top 歌 集 読 書録 植 物 愛 蔵本 韓 国 リンク集 掲示板


  Morris.日乘2018年10月

Morris.の日記です。読書控え、散策報告、友人知人の動向他雑多で す。新着/更新ページの告知もここでやります。
 
今 月の標語

その馬鹿義理

【2018年】 9月  8月 7月  6月  5月  4月 3月 2月 1月
【2017年
12月  11月  10月 9月 8月  7月  6月  5月 4 月  3月 2月 1 月

2018/10/17(水)沖縄から目を離すなヽ(`Д´)ノ●

7時半起床。
今朝の血圧は162/75/78。36.0℃
午前中読書、昼から外出、というのがこのところの生活パターンになっている。今日は三宮方面へ。
臥竜公園で軽く流してから三宮図書館へ。テーブル席が空いてたのでここでしばらく読書。その後、広場隅の指定席でミニギター。4時半に店じまい(^_^;)して、また歩いて大安亭で買い物して5時半帰宅。
今日政府は辺野古への対抗措置をとった。これに対する玉城デニー知事のコメント
とにかくこれは読んでおいて欲しい。

普天間飛行場代替施設建設事業にかかる公有水面埋め立て承認の取り消しについて、本日、沖縄防衛局長が、国土交通大臣に対して、行政不服審査法に基づく審査請求及び執行停止申し立てを行ったとの報告を受けました。
私は、法的措置ではなく、対話によって解決策を求めていくことが重要と考えており、去る10月12日の安倍総理や菅官房長官との面談においても、直接、対話による解決を求めたところであります。
しかし、そのわずか5日後に対抗措置を講じた国の姿勢は、県知事選挙で改めて示された民意を踏みにじるものであり、到底認められるものではありません。
行政不服審査法は、国民(私人)の権利利益の簡易迅速な救済を図ることを目的とするものであります。
一方、公有水面埋立法の規定上、国と私人は明確に区別され、今回は国が行う埋め立てであることから、私人に対する「免許」ではなく「承認」の手続きがなされたものであります。
そのため、本件において、国が行政不服審査制度を用いることは、当該制度の趣旨をねじ曲げた、違法で、法治国家においてあるまじき行為と断じざるを得ません。
平成27年10月13日の前回の承認取り消しの際も、沖縄防衛局は、国の一行政機関であるにもかかわらず、自らを国民と同じ「私人」であると主張して審査請求及び執行停止申し立てを行い、国土交通大臣は、約2週間で執行停止決定を行いました。
しかしながら、行政不服審査法第25条第4項では、「重大な損害を避けるために緊急の必要があると認めるとき」が執行停止の要件とされております。
政府は、3年前の前回の承認取り消しに対しては、翌日には執行停止の申し立てを行っていますが、県が本年8月31日に行った承認取り消しから既に1カ月半以上が経過しており、「緊急の必要がある」とは到底認められません。
仮に、本件において国土交通大臣により執行停止決定がなされれば、内閣の内部における、自作自演の極めて不当な決定といわざるを得ません。
私は、安倍総理に対し、沖縄の声に真摯(しんし)に耳を傾け、安全保障の負担は全国で担うべき問題であり、民主主義の問題であるとの認識の下、早急に話し合いの場を設けていただきたいと訴えたところであり、引き続き、対話を求めてまいります。
国民の皆様におかれましては、これまで日本の安全保障のために大きな役割を果たしてきた沖縄県において、辺野古新基地建設反対の圧倒的な民意が示されたにもかかわらず、その民意に対する現在の政権の向き合い方があまりにも強権的であるという、この現実のあるがままを見ていただきたいと思います。
私は、辺野古に新基地はつくらせないという公約の実現に向けて、全身全霊で取り組んでまいります。
私はぶれることなく、多くの県民の負託を受けた知事として、しっかりとその思いに応えたいと思いますので、県民の皆様の御支援、御協力をよろしくお願い申し上げます。
平成30年10月17日
沖縄県知事 玉城 デニー


翁長知事の命をかけた戦いに、傍観者でしかなかった(いや傍観すらしてなかった)Morris.である。今度こそは、傍観ではなく、真摯に(この言葉、安倍某やその一味には使う資格なし)沖縄の動向を注視していきたい。
今日の歩数は6299歩。


