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Morris.日乘2008年11月 
Morris.の日記です。読書記録、宴会散策報告、友人知人の動向他雑多です。新着/更新ページの告知もここでやります。下線引いてある部分はリンクしているので、クリックすれば、直行できます。  
今月の標語
農家衰退
Morris. personal calender

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2008/11/30(日)完全日曜(^_^)

久しぶりに5日間続けて仕事した後、昨日は宴会で、今日は正真正銘日曜日ということで、ぐうたらしてた。
昼は、レトルトカレーと玉葱、ミンチを炒めて、即席キーマカレー作る。レトルトそのままよりは美味しいけどやっぱりベースがベースだけに満足いくものではなかった。
夕方JRで六甲道に出て灘図書館から、ロッコーアートでプリント受け取り、食料買出しして7時半帰宅。
歌麿さんから電話があり、サランバンのHPに、昨日のデジカメ画像アップしたとの連絡もらったので、昨日の日記に画像追加しておく。歌麿さん感謝ハムニダm(__)m

【ハルビン・カフェ】内海文三 ★★★☆☆ この著者の作品は2002年に「灰姫」という作品を読んでいる。それなりに評価してたみたいなのに、そのまま読まずにいた。ところが内海は2007年に亡くなってしまったらしい。Morris.と同年生まれだから、58歳というのは作家としては早死にということになるだろう。
本書は福井県の海市という仮想都市を舞台に、中国人、朝鮮人、ロシア人のマフィアと警察内部のマフィア(Pと呼ばれる)集団の抗争、潜入者の特定、殺害された遺族と仲間の遺恨の晴らしあい、神と悪魔の両面を持つ超人的犯罪者、幼児期より娼婦として売られた女性の数奇な運命、公安と警察の鬩ぎあい……というぐちゃぐちゃに錯綜した事件の記録である。それををこれだけ緻密に組み立てた作者の力量に参ってしまった。実のところMorris.は半分くらい読んでもいまいち登場人物同士の関連がほとんど掴めずにいた。もっとも、これは著者が故意にそうしむけたと言えるかもしれない。
短い章ごとに、登場人物の名が入れ替わり立ち替わり名指しされていて、時間空間的にもランダムに入り乱れる構成だ。最近よく見かける、舞台や登場人物を交互に組み合わせるやりかたを、一層煩雑にやってるわけで、Morris.はこれが苦手なのだが、本書みたいにずっと混乱させられっぱなしということはめったにない。
それでも読むのをやめなかったのは、いやわからないなりにのめりこんでしまったのは、個々の登場人物のリアリティと、エピソードの緊迫感、描写の精密さ、台詞のうがちにあったのかもしれない。

「死刑制度が存在し、現実に刑が執行され、拳銃を携帯した警官が犯罪者を撃ち殺しても職務の遂行として許される日常があるんだから、YESということになる。ところがカルトが教義にもとづいて人を殺すと犯罪になっちゃう。つまり法の正義だけが正義と考えられている。これはおかしいと思う。神の名においてと言おうが、理想の実現のためだろうが、法の正義を振りかざそうが、どの根拠も等価のはずでしょ。神、理想、法、ぜんぶ人間の頭がひねり出した観念の体系なんだから、。誤解のないように言っておくけど、法治国家に反対してるわけじゃないの。わたしが言いたいのは、どんな観念体系が支配していようが、殺人は殺人であるということ。そこであなたたちにお願いしたいことがある。法の正義にもとづくものであれ、報復テロルであれ、殺人を犯すことがあったら悩んでほしい。人を殺すことの意味について、孤独のうちに思索を重ねて、形而上学的な設問に煩悶してほしい。その絶望的な営為の果てに、殺人者が精神の高みに近づいた稀有な例があるけど、それも前世紀初頭にロシア皇帝の馬車に爆弾をぶん投げた連中までの話ね。近ごろのポリ公なんて最低よ。悩む能力すらないんだから」

居酒屋アルバイトの中国籍朝鮮族の若い母が警官たちの愚痴を聞いてそれに対する台詞だが、これだけで本書のカラーが読み取れると思う。
また、超人的ヒーローに篭絡された警察幹部の台詞、

「どのみち最後は、官僚組織特有の防衛システムが自動的にはたらくから、それを見物していればいい。警官は警官の半歳を隠蔽しないではいられないってわけだ」

という、なかばやけくそ気味の台詞に、本書のテーマが突出したりもしている。
地の文にもいろいろ趣向がこらされている。

下級警官の反乱はときに市民の喝采をあびることさえあった。みもふたもない言い方になるが、人間は秩序破壊にカタルシスをおぼえるものであり、自分の立場が脅かされないかぎり、そうしたカタルシスをおぼえることを隠さない。メディアと市民は、Pのテロルの熱狂的なギャラリーとして伴走しつつ、煽り立て、暴動への期待を滲ませてきた。しかしながら、眼を覆う惨事が引き起こされたときには、声をふるわせて断罪してみせ、そして風向きが変わってしまえば、深刻な顔つきで時代の終わりを宣言する。
もちろん、メディアと市民とはわれわれ自身のことだ。

過去は二度ともどらない。あの日あそこで起きてしまったできごとを、後になってべつの結果にみちびくことなど、誰にもできない。過去とは怨恨とともに記憶されるなにかだ。振り返るそばから、過去は神の悪意にみちた世界として立ちあらわれてくる。悔み切れぬ思いに悶えて人は怨恨を抱く。この負の感情を相殺できるのは、復讐する快楽だけ。


ね、なかなかかっこよかったり、含蓄ありそうでしょ。
ただ、Morris.嫌厭の「手をこまねいて」表現(p37)があったのが、☆ひとつくらい評価落としてしまったけど、これは登場人物の台詞だから、その登場人物が、そういう誤用したのだといえなくもないか(^_^;)
全くストーリーのことなどに触れず終いだが、ヒロインのヒーローへの思いは、飛んでもなく複雑で純粋に狂っているのだが、Morris.はザ・ピーナッツの「大阪の女」の台詞「悪い噂も聞いたけど、やさしかったわ私には」を思い出してしまった(^_^;)

2008/11/29(土)●サランバン会●

9時起床。
朝風呂つかって、キムパ作る。
今日は午後3時から今里で、サランバンママを囲む会があるので、そのためのキムパである。
良い天気だと思ってたのに、ぱらぱらと雨が降り出した。
JR鶴橋から歩いて今里まで行く。「ソウルチブ」2Fの「パートナー」というカラオケスナックである。電飾看板には「ヒマワリ」と書いてあったし、このビルの5Fは昔行きつけのカラオケスナックだったが、この店もかなり入れ替わりが激しかった。
キムパに気を取られて、デジカメ忘れてしまった(>_<) Morris.にはあるまじき仕儀であるが、気づいたのが大阪に着いてからではしかたがない。と、いうわけで、ひさびさ再会のママの写真も何もなしである。
歌麿さん、校長先生、ポストマンをはじめサランバンで顔なじみと初対面の14,5名が参加。ここのカラオケはUGAだった。
非水百花譜Morris.はつい、ユンジョンちゃんの「チョッサラン」歌って雰囲気を盛り下げてしまった(^_^;) なんとUGAには「チャンユンジョンツイストゥ」も入ってる。さすがにここで挑戦はやめたが、こんどジャンカラ行ったら練習してみよう。
ママは思ったより元気で、仕事やめてからは毎晩のように近所の居酒屋で飲んでるらしい(^_^;)
6時にお開きとなりMorris.は、鶴橋までママとタクシーでもどり、大阪に戻り、旭屋書店ひやかす。
詩歌のコーナーで、「現代詩手帖」塚本邦雄追悼号を発見(^_^;) 塚本が2005年に亡くなってたことを初めて知る。ひところはかなり熱心に彼の歌を読んでいたはずだが、いつの間にか風化してしまったようだ。数冊持っていた塚本本も地震を期にほとんど処分してしまった。現在手元に残っているのは、昭和62年(1987)発行の自選歌集一冊のみ。そういえば先日芦屋美術博物館での古本市で、塚本書名本が数冊並んでいたのを思い出した。
美術のコーナーでは「非水百花譜」が眼をひいた。杉浦非水には前から関心がありながら、なかなかまとまった作品を見る機会がなかったが、これは80年前に出されたもので、噂には聞いてただけに、嬉しかった。想像を上回る素晴らしい花の絵(図案)が並んでいる。大判で印刷も美しく、これで三千円しないというのは安すぎるくらいと思いながら結局買わずじまい(^_^;)
8時半帰宅。GyaOで「18・29」見ながら飲む。


三宅さんと洪ママ(以下6点歌麿HP提供)

山下校長と小久保さん

南さんと歌麿会長

場内風景 歌ってるのはポストマン

陣之内先生ご一行

刈上げMorris.
2008/11/28(金)●不動明王?●

篠原本町の現場もMorris.は今日がラストである。
毎日コースを違えて自転車で坂道をジグザグに上って行ってたのだが、摩耶小学校の西側に地蔵尊や十三塔などが祀られている一画があった。まだちょっと時間に余裕あったので、しばらく拝観する。壁際には6基ほどの墓石が並んでいるが、どれも中ほどで割れて接いである。神戸地震の名残だろうか。
中央の四阿風の祈祷所には弘法大師と思われる坐像があり、立派な錫杖が置かれていた。
また西側には小さな祠に浮き彫りの石仏があり、般若心経が書かれた大きな赤い前掛けのため顔の部分しか見えなかったが、実に魅力的な顔貌の明王さまだった。これも不動明王なのかその他の明王なのかどうかはっきりしない。機会があれば、前掛けを外して全体像を拝んでみたい。
仕事はあいかわらずで、Morris.は2Fのクローゼットから攻めて、午後は秋本君とマスターベッドルームに入る。
今日はちょっと、早上がりで、マルハチで買物しても5時前には帰宅できた。
明日は今里のカラオケスナックで、サランバンママと久しぶりの再会予定である。楽しみぢゃ。


地蔵尊と十三塔

錫杖と南天

素敵な明王さま

【禁じられた歌 朝鮮半島音楽百年史】 田月仙(チョンウォルソン)★★★★ まるでMorris.のために書かれたような、興味深く面白くてためになる久々のヒット本だった(^_^)
ソプラノでオペラ歌手である著者の名前には聞き覚えあったものの、ほとんど未知の人に近い。しかしこの本は素晴らしすぎる。
日本の植民地だった時代に、日本側から禁止された曲、解放後さまざまな理由で政府から禁止された曲10数曲を取り上げ、上っ面だけの解説でなく、作者、歌手、関係者に積極的に取材して、肉声を通して、それぞれの曲に迫っていくやりかたは、彼女の職業から得られる利点(世界各国での取材)を別にしても、何よりも、音楽の世界への信仰にも近い愛情と畏怖があってこそのたまものと思われる。
何はともあれ、取り上げられた曲を総覧しておく。

アリラン 世界中のコリアンが歌う民族の歌
鳳仙花(ポンソンファ) 芸術歌曲の父と親日派狩り
春香伝(チュニャンジョン) ふたつのラストシーン
イムジン江(イムジンガン) 北から統一を願う歌
高麗山河わが愛(コリョサンチョンネサラン) 在外コリアンの願い
椿娘(トンベクアガシ) 倭色とのレッテルを貼られて
カスバの女 早すぎた韓流
黄色いシャツの男(ノランシャスエサナイ) 歌謡史を変えた幻の音盤
ブルーライトヨコハマ 韓国人がもっともよく知る日本の歌
朝露(アチミスル) 伝説のシンガーソングライターの物語
あ!大韓民国(ア!テハンミングク) 同名の禁止曲と健全歌謡
カスマプゲ 韓国名の歌手、初めて日本で成功
釜山港へ帰れ(トラワヨプサンハンエ) 海を越えたチョヨンピル現象
I LOVE YOU と恋人よ 立ちふさがる壁を歌は越えていった

15曲中13曲がMorris.周知の曲で、その半分以上が愛唱曲であるというだけでも読まずにいられなくなるが、かなり知ってるつもりだった歌の、知られざるエピソードや、発表にまつわる秘話、そして先にも触れた、当事者、関係者からの生の声の取材、久しぶりにMorris.カ・ン・ゲ・キ!!の一冊だった。

豊臣秀吉の文禄・慶長の役で焼かれたのち1868年に再建された慶福宮。「アリラン」とは、その復元工事のため、全国から動員された労働者たちが、妻や愛する家族と別れる悲しみを歌った「我離娘(アリラン)」が語源だという説がある。また、労働だけでなく、その抑圧の苦しさのあまり、いっそ耳が聞こえなくなってしまえば、と嘆いて詠った「我耳聾(アイロン)」が変化したという説。ほかに、故郷や家族を離れがたいという意味を含む「我難離(アナンリ)」や、口も耳も不自由な「唖而聾(アイロン)」から来ているという説もある。
感じだけでなく、音や地域、囃子歌、口歌の形式など、「アリラン」の発祥ではないかと思われるものは、数え切れない。
「アリラン」が民族の歌になったのは、王宮・慶福宮の正面をふさぐ形で、朝鮮総督府庁舎が建てられた1926年京城の映画館・団成社(タンソンサ)で公開された、ナウンギュ監督の映画「アリラン」がきっかけになったといわれている。


この団成社は1907年に開設され、韓国映画の歴史そのままみたいな存在だったらしい。この夏ソウルでこの映画館の変わり果てた姿(リニューアル)に出会ったMorris.はがっくりしたものだが、それほどの歴史的映画館ならもう少しリニューアルのやりかたも考えて欲しかったな。

(アリランの)多くの歌詞に共通するのは「峠(コゲ)を越えていく」というフレーズだ。同じ発音から「苦界(コゲ)」と書かれることもある。人々は歌うことによって、さまざまな心の峠を越えようとしていたのかもしれない。そして「アリラン」は、それぞれの地域において時代の精神を反映しながら土着性を持って変化し、抵抗の歌、離郷の歌、戦いの歌、そして喜び、希望の歌ともなって、世界に広がっていったのであろう。

中国朝鮮族、ロシアのカレイスキー、ロサンゼルスの在米コリアンのアリランを現地取材した上でのこの総括は深い意味を持ちえていると思う。
最初の「アリラン」の章だけでもまだまだ、引用、紹介したい部分は多い。本書のいくつかの歌は、それだけで、一冊の本になりそうである。
やはり、韓国歌謡に少しでも関心ある方は、本書を読むべきだ、と、断言しておく。

「鳳仙花」は韓国随一ともいわれるホンナンパが1920年に作曲した、珠玉の歌曲である。歌曲はどちらかというと苦手のMorris.でも、この歌はずっと愛聴していた。決定的だったのは、映画「死の讃美(サエチャンミ)」で、チャンミヒ演じるユンシムドクが、日本人高官の前で韓国語で歌い上げるシーンに痺れてしまったのだ。実際にこの歌を創唱したのはユンシムドクではなかったようだが、それはどちらでもかまわない。これほど美しい歌曲を書き、さらに国民全員が愛唱していたと思われる「故郷の春」も彼の作品だというだけでも尊敬されて当たり前なのに、なんと、盧武鉉大統領時代の「親日派」追求のあおりで、ホンナンパが「親日派」に指定され糾弾され、「故郷の春」や「鳳仙花」も公式の場では歌えなくなったとのこと。
また国民歌手のはしりともいえるナムインスも同じく「親日派」と指定されて彼のヒット曲もおおっぴらには歌えないとか。そんなバカなことがあっていいものか、とMorris.は悲憤慷慨状態である。思い切り大声で「イビョレプサンチョンゴジャン」を歌いたくなった。
そもそも、日帝植民地時代に総督府の役職についたり、官吏になったり、警官になったり軍人になったり、日本の政策に協力した朝鮮人全てを「親日派」と呼んで貶めようということ自体がおかしいとMorris.は思う。
何しろ韓国で「親日派」というレッテルは、「犬畜生」の数倍の強度の罵倒語である。21世紀の現在、日本に関心を持ったり、好きだったりする韓国人でも絶対自分のことを「親日派」とは言わない(言えない)。「知日派」というのがその代用語である。同じ漢字を用いるからには、語義くらいは理解して使ってもらいたいものだ。「親日派」という語が罵倒語として存続する限り、日韓の真の友好なんてありえないとさえ思ってしまう。
どんどん話が横道に逸れていくが、「ナムインス歌謡祭」に参加していた80代のハラボジのことば「あの当時はみんな親日派じゃないか」に耳を傾けるべきだろう。
もちろん解放後の混乱期に、アメリカ軍が進駐して、統治の利便のために日帝時代の官僚、警察官、軍人などを韓国政府の要職につけ、結果的に日帝時代の既得権がそのまま続いた、という、歴史的事実に眼をつぶろうというわけではない。ただ、戦争協力の歌を作ったり、歌ったりしたというのは、少し違うんじゃないかと思うのだ。これ以上この問題について述べるのは控えておくが、いずれまた改めて考えてみたい。

イミジャの「トンベクアガシ」は1964年映画主題歌として発表され韓国歌謡史に残る大ヒットとなったが、翌年「倭色歌謡」ということで禁止曲になり、1987年に解禁されるまで20年以上、表向きは歌うことを禁止されたが、実際には根強く愛聴、愛唱され続けたらしい。

しかし、禁止した当の政権最高権力者の朴正熙大統領は、禁止曲を好んで聴いていたおうだ。李美子は、1972年、後に日本の首相になった福田赳夫外相が訪韓した時、迎賓館での晩餐会で、朴正熙大統領直々に「椿娘」をリクエストされ、禁止曲だったにもかかわらず歌ったと証言している。

韓国で禁止中の1966年、日本で「恋の赤い灯」というタイトルで、元歌とはまるで違った日本語歌詞でレコード発売されたというのは初耳だった。ヒットした形跡はないが、韓国では彼女の日本デビューに反対する声も多かったようだ。

