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Morris.日乘2005年2月 
ここは、Morris.の日記です。読書記録、夢のメモ、宴会の報告、友人知人の動向など、気まぐれに書き付けるつもりです。新着/更新ページの告知もここでやります。下線引いてある部分はリンクしているので、クリックすれば、直行できます。  
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もう、獣

Morris. personal calender
10年目の罹災日記

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2005/02/28(月)●サムネイル●

溝渕君と二人で東灘から保管の荷物引き取りと一部荷物を堺に配達。このところ現場は風邪が流行ってて、溝渕君は先日39度4分、清水君は39度3分と、二人揃って高熱競争みたいなことをやってたらしい。
昼食は久しぶりに堺の横綱でラーメン大盛り。ちょっとこってりで、大盛りだといささかしつこいがたまに食べるとそれなりに美味しい。配達は2時指定で時間が空いたので、付近を散策する(^^;) 労災病院の裏が運動公園になっているが、月曜日は基本的に休みらしくほとんど人はいなかった。枯れた草むらに白黒のMorris.好みの猫がいたのでデジカメに収めようとしたがなかなか警戒心が強くて近づけなかった。
配達現場は階段5Fだったが、荷物はそれほど多くなかったので助かった。
帰り道に昨日頼んだデジカメプリント受け取る。帰ってチェックしてみた。葉書サイズだから、Morris.のデジカメ(200万画素)でも問題ないサイズだと思う。たしかに綺麗は綺麗である。だが、Morris.の死に体のインクジェットで前にプリントしたものと比べるてもぱっと見には大きな差はない。ただ写真によってかなりむらがある。なかにはインクジェットの方が好ましいものもある。例のA4普通紙にプリントしたものと比べると、当然大きい分あちらが良く見えるものがおおいし、あのちょっとくすんだ落ち着いた色合いはすてがたいものがある。
いちおう写真屋の印画紙プリントだから耐性は格段にちがうだろう。問題は価格である。葉書大で1枚\40である。ちょっと大きくしたら1枚\100を超えてしまう。やっぱり自宅でプリンタ使うほうが気楽で楽しそうではある。一度別の店でプリントして比較するべきかもしれない。
ただ、驚いたのはサービスで、同じ葉書大印画紙に頼んだ写真のサムネールがついていたことである。サムネール自体は最近のカメラ屋のサービスとしてとりわけ驚くことではないのだが、びっくりしたのはその画質である。一つの画像の大きさは、体感的には、この日記で多用している200×150ピクセルの1/4くらい。さっき測ったら2×1.5cmだった。もしこのサイズでインクジェットで印刷したら、ほとんど見るに堪えない画像になるにちがいない、それが、このサムネールだとはっきり、くっきり、鮮やかに見える。ただそれぞれの下部にファイル名も入れてあるのが邪魔だが、この大きさの写真シールとして使える精度である。これからデジカメ画像のカタログ代わりにこのサムネールだけプリントしてもらうわけにはいかないだろうか? それも一度きいてこよう。
サムネールはthumb-nailで、親指の爪のことだが、因みにさっきMorris.の左手親指の爪を測ったら、ほぼ2×1.5cmだった(^o^)


枯れ芝と古タイヤと野良猫

堺といえば何故かフェニックス

今や菜の花は園芸植物
2005/02/27(日)●守りのラグビー●

時半起床。何かえらく寒い。
昼から良く分からない女子国際駅伝やってた。日本はナショナルチームと地域別チーム作ってやたら多数参加、海外はたった5カ国で、まともに勝負できそうなのは、前回優勝のエチオピア、前々回優勝のロシア、それにケニアくらいで、これで国際大会を標榜するのはちょっとむりがあるんでないかい、といった感じだ。まあ、駅伝の国際化というのも、関係者が言うほどには普及していないのかもしれないし、オリンピックの中、長距離選手の小遣い稼ぎみたいなところなんだろう。日本はずっとトップを走ってつないで優勝したみたいだが、途中からラグビー日本選手権決勝戦にチャンネルを換えた。
去年くらいからラグビーのスケジュールが変わって、決勝が2月末になると、何となくだれてしまう気がする。それに今年は神戸製鋼が早々と敗退したので応援にも熱が入らない。実は決勝戦のカードがトヨタvs.NECというのも知らなかった(^^;) はっきり言ってあまり魅力のない対戦だと思いながら見たのだが、これがなかなかの好試合だった。どちらもディフェンスに重きをおくチームらしく、なかなか点数は入らないがゴール直前でのしのぎあいは見応えがある。前半の終りのトヨタの粘り、そして4点差でリードしてるNECが後半ロスタイムでトヨタの怒涛の攻撃を辛くも交わし、結局17-13でNECが優勝した。Morris.はサッカーでもラグビーでも点数の取り合いの方が面白いと思う、素人ファンなのだが、たまにはこういった守りあいも見所があると思った。
デジカメの画像を20点ほど撰んで、CDROMに入れ、桜口の写真屋に持っていく。先日訊ねたら1時間ほど出来るということだったが、日曜日は6時で閉店だから明日出来上がりになるとのことだった。とりあえず葉書サイズでプリント頼む。結果を見て考えよう。

【天使の顔写真】森脇真未味 ★★★☆ 懐かしの漫画家の作品がハヤカワ文庫になってるのを見てちょっと驚いた。彼女は80年代前半くらいに「プチコミック」などで活躍してた。少女漫画の中ではちょっと異色といった感じで、けっこうMorris.は好きだった。特に「おんなのこ物語」「緑茶夢--グリーンティードリーム」はお気に入りだった。
本書には9編の短編が収められているが、半分が80年代後半、だが、97年の作品が3編あって、Morris.はこの3編が飛びぬけて水準が高いと思った。中でも「山羊の頭のSOUP」という作品が一番良かった。同じタイトルのストーンズのアルバムを思い出すが、もちろん悪魔の話だが、オチが上手く出来てるし、途中の筋運びも、台詞も洒落ている。Morris.が少女漫画フリークだった頃の漫画家がレディスコミックなどで、何かおぞましい変身を遂げてる中で、彼女が花も充実した作品を描いてるということが何か無性に嬉しかった。

【世界戀愛詩集】 堀口大學編 ★★★ 昭和26年発行の撰詩集である。つい先日サンパル2Fの倉地書房の百均棚で見つけた。太平洋戦争直後の仙花紙よりはちょっとはましなくらいの、それでもかなりくたびれた風情のペーパーバックでその表紙のあまりのシンプルさに惹かれてつい買ってしまった。表紙裏には「from Fujiwara to Akagi」というサインがあり、東京・神田の山田書店の証紙が貼ってある。たぶん今は70歳くらいになる人物が、恋人へのプレゼントに贈ったものだろう。
あとがきによると、昨今の「コッピーライトの手続の煩雑」さのため、原作者の死後50年を過ぎたものだけを集めたものらしい。
それに「世界」と銘打ちながら、全体で170pのうちフランスに70pも割いてるのは、いかにも彼らしい。
ギリシャ、ペルシア、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、ロシア、イタリア、スペイン、印度、中国と部立てしてあるものの、アメリカはポーの「アナベルリー」一篇だけだし、中国編は佐藤春夫の「車塵集」からの5編のみだ。按ずるに、戦後の口鬻ぎとして、堀口が知り合いの詩人仲間の数人に声をかけてOKの出たものから選出したものだろう。
世界戀愛詩集 昭和26年 羽田書店発行奥付の前のページに「世界戀愛文學名作選」全八巻の広告があり、7冊並んでいるから、本書もその一巻にあたるのだろう。

フランス戀愛小説集 河盛好蔵編
ドイツ戀愛小説集高橋健二編
日本戀愛小説集 河上徹太郎編
ロシヤ戀愛小説集 神西清編
英米戀愛小説集 阿部知二編
ハイネ戀愛詩集 番匠谷英一訳
日本戀愛詩集 草野心平編


錚々たる編者であるが、なんで、突然「ハイネ詩集」が混じってるのかがちょっと不可解というか、いわく言い難い味を醸し出してもいる(^^;)
おしまいの草野編の一冊は見てみたい気もする。
「真実の恋愛こそ若人の生命である。ここに世界の純情なる恋愛文学珠玉篇を若き人々に贈る」というこの全集の惹句が、いかにも時代を感じさせる。

Spleen ポオル・ヴェルレエヌ 堀口大學訳

薔薇の花は紅く
蔦の葉は黒かつた。

戀人よ、あなたがちよつと動きでもすると
僕の絶望は忽ちにまた生れます。

空の色あまりに碧く、あまりにやさしく、
海あまりに緑に、空気はあまりに甘かつた。

僕は何時も恐れます、---これが待つ者の心です!---
あなたにむごく逃げられるのではないかと。

つやのいい葉を持つ柊にも、
つるつるした葉を持つ黄楊の木にも、

はてしない廣野にも、あれにもこれにも、
あなた以外のすべてに、私はもうあきました!

2005/02/26(土)●しっかり韓ドラ しっかりノレバン●

7時半起床。流石にちょっと酔いが残ってるかな。
珈琲で目を覚まして、一昨夜録画しておいた「愛の群像」見る。先週初回を録画し損なって見逃したが、深夜2時間枠だから1話と2話を見逃したことになる。今回は3話からで、ちょっと話の展開がよく見えないのだが、ペヨンジュン、キムヘス、ユンソナという主演3人ともお馴染みのキャストだから何となく親しめそうだ。ユンソナはえらくお嬢様っぽくて、日本でのイメージとはかなり違ってる。どっちかというと日本でのキャラの方が彼女に合ってるような気がする。キムヘスはどうしてもMorris.は「クッキ--菊姫」のイメージが強いのだが、このドラマでは心理学の講師というちょっと無理な役柄で、いまいちフィットしてない。ペヨンジュンはもともとMorris.にはどうでもいい存在に過ぎない(^^;) 特筆すべきはペヨンジュンの伯母で夜の商売をしてるキムヨンエという熟年女優で、もろMorris.好みの顔立ちである(^^;) 彼女見るだけのためにもこのドラマは絶対見つづけることにしよう。
12時からは「真実」見る。チェジウと付き合うことに反対してるリュシオンの母と相変わらず横恋慕のパクソニョンの妨害作戦。ガードマンやってる前の彼氏にチェジウともう一度よりを戻すようにそそのかす。かせたにさんご贔屓のチェジウの親友パクキョンリムも出てきたので注目したのだが、やっぱりMorris.の好みとはまるで違ってた。良かったね、かせたにさん??
午後は10chでゼロックススーパーカップ、マリノスvs.ヴェルディの試合を見る。ヴェルディのワシントン(ブラジル)が先制のゴール入れたがマリノスにひっくり返され、後半もロスタイムに入り、勝負あったと思ったところでまたまたワシントンの劇的な同点ゴールで、PKに。10chでPKといえば、昨年末の高校サッカー準決勝でのPK対決時間切れで放送中断という大ポカやった放送局だ。今日は「時間延長してサッカー中継を続けます」というテロップが出たので、ちょっとは反省したらしいな、と思ったら、CMが流れて、CM終わった時点でマリノスの最初のPKはすでに終わってた(>_<) まったくのドアホ!!である。PKの結果はマリノスが一人止められ、ヴェルディのラスト李康珍が決めてヴェルディ10年ぶりのタイトルになったので良かったけどね。
夕方5時前にファピョンさんからのコールで今夜は今里の「カラオケステーション恵子」に行くことになった。あわてて風呂に入り、7時に到着。それから11時までしっかり歌い踊りまくった。今日は他に5,6人客がいたが、3/4はMorris.とファピョンさんが歌ってたと思うぞ(^^;) ファピョンさんは先週チンタオに行ってたらしい。
零時半帰宅。ちょうど録画終わってたばかりの「美しき日々」見る。Morris.の想像どおりリュシオンの母は自殺したらしい。言わんこっちゃない。それでもリュシオンは口で「こんなことになるんだったら、秘密にしとけば良かった」なんていいながら、大してショック受けた感じでもない、逆にイビョンホンの父が半狂乱状態、ヴィクトリーは倒産するわ、イジョンヒョンの前の男が恐喝まがいに押しかけるわ、イビョンホンは仕事探しに苦労するわ、チェジウは白血病(たぶん)になるわで、もう大変(^^;) 今回はヤンミミの出番が無くて残念だった。しかし、どうもこの番組もカット場面が多いような気がする。

