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Morris.日乘2010年11月 

Morris.の日記です。読書控え、宴会、散策報告、友人知人の動向他雑多です。新着/更新ページの告知もここでやります。下線引いてある部分はリンクしているので、クリックすれば、直行できます。 
今月の標語
大人気ない大人買い

【2010年】 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月 
【2009年】 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月

2010/11/30(火)●STUDIO Morris.亭(^_^;)●

9時起床。
今朝の血圧は194/106/69。
朝風呂つかって久しぶりにStonesを聴く。といっても、Morris.はStonesのCDほとんど持ってない。アナログレコード時代はそこそこ買ってたんだけど、とっくに処分してしまった。手持ちの数枚の中から1995年の「Stripped」を聴くことにした。これは例のアンプラグドブームに便乗して過去のヒット曲を割とシンプルに再演奏したもので、あまり世間的には評判は芳しくないのだが、Morris.はいっそこのくらいの方が聴きやすかったりする(^_^;) ディランがStonesに捧げた(ウソ(^_^;))「Like a Rolling Stone」もこうやって久しぶりに聴くとストーンズのオリジナルみたいな気がする。7曲目の「Wild Horses」なんか、もともとがアコースティックサウンドなので、オリジナルとあまり代わり映えはしないけど、やっぱり好きな曲である。これは一度チャレンジしてみたい(^_^;) 
Morris.の愛車(引越しの処分品のもらいもののチャリンコね)が、このところペダルが空回りしてちょっとヤバくなってた。たぶんチェーンが伸びたんだと思う。自分でチェーンを切って繋ぐなんてのは出来ないよな、と思いながら、ネットで検索したら「チェーン引き」というネジがあって、これを締めたらたるみを無くすことができると書いてあった。さっそくモンキーレンチで挑戦。初めは上手く行かなかったが、何とかたるみをなくすことに成功(^_^) でも今度はちょっと締め過ぎたようで、何度かやり直してOKとなる(^_^) このところすっかりサイクルマニアになってる、飛田さんなんかが知ったら笑われそうだが、長いこと自転車に乗っていながら構造なんてほとんど理解していないということがわかった。
今夜は久しぶりに鶴橋の「大邱」に行こうと思う。その前に、これまた久しぶりにノレバン98号でウォーミングアップ(^_^;)。ふと思いついて、家庭内録音に挑戦。Morris.は自分の歌を録音して聴くというのはどうも苦手というか苦行である。どうしても必要なときは、5年前に買っていいかげんガタのきてるmp3プレイヤーの録音機能で直接録音してたのだが、これは、つまりヴォイスレコーダーで録音するということで、音質以前の状況だった。最近はコンパクトデジカメにも動画撮影モードがあるので、これでやって見ようかとも思ったが、何となくMorris.はデジカメ動画には偏見をもっているのでパス。そこで思いついたのがビデオカメラである。ほとんどテープ巻き戻し用として利用している古い奴のマイクを使えないものかと思ったのだった。別にビデオテープに録画する必要はなく、マイクとしてのみ使用できないものか。ビデオカメラの電源に繋いで録画モードにさえすれば、特にカメラ作動させないまま、例のUSBオーディオキャプチャー「デジ造」を利用して、DEL坊に直接mp3ファイルとして録音できることが解った。これもあくまで簡易録音で、音質や音量の調整など何も出来ないが、それでもmp3プレイヤーでの録音と比べるとずいぶんクリアである(^_^) ミニギターのチープな音がそのまま実感できる(^_^;)
4時前に部屋を出てJRで大阪に出て、ひさしぶりに阪急東通り商店街を冷やかす。「まんだらけ」も数年ぶりに覗いてみる。あいかわらずの品揃えだが、総じて高い(>_<) ただ昔の漫画雑誌「COM」や「ガロ」は値崩れしてるようで¥300くらいで出ていた。
これまた久しぶりに覗いた「末広書店」では3冊も買ってしまった。Morris.としては珍しいことである。

peaceトリオ「K-POPバイブル2005」…K-POPとは縁遠いMorris.なのだが、イパクサやオムジョンファなどが載ってたし、\200(定価は\2100)という値段でつい買ってしまった。フォーク系やアイドル系のアーティストも収録してあって、案外お買い得だったかも
「っぽい!25」…この漫画にはけっこうはまってて24巻まで持ってるのに一向に続編が出ないまま、忘れてたが、地下の漫画コーナーにこの25巻が\100で出てたので迷わず購入。発行は2007年になってる。あとでネットで検索したら、この作品は今年発行の30巻で完結したらしい。おいおいあと5冊も出てるのか(>_<)
「ちくろ幼稚園<さいご>」…西原の4コマ漫画の最高傑作と思うのだが、Morris.は文庫版の上巻しか持ってなくて、下巻が安く出てたら買おうと思ってたところに、オリジナルハードカバー版(全3冊)のこの最終巻が\100だったので思わず買ってしまった。これだと文庫版下巻の初めの50p分くらいが欠けることになるが、あまり細かいことにはこだわるまい(^_^;)


環状線で鶴橋に出て7時前に「大邱」へ。客はposomanとうえさんの二人だけ。今日はMorris.はヒョンインナンバーから攻めて見た。途中二人連れの客が来てすぐ帰ったけど、結局10時まで3人貸切状態に近かったね。
Postmanやママがビールいっぱいおごってくれたこともあって、Morris.はすっかり出来上がってた。で、お約束通り、目が覚めたら垂水だった(^_^;) でも上り零時12分の最終には間に合ったので、無事1時過ぎ帰宅。ほっ(^_^;)
今日の歩数は3191歩。


STUDIO Morris.亭!? 

阪急ファイブの観覧車 

東通りにはペンギンが 

結構掘り出し物のあった末広書店 

ほとんどこれで貸切 

懐メロ唄いまくるPostman 

2010/11/29(月)●いろいろ解った事●

5時起床(^_^;)
今朝の血圧は198/105/73。
農閑期に入ったらしく仕事は無いというのにえらく早起きしてしまった。5時からのKBS2ラジオ「シンパラムセサン」聴いてたら、前から気になってた曲パクインヒの「パンナンチャ 放浪者」の外国語バージョンがかかった。どうやらフランス語のようで、「バガボンド」と言ってる。歌手の名前は聞き損なったが、どうやらこちらが元歌のようだ(^_^;)。有名なシャンソン「幸福を売る男」(俺らバガボンド…)とは違う曲である。これなら韓国語版聴いたときにすぐわかったはずだもんね。で、「バガボンド」でネット検索かけたけど、宮本武蔵の漫画のことばかりで、パス(>_<)
それとは別に、mixiの韓国歌謡部屋で、ナミの「スルプンイニョン 悲しい因縁」は、実は橋幸夫の「絆」という曲が原曲だという事を教えてもらう。何と宇崎竜童、阿木燿子夫妻の作品らしい。「因縁」と「絆」。むむむ、確かに縁がありそうなタイトルではある。この曲はコンイルオビというグループもカバーして、そちらもそこそこヒットしたのだが、Morris.の持ってる歌本にはどちらも、作詞パクコンホ、作曲キムミョンゴンという韓国人名義になってたので、当然韓国作品だと思い込んでいた。朴燦鎬の「韓国歌謡史」に出てきた、越北者の作品を別名で発表するというのと、似たような事情があったのだろうか?
そして、一昨日覗き見した造幣局横の「泉布観」の脇にあった曰く有りげな建物は実は、旧造幣局の正面玄関を移築したものということも判明した。元は泉布観と同じく明治4年(1871)の建造だが、昭和4年(1927)に取り壊され、保存しておいた石材を使って昭和10年(1935)に現在の位置に移設して明治天皇記念館になったらしい。戦後は桜ノ宮公会堂、桜ノ宮図書館として利用され、最近まではユースアートギャラリーとして活用されていたものの数年前にこれも廃止されて、現在のような立ち入り禁止状態になっているそうだ。
大阪市は、泉布観、旧造幣局玄関を、整備して一般に公開するための動きを画策しているらしい。是非これは早めに実現してもらいたいものである。
「ヨメ全盛時代」第10話でやっと二人の結婚に向けて進展があり、ボクス宅豚足店で泥酔して狼藉を働いたミンジが謝罪に行きハルモニから、結婚を急ぐようにとの御託宣。本当なら第2話か、第3話でここらあたりの展開があってしかるべきだったと思う。
午後、自転車で大石のコーナン、水道筋回って3時半帰宅。
フォト蔵の「空と雲アルバム」に15点ほど追加。これで画像は300点超えたと思うのだが、チェックしたら30点くらいが「NO−PHOTO」になってる(>_<) つまり何らかの事情で消滅してしまってることになる。無料サービスだから強くは言えないが、せっかくアップした画像が見えないというのはちょっと残念である。再アップすれば良いのだろうが、いちいちチェックするのはすごく面倒な作業になりそう。多分、パスすることになるのだろうな(^_^;)
押入れに扇風機しまって、電気ストーブ出す。
今日の歩数は912歩。


「極楽堂」の仏さまは見事
 

路地を占拠する二匹 

同じく 

【ザ・ローリング・ストーンズ】今拓海 ★★☆☆ 「ジャンピン・ジャック・フラッシュの聴き方が変わる本」という副題が付いている。著者は1962年生まれのルポライターで、5年の英国留学した英国の雑学が得意らしい(^_^;)
Morris.はストーンズはデビューからのリアルタイム体験で、ビートルズより好きだった。でも、こういった本はほとんど読まなかったのに、つい借りてしまったのは、

本書は私自身による詞の訳を載せながら、彼らが最も創造的だった'72年の『メイン・ストリートのならずもの』までのローリング・ストーンズの歴史を再検証したものである。

という、前書きに騙された(^_^;)ということになるだろう。
ほとんど訳詞なんて掲載されて無くて、掲載されてたのはストーンズナンバーではないものだった。本文中に部分的な訳はあるものの、これでは前書きとはかなり話が違う。たぶん、著作権関連でのことがあったのかとも思うが、Morris.の知らないエピソードや、ストーンズとは無関係な英国雑学ネタもあったので、それでよしとしよう。

・ジャガー家はキリスト教メソジスト派だった。日課を区切った規則正しい生活方法(メソッド method)を推奨したため、他宗派からメソジストと名付けられた。

・スパムはもともとは米軍の戦場での非常食。Spice Hamを略してSpamと名付けられた缶詰の肉は、名前通りにスパイスが必要以上に使われた上に塩っ辛く味付けされており、オカズとしてはパンを何枚も食べることはできた。

・三角貿易とは、英国で造られた繊維製品、ラム酒、武器を載せた舟が西アフリカに向かい、西アフリカで黒人奴隷を積み込み、西インド諸島で降ろし、そこで砂糖や綿を積み込み、英国へ戻る。三大陸間を流れるそれぞれの海流に乗り、迅速に運べる上、船が一度も空になることはないという効率のよさは英国に多大な収益をもたらしたといわれている。この際、黒人は黒い積み荷、砂糖や綿は白い積み荷と呼ばれた。

・ブルースやリズム&ブルースと並んでロックの祖となったカントリー&ウエスタンは米国の白人が作り出した音楽だと紹介される事が多いが、実はそのルーツには北米体力に移住してきたアイルランド、スコットランドのケルト系の音楽がある。ケルト音楽をベースにし、ドイツ系移民がダルシーマ、イタリア系がマンドリン、スペイン系がアコースティック・ギター、アフリカ系がバンジョーの原型となる楽器を持ち込んだ。これらのがっきが混ざり合い、アメリカ南部で発展する。

・代名詞ともなっていた、ロンドンの霧は工場や家庭から排出される煤煙だった。

・ロンドンの地名には、ピカデリー・サーカスやオックスフォード・サーカスというものがあり、"circus"という単語には繁華街の中心といった意味がある。


ほとんどストーンズとは関係ない断片的引用に終わってしまったが、これを読んだおかげで(^_^;)久しぶりに昔のストーンズナンバーを聴き返そうかという気になったというのが一番の収穫かもしれない。

2010/11/28(日)●700p●

8時半起床。
今朝の血圧は181/105/72。
ひさびさの朝の三点セット(風呂、洗濯、掃除)。BGMにえむあいさんからもらった「トロットXファイル」をかける。ビデオなんだけど、音だけ聞いてると、まさにイパクサの「ポンチャックディスコメドレー」の現在版そのものである。もともとポンチャックメドレーは、単純作業を促進するBGMという一面があるから、掃除などのバックには最適なのかもしれない。
昼はKBSのノレチャラン見る。トップのゲスト歌手はユンジョンちゃんだった。「オルレ」はやっぱり夏向きの曲なので、この季節にはちょっとそぐわない(>_<)。そろそろ新曲出してくれないかな。
自転車で三宮図書館まで出て、一冊借りる。
帰り大安亭市場で買い物。
5時半帰宅。ほとんど関心ないが、大相撲千秋楽。白鵬と平幕豊ノ島の優勝決定戦。あっさり白鵬が勝って5場所連続優勝。
小学館日韓辞典、「つ」から「て」に入る。ちょうど700pである。今年中に800pまで行けそうかな。ほぼ予定通りの進み具合である。

・自分一人の力で大きくなったと思うな チャギホンジャヒムロ カッタゴ センガッカジマ(力)
・今この地図のどこにいるかわかりますか チグムインヌンゴスン イチドサン オディインジ アシゲッスムニカ?(地図)
・あの男には知性のかけらもない クナムジャヌン チソンイラゴヌン ソントプマンクムド オプタ(知性)
・医者に塩分を控えるように注意を受けた ウィサエゲ ヨムブヌル チュリドロク チュウィパダッタ(注意)
・彼は何をやっても中途半端だ クヌン ムォルヘド フジブジハダ(中途半端)
・長寿の秘訣はくよくよ悩まないことである チャンスエピギョルン クンクンコミンハジアヌンゴシダ(長寿)
・我々はいつか死に直面しなければならない ウリドゥルン オンジェンガ チュグムル チンミョンヘヤデンダ(直面)
・私は韓国語の勉強に多くの時間を費やしてきた ナヌンチグムカジ ハングゴコンブエ マヌンシガヌル ドゥロッタ(費やす)
・2千円札はまだ通用している イチョネンチャリチペヌン アジクトンヨンデゴイッタ(通用)
・市民にもっと図書館を使ってほしいと思う シミンドゥリ トマーニ トソグヮヌル イヨンヘジュォッスミョン ハンダ(使う)
・コンピュータの画面をずっと見ていたせいで目が疲れてしまった コンピュトファミョヌル ケソクポンタシンジ ヌニピゴンヘジョッタ(疲れる)
・身も心も疲れ果ててしまった モムドマウムド チチルテロ チチョッタ(疲れる)
・朝青龍は13日間勝ち続けている アサショリュヌン シプサミルガン ネリ イギゴイッタ(続ける)
・地震による高潮の国際名称には日本語の「津波」が使われている チジニイルキヌン ヘイレ クッチェミョンチンウロソヌン イルボノイン”スナミ”ガ スイゴイッタ(津波)
・いちいちつべこべ言うな ハナハナ イロックンチョロックン マラジマ(つべこべ)
・A:梨花ってかわいいよな リカ チャム クィヨプタ
 B:そう、どうせあたしはブスよ クレ、オチャピ ナンモッセンギョッスニカ
 C:おいおい、そんなつもりで言ったんじゃないよ アヤ、クロントゥスロ ハンマリ アニダ(積もり)