そして、Morris.が昨年来よく歌ってる「カスバの女」の章で、著者はこの歌の作曲者ソンモギンと1996年と67年に東京で遭い、様々な話を聞いたとある。
彼の伝説的ヒット曲「木浦の涙 モッポエヌンムル」の2番の歌詞の出だし「三柏淵 願安風は(サンベギョン ウォナンプンウン)」が「三百年 恨みをこめた(サンベニョン ウォンナンプムン)」と聞こえるため、日本の警察に問題視されたというのも面白かった。そして現在の楽譜の歌詞はきっちり、後者のとおりになってる(^_^;)
Morris.が愛唱してる韓国語歌詞は、ネットで知合った冬ソナさんから教えてもらったのだが、ペティキムが1967年に日本語版をテイチクから発表。そして翌1968年に全曲韓国語のアルバムをビクターから出し、その中に「カスバの女」韓国語バージョンも収められていたとのこと。これもあまりヒットした形跡は無いが、当時ペティキムの夫だった吉屋潤の作詞(訳詩)で、3番まである歌詞を、韓国語版では上手にパッチワークして2番にしたことなどとあいまって、今や、Morris.には愛着の深い一曲になっている。

「黄色いシャツ」の作曲家ソンウソクを自宅に訪ね、その音盤は希少品で作曲家も持ってないと聞いて、黄鶴洞の中古レコード市場を探し回り、ついにそのの初版LP音盤を掘り出して、作曲家にプレゼントしたという感動的な逸話もあった。

さらに、70年から80年代にかけて、韓国でなぜ「ブルーライトヨコハマ」があれほど親しまれるようになったかの仮説は小説よりも面白かった。

1972年、大統領と同じ名前のパク・チョンヒは、故郷の慶尚南道から日本にいる叔父を頼って東京へやってきた。
一ヶ月間日本に滞在し帰路につく時、いしだあゆみの歌う「ブルー・ライト・ヨコハマ」の入ったカセットテープを買って、釜山港に持ち帰った。
その後ソウルで、日本語を教える学院に勤め、生徒たちに日本語を教えていた。その時に「ブルー・ライト・ヨコハマ」の歌詞をテキストに使った。日本語の歌詞に韓国語のルビを振り、声を出して一緒に読みながら、生徒たちに単語の意味を説明したという。
パクはときおり、軍隊生活で知合った親しい友人たちと一緒に、ソウルのポジャンマチャ(屋台)に寄り、焼酎を飲んだ。過酷な軍隊生活を思い出しながら、よく飲み、話し、笑い、歌った。今でもはっきり覚えているのは、割り箸でキムチチゲの鍋をたたきながら、皆で歌を歌ったことだ。パクは箸でリズムを取りながら、大好きだった日本の歌「ブルー・ライト・ヨコハマ」を歌った。友人たちも、うろ覚えの日本語歌詞で、一緒に合唱したという。

これは出典が明らかにされていないが、如何にもありそうな話だし、パク青年のポジャンマチャでこの歌を熱唱する姿が彷彿して、微笑ましく感じられた。
著者の専門家としての分析もなかなかのものである。

なぜこの歌が韓国で受け入れられたのか。作品の魅力以外にはなかなか答えは見つからない。
それまでの韓国では聴くことのできなかった軽やかで可憐な音楽、八分休符から不意をつくように、アウフタクト(弱起)の八分音符が半音を経て下降する出だしのメロディ。軽やかなリズムに乗って繰り返される「ヨコハマ」という語感の不思議な安定感。歌の繰り返し部分をのぞいても6回繰り返される「ヨコハマ」という響きがまるでおまじないのように、日本語を知らない人々の脳裏に印象付いたのかもしれない。
歌の持つさまざまな要素が、当時の抑圧された韓国で、新しい音楽として受け入れられえたのだろう。
事実、「ヨコハマ」が地名だとも知らずに歌っていたという人が圧倒的に多かった。そして2002年のサッカーのワールドカップ決勝の地「横浜」について、韓国ではあの「ブルー・ライト・ヨコハマ」の歌に出ている「ヨコハマ」だと解説されるくらいだったから、いかにこの歌が知られていたかおわkりいただけると思う。


確かに「YOKOHAMA」の「OOAA」という母音の響きは印象的である。先日のソジョンミン先生歓迎の宴席でこの歌を歌ったとき、先生の指示で「ブルーライト神戸」と歌ったら何となく間抜け(^_^;)になってしまったことを思い出した。やっぱりこの歌は「KOOBE」ではなく「YOKOHAMA」だ。

東芝EMIの若手プロデューサー花田が1975年、ソウルのパシフィックホテルでカーペンターズを韓国語で歌っているイソンエを見つけ、彼女がこぶしの利いた唱方が得意なことから、演歌調の歌で売り出すことにして、音楽評論家の岡野弁が「演歌の源流を探る」というキャッチフレーズを生み出した(でっち上げた?)というくだりも、興味深かった。
1977年レコード大賞の企画賞受賞したイソンエだが、その頃はまだ韓国への関心も興味も薄かったMorrisが、なぜか彼女のステージでピンスポット照明のバイトをしたことがある。今となってはうろ覚えだが、会場は神戸大倉山の文化ホールで、たぶん民団関連のイベントだったと思う。何かの式典があって、そのアトラクションにイソンエショーが添えられていたようだ。当時、平岡正明や竹中労あたりが、彼女に関して熱い文章を書いてたのでそれに刺激されて、けっこう熱心に見たような気もするのだが、いまいち印象は強くない。
「カスバの女」の韓国語歌詞を紹介してくれた冬そなさんなんか、熱烈なイソンエフリークらしい。彼はまだ二十歳になるかならないかのはずだから、ちょっと不思議な気もする。

省略した歌にも、それぞれ深い考察と愛着と積極的取材姿勢が横溢している。いやあ、本当に久しぶりに充実した読後感である。中公新書という手軽な体裁で出版した中央公論社も賞賛に値する\(^o^)/

2008/11/27(木)●麦味噌●

ヒシクさつま田舎みそ篠原本町の現場4日目。人間楽なことにはすぐ慣れるものらしく、7時起床、8時半に部屋を出るというのが、当たり前みたいに感じられてしまう(^_^;)
流石に4日目ともなると、同じ現場には飽きが出てくる。
昨日マルハチで、鹿児島の麦味噌を買って、これで味噌汁作ったのだが、異臭というのは大げさだがちょっと変な臭いがして、ちょっとびびったのだが、食べるとなかなかに美味しい。「ヒシク」という銘柄で鹿児島市の藤安醸造の製品である。Morris.の田舎佐賀県でもたしか味噌汁は麦味噌だったと思うのだが、何となくイメージが違う。しかし、まあ、今の自分に気に入る味噌汁が食べられればそれでいいのだと思う。
夜はゲソとキムチと野菜適当に搦めて一種のオジンオポックン。まあ及第点か?
GyaOで「恋人」と「恋愛時代」続けてみる。ちょっとマンネリであるが、「恋人」の主演男優はイソジン。前からうがい薬みたいな名前だと思っていたが、番組終了時に出る「関連項目一覧」に、この番組とうがい薬が並んで出ていたのにはやっぱり笑ってしまった。


見事な蔦紅葉

オジンオポックン

イソジン(^_^;)
2008/11/26(水)●ツイン煙突から煙が●

篠原本町のドイツ人現場3日目。坂の上から見下ろしたら、例の神鋼ツインタワーが煙を吐いていた。実に久しぶりである。
今日は近くのミニコープで弁当買って、現場の裏庭のガーデンテーブルで食べる。ぽかぽか陽気で気持ちよかった。
台所裏ドミトリーには本棚いっぱい料理本が詰まっていた。大半はドイツ語だが「Finger Food」というタイトルの英語本は、サンドイッチ、カナッペ、串カツ、フライドポテト、握りずしなど、手づかみで食べる料理だけの本で、なかなかおもしろい切り口だと感心した。
帰り道、猫がたむろしてるスポット発見。ざっと見で6,7匹はいたね(^_^;) もちろんMorris.@Catographerモードで撮影しようとしたけど、最近は5時過ぎるとかなり暗くなるし、今日のデジカメは、予備の機種で、手ぶれ防止もないのであまり綺麗な画像は撮れなかった。


久しぶりに見るツイン煙突の煙

この料理書は面白かった

篠原猫スポットの黒と白雉

真上から覗く雉

おすまし三毛

素敵な柄猫
2008/11/25(火)●逆さ蟷螂●

7時起床。8時20分に自転車で現場に向かう。都賀川沿いに上る道はちょっと自転車ではきついけど、15分かからない。
昨日は10人以上の作業員でごった返してたが、今日は7,8人。それでも多い(^_^;)
Morris.は今日はリビングの絵とめちゃくちゃ重いキャビネットの梱包。これはけっこう大変だった。あとはクローゼットのごちゃごちゃしたものを片づける。
今日もコンビニ弁当食べた後近所を散策。ここらは最近Morris.の散策コースである(^_^;)。さる豪邸の杉の生垣に一見枯葉かと思える茶色が眼に入った。近づいてよくよく見たら、茶色の蟷螂が逆さまになって身じろぎもせずにいた。早速デジカメマクロ撮影。車で出かけようとしてた家人から、何してるんですか?との詰問があって、ゆっくり撮影できなかったが、後で確認したら、なかなか迫力ある画像が撮れてた。昆虫写真ではその複眼にピント合わせるというのが基本中の基本らしい。そういう観点からするとこの蟷螂画像は眼にはピントが合ってなくて、前足の付根から腹の部分にピントが合ってる。でも、今回はこの方がインパクト強いと思う。とにかく凄い腹である。産卵間近なのか、それとも、ひょっとして交尾して、雄蟷螂を食べた直後なのかもしれない(^_^;)
今日の現場の庭に、アメリカンショートヘア混じりの猫がいた。飼猫かどうか確かめなかったが愛嬌のある猫だった。
帰りは下り坂で楽ちんだった。


川岸のポリゴナに留まった落葉

逆さ蟷螂

現場の庭の猫
2008/11/24(月)●コレクター現場●

前田君と篠原本町のドイツ人のバンコク向けピックアップ現場。
6日取りとも7日取りとも言われる大きな現場で、びっくりしたのが蔵書と、CDレコードの多さだった。30cmLPだけで7,000枚あるとか(@_@)これだけのコレクションは初めてである。本棚の数も半端ではない。当人もいかにも哲学者然とした風貌である。
Morris.はダイニングルームの梱包で一日終えた。帰りは六甲道で降ろしてもらいJRで帰宅。明日からは自転車か徒歩で直行直帰ということになる。
夜6ch「ドキュメンタリ宣言」で金嬉老事件を取り上げていた。40年前の事件ということでの番組だが、当時の関係者多数、そして釜山に住む金嬉老本人への取材もあって、なかなか充実していた。帰国後も事件を起こして服役するなどの消息は知っていたが、5年前から3歳年下の女性(73歳)と平和な時間を過ごしているとのこと。何かほっとさせられた。


今日のバイク猫A

無題

久々boat dogs

2008/11/23(日)●昼から酒びたり(^_^;)●

お好み焼き8時起床。
昨日の自転車で疲れたわけではないが、今日は一日部屋でごろごろ。というか、昼過ぎからスパゲッティにワイン飲み始め、ついつい日本酒にまで手が伸びて、ほとんど飲んだくれてた。
夜はお好み焼き。もうお好み焼きも苦手メニューではなくなったようだ。コンスタントにまともなお好み焼きが焼けるようになった。→
GyaOで「18,29」見たり、ミニギターでソルンド練習したりしてるうちに日が暮れた。
ソルンドナンバーでは「ヌイ」「エイニデジュセヨ」「タハムケチャチャチャ」あたりは何とかいけそう。難しかったのは「イロボリン30ニョン」と「マウミウルチョケソ」あたり。「ヨジャヨジャヨジャ」は、E♭なのに、なぜかキーが微妙にずれているようだ。

2008/11/22(土)自転車芦屋まで(^_^;)●

7時起床。NHKラジオ第2放送の「毎日ハングル」というのを初めて聴いてみた。月曜から金曜まで15分ずつの放送で、土曜日の朝その週の分をまとめて放送してるらしい。今週の特集は天気予報。まあこのくらいなら、万年初級のMorris.にも、ほぼ理解できそうだ。単語を繰り返し練習させるのは、効果的だと思う。いわゆるNHKハングル講座のマンネリズムはあんまりだなと思ってたので、この方向転換は間違っていないと思う。でもMorris.のことだから、これから真面目に聞こうという気にはならないだろう。
午後から自転車で、芦屋に向かう。JR灘駅と芦屋駅は直線距離だと7kmくらいだから、自転車で行くなら特に長距離というわけではないが、Morris.の場合、自転車で行き来するのは六甲道か三宮どまりで、どちらも2,3kmだから、芦屋までだとざっと3倍になる。これだけの距離を自転車で行くというのは珍しい。なにしろMorris.の愛車は、引越しの処分品の赤いママチャリだから、坂道があるとお手上げである。神戸は南北は坂だらけだが、東西は比較的平べったい。
とろとろと走り、途中オレンジスリフティで手袋買って、御影、住吉、岡本と過ぎ、芦屋市内に入ってからは2号線南の住宅地をぷらぷらとうろついて3時半頃芦屋市立美術博物館に到着。いちおうここが目的地だった。今日から24日までここで「芦屋古書即売会」があるということを、サンパルのロードス書店で貰ったチラシで知ったのだ。このチラシがなかなかレトロで気に入って壁に貼ってたので、Morris.には珍しく忘れずにいて、今日の長距離遠征となったわけだ。
この芦屋市立美術博物館というのは、JR芦屋駅から1.5kmくらい南にあってちょっと交通の便が悪い。Morris.は歩くの気にならないから、いいようなものだけど、このところ身体なまってるし、せっかくだから自転車で行ってみようと思ったわけだ。この美術館は4年前にあの「幻のロシア絵本展」が開かれた場所で、直後に美術館の存続が危ぶまれる事態になって、ちょっとやきもきしてただけに、とりあえず現存してるということだけでもありがたかった。
古書即売会は比較的地味めの規模だったが、最近こういった催しとは縁遠くなったMorris.には何となく嬉しかった。売り場の外れの台にMorris.亭愛蔵の創元社版「現代日本詩人全集」の端本数冊が1冊百円で出ていたのには、うろたえてしまった。この全集は全16巻で、Morris.はそのうち10巻、14巻、15巻の3冊を持ってないので、古本屋でこの全集の端本にはビビンと反応する。以前上本町の天地書房で全巻揃いが\8,000で出たたことがあって、買おうかどうか迷った末結局買わなかったのだが、けっこう後になって悔んでるくらいだ。それにしても1冊百円というのはないだろう、→蝸牛(^_^;) 端本の中にはMorris.の欠本は無かったけど、それにしても(しつこい)である。
せっかく来たのだからご祝儀に1冊くらい買わねばと、散々ひやかした末に買ったのが石川淳の「夷齊虚實」(昭和51 文藝春秋)。「人と思想」という、ちょっと鼻白みそうなシリーズの1冊らしいが、なかなかに渋い本だと思う。出品は尼崎市武庫川の「街の草」という知らない店だ。機会があればここも覗いてみたい。
美術館の隣が谷崎潤一郎記念館で、今年突然谷崎マイブームのMorris.だけに、入館しようかとも思ったがすでに4時半過ぎててタイムオーバー(^_^;)。
その隣の芦屋図書館をひやかす。規模は大したこと無いが、いかにも芦屋らしいお洒落なデザインとディスプレイは素晴らしかった。詩歌のコーナーはなかなか充実しているようだ。
韓国語のコーナーにちょっと気にかかった本があったので、ソファに坐ってしばらく熟読。
そうこうしているうちに6時過ぎ、ほとんど真っ暗になってしまった。
北に向かって、今日のもう一つのお目当て芦屋警察署へ。昭和2年(1927)竣工のレトロ建築だが、2001年リニューアルの新築本館に玄関部分のみをそのまま流用しているらしい。すでにとっぷりと暮れて、真っ暗だが、電柱にビーンズバッグあてがったり、自転車のサドルに固定したりして何とか撮影できた。夜間撮影だといかにも堂々として見える。
7時ごろ水道筋にもどり、マルハチで買物して7時半帰宅。
うろうろしたからざっと20kmくらいの自転車ポタリング(^_^;)ということになるだろう。ちょっと疲れたけど、けっこう楽しかった。次回は長田方面に行ってみよう。ちょうど芦屋までと同じくらいの距離だ。慣れたら須磨くらい行けると思う。
島田和夫部屋スケジュール更新。


