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Morris.日乘2014年11月



Morris.の日記です。読書控え、宴会、散策報告、友人知人の動向他雑多です。新着/更新ページの告知もここでやります。下線引いて ある部分はリンクしているので、クリックすれば、直行できます。


 

今 月の標語
           
さよなら産革又来て死核

【2014年】 10月  9月 8月  7月    6月  5月 4 月  3 月  2 月 1月
【2013年】 
12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月  2月 1月

2014/11/30(日)●相楽園あたり●
8時半起床。
今朝の血圧は167/84/63。
日曜美術館では、スイスの画家ホドラーの特集。アルプスや湖の風景、数人の行進場面の絵を思い出すが、あまり強い印象はない。上野の近代美術館で日本では40年ぶりの回顧展やってるらしい。その後兵庫県立美術館に来るらしい。先週他特集してたキリコなら、まだ見たい気がするが、ホドラーはパスぢゃ(^_^;)
昼前に自転車で中央図書館に向かう。途中、相楽園に立ち寄ったが、菊花展が終わり、何か閑散としていた。
中央図書館で4冊借りて、自転車でぷらぷらしようと思ってたのだが、雲行きが怪しくなったので、大安亭周りで4時前帰宅。
BS民放で東海大-筑波大のバスケット決勝やってたので、ついつい見てしまった。3連覇を狙う東海大筑波大が10点差で快勝して61回ぶりの優勝。日本のバスケットと言えばプロリーグ二つということで、国際試合出場停止が問題となっているが、中継では見事にこの件に触れなかった。
今日の歩数は4777歩。

加納町駐車場猫 

選手交代(^_^;) 

北野モスレム 

黄葉(旧北野小学校) 

蘇鉄越し色付く山(相楽園) 

ハッサム亭と厩舎 

紅葉(船屋形) 

白松 

記念撮影 

【原発の倫理学】古賀茂明
★★★ 2013/11/28 講談社。
2012年1月から配信開始された「古賀茂明と日本再生を考えるメールマガジン」の中から、原発問題、電力問題に関する記事をセレクトしたものである。
この手のソースの宿命として、リアルタイムで読まないと、実感しにくい一面がある。発行からさらに一年経ってるということで、何となく手遅れ(>_<)発言に見えたりもする。
内容的には、岩波「世界」特集記事、テレビゲストでの発言でおおまかに知ってる事が多かった。それだけ古賀が、事故直後からぶれずに自分の意見を発信し続けたことの証拠になるのかもしれない。古賀自身も前書きで

2年近く前に書いたことが、今でもそのまま使えるという現実は、私にとっては、とても苦痛なことです。自分の無力さを再確認させられるからです。

と、断りを入れ、

私とはまた違った形で、読者の原発に関するこれまでの様々な思いや考察を整理していうための一つのベンチマークとして活用していただけるのではないか

ということで、紙メディアでの刊行の理由付けにしている。
先に読んだ「世界」特集の古賀の記事が本書のエッセンスみたいなものだったので、何となく二番煎じみたいに感じてしまった。

東電は日本でも有数の調達企業だ。関連会社や取引先から膨大な商品、サービスを買っている。そのコストはすべて電力料金に乗せることができる(いわゆる総括原価方式)ので、一円でも安く買おうというインセンティブが働かない。納入業者から見ると、とてもおいしい商売をさせてくれる会社なのだ。だから、ほとんどの企業は東電に頭が上がらない。
単に「いつもお世話になってます」と頭を下げればよいというだけならいいのだが、実際には関連会社だけではなく取引先にも東電OBが、言わば天下りのような形で再就職したりしている。その数がどれくらいになるのか見当もつかないが、その膨大な利権の構造が、東電国有化によって経産省に転がり込んでくるわけだ。(2012/01/20)