今日の歩数は1451歩。

【出星前夜】飯島和一 ★★★☆ 小説読むのは何ヶ月ぶりだろう(^_^;) 日韓辞典にかまけて?他の本は読まずにいたのだが、流石にちょっと疲れたのか、灘図書館で金ピカ表紙に釣られてつい借りてしまった。
飯島和一は「雷電本紀」という作品を初めて読んで、何か凄いなと思ってた。本書は数年前に読んだ「黄金旅風」の続編とのことだったが、いかんせんMorris.はもうすでにその本の内容は忘れてしまってた(>_<)。
いわゆる「島原の乱」を描いた作品である。
寡作な作家で、本書本書を含めて現在までまだ6冊くらいしか出していないが、いずれも力作、傑作の呼び声が高い。たしかに力量のある作家だと思うし、本書でも、漢方薬や戦関しては、実に詳細かつ活き活きと表現して、凄い!と思わせられたのだが、登場人物のキャラクタ設定が固定しているのが、物語の深みを殺いでいる感じがした。最初に「小物」扱いされた登場人物は、なにをやっても小物としての行動を取るしかないみたいなのである。Morris.も「小物」に属する輩なのだろうが、人間は、そのように、一刀両断にできるものではない、と信じたい。
前作の感想でも触れたMorris.の嫌いな「手をこまねく」表現が本書にも数ヶ所出てくるし、「目をしばたかせた」表現まで出てきた。「こまねく」は大辞林にも「こまぬくの転」として載せてあるし、「しばたく」も「しばたたくの転」になっていた(>_<) Morris.はこういった安易な容認には賛成できないぞ。
ちっとも、本書の感想が出てこない(>_<) どうも、Morris.は本格的に読書家廃業したのかもしれない。
長崎の花火師として知られた唐人陳継光が、原城の城爆破を命じられたときの台詞が印象に残った。

花火は、人の生に似てる。一瞬のまぼろしだ。闇から現れて一瞬いとしい光を放ち、また闇のなかに消えていく。われわれも、日本人も、高麗人も、琉球人、印度人、南蛮人、すべての人の種が、いや鳥や獣の果てまで、一瞬の生を送ることでは皆同じ。花火をあげて見せると、誰もが歓声を上げ、手をたたくが、火玉が散って闇のなかに消えていくとしばし沈黙する。そして闇の深さと生の寂しさとにふれる。誰もがほんのわずかな瞬間、生のいとしさを感じる。それを…やるに事欠いて干し殺しだと? 無垢な赤子までを賊徒と決めつけ、このまま時をかけて皆を飢えさせ殺す? 子どもや赤子にどんな罪がある? 戦は、どいつもこいつも正気でなくなる。どんな戦もヘドが出る。

2010/11/27(土)●たのしい川べ●

6時半起床。
今朝の血圧は197/104/75。
フィリピン人現場、最終日。今日は東西線「大阪天満宮」駅下車。こちらの方が現場に近かったのだが、切符はこちらが高かった。JR灘駅から環状線天満までだと\450。灘から東西線経由で大阪天満宮までだと\540である。驚いたのは大阪天満宮の一つ前の北新地までだと\390。ひと駅で\150のアップである(@_@) JRが私鉄との競合路線での割引をしている関係かもしれない。
昼食は麺処「福籠庵」で、カツ丼とミニうどんセット。うどんがすごく美味しくて大盛(+\50)にしとくんだった(^_^;)
2時半作業終了(^_^)
大阪造幣局博物館に行けるかな、と出向いたが、土日は休みとのこと(>_<)。以前通りぬけの後見つけた「泉布観」をまた覗く。今回も塀に囲まれて入ることはもちろん、外から覗くのも難しい。工事用車両出入口の金網の隙間から撮影。明治5年の洋館なのに、一般公開してくれないのが悲しい。コロニアル様式の本邸脇の重厚な建物もじっくり見てみたいものである。
造幣局北門すぐ横の桜ノ宮橋の煉瓦造りの川辺に降りる煉瓦造りの施設の螺旋階段を撮影。やっぱり螺旋階段は真円のフォルムが美しい。
後は川沿いのプロムナードをぷらぷら歩く。桜紅葉を中心にすごく良い感じである。猫の姿も見かける。帝国ホテル前を通って、後は適当に歩いてたら、天六に戻ってしまった(^_^;) これもMorris.の水迷路(^_^;)の一環だろう。
梅田に戻り、紀伊国屋を久しぶりに冷やかしたが、人が多すぎて見づらい。やはりワンフロアの大型書店というのは無理と無駄が多いと思う。
ついでにこれまた久しぶりにかっぱ横丁にも足を伸ばしたけど、ほとんど見る元気が出なかった。
8時帰宅。
今日の歩数は1422歩。


今日も犬(^_^;) 

天満橋OMMプラザ 

どでかいモニター(@_@) 

 昔の橋題字

福籠庵のカツ丼セット 

橋の遥か先に大阪城が 

鴎が多い。 

大阪市公館裏の猫場 

味わいある雉 

野良とは思えない尻尾 

大阪市公館 

橋の下の雉 

仲良さそう 

泉布観 

細部も見どころありそう 

泉布観の脇にある不思議な建物 

その裏側 

桜ノ宮橋 

今日の螺旋(下から) 

同じく(上から) 

桜ノ宮橋の基板 

外輪船 

橋の裏側と川面のあわい
 

美術館から 

作品、らしい 

野外芸術 

光と影 

帝国ホテル 

枯葉のプロムナード 

同じく 

同じく 

Morris.の好きな橋の下(^_^;)
 

同じく 

夕陽に光るビル 

国分寺の弘法大師 

国分寺の不動明王 
2010/11/26(木)●風の万華鏡●

6時半起床。
今朝の血圧は211/106。
昨日と同じ現場。
昼は「會元楼」という中華料理店の日替わりランチ。今日はチンジャオロースーと烏賊ゲソ唐揚げ。これがなかなか美味しかった。
帰り道、「rapit」というお洒落な建物に、鉄人やベティちゃんのフィギュアが並んでいた。本業は印刷屋らしい。
途中建物の上に四角いモビールみたいなものを見かけた。近づいてみると「風の万華鏡」と書いてある。螺旋階段の中央部分にたくさんのモビールがあり、一番下に大きな凹面鏡がある。螺旋階段好きのMorris.は、何の迷いもなく上がっていった。ビルは各階にデザイン事務所があるようだ。これは夜にはライトアップされて、また違った美しさがあるらしい。
5時まで作業して、帰りは天神橋商店街へ。天神宮前に「相生楼」というのがあって、川端康成生家という石碑がたっていた。
万華鏡といえば、天満宮近くに手作りの万華鏡の店があったことを思い出した。2008年3月に寄って、銀色のテレイドスコープを買った店だ。ちょっと迷ったけど見つかって、しばらく冷やかす。最近はオイルを使った万華鏡がメインになっているようだ。Morris.としては昔からのセロファンや硝子屑を使ったものが好きである。
その後、天神橋筋商店街をぷらぷらと見物しながら北上する。久しぶりだが、やっぱりこの商店街は規模も大きいし、素敵な懐かしい店が多い。
国重刃物店で安いピンセット買ったり、天牛書店冷やかしたり、産直の店で三又大根買ったりして2時間弱ふらふらして、8時半帰宅。
「ヨメ全盛時代」第9話。まだ結婚しない(^_^;) 何とか両方の母が顔合わせたし、進展はありそう。
今日の歩数は9446歩。



會元楼 

會元楼のサービスランチ 

不思議な花?! 

この花の萼だった(@_@) 

珍しく犬を 

ダルメシアン 

フィギュアのお店? 

ベティちゃん 

劇画チックな鉄人 

これは何だろう? 

「風の万華鏡」 

1992年3月竣工らしい 

お、螺旋階段だ(^_^) 

上から見下ろす 

下から見上げる 

今日の空 

路地の子猫 

いっぱいいるみたい 

走る猫 

一息いれる 

天満宮 

月の絵馬は珍しい 

相生楼 

川端康成の生家らしい 

津田式ケーボー号 

ひさびさ万華鏡ハウス 

天神橋筋商店街 

天2交差点の人形たち 

同じく 

旭商店 

国重刃物店 

ピンセットたち 

天牛書店 

藤為金網 

その中 

珍しい魚が(@_@) 

真ん中の三又を買った(^_^;)
 

西洋茶館 

あこや楽器 

牡蠣専門店の 

 

 
2010/11/25(木)●天満あたり●

6時半起床。
今朝の血圧は192/106/78。
JRで天満に出て、フィリピン人宅3日取り現場の初日。
昼は天満橋界隈を散策。桜紅葉が美しい。って、今年は久しぶりに紅葉が美しいらしいのに、Morris.は京都先走り紅葉狩りが祟ってか、結局今年はまともな紅葉には会えずにいる。桜のもみぢ、柿もみぢ、ポアンチュリストの絵が燃える…(^_^;)
昼飯は中華のサービスランチ。
4時に作業終了。
昨日の目薬のおかげで、ちょっと目は楽になった。
録画してた「ヨメ全盛時代」今日も結婚できず、しかし、とりあえず二人がボクスの自宅元祖チョッパル店まではたどり着いた。それにしても、このドラマは余計な脇スジが多すぎる。もっとシンプルにどーんと行ってほしい。
You Tubeを何となく見てて、ちあきなおみの「朝日楼」というのを見つけた。あらためて、ちあきなおみという「歌手」の底力を思い知らされた。もちろん「朝日の当たる家」の浅川マキバージョンをちあきなおみが歌ってるわけだが、このバックのスライドショーがこれまた素晴らしかった。これをアップしてるhsianggelikah(シャングリラ)さんの他のコレクションも素晴らしくて、ついついこれで時間を費やしてしまった。
今日の歩数は5389歩。


扇町総合高校の校章 

天満橋の桜紅葉 

名物水陸両用バス 

やっぱり、おバカっぽい(^_^;
) 

天満宮の梅鉢模様? 

天満付近(何か不思議?) 

2010/11/24(水)●目医者へ●

8時半起床。
今朝の血圧は195/104/72。
昨日、北朝鮮が韓国の延坪島を爆撃したニュースを知る。例によっての挑発行為だとは思うが、今回は行き過ぎである。それでも、大ごとにならない事を祈りたい。
朝めずらしくNHKラジオ流してたら、アナウンサーが「”おっくう”というのは、関東方言なんでしょうね」なんて、わけのわからない発言。思わずメールで抗議しようかと思ったが、億劫なのでやめておいた(^_^;)が、ほどなく訂正発言。かなりの数の抗議の投書があったらしい。最近のアナウンサーの国語能力というのが如何ほどのものかがよくわかった。
「ヨメ全盛時代」第7話。まだ結婚せず(^_^;) カラオケ教室シーンは短いけど○。
午後、自転車で去年一度通院した杉山眼科へ。最近いやに目が疲れるし、このところのめまいもこれに関係あるかもしれないと思ったのだった。
でも、午後の診療は3時半からで、早すぎたのでしばらく近辺の散策。篠原公演で一服。
眼科での診察は、単なる疲れ目ではないかとのことで、「ビタコバール点眼液」という目薬をもらう。ついでに読書用の老眼鏡のことを相談する。良く街で売られている老眼鏡は、Morris.くらいひどい近視には対応してない由。こんど訪韓したら、誂えることにしよう。
名古屋のえむあいさんから、DVD2枚が送られてきた。一枚は先月名古屋TVで放映された「歌は海峡を越える」という番組の録画、もう一枚は「トロットXファイル」である。
番組の方は、先日再読した「韓国歌謡史 1895-1945」の著者朴燦鎬の韓国ルポを中心とした、韓国歌謡ドキュメンタリーで、名古屋地方でしか視聴出来ないので観たいけど観られない某日韓歌謡掲示板に愚痴っぽく書いたところ、えむあいさんが、それなら録画したものを提供しようと言ってくれたのだった。番組内容に関しては、やはり某所(^_^;)で、えむあいさんがレポートしてくれてたので、それを引用しておく。(モロ手抜きぢゃ(^_^;))

日韓併合100年関連の企画番組、名古屋テレビ製作。政治的動向を軸とする番組は見たことがあるが、「韓国大衆歌謡」の流れに沿って時代を振り返るという内容に斬新さが感じられ、放送前から注目していた。
冒頭、名古屋地元のアイドルSKE48のライブ映像、韓国MBSの番組なのだが、実は生放送で日本の歌手が日本語で歌うのはこれが最初だとの司会があり、驚いた、今頃なのかと。暗い過去、歌謡史は政治抜きに語れないのか・・。
名 古屋在住の韓国大衆歌謡研究家、朴燦鎬パクチャンホ氏の回想と共に語られていく。在日2世としての、差別問題、精神的葛藤の中で、韓国大衆歌謡に出会い、 歌の世界に引き込まれていく。その時々の時代に愛されてきた数々の歌を聴きながら、疑問の多くも沸いてきた。秘められた苦難の歴史。自身が批判した、歌詞 の改変、北へ行った作詞家の曲が歌えない、禁止されたのでやむない行為であったと、今回始めて当時の作詞家から聞かされた。そうだったのか・・。
日 帝支配下での映画「アリラン」の民族性に触れ、さらに南北分断後の歌謡界を日韓の歴史に沿って紹介していく。李成愛イソンエ氏、趙容弼チョ−ヨンピル氏の 日本歌謡界への登場は画期的な出来事であった、韓国人として「やっとここまで来たか」嬉しかった。一方で、韓国での「倭色歌謡」「親日派」糾弾によって抹 殺された歌手・作曲家、歌謡祭の中止、教科書からの歌曲の削除などに触れ、いくつかの現地取材が行われ、なかでも工事が中断した「洪蘭坡ホンナンパ記念公 園」を訪れた朴燦鎬パクチャンホ氏は感慨深げであった。水原の音楽大学の生徒が「故郷の春」は素晴らしい、この作曲家、作品が好きなので歌ってる、それで 良いのでは・・。
「これからも歌謡史の掘り起こしをしていく、歌には大衆の魂が、ため息が込められてるね」。この歌を聴くと涙が出る、と、レコ−ド盤に針を落とした・・百年雪の「番地の無い酒場」 
年 間500万人が行き来する日韓両国、1998年の日韓共同声明から12年、いわゆるK-POPの日本への浸透と韓国でのJ-POPの流行、韓国人少女が 「好きだから、興味があるし・・」音楽の相互作用は自然な流れではないのか・・「今の韓国ブ−ムは良いね、色眼鏡が無くなるんでは」と、朴燦鎬パクチャン ホ氏は笑顔で語る。
秦芳男(半夜月)チュパンナム氏、季成愛イソンエ氏、黄善雨ファンソヌ氏へのインタビュー、ソウル、水原、晋州、釜山など現地取材もあり、更に、歴史的に貴重な映像も挿入され、非常に見ごたえのある番組であった。


早速DEL坊で見る。朴燦鎬さんは現在67歳。Morris.と6歳しか違わないが、すっかり好々爺然としていて、好きな韓国歌謡の話をするときの笑顔が素敵だった。彼は名古屋南区笠寺で焼肉屋「長水苑」を経営してるとのことだ。これは、機会があれば一度お目にかかりたいものである。このビデオは何度か見直す価値がありそうだ。えむあいさんありがとうございますm(__)m 
もう一枚の「トロットXファイル」は、カラオケボックスの大きめの部屋で、半分素人の姉ちゃんたちに適当な衣装着せて、素人の踊りやらせながら、B級C級歌手たちが踊りながら唄いまくるという、とんでもないチープな奴で、Morris.が嫌いなはずがない(^_^;)この前名古屋で会ったときお土産にもらって、先日ムックさんと一緒に大笑いしながらのりのりで見てしまった「パンパン歌謡ショー」と同じコンセプトだが、あれ以上にチープ度が高い。うーーん、これも何度も見ることになりそうである。えむあいさん、これもありがとうm(__)m
今日の歩数は1055歩。


見事な黄菊 

柊 

梅!? 

