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Morris.日乘2013年11月 


Morris.の日記です。読書控え、宴会、散策報告、友人知人の動向他雑多です。新着/更新ページの告知もここでやります。下線引いてある部分はリンクしているので、クリックすれば、直行できます。


 

今月の標語

昂揚の気節

【2013年】 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月  2月 1月
【2012年】 
12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月  5月 4月 3月 2月 1月

2013/11/30(土)●金沢とんぼ返り●

3時半起床。
今朝の血圧は194/101/84。
溝渕、浅海くんと金沢駅前マンション9階の韓国向け荷物と保管荷物ピックアップ現場。
途中福井辺りでは強い雨だったが金沢に着いたら止んでいい天気になった。
今日の現場では、九州向けの荷物もあったが、これは別業者に委託。一緒に作業したのだが向こうのトラックに積みきれず、結局、荷物の一部を京都の別業者倉庫まで配達することになった(>_<)
12時半頃作業終了。昼は「岩本屋」という店でラーメン。浅海くん推薦の店らしかったが、縮れ麺の濃厚スープで、Morris.の好みとはかけ離れていた。
長浜あたりから遥かに伊吹山が望めた。山頂部は冠雪して、なかなかに美しかった。
5時倉庫着。トラックから降りるとき、左手をドアの横に滑らして、人差し指、中指、薬指の3本を突き指(>_<) 大したことはないと思ったのだが、だんだん痛みが激しくなった。こうやってキーボード打つのは何とかなるが、ミニギターでコード押さえるのはちと辛い。
12月は忙しくなるという話だったのに、明日からしばらく予定入ってない(^_^;) 左手の養生に務めることにしよう。
今日の歩数は3058歩。


早朝のTwin煙突 

北陸道 

美浜海岸 

同じく 

岩本屋ラーメン 

伊吹山 
2013/11/29(金)●こたつはじめ●

7時半起床。
今朝の血圧は186/97/69。
今日はかなり冷え込んでいる。
天気予報では年末年始の気候だと言ってた。
ベッドの枕元にセットしてたHPノートをコタツの上に移動。今日からコタツトップである。
今日は一日コタツでビデオでも見ながら過ごそうと思ったのだが、このところ時々フィリーズしてたDVDプレイヤー、とうとう、本当に動かなくなってしまった(^_^;)。
こうなったら、もう、買うしかないな。ネットで価格コム見たら、あまりDVDプレイヤーと言うのは多くない。今やブルーレイが主流なのかもしれない。数少ないDVD専用プレイヤーで安くてまあ評判も悪くないのがPIONEERのDV2020という機種。ネットで一番安いのは3100円(@_@) 店舗でも安いところは3400円くらいで売ってあるみたいだ。ということで、厚着して手袋もはめて自転車で、HAT神戸のケーズ電器覗いたら、この製品なんと4480円もしてた(>_<) で、近くのヤマダ電器に行ったら、こちらは3880円。ネット情報よりかなり高いめだけど、先のケーズ電器ショック(^_^;) で、これを買うことにした。帰りにマンダイで買い物して、4時半帰宅。
早速、DVD取り替えて古いDVDを見直す。まあ、問題は無さそうだ。
ビデオ見ながら、古いデジカメ画像を、外付けHDに移す作業。以前途中までやって、時間かかるので、放ったらかしにしてたのだった。以前のデスクトップがクラッシュした時、バックアップ取ってなくて焼失したものが結構あるが、とりあえず。おおまかに保存できたと思う。インデックスも何もないが、日付で整理してるので、Morris.日乘を見れば、たいていこれで探せると思う。
明日は3時半起きで、金沢の現場(あいにく明日は雨模様らしい(>_<))なので、今夜は早めに寝ることにしよう。
今日の歩数は2355歩。


コタツトップスタート 

三階の内装工事 

前のよりかなり幅広のDVDプレイヤー 

2013/11/28(木)●大阪湾光景●

6時半起床。
今朝の血圧は204/74/72。
今朝の空はまさに冬の空で、寒々としている。自転車で麻耶倉庫に向かう途中、曇り空をバックにTwin煙突から、うっすらと煙が出てるのが確認できた。今シーズン最初の煙である。
昨日と同じメンバーで同じ現場。
昼飯抜きで、1時過ぎ作業終了。
丸亀製麺でカレーうどん食べて、湾岸線の中島休憩所で、一休み。昼から天気は回復して、空と海の景観がなかなか素晴らしかったので、休憩所二階のテラスから撮影。今日もデジカメのブラックアウト現象(>_<)の連続。
4時前に倉庫に戻り、コンテナ詰めして、5時帰宅。
三階の工事やってるようだ。
今日の歩数は3699歩。


Twin煙突にうっすらと煙が 

りんくう南の橋 

観覧車 

川向うの煙突 

中島休憩所で一服 

光る海 

浮かぶ雲 

空と海 

どっちも好き 

【のろのろ歩け】中島京子 ★★★☆ 2012/09/30 文藝春秋社。「北京の春の白い服」「時間の向こうの一週間」「天燈幸福」という三編が収められている。いずれも中国(北京・上海・台湾)を、若い女性が訪れるという舞台設定である。

「ザイチェンと、どう違うの?」
「ザイチェンはシー・ユー・アゲイン。マンマン・ゾウは、そうだな、テイク・ケアかな。直訳するとのろのろ歩け、だからね。のんびり行けや、くらいの感じかな」(北京の春の白い服」)


これがそのタイトルの「のろのろ歩け」中国語「慢慢走 マンマン・ゾウ」の説明である。韓国語の「천천히 チョンチョンニ」みたいなものか。

1030年代の上海は漫画天国で。
上海の漫画ではないけれど、タンタンシリーズに当時の上海を描いたものがあると、イーミンが言い出した。少年記者タンタンはベルギーの作家エルジェが生んだ人気キャラクターで、世界中の都市や月までを舞台にしているのだが、タンタンが上海を駆け回る『青い蓮』はとくに名作と言われている。上海の風景や、作品中に頻繁に登場する漢字の標識やポスターは、エルジェの友人だったチャン・チョンチェンという中国人が協力しているので、当時の空気を完璧に伝えている。たしか、そんな話だった。
「描かれたのは1934年で、その三年前の柳条湖事件が背景になっていて、日本人はもちろん悪役です」


つい、これに釣られて三宮図書館の子供部屋で探して読んでみた。このシリーズは前から知ってたが、この巻は初めてだった。結構台詞が長くて、1時間位かかってしまった。中国風景の場面はたしかにそれらしい雰囲気を醸し出してはいるが、Morris.はそれほど、好きになれなかった。

「雲南は天国のような場所ですか?」
「そうですね、たぶん、ルーザーズ・ヘブンかもしれません」
「ルーザーズ・ヘブン?」
ルー・ビンはまたメモ用紙を取り出して、こんどはこう書いてみせた。
<失敗者的天堂>
失敗者的天堂? ルーザーズ・ヘブン? 負け犬の楽園?
「悪い意味ではありません。私はルーザーです、とか、私はルーザーになりたい、とか、私のまわりではよく使う言葉です。流行語とまでは言いませんが、何年か前に<失敗者>という流行歌がありました。台湾の歌手のワン・チェが歌いました。ワン・チェの歌はラブソングですが、私たちはルーザーを、もっと一般的な意味で使います。いまは上海でもどこでも、みんな成功を目指さなくてはならない。とても疲れます。都会では誰もが成功者か失敗者か、どちらかになる。もうそれは疲れるから嫌です。そういうときに、私はルーザーになりたい、と言うのです。ルーザーになって、ルーザーズ・ヘブンで暮らしたい。雲南は中国の中では、リラックスできるところだと思われています。だから、もしかしたら、ルーザーズ・ヘブンかもしれません」


ビートルズに「I'm a loser」という曲があったな。ブリューゲルの「怠け者の楽園」というのも思い出した。Morris.も、ルーザズヘブンで暮らしたい、かな?

「上海っていう動詞があるらしいんですよ」
唐突にイーミンが言った。
「1920年代に書かれた探偵小説に出てくるんです。上海するっていう動詞。英語で受身形で使うらしいんです。ビー・シャンハイド、みたいにして」
「上海される?」
「そう、上海される。そう使ってましたね、小説の中では。<上海された男>ていうタイトルなんです。書いたのは牧逸馬っていう作家で、この人は筆名をたくさん持ってて、有名なのが<丹下左膳>の林不忘、谷譲次って名前では<めりけんじゃっぷ>というアメリカ滞在記を書いた人です。上海する、の意味は、誘拐した人間を海洋船の船底で労役に酷使する、みたいなことで、一度上海された人間は二度と船から下りることはなく、一生を船底で送るんだって。世界の不定期船に共通の公然の秘密だったとか。作家が書いてるんだから創作かもしれないけど、もしかしたらそのころはほんとうに、人が上海したり、上海されたりしてたのかもしれない」
「上海された男?」
「僕はときどき、自分はどっかの時点で自分を上海しちゃったんじゃないかと思うことがあるんです。船底で人生を送るっていう意味じゃなくてね、名前やなんかを失くして、帰る所もなくしてるって意味です。もうずっとこっちにいて、日本に帰る気がないんです。自分は浦東生まれの上海人であっても、べつにかまわない気がして」 (「時間の向こうの一週間」)


上海には何となく特別なところという感情を持っていた。神戸にいた母の家族が、戦時中に上海に移り住み、結構豊かな暮らしを楽しんでいたのが、敗戦で、朝鮮半島から逃げ帰り、たぶん釜山から船で下関に着き、そのまま九州は佐賀県の片田舎に居着いてしまうことになったらしい。母方の祖母から、戦前の神戸(新開地)と、上海の楽しかった思い出を聞かされて、神戸と上海には憧れに似たものを感じていたようだ。 結局上海には一度も行かずじまいだが、神戸での暮しは40年近くになってしまった。Morris.は「神戸されて」しまったのだろうか?

趙先生はガジュマルの葉を二枚取り、美雨に渡した。
「水に漬けて、その水でお祓いをしてください」
「お祓いって、失恋をですか」
「そんな深い意味はありません。一般的な意味です。悪いことがないように。人間は面白いです。大昔から同じことを繰り返して生きている。誰か一人が特別な経験をしたと思っても、それはちっとも特別なことじゃない。誰もが経験することなのです。そんなに繰り返すのなら、なにも新しい人、新しい時間じゃなくてもいいのではないかとすら思うのに、性懲りもなく新たなものを産み、繰り返す。百年前からあるこの街並みも、そこかしこで改装工事が行われて、やがてはコンクリートの建物に変わっていくでしょう。これも台北だけの話ではありません。世界中の都市で行われる。大きな変化ですが、実際のところ、それでなにも変わりはしないのです」(「天燈幸福」)


実はこの本は10月に。読んだ。中島京子作品はこの他にも結構いろいろ読んでいる。追々、紹介していこう。

2013/11/27(水)●海岸猫(^_^)●

6時半起床。
今朝の血圧は196/86/82。
自転車で摩耶倉庫。
浅海くん、としろうと3人で、阪南市桃の木台のオーストラリア人(奥さんは日本人)の帰国荷物ピックアップ二日取り現場初日。
午前中はとりあえず食器類梱包。
昼は南海電鉄箱作(はこつくり)駅前の王将で食べた後、駅の北側の海岸へ。漁港というほどでもない船着場風の一角に、Morris.お目当ての猫が一匹、二匹、三匹、四匹……(^_^) 当然Morris.@Catographerモード。ところが、仕事場持参デジカメが、またまたディスプレイ暗黒現象(>_<) 本体叩いたり捻ったり(^_^;)して、なんとかいくらか撮影できた。うーーん、やっぱり、だんだんこのデジカメも寿命が切れかけてるのだろうか?
部屋のDVDプレイヤーも、時々フリーズして、その頻度がだんだん増してるみたいだし、それよりも何よりも、擬似デスクトップとして日夜こき使われてるちびくろ2号も、そんな具合で、ほぼ一年くらい使い続けてるものなあ。これがMorris.スタイルなのかもしれない(^_^;)
3時過ぎ今日の作業は終了。5時倉庫着。
マルハチで買い物して6時帰宅。
風呂入ってる間にご飯炊いて、今夜も、塩定食(^_^;)
昨日強行採決で衆院通過した「特定秘密保護法」に関して、文芸ジャンキー・パラダイスで、抗議声明が出されている。Morris.のように、こそっと「反対」というだけでなく、こうやって具体的な意見と情報を呈示する(読者の多さあってのことだけど)姿勢に賛意と拍手を送りたい。
今日の歩数は3045歩。


摩耶埠頭の夜明け 

朝の湾岸線 

南海電鉄箱作駅 

駅横の小屋 

箱作港? 

漁船が帰って来た 

一匹目は雉白 

二匹目は黒 

3匹めは茶トラ 

4匹目は白茶 

ポーズ取る? 黒 

おまけ 

2013/11/26(火)●中央図書館長期休館(>_<)●

7時起床。
今朝の血圧は192/82/64。
朝の3点セット。
明日から三階事務所の内装工事に入ると挨拶に来た。前の事務所が夜逃げ(^_^;) してから長いこと空いてたが、やっと借り手が見つかった模様だな。変なのやうるさいのが入らないことを祈る。
10時から国会中継(特定秘密保護法審議)見てた。賛成にまわったみんなの党、維新の会の質疑は台本よんでるようなもの。中継が終わった後すぐに「強行採決」のニュースが。これは、TV中継終わるタイミング見計らっての与党の筋書きだったのだろう。それにしても、この法案は危険極まりないものだと思う。言わんこっちゃない。これだから自民党に多数を取らせてはいけなかったのである。
昼に部屋を出て、大安亭の八百屋に猫の写真数枚あげてから、三宮図書館へ。そのまま更に歩いて中央図書館へ。何と、中央図書館は耐震化工事のため「12月3日から3月9日まで」1号館への立ち入りができなくなるとのこと(@_@)(>_<)  要するに実質的に3ヶ月以上(長すぎるーっ!!)休館になるということだ。がぁーーーん。これはMorris.にはイタいぞ。細かいことだけど、12月2日は月曜だから休館日、つまり今年中央図書館使えるのは12月1日までということになる。
6時に図書館出て、吉野家で牛丼食べて7時帰宅。
今日の歩数は13861歩。


高架下鉄工所 

三宮クリーニングの白 

同じく雉トラ 

旭変電所 

白灰 

石榴 

兵庫県公館 

来年3月まで中央図書館使用不可(>_<) 

この景色ともしばらくお別れ 

【遠きにありて作るもの】細川周平 ★★★☆☆ 2008/07/23 みすず書房。ブラジル移民百周年に合わせて発行されたものではあるが、キワものではなく、多くの資料にあたり、考証、分析した労作である。これも同じ著者の「レコードの美学」といっしょに、朴燦鎬さんに紹介してもらったものである。
500p近い大作で「思い」「ことば」「芸能」の三部に分かたれているが、Morris.は、一部の「郷愁論」ともいえる論考に心打たれた。
在日ブラジル人のおびただしい短詩(俳句、川柳、短歌)を材料として、論を進めている。著者には申し訳ないが、Morris.は、本書は一部だけで独立させた方がインパクトも強く、一般にも読まれたのではないかと思う。

定説にしたがえば、海外在留民から日系人へ、出稼ぎから永住へという自己認識、人生設計の大変更には祖国の敗戦を認識する必要があった。民族集団内のテロリズム、その結果としての排日運動という心の傷を克服して、敗戦はしぶしぶ共通の了解となった。「ブラジルに骨を埋める」ことが、日本のためにもブラジルのためにも、家族や子孫のためにも望ましいという設計図が受け入れられた。1954年のサンパウロ市創立4百周年記念祭と1958年の移民50周年記念式典が、ブラジル国民の正式なメンバーであるという自覚を日本人に植えつけた。同じ時期には永住決意の戦後移民が多く到着し、戦前移民の意識に感化した。

戦前の移民が戦争で、日本に見捨てられ、永住の決意を余儀なくされたというくだりである。

1958年、移民50周年に出版された『コロニア五十年の歩み』の「序に代えて」より
戦前、役人は好んで「在留民」という語を用い、この国に居着いた移民自らも「在留民」だと称した。官尊民卑の風潮に加えて、移民もまだ本当にブラジルに定着する覚悟ができていなかったからであろう。。「在留日本人」、「在留同胞」という言葉も、語感こそ在留民とは幾らか違いこそすれ、これと似たような意味で用いられてきたことは勿論である。……戦時中、戦争直後の約十年間ほどブラジルの日系人が、自分たちのおかれている立場を痛切に意識したことはあるまい。「在留民」の中核的存在だと誇示していた公使員や大商社の幹部は、そそくさと母国に引揚げてしまった。戦争直前までは「在留民」の血の純血を唱え、民族精神の昂揚を強要していながら、一たん戦争となると、彼らは同胞を「敵国」におきざりにして引揚げたのである。


実にひでえ話である。

・棄民史が移民史となる戦後版
「在留民」ではなくなった。敗戦をしぶしぶ認め、帰国の不可能性を納得し、永住せざるを得ない状況を受け入れた。そこまでは納得してもなお、日本でうまれたからには「日本人」以外に生まれ変わるはずがなかった。
勝ち負けの心情的なしこりは長く残ったし、敗戦の認識がそのまま同化の承認に結びついたわけではない。敗戦祖国と永住について納得のゆく解答を得るまでにはそれぞれ、紆余曲折を経験した。


故郷を甘美に思う者はまだ嘴の黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられる者は、すでにかなりの力をたくわえた者である。だが、全世界を異郷と思う者こそ、完璧な人間である。(12世紀のスコラ哲学者ヴィクトルのフーゴーの言葉。エドワード/サイードが『オリエンタリズム』で引用して有名になった)

「もし二つの母国語を持っている、という人がいるならば、私は、その人は一つの母国語さえ持っていない人といいたいのだ。その母国語こそが、人と人を結びつける文化圏なのだ。」(古谷綱利「愛国心と母国語」)
口先で二つの言語を話すことはできても、二つの文化に所属することはできない。古谷は国籍よりも母国語への忠誠を重く見た。


バイリンガルだのトリリンガルだのと自称する者は、二重人格、三重人格ということだな(^_^;)

母国語が外国語になりうるということは知識としては誰でも知っている。逆に日本人にとっての外国語を母国語としている国があることも。それを体験することで、村上(春樹)はバベルの塔崩壊以降の世界の哀しみを実感した。村上ほど十分な英語の力をもってしても哀しいのだから、ポルトガル語の準備のない移民の苦しみ、足元の不安、疎外感ははかり知れない。外国語環境が押しつける深い哀しみに共鳴できなければ、移民の情に入っていくことはできない。彼らには日本(語)が自明でないことが自明になっている。(Ⅰ-1情けと涙)

生きている限り、移民はこの「生きもの(郷愁)」に翻弄される。それは移民の心に寄生していて、悪くすれば正気を失うことになる。だから移民は郷愁をなだめつつ、共生せざるを得ない。理屈では殺すべき郷愁をそっと生かし続けてこそ、移民もまた生きられる。この奇妙な生きもの解剖がこの章の目的である。

ここからが本書の白眉である「郷愁論」である。ここで著者は「郷愁百態」「郷愁の条件」「郷愁の触媒」と題して、以下の要素別に例句例歌を引きながら論じている。

・郷愁百態度--懐かしさ、恋しさ、想い、未練、負け惜しみ、悔い、自嘲、不決断、諦め、納得
・郷愁の条件--貧困、隔たり、錦の敷居、老い、死
・郷愁の触媒--日本のモノ、手紙、日本語、日本映画、日本食、パスポート

恨みが消えた後に残る失った事柄に対する執着が未練の本質である。未練は二度と取り戻せないモノやコトに「心を残す」信条で、理性的には思い切るべき事柄についていまだ諦めがつかない。諦観に至らぬ未熟ぶりが「練れていない」と見下される所以である。(未練)

負け惜しみは他人に対して現れる。一人で負け惜しむ場面は想像がつかない。個々の憂鬱をひた隠しにしながら、他人から見えるはずの自分の像に敏感なものが負け惜しむ。見栄が根本にある。(負け惜しみ)

未練と後悔はどちらも「残す」点で似ている。だが微妙に違う。未練の対象が失ったモノやコト全般であるのに対して、後悔の対象は何かを失わせることになった自分の誤った判断や行動に向かう。後悔は現在の苦痛の原因が過去の誤った判断から起こっていると認識し、別の判断を下したら苦痛は軽くなっていただろうと反実仮想することである。(悔い)

以上「未練」「負け惜しみ」「悔い」の説明は、移民だけでなく、一般日本人も、納得できる分析である。Morris.もいささか身につまされるところ多かった。

錦の敷居を高くすることが万歳で送り出す陰の効用だったかもしれない。いわば盛大に結婚式を挙げれば離婚しにくくなるというようなもので、誇大宣伝は移民の期待を高めるだけでなく、郷里からの心理的圧力として、帰国を思いとどまらせる、つまり定着に向かわせる役割を暗に担っていたかもしれない。実際にはほとんど到達不可能な目標を見せびらかし、それに満たない場合を失敗と線引きするような心理的な規範をつくり出した。移民を送り出す官庁では、郷愁は祖国愛の端的な表れであると同時に、定住を妨げる心情的要因であると考えられ、日本を愛す
ならブラジルに居残れという当人には矛盾したメッセージを発することになった。「錦の敷居」は人口政策もあって送り出された移民をなるべく帰さないよう、当局が準備した心的障壁だった。


