ★★★ 1988年発行のノンフィクションでない、長さもテーマもばらばらの短編9編が収められている。どうしても彼の場合スポーツライターというイメージで見てしまうので、小説を書いてもついつい、スポーツに関する部分だけをチェックしてしまう傾向がある。いや、傾向なんかではない、Morris.は彼の小説なんて読むのは初めてだった。スポーツものだって、それほど良く読んでいるわけではない。
本書の前に読んだ山崎洋子もこの山際淳司も、斎藤美奈子の本に出てきてたんだ。うーーん、それほどにMorris.への影響力をおよぼしてたのか、斎藤美奈子おそるべし、なんだが、どちらも、いまいちMorris.向きではない。
本書では比較的長めの(といっても50pくらい)「シティー・サーモンズ」が比較的面白く読めた。都内の不思議なワンルームマンションに住む住民のバスケットチームの話だが、メンバーそれぞれが非現実的なキャラクタぞろいで、まあ大人の童話だね。

私とアキヨシさんは、モノを捨てるということについて話をしていたのだった。皆な、モノ持ちすぎているというのが、私の意見だった。だって、そう思いませんか? 誰の家に行っても、ないものがない。ある必要のないものまである。収納スペースが、あらかじめ作られているマンションに住みながら、昔ふうの洋服ダンスがあったりする。そのなかには、使わなくなってしまったものがぎっしり、つめこまれている。トランクルームには物欲の残骸がつまっている。(「シティー・サーモンズ」)

早死にしてしまったライターだったから、今でも時々彼を惜しむ声を聞くが、やっぱりMorris.には縁なきライターだったようでもある。

2004/11/26(金)●電動歯ブラシ導入●

9時起床。昼から自転車で灘図書館、コーナンに回り、電動歯ブラシ購入。電池式にしようか充電式にしようか散々迷ったが結局BRAUNの充電式にする。数ヶ月前から歯医者に通いだして、結構費用もかかったが、これを機会に歯磨き励行を決心したのだった。しかしこの歯ブラシは替え刃ならぬ、替えブラシの値段が結構高いなあ。それにパッケージがやたら頑丈に出来ていて、開くのに往生した。
夜は録画しておいた「ためしてガッテン」の韓国宮廷料理を手軽にという番組を見る。宮廷料理といっても、松の実粥、チャプチェ、ピビンパといったところだからたいしたもんでもない。松の実や米をミキサーで微塵にするとか、干し野菜の代わりにスライスをオーブンにかけるとか、石焼の変わりに土鍋で焼くとか、手抜きの方法もほとんど誰もが知ってることばかり。わざわざ韓国まで出張っていくまでのことは全く無くて、単なる番組の格好つけでしかなかった。
島田和夫部屋スケジュール更新。

2004/11/25(木)●沖つ白波●

としろうら4人で六甲アイランドの現場に向かったのだが、途中六甲大橋の前方で大きな交通事故が起きたらしく、車の流れが完全に止ってしまった。パトカーや救急車が多数駆けつけて、何やらただならぬ気配。一方通行を逆走して戻って来るバイクに訊いたら、コンテナが横倒しになってるらしい。30分近くたって阪神高速に抜けるラインがゆるゆると動き出したのでそちらから魚崎方面に回り、湾岸線から六甲アイランドに向かうことにした。途中ちらっと事故の現場が見えたが道路脇の壁がコンテナに押されて外に倒れかけている。下手したら海に落下するところだった。つい神戸地震のことを思い出した。
現場へは1時間弱の遅れで到着。アメリカ向けの荷物だが、オーナーはインド人の家族で、途中チャイ(マサラ茶と言ってた)を出してくれた。甘かったがそれなりに美味しかった。
昼食は例によってオーガニック料理「ふれあい向陽」で鶏の香味唐揚げランチでこれも美味かった。
夜はセンターの朝鮮語講座。正式に受講手続きを済ます。今日は信長さんも出席で受講者は8名。個人的にはこれくらいの人数にとどまることが望ましい。
今日は天気予報ニュースが主題で、これは何となく親しみやすかったが、やはり一節を聞いて繰り返すのはまだMorris.には難しい。しかし、これまでの授業と違って「読む書く」より「聞く話す」重視で、単純な繰り返し訓練なので、意外とMorris.向きかもしれない。
このニュースの中で「モンパダ」という単語が出てきた。「モン」は「遠い」、「パダ」は「海」である。日本語でいう「遠海」とはちょっとニュアンスが違うし、天気予報で使われる言葉なので反射的に「沖」という言葉に入れ替えたのだが、金水静先生は「沖」の韓国語訳は「モンンパダ」の反対語である「アプパダ」だと言われた。「アプ」は「前」だから、日本語なら「近海」みたいな雰囲気である。Morris.の電子辞書(古いっ)で「沖」を見たら「ナン(アプ)パダ」となっている。だんだんわからなくなってきた。受講生の中には「沖というのは、海岸からすぐ近くのことだ」なんてことを言う者までいる。こうなるときちんと調べなくては、ということになり、勝手にMorris.の来週までの課題にさせてもらう(^o^)
解らなければ、ネットで質問すれば簡単だ、と思ったのだが、最近はなんでもかんでもネット検索に頼りすぎてることに思い当たり、今回はネット抜きで、自力で調べてみることにした。
Morris.だけの傾向ではなく、社会全般的に紙の辞書の需要が激減してることは間違いないと思う。何しろネット検索は手軽で簡単、速い、詳しい、最新情報が得られるしほとんど無料と、言うことなしといった感じなのだ。特に老眼の進行はなはだしいMorris.世代には、簡単にフォントサイズ大きくできるネット検索の普及は朗報といえるかもしれない。
検索に限らず、商品購入や切符などの予約でも、ネット利用サービスの進出は著しい。本屋の店頭に見当たらない本を買うなら絶対本屋より速いし確実で、カードを使えば、一定価格を超すと配達料も無料になるなど、流通界への影響もすごいと思う。古本業界でもこれに便乗してさまざまな探書サイトがあって、以前なら苦労して探し回っていた該当書を数分で見つけることも可能になっている。まあ、Morris.はなるべく本は買わない主義だし、古本は、やはり店頭で直接手に取らないと納得できない、ということもあって、ネット販売を利用することはほとんどないが、ともかくも、ネット漬け状態にちかいMorris.だからこそ、この状態が必ずしも、いいことだらけではないということもわかるような気がする。
閑話休題。とりあえず、今回の調べものは、まず日本語の「沖」の意味から確定しておく必要がある。これは手許の数冊の国語辞典で簡単にわかる。

おき(名)|沖、澳|[奥と通ズ]1.海上ノ、陸ヨリ遥ニ遠キ処。洋中--- 淡海ノ海沖ツ白波シラズトモ妹許ト言ハバ七日越エ来ム(万葉集十一)---「大言海」
おき【沖・澳】[「辺 へ」に対して、遠く隔たった所の意]1.海・湖などの岸から遠く離れた所。---「大辞林」
おき【沖】岸から遠く離れた所---「明解古語辞典」
おき【沖・澳】1.海・湖・大河などの陸からはるか遠い所---「新潮社国語辞典」


これ以上挙げる必要もないだろう。沖は沖である(^^;)
ついでに研究社の和英辞典で「沖」を見たら
oki 沖 n. the offing; the open sea
とある。
それで、電子辞書の英韓辞典で「offing」を引いたら「アプパダ」になっていた(@ @) しかしこの電子辞書の韓英、韓日辞典には「アプパダ」の見出しは見当たらない。
こうなるといよいよ「アプパダ」を調べなくてはと、韓国民衆書林の「エッセンス韓日辞典」「エッセンス国語辞典(もちろん韓国語)」を見たのだが「アプパダ」の見出しは無い(>_<)
小学館の「朝鮮語辞典」にはあったが「アプバダ=「沖、沖合い」」と、いたって、そっけない。ちなみにこの辞書には「モンパダ」は無くて、「ナンパダ=(海の)沖」はある。
手許の日韓辞典で「沖」を見る。
おき【沖】 ナン(アプ)パダ。水辺から遠く隔たった海上、湖上(Morris.意訳) 「民衆エッセンス日韓辞典」
おき【沖】 ナンパダ 「新日韓辞典(例解)」

どうも、日本語の「沖」と韓国語の「アプパダ、ナンパダ、モンパダ」の関係が良くわからない。とりあえず韓国の天気予報の「モンパダ」は日本の天気予報では「沖合い」というのにあたるのではないかと思われる。
いよいよ、ネットに頼ろうかと弱気になったところで、強い味方が現れた。
ずっと前に買ったまま、ほとんど手も触れずにいた東亜出版社の「ウリマル トドゥムサジョン(国語支え辞典?)」である。この辞典には「アプパダ」も「モンパダ」も「ナンパダ」も見出しにある上に、天気予報での使い分けのことまで明解に記載してあった。(Morris.意訳)

ナンパダ 陸地から遠く隔たった広い海。遠洋、遠海
モンパダ 気象予報で、陸地から20km(東海)、または40km(西海、南海)より外側の海の名称←→アプパダ
アプパダ 1.陸地から見てその目前にある海。2.気象予報で、陸地から20km(東海)、または40km(西海、南海)以内の近海をいう名称←→モンパダ


おお、なんて解りやすい説明なんだ!!これでほとんどの疑問は氷解した。つまり「アプパダ」には、感覚的な意味と、気象情報で規定された厳密な意味があるということだな。ちなみに韓国でいうところの「東海(トンヘ)」は、いわゆる「日本海」のことである。「西海(ソヘ)、南海(ナメ)」も固有名詞の扱いである。韓国では海の位置によって気象情報の「沖合い」の規定距離が違うというところがポイントだろう。
日本語の「沖」は、それこそ感覚的な言葉で、20km、40kmの沖合いだって沖だし、数kmだって、いや場合によっては100mくらいでも使えないことはない言葉だから、韓国語の「アプパダ」でも「ナンパダ」でも「モンパダ」の意味でも使えるというわけだ。
こんなこと韓国語の専門家なら常識なのかもしれないが、久しぶりに辞書を引きまくって、結果的に何とか解決したという爽快感は、いいものである。
これまで冷遇していた「トドゥムサジョン」も、朝鮮語講座受講再開を機に、しばらく携行して使ってみることにしたい。

2004/11/24(水)●創氏改名講座●

今日は夜歯医者に行く日だったのだが、六甲学生青年センターの朝鮮史セミナーと重なってるのに気づいて、歯医者は延期して貰うことにした。
今回の朝鮮史セミナーは3回セットだったが、Morris.は結局最後の水野直樹先生の「創氏改名は強制ではなかったのか?」だけしか受講できなかった。しかし、今日の講座だけでも充分得るところの多いものだった。創氏改名というのは日韓併合後、1940年に朝鮮人の名前を日本名に変える日本帝国主義の政策というくらいにしか理解していなかったのだが、日本の氏と韓国の姓との根本的な差異、そして創氏改名に関する研究の遅れなどいろいろ有意義なことを教えられた。
セミナーの後の二次会は例によって阪急六甲南の「磯」だった。吉美ちゃんと、彼女の長女伽奈ちゃんの担任だった藤原先生も聴講してて、二次会にも参加した。ここでも先生から、講座の中では聞けなかった話もいろいろうかがうことが出来てラッキーだった。センターのセミナーの魅力は、本講座の内容の充実ぶりはもちろんだが、二次会での講師とひざを接しての密着した情報交換にあると思う。朝鮮語講座の古い仲間堀内さんや寺岡さんとも久しぶりに杯を交わしながら、おしゃべりできたのも嬉しかった。
水野先生はMorris.とほぼ同世代のようだが、髭を蓄えてなかなかダンディで、人をそらさない、いい感じの人だった。Morris.は彼の名前だけはよく聞くのに著作を一冊も読んでない。これを機会に是非読んでみることにしよう(^^;)


水野直樹先生、ダンディ!!