公園のSun-Tiger手押しポンプ

久しぶり芦屋美術博物館

芦屋古書即売会

松本かつじのデコレーション

チラシと石川淳「夷齊虚實」

芦屋図書館開架室

芦屋警察署

同じく

芦屋川沿いの教会
2008/11/21(金)●関帝廟あたり●

6時半起床。
浅海号で洗濯しながら朝風呂使った後、歌本の中からソルンドの曲をピックアップし、近所のコンビニで拡大コピーして、クリアファイルにセット。前から持ってたのと併せて12曲。ムックさんがソルンドフリークなので、伴奏の特訓しとこうと思ったのだった。もちろん何曲かはMorris.のレパートリーに加えたいという下心もありね(^_^;) ムックさん、今度会ったら是非Morris.の伴奏で「マウミウルチョケソ」と「エイニデジュセヨ」と「イロボリン30ニョン」歌ってください(^_^)/
丸刈りMorris.午後はJRで三宮に出て三宮図書館に寄り、元町まで歩いて阪神理容で散髪。今日のおっちゃんは初めてで、説明しても「スポーツ刈りでいいんだろ」てな感じだったし、鋏ほとんど使わず全体バリカンだったのでちょっといやな予感がしたが、嫌な予感はあたることに決まってるようで(^_^;) 出来上がったらほとんど丸刈り(>_<)の上、てっぺん部分が微妙に凹んでるぞっヽ(`Д´)ノ 要するに下手なのに中ってしまったわけだ。馴染みの兄ちゃんも手空きでいたから、強引に指名すれば良かった、と思っても後の祭りである。まあ、髪はどんどん生えてくるから別状ないが、しばらくはちょっと恥ずかしい。
元町駅を北に上がり、兵庫県公館冷かし、中山手通り経由で中央図書館に向かう。
途中雉猫発見で、Morris.@Catographerモードになったが、最近通ってる?猫掲示板の管理人我孫子さんの教え「高倍率ズーム使うほど写真は下手になる」を思い出して、なるべく望遠使わず撮影しようとしたが、やっぱり難しい。塀の中に逃げ込んだので覗き撮りしたのだが、結局望遠使ってしまった(^_^;)
久しぶりに関帝廟前通ったので中に入る。すごく綺麗になってる。リニューアルしたみたいだ。嬉しくなって聖堂の内部もデジカメ撮影したあと建物全体を撮ってたら、門番のおっちゃんから、建物はいいけれど、内部は撮らないように注意受けてしまった。まあ、撮ってしまったものは仕方ないということにしておこう(^_^;)
外に出たら、ちょうど夕焼の空が綺麗だったので、シルエット風に関帝廟の屋根を入れたら、なかなか美しいショットになった(^_^)
徳照寺もちょこっと冷かして、例の石の邪鬼たちを見てたら雨が降り出したので、中央図書館に急ぐ。
中央図書館に来るのも久しぶりだ。
帰り道宇治川商店街の小さなスーパーで野菜や鶏など買って帰宅したら8時前だった。
鶏皮の湯びきで軽くいっぱい。鶏は皮が一番美味しい(^_^;)なんて思ってしまったよ。Morris.は焼鳥屋でも皮中心だ。


中山手の雉

同じく

雀の群れ

福建省同郷会

関帝廟

聖堂内部

関帝(関羽)像

聖堂の天井

麗しの女神様

シルエット関帝廟

徳照寺の邪鬼石像

鶏皮湯びき

【オタク論!】唐沢俊一×岡田斗司夫 ★★★☆☆ オタクOB!?の二人の対談集。初出は雑誌「創」で、2004年から2007年の間に不定期連載されたらしい。
二人とも1958年生まれ、Morris.は韓国おたくを自称してるけど、彼らが論じる意味でのオタクではないだろうし、アニメにもフィギュアにもほとんど関心が無い。それなら、本棚の上に並んでいるペコちゃんグッズの群は何だと突っ込まれそうだが、あれは違う。ということにしておこう(^_^;)
コミケやら、アニメ、ゲームやら、電車男やら、メイド喫茶、mixiのことなど、Morris.には無関係、無関心な部分は飛ばし読みしたのだが、web日記、マンガと評論、「オタク論」、感性格差社会の到来などの対談は面白かった。
岡田はその頃から仕込んでたネタのダイエットのことやら、見た目社会など、自分中心発言が目立ったが、押さえるところは押さえている。
唐沢はお得意の雑学ネタの披露サービスもしてくれるし、どちらかというとMorris.の共感を呼ぶ発言が多かった。

唐沢 19世紀にバガニーニという音楽家がいて、彼が初めてイギリスで公演をしたときに、バーナード・ショーがくそみそに書いた。ところがパガニーニはその文章を自分の講演会のポスターに使った。そしたら「あのバーナード・ショーがこれだけくそみそに言うんだから」ということで大入り満員になったという。これは19世紀ロンドンの住民たちが成熟していたからできたわけですね。悪口というものがマイナスの要因ではなく、悪口を言われてるから正面から観てやろうじゃないか、というように観客の方が成熟すれば、宣伝効果があるということですよね。

唐沢 「スーパーサイズ・ミラー」という1ヶ月間マクドナルドを食べ続けるというドキュメンタリーがありますけど、あの冒頭に「日本のマクドナルドは食べても太りません」と出てくる。そんなバカなと思うけど、あれは本当なんですよ。揚げる油が違うんです。アメリカではパーム油というヤシ油を使ってるんです。パーム油は肥満の原因になる飽和脂肪酸でほぼ100%できている。非常にうまいがとにかく太る。何のためにパーム油を使ったかというと、とにかく低所得者層に食の満足感を与えるためなんです。油っぽいものを食べないと人間って満足できないじゃないですか。低所得者はとにかくお腹を満たさないと働く気にもならないわけで、朝からハンバーガーやポテトフライwど食べる。しかも安く食べられる。ニクソン政権が、低所得層のための福祉として、安いパーム油の使用を許可したんですよ。それから肉の値段も徹底的に抑えた。肉を食べると、肉の中にはアナンダマイトという快楽物質がありますから、それを食べると不平不満を言わなくなるんです。
岡田 70年代に入ってアメリカで公民権運動や市民運動が極端に減ったのは、そうやって食わされていたからなんですね。面白いですね。「衣食足りて礼節を知る」ですよ。特にこの貧困層が急激に太るんですね。
唐沢 デブは貧乏の紅しですね。これが知の層でも起きているんじゃないかと。マンガにしろ何にしろ無料で与えられているわけだけど、無料のものを一生懸命読みこもうとはしませんよね。自分で買ったものではないから、簡単に読み捨てていく。


これはちょっとしたブラックユーモアだね。岡田のことわざの引用がちょっと変だったりするけど。最近GyaOのドラマやKBSのアーカイブなんか、無料提供のドラマや番組にはまってるMorris.にはちょっと耳の痛いぶぶんもあるけど、まあ、もともとMorris.は本はほとんど図書館利用で、Morris.の「知の層」は安上がりだったことは間違いない。この本だってタダで読んでるわけだし(^_^;)
また、唐沢のWEB日記は長いことで有名らしいが、その日記への言及。

岡田 毎日書いて、おまけに読んでいる人がいないとできない。
唐沢 読んでる人がいる、というのは大二ですね。個人の日記をサイトにあげるということで、今、日記を書いてる人の数って、日本の歴史上一番多いんじゃないでしょうか。
岡田 日記は随筆系では最初の文学形態と言われますからね。
唐沢 日記から発展して、誰かが嘘を書いてもいいんじゃないかと思いついたのが、小説・創作なんでしょうね。


おいおい、これはちょっと違うんじゃないかいと思ったのだが、

唐沢 日記は自分を後世に残す一番楽な方法ではないかという気もする。多少の見栄も書けますし、自分の感情の乱れを付ける。記録に残すというのは勇気が要りますけどね。

というのはこのMorris.日乘のスタンスに似ていると思う。
最後に結論めいた二人のやり取り部分を。

唐沢 昔は大人と子供の世界の区別が厳然とあったんで幼児性は成人とともに意識下に潜むものとなったんですが、その区別のない現代では、よりダイレクトに、子供時代の嗜好がそのまま社会的な嗜好になっていく。アニメ、ゲームといったジャンルの強さはそこですえん。これを凌駕する影響力のあるものといったら、グルメ(味覚)くらいしかないんじゃないか。
岡田 オタク的な趣味というのはせいぜい3〜5歳くらいの趣味ですけど、グルメというのは1歳2歳くらいのものですからね。
唐沢 昨今のグルメブームというのも、昔のように文化的な教養でもって「八百善の何とかは云々……」というのではなくて、もっぱら自分のベロを世界の中心に持ってくる幼児期記憶からものなんです。「美味しんぼ」を読むと、子供の頃食べた味が社会的に成功しても忘れられなくて……という話が非常に多い。文化的にッ味覚を洗練させていく考えとは正反対で、教養の積み重ねが人間を高めていく、という思想はここでも拒否されている。
岡田 整理すると、人間が幼児化することをリヨンdね擁護したのがオタク化なわけですね。


やや整理しすぎた観もあるが、こういったところで、Morris.もオタク文化に深入りしなくて(できなくて?)良かった、ということにしておこう。

2008/11/20(木)●韓国大統領愛唱曲●

8時半起床。
昨夜(というか今日の午前)TVで日本-カタールのサッカー見る。試合の場所がドーハということで、当然の如く15年前のことを嫌と言うほど引き合いに出されてた。
試合は前半日本が1点先制、後半直後に2点目で、ほぼ試合を決めた。そのあと3点目入った時点でカタールの観客はぞろぞろ帰りだしたもんね。ともかく、日本負けてたら予選敗退濃厚だったから、この勝ち点3は大きい。日本選手の動きも勝ったから、ということは別にして、いつもと比べると、パスした後の速い動きが徹底していて、なかなか良かったと思う。
ヒマなこともあって、面白そうなサイト探してみる。といっても特に目的もなかったのだが、猫の画像投稿掲示板で検索かけたら、予想通りイヤというほど見つかった。えらく流行ってて、ついていけそうに無いもの、逆にほとんど更新のないものとかあったが、「犬猫動物動物・画像投稿掲示板」という即物的名前の掲示板が何となく手頃な感じがして、須磨の「13歳のチビ」の画像で投稿してみた。すぐに複数のレスがあって嬉しかったのだが、この掲示板管理者の「我孫子卓郎のHomePage」を覗いたら、凄く綺麗な(綺麗過ぎる)花の画像や、犬猫の画像満載でびっくりしてしまった。Morris.のデジカメ画像がいかに「おこちゃま」レベルであるかをあらためて思い知らされるくらい水準が高い。一眼レフデジカメに古いフィルムカメラの交換レンズを再利用して楽しんだり、町田のサッカーチーム応援のサイト作ったりといろいろ手広く活動されてる模様。
特にソオールドフトレンズを駆使した薔薇の画像だけでMorris.はノックダウンね(^_^;) 花好きな方は是非一度覗いておくように。
と、いうわけで、この前の私立ギガ猫学園などと一緒にLYNX(Morris.のリンクページというよりブックマークページ)に追加。
午後は、さすがにめぼしい韓国ドラマも払底したので、ちょっと久しぶりにKBSアーカイブで歌謡舞台(11/10放送分)見たら「私の愛唱曲特集」ということで、全国のど自慢の審査員やってる作曲家たちが自分の歌歌ったりしていた。Morris.ご贔屓のパクヒョンジンさんが、パクサンチョルといっしょに「ムジョッコン無条件」歌ってる。いや、歌もすごく上手いし、ノリがいい。「オモナ」以来の大ヒットのこの曲も彼の作品だったのか(@_@) 何たって6年前の東京ノレチャランで、Morris.は彼が作曲した「シントブリ」歌ったということで、楽屋でもヒョンジンさんと色々親しく話すことができたし、記念撮影もした。ネパクチャも彼の曲である。今一番Morris.好みのトロット作曲家といえるだろう。
また韓国の大統領の愛唱曲が一覧表で紹介された。この際、歴代大統領の名前を覚えておくことにしよう(^_^;)

大統領名 在任期間 与党 愛唱曲
李承晩 イスンマン (1948〜1960)
初代〜3代
自由党 希望歌(ヒマンガ)チェギュヨプ
尹*善 ユンボソン
*=サンズイ偏に「普」
(1960〜1961)
4代
自由党 友情千里(ユジョンチョルリ)パクチェホン
朴正熙 パクチョンヒ (1963〜1979)
5代〜9代
民主共和党 荒城の址(ファンサンエット)イエリス
崔圭夏 チェギュハ (1979〜1980)
10代
民主共和党 不明
全斗煥 チョンドファン (1980〜1987)
11代〜12代
民主共和党 放浪詩人キムサッカッ
(パンランシインキムサッカッ)ミョングックヮン
盧泰愚 ノテウ (1987〜1993)
13代
民主正義党 ベサメムーチョ ヒョンイン
金泳三 キムヨンサム (1993〜1998)
14代
民主自由党
→新韓国党
朝露(アチミスル)ヤンヒウン
金大中 キムデジュン (1998〜2003)
15代
新政治国民会議
→新千年民主党
木浦の涙(モッポエヌンムル)イナニョン
盧武鉉 ノムヒョン (2003〜2008
)16代
新千年民主党
→開かれたウリ党
小さな恋人たち(チャグンヨインドゥル)キムセフファ・コンテス
李明博 イミョンバク (2008〜)
17代
ハンナラ党 恋人よ(サランイヨ) ユシムチョ

全羅道出身のキムデジュンの「木浦の涙」というのはわかりやすいが、キムヨンサムの「アチミスル」はあまり似つかわしくないと思った。イミョンバクの愛唱曲は全く知らない曲だった。
舞台ではキムスヒが「希望歌」を熱唱した。この曲は日本では「七里ヶ浜哀歌」の名で知られている西洋の曲で、韓国では「希望歌」とタイトルされているが、内容の暗さから「絶望歌」とも呼ばれていたらしい。男性歌手チェギュヨプが最初にレコード録音しているがキムスヒもアルバムに収録している。
今夜は、久しぶりに梅サバ作ってみた。梅干もサバ水煮缶詰のどちらも残り物で賞味期限切れかけてたので残務処理みたいなものである。種を取った梅と、サバ缶の身をまな板の上で包丁で叩き切り刻んで、プライパンでじっくり加熱するだけのもので、津村喬の「ひとり暮し料理の技術」という本で覚えたもの。インスタント塩辛みたいなものでけっこう重宝する。
尾張旭のきよみさんは、大学4年の長女と京都観光を楽しまれたとのことで、三千院のお土産、可愛い布製紅葉形のお守り携帯ストラップを送っていただいた。小さな鈴も付いてて、季節にぴったりだし、このシーズン限定で(^_^;)使わせてもらうことにする。
きよみさん、ありがとうm(__)m
そして、娘さんの就職決定おめでとうございます\(^o^)/


「ムジョッコン」歌うパクジョンヒョクさん

大統領の愛唱曲一覧

「希望歌」熱唱のキムスヒ

紅葉のストラップアクセサリー

烏賊の白煮

梅サバ
2008/11/19(水)●ちょっと冷え込み●

6時半起床。何か寒い。そのままベッドでごろごろして8時過ぎやっと起き出す。
それでも今朝の神戸の最低気温は5℃くらいだったようだ。ソウルなんか今朝は零下7.1℃だったとか。
「もりすはし」つばめさん撮影今日もGyaOやYahooで「恋愛時代」14話、「乾パン先生」など韓国ドラマ巡り。恋愛時代では離婚した夫婦の旦那が結婚決めてあっという間に結婚式の場面というのには驚かされた。Morris.の思惑とはかなりかけ離れてしまったようだ。乾パン先生は途中飛ばしながら見てるのだが、ずっと同じパタンの繰り返しでいい加減飽きてきた。
つばめさんという未知の方からのメールで此花区に「もりす橋」という橋があるという情報が寄せられた。JPG画像も添付されていたが、たしかに「もりすはし」と明記されてある。ネットや地図で調べると、四貫島と伝法を結ぶ正連寺川の橋で、四貫島にある「鴉の宮」神社は昔は「もりす神社」という名前だったらしい。
阪神西大阪線伝法駅から近いので、機会があれば一度訪れてみたいものである(^_^)  つばめさんありがとうm(__)m
明日は今日よりさらに冷え込むらしい。もともと寒さには強い方のMorris.だったが、ここ数年暑さにつよくなったぶんだけ、寒さに弱くなったような気がする(^_^;) というか、風邪ひきやすくなったようで、今年7月に風邪で1週間寝こむという失態を犯し、結果的にその後の韓国の旅のあいだずっと体調崩したままになってしまった。
今夜深夜にサッカー日本-カタール戦があるので、結局見てしまうことになると思う(^_^;)

2008/11/18(火)●五毛天神あたり●

8時起床。
午前中はGyaOで「恋人」13話と「北の駅から」46,47話(最終回、今日までだった)続けて見る。北の駅からは、1部と2部で全くキャストが違ってて、2部はあまり見てなかったのだが、「恋人」でセヨン役のチョンチャンが、「北の駅から」2部で地味めな駅員役やってるのに気が付いた。「恋人」が2006年、「北の駅から」は1996年から97年だからほぼ10年の時間差があるわけか。
昨日の日記のタイトルにしながら、何も触れないでいた金平牛蒡。これ作るために牛蒡買って、余った牛蒡で豚汁にしたのだが、はっきり言って、この金平牛蒡、昨日作った時点では、それほど上手くいったとは思えなかった。不味くはなかったけどとりたててどうのこうの言うほどでもなかった。つまりは平凡な出来だったのだが、一晩寝かして今日つまみ食いしたら、これがとんでもなく美味しくなってた。煮物が冷える間に味が染み込むということは知ってたけれど、ここまで劇的に変化するとはびっくりである。
昼から自転車で水道筋に出て、マルハチの前に自転車置いて、天城通りから北上する。例によって地域猫がいればMorris.@Catographerモード。五毛天神の奉納絵馬で、昔の消防隊の絵があって、絵馬の板は相当古いのだが、絵の部分だけは彩色がきれいに施されていて、これがなかなか味わい深かった。たぶんあとで彩色し直したのかも知れないが、それでもかまわない。
隣の禅宗のお寺海蔵寺には石造りの仁王像もあって、ここらの風情も悪くない。六甲山の麓一帯はすっかり住宅街になっているが、高台にあっても下町の雰囲気があって、散策するにはもってこいである。坂道ばかりでちょっときついが、帰りは下り坂だから、散歩には好ましい。
帰りはマルハチで鯖や烏賊など買って5時半帰宅。今日はジャンカラ半額の日なので、ムックさん誘ってみたが遅番でパス。


天城通のデュオ猫

同じく

煙草屋の店先

サボテン君

むべ?

山牛蒡?