2005/02/25(金)●ひさびさはしご●

7時半起床。洗濯しながら部屋の掃除。ほんとうに散らかってた(^^;)
昼前にますみちゃんから小包が届く。中に入ってたのは、何と彼女手作りのキムチ(^o^) 先日の在日アジュマさん宅でのキムチ作り大会のレシピを見て、自分で作る気になったらしい。即実行するところが素晴らしい。しかし郵送料の\500あれば市販のキムチ買えるのになあ、とつい思ってしまったMorris.だった。貧乏性は治らない(^^;)
とりあえずMorris.は味見を頼まれたわけだが、先日のキムチはとっくに無くなっているので、ともかくヤンニョンを比較する。色艶という点ではアジュマ製の方が赤みが強いし色が濃く、何となくなめらかだ。アジュマ宅では韓国製唐辛子の細挽きと粗挽きを半々使ってたからその差かもしれない。これはレシピに書きそびれてたな(>_<) 辛みは、どちらも同じくらいで、充分美味しい。ペチュキムチ(白菜)、オイキムチ(胡瓜)、カクテギ(大根)の三種類あって、白菜はまだ漬けたばかりで、もうニ、三日待つべきだろう。ちょっと試食したがやっぱりまだ浅い。オイキムチはこれはもう文句無く合格(^o^) カクテギももう少し待ったほうが良さそうだが、オイキムチと同じ袋に入ってたため、しっかり胡瓜の匂いが染み付いてる。これは減点対象であるな(^^;) でも野菜の塩漬け下ごしらえからすべて自分でやったというわけだから、Morris.はしっかり先を越されてしまったことになる。こうなると今あるキムチが切れた頃には、完全手作りキムチに挑戦しなくてはと決心した。 ますみちゃんありがとうm(__)m
午後に未知の女性から電話があった。先日今里ですっぽかされてしまったキム君の知り合いで、あの日行けなくなったことを詫びるというものだったが、理由などきいても知らないという。何で本人がかけてこないのかと詰問したら受話器を置かれてしまった。あれからもうずいぶん経つし、本来なら何をおいても詫びなり、事情説明などの連絡があってしかるべきだろう。それを今日までほったらかして、あろうことか他人に依託して詫びの電話を入れさせるなんて論外である。在日ということもあって、ある程度大目に見るつもりでいたのだが、この電話でMorris.はすっかりむかっ腹をたててしまった。もうキム君との付き合いはやめることを宣言しておく。
午後3時ごろから二号線を東に歩いて「南天荘画廊」へ。つよしゆうこさくひんてんは今日が初日である。この画廊は前を通り過ぎるばかりで入ったことは無かったが、思ったより広くてゆったりしている。もうなくなってしまった「南天荘書店」と縁がある家柄らしい。
御影電話局方面の夕景今回はMorris.の好きな銅版画中心で、50点ほどの作品が並べれていて嬉しかった。こどもの12ヶ月を主題にしたものや女の子の庭遊びなどのシリーズもあって、懐かしい気持ちにさせられた。また初めての試みという木版画の作品があって、これまたMorris.好みのいい雰囲気だった。お茶や珈琲をいただいて1時間半くらいゆっくりくつろがせてもらう。5時過ぎに友だちの家に預けてた能斗也が発熱したという電話があり、どうもインフルエンザらしい。ということであわただしく彼女は出立した。
Morris.はそのまま歩いて阪神御影から三宮に出ることにした。今夜は常見君の横浜の会社に就職する送別会がある。西の方を振り返ったら御影電話局のアンテナ脇に夕陽が沈むところでいい感じだったのでデジカメ撮影。
ちょっと時間があったのでサンパル2Fの古書街の百円均一台を冷やかして、戦後まもなく発行の「世界恋愛詩集」を買う。堀口大学の撰らしいが、シンプルな装釘に惹かれてしまった。
送別会は「Pino Pao」という洋風酒場で、社長の三矢さんは東京出張のため欠席。ちょうどマレーシアから里帰りしてたみかちゃんが参加で12名が出席。飲み放題ということで、Morris.はビールを5,6杯おかわりした。常見君とはけっこう長い付き合いになるが、現場から営業に移ってからはあまり話することも無くなってた。バイタリティ溢れるキャラだから横浜でも充分に彼らしさを発揮してくれると思う。
10時前に解散して、矢谷君と二人で飯島ちゃんの店へ。今日は何と両親もいて3人で応対してくれた。ここで麦焼酎のロック3杯飲んでいいかげん出来上がったMorris.だったが、酔いにまかせて、一人で「レーヴ」へ。金曜日だからさりーちゃんか昌美さんでもいるかと思ったが、顔見知りの客は一人もいなかった。久しぶりにメーターがあがってたらしく、ビール2杯目を頼んだ時点でほとんど意識朦朧状態。ふらふらふらと帰宅の途についた。でもまあなかなか充実した一日だったなあ(^^;)


ますみちゃんお手製キムチ

ますみ製(左)とアジュマ製ヤンニョン

南天荘画廊

画廊の内部

6月の絵(銅版画)

初めて見るつよしの木版画

常見君送別会

お約束の記念写真 拡大画像

飯島父娘と知らないカップル
2005/02/24(木)●悲しみ後効き●

今日は一日倉庫作業。午後には雨が降り出したが、主な作業は午前中に済ましてたので事なきを得た。
夜はセンターの朝鮮語講座。先生が30分ほど遅れたので、しばらく稲田さんと話すことができた。八朔二個もらった(^o^)
授業の方は出席者が少なく、ニュースのシャドウイングも練習した割に出来は良くなかったし、読解や例文作成もほとんど出来なかった。
22日に自殺した韓国の女優イウンジュのニュースは韓国ではもちろん、日本の新聞でもかなり大きくとりあげられていた。Morris.も一昨日の夜にTVでこのニュースを知ったが、出演作「ブラザーフッド」「火の鳥」「バンジ-ジャンプ」などのどれも見たことがなく、名前も顔も知らないから、どうでもいいと思ってた。ところが今朝宮崎さんの日記に彼女が出演した「永遠の片想い」という作品のことが書かれていた。これもMorris.は見たことがない、と思ったが、どうも気にかかる。じつはこれは「ヨネソソル--恋愛小説」のことではないか?「恋愛小説」なら昨年巻田さんからDVDをもらって見た。何だかすごく切なくて良い映画だった。Morris.にしては珍しく3回も見直してしまった。二人の女性ト一人の男の悲しくも切ないラブストーリーで、Morris.は二人のヒロインの両方ともに好感を持った。ネットでイウンジュの映像を見て、どちらがイウンジュなのか確認した。二人のうち、後で亡くなる方の役柄だった。つまり、この作品ではヒロインは二人とも死んでしまう。でも二人とも幼い頃からの不治の病が原因だ。現実のイウンジュが自分で死を選んだのとは事情が違う。まだ24歳だったというから、あまりにも急ぎすぎた死だ。いたましいというよりやりきれなさを感じる。Morris.の中では彼女はやはり不治の病でこの世を去ったということにしておきたい。
ワンテンポ後れて知っている女優だということに気付いたためか、何となく悲しみがじんわりと沁みてきたような気がする。今はもう彼女の冥福を祈るほかない。合掌

2005/02/23(水)●犬と童女●

今日も西根君と二人名古屋の現場。瑞穂区にアメリカからの航空便荷物の配達。荷物の量も大したことなく、開梱もあまり無かったので昼前に作業終了。現場には今日も室内で飼ってる犬がいて、こちらは昨日のキャラメルと違って、ばりばり血統書付きといった感じのゴールデンレトリバ。まだあまり家具のない広い洋間に坐ってるとまるで置物みたいだった。それにここの2歳くらいの娘が愛らしくて、デジカメで犬と一緒の写真を撮ろうとしたが、なかなか言うことをきいてくれない。
昼食は大黒屋というラーメン屋。西根君のお好みらしい。彼はベトコンラーメンの大盛り、Morris.はサービスランチを頼んだが肝腎のラーメンの麺が太い縮れ麺で×、一緒についてきた葱と肉の炒めものもほとんど料理以前のしろもの。唯一まずまずだったのが春巻きだったが、Morris.は二つのうち一つをポロリと床に落っことしてしまった(>_<)
昼休みに付近を散策する。元八事の地名からしても、八事霊園の前身があったところらしい。やけに梅畑?があちこちにあり、早いものは満開だった。「名古屋市生産緑地」とかいう看板があったので、名古屋独特の政策なのかもしれない。
近くに「不動山大学院」というお寺があったので寄ってみる。これがなかなかの面白寺だった。まず、山門の上部に三匹の猿の浮き彫りの額がかかってる。三猿というと「見ざる、言わざる、聴かざる」だが、この絵柄はそんなのではない。
境内には、あちこちに石像や鬼瓦やらが祀ってある。もちろん、不動尊の石像もあったし、その後には役行者とおぼしい像もあった。地蔵、観音、毘沙門天、得体の知れない明神など何でもありだ。一番分からなかったのは鬚を生やして兜をかぶり棒を持ってる漫画チックな石像で何故か黒いバットが立てかけてあった。不動尊の守り神なのだろうと思う。
本殿にも上がらせてもらう。切り紙の鶏が正面に飾られている。これは今年の干支なんだろうな。天井には水墨画の龍の図がはめ込まれていた。ガラス張りになってるので真贋のほどはよく分からなかった。
倉庫には4時前に戻り、しばらく倉庫作業して、小川さんの車で送ってもらう。魚屋の店頭に海鼠が安価で出ていたので買って帰る。このところほとんど部屋では酒飲まなくなってるが、海鼠があって飲まないわけにもいかない。どちらかというと、海鼠のアテに日本酒1杯だけ飲む。
STARdigio425chでチョーヨンピル特集やってる、もちろん日本語だが、半分くらいは韓国でのヒット曲の日本語盤なのでとりあえず、エアチェックしておく。やっぱり上手いわ(^^;) 何といっても声が佳い。


まるで置物みたい

いかにも愛らしい幼女

こうなると特撮だね(^^;)

八事には梅が多い

不動山大学院

山門の三猿?

不動山だから不動尊

役行者だろうな

バットが似合過ぎ(^^;)

後の観音はともかく前は何?

こちらは瓦の明王連?

余り上手くない切り絵

天井の龍図。名古屋だから?

ベトコンラーメン大盛

ひさびさの海鼠(^o^)
2005/02/22(火)●吠えるキャラメル●

早出で奥井さんに迎えに来て貰い、名古屋守山区のアメリカ向け荷物ピックアップ現場。やたら荷物が多く、作業終了は午後5時半。昼食はガストとかいうファミリーレストランで不味いトンカツ定食(>_<) 
現場には雑種の犬が飼われていて、部屋の中にも自由に出入りしていた。人なつこいというほどでもないが、人馴れはしてるみたいで、デジカメで数枚写す。名前は「キャラメル」。毛色がキャラメル色だからとのこと。何かそれだけでけっこう好きになった。
帰りも奥井さんに部屋まで送って貰い8時帰宅。
しかし、明日も名古屋瑞穂区配達の現場になったらしい(^^;) 名古屋は最近お気に入りとはいうものの、日帰りだとほとんどメリットはない。せめて1泊だけでもできるといいのだが、日帰りの連続というのはなあ(>_<)
「開かれた音楽会」にチョンユナが出ていた。「ノルルサランハゴド--あなたを愛しても」一曲しか知らないのだが、この曲はわれらがキムヘヨンが「エップンカペ」シリーズでもカバーしてた。今回は「ハクチャンウルコチゴ」と「Honey」の2曲だけでお目当ての「ノルル--」は歌ってくれなかった。


お坐りキャラメル

吠えるキャラメル

お寝みキャラメル
2005/02/21(日)●明石の玉子焼き●

奥井さんと小川さんと3人で昨日と同じ現場。今日は寒かった。
昼食は明石川沿い大観交差点にある明石焼きの「みいさん」へ。ここは2002年12月17日に矢谷君と初めて入って感激した店だ。何でひにちまで判るかというと、Morris.部屋トップページにある検索窓で「みいさん」で検索したからである(^^;) 2年と2ヶ月ぶりである。いやあ相変わらず美味しかった。あのころ普通の卵焼きが20個\450、上等が\480だったのが、今日はそれぞれ50円ずつ値上がりしてた。それでも絶対安い。Morris.はもちろん上等を注文したのだが、どうちがうんだろう? 値段からすると玉子が一個よけいに入ってるくらいのところだろう。しかし20個でもちょっと物足りないくらいだった。後から矢谷君に話したら、やっぱりあそこでは、玉子焼きと別にお好み焼き一つ注文するべきとのことだった。
昨日はパーフェクTVチャンネル開放日で、夜331ch(KNTV)かけたら「開かれた音楽会」やってた。キムワンソンやシムスボンが出てる回だから1ヶ月前のものだ。それでも、綺麗な画面でキムワンソン見られるのは嬉しかった(^^;)

