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          Morris.日乘2015年9月


Morris.の日記です。読書控え、散策報告、友人知人の動向他雑多です。新着/更新ページの告知もここでやります。

 

今 月の標語

集団敵地へ違憲


【2015年】 8月 7月  6月 5 月 4 月 3 月  2 月  1 月
【2014年】 12月  11 月 10月  9 月 8月  7 月  6月  5月 4 月  3 月  2 月 1月

2015/09/30(水)●中央図書館で
8時起床。
今朝の血圧は178/79/634。
午前中部屋ゴロ。
昼前JRで神戸にでて、大倉山中央図書館へ。
指定席とも言える中庭で、荒木経惟の写真集「センチメンタル・冬の旅」を鑑賞。夫人との出会いと別れのモノクロ写真で、何度見ても涙を誘う秀れた私写真集である。雑誌の棚に「猫びより」があったので、これも覗いてみたら目玉の岩合光昭記事で今月号は神戸取材だった。北野オランダ坂中心で、須磨海岸にも足を伸ばしたようだ。それにしても岩合さんはすごいと思う。その他、先日面白かった「いい階段の写真集」の姉妹版(というか階段が派生版)「いいビルの写真集」があったので、手にとったのだが、これは全くMorris.にはダメだった。
1階、3階を経巡って、7時過ぎ、図書館を出て、神戸駅のパンやでフランスパン買って8時帰宅。国勢調査表と、センターから「むくげ通信272号」が届いてた。
「むくげ通信」は、前にも紹介したが、学生青年センターを拠点とする朝鮮韓国の歴史文化を学ぶサークル「むくげの会」(1971結成)ので隔月の機関誌である。30pほどの小冊子だが、会員の個性的な記事がずらりと並び、連載記事も多い。前々号の群山、江景紀行記事は、先般の韓国旅行にも持参して非常に役に立った。
本号には飛田さんの19次訪中レポート(5p)と、大和くんのサハリン紀行(2p)が掲載され、興味深く読ませてもらった。センター新規導入の印刷機の威力で昨年からカラー印刷となり、全体的にヴィジュアルで見て楽しめる冊子に変身している。
中国もサハリン(樺太)もMorris.は行ったこともないが、どちらも、物見遊山ではなく、ちゃんと目的のはっきりした、支援、協力、調査、友好、交流のための訪問で、公式的行事も多い。記事も紀行というよりは報告の色合いが濃い。
飛田さんの紀行はおなじみで、その内容も手慣れたものである。が大和くんは、これまで北朝鮮音楽の紹介記事で、その博識(おたく?)ぶりを発揮していたのだが、この手の文章も上手いものである。2pにカラー写真17点、地図1点が載ってるということにまずはびっくり。写真は記念切手くらいのおおきさだが、それでも半身像で表情が読み取れるくらいには鮮明である。大和くんはフェースブックで、まめに旅行の写真など公開しているので、それと連携すれば大きな画像見るのも可能である。これだけの図版に加えて、5日間の旅程も要領よくまとめてあって、読みやすい達意の文章である。ちょっと驚いたのは、文字組である。むくげ通信は以前は全て手書き文字の冊子だった(@_@) それがじょじょにワープロ文字が増加して、いまや編集後記以外は全てPCのワープロ文字になっている。各自が自分の記事は自分でPCで作成し、それを割り付けする方式だから、フォントや級数もまちまちである。おおむね10級前後のが使われてる。ところが今回の大和くんの記事は8級(いや7級?)くらいの小さな文字でプリントされている。本来ならものすごく読みにくいはずなのに、これがちゃんと読める、いや、他の記事より読みやすかったりする。これは行間を広くとってあるからだろう。広いと言っても、行数自体は他の記事とほぼ同じで、文字が小さいからそう見えるわけだ。一行あたりの文字数は当然2,3割多いから、原稿量の多さをうまく詰め込んであるということになる。これはMorris.も何かプリントする時は参考にさせてもらいたい。
今日の歩数は4114歩。

図書館猫不在 

荒木経惟写真集 

猫雑誌に岩合さんの神戸猫が 

2015/09/29(火)●内閣法制局の犯罪行為
7時起床。
今朝の血圧は166/68/84。
今日もさわやかな秋空が広がっている。
昨日Facebookに投稿した満月の画像が、評判が良くて30人くらいから「いいね」、7人からコメントがついてた。多分に偶然に恵まれたものだったが、それでも何となく気分が良い。Morris.はどうもsnsというのに馴染めなくて、ツイッターは登録してないし、Facebookも登録したもののほとんどROM状態、たまーにデジカメ画像をアップするくらいで、後はほったらかし、気に入ったり、役に立った投稿に「いいね」をクリックすることはあるが、この「いいね」ボタンにも違和感を感じることもある。訃報や、事故のニュースなどに「いいね」をクリックするのは躊躇してしまうのだ。今日も知り合いの女性が過呼吸で救急車で病院に搬送されたという書き込みがあったが、どうしても「いいね」をクリックできなかった(^_^;)
2日前の毎日新聞のスクープ記事、先般強行採決された戦争法案の土台である集団的自衛権の憲法解釈を、一日で「意見はない(違憲はない?)」と電話回答した内閣法制局。しかも、文書にのこしていないと、これはもう完全に国家犯罪それも確信犯だな。
今日は昼から図書館に行くつもりだった。で、図書館ネットワークの貸出情報チェックしたら、今日が貸出期限の図書の一つに予約が入ってる。神戸の図書館の貸出期限は2週間だが、ネット上で再延長が認められている。ただ、それは予約が入ってない場合だ。今回のように予約が入ってると再延長ができない。で、件の図書はかなり長時間かけながら、まだ読了してなくて、メモもとってない。ということで、あわてて、読んで、メモ取りなどすることにした。結局ばたばたとメモ取り済んだら7時過ぎで、返却は明日ということにする。一日延滞になるがお目こぼし願いたい(^_^;)
阪神-DeNA。メッセンジャーが5年連続10勝をめざして熱投、7回まで2-1で勝利投手権利持ったまま降板、ところが8回エラー絡みで同点にされ、またもメッセンジャーの勝ちが消えた。これで今シーズンの10勝は絶望的になった(>_<) 9回裏、江越の三振振り逃げから、バントエラーで無死一、三塁で今日今シーズンで現役引退発表した関本が代打に出たところでワイルドピッチで阪神サヨナラ勝ち。勝つには勝ったものの、メッセンジャーがあまりにも可哀そうである。
今日の歩数は0歩。

【闊歩する漱石】丸谷才一★★★ 2000/07/28 講談社
「坊っちゃん」「三四郎」「吾輩は猫である」をネタに、博覧強記ぶりを披露したエッセイ3篇。一種のトンデモ本といえるかもしれないが、ちょっと食い足りなかった。

「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被りの、香具師の、モゝンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴とでも云ふがいゝ」(坊っちゃん)
すつきりした罵り言葉といふのは、自分に言はれるのでない限り実に楽しいもので……