オリーブの実 

スキヤ猫ちーちゃん 

同じく 

日暮通喫茶マルナカ猫 

旭変電所 

生田川上空の上弦の朧月 

[今日の韓国語単語from Kpedia] 천조국[千兆國/天朝國](チョンジョグク 米国、アメリカ)
천조국には二つの漢字語がある。
①アメリカの防衛費が一千兆億ウォンという世界一の強大国超という意味の千兆国。
②軍事・政治や経済などアメリカに牛耳られている韓国(朝鮮)の状況を皮肉に表現した「天朝国」。
韓国ではアメリカを一般的に미국[美國](ミグク)と呼ぶ。

【生きている兵隊】石川達三 ★★★☆☆ 1966/03/05 「日本の文学56」 中央公論社 初出「中央公論」1938年発表するも、即日発売禁止) 1945年12月河出書房より発行

石川達三は、昭和12年12月25日、中央公論社特派員として、華中に派遣された。南京陥落は12月13日で、日本軍の入城式は、17日であった。石川は、上海、蘇州、南京を訪ね、再び上海に帰り、翌年1月下旬帰京した。「生きている兵隊」に着手したのは、2月1日であった。12日朝までかかり、330枚を完成した。「生きている兵隊」は、「中央公論」3月号に発表された。そのとき80枚ほど、伏字や削除にされたと、推定されている。だが掲載誌は、発行と同時に発禁処分となった。(荒正人解説より)

これを読むことにした理由は、明日わかると思う(^_^;)

戦場というところはあらゆる戦闘員をいつの間にか、同じ性格にしてしまい、同じ程度のことしか考えない、同じ要求しかもたないのにしてしまう不思議に強力な作用をもっているもののようであった。医学士近藤一等兵がそのインテリゼンスを失ったように、片山玄澄もまたその宗教を失ったもののようであった。……彼は僧衣を脱いで兵の服を着ると同時に、僧の心を失って兵の心に同化していたのであった。
しかしそれは必ずしも片山従軍僧の責任とは言えないものであった。平和な時には彼の宗教は国境を越えるだけのひろさをもっていた。戦時にあってそれができなくなったのは、宗教が無力になったというよりも、国境が越えがたく高いものになって来たのであった。


従軍僧片山が、敵の死体を供養する気になれないと述懐したことを受けての文章だが、戦場が人を変えるというのは疑いない事実だと思う。

南京へ、南京へ!
南京は敵の首都である。兵隊はそれが嬉しかった。常熟や無錫と違って南京を乗っとることは決定的な勝利を意味する。


南京を攻略すれば戦は終わるというのが、兵隊の共通意識だったのかもしれない。

まことに戦場にあっては、近藤一等兵がたびたび疑問を抱いているように、敵の命をごみ屑のように軽蔑すると同時に自分の命をまったく軽蔑しているようであった。それは身を鴻毛の軽きに置くというほどはっきりした意識をもって自己にその観念を強制したものではなくて、敵を軽蔑しているあいだにいつのまにか我とわが命をも軽蔑する気になって行くもののようであった。彼らは自分の私的生涯ということをどこかに置き忘れ、自分の命と体との大切なことを考える力を失っていたとも言えよう。……そしてひとたび敵弾が彼らの肉体に穴をあけたとき、卒然として生きている自分を発見し死に直面している自分をさとるのである。

「敵の命はごみ屑」それが自分の命の軽視に転移する。

戦闘員と非戦闘員との区別がはっきりしないことがこういう惨事を避けがたいものにしたのである。……南京が近づくにつれて抗日思想はかなり行きわたっているものと見られ一層庶民に対する疑惑はふかめられることにもなった。
「これから以西は民間にも抗日思想が強いから、女子供にも油断してはならぬ。抵抗する者は庶民と雖も射殺して宜し」
軍の首脳部からこういう司令が伝達されたのは可奈目少尉事件の直後であった。