2005/02/20(月)●明石漁港●

奥井さんと小川さんと3人で明石の上海向け荷物のピックアップ。昼食は近くの「ふじきち」といううどん屋で釜あげうどんの大盛り頼んだ。なんかおしゃれな店で、出てきた釜揚げうどんもすごく綺麗だったし量も多い。期待して食べ始めたら、あぢゃぢゃ、これが全くの見掛け倒し(>_<) 全くこしがない。大盛りが仇になった。
現場から海まで近かったので、昼休みに散歩がてら、港まで行く。こじんまりとした港だが、Morris.は小さな港がとりわけ好きなので嬉しい。昼間だから、小さな漁船が20艘ほど停泊している。東側には明石大橋が見える。デジカメ持ってたので、数枚撮ってみる。帰り道飼い猫らしいのが家の庭で和んでいたのでこれも撮影したが、近づくと警戒して逃げていった。
現場のベランダからも明石大橋を臨むことができる。これも撮影したがちょっと遠すぎるのでいまいちだった。それより、帰りがけに西の海が曇空の隙間から射した夕陽で光っている一枚は見事に画面が水平線で二分されて面白い出来になった。
昨日録画しながら見た「美しき日々」は、リュシオンが実の父を殺害した、育ての父を告訴するという展開になり、イビョンホンはそれを妹に知らせないためシカゴに逃げようとする。しかし妹にばれてしまい、リュシオンの母もこのことを知って悩む。母への連絡が取れないので心配したリュシオンが自宅を訪ねる場面で終わったが、もしこれで母が死んだりしてたら、リュシオンの責任である。とにかく韓国のドラマの出演者たちは、誰もが自分本位で、その行動で周りがどうなるかなんてことはほとんど考えないのが定番である。
ますみちゃんが、この前のキムチ作り大会のレシピを見て、キムチ作りに挑戦してるらしい。Morris.もそろそろ作らねばと思ってたので一足、先を越された感じだ。メールで進捗状況を報告してくれるのだが、こればかりは良くわからない。
2月25日(金)から3月2日(水)まで御影の南天荘画廊で「つよしゆうこ さくひんてん」が開かれる。くわしいことは彼女のHPを見てください。3月2日(水)午後3時から、さわむらしげはる(春待ち社長)のニコニコ楽団の演奏も展示会場で開かれるらしい。
六甲学生青年センターの毎年恒例となった「古本市」は3月15日から5月15日まで開かれる。古本寄贈の受付も3月1日から3月31日まで受け付けている。留学生への六甲奨学基金のための催しなので、不要の本があれば、提供してください。詳しいことはセンターのHPを。


現場ベランダから臨む明石大橋

明石漁港の昼景

陸に牽引されている漁船

明石たこをとるタコ壷

港町の猫は餌には困るまい

明石漁港の夕暮れ 拡大写真
2005/02/19(土)●問題は金●

としろう、オーガスタと3人で堺の、タイ向け荷物のピックアップ。思ったより荷物が多かったのと、材料が不足気味でちょっと難儀した。
昼食は近くの「彩館」という中華で鶏の天麩羅定食頼んだら、えらく多かった。味は可も無し不可もなしといったところ。
先日ぷりんすさんから指摘されたキムチョンチャンの「愛が遠ざかる」という曲が気になってたら、495chで流れてたので、エアチェックする。これはこれでいい曲なんだけど、このとき一緒に録音したカンサネの曲がえらく印象的だった。スライドギターから始まるフォークブルースの曲ではじめはスローで、途中から急にアップテンポになるのだが、その歌詞がMorris.にも分かるくらい単純で、面白い。タイトルは「ムンジェ--問題」で、「なんやかんやいろいろあるけど、俺は可愛いあの子と暮らしたいのさ、だけど、問題は、そう、金。金、金、金、金」といった感じ。うーーん、これは是非カラオケのレパートリーにしたいもんだが、たぶん入ってないだろうなあ。
今日は「真実」は放送が無かった。昨日深夜に録画しておいた「ルームシェアの女」を見る。中島知子が主演で今週が最終だった。Morris.はけっこう彼女のファンのつもりでいたのだが、こんなドラマがあってることすら知らずにいた。ファン失格である。バツイチ子持ちの中島が、イラストレータの男とルームシェアをして、いろんなことがあったらしい(^^;) 中島の演技はまずまずといったところだが、キャラクタをそのまま活かす役のようで、これは最初から見とくんだったなあ。イラストレータの服がアロハや派手な柄シャツが多く、いくつかはMorris.好みだったので、それだけでも見逃して残念である。

【建築はほほえむ】松山巌 ★★☆☆

この本は高校生たちに、大学ではじめて建築を学ぶ人たちに向けて書いたつもりである。建築とはなにか、建築家はどんな仕事をするのか。そのことを考えるためにいくつかの短い言葉を綴り、小さな絵をいくつか画いた。縁を画くとまた言葉をいくつか加え、それから絵を画き、さらに写真を添えて、ふたたび言葉を書いて……、という風にして一冊の本が生まれた。

おっしゃるとおりだが、Morris.には、ほとんどが屁のようなものにしか受け取れなかった。
あちこちにある引用のいくつかの方が印象に残ってる。

茶の湯、生け花、俳句。これらは人間の欲望を小さくし、感覚を開放するレッスンからはじまる。自由とは放埓に生きることだけではない。「自己を強制する自由」(石川淳)、もある。

いいものばかりを見よ。決してわるいものを見るな。わるいものでよごれた眼には、いいものを見ても判らぬ。つねにいいものを見なれてゐれば、わるいものは一眼で見やぶることができると、ある骨董の目利が後輩を戒めたさうである。(石川淳「雑文について」)

もともと明治以降、日本の建築はヨーロッパの建築のかたちをコピーすることからはじまった。だからヨーロッパの古い建築を見ると、かえって日本の明治時代の建物に似ているなと感じる人もいるはずだ。そしていつの間にか、明治時代に建てられて建物こそが、私たちは本物だと思ってしまう。


この最後の文だけは、レトロ建築に惹かれてるMorris.への警鐘のように聞こえた。

2005/02/18(金)●Morgan's Bar at James●

としろうら5人で六甲アイランドにオーストラリアからの荷物配達。開梱があまり無くて午前中で作業終り、午後は倉庫作業。夕方から雨になった。今夜は元町JamesでMorgan's Barのライブがあるので、三宮に出て三宮図書館、サンパル2Fの古本屋冷やかす、ロードス書房の百円均一棚で昭和9年の小唄の本と、昭和22年の作歌用語辞典を買う。
Morgan's Bar at James 2005/02/18山傘で博多ラーメン食べて、Jamesへ。オーガスタ、安原さんら仕事先の4人が見に来てくれていた。今日は二人セットで、Morris.は一脚持参でデジカメ撮影したが、いまいち決まらなかった。秋本君がこの前の楽屋と同じステージ衣装だったし、いやまくんはどうも写真になりにくい(^^;) 最近やたら使いまくってる魚眼レンズの写真だけはそれなりに面白いので、拡大画像を別所にアップしておく。
Morris.はもともとMorgan's Barは二人の方が馴染み深いし、好きだと言ってたのだが、3人、4人のセットを思いだすと、やはり曲によってはベースやパーカッションが欲しいような気もしてくる。ファンというのは勝手なものである。それとMCがあいかわらずしょぼい、というかすべりまくりである。あれなら、MC抜きかタイトル紹介だけで、たんたんと演奏進める方がいいと思う。ライブ構成演出も含めて考えてもらいたい。
ライブ終わったら10時過ぎで明日も仕事があるのですぐ帰る。帰り道はNAMIさんと一緒だった。彼女は先週から風邪引いてて治りかけということだったが、すごいハスキーボイスになっていた。Morris.はつい「暁に祈る」の冒頭の歌詞を思い出してしまったよ(^^;)
11時帰宅。風呂に入ったらもう零時で、何もせずに就寝。

2005/02/17(木)●すっかり夜型●

11時起床。昨夜もずるずると起きていたようで、すっかり生活が夜型になってしまってる。これは仕事がないからで、明日からは仕事なので、また朝方に戻さなければならない(^^;)
昼はキムチの残りを使ってキムチポックンパプ(キムチ焼飯)を作る。今度こそ、本当に白菜買って、一人で最初から手作りキムチに挑戦してみよう。これがほんとの挑戦料理というアホなギャグは無かったことにしてくれ(^^;)
午後から灘図書館、中央図書館、三宮図書館と回り、そのまま阪急で六甲に出て、センターの朝鮮語講座へ。今日のニュース読み上げは珍しくMorris.はうまくいって先生に誉められてしまった(^^;) この講座はいちおう3月までで、4月は休みで、5月の連休明けからまた新規に始まるらしいが、今の生徒数では維持が難しいような感じでもある。うーーむ、どうなることやら。Morris.としては3年以上のブランクの後で、この月2回の講座は何だか新鮮で、ニュースのシャドウイング+先生の韓国語を聴くだけでも、えらく聴き取りの力がついたような気が(錯覚かも)してるので、できれば続けてほしいのだが。

2005/02/16(水)●カラオケチェック●

10時半起床。昨夜もぐずぐずと夜更かししてしまった。
この前「ソウル家」からもらって帰ったBMB通信カラオケの韓国歌謡曲目表をチェック。ちょっと古い奴だが、全部で3492曲と表紙に書いてある。いちおう歌えそうな曲に赤鉛筆で印つける。意外と知らない曲が多い。それに絶対入ってると思ってたのに載ってない曲もけっこうある。おおまかにチェックしたので漏れもあるだろうが、ざっと印つけたのを数えたら320曲くらい。要するに一割くらい歌えるということになる。これが多いのか少ないのか、よくわからない。日本人といういことを考慮すればまあ少ない方ではないことは確かだろうな(^^;)
夕方ジャパンに行ったら韓国製の柚子茶があったので買う。1kg\815である。これも高いのか安いのか良く分からないが、高くはないだろう(^^;)味の方は、なんともいえない。

【KOBE街角通信】中村よお ★★★☆☆
 震災後「朝日新聞」連載のコラムと「雲遊天下」に連載された神戸の音楽仲間やアーチストたちとの交流、コンサート活動、ライブハウス、飲み屋、映画館、書店の紹介などを、日記風、回想風に綴ったもエッセイを併せたもので、Morris.が読む彼の本としては3冊目になるが、これまでのうちでは、一番読み応えがあったし、例によって身内や知り合いの名前がぼろぼろ出てくるので、そういう意味でも興味深く読ませてもらった。
連載時と同じく、WAKKUNがカットを描いてて、これがいいアクセントになっている。
なんといっても、春待ちファミリーBANDに関する記述が多いというのがMorris.にとってはうれしいことである。
春待ちメンバーの数人(元メンバーも含む)とは親交の深い著者だけに、バンドの始まりや変遷、母体となった店(春待ち疲れBAND)の草創期についても詳しく調べていて、Morris.の知らなかったこともいくつかあって驚かされた。なんといっても、身内以外からの客観的な紹介文というのは貴重である。いくらか引かせてもらおう。

春待ち疲れBANDは、JRの六甲道から北へ上って行った商店街のビルの2階にあった。店の名前は斎藤哲夫さんのうたの曲名から来ている。小さな店だったけれど、ピアノも置いてあり、神戸の音楽好きの溜まり場になっていた。マスターの澤村重春さんはロックンロールやジャグバンドをこよなく愛し、自らもうたう人。18年に及ぶ歴史の中で随分たくさんの人がこの店でライブをやった。阪神淡路大震災で店のあった2階から上の部分が1階を押し潰す形で壊れてしまった。その後、春待ちファミリーBANDは被災地のあちこちで演奏活動を行い、CDも作り、今では神戸を代表するバンドとなった。亡くなった西岡恭蔵さんとの活動でよく知られるようになった秋本節くんもメンバーだし、有山じゅんじさんのレコーディングやライブで魅力的なウォッシュタブベースを弾いている神田修作くんもオリジナルメンバーの一人だった。
春待ち疲れBANDの開店は神戸で地道にやってきた人たちにとって大きいことだったようで、店ができてしばらくして、魚崎の東灘文化センターで開かれた「東灘なんでも祭り」のステージで以前から顔見知りだったこれらメンバーが一堂に会し、その二次会を春待ちの店でやったことから春待ちがこうした人たちの溜まり場になっていったのだ。
春待ちの社長こと澤村さんは、当時は店とおなじ「春待ち疲れBAND」というバンドをあんずさんという女性とやっていた。神田修作くんは春待ちのバイオリン奏者松尾のりひこくんと「愛暮里(あいぼりー)」というバンドをやっていた。小さな店であったけれどYANOMANが言い出しっぺとなって、やがて春待ちでもこうした人たちのライブをやるようになった。