「磯」での二次会

「磯」の手洗いの切実な貼り紙(^^;)
2004/11/23(水)●宝塚音楽廻廊●

9時起床。ううっ、かなり酒が残ってる。もともとMorris.はワインはあまり飲まないし、この酒は酔いが残る気がする。
ともかく朝風呂をつかって、JRで宝塚へ。しかしJRだと\650もするぞ。高すぎである。阪急だったら\270だからざっと2.4倍だあ!!民営化されたとはいっても、JRみたいな全国的公共施設が私鉄より異常に高いというのは間違ってると思う。
今日の催し宝塚音楽廻廊は、神戸のジャズストリートの宝塚版みたいなもので、今年が第一回目である。午後1時からのオープンステージでは、宝塚市長(若いっ)らによるテープカットも行われた直後に春待ちファミリーBAND演奏。ここは階段下の広場だが、もろ逆光で撮影にはまるで不向きだった。
しかしお客さんは大勢集まってくれたし、ノリがいい。オープンセレモニーだから20分ほどのショートステージだったが、ぞうさんから、お決まりのフィッシング輪踊りまで、全員がすっかり一体化してた。
午後3時からのステージはワシントンホテル8Fの「ガスライト」で、控え室も同ホテル804号室のツインルームだった。ここに10人が入るとさすがに窮屈を通り越して異常だった(^^;)
3時からのステージも昼の演奏以上にお客さんのノリが良くて、すごくいいステージになった。春待ちファミリーBANDの演奏は、何よりも楽しんでもらうことが第一で、お客さんが盛り上がるのに正比例して演奏も良くなると思う。
5時からは同じ店でMorgan's Barのライブもあったので、これも見る。ひさしぶりに秋本君の熱唱を聴いて改めて彼の才能を思いしらされた。12月5日の楽屋ライブは是非足を運びたい。
そのまま、帰ろうかと思って、阪急乗り場まで行ったが、せっかくだからちょっと散策することにした。しかし、宝塚駅付近はほとんど阪急のビル街になってしまって、昔の町並みはほとんどない。仕方ないので武庫川の川辺の遊歩道に降りて見る。とりたてて見るほどのものもないが、月が綺麗だったので、デジカメを三脚に設置してスローシャッターで撮ってみる。やっぱり3倍ズームでは、ちと苦しい。諦めて川向こうの夜景を撮ってみる。2秒くらいのスローシャッターにすると結構綺麗に撮れる事がわかった。でも大しておもしろいものでもない。いいかげん諦めて帰宅。阪急六甲北の、学生向けの大衆食堂「よしだ」で豚カツ定食食べる。ここは昔からやってる店でボリュームたっぷりである。
帰宅して、KBSの「開かれた音楽会」をアーカイブで見る。先週はモスクワまで出かけての特集だったが全く面白くなかった。今週も前半はずっと退屈だったが、おしまいにダイナマイト姐御インスニが出て3曲も歌ってくれたのですっきりした。特にシンジュンヒョンの名曲「ニムンモンゴセ」の熱唱は特筆物だった。すごい、すごい!!


ツインルームが控え室(^^;)

Morgan's Bar at 「ガスライト」

宝塚、武庫川河畔夜景

【魔都上海オリエンタル・トパーズ】山崎洋子 ★★☆☆ 昭和13年の上海を舞台にしているというだけで借りてきた。90年の発行だからもう15年近く前の作品である。
偶然同じ船で上海に渡った日本女性二人を中心に、満州にユダヤ人の国を建設する計画や、日本軍と中国側のスパイ合戦、ヒロインの一人が孫文の隠し子で、彼女を使った宣伝映画制作など、ごった煮風のストーリーだが、なかなか良く当時の上海事情を調べていると思った。ただし、ほとんど筋立てを披露するといった感じで、登場人物も単なる小道具みたいな使われ方をされているため、物語のふくらみがほとんど感じられない。一言でいえば「杜撰」である。ご都合主義も極まれり、な部分も多く、何度もいうが面白ければご都合主義だって大歓迎なのだが、本書の場合は白けるところが多かった。特におしまい部分のとってつけたような後日談は、完全に作者の手抜きか、構成ミスにちがいない。まるで明治時代のやっつけ小説を思い出してしまった。
本書でも「手をこまねく」表現があったのも、Morris.の印象を悪くしたことは否めない(^^;) とはいっても、とりあえあず最後までそれなりに読めて時間つぶしにはなったのだから、それはそれでよしとすべきなんだろう
2004/11/22(火)●井山家新居訪問●

矢谷君ら5人で茨木ローカルピックアップの現場。9時に現場到着してトラックのバンを開けたら、台車が1台も入ってない(>_<) 昨日はちゃんと入れておいたらしいのに誰かが勝手に取り出して別の現場に持っていったらしい。この現場は横持ちが長く、荷物も家具中心なので台車がないとどうしようもない。ということで、矢谷君が倉庫まで台車取りに戻ることになった。
同じ茨木市内の奥さんの実家への配達は2時からということで、昼休み長めに取って、結局4時過ぎに作業終了。
井山家スタッフ慰労会夜は秋本君といっしょに、井山君の新居訪問。先日の結婚式のスタッフ慰労会という名目で、小谷君、Qちゃん、伊藤君、東京からぶんちゃん、そしてやっちゃんも参加してた。
JR甲子園口のすぐ近くのマンションだが、ここの商店街はなかなかいい感じである。今度来たときはゆっくり散策してみよう。
井山君の新居は1階がカラオケスナック(^o^)の2階で、上はないので、音響的にかなり恵まれた条件らしい。新妻のさいちゃんは、今日は腕によりをかけての料理で歓待してくれた。牡蠣フライ、スペアリブ、耳たぶパスタ、サラダにアスパラ肉巻---etc. でもやっぱり料理より酒がメインになった(^o^) とにかくワイン好きのさいちゃん、ということで、ビールの後は大ワイン大会。結局6本空いたらしい(@ @)
宴が盛り上がったところで式のビデオ鑑賞会。Morris.の役割分担は、どうやらみんなにも満足してもらえたらしい。映像の中でもさいちゃんがワイングラスをくいくいと空けてるシーン続出で、大笑いになった。
しっかり12時近くまで飲んで騒いで最終電車で帰宅。さすがに酔ってる。

2004/11/21(日)●城北公園千林●

8時起床。
昼前に大阪に出て、ソフマップでデジカメ用のメモリや安物の生DVD買う。34系バス守口車庫行きに乗って、城北公園で下車。
旭民商まつりの催しで、春待ちファミリーBAND出演。屋台も出ていい天気なので思ったより人は多い。井山君が私用で欠席のため今日は7人の出演。
しかしこのあたりは大阪の下町で、集まってるおっちゃん、おばちゃん、子供たちまでそろって一昔前の風情である。なかなかいい感じである。
舞台では各地域代表のカラオケ合戦が繰り広げられ、春待ちの出番は20分ほど遅れたが、初めからしっかりのりのりで、観客参加ナンバー中心に1時間のステージを終えた。司会のお姐さんも雰囲気にぴったりで、なんかひさしぶりに野外でのびのび演奏できたような気がする。
帰りは社長と、千林商店街を冷やかそうと、歩いて千林大宮駅に向かったのだが、何故かたどり着いたのは隣駅の太子橋だった。結局一駅だけ地下鉄に乗って、千林商店街を流す。\100のお好み焼き、\50のコロッケ、\100のたこ焼きと、どんどん立ち食いする。さらにクレープまで買おうとするので流石にMorris.は阻止。ついでになじみの古本屋3軒もさっと冷やかす。この商店街はダイエーの発祥地としても知られるが、本当に昔からのイメージをあまり変えずに今日まで続いてる。
実はMorris.は30年ほど前、ちょっとの間だがこのあたりに住んでたことがあり、その頃は毎週のようにこの千林商店街界隈を徘徊していた。いわば思い出の場所でもあるのだった。あの頃はまだ地下鉄通じてなかったもんなあ。


天気もいいし気分もいい

ラストは恒例のフィッシングダンス

ファンの女性とセクハラ社長(>_<)
2004/11/20(土)●はてな市民に●

今日も灘図書館にちょっと寄った以外は一日部屋にいた。20日はパーフェクTVのチャンネル開放日だが、KNTVもほとんど見る気が失せている。結局BGMに439chモーツァルト専用チャンネルかけてしまう(^^;) だんだん中毒になりそうな気配である。これはちょっと恐いものがある。早めに矯正しなくては。
「はてなDiary」に「Morris.ノレ番8090」という日記を登録したことは前にも書いたが、やっと今日で書き込み30日目ということになった。10月5日から始めたから、ざっと4日のうち3日書き込みした計算になる。当初は毎日更新を目指していたのだが、途中で一度ぽしゃってやる気をなくしたところもある。
このMorris.日乘なら、ニ、三日サボっても、後から書き込めばかっこうがつくが、はてなDiaryは時間制限があって、翌日の午前4時か5時までを期限に日記の日付が勝手に変っていくシステムだから、一分でも遅れるともうその日の日記にはならなくなってしまう。
まあ、もともと毎日つけるのが目的でもないし、内容も完全に韓国歌謡中心だから、あれはまあMorris.の韓国歌謡コラムページとして特定すればいいのだろう。
本当はこれまた稲田さんからのサジェストで、Weblogというものをうまく活用すれば、日記と掲示板をいっしょにした形で運用できて、労力軽減ならびに、新しい出会いの場になるのではなかろうかということから始まったのだが、いざやってみると、単にはてなの分だけ労力が増えたことになる(>_<) もちろん、これはMorris.の、はてな立ち上げのやり方に問題があったのだろうし、このMorris.日乘と掲示板「ぐいぐい酒場」への愛着もあって、一気にはてなに全てを移行する気になれなかったというのが本音かもしれない。
はてなははてなで、いろいろアンテナやらキーワードやらトラックバックやらお隣ブログやらで友好の輪を広げるサービスがごろごろしてるようだが、今のところMorris.はまだどれも積極的に触っていない。
とりあえずはてなDiaryを30日間書き込めば「はてな市民」に登録されてキーワード作成やその他もろもろの資格を得ることができるらしい。要するにこれまでは見習い期間みたいなものだったらしい。
今日は昼間にペヨンジュンの「PAPA」、深夜に「美しき日々」をちゃんと見ることができた。「PAPA」では、離れたところの二人が電話の連絡齟齬で、焦燥する場面が出てきた。これは携帯電話が普及する前のメロドラマの常套手段だ。「美しき日々」では、携帯は常時使われるが、今回は男の方がわざと不在設定にする小技を見せたりしてた。またプレゼントにMP3プレイヤーを選ぶあたりが、お国柄だと思った。もっとも、この「美しき日々」はチェジウが相変わらず煮え切らない性格だし、イジョンヒョンは相変わらず気持ち悪いし、Morris.一押し男優だったはずのイビョンホンが、全くいいとこなしの役まわりで、はっきり言って、いいかげん見るのやめようかとさえ思ってしまう。まあ、惰性で見るんだろうけどね。

【文学的商品学】斎藤美奈子 ★★★★ わあーーい、久しぶりに彼女の本が読めるぞおーっ。と勢い込んで借りてきた。初出は99年『i feel』という紀伊国屋書店のPR雑誌に連載されたもので、それをもとにほぼ3倍に増幅したと書いてあるから読み応え充分ぢゃ。
なんか斎藤美奈子本というと、Morris.は浮かれてしまう傾向にあるなあ。それくらい楽しませてくれる著者であるし、本好きにしかわからない同好の士という気持ちもあるし、何てったって彼女の切り込みの鋭さと突っ込みの深さと、お茶らけと読者サービス満載の文章の冴えを思えば、読む前からMorris.が浮き浮きしてしまうのもむべなるかなというべし。である。そして、本書もMorris.の期待を裏切らなかったのさ(^o^)

本書の定義はタイトルにもあるとおり「商品情報を読むように小説を読んでみよう」ということで、日本の現代文学がモノ(消費財)をどのように描いてるかを考察したものである。

モノから小説を読む---こうした試み自体は珍しいものではありません。小説に出てくる食べ物やファッションや音楽に注目したガイドブックのような本も、多数出版されています。
本書がそれらとちがっているとすれば、モノの抽出が目的なのではなく、「モノの描かれ方」に関心があるということです。リンゴではなく、リンゴを描いたデッサンの、たとえば鉛筆のタッチを見てみようってことですね。
神は細部に宿るといいますが、小説のおもしろさも細部に宿っています。それを見つけるコツは、まず「ゆっくり読む」ことです。そして、できれば「何回も読む」ことです。一回目はストーリーを追っかけながら一気に読んで、それから気になったところ、読み飛ばしちゃったところをパラパラめくってじっくり読み返す、という感じかな。

ふーーーむ、例によって簡にして要を得た達意の文章だなあ。Morris.もできるだけ彼女のご託宣にしたがって本書を読んでみることにしたから、めちゃくちゃ引用も多くなるので、覚悟のほどをm(__)m
本書の商品は9品目が並べられている。

アパレル泣かせの「青春小説」
ファッション音痴の「風俗小説」
広告代理店式「カタログ小説」
飽食の時代の「フード小説」
ホラーの館「ホテル小説」
いかす!「バンド文学」
とばす!「オートバイ文学」
人生劇場としての「野球小説」
平成不況下の「貧乏小説」