今日の空 

Illumination Tree 

黄葉 

地面を這う植物 

犬蓼 

ビタコバール点眼液 
2010/11/23(火)●夜の阪急百貨店●

7時起床。
今朝の血圧は193/109/97。
8時に灘駅まで迎えに来てもらい、彦根のフランス人宅へ台湾からの引越し荷物の配達。
作業は11時から開始で12時半には作業終了(^_^) ちょろい現場である。ただ、階段が急で、最後に重いめのカートンを運びあげたあと、ちょっとめまいが(>_<)。搬入は終わったところだったのので、そのまま座り込んで開梱作業に入り、気付かれずに済んだようだけど、ちょっとびくびくものだった。薬持参してたので、直ぐに飲んで、回復。
昼は「丸源」で肉そば(ラーメン)。たまに食べると美味しい。
4時帰宅(^_^)
JRで大阪に出て、ヨドバシカメラと旭屋冷やかす。でも、どちらでも何も買わず。
夜の阪急デパートは、昼間見るよりうんと趣があったので、しばらく撮影にいそしむ。
8時半帰宅。
録画しておいた「ヨメ全盛時代」第7話。まだ結婚しない(>_<) キムボヨンのカラオケ教室のシーンがあったので許すことにする。
今日の歩数は5113歩。


彦根丸源の肉そば 

芒ならぬ猫じゃらし 

今日の夕焼け 

夕焼けを映す六甲道のビル 

梅田阪急百貨店 

同じく 

窓飾りが素敵 

絵にならない阪神百貨店 

横断歩道 

大阪駅は来年5月新装 

阪急ファイブの観覧車 

駅前ライブ 

2010/11/22(月)●Morris.の水迷路?●

6時起床。
今朝の血圧は235/106/86。
朝から雨模様。ちょっと昨日の疲れもあるので、今日は一日部屋で過ごすことに。
「ヨメ全盛時代」第5話。まだ肝心のふたりは結婚しない。相変わらずのテンポの悪さ、特に二人の弟と妹のギャグっぽいやりとりが、おっそろしくつまらない。新喜劇の腐ったような(^_^;)箸にも棒にもかからない。Morris.ご贔屓のキムボヨンもヒロインの母親役なのにえらく神経質である。と、いいながら見続けているMorris.は、やっぱり遅れてきた韓流ブームなのだろうか。
今日はめずらしくずっと読書してたのだが、途中息抜きでDEL坊でいろいろ見てたら、Morris.の水迷路というのが目についた。
ねずみ(マウス)を、1mちょっとくらいのプールで泳がせて水の中に隠した踏み台にたどり着くまでを繰り返し観察して空間感覚の把握のパターンをしるものらしい。脳科学分野の実験で、脳の「海馬」がこの空間感覚に大きな役割を果たしているらしい。MWMと略されるらしい。Morrisが1981年に考案したものと書いてあるっが、この科学者Morrisがどういう人なのか検索したが、わからなかった。
この日記を書いてるMorris.は、悲しいくらいの方向音痴なのだが、きっとMorris.がこのプールで泳いだら、実験者が腹をたてることになりそうだ。Morris.の海馬はかなり粗悪品なのだと思う。
紹介サイトは、マウスを使った実験器具などのメーカーのものらしいが、なかなか面白いコメントがあったりする。

話がそれるが、空間認識は記憶学習の一モデルにすぎず、 我々が目標とする想像力、意志、 理性など創造的な脳機能のメカニズム解明のための底辺のそのまた底辺モデルなのである。 我々の科学は、この底辺モデルでさえも、 詳細なメカニズムが不明であるという歴史的段階にあるわけで、 また我々のこの科学的作業仮説の延長線上に必ずしも解明の希望があるとは限らないのが現実なのである。 昼間マウスを水面に浮かべているようでは、、、ですね、、、、

座布団2枚!!である\(^o^)/
今日の歩数は0歩。

2010/11/21(日)●ふらふら東海●

3時半起床。
今朝の血圧は139/74/104。
しっかり酔いが残っている。
急いで朝風呂つかって、4時半にJR灘駅南で拾ってもらい、岡崎の現場に向かう。Morris.はほとんど助手席で熟睡してた。岡崎には、何と7時半に着いてしまった。仕事は9時からだから1時間半も待つことになる。これなら5時半出発で良かったのに。
岡崎の現場は午前中だけで、午後は名古屋中村区の現場。こちらは階段4階だったけど、この頃はほとんど回復してたから大丈夫。
作業は4時前に終わったが帰りの新名神は渋滞してるわ、途中東寝屋川駅からJR学園都市線使う事になったが、灘まで27駅もある(@_@) 帰宅したのは8時前。朝4時から夜8時でざっと16時間である。
帰ってDEL坊のメールボックス開いたら、女性名前の迷惑メールが11通も来ていた(>_<) 迷惑メールフィルター使ってるから、これまではたいていそちらに回ってたのに、どうしたことだろう。
やっぱり今日は疲れてるので、早めに寝ることにする。
今日の歩数は2041歩。


夕暮れの新名神 

カラフルな音符の流れ?新名神 

突然迷惑メールが(>_<) 
2010/11/20(土)●3ヶ月ぶりミニギターTwins(^_^)●

8時半起床。
今朝の血圧は116/59/102。
午前中は部屋でごろごろ。
昼から水道筋に買い物に出て、3時過ぎから部屋掃除して、久しぶりにムックさんを迎える。釜山から帰った翌日以来からだから、まるまる3ヶ月ぶりということになる。今日はイタリアワインの赤を持ってきてくれた。
早速赤ミニギターと赤チューナー見せびらかす(^_^;)
フルーツサラダ作ってる間、ムックさん一人でビートルズ弾き語り。その後は飲んで歌って盛り上がった。以前えむあいさんからもらった「パンパン歌謡ショーのDVDかけたら、ムックさんにも大ウケ(^_^)だった。
あっという間にワインとビールは無くなり、カティサークは二人で一杯ずつ分しかなかったので、禁断のボンベイサファイア(^_^;)ストレート。明日は10日ぶりの仕事で、早出なのに大丈夫か?と思いながら、結局すっかりでき上がってしまったまあ、楽しかったからよいか(^_^;)。
今日の歩数は281歩。


水道筋商店街 

 

 
2010/11/19(金)●博文寺●

8時起床。
今朝の血圧は184/100/76。
「ヨメ全盛時代」第4話。一向に本筋が進まない(>_<) やたら脇役のごたごた(それも一つも面白いものがない)に時間取り過ぎ。これはスカかも?という気がしてきた。
午後六甲道に出て、銀行で出金して、やまやに寄ったがカティサーク品切(>_<)
灘図書館で時間つぶしして、7時にセンターへ。朝鮮語講座、水野直樹先生の「近代日本の朝鮮侵略と伊藤博文」。彼の講座は5年ほど前に「創氏改名」の講座を聴いて、これはなかなか興味深かったのだが、今日の講座はいまいちだった(^_^;) 伊藤博文のメモに対しての重箱の隅を突付くようなチェックは、Morris.には面白くも何とも無かった。
おしまいのパソコンデータのプロジェクターで紹介された京都長楽館(現在はカフェで珈琲\800)とか、ソウルの南山麓、現在の新羅ホテルの場所にあった博文寺が興味深かった。山門にキョンヒグンの門をそのまま使ったとか、伊藤忠太の設計でかなり変てこりんな建物だったらしい。
今日の歩数は2927歩。


水野直樹先生 

博文寺

茶番(安重根と伊藤博文の息子同士) 
2010/11/18(木)●原田資料館●

8時起床。
今朝の血圧は166/97/78。実は5時頃目がさめたので、KBS2ラジオの5時からの番組「シンパラムセサン」をDEL坊で録音(^_^)
結局、次に目が覚めた8時までの録音になったけど、これは便利である。もちろん、今やソフトで留守録だって何だってできるらしいけど、Morris.の場合はこれでちょうどよい。
午前中はこれを聞きながら、読書(^_^;)
11時から「ヨメ全盛時代」第3話。まだ登場人物の紹介本位なのか、テンポが遅いが、今日は豚足屋のハルモニの留守を利用して近所のキリスト教徒集めて、祈祷はそこそこにチャンチが始まり家庭内カラオケシーンがあった。オッキョンイ、ケトンポルレ、ナメンヨルチャ等定番が登場。このドラマでも結構歌が出てきそうで楽しみである。
午後はすぐ近くの「原田資料館」隣の城内通公園のベンチでミニギター練習。狭い公園だけど、尉鶲なんか飛んできた。
この原田資料館は前から気にかかってたので、入ってみた。2階建てのモダンなコンクリート打ちっぱなしの建物だが、5年ほど前に地域住民が、地元の歴史を伝えることと、文化活動の場として作ったものらしい。
1階の講堂?は落語会や、同好会の会場、2階が資料展示ということだが、ほとんど写真展示で、灘駅の模型が目を引くくらい。吹き抜けになった構造で建物としてはなかなかお洒落である。
3時過ぎ帰宅。You Tubeでいろいろ探して録音(^_^;)
今日の歩数は1299歩。


ベランダから今朝の空 

原田資料館 

資料館横の公園 

真下から 

ベンチの尉鶲(じょうびたき) 

黄葉 

資料館吹き抜け窓 

資料館内部 

真ん中の矩形がMorris.亭屋上 

【韓国歌謡史 1895−1945】朴燦鎬 ★★★☆☆ 1987年9月発行で、Morris.は多分当時読んだはずだが、内容はほとんど覚えていなかった。まだ韓国にはまる前で、特に本書で扱われている戦前戦中の韓国歌謡とは無縁だった。いや、まだ韓国歌謡そのものについての知識も関心も無かったと言える。
それを20年ぶりに読み返そうという気になったのは、カラオケとミニギターで、すっかり韓国ナツメロ歌謡にはまってしまったことと、先般、朴燦鎬氏が本書の続編を「韓国で」出版して、最近名古屋のTV番組に出演したというニュースに接したからである。
大倉山中央図書館の書庫から本書を借りだしてきた。そのときついでに借りた「演歌の海峡」が思いがけない好著だったことは、前に書いた。
本書は実証的な労作であり、歌謡曲だけでなく、チャンガ、新民謡、歌曲、童謡なども取り上げらている。本文に登場する曲数は900曲そのうち300曲の訳詞が収められている。それだけでも資料として有用である。近代朝鮮半島の音楽を総見して、日本との強い関係性を浮き彫りにしている。これは在日韓国人である著者ならではの特徴かもしれない。
本書は五部に分かたれている。

第一部 歌にこめられた民衆の心
第二部 朝鮮近代音楽の先駆者たち
第三部 草創期の歌謡曲
第四部 歌謡曲の黄金時代
第五部 暗黒期の歌謡曲


率直に言って、一部と二部はMorris.には退屈だった(>_<)三部に入るとかなり面白くなり、四部にはすっかり没頭してしまった。
とりあえず、付箋付けた中から、エピソードや印象深かった部分を引用する。

・1926年に『死の讃美』という歌が大ヒットした。それは韓国歌謡史上最初のヒット曲として記録されている。
大阪に着きニットーのスタジオに立ったユンシムドクは、妹のユンソンドク(この直後アメリカに留学)のピアノ伴奏でレコーディングした。彼女はこの時、予定にない曲を一曲追加したいという。彼女が強く頼み込んで実現したもので、それが『死の讃美』だった。曲はイヴァノビッチ作曲の『ドナウ川の漣』で、歌詞は彼女自身がつけたといわれる。リズムは、物悲しさを強調するために四拍子に変型した。三日間のレコーディングを終えてキムユジンと落ち合った彼女は、連絡船に乗って釜山へ向かう途中、恋人とともに玄海の荒波に身を投げ、短くも激しい生涯を閉じたのだった。

映画『死の讃美』でこのあたりの事情は知ってるつもりだったが、ワルツである原曲を4拍子にアレンジしたというのは寝耳に水だった(@_@) Morris.の歌本(世光『韓国歌謡』1975)掲載の楽譜は3拍子だし、歌詞も後に改作されたものらしい。この曲を歌うたびに何となく違和感を覚えたのは、そのせいだったのかもしれない。今度は4拍子で歌ってみよう。
オリジナルの歌詞はこうなってる。

荒れた広野を 駆け抜ける人生よ
どこを目指し 行くのか
さみしい世界 険しい苦界に
何を求めんと するのか

涙のこの世 死ねばそれっきり
幸せ求める 人生よ
お前の 求めるのは 悲しみ


初めの2行はMorris.の知ってるものと同じだが、その後はかなりちがっている。知ってたつもりの曲ですら、知らない事だらけということを思い知らされてしまった。最初のカウンタパンチである。

・1936年、コロムビアの正月新譜でバートン・クレーンの『酒のみの歌』が発売された。彼はアメリカの新聞記者で、31年に『酒がのみたい』を日本語でうたっているが、同じ曲であろう。

このバートン・クレーンの「酒がのみたい」はMorris.のエアチェックテープに入っていて、印象深い。面白い人物だったらしい。朝鮮語版も聴いてみたくなった。

・1934年、”創立一周年記念特別号”と銘打ったオーケーレコード2月新譜で、記念すべき新民謡『ノドゥル江辺』が発売された。作曲は文湖月、唄は朴芙蓉で、作詞はキムダインと言われている。”ノドゥル”とはソウルの鷺梁津(ノリャンジン)のことだという。ノドゥル江辺とはその辺り一帯の漢江支流の川辺のことで、数十年前まではのどかな舟遊びが盛んだったという。

「ノドゥル江辺」は、サランバン会でも人気の民謡であるが、新民謡というのは知らなかったし、「ノドゥル」が、ソウル一番の水産市場である鷺梁津の事というのも、ちょっとびっくりさせられた。

・韓国では、1920年代半ばから30年代前半までを歌謡曲の”草創期”あるいは”揺籃期”と呼んでいる。これに対してこの時期と交錯する形で、30年代半ばから40年代初めまでを”黄金期”””全盛期”、そして45年8月開放の日までの4年余を"受難期"としている。

植民地下の朝鮮半島の音楽シーンが、日本の戦争体制にきっちり組み込まれていった証左でもあるのだろう。特に最後の4年間は、まさに歌手や歌謡界の関係者にとっては暗闇の時期だったかもしれない。しかも解放後5年足らずで、次は同じ民族間の血で血を洗う戦争に巻き込まれるのだから、全くなんてこったい(>_<)であるが、それらの傷みや悲しみ苦しみが、韓国歌謡に深みと重みを嫌でも加味したとも言えるのだろう。

・孫牧人は音楽で身を立てようと決意し、1930年に釜山港を後に日本へ渡った。
夏休みで帰省中、学生服で演奏しているところをオーケーの李哲に認められた。同社専属作曲家の文湖月が又従兄弟だった縁もあってオーケーに入社、1934年、新人歌手・高福寿の入社に伴い『梨園哀曲『と『他郷ぐらし』を作曲した。
翌1935年、孫牧人は李蘭影の『木浦の涙』を作曲したが5万枚を超える大ヒットとなった。
解放とともに、C・M・C楽団をさらに大幅編成楽団に拡大し、華麗なショー舞台を彩った。1947年には、JODKから新たに国営放送に模様替えして開局した、HLKA放送局の専属音楽担当者となった。
1950年、6・25動乱勃発とともに釜山に避難し、『シューシャインボーイ』というブギウギ調の曲をヒットさせた。
1951年6月頃、彼は日本に密入国した。


こうやって密入国した日本で、あの名曲「カスバの女」を作曲したということになる。「シューシャインボーイ」が彼の作と知った時もちょっとびっくりしたが、間口の広い作曲家である。

・金海松は李蘭影と恋愛関係に陥り、やがて結婚した。その愛妻のため、趙鳴岩作詞の『茶房の青い夢 タバンエプルンクム』を作曲して、1939年の11月新譜として発売された。これは、朝鮮歌謡では初めて正確なブルーノート技法で作曲された異色のブルース調の曲であるという。(黄文平)。
金海松はまた、李蘭影の実兄李鳳龍に作曲技法の手ほどきをしている。


金海松は朝鮮戦争で北朝鮮に連れ去られてしまい、結果的に「越北者」ということになってしまったため、彼の作品は開放後の韓国では、禁止曲になるか、作曲家の名前を変えて歌われたりしている。
「茶房の青い夢」もMorris.の歌本では作曲は李鳳龍(李蘭影の実兄)名になっている。これは前から好きな曲なのだが、「正確なブルーノート技法」というのは、いまいち良くわからない。途中あの「セントルイスブルース」のフレーズが使われているのですぐ覚えた。まあ、ブルースでは頻繁に出てくるメロディだけどね。
この曲は今年発売されたHachiさんプロデュースのアルバム「プンガクジェンイ ウンジン」にもカバー収録されているが、こちらには、きちんと金海松作曲と明記されている。

・李在鎬は1914年に晋州の風流の家の次男に生まれた。日本の高等音楽学校に留学してバイオリンを専攻した彼は、二十歳の時から作曲を始め、オーケーに入社した。だが、当時のオーケーには金海松、孫牧人、文湖月、朴是春といった作曲陣が活躍しており、彼の出る幕がなかった。間もなく太平に移り、白年雪という歌手を得て断然光彩を放つようになった。
李在鎬は、無類の酒好きで毎晩のようにへべれけになるまで飲み明かしたという。
1960年7月、宿患に克てず43歳でこの世を去った。李在鎬死すとの報に、二十年余り兄弟のように親交を結んできた半夜月は、「巨星が墜ちた」と涙ながらにつぶやいた。