戦闘員でなくとも殺していいという司令、これはもう無差別殺戮へのGoサインである。

こういう追撃戦ではどの部隊でも捕虜の始末に困るのであった。自分たちがこれから必死な戦闘にかかるというのに警備をしながら捕虜を連れて歩くわけにはいかない。最も簡単に処置をつける方法は殺すことである。しかし一旦つれて来ると殺すのにも骨が折れてならない。「捕虜は捕らえたらその場で殺せ」それは特に命令というわけではなかったが、大体そういう方針が上部から示された。

「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓の教えを、裏返して敵の捕虜は問答無用で殺すというのが、日本の軍隊の常識となったらしい。

「姑娘がいたら俺だぞ」
「馬鹿、じゃんけんだ」


これはもちろん、戦地での強姦を指している。

城外の守備兵は地雷の掘りだしをやっていた。支那人の人夫を使ってやるのである。支那人はこわごわながら土を掘る。兵は遠くはなれて笑って見ているのだ。

ほとんど虐待である。

南京に残っていた住民はすべて避難民区域内に押しこめられた。その数は20万というが、正規兵も千人ぐらいはまぎれこんでいるらしい。

南京占領から半月後くらいの取材での情報として貴重である。

彼らは酒保へ寄って一本のビールを飲み、それから南部慰安所へ出かけて行った。百人ばかりの兵が二列に道に並んでわいわいと笑いあっている。露地の入口に鉄格子をして三人の支那人が立っている。そこの小窓が開いていて、切符売場である。
一、発売時間 日本時間 正午より六時
一、価額 桜花部 一円五十銭 但し軍票を用う
一、心得 各自望みの家屋に至り切符を交付し案内を待つ
彼らは窓口で切符を買い長い列の間に入って行った。一人が鉄格子の間から出て来ると次の一人を入れる。出て来た男はバンドを締め直しながら行列に向ってにやりと笑い、肩を振りふり帰って行く。それが「慰安」された表情であった。


慰安所の記述も具体的である。
以上の引用だけ見ても、この作品が発禁になったのは、当然といえるかもしれない。
それにしても、この作品だけでも、「南京虐殺は無かった」などという妄言への反証となることは明らかである。
石川達三は、ブラジル移民をテーマとした(自ら移民船でブラジルに行った)出世作「蒼氓」しか読んで無かったが、改めて、読んでみたいと思った。

2018/10/16(火)●方向音痴(>_<)

7時半起床。
今朝の血圧は160/74/86。36.5℃
午前中は読書と読書メモ。
昼から屋上。軽くミニギターやってて、何気なくiPhoneのコンパスで方位を確認。何をいまさら、なのだが、これまでいつも方角がきっちり分かってない気がしてたのだ。Morris.のアパートは変則的な形(不等辺多角形)してて、Googlemapで見ると鋭角部分が北を向いている。たしかにこれは方向掴みにくいと思う。これまで六甲山方面が北だと思いこんでたが、実は屋上から見ると、そちらはほぼ西だった(>_<)。 Morris.の方向音痴はかなりのものだと思うが、こうやって確認すると、これまで(10年近く)方向を錯覚してたというのは情けない。
そのあと、自転車で都賀川方面へ。ダイエーで缶チューハイ(ビターレモン)ロング缶買って、いつもの指定席ベンチへ。
一番古い歌本のおさらい(^_^;)  これ一冊で100曲以上あるから、これ一冊だけで充分かもしれない。
途中すぐそばで若い男性が筋力トレーニングしたり、子供たちがリズムに合わせてステップ踏んだり、アジョシが話しかけたりと、何となく楽しい時間を過ごして、マルハチで買い物して5時帰宅。
 サッカー日本-ウルグアイ戦見るともなく見ながらこの日記を書いてるのだが、とりあえず後半40分で日本が4-3でリードしている。結局そのまま日本勝利。勝ったのはいいとして、大迫、三浦のミスキックなど日本の凡ミスが目立ってた。解説者やアナウンサーが、日本選手のミスにほとんど触れないのは、一種の報道管制ではないかと思ってしまった。
今日の歩数は3238歩。


午後の屋上 

東 

西 

南 

北 

Googlemapで見る屋上

すごく小さな紋白蝶 

都賀川公園 

照光寺のクロ 

[今日の韓国語単語from Kpedia] 영어[英語]마을(ヨンgオマウル 英語村)
영어[英語](ヨンgオ 英語)+마을(マウル 村)。英語教育のために作られた施設で、韓国各地に作られている。村内ではすべて英語だけで会話しなければならない。ソウル近郊では京畿道の파주[坡州](パジュ)市にある。