各章の見出しのつけ方一つとってみても、うまいもんである。これだけで半分わかったような気になるMorris.だった(おいおい(^^;))
各章のはじめに、そこで取り上げられる小説の一覧があるのだが、うーーん、やっぱりMorris.の読んでる本は極端に少ない。これは彼女の処女作「妊娠小説」と、「文壇アイドル論」に通じるところがある。この2作は斎藤作品の中ではちょっとMorris.は及び腰になったと思う。ということはこれはちょっとヤバいのかも-----と思わずにいられなかった。
でも、それは杞憂に過ぎなかった。というか、本書の中で取り上げられた作品を読んでたらもっと楽しめたところも多かったかもしれないけど、やっぱりこんなの読まなくてすんで良かったという作品も多かったわけだった(^^;)
手始めに最初の青春小説の章から引用を始めよう(^o^)

20世紀は、そもそも装飾性から機能性へと、衣服の役割が大きく変化した時代でした。衣服だけではありません。ことばからも装飾性が剥ぎ落とされていきました。美文、技巧、大げさな比喩、描写過多、ことばの綾。懲りすぎたレトリックが「悪い文章」として槍玉にあげられるのは20世紀に特徴的な文章イデオロギーです。ヨーロッパでも、20世紀に入ったとたん、アリストテレス以来の伝統学問、修辞学がにわかに没落してしまいました。近代化とは美から機能への価値転換だともいえます。凝った技巧的な文章で、明治30年代まで業界の主流派だった「硯友社」系の文学(尾崎紅葉や小栗風葉はここの出身。荷風は硯友社のメンバーだった広津柳浪の弟子筋にあたります)が廃れるのは、こうした世界的な流れとも無縁ではないはずです。
服もシンプル・イズ・ベスト。キンキラキンなのは嫌われる。
日本の場合はこれが「内面重視」の(日本でいう)自然主義文学と結びついて、基本的には今までずっと続いてきたといってもいいでしょう。(外面を取り繕う)服の描写なんぞにウツツを抜かしていないで、「人間の内面性」をきっちり描きなさい。現代の青春小説といえども、そうした歴史的呪縛から完全に自由とはいえないのかもしれません。


別に奇をてらってるんじゃなくて、彼女の論の進め方はまっとうすぎるくらいにまっとうなのに、かえってそれが斬新に見えてくるくらいのもので、こうやって引用していくとMorris.の指がとどまるところを知らなくなるので青春小説はここで止めることにする。

次の風俗小説として取り上げられているのは「失楽園/渡辺淳一」「女ざかり/丸谷才一」「宴のあと/三島由紀夫」「細雪/谷崎潤一郎」「舞姫/川端康成」「恋愛太平記/金井美恵子」の6冊だが、羅列した順序に点数が高くなるということにとどめておこう。引用は無しである。ヨカッタネ(^^;)

次のカタログ小説は本書の核をなすもの、といって内容的に充実してるというわけでなくて、本書自身が「カタログ評論」とでも言うべきもので、つまり本書はこの章で入れ子状態になってるわけだ。つまり、この章の「カタログ小説」を「カタログ評論」に置き換えれば、本書の実態までが明確になる。見出しそのままを入れ替えて引いておこう。
・カタログ小説/評論は雑誌文化が生んだジャンルである
・カタログ小説/評論はポピュラーな商品しか扱わない
・カタログ小説/評論の神髄は「わかった気分」にさせること
・カタログ小説/評論は「一人一品」の物語/論考である
・究極のカタログ小説/評論は「女のカタログ」である

うーーむ、ずっとうまく当てはまってたのに、ラストの「女のカタログ」というところが、ちょっとひっかかってしまったなあ。しかし本書でもこの部分だけは何となく的外れと思えるから、削除しちまおう(^^;)

お次はフード小説。小説の中の食べ物がやたら性や肉体に結びつけられがちなことを説いたあとで、その理由として語られた部分。

小説の食べ物がメタファに傾きがちなのは、もっと素直に、ふつうに、おいしそうに食べ物を描写するジャンルはほかにあるからだ、ともいえましょう。内田百閨A池波正太郎、檀一雄、東海林さだおら、日本には「食味随筆」というジャンルが確立されていますし、食べ歩きのガイドブック、グルメ評論、レシピを満載した料理本、さらに雑誌を開けばそこいらじゅうに食べ物の紹介記事が載っている。これだけ食に関する活字の情報が(ビジュアルの情報も)あふれている以上、文学はぶんがくにしかできないことをやるのだ、という固い決意が生まれる。そして暗喩はもっとも手軽に「文学らしさ」を演出する方法なのです。

鮮やかな面取りだな、これは。この気持ちよいくらいの一刀両断ぶりには、惚れぼれするなあ。
そして村上龍が、ああだこうだと薀蓄を垂れ流した文章を並べた後に、とどめをさすような一文。

これはいわゆるひとつのアフォリズム(警句)っていうやつです。ブイヤベースと勇気が、肉と夢が、デザートと恋愛がひとつに重なった状態。
こいつをさらにとろ火で煮詰めていくと、おそらくどんなフード小説も同じ結論になるはずです。すなわち「料理とは人生である」あるいは「人生とは料理である」。食べ物部門と人生部門が癒着した状態。こういうのは通俗的な人生論好きの読者にはたいへん喜ばれます。しかしなんとありがちな結論でしょう。比喩に頼った小説はなべてこういう風になる。ミもフタもないことをいっちゃうと、文学は暗喩から腐っていくのです。


どうだ、参ったかぁーー、って、別に彼女が言ってるわけではないんだけど、なんとすごいオチではあ〜りませんか(@ @)
しかし、この美奈子嬢ですらお手上げ、というか、あきれてものも言えない状態にさせたのが南條竹則の『満漢全席』の一節だったようだ。

  料理というより、まるで光そのもの、水そのもの、火そのものを食べているようであった。
  美食という言葉からはほど遠い、究極の自然がそこにはあった。
  美味しかったが、美味しい、と一言では片づけられない、哲学的な、あるいは祈りそのもののような味があった。

こうなるともう、どんな味なのやら、何がいいたいのやら、さっぱりわかりません。
メシぐらい邪念を捨ててマジメに食えっ! といいましたけど、料理を暗喩に変えて人生を語るのと、料理とマジメに対峙してわけのわからぬ抽象的な形容をつらねるのと、どっちが望ましい対処の仕方であるのか。これはなかなかむずかしいところです

この章の結びの文章なのだが、おしまいの句点「。」が抜けているのも彼女のうろたえぶりを表してるのか、さらなる深謀遠慮なのかMorris.の窺い知るところではないが、ともかくフード小説と呼ばれた時点で、小説家側の敗色濃厚だね。

ホテル小説の章はMorris.が、元来ホテルとは縁の薄い人間であることに鑑みて省略させてもらおう(>_<)

いかす!「バンド文学」はもちろん「いかす バンド天国」通称「イカ天」のギャグなのだが、今を去ること十数年前、わが春待ちファミリーBANDもこの番組に出演したことがあるという事実をこの場を借りて公言しておこう。
「音楽小説」でなく「バンド文学」としたところがミソでもあるんだろうが、Morris.は元から漫画や小説で音楽を扱うのは、音そのものが聞こえないからこそ、すっごく有利だと思ってた。だからミュージシャンを主人公にした漫画なんて星の数ほどあるんだろうし、その分画家を主人公にした漫画が少ないのは、書く(描く)となるとかなり絵の自信がないと手がけられないと思う。まあ人気の違いも大きいだろうけどね。
ところが、美奈子さんは「バンド文学」は、音楽を実感させるものと規定して、歌詞、それもオリジナルな歌詞に目を向けてしまっている。これは彼女には珍しい見当違いのような気がする。
「新宿鮫/大沢在昌」や「われらの時代/大江健三郎」をバンド文学と捉えるあたりの芸コマぶりも、わからないではないが、やっぱりどこか、ぶれてしまってると思う。もちろん彼女はその辺のところに全く気づいてないわけではない。

バンド文学に歌詞がそのまま出てくるのも、この方法の応用だといいえます。ただし、ここにも落とし穴があって、せっかくの歌詞も「夕焼け小焼け」や「うみは広いな」のように既知の曲でない限り「音を聞く」というより「詞を読む」感じになってしまう。換言すれば、私たちはことばに「意味」を読んでしまうのです。『新宿鮫』や『ゴッド・ブレイス物語』に出てくる歌詞も、音として「聞け」ばさほど気にならないのでしょうが、詞として「読む」と「声に出して読みたくない日本語」に見えちゃったりする。そこが詩と詞のちがいです。楽曲という衣をはぎとられ、生身の形でさらされた歌詞は、意外に無防備なものなのです。

彼女お得意の皮肉もちょっぴりだが、それもここではちょっと空振りのようだ。
ただ「小説の中で文学はバンドが下手なほど音楽性が高くなる」という見出しがあって、芦原すなお「青春デンデケデケ」(Morris.未読)を取り上げてるが、ここは、嶽本野ばら「ミシン」を是非俎上にあげて欲しかった、と、切に思ってしまった。時期的に無理だったかな。

オートバイにもMorris.はあまり縁が無いので、すっ飛ばそうとしたのだが、オートバイ小説の章はなかなか読まされるところ多い章だった。

オートバイ小説の原点はこの「ひねり技なし・そのまんま」感にこそある、とまずはいっておきましょう。「ひねり技なし・そのまんま」は、けっして悪口ではありません。文学とは比喩的表現を駆使すべきジャンルである、と誤解している人がよくいますけど、そんなのはどうだっていいんですね。右の二つの文章(山川健一「ライダーズ・ハイ」)は、少なくとも安易な比喩には頼っていません。絵画でいえば(というのも比喩表現ですが)、これはデッサンかスケッチにあたります。デッサンにごまかしは効きません。文章だってその点は同じなのです。

オートバイから「比喩でなく」にもっていくあたりは、まあ平凡といえなくも無いが、オートバイ小説=俳諧論となると俄然おもしろくなってくる。

そうそう、オートバイ文学は別の面でも俳句の伝統を受け継いでいます。というのも、オートバイ文学のハイライトはツーリングにあるからです。
あるときは都市を駆け、あるときは四季折々の季節感を織り込みながら国内を旅するオートバイ小説は、ディスカバージャパン・ノベルでもある。これが花鳥風月を重んじる「吟行」でなくてなんだろう。カワサキの広告に使うべきだと申し上げた『彼のオートバイ〜』の冒頭部分をもう一度読み返してください。非常に俳句的、であはりませんか? 夏草や、バイクをとめて、にぎりめし、とかね。

うふふ、くすぐり入ってますね。おしまいの「バイ句」なんかも、わざとベタベタに本歌取り(換骨奪胎)腰折れの大サービスってところかも(^o^)
最後には人馬一体というか、人車一体となってしまった、一人称形式のオートバイ小説、丸山健二の『見よ 月が後を追う』を挙げて

さあ、マシンがしゃべれば、乗り物に目鼻のついた『機関車トーマス』まではもう一歩です。

という、とんでもないはげましの言葉を投げかけるのも、余裕だね。

そしてMorris.も好きな野球ということになるのだが、Morris.は実は野球小説は前からあまり好きじゃないのだった。
でも本書を読んだおかげで山際淳司の数冊と、ビートたけしの「草野球の神様」くらいは読みたくなってしまった。

え、なぜタイガースばかりが優遇されるのかって?
それは仕方ないですね。プロ野球小説の世界ではジャイアンツは完全な悪役です。常負の弱小チームが常勝チームを敵に回して死闘をくりひろげる---映画であれ小説であれ、それがあらゆるスポーツの物語の常道です。ごく大ざっぱにいえば、野球小説の王道は読売ジャイアンツではなく阪神タイガースの世界を描くことにある。1985年や2003年のお祭り騒ぎを思い出せばわかるでしょう。巨人が優勝してもニュースにしかならないが、阪神が優勝すれば歴史的な事件になる。小説の世界も同じです。

これは常識なんだが、常識でもこういうことをはっきり書いていただくと、阪神ファンとしてはやっぱり嬉しいものである(^o^)

痛快なチームの物語と、哀愁を帯びた金網物は、一見正反対に見えます。しかし、これらは表裏一体の関係にあると考えるべきでしょう。金網の内側でボールを追っていたころが輝いていたからこそ、金網の外の人生が哀愁を帯びる。ここに野球そのものとは関係のない「場外でのドラマ」が書かれる理由があります。日本人は「敗者の美学」を好むのです。だいたいまあ、日本人は「敗者の美学」を好む傾向にあるとはいえるかもしれません。『平家物語』しかり源義経しかり『忠臣蔵』しかり新撰組しかり特攻隊しかり全共闘しかり。
一見痛快なチームの物語の数々も、じつはちゃんと哀愁が仕込まれています。へっぽこ草野球チームといい、阪神タイガースといい、だめチームには必ず哀愁がある。