今も昔も当局のやり方は慇懃無礼である。

ふるさとを想像の中で絶対視し、純化してこそ、郷愁は成立する。憧憬はいくらでも気まぐれに矛先を広げることができるが、所属の変更はたやすくない。服や皿を替えるように替えられるなら、それはここでいう所属とはいえない。そこに生まれたばかりに抜き差しならぬ結束を強いられるのが故郷だ。親を選べないように故郷も選べない。国内ならば生まれ故郷を拒絶することも可能だが、移民にはそのような選択肢はない。せいぜい「第二の故郷」を擁立する程度だ。二つの意味の故郷は一致しし、代替不可能な存在の拠り所になる。郷愁の本性は民族主義で、保守的、排他的である。郷愁に訴えて表立った運動に展開させることもあるが、概して個人の、ないし集団の愁いに留まり、排他性が社会的な問題に広がることはない。

郷愁は内向しやすいというわけである。そこで俳句、短歌などの短詩に自分の思いを籠めるということになる。

短詩をしたためるには、頭のなかで(さらに口に出して9日本語を反芻する必要がある。日常的な繰り返し事のなかで埋没している感情を作者の力の及ぶ限りで研ぎ澄ます必要がある。短詩作りは日本語との付き合いを深め、それ自体既に郷愁に巻き込まれている。そこから散文やインタビューからは描けない思いの一面が引き出せたかもしれない。

本書に引用してある短詩から、Morris.の心に残ったものを引いておく。

・ブラジル語もて思考する子と日本語にて思いを述ぶる吾とのうつつ
・故郷の思い出異国の土に埋め
・祖父母・父母異土に果てたる口惜しさの魂鎮めむと来し故郷の墓
・いつよりか日本の言葉老いし父陽なたのなかのパントマイム
・永住ときめて葡和をヤッと買い
・日本語をしゃべって文盲意識せず
・和語に飢え猫につぶやく夕寒し

・映ゆるなく五十五年を外国(とつくに)にありてなお故国の殻負うわれか
・細っそりと湾曲の島まぶたを閉ずれど声あるごとくわれ呼ぶ
・縋りいし故国は今や異国めき心に遠きものとなりゆく
・逝くと言い送ると言うも束の間の彼岸此岸の住み別れとや
・辛うじて継がれいる血を思うとき銀線のごと細し系譜は(以上五首は陣内しのぶ作)

・郷愁を断ち切る--曝し首
・十七字あって郷愁倍加する
・夢に咲く故郷の花の片想い
・ふるさとの信濃の国の山川は心にしみて永久に思はむ
・追われたる故郷なれど捨てきれず
・永住の心へチクチク帰国心
・ふるさとは引き揚げた国よその国
・日本へ行きたくないは嘘であり
・郷愁に腰かけたまま五十年
・荷物にもならぬ郷愁重く抱き
・望郷も幸のうち秋の月
・郷愁を皆ブチまける秋の月
・決心はかぞえられない程したが
・あきらめてあきらめきれぬ帰国
・異郷ではなく子の国孫の国
・ふる里も異郷も織りなす夢のあと
・月一つ故郷二つとなりにけり
・郷しゅうよ貧乏すればなおつのる
・帰国した夢に見るこそ路銀もいらず暇もかからず
・故郷をふたたび見ずに果てゆくを運命と思い地球儀回す
・浦島の夢は地球を半周し
・懐郷譜海がなければ歩くのに
・日本へ一メートル近く葬られ
・錦着る夢お伽噺のように消え
・帰りたい帰りたいに白髪増えて行き
・郷愁は銀河に流し農に老ぬ
・老移民末期に故郷の風をきく
・この国に慌しくすぎし年月は遂に空しきものとこそ思へ
・斧振りて原始の森にいどみたる過ぎし日憶う法要の席
・堪え難き郷愁ありて瞳にいたし海こえて来し青き切手が
・独り者淋しくなると書きはじめ
・故郷へ書きやうのない不遇
・本当の事を書かれぬ生活(くらしむき)
・外つ国にかくは永らう日本の文字とことばの美しきに生き
・ああこれが母国の新聞か肉眼では読み難きほどの小さな活字
・ひさびさに日本のシネマ見に行けば雪のましろき富士あらわれぬ
・餅搗けばついたでくに恋し
・柿食えば郷愁甘く舌に滲み
・籾殻(ぬか)の上の雪かきわけて掘りたりし独活の香りさへも忘れ果てしか
・宣誓の胸に置く手に伝いつつ裡なる挽歌祖国喪失
・郷愁の鬼幼な児に似た心


数ヶ月にわたって、ブラジル移民関連書籍を読み続けてきたが、とりあえず、本書で、一区切りということにしておく。

2013/11/25(月)●軽い痺れ●

7時起床。
今朝の血圧は185/90/79。
今日は朝から雨が降ったり止んだりで、午後はかなり本格的な雨模様。これは天気予報でも言ってたので、はなから今日は一日部屋でごろごろすることにした。
ところで1週間ほど前から、左太腿の外側に軽い痺れを感じる。痛みは全くないし、歩くのにも影響なさそうで、昨日の登山でも、全く問題なかった。ネットで調べてみたけど、あまり良くわからない。もう少し様子を見てみよう。
昨日の日曜美術館はターナーで、解説に松岡正剛が登場したので、ついつい見入ってしまった。後半のドラマチックというか、エキセントリックな意欲作? より、初期の透明な空間と瞬間を切り取った作品の方が好みだったのだが、雨の中の蒸気機関車を描いた作品は、冒頭にちらっと紹介された瞬間から、ときめきを感じさせられた。「雨・蒸気・速度--グレーとウェスタン鉄道」というタイトルで、機関車はすごく小さく描かれているのだけど、何かこれは凄いと思った。番組のおしまいで、松岡正剛が、自分がターナーにはまったのはこの作品に出会ったからだと言ったのが嬉しかった。
午後はずっと、読書メモを打ってた(^_^;)
ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」は、だいぶ前に読み終えたのだが、なかなか理解できずに何度か読み返して、引用文を打ったり消したりしてたが、とりあえず、わからないままに打ち止めにした(^_^;)。
今日の歩数は0歩。

【複製技術時代の芸術作品】ヴァルター・ベンヤミン ★★★★ ひょんなことから、ベンヤミンに、いやこの「複製技術時代の芸術作品」に興味を覚えて、是非本文を読んでみようと思い立った。
中央図書館で以下の三冊を借りだしてきた。

1.「複製技術時代の芸術」1965/11/20 紀伊國屋書店 「歴史哲学テーゼ」「パリ--十九世紀の首都」「複製技術時代における芸術作品」「破壊的性格」「経験と貧困」「叙事的演劇とはなにか」「ブレヒトの詩への注釈」「マルセル・プルーストのイメージについて」「フランツ・カフカ--死後十周年を迎えて」
2.「複製技術時代の芸術」1999/01/05(1970/08/21の再刊)晶文社「複製技術時代における芸術作品」「ロシア映画芸術の現状」「写真小史」「えードゥアルト・フックス--収集家と歴史家」
3.「ベンヤミン.「複製技術時代の芸術作品」精読」多木浩二 2000/06/16 岩波現代文庫 


件の「複製技術時代の芸術」は、フランスに亡命したベンヤミンが1933年にパリで書かれ、最初に日の目をみたのは、1936年、クロソフスキーによってフランス語に翻訳されたテキストだった。Morris.はそんなことはもちろん知らなくて、同題の単行本があるのかと思ってたくらいだが、それほど長くはない学術論文だった。借りてきた上記3冊ともに、全文が掲載されている。1と.2.はおじ訳者(高木久雄・高原宏平)の同じもので、3.は野村修訳である。文庫版で50ページくらいのものだが、読み終えるのに結構時間がかかってしまった。
実はMorris.は最初に、2.に収録されている「写真小史」(1931)を読んだ。もともとのMorris.のベンヤミンへの関心が、写真論だったからだ。こちらはわりとすんなりと読めた。

創作的に写真を撮ることは、写真を流行に引き渡すことだ。[世界は美しい]--これが、そのさいの標語にほかならない。この標語から透けてみえるのはの手あたりしだいのカンヅメを森羅万象のなかへモンタージュするが、そのカンヅメが現われてくる人間的脈絡の一端をも把握できずにいるような、そしてそれに加えて、夢想的な限りの題材を扱っても、その題材の認識のさきがけであるよりは市場性の提灯もちであるような、そのような写真の姿勢である。……これと正当に対立するものは曝露であり、また構成なのだ。……写真によるこういう構成を開拓したひとびとを育てたことは、シュルレアリストたちの功績である。

アジェによる撮影が、犯行現場に比せられたのは、理由のないことではなかった。だが、われわれの都市のすべての地点は、犯行現場ではないのか? そこを通行するすべてのものは、加害者ではないのか? 写真家--預言者や卜占者の後裔--は、そn映像で犯罪をあばきだし、犯罪者を指摘すべきではないか?「文字ではなく、写真に通じない者が」と、かつていわれたことがある、「未来の文盲だろう。」しかしかれに劣らず、自身の撮った映像を読めずにいる写真家も、文盲とみなされてとうぜんではないか? 説明文が、撮影のもっとも本質的な一構成部分に、なるのではないか? これらの問いのなかには、現代人をダゲレオタイプから隔てている九十年の時間の、歴史的な緊張が放電されている。この放電の火花に照らされればこそ、初期の写真は祖父の時代の暗がりから、あれほど美しく、近寄りがたく立ち現われてくるのである。

本文の方は、最初に3.の野村修訳を、付箋付けながら読み、そのあと1,と2.の高木・高原訳で読んだ。後者の方がうんと読みやすかった。
それで、野村訳で付箋付けた部分を、高木・高原訳で引用することにする。(しかし、両者はかなり構成や記事本文の有無が違ってた(@_@))

歴史の場にもちこまれたアウラの概念を、ここで自然界におけるアウラの概念によって補足説明してみよう。アウラの定義は、どんなに近距離にあっても近づくことのできないユニークな現象、ということである。ある夏の日の午後、ねそべったまま、地平線をかぎる山なみや、影を投げかける樹の枝を眼で追う--これが山なみの、あるいは樹の枝のアウラを呼吸することである。以上述べたところから、現代におけるアウラ消滅の社会的条件を考察することは、きわめて容易なことであろう。アウラの消滅は、現今の社会生活において大衆の役割が増大しつつあることと切りはなしえないふたつの事情に基づいている。すなわち一方では、事物を空間的にも人間的にも近くへひきよせようとする現代の大衆の切実な要望があり、他方また、大衆がすべて既存の複製をうけいれることによってその一回かぎりの性格を克服する傾向が存在する。……事物をおおっているヴェールを剥ぎとり、アウラを崩壊させることこそ、現代の近くの特徴であり、現代の世界では、「平等にたいする感覚」が非常に発達していて、ひとびとは一回かぎりのものからでさえ、複製によって同質のものを引きだそうとする。

「アウラ」というのがベンヤミンの重要な用語で、いわゆる「オーラ」に近い、というか、元々が同じ言葉なんだと思う。複製技術によって、芸術作品から「アウラ」が失われた、というのが、ベンヤミンの持論だというのは、ベンヤミンに触れたたいていの文章に書いてあった。

「ほんもの」の芸術作品が比類の無い価値をもつ根拠は、ほかならぬ儀式性にあり、芸術作品の本源的な第一の利用価値もそこにあった。……最初の真に革命的な複製手段である写真技術の登場によって(同時に社会主義の抬頭によって)芸術の危機が迫り、さらに百年後にそれがだれの眼にもはっきり映るような事態に立ちいたったとき、芸術は「芸術のための芸術(ラール・プール・ラール)」という芸術の神学の教義の中に逃げこんだのである。そこから、やがて、あらゆる社会的機能を拒否するだけでなく、なんらかの具体的な主題によるあらゆる規定を拒否するいわゆる「純粋」芸術という理念のもとに、ひとつの裏返しの神学が生じてきた(文学でこのような立場を代表することになった最初の詩人はマラルメであった)。
以上のような諸関連をただしく見きわめることは、複製技術の時代の芸術作品にかんする考察にさいして不可欠であろう、というのは、それによってのみわれわれは、芸術作品を世界史上はじめて儀式への寄生から開放する、という決定的な認識を用意することになるからである。


Morris.のベンヤミンへの関心は、「写真論」に始まったわけで、マラルメ、となると、なかなかついていけない(^_^;) 

第二の(現代の)技術の偉業は、乗員なしで遠隔操作で飛ぶ飛行機で代表されよう。第一(古代の)技術にとっては一回性が肝要であるが、これに反して第二の技術にとっては、一回性は少しも肝要ではない。第二の技術の根源は、人間が初めて、そして無意識の智慧を働かせて、自然から距離をとりはじめたところに、もとめられよう。いいかえれば、その根源は遊戯(シュピール)にある。……第一の技術は、自然を制御することをめざしていた。しかし第二の技術はむしろ、自然と人間との遊戯をめざすものであって、こんにちの芸術の決定的な社会的機能は、まさにこの共同の遊戯を練習することなのだ。

この部分は1.2.の訳には無かった(@_@)ので、野村訳で引いておいた。
現代(ったって1930年代だけど)の技術がラジコン飛行機に例えられるというのは、さすがにちょっと違和感を覚えるしかない。

写真の世界では、展示的価値が礼拝的価値を全面的におしのけはじめている。もちろん礼拝的価値がまったく無抵抗に消えてなくなるわけではない。それは、最後の堡塁のなかに逃げ込む。すなわち人間の顔である。初期の写真術の中心に肖像写真がおかれていたのは、けっして偶然ではない。……古い写真にとらえられている人間の顔のつかのまの表情のなかには、アウラの最後のはたらきがある。……しかし、人間が写真から姿を消したとき、そのときはじめて展示的価値が礼拝的価値を凌駕するこtになった。このプロセスを完成したのは、1900年ごろのパリのひとかげのない街路の風景をとらえたアジェの比類のない功績である。

礼拝的価値から展示的価値への転換、ここでアジェの写真が大きな位置を占めるというのも、前に散々引用で教えられたことだが、Morris.は結構アジェの人物の写ってる写真も好きだった。

芸術作品を技術的に複製する方法のうちで、古代ギリシア人の知っていた方法は二つだけだった。鋳造と刻印である。ブロンズ像とテラコッタが、また硬貨が、かれらが大量に生産しえた芸術作品であって、そのほかにはなかった。ほかのものはすべて一回限りの作品であり、技術的には複製できなかった。……ぼくらの立脚点が、ギリシア人のそれとは対極にあることは、疑いない。芸術作品が質的にも量的にもこんにちほどに技術的に複製可能だったことは、かつてなかった。

これも1.2には無くて野村訳。

写真が芸術であるか否かという問題を解決するために、すでに数多くのひとによってするどい考察がなされてきたが、いずれもほとんど無益におわった。--そのさい、写真技術の発明によって芸術全体の性格が変わったかどうか、という基本的な問題がなおざりにされていたのである。

これがベンヤミンの写真論のキモだな。

俳優の演技は、一連の光学テストを受けたことになるのだ。ここに、映画俳優の演技が機械装置をとおして提出されるという事態から生じる第一の結果がある。つぎに映画俳優は、自己の演技をじかに観客に提示することがないので、舞台俳優のように演技をしながらそれを観客に適応させるわけにはいかない。ここから、観客は、俳優との個人的なコンタクトによってさまたげられることなく、おのずから審査官の態度をとらざるをえなくなる。観客は、機械装置度と同化することによってのみ、俳優の中に感情移入することができるのだ。したがって映画の観客がとる姿勢は、テストの姿勢である。これは、そのまえで礼拝的価値をひろげることのできない姿勢である。

映画の観客は試験官、それも、かなり恣意的な試験官ということになる。

芸術作品の複製技術は、芸術にたいする大衆の関係を変化させる。たとえばピカソにたいしてきわめて保守的な態度を示す大衆が、たとえばチャプリンにたいしtれは、きわめて進歩的な態度をとる。……ひとびとは因習的なものを無批判に享受し、逆にほうんとうにあたらしいものを手きびしく批判して寄せつけようとしない。……グロテスク映画のまえで進歩的な反応を示すそのおなじ観客が、シュルレアリスムの絵画のまえで保守的な反応を示すのは、このような事情によるのである。

ピカソとチャプリン、シュールレアリスムとグロテスク映画、の対比も、今のMorris.にはちょっときついかも。

映画は、その財産目録ともいうべき全機能の中から、クローズ・アップの手法をつかって日常われわれが慣れ親しんでいる小道具の隠れたディテールを強調し、対物レンズを自在に駆使して陳腐な環境を探求し、一方では、われわれの生活を支配している必然性への連鎖への洞察をふかめるとともに、他方では予想もできない巨大な活動分野をわれわれに約束する。安酒場・都市の街路・オフィス・家具つきのアパート・鉄道の駅と皇女、そうしたもののなかに、われわれは救いがたく封じこまれてしまいそうだった。そこへ映画が出現して、この牢獄の世界を十分の一秒のダイナマイトで爆破してしまった。そしていま、われわれは、その遠くまでとび散った瓦礫のあいだを悠々と冒険旅行するのである。クローズ・アップによって空間はひろがり、高速度撮影によって運動が幅をひろげた。……われわれは、心理分析によってはじめて無意識的な衝動の世界を知ることができるように、映画によってはじめて無意識的な視覚の世界を知ることになるのである。

映画が「複製技術時代の芸術」における究極の芸術として、多くの部分を占めているが、やはり、これも、時代だろう。

映画において、サディストの幻想やマゾヒストの妄想をことさらに強調して展開してみせることは、大衆のなかでそのような幻想や妄想が自然に危険なまでに成熟してゆくことを防止することができるのだ。集団的な哄笑が、そのような大衆の異常心理を予防的に爆発させて治癒することになる。映画において大量のグロテスクな情景が消費されている現状は、人類が文明の随伴する心理的抑圧におびやかされている危険な状況の、ドラスティックな一徴候にほかならない。

これも野村訳。
いわゆる「ガス抜き」ということかな? ドラスティックとは「過激な」みたいな意味だろうけど。

ダダイストの詩は「ことばのごちゃまぜサラダ」ともいうべきもので、数々の猥雑なないいまわし、およそ想像しかできないようなことばの飛躍をふくんでいる。ボタンや切符を貼りつけたかれらの絵画も例外ではない。かれらがこのような材料でねらっているのは、作品の生みだすアウラを容赦なく破壊することであり、制作の材料そのものによって複製としての烙印をはじめから作品に押しつけることであった。

ベンヤミンのダダイスト評価は、彼らが意識的に(無意識的に?)「アウラ」を作品から取り除き、あるいは、はじめから「アウラ」なき作品をめざしたためろうか。前に述べられた、現代の芸術の「遊戯性」に繋がるものだろう。

建築は、古来、つねに人間の集団が散漫に接して来た芸術の典型であった。……建築物にたいする接しかたには、二重の姿勢がある。すなわち実用と観察、より正確にいえば、実際型と視覚型である。……芸術作品にたいする散漫な姿勢は、知覚の深刻な変化の徴候として、芸術のあらゆる分野においていよいよ顕著に認められるようになったが、ほかならぬえいがこそ、その本来の実験機関なのである。……観客はいわば試験官である。だが、きわめて散漫な試験官である。

建築はまず実用のものだ、ということを、Morris.は時々忘れてしまう。ついつい観察、鑑賞、玩味、驚愕、賛嘆してしまいがちだった。「散漫な試験官」はMorris.が「恣意的」と思ったことと同じだろう。

政治の耽美主義のためのあらゆる努力は、必然的にひとつの頂点をめざしている。この頂点とは戦争にほかならない。戦争、ただ戦争のみが、現在の所有関係に触れることなく、大規模な大衆運動に目標をあたえうるのである。
生産力の自然な利用が抑制されると、生産力は不自然な利用を求めるようになる。不自然な利用とは戦争にほかならないが、戦争のすさまじい破壊力を考えるならば、これでは、現代の社会が技術をつかいこなすにはまだ未熟であり、技術のほうも社会の基本的な諸力を十分操縦できないことを裏書きしているようなものである。強大な生産手段と生産過程におけるその利用法の不完全さ、この矛盾(換言すれば失業と、販路の不足)が、帝国主義戦争の残虐な正確を規定する。
「芸術に栄えあれ、よし世界のほろぶとも」とファシズムはいう。……これはあきらかに「芸術のための芸術の完成」である。かつてホメロスにおいてオリンポスの神々のみせものであった人間は、いま人間自身のためのみせものとなった。人間の自己疎外はその極点に達し、人間自身の破滅を最高級の美的享楽として味わうまでになったのである。これが、ファシズムのひろめる政治の耽美主義の実体である。共産主義は、これにたいして、芸術の政治主義をもってこたえるであろう。


突然、戦争論みたいになったのに驚いたし、共産主義の賞揚も意外に思った。Morris.はベンヤミンがマルキストということも知らずにいたんだもんね(^_^;) しかしベンヤミンの戦争の本質論は、今のMorris.にも十分共感できる。当時のファシズムの抬頭、とりわけベンヤミン自身が、ファシズムに追われるような状況だったことを思い合わせると、この結びも納得がいく。

ベンヤミンは教条的なマルクス主義は受け付けなかったが、紛れもなく史的唯物論の影響を受けていた。」と多木浩二の「精読」にもあった。

ここから後は3.の多木浩二の「精読」からの引用になる。

イタロ・カルヴィーノがいったように、「古典とは、最初に読んだときと同じく、読み返すごとにそれを読むことが発見である書物である」。そのようにして読まないかぎり、ベンヤミンの方法、あるいは企ての顕在的かつ潜在的な弁証法は見えてこない。『複製技術時代の芸術作品』は完全に古典である。不足を論じるより、その積極的な意義を見いだすべきである。古典とは権威をもって存在するのではない。ベンヤミンは同時代的な関心から『複製技術時代の芸術作品』を書きながら、綱渡りするようにしてあたらしい根源的な問題にたどりつく。われわれもまたあたらしい発見に幾度も出くわすことだろう。