悪口は自分に言われなければ確かに楽しい(^_^;) 坊っちゃんのこの台詞は漱石の創作というより、当時の普通の言い回しのような気がする。

日本が西洋と本式に出会つたのは19世紀。そして19世紀西洋の合言葉は「進歩」で、自分たちは人類文明の頂点に立つてゐると自負してゐた。この傲慢さのせいで、過去を軽んじる一種の反伝統的な気風が生じたのは必然の結果でした。もちろん、昔ごころが残つてゐるヨーロッパですから、いろいろ歯止めはかかつてゐたにしても。ところが西洋文学の日本移入は、それ以前の文学を断ち切り、無視しての19世紀文学だけの摂取でしたし、その新聞学の底にひそんでゐるギリシア、ローマ以来の古典主義の骨格は目にはいらなかつた。かういふ浅はかな仕事の結果、日本の文学者は概して、西洋とはすなはち西洋19世紀のことと思ひ込んでゐたのです。東・対・西とはすなはち、悠久の東洋・対・俗悪な進歩の時代といふことだつた。漱石が左国史漢と英文学とを対立させたのは、この図式を典型的に示してゐます。
谷崎や萩原の「日本への回帰」が実はモダニズムの一形態であつたと同じやうに、漱石の初期の小説もまたモダニズム文学の最も新しいものであつたと言へるはずです。事実彼は1900年から02年までイギリスに留学して、世紀末文学からモダニズムが成立するころのロンドンに居合せた。
モダニズム文学がいはば前史の段階を脱して本格的にはじまるところのロンドンで生き、そしてそのイギリス小説の大転回あるいはその萌芽の時期に立会つて、その体験を東京に持ち帰つたのが三十代後半の漱石でした。この、プルーストより四歳上、ジョイスより十五歳上の男は、東京に帰って数年後、プルーストやジョイスに先んじてモダニズム小説を書いたとわたしには見えます。


丸谷の本領発揮の大風呂敷である。Morris.はこれが結構好きだけどね。なんといっても面白いもの。
で、モダニズムが谷崎潤一郎や萩原朔太郎(これだってモダニズムと言われ出したのは戦後)よりうんと前にあの漱石が、それも同時代的に、プルーストやジョイスに先んじて実現されたなんていうのは、考えるだけでも嬉しくなる。

残念なことに、後期の漱石にはモダニズム文学の色調が薄れます。むしろ自然主義への接近が見られて、初期の漱石にみなぎってゐた祝祭的文学館は失はれて、じつに不景気なことになつてしまつた。(わすれられない小説のために)

そういえば、韓国では漱石は初期の作品に評価が集中しているときいた覚えがる。

中村光夫の『風俗小説論』以後、風俗は日本文学ではどうも評判が悪く、憎まれたり軽蔑されたりしてゐるやうだが、これは大きな間違ひなので、古来、小説家たちはみなこの要素と共に生きる人物たちを描く形で世界と人間をとらへてきた。空漠たる観念だけでは小説は成立たないことを彼らはよく知つてゐた。そして重要なのは、風俗のなかには服装、髪型、化粧、料理や酒の好み、建築、室内装飾、挨拶の仕方、会話の礼儀などからはじまつて精神風俗まで含まれるといいふ事情である。この要素は社会を大きく動かすものだし、従つて小説の方法において見のがすことができない。信仰にも哲学にも風俗といふ一面は確実にあるし、さういふ浮薄ないし俗悪な局面を見ようとしない思想論や人間観は硬直してゐるのである。

そうそう、俗は小説にとって大事な要素だと思う。俗気のない小説は面白くない。その点漱石は俗を避けることなく、それでいて、すっきりと表現しえていると思う。

日本では「モダン」といふ外来語は「当世風」などと嫌悪感をこめて訳されてゐるやうで、現代は下降史観によつて単純に蔑視されてゐるらしい。ボードレール的な「モデルニテ」への関心は薄い。そしてモダニズムは、私小説、プロレタリア文学と並べて「三派鼎立」などと言はれてゐて、そのせいかどうか、他の二つが重厚だつたり真摯だつたりとかく強持てするのにくらべて、何となく浮薄なもののやうに受取られてゐるふしがある。
漱石がモダニズムだといふ説は、容易に受入れられないはずだ。

Morris.は受け入れる(^_^;)

1861年から90年にかけて文学マーケットが勃興し、商品としての本が確立した。読者が本を買ふための基本的条件は、閑暇と識字力とポケット・マネーださうだがこの三つが揃つたのだ。

Morris.にはポケット・マネーが足りないので、図書館に全面的によりかかっているということになる。

漱石は出来あひのものとしてのモダニズム小説を学んだのではなかつたといふことである。1880年から1900年まではモダニズム小説のいはば待花(まつはな)の時期で、それから1920年までが初花のころだから、彼はイギリスの新小説が形成される過程に伴走者のやうにつきあひ、といふよりもむしろ自分の内部でそれを形成して行つた。それゆゑ彼の道筋は、横光利一、川端康成、伊藤整などのモダニズム受容と違ひ、もつと朦朧と、あるいは混沌としてゐて、内発的で、活力に富んでゐたし、いはば個体発生が系統発生をくりかへすやうな趣があつた。彼はヴィクトリア朝小説からモダニズム小説への移り変はりの、弟子でも傍観者でもなく当事者だつた。といふのは、漱石のモダニズムはイギリス小説史の展開を復習するところから生れたもので、それは18世紀小説の流れを汲む『吾輩は猫である』と『坊つちやん」からはじまり、ジェイン・オースティンの新版と見立ててもよい『三四郎』へと至つたものだからである。

三四郎がオースティンの新版。オースティンはまだ一冊も読んでないが、気になりながら手が出ないでいる。「個体発生が系統発生を繰り返す」というのがよくわからない。

イギリスの社会は
上流 upper class(王室、貴族など)
中流上層 upper middle class(政治家、医者、大学教授、会社社長、高級官吏などを含む)
中流 middle class(ビジネス・マンや知的職業などを含む)
中流下層 lower middle class(小売商人、下層官吏など)
下層 lower class(労働階級と同じ)
といふ区分で出来てゐる階級社会である。
『三四郎』には「日本の状態」小説とも呼ぶべき局面ないし性格があることに気がつくだらう。
彼がこんなふうに社会全体を展望しようといふ気持を見せたことは、これ以前にも以後にもなかつたのだ。その点で『三四郎』は例外的な作品であつた。

「一億総中流」と言われた70年代。格差社会となった現在でも、日本人の大部分はこの中流意識に囚われ続けているらしい。
漱石が日本の状態をどう捉えたのか、当時新聞を購読する層が中流だったと言えるかもしれない。

漱石はイギリス留学によつて自国への批評意識を強めたし、もともとイギリス小説の伝統に詳しかつたし、さらにオースティンを敬愛してゐたことは、後年、「則天去私」の作家は誰か問はれて彼女の名をあげたことでもわかる。そのオースティンゆづりのアイロニーが最もよく発揮されてゐるのは『三四郎』であつた。(三四郎と東京と富士山)

オースティンは徹底して中流社会の私生活と結婚について書き続けたようだが、そのアイロニー(皮肉、韜晦)というのは、作品を読まねば分からない。うーん、これも課題だなあ。

戦後の日本の知識人全体が、イギリス名誉革命以後、都市に生きる中流階級の人々の余暇の増大のせいで小説の勃興がもたらされたというイアン・ワットの小説史論に接しても、18世紀ヨーロッパの国民国家が、新聞と小説によつて想像の共同体として統合されたといふベネディクト・アンダーソンの政治学的仮説を耳にしても、さほどの感銘を受けなかつたのは当然だらう。日本人にとつて小説は、相変らず、社会と隔絶した藝術家による孤独で反社会的な作品なのである。(あの有名な名前のない猫)