むむむ、やっぱり野球小説は常識で〆るしかないようだね。

いよいよラストの貧乏小説にまでたどりついたよ。これは本書書き下ろしらしい。
日本文学に独特な私小説と、そのまま貧乏を描くことがメインのプロレタリア小説を嚆矢として、私小説の「トホホ感」、プロレタリア小説の「怒り」を対照的に捉えながら、根っこにある共通点=書くことの聖別化を揶揄し、それでも、貧乏小説の集大成ともいうべき『ホームレス作家/松井計」への一種のオマージュで本書全体の結びとしている。

『ホームレス作家』が読む人の心を動かすとしたら、「事実の重み」ゆえではなく、「事実の描出」に優れているからです。そして、優れた作品は、必ず「パンの描き方」に秀でています。なぜ「書くこと」で人は困難を乗り越えられるのか。感情をぶつけられるからではなく、冷静に客観的に自己と周囲を観察する機会になりうからじゃないのかな。その意味でも、表層の表現はけっして枝葉末節ではないのです。

ここんところなんか、光晴のリアルに関する一文を思い出させるなあ。
やっとおしまいまでたどりついた。ふーっ。
あとがきで、自分のことを「血中文学濃度の低い私」と書いているが、もしそうだとしたら、Morris.なんか血中文学濃度なんか無いに等しいんでないかいと思ってしまったよ(^o^)
いやあ、それにしても、楽しませて貰った。次作を首を長くして待ってるよお。

2004/11/19(金)●Firefox導入●

モリス亭のPC問題は一応の解決はみたというものの、現在メインで使用しているhigashi3号は長野のhigashiさんからの委託マシンでもあるし、来年早々にも新機種導入を考えているので、あまり新しいソフトのインストールなどはしないようにしている。
しかし、ぐいぐい酒場で稲田さんから紹介のあった、新しいブラウザFirefoxは、興味津々で、即インストールしてしまった。
Morris.は、もともとネスケファンで、このMorris.部屋も3年近くネスケ付属のHPソフト一本で制作していたくらいのものだった。それが、ご存知のとおり、ネスケが身売りして、いまやIEの寡占状態になってしまったため、泣く泣くIEを使わざるを得ない状態にあった。
そんな時に、軽量で高機能なブラウザのニュース、それもネスケの系列のスタッフが作ったもの、しかも無償という話だから、飛びつかないわけはない。
インストールは簡単だし、現在使用中のIEのbookmark(お気に入り(^^;))も、自動的にインポートしてくれる。このブラウザの特長詳細は専用HPに任せるが、今のところMorris.にとって一番いいのはタブブラウズ機能というもので、要するに複数のサイトを同時に簡単に開くことができる機能で、これはネスケの7にも似た機能があったが、Firefoxのものはこれをおっそろしく拡充したもので、複数のページをホームページとして登録できるし、一度に多数を開いたり閉じたりできるらしい。
簡単にいえばメールボックスと掲示板と日記とMorris.部屋トップをホームページとして登録しておけば、最初からこの4部屋が開かれた状態になってるということだ。特にメールと他のページを同時に操作できるというのは便利そうだ。
ともかく、しばらくは使いながらいろいろ試してみることにしよう。
IEというか、MS寡占状態の現況がウイルスの頻発を招いていることはまちがいないだろうから、少なくともこういったブラウザの多様化が、ウイルス攻勢を弱めるひとつの力になることは間違いないだろう。
ただ、さっきKBSのアーカイブ放送を見ようとしたができなかった。プラグインをダウンロードすれば解決するのか、それとも、セキュリティなどの理由で拒否してるのかは不明である。

2004/11/18(木)●妹役はMAYAだった?!●

矢谷君ら5人で東灘のスイス向け荷物のピックアップ。見積もりより荷物が多くさらに実家への国内便やゴミ引き取りもあって、結局夜8時近くまでかかってしまい、えらく疲れてしまった。今朝はえらく肌寒く、昼前から雨も降って、いよいよ冬遠からじって感じがした。
Yahoo配信の韓国ドラマ「ボディーガード」は全22話らしいが、すでに17話まで見てしまった。内容的にはマンガだといいながら、結構はまってるMorris.だが、主人公の妹ギョンミが、何と歌手のMAYAだということをはじめて知った。あの「チンダルレッコッ」のMAYAだが、こんなに飄軽で演技がうまいとは思っても見なかった。実はこのドラマのテーマソング「クーラゲ--Coolに」がかっこいいので、ネットで検索したら、妹役のMAYAがテーマソングも歌ってるなんていう掲示板の書き込みがヒットしたのだった。

【昆虫写真マニュアル】海野和男 ★★★★ フィールドフォトブックというシリーズの1冊で、89年の本だから当然デジタルカメラではなく光学一眼レフのための昆虫写真のマニュアルである。光学カメラとは最近まったく無縁のMorris.なのだが、本書から教えられたことは多かった。なんといっても昆虫写真の第一人者というか、空前絶後の人だけに、多数収録されている写真見るだけで、ほーっと溜息つくばかりだった。
最近は彼もデジカメを多用して、先般岩波ジュニア文庫でやさしいデジカメ自然撮影入門みたいな本も書いてるが、やはり本書のようにしっかりした機材と、技術を駆使しての基礎があるからこそ、デジカメもちゃんと使いこなせているということがわかる。
Morris.とは無限の隔たりがあるが、それなりに参考になることがたくさん書いてあってありがたかった。

【ミシン2/カサコ】嶽本野ばら ★★★ 前作「ミシン」の続編ということになるらしい。本書だって150pくらいの薄さだから、初めから1冊で出したら良かったのに、というのは、読者側の勝手な要望で、本人もまさか続編になるとは思ってなかったのだろう。前作ラストで、ミシンはカサコによって、ステージで撲殺されたことになってたもんな(>_<)
しかし、今更ロートレアモンから、主人公の名を取るあたり野ばらの趣味が良く出てると思う。
荒唐無稽ぶりが野ばら作品の魅力なのだということからすると、やはり本書は不徹底なものではないかと思う。オリジナルの歌詞も、前作の「ロリータdeath」の方がはるかに良かった。

2004/11/17(水)●相楽園菊花展●

8時起床。いい天気である。朝から2本目のテープ作成して昼から三宮に出る。三宮図書館に寄って、ぷらぷらと相楽園へ。11月は菊花展を兼ねて、ハッサム邸の中も見ることができるらしい。とはいっても、この異人館というのは仔細に見ると大して面白いものでもない。
となりの厩舎の方がよほど風情があって面白い。
面白くないといえば、この菊花展というのも、出品者は丹精こめて、仕上げているのだろうが、どこで見ても大差ない。期間中の土日祝日は夜8時までライティングしてるらしいから、そのときに行ったらまだ見所があるかもしれない。
蘇鉄の植え込みを通して大きな楠の木をシルエットにして夕陽が沈むところを数枚デジカメに収める。これは結構気に入った。この楠木は市民の木だと書いてあった。
花隈公園からモダン寺に回る。最近モダン建築づいてる、とはいうもののモダン寺とはあまり関係ない。本願寺というのはところどころにこんな変てこな建物をたてる趣味があるらしい。築地の本願寺別院をこの前初めて見たが、あれにはちょっとぶっ飛んだもんだ。こちらのモダン寺はそれに比べるとこじんまりしてるし、Morris.としては前の方が良かったような気がする。もっとも、細部はすでに忘れている。
夜はTVで日本-シンガポールのサッカー見る。1-0で日本が勝ったものの、またまた見所のないゲームだった。


菊花展近影

蘇鉄の間から覗く一本楠

いい趣味とは言い難いモダン寺
2004/11/16(月)●エントリー忘れ(>_<)●

気10時起床。昨夜の歌い過ぎでちょっとのどがかれているがたいした事は無い。
昼からやっと井山君の結婚式のビデオ整理始める。いやしかしどうしたもんだろう。つい調子にのってだらだら撮影したものだから二次会まで入れると4時間近い(>_<) これを2時間のVHSにまとめるとなると半分近くカットしなくてはならない。VHS2本にしたら楽ちんなのだが、それはそれで長尺過ぎて扱いに困るだろう。
ともかく全部をPCのHDDに落とすことにした。当然のことながらこれだけでリアルタイム4時間かかってしまう。不要な部分をいくらかカットして9トラックに分けてmpgファイルに落とす。トータル7GBである。ほんとなら、これを一般家庭のDVDプレイヤーでも見られる形に変換できたらいいのだが、これが今のところモリス亭では難しい。
結局このmpgファイルをPCでチェックしながら、ビデオカメラからVHSにダビングしていったのだが、これもなかなか手間がかかるものである。夜は歯医者に行ったりしたので、どうにかこうにかVHS一本仕上げたら午前零時近かった。結婚式テープはたいがい両家用に?2本いるので、もう一本作らねばならない。編集したテープからダビングすれば簡単なのだが、VHSからVHSにダビングしたのでは画像の劣化がひどいので、やっぱり明日もう一本作ることになりそうだ。こういうことを考えると、やっぱりDVDなどデジタル録画環境を早く確立する必要を感じるな。
ところで、恒例のRIKI(KBS韓国ラジオ日本語放送)主催の年末韓国歌謡コンテストがそろそろ開催されるよな、と思って、RIKIのサイトみたら、があーーーん、11月15日昨日が締め切りだった。よく考えると年末ではなく、放送開始記念日12月1日に放送される催しだったんだ。Morris.は一昨年巻田さんに教えて貰って、初めて応募してソンデグヮンの「ネパクチャ--四拍子」でバラエティ賞を獲得、調子にのって去年はペイロの「シントブリ--身土不二」で連続受賞を果たし、今年は何を歌おうかとはりきっていたはずなのが、肝心なところが抜けてたわけだ。
最近はKBSといえばアーカイブで、ノレチャランやら歌謡舞台やら開かれた音楽会やらと、アーカイブのTV番組ばっかり見て、ラジオはすっかりごぶさたしてたもんなあ。よく考えると、これはラジオ番組聴取者の歌謡コンクールなんだから、ラジオ番組をほとんど聴いてなかったMorris.が参加すること自体が間違いといえるかもしれない。という意味もあって、来年はもう少しRIKIを聴く機会を増やしてしっかりエントリーすることにしよう(^^;)

2004/11/15(月)●ネットアーカイブ三昧●

11時起床。だんだん起きる時間が遅くなってる(^^;)
別に昨日のカラオケの余韻を楽しむというわけでもないのだが、ネットでKBSアーカイブの「チョングッノレチャラン」の先週と今週の2回分を続けて見てしまった。さらにYahoo動画サービスに「Bodyguard」の16話から22話(最終回)までがアップされてたので2回分見る。結局4時間たっぷりネットのアーカイブ漬になってたことになる。
夜は夜で6chのたけしのTVタックルで「近くて遠い国…韓国」という特集があったのだが、一向に話がかみ合わないし、内容の無い番組だった。「ハングル語」という言葉をしつこく使ったり、10日ほど前の日記にも書いた「韓流--ハンりゅう」も頻発。これはわざわざ「ハン」「りゅう」と「カタカナ+ひらがな」表記で字幕で出されていたから、番組としては韓国語と日本語を組み合わせた造語というつもりなのかもしれない。どちらにしてもあまり関心はできない。

2004/11/14(日)●ソウル家ノレバン三昧●

10時半起床。昼から昨日の井山君の結婚式の写真を整理して、アルバムページを作る。ビデオ撮影がメインなので、デジカメでは撮りきれてない場面が多いのでビデオカメラ撮影中の静止画保存したものも取り混ぜてとにかく格好をつけたが、春待ちファミリーBANDや春野由利さんの画像がなかったり、集合記念写真は左側が切れてるとか、問題もあるが、まあよしとしておこう(^^;)
ソウル家ママ(左)とファピョンさんと夕方ファピョンさんから電話で、久しぶりに会おうとのこと。今里の「ソウル家」7時集合。
先客は中年女性二人で、60年代の歌を中心に熱唱していた。Morris.は最初から飛ばしすぎだったかもしれない(^^;)
結局11時半まで粘ったから、40曲(^^;)くらいは歌ったのではなかろうか。ファピョンさんは、始めはおとなしめだったが、後半は徐々にピッチをあげてきた。先客は1時間くらいで帰ったので、後はほとんど二人でやりたい放題。店のママとアジュマがうまい具合に合いの手入れて、乗せてくれるので、カラオケボックスよりはいい気分で歌えたのだろう。こんな店が、もうちょっと身近にあればいいと思ってしまったのだが、ある意味ではこれでいいのかもしれないね(^^;)
ただ、ここのリモコンが不調で何度ボタンを押してもマシンが反応しないのには困った。まあ直接マシンのボタンを押せばいいのだけどね。ということで、結局、大阪駅零時過ぎの電車で帰宅で、ひさびさの午前様になった。