多木は「複製技術時代の芸術」を、古典として読むことを最初に宣言している。「不足を論じるより、その積極的な意義を見いだすべき」--そのとおり、この姿勢がMorris.には欠けていたのに違いない。
ここで外山滋比古の「古典論」を思い出さずにはいられなかった。

現代はどうか?……技術はさらにあたらしい段階に入ったし、社会は危機の度合いを増しているのに、あたかも「芸術」を自明のこととし、「美術館」を作家の活動の場とすることに疑問を抱かないでいようと大衆に合意を求めているかに見える。現代の状況では、「芸術」とは、大衆社会の共同幻想にしかすぎないと思えるくらいである。ここではわれわれの時代を論じるのではない。『複製技術時代の芸術作品』でベンヤミンの理論を、よりよく理解することである。

現代芸術への多木の危機感である。「大衆社会の共同幻想」になりはてた「芸術」(>_<) 

ベンヤミンは複製技術によって消滅する心的な現象を、包括的に[アウラ」と呼ぶことになる。ここで私は「心的な現象」といったが、ベンヤミンは「アウラ」という言葉で、事物の権威、事物に伝えられている重みを総括したのである。従来の芸術作品にそなわる、ある雰囲気である。……ここではむしろわれわれが芸術文化にたいして抱く一種の共同幻想として考えておこう。それが壊れていくことは、われわれが生きて、包みこまれている社会になにかが起こり、この幻想、芸術や伝統についての信念が崩壊したことである。

「アウラ」も「共同幻想」だった、と思えば、理解しやすくなる。複製技術が消滅させたものが「共同幻想」で、そこからまた別の「共同幻想」が生れるのか。

「写真小史」は、1931年に書かれた写真論としては驚くべき洞察の水準に達している。写真は芸術であるかないかという愚かな問題意識で書かれているのではない。「写真小史」は、当時としては資料にもほとんど遺漏がなく、今日、写真論がいうべきことがほとんど出尽くしている。ベンヤミンはその当時の写真についての意外なほどの豊富な知識をもとにして、さまざまな現象に、彼独自の的確な判断をくだしつつ、写真が世界にもたらしたいくつもの段階での影響を分析している。

先に「写真小史」から読んでて良かった(^_^) 写真が「芸術であるかないか」という「愚かな問題意識」。こうはっきり言われると、今でも時々そんな愚かな問題意識を持ってしまうMorris.としては耳が痛かった。

写真はますますニュアンスをまし、ますますモダーンになる。その結果、それを美化することなしには、もはやどんなドヤ街も、どんなゴミ溜めも写真化しえない。ましてや、ダムやケーブル工場ともなれば、「世界は美しい」ということ以外に何かを表現することなどできるわけではない。『世界は美しい』--それはレンガー=パッチェの有名な写真集だが、そこに頂点に達した新即物主義の写真をみることができる。つまり、対象を完成した流行の様式でとらえることによって、貧困をも享楽の対象にしてしまうことに成功したのである。
われわれが写真家に要求すべきことは、写真を当世風の変質からひきはがし、真に革命的な使用価値をあたえる画像の説明(となる言葉)を付与する能力である。(『生産者としての作家』)


これはベンヤミンの別の論文の一部である。似たような文章が「複製技術時代の芸術作品」にもあるが、こちらのほうが明確である。Morris.がスーザン・ソンタグの「写真論」に何度も出てくる「写真に撮ると何でも美しくなる」というのが、ソンタグではなく、ベンヤミンの言葉だと知ってびっくりして、それが、ベンヤミン読むきっかけになったのだが、この文章を読めば、ベンヤミンは「写真に撮ると何でも美しくなる」のではなく「何でも美しく撮る」ことが新即物主義的で、貧困をも享楽の対象にしてしまうとして、批判している。つまりMorris.は、完全に取り違えていたわけだ(>_<) 何かベンヤミン絡みだと、こういったとんちんかん(>_<)が多い。でもまあ、これも面白さの一つなのだと思うことにしよう。
それに、Morris.は革命的な使用価値のある写真なんか撮れそうにもない(撮りたくもない)からいいか。←負け惜しみでもある(^_^;)

ベンヤミンは、脱アウラ化した写真がショックをあたえる、まさにその瞬間に、その写真に言葉をあたえて世界を根元に向けての文書に変えると語っていた。われわれはそのとき歴史の転換点に遭遇しているのである。『複製技術時代の芸術作品』は、芸術作品にたいする知覚によって、危険にみちた歴史の転換点を語ろうとする論考だった。

これこそは本質を突いてるところらしい、ということは、わかるのだけど、何度読んでも理解できない(>_<) 「知覚」というのが重要なんだろうか。

(ベンヤミンの使う)「触覚」という知覚は、注意を用する。それは手で触ることを意味していない。それは視覚のように瞬間的なものではなく、また視覚のように明晰でもありえない。われわれが考えるに値する「触覚」とは、何度も経験し、固定した決定的な像を認識しないのだ。平面とか三次元とかに表すことができない。「触覚]とは時間を含み、多次元であり、何よりも経験であり、かつ再現のできないものなのである。

「知覚」のなかの「触覚」が、時間を含み、多次元で、再現不能ということは、「アウラ」は触覚に近いものだということか。

ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」とういと、アウラ、礼拝的価値、展示的価値の三題噺のように思われがちだったが、さにあらず、むしろミメーシスを分解し、それを歴史化し、その結果、アウラを喪失したときに、芸術は史上初めて巨大な遊戯空間に生きる場を見いだす過程を展開してみせたのである。

これが「精読」の結論なのだろうか。アウラの喪失→巨大な遊戯空間。うーーん、ちょっと困った。
結局、Morris.はベンヤミンには歯が立たなかったようだ。でも歯がたたないことがわかっただけでも、読んだ甲斐はあったと、負け惜しみでも思っとくことにする。

2013/11/24(日)●六甲登山~有馬観光●

7時起床。
今朝の血圧は186/100/87。
8時に部屋を出て、JR六甲道。
中江くんと待ち合わせて、バスで六甲ケーブル下へ。
今日はここから、有馬温泉まで歩いて、温泉入って、電車で帰るというコースで、久々の山登り。
以前の中江くんなら、阪急六甲から歩くはずだったが、最近ちょっと運動不足で体力も落ちてるので、ケーブル下まではバスにしたのだ。
六甲ケーブルやロープウエイははじめから使うつもりもなかったが、ケーブルは台風18号の土砂崩れで来年初めまで運休とのことだった。
早速登り始めたのだが、中江くん予想以上に体調不良で、30分くらいから、しきりに足が痛むとのこと。油コブシルートを休み休み登ったのだが、ケーブル山上駅まで辿り着いた時点で歩くのもしんどそうだったので、今日はここらあたりを終点にして、六甲植物園でも見学して帰ろうと言ったのだが、それは嫌だという。
結局、ここから六甲縦走路から紅葉谷、緑と太陽の森経由で有馬に向かう。こちらはかなり急傾斜坂道だけど、下り坂だから大丈夫、と、思ったのだが、足には逆にこれが応えたようだ。3時過ぎにやっと有馬温泉ロープウエイ駅に辿り着いたが、もう、温泉はいる元気も無いというので、一緒に神戸電鉄の駅まで行き、中江くんだけ先に帰ることになった。
Morris.はその後、温泉寺や街を歩きまわり、炭酸泉源泉公園で、蛇口から炭酸水飲み、小さなペットボトルにも入れておみやげにする。
夕方、金の湯に入ってから帰ろうと思ったのだが、秋の連休ということもあって、混雑してたので、隣の足湯で、足だけ入浴して(^_^;)、5時半の電車で戻ることにした。
有馬温泉駅-有馬口-鈴蘭台-新開地-阪急三宮-王子公園と5回も乗り換えで7時前帰宅。
Morris.は中江くんの不調で、ゆっくりゆっくりだったので、疲れもなく、結構景色も楽しめたことになる。
土産?のペットボトルの炭酸泉飲んで見たが「屁のような」味がした(^_^;)
今日の歩数は29560歩。これは最近のレコードぢゃ(^_^)



六甲ケーブルは休止中 

杉林 

中江くん不調 

これを多く見かけた 

途中の岩の上から 

六甲は天狗蝶多し 

紅葉もちらほら 

廃屋#1 

#2 

山上にこんな展望塔が 

なかなかの高さぢゃ 

中江くん上る気無し 

Morris.は元気(^_^;) 

良いコースだったけど 

Morris.好み 

わざとらしい 

紅葉 

紅葉 

紅葉 

かっこいい亀虫 

砂防工事? 

有馬温泉まで1km 

有馬ロープウエイ 

真下から 

鼓ヶ滝 

素朴な不動明王 

滝川 

温泉寺 

本尊薬師如来 

周りには十二神将が 

釈迦如来 

多聞天 

湯泉神社への階段 

有馬の汚水蓋 

金の湯 

何軒もある炭酸煎餅店 

本屋兼荒物屋 

有馬人形筆本舗 

ちょっと高台から 

公園に有馬猫が(^_^) 


白雉 

炭酸泉源泉 

そのまま飲める 

こちらは飲まないように 

これも? 

銀の湯 

火の見櫓? 

極楽寺 

極楽寺の裏は猫だらけ 

同じく 

夕暮れの湯泉神社 

足湯は混浴(^_^) 

Morris.の足は? 


2013/11/23(土)●野洲から宇治へ●

5時半起床。
今朝の血圧は170/87/102。
久々の仕事。
荻野くんと二人、午前中は野洲のマレーシア向け、午後は宇治の韓国向け荷物ピックアップ。
野洲の客は、定年で、これからは夫婦でマレーシアで余生を過ごすらしい。
昼は三上山の麓の丸亀製麺でおろしうどん。この三上山は「近江富士」とも呼ばれるが、標高は432mで大したことはないのだが、形がきれいなので一度登ってみたい山である。
午後の韓国向けは航空便だけで、あっという間に作業終了。
4時倉庫着。
マルハチで買い物して5時帰宅。
今日の歩数は4928歩。


三上山 

名神高速道路 

阪神自動車道

【ドルチェ】誉田哲也 ★★★ 2011/10/20 新潮社。
42歳の独身女性刑事魚久江シリーズ? 「袋の金魚」「ドルチェ」「パスストップ」「誰かのために」「ブルードパラサイト」「愛したのが百年目」の6篇が収められている。女性刑事ものでは姫川玲子シリーズが人気らしい。それに比べると本作品のヒロインはちょっと地味めである。
彼女が捜査一課に戻らず練馬署の強行犯係りにこだわるのは、殺人事件の捜査より、誰かが死ぬ前に事件に係わって、できれば生命を救いたいため。という、あまりにも、作りものめいた設定であることに、無理があるのかもしれない。
まあ、それなりに面白かったし、喫煙にこだわったり、読者サービスも配慮されてはいる。
自分は誰からも必要とサれないと愚痴る、引きこもりの男には、クサい説教もする。

「最初から必要とされる人なんて、私はいないと思う。みんな、誰かに必要とされるように、一所懸命努力して、それで必要とされる人間になっていくんだと思う。……やっぱりあなたは甘えてると思う。……綺麗事に、聞こえるかもしれない。でも社会って、人とひととの共存って、集団が大きくても小さくても、同じなんだと思うよ。働くってことは、誰かの役に立とうとすることなんだと思う。この机だって、今あなたが着てる服だって、誰かが一所懸命作ったものなんだよ。相手が見えないってだけで、でも、やっぱり、これって共存なんだよ。……だったら、あなただって何かして、社会に返さなくちゃ。何かやって、みんなに、必要とされる人間にならなくちゃ。……もう三十一でしょう。そろそろ、分かってもいい頃じゃない」(「誰かのために)

わはは(^_^) 42歳と31歳の会話だったか。
しかし、Morris.は誉田哲也といえば、最初に読んだ「国境事変」の衝撃を忘れられない。
これは「ジウシリーズ」の派生作品ということになっているようだが、ほとんどの著者紹介には本作のタイトルが挙げられることもない。著者自身の事情もあるのかもしれないが、Morris.としては、是非この手の作品をもう一度書いてもらいたいと願う。

2013/11/22(金)●死んでた(^_^;)●

完全に二日酔い(>_<)
今朝の血圧は78/96/76。
ほとんど一日ベッド。
今日の歩数は0歩。

2013/11/21(木)●長田カラオケ会●

7時起床。
今朝の血圧は191/86/69。
昼すぎまで部屋でごろごろ。3時過ぎに部屋を出てJRで新長田に。長田図書館へ。
夜7時から、アスタ地下の「歌居屋」で朴昌利さん主宰のカラオケ会。参加者は前回と同じ8人。飛田、山根堀内さんのムクゲの会in、。原さん欠席、だるま森さんペアとその友だちがさんか。Morris.はミニジャンベ持参で、最初からぶっ飛ばし。ビール、ワイン、日本酒、ウィスキーと酒の方も飛ばし過ぎで、あっさり途中で潰れてしまった。
どうやって帰り着いたかは不明(>_<)
今日の歩数は10043歩。


夜の鉄人 

同じく 

「歌居屋」でカラオケ 

カラオケ風景 

同じく 

同じく 

2013/11/20(水)●夜間撮影●

7時半起床。
今朝の血圧は182/92/83。
昨日のサッカー親善試合で、日本はベルギーに3-2で逆転勝ちしたとのニュース。柿本、中田、岡崎のゴールとか。これは見たかったな。
今日も昼すぎまで、歌謡舞台のDVD流し見しながら、ベンヤミン関連のメモ。
3時に部屋を出て、六甲アートにプリント取りに行き、灘図書館に寄り、5時過ぎに帰途につく。
途中、夜の建物や、銀杏や、個人宅のイルミネーションなどの撮影を試みる。ったって、単にスローシャッターなわけだが、なかなか思うようにはいかない。
マルハチでで買い物して7時帰宅。
今日の歩数は10332歩。


今日の昼餉 

桜口の夕景 

夜の銀杏 

夜の電気ビル 

ホームイルミネーション 

夜の都賀川 

【うちゅうの目】まど・みちお詩集 ★★★☆☆ 2010/08/21 (有)フォイル。18cm角、50Pほどの写真詩集ということになる。
これまで発表された中から24篇のまど・みちおの詩をセレクトし、これに奈良美智、川内倫子、長野陽一、梶井照陰の20数点の写真が添えられている。
ところで、Morris.は、先日読んだ富岡多恵子「写真の時代」にあった

・わたしは、詩画集や、詩と写真の組合せのごときものは、詩にも絵にも写真にも、少しの得ももたらさないとかねてから思っている。もし詩がきわめていい場合、いっしょにそこにある絵や写真は吹き飛んでしまう。また、つまらぬ場合は、ただ視覚的に邪魔なだけで、説明文の役もはたさぬ。また、いい写真や絵は説明をこばむはずだ。いい場合も、悪い場合も、どちらも損するだけなのだ。詩と絵、詩と写真が、適度の闘争と適度のバランスを保って共存し、しかもおたがいを闘争によって高めあうなどという幸運な「出会いの瞬間」なんて、そうザラにあるものではない。とにかく、写真が安易に詩と結婚するのはハンターイと叫びたい。

という、意見に、満腔の賛成を表したものである。しかし、本書は、まさにその例外として、まれにしかありえない幸運な出会いといえるかもしれない。まずは、まど・みちおの詩のほとんどが素晴らしく、それを厳選(この選択眼こそが勝因だろう)してある。そして、写真の方では、一番多く掲載されている梶井照陰の作品の完成度が高く、それぞれ単品として鑑賞できるものだが、それぞれに対応された詩の邪魔をせず、コラボレーションしている。しかしMorris.が一番気に入ったのは、ふくれっ面の女の子のイラストレータとして有名な奈良美智の写真だった。表紙の浮草の池や、大地と空と雲と光の不思議な光景にも感心したが、裸電球がぶら下がった流し場の窓(まど・みちおへのオマージュ?)の写真にしびれてしまった。この写真は次の詩に対応させられていた。

まど・みちお詩集どうして いつも まど・みちお

太陽



そして



やまびこ

ああ 一ばん ふるいものばかりが
どうして いつも こんなに
一ばんあたらしいのだろう (「宇宙の歌」1975)


本書に収録された詩のタイトルのみを挙げておく。
チョウチョウ・けしゴム・ことり・アリ・根・どうしてだろうと・ぞうさん・ノミ・おならはえらい・どうぶつたち・人ではない!・カ・いちばんぼし・ねむり・れんしゅう・臨終・いわずに おれなくなる・リンゴ・深い夜・ぼくがここに・冬至・どうしていつも・さかな・するめ
日本人に生まれたありがたみをいちばん思い知らされるのは、まど・みちおの作品を読むときかもしれない。

2013/11/19(火)●阪急-JRー阪神●

7時起床。
今朝の血圧は213/98/70
11時、の阪急電車で夙川に出て、中江くんと待ち合わせ。
夙川駅に「TOKK」という阪急沿線情報誌があって、本屋特集と書いてあったので手に取ったら、一階の古本屋ワールドエンズ・ガーデンの紹介もあって、ちゃんとぶんちゃんの写真もあった。
中江くんとも長いこと会ってなかったので、たまには昼飯をということにしたのだ。どこかおすすめの店を、と言ったら「あんばい」という蕎麦屋に連れて行かれた。混ぜものなしの十割蕎麦が自慢の店らしい。Morris.はうどんなら、いろいろ薀蓄も傾ける方だが、蕎麦とはあまり縁がない。中は蕎麦屋というより小洒落た喫茶店みたいなインテリア。天ぷらと盛りそばセットで1600円。やっぱりちょっと高い。
そのあとダイエーで日本酒買って、中江くんの部屋に。相変わらず何もない部屋である。いろいろ近況報告? などやって、本棚みてたら、先日王子動物園のの図書室で見つけた山と渓谷の「六甲山」別冊があった。後ろに綴じ込みの「六甲登山ハイキングマップ」も付いている。これいいな、いいな、と言って喜んでたら、そんなに気に入ったらあげようとのこと\(^o^)/ 言ってみるものであるな(^_^;)これは嬉しい。写真みながら、一緒に六甲山登りに行こうという話に。Morris.は、明日でもいいぞ、と言ったのだが、ちょっとそれは、ということで、結局24日に、軽いコース(摩耶山か有馬温泉)に出かけようということになった。最近はほとんど山登りはやってないのでちょっと心配である。Morris.は山登りより山歩きの方が性に合ってるもんな。
カムチョンマウル3時に部屋を出て、JR芦屋駅まで歩き、JRで住吉まで出る。ここの南にちょっと用事があって、そのあと阪神電車沿いに御影まで歩く。Morris.が石屋川に住んでた頃の御影駅とは周りのビルも市場もすっかり様変わりしてしまった。
阪神で岩屋にまで戻り、6時帰宅。
夜8時からBSで釜山紹介の1時間番組があったので、つい見てしまう。チャガルチ-国際市場-龍頭山公園-中華街というかなり平凡なコースだったが、途中、別枠で、あのカムチョン(甘川)マウルの紹介。どちらかというとアートの村という部分が強調されて、あの密集住宅の魅力はあまり感じられなかった。盛んに「インカの遺跡マチュピチュの韓国版」という、謳い文句で煽ってたけど、これは、どこか間違ってるうような気がする。
今日の歩数は10278歩。


現代芸術ではない(阪急高架下) 

王子公園ホームから 

阪急電車内から 

カーネル・タイガース 

十割蕎麦 

「あんばい」 

大胆なデザイン 

貰っちった(^_^) 

蔦紅葉 

阪神御影駅 

今日のぶんちゃん 

情報誌にぶんちゃんも 

2013/11/18(月)●歌謡舞台と読書控え●

7時起床。
今朝の血圧は177/87/74。
朝風呂浴びて、歌謡舞台のDVD連続して流しながら、ベンヤミン読書(^_^;) 実はテクストは読み終えてるのだが、なかなか理解には程遠く、引用メモ打ち込みながら、また読み返したりして、えらく時間がかかる割にははかどらない。
ついつい歌謡舞台で好きな歌手や好きな曲がかかると、そちらに行ってしまう(^_^;)。
前にDVDプレイヤーで、時々フリーズしたりするので、プレイヤー買い替えなければと書いたが、今日はスムーズに作動してた。一回だけ、同じ所で何度もひっかかったから、これはプレイヤーより、ディスクの問題かもしれない。
今日見た中では、3年ほど前の「江原道チョンソン公演」の舞台だった。チョンソンは、アリランの一番伝統的なうたが残されているという土地柄、アリランを中心に民謡や民謡風な曲が多かった。中でも、ユジナが歌う「チョンソンアリラン」がすごかった。最近はあまり見かけないキムヤンの「ハンオベニョン 恨五百年」も懐かしかったし、美少女民謡歌手ソンソヒの初々しい歌唱も見応えがあった。
そんなこんなで、4時までかけて、やっとテクストのメモだけは打ち込んだが、まだ、解説の引用、Morris.のコメントまではまだまだじかんがかかりそうだ。
夕方、六甲道まで歩いて区役所により、帰りにマルハチで買い物。今夜はレバニラで体力保持に努める(^_^;)。
夜、中江くんに電話して、明日の昼会うことにする。
今夜のKBS歌謡舞台は、同名異曲や秘話のある曲の特集らしい。「チャクサラン 片思い」「サラン 愛」「自転車に乗った風景」などが同名異曲、「カプトリワカプスニ」「哀愁の小夜曲」「妻に捧げるうた」がいわくありの曲らしい。今夜はKBSableのストリーミング状態が良いのか、粗い画像ながら、音声は途切れることなく最後まで楽しむことが出来た。「チャクサラン」は3曲歌われたが、Morris.の一番好きなチュヒョンミの曲が無かったのはちょっと不満、ソルンドが歌ったナフナの「サラン」が一番良かったかな。それにしても、ナフナ御大は、どうなってるんだろう。最近はほとんど露出がない。
今日の歩数は8339歩。