YANOMANが抜けたことでパーマネント・ジャグ・バンドは解散を余儀なくされた。しかしなんとか神戸からジャグバンドの灯を消さないようにと、中川みつおくんは春待ちの澤村社長、神田くんらと春待ちファミリーBANDを結成した。春待ちの店のハウスバンドで、ジャグバンド。当初は店に来ていた十人以上がメンバーになっていたが、やがてこの三人に田辺秀一さんを加えた四人組に固まった。これに小谷しんじくんも時々加わった。日曜日の昼間、店で練習をし、夜ライブをやるということが多かった。
店でライブをする人との交流も深まって行った。現在は写真家として活躍しているよっちゃんこと外賀嘉起さんは当初「つゆ草」というバンドをやっていたがやがて「居眠りよっちゃんバンド」を結成。元町にあった神戸の劇団・道化座の劇場で椿ハウスコンサートをやっていた。また「下町のミュージシャン」というバンドをやっていた千秋光雄さんも放句の会というコンサートをつづけており、これらのコンサート、春待ちでのライブ、春日野道にあった神東珈琲館のライブなどで春待ちの出演者たちは活躍の場を広げて行った。

そして秋本節くんと井山明典くんの二人、当時は秋本君が「秋本屋商店音楽一座」、井山くんが「ハウス・レント・ブギー」という別のバンドで春待ちに出演するようになった。二人は店の常連ともなり、春待ち疲れBANDの練習にあれこれ口を出したりするうちにいつのまにかメンバーになっていたという。並行して「ジャンゴ」というバンドを一緒にはじめ、その時、シングル盤も一枚発表している。秋本くんはそれ以前のソロ活動でのうたやギターのテクニックにみんな一目置いており、井山くんのピアノのテクニックの凄さには誰もが圧倒された。やがて二人は「モーガンズバー」を結成する。この二人が加わることで春待ちファミリーBANDの演奏テクニックは飛躍的に向上した。ソロやそれぞれのバンドで春待ちに出演していた野村あきさん、勝木てつよしさん、松尾のりひこくんらもメンバーに加わり、みつおくんも戻ってきた。店でのライブやコンサートのほか、各種イベントyへの出演も増え、春待ちには徐々にその活動の幅とファン層を広げて行った。
しかし音楽性や音楽に対する姿勢の違いなどの問題もあり、やがて勝木さん、神田くん、野村さんの三人は春待ちを抜け、神戸のフルーグラス界では知られた存在であるジョッシュ大塚さんを加えてノーブレイク楽"タイムバンドを結成する。
春待ち周辺のミュージシャンはファミリーBANDのメンバーを含め、他に仕事を持ちながら音楽をつづけていた。唯一スキップがくだんだけが音楽で飯を食っていた。春待ちの店自体が最初は昼間も開けていたものの、やがて夜だけの営業となり、社長も昼間別の仕事をするようになる。そんな中でファミリーBANDにも土日のイベントなど営業の仕事が入ってくるようになってきた。それに対する意見の相違、ほんとうにやりたい音楽の違いなどがあったようだ。でも、今となってはそのことによって個性豊かなたくさんの神戸のグループ、ミュージシャンが枝分かれして新しく生まれていったことを喜びたいと思う。

こんなふうに見てくると春待ちというのは本当に地元神戸で音楽をやりつづけている人が集う場だったなあとつくづく思う。しかも長いキャリアを持つ人から、うたいはじめたばかりの人まで……。排他的にあんらず、みんなが交流したり枝分れしたりしながらここで神戸の音楽を作って行ったのだ。とは言え、決して地元の人だけが出演していた訳ではない。横浜の伝説のジャグバンド・アンクル・ムーニーが初めて関西に来た時にはYANOMANやみつおくんがぜひにと声をかけ、彼らは拾得やバーボンハウスのスケジュールの合間に演奏しに来ている。アンクル・ムーニーは解散してしまったけど、メンバーとの交流はつづいていて、今もファミリーBANDはアンクル・ムーニーの曲をレパートリーにしている。みつおくんはおなじく有山じゅんじさんにも声をかけ、有山さんや中川イサト、金森幸介さんも何度か春待ちの店でうたっている。もちろん店の名前のもとになった斎藤哲夫さんもうたいに来た。
震災で店はなくなってしまったけど、春待ちファミリーBANDはその後も精力的な活動を続けている。一昨年発表されたセカンドアルバムは、結成当時の色合いを出すものとして、オリジナル・メンバーの神田修作くんや、田辺秀一さんも加わって、結成当時のレパートリーがレコーディングされた。みつおくんと神田くんによる「ストリート・オブ・六甲」を聴いているとそこに脈々とつづいてきた春待ち周辺の神戸のフォークシーンの最良の部分を感じられて、聴く度に僕は熱い感動に包まれる。


ちょっと引用が長くなったが、Morris.部屋を訪れる人の中でもあまり春待ちファミリーBANDのことを知らない人への紹介文としても役立ちそうだという下心もあってのことだが、なかなかこれだけにまとめるのは大変だったと思う。一部省略してるので、続きぐあいが不自然なところもあるがそれはMorris.の責任である。
Morris.が春待ち疲れBANDの常連になったのがちょうど開店1年後くらいからで、それから後のことはほとんど熟知してるが、開店早々のあれこれはなかなか勉強になった(^^;)
春待ち疲れBANDの店への思い入れはそれぞれだろうが、このくらい好意的にとりあげてもらえればいうことはない。本書への評点の高さのいくらかはそのお礼の意味も含まれている(^^;)
こういった本ではしかたないことだろうが、前著を含めて同じ内容の記事の重複が目に付くし、世話になった人や現在も交流関係にある人を多くとりあげることから、遠慮ないし配慮、お愛想、ヨイショなどが見え隠れして、ちょっと鼻白むところもあるが、それは読者であるMorris.の知り合いが多く出てくることにも関連するのだろう。人名の呼び方も、さん、くん、愛称、呼び捨てなど、同じ人物でも時と場合で変わったりと、これは難しいところだろうが、気にし始めると気になるかな。

2005/02/15(火)●サンギョプサルナイト●

7時半起床。今夜は桃谷の在日アジュマさん宅でサンギョプサル宴会に行くつもりだが、ちょっと天気が悪そうだ。
KBSのアーカイブで「開かれた音楽会」見る。何とチャンユンジョンが出ている(@ @) この番組はどちらかというと実力派歌手が出ることになってるのに、彼女が出るということは「オモナ」人気が相当なものだということだろう。「オモナ」の前にスタンダード演歌を三曲もワンコーラスずつ歌った。チュヒョンミの「シンサドンクサラン」を聴いた限りでは、やっぱり下手っぴーである(>_<) でも持ち歌の「オモナ」は流石に歌いこんでるだけにかなり様になってる。もともと超単純な曲だけどね。彼女日本進出の噂もあるらしいけど、どうなることやら。えらく彼女のことになると過剰反応になるMorris.は、結局かなり入れ込んでるってことかもしれない(^^;)
そして今回のラストにチョイングォンが出て来て、驚いてしまった。トゥルグックヮ(野菊)というグループで活躍してたし、ソロとしてもヒット曲を持ってるから、この番組に出てくることには不思議はないが、驚いたのはその変貌ぶりだった。アフロヘアに鬚をたくわえて黒眼鏡かけて、えらく肥ってるう(>_<) でも歌はやっぱり素晴らしかった。代表曲である「ヘンジン--行進」と「サノラミョン」の2曲だったが、もうちょっと聞きたかった。Morris.は初めての韓国旅行のとき釜山で、偶然彼のコンサートに行き、その後も2回ほど生演奏を見たことがある。フォークロックといえば分かる人は分かるだろう。そんなタイプの歌手である。ともかくも久しぶりに彼の歌声聴けてうれしかった。その後ついトゥルグックヮのCDを聴きなおしてしまった。
4時に部屋を出て大阪へ。電車の中で男子高校生のアディダスのショルダーバックにサッカーユニフォーム姿のペコちゃんがぶら下がってるのを発見。思わずデジカメに収めたが、いまどき、車内でデジカメ撮影というのは自爆行為かもしれないな(^^;) 梅田のヨドバシカメラ冷やかして電池など買い、桃谷駅構内の店でこの前買った\500のパジャマの柄違いを買う。ここで在日アジュマさんたちと待合せて自宅へ。今日の参加者は、先日ソウルに行き、カジノで旅行費用稼いで帰ってきた(^^;)おきくさん、アジュヤちゃん、tokki改めひろちゃん、悦ちゃん、初対面のミヒャンさん、そして遅れてちょあよさん、それからアジュマさんの次男もふくめて8名。
先に、アジュマさんにこの前のペチュキムチの下ごしらえの方法を教えてもらったので、忘れないうちに書いておこう。

1.白菜半分に切って、塩水(海水よりやや薄いめくらい)にしばらく(1,2時間)浸して、葉っぱがゆるく開くようにする
2.この白菜の葉っぱ一枚ずつの根本部分を中心に、粗塩をすりこむ
3.これに重石をして、半日か一日くらい漬けておく
4.取り出してしっかり水洗いしてから、ザルで水気を抜く(絞ってはいけない)
5.後はこのまえ作ったコチュヤンニョンを満遍なく擦り込むんで、熟成を待つ(^o^)


この前はちょっとヤンニョンを多く使いすぎたらしい。ヤンニョン多すぎると水が出ないで醗酵がなかなか進まないとのこと。でもまああれくらい味が濃い方がMorris.好みである。
そしていよいよ専用の厚手の鉄板の上でサムギョプサルを焼く。サムギョプサルは豚の三枚肉のことで、韓国人はことのほかこれを好む。普通は専門店でも初めから薄くスライスしたもの(食堂でも冷凍が多い)を焼いて食べるのが多かったが、最近はブロックのまま焼いてそれを、後で切り分けて再び焼くスタイルが流行している。アジュマさん宅でもこの方式で、まず焼き豚作るくらいの大きな三枚肉のブロックを豪快に並べて焼いた。シメジ、ニンニク、キムチも一緒に焼き、ごま油を漬けて、サンチュやエゴマの葉に包んで食べる。韓国そのままの食べ方である。ビールとソジュ(「サン--山」)とあいまって、美味しいこと。
さらに、アジュマさん手作りのチャプチェ、麺を茹でるのがちょっとうまくいかなかったとのことだったが、いやいや全く問題なし、近くの店で買ったというスンデまで出てきたのには驚かされた。しかもえらく大きい。
BGVには韓国ドラマやK-POPのミュージックビデオが流れるわ、話題はどんどんディープコリアンな方に流れていくわで、本当に時間を忘れてしまった。アジュマさんからは韓国直輸入の辛ラーメン(日本輸出用とはちょっと違う)も分けてもらい、10時半過ぎに打上げ、しかし、その後、全員で、すぐ近くにある、アジュマさん長男がやってるショットバー「TOY BOX」へ。こじんまりしたお洒落な店で、長男がこれまた長身でかっこいいし、店の雰囲気もいい感じである。おまけに低価格と、いうことなし。近くにこんな店があったら絶対常連になるだろうになあ。時間が無くて、1杯飲んだだけで(しかもアジュマさんのおごり(^^;))で、帰途につかねばならないのが残念だった。
それにしても本当に楽しい夜だったあ。アジュマさんありがとうごじゃいますm(__)m
雨は降り続いていたが、いい気分で帰宅したら零時半だった。


ほとんど別人28号のチョニングォン

男子高校生鞄のペコちゃん

豪快な三枚肉ブロック

食べるときはこんなふうに

お手製チャプチェ

スンデ(血と内臓の腸詰)

お約束の記念写真

長男の店 TOY BOX

かっこいいぞ、長男!!