Morris.がこのところ、少しずつ読んでた「想像の共同体」が「政治学的仮説」と軽くやりすごされてることに、ちょっと引っかかってしまった。東大英文科を出て、翻訳も多くこなした丸谷だから、これも原文で読んだのではないかと思うのだが、どうも、Morris.が途中まで読んだ内容とはかなり食い違っている、というか、あまりに瑣末的部分のみをとりあげての総括のように思える。まあ、感銘を受けなかった対象を「戦後の日本知識人全体」としているから目くじらを立てるほどのことではないかもしれないけどね。

2015/09/28(月)●メルヘンチックな十六夜Moon
7時起床。
今朝の血圧は171/79/85。
気持ちの良い秋空が広がっている。
昼前、神鋼病院に寄ってここのATMで出金と家賃振り込み、そのあと、動物園に行くつもりだったが、途中、神戸近代文学館に立ち寄る。宮本輝資料展が開かれていた。この建物は、元関学のチャペルで一時期図書館としても使用されてたので、Morris.には愛着のある建物である。地震で崩れて、再建されてワンクッションおいて現在の文学館になったのだが、ヴォリーズ事務所設計の煉瓦造りの立派なチャペルである。
今日はここのテーブルで写真絵葉書き書こうと思ったのだった。ここにはなぜか岡部伊都子のコーナーがあり、彼女愛用のデスクと椅子、そして彼女の著書のほとんどがおさめられている本棚もあり、閲覧自由である。Morris.は岡部伊都子は「みほとけとの対話」を偏愛して、彼女の著作では仏像や寺院回り関連本しか読まずにいた。しかしここの蔵書を見ると、沖縄や韓国関連の本がけっこうある。いちど、ゆっくりそちら方面の本も読んでみなくてはとおもった。
1時半頃動物園へ。例によって、北側の高台のベンチでミニギター。例のリズムボックスを使ってみたかったのだ。アイフォンアプリよりはボリュームあるだけに使いやすいと思う。
4時帰宅。
一服して、また屋上に。のんべんだらりとしてたが6時過ぎにふと東南の神鋼方面に目をやったら、大きな紅い月が上ってきたところだった。昨日が十五夜で中秋の名月だったが、満月は今日だということは知ってたが、それにしても大きい(@_@) 深江大橋の上にあって、両方のクレーンに挟まれた位置に、この紅い月というのはなかなかに刺激的である。デジカメで撮りまくり。Morris.のデジカメは小型のコンデジだが、光学30倍ズームの威力で、我ながら納得のショットが撮れた。Morris.には珍しくFacebookに投稿。今宵の月は、今年一番大きく明るく見える「スーパー・ムーン」とのことだった。けっこう騒がれてたんだな。
今日は午後6時からKBS2TVで「アイドルノレチャラン」という秋夕特番があることを偶然知ったのだが、月撮りで遅れて途中から見たが、これがまあ、とんでもなく面白かった。司会が本家と同じくソンヘさんというのもびっくりだった。審査員にテジナ、ヒョンスクといったトロット大御所、出演者はアイドルグループ。当然歌われるナンバーは、リズム歌謡やPOP系だが、これがまたMorris.にはなつかしいものが多く、ソンヘさんもしっかり「ネナイガオッテソ」熱唱。実に楽しめるものだった。韓国人有志がYou Tubeにアップしてくれることを期待したい。
今夜のKBS歌謡舞台1436回は 「開放70年、歌謡舞台30年、추석특집秋夕特集- 남진, 조영남 해방둥이 빅쇼 ナムジン、チョヨンナムビッグショー-」と、タイトルからして豪華版。100分特番である。

* 오프닝쇼 オープニングショー  임과 함께あなたと共に + 물레방아 인생水車人生/KBS예술단KBS芸術団
 1) 친구야 친구友よ友よ/남진ナムジン, 조영남チョヨンナム
 2) 울려고 내가 왔나泣くためにやってきた+ 가슴 아프게 胸が痛んで+ 우수ウス/남진ナムジン
 3) 제비燕 + 내 고향 충청도我が故郷忠清道+ 도시여 안녕都市よさらば/조영남チョヨンナム
 4) 신라의 달밤新羅の月夜/남진ナムジン
 5) 안개 낀 장충단 공원霧深い奨忠壇公園/조영남チョヨンナム
 6) 하숙생下宿生/남진ナムジン
 7) 울고 넘는 박달재泣いて越える朴達峠/조영남チョヨンナム
 8) 딜라일라ディライラ/엄용수オムヨンス
 9) O mio babbino caro +불 꺼진 창灯の消えた窓/조영남チョヨンナム, 신델라シンデレラ
10) 그대 그리고 나貴方そして私/조영남チョヨンナム, 신델라シンデレラ
11) 젊은 초원若い草原/김수찬キムスジャン
12) 호랑나비揚羽蝶/김흥국キムフングク
13) 둥지/남진ナムジン
14) 사랑 없인 못 살아요愛なしでは生きられない/조영남チョヨンナム
15) 송학사ソン博士
16) 사랑이란愛とは/조영남チョヨンナム, 다이아ダイア
17) 모란 동백牡丹椿/조영남チョヨンナム
18) 빈잔空っ尻/남진ナムジン
19) 어머님母上/
20) 당신이 좋아貴方が良い/남진ナムジン, 진미령チンミリョン, 문연주ムンヨンジュ,유지나ユジナ, 강민주カンミンジュ, 우연이ウヨニ21) 파트너/남진
22) 나야 나俺だ、オレ/남진ナムジン
23) 화개장터ファゲ市場/조영남チョヨンナム
24) 임과 함께貴方と共に/남진ナムジン, 조영남チョヨンナム
25) My way/남진ナムジン, 조영남チョヨンナム,KBS합창단合唱団


ナムジンとチョヨンナム、どちらも今や大御所歌手でどちらもきらいではないし、それなりに見どころのある番組だった。20.タンシニチョアは、ナムジンとチャンユンジョンのデュエット曲だが、今日はナムジンが5人の女性歌手を従えてハーレム状態だったのが笑わせた。でも、Morris.としては、ここで「ナフナ&ナムジン特集」だったら、どれだけ盛り上がったかと思う。ナフナとナムジンはデビュー当時からライバル視されてて、その後はナフナが突出してた。それが、10年位前ナフナが突然が活動を控えた形になり、今やナムジンばかりが、テレビに出ている。ナフナの動向が気になるところである。

ちび昼顔? 

大和蜆 

葡萄棚 

神戸近代文学館 

宮本輝展 

麒麟児の長い下 

枝もたわわの団栗 

駝鳥 

赤い木の実 

ハンター邸 

親子河馬 

今日のまぬう 

親子アムール豹 

白胸大嘴(シロムネオオハシ) 

無茶見難い(>_<) 