【J-POP進化論】佐藤良明 ★★★★ 1999/05/20。平凡社新書。「ヨサホイ節」から「Automatic」へ。
最初に白状しておくと、本書は松岡正剛「千夜千冊」に取り上げてあったのを見て、読むことにしたのだ。
ネットで調べたら、神戸市立図書館では、須磨図書館にのみ所蔵されてた。というわけで、先日須磨離宮公園に行く前に寄って借りてきた。
著者は1950年生まれだからMorris.と同世代で、親しんだ歌謡曲や洋楽が同じでわかりやすかった。
部分楽譜も多く掲載されてるし、文章の中にもカタカナの「ドレミ」でメロディひょうきしてあるので、ミニギター抱えながら読んだ部分も多い。また、数多くの曲名がでてくるので、これはYou Tubeを駆使して楽しみながら理解を深めることが出来た。

小泉文夫氏は70年代歌謡における「ラドレミソラ」の音階の出現を「日本のうたの古層の復活」という図式で語ることを好みました。「ラ・ド・レ・ミ・ソという音階です。ド・レ・ミ・ソラと同じですけど、ラが主音というところが違うんですね。……有名な日本の民謡の大部分がその音階でできています。わらべ歌もほとんどがその音階でできている」
日本古来の民謡にはビートの訊いた「八木節」のようなのと、ロー・テンポで長い揺り(メリスマ)を特徴とする「追分」のようなのとがありますが、そのどちらも、音階はラドミレソです。
この(ラドミレソの)5音の音階は「ペンタトニック・スケール」と呼ばれ、世界の民族音楽にも今世紀のポピュラー音楽にも、ごくごく普通に見られるものです。


このペンタトニックは、Morris.も前から気になってたのだが、こうやってカタカナ音階で書いてあると、わかりやすい(^_^;)

(「紀元節」という曲は)雅楽のもつ、テンポを微妙にスローにしながらすり上がっていくような荘重感がないとうのは、子供に歌わせる歌だから仕方がないとして、問題は愛国の歌であるのに、子供たちのわらべうたに備わった民族の調べを減菌"してしまっているところにあります。「紀元節」は、その後半世紀以上にわたって日本のうたの主流の一本となる"擬似長調風無国籍単純音階"による一作です。

"擬似長調風無国籍単純音階"こういった造語はなかなかのものだと思う。
以下は「第2章」の、著者によるまとめだが、よく出来ているので、ほとんどそのまま引用しておく。実に明解なまとめである。

1.日本の庶民のうたは、伝統的に「ラドレ」と記譜できる[短3度+長2度]のテトラコルドを基本としている。四つ以上の楽音を使う民謡は、その上に同じ音程関係をもつテトラコルド(「ミソラ」と記譜できる)が積み上がった音階によっている。ラドレミソラ(レミソラドレと記しても同じというこの音階を、民謡音階と呼ぶ。
2.江戸時代に、「都節」とよばれる、単調の響きをもつ別の音階がポピュラーになった。こちらの音階は、レミソラシレと記譜できる律音階(中国から来た、より高尚とされた音階)のミとシの音を半音下げた造りをしている。
3.アメリカの黒人は、アフリカ起源の音階とヨーロッパの和音中心の音楽との衝突のなかで、ブルーノートと呼ばれる音を特徴とするうたを形成した。
白人音楽の側から見ると、ブルーノートはドレミファソラシドのミの音とシの音(ときにソの音)を半音下げたものである。
4.日本では明治期に、和洋折衷の「ヨナ抜き音階」(長調[ドレミソラド]・短調[ラシドミファラ])が考案され、唱歌や軍歌に積極的に採り入れられた。大正時代になると流行歌にもヨナ抜きのうたが登場する。
5.1960年代、白人の若者市場の獲得をめざした黒人のポピュラー音楽工房から、音階的にみて日本の民謡やヨナ抜きソングとよく似た全米ヒット曲が生まれた。うたの欧化を図った[近代]突入期の日本と、歌の[黒化]が起こった。脱近代期のアメリカで、同じようなメロディラインが浮上した。(第2章「和洋黒三つどもえ音階論」)


ついでに「第三章」の初めに置かれた昭和初期から40年代までのまとめをかなり省略して引いておく。しかし、省略し過ぎでかえってわかりにくくなったかもしれない(>_<)

1.昭和初期~10年くらい[和洋折衷の時代] 「波浮の港」「当世銀座節」「東京音頭」「ダイナ」
2.昭和10年代[ヨナ抜き安定時代] 寮歌・応援歌・軍歌、(タンゴを通して入ってきた欧風の和声短音階の日本版)ブルース。「すみだ川」「一杯のコーヒーから」「鈴懸の径」
3.昭和20年代 [和の抑制時代] 「リンゴの唄」「買い物ブギ」「リンゴ追分」「お富さん」
4.昭和30年代 [都会のムードと田舎のわび] 半音の進行(#ソラ、#レミ)等を特徴とする都会風な短調4拍子の曲と、田舎への郷愁をヨナ抜き音階に託す民謡風
5.昭和40年代 "黒化"した洋風のうたと日本のうたとの反応(第3章「歌謡曲の土着と近代」)


後はランダムに印象深かったエピソードを引いておく。

・(サム&デイブの「ホールドオン」)のイントロとサビのところに、「ラソミ」と「ミソラ」のテトラコルドが繰り返されます。

このテトラコード(ミソラ、ラドレ、シレミ、レファソ)の連続はスケール練習にもってこいだということがわかっただけでも、本書を読んだ意義がある。

・ストーンズの「レディ。ジェーン」のメロディは「ドレ♭ミファソラ♭シド」という音階になっている。最初の2小節は「ドド♭シラファソ」と進み、次の2小節はそれを長2度低くして「♭シ♭シらそ♭ミファ」。どちらも最後が長2度の上りになります。

Morris.がこの曲を偏愛した理由がいくらかわかったような気がした。

・「太陽の彼方へ」の構成音は「あんたがたどこさ」と同じで、ラドレミの四つ。アメリカで「うた」になるにはまだ"進みすぎていた"のかもしれない「むきだし」の旋律が、日本ではスッと腑に落ちて、エレキのテケテケが調子いい「ノッテケ節」とでもいうものになった。
日本の流行歌から久しく消えていた民謡音階が、エレキとともに帰ってきた、記念すべきヒット曲です。


こういう荒っぽくも、わかりやすい論だてが好きである(^_^)

・都々逸というのは、そもそも「ドドイツ・ドイドイ」という囃子のリズムに合わせて即興の(しばしば時代風刺の)うたを語ったところからその名がきたもので、「ドドイツ」ということば自体が、「チュチュンが・チュン」(「電線音頭」)の「チュチュンが」と同じリズムを、身をもって表しています。

これは純粋に、へえそうだったのか(@_@)である。

・ちなみに日本の小唄では2拍目に合いの手を入れると、ドドンパのリズムになります。ドドンパというのは2拍目にドンと床を足で打ち鳴らす、マンボ・チャチャチャ時代の和製ステップで、「お座敷小唄」のバックはドドンパでやっています。

「東京ドドンパ娘」のウィキペディア解説には「洋楽のリズムマンボと日本のリズム都々逸が融合したモノで、渡辺のパンチのある歌声がマッチしてヒットした。」という、瞠目すべき指摘があった。ヘウニが歌った韓国のヒット歌謡「カムスガン」はキロギュン(吉屋潤)作曲だが楽譜にはリズムは「ドドンパ」と書いてある。

2013/11/17(日)●森林浴●

7時起床。
今朝の血圧は181/85/67。
朝の3点セット済ましてから、SBS「挑戦千曲」見る。今日は割りと高画質のストリーミングに繋いだのだけど、これだと画面が少し縦長になってしまう(>_<) 今日のゲストで知ってるのはキムプジャくらいだった。チャンユンジョンの髪型はアップで後ろに団子つくったもので、いまいちかな?
9時半に放送終わって、急いでJRで三宮に出る。今日は神戸森林植物園に行くことにしたのだ。
三宮発のバスは土日しか出てない(平日は地下鉄で北鈴蘭台-バス)。その10時発のバスに乗る。ちょうど福祉施設の団体が一緒でむちゃくちゃ混んでたがなんとか窓際に座る事ができた。団体は再度山で下車。11時森林植物園到着。
ここに来るのは2回めである。去年はたしか石楠花の盛りだったから5月頃かな。自サイト検索で調べたら5月3日だった。
今日はいちおう紅葉がメインなのだろうが、今年の紅葉はいまいち色づきが悪いという評判だし、あまり期待もしてなかった。それでも木によってはいちおう、色づいてはいた。ただ、紅葉する前に枯れてしまった葉も多い。
それはともかく、この公園はやたら広いし、散策路も縦横に通っていて無目的に歩きまわるだけでも楽しい。展望台(といっても小高い丘にすぎない)からは、再度山や布引方面が見晴らせる。ここの切り株椅子でしばらくミニギター。
そのあとまたプラプラ歩いて芝生公園ののいろはもみじの下のベンチでくつろぐ。ここのもみじはまだ全く紅葉していないので人けが少い。
4時のバスで三宮に戻ることにした。結局5時間ほどいたことになる。そのうち2時間くらいはミニギター弾いてたことになるか(^_^;) それほど寒くなかったけど、そろそろ野外レッスンは納めどきだろう。三宮図書館に寄って、広場のベンチでワンカップ飲みながらミニギター弾いたがさすがに寒かったので早々に切り上げ。
6時帰宅。女子バレー最終戦。日本-ブラジル。1セット日本が優勢に進めて、セットポイントまで行きながら追いつかれ、逆転敗け。これで力尽きてシャットアウト敗け、いちおう3位の銅メダルはよくやったと言うべきだろう。MB1というスパイカー4人にした編成も、相手側が対策考えるだろうから、いつまでも有効とは思えない。
今日の歩数は11844歩。


「挑戦千曲」チャンユンジョン 

バス大混雑 

葉っぱの化石 

入場口 

紅葉というより枯葉(^_^;) 

食べられません 

長谷池 

真下から 

黄葉 

Red Oakの落葉 

杉林 

展望台から再度山 

天狗蝶 

茸 

これも茸 

中高年カメラマンが集中 

紅葉のトンネル 

羚羊(かもしか) 

まだ青葉 

満天星(どうだんつつじ)の紅葉 

軍配楓 

2013/11/16(土)●ゾロ目

6時起床。
今朝の血圧は181/85/67。
バラカンのウィークエンド・サンシャイン、今日はリクエスト特集で、いまいちだった。
9時までベンヤミン読書。
昼から王子公園方面。いつもの駐車場にお馴染みの野良アメショーが、乗用車のボンネットに座ってた(^_^) 愛想良くは無いけど人見知りしないし、毛並みと言い顔つきといい、なんか好みである。近所にこの前の黒もいたけど、こちらは人見知り激しい。
原田の森ギャラリーは書道展、墨絵展やってて、墨絵だけちょこっと冷やかす。
その後神戸文学館で、絵葉書き書いて、関学の歴史展みたいなのをやってて、写真集など見る。
王子動物園で、年間パスポート延長(3千円)。来年いっぱい使えるが、来年の誕生日過ぎたら、Morris.は無料になる(^_^;)
屋上庭園のベンチでしばらくミニギター。今日は全く寒さは感じない。
4時半帰宅。
日記のカウンターが444415だったので、ゾロ目好きなMorris.としては、カウンタをスキャンしとこうと思う。Morris.部屋のカウンタは、重複カウントは無いので、しつこくチェック。444443になってから、なかなかカウントがない。日本がドミニカにストレート勝ちしたのとほとんど同時にゾロ目になった女子バレー、結局3勝1敗で、現在2位。明日最終戦で無敗のブラジルと対戦。結果によっては金メダルの可能性もある。敗けてもメダルは決定。
そのまま、日本-オランダのサッカー。前半オランダが2ゴールでこれはあかんなと思ったが、前半終了前に大迫がゴールして、後半は日本優勢。本田のゴールで同点、数回逆転のチャンスがあったが、詰め切れず結局引き分け。まあ、これでも上出来だろう。
今日の歩数は3934歩。


昼の屋上 

お馴染み場野良アメショー 

同じく 

駐車場の黒 

関学チャペル記念碑 

三日月の関学校章 

神戸文学館(旧関学チャーチ) 

黄葉 

今日のまぬう 雌(上) 雄(下) 

光る雲 

今日のぶんちゃん 

ゾロ目達成(^_^;) 

2013/11/15(金)●3時間28分●

6時起床。
今朝の血圧は190/94/76。
強い雨の音で目を覚ました。午前中はベッドでベンヤミン読書(^_^;)
昼前に雨はやんで、晴れてきた。
昼のニュースでポール・マッカートニーの来日公演が取り上げられて、71歳のポールは2時間半歌いっぱなしで、水は一滴も飲まなかったとか。
ポールに対向するつもりはないが(^_^;)Morris.も2時間半ほど歌ってみようと、ノレバン98号に韓国カラオケCD「ウリチプノレバン」セット。これにはアルバム機能があって、先に選択した曲(たぶん100曲まで)を連続して流してくれる。現在80曲くらい選択してるので、これを全部やってみよう。さすがにMorris.は水なしでは無理である。1時から始めて、全曲終わって時計を見たら4時28分だった。結構疲れた。
福津市の深町さんから手紙と自然食品詰め合わせが送られてきた。前にチャンユンジョンのCD送ったののお礼らしい(^_^;) 「ノンフライごま昆布」「食塩無添加ミックスナッツ」「長崎の食べるいりこ」と、高血圧のMorris.に配慮した選択である。感謝。
夕方、散歩を兼ねて水道筋へ。公園の枯れ木の間から見える月をデジカメ撮影。
6時半帰宅。
ぶーたれながらも、女子バレー見る。今日は日本-タイ戦。日本はこれまで連続してシャットアウト敗けしている。1セットは25-21、2セットめが接戦の29-27で日本が連取。3セットは25-22でストレート勝ち。2セットがキモだったな。
今日の歩数は5379歩。


昼飯 

九州からのプレゼント 

午後からは良い天気に 

不思議な花 

同じく 

今宵の月 

2013/11/14(木)●瞬間最高血圧(^_^;)●

6時起床。
今朝の血圧は259/126/81(@_@)
いくらなんでも、この数値は無いだろうと、もう一回測ったら226/103/81だった。259の時は画面にハートマーク(測定中の脈の感覚が不規則な場合に表示)と体動マーク(測定中に手や手首が動いて大きな圧力変化のが検出された場合に表示)の二つが表示されえてるから、いちおう参考記録ということにしておこう。薬飲んでしばらくして測ったら200/91/74だった。
昨日からベンヤミン関連の本を詠み始めたのだが、予想通りに手強い。
昼過ぎ歩いて三宮方面に。
猫撮りのつもりだったが、いつもの猫に当たらない。大日商店街の北側の神社で2匹見つけたけど、可愛い方はすぐ逃げていったし、もう一匹にはガン付けられた(^_^;)
近くの路地で別の猫見つけたので寄っていったが行方不明。諦めかけたら鉄格子の蓋のある溝にいた。なんとか隙間から撮影。これはこれで面白かった。
大安亭の黒には逃げられたし、白も小さくしか撮れなかった。
三宮図書館で、しばらく立ち読みして、帰りも歩いて、大安亭の業務スーパーで冷凍食品など買って6時半帰宅。
ぐいぐい酒場に朴燦鎬さんから、12日の日記に書いてあったナンシー関の「柏原芳恵消しゴムハンコ」の画像が無いという怒りの書き込み(^_^;)があったが、実はそのハンコは、ナンシー関の本の表紙画像をクリックすれば見られるようにしておいたのだった。
11月になって、すっかり農閑期である。実は明日、明後日仕事の予定だったのがキャンセルになったのだ。月末から12月はちょっとは忙しくなりそうだから、なんとか年は越せるだろう。
今日の歩数は9335歩。


これはMorris.史上最高ぢゃ(@_@) 

ダチュラかな? 

園芸植物はわからん(>_<) 

神社の可愛い白黒 

神社の怖い白黒 

石蕗(つわぶき) 

座敷牢か?? 

溝の蓋だった 

これもなかなか可愛いぞ(^_^) 

大安亭の白 

可憐な朝顔 

夜の高架下 

暇つぶしに軽めの小説(複数作家)読んで、感想もあまり無いのだが、この堂場瞬一という人は、警察もの、探偵もの、スポーツもの(野球、駅伝、ラグビーなど)手広く書いてて、それなりに水準が高いようだ。

【八月からの手紙】堂場瞬一 ★★★☆ 2011/06/29 講談社。
アメリカ人二世の八尾は戦前、日本に留学して、職業野球の投手として才能を見せたが、肩を壊して帰米。戦後戦争成金で新球団を作ろうとする藤倉に東京に呼び寄せられ、監督を勧められる。矢尾は戦争中収容所でのつらい経験があったが、ニグロリーグの強打者ジョン・ギブソンとの文通によって支えられた。新球団にギブソンを招聘しようとアメリカにスカウトに行くが……という、スポーツものながら、社会背景や移民、二世、黒人差別などにも具体的に言及し、なかなか感動的な快作だった。
ニグロリーグのことは以前読んだ覚えがあるし、アメリカの日系人強制収容所のことは84年のNHK大河ドラマ「山河燃ゆ」(原作「二つの祖国」山崎豊子1983)でなんとなく知ってた。
このところ南米移民への関心が高まって読みあさっていたが、アメリカ移民はその前段階、というより、アメリカの移民制限政策が南米移民を産みだしたとも言える。Morris.が南米移民への関心を持ったのも、日本の朝鮮政策、満州建国などと関係があるのだろう。日系人、黒人差別も、在日朝鮮/韓国人差別問題に繋がるのかと思う。

【衆】堂場瞬一 ★★★☆ 2012/05/30 文藝春秋。
68年大学闘争の時代、地方大学で機動隊との攻防の中、ひとりの高校生が死亡。半世紀過ぎた運動家たちと死亡した高校生の家族との絡み。

【灰の旋律】堂場瞬一 ★★★
私立探偵真崎薫シリーズ。失踪したギタリスト捜索。

【沈黙の檻】堂場瞬一 ★★★☆
氷室刑事シリーズ。時効の過ぎた殺人事件の犯人と名指しされ、マスコミには沈黙を守る運送会社社長。

【青の懺悔】堂場瞬一 ★★★
私立探偵真崎薫シリーズ。アメリカ大リーグ入して、日本球界に戻ろうとする選手の子供の誘拐事件。

2013/11/13(水)●不二山●

8時起床。
今朝の血圧は208/84/76。
昨夜は榎本さんが来なかった分だけビールの量が少なかったので、二日酔いもなし(^_^;)
録画しておいた日曜美術館は「本阿弥光悦の世界」だった。東京の五島美術館で本阿弥展が開催されてMorris.は辻邦生の「嵯峨野明月記」読んですっかり本阿弥光悦は凄い人物だと刷り込まれたらしい。それはともかく、彼の関わった作品群には魅力的なものが多い。しかし、それとは別にMorris.の心を鷲掴みにしたのが、「不二山」という楽茶碗である。10年ほど前引っ越しのアメリカ人の処分品の「ZEN ARTS」という大型本にカラーで紹介されていた。茶道とか、抹茶茶碗などにはほとんど関心の無いMorris.なのだが、この茶碗には、降参した。テレビ画像とはいえ、この茶碗を様々な方向から見ることが出来たのは驚きだった。今回の光悦展に出展されてるわけではなく、所蔵している長野県のサンリツ美術館で展示されてるらしい。
午後から歩いて六甲道へ。灘図書館、ダイソーなどひやかして6時帰宅。今日は結構寒かった。
テレビでグラチャンバレー日本-アメリカ戦というのやってた。昨日は日本がロシアに勝ったらしい。木村がキャプテンで、若い選手もかなり新しく入ってるようだ。2セット連取されて、3セットめに岩坂名奈が登場して何とか1セットは取ったけど、4セット目はアメリカで敗戦。どうも女子バレーはこのところあまり見る気がしないな。
今日の歩数は4529歩。