【俳句のモダン】仁平勝 ★★★☆☆ ぐいぐい俳句などと銘打って勝手にぶいぶいやってたのもすでに旧聞に属する今日この頃のMorris.は、俳人ならぬ廃人への道をひた進んでいるわけだが、たまにこうやって、俳句関連の書に手が出るというのは未練というものだろうか?
本書はモダン派と目される、8人の俳人の一句集を中心にした評論である。
ラインナップと副題を目次から引いておく。

水原秋桜子「葛飾」--知性の反乱
山口誓子「黄旗」--写生からの飛躍
日野草城「花氷」--モダニズムの出発
石田波郷「鶴の眼」--伝統俳句の変貌
西東三鬼「旗」--異端の俳句
渡邊白泉「白泉句集」--無季俳句の頂点
三橋鷹女「向日葵」--「性」の演出
橋本多佳子「紅糸(糸+糸」--最後のモダン

名前だけならいちおう全員知ってるが、親しんだ俳人となると秋桜子、三鬼くらいかなあ。そして本書でMorris.が一番興味深かったのは、渡邊白泉だった。本書に引かれた彼の句をあげてみる。

あまりにも石白ければ石を切る
街灯は夜霧に濡れるためにある
鶏たちにカンナは見えぬかもしれぬ
昼休み長きいつぽんの煙草すふ
戦争が廊下の奥に立つてゐた
銃後といふ不思議な町を丘で見た
憲兵の前で滑つて転んぢやつた
三宅坂黄套わが背より降車
戦争はうるさいし煙し叫びたし
玉音を理解せし者前に出よ
ひらひらと大統領がふりきたる 渡邊白泉


無季俳句というのは、一部では否定されているが、Morris.は引かれるものがある。というか、季語はあってもなくてもいいんじゃないかという立場である。そして、白泉の句の中では「街灯」の一句にしびれたというのが正直なところかもしれない。好きなのもはじめの三句だけだ。
この句についての筆者の言及は以下のとおりである。

街灯が夜霧に濡れているという、ありきたりの風景をとらえて、そこに比喩的な解釈を持ち込んでいる。その点で、これは赤黄男(蝶墜ちて大音響の結氷期)より窓秋(ちるさくら海あをければ海へちる)や鳳作(蟻よバラを登りつめても陽が遠い)の句に近い。ここで「夜霧」を題とすれば、詠まれている風景は季語にたいする解釈といえる。ただ、窓秋と鳳作の句が季語に比喩を背負わせているのにたいして、この句は「街頭」のほうに比喩が関わっている。いってみれば「街灯」は一句の裏の主題なのである。
裏の主題は、季語がなくなれば、必然的に表の主題になる。白泉の方法は、その移行がいつでも可能なのであり、それは季語でなくても一句の題になることを意味している。すなわち白泉は、自身の散文的なモチーフを、題詠の方法と合体させたのだといっていい。これはきわめてだいじなことだ。
大事なことはもうひとつある。ここに詩的なレトリックがあるとしても、赤黄男のそれに比べればそれほど高度なものではない。言葉だけを見れば、むしろ歌謡曲に近いともいえる。しかし白泉は、下五に「ためにある」という言葉を加えただけで、街灯が夜霧に濡れるという風景を比喩に転化してみせた。すなわち五七五という定型自体に、比喩の仕掛けを発見したのである。これは先のように詩的なレトリックと同義ではなく、文字通り俳句的な比喩と呼んでいい。


なかなか穿った、しかし充分納得できる論である。とはいうもののMorris.は、そういった説明抜きで「街灯」の句にしびれたのだから、やはり作品は論を超えたところにあるというべきなんだろう。
筑摩の現代日本文学全集91「現代俳句集」の渡邊白泉の作品(250句ほど)を読んでみた。戦前、戦中、戦後と分けて掲載されているが、やはり戦前の作品に見るべきものが多いようだ。「街灯」の句は冒頭に掲げられていた。

象使ひ白き横目を緑陰に
雪の日のそばかすの子を恋ひそめし
泣くことのあれば饒舌の霧一夜
花原理飛躍水槽足生命(いのち)
遠き遠き近き近き遠き遠き車輪
極月やなほも枯れゆく散紅葉
冬の旅ここも孤(ひと)つ眼の国 渡邊白泉


本書には、他にもいろいろ見所があり、けっこう刺激的でもあったわけだが、タイトルにある「モダン」についても、あとがきで次のように総括している。

たとえば俳壇では、昭和の初期に現れた俳句の新しい潮流を「新興俳句」と呼び、それに対抗して前世代のスタイルを守ろうとする人たちは、自分たちの立場を「伝統俳句」と呼んでみせた。そして後者が文字通り伝統的な俳句だと信じている人もいる。しかし「伝統俳句」もまた、昭和という時代の申し子にほかならない。そもそも「伝統俳句」が模範とする虚子の句そのものが、かつて明治の「モダン」だったわけである。

いよっ、と、掛け声をかけたくなるような提言である。つまり、そういうことなんだよな、とMorris.は思わずうなってしまったよ。
これに続けて俳句という古典詩型が現在まで支持されてるかということに関して、定型が自由を制約するように見えて、かえって表現の自由を生み出すというあたりは、Morris.も我が意を得たりで、大いに共感した。

俳句と川柳の違いは、それぞれの発生に本質がある。俳句の発生は発句であり、芭蕉が「謂ひおほせて何かある」というように、すなわち「いいおおせない」ことを本質とする。いっぽう川柳の発生は、いわが発句のパロディとして、七七に五七五を付ける前句付けであるり、発句とは逆に「いいおおせる」ことが求められる。

という、俳句と川柳の差異論も実に分かりやすく納得できたし、日野草城論の中にあるモダニズムの揺籃が俳句以外のところからもたらされたという意見にも賛成したい。

俳句におけるモダニズムとは、じつは俳句の外側からやってきた想像力のことだといってみたい。そして草城の想像力を俳句の外側で育てたのは、前の項でも述べたように、やはり読書三昧の時間なのだとしておこう。完成した俳人は(自分でそう思っている俳人も含めて)、この種の想像力を、あえて俳句の外側から呼び込もうとはしない。だから俳句は、決して内側から新しくなることはないのである。

そこまで言い切れるかどうかは別として、いわゆる俳人の不勉強ぶりというか、夜郎自大ぶりは俳句を面白くなくする原因の一つであることはまちがいないだろう。

ついつい、引用が長くなりすぎたきらいもあるが、本書に取りあげれている句のうちMorris.の琴線に触れたものを引いて終わりにしたい。

人殺す我かも知らず飛ぶ蛍 前田普羅

ところてん煙のごとく沈みをり
春の夜や檸檬に触るゝ鼻の先
秋の夜や紅茶をくゞる銀の匙
刺青に通ふ女や花ぐもり
源氏名の昔もありぬ衣更 日野草城

バスを待ち大路の春をうたがはず
あへかなる薔薇撰りをれば春の雷
吹きおこる秋風鶴をあゆましむ 石田波郷

汽車と女ゆきて月蝕はじまりぬ 西東三鬼

蝶とべり飛べよと思ふ掌の菫
日本の我はをみなや明治節
みんな夢雪割草が咲いたのね 三橋鷹女

罌粟ひらく髪の先まで寂しきとき 橋本多佳子

Morris.周知の句は省略している。引用句のない作者の句は無視したというわけではないので、為念。

2005/02/14(月)●Valentine'sペコちゃん●

もうほとんど死に体になってる、インクジェットプリンタ(EPSON PM-740C)、いいかげん処分すべきなのだろうがインクが残ってるので、ものはためしと普通紙A4に試し刷りする。やっぱり全体に黒い細線が印刷されてしまう。しかし3枚目くらいからこの黒線が消えた。おお、今なら印刷できるぞ、と画像ファイルをチェックしてとりあえずインク尽きるまでプリントすることにした。A4で15,6枚プリントしたところでカラーインクが切れてしまった。最初半分くらい残ってたはずだからさらのインクでも普通紙A4で30枚プリントできるかできないかということになる。カラーインクも黒インクも\1,000くらいするから、1枚あたり\70近くかかることになる。Morris.のばあい先の黒線で駄目になったのが多いから、とんでもなく高くついてしまうことになる。以前から、プリンタのインクの割高なことには腹をたてているが、そういう商売だと割り切るべきなのだろうか?
今夜は在日のキム君と「ソウル家」に行くことにした。昨日電話があり、彼が5時に仕事追えて大阪に出るから、Morris.は先に梅田を冷やかして、鶴橋で待合せることにしようと約束してたのだ。6時前に鶴橋に行き鶴橋市場でタシダ買ったり、「楽人館」冷やかたりしながらキム君からの連絡を待つ。しかし6時半になっても7時になっても連絡が無い。彼の携帯にかけたら「お客様の事情により使えなくなってます」メッセージだし、自宅にかけても出ない(>_<) どうなってるんだあ。「福ちゃん」でコムタンでも食べて帰ろうかとも思ったが,せっかく鶴橋まで出てきてるし、このまえ持ち帰るのを忘れてたカラオケ曲目表もほしかったので一人で行って見ることにした。
Valentine's ペコちゃん?4Fのカラオケ部屋のドアは鍵が閉まってた。1Fの食堂に行ったらママがいて、開けてくれた。今日は誰も客がいないらしい。友達と来るつもりがこれこれこういう事情でというと、一人でもいいから練習がてら遊んで行くように言われたのでそれに従う。
この前の一人カラオケボックスと同じパタンである。たしかにこれはいい練習の機会でもあるな、と思って新曲をばしばし入れる。といっても、ここBMB通信カラオケは新曲の追加は月に10曲から20曲程度で、Morris.が歌えそうなのは、キムヘヨンの「ガラスの靴」、キムヒョンジョンの「B型の男」、チャンユンジョンの「オモナ」、ソンデグヮンの「ユヘンガ」くらいだった。「B型の男」はやっぱり難しい。特にラップはMorris.には鬼門である。その後も、あまりよく覚えてない曲や、初めて歌う曲などを選んで練習に励んで??いたのだが、9時ごろからママがつきっきりで、交互に(といっても大半はMorris.だけど)歌いつづけ、気がついたら11時になってた。とうとうキム君からは連絡なしだったし、他の客も誰も来ず、Morris.の一人貸しきり状態だった。ママがいたのでどうしても韓国懐メロシリーズがメインだったし、古い曲はおおむね短いからMorris.は60曲以上は歌ったと思う(^^;) 何かママには悪いことをしたような気になった。
帰り道コンビニに寄って不二家のアイドルペコちゃんを買ってしまう。これは例のミニペコシリーズに続く企画らしい。稲田さんからの情報があって、どうしようか迷ってたのだが、結局買ってしまうわね(^^;) \300だから手ごろといえば手ごろだが、本気で10種類全部集めようなんて思ったら\5,000くらいはかかるだろう(ダブりがあるから)。もちろんMorris.にはそんな気はない。いちおうグッズ付きのお菓子というコンセプトだから、小さなチョコ菓子が数個入ってる。どう見てもおまけはこのチョコの方だ。そういえば今日はバレンタインデイだった。いつもはまずチョコレートなんて口にしないMorris.だが、これは、ペコちゃんからもらったバレンタインチョコだと思うことにして、食べてみた。あ、甘いっ(>_<)
今日Morris.の箱に入ってたのは赤い着物ペコちゃんだった。まあ、可愛いけど、以前のミニペコシリーズと比べるとかなり大きいし、衣装が化繊の安っぽい生地製なので汚れやすそうだ。

2005/02/13(日)●南京町春節祭●

7時半起床。部屋でごろごろごろごろしてた(^^;)
元町アーケイドを練り歩く中国獅子舞昼からTVでサッカーのアジアクラブチーム大会での横浜マリノスと韓国の浦項スティーラーズの試合を見る。前半日本が1点選手、後半韓国が同点に持ち込み、先日の日本-北朝鮮の試合を思い出したが、結局は1-1の引き分け。
夕方元町に出て、阪神理容で散髪。今日は顔なじみのおっちゃんで、すばやく手際よくやってくれた。
そのまま南京町の春節祭を冷やかす。今日が最終日だったらしい。中国獅子舞が元町アーケイドを練り歩いてたし、南京町は観光客でごった返ししていた。しばらくふらふらして、三宮まで流れて星電社で携帯電話をちょっと冷やかしたが、どうにもよく分からない。今使ってる携帯は初めて買ったもので、もう2年半くらいになるので、そろそろ買い換えるべきだと、よく言われるのだが、貧乏性のMorris.は、壊れもしていないものを買い換える気にはなかなかなれない。ただ、今の機種の画面は暗くて文字が見にくいため、最新機種の明るい画面には魅力を感じている。それに、携帯の場合、壊れてから買い換えるというのは、決して望ましい事態ではないだろう。カタログだけもらって帰る。