ひところ流行った「おいしい生活」って奴だね。

日本では廃炉の技術が未確立だが、欧米では既にこの技術は確立されている。なぜかと言うと、欧米は、過去において、科学的・技術的な知見の高まりに応じて、毎年のように原発の安全基準を見直し、しかも既存の原発にもそれを適用してきた(バックフィット)。その結果、当初の予定よりも早く廃炉にせざるをえない原発が多数生じたので、早くから本格的な廃炉が実施されてきたのだ。
彼らによれば、廃炉はもはやそんなに難しいものではないという。しかし、日本ではいあmだ廃炉の技術が確立されていない。そして、いま多くの原発が廃炉になる現実に直面している。そこで提案だが、廃炉の際は必ず海外の企業を入れて公開入札をすればよいのではないだろうか。日経新聞によれば、廃炉費用は、米国では日本の半分だという。このまま40年使い続ける原発であっても、いずれは廃炉になる。その費用は、結局消費者に回ってくるのだから、2倍も高いコストのままつけ回しされてはたまらない。(2013/06/14)


日本の原発ではこの「バックフィット」が無いというのがそもそも問題ぢゃ。廃炉に膨大な金がかかる事自体、原発のデメリットであるのだが、既に作られてしまった原発は廃炉するしかないわけで、その費用を出来るだけ押さえるために欧米に委託するというのは理にかなってると思うのだけど、実現可能性は低いと思う。

東電は、汚染水の海洋流出がほぼ確実だということを示すデータをかなり早い段階から持っていいたにもかかわらず、それを認めたくないので、いろいろな理由をつけて公表を遅らせてきた。
その発表を参議院選挙翌日まで延ばしたことが問題視されている。
マスコミは大騒ぎをしているわけだが、遮水壁を作ったら汚染水が溢れ始めたということは、遮水壁を作る前は、溜まるはずの水がどこかへ行っていたということだ。どこに行ったのかと言えば、もちろん海しかない。
つまり、何のことはない、もっと前から汚染水は海に流れていたというのは、どんなに鈍感な人間でもわかるはずだ。(2013/08/09)


日本には昔から「水に流す」という慣用句があった(>_<)

安部総理は2013年9月7日、ブエノスアイレスのIOC総会で、東京電力福島第一原子力発電所の汚染水問題について、
「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は統御されています」
「東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも及ぼすことあhありません」
「汚染水の影響は、完全にブロックされています」
と大見得を切った。世界中が注目する中で、これほどの嘘がまかり通ったことがあるだろうか。
これから起きるのは、最初の嘘を守るため、汚染が出ないようなところを選んでの調査、様々な情報の隠蔽、発表先送り、情報歪曲などである。どうしても、総理が嘘をついたことは認めたくない。だから、少しくらい嘘をつくのは止むを得ないという悪魔のささやきが関係者を「嘘の連鎖」の道に引き込んでいくのだ。
私は、2011年4月に、経産省や当時の民主党政権の幹部宛に東電の破綻処理と発送電分離を含む電力システム改革の必要性を訴えた。おそらく日本の中で一番早い提案だったと思う。
民主党政権は当初その案に前向きだったが、結局、経産省と東電を頂点とする原子力ムラとメガバンクの強力な圧力の下に、「破綻させない」という方針に転換してしまった。
東電は損害賠償さえ自分で支払えない会社だ。普通の企業なら当然、破綻処理だ。その辞典で破綻処理しておけばよかったのだが、そうならなかった。
その後、「破綻させない」という方針が原因で事故処理は滞った。債務超過を避けるために、問題があっても隠し、負債計上を避けるために具体的な対策は先送りされた。さらに、対策の内容も安上がりの中途半端なものにとどめられた。


あの安倍総理の「国際的法螺発言」から一週間後の記事である。とにかく、あの発言は「国辱」ものだと思うのだが、マスコミも野党も、きちんと取り上げることをしていない。オリンピックという「国策」のためなら何を言っても許されるのだろうか。
本書が出てから1年経った今、