国宝「不二山」 

今日の屋上から北方の空 

花壇にも石垣にもある小粒な花 

親指くらいの朝顔 

銀木犀 

食堂前のディスプレイ 

2013/11/12(火)●大阪図書館とサランバン会●

6時半起床。
今朝の血圧は184/83/89。
今夜はサランバン会なので、早めに大阪に出て大阪市立中央図書館へ。とりあえず地下の食堂でA定食(600円)頼む。揚げ物が三つ四つ並んだ貧相なもの、と思ったら、揚げたてとろとろのクリームコロッケ、ぷりぷりのエビカツなどで結構美味しかった(^_^)
この図書館訪れるのは2回めだが、とにかく、ヴィジュアル系の資料が充実している。
写真関係でいえば、理論、技法などの関連書だけで棚二つ。写真集は別棚で4連棚2本にぎっしりある。ここのめぼしいもの見るだけでも一日ではおっつかない。版画の棚では、畑中純の版画集「吉兆」、「杉浦非水百花譜」、「ナンシー関全ハンコ」などMorris.好みの本が並んでいる。Morris.はナンシー関の消しゴム版画でぜひ見たかった柏原芳恵をはじめて見ることが出来た。現存するのはこの1つだけらしい。おっぱい付というサービス作品だが、顔はもうちょっと可愛く彫って欲しかったかな。せっかくだから接写しておいた(^_^;)
夕方までここで目の正月を楽しんで、洪ママの顔見てからサランバン会にいくつもりだったのだが、途中歌麿会長から電話で、コリアタウンの「クンジョン 宮廷」という店で一杯やってから洪ママの見舞いに行かないかとのお誘い。これは行かねばの娘(>_<)である。というわけで、3時過ぎに鶴橋に出てコリアタウンに向かう途中歌麿会長とばったり会った。宮廷は庶民的大勢韓国食堂で、昼と夕方は韓国アガシが集まるらしい。12年前来日したキムウンスクママは気のいいアジュマで、歌麿会長がふるまったソジュで気分良くなったらしく、Morris.のミニギターと韓国歌謡にのりのりだった。Morris.もビール頂いて、ちょっと良い気分。20曲くらい(ほとんど1コーラスだけ)歌ってしまったよ。今日も歌麿会長のおごり。いつもありがとうございますm(__)m
5時に店を出て、洪ママのところに。先に栗崎さんが来ていた。洪ママは前よりうんと顔色が良く元気そうだった。歌麿会長が作ったサランバン会の10年ほどの画像を千枚以上集めてスライドショーにしたものを、テレビで見られるようにしてあり、これを見ると在りし日の洪ママの店「サランバン」とその後のあちこちの会場、おなじみのサランバン会メンバーたち……Morris.もすっかり回想にふけってしまったよ。これは洪ママには何よりの贈り物だろう。
6時に3人でサランバン会会場「ジュン」へ。先に高森さんが来ていた。店に新しいマラカスが入ってて、これがなかなかしっかりした良いものだったので、Morris.は今日はずっとこれで遊んでしまった。丸本夫妻、山ハラボジ(校長先生)夫妻。増田さん、ソンキョンヒさんなど10人ちょっとの参加。ほぼ皆勤で、いつもMorris.にビールをふるまってくれる榎本さんが欠席だったのが、ちょっと残念だった。
10時に解散。11時40分帰宅。
今日の歩数は6933歩。


淀川 

大阪市立中央図書館食堂 

写真関連の棚 

「吉兆」畑中純版画集 

ナンシー関全ハンコ 

クンジョン(宮廷)で 

記念写真 

コリアタウンの飼い猫雉白 

血色良くなった洪ママ 

サランバン会風景 #1 

#2 

#3 

#4 

戦い済んで(^_^;) 

近鉄鶴橋駅西口工事 

2013/11/11(月)●虹と猫と●

5時起床。
今朝の血圧は195/95/80。
昨夜は11時から珍しくKBS「コンサート7080」を粗い画面で見てたのだが、最初「ナンマンエテハヨ 浪漫のために」のチェベクホが出て、その後にチュヒョンミが登場してチョヨンピルの「チングヨ」を歌い始めた。何かデジャヴである。去年6月の韓国旅の8日目(、6月12日)に、周炫美ファンクラブの朴会長の厚意で、ヨイドKBS別館ホールで、この「コンサート7080」の公開録画を一緒に見ることが出来たのだが、その時の出演者がまさに、チョベクホとチュヒョンミで、あのときも「チングヨ」が歌われたのだ。でも、昨日の放送では、チュヒョンミはこれを中国で歌った(@_@)。その後、自分のヒット曲をもちろん韓国語で、おしまいに洋楽を英語で歌った。三ヶ国語で歌えるところを見せつけたわけだが、去年7月1日の四日市の日本公演では日本語での歌唱も披露したのだから、四ヶ国語だって出来たはずだ。まあ、最近の日韓関係の冷え込みからすると、無理っぽいけどね。
昨日の「コンサート7080」は3組しか出なくて、3組目がチャウリム(紫雨林)という、女性リードボーカル(キムユナ)と男性3人の4人組で、カンサネの「ラグヨ」をポップ・ロック風のアレンジで歌った。これまたかっこ良かった。このグループはもう18年近く同じメンバーで活動を続けているらしい。
朝の3点セット。10時に部屋を出て王子動物園へ。以前喫茶プリンスのあったマンションの二階ベランダからけたたましい鳥の鳴き声が聞こえたので見上げたら、喫茶店のマスコットだった鸚哥である。喫茶店はやめてもマスターはここに住んでて、鸚哥も元気だということがわかって(たぶん、だけど)ちょっと嬉しかった。
今日はまぬうは雌しか見えない、と思ったら雄は草むらに隠れるようにじっと屈んでいた。
動物園の一番北側、カンガルー広場上のベンチでミニギターおさらい。久しぶりに新しいレパートリー(古い曲が多いけど(^_^;))を何曲か楽譜コピーしてきた。青空が見えてるのに、時々小雨が降るというちょっと変な天気。
正午に帰宅。食事済ましてから、。自転車で、HAT神戸のヤマダ電機、ケーズ電気でDVDプレイヤーとノートPCを冷やかす。どちらも買わず。ヤマダ電機で一番安いヘアドライヤー(930円)買って外に出たら、浜側のガラス張りのビルの壁にうっすらと虹が写っていた。あわてて、後ろを振り向いたがビルために何も見えない。うろうろして、やっと島文ビルの上に架かってる虹を見ることが出来た。すごくくっきりした綺麗な虹だったが、やっぱりビルに邪魔される。これはMorris.亭の屋上から見たかったな。
そのまま自転車で大安亭商店街に買い物に。
商店街四つ角にある八百屋で林檎やみかんと並べておいてあるかごで白茶の猫が寝てるののを発見。店の人に訊いたらこれは「「チャラ」という名の雄の飼い猫だが、店の横に5匹ほど野良が棲みついてて、仕方ないのでこちらにも餌やってるとのこと(^_^) お愛想にジャガイモなど買って、しばらくMorris.@Catographerモード。
4時帰宅。
今日の歩数は8582歩。


石榴 

マンションベランダで鸚哥が 

真名鶴 

今日のまぬう 雌 

今日のまぬう 雄(^_^;) 

調理室 

蝦夷羆(えぞひぐま)の脚 

馬熊の爪 

カンガルー 

今日の昼の空 

麒麟 

パンダ 

景山邸 

ビルのガラス壁に虹が(@_@) 

追いかけて見る 

くっきりとした虹である 

ビルが無けりゃね(^_^;) 

大安亭八百屋の飼い猫チャラ 

お相伴の野良たち #1 

#2 

#3 

#4 

#5 

夕方東南の空 

2013/11/10(日)●雨中の生駒-京都●

5時半起床。
今朝の血圧は228/106/85。
朝から雨で、傘さして歩いて摩耶倉庫へ。
溝渕くんと二人で、午前中は生駒の上海向け航空便ピックアップ。601号室となってたので、エレベータあると思ったのに、変則的な部屋番号で、階段四階だった(>_<) まあそれでも10個ほどだったから大したことではなかった。
午後は京都左京区岩倉の韓国春川向け船便のピックアップ。横持ちがあって、結構な雨だったので、ちょっと難儀したが、こちらも30個ほど。4時倉庫着。荷降ろしは無しということで開放。
摩耶埠頭に船が見えたのでデジカメ撮影。「GOLDEN ISLAND PANAMA」と書いてある。3万トンクラスのバラ積み船らしい。
5時前帰宅。
このところ、ずっと、手元にある歌謡舞台のDVD(40回分ほど)を古い順に見ている。時々画面がストップしてしまう。どうもDVDプレイヤーが寿命のような気がする。
今日の歩数は7006歩。


岩屋猫屋敷の黒 

GOLDEN ISLAND 

ホウジャク 

【レコードの美学】細川周平 ★★★☆☆☆ 1990/07/30 勁草書房。
細川周平の名はブラジル移民関係の本を集中的に読んでて「サンバの国に演歌は流れる」を見つけて興味深く読ませてもらったのだが、朴燦鎬さんからメールで本書の紹介があり、読もうとしたのだが、神戸市立図書館には蔵書がなく、先のソンタグ「写真論」と同時に県立図書館から取り寄せてもらった。
本書は細川が1988年東京芸術大学の博士論文として提出した「音楽における複製技術の諸問題」が元になっている。この論文タイトルは当然ヴァルター・ベンヤミンの「複製技術時代の芸術」を意識したものである。先の「写真論」にもベンヤミンの影が色濃かったが、偶然同時に借りた二冊に出てくるというのも、何か暗合めいたものを感じる。

0. 序 「美的機能、技術の本質、複製の概念」
1. レコードの考古学 「レコード前史から複製技術の本質」
2. 聴取と複製技術 「複製技術の複製性自体の考察、コンサートホールとレコード、差異と反復」
3. 美的経験としてのレコード聴取 「音楽の美的経験の根拠、サウンドと効果、全音楽の「ポピュラー化」」
附論1. 技術/テクノロジーの記号論
附論2. 弱い聴取
附論3. レコードの濫用--ケージとマークレイ
結論


以上でほぼ400p、これに注釈30p、参考文献(ほとんど横文字)60p、索引30p、さらに英文要旨10pまで付いている(@_@) 先に白状しておくと、本書は、ちょっとMorris.には歯がたたないところが多かった。本書が書かれた時期にブームとなった、ニューアカディズム、ポストモダン主義の中の産物でもあるらしい。当時Morris.はなんとなくあの傾向には背を向けてたもんなあ(^_^;)
しかしレコードが「音楽的時間を書き込む機械」ということを基盤とした細川の考察には色々教えられたし、共感覚える部分も多かった。って、これまた、先の「写真論」とそっくりな感想であるなあ。

・19世紀以来、芸術作品によって独占されていた美の領域を我々の生活の中で見かける技術的対象に広げ……モノが量産される事態に至ってようやく、そうした日用品の美が「発見」された。イギリスの田園の伝統に属するウィリアム・モリスのように、人工物の中に自然への回帰を目指す者もいたが、逆に技術的な対象を自然美とは別のカテゴリーにあってそれを凌駕するものととらえる動きが前衛の中から生まれた。……技術美を理論的に徹底したのはむしろ、バウハウスであり、彼らは芸術と生活の一致を強く押し出し、ビュルガーのいう意味での前衛にシュールレアリズム以上にふさわしいと思われる。(0-3 技術の「本質」)

ウィリアム・モリスの名前や、バウハウスも出て来たので、思わず引用してしまったが、柳宗悦の「民芸」とは一味違う生活用品の美の発見ね。

・エジソンが音楽に無理解であり、フォノグラフの音楽的な可能性を見落としたことはよく知られているが、それは決して彼が音を五感の外に置きざりにしたことを意味するのではない。確かに彼は耳でほとんど何も聞かなかったかもしれない。しかし指で、歯でそこに音の「痕跡」のあることを感覚したのだった。晩年のヴェートーヴェンが外からでは検証できない純粋に内的な音を楽譜によって構築していったのに対し、エジソンは音を純粋に感覚的な所与(データ)として自立させる技術を完成した。(1-2 エジソン:歯で聞く)

エジソンが難聴者(かなり重度の)だったということも知らなかったし、蓄音機の発明時には音楽のことはほとんど無視されてたというのも意外だった。

・自動ピアノとフォノグラフの関係は鏡像と写真の関係に近い。エーコが説くように、鏡は記号過程ではなくただその前に現れた人物を写しだすにすぎず、記号の経路になるかもしれないが、その生産には関与しない。……鏡像は空虚であり現実との対応関係だけが、それを成立させているのだから。だから写真の批評はありえても鏡像の批評はありえない。
・楽譜が音の前にあるエクリチュールならば、音溝はその後にあるエクリチュールであり、どちらも「生の」音に対する差異の体系として捉えなくてはならない。溝に「描かれた」のはその聴覚よりも触覚に近い痕跡であり、その限りにおいて「鳴り響かない」。しかし楽譜もまたこの点では何ら変わるところはない。エクリチュールはそれ自体音なのではない。それは潜在的な音(声)を孕み、その限りにおいて音声的なのである。(1-3 エクリチュールと録音)


よくわからないながら、何かありがたそうな気がする文章だ。鏡像と写真、楽譜とレコードの二項対立や比較はわかりやすい。「エクリチュール」という言葉がよく出てくるが、哲学的には「パロール(話し言葉)に対して、書き言葉」、音楽的には、「作曲に用いられる和声や対位法、管弦楽法、楽式などの書法上の技術をまとめて呼ぶ用語」らしい。

・現在、多くのアマチュア・バンドはレコードを「コピー」するのに時間を費やしている。レパートリーは楽譜としてだけではなく、録音として渡されることも多く……ことにドラムスは採譜してもあまり意味はなく、レコードによる学習は不可欠である。
・レコードから生まれた「第二次聴覚的な伝統」の最もドラマチックな例をブルースに見出す事ができるだろう。……60年代のイギリスのロックを録音されたブルースの影響なしで考えることはむずかしい。それはローリング・ストーンズを挙げるだけでも納得がゆく。(1-4 第二次聴覚性)


急に身近な話題になったので嬉しくなった。ストーンズの影響なしに、Morris.がブルーズに親しむこともなかったしね。

・ポピュラー音楽は世紀の変わり目には、印税の単位である歌、曲をベースにその産業化を進行する。大体1890年代から活発になったニューヨークの音楽産業、通称ティンパンアレイの音楽は、アメリカ全土で同じ曲が聽かれるというそれまでにない事態を引き起こした。いうまでもなく交通網、情報網の充実が、大きく影響しているのだが、レコードはその人気に便乗したし、加速もした。楽譜出版とレコード出版はタイアップして印税を集め、大資本の組織に成長していった。現在の耳からすればそれがどんなにひどい音質であったとしても、有名人や家族の話し声よりは音楽の方に人々は魅かれたのである。
・ベルリナーがアメリカで本格的に業界に乗り出すのは1893年……95年になって投資家を巻き込んで、ベルリナー・グラモフォンを設立した。……重要な事は、エジソンが音溝のエクリチュール即ち「差異」という概念に到達したならば、ベルリナーは盤自体の複製即ち「反復」という概念をレコードに持ち込んだことである。ある音楽が何回でも聴けるというだけではなく、そうしたことを可能にする製品が何枚でも製造できる、ということがベルリナーから始まった。差異と反復という複製技術の二つの概念がここに確立した。次の30年間は音質の向上と録音時間の延長と操作性の改善に費やされ、レコードはほぼ音楽専用の機械として普及した。産業史的には興味深い変化も見られるが、技術史の観点からは、1925年の電気録音まで特筆すべきことはない。(1-5 ペルリナー:保存から反復へ)

レコード産業黎明期を、明快にまとめてある。20世紀はレコードの時代ということになるわけか。

・ビング・クロスビーはマイクロフォンの前に立ったのではない。彼はその傍らに立ち、マイクロフォンとともに歌う。ハイデガー的にいえばカルーソーにとってホーンは[前に存在するもの]であり、クロスビーにとってマイクロフォンは[手もとに存在するもの]である。
・デビュー録音は機械式であったが、すぐに電気録音に変わったクロスビーは同時代のジーン・オスチンやニック・ルーカスらと共に「クルーナー」(croonは小声でささやくという意味)唱法によって売りだした。これはその名の通りマイクロフォンの増幅性に依存した甘く弱々しい発声法のことで、マイクロフォン以前にはホールに響かせることが不可能だった声である。
・マイクは声の質を変える。あるホールや教会が独自の音響特性をもち、もはやどんな演奏もその反響や残響特性から逃れられないように、演奏者はマイクの特性を越えることはできない。……クルーナーの声から感じ取られるのは単なる甘さではない。それは機械と接合した甘さであり、コンデンサーや真空管が作動して生まれた声-機械の運動なのである。マイクをよく鳴らすということはこうした歌手にとってはオペラ歌手の発声練習と同じくらい基本的な事柄となった。(1-6 電気録音:マイクロフォン)


SP向きの声(声量と発声法)があり、LP時代になって声量の無い歌手でも歌手になれる(^_^;)ようになったということか。めでたい(^_^)/

・1932年彼(ストコフスキー)は高音域・低音域フィルターの実験を行なった。これは後にコンソールによる音響調整、ひいてはマルチ・トラック録音の伏線となる。しかし、もっと重要なのはステレオへの道を開くことになるバイノーラル・テストである。
・ステレオ録音が市販されるのは1957年のことだが、ストコフスキーがやはりその先鞭をつけていた。
・ストコフスキーの情熱やそれを支える哲学がなければ、30年代の録音技術はもっとゆっくり変わっていったに違いない。
・30年代は音楽と電気テクノロジーがぬきさしならぬ関係に入ったディケードである。電気録音が完璧なハイファイを可能にしたと思われた矢先、次の革命が起きた。磁気テープである。(1-7 ストコフスキー:PAとステレオへ)


指揮者ストコフスキーといえば、映画「オーケストラの少女」、ディズニー映画「ファンタジア」への出演(演奏)での知名度が高いが、それほどに音楽録音への貢献度の高い人とは知らなかった。

・50年代にポピュラー音楽が一新するのは、社会的には「ティーンエイジ」が独自の文化を持てるほどの人口層と経済力を持つようになったこと、テレビが登場したことが重要だが、音楽の分野に限れば1949年、いわゆる「スピード戦争」で33 1/3回転のLPに対してRCAヴィクターが45回転の「シングル」を登場させ、クラシック用のLP(10インチ盤)と区別して片面3分のフォーマットをポピュラー用として強調したことを忘れるわけにはいかない。LPとシングルは単に違うサイズと速度を持っていただけではなく、「大人」の文化と「ティーンエイジ」の文化を区別するためのメルクマールでもあった。
・シングルの盤と曲の一対一対応はヒットパレードという制度を確立し権威づけるのに適した。……シングルは流行のピークを上げ、その回転を加速した。
・(テープ録音の技術が)演奏後に自由に切ってはりあわせたり、重ね取りできる点に「本質」があることは、レス・ポールとメリー・フォードが1951年に自宅のガレージで「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」を録音したときにはっきりした。
・重ね取り、テープ接合、効果音、エコー・チェンバーなどの隣合った技術は、60年代にはビーチ・ボーイズの1966年の「グッドヴァイブレーション」、それになんといってもビートルズのLP『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(1967)によってポピュラー音楽とは切り離せないことが明らかになった。
・『サージェント・ペパーズ』はこれまでシングル志向だったポピュラー音楽をアルバム志向に変え、それまでの3分単位では収まりきらない表現を躊躇しなくなった点でポピュラー音楽の転換点を印すばかりでなく、90周年を迎えていたレコードの歴史を顧みても、これに匹敵する革命はなかったと思われる。(1-8 素晴らしきテープ編集)


いよいよMorris.と同時代時代の話になる。しかし、ビートルズの「サージェント・ペパーズ」って、そんなに凄いものだったのか? Morris.はいまいちと思ってたけどなあ。そして、レス・ポールとメリー・フォードの曲が重ね録りの嚆矢だったのか、つい聴き返したくなってしまったよ。
「メルクマール」という語もよく目にするけど、あまりわからずにいた。「物事を判断する基準や、その指標のことをいう。一般的には、最終目的を達成するための一連の過程等における中間指標や目印のことを意味することが多く、進捗を確認するための中間達成基準や中間地点のゴールの意味で用いられる。 」(kotobank)らしい。

・音楽はコンサートのある社会においては宗教音楽と世俗音楽、あるいは娯楽音楽と精神的な音楽といった分類ではなく、コンサートに適しているか否か、という基準ではかられることになり、、真正なるホールからはじきだされた音楽がまとめて俗音楽と仮に呼ばれ合理化の外におかれることになった。
・それ(コンサート・ホール)は音楽愛好家にとっての「神殿」となり、いわば理想的な聴衆は演奏者を「見て見ぬふり」をした。「見えないオーケストラ」は音楽を純粋な音響性に還元するレコードによって実現されることになる。この機械的で現実的な自律性は、もちろん観念論的な自律性とは相容れない。(2-2 コンサートと自律性)


コンサート(ホール)が、音楽のフィルター的役割を果たしていたのか。なるほど。そして理想的な神殿がレコードの中に構築されたというわけか。

・複製技術を考えるのに30年代のアドルノとベンヤミンの論争を避けて通ることはできない。複製技術に対して否定的だった前者と肯定的だった後者、という図式では片づけられない協調と反発を含む二人の応酬を見直してみると、複製技術が生活の便宜をはかる実用レベルから、文化的な創造と「消費」のメカニズムに否応なく組入れられるようになった時代の新たな美学の芽がふくらみつつあったことがわかる。(2-3 アウラとフェティシズム)

・ベンヤミンが提起した「アウラ(オーラ)」とその喪失という概念がその後の全ての複製技術論の礎であることは誰も疑わない。(2-3-1 ベンヤミンのアウラの概念)

またまた、ベンヤミンである(^_^;) 本書ではアドルノとベンヤミンの対比と、アドルノへの批判めいた言説が目につく。これも宿題にしておこう。

・「永遠回帰は幸福のアンビバレントな二つの原理、つまり永遠の原理と[もう一度]という原理を結びつけようとする試みである。--永遠回帰の概念は時代の悲惨のなかから幸福の思弁的観念を喚起する。ニーチェのヒロイズムは俗物の悲惨のなかから近代のファンタスマゴリー(幸福の思弁的観念)を喚起するボードレールのヒロイズムの対蹠点である。」--ベンヤミン
・近代的な破局はボードレールにおいては憂鬱として、ワグナーにおいては神話として表現される。どちらも遥かな太古を現在において反復し、二つの時間を事実によってではなくアレゴリーによって照応させるという本質的に非弁証法的な理念である。ベンヤミンはそれをアレゴリーとして表現すべきであると考え、アドルノは止揚すべきであると考える。前者は時間の人工的な回収(ないし反復)を肯定し、後者は否定する。
・ボードレールが描いたという「同一なものにおける新奇なもの、新奇なものにおける同一なもの」はこの差異と反復の絶えざる運動のことであり、流行を基盤においた商品経済の法則であるが同時に、それを享受する人々がものを「使用」する立場から「消費」する立場へ移行し、商品の仮象によって編成された集団としての大衆を形成したことを意味する。使用とは有用性において物と持続的に交渉することであり、消費とは仮象において物を即時的に解読していくことである。(2-4 永遠回帰と複製技術)


ここでも、先のベンヤミン-アドルノ対比である。ベンヤミンは「消費者」でアドルノは「使用者」ということかな?