高尾通りのしろ雉

別の白雉

同じく

国玉通りの三毛

三色スミレ

季節外れの菫

海蔵寺

秋の風情

櫻紅葉

消防隊の奉納絵馬

八重山茶花

時計草の花と蕾

柚子(欲しかった(^_^;))

薬師堂の本尊

今日の夕空

【人間噂八百】足立淳 ★★★☆ 2007年無料漫画誌「コミックガンボ」(20007年一年で廃刊)に連載された有名人の噂漫画である。

彩野華羅(さいのかわら) さてこのマンガ『人間噂八百』とは、毎回ひとりの有名人にスポットを当ててその人のさまざまなエピソードを語っていくという内容なのよ。
アシスタント中島 そういう形式だから、司会者やアシスタントがいるんですね。有名人とは実在の芸能人やスポーツ選手文化人など、いわば「普通にメディアへ出ている人」がメインですね。
彩野 そしてその有名人たちの知られざるゴシップを紹介したり、あるいは誰でも知っている話を角度や切り口を変えて分析していたのよ。もちろん確証も裏もとれていない推測とかあるけどね
中島 ダメじゃないですか〜!!!
彩野 だから「噂」とか「ガセ」とか言ってんじゃないの!!
中島 あ
彩野 そういうわけでお楽しみください
中島 しかしよく単行本になりましたね(奇跡だ)


単行本化に際して冒頭に書き下ろされたプロローグのセリフの引用だが、これで内容は良くわかる。全編この二人のやり取りで構成されてるし、実に要を得て簡略にして手馴れた技を見せてくれる。しかし、絵の方ははっきりいって「下手」ことに各回登場人物の「似顔絵」は、あまりに似ていないというか、噴飯ものである。これも一種のギャグかもしれない。
取り上げられてる50人ほどの中には、Morris.の知らなかったり名前だけしか知らない人物も結構いるし、かなりの偏向も見られるが、そんなこと抜きにして面白かった。
Morris.の印象に残ったトリビアをランダムに引いておく。

・ズバリ、日本人は「抜けてる天才」に弱いの!! 
サードの長嶋が一度だけ、セカンドゴロを捕ったことあるらしい。このときのショートが広岡達郎で、二人の確執の原点はここにあるのでは?(長嶋茂雄)
・ユーザーの立場に立った自動車評論というスタイルは徳大寺が『間違いだらけ』で切り開いたもので、彼がいなかったら評論家はあいかわらずメーカーのタイコモチで、国産車も欧米に追いつき、追い越すこともなかったかもしれない。(徳大寺有恒)
・青島幸男は長い間中野のブロードウエイに住んでた。40年ほど前のブロードウエイは今の六本木ヒルズみたいなものでセレブたちの憧れの場所だった。(青島幸男)
・長崎に生まれ福岡に育った新庄は子供の頃から母親に赤い服ばっかり着せられていた。落ち着きの無い子供ですぐ迷子になる新庄を見つけやすくするためだった。(新庄剛志)
・日本大学時代の輪島の卒業論文は「チャンコの作り方。これがけっこう正確で実用性満点だったと、伊丹十三が絶賛していた。(輪島大士)
・広末は四国高知県出身、阪神の藤川球児とは中学の同級生。(広末涼子)
・スランプに陥った掛布が、長嶋に電話で相談。長嶋が電話口で「そこでバット振ってみて」といい、掛布がバットを振ると「よーしいい感じだ、そのスイングを忘れるな」とアドバイス。そのおかげで掛布はスランプを脱出。(掛布雅之)

やっぱりこういったネタは、羅列してもしょうがないな。ただ吉幾三の回で「「雪国」の一節が中国のある歌に似ていると盗作容疑が指摘された」とあるが、これはチョヨンピルの「チャンバッケヨジャ 窓の外の女」との取り違えと思う。

2008/11/17(月)●金平牛蒡と豚汁●

8時半起床。
午前中昨日の日記つけたり、洗濯したり、シャワー浴びたりしてるうちに昼になる。どうも最近、この日記が翌日持ち越しになることが多い。ひまだから良いようなものだが、やっぱりこれはMorris.にとっても時間の無駄遣いだと思う。徒然なるままにひねもすパソコンの画面に向かって日記書くために日々を過ごしているわけではない。
書くべきこと、知らせることがあるときは思い切り書けばよいが、特に書くことも無い日は書かないことにしよう。
昼から自転車で、春日野道まで出て勉強堂で安い漫画4冊買う。
そのかえりにBANDAIというスーパーに立ち寄る。なぜかここは裏道にあるためか初めてだった。特に安いわけでもなさそうだ。
夜は牛蒡が残ってるので、珍しく豚汁作ってみる。一昨日の求める会収穫祭の豚汁食べ損なったのが弾きがねになったのだろう。だし汁はこのところ日常化している味噌汁と同じで、これに醤油、酒、味醂を加えて、牛蒡、蒟蒻根菜などを炒めてぶち込むだけ。いまいち豚汁の濃厚さが出ない。赤味噌系が必要なのだろう。


白い実(^_^;)

金平牛蒡

豚汁(物足りない)(^_^;)
2008/11/16(日)●15歳のBlues Gal(^_^;)●

7時起床。雨が降っている。
「18・29 妻が突然18歳に」第7話見る。現在GyaOで見てる3本のドラマ「恋人」「恋愛時代」「18・29」はそれぞれたわいもないながら、それぞれ持ち味があって、Morris.は結構はまっている。
その「18・29」7話でヒロインのソチョンが夫サンヨンのためにキムパ作る場面があって、これがなかなかに豪華で、つい嬉しくなってデジカメ撮影(^_^;)。
午後から雨もあがり、水道筋ミュージックストリートに出かける。ナダタマの慈さんが係ってることもあって、何となく親しみのある催しだし、島田さんがいろんなセッションに参加してるということで、適当に冷かす。今回は島田さんが話題にしてた15歳のブルース少女REIちゃんが出るとのことで、期待大。
最初にFOUR ACES見る。客が多くて中に入れなくて道路でしばらく見物。その後商店街流してて、特設屋台に産地直産うみたて玉子や大根があったのでつい買ってしまい(^_^;)、それらを置きに一旦部屋に戻り、しばらく休んで、次はtwins。小竹直、親の双子の兄弟デュオだけどあまり似ていない。きっと二卵性双生児に違いない。アニキの直は先のFOUR ACESのメンバーでもあるし、最近は大西ユカリちゃんのゲストギターとしてツアーにも参加しているらしい。彼がそのツアーで歌ったという歌謡曲(^_^;)を披露してくれた。1曲目の「涙くんさよなら」はあまり面白くなかったが、2曲目のちょっとブルース風味の「もう恋なのか」はめちゃくちゃ良かったぞ。
商店街では何人か知り合いと出会う。スタオバのドラム、AKIちゃんと留学の後初めての再会。彼女は別のバンドでハンター坂のFRAMENCOという店に出演してるらしい。
ほか飯島ちゃんやみっちゃんらが来ていた。
そして今日のお目当てREIちゃんの6時からのステージ、会場であるうどんの「な也」に早めに入って、前のステージ終わると同時に一番前の席を確保(^_^;)。
REIちゃんは帰国子女で、アメリカで英語とブルース、一緒にマスターして来たらしい(^_^;)。
いやあ、凄かった。見た目は普通の15の女の子なんだけど、ギターも歌もたしかに「天才少女」の名を裏切らない。「クロスロード」「ジョージア」「スイートシクスティーン」オリジナルの「この町の歌」、キャロルキングの「ユーブガッタフレンド」そしてラストはストーンズの「ジャンピングジャックフラッシュ」(^_^)(^_^) まさに堂々のパフォーマンスだった。バックに天野SHOと島田和夫を[従えて」位負けしないステージは見ごたえあり過ぎである。
REIちゃんのまん前1mくらいの席に陣取ったMorris.は、ついついデジカメシャッター押しまくり、ここだけで60枚以上撮った。
その割にこれというショットはあまり無かった(^_^;)
十二分に満足して7時帰宅。
昼間買ったうみたてたまご、ごはんにかけて賞味したが、まずくはないけど、それほどの感激はなかった。これなら、例のHATダイエーの「たまご村農場たまご」の方がましかもしれない。


まずは材料の切りそろえ

豪華な具である

いよいよ巻き始め

ここは手早く

出来上がり(^_^)

FOUR ACESのステージ

街角で天野SHO

ナダタマの慈さん

西脇のうみたてたまご

Twins

本物のボトルネック

ギャラリ

ほとんどREIちゃんの画像(^_^;)

普通の女の子っぽい

スタンバってる島田和夫

演奏スタート

歌もうまい

魚眼で見るステージ

ギターもうまい

ベースは天野SHO

ドラム島田和夫

感動のフィナーレ

うみたてたまご

近所のどんぐり(たぶんコナラ)
2008/11/15(土)●渋滞に泣かされる(;;)●

4時起きで、浅海、荻野君と3人で愛知県三好町のイギリス向け荷物ピックアップ現場。名古屋からごう君がヘルプ、というか、これはもともと名古屋のしごとだった。
今夜はソジョンミン先生歓迎会が、六甲道の「万來」で催されるので、遅くとも7時までには合流したいと思ってた。
作業終了は4時で、なんとか間に合うかと思ったのだが、大津から京都、茨木まで、とんでもない大渋滞(>_<)。 摩耶出口降りたら7時半で、タクシー飛ばして、万來に着いたのが8時前。当然ほとんど会も終わりかけ。それでも、ひさしぶりにジョンミン先生にまみえることが叶って良かった、良かった。
料理はほとんど残ってなかったので、とにかくビールたてつづけに飲んで、ジョンミン先生と乾杯。
後はとにかく、持参したミニギターで、歌いまくるというか、伴奏やったり邪魔したり(^_^;)しての大騒ぎである(^_^;) 
ユンジョンちゃんナンバーから、チュヒョンミメドレー、山根さんの「釜山港へ帰れ」、飛田さんの「アチミスル」、佐野さんの「サントッキ」、信長正義さんの「昔の詩人の歌」、たか子さんの歌曲、先生の「キダリヌウンマウム」、そのほか民謡、「サノラミョン」「アパート」「カムスガン」などなど、短時間だったがかなりの高密度な韓国ノレタイムとなった。しまいには日本の歌のリクエストに「ブルーナイト神戸(もちろん替え歌(^_^;)))まで披露して、Morris.はすっかり心地よく疲労してしまったよ(^_^;)
無礼講はいつものことながら、何よりも、先生じ喜んでいただき、異常に盛り上がったから良しとしよう(^_^;)
先生は、疲れた時にMorris.部屋をよく覗いてくださってるとのこと、また、奥さんと話すときには、Morris.のことを「神戸のモパクサ(^_^)」と呼んでるらしい(^_^;) ちょっと嬉しかった。来年2月にはソウルに戻られるとのことだが、そのあとも、頻繁に来日されるとのこと、また、必ずソウルで会おうと固く約束を交わした。
信長夫妻とも久しぶりだった。たか子さんに韓国で買った電子辞書見せびらかす。稲田さんからの長薯のプレゼントもたか子さんが持ってきてくれてた。
9時過ぎに散会。本当は8時過ぎには終わるはずのところを、遅がけのMorris.のためもあって、ちょっと延長してもらったようだった。
10時帰宅。さっそく、例のうどん生めんに、稲田さんからの長薯おろして、冷やしやまかけうどん食べる。美味しかったあ。
稲田さん、ありがとうm(__)m


御在所SAに停まってたトラックのイラスト

紅葉をついばむキリン

早速ギターでのりのり(^_^)

同じく(photo by 佐野さん)

信長たか子さん(photo by 佐野さん)

飛田さん(photo by 佐野さん)

のりのよい3人

先生と乾杯!!

美味しかった冷やしやまかけうどん
2008/11/14(金)●賀川豊彦企画展●

8時半起床。
今日も晴天だ。
久しぶりに明日仕事が入った。それも朝4時起きの遠出である。それはよいのだが、明日はセンターで稲田さんらの「求める会」収穫会の日で、ここの豚汁は美味しいので楽しみにしてたのだが、パスせざるを得ない。4時からのソジョンミン先生の講演もたのしみにしてたのだが、当然こちらもパス。ただその後の打ち上げ会には何とか出席したいものである。
昼は昨日業務スーパーで買った、安い讃岐うどんの半生を食べる。ちょっと細麺だけど充分美味しかった。
昼から、王子公園の神戸文学館へ。前にも書いたことがあるけど、この建物は、明治37年(1904)に関西学院のチャペルとして建てられ、神戸大空襲で尖塔と屋根が抜け落ちる。戦後は市民文化教室、アメリカ文化センター、王子図書館、王子市民ギャラリー、そして現在の神戸文学館として、やたら色んな施設として再利用されてる。
現在の建物は1993の大補修によってなかなか美しい外観を取り戻している。Morris.は図書館時代から利用している。
賀川豊彦といえば、神戸灘生協の創始者としてくらいの認識しかなかったのだが、キリスト教伝道、社会事業、労働運動、農民運動、協同組合運動(これが生協に結びつく)、無産政党樹立運動、世界連邦運動の提唱など、幅広い活動をした「巨人」だったみたいだ。
特に貧民街に身を投じた貧者救済活動と、それを描いた自伝的小説「死線を越えて」のベストセラーが、彼の一生を決定付けたようだ。
展示物は、著作と原稿と、写真パネルが中心だったが、大正8年(1919)に近江で、ヴォーリス夫妻を訪ねた時の記念写真が目に留まった。ヴォーリスの建築には前から関心があったし、この文学館の復元は一粒社ヴォーリズ建築事務所が設計している。「一粒の麦」という著作もある賀川が、ヴォーリスの名を冠した事務所設計の建物で企画展やるというのも、何か縁を感じる。それで、デジカメで撮影しておこうとしたが、パネルが反射して写しにくい、ちょっと下がって望遠で写したりしてたら、係員がやってきて、展示物の撮影は禁止だといわれてしまった(^_^;) でも、すでに写してしまってたもんね。
賀川豊彦企画展は2月24日まで開かれている。
そのまま自転車で六甲道まで出て灘図書館に寄り、5時半帰宅。


冷やしおろしうどん

神戸文学館

賀川豊彦企画展

近江兄弟社前でヴォーリス夫妻と

自筆原稿

愛用のWaterman万年筆

大内通の記事猫1

大内通の記事猫2

ダリヤ?!
2008/11/13(木)●神戸カルメギ●

8時起床。
今日も良い天気である。
午前中、ムックさんの釜山でのデジカメ画像90点ほどをフォト蔵に「釜山スライドショームック版」としてアップ。今月一杯の期間限定である。
午後から自転車で南に下りて、海岸べりの遊歩道(ハーバーウォーク)から三宮に向かう。途中小野浜町辺りに鴨が群れている一帯があり、海岸あたりは鴎が結構多数いた。Morris.は鳥撮るのは割と苦手だがしばらく鴎の撮影を試みるも、やっぱり難しい。
でも神戸港は鴎少ないと思ってたのに、ここくらいいると、ちょっと釜山港を思い出して、嬉しくなった。
鴎は韓国語ではカルメギ。ソルンドの歌に「釜山カルメギ」というのがあって、何とかこれをレパートリーにいれようと思ってたところだった。
そのまま北上して三宮図書館に立ち寄る。岡田斗司夫の「いつまでもデブと思うな」とかいう新書が目についた。117kgあった体重を1年間で50kg減量したらしい。ダイエット本だが、それなりに面白そうだったので借りようと思ったが、現在すでに10冊借りてるので、やむなく立ち読みである。Morris.は50kb減量したら新生児の体重になってしまう(^_^;)から、ダイエットとは縁がない方だと思うが、最近ちょっと動かず食べてるばかりなのでちょっと肥ったかもしれないと、計ってみたら55kgだった。服着たままだから、54kgといったところだろう。学生時代から40年間ほとんど増減無しである。
帰りは大安亭で買物して5時半帰宅。最近の自転車散歩のパターンだな。
昨日の月も綺麗だったが、今日が満月らしい。今日の月も美しかった。
夜はキリンカップとかで日本とシリアのサッカーやってたので、見るともなく見る。3-1で日本勝ったけど、やっぱり面白くねえ、である。


小野浜は鴨の休憩所

こちらは鴎の勢ぞろい

鴎アップ

海沿いの倉庫

マーブリング(墨流し)

今宵の満月(トリミング

【瑠璃の契り 旗師・冬狐堂」北森鴻 ★★★ このシリーズは割と好きなタイプである。「倣雛心中」「苦い狐」「瑠璃の契り」「黒髪のクピド」の4作だが、ヒロイン冬狐堂の離婚した英人学者と、友人の女性写真家などとのからみで繋がる、最近流行り?のオムニバス短編集みたいなものである。人形や切子碗、などの小道具の出回り方が、あまりにご都合主義だったりするが、この手の作品の著者の藝術薀蓄の傾けぶりはなかなか見ものである。
たとえば、英人学者の口を借りての芸術賞味期限論。

生物に命があるが如く、芸術もまたいつかは滅びる運命を背負っている。美の永遠性などという妄言に惑わされてはいけない。たしかに芸術にも寿命は存在するのである。されどそれは、生物の持ち物に比べてはるかに長い。今日の美が明日の同時刻に醜悪となることはあるまいが、それとても百年、二百年後の保証を有しているわけではないのだ。なおも極論するならば、人は己の魂に仮宿する感傷でしかないのかもしれない。鑑賞は感傷であり、永続ではない。今日愛でた芸術を否定するのは、他ならぬ諸君たちの目やもしれないのである。けれどそれを恐れてはならない。目を疑う事なかれ。他人の視線を用いる事なかれ。
プロフェッサーDの講義の底には、常に判断と区別の美学があった。仕分けの美学といって良いかもしれない。日本文化を曖昧の美学と定義するなら、Dが語るのは一切の不明瞭を切り捨て、真実の骨格を愛でる美学、それが陶子には新選で、可能な限りDの講義を受講させる結果となった。