屋上午後5時の北の空 

同じく南東の空 

6時紅い満月が 

そのまま絵になりそう 

クレインオンザムーン 

全景 


2015/09/27(日)●秋夕
7時半起床。
今朝の血圧は164/64/72。
朝の三点セット。
風邪はだいぶましになったようだが、咳と鼻水は残ってる。
「日曜討論」テーマは安保法案だが、政治家でなく、櫻井よしこ、小熊英二など評論家の出演。つい見てしまったが時間の無駄遣いでしかなかった。
KBSノレチャランはソウル汝矣島広場、秋夕特集「地球村から」ということで、海外から韓国に定住した出演者たち。中国、ウクライナ、モンゴル、フィリピン、ケニア、カンボジア、ベトナム、インドネシア、米国などで、日本人は一人も出なかった。
午後はミニギターとリズムボックスと本と缶チューハイ持って屋上でゴロゴロ(^_^;)
リズムボックスは屋上でも充分の音量。ただ、BPMが出ないのでスピードが正しいかどうかわかりにくい。いちいちアイフォンのアプリでチェックするのも面倒だ。途中ボンボンベッドで読書しながら、アイフォンで阪神-広島戦聴く。1-3で阪神劣勢。7回に1点差に迫り、8回表無死満塁、これで同点か逆転と思ったのに無得点でその裏に2点取られ、結局敗戦。これで今シーズンの優勝の可能性は皆無になった。
夕方自転車で大安亭に買い物に出る。途中前輪の空気がちょっと抜けてる感じ。前にも行った春日野道のおじいちゃんの自転車屋で診てもらう。パンクではなくネジ部のいわゆる「ムシ」が劣化してたらしい。
大安亭で買い物前にしばらく猫撮り。八百屋猫はたまり場の駐車場がビル工事中で、八百屋前の狭いところにうずくまってた。
7時帰宅。
今日の歩数は2864歩。

春日野道の自転車屋で 

大安亭裏路地クロ 

裏路地白茶 

大安亭八百屋猫たち 

八百屋猫クロ 

中秋の名月 

【在日朝鮮人:歴史と現在】水野直樹、文京洙 ★★★ 2015/01/30 岩波新書1528

本書は、大きくは韓国併合前後から、植民地期の在日朝鮮人世界の形成を経て、戦時期の試練へと至る時期を扱った第一章、第二章(執筆担当、水野直樹)と、朝鮮開放から、高度成長期以後の在日朝鮮人の世代交代や多様化を経て、、「グローバリゼエーションの時代」へと至る時期を扱った第三章、第四章、終章(執筆担当、文京洙)の二つの部分から成り立っている。(まえがき)

1923(大正12)9月1日の関東大震災で、殺された朝鮮人の数は司法省の発表では233名、朝鮮総督府の資料では832名、政治学者吉野作造の調査では2711名とされるが、朝鮮人留学生らが「罹災同胞慰問団」の名目で行なった調査では6415名という数字が揚げられている。日本政府が朝鮮人虐殺の事実を隠すために調査を妨害したので、正確な死者数は不明だが、千名単位の死者があったことは否定できない。(第一章 定着化と二世の誕生)

関東大震災時の朝鮮人虐殺は、日本人としては実にやりきれない不祥事である。デマや風聞にのせられたとしても、日本人の側に、朝鮮人から仕返しされるといった気持ちがあったからだろうし、その元は朝鮮人への差別意識と侮蔑があったろう。

1938年に下関の学校が作成した資料は、全校児童の約20%を占める朝鮮人児童の性格を「無気力、不熱心、勉学心乏し、積極的気風を欠く」「強情強い所があるかと思うと軽率、雷動的」「不道徳行為を平気でやる」「虚言を何とも思わず、羞恥心に乏しい」など、あらゆる否定的言辞で貶めた上で、それを矯正するには「日本人意識日本精神」を持たせ、「日本人の真の力を敬仰景慕せしめ日本児童たることを至高とし感謝する情念を養う」ことが必要であるとしている。

恥ずかしい(>_<)

1939年以降の強制連行・強制労働の時期には、樺太の炭鉱に多くの朝鮮人が送り込まれた。その数は2万人近くに上ると見られるが、戦争末期になると九州や北海道の炭鉱に移動させられた者も多く、正確な数字をつかむことができない。日本敗戦時に樺太にいた朝鮮人の数は4万人以上といわれるが、これも正確には不明である。
戦後、ソ連領となった樺太からは、引き揚げ協定にもとづいて日本人が引き揚げたが、朝鮮人は引き揚げの対象とされず、サハリンに取り残されることになった。戦時期に動員された際、故郷に残してきた家族と連絡もとれない状態が長く続いた(ソ連崩壊後、ようやく韓国に帰ることができるようになった)。日本の植民地支配と戦争動員が生み出した大きな悲劇である。


樺太に取り残された朝鮮人たちは、祖国へ帰るすべもなかった。理不尽の極みである。
むくげの会では数年前からサハリンを定期的に訪れて、返還団体と連携して当地の朝鮮人の調査や報告を行なっている。

敗戦後の特高警察の解体とともに興生会も解散することになったが、協和会・興生会体制の下で進められた朝鮮人の皇民化、一部朝鮮人の親日化、さらには警察を軸とする朝鮮人の管理・統制などの問題は、戦後の日本社会、在日朝鮮人のコミュニティにも「負の遺産」として引き継がれることになる。(第二章 協和会体制と戦争動員)

戦前戦中の悪しき体制が戦後に持ち越されているというケースは、仔細に見ればかなり多岐多様にわたっている。死んだと思ったのが生き返ってくるということもある。

朝鮮戦争中の過激な反戦運動は、共産党と在日朝鮮人を日本社会のなかで絶望的なまでに孤立させた。共産党は52年10月に実施された総選挙では49年選挙で獲得していた30の議席をすべて失い、翌年4月の総選挙でも辛うじて一議席を獲得したにすぎなかった。孤立感や徒労感が漂うなかで共産党や民戦内部でそれまでの闘争方式を「一揆主義」や「冒険主義」と批判する声が高まっていった。3月のスターリンの死、7月の朝鮮戦争停戦、さらに10月の徳田球一の北京での各死などもあって、合法的な大衆路線への共産党の政策転換が在日朝鮮人運動の「路線転換」を伴いながらすすむことによる。

Morris.は共産党のシンパではないが、日本共産党の政策転換は実にヘマだったと思う。

在日朝鮮人の国籍問題は講和条約の発効を控えて開かれた日韓予備会談(1951)でも議論されたが、韓国側は、国籍の選択権よりも在日朝鮮人を一律に韓国国民として認定することを日本政府に迫った。当時の在日朝鮮人の登録者56万人余りのうち韓国籍保持者は17%にすぎず、韓国政府にとっては在日朝鮮人の韓国籍への囲い込みが重要であった。
一片の通達によって外国人となった在日朝鮮人は法律126号によって当面の在留は許されたものの、国外への退去強制規定を盛り込んだ出入国管理令の対象となり、外国人登録証の常時携帯や指紋押捺を義務づけられることになる。一方で、日本政府は「帰化」をめぐる裁量権を名目にして好ましい者、つまり日本に完全に同化した者のみを日本国民とする政策をその後も押し通した。




民戦時代の文化活動を代表する『ヂンダレ』の編集・発行に携わった金時鐘は、「思想悪のサンプル」として組織の思想的引き締めや鈍化のための、いわばスケープゴートとなった。『ヂンダレ』は、53年2月、大阪朝鮮詩人集団の機関誌として創刊され、金時鐘のほかに鄭仁(チョンイン)、権哲沢(クォンゲテク)、梁石日などが日本語による創作を発表した。だが、これに対して総連は「民族虚無主義」などの批判を浴びせた。朝鮮語による「愛国詩」の創作を求める総連に対して金時鐘は、「詩を書くことと愛国詩を書くこと」は無関係であり、「在日」という特殊性は、祖国とはおのずから違った創作上の方法論が必要だと反論した。「批判は58年から65年まで延々と続き、丸10年表現活動ができなかった」と、金時鐘はふりかえっている。巨大化した組織と、「在日を生きる」表現者の自己意識との齟齬が明らかとなりつつあった。