・コンサートはホール用に特に作られた音楽だけではなく、感性的な出来事としてのあらゆる音楽をホールへもってくることを可能にした。レコードはそれをさらに押し進める。録音可能な周波数帯域にある全ての音を家庭にもってくることができ、それを聴く時刻や音量やある程度の音質や聴く姿勢や態度が全て個人の裁量に任されていてる。途中でやめることも適当に選んでとびとびに聴くことも、沈潜することも他の活動と平行してバックで流すことも可能である。
・コンサート聴取者の操作が、既に決められたプログラム、時間と場所、会場の音響、座席、演奏の音量や質を所与の条件として、自己を適応させることにあるのならば、レコード聴取者の操作は手持ちの装置とソフトの種類、部屋の音響を所与の条件として、既に挙げたような裁量の範囲内で自己を適応させることにある。
・反復は記憶の力を借りない。それはむしろ忘却に根ざした直接的な能動性であり、可能態ではなく現実的である。時間は不可逆的であり続ける限り二度目はなく、どの回も唯一でありしかもそれは無限回の反復、つまり永遠回帰の中の特異性(個別性)でなくてはならない。複製技術に唯一無二の[今・ここ]がないということは、それが常に差異的な個別点として配分されることを意味される。
・ハイフィデリティ思想はみかけこそ技術至上主義だが、レコードにおける自然主義と呼ぶほうがふさわしい。
・我々が肯定するのは差異-たとえ微細であっても-をもちながら反復する模像としてのレコードである。模像という言葉には既に視覚的な意味がこめられている。次にそれを聴覚の方へ移動させなくてはならない。聴覚的な模像について語らなくてはならない。(2-5 レコードにおける差異と反復)


ここらあたりが、本書の山場かもしれない。

・レコードの良き聴取者とはそうした偶然を肯定し、偶然のあらゆる断片を結びつけ、宿命的で必然的な聞こえてくる音の全てを肯定する人間のことである。反復可能性とは、単に何度も同じ音しかレコードから聞き取らないことではなく、レコードをかけるたびに、レコードをかけていいる場をたまたま通りすぎるときに、宿命的な世界の本性として音を聴き直すことである。……良き聴取者にとってレコードをかけ直すことはまさに遊び直す re-play であるが、それは録音の作業に対して「再び」というわけではなく、盤自体がすでに「再び」なのである。はじめから遅れているということは、レコードをかける人間=遊戯者 player にとって本質的である。遊びは生を重苦しくするのではなく軽くすることでなくてはならない。遊びは今ここにあるもので満たされることではなく、苦悩という否定を引き受けたうえでその報奨として歓喜という肯定をえることでもなく、生を直接的に軽くすることである。(3-1 機会性と経験)

リプレイが「遊び直す」で、レコードのプレイヤーが「遊技者」という喩えは面白い。しかし、最後の文章はいまいちわかりにくかった。「生を直接的に軽くする」というのは、魅力的な言葉ではあるんだけどね。

・「フィーリング」という英語の、しかしその他のかなりの言語でそのまま使われている用語は、ポピュラー文化の世界的なアメリカ支配を指すと同時に、そうした直感的な感覚性に対して多くの国語では従来の単語では表せない事態が生まれていることも暗示するといえないだろうか。
・ショックは予期されない。それはまさに意味論的なエッジの上を走る。エッジはいうまでもなく鋭利な暴力的な表層であり、意味はその危険な「走り」の真っ只中でしか定着することができない。そうした表層をニーチェならば「遠近法的」な光学で捉えたことだろう。彼のプラトン批判を次のようにパラフレーズしたい。洞窟の中で影しか見ない人間に、それは虚偽だとさとす「外」の立場がないこと、見えているものが全てであり、それは誰にも見えない原形を反映しているのではなく、岩壁の表面の微妙な凹凸こそが影の本性を決める、そして岩が凹凸しているのに即して影が凹凸している、影を観察することで見えてくるのは影の「本体」ではなくむしろ壁の本性である、という考え方である。効果とはとりあえずこの影である。それは何かを表象するのではなく、それ自体現実であり、直接作用を及ぼす。ただし岩壁は影の白紙状態の受け皿ではなく、影によって、その他の偶発的な出来事によって侵食を受け風化されることもあると考えなくてはならない。(3-2 効果の美学)


とうとう、ニーチェまで出てきたか(@_@)。しかしこれは、ソンタグ「写真論」の冒頭の「プラトンの洞窟で」の解釈と受け取られなくもない。でも、よく理解できない(>_<)

・ヨーロッパのある時期の芸術音楽では理論的な要になっているハーモニーやメロディは必ずしもサウンドの知覚にとってい決定的ではなく、その聴き手はそれと同等にあるいはそれ以上に音色とリズムに耳を傾ける。……サウンド聴取は意味内容の理解を排除しないが、それを前提ともしない。むしろ声自体、音素自体が持っている「肌触り」が重要で、声がどのような効果をもつかに関心が絞られる。
・白人ロックンローラー、エディ・コクランの1958年のインタビューを引用する。「ロックンロールではビートは人の声のほんの付け足しなんだ。声が気持ちの昂りと結びついて、他のタイプの音楽じゃ感じられないような特徴をロックンロールに与える」。歌詞の内容ではなく、声の質がロックンロールの攻撃的でしかも感情的な魅力である。
・歌は楽器のように、楽器は歌のように、というアフロ・アフリカの音楽的伝統(20-30年代でいうとエリントン楽団のトリッキー・サム・ナントンのトロンボーン、ルイ・アームストロングのスキャット唱法、レスター・ヤングとビリー・ホリデイの共演、ロバート・ジョンソンのギター、スラム・スチュアートのベースなど)は形を変えてその後のポピュラー音楽全体にも影響を与えている。フィーリング、サウンドという言葉の意味を固定化しようとする試みが遠からず暗礁にのりあげるのは、それが意味の、したがって感覚のエッジで危ういバランスを保っているからである。
・プレスリー以降、レコードはライブの代理体験ではなく、全く別の身体性を聞き取るための道具となった。
・サウンドは決して「認識」の対象ではない。それはむしろ「遭遇」の対象である。遭遇は能動でも受動でもない。それは環境が準備する予期せぬ出来事、宿命である。
・コンサート・ホールの椅子で聴く以外に何もしていない状態が必ずしも能動的で集中的というわけではないように、他のことをしながら、あるいはぼんやりしながら「聞こえてくる」音に「身を任せる」ことが受動的で散漫というわけではない。思考はもともと無際限でとりとめがなく、音楽は思考に正しい句読点を打ち、それが自ら展開していくのを助ける。
・音楽は音楽以外のものまで含めた思考全体の随伴者であり、基本的には思考を停止しないように前へ促す。内話が個人の思考の発展の大きなメルクマールであるならば(ヴィゴツキー)、「内話」もまた音楽の聴取を学ぶうえでの必要不可欠なメカニズムといえる。音が経験されるとはこのような音の無定型な身体化、襞となって内側にはいりこみ、身体の運動や思考の速度とチューニングされ共振する過程を指す。下聴音は意識の表層をひっかき振動させる触知される音のことであり、内触覚性の存在を暗示する。それは言語と非言語のエッジに立つ。(3-3 「サウンド」)


ここらあたりは、Morris.にもおなじみの歌手や演奏家の名前が出てきて興味深かった。もっとも、後半はやっぱり難解ぢゃ。

・演奏家が私的に部分練習を積み重ねて作品という全体を完成させたのと逆に、レコードの聴き手は完成したはずの全体を思いのままに分解し、自らの経験に応じて「編集」する。レコードの聴き手は音楽を自分の都合のよいサイズに切って揃える。……レコードやコンサートで最初の一音でその演奏全てを判定できると「感じる」ことがある。ショックがその瞬間に全身を走ることもある。あるいはそれを競うクイズ番組があちこちにある。そのときには決して作品の構造を聴いているのではなく、サウンドだけが耳に作用している。そしてそれを非難するならば、直観の力能を否定することになるだろう。
・「ながら聴取」は退化の象徴のように言われる。しかし別の実践に付随する音楽ではなく、音楽が聴取行為とその他の行為の間に挿入され、生に新たな地層をもたらすとはいえないだろうか。二つの行為の中間を補充するというよりも、隙間を作り出すことと考えられはしないだろうか。集中は音楽にたいする態度の一つである。しかし散漫が別の態度として認められるとき、芸術と生は隙間をもって重ね合わされる。その隙間こそ臨界的=批判的な契機として、芸術ばかりでなく生をも変えうるのである。
・感覚的なるものの力は、ちょうど感覚的な存在と感覚的なるものの存在を区別したように、感覚的な力とは異なる。後者は認識される力であり、前者は遭遇される力である。我々がサウンド=効果と呼んだのは実はこの力なのである。美的経験とは、あらゆる場・音に潜在する感覚的なるものの力を顕在化することである。そしてこの力とは、反復されるたびに露わになる差異の強度のことである。
・我々は逆に多元主義に活路を見出す。そしてそれを音楽的に実践し、およそ考えうる限りの混淆をやってきたポピュラー音楽によってそれを支持しようと思う。作品ではなく経験を選択したときに予感されたことだが、もはや芸術という制度を必要としない美的経験が我々のまわりにはいくらもある。日常生活との止揚という弁証法的な解決ではなく、その中にいつのまにか紛れ込んでしまったのである。(3-4 作品から経験へ)

「ながら聴取」の是認、肯定はMorris.にはすごく嬉しく感じられた。もちろん、Morris.の「ながら」とはレベルの違う意味があるみたいだけど、耳に心地よい部分だけ聴いておこう。

・ポピュラー音楽の特徴としてここでは商品性、メディア性、テクノロジー順応性、サウンド指向性という五点を挙げておくがこれは暫定的なものにすぎない。
・ポピュラー音楽にとって美的判断と商業的判断は背反するもにではに。売れるものが全員一致でポジティブに判断されているわけではないし、売れるということが美的な価値を下げるものでもない。また商業性はポピュラー音楽の経験がサウンドと個別的なものに属していながら、それが集団的な記憶となり、例えばある時代のシンボルとなったり、ある世代の共通の思い出となったりすることと無縁ではない。
・ポピュラー音楽のサウンドの政治性を正面から扱ったものにジョン・ストリートの『ロックの反逆』(1986)がある。彼によれば、ロックは制度的な公私の分離を無効にし、私的な時空間に「みんな」を、公的な時空間に「わたし」を持ち込む。それはただちに世界を変えるものではないし、聴き手を運動に誘い、音楽家を政治家にするわけでもないが、日常的な快楽を通して、我々が何なのか、何を欲しているのかを教える方法の一つである。
・レコードは音楽を社会経済的には商品としてパッケージし、美学的には音響そのものに還元し、美的な経験の質を根本からくつがえすことに成功した。音楽は反復されるたびに差異が生れるという新たな運動を開始するようになった。(3-5 ポピュラー音楽の方へ)


何でもあり、ということか\(^o^)/

2013/11/09(土)●須磨離宮公園●

7時起床。
今朝の血圧は198/97/69。
昨夜はカティサーク半分ほど飲んでしまった。いささか二日酔い。
ピーター・バラカンの「ウィークエンド・サンシャイン」の「ブルーズこの一曲・応用編」結局聴いてしまった。先週ロバート・ジョンソンかけなかった代わりに? ストーンズの「Love in Vain」久しぶりに聴いたが、物凄く懐かしかった。しかしこの曲にライクーダーがマンドリンで参加してたなんて、全く初耳だった。ピーター・バラカンもすごい!!
昼からJRで鷹取に出て、須磨図書館に寄ってから、ぷらぷらと離宮公園に向かう。
途中公園で、ホームレスの爺っちゃんと話しして、ちょこっとミニギターで、日本の歌を。
離宮公園のベンチでうたた寝(^_^;) 気がついたら3時半。
しばらく公園歩いて、帰りはJR須磨駅から、8時帰宅。
今日の歩数は8705歩。


大和蜆の交尾 

蟷螂 

公園の爺さん 

馬頭観音と千手観音 

須磨離宮公園 

薔薇 

薔薇と噴水 

ドン・キホーテ 

噴水 
2013/11/08(金)●追悼島倉千代子●

7時半起床。
今朝の血圧は209/105/80。
午前中は部屋でゴロゴロ。ノレバン98号とICレコーダで、録音に再挑戦。天井近くの二つのスピーカ-の間に釘を打って、そこのレコーダを吊り下げて録音。
洪ママや猫、まぬうなどのデジカメ画像をネットで六甲アートにプリント注文、それを取りに行きがてら歩いて六甲道方面に。
写真受け取って、やまやでカティサーク買って、灘図書館へ。ソンタグの「写真論」にも出てきたダイアン・アーバスの写真集を30分ほどじっくり再見。前に見た時には気づかなかった良い写真もあったけど、やっぱり、Morris.の好みとはいささかずれてる感じがした。冒頭に彼女の言説があって、その中に「私は構図という考えかたが嫌いだ」とあったのが、ちょっとショックだった。Morris.は写真=構図という固定観念があっただけに驚いたのだが、そういわれてみると、彼女の写真はあまり構図にこだわっていないものが多いようだ。
帰りも歩いて、マルハチでかいものして9時帰宅。
ニュースで島倉千代子の訃報を知る。
特に彼女のファンではなかったのだが、何か日本の戦後歌謡曲の中の一つの大きな柱だったような気がする。晩年に「人生いろいろ」というヒット曲があったが、彼女の人生も実に大変だったみたいである。Wikipediaで見るだけでも、再三の金銭トラブル、男性関係、怪我や病気の連続は尋常ではない。美空ひばりとの交友もこころに沁みるものがある。無器用でものすごく純真なこころを持ち続けた人だったのだろう。享年七十五。合掌
今日の歩数は9212歩。


今日の屋上の夕景 

都賀川から 

お洒落なドアウィンド 

【写真の時代】富岡多恵子 ★★★☆ 1991/08/30 筑摩叢書。初出「カメラ毎日」(1976-78)連載 毎日新聞社刊(1979/01)。ソンタグの「写真論」読んで、反射的に思い出したのがこの本である。これは筑摩叢書が出てすぐくらいに読んだ記憶がある。

・数年前、外山滋比古の『近代読者論』という著書によって、小説や詩がいかに読者と密接して発達してきたかを改めて知って驚いた体験がある。……写真も、もっぱら写真を写す側の立場からの写真論で、写される側の表現や論理はいまだないように思えるがどうであろう。(モデルは聖者である)

外山の「古典論」を読んで、Morris.も何かこれと近似の感想をおぼえたことがある。

・素人は才能によって突然、玄人を超えられるが、ニセの玄人は永遠に玄人にはなれないのだ。月例コンテスト流の流儀は、だからとどのつまり、その流儀の中での、ニセ玄人をつくっていくので、年々歳々ひとが変わっても、その流儀のつまらなさは変わらないのである。(月例コンテスト写真)

確かに写真コンテストの写真は見るのがつらいものがある。

・慰安所規定
一、本慰安所ニハ陸軍々人軍属(軍夫ヲ除ク)ノ外入場ヲ許サス
入場者ハ慰安所外出証ヲ所持スルコト
一、入場者ハ必ス受付ニオイテ料金ヲ支払ヒ之ト引替ニ入場券及「サツク」一個ヲ受取ルコト
一、入場券・料金左ノ如シ
下士官兵、軍属金貳圓
一、入場券ノ効力ハ當日限リトシ若シ入室セサルトキハ現金ト引替ヲナスモノトス
但シ一旦酌婦ニ渡シタルモノハ返戻セス
一、入場券ヲ買ヒ求メタル者ハ指定セラレタル番號ノ室ニ入ルコト但シ時間ハ三十分トス
一、入室ト同時ニ入場券ヲ酌婦ニ渡スコト
一、室内ニ於テハ飲酒ヲ禁ス
一、用済ミノ上ハ直ニ退室スルコト
一、規定ヲ守ラサル者及軍紀風紀ヲ紊ス者ハ退場セシム
一、「サツク」ヲ使用セサル者ハ接婦ヲ禁ス
*以下判読困難(時間帯などと思われる)
東兵站司令部(不許可写真)

従軍慰安婦に関してはいろいろ思うこともあるのだが、この「慰安所規定」の画像を見るだけで、その思いがぶっ飛んでしまう気がする。

・日本の写真家が外国の見知らぬ土地へゆき、そこの土地を写した写真にはたいてい失望した。……手軽な海外取材小説のようなものだった。……だいたいの日本のユーメイ写真家の写真は、小説でいえば、安物の大衆小説すぎる。大衆小説はいいのだけれども、安物すぎる。(絵のような写真)

Morris.の韓国写真はこの範疇から逃れているのだろうか? それ以前という疑問もあるけどね(^_^;)

・E.J.ベロックという不思議な人物の『ストーリーヴィル・ポートレイツ』という写真集を見て、溝口健二の、女が「カラダを得る」世界を扱った映画をしきりに思い出した。すべて娼婦のボートレイトであった。全裸と着衣と半々ぐらいである。ハダカの写真にも服を着ている写真(教会へでもいくようにきちんとした服を着ているのもある)にも、わたしはおなじくらいに感動した。

ダイアン・アーバスの写真との連環を感じてしまった。

・わたしは、詩画集や、詩と写真の組合せのごときものは、詩にも絵にも写真にも、少しの得ももたらさないとかねてから思っている。もし詩がきわめていい場合、いっしょにそこにある絵や写真は吹き飛んでしまう。また、つまらぬ場合は、ただ視覚的に邪魔なだけで、説明文の役もはたさぬ。また、いい写真や絵は説明をこばむはずだ。いい場合も、悪い場合も、どちらも損するだけなのだ。詩と絵、詩と写真が、適度の闘争と適度のバランスを保って共存し、しかもおたがいを闘争によって高めあうなどという幸運な「出会いの瞬間」なんて、そうザラにあるものではない。とにかく、、写真が安易に詩と結婚するのはハンターイと叫びたい。(写真の日本画)

この部分が本書を最初に読んだときの強烈な印象として残っている。今でもその通りだと思う。

・建物を写す写真は、写真として「作品」らしく上手すぎては困るのである。……建物に惹かれているのか、写真に惹かれているのかわからぬうちに、建物の内部にいる、一種の恍惚に酔い、建物の外観を眺める楽しさを味わえるのがのぞましい。
・こういう建築写真にあっては、写真家の表現はひかえめにならざるをえない。そしてひかえたところから、逆に、写真家の建築物への「愛と教養」がでてしまう。
・プロならば技術があるのは当然で、わたしはひとりの観客としてあくまでライトの建築物のすばらしさにかんどうしたのだ。これは建築写真家の光栄にほかならないと、他人事ながら羨望する。(ひかえめの美学 増田彰久『フランク・ロイド・ライトの世界』)


増田彰の建築物写真を富岡がこれだけ見事に賞賛していたということを見落としていた。二人に申し訳ないと思う。それにしても増田の建築写真は素晴らしい。本書の小さな二葉の画像だけでも震えがきた。

・玄人というのは、写真に限らず、芸をすり切れるまで酷使して、なお売り続ける芸を支度する宿命があり、しかもその酷使で初心がすりきれてしまっては、じつは廃物なのである。
・素人と玄人、芸と芸術の話になると思い出す土方巽から聞いたタトエ話。
昔貧乏人の子がサーカスに売られて、両脚を水平に開いて頭を地べたにつけろといわれても頭はつかない。しかし、それをやらないとその日の晩飯がもらえないとわかると股が裂けても頭は地べたにつく。一方、バレエを習っている金持の娘は、一日一日と合理的に開脚の練習をしてきているから頭は地べたにつく。ただし、その日はじめて綱を渡れといわれたらこわくてすぐに綱から落ちる。股を裂いた子ははじめから綱を渡るというハナシである。(青春と時代の憂鬱)


富岡の芸人意識だな。嫌いじゃないけどちょっと「クサイ」(^_^;)。

・このカメラ好き、写真好きは、なにやら、昔の庶民が日常の中で好み親しんだ、遊びの代わりのように思えてならない。下手な俳句をひねり、歌を詠む。盆栽をいじり、朝顔を育てる。義太夫節の素人稽古。小唄端唄の稽古。また、日常の中に、茶や花がある。こんなに、だれもかれもがカメラをもち、写真を撮るのを好むのは、日本人の遊びが、自分でなにかをする、なにかをつくり出す、そちう種類の遊びだったからではないか。(庶民の遊び)

これはMorris.のデジカメ好きの理由をあっさり剔抉したみたいな言説であるな(>_<)。

・あらゆるモノ、あらゆる人間、あらゆる文化、あらゆる生活、などなどは、写真を撮られるために存在しているのではない。これは写真だけのことでなく、あらゆるモノ、あらゆる生活、あらゆる文化は、研究されるためにも、記録されるためにも、小説に書かれるためにも存在していない。(写真のためにはなにも存在しない)

これが富岡の「結論」なのかもしれない。まあこれはある一方へバイアスのかかった物言いだろう。Morris.は「何でもかんでも写真のために存在してる」のだと。いちおう反論しておきたい(^_^;)

ソンタグの「写真論」と富岡の「写真の時代」。ほとんど同時期に日米で書かれたこの二つの写真論を、30年を閲して、どちらも現時点で読むに耐える内容を持ち続けていることに一種の感動を覚えた。先に引いた外山の「古典論」に準じると、このニ書は古典になりつつあると言えるのかもしれない。
富岡の写真やモノの見方は、南伸坊に通じるものがあるような気がした。

2013/11/07(木)●菊花展とハッサム亭●

6時半起床。
今朝の血圧は198/95/69。
今日は立冬。朝は曇ってて昼前には大雨(>_<) でも天気予報では昼から晴れると言ってたので、JRで三宮に出て、三宮図書館に、県立図書館から取り寄せてもらった二冊を返却。
そのまま歩いて中央図書館へ。途中、相楽園に寄ったら、菊花展やってたし、ハッサム邸の内部公開もやってたのでしばらく見学。相楽園は本来木曜日がは休園なのだが、菊花展の間は無休らしい。
ハッサム邸は1902年(明治35)の建物だが、1963年にこの相楽園に移築された。95年の神戸地震では煉瓦の煙突が屋根を突き破って一階に落下した(^_^;) その後修復されて、元の煙突は前庭に安置されている。

中央図書館では、ベンヤミン関連本を三階の書庫から出してもらう。いばらく仏像のヴィジュアル本など見て、6時帰宅。
某所より、先月末放映のKBS歌謡舞台晋州篇のDVDが送られてきた\(^o^)/ 二日遅れの誕生祝いということにしておこう。感謝m(__)m
早速鑑賞。いやあやっぱり素晴らしい。ただ南江河畔の野外公演で後半はかなり雨降ってた。これはちびくろ2号の粗くて小さいサムネイルサイズ画面では気付かずにいた。
今日の歩数は12356歩。


北野工房(旧北野小学校) 

玄関 

この縁のカーブ(^_^) 

相楽園菊花展 

万華鏡 

花虻も 

大輪 

旧ハッサム邸 

内部公開日だった 

暖炉 

鏡像 

馬小屋 

踊り場 

三浦環(前列右から3人目) 

料理室 

メイドルーム? 