2005/02/12(土)●きしめんの穴場●

尾張一宮SA「麺丼亭」のきしめん4時半起床。清水君に迎えに来て貰い、名古屋から中国向け荷物のピックアップ。朝は尾張一宮SA「麺丼亭」できしめんと鶏飯のセット。ここの鶏飯は、鶏そぼろと焼き鳥の載ったなかなかの優れものだが、やっぱりお目当てはきしめん。Morris.は名古屋で数十回食べたきしめんと比べてもここのきしめんが美味しいと思う。2cm以上ありそうな幅広の麺はちょっとすいとんみたいな舌ざわりでもちもちしてる。出汁もしっかりしてるし、言うことなしである。ただ先日西根君といっしょに入ったときは、麺も丼もいまいちだった。今日はばっちりである。作ってる人が違ったのかもしれない。
名古屋から、中川、木下君が応援に来てくれたが、作業は4時過ぎまでかかった。
帰りも清水君が部屋の近くまで回って降ろしてくれたので8時前に帰宅。
かせたにさんからの勧めで、1月31日の「歌謡舞台」をKBSのアーカイブで見る。ノヨンシムでお馴染みの「クリウムマンサイネ--恋しさばかり」の作者でもあるヨジンが出演していたのだが、この曲と「クムクヌンフエ--夢みた後に」の2曲を歌った。しっとりとした歌い方で、彼女は芸能人らしくない落ち着いた女性のようだ。かせたにさんの好みなのだろうか?Morris.は同じ番組の後の方に出てきたキムミソンの「アシウム」にちょっとふらっとした。この曲は懐メロCDに入ってるのでよく聴いてたのだが、今日の歌い方はほとんど崩れてたが、実にMorris.にぴったりだった。先のヨジンとは対照的にこちらは、どっぷり芸能界の垢が染み込んでる風情で、頽廃を感じさせる。
その後、昼間留守録しておいた「真実」を見る。チェジウがしつこくアタックするリュシオンに少しずつ心を開く展開だったが、イビョンホンへの熱愛はどうなったんだ?と、うっかり心配してしまったMorris.は、深夜の「美しき日々」としっかり混同してたわけだ(^^;) 主役級の二人がダブって、同じ曜日に放映されるというのはどうもややこしいぞ。その「美しき日々」のほうは、あいかわらずイビョンホンはぐじぐじと悩みまくってるばかりで一向に、あのかっこ良さを発揮してくれないので、Morris.はちょっと欲求不満である。イビョンホンの父がリュシオンの父を殺したという事実を知って、イビョンホンもリュシオンもヤンミミまでがとんでもなく臭い演技を繰り広げる。チェジウは性懲りも無く恋愛煩悩の狂信者を続けて勝手に倒れて入院である。ちょっと面白くなりかけたと思ったらまたまた沈滞である。

【住所 田園調布 職業 ホームレス】青山潜(述) 岡田晃房(記) ★★☆☆ 1950年石巻生まれの青山氏(偽名だろうけど)は下水道工事会社経営していたが、倒産失業して多摩川の川原でテント張り自給自足生活に入ったとのことで、フーライターの岡田氏が聞き書きして作ったノンフィクションドキュメント風の一冊である。
それなりに腕力も人望もあり、普通の浮浪者のように、残飯食ったりはしないで、何とか食いつなぎ、地元の人との付き合いもできるという、いわばホームレスの中でのエリート(^^;)の立場を確立してるみたいな述者は、記録係である岡田氏に来歴や生活哲学めいたことを問わず語りするのだが、どうしてもそこには、粉飾が見え隠れする。「人みな飾って言う」とは山本夏彦の寸言だが、特に世をはばかる立場の人間はそうせざるを得ないだろう。それでも、面白ければかまわない(^^;) しかし本書はMorris.にはそれほど面白くも何ともなかった。
ただ、ホームレスの世界でのしのぎである、ダンボールや空き缶拾いの相場などを書いてあるところは興味深かった。

現金は朝早く劇画やエロ本を回収して古本屋に持っていく。
あるいは、空き缶を大量に集め、つぶしてリサイクル業者に売る。
空き缶はキロ当たり80円。新聞や段ボールがキロ2、3円にしかならないことを考えると、はるかにおいしいシノギだ。

それで、最近神戸でもダンボールをリヤカーに乗せて引いていく人間の数が減ったんだろうな。空き缶なら自転車でも回れるから効率的なのだろう。
本書で、青山氏が「世捨人」という立場から今の社会への警鐘めいた説教が頻繁に吐かれるが、どうもその半分は記録係の岡田氏の作品のようでもあるし、何となくうさんくさい、というか薄っぺらな感じを受ける。
別れた妻と息子への連綿とした未練や愚痴も、勝手に言わしておくしかない、といった類のものである。
しかし「ホームレス」の「ホーム」が「家族」「家庭」なら、青山氏より、Morris.の方が、はるかに年季の入った「ホームレス」であるかもしれない。

2005/02/11(金)●TVで正月気分満喫●

8時半起床。何かだらだら生活が続いて部屋が雑然としてるので洗濯しながら掃除。
今日は建国記念日というわけで??NHKでルーブル美術館所蔵品100選みたいな長時間特番やってたので、つい見るともなく見てたが、ゲストのおしゃべりやら変な音楽やらフランス料理やらが鬱陶しくて、途中で6chの東寺特集に切り替える。こちらの方がよっぽど見応えがあった。
昼食は炊き立てのご飯に例のキムチオフで作ったペチュキムチを乗っけて食べる。ちょうど食べごろの味わいで、すっかりいい気分になってデジカメでマクロ撮影(^o^)この画面おかずにご飯食べることができるかもしれない(^^;)
午後はKBSアーカイブの歌謡番組を立て続けに見る。
「開かれた音楽会」は、パンナムジョンがなつかしのメロディと踊りを披露してくれた。キムヒョンジョンも出て、やっぱり彼女の声はMorris.好みだということを再確認したが、一押しの「B型の男」を歌ってくれなかったのでちょっとがっかり。
その後の「全国ノレチャラン」は、旧正月特別プログラムで、2月9日、10日連続放送されたらしい。9日は何と「チョルムメトゥロッツチュクチェ--若人演歌祝祭」というタイトルで、出演者すべて十代から二十代前半の若者が演歌(トゥロッツ)だけを歌うという企画で、Morris.はすっかり嬉しがってしまった。「韓国(演歌界)の未来は明るい」\(^o^)/10日は「中国同朋特集」ということで、中国に住んでいる朝鮮族の特集で、トップゲストは父親が中国人のチュヒョンミだった。おしまいにゲスト出演したイジナの「チャルイッコラプサンハン」という歌が調子が良くて気に入った。
しかし今日のハイライトはなんと言っても、あまり期待してなかった「歌謡舞台」だった。こちらも正月特集でタイトルが「タヒャンサリ50ニョン--他郷暮し五十年」というものだったので、そういった類の懐メロ特集だと思っていたのだが、突端からノレチャラン司会者のソンヘさんが登場して歌い始める。最近ソンヘさんはノレチャランでもよく出演者と唱和してるし、時々は歌謡舞台にゲスト出演することも多いのだが、今日は何とほとんど最後まで出ずっぱりで、10曲以上を熱唱。さらに、あの「セサンウンヨジギョン--世間のぞき眼鏡」のシンシネと、韓国版「金色夜叉」の二人を寸劇で大熱演するわ、「セッタリョン」のキムセレナと「カプトリワカプスニ」をこれまたコミカルな寸劇風に仕立てるわと、大活躍というか、ほとんどワンマンショーみたいだった。うーーん、Morris.は5年前にソンヘさんと会って、大好きになったので(前からTVで見て好きだったけど)今日の番組なんか、永久保存しておきたいくらいのものである。ふた昔前くらいの歌謡番組では、よくこんな寸劇めいたものがあって、肝心の歌よりそっちの方が面白くて笑い転げていたことを思い出した。実に正月気分満喫である。いやあ、楽しかったあ(^o^)
明日は清水君と名古屋行きで早起きである。


どんどん好きになるキムヒョンジョン。でもこの画像は可愛過ぎ(^^;)

ソンヘさんとシンシネ演じる韓国版「金色夜叉」

ソンヘさんとキムセレナのデュエット「カプトリとカプスニ」

【江戸狂歌】なだいなだ ★★★ これはずっと以前に読んで(1986年発行)えらく感心した記憶があっての再読だったが、再読では、それほどの感動は無かった(^^;)
岩波の「古典を読む」シリーズの一冊で、今読むと、何となく活字が大きくゆとりがあって、老眼の進んだMorris.にはすごく読みやすく感じられた。
狂歌は江戸時代、それも天明年間を中心にした短期間に爆発的に流行したものである。なだいなだはそれを我田引水的に引用して本書をまとめているようで、その理由もわからないではないが、今読むと視野が狭い気がした。

そうしてまとめられた狂歌集を読んでも、ぼくは少しも笑わなかった。面白いものがあるなあ、と思う。しかし、大笑いするには、何かが欠けているのである。それが何かを、突き止めねばならないと、ぼくは感じた。そして様々考えた末に、ある結論に達したのである。
笑いは情況のなかで生きている存在なのだ。
だからこそ、狂歌は決して単独にとりあげられても笑えないのだ。もし狂歌を生かすのなら、引用によって生かされるべきである、それが、正当な現代への復活の仕方である。ぼくはそう結論したのであった。

Morris.は当時、これに賛同していたものと思う。それから20年近く経って、考えが変わったとみえる。

細川幽斎の甥である雄長老の狂歌から豊臣秀吉時代の庶民の気持ちがわかったという。

さて、この歌の作者が生きていたのは、当然のこととして、花鳥風月を歌うような時代ではなかった。僕は歴史の向こう側に行って見て、そのことに気がついたのである。
一握りの人間を除いては、日本人の大部分が、一日一日を、その日暮らしで生活していた。なにしろ戦国時代という何十年も続いた動乱の後である。第二次世界大戦の戦後の焼け跡で暮らしていた時代を思えばいいのだ。焼野で花鳥風月を歌う気持になれるものではない。歌ったところで歯のうくような、うそうそしい感情の発露でしかない。それと同じ風景が見え出したのである。
インテリにとっても(当時のインテリは没落貴族であった)、生きるのは難しく、生活のことが頭から離れなかった。もちろんインテリは、そうした現実に埋没した生き方を迫られている自分に満足していた訳ではなかった。それはもちろんである。しかし、いかに不満であっても、現実は厳しい。自分には手も足もでない。そのことも分かるのである。なんと情けないことだろうか、と自分の無力さ加減に愛想をつかしたくなったろう。だから、そこで自嘲の気持ちを歌に詠んだのである。


こういったものいいに、当時のMorris.は惹かれていたらしい。

天明のころの狂歌作者たちの集まりをみていると、ぼくは自分たちの同人誌時代を思い出さずにはいられない。ぼくたちの雑誌には、実にいろんな仕事を持った人間たちが集まっていた。医者もいれば先生もいる。高校の教頭も小学校の校長もいた。また、昔の小学校の小使いさんのような仕事をする人もいた。だが、こと小説を載せる雑誌に属しているあいだは、ぼくたちは、そうした社会的な地位など全く忘れて、互いに議論することができた。まるで小さな共和国がつくられたかのようであった。そこでは小説のうまさと文学に対する造詣の深さだけが尊敬の対象となっていた。ぼくは、その同人雑誌に集まった人々の姿に似たものを、天明の狂歌を支えた人たちの姿のなかに、見るのである。

Morris.は反射的に、ネット世界の集まりのことを思ってしまった。とりわけ一昔前のパソ通時代の集まりのことである。インターネット普及以前のかなり不自由な時代のパソコン通信の世界は、ちょっとした異次元世界という感じで、特に初心者のMorris.はそこに一種の共和国めいた感じを持ったものである。しかしそういう時代が長続きしないということも思い知らされたりもした。
なんだか、本書の内容から離れたがってるような気がする。本書に引用された狂歌をいくつか引用して言い訳に代えよう(^^;)

世の中は色と酒とが敵なり どふぞ敵にめぐりあいたい
朝もよし昼もなほよし晩もよし その合ひ間にチョイチョイとよし
盃に飛び込むのみものみ仲間 酒のみなれば殺されもせず
飲みに来たおれをひねりて殺すなよ のみ逃げはせぬ晩に来てさす
口ゆゑに引き出だされてひねられて 敷居まくらにのみつぶれけり
まがりても杓子は物をすくふなり すぐなよふでも潰すすりこぎ
世の中に人の来るこそうるさけれ とはいふもののお前ではなし 蜀山人

世の中に人の来るこそうれしけれ とはいふもののおまえではなし内田百

げに酒は愁をはらふはゝきとて たはこともはく青反吐もはく 宿屋飯盛

人の恋季はいつなりと問はゞ 面目もなし何とこたへん 横井也有

とれば又とるほど損の行く年を くるゝくるゝと思ふおろかさ 唐衣橘州

月みてもさらにかなしくなかりけり 世界の人の秋と思へば 頭光

いつ見てもさてお若いと口々に ほめそやさるゝ年ぞくやしき 朱楽菅江


おしまいの朱楽菅江の歌に、Morris.は深い共感を覚えざるを得ない(^^;)