【方法序説】 デカルト 谷川多佳子訳 ★★★☆☆ 1997/07/16」岩波文庫:青(33)-613-1
René Descartes  Discours de la méthode 1637

先日読んだ安野光雅「本が好き」で、このデカルトの「方法序説」について「もっとも大切だと思う本をあげる。わたしはためらわずにいうが、この一冊を読んで共感をもっていただくならもう、ほかは読んでもらわなくてもいいほどである。」と書いてあって、Morris.は「そんなこと言われてもなあ(^_^;)」とコメントしたのだが、中央図書館の岩波文庫棚で、これを見つけてあまりの薄さ(本文はちょうど100p)で、これなら読めるかもしれないということで借りてきた。

「理性を正しく導き、学問において真理を探求するための」方法序説

これが正式のタイトルらしい。

良識はこの世でもっとも公平に分け与えられているものである。


これが序説の冒頭の一文。
「良識」bon sens もともと「正しい分別」。「真偽を判断する能力」と定義され「理性」と同義。(*訳注)
なるほど。

わたしの目的は、自分の理性を正しく導くために従うべき万人向けの方法をここで教えることではなく、どのように自分の理性を導こうと努力したかを見せるだけなのである。
わたしが期待するのは、この書がだれにも無害で、しかも人によっては有益であり、また全ての人がわたしのこの率直さをよしとしてくれることである。


「無害で有益」うーーん、謙虚というか、思わせぶりな惹句である。

これからは、わたし自身のうちに、あるいは世界という大きな書物のうちに見つかるかもしれない学問だけを探求しようと決心し、青春の残りをつかって次のことをした。旅をし、あちこちの宮廷や軍隊を見、気質や身分の異なるさまざまな人たちと交わり、さまざまの経験を積み、運命の巡り合わせる機会をとらえて自分に試練を課し、いたるところで目の前に現れる事柄について反省を加え、そこから何らかの利点をひきだすことだ。
このように数年を費やして、世界という書物のなかで研究し、いくらかの経験を得ようと努めた後、ある日、わたし自身のうちでも研究し、とるべき道を選ぶために自分の精神の全力を傾けようと決心した。

「世界という書物」モンテーニュにこの発想が見られる。ガリレイは「自然という書物」が数学という文字で書かれていることを主張した。(*訳注)


Morris.が愛誦して止まない、長田弘の詩「世界は一冊の本」のルーツはこんなところにあったのか(@_@) しかし、西洋の哲学者や科学者は、この世界という本の読み方がひと味もふた味も違うなあ。

わたしは何よりも数学が好きだった。論拠の確実性と明証性のゆえである。しかしまだ、その本当の用途に気づいていなかった。数学が機械技術にしか役立っていないことを考え、数学の基礎はあれほど揺るぎなく堅固なのに、もっと高い学問が何もその上に築かれなかったのを以外に思った。(第一部)

デカルトの方法は、数学をモデルにとり、あらゆる学問に適用できる普遍性をめざすものであり、それゆえ自然学を数学に還元することも可能であった。これはまた、スコラ=アリストテレスの質的自然学の原理から切り離すことであった。(*訳注)


だんだんわからなくなってきた(>_<) それでなくても、Morris.は数学アレルギーの傾向にある。

半ば未開だったむかし、わずかずつ文明化してきて、犯罪や紛争がおこるたびにただ不都合に迫られて法律をつくってきた民族は、集まった最初から、だれか一人の賢明な立法者の定めた基本法を守ってきた民族ほどには、うまく統治されないだろう、と。同様に、唯一の神が掟を定めた真の宗教の在り方は、他のすべてと、比較にならぬほどよく秩序づけられているはずなのは確かである