以前学生センターでの金時鐘さんの講演のあと、打ち上げで、現物の「ヂンダレ」を手にして当時の話を伺ったことを思い出した。

1958年の中留集会以降、にわかに帰国運動が大規模化した背景について最近の研究は当時の東アジアの冷戦構造のなかでの北朝鮮の状況判断や政策変化をいちように指摘している。要するに北朝鮮は、金日成単独支配の確立や社会主義建設での達成をふまえて、日韓の離間や日朝関係の推進、対南戦略、さらに経済建設の人的資源の確保など複合的な利益を求めて大量帰国政策に踏みきり、総連もそれまでの方針を変えて、組織を挙げてそのためのプロパガンダを展開したのである。(『日朝冷戦構造の誕生』朴正鎮)
だが、もちろん、在日朝鮮人の歴史の中でも最大規模の運動といえる帰国運動が、北朝鮮の指令や総連のプロパガンダだけで実現しうるものではない。言うまでもなく、多くの在日朝鮮人が日本での生活に見切りをつけ祖国に夢を託した背景には、なんといっても救いがたいほどの貧困や差別があった。(第三章 戦後在日朝鮮人社会の形成)


それにしても、あの当時、北朝鮮に「帰国」した在日朝鮮人(ほとんどが半島南部出身)たちのその後を思うと、暗澹たる思いに襲われる。

「法的地位協定」(1965)にみられる日本政府の本音は、東アジアの冷戦政策の遂行上、韓国籍保持者に限って「永住権」を付与するが、その中身はできるだけ限定したい、というものにほかならなかった。当時の首相、佐藤栄作は、国会答弁で「永久に永住権、居住権」を認めて、「外国人として特殊な生活様式を持つこと」は「将来に禍根を残す」と述べたが、マスコミの論調もこれと似たり寄ったりであった。
「朝日新聞」も、「子孫の代まで永住を保障するとすれば、将来この狭い国土の中に、異様な、そして解決困難な少数民族問題を抱え込むことに」(1965/03/31付社説)なると書いた。日本側のこうした同化主義は、韓国側の在日に対する「棄民政策」と表裏の関係にあった。65年、李東元外務部長官は、「在日韓国人は日本人に同化される運命にあり、在日韓国人に対して、そのような方向での日本国民の配慮を期待する」と語り、当時の韓国政府の認識を露わにした。


「地位協定」というと反射的に日米安保条約の下の日米地位協定を思い出してしまう。日韓の地位協定もやはり不平等に満ち満ちているようだ。韓国の在日朝鮮人「棄民政策」というのも、日本の南米移民「棄民政策」に通じるものがある。

在日企業の揺籃期に総連が商工会や朝銀を介して果たした役割は実に大きい。しかし、70年代には、在日企業の稼ぎだした富が総連を介して北朝鮮に吸い上げられるという仕組みがつくり出される。85年、金日成は、総連結成30周年の記念式典に祝電をおくり、在日商工人を「総連の基本群衆」「愛国の主人」ともちあげた。だが、すでに代替わりを経つつあった同胞の商工人たちにとって北朝鮮への献金は、愛国心よりも、帰国した親族の生活や地位向上を願っての上納金といった意味合いを少なからず帯びていた。(第四章 二世たちの模索)

帰国運動で北朝鮮に行った在日朝鮮人たちは、残った在日朝鮮人に対する「人質」になってしまい、総連は人質のために「上納金」を送り続け、いつのまにか自分で自分の首を締めてたということか(>_<)

80年代は日本人の他者認識に變化が兆し始める時期であり、日本人の韓国への関心も、それまでの政治・経済などハードな分野に限られていたものが、料理、音楽、映画といいたソフトな大衆文化を中心としたそれに傾きはじめる。80年代初めには趙容弼の「釜山港へ帰れ」が大ヒットし、84年には、NHKで「ハングル講座」が開設される。関川夏央の『ソウルの練習問題』(1984)や四方田犬彦の『あんにょん・ソウル』(1986)など韓国を普通の外国として眺める戦後世代の言説も注目を集めるようになり、88年ソウル五輪を前後する時期には、韓国の大衆文化が「韓国ブーム」という形で日本社会に受容された。

まさにMorris.はこの時期に韓国デビュー(^_^;)した。特に関川夏央の「ソウルの練習問題」は刺激になった。

2000年代以降には韓流ブームに乗って、コリアタウンは関西の観光名所としてにぎわうようになった。
1989年の韓国での海外旅行の自由化がいわば「ニューカマー元年」だとすれば、それからすでに20年余りの歳月が流れ、その多くは「ニューカマー」という言葉がもはや不自然なほど日本の地域社会に定着した。猪飼野では、そうしたニューカマーがオールドカマーの生活世界と摩擦や融合を繰り返しながら歳月を重ねて固有の慣習や文化をもつ生活圏が形づくられてきたといえる。だが、大久保では、オールドカマーの影はいたって薄い。グローバル化の下で意味が改めて問われようとしているのである。

その韓流ブームもそろそろ頭打ち、在日外国人の中で朝鮮/韓国人の割合は1/3くらいになっている。帰化する人の数が増加しているようだ。Morris.は鶴橋、猪飼野付近がフランチャイズ?だが、たまには大久保付近にも出張ってみたいものだ。

2015/09/26(土)●無為のいちにち
7時起床。
今朝の血圧は165/78/98。
久しぶりにピーター・バラカンのウイークエンドサンシャイン聴く。リクエスト特集で、とりとめのないものだったが、ジャズっぽいものや、マヘリア・ジャクソンなど黒っぽい曲が多い中で、唯一邦楽で浜田真理子の「しゃれこうべと大砲」が流れて、これがなかなかにいい感じだった。この曲は数年前のNHKドラマ「白洲次郎」の挿入曲だったらしい。
風邪は昨日よりはましになったみたいだが、大事を取って、一日部屋ゴロに徹する。
阪神-広島のデイゲーム。前健にやられて1-2で惜敗。
今日の歩数は0歩。

【嘘だらけの日韓近現代史】倉山満 ★☆
  2013/12/01 扶桑社新書
まあ、タイトルと出版社見ただけで、どんな本かは想像がつこうと言うもの(^_^;)
著者の名前も知らないが73年生まれで、憲政史研究者を名乗っている。本書の前に「嘘だらけの日米近現代史」「嘘だらけの日中近現代史」を出しているらしい。2チャンネルなどのネット右翼レベルの内容だろうが、トンデモ本を読むつもりで冷やかしてみることにしたのだ。予想通りかなり偏向した内容だが、ところどころまともそうな意見も散見した。
一応時間軸で七章に分かたれてるが、その小見出しのいくつかをあげておく。

・「高麗」他国の英光は自分の歴史
・「世宗大王」愚民に文字を与えた名君
・朝鮮半島は秀吉の「通り道」だった
・無礼な朝鮮--征韓論の真相
・「日清戦争」は朝鮮の約束違反が招いた
・「日露戦争」はロシアに媚びた朝鮮が招いた
・朝鮮など併合したくなかった
・朝鮮人を守るために満洲事変が起きた
・帝国陸軍の申し子、朴正煕
・北朝鮮に核武装を許した金大中
・泥舟中国にすり寄る朴槿恵


(^_^;)(^_^;)(^_^;)

古代史本はミステリアスで面白いストーリーが作れるので根強い人気がありますが、私は史学科出身で、隣の席でコツコツと研究している古代史研究者の姿を知っているので断言します。日本古代史で面白く突飛な主張をする人はすべて偽物だと思って下さい。