また、元夫の行き先を追って有田焼の磁場へ赴く場面。

長崎本線沿いの道を下り途中から国道三十四号線、三十五号線を経て有田に到着、真っ先に眉村が案内してくれたのが、泉山磁石場だった。
「有田焼の全てはここから始まりました」
「というと、金ヶ江三兵衛が発見した磁石場ですか」
「はい。近くには参考館もありますし、歴史民族資料館もあります」
凄まじいばかりの荒涼が、そこここに滲んでいる。陶石という材料を岩脈から吐き出すことで多くの名品を生み出し、吐き出し尽くしてうち捨てられた故の荒涼、である。有田で磁器が焼かれ始めたのは十七世紀初頭。その当時はまだ技術も未熟で、器そのものも厚手であったという。やがて有田焼は独自のシャープなフォルムを得て、現在に至る。そういってしまえばどこにでもありがちな技術の成長譚だが、進化の過程には職人たちの屍が累々と横たわっている。磁石場に転がる岩石は、彼らの骸そのものだ。
「磁石場は、江戸時代には土場とも呼ばれていて、厳しく管理されていたそうです。
「有田焼の生命線ですからね」
「土場番所が置かれ、陶石の持出しにはことさら厳しかったとか」
厳重な管理のもと、選び出された陶石は半年から一年の間、風通しの良い場所に放置され、その語に流水を利用した「水碓」によって粉砕される。と、江戸時代の資料にはあるが「水碓」をどのように読むかは、わかっていない。粉末をさらにふるいにかけた微粉末が「はたり粉」。微粉末は水槽で濾され、火力によって水分を奪われた後、再び水を加えられて「素地土」となる。


武雄温泉生まれのMorris.は、有田は身近な町だが、こういったことはあまり記憶に無かった。

しかし陶磁器を主に取り扱う旗師のヒロインの名前が陶子、切子ガラスの器に執着する女性カメラマンの名が硝子というのは、あまりに、即き過ぎではなかろうか(^_^;)

2008/11/12(水)●青谷辺りは猫だらけ(^_^)●

8時半起床。
えらく良い天気である。ラジオでも「小春日和」の連発である。小春は旧暦10月のことで、小春日和も当然それに準ずる。今日は旧暦10月15日だからこの言葉がぴったりである。
この日和につられて、昼からミニギター持って、散策に出かける。旧王子美術館で兵庫県写真家協会の写真公募展やってたので覗いて見る。確かに綺麗な写真が多い。でも、どきんとするような写真はあまりない。伊藤幸雄という人の「朝光の中で」という作品が印象深かった。山芋の蔓と櫨の紅葉と蝉の抜け殻をデザイン的に構成したもので、現代美術展の作品としてそのまま通用しそうな感じだった。
向かいの神戸文学館で賀川豊彦展やってるらしいので見たかったが、今日水曜日は休館だった。
そのまま王子公園のスポーツ公園の片隅にある木のテーブルに陣取って、しばらくミニギターで2時間ほどポンチャック修行(^_^;)
その後ぷらぷらと海星女学院から青谷方面に足を延ばす。いやあこのあたりは猫影が濃い、濃すぎるというべきかもしれないぞ。しっかりMorris.@Catographerモードで撮りまくった。15,6匹はいたと思う。たいていは地域猫だろう。おじさんがえさやってたりしてた。
ここらあたりはかなり高台で神戸港をちゅうしんとした展望が臨める。夕方不思議な色に染まっていた。
途中馬頭観音の妙光院にも立ち寄る。
5時半帰宅。
ムックさんが久しぶりに来訪。と、いっても、仕事が忙しく、今日も10時半まで仕事で、その後バイク飛ばして来たとの事。明日が午後出勤なので遅がけでも大丈夫との事。「ハイツ」というビールメーカーと同じ名前のソジュの小瓶と安城湯麺などお土産にもらう。
また、釜山でのデジカメ画像、DEL坊にコピーして一緒に見る。
遅い夜食を一緒に食べる。今日の味噌汁は昨日のが80点だとしたら60点くらいの出来だったが、ムックさんはそれでも美味しいといって食べてくれた。
結局1時ごろムックさんは帰っていった。これだけ遅いと歌ったりできないし、バイクなので酒は飲めないしで、ちょっと残念だったが仕方ない。


花を見るのは初めて

景岡病院自宅

秋冥菊

王子神社の狐、ちょっと怖い(^_^;)

「朝光の中で」伊藤幸雄

運動公園にて

赤い葉と白い実

猫1

猫2

猫1-2

猫3猫4

猫1猫2

猫5

妙光院馬頭観音

ダチュラ

猫6

猫7猫8

猫9

猫10

猫11

猫12

神戸トワイライト

月も美しかった

持ってるのはしゃもじか?
2008/11/11(火)●特訓(^_^;)●

8時半起床。
昨日押入れから発掘した歌本にポストイットでチェック入れて、コンビニでA3用紙に拡大コピー。1枚に見開き2ページ分だが、元がA5版だから、ざっと倍の大きさになる。これなら老眼Morris.にも充分見える。
これをクリアポケットファイルに入れていく。いやあサンパルの富士商会なら、20ポケットで\160、40ポケット\220くらいで売ってる。このコピーとクリアファイルがあるだけで、どれだけ助かってるかわからない。
今日は45枚ほどのコピーになった。当然、今回は80年末から90年初めの女性歌手、アイドル歌手中心になった。イジヨンの「卒業」、キムワンソンの「シロヨ」、チャンドクの「予定された時間のために」、ハネジンの「カルセクチュオク」、イジャヨンの「誘惑」、チョンユナの「ノルルサランハゴド」、チンジュの「ナンケンチャナ」、シンヒョボムの「オンジェナクジャリエ」、キムジヨンの「季節が変わり行く頃」、キムヘリムの「ナンイジェアラ」、ヘウニの「ネナムジャ」、そしてパンミの「オディガッスルカ」などである。
整理しながら、音源のあるものは聴きながら、ミニギターで合わせてみる。楽譜とキーが違うものも多い。ほとんど音源持っていた、というか、愛聴してた曲を中心にチェックしたから当たり前と言える。懐かしくてついつい他の曲まで通して聴いたりしてえらく時間取られてしまった。
昼食。今日の味噌汁は、豆腐に大根、人蔘、大根の葉とわりとあっさり目にしてみた。ためしにいつものいりこ、昆布でだしをとった後、パックの削り節を半分ほど入れてさっと煮立ててすぐ取り出す。味噌もこれまでよりは薄いめに仕上げる。うーーーん、これまでで一番の味である。どんどん味噌汁に溺れかけているぞ(^_^;)
午後からも、楽譜整理しながら、ミニギターで練習。Morris.はコードブック持って無いので、ややこしいコードは誤魔化して弾くことが多かったが、インターネットで、コード表のページ探して、モノクロでプリントアウトしてみた。A4だとちょっと小さいが、使えないことは無い。
ここのコード表↓は、実用的なキー配列で、畏れいった。
http://www.geocities.jp/mamopage/download3.html
はじめ、何でこんなデタラメな配列なんだろうと思ったが、よく見ると、ちゃんと関連コードが隣り合わせになる配列である。これだけ見ても、最近のギター教習のインフラ整備の成果が歴然としている。そういえば、楽器屋や本屋には、ギター雑誌や教則本が山ほど並んでいるし、かなり実践的というか、わかりやすいものが多いし、初級から中級、上級に至るまで本当にきめ細かく、攻めてある。
Morris.が生まれて初めてギター手にした高校生の頃(半世紀前ぢゃあ(@_@))ギターやるなら、古賀ギターか、それがいやなら、カルカッシとかゼゴビアとかのクラシック教本しかなかった。その後、GSとフォークブームで、コード中心のギター雑誌や教本も出てきたが、Morris.はそれ以前に挫折してしまってた(^_^;)
こういった状況は、韓国語の教材も同様で、最近は百花繚乱とまではいかないが、かなりの種類が出ているし、かゆいところに手の届くような気配りのあるものもある。色んなレベルのものが増えたのも心強い。Morris.が韓国語学び始めた89年頃は選択の余地がなかったし、内容的にもいい加減なものや、お堅過ぎるものしかなかった。
まあ、時代というものである。今さら嘆いても仕方ないし、それらの教材を使って、やり直したら良いのだろうが、流石に遅すぎの観は否めない。
閑話休題。ともかくも、こうやって楽譜だけはどんどん増えていくのだが、それに比例してレパートリーが増えるというものでもなさそうだ(^_^;)
でも、CDかけて一緒にギター弾いてみるというのは、また別の楽しみがあることがわかった。今日はこれまであまり使わなかったカポタスト使いまくり(^_^;) ただ音源が楽譜よりちょと高いくらいだと即利用できるが、低かったり、余りに高かったりするとお手上げである。
何だかんだいいながら、今日は午後一杯特訓(^_^;)してしまったぞ。
もちろんずっと弾きつづけてたわけでなく、息抜きにインターネット見てたりしたのだが、まるこめさんの掲示板の書き込みで、面白い写真のサイトを教えてもらった。
「私立ギコ猫学園」というページで、毎日、全世界のネットの中から抱腹絶倒の画像を紹介しまくっているらしい。過去の画像はどんどん消えていくらしく、現在30点くらいしか見られないが、それのどれもこれもが抱腹絶倒というわけでもないが、かなり水準高い(^_^;) アルチンボルド風の焼き直しや、動物のやらせなども多いしが、とにかく楽しかった。それぞれに記号絵?が付けられて、これも力作なんだろうが、Morris.にはこの趣味はない(^_^;)。
10月、11月は毎年ひまなのはわかってるが、これだけ仕事が無いと、ちょっと心配にもなってくるが、じたばたしてもしようがない。それよりひまな時間をいかに安く楽しむかを考える方が気が利いてる(ということにしておく(^_^;))そういう意味では、家庭内音楽研修なんてのは、ぴったりのようでもある。

【どんぐりの図鑑】北川北川尚史監修 伊藤ふくお著 ★★★ 前からどんぐりの種類のいくらかは知っておきたいと思ってたが、本書は大判でカラー写真も大きくわかりやすそうだったので借りてきた。わかりやすかった(^_^)
どんぐりはブナ科の木の実であることくらいは知ってた。
大きく分けて春に受粉開花してその年の秋に成熟する「一年成どんぐり」と春に開花受粉し、翌年の秋に成熟する「「二年成どんぐり」に二分されること、落葉樹もあれば常緑樹もあり、風媒花と虫媒花がある。殻斗(いわゆるどんぐりの帽子)の形はウロコ状とリング状に大別され、栗のようにイガが完全に実を包み込むものや成熟すると四裂するものなどがある。
本書には22種の代表的どんぐりが取り上げられている。それぞれにきちんと漢字名も記載してあったのが、すこぶる気に入った。ちなみにカタカナ名だけだとわからない樹木の特徴が一目瞭然になるものが多いことに注目!!
またまた表にまとめておく。

名前 タイプ 殻斗 年成 受粉型
コナラ 小楢・枹 コナラ属(コナラ亜属) 落葉樹 ウロコ状殻斗(圧縮鱗片) 一年成 風媒花
ナラガシワ 楢柏 コナラ属(コナラ亜属) 落葉樹 ウロコ状殻斗(圧縮鱗片) 一年成 風媒花
ミズナラ 水楢 コナラ属(コナラ亜属) 落葉樹 ウロコ状殻斗(圧縮鱗片) 一年成 風媒花
カシワ 柏・槲・栢 コナラ属(コナラ亜属) 落葉樹 ウロコ状殻斗(細長い鱗片) 一年成 風媒花
クヌギ 檪・椚 コナラ属(コナラ亜属) 落葉樹 ウロコ状殻斗(細長い鱗片) ニ年成 風媒花
アベマキ 線檪・線椚 コナラ属(コナラ亜属) 落葉樹 ウロコ状殻斗(細長い鱗片) ニ年成 風媒花
ウバメガシ 姥目樫 コナラ属(コナラ亜属) 常緑樹 ウロコ状殻斗(圧縮鱗片) ニ年成 風媒花
ウラジロガシ 裏白樫 コナラ属(アカガシ亜属) 常緑樹 リング状殻斗 ニ年成 風媒花
オキナワウラジロガシ 沖縄裏白樫 コナラ属(アカガシ亜属) 常緑樹 リング状殻斗 ニ年成 風媒花
アカガシ 赤樫 コナラ属(アカガシ亜属) 常緑樹 リング状殻斗 ニ年成 風媒花
ツクバネガシ 衝羽根樫 コナラ属(アカガシ亜属) 常緑樹 リング状殻斗 ニ年成 風媒花
ハナガガシ 葉長樫 コナラ属(アカガシ亜属) 常緑樹 リング状殻斗 ニ年成 風媒花
イチイガシ 一位樫 コナラ属(アカガシ亜属) 常緑樹 リング状殻斗 一年成 風媒花
アラカシ 粗樫 コナラ属(アカガシ亜属) 常緑樹 リング状殻斗 一年成 風媒花
シラカシ 白樫 コナラ属(アカガシ亜属) 常緑樹 リング状殻斗 一年成 風媒花
マテバシイ 馬力葉椎・全手葉椎 マテバシイ属 常緑樹 ウロコ状殻斗(圧縮鱗片) ニ年成 虫媒花
シリブカガシ 尻深樫 マテバシイ属 常緑樹 ウロコ状殻斗(圧縮鱗片) ニ年成 虫媒花
スダジイ 椎 シイ属 常緑樹 殻斗包み込み成熟すると四裂 ニ年成 虫媒花
ツブラジイ 円椎 シイ属 常緑樹 殻斗包み込み成熟すると四裂 ニ年成 虫媒花
クリ 栗 クリ属 落葉樹 イガが完全に包む 一年成 虫媒花
ブナ (木+無) ブナ属 落葉樹 殻斗包み込み成熟すると四裂 一年成 風媒花
イヌブナ 犬(木+無) ブナ属 落葉樹 殻斗包み込み成熟すると四裂 一年成 風媒花

これだけではわからない方も多いだろう。やっぱり図版が無くちゃね、と思われるにちがいない。
ということで、以下のサイトを紹介しておく。
こちらはイラストでの説明。
http://www.ecoweb-jp.org/donguri.html
こちらは写真での説明。
http://www.geocities.jp/eastwoodism/collection/donguri/donguri.htm
どちらも、それぞれ充実した図鑑になっている。
なあんだ、ぐだぐだ説明するより、先にこれらのページ紹介してくれたら良かったんじゃないかい、と言われそうだが、これらのページの個々の図と、上の表を対照して、じっくり検証することによって、あなたも、どんぐり博士のスタートラインに立てるかもしれない(^_^;) 健闘を祈る。

2008/11/10(月)●歌本88-98●

8時半起床。
ちょっと探したい本があって、ひさしぶりに押し入れの奥の段ボール箱を引っ張り出して開けてみる。結局目的の本は見つからなくて、代わりに?韓国歌謡の歌本10数冊が出てきた。A5版で毎月出ている歌謡曲本で、数社が発行している。調べたら一番古いのが1988年、新しいのが98年だから、ちょうど20年前から10年前までのものである。Morris.は88年に初めて韓国訪れているから、ほとんど最初からこのての本買ってたらしい。本当はこの倍以上あったはずだが、地震の後整理した。それでも全て処分するに忍ばず、抜き取りといった感じで残しておいたらしく97年以外は各年のものが残っている。
ついつい懐かしくなって、最初からぺらぺらと見て言ったが、Morris.が韓国歌謡に夢中になってたのは94年までと、はっきり断定できるようだ。95年以降の本にはほとんど知ってる曲や歌える曲はない。98年版に至っては2曲だった。もっともこちらの本はいわゆるk-pops中心で、トロット演歌は除外してあったためだろう。88年のものには、イジヨン、キムワンソン、ヤンスギョン、イサンウン、チョンスラ、チェソンス、シンチョンブルース、イムセ、チュヒョンミ、キムヒョンシク、イムンセ、クチャンモ、ソバンチャ、チョンヨンノク、チョガプキョン、パンミ、チョヨンピル、ユンスイル、キムポムリョン、ハンヨンエ、トンムルウォン……といった懐かしい名前が並ぶ。これまでポンチャック専門だったが、なつかしのアイドル歌謡もレパートリーに入れることにしよう(^_^)
昼から歩いてコーナンまで行き、トイレ用品や剃刀刃など買う。後は都賀川上って水道筋の市場冷やかし、5時帰宅。


懐かしの歌本

路地端の薔薇

灘中央市場の名物遊具
2008/11/09(日)●西武日本一おめでとう●

7時半起床。
午前中ソウルの朴社長に手紙を書く。8月の旅ですっかりお世話になって(迷惑をかけて)泊めてまでもらったのに、今頃お礼の手紙というのは遅きに失するが、なかなか書けずにいた。韓国語で手紙書くのはどうもいまだに敷居が高いし、聴き取りと話すのは何とかごまかせてもいざ書くとなると、簡単な単語さえ綴りに自信持てない。電子辞書をフル活用?して、何とか便箋2枚ほど書くのにたっぷり3時間近くかかってしまった(^_^;)
午後から自転車で三宮図書館に行き、サンパルMANYOの\105均一コーナー冷かして2冊買う。1冊はほぼ日刊イトイ新聞の「がんばれ自炊くん!」で2001年に発行されたときちょこっと興味もって立ち読みした記憶があるが、中に味噌汁関連で50pほどあったのでつい買ってしまった。
もう一冊は昭和12年野田書房発行の「ランボオ詩集」(中原中也訳)である。初版でなく再版だけど、なんでこれが\105均一の棚にあるのかにわかに信じがたかった。これは中原中也の生前最後の刊本で、初版(9月15日発行)が出た翌月10月22日に死亡。再版(11月18日発行)に挟み込まれている[野田書房臨時通信」には「中原中也氏逝く」と題して、野田誠三(野田書房社主)の追悼文が載っている。フランス装の洒落た造本で本文用紙には盾を前にした騎士の透かしが入ったフウルス紙が使用されている。この本については後ほど感想を書くことにしよう。
帰りはまた大安亭に寄って、食料買出し。レモン6個\150で出ていた。他の店も軒並み安売りしてる。突然レモン放出でもあったのだろうか。一人で6個は多すぎるが、安さに釣られて買ってしまう。
今夜は日本シリーズ第7戦。西武が8回逆転で日本一に輝いた。西武ライオンズは、Morris.の少年時代の贔屓チーム西鉄ライオンズの後身ということになるらしいが、やっぱり西鉄と西武は全く違うチームとしか思えない。
でも、今年の西武は良くやったと思う。日本シリーズであの巨人大砲打線を低得点に抑えての日本一は価値があると思う。
西武ライオンズ、日本シリーズ優勝おめでとう\(^o^)/