戦後に生まれた日本国憲法のことを想起してしまった。

論理学を構成しているおびただしい規則の代わりに、一度たりともそれから外れまいという堅い不変の決心をするなら次の4つの規則で十分だと信じた。

1.明証的に真であると認めるのでなければ、どんなことも真として受け入れないことだ。注意深く速断と偏見を避けること、そして疑いをさしはさむ余地のまったくないほど明確かつ判明に精神に現れるもの以外は、何もわたしの判断のなかに含めないこと。
2.検討する難問のひとつひとつを、できるだけ多くの、しかも問題をよりよく解くために必要なだけの小部分に分割すること。
3.思考を順序にしたがって導くこと。もっとも単純でもっとも認識しやすいものから始めて、少しずつ、会談を昇るようにして、もっとも複雑なものの認識にまで昇っていき、自然のままでは互いに前後の順序がつかないものの間にさえも順序を想定して進むこと。
4.すべての場合に、完全な枚挙と全体にわたる見直しをして、なにも見落とさなかったと確信すること。


箇条書きというのは、何となく説得力を感じさせるもので、これもMorris.はわかったような気になったものの、本当にわかたかどうかは、よくわからない(^_^;)

比例を個別的にいっそうよく考察するためには、これを線として想定すべきこと。線以上に判明にわたしの想像力や感覚に表象できるものはなかったからだ。しかし、それらの比例を記憶に保持し、多くを一度に捉えるためには、できるだけ短い、或る種の記号で示す必要があること。そしてこのようなやり方で、幾何学的解析と代数学とのあらゆる長所を借り、しかも一方の短所すべてをもう一方によって正せる、と。
このわずかの規則を厳密に守ったことで、以前たいへん難しいと思っていた多くの問題を説いてしまっただけでなく、しまいには、知らなかった問題さえも、どういうやり方でどこまで解けるかを決定できる、と思われたほどだ。
しかし、この方法でわたしがいちばん満足したのは、この方法によって、自分の理性を自分の力の及ぶかぎり最もよく用いているという確信を得たことだ。さらに、この方法を実践することによって、自分の精神が対象をいっそう明瞭かつ判明に把握する習慣をだんだんとつけてゆくのを感じたことだ。そしてこの方法を代数学の難問に用いたのと同じくらい、ほかの学問の難問にも有効にできると期待したことだ。(第二部)


ほとんど呪文のようにしか見えない(>_<) 幾何学的解析と代数学を武器に、あらゆる分野の難問解決に繋げるというデカルトの自信満々にはちょっと感動。

当座に備えて、一つの道徳を定めた。それは三つ四つの格率からなる。

第一の格率 わたしの国の法律と監修に従うこと。いちばん良識ある人たちの意見に従うのが最善と確信。
第二の格率 自分の行動において、どんなに疑わしい意見でも、一度それに決めた以上は、きわめて確実な意見であるときに劣らず、一貫して従うこと。
第三の格率 運命よりむしろ自分に打ち克つように、世界の秩序よりも自分の欲望を変えるように、つねに努めることだった。そして一般に、完全にわれわれの力の範囲内にあるものはわれわれの思想しかないと信じるように自分を習慣づけること。
最後に この道徳の結論として、わたしはいまやっているこの仕事をつづけていくのがいちばん良いと考えた。(第三部)


「格率」は大辞林によると
かくりつ[格率・格律][独 Maxime]行為や論理の原則・準則。また証明の必要がない自明の命題。公理。カントの用法では各人の採用する主観的な行為の規則を意味し、普遍妥当的な道徳律と区別される。
ますますわからなくなってしまう。何となく言い訳がましい言説のようにも見える。

わたしは、それまで自分の精神のなかに入っていたすべては、夢の幻想と同じように真でないと仮定しよう、と決めた。しかしそのすぐ後で、次のことに気がついた。すなわち、このようにすべてを偽と考えようとする間も、そう考えているこのわたしは必然的に何ものかでなければならない、と。そして「わたしは考える、ゆえにわたしは存在する[ワレ惟ウ、故にワレ在リ Cogito ergo sum ]」というこの真理は、懐疑論者たちのどんな途方もない想定といえども揺るがしえないほど堅固で確実なのを認め、この真理を、求めていた哲学の第一原理として、ためらることなく受け入れられる、と判断した。

そうそう、デカルトといえば、あまりにも有名すぎるこの箴言めいた定義である。すごくシンプルでわかりやすいとも思うし、それなのに本当のところよくわからなくなってくる言葉でもあるが、切れ味のいい決めセリフであることは間違いない。