2005/02/10(水)●透明人間の恐怖●

西根君と午前中は千里に保管荷物の配達。午後は宝塚の荷物引取りで、二つの現場の間が開いたので、川西の「黒兵衛」でラーメン食べた後、長い昼休み。西根君と昨日のサッカーの話で盛り上がる。彼は、後半、高原のミスキックについて大いに不満をもらしていた。
何かのきっかけで透明人間のことが話題となる。論理的に透明人間というのは不可能だという話から、もし自分が透明人間になったらと想像してみたのだが、実にこれは危険がいっぱいだということに思い当たった。街を歩いていても相手はMorris.が見えないから、へいきでぶつかってくるだろう。目の前の人間をこちらが一方的に避けるというのは結構気を使うに違いない。さらに車だってMorris.は見えないのだから、平気でぶっ飛ばすだろうから、交通事故の危険は、通常人の数倍くらいはあるにちがいない。それに食事の問題もある。口から食道を通って消化器官をたどっていく食物まで透明にはならないだろう。と、すると、透明人間があるくと食べ物だけが浮遊してることになりかねない。

2005/02/09(水)●見ごたえあった北朝鮮戦●

溝渕君と魚崎のオーストラリア向け荷物のピックアップ。午前中に作業終り、昼食は「朝日」で2枠定食、午後は倉庫でヴァン詰め作業など済まして、夜は7時から6chのサッカー、日本vs.北朝鮮を観戦。
試合開始直後に日本、小笠原のがフリーキックで先制してこれは、ワンサイドになるのでは、と思ったがそれからは膠着状態、というか、北朝鮮の方が押し気味ながらゴールに至らず前半終了。後半も北朝鮮の押せ押せムードで、川口のスーパーセーブで得点を阻んだものの、北朝鮮のゴール前での見事な4人連携パスから、誰もが思いもよらぬ逆方向へのゴールで同点に。これはすごかった。このまま1-1で引き分けかと思われたロスタイムに交代したばかりの大黒が決勝ゴール。息詰まるくらいのいい試合だった。たしかに反則も多かったし、かなりエキサイトもしたが、試合をこわすような言動もなく、試合後は両チームの選手が握手して別れた。アナウンサーやコメンテータはうるさかったが民法でも、サッカーのゲーム中はCM流さないのが徹底しているのは良い。
いちおうMorris.は日本を応援していたのだが、途中から、北朝鮮にもエールを送っていたよ(^^;) 引き分けだったら、かなり日本はショックだったと思う。Morris.にとっては、今日の結果は最良と思える。久しぶりに、熱中して楽しめる試合だった。
Morris.の掲示板ぐいぐい酒場のteacap版は、数日前から、ちゃんとハングルが表記されるようになっている。理由はわからないが、結果オーライである(^^;) これでこのまま掲示板の再引越しはせずにすみそうである。(そう願いたい)

2005/02/08(火)●ツーショット●

チャンユンジョンと氷川きよしの2ショット清水君、高平さんと、大阪南港のローカルピックアップ。食事抜きで2時過ぎまでかかって作業終了。遅い目の昼食は久しぶりに深江の市場の「漫々亭」でチャンポンでも食べようと行ったのだが、目の前で「本日は終業」の札かけられてしまった(>_<)
今夜は6chで氷川きよしが韓国に行って、あの「オモナ」のチャンユンジョンと共演すると聞いていたので、しっかり録画しながら見る。冒頭で「オモナ」が一部分ハングルの字幕付きで流れた。南大門の食堂でチュヒョンミの「涙のブルース」の一節をアカペラで歌ったが、やっぱり下手(^o^)だった。全州の「家族会館」という店で石焼ピビンパ食べたり、田舎のコチュジャン作りの家に泊まって親交を深め、村人の前でミニコンサート開くなど、結構充実した内容の番組だった。しかし、そのコンサートにまでわざわざチャンユンジョンを呼びながら彼女は何も歌わなかった。
いよいよ明日は日本-北朝鮮のサッカーである。これは絶対に見逃せないなあ。ほんとは明日は静岡行きの仕事が入りそうだったのだが、これを見逃したくなくて、近場の現場に替えてもらった(^^;)

2005/02/07(月)●ね、眠いっ!!●

昨夜は2時ごろから、キムチオフ会アルバムつくり始めついつい熱中して、出来上がったら4時だった。明日は仕事ないからというのでまた愚図愚図して、結局5時過ぎに就寝。
ところが朝7時前に西根君から電話で、風邪のため動けないので代わりに出てもらえないかとのこと、矢谷君にトラックで迎えに来てもらい、住吉川沿い高級マンションの現場。しかし、やっぱり眠いっ(>_<)
昼食は「朝日」で出し巻+チキンカツセット。ここは本当にすごいボリュームである。でも出し巻は以前の1.5倍くらいあったぞ。
何とかしごと終えて、帰りも直帰させてもらう。とにかく眠い。こればっかりである(^^;)
夜は早速昨日のキムチ、味見したが、まだ味が葉っぱに染んでない、もう2日くらいは待つべきだろう。

2005/02/06(日)●キムチオフ+ノレバン●

8時起床。朝風呂つかい、昼前にJRで桃谷へ。
今日は在日アジュマさん(ハンドル)主催のキムチ作り大会+オフ会である。正午集合でちょっと早めに着いたので、桃谷商店街の裏通りを散策。塀の上によじ登ろうとしている虎猫がいたので撮影しようとしたが、間に合わなかった。駅構内の売店で豹柄のパジャマが何と\525だったので購入。
実はMorris.は在日アジュマさんとは直接の面識がなく、そらさんが参加するので紹介してもらうことになっていた。改札口前にたむろしていた10数人の集団が参加メンバーで、全員女性、それも若くて可愛い子が多い(^o^)Morris.喜ぶまいことか。13名の参加者中男はMorris.一人、紅一点ならぬ緑一点だった。
勝山の在日あじゅまさん宅は付近の建物とは異色の黄色い可愛いおうちだった。
すでに昨日のうちに、白菜や大根の下ごしらえは済ましてあり、今日はヤンニョン作りと、それを白菜の葉っぱ一枚ごとにすりこんでいく作業のみ。Morris.もちゃんと割烹着持参で、自分の分は作ったがそれよりデジカメ記録係としての方が忙しかった。
ヤンニョンのレシピが配られたので、写しておく。

唐辛子 4kg
ハイミー 1kg
アジシオ 700g
砂糖(三温糖) 2kg
ニンニク 10玉
ほんだし 適当


自慢顔のそらさん(^^;)今日は、これの半分の量だったが、Morris.の想像を絶する材料の割合である。ほんだしは、鍋で濃い目のだしを作っておき、粉類の中にいれて適当な粘度に仕立ててミキサーでおろしたニンニクを入れる。生姜やアミ、林檎の擦りおろしなどは、後で適宜好みで加えることになるらしい。
考えてみるとキムチ作りは前の野菜の下ごしらえと仕込みにこそ時間と手間がかかるものだから、今日の催しはほとんど仕上げの部分だけをそれぞれが体験するといったくらいのeasyな作業だったが、大勢でわあわあ言いながらやるというのが楽しい。
本場韓国のキムジャンも、基本的には近所の女性たち総動員でおしゃべりしたり味見したりの作業を楽しむというところに大きな意味があるようだから、これでいいのだ(^o^)
カクテギは角切りにして塩味つけてあるのを、ヤンニョンの中に入れてかきまぜるだけと、これも簡単にできる。在日アジュマさんが前もって用意してくれてた5リットル入りのタッパーに白菜丸ごと一個分のペチュキムチと、カクテギ、ヤンニョンを詰め合わせてお持ち帰り。さらに市販の冷麺スープまでいただいて、実費で千円ちょいというのは余りにもお買い得な企画だったあ。これは在日アジュマさんのファンサービスみたいなものだろう。感謝m(__)m
打上げ?の二次会は近所の「キョンエグヮン--京愛館」という韓国食堂。カムジャタン、タクトリタン、チジミ、サンギョプサルなど頼んで、ビールで乾杯。
ここでやっと自己紹介ができた。大人数なのでなかなか覚えられそうにない。在日アジュマさん、そらさんのほか、とりこさん、riokaさん、みねちゃん、えっちゃん、tokkiさん、あじゅやちゃん、おきくさん、文本さん、やっとままさん、畦岡さん、あしながさん、そして男性のちょあよさんが遅れて参加した。それにしてもなかなかの数である。
みねちゃんは岐阜、あしながさんは名古屋からの参加とのこと。この集まりは、ネットの「SEOULNAVI」関連で、Morris.はここは、たまに情報を見るために寄るくらいだが、かなり広範囲で大きなサークルみたいだ。ほとんどが最近の韓流ブームよりずっと前からの韓国フリークみたいで、いろいろ教えてもらうことも多そうだった。tokkiさんは3月からソウルに留学とのことだし、おきくさんはカジノの常連らしい。
食後鶴橋市場を冷やかしながら、駅前の喫茶店で三次会?のだべりんぐ。Morris.としてはこのあと希望者募ってノレバンにでも行きたかったが、そのまま解散になった。
ファピョンさんを電話で呼び出して、このところごぶさたの「ソウル家」に行くことにした。その前に近くのスーパー「玉出」を冷やかす。24時間年中無休というのもすごいが、何と言ってもこんな派手なスーパーは珍しい。まさに大阪ならではの店舗だろうな。
「ソウル家」は先客は一組だけで、適当に歌っていたのだが、途中から来たグループが、日本の歌ばかり、それも連続して歌うわ、話がうるさいわで、ちょっとうんざりした。わざわざ韓国カラオケ広場に来て日本の歌ばかり歌うなよな、と、言ってもここも商売だから文句を言う筋合いは無いといえば無い。
10時過ぎて客が他にいなくなってから、思いっくそ歌いまくった(^o^) 数少ないながら新曲も追加されてる。ソンデグヮンの「ユヘンガ」は前にも歌ったが、チャンユンギョンの「オモナ」、キムジョンヒョンの「B型の男」は初めて歌うことが出来た。もっともほとんどめちゃくちゃだった(>_<) 他に我らがキムヘヨンの新曲「ユリクドゥ」「ファナヌンヨジャ」なども追加されてるので次回挑戦してみよう。
ここに勤務してる劉銀花さんの息子が秋山成勲という、柔道選手でアテネ五輪の出場こそ逃したがアジア大会で優勝するなどかなりの実力の選手で昨年、格闘技のプロとしてデビュー、大晦日の大会に出場して好成績を収めたと聞いて驚いた。格闘技とは無縁のMorris.だがとりあえず応援しなくては(^o^)
ソウル家のママに頼みこんで、韓国歌謡の曲目表歌本の古いのをもらえることになったのに、置き忘れてしまったのが悔やまれる。近日行かねばなるまい(^^;)
帰りはファピョンさんの自転車に二人乗りで、鶴橋駅まで送って貰ってしまった。えらいことをさせてしまった。感謝。帰宅は1時前だった。なかなか充実の一日だった。写真がやたら多くなったので、「キムチつくり大会オフ写真ページ」を別に作ったので、関係者ならびに興味ある方はそちらを見てください。

2005/02/05(土)●ハングルの壁?!●

8時半起床。洗濯しながら朝風呂に入り、昼から昼から三宮図書館。
新しくteacupに移行したMorris.の掲示板ぐいぐい酒場だが、今日書き込みしたら、見事に文字化けしてしまった(>_<)
ハングルで鳥の名前を書き込んだのが原因のようだが、最初の発言で試したときは、ちゃんとハングル日本語混在できてたのになあ。
どうしたものだろう?うり丸さんが教えてくれたところの掲示板ならハングル可能とのことだし、早めにまた移転すべきだろうか。しかし掲示板でハングル使う必要がどのくらいあるかだ。桜守さんが、最近韓国語勉強初めて、ときどきハングルで書き込みたい見たいだし、たしかにカタカナ表記だと、説明しづらいし誤解招くことも多い。迷うところであるが、やはりハングル表記できるにこしたことはないよなあ。
巻田さんやいるぼんさんが、いろいろハングル表示を試してくれたみたいだが、やっぱり駄目みたいである。
「真実」録画しながら見るも、相変わらずひどい展開にいらいらする。チェジウがバイトしてるファミレスにリュシオンもバイトに入り、彼女が風邪気味なのを見て、勤務中に抜け出して薬買いに行くあたりもあんまりである。
夜7時半からの神戸生中継のPOPJAMに、イジョンヒョンが出るというので見たが、紅白と全く同じメドレーで見る意味もなかった。
今夜の「美しき日々」チェジウとイビョンホンの婚約式のはずが、父の過去の殺人事件を知らされたイビョンホンが自暴自棄になってしまうという情けなさ。いつになったら彼本来のかっこよさをみせてくれるのだろう。、リュシオンがまたしつこくチェジウを追っかけるところは、昼間の「真実」とダブってしまった。リュシオンという男優のどこがいいのかMorris.にはまったくわからない。
今夜は、自分で撮影した映像をDVDに焼く作業を久しぶりにやってみた。何とかうまく行ったのだが、やはりおっそろしく時間がかかってしまう。