2014/11/29(土)●深田池あたり●
7時起床。
今朝の血圧は204/95/67。
7時20分からピーターバラカン番組。今日はボブ・ディランの特集。海賊版の11集と、6枚組のボックス発売に合わせた特集。
阪急御影に出て、深田池から広南病院方面に歩く。住吉山手のマンションへの配達現場。途中もイヤホンでボブ・ディラン聴いてた。バンドのメンバーとのセッションや、お遊びめいた録音中心で、他のアーチストのカバーや、自分の新曲や旧作の別バージョンなど。Morris.はボブ・ディランとはいまいち相性がよくない。声の魅力、サウンドの魅力があると思うのだが、やっぱり彼の歌は歌詞がわからないと駄目なんじゃないかと思う。今日聴いた中では「アイ・シャル・ビー・リリースト」の別バージョンが懐かしかったかも。この曲は「男らしいってわかるかい……」という邦訳で、日本でもよく歌われてた。
朝のうちは強い雨でどうなることかと思ったが、作業開始時刻には止んだので一安心。
特に大きな家具もなく、昼過ぎに作業終了。
昼食抜きで、紙ゴミ廃棄して、としろうと二人、六甲アイランドの倉庫で作業して、3時前帰宅。
洗濯、掃除すまして、ちょっと仮眠したつもりが、目が覚めたら9時だった(@_@) こんなことはめずらしい。
男子フィギュアスケート中継も終わってたが、羽生はフリーでも不振で、何とか4位にとどまって、ファイナル出場権を得たらしい。
明日打ち上げ予定されてたはやぶさ2号は、明後日に打ち上げ延長された模様。
8chで」「池上彰緊急SPよくわからない中国のナゾ」というのをやってる。観光から、経済、軍事に渡って、いかにも池上らしい切り口で、ソフトに中国の危険を啓蒙してるようだ。
今日の歩数は4227歩。

雨の深田池 

黄葉 

柊の実 


2014/11/28(金)●日本橋あたり●
6時起床。
今朝の血圧は
奥井さんと浪速区日本橋のアメリカ向け航空便ピックアップ。
細い5階建てのビルで一階が店で、2階から上が自宅。エレベータ無しということで、ちょっとビビったが、大部分の荷物が2階の置いてあったので助かった(^_^;)
昼は回転すし「倉」で昼食。
午後は久しぶりに税関で通関。今日は麻薬犬も参加。不審物は見つからなかった。もっとも、麻薬なんか出てきた日には、大変なことになる。
4時半に倉庫上がり5時すぎ帰宅。
今夜はフィギュアスケートNHK杯男子ショートプログラム。中国大会で怪我した羽生の登場が注目が集まる。いきなり四回転後に転倒、その後もお手つきもあり、ショート5位。やっぱり怪我の影響は大きいのだと思う。
今日の歩数は4861歩。

黄葉 

ナミハグモ? 

背高泡立草綿毛 

【吸血鬼と精神分析】 笠井潔 ★★★☆ 2011/10/20 光文社。初出「ジャーロ」2003~08
「矢吹駆」シリーズ第6作、2007年12月のパリを舞台に、全身の血を抜かれる連続殺人事件。当然のごとく「吸血鬼事件」として世間を騒がせることになる。
例によって語り手ともなるナディア・モガールとその父モガール警視がこの事件に関わり、日本青年矢吹駆がこの事件の網を解きほぐす、という、いつものパタンである。
本作では特に精神分析と現象学に関する、おびただしい論議?が挟まれて700pという長編の大きなパーツを占めている。
Morris.は心理学、精神分析には一種のアンビバレンツがあるので、読みたくもあり読みたくも無し、というところだったが、これを避けては本書は読めないので、ともかくも読んでしまった(^_^;)