昭和レトロ?(日暮通バス停横)

今日のMANYO掘出物

透し入りフウルス紙
2008/11/08(土)●味噌汁一歩前進(^_^)●

7時半起床。今日も雨模様である。
稲田さんから借りた「はやぶさ」のDVD(小惑星探査機「はやぶさ」の挑戦−「はやぶさの大いなる挑戦」&「祈り」)見る。
はやぶさは2003年5月9日に打ち上げられ、2005年9月に小惑星「イトカワ」に到着、2回のタッチダウンの後、燃料漏れなどのトラブルが生じて、2005年12月9日以降はやぶさとの連絡が途絶えてしまう。しかし2006年1月23日にはやぶさからの電波をとらえ、それ以後慎重な地球帰還のための修正措置を行って、2007年4月から地球帰還の巡航運転に持ち込んだ。
予定では2010年6月にはやぶさが地球と月の中間地点に来た時点でカプセル(惑星の成分混入?)を切り離して採取。はやぶさはそのまま宇宙をさまようことになるらしい。
以上はDVD附属のパンフレットから写したもので、実はよくわかってないのだが、ともかくも、日本が画期的な小惑星探査機を打ち上げて、さまざまな困難を克服して頑張ったので、これをちょっと感動物語風にしあげて、世間に紹介しようという企画らしい。
前半のドキュメントは現実の打ち上げの模様や、関わった研究スタッフたちの一喜一憂の模様など、それなりに興味深く見ることができたが、後半のアニメ仕立て?の部分はMorris.にはつまらなかった。BGMの下手なジャズ風音楽が好みではなかったといえる。これならはやぶさのホームページにある絵本仕立ての「はやぶさ君の冒険日誌」が数段面白いと思う。実はMorris.はこれを読んですごく感動したのだった。
それはともかく1年半後のはやぶさ最後のミッションに期待しよう。
昼食に味噌汁を作る。って、たいていごはんのときは味噌汁作るんだけど、先日の京都桂離宮付近の丸き食堂の味噌汁に刺激されて、味噌汁向上運動を繰り広げているMorris.は、今日から味噌と昆布を変えることにした。基本は田舎の掟であるだしじゃこそのままだけど、昆布を以前のお手軽昆布から、いちおう日高産のものにして、味噌はタケヤの純正味噌。別に特別のものではないのだけど、これまで使ってたのよりは上等(^_^;)だと思う。今日の具は大根、ジャガイモ、人参と根菜中心で、刻みアゲと乾燥ワカメなどをちょこっと加える。出来上がりは至極満足のいくものだった(^_^) 丸き食堂と比べて遜色ないと言いたいところだけど、ちょっとまだ負けてるかな。ワカメが余計だったかもしれない。
午後はGyaOで「18-29」第六話見る。何かヒロインがどんどん可愛く綺麗になっていくような気がする。逆にライバル役のパクウネは、だんだん魅力が減じている。制作者側の思惑にのせられてるのかな?
夜は見たくもない(^_^;)日本シリーズ見ながら、冷凍餃子あてに、事務所から誕生祝に貰った缶ビール飲む。冷凍餃子でも、このまえTVでタレントが自慢してた方法(出来上がり直前に少量の小麦粉を溶かした水をかけて胡麻油をたらす)で、裏皮をパリッと焼き上げるとそれなりに美味しかった。


「はやぶさ」

今日の味噌汁

中国産冷凍餃子(^_^;)
2008/11/07(金)●兵庫県公館あたり●

7時半起床。雨が降ってる。
午前中は部屋でごろごろ。雨もあがったので昼から、JRで元町に出て、県警本部横の「神戸運転者更新センター」へ、免許証の切り替えである。Morris.は原付免許しか取ってなくて、その原付も10年以上乗ってないし、これから乗るつもりもないのだから、免許証自体必要ないといえ無くも無いのだが、写真付きの身分証明書というのが、必要なときにこれが一番手っ取り早いので、更新つづけているわけだ。たしかにパスポートには写真付いてるけど、日常的にパスポート持ち歩くというのもどうかなと思うしね。
当然5年間無事故無違反だからゴールド免許証で、講習も30分ですみ、免許証更新した後、すぐ近くの兵庫県公館を冷かす。山口半六設計で明治35年に建てられたこの建物は何度か訪れているが、たまにはまた入りたくなる。館内のショーウィンドウでは展示の入れ替えがおこなわれていて、明日から始まる淡路人形劇の人形や衣装などをディスプレイしていた。資料館の係の爺さんがいろいろ説明してくれた。是非南淡路町のなると会館?で毎日公演やってるから見に来るようにと、強い誘いがある(^_^;)
建設当時の建物の模型やら、お気に入りのシャンデリアやら、見物して外に出たら、すぐ前に古本屋「有文堂」があった。ここも知らないわけではないのだが、地味めな店である。
その向かいの神戸生田中学校の塀に、生徒作の環境愛護ポスターが貼ってあった。下手なのが多かったしステレオタイプだったが、中にはちょっと目をひくものもあった。
そのまま元町北の小路を迷い歩きしながら三宮図書館により、生協で食料買出しして5時半帰宅。
島田和夫部屋スケジュール更新。


新しい免許証

神戸栄光教会

兵庫県公館裏門

神戸公館正面から

竣工時の模型

壁の照明

阿波人形劇三番叟

人形の衣装

娘の人形

このシャンデリアは好き

正門

ステンドグラス

エレベーター階数表示

館内から前庭を望む

旗掲揚ポール

生田中ポスター、最優秀賞(Morris.選)

共感度大「電車はあなたの部屋じゃない」

とにかく可愛い(^_^)

前から気になってる病院

「結縁(ゆうえん)肛門科」

ケーキ苦手のMorris.でも

【廃墟をゆく】小林伸一郎写真 田中昭ニ文 ★★★ 一部では廃墟がブームになってるらしい。だからこそこういった写真集なども出版されているわけだが、Morris.も昔から廃屋、廃校などには惹かれるものを感じていた。
新しい立派な建造物より、古いもの、破壊されたものに思いを馳せるというのは、日本人の「滅びの美」への共感かもしれない。
本書は100点ほどの小林のカラー写真と、田中によるレポート(二人が一緒に廃墟巡りをした1週間の出来事)と、モノクロ写真で構成されているが、基本は写真集である。
で、その写真の出来は悪くない。芸術的でさえある。特に旧鉱山や、工場跡の巨大遺跡に似た廃墟には圧倒される。身近な六甲山ホテルの内部写真などはデジャブ感に襲われたが、いや、あそこはMorris.も20年ほど前に訪れたことがあった(^_^;)
しかし、こうやってずらずらずらと列挙されると、いささか辟易させられる。というか、Morris.にとって廃墟とはもっと個的な存在であってほしいのだ。
田中の文章にも、共感するところ無きにしもあらずだが、やはり、全国各地に廃墟を追い回すという気持には共鳴できない。

人間には、見えるものと見えないものがある。見えるものは、見たければ見ればいいし、見たくなければ見なければいい。受容も拒否もできる。でも「見えないもの」これは受容も拒否もできない。それを見ようとするか、しないか、しかない。ぼくはこの「廃墟をゆく」旅でなるべく、「見えないもの」を見ようとした。その中にこそ「廃墟」は存在しているのではないかと思ったのだ。ぼくにとって「廃墟」は決して観念なんかでは決してない。意識の底の方に広がっているリアルな「風景」なのだ。

かなり拙い文章だと思う。でも「廃墟」もリアルな「風景」であるというのは間違っていない。Morris.のこの前の夏の韓国の旅で、牡丹市場の近くで偶然出会った廃屋のことを思い出した。たぶん借金か何かで住人が夜逃げした後、債権者が押しかけてめぼしいものは取り出して、腹いせに窓ガラス割って部屋の中を荒らしまわった後だったのだと思うのだが、確かにあれくらい「リアル」な風景は無かったような気がする。天井の照明と一体になった扇風機の豪華さだけがそのまま残っていて何か崇高なもののように思えたりしたものね。

2008/11/06(木)●路傍の花実●

7時半起床。
しつこく「浅海号」で洗濯(^_^;)
昼前に阪急でセンターへ。稲田さんと昼食。生協前の雑居ビル1Fに移転した「ごはんカフェ 彩さい」へ。前の店に比べると3倍くらい広くなってる(@_@)
お昼ごはんは惣菜から2点、メインから1点を選ぶ方式で\800。Morris.は鶏のパン粉揚げ、稲田さんはブリの塩焼き。量は少なめだが丁寧に作ってある。味噌汁も不味くはないが、これならMorris.亭の味噌汁が美味しい(自分好みだもんね)。
センターに戻り事務所で鹿嶋さん都築さんとコーヒータイム。「丹前」と「褞袍 どてら」「半纏はんてん」などの違いが話題になった。辞書みたら「丹前」と「どてら」は全く同じもので、湯上りなどにきる広い袖で綿入れのすその長い上掛けの着物、「半纏」は羽織に似た竹の短い上着、とある。
稲田さんから「群馬名月」という大きめの林檎もらう。青林檎だが一部に微かな赤みがある。
今日も歩いて帰る。護国神社から五毛天神、青谷から王子公園と、ふらふら花壇の花や公園の木の実などデジカメにおさめる。
3時半帰宅。近所一体でガス工事か何かで道路を掘りまくっている。
群馬名月、あっさりした歯ごたえでうまみと甘みがバランス良くて美味しかった。


ごはんカフェ「彩さい」

Morris.のお昼ごはん

センター前で「群馬名月」

紫式部

赤い実と赤みを帯びた葉

ダツラ

白のオキザリス

赤のオキザリス

ホトトギス

センダングサ

櫻紅葉

クロガネモチ
2008/11/05(水)●Morris.部屋十周年\(^o^)/●

7時半起床。
未練たらしく洗濯機何度も回してみる。やっぱりすすぎの時点でエラーになってしまう(>_<)
とうとう諦めて、洗濯物取り出して洗濯槽に水が残ってるので排水ポンプを排水孔から取り外したら勢いよく水が出て、洗濯機が作動し始めた(@_@)
Morris.亭の洗濯機用の排水孔は、地面から30cm高さに鉄パイプが突き出ていて排水ホースはこれをまたいで差し込むことになる。前の洗濯機はこれで別条無く動いてたのだが、今回のはどうもこの高さがあると排水しきれなくて洗濯槽に水が残り、センサーがはたらいてエラーになるらしい。排水ホースベランダに放置したままもう一度すすぎスイッチ入れたらちゃんとすすぎから脱水まで出来てしまった(^_^) しかしベランダは水浸しである。洗濯のたびにこんなになってはかなわない。
排水孔の鉄パイプを切断して低くしようかと思ったが、これが結構厚手のものなのでMorris.の手にあまりそうだし、後で問題にならないとも限らない。洗濯機置き場と反対側の排水口はほぼ地面と同じ高さだから、延長排水ホースを使えば解決するのではないかという結論に達した。
昼から自転車で六甲道に出て、灘図書館、古着屋(オレンジ・スリフティ)、銀行、灘区役所、コーナン(もちろん延長排水コード購入のため)と廻り、5時前に帰宅。
さっそくホース取り付けて洗濯テスト。おお、ちゃんと最後まで洗濯できたし、水漏れも無い。これで本当にMorris.の洗濯ライフは薔薇色である。
今日はMorris.の59歳の誕生日である。実にタイムリーな誕生祝であるな。トラックで運び、階段4階まで上げてくれた浅海君に感謝である。ありがとうm(__)m この洗濯機は「浅海号」と命名することに決定(^_^)
今夜は7時からセンターで金時鐘さんの講演があるので、しゃかしゃかと風呂つかい、阪急で六甲へ。
4月に予定されていた講演が金時鐘さんの体調不良で延期になってた講演ということもあって、会場はほぼ満席状態。でも、一番前の椅子が一つ空いてたので、Morris.は当然の如くここに着席。吉美ちゃんも来ていた。
いつものように飛田さん手書きの垂れ幕には「朝鮮史セミナー 2008/11/5「済州島四・三事件」の私 金時鐘さん」とある。
金時鐘さんは今日も体調万全というわけではなかったが、思ったよりは元気そうでほっとした。
「本当はこのテーマに関しては話したくないんだ」と何度も繰り返しながら、訥々と、時には涙ぐみ言葉詰まらせる場面もあったが、実に内容の濃い感動的な講演だった。朝鮮戦争直前のリアルな当時の社会状況、日帝支配下に少年時代をすごし、解放後社会主義に賛同し活動を始めた頃の止むに止まれぬ心情など、内容としては知っていることでも、当人の口から語られると切々と胸に染み入ってくる。
最後に済州島の事件を仮託した詩集「新潟」の中の一節を朗読。ホール内がちょっと異様な空気に包まれてしまった。
謹聴するのに手一杯でメモもほとんど取ってないが、記憶に残った断片を。

・私は林檎だ→中身が腐っても外見は元気そうに見える
・事件に関して沈黙してきたのは、自身の安全のためばかりでなく、口を開けば事件の正当性を損なう気がしたから
・共産国家の崩壊が相次ぐ中でも、社会主義を信じる気持に変わりはない
・逃亡中に、近くの浜辺で、事件で水死させられた家族を悼むシャーマンのクッを見て衝撃
・さとのわざわいは、さとの人々の祈りでしか救済できない
・玉音放送を聴いて号泣した自分−−教育の恐ろしさを骨身に沁みて実感した
・日本が半島に義務教育を施行したという田中角栄発言への怒り
・米国によって親日派の残党が権力中枢に返り咲いた−−元の木阿弥
・事件は無謀な蜂起ではあったが、解放後の半島の没義道な政体推移への異議申し立てとしての意味はあった


こんなことくだくだ書いてもほとんど意味をなさないだろう。
事件に少しでも関心を持つ方は、何を措いても、2001年平凡社から発行された金石範との対談集「なぜ書き続けてきたか、なぜ沈黙してきたか 済州島四・三事件の記憶と文学」(金石範、金時鐘著 文京洙編 )を一読してもらいたい。忙しい方はとりあえずMorris.の感想文だけでも(^_^;)
講演後金時鐘さんとの打ち上げあれば付いていこうと思ってたのだが、そのまま帰られるということで、飲み会はパス。
持参してきた、30年前の「猪飼野詩集」にサインしてもらう(^_^) 「蟻にたかられて/唖蝉がおり 08.11.5 金時鐘」と書いていただいた。Morris.は「蟻」と見られたらしい(^_^;) イソップ寓話の「蟻と蝉」を皮肉ったものかもしれない。この詩集はMorris.の宝物の一冊だったのだが、これで宝物の二乗(^_^)になった。何よりの誕生祝である。飛田さんにたのんで2ショットまで撮ってもらった。
帰りはプラプラ歩いて水道筋商店街方面へ。マルハチで買物して10時過ぎ帰宅。
KBS日本語放送、今日水曜日はひまわりさん復帰第一回だったし、お便り係ジンシルちゃんのお誕生日コーナーでも、Morris.の名前読み上げてもらった(^_^)(^_^) 何となく、良い誕生日&Morris.部屋十周年記念日だった。


「浅海号」(^_^)

目玉焼き

高橋あたりの夕空

朝鮮史セミナーの金時鐘さん

感情が手に現れる

自作詩朗読

Morris.のたからもの(^_^)

2ショット\(^o^)/

チョンジャさんらと

ストロボ撮影

郵便受の鯱蛾

同じく横から
2008/11/04(火)●ラッキー(^_^) turns 暗転(>_<)●

朝、ゴミ出しに出たら、ゴミ袋がすべて青い「萌えるごみ」ぢゃなくて「燃えるごみ」と書かれた神戸指定ゴミ袋になってて、スーパーのレジ袋のゴミを持っていったMorris.は顰蹙をかってしまった(^_^;) そういえば11月からゴミの分別が厳しくなるようなこと小耳にはさんだもののそれきりになってたもんなあ。
今日は西根君と二人で、午前中は大阪大淀のマレーシア向け荷物ピックアップ、午後は深江東市場前のオランダ向け荷物ピックアップの現場だった・昼食は当然東市場の漫漫亭でチャンポン。漫漫亭となりの簡易食器屋に「神戸指定ゴミ袋底値サービス」の貼り紙があったので思わず買ってしまった。「燃えるごみ」「燃えないごみ」「缶・びん・ペットボトル」の3種類それぞれ10枚入りで計\268。ざっと1枚9円だから、きっと安いんだろう。でも45リットルの袋は一人暮らしのMorris.には大きすぎると思うぞ。
ところで倉庫に戻ったら、処分の洗濯機が出てた(^_^) それも3台も。ラッキー(^_^)、とりあえず表にあったナショナルの奴を浅海君に頼んで、一緒に部屋まで運んでもらい、「脱水機」になりはてた古い洗濯機持ち帰ってもらう。こんなにすっきりと交換できるとはなんて間がいいんでしょ。と、さっそくテストしてみる。
やたらボタンが多くてめんどくさそうだが電源入れてスイッチオンにしたら、ちゃんと動いた(^_^)
これでMorris.の洗濯ライフは薔薇色、と、喜んだのもつかの間、すすぎに切り替わったところで動かなくなった(>_<) 使い方間違えたのかといろいろやってみたが駄目だし、「U」みたいな表示が出て動かなくなる。脱水モードでスタートさせても動かない。こ、これなら、前の「脱水機」の方がまだましだった。
浅海君にはいつもこういうとき無理を頼んでるが、これは、また、もう一度交換をお願いせざるを得ない(^_^;) ちょっとめげてしまったよ。