鷹羽薄 

石蕗(つわぶき) 

白松 

ドア飾り 

チビ精霊飛蝗 

宇治川の黒 

同じく 

三日月 
2013/11/06(水)●ふーっ(^_^;)●

午後2時起床(^_^;)
今朝?の血圧は211/103/73。
昨夜はいちおう一人誕生会(^_^;)ということで、遅くから飲み始めて、久しぶりの日本酒(菊正宗)ということもあってか、随分遅くまで飲み続けた模様。アテは鮪、鯖の生鮨、貝紐など→ 。
実は一度朝目覚めて、迎え酒呑ったような気もする(^_^;)
睡眠時間たっぷりだったからか、特に二日酔いとか酒が残ってるということはないが、やっぱりなんとなく疲れてはいるようだ。
午後は静養を兼ねて読書に費やす。実は、県立図書館から取り寄せてもらった二冊の返却日が迫ってる(取り寄せは期日延長不可)のに、片方(「レコード美学」)がまだ200pくらい残ってる。ふつうの本なら、あっという間だろうが、この本は元が博士論文だけに、なかなかはかどらない。
息抜きにお気に入りの「ホンジニョン応援ブログ」見たら、SBS「スターキング」番組での11歳の天才演歌少年とホンジニョンの掛け合い動画が紹介されていた。これがまた実に面白かった(@_@)。前に「カンナム・スタイル」のサイを真似る男の子がいたが、こちらは、韓国女性トロット歌手、それもシムスボン、チャンユンジョン、チュヒョンミ、キムヘヨンと、Morris.好みの女性歌手選りすぐりで、それぞれの特徴を掴んで、振りまで付けて歌い分けるし、それぞれの歌手の唱法解説までやってのけて、これがまた正鵠を射てる。もちろんゲストのホンジニョンナンバー「恋のバッテリー、ブギメン」もばっちりで、ホンジニョンはほとんど圧倒されっぱなしだった。しかし、こんな美味しいネタをコンスタントに見つけ出すあたりが、いつものことながら凄いなあ。この番組のポイントを押さえた解説みるだけでも、韓国語の理解力もMorris.とは段違いだということがよくわかる。
今日の歩数は0歩。


飲み始めが11時半過ぎ 

天才演歌少年チョンソンホ 

ホンジニョンと 
2013/11/05(火)●15周年●

5時起床。
今朝の血圧は185/101/86。
朝の3点セット。
午前中は部屋でごろごろして、11時半に部屋を出て王子公園へ。いつも野良アメショーが居る駐車場に行ったらアメショーは見当たらず、代わりに黒猫がいて、こちらは人見知りですぐ車の下に潜ってしまった。
まぬうは相変わらず、雌が岩の上、雄は地面で睨み合い、というか、雄が一方的に見つめてる形。珍しく雌が反対側まで歩いて、途中背伸び運動みたいなことやったのであわてて撮影。こんなに身体伸ばしたまぬうははじめて見たぞ(@_@)
資料館図書室で、写真絵葉書き書いて、クラゲ図鑑などぼーっと見る。
2時から屋上庭園のベンチでミニギター。子供連れの団体が食事してたが、3歳くらいの男の子が興味津々で見物してくれた。
4時帰宅。
自転車で水道筋に出て、マルハチで買い物。
今日はこのMorris.部屋開設記念日である。今年で15周年になるらしい。たまに遅れたりもするが、ともかく15年間毎日日記書いてるということになる。ざっと計算したら5480日。そんなもんか。今日はMorris.の誕生日でもあるわけで、1949年うまれだから64歳の誕生日。生まれてから今日までだと、23376日。2万日はとっくに超えてることになる。口癖のように「人生五十年」と言ってた。本気で、50歳くらいが寿命だと思い込んでた。まさかの思いが強い。50から先はオマケか付録みたいなものとおもうことにしてるのだが、それが14年超えて15年目に入るのかと思うと、いささか戸惑いがある。まあ、死ぬまでは生きるしかないか(^_^;)
高齢の、いや、恒例の、山田風太郎「臨終図巻」から、64歳で死んだ人の一覧を引いておこう。

小林一茶 1763-1827
ペルリ 1794-1858
ブラームス 1833-1897
ベルツ 1849-1913
与謝野晶子 1978-1942
東条英機 1884-1948
尾上菊五郎・六代目 1885-1949
岸田國士 1890-1954
大河内伝次郎 1898-1962
三好達治 1900-1964
山本周五郎 1903-1967
伊藤整 1905-1969
高橋鉄 1907-1971
檀一雄 1912-1976
武田泰淳 1912-1976


「人間臨終図巻」は上下二巻に分かれているが、64歳で死んだ人が、上巻の終わりになっている。Morris.が来年の誕生日を迎えたら、下巻に移ることになる。それだけで、もう、充分生きたような気になる。
今日の歩数は4288歩。


野良アメショーの代わりに黒が 

落葉 

今日のまぬう 雌 

今日のまぬう 雄 

ゆるキャラ?? 

横から見たら納得 

マゼランペンギン 

今日の図書室 

蔦紅葉 

大根葉虫?の交尾 

観覧車方面 

ハンター邸前の桜紅葉 

林檎毒蛾?幼虫 

獺(かわうそ) 

縞栗鼠(しまりす) 

2013/11/04(月)●3軒はしご●

6時起床。
今朝の血圧は199/100/84。
久しぶりの仕事。
荻野くんと大阪梅田の某ホテル29階のドイツ人女性の帰国航空便荷物ピックアップ。
昼食は芦屋リンガーハットで、チャンポン。サービスで緬2倍でも同じ料金というので、つい欲張ってそれを頼んだら、やっぱりちょっと多すぎた。これからは1.5倍にしておこう(^_^;)
午1時から、芦屋打出小槌町(良い地名である(^_^))のエルサルバドル向け航空便荷物ピックアップ現場。
その後、芦屋川沿いの別現場のヘルプ。それぞれの現場はそれほどのこともないのだが、久々で3軒梯子というのは何となく、気疲れしてしまった。
4時前倉庫着。
マルハチで買い物して5時過ぎ帰宅。
今日の歩数は5026歩。


CMのチャンユンジョン 

岩屋猫屋敷のモモちゃん 

今朝の空 

【写真論】スーザン・ソンタグ 近藤耕人訳 ★★★★ 1979/04/10 昭文社。原著は1977年アメリカ刊。初出は『ニューヨーク・レヴュー・オブ・ブックス』誌。
Morris.は結構写真関係の本はたくさん読んでる方だと思う。カメラは安物のコンパクトデジカメ一本やりだから、あまりテクニックとかには興味ないのだが、写真には関心が高く、写真のことを書いた本そのものも好きなんだろう。
それらの本で、しばしば言及されたり引用されたりしてたのがこのソンタグの「写真論」で、読まねばと思いながらも、神戸市立図書館は所蔵してなくて、ほったらかしになってたのだが、やっと先日、県立図書館の蔵書を取り寄せてもらった。
写真論「プラトンの洞窟で」「写真でみるくらいアメリカ」「メランコリーな対象」「資格のヒロイズム」「写真の四福音書」「映像世界」「引用の小冊子」の7章からなっているが、最終章はタイトル通り引用集だから、雑誌に発表された6篇の記事をまとめたものということになるのだろう。実に読み応えがあった。なかなかに手強い文章で、Morris.には珍しく読み通すのにかなりの日数を要したし、付箋だらけにもなった→
ということで、いつもに増して、引用の大洪水になっている。

・写真を収集するということは世界を収集することである。

・写真を撮るということは、写真に撮られるものを自分のものにすることである。

・写真は証拠になる。話には聞いても疑っているものでも、その写真を見せられると証明されたように思うのである。

・写真は絵画やデッサンと同じように世界についてのひとつの解釈なのである。写真の撮影が比較的対象を選ばぬ無差別的なものだったり、自分が表に出ない場合でも、計画全体の教訓的傾向が減るというわけではない。写真の記録がもつこの受動性--それと偏在性--こそが、写真の「メッセージ」であり、攻撃性である。

・観光客は自分と、自分が出会う珍しいものの間にカメラを置かざるをえないような気持ちになるものだ。どう反応してよいかわからず、彼らは写真を撮る。おかげで経験に格好がつく。立ち止り、写真を撮り、先へ進む。この方法はがむしゃらな労働の美徳に冒された国民であるドイツ人と日本人とアメリカ人にはとりわけ具合が良い。ふだんあくせく働いている人たちが休日で遊んでいるはずなのに、働いていないとどうも不安であるというのも、カメラを使えば落ち着くのである。彼らにはいまや労働を優しく模倣したような手仕事が出来た--彼らは写真を撮ればよい。

・いまはまさに郷愁の時代であり、写真はすすんで郷愁をかきたてる。写真術は挽歌の芸術、たそがれの芸術なのである。写真に撮られたものはたいがい、写真に撮られたということで哀愁を帯びる。
醜悪な被写体もグロテスクなものも、写真家の注意で威厳を与えられたために感動を呼ぶものになる。美しい被写体も年とり、朽ちて、いまは存在しないがために、哀愁の対象となるのである。写真はすべて死を連想させるもの(メメント・モリ)である。写真を撮ることは他人の(あるいは物の)死の運命、はかなさや無常に参入するということである。まさにこの瞬間を薄切りにして凍らせることによって、すべての写真は時間の容赦ない溶解を証言しているのである。

・写真は偽りの現在でもあり、不在の徴しでもある。

・写真は時間の明解な薄片であって流れではないから、動く映像よりは記憶に留められるといえよう。

・厳密にいえば、ひとは写真から理解するものはなにもない。……カメラによる現実描写はつねに明かすことよりも隠すものの方が多いにちがいない。(プラトンの洞窟で)


「プラトンの洞窟で」というタイトルそのものがよく理解できなかったが、上記の引用句の群は、それぞれMorris.に強い共感と疑問をもたらした。写真の多様性と、撮影する側とされる側の微妙な関係、二面性の多様さ(^_^;)が面白い。

・撮影することは重要性を授けることである。おそらく美化しえないような被写体はないであろうし、さらにすべての写真に本来備わっている、被写体に価値を付与しようとする傾向を抑える方法はない。

ソンタグの「写真論」といえば「写真に撮られたものはすべて美しくなる」というテーゼがその中心だと何となく思っていた。この「美化しえないような被写体はない」というのも、その一環だと思った。

・アーバスの写真では、だれもがのけ者で、どうしようもなく孤立しており、機械的で片輪であることの実体と結びつきのなかに不動化しているような世界を暗示することによって、同じくきっぱりと政治の値打ちを下げている。……アーバスの作品でもっとも心を打つ面は、彼女が芸術写真の一番迫力のある計画のひとつ--犠牲者や不運なものに眼を向けること、しかしこういう計画につきものの同情を惹く目的はなくて--にさんにゅうしたらしいということである。(写真でみる暗いアメリカ)

ソンタグはダイアン・アーバスへの思い入れが強かったようだ。一冊だけ彼女の写真集(例の双子の)を見たことがあるが、Morris.にはあまりぴんとこなかったのだけど……また見なおしてみよう。

・引用文(および相矛盾する引用文の並列)の趣味はシュルレアリストの趣味である。したがって、ヴァルター・ベンヤミンのシュルレアリストの感受性は記録上だれよりも深刻なものだが、彼は引用文の熱心な収集家だった。

・引用によって散文小説や絵画、映画を組み立てること--たとえば、ボルヘス、キタイ、ゴダール--がシュルレアリスト趣味の専門例であるように、以前は複製絵画がかかっていた居間や寝室の壁に、いまは写真を貼ることがますますふつうの習慣になっているということが、シュルレアリスト趣味が広く普及していることの印なのである。(メランコリーな対象)


「引用」好きなMorris.、というか、最近のMorris.の読書控えはほとんど、引用中心になってしまっているが、これがシュルレアリストの趣味というのは、何か嬉しかった(^_^;) 今やこの趣味が(写真によって)広く普及しているという文脈だとしてもね。

・だれもかつて写真を通して「醜」を発見したものはなく、多くは写真を通して「美」を発見してきた。

これも先に書いた「写真に撮ると美しくなる」の一例だと思った。

・写真はなによりもまず美しくなくてはならないというスティーグリッツとストランドとウェストンの考えはいまでは内容に乏しく、無秩序の真実に対して鈍すぎるように思える。それはバウハウスの写真観の背後にある科学と技術に関する楽天主義が、ほとんど有害と思えるのにも似ている。ウェストンの映像はいかに見事な、いかに美しいものであろうとも、多くの人びとにとっては興味が薄れてきた一方で、たとえば19世紀半ばのイギリスとフランスの素朴な写真家やアツジェが撮ったものはますます心をとらえるようになる。

バウハウスへのこの批判(毒舌)にはちょっとびっくりしてしまった。「科学と技術への楽天主義」!! うーーーむ、言われてみれば、なるほどでもある。

・無思慮で、気取らない、また無慈悲なことも多い写真の目的が、美ではなく真実を明かすことであると宣言しても、写真はやはり美化してしまうのだ。実際、写真の収めた勝利で一番長持ちするものは、つまらないもの、ばかげたもの、老朽化したものに美を発見するその適性であった。

「写真の美化作用」連発ぢゃ。ところが…………

・ヴァルタ・ベンヤミンが1934年、パリのファシズム研究所でおこなった講演の中で述べたように、カメラは「今やアパートでもごみの山でも、写真に撮れば必ず美化してしまうようになった。河川ダムや電線工場はいうまでもない。これらの前に立てば、写真術は「なんて美しい」としか言いようがない……其れは赤貧そのものをも当世風の、技術的に完璧な方法で扱うことによって、楽しみの対象に変えてしまうことに成功したのである。」

おいおい、Morris.がずっとソンタグの専売特許と思ってたことは、本書より30年以上前にベンヤミンが言ってたのかあ(@_@) ベンヤミン……名前と「複製技術時代の芸術」という書名はよく耳にするのだけど、まともに読んだことはないな。これは、要チェックかも。

・カメラは経験を小型化し、歴史を光景に変えてしまう。写真は同情を生み出しもするが、同じく同情を切りつめ、情緒を引き離しもする。写真のリアリズムは、感覚的に刺激的であるだけでなく、道徳的には痛まない現実的(リアル)なものについての混乱を生み出している。

・写真による世界の獲得は、その現実についての覚書きの無限の生産と相まって、あらゆるものを同族化する働きがある。写真術は美しい形態を明らかにするときに劣らず、事実を報告するときでもやはり縮小する。人間の物性を暴き、物の人間性を明かしながら、写真は現実を同語反復に変えてしまう。カルチエ=ブレッソンが中国に行けば、中国には人民がいて、彼らは中国人であることを示すのだ。

・写真についてなされたヒューマニストの主張が示唆するものとはちがって、カメラが現実をなにか美しいものに変えてしまう能力は、真実を伝達する手段としてはカメラは相対的に弱いことからきているのである。(視覚のヒロイズム)


この最後のフレーズはなかなかに深い。ベンヤミンの「写真の美化」を「カメラが真実の伝達には相対的に弱いことに起因する」というのは、逆転の発想であり、納得させるところがある。

・プルーストのような芸術家の、自己犠牲の上での想像の苦しみと較べれれば、写真撮影の手軽さほどかけ離れたものはないといえるだろう。それは公認された芸術作品の制作活動の中では、指で触れるというたった一回の動作で完全な作品を生み出すという唯一のものであるにちがいない。プルースト的労苦が現実ははるか彼方にあることを前提としているのに対し、写真には現実的なものへは即座に接近できるという含みがある。しかしこうして即座に接近する結果はまた距離を生み出すことになる。世界を映像の形で所有することは、まさに現実の非現実性と疎外とを再体験することになるからだ。

・写真をただ利用できる範囲で記憶の道具と考えることによって、プルーストはどうやら写真というものの意味を取り違えているようである。それは記憶の道具というよりもむしろ記憶の発明であり、その置き換えなのである。


「記憶の発明」すごい、すごい発明的フレーズぢゃ(^_^;)

・写真には自己陶酔的な利用法も多々あるが、それは世界に対する私たちの関係から人間味を失わせる強力な道具でもある。そしてこの二つの利用法は相互に補足しあうものである。どちらから見るのが正しいということもない双眼鏡のように、カメラはエキゾチックな事物を身近なものにし、見慣れた事物を小さく、抽象的で不思議な、ずっと縁遠いものにする。

双眼鏡をひっくり返して見るという比喩はいささか強引な気がしないでもないけど、ズームとマクロのことかいな。

・アントニオーニの映画(『中国』)は中国人が自分たちについて発表するどんな映像よりも多くをありのままに語っている。中国人は写真が非常に多くを語ったり、非常におもしろいものであることを望まない。彼らは世界を奇異なアングルから眺めたり、新しい被写体を発見することを望まない。写真はすでに述べられたことのあるものを展示するものとされている。私たちにとって写真は定り文句(クリシエ 陳腐な表現と写真のネガの両方を意味するフランス語)を作るのと「新鮮な」見方を給仕するための両刃の道具である。中国当局にとっては定り文句(クリシエ)だけがあって、彼らはそれらを定り文句(クリシエ)ではなく、「正しい」見方と考える。

・写真はたんに現実のものを複製するだけではなく、それを再循環もさせる。……定り文句(クリシエ)は再循環させられて後続定り文句(メタクリシエ)となる。……私たちは写真をまさにどんなことでもいえ、どんな目的にも役立てられる手段にする。


「クリシエ」がフランス語では写真のネガという意味も持つというのははじめて知ったが、「定り文句」という訳語にはちょっと違和感を覚えた。まして「後続定り文句(メタクリシエ)」となるとあんまりだと思う。「「新鮮な」見方を給仕する」てのも、なんか変だし。本書の訳文に関しては、あちこちで、同様な違和感を覚える事が多かった。
そもそも本書のいたるところに出てくる「映像」という語が、「写真」「プリントされた写真」「スチール写真」の意味で使われているのが気になって仕方なかった。Morris.は「映像」というと、映画やビデオなどの作品そのものや、動画というイメージが強かったからだ。さっき「大辞林」見たら 1.映画・テレビ・写真などの画面に映った、ものの形・姿。とあったから、誤用というわけではないのだろうが、何かしっくりしない。これは本書の出版時から現在までの間の変化によるものかもしれない

・世界中のものがなんでもカメラにとって材料になるというこの仮定の底には二つの態度がある。一方は鋭い眼で見ればどんなものにも美が、あるいは少なくとも興味があることがわかる。他方はあらゆるものを現在か未来のなにかの利用の対象として、評価、決定、予言の材料として扱う。前者によれば、見てはならないもんはなにもない。後者によれば、記録してならないものはなにもない。