2004/11/13(土)●井山君結婚式●

8時起床。朝風呂つかって、昼前に大阪桜ノ宮に出る。
今日は井山明典、才村昌子結婚式である。式場は帝国ホテル横のOAPビル1Fのアートコートギャラリー。ここは新婦昌子さん(以下さいちゃん)が親しくしている画廊で、彼女の作品も展示されたりしてるらしい。とにかくお洒落なスペースである。
Morris.は当然のごとくビデオ係を受け持つことになっている。控え室ではさいちゃんがメイキャップに余念がなかったが、やっちゃんがしっかり付人になっててきばき仕事してたのでびっくりした。妹のひろぽんも黒のドレスアップですっかり見違えてしまう。二人ともあっという間におとなになってしまったんだな、とMorris.はあらぬところで年月の流れを噛みしめさせられてしまったよ(^^;)
今日は社長が九州で仕事のため欠席で、小谷君が司会。まあ、どちらもプロ並みだから心配ない。
受付ではパンフレット代わりに「東天満新聞」という二人の紹介号外や、古いアルバムからピックアップした写真集など配布された。
それからの2時間は、結婚式というよりライブ会場みたいだったが(^^;)二人の性格を反映した楽しくも華やかな式になった。
二次会は天満の「フラット・フラミンゴ」という店で、ここは2階、3階が会場になっていて、ライブは2階で行われたので3階にいた出席者はちょっと勿体無かった気がする。でも、身内がミュージシャンだらけということもあって、けっこう出演の段取りには神経使う必要があったかもしれない。二次会にはぼんちのおさむちゃんも来てて、ワンダフルワールドやスタンドバイミーを自作の日本語詞を交えて熱唱してくれたのでちょっとびっくりした。さいちゃんの知り合いらしい。
帰りに「レーヴ」に立ち寄る。三人娘がいるかと思ったが、サリーちゃんと堀姉は披露のためパスで、ほとんど皆勤賞のまさみちゃんだけがいた。最近のMorris.には珍しくビールを重ねたが、たいした事はないと思う。
二次会へは、桜ノ宮橋から大蔵省の造幣局に沿っていったのだが、途中えらく素敵なモダン建築にぶち当たってしまった。このところちょっとモダン建築づいてるのでこれは見逃せない。正門に回ったら堀川小学校と書いてある。おいおい、これが小学校かよ、と、どぎもをぬかれるくらいの重厚で素晴らしい建物である。もちろんデジカメに収める。もうかなり暗かったが三脚さえあれば何とでもなる。
帰宅してこの堀川小学校を検索してみたが、よその県の同名の小学校ばかりだった。今度は明るいときに見てみたいものだが、小学校となると、うかつに入ると、警察が飛んできそうだな(^^;)


井山君とさいちゃん

これが小学校だなんて信じられない。立派過ぎるう

れきとした大阪市立堀川小学校。北区東天満2-10-7
2004/11/12(金)●押入整理作戦●

昨夜拾ってきた押入たんすというか安物のプラスチックチェストなのだが、これを機会に前から気にはなっていながらほったらかしになっていたモリス亭の恥部の一つである(他にもあるのか(^^;))押入れの整理に取り掛かることにした。
モリス亭はいちおう鉄筋ビル3階ということになっているが、間取り調度などは全くふた昔前の文化住宅そのもので、まあ、ある意味そこが気に入ってるわけなのだが、たたみ部屋(6畳)の押入れは1間半あって天井までの袋戸棚を入れると3段になっててけっこう広い。それをいいことに中段の半分をパイプハンガーで洋服箪笥代わり(といってもほとんどシャツばかり(^o^))にして、その下段はこれまた拾ったりもらったりしたプラスチックの衣装ケースを積み重ねて整理箪笥として使用。それ以外はもう、言語に絶するぶち込みで、隙間にどんどんものを突っ込んでいくから収拾不能状態に陥ってた。今日は意を決してほとんどすべてをいったん外に放り出して、不要品は処分することにした。いらないといえばいらないものばかりだが、やっぱり捨てるに忍びないなどと逡巡したすえ大き目のゴミ袋2つ分作ったらかなりすっきりした。問題は押し入れ箪笥の置き場所で、押入れのふすまは3枚で、変におくとふすま一枚開けただけでは引出しが使用できなかったりする。結局下段の中央に押し入れ箪笥というやや変則的なレイアウトになったが、引出し6つ増強は相当の威力を発揮して、とりあえずすっきりして、さらに、余裕の空間が出きるくらいになった(^o^) ダンボール箱の中身の整理と上段の袋棚は、後日にまわすことにした。ふすまのたてつけがかなりひどいことになってるが、これを修理するのはちょっと骨がおれそうだ。
ヒアカム関連で知り合いになった、豊岡消防署でレスキューやってるRYUJIさんの日記に、先月の台風レポートが掲載されている。新潟地震でちょっと影がうすくなった感のある、台風浸水災害だが、当日のレポートを読むと本当に大変だったんだなということが良く分かる。特にレスキューという立場上、自宅の床上浸水にも戻れなくて、家族に迷惑かけてしまったり、緊急現場での不眠不休の救助活動など、貴重な記録である。小さいながら胸に迫る画像もあって、是非一読をおすすめする。
豊岡といえば、今年の3月に矢谷ドットコムの遠征に同行して一泊二日のライブ観光をして大いに気に入ったうえ、両日ともにRYUJIさん本人にすっかりお世話になったところだけに、なおさら心がいたんだ。
ところでRYUJIさんと書いているが、彼はサイト内でのハンドルは別にあって、それがパイオツ・カイデーというものだ。ハンドルは勝手気ままにつければいいし、いつも言葉狩りには文句垂れてるMorris.なのだが、こういった真面目な記録を紹介するときにこのハンドル名だと、当人を知らない赤の他人が見ると、おちゃらけの記事だと思われてしまいがちだ。身内や知り合いだけのやりとりなら全く問題ないが、ネットで一般公開ということになると、見ず知らずの人が大部分なわけだから、ハンドルにあまりインパクトあるものやおちゃらけなものをつけるのは、考えものだと思う。今回の台風の記事などは、特に内容が真面目で意義あるものだけにもったいないと思ってしまうMorris.なのだった。
島田和夫部屋スケジュール更新。


モリス亭押入整理直前(>_<)

整理直後(^o^)

とりあえずこれだけのゴミ

2004/11/12(木)●朝鮮語講座再入門?●

10時起床。昨夜はDVDのテストしたり、Yahoo配信の韓国ドラマ「Body guard」を2話分見たりして(これでもう12話まで見た)夜更かししたので、遅起きになった。「Body guard」はどんどん漫画の道を突っ走っているが、そう割り切ってしまうとそれなりに楽しめる。
雨の一日である。今月からSTARdigio新登場の「モーツァルト」専用チャンネルをBGMにする。クラシックは良くわからんMorris.でも、モーツァルトともなると、けっこう知ってる曲が多いし、やっぱり何となく素晴らしい(^^;)ので、これはこれでいいチャンネルだと思う。
夜は六甲学生青年センターへ。今日から朝鮮語講座上級篇ニュース聞き取り講座が始まるので、見学を兼ねて受講することにしたのだった。信長さんは先日雨の中のバザーで転倒して打ち身のため欠席だったし、今日の出席者は4,5人と少なめだった。先生のキムスジョン(金水静)さんはまだ若い。「好きな男性はペヨンジュンです」という自己紹介にはちょっと驚かされたが(^^;)韓国女性にしては珍しくおとなし目のタイプのようだ。
KBSの短いニュースを教材にして、聞き取りとシャドウイング(文節を聞いてそのとおり発音する)を中心に授業を進めるとのことで、今日は初日だからと文章のプリントと単語集が配布された。前回までこの講座はシナリオを読む内容だったらしいが、Morris.にはニュースの方がまだましだと思う。ドラマは勝手に自宅で見る方がよい。今日の教材は、パリでの最近の食事の傾向などについてのものだった。
月に2回の講座ならそれほど負担にならず続けられそうだ。いちおう今日は保留にして、次回受講してから申し込むことにしよう。
ただ教材ニュースをカセットテープで流すのは時代遅れの感が否めない。特にセンターのラジカセは図体が大きいばかりで性能はいまいち、というか、もうすでにポンコツに近い状態なのが問題だと思う。MDにしたら、頭出しや繰り返しなど操作が簡単なので切り替えるべきではないかと思った。
帰り道、大型ごみの中にプラスチックの押し入れたんす(2×3段)があったので拾って帰る(^^;)

2004/11/10(水)●春待ちDVD化難航●

としろうら4人で芦屋のシンガポール向け荷物のプレパック。
昼はひさしぶりに「楓林」に行こうと思ったら、水曜日休みでとなりの「もっこす」でラーメンセット。やっぱりここのは平凡である。
夜は見るともなく日米野球見る。どうもこの対戦にはあまり関心が沸かない。しかし日本は連敗中らしい。今日はクレメンスの最後の試合になるかも知れないと騒いでたが、Morris.にとってはどうでもいいことだ。それより岩隈が近鉄のユニフォームでの最後の登板ということで、ついつい応援したくなる。結果的には岩隈好投で日本が初勝利をあげた。
その後、先日HDDに保存した春待ちファミリーBANDライブ映像をDVD化しようと、やってみるがどうもうまくいかない。外付けのDVD-Rドライブに生DVDディスクを入れてるのに、「すでに記録されたディスクが入っています。新しいディスクを挿入してください」という指示が出る。ディスクを数種類換えてみてもらちがあかない。結局断念。m2pファイルのままでデータを記録することはできるので、データディスクを2枚作る。これなら30分くらいで記録できる。これだと市販のDVDプレイヤーで見ることはできない。PCでならたいてい見ることができるから、古いVHSの春待ちビデオもとりあえずm2pファイルで保存しておこうか。

2004/11/09(火)●神戸レトロビル有名どころ●

7時起床。朝風呂つかって、午前中は先日のハイボールライブをHDDに保存。あたりまえのことだが、しっかりリアルタイムで2時間かかりこの間、higashi3号は他の用途に使えない。HDDからさらにDVD-Rに焼くのは今日は諦めておく。
昼から自転車で三宮図書館へ。久しぶりにダイエー6階のジュンク堂を冷やかす。やっぱりサンパルにあった頃のジュンクが好きだったと改めて思った。本の数はほとんど同じだろうし、今の店はベンチなどおいてあって、客は座って本を読めるようになっているのだが、Morris.は本屋では立ち読みしかできない。
それから元町方面に回り、神戸港界隈のポピュラーなレトロビルをちゃかちゃかとデジカメにおさめてみた。三井商船ビル、神戸郵船ビル、海岸ビルヂングなどである。
途中おまわりに不審尋問されてしまった。Morris.の自転車は以前盗難にあって、西区の方に放置してあったのを警察が見つけて届けてくれたのだが、そのとき後の泥除けに貼っていた名札がはぎとられていて、そのままになっているので、いかにもMorris.が盗難車に乗ってるふうに見えるのだろう。これで2回目である。早急に名札を貼っておこう。
海岸ビルヂングの隣に海員組合のビル(これはレトロではない)があり、そこが沈没船の記念館でもあるらしいので入ってみる。2階が展示室で、といっても、壁に沈没した船の金属写真パネルがあり、模型が数隻ならべられているくらいだったが、職員のおじさんがえらく親切に説明するのでしばらく話を聞いていた。1階の壁には元のビルの入口の一部が埋め込んであった。昭和50年代に取り壊しになったらしい。
海岸ビルヂングは完全にテナント雑居ビルになってて、3階まで上がってみたが中は割と殺風景である。
その後海岸沿いに税関に回る。
途中神戸タワーと海洋博物館をバックに夕日が沈むところで、シャッターチャンスと思ったがいまいちロケーションが良くなかった。
税関は以前は良く仕事で立ち寄ったが、今は摩耶埠頭の税関を利用しているので久しぶりだ。数年前にいまえらく流行してる建築家が増改築して以前の風情はかなり殺がれてしまったが、正面の風貌だけはかろうじて以前の面影を残している。Morris.は入口の階段の不思議なカーブが前からお気に入りだった。
帰り道磯上公園脇の日之出屋食堂で夕食。Morris.好みのすきみはなくて、普通のマグロの刺身をたのむ。これはこれで美味しいのだが、すきみの方が安くて、味もあちらの方が好ましい。