どんな哲学史の教科書にも近代哲学はデカルト的懐疑からはじまると記されている。方法的懐疑を徹底化した果てにデカルトは「いま、あらゆる対象の実在を疑いつつある私」としてのコギトを発見したわけだが、現象学者は少し違った方向で考える。
赤という知覚は間違いで本当は緑なのかもしれない、このように疑うことも一般的には可能だろう。しかし「赤い」という知覚直観は直接的かつ明証的で不可疑なのだ。赤というデータと緑というデータを比較照合して、緑のものを赤いと錯覚したにすぎないと考えるのは事後的かつ経験的な観点だが、たったいま体験しつつある「赤い」という知覚直観は超越論的だ。
認識論を中心とした近代哲学が真と見なすのは主観と客観の一致だ。「赤い」という主観と「赤いもの」という客観が一致するとき「赤い」は真実となる。
客観的な対象は経験的にしか認識できない、ようするに確実なものとしては存在しえない。従って、主観と客観の一致や認識の真理性を問うことにも本当の意味はない。現象学は認識論的な真に興味をもたないのだ。
真は不可疑でなければならないが、不可疑でないような経験的認識は存在しえない。他方、真であるともないともいえないが、たとえば「赤い」という直観を私は疑うことができない。真だからでなく不可疑だから私は「赤い」と確信する。このようにして現象学は真理性をめぐる認識論の隘路から逃れ出た。認識が真であるかどうかに本当の問題はない。私がものごとを真であるかどうかに本当の問題はない、私がものごとを真であると確信しうる不思議さこそが問題なのだ。
事件の支点に当たる事象を見出しその意味を直観すること。経験的に与えられる無限の情報から重要な項を選別し、得られた本質直観を導きの糸に項と項を論理整合的で首尾一貫したものとして配列すれば、かならず事件の真相に達しうる……。こんなふうにカケルの現象学的推理法を要約できる。

早速だが、笠井潔節炸裂(^_^;)。よくわからないけど、何故か引き込まれてしまう。赤や緑の色の認識に関しては、Morris.は昔から、他人と自分の色の認識が同一であるとは信じられないでいる。直観で赤を確信すると言われたらそれまでだけどね。
現象学的推理法は要約されてもよくわからない(>_<)

「どうして人間だけが言葉を使うのかしら」
「どんな生物も生存に必要な情報環境、比喩的には意味の世界を織りあげている。たとえばアメーバの情報環境には色も音もなく明るい暗いという光度の差だけが存在する。アメーバと同じことで、チンパンジーのように人間とよく似た動物であろうと、不可解なものは環境世界に原理的に存在しえないんだ。理解できないものは知覚されない、従って存在しないから」
「でも猫は好奇心が旺盛だけど」
「仔猫が糸玉を追い廻すのは捕食対象と錯覚するから、本能に織りこまれているものと類似しているからだ。本当に理解できないものは猫の世界に存在しない。言い換えれば動物の世界は生存に必要か不必要かを基準とする意味の連鎖で完全に閉じられていて、外部に開いた無の深淵とは無縁なんだ」

笠井はあまり猫好きでないのだろうか?

現象学は世界を世界の意味に還元し、たったいまの私の意識から出発しなければならないとする。意識の底に無意識の領域を想定するフロイト理論は、現象学的な発想と根本的に相容れない。

わからんながらに、フロイトより現象学の方に惹かれる。

作中人物のイワンが構想している劇詩の主人公が大審問官だ。イワンは弟のアレクセイに構想中の劇詩を物語る。……セビリアでは異端者を燃やす焔が無数に吹きあがり断末魔の悲鳴が途絶えることはない。ある夜、この町にキリストが降臨する。主として最後のん審判を行うため第二の降臨ではなく、かつて死海地方にあらわれたのと同じ浮浪者のようにみすぼらしい風体で。一目で正体を見抜いた大審問官はキリストを捕らえ夜の獄舎で語りはじめる。もう自分は神を信じていない、おまえが期待したのと違って自由に耐えられるほど人は強くないからだと。
神を信じる自由と信じない自由が与えられ、しかも信じる側の皿には不幸と苦難が不吉な錘のように重々しく載せられている。こんな条件では大多数の者が信じない側に追いやられてしまう。しかも神は弱くてだらしのない不信者を峻厳に裁くというのだ。
弱い仔羊たちは心からカトリック教会を信じているが、しかし教会は神を信じていない。神なしでキリストなしで人々を幸福にできるシステムを築いてきたのに、どうしていまごろになって地上に戻ってきたのかと大審問官はキリストを詰問する。
呪われた秘密を知らないから信者たちも幸福に生きることができる。虚偽も苦悩も教会と大審問官が抱え込んで必死に耐えてきた。キリストよ、私が背負っている重荷がわかるか、それもこれもおまえが人間には耐えられそうにない難題を地上に残し、自分だけ天上に立ち去ったからではないか、いまさら出てきてくれては困るのだ……。
大審問官の圧倒的な弁証にキリストは一言も口を挟もうとしない。なにひとつ反論することなく、語り終えた大審問官に接吻して夜の巷に消えていく。


ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の大審問官の場面は有名だが、Morris.は読んでいない。この一節で、つい、読んだような気分になってしまう。これは罪なのだろうか。

「保身のため面従腹背の道を選んだヨブは、自分より弱い存在に残忍な神として君臨するようになるというのね。だからヨブは破滅を賭けても神に抵抗しなければならなかったと」
「抵抗するだけでは充分とはいえない」
暴力的脅迫に負けてしまえば自尊心が傷つくだろう。自由であることを自分から否定するけっかになるからだ。自尊心を、ひいては自由である自分を守るためにこそ暴力に最後まで抵抗しなければならない。
しかし、カケルによれば暴力に抵抗するのは自尊心のためであってはならない。自分が拷問者や抑圧者の同類にならないためだ。拷問に屈した者はかならず拷問者になる。拷問者に転落してしまう運命を拒絶するため、あえて人は拷問に耐えなければならない。どのような不幸にも苦難にも……。
そうかもしれない。しかし拷問に、肉体の苦痛に耐えられない弱い人間はどうすればいいのか、不幸でも受難でも同じことだ。

ここらあたりは、遠藤周作の「沈黙」を連想させる。弱者には弱者の信仰の形がある。

「鏡のなかに自分を見出した幼児は鏡像という他者の欲求を欲求せざるをえない、乳を求めるのは鏡像としての自己なのだから。こうして欲求は欲望という新たな水準にずれこんでいく。鏡像的他者の欲望である限り欲望はけして満たされることがない。欠如を欠如で、空虚を空虚で埋めようとする虚しい試みが欲望を定義する。他者の欲望の対象を自分も欲望してしまうだけでなく、自身が他者の欲望の対象となることを欲望するのもまた、欲望が他者の欲望であることの必然的な帰結だ。
隣家の芝生が自分の庭の芝生より綺麗に見えるように、隣の客が注文した皿のほうが自分の皿より美味しそうに感じられてしまうように、人間には他人の欲望を欲望してしまうところがある。隣家の住人も隣席の客も同じように思っていることには気づかないで。こうした倒錯が深まると、他者の欲望の対象になりたいという欲望が人間に取り憑くようになる。簡単にいえば他者に求められたい愛されたいという欲望だが、これは人気者になりたい、有名になりたい、評価されたいという一般性の水準にまで拡張されていく。こうした二重の意味で人間の欲望とは他者の欲望なのだ。

けっこう俗っぽい通念をやたら難しそうに理論展開している。こういうのって、結構好きである。欲望が他者の欲望それも二重になってるなんてのも、Morris.好みの展開ぢゃ。

「民衆(ナロード)という暗い混沌の底に神は棲まっているとテロリストたちは信じた。しかも自分たち帝政ロシアの特権的学生は、民衆から切り離され神を見失った屑(デシエ)にすぎない。道徳的マゾヒスムに憑かれ破滅をめざして突進したテロリストたちは、死の欲動をはらんだ大文字の他者Aの前に立つ絶対的快楽を求めていたんだろう」


ソビエト社会主義(マルクス-レーニン主義)への怨念めいた思いがここに捻れた形で表明されているようだ。
以上、本書のストーリーとはほとんど無関係の引用に終始してしまった。Morris.が笠井本読むときのパターンになってしまっている。

2014/11/27(木)●小春日和●
6時起床。
今朝の血圧は183/88/76。
溝渕くんと午前中は三島郡水無瀬の上海向け航空便ピックアップ、午後は大坂福島区の上海向け航空便、船便ピックアップ。
今日は春を思わせるぽかぽか陽気。いわゆる小春日和である。金井美恵子に「小春日和(インディアンサマー)」という作品があったことを思い出した。若い娘と伯母さんらの楽しい作品だったな。ストーリーはおぼえていないが、いかにも小春日和というイメージだけが残っている。
4時半過ぎに倉庫を出て、摩耶埠頭に停泊してる船を見に行く。SKY GLORYという5千トンクラスの貨物船でハングルが書かれてることから分かる通り韓国籍である。
マルハチで買い物して5時半帰宅。
薬が効いたのか咳と鼻水は止まったが、何となくだるいというか熱っぽい感じがして体温はかったら35.5℃??平熱以下ではないか。もしかして体温計の電池が切れかけてるのかな。それとも低体温症??どうもこのところ、体調が変である。
今日の歩数は4033歩。