どんな身体も無く、どんな世界も、自分のいるどんな場所も無いとは仮想できるが、だからといって、自分は存在しないとは仮想できない。反対に、自分が他のものの真理性を疑おうと考えること自体から、きわめて明証的にきわめて確実に、わたしが存在することが帰結する。逆に、ただわたしが考えることをやめるだけで、仮にかつて想像したすべての他のものが真であったとしても、わたしが存在したと信じるいかなる理由も無くなる。
わたしは一つの実体であり、その本質ないし本性は考えるということだけにあって、存在するためにどんな場所も要せず、いかなる物質的なものにも依存しない、と。したがって、このわたし、すなわち、わたしをいま存在するものにしている魂は、身体[物体]からまったく区別され、しかも身体[物体]より認識しやすく、たとえ身体[物体]が無かったとしても、完全に今あるままのものであることに変わりはない、と。

「わたしは考える、ゆえにわたしは存在する」というこの命題において、わたしが真理を語っていると保証するものは、考えるためには存在しなければならないことを、わたしがきわめて明晰にわかっているという以外にまったく何もないことを認めたので、次のように判断した。わたしたちがきわめて明晰かつ判明に捉えることはすべて真である、これを一般的な規則としてよい、ただし、わたしたちが判明に捉えるものが何かを見きわめるのには、いくらかの困難がある、と。(第四部)


これは、先の決めセリフの解説だろう。

学者たちのあいだで論争中の多くの問題について語ることがいま必要になってくる。わたしはこれらの学者たちといざこざを起こしたくないので、そうしたことは差し控え、ただ概括的にこれらの問題がどんなものかを述べるにとどめるほうがよいと思う。(第五部)

デカルトのし全額は、スコラ学者たちの信奉するアリストテレス自然学と抵触する点が多かった。特に地動説。(*訳注)

わたしが敬服する方々、しかも、わたし自身の理性がわたしの思想に及ぼす権威に劣らぬほどの権威をわたしの行動に及ぼす方々が、ある人によって少し前に発表された自然学の一意見を否認した、というのである。(第六部)

ローマ法王庁宗教裁判所で、ガリレイの『天文対話』がコペルニクスの地動説をとるとして否認されたこと。(*訳注)


第五部、第六部は、自分の考えを全て発表するのは今の時点では、危険であるという意識のもとに書かれたもので、とりあえずパスすることにした。

ルネ・デカルトは1596年にフランスのトゥーレーヌ州ラ・エ(現在はデカルトと呼ばれている)に生まれた。父はブルターニュのレンヌ高等法院評定官で、階層的には法服貴族であった。
思えばデカルトの生きた時代は、決して平穏なものではなかった。1633年のローマでのガリレイ断罪については本書第六部でも触れられているが、この時代に新しい科学や哲学は、旧来の学問や反宗教改革との険しい相克のなかにあり、激しい弾圧にもさらされていた。デカルトの生きていた間だけでも、1600年、宇宙の無限を構想したジョルダノ・ブルーノがローマで符焚殺され、1616年にはコペルニクスの書が法王庁の禁書目録に加えられる。1619年にはイタリアの哲学者ジュリオ・チェーザレ・ヴァニーニがドゥールーズで火刑に処せられる。1623年には詩人テオフィル・ド・ヴィヨーが、涜神のかどで欠席裁判で死刑を宣告され、翌1624年にはパリの高等法院がアリストテレスに反対する説をなしたジャン・ビトーらを追放刑に処し、しかも、世に受け入れられた古代の著作家(つまりアリストテレス=スコラ)に反する説をなすことを死をもって禁ずる旨の布告を出す……等々。
本書の一行一行に、そうした状況のなかで、何かを後世に残そうとする、デカルトの苦渋と深く強靭な意志とが感じられよう。


デカルトの生きた時代は17世紀、方法序説が刊行された1637年といえば、日本では天草で島原の乱が起こり、前年に鎖国令が出た時代である。何か西欧近代哲学というとわりと最近のことのように錯覚するが、デカルトは500年くらい前の時代の人だったのか、と、今更ながらびっくりしてしまった。