日本郵船ビルディング

旧兵庫ホテル

三井商船ビル堂々の貫禄

海岸ビルヂング

海員組合2F沈没船記念展示場

記念に残されたゲート部分

歩道橋からの眺め

港の夕暮れ、いまいち

最初の神戸税関(模型)

税関中庭から増築部分を望む

この階段のカーブが愛しい

お馴染みの神戸税関

【人はなぜ「美しい」がわかるのか】橋本治 ★★★★ ちくま新書250pくらいの本書を読むのにたっぷり1週間以上かかってしまった。もっともこの本だけに時間取られていたわけではないのだが、普通の新書なら一日二日くらいで片付くはずだ。
カバー耳の吊書きに「源氏物語はじめ多くの日本の古典文学に、また日本美術に造詣の深い、活字の鉄人による「美」をめぐる人生論」とある。編集部が書いたのだろうが、あんまりではないかと思ってしまった。
橋本治はMorris.より一つ上だが、同世代の書き手の中で一番共感を覚える存在である。大島弓子論の入った少女漫画論「花咲く乙女たちのキンピラごぼう」が出た時点でMorris.は完全に恐れ入ってしまい、その後のさまざまな著作(小説を除く)にはたびたび感嘆させられてきた。
本書でもMorris.は此処彼処ではたとひざを打ったり、目からうろこが落ちたり、だから勝てないんだよなと合いの手入れたりと忙しい思いをさせられた。
ゴキブリ、一本グソの美から、夜の台風嵐の美、枕草子と徒然草の比較美学論、そして眼目の孤独論にいたるまで、橋本ぶしが横溢している。Morris.を裨益するところのこんなに多い本は久しぶりだった。
しかし、Morris.の読書の基準といえば「面白い」か「有用」かの両極しかなくて、「面白くてためになる」という講談社の戦前からのお題目を一歩も超えるところ無しということになる。漢字で言えば「娯楽と啓蒙」(^o^) その意味でも橋本著作はこの両方の基準を満たしてくれるものが多く、ご贔屓にならずにいられないのだった。本書はどちらかというと啓蒙の書という意味合いが大きいようだ。結局貧乏性のMorris.は、読書による有用性に重きをおいてたわけだ。啓蒙書って要するにノウハウ本のことだもんね。

「美しい」とは、「合理的な出来上がり方をしているものを見たり聴いたりした時に生まれる感動」です。私はそのように思い、そのように規定しますが、これは別に、私一人の勝手な思い決めではないでしょう。

なかなかにオーソドックスな導入である。しかし、これは単なるご挨拶にしか過ぎないことは、Morris.にだってわかる。

私も夕焼けを「美しい」と思います。それでは夕焼けはなぜ「美しい」のでしょう。そして夕焼けのどこが「合理的」なのでしょう?「合理的な出来上がり方をしているものは美しい」のであれば、夕焼けだってもちろん「合理的」であるはずですが、一体夕焼けのどこが「合理的」なのでしょうか?
太陽が西に傾いて、昼間真上にある時よりも、その光が地球を取り巻く大気の中を通過する時間が長くなると、波長の短い青の光は途中で拡散して、波長の長い赤の光だけが地面に届くようになる----それで、西の空は赤くなって「夕焼け」になる。つまり、空気の中を光が斜めに通過すればその光の赤が強調され、真っ直ぐに通過すれば、赤が強調されずに青くなるということですね。


Morris.はこの合理的な夕焼けの説明には、はーっ、なるほどと感心してたのだが、これももちろん否定されるための説明に過ぎない。

人間はある時、この「時間がかかる」を、「人間の欠点」と思うようになりました。「欠点だから克服しなければならない」と思ったのです。それで、「時間がかかる」を必須とする「人間の技術」を、機械に移し換えようとしたのです。産業革命以降の「産業の機械化」とは、この事態です。

産業革命の本質をこれくらい単純かつ分かりやすく定義した文章を知らない。

中等教育は「生意気になる」を必須としてしまいますが、人をこのまま放置すると、ろくなことにはなりません。一生を勝手な思い込みで過ごすだけになってしまうからです。野放しにされた勝手な思い込みが、「自己顕示欲」と言われるものです。あまりいいことではないにもかかわらず、なんで現代日本には「中学生や高校生のまんまの大人」が氾濫しているのかといえば、この時期が「個性の発達を促す」という名目で、「自由」が奨励される時期だからです。

Morris.のことをいわれているようだ。

台風を「こわい」と思う人間はどこかにいるだろうけれど、現実に対する責任を全部他人に預けたまま、台風の空に「美しい」を発見してしまった私には、それを「こわい」と思う理由はありません。台風に対して「関係ない」というポジションを獲得してしまった子供の私は、台風をただ「美しい」と思うだけです。

ほとんどMorris.も同じである。

なにしろ『徒然草』は、「退屈で退屈でしょうがないから一日中硯に向かって、心に浮かんで来るどーでもいいことをタラタラと書きつけてると」です。パソコンに向かって、一日中意味もないメールを打ち続けているようなもので、その結果は「あやしうこそものぐるほしけれ」--つまり、「わけの分からないうちにアブナくなってくる」です。「書きたい」という衝動はあるけれど、「書くこと」がない--それを前提とする人間の書いたものが、どうして「おもしろい」になるでしょうか。なるわけがありません。

Morris.のことを言ってるのにちがいない。

「影響を受ける」というのは、「落とし穴に落ちる」と同じです。落とし穴に落ちるのは簡単です。うっかりしていれば、すぐに落ちます。落ちたら、落とし穴から出なければなりません。出るのには「努力」がいります。影響を受けたらその影響を払拭する努力をしなければなりません。それをしないのは、「カッコいいと思った人間の真似をして、自分もカッコよくなったと思う」と同じです。これをもっと酷い言葉で言えば、「自分の存在が醜くなっているのに気づかない」です。

そんなにMorris..は醜いのか(>_<)

兼好法師は、日本で最初に登場した、「中流的で平均的な日本の中年男」でしょう。「美しい」が分からないわけではない。「美しさ」への自負心もある。その「知識」だけはあって、でも気がつくと、いつの間にか「美しい」とは遠いところに来てしまっている。だから、自分が「美しい」を分かるのかどうかが。根本で危うくなりかかっている。

どこまでもMorris.バッシングがつづいているような----(^^;)

どういうわけか、「美しいが分かる人」は、敗者なのです。勝者、あるいは強者になりたかったら、「美しいが分からない」を選択しなければならない--どういうわけか、世の中はそうなっている。「そんなもん選択したって、ちっともおもしろくないじゃないか」と私は思いますが、どういうわけか、世の中はそうなっているのです。そう思って私は「人はなぜ"美しい"が分かるのか」をテーマにした本を書きたいと思いました。思ってすぐにやめました。「書いても一般性がない」と思ったのです。「それを書いて、またへんな風に"敗者"のレッテルを貼られるのなんか真っ平だ」と思ったのです。

歯医者はたいてい勝者なんだろうなあ(^o^)

気障な言い方をすれば、私は根本のところで「世界は美しさに満ちているから、好き好んで死ぬ必要はない」と理解しています。

「愛情というのは介入しないことか……」です。介入しないで保護して、その相手の中に「なにか」が育つのを待つのが愛情か--と思いました。

かくして、「孤独」というものを発見した近代は、センチメンタリズムという美意識を生みます。つまりは「やるせなさ」で、この言葉をじっと見ていると、日本人の実際性がありありと分かります。「やるせない」は「遣る瀬ない」で「舟を渡す場所がない=手段が見つからない=無能」だからです。「センチメンタル=心理的(メンタル)なものを感じる(センチ)」が「無能の美」になってしまうなんて、実際性の限りではありませんか。


Made in Japanの、「もののあはれ」、無用者の系譜につながるものなんだろうか。

「孤独」は、「個の自覚」の別名です。「孤独」を存在させなかった前近代の社会は、「個の自覚」をあまりひつようとしませんでした。そんなものより、「制度社会」というシステムに従うことの方が重要でした。制度は個を不在にする。不在にされた個は寂しがる--だからこそ、前近代の制度社会の中に、孤独はひっそりと生まれます。生まれて、それを「孤独」として発見されることを待っています。つまり、「孤独」は、「個の自覚」を必要としない制度社会とは対立するものなのです。

・孤独とは「個毒」なる哉冬隣り Morris.

二十一世紀初頭の日本社会の混乱は、官僚の腐敗と経済の不振を歴然とさせたまま、「古くなってしまった政治」をあぶり出します。古くなってしまったのは「政治」だけなのか? なんだってこんなにも「一蓮托生」的にみんなが一続きになってだめになってしまったのかと言えば、相変わらず我々が「近代国家」の中にいるからです。「近代なのになぜ国家を作らなくちゃいけない?」という矛盾が、ようやくあらわになってしまったのです。

この部分だけはちょっとヘボ筋に見えるのだが

「自立」は、近代が発見した、「孤独」の新たなる後継者です。「自立」に「孤独」はつきものです。そして、「自立」は本来、「孤独」の以前にあります。なぜならば、「孤独」とは、「要請された自立」の別名でしかないからです。スタート地点に「自立」があり、その後に、プロセスとしての「孤独」がある。それが分かりにくかったら、「人は自立を要請され、要請されてもそう簡単には達成出来ず、どうしたらいいか分からない内に孤独になる」と考えればいいでしょう。「孤独」が「孤独」のまま自己完結してしまっているのは、その初めとなる「要請された自立」という前提が忘れられているからです。


これは「じゅずつなぎ思考(cf「バナナブレッドのプディング」by大島弓子)」の一種ではなかろうか?

個人的には、「世界は美しさで満ち満ちているから、好き好んで死ぬ必要はない」と思う私は、それを広げて、「世界は美しさに満ち満ちているから、"美しいが分からない社会"が壊れたって、別に嘆く必要もない」と思います。それが、「美しい」を実感しうる人というものの、根源的な力なのだろうとしか、私には思えないのです。

本書の結びのことばである。この開き直りっぷりもいいなあ。Morris.も一票(^o^)

2004/11/08(月)●バチもんカード●

10時半起床。
昨日の四天王寺ワッソの写真の整理をする。80枚ほど撮ったうち半分ほどを選んでアルバムページを作る。最近なんだかやたら、このての作業をすることが多い。今更デジカメに熱中してるというのも変なものだが、例の赤い三脚買ってから、ずっと持ち歩いているので、せっかくだから使いたくなってしまうのだろう。昨日は一脚も持参して、ワッソはほとんどこれで撮影したのだった。あれくらい天気がよければ手持ちでもまず問題ないのだろうが、ちょっと暗くなったり、望遠モードだと、これがあるなしではえらい違いになる。などといいながら、デジカメ画像を見直したらそれほどいい出来でもない。初めからHPサイズを想定してさつえいしてるからか、変にこじんまりした写真が多くなってるようだ。ちょっと反省。
午後、灘区役所へ。11月から国民健康保険証がカード型になるから、取替えに来るようにとの葉書もらったので行ったのだ。何でもカードになる時代ではあるが、Morris.はなるべくカードなしですませたい方である。それで今日もらったのはえらく貧弱なカードだった。あまり厚手のプラスチックカードも嵩張るし使い勝手が良くないが、この保険証カードは裏面こそコーティングしてあるが表面は単なる紙で、ぺらぺらである。せめて両面コーティングしてもらいたい。それ以上にひどいのがデザインで、いや、これはデザイン以前の問題である。単に項目をずらずらと活字で印刷してあるだけ。コンピュータで刻印されるJRの切符みたいな感じである。手渡す職員が「無くしやすいので注意してください」と言ってたが、そういうくらいなら、もうちょっと目立つデザインにするなり、素材などに考慮すべきではなかろうか?開業医の通院カードだってこれよりはましだと思う。