摩耶埠頭夕景 

韓国籍船 SKY GLORY 

空には三日月 

水平線 

ハーバーウォーク方面 

夕焼け 

2014/11/26(水)●クロック●
6時起床。
今朝の血圧は182/95/79。
荻野くんら3人で和歌山市の海外荷物の配達。現場は3階建ハイツの2階。午後1時作業終了。
3時半倉庫着。
別現場の処分品にタイのすり鉢「クロック」があったので、とりあえずいただき(^_^)
一昔前、ちょっとだけタイ料理のマイブーム時期があって、そのころはこのクロックが欲しかった。木製(クロックマイ)と石製(クロックヒン)があって、木製はソムタム(タイ風サラダ)用、石製は更新料の摺り合わせ用である。実はインド製の小さめの白い石のすり鉢買ったことがあったが、これは小さすぎてほとんど実用にならなかった。
今日手に入れたのは黒っぽい石製で、高さ8cm、内径10cm、外形14cmあるから、いわゆるレギュラーサイズだと思う。これでなにするかというと、とりあえず唐辛子、ニンニク、生姜などの擂り潰しくらいかな(^_^;) まあ、あるだけでも悪くはない。
BSフジで午後8時から2時間番組プライムニュース「総選挙の論点、エネルギー政策」に、あの吉岡斉さんが出演してたので、これは見逃せない。もう一人のゲストは田中伸男 IEA前事務局長。この人は東大教授だが、この期に及んでの原発推進御用学者らしい。偏見もって見てるからかもしれないが、いかにも胡散臭い発言のように思えた。大げさなジェスチャーも鼻につく。おしまいには「統合型高速炉」のPRに(>_<) これは吉岡に軽く一蹴されてた。
動く吉岡斉(^_^;)見るのは2回め(以前You Tubeで見た)だが、いかにも好々爺な細い目のおじさんで、しゃべり方もちょっとぼそぼそ系なのだが、発言自体は、著書と同じく、理路整然である。番組側の意向に添うという感じでかなりソフトな進行だったし、二人の討論ではなく、あくまで司会者の質問に答える形式で、物足りない面もあったが、それなりに内容のある番組だった。でも、これ見てる人はそんな多くないだろうな。ましてこれを今度の選挙に活かそうと思う人はさらに少ないかも。
番組のおしまいに二人に「私の提言」を提示せよというTVらしいお約束。田中は「嵐の中のエネルギー戦略」という、まるで曖昧模糊な呪文(^_^;)を提示、吉岡は「経産省主導の政策決定の仕組み廃止」という、ど真ん中ストライク直球提言だった。
さらに視聴者からのメール(どうもやらせっぽい)に対しては田中にだけ答えさせて、吉岡はスルー。これに吉岡が「あまりにひどいねえ」とぼやいたところで番組終了(>_<)
今日の歩数は3588歩。

今朝の高橋猫 

紀の川SAから 

転がり込んできたクロック 

2014/11/25(火)●雨上りカラオケ●
8時半 起床。
今朝の血圧は182/95/79。
朝から雨である(>_<)
今夜は長田のカラオケ会なので、午後は長田港方面の猫場散策でもしようと考えていたのだがパス。
目の調子もあまり良くないが、雨で病院に行くのもパス。
夕方まで部屋でごろごろ。
6時半に部屋を出て風邪薬買って、7時過ぎ長田「歌居屋」へ。前回は狭い部屋に10人以上ぎっしりという感じだったが、今日はいまいち集まりが悪くて、常連5人のみ。
Morris.は風邪気味なので押さえ気味で始めたが。薬の効果か、咳も治まったので、好きな女性歌手の曲10曲くらい歌ったかな。
10時過ぎ店を出て10時半帰宅。
今日の歩数は2508歩。