李在鎬といえば「断腸のミアリ峠」一曲だけでも、韓国歌謡史に大きな足跡を残した作曲家だが、韓国歌謡に親しむほどに愛唱歌が増えてくる。「ナグネソルム」「番地なき酒幕」「大地の港」「香港アガシ」「水車の廻る理由」「山有花」……
この前釜山の古本屋で買った70年代の歌本に、半夜月の連載があり、ちょうどこの李在鎬追悼の回だった。

・李花子は1940年の4月新譜では『花柳春夢』(金玲波曲)で再びファンを熱狂させた。
『花柳春夢』のメロディは、その後日本で『片割れ月』という歌となって登場した。『片割れ月』は童謡歌手から転身した菅原都々子のデビュー曲といわれ、『帰り船』のB面に収められた。詞は大高ひさを、曲は彼女の父・陸奥明の名となっているが、その後発売されたディック・ミネのハワイアンギター独奏盤では、”松海敏夫作曲”になっている。彼女はその後多くの朝鮮の詩をうたったが、一番最初のものは1942年に発売された『トラジの花』である(同じころ、田端義夫も同名の曲をうたっている)。


この曲も「プンガクジェンイ ウンジン」に収録されて、やはり作曲は金海松となっている。75年発行の世光の「韓国歌謡」では作曲は李鳳龍になっている。朝鮮戦争以降韓国ではいろいろややこしいことになってたらしい。
金海松は、孫牧人が個人的に非難する文章書いてたので悪印象持っていたが、やはり作曲家としての才能水準は高く、歴史に翻弄されなければ、韓国の国民的作曲家の一人になったのだろうと思うと、いかにも惜しい。

・清津、羅津、元山と北朝鮮地方東海岸を公演してソウルに戻った李時雨は、『涙に濡れた豆満江』を何とかレコードにしたいと思い、ニューコリアレコードで一緒だった金貞九を訪ねた。李時雨の話を聞き感動した金貞九は、無名作家の作品であるため朴是春に楽譜を見せ、レコード化の斡旋を頼んだ。李時雨の作った歌詞は一番しかなかったため、金貞九はC・M・Cバンドのトロンボーン奏者で、作詞も手がけていた金用浩に事情を話し、二,三番の詞をつけてもらった。
こうして『涙に濡れた豆満江』は、朴是春の編曲、金貞九の唄でレコーディングされ、1938年2月新譜としてオーケーから発売された。
発売とともに反響を呼んだが、大ヒットとまではいかなかった。やがて1943年頃には総督府当局から、朝鮮人を刺激する民族性が強いという理由で発禁処分にされてしまった。そしてこの歌が万人の愛唱歌となったのは6・25動乱の後からだった。とりわけ、60年代から放送されているKBSの反共ラジオドラマ『金笠北韓放浪記』のテーマ曲となって、いっそう有名になった。


この歌はサランバンpostmanの十八番で、何度聴いたかわからない(^_^;)が、朝鮮戦争がきっかけで大ヒットしたというのは初耳だった。

・1937年2月の臨時発売盤『連絡船は出て行く』でデビューし、一躍”歌謡界のシンデレラ”といわれて、李蘭影とともにオーケーを代表する女性歌手となった張世貞は、平壌の和信百貨店内の常信楽器店で店員をしていたところをスカウトされた。
オーケーに入社した張世貞のデビュー曲、朴英鎬詞・金松奎曲の『連絡船は出て行く』は大ヒットし、彼女は一躍スター歌手となった。
『連絡船は出て行く』は1951年、日本のテイチクから『連絡船の唄』という歌となって登場、菅原都々子がうたって大ヒットした。作詞は大高ひさを、作曲は金山松夫、編曲は長津義司となっている。金海松が”金山松夫”となっているのは、営業上の方針からだった。だが、1970年を前後して、作曲者名は長津義司とされた。NHKでもそのように放送したが、いつしか、”キン・カイショー”といわれるようになり、レコードでも”金海松”と記されるようになった。
解放前、日本で”せっちゃん”という愛称でよばれていた張世貞は、解放後も度々渡日しており、浅草の劇場でワンマンショーを持ったりした。
1970年代初めころから、持病の高血圧が悪化して思うようにうたえなくなり、申カナリヤの経営する喫茶店”カナリヤ”で、旧友と昔話に花を咲かせるようになった。この頃から彼女のヒット曲の多くが”越北作家”の作品として禁止されている。

オリジナルの作曲は「金松奎」と書きながら、日本盤は金海松というのがちょっと矛盾してるようだ、この歌もまた「プンガクジェンイ ウンジン」に入ってるが、作曲は金松奎(キムソンギュ)名義になっている。世光歌本は、やっぱり李鳳龍になってる。
しかし、「片割れ月」「連絡船の唄」ともに名曲であるな。これもレパートリーにいれなくては(^_^;)

・数々のヒット曲を放って人気歌手と鳴った秦芳男だったが、やがて作詞も手がけてさらに真価を発揮した。
『ノクトゥリ二十年』は秦芳男の唄でレコーディングされ、ヒットするが、会社はその時やっと”半夜月”が秦芳男のことだと知らされ、びっくり仰天したという。半夜月は、以後本格的に作詞に着手し、『花馬車』(李在鎬曲、秦芳男唄)などのヒット曲を放った。
『花馬車』は、満州公演中の秦芳男が李在鎬とハルビンに立ち寄った折、異国情緒に感じ入って作詞したもの。この歌は解放後(60年代)放送倫理委員会から”越北作家”の作品であると誤認され、禁止された。半夜月が証拠を揃えて提出したため解禁となったが、”ハルビン”は好ましくないとして、現在は”コッソウル”(花の都)と直されている。


「花馬車 コンマチャ」はポルカ調の明るい歌で、Morris.も良く歌ってたのだが、元がハルピンを舞台にしたというのにはびっくりである。そういえば歌詞の中に「クーニャンの耳飾りが揺れて」なんて出てきたので、ちょっと気にはなっていたが、これで納得である。
この前読んだ「演歌の海峡」で気になってた李哲。本書では「オーケーグランドショーと李哲」というタイトルで一章を割いているので、そこからランダムに引用する。

・歌謡全盛期といわれる1930年代後半に綺羅星のように多くのスター歌手を世9に送り、その中心的存在として君臨したオーケーレコードは、1938円い”オーケーグランドショー”を設立して歌謡界の旋風を巻き起こした。その主人公は李哲、オーケーの創立期から会社を育て上げた立役者だった。
李哲は公州の出身で、1904年生まれだという。新聞配達などのアルバイトをしながらバンド部に入り、サキソフォンをマスターした。しばらく活動写真館のボックス楽士となった。映画とともにレコードが急成長するようになると、レコード会社経営に志を抱き、日本オーケー蓄音器商会京城営業所の所長となった。
金貞九によれば、レコード会社を持つようになった李哲は、日本、それも”帝国”という名のついた会社の出先機関というイメージを嫌って、”オーケー”という名称をつけたのだという。
李哲はオーケー設立後、優秀な歌手や作家を発掘するため奔走する一方、自転車にレコードを積んでレコード店を廻り、拝み倒してはレコードを置いてもらったという。自らも演奏をよくした彼は、曲のヒット性を判断する名手といわれ、オーケーを業界トップの座にのし上げた。
舞台公演の成功に自信を得た李哲は、今度は日本公演を思い立つ。 受け入れ側の吉本興業側が、オーケーグランドショーでは通りが悪いと難色を示したため、”朝鮮楽劇団”とすることになった。
朝鮮楽劇団は”ハントウのショーボート・オーケーグランドショー”と宣伝され、1939年3月11日から十日間、浅草の花月劇場で公演、斬新な感覚で企画を練って大喝采を受けた。メンバーはC・M・Cバンドに孫牧人、高福壽、李蘭影、金貞九、南仁樹、李花子、張世貞、李寅雄、崔仁順、趙英淑、徐鳳姫、金綾子、朴勝子、金南紅、金貞淑らであった。
日本公演を終えた後、李哲は、和信百貨店に映画館が新設された時の挨拶で「ゲタチャク(日本人)なんか、わが朝鮮楽劇団にゃかないっこない」と発言した。この”ゲタチャク発言”が問題となり、李哲は鍾路警察署に二十数日間留置された。
陣頭指揮した李哲は、演奏者に欠員が生じるととっさにピンチヒッターを買って出た。また日本語にも堪能だったので、警察からのさまざまな圧力、干渉をうまく処理,収拾した。
李哲は、無限の可能性を持ったステージマスターだったと評価されている。だが、才人も病には克てなかった。朝鮮楽劇団の満州公演の途中、上海公演の打ち合わせのため上海出演中に持病が悪化し、ただちに帰国したが間もなくく他界した。


うーーん、やっぱりなかなかの人物だったようだ。植民地時代、半島と日本を股にかけて大衆音楽の世界を創り上げた功労者というだけでなく、個人的にとんでもない魅力のあるキャラクターだったにちがいない。
それにしても朝鮮楽劇団のメンバー=当時の朝鮮歌謡界オールスターズと言ってもおかしくない陣容である。男女の二つのユニットのラインアップ見ただけでも、思わず笑いたくなる(^_^;)

[アリランボーイズ]…金海松、朴是春、宋熙善、李福本の芸達者4人が、歌と楽器とコミカルな寸劇で活躍。李哲が日本で見た”川田義雄とあきれたボーイズ”のステージにヒントを得て結成され、独自の味付けをして人気を博した。
[チョゴリシスター]…李蘭影、李敏喜、張世貞、洪清子、徐鳳姫がチームを組み、朝鮮と日本のヒットソングをうたった。


本書は20年ぶりの再読ということになるが、ほとんど初めて読んだみたいなものである。
あとがきの中で、謝意を評した人のなかに、神戸六甲学生青年センターむくげの会のメンバーである山根敏郎さんの名前があった。彼は、本当に朴燦鎬に比肩するくらいの韓国歌謡の権威である。(病気、ともいう(^_^;))機会があれば、是非彼にもきちんとした韓国歌謡の本を出してもらいたいものである。
こうなると、朴燦鎬氏の続編を読みたくなるのだが、韓国語版が出た後、日本語版もという噂が出たまま、なかなか刊行の知らせが届かない。日本語版が出ないなら,韓国語版を買わねばなるまいと思う。Morris.としてはやはり解放後から80年代までの歌謡シーンに一番関心があるので、尚更のことである。

2010/11/17(水)●強引にオンライン録音●

8時起床。
今朝の血圧は152/87/104。
昨日はてっちゃんの店でちょこっと飲んだあと、部屋に戻って久しぶりにカティサーク飲む。実は先月末から、Morris.にしては珍しく今月は9日のサランバン会以来2回目である。別に健康とか節約(これはちょこっとあるかも)に努めてるわけではない。単なる気まぐれである。
「ヨメ全盛時代」2話見てから、DEL坊の録音に再挑戦。DELLのこの製品では、フリーソフトで録音が難しいことがわかったし、外付けカード買うのもあまり気が進まないので、手持ちのUSBオーディオキャプチャユニット「デジ造」を利用できないかと思いついたのだ。これは外部の音響製品からオンラインでDEL坊と結びこれをmp3などの音響ファイルに変換して保存するものだ。
DEL坊のヘッドホン端子とラジカセのインライン端子をつなぎ、AUXモードで再生、同じくラジカセのアウトライン端子と「デジ造」をつないで、これをUSBでDEL坊ににつないで録音してみた。おお、ちゃんと録音出来てる。考えて見れば出来て当たり前ということになるんだろうけど、これってデジタル音源をわざわざでラジカセのアナログ音源にして、それをデジタル音源として取り込むという、回りくどいやり方のような気がする。完全なループ録音(^_^;)ぢゃ。まあ、Morris.は音質はあまり気にしない方だから、これで充分だろう。KBSのラジオやテレビ番組の録音と、You Tubeから、ミニギターで練習したい曲の音源を録音というこの二つが主な目的である。WonderGirlsの「Nobody」バラードヴァージョンをやっと取り込むことが出来た(^_^)
今日は朝、瓶とペットボトル之ゴミ出しした以外は一歩も部屋を出なかった。
食事も残り物利用で済ます。タイカレーに素麺、金平牛蒡、フルーツサラダなどである。
今夜もカティサーク飲んでる(^_^;)
今日の歩数は84歩。


タイカレーwith素麺 

金平牛蒡 

フルーツ・サラダ 
2010/11/16(火)●「ヨメ全盛時代」●

7時起床。
今朝の血圧は187/110/81。
洗濯、朝風呂済ましてDEL坊で「有頂天時代」見る。原題は「Swing Time」1938年の作品である。Morris.はミュージカルは苦手だが、フレッド・アステアのダンスだけは、これはもう別物で、見惚れてしまう。相方ジンジャー・ロジャースとの息もぴったりですばらしい。このての作品は筋なんかあってもなくてもかまわない、というか、へたに込み入ったストーリーは邪魔ですらある。そういう意味ではこの作品は、田舎のダンスホールのダンサーが婚約者と結婚資金を稼ぎにニューヨークに出て、踊り子ジンジャーと出会い、ひたすら踊るだけのもので、いうことなしである。おしまいのとってつけたようなハッピーエンドもお約束である。たまにはこんなのも良いな。
と思ってるうちに11時で、今日からサンTVで始まるドタバタホームドラマ「ヨメ全盛時代」第1話を見る。豚足屋の息子ボクスと同じアパレル会社のミジンが結婚して、ハルモニとの壮絶な嫁姑の争いを繰り広げるストーリーらしいが、Morris.は「拝啓、ご両親さま」ですっかり贔屓になったキムボヨンが出るということで、このドラマも見る気になったのだが、彼女はミジンの母親役、しかもカラオケ教室の先生\(^o^)/役ということで、さっそく教室のシーンがあり、羅勲児の「チャプチョ 雑草」の歌唱指導。やっぱり彼女の歌のうまさは定評があるんだな。さらに「拝啓 ご両親さま」の長男夫婦(ジフンとアリ)が、このドラマでも夫婦役である(^_^;) なんとなく連続ドラマみたいな感じで楽しめそうである。ヒロインのミジン役のイスギョンも、まあまあMorris.の好みであるようだし…
昼から三宮に出る。駅前の凸凹広場でミニギター練習(^_^;) しかしもう外でやるのは肌寒い。ああいった雑踏でやるとミニギターの音量とMorris.の声量の無さが目立つ(目立たない?)。一粒で倍くらいの声量になる「拡声剤」なんてのがあったら良いのに(^_^;) 1時間ほどで切り上げてセンター街方面に向かったところで稲田さんと出会う。彼は映画見に行っての帰りらしい。
その後星電社(今は山田電気になってるようだ)で、デジカメ売り場冷やかす。Morris.の愛機「PowerShot SX100IS」がかなりガタがきているようなので、後継機を見ておくことにしたのだ。ソウルの杉山さん情報(^_^;)で、同じシリーズの新型がかなり安価な実売価格で出てるとのことだった。それは「SX130」という機種で、1万7千円くらいである。Morrisの現行仕様機よりちょっと薄めである。これなら何とかなりそうであるな。でも、Morris.としてはカタログに載ってた「SX30IS」の光学ズーム35倍というのに目を引かれた。コンパクトデジカメではちょっと信じられない倍率(Morris.のは10倍)である。これなら月のクレータだってはっきり写りそうで魅力的だが、いかんせん価格は4万円超えるみたいだし、重さも大きさも現行機の倍くらい位ありそうだ。これだと一眼レフ機と変わらない。腰にぶら下げてというわけには行かないようだし、電源が専用充電池というのもMorris.にとってはマイナス要因である。しかし、35倍というのは魅力だなあ。
その後ジュンク堂を冷やかす。書籍購買意欲は以前よりさらに減退してるので、本屋にとっては迷惑な客かもしれないが、枯れ木も山の賑わいということで勘弁してもらおう。
コンピュータ関連の棚は、ほとんどMorris.には歯がたたない、というか、すでに無縁のコーナーになりはてているようだ(^_^;)
写真コーナーもデジカメ一眼レフ初級者向けの入門書や写真集などがずらり、玉石混交なのだろうが、これもパス。
音楽コーナーにも、流石に韓国歌謡の楽譜は見当たらない(^_^;) 日本の歌謡曲の楽譜もかなりマイナー扱いで、全音「歌謡曲大全集」も5巻以降しか揃ってなくて、Morris.が欲しいと思ってる3,4巻は品切れ。まあ、あっても、1冊5千円いじょうだから、古本屋で出物があれば、買いたいところ。
映画コーナーでは大島渚本を立ち読みして、例の「アメショポ」の歌は、「日本春歌考」の中で、在日韓国人少女金田役の吉田日出子が歌ったらしいことがわかった。
韓国語の棚は3棚と充実してるが、やはり初級や入門教本が8割くらいを占めてるし、中級以上のものは、ほとんど代わり映えしない。まあ、今のところMorris.の韓国語学習は小学館日韓辞典一本(^_^;)に絞ってるから他の参考書にかまけるわけには(^_^;)いかない。
ただ、第二外国語(^_^;)英語の辞書のコーナーで、和英辞典の良さそうなものをと、思いついていろいろ見たが、やっぱりあの小さな活字には目がついていかない(^_^;) 中学生向けの簡単な和英で、さっと通読できそうなものがないかと探したが、これも不作である。
料理コーナーは相変わらずの賑わいで、料理写真の美しさはとどまるところを知らず状態,まさに百花繚乱だが、酒の肴とか丼とかで小型の本が増えてる気がした。そんな中でひときわ目を引いたのが、ハカリのタニタの社員食堂のメニューを並べた「体脂肪計タニタの社員食堂〜500kcalのまんぷく定食」という本。これは料理コーナーではなく別の台に平積みされてた。ベストセラーらしい。コンセプトといい、本の造りといい、うまい!!と思ってしまった。
夜はてっちゃんの店「moon lite」へ、実は前にキムヘヨンのCD預けて、次はイパクサを持っていくと約束してたのに、半年くらい放ったらかしになってたのだ。本当は韓国旅行の前に寄るつもりだったのに、それからすでに3ヶ月経ってしまった。
今日はジンライムと電気ブランを戴く。電気ブランが名物の上野神谷バーには2回行ったきりだが、それ以前、神戸に来た当時、京都の酒屋でこれを見つけて、良く飲んでたことがある。久しぶりに飲んでみると、たしかに美味いとは言いがたいがやっぱり懐かしかった。
帰り三宮のシーダーで買い物して8時帰宅。
今日の歩数は4908歩。