【二枚目】松井今朝子 ★★★☆ すっかりはまりかけてる「並木拍子郎種取帳」シリーズの第2作である。本書にもタイトル作を含めて5本の短編が収められている。Morris.好みのお朝の料理場面が減ってるのがちょっと期待はずれだったが、小説としては充分楽しませてもらった。
おあさと拍子郎の関係が思うにまかせず、あおさが思いを寄せる料理人やら、拍子郎の女郎買い、さらには師匠五瓶の浮気(まおとこ)まで飛び出して、いやに気をもませる展開になっていた。
前作より、著者お得意の歌舞伎、芝居関係の登場人物が増えてるし、ここかしこに薀蓄が披露されている。それがあまりうるさく感じないのは、知らない世界を垣間見ることへの好奇心を満足させることと、著者の手際が良いからだろう。
しかし著者は歌舞伎や料理ばかりでなく、江戸の風物、行事、庭木、から政治経済全般まで幅広い目配りが提供されている。読むほどにただもので無いことが知れる。もしかしたら杉浦日向子さんの衣鉢を継ぐくらいの逸材なのではないかと思ってしまった。
さっきネットで調べたら、この前読んだ「吉原手引草」で直木賞取ってるから、すっかり売れっ子、人気作家だったんだね。いわゆるそういった方面に疎いMorris.が知らなかっただけで、世間ではすでに彼女はもてはやされているようだ。
彼女のブログは「今朝子の晩ごはん」というタイトルで、すでに文庫として2冊が出てるとか。そうか本書のヒロイン、おあさというのは著者自身の投影だったんだな。名前みたときに気づくべきだった(^_^;)

藤は実生えだと花が咲くまでに十年はかかるという代物だ。早く咲かせたいなら、まめに接ぎ木をしなければならない。いったん花が開くと次の年からはどんどんと咲き出すが、蔓は伸びるに任せず、冬の間に先端を長めに剪って、花芽に光りが当たるようにする。この間はまた水もたっぷりと遣る。こうした手入れを怠れば、茫々としたただの蔓草になってしまうので、富松は毎年の出入りを欠かしていない。
「なるほど。人と同じで、花が咲くまでにはけっこう手間が要るもんじゃのう。そういえば、わしは藤の花芽とやらを初めて見て、びっくりした憶えがある。大きな毛虫みたような気色の悪いかたちをしていて、あのような美しい花になるとはとても思えなんだ」
と、師匠がいったのを受けて拍子郎はこう続けた。
「高崎屋のお内儀は、その名もおふじといって、これが花にも負けぬなかなかの美人だと申します」


こういった薀蓄を枕に、物語の人物を紹介していくやりかたなんぞは、憎いばかりである。

同じようなかたちの葉でも微妙にちがうらしく、嫂は辛みのある蓼とそうでない蓼とをよく見分けた。辛くて苦いほうの蓼を丹念に擂って酢にいれた。舐めると舌が痛くなるようなものをどうして酢に入れるのか、子供のころはさっぱりとわからなかった。それが今では、鮎を食べるときは蓼酢が欠かせぬと思うのだから面白い。
兄がうまそうに食べていた肝の苦さにも昔は閉口したものだ。今は苦みのなかに独特の香気とほんのりした甘みが感じられて、この肝あってこその鮎だとわかるように、果たして自分は人の世についてもなにがしかを理解できる大人になれたのだろうか……


蓼の良し悪しから、辛み苦みを人の世に敷衍していっぱしの人生観みたいな感慨に持ち込むというのも著者のお得意というか、書き癖のようだが、大衆小説の香辛料としては大事なところなのかもしれないね。

例年師走の十三日は将軍家の御城をはじめ、江戸の各家がこぞって煤払いをする日ときまっている。煤竹で天井の蜘蛛の巣やほこりを払い、油煙で黒くなった壁や柱をみがきたて、一年間ためこんだ家の垢をきれいさっぱりと落とすのだから、この日ばかりは好いお天気であってほしいと誰しも思う。
煤払いの日はまた何処の家も鯨汁を食べる慣例(しきたり)だ。塩漬けにした鯨の脂身は、米ぬかを入れた水で一刻か一刻半はしっかり煮てもどさないといけない。さっき鍋を火にかけてからゆうに一刻はたち、脂はすでに綿のようにふわふわにふくらんでいるはずだ。

そういえば、長いこと鯨とはご無沙汰である。尾の身の刺身はともかく、たまにはあの海のものとも山のものとも付かない生臭さを味わいたい気になった。Morris.も今年は12月13日には大掃除しよう。

チョンと大きく柝(き)を打つと、幕がさあっと引かれてゆく。人の一生もこうしてきれいに巻くがひけりゃいいが……と、つぶやいたのは柝の打ち方を教えてくれた風次である。
なんでもそう巧い具合にゃいかねえもんさ、と雷次がそばで慰めたほど、拍子郎は最初のうち打つきっかけがうまくいかず、いい音が鳴らせなかったものだ。
舞台の袖で柝を打って、幕の開け閉めや道具の替わり目、役者の出番を報せるのは狂言方と呼ばれる作者見習いの務めである。
顔見世興行は朝日が昇るか昇らぬかのうちに幕を開け、序開き、二つ目では見物人がまだ少なく、三立目(みたてめ)くらいからしだいに人気役者が登場して客席が埋まってゆく。序開きはがらがらの客席を前に、無名の役者たちが修行のつもりで演じる幕だった。


主人公拍子郎(筆名だけど)が柝を打つ場面で、主人公の名のいわれというか、彼の得手が拍子木を投げて相手を捕らえるところから付けられたものなのだろう。こういった小道具の使い方の巧さも、きっと歌舞伎世界から拝借しているのに違いない。
どんどん、彼女の物語世界に引き込まれそうになってるMorris.だが、ここでまた「手をこまねいて」(212p)表現が出てきてしまった(>_<)
彼女の作品を読むのは4冊目で、これまでもことごとく、この表現が1回ずつそれも200p越えたあたりで出現する。二度あることは三度というが、四度目となると、偶然にしては出来すぎてるような気がしてくる。
今回もこれで☆一つ減点ぢゃ(^_^;)

・貫禄(ひれ)・好機(しお)・現実(ほんとう)に・雀踊(こおど)り・男娼(かげま)・諌(と)める・頗(すこぶ)る・瞋恚(しんい)・晒布(さらし)・頭(かぶり)を振る・灰吹筒(はいふき)・終演(うちだし)・将来(さきざき)・淡紅色(ときいろ)・賄賂(まいない)・厨房(くりや)・軽忽(きょうこつ)の輩(やから)・密夫(まおとこ)・予兆(きざし)・担桶(たご)・葛篭(つづら)・問い質(ただ)す・最初(はな)・感情(おもい)・落籍(ひか)される・無頼漢(ならずもの)・魚籠(びく)・扮装(こしらえ)・熱(ほとぼ)り・燗筒(ちろり)・剥板(へぎ)・舫(もや)い結び・検(あらた)める・泥亀(すっぽん)・理屈(すじ)・拐(かどわ)かし・終(は)ねる・素質(すじ)・結納(たのみ)・機会(おり)・鈍刀(なまくら)・黙止(もだ)し難く・敵娼(あいかた)・最初(はな)っから・遠近(おちこち)

2008/11/03(月)●須磨寺あたり●

7時起床。
昨日の日記など打ってるうちに昼になってしまった(^_^;)
午後には須磨の綱敷天満宮で、春待ち洗濯板、尾西君の末娘美優紀ちゃん(7歳)の七五三のお払いがあり、ビデオ撮影頼まれたので、JRで出かける。
この神社は、須磨にあることから「波乗り天神」などと銘打ってサーフボードと菅原道真が並んでいる石碑建てたとかいうニュースを見た覚えがある。いちおう菅公が九州に流される途中立ち寄り須磨の景色を愛でたという由緒があるらしい。
2時半に尾西君家族5人が到着、長女の瞳美ちゃんは高校生、長男の直人君は中学生である。子供がいると時の流れをまざまざと感じさせられるだろうな。Morris.は全くそれがわからない。先ずは例の派手目な着物の着付け、それが終わると、神棚の前の床几に腰掛けて、祝詞とお払いなど。Morris.は神棚横で三脚立てて流し撮り。
写真室での家族写真撮影現場もとりあえずビデオ回したが、Morris.は世話係から「お爺さんも一緒に入りませんか?」と、言われてしまったよ(^_^;) おいおいわしは尾西君か真由美さんの父親に見えるのかあ(@_@)
3時過ぎに尾西一家と別れて、須磨寺に向かう。途中、綱敷神社隣の小さな諏訪神社の坂に猫発見。早速地面に豆袋置いて撮影してたら近所の人から話しかけられる。この猫はいわゆるこのあたりの地域猫で、名前は「チビ」もう十三歳とのこと。なかなか良いショットが撮れたので、彼女にMorris.部屋のアドレス渡して「猫スライドショー」見るように宣伝。と、いうことで、今日即アップしておいた。
須磨寺はあいかわらず石仏の氾濫状態である。境内に造形教室みたいなのもあるし、熱心な指導者がいるのかもしれない。
Morris.は「一畑薬師如来」のレリーフが好きで、今日もビデオの三脚デジカメに流用して撮影したが、祠に入ってて、照明が下から照らされているので撮影が難しい。
石仏に限らず、書院の庭には大きなライオン(断じて獅子ではない)の石像があるし、猿の像やら、熊やら、雷神風神やら、十六羅漢やら、敦盛の人形やら、とにかくやたらデコラチブ、かつ、賑やかである。歴史的美術的に価値あるものはあまりないが、Morris.はこういうの嫌いではない。
5時くらいまで須磨寺にいて、帰り道自販機で賀茂鶴のカップ酒買って飲みながらふらふらと須磨駅に戻り、帰宅はちょうど6時だった。
帰ってビデオをDEL坊に取り込んでDVDに焼く。25分くらいだから、カットなしで、そのままにしておく。
韓国のウォン安に歯止めがかかったようで、今日のレートは12.69である。


ペコちゃんも七五三

ちょっと緊張気味

写真室でプロが撮影

控え室でおじいちゃん(^_^;)が撮影

チビ、十三歳

須磨寺山門

睡蓮

錦鯉

十六羅漢

文楽の敦盛

敦盛灯篭の蝶の紋

山辺人形の敦盛

風神

雷神

うさぎだっ!!

阿弥陀?

千体石仏?

紅葉はまもなく

光輪が雪の結晶(シベリア慰霊仏)

書院前のライオン(@_@)

ボクは誰?

一畑薬師三尊レリーフ

中央の薬師如来

須磨寺前の猫
2008/11/02(日)●洗濯機赤信号(>_<)●

7時半起床。
朝風呂、掃除、洗濯と併行してやったのだが、どうも洗濯機の調子がおかしい。いつまでたってもすすぎに切り替わらない。スイッチですすぎに切り換えたらランプが点滅してピピピッという信号がなる。またスイッチで脱水にしたら、水は流れて脱水が始まった。もう一度試してみたが同様の症状である。注水量切り替えても全く同じである。つまり洗い、すすぎ時の水量チェックや排水機能が働かなくなってるようだ。とりあえず脱水機としては使えそう(^_^;)だから、近日中に現場から洗濯機の出物があるまで、しばらく洗濯は浴槽で、脱水は「脱水機」で凌ぐしかなさそうだ。
仕事柄、結構洗濯機の処分引取りはよくあるのだが、得てして欲しがってると払底する傾向があるから、しばらく覚悟しておかなくては。
信じられないかもしれないが、Morris.はすごく洗濯好きである。ウソだと思う方はMorris.の韓国旅日記見て欲しい。たいてい毎朝「シャワー、洗濯」という記述があるくらいだ。もちろん、旅先ではシャワー室や浴槽で洗濯してる。旅先では大物の洗濯は無いから良いけど、ジーンズやシーツなどは脱水のほうが手間なので、とりあえず何とかなるだろう。故障した洗濯機は、もう6年くらい前にどこかの現場でもらったものだから寿命かもしれない。
天津飯リベンジ昼は天津飯リベンジ。今日は玉子一個にしたし、片栗粉も充分使ってまあ、普通の天津飯になった。
GyaOで「18-29」の第4話。29歳のヒロインが高校の制服着て遅刻者をテーマにしたドキュメントビデオ撮影するというシーンはやはり無理がありすぎと思う。
午後は自転車でハット神戸のヤマダ電機にミニDVテープ買いに行く。めったに行かない店だけど2Fに書籍コーナーがあった。ちょっと冷かしたが見事にこの電機店の客にターゲットを合わせた品揃えに笑ってしまった。最近は駅の本屋や、繁華街の本屋でも、同様の傾向はあるけどね。
雑誌コーナーで「太陽」の韓国・朝鮮の絵画特集を見かけて立ち読み。Morris.は韓国の絵画といえば、いわゆる民画のみを偏愛して、他の絵にはほとんど興味が無い。雑誌で民画は20p足らずで物足りないことこの上なかった。
隣の関西スーパーで日本茶買い、わざわざダイエーまで廻って例の農場玉子買って7時前帰宅。
昨日から西武−巨人の日本シリーズ始まってて昨夜は大阪に出て午前様だったから、結果も知らずにいたが、今日はとりあえずTV画面とラジオの中継でBGM代わりにしてた。昨日は2-1で西武が勝ったらしい。今日も接戦で9回まで2-2の同点だったが、9回裏ラミレスのサヨナラホームランで巨人がタイに持ち込んだ。
KBS日本語放送、病欠してたひまわりさんが、今日のSunday Music Powerから復活である\(^o^)/この番組はK-POPSメインなのであまり聴かないのだが、今日は特別さね(^_^)先週水曜日に、今日から復活の告知があったから、楽しみにしてた。すっかり元気になったというひまわりさんだが、入院の原因が急性肝炎(薬物性肝炎)ということを知って、ちょっと心配になってしまった。
ともかくこれからまた、水曜日の放送はチェックしなくては。ひまわりさんは、2003年2月にKBSを表敬訪問(^_^;)したとき、スタジオを案内してくれたし、日本語班の中ではその時から一番のお気に入りである。
今日の放送でも最後に「イッチョジンケジョル」かかった(^_^;)もっとも東方神起のカバーだったけどね。

【暮らしの手帖 300号記念特別号】 ★★★★ 本書の発行は2002年12月である。6年ほど気づかずにいたらしい。そういえば、最近本屋で、こういった感じの記念特別号を見かけた。たぶんあちらは「創刊60周年記念号」なのだと思う。
暮らしの手帖の創刊は昭和23年(1948)だから、ほとんどMorris.の誕生と重なっている。
そしてMorris.の生家の階段下の三角の物置には、創刊号から10年分くらいが無造作に積み重ねてあった。小学生の頃から活字中毒のMorris.だったから、もちろんこの雑誌も愛読したことは間違いない。いや、どうやらMorris.はこの雑誌に有形無形の影響を受けているようだ。
広告の無い雑誌。思い切った商品テスト。独特の書き文字&イラスト、斬新なレイアウト、達意の文章、反骨の精神、アイデア、感性、こだわり−−−小学生のMorris.にも、こんなものを作る花森安治というのがとんでもない人物だということだけはわかってたと思う。
暮らしの手帖=花森安治と思ってたのは、Morris.だけではなかったろう。
花森自筆のあいうえお花森の死は昭和53年(1978)享年66だったから、暮らしの手帖との付き合いはちょうど30年、彼の生涯のほぼ半分に当たる。そして彼が最後に手がけたのが創刊から152冊目、本書はその152冊の中から、花森のグラフィックアート、記事、紀行、商品テスト、料理、工夫とアイデア、批評などを中心にパッチワーク的に構成し、識者からのアンケートなどを付け加えている。
表紙やイラストで見覚えあるものも多いし、今見ても秀れていると思う。記事となるとさすがに覚えてるのは少ないが、いろいろ感じ入ることがあった。
右の画像→は、花森自筆の「あいうえお」である。300号記念号の表紙裏に掲載されていたものだが、味わいのある読みやすい良い文字である。機会があればMorris.も写経(^_^;)しようかと思う。
商品テスト第2回目が「家庭用マッチ」というのが、マッチラベル好きのMorris.には、意外でもあり嬉しかった。昭和54年(1979)時点ではまだまだマッチは現役バリバリだったし、懐かしいラベルのマッチの多くが普通に使われていたことがよくわかる。「ベティブープ印」(八家化学工業)のラベルなんか、Morris.はこの意匠をパクって蔵書票作ったくらいだもんなあ。
そして1963年の日本紀行一回目の神戸は、また色んな意味で面白かった。花森が神戸生まれということも忘れてたが、今から45年前の神戸の姿と、花森ならではの神戸観などが綯混ぜになり、不思議な気持にもさせられた。

明るくて、あきらめが早くて、ねばりっけがなくて、新しいもの好き、これが、神戸の町の気風である。
戦災で、この町は、八割が焼けている。みんな、みれんもなく、さっさと逃げ出したからだという。


おいおい、ちょっと筆が走りすぎてはいないかい?と思ってしまうが、この記事から32年後に起きる大地震を花森が知ったらどういう物言いをしただろうか?