2004/11/07(日)●四天王寺ワッソ●

8時半起床。ほぼ快晴である。昨日ネットでワッソの大まかなプログラム見て、11時半から座席整理券を配布するとあったので、とりあえずその時間に間に合うように出ることにした。
灘図書館に寄って、返却期限過ぎてた本を返してから森ノ宮へ。
日生球場は工事中で塀を巡らせて中は見えなくなっていた。整理券の受付には500人くらい並んでいたが、30分くらいで受付できた。中央部分は招待席で両端を数ブロックに分けて配布されて、席自体は自由席で、それほど込み合うことも無くMorris.は中ほどのそこそこの席を確保できた。
キムドクスのオープニング演技で、とっぱなから盛り上がった、4年ぶりのワッソだが、天王寺で開催されたときより、広くてゆっくり見ることが出来る。メインのパレードは、道路の行進が無いだけにちょっと変な感じだったが、それでも入場者の前を満遍なく回るので撮影もしやすかったようだ。
ただはじめの方がゆっくりめの進行で、時間がおしてしまい、後半は早足になったようだった。韓国の男優キムジェオンが、若い王の扮装で登場したときには、50人くらいの追っかけ軍団が大騒ぎしていた。
真剣にサムルノリを観戦(^o^)するこどもたち一部が終わったところで、屋台地域で酒盛り(^^;)していたらしい、巻田さん、そらさんのグループと落ち合う。しかし、すぐお目当てのキムドクス公演が始まったので、挨拶もそこそこに舞台の方へ。そらさんは今夜もFMわぃわぃの本番があるというので、途中で帰らなくてはならないらしい。もったいないなあ。
とにかく、Morris.はキムドクスの名前だけは散々聞かされてたが、実際に見るのは初めてだったが、いや、もう、これは素晴らしかった。とりあえず、座席一番前のところまで前進して、しばらく見たあと、こっそり柵を越えて舞台下の砂利に座り込んで、かぶりつきでデジカメ撮影しながら、演奏と踊りを満喫した。
散打もすごいけど、やっぱり本場のトップはものすごい。一番前の座席で真剣に演奏を見てた建国小学校の二人の女の子のまなざしが良かったので、逆光だったが2枚ほどデジカメに収める。
祭の終わったあと、巻田さんとパク先生と3人で、屋台で買った蛸や肉のパンチャンをアンジュにトンドン酒をいただく。それから、天満までタクシー飛ばして、久しぶりに「玉一」に行くことになった。10年くらい前に行った覚えはあるのだが、ほとんど記憶に無くて、天神橋商店街の洋品店のおばちゃんにたずねたら、すぐ教えてくれた。かなりおなじみらしい。ただ、最初に入った店は支店だというので、あわてて出て、すぐ近くの本店へたどり着いたら、パク先生のご贔屓の店だということがわかった。
いずれにしろ店構えからして良さそうな店だ。先生はここのアグチム(鮟鱇鍋)が絶品だと言うが、Morris.は釜山で、このアグチムにはちょっとえらい目にあったことがあるので、今日は勘弁してもらって、カムジャタンを頼むことにした。パク先生によるとカムジャタンは、もともと下々の料理で学生が食べるものだったとのことだが、美味ければ上下の区別なんかありやしない。ここのカムジャタンは、Morris.の好きなケンニプ(エゴマの葉)が山のように乗っけてあり、それだけでまず感動したが、味付けが最高!!だった。もちろんジャガイモ(カムジャ)にその味が染み込んでたまらんなあ、もう。骨付肉もほとんどはスープの中に落ち込んでるのだが、Morris.はいやしく骨をしゃぶりまくってた。結局半分以上Morris.がたいらげたと思う(^^;)
この店の店員は韓国からの留学生がほとんどらしく、若くて意気のいい女性が多かったが、中でもマサン(馬山)から来ているイジョンヒョンさん(テクノ歌手で「美しき日々」でも歌手役やってるイジョンヒョンと同名)は、顔だちも性格もしゃっきりして気持ちが良かった。
まだ早い時間だったので、仕上げはノレバンしかない(^o^) ということで、駅近くのジャンボカラオケ広場へ。UGAという通信カラオケでMorris.は初めてだったがそこそこ韓国曲も多く、MAYAの「チンダルレコッ」が入ってたので早速歌ってみたが、まだまだだなあ。結局ここで1時間半歌っていい気分で帰宅。
ワッソ(と二次会)の模様はワッソアルバムページをつくったので、そちらを見てください。

2004/11/06(土)●韓流はハルリュ●

午前中は矢谷君と六甲アイランドのオランダ向け荷物のピックアップ。客はセレッソ大阪のフィジオセラピスト(何する役ぢゃ??)とのこと。それはともかく、実に見事に整理整頓された現場で、やりやすかった。
午後からは近場のとしろうらの現場のヘルプ。こちらはインド人で、やたら装飾品が多く、奥さんが梱包にいろいろ口出しするのでやりにくいこと。
5時前に倉庫に戻りバン詰して、帰りはバイトの井上君の車に便乗して三宮で、サンチカの中古LP、CDバーゲン冷やかすも買うものはない。隣の本屋で「SAVVY」の女性のための韓国特集を立ち読み。なかなかリキが入っているし、「韓流」ブームは相当なものと思われる。ただ、記事はいろんな人の寄せ集めで、写真も、デジカメあり、まともなものありで、良く言えばバラエティに富んでる。ただし韓国茶特集ページのお茶の写真はおそろしいくらいの汚さで、よくまあこんなの使うな、と思ってしまった。
明日は四天王寺ワッソだが、天気は大丈夫なようだ(^o^)
今日昼間のペヨンジュンの「PAPA」録画失敗してた。テープが入ってなかった(>_<) 深夜の「美しき日々」は新潟地震の救済番組のため中止になったようだ。
Yahoo配信の「Bodyguard」第8話を見る。ストーリーは全然だが、可愛いこちゃんのナヨンより、男勝りの女性ボディガードユジンの方が魅力的に思えて来た。彼女が、やけになってベッドの上でラジカセに合わてガナるシーンがあったのだが、その曲が何とMAYAの「チンダルレコッ」だったのには驚いてしまった。
ところで「韓流」は日本語なら「かんりゅう」だが、韓国が「ハングッ」で「流」の韓国語読みは「リュ」だからか、わざわざ「ハンリュウ」なんて発音するアナウンサーがいたりする。韓国語では「n」と「r」の接続はややこしいところがあって、ここは「ハルリュ」と発音すべきだろう。「halryu」って感じかな。まあ、あっさり「かんりゅう」と言った方がましなのかも(^^;)

【海はあなたの道】森まゆみ ★★★ 著者は73年にワークキャンプで韓国に行ったことがあり、それから25年行かずにいたというから、最初の韓国体験はあまりかんばしいものではなかったようだ。
その後、99年に女友達とパック旅行でハンジュンマクに行ったり、学生の旅行に同行したりもしている。そのときのこともちょこちょこと出てくるが、本書の大部分は2002年3月の10日ほどの旅の記録である。
ソウルナムサンの元朝鮮神宮の址を訪ね、永楽保隣院(孤児院)、全州の東山農場跡、木浦の共生園、知異山の隠れ里めいた青鶴洞、晋州城跡、慶州のナザレ園、大邱のサヤカの里、慶北、聞慶郡の朴烈の故郷と金子文子の墓、文子が青春時代を過ごした芙江、広州ナヌムの家そしてソウルと、10日間にしては、忙しいくらいに色んなところを回っているし、それも、観光地とは縁のない、社会福祉施設や、思想犯の墓など、かなり意識的な旅だったことが知られる。
同行の写真家ミーヨンの多数のモノクロ写真がそれなりに土地の空気や、訪問先の人物の人柄を捉えている。
副題に「越境のKOREAN/JAPANESE」とあるが、どうも彼女のいう「越境」という概念がMorris.には理解できなかった。
84年から刊行している東京の地域誌で培った取材能力は遺憾なく発揮されているらしく、10日間で200pもの紀行文は評価できるだろうが、Morris.の韓国への志向とは、見事にすれ違っているようでもある。

2004/11/05(金)●自祝\(^o^)/6周年●

今日は奥井さんと一日倉庫作業。40フィートコンテナ荷物の検査とバン詰でへろへろになってしまった。
Morris.部屋6周年祝いに駆けつけた?オオスカシバ昼休み、バンの上にオオスカシバが止まってるのを見つけて、あわててロッカーからデジカメ引っ張り出して撮影する。透明な翅を持つ蛾はそう多くないが、中でもこのオオスカシバは前からMorris.の心を捉えていた。梔子などの花の蜜を吸いに訪れる姿は良く見かける普通種だが、天蛾共通の飛翔中は、撮影、特にMorris.のデジカメクラスで撮るのはほとんど不可能に近い。それが、今日はかなり弱ってるのか、ほとんど動かない状態という絶好の撮影チャンスだった。
こんな機会はもうそんなにないだろうと思う。
Morris.部屋「Morris.in Wordland」は今日で開設6周年を迎える。topページのタイトルマッチラベル画像のデザインもオランダの女性マリア・シビラ・メーリアンの描く天蛾の一種を借用している。このオオスカシバはMorris.部屋アニバーサリーのお祝いとして登場したのだということにしよう(^o^)
ついでに言えば、今日はMorris.の誕生日でもある。ゾロ目好きなMorris.の五十五歳である(^^;) 「人生五十年」を本気で信じ込んでいたMorris.だから、「余生」を5年も消費したことになる。充分生きたと思う。いつ死んでもかまわないが、今日はやめとこう、という伝で継続している状況である。
いつもなら、記念に何か更新するのだが、今年は仕事が忙しかったのと、KBSのアーカイブで韓国歌謡番組見たりするのに忙しくて、何も更新できなかった。
代わりに、先月から始めた、「はてなダイアリー」のMorris.ページを公開しておこう。日記のタイトルは「ノレ番Morris.8090」(>_<)わかる人にはわかるだろうが、韓国歌謡中心の日記である。携帯専用のページもあるので、興味ある方は覗いてみてください。
http://d.hatena.ne.jp/morisakikazuo/mobile
メールや、掲示板でお祝いメール送ってくれた皆さん、ありがとうm(__)m
今夜は歯医者に行って、前歯7本通しブリッジを装着された。えらい物入りだったが、自分へのBAIRTHDAY PRESENTということにしよう。社長には及びもつかないが、これまでのMorris.の前歯とは別人みたいである。しばらく故意に歯を見せて笑う習慣をつけよう(^^;)

2004/11/04(木)●丹花茉莉●

としろうら6人で宝塚のアメリカ向け荷物ピックアップの現場。今日は朝からまさに「悪魔も遠慮しそうな」晴天だった。だいたい、11月3日はいわゆる「特異日」で、異常なくらい晴天が多いということになっているが、今年は一日ずれたのかもしれない。
アメリカの大統領選は、結局ブッシュが再選されたようだ。ケッ!!であるが、別にケリーが勝ってたら良かったという意味ではない。
コップの中の「茶中花」。手前の球が茶葉夜になるとかなり寒くなるいわゆる放射冷却なのだろう。
こんな夜はお茶でも飲もうと、先日ますみちゃんからもらった中国茶をはじめて飲んでみることにした。「丹花茉莉」と書いてあり、中には直径3cmくらいのお茶の球が6個入ってる。きっとこれがお湯をそそぐとふわっと開くんだろうと想像がついたので、以前斉藤さんからもらった大き目のロックグラスに入れてお湯を注いだ。おお!!予想通り球が解体して広がっていき中央に糸で繋がれた花が浮かび上がる。茶葉は茉莉花の葉つまりジャスミンティで、花は千日紅らしい。昔懐かしい水中花を思い出した。これは「茶中花」だね(^^;) 味は、まあ単なる茉莉花茶と変りはない。見て楽しむお茶ということだろう。今度誰か遊びに来たときに振舞うことにしよう。
11月21日(日)に春待ちファミリーBANDがゲスト出演する「旭民商まつり」のポスターが、主催者側の小森さんから送付されてきた。A2版のちゃんとした印刷物だが、これにMorris.が前にデジカメで撮影して切り抜きバックをグレイにした写真が使われている。普段は100万画素でしか撮らないのに、これはいちおう200万画素で撮ったものだが、ほぼB5サイズにまで拡大してあるのでかなりアラが目立つ。たしかにこういった使い方をするためには最近流行りの400万画素や600万画素がものをいうんだろうな。でも、めったにそんな機会もないだろう。また今度、小谷君の一眼レフデジカメできちんと撮影させてもらっとこう。