ひさびさmoon lite 

夜の南京町 

大丸の菊水ライトアップ 
2010/11/15(月)●「拝啓、ご両親さま」最終回●

6時起床。
今朝の血圧は202/105/79。
今日も11時から「拝啓、ご両親さま」第68話見る。最終回である。前にも書いたとおり、これは2005年のKBSドラマだから、今更だが、Morris.の場合は、28話くらいからほとんど毎日見続けてしまった。典型的ホームドラマで、Morris.は時代劇が苦手なこともあって、こういったホームドラマにはまりやすい。両親はとっくに亡くなり、結婚せず(できず?)家族もなく、親戚付き合いもないホームレス状態(^_^;)のMorris.だけに、こういったホームドラマに無い物ねだりみたいな魅力を感じるのかもしれない。
そして、今日の最終回は、韓国ドラマにはめずらしく、ほとんど収拾つけることを放棄したような終わり方で、なかなか好感をもった。ドラマとして終わっても、この家族たちの人生はそれぞれ続いていくわけで、それをそのまま途中でカット!という感じである。ドラマは何とか完結させようという意識が働きやすいが、こういった余韻をもたせる終わり方で良かった(^_^)
明日から同じ時間帯で「ヨメ全盛時代」とかいうコミカルホームドラマが始まるらしい。Morris.が贔屓にしてたクムジュ役のキムボヨン、お嬢様アリ役のソンソンミも出演するらしいし、このまま予約録画モードそのままにして見ることにしよう。全52話とのことだから、来年1月までくらいの予定である。
午後は歩いて水道筋からふらふらと阪急六甲方面まで散歩がてら歩いて、篠原郵便局を撮影。「なだだなvo.23 灘区古建築談義」に紹介してあったので一度見ておこうと思ったのだ。「昭和初年建築で正面の2本の柱がくらしっく」なんて書いてあったので期待してたのだが、なんとなくハリボテ風(^_^;)で、横から見たら見事な看板建築である(@_@) このくらいキッチュとは思わなかった。まあ、Morris.はこんなのも嫌いではない。
帰りにブラージュで整髪。ちょうど一ヵ月半ぶりである。後ろはそのままで、前と横だけちょっとカットしてもらい、後は全体的に梳いてもらう。ちょっとはすっきりしたかな。
今夜のKBS「歌謡舞台」は先週まで25周年特番が続いてたので、久しぶりに普通の番組「晩秋」というテーマで、秋も深まった雰囲気の曲特集。あまり知らない曲が多いが、これはこれで楽しい。ユンジョンちゃんが「エッシイネノレ 昔の詩人の歌」を歌ったけど、どうもこれはミスマッチのようだった(^_^;)
今日の歩数は8408歩。


j今日の屋上 

同じく 

ブロンズ猫 

阪急六甲付近 

篠原郵便局 

完全な看板建築(^_^;) 

都賀川 

阪急線路 

櫟の紅葉 
2010/11/14(日)●ノレチャラン30th. Anniversary\(^o^)/●

7時起床。
今朝の血圧は209/119/78。
朝風呂つかって、今日も今日とて部屋でごろごろ(^_^;) 11月は暇な時期とはいえ、今月はまだ3日しか仕事してないし、この後も仕事の連絡は入ってない。
これだけ暇だといっそ、ソウルにでも行きたいところだが、さすがに仕事しないで金だけ使うというのは無理がある。
今日は昼からKBS「全国ノレチャラン30周年特別番組」を見る。2時間番組である。はっきり言って、司会のソンヘさんを慰労するための式典みたいな番組で、普段のノレチャランの方が面白いくらいのものだった。
30年間の優秀歌唱者20名ほどを呼んで、大賞を決めるというのがメインだが、過去の番組のビデオが随所に流れ、ソンヘさんの後輩MC数名が登場して、自分がノレチャランの司会をしたらこうなるというのを実演。お遊びでソンヘさんの後継者選びみたいなものだが、これって結構本気が入ってたかもしれない(^_^;)
ノレチャランは80年から始まったがソンヘさんが司会になったのは88年からである。当時のソンヘさんの姿も出てきた。
ちょっと驚いたのは後半で、ノレチャラン出身というか、ノレチャランに出場したことのある歌手ということで、キムヘヨン、チャンユンジョン、パクサンチョルの3人が舞台にでてきたことだ。キムヘヨン二十歳のときの映像にはびっくりさせられた(^_^)
午後は自転車で神戸HATのヤマダ電機に行き、CD-Rと充電池(eneloop)買う。電気屋に寄るのも久しぶりだが、CD-Rなんてかなりマイナーな存在にになってしまってるようだ(^_^;)
関西スーパーでパクチー見つけたので、今夜はこれまた久しぶりにタイカレーにする。やはりパクチーがあるとないとでは大違いである(^_^)
7時から女子バレー、日本−アメリカ戦を見る。フルセットで日本はアメリカを下して銅メダル(^_^)おめでとう\(^o^)/ 昨日のブラジルとの接戦はまぐれでなかったようだ。エース木村の成長が著しい日本チームである。しかし2012年のオリンピックとなると、竹下、佐野あたりは年齢的に苦しいのではなかろうか。
ともかくも32年ぶりのメダル獲得は立派なものである。
今日の歩数は709歩。


88年初司会のソンヘさん 

キムヘヨン(20)仁川西区 人気賞(^_^;) 

キムヘヨン、パクサンチョル、チャンユンジョン 

ヘアスタイルちょっとイメチェン 

今日の夕陽 

同じく 

同じく 

月齢7.9 上弦 

久々タイカレー 


【演歌の海峡】森彰英 ★★★★ 副題「朝鮮海峡をはさんだドキュメント演歌史」。これは朴燦鎬の「韓国歌謡史実 1895-1945」を再読するため大倉山の中央図書館の書庫から資料請求するとき偶然目についたので、ついでに(^_^;)借りてきたものだが、いやこれは思わぬ拾い物だった。
1981年、少年社発行で、著者は1936年生まれの週刊誌のライター出身のフィリージャーナリストとある。著者も出版社にも見覚えがなく、なんとなく興味本位のやっつけ本ではないかと思ったのだが、とんでもない嬉しい勘違いだった。
30年前の日本での韓国歌謡への関心はほとんど皆無に近かった、いや、その数年前の李成愛の日本進出で「演歌の源流を探る」とかちょっとした話題になってたことはあった。本書もそれに触発されての産物であったらしい。
Morris.はといえば、朝鮮半島には漠然とした興味を覚えていたくらいで、実質的にはまるで何もやってなかった。神戸に来てまだ間もないころである。
著者は韓国語はほとんど出来ないのに、韓国歌謡の重要人物の多くにインタビューしている。これは日帝植民地時代の日本語政策のおかげで、証言者が日本語に堪能だったこともあるが、それにしても、現在のMorris.から見ると、まさに歴史上の人物のオンパレードのように思える。朴是春、全寿麟、趙春彰、孫夕石、吉屋潤 朴椿石、徐永恩、ヒョンソッキ、金セレナ、チェウニ…… 当然今は故人となった人物も多いわけで、その生の証言も貴重なものと言える。

(昭和10年代の)韓国における大衆歌謡やレヴューについて、黄金時代といういうべき一時期を担ったのは、テイチク系のオーケーレコード、そしてその専属となっていたオーケー楽団でしょうね。日本でいうなら宝塚歌劇団のような組織で、その最盛期には約四十名くらいの踊り子、二十名ほどの楽団員、そして多くの人気歌手、専属の作曲家を擁して、朝鮮半島全土、さらに満州まで公演の足を延ばして圧倒的に歓迎を受けたものです。(趙春彰談)


オーケーレコードという名前は、よく耳にするがテイチク系の韓国歌謡レーベルだったのか。
このオーケー楽団、後の朝鮮楽劇団の推進者だった李哲という人物はとんでもない逸材だったらしい。

朝鮮楽劇団が上演してヒットした演目を見ていくと、李哲が目指したところがわかるような気がする。たとえば「歌う春香伝」、韓国人ならば誰でもが知っている歴史伝説をミュージカル化して、主役には人気歌手を持ってきたものだ。朴是春と孫牧人が劇中の歌を作曲し、人気歌手の南仁樹と李蘭影が、悲恋の主人公である李夢龍と李春香に扮した。振付はモダンバレエ出身の金敏子である。
李哲が死んだのは、日本の敗戦の一年前,1944年の晩秋である。一種の敗血症のような症状で、あと数年遅れてペニシリンが手に入るころならば、場違いなく一命を取り留めただろうといわれる。


吉屋潤氏は、本名チェジョンス、演奏家として、シンガー・ソングライターとして、多大な功績を残している。日本でも1950年代のジャズ界で活躍した。白木秀雄トリオのテナーサックス奏者、クールキャッツのリーダーとして戦後ジャズ史上に名を留めている。作詞作曲した「イビョル」「1990年」「ソウル讃歌」は日本にも紹介された。
「音楽は国境を越えているという文句は、ある面では正しいでしょう。だが、韓国と日本の音楽は違います。数年前に演歌のルーツは韓国にあるという論議がなされましたね。だが、私に言わせれば,あれは商売人がつくった宣伝文句だ。演歌は日本のものであって、韓国に演歌があるはずがない。韓国人には,心の深部まで食い入っていくあんなカミソリみたいなセンチメンタリズムはありませんよ。もっと物にこだわらず、馬鹿にみえるほど悠長なところがある。だから何度もどこかの国に隷属し、いじめ抜かれなければならなかったのかもしれない」
吉屋氏は熱を帯びて語り続けたが、その言葉をたどっていくと、日本と韓国とが強制的に癒着した関係を結んでいた、韓国人のいう日帝三十六年間の支配期間に、音楽の面でも両国は無理にすり合わされ、同質と見られるようになったという批判にも達する


それにしても、演歌の源流という表現を使ったことは売り出した側の作戦勝ちだった。昭和51年から52年にかけては、ニューミュージックが主流を占めているようにみえる中で、演歌が復権をはたした時期である。都はるみの「北の宿から」、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」がヒットしたし、八代亜紀、千昌夫、歌手としてはアマチュアであるはずの増位山太志郎や内藤国雄がレコードを吹き込み、大当たりした。山口百恵が「横須賀ストーリー」で、可愛子ちゃん歌手から完全に脱皮して、人生の断面を歌い上げるようになったのもこの時期であった。


私が釜山と音楽とが最も密着していると思った場所は、南浦洞の南側、水産センターに通ずる釜山港の海辺だった。
港というよりも、このあたりは船着き場である。小さな漁船や荷を運んできた船が接岸している。荷揚げを終えた船員が甲板の上に大の字に寝転んでいたり、岸にいる者と大声でどなるように何事かを話し合う。この船着き場に沿って市場ができている。
午後の明るい太陽に照らされて、長く続くその地域は色彩の洪水だった。ミカン、リンゴ、魚の鱗のきらめき、山積みにして売っているセーターや婦人服の色、銀の煙管やライター、バケツ、竹かご、こうした中を肩がふれ合わんばかりに通行人が往く。頭の上に荷物を載せた女性のスタイルや、腰のあたりに赤ん坊を背負った独特の姿は、ソウルの街では見られないものだった。
こうした雑踏に演歌風のメロディが重なり合っているのだ。ずらりと並んだ物売りの中に、歌のカセットテープを並べているのが結構多かった。彼らはひっきりなしテープをかけている。「釜山港へ帰れ」も流れていた。また、食べ物の屋台でも同じようなテープを流しているのから、何百メートルという通路にわたってひとの話し声や物売りの呼び声の上に、まさしく演歌がかぶさっているのだ。


これは釜山チャガルチ市場の当時の風景の描写というだけで嬉しくなった。

その印象は、日本の演歌との相似形である。きょうだいのように似ていると言ってよく、ある部分では韓国のほうが日本をはるかに超えている。李美子と美空ひばり、文珠蘭と松尾和子、青江三奈、南仁樹と小畑実、春日八郎、羅勲児と森進一、五木ひろし、チョミミと島倉千代子、河春花と都はるみ、印象的に相似形を並べてみたが、感情のこめ方、小ぶしの効かせ方、息の使い方といい、共通点がある。曲調もまた似ている。イントロ、展開、リズムの刻み方、もし歌詞をはずして演奏されているのを聴けば、日本でもこのようなメロディが流行したのかと思わせるに十分なのだ。

こういった比較が即座にできるというのは。著者が日本の演歌にもかなり関心が高いことをうかがわせる。

演歌の基本的パターンになっている別れという状況で、日本と完全にちがっているのは国土が戦場になった、その後遺症がテーマになっていることだ。
1950年に勃発した朝鮮戦争によって、韓国人は何度も逃げまどった。ソウルは北鮮軍に占領され、国連軍に奪回され、また占領、奪回と一年足らずのうちに4回も支配者が交代した。国連軍によって二度目に奪回されたときには、商店街、住宅街は崩壊し、開戦時の人口150万余人が20万人に減り、その20万人が防空壕の中に身をひそめ、飢えと疲労にあえいでいたという。
三十八度線によって民族が分断されてしまった別れや望郷の心情は「去れよ三十八度線」「恨みの三十八度線」などの歌によって代表される。同じ民族が、血の通い合った者同士が政治的な地域区分によって分けられてしまい、会えないどころか消息さえ不明にある、という悲劇だけは私たちの想像を絶する。戦場体験や引き揚げ体験の悲惨さは語りつがれはしても、日本人には、ソウルとほぼ同じ緯度である新潟あたりにラインが引かれて、北と南に分断されて、東京の人間と仙台の人間は声を聞くことさえできないという体験はなかったからである。
別れが別れだけではすまない状況なのである。相互の責任のなすり合いや告発や、密告や汚名がいつまでもついてまわった。こうした状況を考えると、私たちがいつも口にしている演歌の中に盛り込んでいる、さようならがいかに淡白であり、すぐに割りきれてしまう初歩の方程式であるかがわかってくる。
韓国における演歌の黄金時代が幕開きしたころは、朝鮮戦争が終わって十年近く経過していた。しかし、大衆の中の複雑な感情は消えていなかった。そんなとき、自分にぴったりした別れの心情を歌謡曲の中に求めた人は多かったのではないだろうか。ある者は、故郷の風景をうたった曲に別れを見出し、ある者は恋人への慕情に別れた人への気持ちを仮託しようとした。あるいは三十八度線そのものをうたった曲で、泣いても泣ききれない切なさを追体験した人もあるだろう。
悲しみは尽きないが、世の中が少し落ち着いたから、ようやく心情の整理をし、自分に合った歌を探しはじめた。その結果として、演歌が盛んに聴いたり歌われたりしたのではないだろうか。