・資本主義社会は映像に基づいた文化を要求する。それは購買欲を刺戟し、階級と人種と性の傷口を麻痺させるために大量の娯楽を供給する必要がある。またそれは無際限の量の情報を集める必要があり、天然資源を開発し、生産性を高め、秩序を維持し、戦争をし、官僚に仕事を与えるためにはますます好都合である。現実を主観化することと客観化するこtの、カメラの対の能力はこれらの必要に理想的に役立ち、それらを強固にする。カメラは先進工業社会の運営に不可欠な二つの方法で現実を定義する。つまり(大衆には)景観として、また(支配者には)監視の対象としてである。


写真論から社会論に至るあたりが、ソンタグの独擅場なのかもしれないが、これはちょっと大雑把にすぎるのではなかろうか。

・写真の力は事実上私たちの現実の理解を非プラントン化し、映像と事物、複製とオリジナルの区別によって私たちの経験を反省することがだんだんもっともらしさを失ってきている。映像を影になぞらえることは、プラトンの映像に対する軽蔑的な態度にかなっていた。……映像はいまやだれも想像しなかったほど現実的なものになった。そして映像が消費者中心主義者の浪費によっても枯渇することのないような、無尽蔵の資源であるからこそ、いっそう自然保護論者の救済策を適用する理由があるのである。現実の世界が映像の世界を包含するもっとよい方法がありうるのなら、それは現実の事物についてだけでなく、映像についての生態学をも要求するであろう。(映像世界)

ここで最初の「プラトンの洞窟で」が説明されてるみたいなのだが、いかんせん、Morris.には理解できなかった(>_<) 「自然保護論者の救済策」??? いわゆる反語なのか? 勉強不足か(^_^;)

この後は、「引用の小冊子」からの孫引きである。

・あるものを体験して美しいと思うのは、体験のしかたを必然的に誤るということである。--ニーチェ

・アツジェは[パリのさびれた街を]犯罪現場のように写したという評判であるが、あたっている。犯罪現場にも人通りはないし、それを写真にするのは証拠とするためである。アツジェによって写真は歴史的な出来事の標準的な証拠物件となり、また隠れた政治的意識をもつにいたるのである。--ヴァルター・ベンヤミン

・マルセイユに行った。生活費がかからなかったし、仕事をするのが楽しかった。ライカを発見したばかりの頃である。それは私の眼の延長となった。だからめぐりあって以来ライカを手離したことはない。絶対に生を捉えてやる、生が生きて動いているままに封じ込めてやる、意を決して、大いに緊張し、今にも跳びかからんばかりの勢いで一日中街をうろつきまわった。とりわけ私の眼の前で姿を顕しかけている或る状況のエッセンスの全体を捉えて、一枚の写真の中に閉じ込めてしまいたいとう思いが強かった。--アンリ・カルチエ=ブレッソン

・ダゲレオタイプはたんに自然の描写に役立つ道具ではない。……それは自然に対して自分を複製する力を与える。--ルイ・ダゲール(1938 投資家を募る回覧状)

・写真は視覚的編集の一方法である。根本は、ここという時にここという場所に立ち、自分の視界の一部をフレームで囲む、ということである。チェスやものを書くのと同じように、与えられた可能性の中からの選択の問題であるが、写真の場合、可能性は有限ではなく、無限である。 --ジョン・シャーコフスキー

・プロジェクトを進めるにつれて、撮影する場所の選択はどうでもよいことが明らかになった。特定の場所は作品を作り出す口実になっているだけだった。……人は自分が見る用意のあるもの--特定の時に自分の心を映し出すものだけを見るのである。--ジョージ・タイス  

2013/11/03(日)●水道筋Music Street●

6時半起床。
今朝の血圧は230/98/55。
SBS「挑戦千曲」今日のチャンユンジョンは黒の長袖ワンピース。ヘアスタイルはこのところずっとセミロングである。何と今日はイ・パクサがゲストに出てた(@_@) 女性歌手チンジュとペア組んでたが両者の関係は殆ど無いと思う(^_^;)
「元祖韓流スター」とか「二本でCD6枚発表」とか「観光バス踊りが旋風的評判に」などとのテロップが踊る。残念ながらパクサは一曲だけしか歌わなかったが、ラップ調の曲でアドリブ入れて熱演したしチンジュが歌った「ミアリ峠」では台詞を思いれたっぷりに披露した。ちょっと前にラジオで最近イ・パクサ人気がまた上がってるという噂をしてたが、こうやってテレビで見るとやっぱり嬉しい。
昼から小雨の中歩いて水道筋へ。今日は水道筋Music Streetである。もう8回目になるらしい。Morris.は半分くらい見てるかな。今年は1時から「な也」で大西ユカリ出演とあったので、これまたびっくりである。さすがに大人気で、100人まで整理券が出ていたらしい。Morris.は88番の整理券を手に入れた。場内は立ち見だから番号は関係ない。しっかり下手の一番前に陣取ることが出来た。ユカリちゃん生で見るのは本当に久しぶりである。ドラム、ギター、ベース、三管、キーボードの7人バンド従えて、白のぴっちりスーツのユカリちゃんはやぱりかっこいい。演ったのは宇崎竜童 阿木燿子コンビのアルバムのナンバー6曲ほど。終わりがけにMorris.を指さして、他の客には意味不明だろうけど「ヂョワヂョワヂョワーッ!!」と叫んでくれた。朝テレビでイパクサ見たばかりだったので、よけいに嬉しかった。
2時からはゑみや洋服店で田中智子&いやまあきのりのステージ。彼女のCDにいやまくんが参加してることからのセットだが、途中ブギウギ演奏(スワニー河)もサービスしてくれた。2時半からはチンタでTHE BIGOOD!これは時間が重なって途中からしか見られなかった。狭い店内でマイク無しでやってたから、ほとんどストリート演奏みたいな感じ。6月から新加入のタブベースのすぎくんは初めてである。
4時半からは同じチンタで中川みつお弾き語り。結構な人気でMorris.は床に座り込んで見ることにした。しかしみっちゃん、かなりビール飲んでいい気分になっている。30分の持ち時間の15分過ぎたところでやっと一曲(ストリートオブ六甲)(^_^;) そのあとミスター・ボージャングルと、東北のフォークシンガーの作った西岡恭蔵を悼む歌の3曲だけで、途中何度もとちったりしながら、最後は涙目になっての歌唱はなかなかに感動的だった。
5時半からはあらたやで、THE BIGOOD!のステージ。ここはカウンタの一番ステージよりの席でビール飲みながらゆっくり鑑賞。新しいタブベースはプラスチックの漬物樽に布ロープで、柔らかくて伸びやかな音がしていい感じだった。いくちゃんのクラリネットと歌声も絶好調、さらに笑顔も全開、むーちゃんは相変わらずのマイペースで、30分だけどすごく良いステージだった。
楽天優勝の瞬間6時半帰宅。日本シリーズ第7戦。美馬、杉内の先発。杉内は2点取られて2回で降板、リリーフの沢村が牧田にソロホームラン打たれて3点差。楽天は7回、8回を則本、そして9回は昨日160球投げた田中将大がマウンドに(@_@) まあ星野と田中のドラマメイキングだけど、にわか楽天ファンとしてはたまらない展開である。
ランナー二人を出しながら、代打矢野を打ちとって試合終了→
楽天おめでとう\(^o^)/
いやあ、こんなに日本シリーズを楽しめたのは何年ぶりだろう。
とりあえず、これで、にわか楽天ファンは終了ということにする。
阪神がこんな感動的舞台に上るのはいつのことだろう?
今日の歩数は8463歩。


今日の「挑戦千曲」 

イ・パクサがゲストに(@_@) 

元気そうぢゃ(^_^) 

大西ユカリ at な也 

田中智子&いやまあきのり 

THE BIGOOD! チンタ 

中川みつお チンタ 

いくちゃん 

THE BIGOOD! あらたや 

2013/11/02(土)●Morning Blues●

6時半起床。
今朝の血圧は185/86/85。
昨夜のワインでちょっとだけ二日酔い気味である。
ピーター・バラカンのウィークエンド・サンシャインは「ブルーズこの一曲」特集 part 1というもの。今週はオーソドックスな黒人ブルース、来週はその発展形(英米の白人ブルース?)とのこと。まあ、今週だけでいいかとも思う。Morris.はブルースにはかなり奥手で、小倉から大阪に出てきた後、しばらく好んで聴いてた時期があったくらい。今日の特集で出てきた中で好きだった歌手は太字にしてみた。

 1. Talk To Me Baby / Elmore James
 2. Moanin' At Midnight / Howlin' Wolf
 3. Honey Bee / Muddy Waters
 4. Walkin' By Myself / Jimmy Rogers
 5. Somebody Loan Me A Dime / Fenton Robinson
 6. Night Life / B.B. King
 7. Don't Start Me To Talkin / Sonny Boy Williamson
 8. My Babe / Little Walter
 9. Every Night About This Time / Magic Sam !
 10. Double Trouble / Otis Rush
 11. T'Aint Nobody's Biziness If I Do / Otis Spann
 12. Diddie Wa Diddie / Blind Blake
 13. Candy Man / Mississippi John Hurt
 14. Trouble In Mind / Big Bill Broonzy
 15. Devil Got My Woman / Skip James  
 16. Old Original Kokomo Blues / Kokomo Arnold
 17. Denomination Blues Part. 1 / Washington Phillips
 18. Midnight Hour Blues / Leroy Carr & Scrapper Blackwell
 19. Have To Change Keys (To Play These Blues) / Lonnie Johnson & Eddie Lang
 20. Mojo Hand / Lightnin' Hopkins
 21. Shake Your Hips / Slim Harpo


で、でも、Morris.が一番好きだったRobert Johnsonが無いというのはどうしても納得できなかった(>_<) ということで、一枚だけ持ってる彼のCDかけて、ついでにMuddy Watersと、Lightinin' Hopkinsまで続けて、ほとんど午前中いっぱいブルース漬になってしまった。
午後は、柏レイソルと浦和レッズのサッカー、オールブラックスとオールジャパンのラグビーと見るともなく見て、夜は日本シリーズ第6戦と、TVスポーツ漬と、何のこっちゃだったが、本当に見たかったのは野球だけで、田中将大で楽天初優勝、と思ったのだが、何と2-4で巨人の勝ち(>_<) 田中の連勝記録は30でストップ、初の日本一にも黄色信号である。まあ、7試合楽しませてもらえることになったということにしておく。
今日の歩数は0歩。

2013/11/01(金)●ひさびさmini guitar twins●

7時起床。
今朝の血圧は191/95/88。
朝の3点セット。
今夜は久しぶりにムックさんが遊びに来るというので、自転車で大安亭に買い物に出る。
ついでに猫撮り(^_^;)
4時過ぎに赤ワイン持ってムックさん到着。
先月4泊5日で釜山に行った時のiPhone写真とみやげ話。ピーチだと往復1万5千円で行けるとか、また龍頭山公園のゲストハウスで、色々な外国人と友だちになったとか、チャガルチ祭りのステージでソルンド歌って大受けしたとか、思い切り釜山を楽しんできたようだ。近々ポールの大阪公演と、福岡公演も見に行く予定とか。何か充実してるなあ。
先日の歌謡舞台ドイツ篇のビデオ見ながら、ワイン飲んで、6時からは久しぶりにミニギター競演。
やっぱり二本だと、楽で楽しい(^_^;)
ムックさんは明日早出ということで8時に帰っていった。
今日の歩数は2007歩。


大安亭の白雉 

駐車場の白と雉 

魚屋の黒 

大日商店街の白雉 

mini guitar twins 

ひさびさムックさん 

【外来語】 楳垣実 ★★★☆ 1975/07/15 講談社文庫。一階の古本屋「ワールドエンズ・ガーデン」で買った一冊。極力読書は図書館に依存してるMorris.だが、この本は神戸市立図書館には無かったのだ。

この書物は昭和37年(1962)に『古典語典シリーズ』の一冊として、東峰出版株式会社から出版した『舶来語・古典語典』の再録である。再録に当っては、原稿のまま眠っていた明治以後の部分を増補した部分は昭和42年に書いた。だから、記事の中には現在からズレている点もあるが、訂正はしなかった。(あとがき)

1.蝦夷の巻 アイヌ語 
2.天竺の巻 古代インド語
3.唐・朝鮮の巻 中華・韓国
4.南蛮の巻 ポルトガル語・スペイン語
5.ジャガタラの巻 東南アジア諸語
6.紅毛の巻 オランダ語
7.黒船の巻 仏・英・米語
8.文明開化の巻 明治期の外来語
9.新人新風期の巻 大正期の外来語
10.雑語氾濫期の巻 昭和前期の外来語
11.空白虚脱期の巻 終戦期の外来語
12.国際交流期の巻 現在の外来語


つまり8章から12章までのほぼ半分がこの文庫ではじめて公刊されたことになる。経時的に分けられているが、昭和37年と昭和42年に書かれた文章だけに、すでにレトロっぽい表現も多い。最後の「現在の外来語」が45年前の「現在」だけに、すでに死語と化した外来語も多い。「デシン」「ネグリジェ」「シュミーズ」「スリップ」「ズロース」など衣類関係の用語が目立つ。

・湯タンポという暖房具、これは少々念が入っている。中華では湯婆子と書いてタンポツと発音する。「子」はほとんど無意味に名詞や小さいものにつける接尾詞で、東北地方で「茶碗コ」「箸コ」なとど使うコに当たる。だから「タンポコ」だった。そのコは落ちてもさしつかえはないが、タンポのタンは湯の意なのに、それを忘れてあの道具の名だと勘違いした。湯を入れるのだから「湯タンポ」だと使いだした。「御輿」に「御」がついているのを忘れて「お御輿」といったのと似ている。(3章)

・ビロードはポルトガル語でヴェルードだが、英語のヴェルヴェットという語形が入ってきても、その位置はゆるぎもせず今日に及んでいる。ただ注意すべきことは、天鵞絨の天がビロードの意に使われていることだ。絹と綿とで作ったビロードの、英語でプラシュ(plush)と呼ぶものは、ブラシ天またはフラシ天と呼ばれているし、綿ビロードのうねり織りは、一説にコーデッド・ヴェルヴェティーン(corded verveten)が言語だというが、コール天と呼ばれている。このコール天のほうは、アメリカあたりではコードロイ(corduroy)と呼んでいるもので、おそらく、これに「天」をつけて、コール天となったものだろうと、わたしは考えている。普通の綿ビロードは、英語ではヴェルヴェティーン(velveteen)呼ぶのだが、このほうも、音を日本化して、別珍などと、だいぶん宣伝味を加えている。はじめはおそらく別珍ビロードだったのが、やがて別珍になったのだろう。(4章)


「コール天」や「別珍」もすでに死語になってるが、Morris.はよく使ってた。今や「ビロード」というのもあまり聞かない気がする。ファッション用語というのは、移り変わりが激しいということなんだろう。

・だいたい欧州の言語は、もともとインドあたりにあったアリヤン語から、分かれ分かれてできたもので、それがインド・ヨーロッパ語族と呼ばれるものだが、その幹からまた幾つかの大枝が出ていて、ラテン語の流れを継ぐロマンス語族という中に、イタリア・ポルトガル・スペイン、それからフランスなどの言語が属し、スラヴ語族にロシア語その他居王三権の言語が属し、ゲルマン語族というのには、直系のドイツ語からオランダ語・英語などが属している。そんなわけで、欧州の言語はみな親類なのだが、中に分家があって、ドイツ語・オランダ語などは分家の兄弟のような関係なのだから、まったく同じ単語もかなりある。ビールなどもそのひとつで、この場合は通商関係だけが決定の根拠にならざるをえない。ただし、それから先の語源となると、欧州の学者達もお手上げで、不明ということになっている。
近年流行のビル屋上のビアガーデンとか、明治時代から使っていたビヤホールとかは英語だとわかる。ビール用のジョッキは、どうやら英語ジャッグ(jug)の訛りらしい。考えてみるとわれわれはまさに国際人なみで、飲料のビールはオランダ語、容器のコップはポルトガル語、ジョッキは英語と、欧州の各国語を使いわけている。(5章)


ビールジョッキがジャグが語源というのは気づかなかった。「ジャグバンド」が「ジョッキバンド」になってた可能性無きにしもあらずだったわけか(^_^;)

・紳士用の二重マントというものもあり、これは英語でインバネス(Inverness)とも呼ばれた。本来はInverness cloak,Inverness coatと使った語の下略で、インヴァネスというスコットランドの町の名から起こったといわれる。その町から流行しだしたのだろう。袖のない外套と短いマントとを組み合わせたようなものだったから「二重マント」と呼んだのだろうが、そのマントの部分を両手で横にひろげると、空を舞う鳶に似ているというので、「とんび」とも呼んだ。これなども和風の外套としてあつらえ向きだったので、あんなに流行したのだろうが、大正末期から姿を消してしまった。(9章)

・英語でmodern girlsを使うとすれば、封建的でない民主主義社会に住み、物質文明の発達に恵まれ、人権の自由を十分に享受している近世の少女たち全体を示す表現と受け取られるだろう。日本語でモダーン・ガールと使ったのは、ずいぶん意味がちがっていて、強いていえば、そういう英語での意味が背景になっているのだろうが、思想や行動の面でもきわめて先端的な流行を追い、当然それが服装の面や言語動作に現われた、行き過ぎのおてんば娘、いわば英語のflapperに近いような意味になる。しかもそれが極めて日本語的に、単数とか複数とかいう観念と無関係に、どちらの意味にでも使われた。
モダーン・ガールという語が生まれると、たちまち、こういう複合語の構成形式が一種の流行となる。
*イット・ガール('it' girl)「性的魅力のある女」(「イット」は米国の作家Elinor Glynの作品名。Clara Bowの主演の映画で流行語となった。
*ウーピー・ガール(whoopee girl)「わいわい(お祭り騒ぎする)女」
*ウルトラ・ガール(ultra girl)「超(先端的な)女」
*エヤー・ガール(air girl)「航空機の女乗客係」(のち、「スチュアーデス」となり、「エア・ホステス」と変わった)
*エレベーター・ガール(elevator girl)「女昇降機係」(外国では男性の仕事で婦人はやらない)
*エンゲルス・ガール(Engels girl)「マルクス主義にかぶれた女」(「マルクス・ボーイ」の対語)
*オーケー・ガール(OK girl)「(男性の要求に)すぐ応ずる女」
*オフィス・ガール(office girl)「女事務員」
*ガソリン・ガール(gasoline girl)「ガソリン・スタンドの婦人販売員」
*キャンプ・ガール(camp girl)「キャンプ場(に現われる)女」
*コーラス・ガール(chorus girl)「(歌劇などでの)コーラス出演者」
*サービス・ガール(service gilr)「客の接待をする女?」(英語では「下女」の意味)
*ショップ・ガール(shop girl)「女店員」
*ステッキ・ガール(stick girl)「ステッキ代用(に連れて歩く)女」(「ハンドバッグ・ボーイ」の対語)
*ストリート・ガール(street girl)「街娼」
*タッチ・ガール(touch girl)「愛撫用女性?」
*テケツ・ガール(ticket girl)「切符売り・もぎりの女」
*ドア・ガール(door girl)「扉(の前に立っていて、客のためにそれを開いたり、送迎の挨拶をする)女」
*バス・ガール(bus girl)「バスの女車掌」
*マネキン・ガール(mannequin girl)「(生きた)マネキンの女」(その後「ファッション・モデル」と変わった。
*ワンサ・ガール(ワンサgirl)「(映画などの)大部屋女優」(女優募集にわんさと押しかけて、いつまでもスターになれない連中)
きりがないから、これくらいでやめておこう。(10章)


ぎゃはは(^_^)(^_^) 並べるだけ並べておいて最後の言い訳がおかしい。

資源の豊富な広々とした国土に、少数の人間がゆったりと生活できるのならば、人間の生活は、物質的にはもちろん精神的にも、きわめて健康であるだろう。その反対の場合には、当然不健康になる。人間の文明は大都会を作ったが、その人間の文明の作った大都会が、作った人間に幸福をもたらしたかどうか。これはすべての人間が真剣に考えてみなければならない問題だと思う。というのは、東京都に日本の全人口の一割近くが密集しているという事実にしても、結局は地方にいたのでは食えないという、生きるための条件のきびしさを示しているように思われ、人間は、いわば好んで、苦しみともがきの渦中に身を投げこんでいるように思われるからだ。
都会には人間を幸福にする設備が、いかにもととのっているように見える。暑い夏には冷房装置が完備している。けれども、その冷房が人間の身体にいろいろの故障を起させていることも、医学者や心理学者が力説している通りである。医学の方では近年やかましくいわれるストレス(緊張)なども、都会生活の複雑で異常な刺戟が、しらずしらずに人間の精神的健康をむしばみつつあることを、明らかに示している。人間が社会機構の歯車のひとつとして、自分の意志と欲望とを働かせることなく、まるで機械のように他から働かされていると、欲求不満がだんだん昂じてきて、何かに代償を求めようとする。それが享楽を追い、スリルをもとめ、危険を冒そうとする。異常でしかも強烈な刺戟の追求になるのではないか。レジャーだ、バカンスだと、休むことより疲れることのほうに努力しているのも、考えてみれば、まことにやむにやまれぬ精神的保養に対する渇望やあこがれのためのもがきで、はたしてそれでその目的が達せられるかどうかを考えると、気の毒だというより言いようがない。(10章)


「ストレス」という外来語のことから、こういった社会論をとうとうと披瀝するあたりが本書の特徴かもしれない(^_^;) 
語源の本に通じるものがあるが、まあ、気楽に読み飛ばす外来語をネタにした漫筆みたいなもので、時間つぶしにはなった。


 

 

 


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