たしかに、古代史トンデモ本は多いけど、それが「面白く」読めればそれでいいとも思う。

韓国では常に真人間が非業の最期を遂げます。その真人間の定義とは、「愛国者」で「親日派」です。


「チニルパ(新日派)」は、韓国では最大級の罵倒語で、これは何とかならないものかと思ってしまう。基本的には植民地時代に日本におもねった人々を呼ぶ言葉だったらしいが、戦後、日本のことをよく知って、仲良くしたいと思う韓国人がこの罵倒語のために、その気持を素直に出せないこともあるのではないだろうか。

東学党とは、西洋の経済や文化的な侵略に対し、東洋本来の精神で対抗しようとしたと理解されていますが、より正確には朝鮮ナショナリズムの追求です。
西洋の文物を取り入れようとする開化思想も、儒教精神に則った衛正斥邪思想も両方排して、民衆の救いを目指そうと1860年に崔済愚がはじめました。儒教のような難解な学問ではなく、「天に感謝すれば救われる」という単純極まりない教えを信じればいいだけという教義なので、ほとんど文字がよめなかった朝鮮の民衆にも急速に普及します。
第二代崔時享のときに、日清戦争の原因となると日本の教科書でも必ず紹介される東学党の乱が起ります。とにかく、思想性はあまりないけれども、民衆の気持ちをつかんで勢力を張ったのが東学党です。


この東学党に関しては、むくげの会の信長正義さんが地道に研究を続けている。

明成皇后こと閔妃こそ、日韓人民共通の敵です。「人を殺すのは良くない!」というような当時の李氏朝鮮には全く存在しない価値観でも持ち出さなければ、閔妃殺害を指弾することは不可能でしょう。韓国人の立場に立てば、閔妃はドイツ人におけるヒトラーのようなものです。

閔妃が暗殺された現場である景福宮で、その石碑などを探したが見つからなかった。以前には石碑と祠みたいなのがあったと思うのだが。どんどん復元して新しい建物が増設されている中で、どこかに移されたのだろう。

そもそも論ですが、日本は朝鮮を「侵略」したと言いますが、なぜ悪いのでしょうか。確かに現在「侵略」は悪いこととされていますが、いつから悪いことになったのでしょうか。むしろ、日本が韓国を併合した1910年の価値観では、「侵略」はいいことでした。
ちなみに、国際法として「侵略」が悪だという価値観が定着するのは、1945年に51カ国によって署名された国連憲章です。1917年のアメリカ大統領ウッドロー・ウィルソンの「勝利なき平和」や1928年の不戦条約にもそういう傾向が見いだせますが、確立するのは1945年であって、それ以前に「侵略は悪だ」などということ自体がナンセンスなのです。


おお、ものすごい開き直り論ぢゃ(^_^;) 著者の本領発揮といったところ。こんなの読んで、2チャンネルなどに孫引きするものが多いのだろう。

根本的なことを指摘すると、当時の日本人が「韓国を植民地にした」などとはしゃいでいながら、「植民地に投資する」というよくわからない行動をとったことが問題なのです。
結論から言えば、日本人には真の意味での植民地経営は無理でした。少なくとも善意の塊のような日本人には、朝鮮支配は無理です。


「善意の塊のような日本人」(>_<) うーん、よくまあ、こんなこと言えるなあ。

従軍慰安婦--戦地売春婦のことですね。彼女らはお金をもらっていましたが、あなたはこの世のすべての売春を廃絶しようという立場なのでしょうか。
強制連行といいますが、要するに女衒です。親に騙されて売られた少女がいたことを日本国の責任にしたいのであれば、買春したことのあるすべての男性を裁いてから言うべきです。


橋下発言を思い出した。

最終的に、朝鮮戦争は米中の戦いになっています。金日成も李承晩も敗走を重ねるごとに、それぞれの陣営で発言権をなくしていくのですが、反対派の粛清だけは忘れません。韓国検定教科書の言う、「戦争の結果、南北双方で独裁が強化された」という結果につながっていきます。二人とも戦争責任を問われたくないから、それぞれの国で反対派を粛清して独裁を強めたのです。

李承晩は独立運動などほとんどやらず、戦時には米国の保護下にあり、解放後帰国してアメリカの後ろ盾で大統領にしてもらったのだが、朝鮮戦争でもほとんど無策だったようだ。

北朝鮮は朴正煕政権のことを「ファッショ独裁殺人鬼一味」と呼んでいたものですが、鏡に映った自分のことを指していたのでしょう。
日本では、朝日新聞を代表するメディアが朴正煕を「悪の軍事独裁政権」と蛇蝎の如く嫌う反面、北朝鮮のことは「地上の楽園」と礼賛していました。


たしかに当時の日本のマスコミの朝鮮半島への論調は、そのとおりだったと思う。

デフレで広告収入が減り、「制作費を赤字にしないプロデュ-サーこそ仕事ができる人」という文化に変わります。ドラマでも報道でも、かつての一本分の制作費で三~四本の番組を作る、そもそもお金のかかるドラマよりも安易なバラエティ番組を作るという風潮になってしまえば、良い番組など作れません。面白くないから、視聴者が離れ広告収入が減る、お金がないので益々面白い番組を作れなくなる。まさにデフレスパイラルそのものになってしまうのです。さらに、テレビ業界全体の自主規制が輪をかけます。
そんなところに、韓国政府の補助金によってダンピングに等しい価格で販売された韓流ドラマが流れてくると、飛びつくのはとうぜんではないでしょうか。


これは日本のテレビの現状を、正しく捉えていると、大いに共感するところだった。著者の言いたいのは、それゆえに韓国ドラマブームになったってことだけどね。

かつて、ソ連は自民党に工作を仕掛けるときに、あえて反共のタカ派に目をつけたそうです。そして、「反ソ」で構わないから「反米」であればスパイに仕立てあげられるというリアリズムに徹したのです。
日本が見習うべきはこれではないでしょうか。「反日」でも構わないから、「反北」であれば共闘できる。朴正煕のときの「昼は反日、夜は親日」などはその理想型とも言えたのです。日韓現代史で悲劇なのは、二つです。韓国が「反北」ではないこと。もうひとつは、日本が弱すぎることです。

佐藤優の「インテリジェンス論」の模倣だろうか。

安部首相がやろうとしている「戦後レジームからの脱却」、すなわち「敗戦国からの脱却」には多くの抵抗勢力が存在します。敗戦国である日本から利権を得ている勢力にとって、間違いなく安倍政権は邪魔な存在です。
日米同盟を強化しつつ、中韓以外のアジア太平洋諸国との友好関係を強化し、英仏をも招き入れるダイヤモンド構想は、久しぶりの自主外交の姿でした。
長年の懸案であった集団的自衛権の解釈変更に関しても道筋をつけ、戦後最強の官庁と言われていかなる政権も介入できなかった内閣法制局長官人事で意中の人物を送り込みました。


やっぱり著者は安倍派の一員だった。この「意中の内閣法制局長官」というのは、先般の国会答弁で、ブーイングの的だった横畠裕介のことかと思ったが、出版時期からすると、小松一郎のことらしい。こちらも国会答弁で共産党議員から「安倍総理の番犬」呼ばわりされたらしい。