この朝鮮戦争と韓国歌謡の深い因縁については、先般買ってきた韓国語の本に詳しいので、読後また書くことにする。

日本で活躍して、一つの時代を画した韓国人歌手に小畑実がいる。昭和17年に「婦系図の唄」(湯島の白梅)がヒットして以来、「勘太郎月夜」「長崎のザボン売り」「小判鮫の唄」「星影の小径」「高原の駅よさようなら」「花の三度笠」と代表作をあげただけでも、時代劇における遊侠の徒をうたったもの、都会的な恋愛もの、異国情緒的なものと、範囲が広かった。
彼は小畑唱法とでもいうべき歌い方を生み出した。音楽的に分類すれば"クルーン唱法"である。自己流に小ぶしをきかせたりはせずに、楽譜に記してあるどんな細かい付点も正確にとらえ、リズムも強弱もテンポも、作曲者の指定ぴったりうたう。だが、その上に、彼独特の甘いムードがあった。特に叙情的な歌をうたう場合は、マイクロフォンの性能を最大限に利用して囁くようにうたったのだ。
東洋音楽の研究者である松本弘氏は、日本の演歌歌手の歌唱法がガラリと変わったのは、小畑実、菅原都々子らが第一線に出てきた昭和二十年代の初めではないか、それは西洋音楽の否定だったと言っている。


明治以降の日本の音楽教育=西洋音楽だったことははっきりしている。それが日本人に取って良かったのかどうか?疑問であるなあ。

(全斗煥が宴席で歌ったという)「討匪行」は軍歌というよりも歌謡曲に近い。満州事変当時、匪賊の討伐に赴いた関東軍をテーマにつくられ、藤原義江がうたった。♪蹄のあとに乱れ咲く 秋草の花しずくして 虫が音細き入日空♪といった叙情的な部分や♪敵にはあれど亡骸に花を手向けてねんごろに 興安嶺よいざさらば♪と、敵のことまでを思いやる余裕さえみせていて、いまだに愛唱する人が多い。
だが、この歌には陰画がある。かなりよくうたわれた替え歌である。
♪アメノショポショポ フルパンニ カラスノマトカラ ノソイテル マテツノキポタンノパカヤロー♪ 
♪サワルハコチセン ミルハタタ サンエンゴチセンクレタナラ カシワノナクマテツキアウワ♪
朝鮮人を馬鹿にするとき、日本人は彼らの不得意な濁音か半濁音の区別ができない部分をことさら誇張したが、この替え歌もそれをしている。
♪雨のしょぼしょぼ降る晩に ガラスの窓からのぞいてる 満鉄の金ボタンの馬鹿野郎♪ 
♪さわるは五十銭 見るはただ 三円五十銭くれたなら 鶏(かしわ)が鳴くまでつき合うわ♪ 
満州のどこかの町にいる朝鮮人娼婦が、遊郭の中から通行人によびかけている形式だ。歌詞は次のように続く。
♪あがるの帰るの どうするの 早く精神きめなさい 決めたら下駄持ってあがりなさい♪
♪お客さんこの頃紙高い 帳簿(帳場?)の手前もあるでしょう 五十銭祝儀をはずみなさい♪
♪そしたら私が抱いて寝て 二つも三つもボボさせて かしわの鳴くまでつき合うわ♪
これを「討匪行」のメロディにのせると、七五調が実によく合う。
当時、満州では最高に権力をふるっていた満鉄社員を娼婦の側からからかっているのだが、その馬鹿にした朝鮮風日本語に何とも哀愁がある。映画「日本春歌考」に、この替え歌を取り入れたのは大島渚だった。田島和子という女優が表情を崩さずに、この歌をきちんとうたいながら歩くのを、カメラは正面からとらえていた。作者不詳、いつどこでうたい出されたのかもわからない替え歌だが、当時日本人が朝鮮に対してとっていた態度が、朝鮮の側に身をおいた逆操作によって浮かび上がってくる。
歌の歌の伝えられ方は、決して一面ではとらえられるものではない。「討匪行」の陽画(ポジ)が、全大統領の心の歌、自分を励ます応援歌としてのものなら、「討匪行」の陰画(ネガ)である替え歌はいぜんとして、日本にのこっているのだ。歌の持つ不思議な運命ではないか。


この替え歌はMorris.も古くから知っていたが、メロディが「討匪行」というのは初めて知った。レパートリーに入れとこう(^_^;)
でも、後で、ジュンク堂で大島渚関連の本立ち読みして確認したら、「日本春歌考」でこの歌を歌ったのは、在日韓国人少女金田役の吉田日出子だったらしい。うーーん、こうなるとこの映画、ビデオででも見たくなる。

RKB毎日が制作したドキュメンタリー番組「鳳仙花−近く遥かな声」が放映されたのは昭和55年2月だった。
(番組ディレクタ-の木村栄文は9これまでに何度も韓国および韓国人をテーマにしてきた。5年前には、焼物を輸入し日本で商売しているため、年中玄界灘を渡っている聖人の生活ぶりを描いた「丁徳和の海峡」という作品をつくった。
「いままでテレビで韓国人を主題にすると、必ず彼らのミゼラブルな状態が出てきましたね。被爆者、在日韓国人の集落、強制連行といったテーマで取り上げ、底辺にうごめいている状態を紹介し、日本の帝国主義支配を反省するというパターンがいつしかでき上がってしまった。しかし、私が感じる限り、韓国人はそれほど甘い国民ではない。日本人のおよびもつかないほど、生活力もあり商売の才能もある。そんなしたたかさを描こうと、韓国語を話せないで海峡を往復している半チョッパリの丁徳和を持ってきたのですが、テレビ仲間からは、日韓関係の認識が甘いという声もありました」
「日韓関係を政治的に割りきって、視点を明確にせよということは、北か南、どちらかの立場に立つということでしょうか。しかし、現在の日本では、それではすれちがって議論は成立しない。政治的に議論するのが好きな人はそれでよいが、私はむしろ悲しみに普遍性があると思う。悲しみを通じて人間が仲良くできる、いとおしく思えるというのが、『鳳仙花』のテーマです。歌では喧嘩のしようがない」
「『鳳仙花』をテーマ曲に持ってきたg、あとになって『他郷ぐらし』にしたほうがよかったかなと思っている。両方共好きな曲ですが、『鳳仙花』はパルチザンの少年が銃殺前にうたったなどと、エピソードが結びついて、意味づけができあがり過ぎてしまった。加藤登紀子などが反戦フォークとしてうたっているのを聴くと、ちょっと手垢がついた感じですね。いい歌は余り思い入れをせずに聴いて、自分で感じればおいのではないでしょうか」
作家の李恢性成氏は、画面ではかなり酒に酔ったところを見せて、こんな主旨のことをしゃべっていた。自分は韓国人が明朗な民族だという見方を肯定する。明るくない人間に、なぜこんなに悲しい歌を長くうたい続けてこられたものか。明るい民族でなかったら悲しみに抑えつけられて滅亡していたはずだ。それが生き残ってきたのは、悲しみを愛し、そこから生きる強さをかちとってきたからではないだろうかと。
また韓国文壇の長老的存在である詩人の金素雲氏は語っていた。「四十年以上も昔、日本で暮らしていた私は、われわれrの民族についていろいろと発言し、自分は民族感情の先兵として日本の知識人に知らしめるのだと自負していた。しかし、いま考えてみると、偉そうにひじを張って口角泡をとばしていた、あれはみんなアホダラ経です。それより何の気負いもなく一つの叙情詩を日本に紹介したことのほうが意味があったと思う。今後、韓国(韓日?Morris.注)二つの国のあり方もこうであらねばならないと思う。何か民族の暖かさが最後に勝つんですね。相克の壁をつき破るのは大砲やミサイルでなくて、理解し合う暖かい感情です。最後はこれが大きなドリルの役目をするのじゃないかと……」


この番組は見たかったな。
久しぶりの読書控えで、引用がやたら多くなったが、本書はなかなか目にすることが難しいと思うので、あの時代にこんな本が出ていたということを知るためだけにでも、意味があるのではないかと思う。

2010/11/13(土)●日本女子バレー復活(^_^)●

8時半起床。
今朝の血圧は191/11/73。
昨日に続いて、今日も黄砂で空全体が霞んでいる(>_<)
朝風呂つかい、またも部屋でごろごろ(^_^;)
昼から自転車で三宮に出て、イシバシ楽器でギター弦とカポタスト(JIM DUNLOP)買う。楽器店向かいのアンチック家具店の片隅に真鍮製の良さげな洗濯板があった。価格表示して無かったものの、この店の相場からするとMorris.に手の出るものではなさそうだ。三宮図書館によってしばらく立ち読みしてから、大安亭で蜜柑やらキムチやらいろいろ買って4時半帰宅。
夜は「ごパン」で矢谷君主催のライブ。キーボード、メロディオンのまどかちゃん、マルコさんの3人のジョイントということだったが、ナツメロシンガーの綾城君が飛び入り参加で、Morris.はすごく得した気分になった。
10時帰宅。女子バレー、日本−ブラジル戦(録画してた(^_^;)見る。 いやあ、録画しておいてよかった。久々に興奮させてもらった。
1セットを25-22で日本が取っただけでもちょっとびっくりものだったが、圧巻は2セット。ジュースからラリーを繰り返して、最後は35-33で日本が連取(@_@)\(^o^)/ ひょっとすると、という期待を持たせた3セットは22-25で敗れた。ところが、4セット入ったところで録画終了(>_<) バレーは中継と言っても、録画編集だから、放送延長は無いものと思ってたのにい(>_<) 
で、結果は4セットは22−25、最終5セットは11-15とブラジルに取られて逆転負けだったらしい。負けても良いからこれは全試合見たかったな。明日、アメリカと三位決定戦である。しかし、本当に久しぶりに日本女子バレー強くなってる。木村が安定してるし、竹下,佐野、山本(旧姓大友)愛の復帰というベテランの踏ん張り、井上の大口笑い顔も楽しめた。
今日の歩数は760歩。


イシバシ楽器前の店にあった洗濯板 

綾城君 

左からまどか、マルコ、矢谷 
2010/11/12(金)●エミュウの縮れ毛●

8時起床。
今朝の血圧は220/111/83。
何だか頭が重い(>_<) 昨日は酒一滴も飲んでないのに。いや、このところ酒控えてるのが逆に良くないのかもしれない(^_^;)
結局今日も午前中は部屋でごろごろして11時から「拝啓、ご両親さま」の67話見る。クムジュはいやいや見合いの席に向かうが相手は話とはまるで違うタイプ。とりあえず食事はしてたけどどうなるのか、末娘はまだしょうもない男のことでウロがきてるし、次回が最終回とは思えない展開である。
午後は王子動物園。まぬうはいるにはいたけど、岩の上の方で殆ど動かず。寒くなるにつれて動きが鈍くなるのだろう。冬には「猫はこたつで丸くなる」わけで、まぬうだって猫の仲間だもんね。
今日は珍しく北園を歩く。ここは鹿、カンガルー、駝鳥などで、あまり派手さはないし、Morris.のコースとは外れてる。駝鳥の顔はアップで見るとなかなか味があるのだが、良く動き回るので結構撮影は難しい。その横には小型の駝鳥といった風情のエミューがいた。こちらはアップで撮影できた。よく見ると首から頭までが思い切り縮れ毛である。ついつい見惚れてしまった(^_^;)
ハンター邸前で赤ミニギターレッスン。やっぱり例の赤いチューナーはこの赤ミニギターにぴったりだし、メーターも見易い。
園内は紅葉はあまりないが、桜の紅葉もなかなかに美しい。
動物図書館で、また明治村の写真集を見る。うーーん、一日では見切れないくらいあるな(^_^;)
5時帰宅。
飛田さんのブログLang8というサイトの紹介があった。Learn a language the Right Way From Native Speakersというサブタイトルでわかるように、日記など簡単な文章を自分が学んでいる外国語で作文すると、その外国語のネイティブ会員が添削してくれるというものらしい。飛田さんはさっそく簡単な韓国語の日記をアップして即座に複数の添削コメントが寄せられていた(@_@) 韓国語はパッチムもあって、発音と綴りがなかなか一致しないから簡単な文章でも結構面倒である。飛田さんの作文も、いろいろ添削されていた。これは確かに効果的な学習サイトだと思う。ただ、Morris.はこちらのMorris.日乘で手一杯(^_^;)なので、実践はまだ思いとどまっている。いちおう登録だけはしておいた。140カ国の人が参加してるらしいから、たいていの言語は利用できそうだ。
アシナガさんに、何か韓国のCDを送ろうと手持ちの古いCDを物色していたが、94年発行のTHE CLASSICの第一集アルバム「魔法の城」を送ることにした。久しぶりに聴き直したらなかなか良いアルバムである。タイトル曲がやはり一押しで、このアルバムにはバージョン違い(子供バージョン、みんなで歌おうバージョン)も収録されている。ネットで調べたら、日本でも人気の東方神起が2004年のクリスマスアルバムにカバーして収録、ステージでもよく歌ってるらしい。k-pop苦手のMorris.だが、これをマスターしておけば、若者にも受けるかもしれない(^_^;) まあ、受けてもしょうがないけど(^_^;)
今日の歩数は1365歩。


今日のまぬう 

ボブキャット 

チンパンジー 

麒麟 

同じく 

同じく 

カンガルー親子 

エミューの縮れ毛 

ぐったり犀 

桜紅葉とハンター邸 

遊園地の秋 

カレーの王子様 

2010/11/11(木)●明治村への誘い(^_^;)●

6時半起床。
今朝の血圧は166/89/80。
今日も午前中はミニギターとノレバン98号で遊ぶ(^_^;)
「拝啓、ご両親さま」66話、まだ末娘のごたごたである(>_<) クムジュの見合いの話はなかなか進まない。跡2話で全て決着つけられるのだろうか? Morris.の予想ではアン家からは子供たちもクムジュも出ていって、老夫婦二人だけが残ってしまう。韓国版「そして誰もいなくなった」ではないかと思ってるのだが。今回は父親が珍しく末娘励ます意味で、唯一のレパートリ「サランウロ」を歌った。ヘバラギの代表曲だが、Morris.は何となく野暮ったくて好きになれなかったが、ドラマで上手く使われるとそれなりに良い曲のように聴こえてくる(^_^;)
昼から自転車で六甲道に出て、先日の京都のデジカメ画像プリント受け取り、やまやでカティサーク買い、ORANGE Thriftyで\100のベルト買ったら、60歳以上2割引の上、包装無しは10円引きということで、何と\70だった(@_@)
灘図書館に寄って、しばらく立ち読みしたあと、珍しく2冊借りる。
マルハチで買い物して5時半帰宅。安城市のアシナガさんから来信。先日姫路の小赤壁公園のベトナム語の立て札に関して、直接姫路市に問合せしたとのこと(@_@) 公園管理の方からの返事は、当時姫路の皮革産業労働力として東南アジアが来日して、この公園付近にはベトナム人が多く、彼らがバーベキュー等火を使う事が多くゴミも出してたのであのような看板を建てたということらしい。
現在はそれほどベトナム人が多いということもなさそうだが、ある意味、時代の証言みたいなものだろう。
また封筒には明治村の招待券2枚も同封してあった(^_^) 一度は訪れたいと日記に書いてたからだろう。有効期限が来年2月までである。うーーん、こうなるとそれまでに何とか実現しなくてはならないな(^_^;) アシナガさんいつもいつも、ありがとうございますm(__)m
今日の歩数は1308歩。