辛ラーメン 

長田カラオケ風景その1 

その2 

2014/11/24(月)●布引貯水池あたり●
6時半起床。
今朝の血圧は198/104/66。
目の方はちょっとましになったが、今度は、鼻がぐずぐずして、咳が出る。風邪の初期徴候かもしれない。
昨日部屋に篭もりきりだったから、きょうはちょっと歩こうと、王子動物園から新神戸方面へ。布引の滝、貯水池から、神戸ロープウエイ風の駅、ハーブ園まで辿り着き、ほぼ同じコースを歩いて6時前帰宅。
かなり歩いたつもりだったが、歩数計の目盛は2万歩に程遠かった。考えようによっては、部屋からハーブ園まで歩いても一万歩足らずということになる。
登山道には布引を歌枕とした和歌の歌碑が数多く建てられているが、その中から一首。

山人の衣なるらし白妙の 月に晒せる布引のたき 藤原良経

特に紅葉狩りというつもりもなかったのだが、やっぱりこの時期は紅葉に目が行ってしまう。
帰りの貯水池では、翡翠がいて、ちょっと遠かったけど、新機の30倍ズーム(デジタルで60倍に)のおかげで、何とか撮影出来た\(^o^)/ トリミング無しでこの大きさというのが画期的である。Morris.は鳥撮りが苦手で、初めからパス状態なのだが、翡翠は木の枝の先に留まって獲物狙って静止してる時間が長いので撮りやすい。今日は見事に魚を捕食するところも見ることが出来た。ラッキー。とはいっても所詮コンデジ望遠の粗い画像でしかないけど、うれしいので数点貼り付けておく。
今夜のKBS歌謡舞台1395回は"11월 신청곡11月リクエスト“

1) 오래오래 살아주세요長生きしてね/김용임キムヨンイム
2) 찔레꽃野茨/김연자キムヨンジャ
3) 애정이 꽃피던 시절愛花咲く時代/이혜리イヘリ
4) 돌려줄 수 없나요取り返せないの/조경수チョキョンス
5) 숨어 우는 바람 소리忍び泣く風の音/우연이ウヨニ
6) 몇 미터 앞에 두고何メートル前で/김상배キムサンベ
7) 안동역에서安東駅で/진성チンソン
8) 백마강白馬江/정정아チョンジョンア
9) 굳세어라 금순아頑張れクムスナ/류기진リュギジン
10) 동창생同窓生/문연주ムンヨンジュ
11) 임의 향기貴方の香り/배금성ペグムソン
12) 뜨거운 안녕熱いさよなら/쟈니리ジャニーリー
13) 빛과 그림자光と影/권성희クォンソンヒ
14) 사랑은 기차를 타고愛は汽車に乗って/이지민イジミン
15) 임은 먼 곳에貴方は遠い処に/강민주カンミンジュ
16) 그 겨울의 찻집その冬の茶店で/테너(テナー) 류정필ユジョンピル
17) 수은등水銀灯/김연자キムヨンジャ


7.はここ数年のトロットの二大ヒット曲の一つである。(もう一曲は「ネナイガオッテソ})
12.以降はバラードの名曲を並べた感じだが、14.はマージョリーノエルの「そよ風に乗って」のカバーだった(@_@) 60年代はイタリアのカンツォーネと並んでフランスの軽快な歌謡(イエイエ)日本でも人気があった。この曲は弘田三枝子がカバーしてたかな。 16.はチョヨンピルのオリジナルだが、今日はクラシック畑のテナー歌手の歌唱。たしかにこれは歌曲みたいな格調のある曲だからこれはこれで聴き応えがあった。
おしまいの水銀灯はキムヨンジャの来日前のヒット曲で、今でもやはりキムヨンジャの代表曲といえばこれになる。でもキムヨンジャ、韓国での活動再会して良かったと思う。表情が明るい(^_^)
今日の歩数は17483歩。

王子動物園の公孫樹 

今日のまぬう 雌 

今日のまぬう 雄 

王子動物園の紅葉 

駝鳥 若雛 

フラミンゴ 若雛 

王子公園の楓 

蔦 

藤原良経の歌碑