2015/09/25(金)●風邪治らず(>_<)
6時起床。
今朝の血圧は193/88/87。
小雨の中自転車で摩耶倉庫へ。
矢谷くんら4人で、茨木市のスイス向け船便ピックアップ現場。
お客さんが15箱くらい梱包済ましてたので、昼前に作業終了。
近くの「ひごっこ」という店で熊本ラーメン(650円)。博多系に近いけど、やっぱりMorris.は長浜ラーメンの方が好き。
3時前倉庫に戻り、バン詰め作業などして、5時に倉庫出てマルハチで買い物して6時前帰宅。
昨日のマルイ前が結構寒かったのと、今日も、自転車で少し濡れたりしたこともあって、数日前からの風邪が治り切らない。この時期は仕事もあまり無いみたいなので、じっくり静養しよう。
摩耶埠頭に黒いバラ積み船が停泊してたので撮影。
ヴァヌアツ船籍の「GLOBAL VENUS」。総トン数33126トン、載貨重量58635トン。船のトン数は前にも何度か調べたことがあるが、すぐこんがらがってしまう。川崎汽船(この船も川崎製)のホームページに問答形式のわかりやすい説明があった。総トン数(Gross Tonnage)は船の容積、載貨重量トン数(Deadweight)はめいっぱい詰める貨物の重さということらしい。
阪神は広島に3-0で勝ち、5連敗は免れたようだ。
今日の歩数は4833歩。

今朝の高橋猫 

GLOBALl VENUS 

病院のヘリだった(@_@) 

【日本の国境問題-尖閣・竹島・北方領土】孫崎享 ★★★ 2011/05/10 ちくま新書
2012年刊行の「戦後史の正体」を最近読んで大いに共感を覚えた直後に、本人の講演聴く機会があって、他の著書も読まねばと思ってたが、日本の国境問題を取り上げた本2冊を立て続けに読むことが出来た。
本書は新書だけに、分かりやすかった。

尖閣・竹島・北方領土。領土は魔物である。それが目を覚ますと、ナショナリズムが燃え上がる。経済的不利益に、自国の歴史を冒瀆されたという思いも重なり、一触即発の事態に発展しやすい。突き詰めれば、戦争はほぼすべて領土問題に端を発する。(カバー袖書)

なかなかうがったキャッチコピー(^_^;)である。

領土問題は領土問題単独では問題にならない。一番多いケースは国の内外情勢が悪い時、ナショナリズムを煽り、世論の支持を得ようとすることである。
政治家が対外的に強硬姿勢を取ることは、どの国でも最も安価に支持率をあげうる手段である。


李明博の竹島(独島)上陸が思い出される。

「日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国并ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」(1945/08/02-ポツダム宣言)
日本の範囲に含まれる地域として「四主要島と対馬諸島、北緯30度以北の琉球諸島を含む約一千の島」とし、「竹島、千島列島、歯舞群島、色丹島等を除く」としている。(1946年1月 連合軍最高司令部訓令)


ポツダム宣言に関する野党の質問に、安倍総理が知らんぷりを決め込んだのは、ポツダム宣言を無いものにしたいというのが、彼の本音なのだろう。もう一つの訓令をそのまま受け入れれば、竹島(独島)と北方領土問題は、初めから問題にならないことになる。

今日、米国にとって安全保障上の最大の課題は中国になった。米国国内では中国との関係で、中国を自分たちの方に引き込み宥和政策をとるグループと、あくまでも中国と対決することを望むグループに分かれている。前者は金融・産業界である。後者は産軍複合体である。いずれも米国内で強力な基盤を有する。一方が完全に優位に立つことはない。米国の対中国政策は、今後絶えず協調路線と対決路線の間で揺れ動く。

ちょうど現時点で習近平がアメリカ訪問中だが、アメリカは「米中」2G体制でほぼ決まってるように思う。

リチャード・アーミテージ元米国務省副長官は著書の中では「日米合同で合同上陸作戦訓練を行うべきだ。パラオでもマーシャル群島でもどこでも。日本はもう少し軍備にお金をかけることができるでしょう。たとえば憲法九条を破棄したらどうでしょう」と言っている。

「たとえば憲法九条を破棄したらどうでしょう」なんてことをアメリカの政治家が著書に書くということ(^_^;)

尖閣諸島では中国が攻めてきた時には自衛隊が守る。この際には米軍は出ない。ここで自衛隊が守れば問題ない。しかし守りきれなければ、管轄地は中国に渡る。その時にはもう安保条約の対象でなくなる。
こう見ると、「日本は北方領土、竹島、尖閣列島を守るためにも、強固な日米関係が必要である」と一般に思われていることが、実はどれもこれも自明ではない。

ここがキモかもしれない。

紛争が発生した時、異なる見解を持つ相手を力まかせで従わせようとしても、簡単にいかない。しかし、相手が紛争解決に利益を見いだすなら、事態は簡単に解決する。平和的手段は一見頼りない。しかし有効に機能させれば、最も効果のある手段となる。

「利益」至上主義(>_<) これは人類発生以来大きな主導原理である。

平和的手段の類型
1.相手国と直接交渉し、合意点を見いだすこと。
2.国連等の政治的取り決めに依存すること。
3.国際司法裁判所など国際的な司法に解決を委ねること。
4.紛争の生じうる可能性のある相手国と地域機構を構成し、紛争の対象よりもはるかに利益の大きい協力関係を築くこと。


ここでもやっぱり「利益」ぢゃ。

尖閣諸島への中国の武力行使が国連憲章の「領土保全に違反する」ことを、中国政府や国際社会に訴えていくことは、十分抑止力となる。
将来、日・中・ASEAN諸国との間での協力を安全保障に広げ、ここでASEAN・中国で合意している「領有権」紛争は武力行使に訴えることなく、平和的手段で解決する」を日・中・ASEANに拡大できれば、日本外交の大成功となる。

これは今の日本政府外交では、まず無理だろう。

権利留保条項(without prejudice clauses)は二国間交渉と同様、多国間交渉においても有効である。
武力紛争に持ち込まないとう意識を持ちつつ、各々の分野で協力を推進することが、平和維持の担保になる。
領土問題の重要なポイントは、領土問題をできるだけナショナリズムと結び付けないことである。
しかし、政治家の中には、自己の勢力を強め、自己が推進したいと思う政策を推進するために意識的に領土問題を煽る人々がいる。
私たちは、政治家が領土問題で強硬発言をする時、彼はこれで何を達成しようとしているかを見極める必要がある。


Morris.は領土問題は、話し合いでは解決しないとずっと思い込んでいた。といって、すぐさま武力行使というわけにはいかない。つまり永遠のディレンマだろう。ナショナリズムを表に出すと、たしかに引っ込みがつかなくなる。島国である日本の場合、国境問題は概ね海洋に点在する島が舞台となるだけに、問題が見えにくい。それがいいのか悪いのかわからないが、尖閣に関しては「寝た子を起こす」ような愚を犯した石原都知事(当時)の罪は大きい。そして、背後にあるアメリカの思惑を瞬時も忘れてはならない、というのが著者の持論である。


【検証 尖閣問題】孫崎享 ★★★ 2012/12/21 岩波書店
孫崎と数人の識者による対話が中心となっている。

尖閣諸島問題が浮上するとともに、安倍自民党総裁等自民党議員等から集団的自衛権の行使を実施すべきだという声が強まってきた。ここでいう集団的自衛権は日本の防衛とは直接関係がなく、自衛隊を海外に派遣するためのものだ。