2010/11/10(水)●脱力の日(^_^;)●

11時起床。
今朝の血圧は160/92/89。
宿酔ではないが、流石に、昨日のお遊びダブルヘッダが応えているようだ(>_<)
今日の「拝啓ご両親さま」はベッドで音声だけ聴くことになった(^_^;) 画像がないとほとんど内容を把握できない。Morris.の韓国語の実力推して知るべしである。
昼風呂つかって、昨日もらったキムパで昼食。昨日と今日の「拝啓ご両親さま」をいっぺんに見る。末娘ソンミのしょうもない恋愛が中心で面白くない。クムジュとオクファがまたまた、シムスボンの歌(「男は船、女は港」「ピナリ」)の掛け合いやってた。このドラマも余すところ、あと3話である。
派手な新調チューナー午後は赤ミニギターレッスン。実は昨日京都寺町のBig Bossという楽器店で、派手派手のクリップチューナー買ったので、それを試してみる。SNARKという聞いたこともないメーカーのもので\1680だから高いものではないが、色はパール光沢の深紅で、まさに新調の赤ギターのために誂えたみたいだ。表示画面は三色ライトでこれまた赤青黄白のけばけばしいくらいの色どり(^_^;) もちろんクロマチックでCAPOしても大丈夫だし、CORGのチューナーよりマイク感度が良いのか、周りの音に敏感に反応する。つまりカラオケなど鳴ってると、リアルタイムで音名を表示するので、一緒に伴奏するときとても便利そうだ。さらに、簡易メトロノーム(音はしないが、ハートマークの点滅でテンポを知らせてくれる)やトランスポーズ機能(4CAPOまで開放と同じ音名で表示)まである。これは意外とお値打ちなのかもしれない。これもまたボタン電池CR2032で作動するわけで、この電池は買い置きしておく必要がありそうだ。
結局今日は完全休養日。一歩も部屋を出なかった。
夜は女子バレー日本−ロシア戦を見る。いくらか日本女子も調子を上げてるようで、一応4強勝ち残りは決めたとか。でも、今日のロシア戦は、何とか1セット取ったもののほとんど勝負にならなかった。メンバーもあまり代わり映えしない。木村、栗原はそれなりに成長性てるみたいだが、Morris.としては加奈ちゃんの不在が寂しい。
島田和夫部屋スケジュール更新。
今日の歩数は4122歩。(これは深夜三宮から歩いて帰った分(^_^;)

2010/11/09(火)●京都紅葉先取詣〜歌会●

6時起床。
今朝の血圧は192/104/83。
7時57分灘駅発の普通電車に乗り、芦屋で新快速に乗換え、京都に向かう。実は小倉での学生時代に同級だった山根さんが、博多から大阪にいる娘と会うのも兼ねて京都の紅葉巡りしたいということで、Morris.が案内を頼まれたのだ。今年の京都の紅葉見頃は11月中旬から下旬ということで、ちょっと早過ぎるのだが、いっそこの時期の方が人出も少なくて良いかもしれない。
いちおう行きたいところ三ヶ所(東福寺、永観堂、南禅寺)指定してもらったので、とりあえず、京都駅から奈良線に乗換え東福寺駅下車。
Morris.は三ヶ所のうち、行ったことあるのは南禅寺だけで、それも、神戸に来てすぐくらいに当時京都の大学にいた秋本君たちとほんのちょっと立ち寄っただけでほとんど記憶にもない。つまり、まるで案内者としては不適格である。前もってインターネットでそれぞれの簡単な情報だけプリントはしてたけど、これもほとんど役に立ちそうにない。まあ、現地に行けばなんとかなるだろう。
東福寺は鎌倉時代創建の禅宗(臨済宗)の寺で京都五山の一つであるらしい。紅葉は色づき始めという感じだが、それなりに秋らしい雰囲気は感じられた。境内を流れる小川には不釣合な立派な橋が3つも架り、屋根もある「通天橋」を越えたところにある開山堂はちょっと変わった楼閣の建物だった。
付近は紅葉林の散歩道になってるが、やはりまだ早過ぎる感じ。
石庭が有名らしい方丈庵にも入場(一つの寺で、あちこちで入場料取るのは止めて欲しい)。ここは昭和の作庭らしい。Morris.には石庭は今もって理解出来ない。それでも、縁側(^_^;)で日向ぼっこするのには良い場所だった。
室町時代の建造になる三門とその前の大きな伊吹の木はなかなか良かったし、本堂天井の龍の画が見事だった。これは堂本印象の作らしい。
南門から出て、京阪鳥羽街道駅から三条まで出る。ここから歩こうとも思ってたのだが、時間のことも考えてバスで永観堂前まで行く。永観堂は「見返り阿弥陀」が有名だが、「もみじの永観堂」とも呼ばれるくらいの紅葉の名所らしい。もちろんここも見頃には早すぎだが、それでも、充分その美しさを満喫できた。境内の造りがよくできてるし、高台にある多宝塔からの眺めはなかなかの絶景である。
境内に付属幼稚園が併設されていた。かなり大きな幼稚園である。
本堂拝観する時、ちょうどこの幼稚園の園児たちも本堂に上がっていった。Morris.らもついて上がっていく。本堂では法要が行われ、多くの信者が席に着いてたが、観光客も参観しても構わないとのことだったので、一番後ろに座る。先程の園児たちも脇に陣取って、数人の園児が代表で線香や供花を奉納した後、全員でほとけさまの歌?数曲を合唱。いや、これは儲け物だった(^_^) 合唱ではなく斉唱、いや、それにしては調子っぱずれも多くてなんとも言いがたい味わいがあった。西洋キリスト教教会の聖歌隊の一糸乱れぬコーラスよりも、今のMorris.には心地良かった。この子供たちの可愛い歌にぼーっとなって、肝心の見返り阿弥陀のことを見損なうところだった(^_^;)が、何とか阿弥陀堂にもお参りできた。見返り阿弥陀さまは、思ったより小ぶりだったが、流石に見応えがあった。尊顔が見えるように脇からも拝めるようになってるのだが、金網越しというのがなんとも興を削ぐ。当然撮影禁止で、これは致し方ない。しかし、永観堂そのものは好感度大、というか、すっかり気に入ってしまったよ(^_^)
ここから南禅寺はすぐ近くだけど、まだ昼食取ってない。途中で食べようと思いながらこれといった店が無いまま、南禅寺に着いてしまった。境内前には名物の湯豆腐店が軒を連ねてるのが、湯豆腐セット\3000という価格設定がMorris.には納得行かず(>_<) 結局ここはパスして後回しにしたのだが、これは大失敗だったようだ。山野さんはかなり空腹だったらしいし、風も強くなり、ちょっと冷え込んできたため、南禅寺をゆっくり見物する気を無くしてしまった(^_^;) これならちょっと高くても話の種にも、とりあえず湯豆腐食べとくんだった、と思っても後の祭りである。
本殿の大明国師像(木乃伊みたいだった)を撮影した後、他の有料拝観スポットはパスして、京都疎水の水路閣へ。Morris.はこれにすっかり魅せられてしまった。明治初期の煉瓦造りのフォルムも素敵だし、現在も脈々と稼働してることにも感動を覚える。前から蹴上あたりをトラックで通るたびに、一度はじっくり見に来たいと思ってたのだが、想像以上に素晴らしかった。この煉瓦の水路橋を上がってそのまま水路に沿って蹴上方面まで歩く。いい加減空腹を通り越して、すっかり無口になった山野さんをほっぽらかして疎水に夢中になってたMorris.だったが、なんとか蹴上から地下鉄に乗って、市役所前まで出て、アサヒビアホールで遅めの昼食。というか、生ビール頼と、ピザと鶏唐揚げ。このところ何故かしばらく酒のんでなかったので、10日ぶりくらいのビールはなかなか美味しかった。
食後、寺町の鳩居堂や新京極回って四条河原町から高瀬川、賀茂川界隈を散策。先斗町駐輪場に数匹の猫を発見してMorris.@Catographerモードに入ろうとしたのだが、これも連れがあると思うにまかせない。しかし、案内などと言いながら、すっかり自分本位の京都観光してしまったMorris.は、やっぱり案内には不向きである。山野さんには悪いことをしてしまった。
バスで京都駅にもどり、しばらく駅ビルをふらついてから、7時前の新快速で大阪に戻り、鶴橋へ。今夜は恒例のサランバン会の日だったのだ。「大邱」に到着したら8時過ぎで、すでに大半は出来上がっていた(^_^;) 出遅れたMorris.は最初のうちは調子が上がらなかったがだんだんいつもの調子で、飲んで歌って踊りまくり11時半に店をでる。ママがキムパ二本お土産に持たせてくれた。
環状線から神戸線に乗り換えたまでは良かったのだが、やはり、お約束通り寝過ごしてしまった(>_<)。でも、目がさめたのが三宮だったのがまだしもだった。すでに上りの最終は出たあとだったので、歩いて帰ることに(^_^;)。
帰宅したら2時前だった。
今日の歩数は14492歩。


東福寺通天橋 

部分的紅葉 

それなりに美しい 

開山堂 

山羊? 

堂本印象作 龍の天井画

紅葉アーップ! 

Morris.には石庭はわからない(^_^;) 

小さい四天王が可愛い 

紅葉 

室町時代の三門 

この伊吹は素晴らしい 

阿保親王を祀った寺 

素朴な石仏 

永観堂入口 

多宝塔 

ここも紅葉はぼちぼち 

見晴らしは良い 

吹流し 

これはこれで美しい 

画仙堂 

附属幼稚園の園児が本堂に 

お坊さんも本堂へ 

同じく 

園児の奉納 

園児の合唱 

お疲れ

みんな数珠を持ってる 

不思議な石仏(墓石かも) 

ここらあたりがベストスポットかな 

動物園を外から覗く 

南禅寺境内の疎水 

南禅寺三門 

大明国師、木乃伊?! 

疎水橋水路閣 

同じく 

同じく 

同じく 

同じく 

上の水路 

流れは速い 

ここから蹴上の駅に続く 

青鷺 

ぶっとい送水管 

蹴上のトンネル 

素朴な野村靴店 

素朴な石仏 

和泉式部の墓 

来年は卯年 

東華菜館 

賀茂川夕暮 

賀茂川の白鷺 

上空の鳶 

賀茂川夕暮 

先斗町駐輪場の黒 

同じく黒白 

黒 

白雉と黒 

夜の京都タワー 

今夜の三日月(月齢2.9) 

山ハラボジのサランエツイスト 

やっぱり上手い(^_^) 

会長もご機嫌 

洪ママは早めの御帰宅 

丸本嫁とシャンソン歌手 

postmanはお寝み 
2010/11/08(月)●豪華版歌謡舞台\(^o^)/●

5時半起床。
今朝の血圧は192/105/83。
矢谷君ら4人で西宮甲子園の保管荷物ピックアップ。昼過ぎまでかかって作業終了
昼食は東市場の浪漫亭でチャンポン(^_^)
深江のサンシャインシティで休憩。3時に倉庫に戻り、とろとろ作業やって5時帰宅。
10時からKBS「歌謡舞台」25周年特集第5部「国民の歌特集」いやあ、これは素晴らしかった。時間も1時間半とたっぷりだった。今回の25周年記念番組は5部構成だったらしいが、この5部だけを2時間くらいに延長してやれば良かったかもしれない。そのくらい良かった(^_^) 
チュヒョンミの「チルレッコッ 野薔薇」に始まり、「ウルゴノムヌンパクタルチェ 泣いて超える丘」、「ピネリヌンコモリョン 雨降る願母嶺」「クメボンネコヒャン 夢見る故郷」と定番曲をヒョンチョル、ソルンドが歌い、キムドンジンの挨拶から、40年から50年代のヒット曲「ヌンムルチョジュントゥマンガン 涙の豆満江」「モッポエヌンムル 木浦の涙」「シルラエタルパム」。
60年代は「トンペクアガシ 椿娘」「トラガヌンサムガクチ 三角地ロータリー」「ソヤンガンチョニョ 昭陽江乙女」。70年代「コヤンヨク 故郷の駅」「トラワヨプサンハンエ 釜山港へ帰れ」「ニムガハムケ あなたと一緒」。最後のニムガハムケは、何とイジャヨン、ヒョンスク、キムヘヨンとMorris.の好きな女性歌手3人一緒で楽しく歌ってたのにはしびれた。
そして80年代以降はオリジナル歌手で「オッキョンイ/テジナ」「チョンマルロ/ヒョンスク」「サランウンナビインガバ/ヒョンチョル」「ソウルテジョンテグプサン/キムヘヨン」「コッスニルルアシナヨ/キムクックワン」「チャルランチャルラン/イジャヨン」「シントブリ/ペイロ」「ネパクチャ/ソンデグヮン」「カウルルナムギゴガンサラン/チェユナ(これはオリジナルはペティキム)」「イッチョジンケジョル/イヨン」「サランエミロ/チェジニ」「ムジョッコン/パクサンチョル」と、これでもか、というくらいの出血サービス。
そしてこの番組の始まった1985年に「雨降る永東橋」でメジャーデビューしたチュヒョンミと司会のキムドンジンの対話。チュヒョンミはこの番組に596回出場(前に59回と誤記してたけど、豊田のFさんのご指摘で訂正m(__)m)で、もちろん最多出場。「この番組は私の故郷のようだ」、なんてお愛想もあって、今回のリクエストで一番多かった「クテクサラム」のシムスボン登場。彼女は「男は船、女は港」「愛しか知らない」の3曲を歌うという破格の待遇。おしまいは「チルレッコッ」を全員で合唱。楽しかったあ(^_^) これでユンジョンちゃんが出てたらいうことなかったんだけどね(^_^;)
今日の歩数は2211歩。


岩屋猫屋敷の竈猫

大和虻? 