【朝鮮民族を読み解く】古田博司 ★★★
 「北と南に共通するもの」と副題にある。95年のちくま新書だから一昔前の作ということになる。筆者は東洋政治思想史専攻で、6年ほどソウルに住んで日本語教師などした経験を持ってるらしい。もともと北朝鮮おたくっぽいところがあったと、自分で書いてるだけに、本書でも南北双方への目配りがあり、Morris.の知らない方面の言及が多く、それなりに裨益するところ多かったような気がするが、面白かったとはいえない。
金日成、金正日親子の政権移譲、北朝鮮体制への肩入れが鼻につくということもあるのだろうが、それ以前に、どうも著者の対人姿勢がMorris.と肌が合わないということかもしれない。
ヤンバン(両班)的気風から、労働や商売を賤しむ傾向があることは知っていたが、店を意味する「カゲ」が、「仮家」に由来する言葉だということは知らなかったし、たかりの構造を醸成するシステムのことでも教えられることがあった。
「野遊会」が単なる行楽でなく、高麗時代の野辺のたまよばいの祭の残滓であるなんて説も興味深かったし、相互扶助というか、一対一の労働交換方式である「プマシ」が日本の義理といかに違うかの考察もなるほどと思わされた。
しかし、やっぱり、面白くないものは面白くないので、これはやっぱりどうしようもない。
Morris.も行ったことのある河回マウルの仮面劇に出てくる劇中歌(数え唄)を引用しておこう。

一(イル)に 一伽山(イルカサン)で年老いた坊主が
ニ(イー)に ニ伽山(イーカサン)に向かう道
三(サム)に 三路(サムロ)の路上で
四(サー)に 士大婦女(サーデプニョ)に逢って
五(オー)に おしっこ(オジュム)の匂い嗅ぎ
六(ユク)に 欲情(ヨクチョン)が込み上げ
七(チル)に 七宝(チルポ)の飾りはしていなくとも
八(パル)に ご縁(パルチャ)があろうが無かろうが
九(クー)に 区別(クビョル)などなさらずに
十(シプ)に おまんこ(シプ)させてくださいな


「韓流」で韓国語学習者が増えてるらしいが、これで数字を覚えるのも一興かもしれない(^^;) ただし上の数字は漢字語で日本語で言うと「いち、に、さん、し---」にあたる。もう一つの固有語の数字も付け加えておこう。

ひとつ ハナ、
ふたつ トゥル、
みっつ セッ、
よっつ ネッ、
いつつ タソッ、
むっつ ヨソッ、
ななつ イルゴプ、
やっつ ヨドゥル、
ここのつ アホプ、
とお ヨル、

2004/11/03(水)●近場の文化財●

8時起床。掃除洗濯済まして、今では習慣となった感のあるKBSアーカイブ歌謡番組鑑賞(^o^) 全国ノレチャランではトップの招待歌手がキムヘヨン嬢で現在ヒット中の「ガラスの靴」に合わせてか、まるで童話のお姫様みたいな赤いドレスだった。
「開かれた音楽会」はヘウニ、ヤンヒウン、チェジニといったベテラン女性歌手が登場したものの、特に目を引くほどではなかったし、この番組の特徴であるジャンルを満遍ななく紹介しようという性格からか今日もクラシックの声楽家が中途半端なポピュラー歌ったりしてしらけてしまった。唯一キムヒョンジョンという若い女性歌手の「Bヒョンナムジャ--B型の男」という歌が非常に気に入った。これは以前ミュージックバンクという若手のランキング番組でちらっと見た覚えがあるので、今のヒット曲だと思うが、アップテンポののりのポップスなのに途中で民謡風のリフが入り、ちょっと前のキムゴンモの「チェビ--燕」を髣髴させる。これは是非レパートリーに加えたいと思ってしまった。
その後Yahoo配信の韓国ドラマ「Bodyguard」第六話を見る。いやあ、こんなことやってていいのだろうか?楽しけりゃそれでいいのだ。ということにしておこう。
昼過ぎから、ふらふらと自転車で出かけ、御影のミドリ電化冷やかして、安いCDRとDVDRを買う。帰り道甲南漬の資料館に立ち寄る。モリス亭の南1km足らずのところにある近場なのに、以前ちらっと寄っただけで知らぬふりをしてたのだが、資料館の建物に目がとまって、もう一度チェック入れることにした。
この資料館は昭和5年(1930)に建てられた洋風モダン建築で、設計は清水栄二という人で、例の御影公会堂(1933)もこの人の設計になるそうだ。どうりで何となく親しみを感じてしまったわけだ。先般取り壊された魚崎小学校(1927)も同じ設計士らしい。いずれも神戸地震にもびくともしなかったところを見ると、かなりしっかりした設計だったのにちがいない。
階段や天井のカーブ、玄関の木組みなどわかりもしないまま、じっくり見物してしまった。古い電話機や氷掻きなども飾ってあり、レトロ趣味のMorris.はけっこうたのしめてしまった。考えてみれば今日は「文化の日」である。そういう意味でもなかなか意味ある文化的建物の見物だったな。
TVではアメリカの大統領選のニュースがかまびすしいが、いかに日本がこの国に隷属してるかの証拠みたいなものだ。オハイオ州の投票と開票が手間取り、また10日ほど決定延期になりそうな模様である。
島田和夫部屋11月スケジュール更新。


甲南漬資料館。もともとは甲南漬先代社長邸(1930)

このタワーっぽいポイントが設計者清水栄二の趣味らしい。

玄関ホールの木組み。アールデコスタイルぢゃあ。

2階への階段途中から見上げる

天井の照明もアールデコ

中央の廊下

玄関横の照明も建て物っぽい

いかにも、の応接室

甲南漬の布袋

玄関のドアノブ

これはMorris.生家にもあった

古い金庫のエンブレム、東京大倉製

【秘 見仏記】いとうせいこう みうらじゅん ★★★☆ 「見仏記」第二弾である。タイトルの「秘」は、Morris.は秘仏のことと思ったのだが、実は最初の「見仏記」で次は33年後なんて書いたもんだから、ふたりだけで秘密裡に出かけるという意味だったらしいが、結局は同じ会社の別雑誌(「小説中公」)連載になってる。
滋賀の渡岸寺の十一面観音を皮切りに、京都、四国、東京、鎌倉、佐渡と渡り歩く、二人旅である。前作と同様、二人のフェチぶりはわかりやすいが、さすがにちょっと中だるみのきらいがなくもない。
今回は特に地方の寺に多く出かけてるので、京都、奈良の至宝と比べるとかなり見劣りする仏像が多いわけで、それへのいいわけというか、同情というか、そんな文言が多い。

「京都とかと比べるとわかるんだけどさ。国宝級のいい仏(ブツ)って、結局金持ちがいないと作れないんだよね。そこが難しいとこだなあ。貧富の差の激しいとこにしか、いい仏が出来ない」
みうらさんは平等主義なので、もちろん貧富の差は否定したい。しかし、同時に仏像マニアでもあるから、矛盾に悩んでいるのだった。これには、私も黙り込まざるを得なかった。出来ることはただひとつ、非の打ちどころのない仏像ばかりに魅力を感じないこどたけだった。その点でいえば、実はもう我々は矛盾を乗り越えている。


もちろんこんな、真面目な雰囲気がメインではない。あくまで彼らは明るく見仏して歩いてるし、こんなギャグっぽい筋もある。

あんたは土門拳じゃないでしょうと言っても、みうらさんは全く聞いていなかった。私の肩をつかんで、観音の左側に立たせ、再びファインダーをのぞく。
「うん、もう少し右! そう、そこだ! いとうさん、メモしてるふりして! そう!」
みうらさんは渾身の力を込めて、シャッターを押した。私には笑う暇もなかった。もう一枚いくよと言いながら、バシャバシャ撮るのだ。狂っているとしか思えなかった。
……ちなみに、旅を終えてから現像した写真を見たが、そのメモ&観音は全部ピンボケだった。みうらさんは恥ずかしそうに、土門の道は厳しいよとつぶやいたものだ。


わっはっはっ(^o^) しかし、こういった笑いの後で、さらにいとうは真剣に仏のことを考えたりもする。

一方で保護されて収蔵庫に入れられ、いわば仏(ほとけ)から美術品になってしまう仏(ブツ)があり、また一方では美術品となることが出来ずに原型を崩していく仏(ブツ)がある。私はそのどちらの方向も支持出来なかった。しかも、あり得るベクトルは、金を伴う信仰で、すなわちほとんど個人所有という形態になる。それも、私には納得がいかなかった。
複雑な気持ちになる私の前で、しかし十一面観音はなおもサディスティックな目をして、超然と立っていた。そうだ、この存在にとっては、そんなことは関係がないのかもしれない。私はそう思った。見る側が何を考えようが、仏(ブツ)は残り、また朽ち果てるだけなのだ。
名残り惜しさに、私は少し遠ざかって、その位置からもう一度だけ観音を見た。冷たいまなざしは変らなかったが、同時に悲しげに目を伏せているようにも見えた。


これを読んでMorris.が脳裏に浮かび上がるのが、ソウルの中央国立博物館(旧朝鮮総督府だった建物)3F中国室にあった、中国宋時代の木製の観音立像のことだった。Morris.は韓国に行き始めたときから、この観音さまに魅せられてしまった。博物館に行くたび、この観音像の前に坐りこんでいくばくかの時間を過ごすのが恒例となっていた。それが、いつのまにか姿を消して、係員に訊ねたら、どこか外国の博物館に貸し出し中と言われて、次回こそ再会できるだろうと、足を運んでも姿が見えず、会えないままでいるうちに、建物自体が取り壊されてしまい、隣のややみすぼらしく狭くなった博物館でも、会うことが出来ずに今日に至っている。
今年の末くらいに、新しく中央国立博物館が龍山の方に完成するとのことだから、是非今度こそあの観音様の再来を切望しているMorris.なのだった。
話が脇道に逸れたが、この観音様の顔が、光線によって、穏かで優しい表情になったかと思うと、これほど恐い顔は見たことがないというくらいの憤怒の表情に見えたりしたのだ。もともと、仏像にはそういった二面性をあわせもつものが多いような気がする。
そして、それは、信仰というか、宗教というか、人間の世界を超越した存在への畏怖の気持ちが、そういった幻想を生むのかもしれない。

2004/11/02(火)●495ch●

朝6時半に溝渕君にJR灘駅まで迎えにきてもらい、鈴鹿市のアメリカ行き荷物のピックアップ現場。西名阪が道路工事で12kmもの大渋滞で、現場到着は10時だった。名古屋からの二人が先に入って作業始めていたから、なんとか格好がついた。昼食抜きで1時半に作業終了。
伊賀SAで豚生姜焼定食の遅い昼食とり、帰りはそれほど混んでなくて5時前に倉庫到着。
帰ってから、STARdigioの11月プログラムをチェックする。なんだかえらく変更があってるみたいだ。ポピュラーのアーチスト特集が無くなってるし、ジャズヴォーカルも手抜きのバラエティプログラムになってる。j-popではヒットアルバムchが無くなり、年代別ヒット曲chが90年代と2000年代にわかれている。
歌謡演歌ではテーマ別chが無くなって、シングルヒットミックスになっている。
ジャズではスイング・デキシーchが消えてしまった。
クラシックでは439chがモーツァルト専用chになってしまってる
ポピュラーでは先に書いたようにアーチストchが一つ減った代わりにUKヒットチャートとやはり年代別で2000年代が登場している。
そのほか細かいところはいろいろ変わってるようだが、全体的にMorris..の好みからは外れてるようだ。一番困るのは月間番組表が大幅に簡略化されたことだ。
ところが、ところが、おしまいの方を見て朗報に気が付いた。これまで韓国音楽chは494chだけで、それもいわゆるJ-POP中心で、Morris.は不満いっぱいだったのだが、なんと今月から494chが「韓国ポップス」495chが「韓国歌謡演歌」の二本立てになってる。うーーむ、これは嬉しい。さっそく聞いてみる。
イムンセやミンヘギョン、イソニ、ソンデグヮンなどお馴染みの歌手がぞろぞろ登場だ。今かかってるのはほとんど音源持ってるが、これまで知らなかった過去の名曲や歌手を知るてだてになりそうだし、モリス亭のBGMとしても大活躍しそうである。以前から494chは、インターネットで曲目が公開されておらず、番組の変更も毎週でないといった、手抜きの部分もあるだろうが、ともかくもありがたい改変である。

2004/11/01(月)●新札●

Jillさん作の強力千円札矢谷、荻野君と六甲アイランドの中国向け荷物のピックアップ。二日作業なので、今日は梱包がメインである。
今日から20年ぶりに新紙幣が流通するらしい。一万円札はそのまま福沢諭吉だが、五千円札は樋口一葉、千円札は野口英世とか。偽札防止のためというのが一応の理由らしいが、Morris.の知ってる限り、紙幣が新しく変わるたびにその価値が下落している。今回もたぶんそうなるのだろう。
右の画像は、Morris.作ではない。新札でイメージ検索したら出てきたもので、Jillさんという人の作らしい。このくらいインパクトのある新札なら見てみたい気もするのだが、野口英世じゃなあ。まあ、漱石は草葉の陰でほっとしてるかもしれない。



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