「集団的自衛権」ではなく「集団的他衛権」であり、専守防衛とは全く相反する考え方である。

集団的自衛権の推進者たちは「国連で認められた権利であり、これを行使できないのはおかしい」という論を展開している。しかし、これは間違いだ。彼らが行おうとしていることはむしろ、武力行使を相手国が軍事的攻撃をした時に限定しようとする国連憲章の精神に反するものである。自民党等の主張する集団的自衛権は先制攻撃の一部分である。そして米国が「国際的安全保障環境の改善のため」と称して行う軍事行動はイラク戦争やアフガニスタン戦争、リビア攻撃を見てもわかるように、不当に戦争に入っていることが多い。
集団的自衛権の問題が浮上しているのは、尖閣諸島をめぐる動きを日米軍事協力の強化に利用しようとする動きの一環である。


こういった物言いを「陰謀論」と非難する輩も多いが、Morris.はこれこそまっとうな「正論」だと思う。

天児慧 石原さんがああいう揺さぶりをかけて、日本政府がそれに対する対応に追われていく。私は、極端な言い方をすれば、日本の国有化というのは、まさに現状維持を内部的に保証する手続きであったと思います。しかし、それはいくら説明しても中国側は、「国有化」の意味としてそれは受け止められない。
やはり日本の外交が少し中国の動向の読み方を誤っていたのではないかと思います。
日本はもっと冷静になって、少なくとも中国側の面子を立てることをしなくてはならない。国有化に踏み切ったというのは、中国にとって実質的な問題もありますが、それ以上に面子の問題でもあるわけです。

石原元都知事のスタンドプレイにあたふたして、国有化した民主党野田総理(当時)の対応は外交のいろはを知らない素人丸出しのやり方だったな。

小寺彰 日中関係と言うのは非常に難しいものだと思っています。日本と中国の経済関係は、日米関係を越えていまや日本にとって最大のものになっているのですが、他方で、中国共産党の正統性の一つは反日戦争を戦い抜いたことにあるということで、どうしても反日的なエレメントが伏在しているわけですね。そういう微妙な関係の中で、都が尖閣諸島を取得するという方針を出した。このように難しい関係にある国に対して一歩踏み込む時は相当慎重でなければいけないのに、尖閣諸島は日本の領土だからやりますというようなきわめて単純な理屈で行なわれたことに、私は大きな憤りを覚えます。

日中戦争で日本軍と戦ったのは、毛沢東の共産党ではなく、蒋介石の国民党だったのではなかったか。それはともかく、反日は国民感情というより、中国政府の恣意的「道具」として利用されている気がする。だからといって、日本が「嫌中」で対抗しても始まらない。ここは慎重のうえにも慎重にやるべきだった。

石川好 2年前の漁船衝突の時に民主党がやったことは、ほとんど世間知らずで、所轄官庁の前原国土交通大臣に海上保安庁から情報を上げたら、「船長を逮捕」と言ってしまうわけです。赤塚不二夫の漫画と同じで、「逮捕」と(笑)。岡田外務大臣もすぐに「逮捕」、仙石官房長官も弁護士だから「逮捕」と言ってしまった。
今中国の内部で起きている一番恐ろしいことは何かと言うと、第二次大戦の否定までにおhンはしようとしている、と見ていることです。いま安倍さんが、宮沢談話、村山談話、これは侵略戦争であったことを認めたものですが、それから河野談話、この三つを否定する、と言っている。これは別に国会で決めたわけではなく、内閣が踏襲しているだけですが、これを安倍さんは、自分が政権をとったら全部やらないと言っているわけです。これをやらないと言った瞬間、中国は国交正常化を全部廃棄に出ます。次に何をするかというと、倍賞を請求します。これはもう内部で議論が始まっている。

民主党は世間知らず、安倍内閣は怖いもの知らずということか(>_<)

宋文洲 (自著『やっぱり変だよ日本の営業』の)最大のポイントは精神論を否定したことです。根性さえあれば売れるというのは嘘に決まっている。お客さんはニーズがあって買ってくれるのであって、根性を見せられても買わない。外交問題もそうでしょう。外交というのは、お互いの合意や解決のことであって、相手を全く無視して自分だけの、つまり国内だけの根性で頑張ると言ったって、それは外交ではない。だから僕は、外交の問題を解決するのに、まず相手がどういう状況かを知ることが大事だと思うわけです。それは妥協するという意味ではないんですよ。

確かに外交は営業である(^_^;)

羽場久美子 日本の思い違いということですが、日米同盟を堅持していればアメリカは日本の側についているという状態は、もう終ったのではないかと思うのです。冷戦が終焉してから、そして特に2010年、日本が中国にGDPで追いぬかれ、日本がアメリカに忠誠を誓えば誓うほど、日本に対するアメリカの過小評価はすすむのではないか、日本のことは考えなくなるのでは、と考えます。
アメリカの言うことを聞いていれば日本はうまくいったという60年があったために、この後うまくいくという保証は何もないにもかかわらず、アメリカと結んでいることが日本の国益であると考えるようになってしまった。これが21世紀のアメリカにとって、日本は考慮しなくてもよい存在になった原因ではないか。


時代が変わっていることを、見て見ぬふりをしている日本。いや見えないだけなのか?

孫崎 羽場さんが、日本はアメリカと結ぶことで経済的に繁栄したと言われましたが、確かに、85年まではそうだったと思います。しかしそれ以降は、アメリカは日本の経済の脅威に対してどう対抗するかを考えたわけです。それで、プラザ合意で円高に持っていった。それからバーゼル合意で日本の銀行に足かせをはめた。1990年代初めに比べると、アメリカのGDPは二倍以上になっていますが、日本の対米輸出は全く伸びていない。

日本側の、いわゆる「営業的」敗北。

岩下明裕 私の考えるアプローチは二つです。一つは、歴史問題からこの問題を切り離すこと、もう一つは、島を空間利用の問題として、お互いの利益になるように考えることです。その場合、地元の人達がどういうことを望んでいるかをきちんと踏まえて、枠組みを作っていく。そういう現場の目線を大事にした境界地域の利用という形が、境界紛争をナショナリスティックにせずに平穏な場へと戻していく重要なアプローチだと思います。

これはいささか安易な考え方と思える。

2015/09/24(木)●玩具的律動箱
8時半起床。
今朝の血圧は165/88/88。
風邪は昨日よりはだいぶましになってるようだ。
昨夜録画しておいた、ラグビーワールドカップ日本-スコットランド戦見る。前半は7-12で折り返したが、後半は日本のミス連発もあって、終ってみれば10-45の大差で完敗。まだまだ世界とはレベルが違う。
宅急便でamazonで注文したKORGのリズムボックスが届く。ずっとiPhoneのリズムアプリを愛用してたが音量的に物足りなかったので、ネットで見つけたこれを買うことにしたのだ。本体とACアダプタ、フットスイッチの3点で1万円くらい。さっそく試してみる。やっぱり音はチャチだけど音量はiPhoneの5倍くらいはあるだろう。大きさは弁当箱くらい、電池込で500gくらいだから、韓国旅行に持っていくことも可能だろう。3/4拍子にする方法がわからない。まあおもちゃである。
4時過ぎにJRで三宮マルイ前で戦争法案抗議集会。先週、法案強行採決されたが、抗議は続けていくことになっているが、やはりこれからの活動をどうするか話し合いが必要だろう。
7時帰宅。
阪神はナゴヤドームでの中日戦。昨日のヤクルト戦につづいての4連敗。これで首位ヤクルトと5ゲーム差。巨人とも2ゲーム差。残り8試合でこの差だと優勝どころか、明日からの広島連戦結果次第ではBクラス転落も夢ではない(^_^;)
今日の歩数は2438歩。

リズムボックス