サンシャインシティから 

同じく 

同じく 

摩耶埠頭の夕陽 

iイジャヨン、ヒョンスク、キムヘヨン

最多出演596回のチュヒョンミ

シムスボン「クテクサラム」

2010/11/07(日)●ロッテおめでとう\(^o^)/●

8時半起床。
今朝の血圧は206/109/70。
午前中は部屋でごろごろ。
12時からはKBSノレチャランをDEL坊で見る。今日は全羅北道のキムジェ市から。いよいよ来週14日は番組開設30周年の記念番組である。これは見逃せないね。
有田の鶴姫から、伊津野重美というが主幹の「生命の回廊 vol.2」が送られてくる。鶴姫の長男、25歳で亡くなった歌人笹井宏之の鎮魂歌的冊子で、最初の追悼号から3冊目になる。笹井にインスパイアされた短歌作品を中心に、俳句、詩、評論など100p近い力作で、笹井が佐賀新聞に投稿した詩も2作掲載されていた。彼の処女作にして生前唯一の歌集「ひとさらい」から数種を選んでコメント付けた飯田有子のメモに引用された9首。

・それは世界中のデッキチェアがたたまれてしまうほどのあかるさでした 
・ひまわりの顔がくずれてゆく町で知らないひとにバトンをわたす
・表面に<さとなか歯科>と刻まれて水星軌道を漂うやかん
・三万年と解かれなかった数式に雪を代入する渡り鳥
・美術史をかじったことで青年の味覚におこるやさしい変化
・おしひろげる 全力でわたしをおしひろげる わらう そこにある活火山
・何枚もまぶたのひらく音がする ゆっくり気道確保しなさい
・ひたいから突き出ている大きな枝に花を咲かせるのがゆめでした
・ひろげたら羽がいちまい落ちてきてそれから軽くなったつまさき


こうやって、作者が亡くなった後も、作品は読みつがれていき、鑑賞、批評され、ひとの記憶にきざまれていく限りにおいて、彼の存在は消えずにあるというのが、悲しくも美しい。
笹井の短歌はもともと携帯電話によるインターネット歌壇から始まったらしいが、彼のブログ「些細」は、彼の父親が引き継いでで現在も継続している。これもまた一つの追悼の形だと思う。
昼から自転車で大石のコーナンに行き、胡麻擂器、自転車用バックミラー、シンプルな毛布、歯間磨きブラシなど買う。
Morris.は良く胡麻擂る方なので、胡麻擂器を愛用してたのだが、長年使ってたものが罅が入って蓋が取れやすくなったので買い換えようと思いながら、普通のスーパー等には置いてなくて、やっと今日新器購入。前のとはちょっと違うけどこれで充分だろう。
自転車用のバックミラーも以前の赤い自転車には、小さなのを付けてたのだが、自転車ごと盗られたので、これも買おうと思いながらあまり見かけなくてそのままになってた。しかし、世間のママチャリはほとんどバックミラーを付けてない。今日買ったのは長方形でちょっと邪魔なのは否めないが、後ろの車を確認するには必需品だと思う。
いったん部屋に戻り、夕方水道筋で買い物して、夜はまたまた、日本シリーズ第7戦。何と今日も延長戦に入り、ロッテが8-7で中日を下して日本一になった。今日の試合は昨日と違って見甲斐があった。しかし両チームとも花のある選手が少ないような気がした。
今日の歩数は273歩。


DEL坊でノレチャラン 

胡麻擂器左が新器、右が旧器 

自転車用バックミラー 
2010/11/06(土)●記録的ヘボ試合(>_<)●

6時半起床。
今朝の血圧は214/109/68。
六甲アイランド高層マンション20Fから18Fへの移動現場。Morris.は台所の梱包と開梱に終始する。
昼は「エプロン逢」のお好み定食。鰈の煮付けとサラダとヒジキと鶏肝。鰈は子持ちで鰈の卵の美味しさを久しぶりに味わう事が出来た。
2時過ぎには作業終了。住吉のコーヨーで食料買い物して3時過ぎに帰宅(^_^)
今夜は豚のロースで例の四日市名物「とんてき」作ってみることにしたのだ。厚さ5cmくらいあるので、普通にフライパンで焼いても中まで火が通るのは難しいようなので、ラップでくるんで電子レンジで軽く熱通ししておく。大蒜もね(^_^)
そしてゆっくりとフライパンで炒め焼き。まあ見た目はそれなりだが、味のほうはいまいちだった(>_<) やっぱりソースだけでは駄目なのだろう。
日本シリーズ第6戦。初回に1点ずつ取った後はしばらく投手戦。お互いチャンスをものに出来ずそれでも1点ずつ追加して2-2で延長戦に入る。この時点で3時間半くらい経ってた。そして延長15回までやって結局引き分け。ロッテは連続でバント失敗ダブルプレーという最悪のミスをやるし、中日は5イニングス連続得点圏にランナーおいて無失点という、拙攻極まれりである。日本シリーズとしては最長ゲームで15回というのも初めてとのことだが、息詰まる勝負というより、経ぽ試合としかいいようがない。関西TVが試合最後まで(12時前)中継続けたのはえらいと思うが、こんなの見てるMorris.は、ヒマというか、お目出度いというか、やっぱり野球見るの自体が好きなんだろう。それにしても時間の無駄を絵に描いたみたいな6時間だった。
明日中日が勝ったら第8戦が行われるらしい(^_^;)
今日の歩数は1118歩。


紗フィルタ(実は息で曇らせた(^_^;) 

現場バルコニーから 

同じく 

「エプロン逢」の鰈煮付定食 

とんてきの素 

見た目はまあまあ(^_^;) 

2010/11/05(金)●Morris.部屋12周年●

8時半起床。
今朝の血圧は204/115/77。
またまた午前中は部屋でごろごろ。11時から「拝啓、ご両親さま」第62話(^_^;) 末娘のソンミがやっと結婚の決意して何とか母親オクファとも合わせることになったところで、結婚出来ないとの彼氏からの話で今回は続き。
昼からJRで六甲道に出て、灘区役所に寄って、しばらく区役所北の広場で、新しい赤いミニギターの弾き初め。このミニギターは昨日天王寺に行ったとき、公園横のTOMIYA楽器で買ったもの。昨日天王寺動物園に行ったことを書いたけど、実はギター買いに行ったついでに動物園にも寄ったということだ(^_^;)
ミニギター何とこれでMorris.はミニギター4本目(@_@)ということになるが、最初に買ったナチュラルカラーはナット部分のプラスチックが欠けてるしフレットもだいぶすり減ってる。2本目の青は今年の釜山旅行で弾きまくったため1,2フレットの摩耗が激しく、1弦のFやf#はビビってほとんど使いものにならない。3本目の青は8月に買ったばかりで、問題ないのだが、本当はあのとき2本買うつもりでいたのに青一本しか無くてそれにしたのだが、昨日はTOMIYAにはナチュラルと赤とサンバースト(焦げ茶)がそろってた。Morris.としてはやっぱり持ってない色が欲しくて赤とサンバーストのどちらかにしようと考えるまもなく(^_^;)赤に決めた。サンバーストというのはどちらかというと地味である(^_^;) 本当はMorris.のばやい、赤でももっと派手なのがあれば嬉しいのだが、現在のところこのタイプはこの4色しかないようだ。
今日はMorris.61回目の誕生日、このMorris.部屋も開設十二周年の記念日である。赤いミニギターは自分への誕生祝いということにしておこう。
ほとんど玩具クラスのギターだが、Morris.には必要十分条件を満たしてると思う(^_^;) ただ、最初に買ったナチュラルが一番音が良かったようだ。4本を比べても明らかに違う。始めは弾きこんだらいい音になるのかと思ってたがそうでもないようだ。試しに胴をこぶしでコツコツ叩いてみると明らかに違う。最初のナチュラルの胴は実に良い響きがするのだ。今後ギター買うときは、スイカと同じく、叩いて音を聴いてから買うことにしよう(^_^;)
それにしてもこのミニギターのコンパクトなフォルムは素晴らしい。壁に3本並べて掛けても、普通のギター一本分にもならない。
夕方に六甲学生青年センターに久しぶりに顔を出す。稲田さんもいたが、今日は病院の日なので、あいさつのみ。
飛田さんに珈琲をご馳走になりながらしばらく話す。最近すっかり自転車野郎になってる飛田さんは、ついに新車(8.5kgの折りたたみスポーツ車)を注文したらしい。Morris.のミニギターなら30本くらい買えそうな価格(@_@)らしい。
飛田さんからアフリカの民族楽器?ノーズハープというのを貰う。飛田さんは器用に吹いて聴かせてくれたが、多分Morris.には無理だろう。それでもまあ、誕生祝いということで遠慮無くいただいておく。
帰りは、ぷらぷらと篠原通りから水道筋抜けて7時前帰宅。
今日は野球もないので、しばらくミニギター取っかえ引っかえ弾いてみる。それぞれ音色が違うのが面白い。
今夜のKBS2ラジオの「チュヒョンミのラブレター」後半は、ゲストらがカラオケ大会やってる感じで面白かった。
今日の歩数は5682歩。


JR六甲駅の生花 

区役所前広場で赤ギター弾き初め 

龜虫 

阪急六甲駅 

阪急六甲変電所 

ノーズハープ 

飛田さんの模範演奏 

実光歯科クロニック 

海星病院十字架ネオン 

末日聖徒教会 

水道筋路地の猫 

同じく 

2010/11/04(木)●天王寺動物園●

6時起床。
今朝の血圧は191/106/68。
朝の三点セット(風呂、掃除、洗濯)すまして、11時から「拝啓、ご両親さま」第60話。クムギュに再婚の話が(>_<)
昼過ぎにJRで天王寺へ出て、天王寺動物園へ。
神戸に来る前、30数年前に一度だけ訪れて、えらくしょぼい動物園という印象があって、そのまま一度も行かずにいたのだが、かなり充実してるという噂を聞いたので、観ておくことにしたのだった。
いやあ、想像以上に充実している。サバンナやアジアの密林地帯などを再現した展示は見やすくて、いい感じだし、大きな鳥舎「鳥の楽園」もじっくり楽しめる。オオカミギャラりなんてのがあって、えらく多くのオオカミがいたし、王子動物園にいない動物も多い。
そして何と言っても魅力的な野生猫が揃っている\(^o^)/ 小柄でスリムでかっこいいベンガル山猫は動きが速すぎて結局一枚もまともなショットが撮れなかったが、雲豹、スナメリ猫は素敵だ。Morris.はアジアンゴールデンキャットにしびれた。まぬうとはまるで対照的(スリム、精悍、野性的)だが、これはこれで見飽きない。
結局3時間以上見てた。天王寺公園とセットで\500というのもお得だし、次回はラバーフード持参で(今日は忘れてた(>_<))じっくり撮影したい。
天王寺公園前のベンチで1時間ほどミニギターおさらい(^_^;)して7時帰宅。
日本シリーズ。今日はロッテのワンサイドゲーム。これでロッテ王手で明後日から名古屋ドーム。
今日の歩数は7080歩。



天王寺公園の黄立羽 

天王寺動物園のモニュメント 

同じく 

ビーバー 

枳殻(からたち) 

斑ハイエナ 

ライオン 

麒麟と縞馬 

バーバリシープ 

豹 

ジャガー 

ピューマ 

アジアンゴールデンキャット
 

同じく 

スナメリ猫 

雲豹 

同じく 


狼ギャラり 

山羊 

襟巻尾長 

動物園の黒 

同じく 

同じく 

北極熊 

梟 

鳥の楽園 

天井の巣 

白鷺 

? 

鴛鴦夫婦 

カリフォルニアアシカ 

オランウータン舎の屋根 

ペリカン 

エレファント手押し車 

大阪市立美術館 

公園の白黒 

公園の雉 

公園のトラ 

公園から通天閣を 

薔薇 

薔薇 

ケヤキの紅葉 

公園風景 

阪急ファイブの観覧車 
2010/11/03(水)●非文化の日(^_^;)●

7時半起床。
今朝の血圧は183/100/64。
良い天気である。どこかに出ようかと思いながら、例によってずるずると部屋にいて、11時から「拝啓、ご両親さま」60話見る。Morris.ご贔屓のクムギュが太っ腹なところ見せて、新しい車買って前の車を次男にプレゼント(@_@) どんどん彼女が好きになってしまう。
昼から屋上でミニギターレッスン。結構寒いので1時間足らずで引き上げる。
2時からナビスコカップジュビロ磐田−サンフレッツェ広島戦、見るともなく見る。ジュビロ先制で始まり、広島が2-1と逆転。これで初めてのタイトルかと思われたが、後半の終わりがけに同点にされ延長戦。延長前半にジュビロが2点取ったが前半のおしまいに広島ゴールキック決めて一点差。しかし後半またジュビロが加点して、結局5-3でジュビロの勝ち。まあ点の取り合いという意味では面白かったが、消耗戦で、試合内容はおそまつと言うしか無かった。
水道筋練習帳夕方自転車で水道筋で買い物。店先に「水道筋練習帳」というのがおいてあったので1冊もらう。これは水道筋商店街のガイドブックだが、よくあるカタログ的店舗紹介とは一味も二味も違った、お洒落で面白く読みでのあるガイドブックだった。3月に発行されたものの第2刷らしいが、もっと早めに気づくべきだった。編集見たら「灘タマ」の慈さんの名前などがあった。やっぱりね(^_^)
10月31日の水道筋ミュージックストリートで配布するために増刷したものらしい。Morris.はたいていこの催しは見物してきたのだが、今年は仕事が入ってパスしてしまった。ちょっと残念でもある。
それにしても地域紹介パンフレットとしては出色の出来であることは間違いない。
夜はまた見るともなく日本シリーズ第4戦(^_^;) シーソーゲームで延長にに入り10回裏一死満塁ツースリーとほとんどサヨナラ勝利のお膳立ての整ったロッテが何と三塁ライナーでダブルプレーで無得点次の10回にアンラッキーな外野フライがタイムリ−になって中日まさかの逆転勝利。中日はセ・リーグペナントレースの縮刷版みたいな試合で2勝2敗の五分に持ち込んだ。この試合は両チームに凡ミスも多く、落合監督は勝利インタビューでも憮然としてたが、Morris.のようにどちらが勝っても困らない(^_^;)野次馬にとっては面白い試合だったと言える。
しかし、今日は文化の日というのに、Morris.は午前中部屋でごろごろ、午後はサッカー延長戦で3時間、夜は野球も延長戦で5時間。計8時間も、特に興味もないスポーツ中継で時間つぶししたことになる。なんとも非文化的な一日である。
今日の歩数は777歩。

2010/11/02(火)●泳ぐ北極熊●

7時半起床。
今朝の血圧は223/102/77。
風呂、洗濯すまして11時から「拝啓、ご両親さま」59話観て、昼はホットサンドで済まして、王子動物園へ。
北極熊のコーナーに人だかりがしてたので覗いたら水の中を泳ぎまわってる。これは半地下のガラス越しに水中を見ることができる。Morris.はずいぶん前に一度見たきりだったので嬉しかった。
まぬうはいなくて、そのままハンター邸前で1時間ほどミニギターレッスン済ましてまた行ったら、いた(^_^) 尻尾はだいぶ良くなっているようで一安心。
指定席(D51の食堂車9で写真絵葉書3枚書く。
帰り道仏壇屋にひさしぶりにチャチャの姿が見えたので思わず中にはいってデジカメ撮影。何かずいぶん年取ったような気がする。
いったん部屋に戻り、自転車で水道筋に出て、一回りしてから買い物して帰宅。
何となく肌寒い。
日本シリーズはロッテが地元で快勝。
今日の歩数は1587歩。


水中の北極熊 

同じく 

北極熊のあくび 

なかなかの迫力 

ビントロング 

ハンター邸 

亀の散歩 

ボブキャット 

今日のまぬー 

同じく 

尻尾はだいぶ良くなってる(^_^) 

栃の木の一部紅葉 

ひさびさチャチャ 

かなり年取ってる(^_^;) 

もんちゃん 

2010/11/01(月)●「た」から「ち」へ●

6時半起床。
今朝の血圧は224/112/71。
六甲アイランド高層ビル15Fの中国人引越し荷物の搬入現場。何しろでかい家具が多く、梱包がオーバーだったので、開梱に時間と手間がかかる(^_^;)
昼は「エプロン逢」のお好み定食。今日はハンバーグと金平牛蒡とポテトサラダとサザエの含め煮。これで\800はお値打ちである。特にサザエは美味しかった。Morris.は貝類はどちらかというと苦手で、特に大貝には弱い。牡蠣も小粒の方が好ましいし、ハマグリよりアサリの方が好き。貝の中で唯一Morris.の好物といえば田螺である。しかし、これがなかなか手に入らない(>_<) 今日のサザエは田螺を髣髴させるものだった(^_^;)

吾が採りて母が料りし田螺煮に生姜の香り立つが悲しき 歌集『嗜好朔語』

5時過ぎに何とか作業終了。住吉駅前のコーヨーで買い物して6時半帰宅。
今夜のKBS「歌謡舞台」は映画、ドラマの主題歌特集みたいな奴で、これはいまいちだった。キムスヒが「ニムンモンゴセ」歌ったのが印象的だったくらいかな。
小学館「日韓辞典」、今日やっと「た」から「ち」(650p)に入る。

・このごろは国内の旅行の方が海外旅行より高くつく ヨジュムン クンネヨヘンイ ヘウェヨヘンポダ ピッサダ(高い)
・彼は20歳を過ぎたらただの人になった クヌンスムサルルノムジャ ピョンボムハンサラミデオッタ(ただ)
・工場の煙突から煙が立っている コンジャンクルトゥゲソ ヨンギガナゴイッタ(立つ)
・彼は酒と煙草を絶った クヌン スルグヮタムベルル クノッタ(断つ)
・私の一番の楽しみは海外旅行です ネ チェデ ナグン ヘウェヨヘンイムニダ(楽しみ)
・髪を後ろで束ねる モリルル トゥィロ ムクタ(束ねる)
・「玉の輿に乗ったのね、羨ましい」 「シンデレルラガデオックナ プロプタ」 (玉の輿)


今日の歩数は2157歩。


六アイの朝の白トラ 

同じく夕方の白トラ 

住吉の夕暮 


 

 

 

 
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