明治以来、町が大きくなるためには、北は山でダメ、南も海でダメ、いきおい、西と東へ、帯のように長く長くのびてゆくより仕方がなかったのである。
のびていった町は、西は明石市でぶつかり、東は芦屋市でぶつかった。
「しやない」
この町のひとのくちぐせで、しようがない、という意味だが、しかし、あきらめのひびきはない。せっぱつまって、それでは、と立ち上がるときに使われる言葉である。
しやない、こうなったら、山をくずして、海を埋め立てたろ。
しかしそれくらいのことだったら、どこの町でも考えつくだろう。その山をくずした土を、海へはこぶ、その方法が奇想天外なのである。
ふつうならダンプカーで運ぶところだが、なにしろ帯のようにせまい町を、国鉄、阪急、阪神、国道と四本の線路が走っているし、何十本の道路が通っている。山から海へダンプを走らせるとなると、このたくさんの線路や道路をいちいち横切ってゆかねばならない。これは無理である。
そこで、考え出した一つの方法は、山から海まで、ずっとトンネルを掘って、そのなかに、コンペアーをしかける。くずした土は、その場でコンペアーにのせると、あとからあとから、ひとりでに海岸まで運ばれてくるという仕かけである。
第二の方法は、山から海へ流れている川を利用するのである。川の底をコンクリートでかためて、ここをダンプカー専用道路にした。左右の川底を、ぶつかりもせず、赤信号もなく、ゴキゲンでダンプは行ききするという方法である。
第三は、ロープウエイである。山のてっぺんから、くずした土をゴンドラにのせて海岸へ運ぶと、待ち受けているダンプカーならぬダンプシップが、神戸港外を走って、必要な埋め立て地へもってゆく、という仕組である。


これで見ると、花森は、神戸の埋め立て開発には、比較的好意的だったように思われる。やはりこれも地震後から現在に至る神戸の現況を見て彼がどう思うかきいてみたいところだ。
創刊間も無い頃の「生きているエチケット」(1952)にはMorris.の耳に痛い忠言があった(^_^;)。

・酒は飲んでも、たとえば乗物の中など、時と場所によつて、自分を制御できるほどにしておきましよう。それが出来ないような人間はシラフのときでも、みんなでケイベツする風を作るべきです。酔拂つて恥しいことをやるようでは、ニセ者の文化人、社会會人です。

また次の忠言は、これはMorris.はよく覚えていた。もちろん後で読んだのだろうが、人間として割とルーズなMorris.が、待ち合わせ時間だけは比較的きちんと守るのはこの言葉を肝に銘じていたためかもしれない。

・時間を守ることを、もつと重大なことに考えるべきです。十人に五分ずつ待たせたら、五十分という時間を泥棒したことになります。恋人同士の場合ですら、おくれてゆくというのは、いつとなく相手の気持を冷めさせるヘタな技巧と知るべきです。

後半のつけたしは蛇足かと、今となっては思うのだが、小学生のMorris.は結構真面目に受け取って実践励行したものである(^_^;)
そして73年に発表された[二十八年の日日を痛恨する歌」は、28回目の8月15日を迎えて日本の戦後の来し方を回想し行く末を危ぶむ花森渾身の悲憤慷慨の「詩」だと思う。6pにわたる長さなので、ほんの一部を抄出しておく。

また あの日がやってくる
あの日
大日本帝国が ほろびた日
もっと正確にいうと
大日本帝国が ほろびたはずの日
いまから 二十八年まえの
昭和二十年八月十五日

ぼくらの目のまえを まるで蜃気楼のように 美しい色をしたものが 次から次へと 目まぐるしく通りすぎていった
政治犯即時解放 共産党浮上
婦人解放 男女同権 婦人代議士
財閥解体
天皇の人間宣言
小作人に農地を解放
新しい日本国憲法
六三三制
労働基準法 独占禁止法

ニッポンコクミンハ リクカイクウグンソノタノセンリョクハ コレヲホジシナイ
シソウ オヨビ リョウシンノジユウハ コレヲオカシテハナラナイ
スベテ コクミンハ ケンコウデ ブンカテキナ サイテイゲンドノセイカツヲイトナム ケンリヲ ユウスル

生き残ることができてよかった
死んだやつは ほんとうに損をしたものだ
生きていることが申し訳ないみたいだ
何才まで生きられるかわからないが これからの人生は みんな付録だ
死んだとおもえば なんでもできる
ぼくらは しんそこ そうおもった

しかし 蜃気楼は すぐに消えてしまった

朝鮮人みんなの不幸をこやしにして
敗戦国日本の企業は 肥っていった
朝鮮戦争が やっと終わったら
しばらくして ベトナム戦争がはじまった
ベトナム人みんなの悲惨と困窮を踏み台にして ふところ手をして 鼻歌をうたいながら 敗戦国日本の企業は ますます肥っていった

ぼくらは もう 死にものぐるいで もうけることに 目の色を変えて走りに走った
からっぽの うつろな心のなかに もうけることだけが どろどろと 渦巻いて噴きだしていた
いま 日本で 大きな顔をしている企業は 多かれ少なかれ どれも 朝鮮戦争と ベトナム戦争で大きくなった
みんな 大した苦労もしないで 向うから ころがりこんできた注文で 肥っていった
いうならば ぬれ手に粟で つかんだ繁栄だ
その味を一度おぼえたら もう まっとうな商売は できなくなる

よい品を作ろうとはしないで
見せかけで売る
おまけで釣る
景品で誘惑する
リベートで抱きこむ
すこし困ると 政府に泣きついて
補償金をもらう
見返りに献金する

繁栄とは なにか
ゆたかな暮しとは なにか
君らは もうけることが そうして繁栄することが ぼくらの幸せにつながる といった
君らが 禿鷹のように 他人の不幸をむさぼり食らって肥ってきたからこそ ぼくらの暮しも それにつれてよくなってきた筈だと 君らはいった
たしかに 君らがもうけたのに ぼくらの暮しがすこしもよくならなかったといえば ウソになる
しかし
大企業が 千もうけたとき ぼくらがうるおったのは たったの一だ
大企業が 万もうけたとき ぼくらがうるおったのは たったのニだ
大企業が 億もうけたとき ぼくらがうるおったのは たったの三だ
しかも そのたったニか三のうるおいと引きかえに ぼくらは 何を失ったか
君らは いま その目で はっきりと見るがいい

しかし 口惜しいことだが
こんなひどい世の中にしてしまったのは君らだけの罪ではなかったのだ
悔んでも悔みきれないのだが
君らが 狂ってしまって 血眼になってもうけだけに走るのを だまって見ていて 止めようとしなかったぼくらも 狂っていたのだ

ぼくらは もうずいぶんと長く生きた
ぼくらは もういい
ぼくらは もうどうなってもいいのではないか
ぼくらは じぶんのこどものために そのまたこどものために もう一ど あの日に帰ろう
もう一ど あの焼け跡に立ってみよう


「これからの人生は付録だ」というのは、Morris.お得意のフレーズだが、これももしかして花森からの受け売りだったのかもしれない。もっともこれが発表された頃は、とっくに暮らしの手帖は読まなくなっていたから、また別のルートから仕入れた可能性も大きいが(^_^;)
ほぼ150冊分の中から編集部が絞りに絞って1冊にしたものだけに、引用を始めるととめどもないので、この辺で切り上げよう。
花森のよきライバルというか、対照的な言論人山本夏彦の「不遇の人 花森安治」という談話が最後におかれていて、これも感慨深かった。山本はこのインタビューの直後(2002年10月)に亡くなっているだけになおさらである。
また巻末の年表は、昭和20年(1945)の敗戦から花森の亡くなる昭和53年までを年ごとに、時代、世の中の動きと暮しの手帖の記事とを対応させたシンプルなものだが、実によく出来ている。あまりによく出来ているので、これも一部を表にしておこう(^_^;)

西暦  昭和 時代 世の中の動き
1945 20 敗戦の年 青空市場・闇市あらわる
[墨塗り教科書]も登場
「ギブ・ミー・チョコレート」
1946 21 [タケノコ生活]に耐えて 新円切り換えで四苦八苦
続々、新興宗教おこる
パーマネント復活は希望のしるし
1947 22 新憲法の年 日本国憲法発布
闇米食わず判事死す
停電生活と更生服
当時のサラリーマン、平均月収3,542円
1948 23 インフレの年 インフレーション深刻化
太宰治入水自殺
主婦連発足
『暮しの手帖』創刊号は当時110円
1949 24 緊縮財政の年 ドッジ・ライン
下山・三鷹事件おこる
湯川秀樹ノーベル物理学賞受賞
アロハシャツ流行
1950 25 朝鮮半島動乱の年 朝鮮半島で軍事衝突
ストックホルム・アピールおこる
「貧乏人は麦を食え」発言
1951 26 講和と逆コースの年 サンフランシスコ講和会議
「三越にはストもございます」
初のカラー映画上映される
1952 27 独立の年 日米安保条約発効
十勝沖地震、深刻被害
黄変米騒動おこる
「鉄腕アトム」連載開始
1953 28 街頭テレビに群集湧く 吉田首相「バカヤロー」解散
1ドル、360円に
スターリン死去
国産初、噴流式洗濯機発売(三洋電機、28,500円)
1954 29 [死の灰]の年 自衛隊発足
[死の灰](第五福竜丸事件)の悲劇おこる
「ゴジラ」封切り
「暮しの手帖」第一回商品テスト(ソックス)
1955 30 家庭電化花咲く 自由民主党結党(55年体制へ移行)
GATT加盟
ロケット飛行実験に成功
自動炊飯器(東芝)登場、当時は3,200円で
1956 31 「もはや戦後ではない」 神武景気
週刊誌ブームおこる
[集団就職列車]走る
東京開都500年
1957 32 [三種の神器]の年 ナベ底景気
[赤線]の廃止(売春禁止法施行)
初の[ニュータウン]
「有楽町で逢いましょう」大ヒット
1958 33 東京タワー完成の年 初の一万円札発行
フラフープ大流行
「月光仮面」が放送開始
大学卒初任給は12,000〜13,000円へ
1959 34 岩戸景気の年 [消費革命]の時代はじまる
伊勢湾台風、史上最大の被害だす
皇太子殿下、成婚パレード
この年、東京の地下鉄は全線25円に
1960 35 60年安保の年 安保反対闘争はじまる
池田首相、所得倍増計画発表
カラーテレビ、放送開始
インスタント・コーヒー(森永)登場
1961 36 高度成長はじまる ベルリンの壁築かれる
「上を向いて歩こう」大ヒット
「モスラ」公開
ガガーリン「地球は青かった」
1962 37 [無責任時代]とよばれて 東京、スモッグ騒動
クレージー・キャッツ大人気
「暮しの手帖」190円に
都下の家賃は3,200円に
1963 38 [流通革命]の年 ケネディ大統領暗殺
スーパーマーケット旋風
第一次マンションブームおこる
[バカンス景気]
1964 39 東京オリンピックの年 東京オリンピック開幕
IMF8条国へ移行、海外観光旅行自由に
新幹線開通
アイビー族・みゆき族
1965 40 高度成長から安定成長へ ベトナム戦争拡大
朝永振一郎、ノーベル物理学賞受賞
高校進学率が全国で70%を超える
「暮しの手帖」220円に
1966 41 若者文化のたかまり [物価戦争]で暮らし圧迫
ビートルズ来日
平均寿命、ヨーロッパ並に(男67.73歳 女72.95歳)
[黒い霧]と政局不安
1967 42 核家族化の時代へ 第二次ベビーブーム開始
[新三種の神器](カー、クーラー、カラーTV)お目見え
リカちゃん人形(タカラ)発売
ツイッギー来日、ミニスカート流行
1968 43 大学紛争の年 反戦・反核運動
学園紛争激化
三億円事件おこる
グループサウンズ人気、失神事件も
1969 44 GNP世界第二位へ アポロ11号月面着陸成功
東大安田講堂で学生と機動隊が衝突
[億ション]も登場
「男はつらいよ」シリーズ第一作はじまる
1970 45 大阪万博の年 大阪万国博覧会開催
三島由紀夫割腹自殺
[ウーマン・リブ]の意識たかまる
保温電子ジャー初お目見え(象印)
1971 46 ニクソン・ショックの年 1ドル308円に
[ニアミス]ボーイング機と自衛隊機衝突事故
パンタロン流行
日本テレビで「スター誕生」
1972 47 外交の年 沖縄返還・日中国交回復
田中角栄、日本列島改造論
浅間山荘事件おこる
日本初のハイ・ジャック、[よど号]事件
1973 48 石油ショックと狂乱物価 石油ショックでトイレットペーパー買い占めおこる
狂乱物価(9月までの年間物価上昇率14.6%)
水俣病訴訟全面勝訴
この年のサラリーマン平均月収16万6千円に
1974 49 [ゼロ成長]の年 佐藤栄作前首相、ノーベル平和賞受賞
初の[ゼロ成長]・産業構造の転換年
小野田寛郎、ルバング島より帰国
オカルトブームおこる
1975 50 [複合汚染]の年 ベトナム戦争終結
核家族世帯64.0%に
SLの灯消える
この年「暗しの手帖」520円に
1976 51 ロッキード事件の年 ロッキード事件発覚
高齢化社会の予感たかまる
幸福駅の切符、ブームに
ハガキ20円、封書50円に値上げ
1977 52 中流意識のたかまり 円高(1ドル268.51円)突入
有珠山噴火
リニア・モーターカー走行実験に成功
この年、大学卒の平均初任給は10万5,082円
1978 53 [不確実性の時代]始まる 日中平和有効条約調印
インベーダーゲームブーム
新東京国際空港開港
キャンディーズ解散「普通の女の子に戻りたい

実はMorris.の生まれた1949年に「アロハシャツ流行」とあったのが、すごく嬉しかったのさ(^_^;)

2008/11/01(土)●怒りのコムタン ヽ(`Д´)ノ●

7時半起床。朝風呂、洗濯。
昼は天津飯作ってみる。カニカマ、人蔘、椎茸、木耳、葱、中華野菜セットなどを玉子でとじてフライパンで焼いて、中華とろみタレ作って、丼のご飯にかけるだけ。ちょっと玉子焼きが大きくなりすぎたし、片栗粉が足りずちょっととろみが弱かったりしたけど、充分美味しかった。
午後から大阪に出る。
今夜は鶴橋で6時にふぁっぴょんさんと待ち合わせだったが、久しぶりの大阪だからちょっと散歩しようと思ったのだった。
JR大阪駅の地下からJR北野新地駅方面に歩いて駅前第二、第三ビルの地下街を冷かす。このあたりは飲食店のほかは、格安チケット売り場、中古CD、古本屋、などのちょっと場末めいた雰囲気である。
セルヴィスギャラリーのショーウィンドに楽器演奏してるジャズメンの瀟洒なイラストがあった。と、思ったのだが、じつはこれは鉄線を使った立体造形だった。ちょっと見にはぜったい省略を多用したイラストにしか見えないのに、近づくと鉄の立体作品ということがわかり、新鮮な衝撃を受ける。見る者の位置によって具象から抽象に変化していくさまは、最近氾濫しているCG画像とは別次元のリアルさを感じることができる。
ポスターには「音楽を奏でる鉄の線」とあった。作者は鳥取を拠点に活動している徳持耕一郎という人で、本人はこれらの作品を「鉄筋彫刻」と称しているらしい(^_^;)
11月28日まで展示会やってるのだが、土日は休みということでショーウィンドの3作品しか見られないのが残念だった。今月中に大阪に足を運ぶ機会があれば、他の作品も覗いてみたい。
その後旭屋書店を1時間ほど冷かす。
6時にふぁっぴょんさんと落ち合う。奈良の伊藤さんを紹介される。恵子ママの店に行く前に腹ごしらえということで、鶴橋商店街の「珍味」という店に。ずっと前に「ありらん食堂」があった場所である。アジュマはニューカマーのようだ。Morris.はコムタンを、後の二人はマンドゥクッ頼み、先にサムギョプサルを焼く。Morris.はサムギョプサルよりテジカルビの方が好きなのだが、鶴橋の韓国食堂では圧倒的にこのサンギョプサルがポピュラーである。
マンドゥクッは15分くらいで出てきたが、Morris.のコムタンは一向に出てこない。30分近く経った頃、ふぁっぴょんさんが確認したら、完全に忘れられていたらしい。
あわててアジュマがばたばたと用意して出てきたコムタンというのが、とんでもない代物。スープは玉子で中が見えない。匙でかき回しても牛の尻尾のかけらも見当たらない。さらにかき回したら黒っぽいゴムみたいな屑肉のかけらが浮かんでいた。こんなのコムタンじゃないだろうとアジュマに文句言ったら「韓国でコムタンといえばこういうものです」と、きた。「これまで何度も韓国でコムタン食べたがこんなもの見たこと無い」、と韓国語でまくしたてたら、流石に「しまった(>_<)」という顔をしたが、まだぐちゃぐちゃ言い逃れしようとしている。完全にむかっ腹が立った。あまり腹が立って、即店を出たのだが、あのとんでもコムタンをデジカメで証拠撮影しておくんだったと悔やんでも後の祭り(^_^;)。
後からふぁっぴょんさんに「怒るときは、大声で怒らず、小さな声で怒る方が効き目がある」と、たしなめられた。聴くべき言葉である。でも実践は難しい(^_^;)
とりあえず、恵子ママの店に。ふぁっぴょんさんが気を遣って、すぐ近くの「名水」という店でキムパとチヂミ買ってくれた。良さげな韓国料理店である。こんなことなら、最初からこの店に行けば良かったのに(^_^;)
キムパは上品過ぎて普通の「海苔巻」みたいだったが、海鮮チヂミは美味しかった。しかし、どうも先のコムタンのことで、と、いうより、つまらないことで腹を立てた自分に腹が立って(^_^;)、今夜のMorris.はいまいち調子が出なかった。
初対面の伊藤さんは礼儀正しく、なかなか苦みばしったルックスで低音の美声の持ち主で歌も上手かったのだが、歌うのがMorris.の知らない曲ばかり、それも、Morris.の好みとはまるで相反するものが多く、一緒に盛り上がることができなかった。
恵子ママの店は綺麗で音響も、液晶ディスプレイも最新の設備が整っているが、「サランバン」の廃業以来、Morris.はカラオケそのものへの興味も薄れてきたような気もする。
11時半に店を出て、大阪から最終快速を乗り継いで午前零時半帰宅。


昨夜のビーフン

卓袱台上の鯱蛾

玉子デカ過ぎ天津飯(^_^;)

「頑張れクムスナ」歌うソンヘさん

ピアニスト

ベーシスト

阪急前の通風塔あたり

JR大阪駅ホームより

恵子ママ

 
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