【在日、激動の百年】金賛汀 ★★★☆☆ 200p余りのペーパーバックだが、読み終えるのにえらく時間がかかったし、読んでる間ずっと陰鬱な気分になってしまった。本書のタイトルを「在日、絶望の百年」と変えてもあながち間違いではないだろう(^^;)

この書は在日朝鮮・韓国人の百年を記述した書であるが、それは日本人とは違った立場にいた人々から見た日本の百年である。

と、前書きにあるが、たしかにこういう視点からの著作はあまりにも少なかったと思う。在日朝鮮・韓国人(以下便宜上「在日」)自身の複雑な事情もあるだろうし、加害者でもある日本側からことさらにこの問題に触れたくないという意識的、無意識的心情もあったかもしれない。
Morris.は在日の友人も何人かいるし、平均的日本人よりは在日への関心も知識もある方だと思っていたのだが、本書を読んで、自分がいかに無知だったかを思い知らされてしまった。

1905(明38)の第二次日韓条約で日本の保護国にされ、1910(明43)日韓併合、1923(大12)関東大震災時の朝鮮人大量虐殺、太平洋戦争、解放後の南北分裂、1950(昭25)朝鮮戦争、1958(昭33)からの北朝鮮帰還運動、朴正熙軍事政権による弾圧---それぞれは歴史的知識として知っていてもそれが在日にとってどういう意味を持つかをきちんと把握できずにいたのだ。
それにしても在日の歴史はあまりにも不運としかいいようがない。さまざまな局面で、これ以上ない悪い籤ばかりを引き続けてるといった気がする。日本政府からの抑圧に限らず、南北に分断された祖国からも政治的に利用されたり、無視されたりばかりだし、在日同士の対立、戸惑い、迷いが泥沼化してどんどん悪い方に悪い方に向いてしまったようでもある。
1945(昭20)の日本敗戦後の在日の立場のめまぐるしい変化もその一つだが、占領国である米国の反共主義とそれにおもねりながらそれを利用して自治権を取り戻そうとする日本の政策に翻弄されるばかりだったような気がする。
1956年から運動が始まり59年から実行に移された北朝鮮帰還事業の結果が以下の状況を生んだこともその極端な一例だろう。

北朝鮮帰還事業は在日社会にさまざまな影響を与えたが、その最大のものは在日の人々の意識が帰国願望から日本への定着に転換したことである。特に総連系の人々は北朝鮮の生活の厳しさと、在日朝鮮でせいかつしていく上には文化的・感覚的な強い違和感があり、その地では生活できないことを痛烈に思い知らされ、日本で定着し、生活する道を模索し始めた。朝鮮総連組織が受けた影響も大きかった。帰還事業以降、総連組織は毎月新潟港に入港する帰還船でやってくる北朝鮮当局の直接的な指示、命令を受けるようになり、それを拒否できない体制が強固に作り上げられていった。それは総連組織内に朝鮮労働党の日本分局ともいうべき秘密の前衛組織「学習組」を張り巡らし、幹部をそこから選抜し、思想と組織両面から金日成に忠誠を誓う組織に作り上げたことである。さらに北朝鮮帰還事業が推進されているとき、総連は帰還することが愛国的行為だとの宣伝を繰り広げ、愛国的であると自認する多くの総連活動家は自分の家族を率先して北朝鮮に帰還させた。その人々はまさに「人質」であった。総連幹部は北朝鮮の指示に造反すれば自分が罷免されるだけでなく、帰還した家族が迫害を受けることになり、幹部たちは一切の北朝鮮、金日成批判を封じられる結果になった。総連は在日の自主的な権利擁護団体から北朝鮮の末端機関へと変貌し、金日成独裁政権を海外から支える主要な機関になっていった。

韓国の軍事政権は在日朝鮮人の声を意識して、支持をえるため、新たな在日政策を提示した。それは民団系民族学校に対する韓国から教員をはけんするなどのてこ入れや、在日師弟の本国留学制度の実施などであるが、民団組織の強化のために本国から職員を派遣するとともに民族職員を韓国に派遣して、研修を受けさせるなど民団組織の統制・監督の強化に力を注いだ。このような組織の統制、監督強化は民団組織を韓国政府の完全な末端機関に作り上げる結果になった。戦後、この時期までは在日社会は思想上の違いなどで対立し、抗争を繰り返してきたが、日本政府の在日抑圧策には基本的に一致して反対する姿勢があった。しかし総連は北朝鮮帰還事業以降、北朝鮮の政府末端機関と化し、民団もまた軍事政権成立以降、韓国政府の統制と監視を強く受けるようになったことで、両団体はその支配を受ける政府の政策遂行を最優先し、在日の生存権や人権問題は軽視されていった。両団体幹部の視線は在日よりも、ソウルとピョンヤンに向けられるようになった。


日本の高度経済成長が、朝鮮戦争の軍需景気から始まったことは良く知られているが、それが在日を日本に留める大きな原因にもなったことはよく理解していなかった。そういったことも含めて、現在約100万人の在日とのより良い共生を目指すためにも、一人でも多くの人に本書を読んでもらいたいと思う。
著者は37年京都生まれで、朝鮮大学卒業だから、総連系に近い立場だったと思われるが、本書を読む限り、総連、民団双方を客観的に批評している。そういう意味では、在日社会の意識も確実に変わってきていることがわかる。ただ、本書のような著作には、略年表をつけて欲しいと思った。

2005/02/04(金)●社長の記事●

8時半起床。洗濯しながら朝風呂に入り、昼から昼から灘図書館。
社長から電話で、今日の朝日新聞朝刊の地方版(神戸版、淡路版)に写真入の記事が出ているとのこと。ネットでも見ることができるらしいとのことだったので、アサヒ・コムを見たら、確かに載っていた。これはたぶんネット用にまた作ったのだろう。
http://mytown.asahi.com/hyogo/news01.asp?kiji=10094

2005/02/03(木)●ぐいぐい酒場移転●

4時前起床。小川さんの車で倉庫へ。西根、溝渕君、オーガスタと5人で名古屋へ。関ヶ原付近ではかなりの吹雪状態だった。現場に着いたのが8時半過ぎ。早めに出た甲斐があるというもの。名古屋から中川、丸太君が来ていた。ブラジル人夫婦の現場で、オーガスタはひさびさに母国語を話しまくっていた。
モリス亭入口の鰯の頭 since 2000/02/03荷物が見積もりより多かったので、結構時間食ったし、丸太君の仕事の鞄が行方不明で、ひょっとすると、誰かが荷物と一緒に梱包したのではないかということで、ちょっと問題の残る現場になってしまった。倉庫に戻ったのは7時過ぎだった。
今日は節分で、パニエには巻寿司大売出ししていたが、Morris.はそれより鰯を食べることにして、大き目のうるめの丸干しを買ってきた。モリス亭のドアの上には5年前の節分に食べた鰯の頭がヒイラギの枝に突き刺さったまま飾ってある。本当は毎年取り替えるのだろうが、だんだん古びてくるのが気に入ってそのままにしている。結局今日もそのまま取り替えずにすました。
掲示板のことだが、やっぱり空白期間をおく意味はない、というか、落ち着かないので、手っ取り早いteacupの無料掲示板を使ってみることにした。以前の掲示板と同じ壁紙を使うことができるようなので、ほとんどイメージを変えないで移行することができるというのが嬉しい。
と、いうわけで「ぐいぐい酒場モリス亭」はhttp://8603.teacup.com/guigui/bbsに移転しました。お手数ですが、ブックマーク(お気に入り)の変更をお願いしますm(__)m
島田和夫部屋更新。

2005/02/02(水)●ぐいぐい酒場が(>_<)●

昨日の夜、日記を書いた後、Morris.の掲示板「ぐいぐい酒場モリス亭」を覗こうとしたら、接続できない(>_<) ネットが混んでるのか、サーバーのメンテか、とも思ったがどうも様子が違う。Morris.の掲示板はこの部屋始めたときから、ずっとししゃも文庫さんというところの無料ホームページを使わせてもらってる。無料なのに広告もないし、すっきりしてるので気に入ってた。
窓口は鈴さんという女性の方で、今よりネットのことを知らなかったMorris.は、よくこちらのミスで、いらぬメール出したり、初歩的な質問をしたりして迷惑をかけたものである。
数年前に一度、やはり掲示板が突然使えなくなることがあった。そのときはししゃもさんが契約していたサーバーが夜逃げ(^^;)してしまい、データもすべて消えうせたらしい。その後現在のアドレスの掲示板を提供してもらいずっと愛用してきた。
今回の接続不能はどうも、ししゃもさんが、自主的にサイトを閉鎖した可能性が高い。突然掲示板が無くなったというショックが無いといえば嘘になるが、まあ、これも仕方ないことかもしれないと思う気持ちの方が強かった。ししゃも文庫さんにはこれまで6年間、ありがとうございました、という感謝の気持ちを伝えたい。
さて、掲示板の移行を考えなくてはならないのだが、無料掲示板はかなりいろいろあるし、知合いもほとんどは、teacupなどの掲示板を使ってるようだから、すぐにでも「仮店舗」という形ででも、新しい掲示板を登録すべきなのだろうが、Morris.のことだから、仮店舗そのまま新店舗になる可能性が高い。それにししゃもさんの掲示板が復活する可能性もまったく無いわけでもないから、数日様子をみることにした。
ぐいぐい酒場の常連のお客様にはご迷惑をかけますが、店舗改装中ということで、しばらくお待ち願いますm(__)m
今日は、昨日より寒いということはなかった。としろうら4人で塩屋、ジェームス山高台のインド人宅のピックアップ現場。眼下に瀬戸内海が広がり、ちょうど明石大橋が真中に位置する絶好の眺めだった。しかし目の前にぶっ太い電線が何本もあって、その興を殺ぐことおびただしい。
下の道に停めていたトラックのアルミバンの上によじ登りここから眺めるとさっきとは違ってすっきりくっきりの眺望だった。もちろんMorris.の目的はデジカメ撮影。こういう構図なら迷うことなくパノラマ用の連続写真も撮っておいた。帰り際の夕景も撮ったりと、しっかりデジカメ小僧になってた(^^;) 今夜は矢谷君を呼んで、ホームサムゲタンの会(^^;) Morris.亭の新年会のとき、吉美ちゃんが持ってきてくれたサムゲタンをそのまま冷凍庫に保存してたのだが、なかなか解凍する機会がなくて1ヶ月になるので、そろそろ食べなくてはということで、今朝冷凍庫から取り出しておいたのだった。部屋でサムゲタン食べるなんてめったにないことだ。うーーん、やっぱり美味しい(^o^) 骨までしゃぶり尽くしてそれからご飯をいれて雑炊にする。これまた美味いっ(^o^) 吉美ちゃんありがとねm(__)m
今夜はサッカー日本ーシリアをTVで見るが、日本はこの前の試合とは違って全く攻めきれないどころかミスも多い。やっと前半終りに1点入れて、後半は相手の退場もあって、結果は3-0。一週間後の北朝鮮戦が気にかかる。
明日は、突然の名古屋行きが入り、朝の4時出である(>_<)


トラックのバンの上からの眺望パノラマ撮影。絶景哉、絶景哉(^o^)

せっかくの景色も電線が邪魔

同じ場所からの夕景

モリス亭でサムゲタン(^o^)
2005/02/01(月)●本当の寒波到来(>_<)●

矢谷君ら5人で六甲アイランドの韓国人荷物の配達。今日は本当に寒波が来たという感じの寒い一日だった。朝は町全体がうっすらと雪化粧していた。
昼食は花邑でわらじトンカツ。たまに食べるととても美味しい。ここはごはん、味噌汁、キャベツお変わり自由で、Morris.はせんぎりキャベツを沢山食べられるのがお気に入りである。
オーガスタから、韓国海苔5袋もらう。彼も人からもらったもののおすそ分けらしいが、ともかくもありがたい。
帰り道は朝以上に寒かった。それでも今朝の神戸の最低温度はマイナス0.5度くらいだったらしい。ソウルはマイナス11度とのことだから、かなり差がある。Morris.は寒さに強い方だが、平気なわけでもない。歩くと耳が痛いくらいだった。明日はさらに冷え込むらしい。


【2005年】 1月
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