デカルト主義は近代合理思想の中心原理となっていった。
現在(1997年)、こうした基礎と出発点をもつ近代思想全般に対しては、見直しと批判の気運が高まっている。デカルト哲学を祖とする近代思想の超克や解体、あるいは脱構築が問題となり、さらには科学技術文明の弊害、たとえば環境問題や自然破壊、はては医療への不信、倫理の不在までも、デカルト主義をその思想基盤とする見方さえある。(解説 谷川多佳子)


Morris.が読んだ岩波文庫が出てから20年過ぎてるわけで、訳者が言うところの「近代思想の見直しと批判」が、結局は薄っぺらいものだったような気もする。
Morris.にしては珍しいジャンルの読書だったし、やっぱり(^_^;) ほとんど歯が立たなかったけど、何か新鮮な体験をしたような気になった。安野さんに感謝。ということにしておこう(^_^;)

2018/10/15(月)●阪神矢野新監督に
7時半起床。
今朝の血圧は150/61/60。35.9℃
朝の三点セット(洗濯は布巾のみ)
午前中は部屋で読書ノート。
午後は、原田の森ギャラリー前庭テーブルで読書とミニギター。ここは以前Morris.の指定席だったのだが、土曜日で割と人手が多い時に調子に乗ってミニギター派手に演ってしまい、お叱り受けたので自重してたのだが、月曜日は休館日だからいいだろう。
その後福祉センター横公園のベンチでくつろぐ。そのまま自転車で大安亭まで。魚屋のクロは時々会うのだが、今日は久しぶりに三毛がいた。この三毛は器量よしで随分前に良いショットを撮ったことを覚えていたので、チェックしたら、2015年3月5日だった。猫にとっての3年半は人間なら15年から20年近いかもしれない。この三毛もだいぶ年取ってる感じ。
ちょこっと買い物して5時半帰宅。
阪神新監督は矢野燿大に決定。まあ予想通り。矢野はきらいじゃないけど、金本と比べると色んな意味で地味だな。まあ捕手は監督に向いてるかもしれない。来シーズンは今シーズンより悪いことはないだろうから、のびのびやってほしい。
今日の臨時閣議で来年10月に消費税10%決定の発表。来年の参院選への影響をすくなくしようとの思惑だろう。
今日の歩数は4935歩。


松葉牡丹 

原田の森ギャラリー前庭 

今日の夕空

薪燃料のおふろやさん 

ひさびさ大安亭魚屋三毛 

ペコちゃんふりかけ(@_@) 

[今日の韓国語単語from Kpedia] 고시[考試](コシテル 受験生向けの小さい宿泊できる自習室)
韓国の住居形態の一つ。고시원[考試院](コシウォン 学生個室) +호텔[hotel](ホテル)の合成語で、建物やフロアを2畳前後に仕切り各部屋にトイレとシャワーが設置されている。基本的なシステムは고시원と同じだが、トイレとシャワーが部屋に設置されている分、고시원よりも家賃が月額約20万ウォン前後高くなる。
韓国三大国家試験の고시[考試](コシ 国家試験)とは、
사법고시[司法考試](サボプゴシ、司法試験)、
행정고시
[行政考試](ヘンgジョンgコシ 5級公務員試験)、
외무고시
[外務考試](ウェムゴシ 外交官試験)。
合格になったら人生大成功だと言われるぐらいに장미빛 미래[未来](チャンgミッピッミレ バラ色の未来)が約束されている。
このような試験の塾がたくさん集まっている場所に고시텔も集まっている。安いため受験生ではない人もよく利用する。 そのとおりで、Morris.もここ数年、ソウルでは、こういった施設を利用し続けている。

2018/10/14(日)●読書三昧
5時半起床。
今朝の血圧は180/75/72。35.7℃
実は昨夜ベッドで読書して、そのまま朝まで起きてた(^_^;)
朝の三点セット。
昼から、王子動物園へ。まぬうに挨拶してから、資料館図書室で、猫の本などちょっと見て、写真絵葉書書いて、駐車場樹の下ベンチでミニギター&読書。3時頃一旦帰宅して、自転車で、都賀川方面に。ここでも軽くミニギターやってマルハチで買い物して5時半帰宅。
流石に今日は早く寝ることにしよう。
今日の歩数は4554歩。


今日のまぬう イーリス 

ペッキー 

ブラッシュの木 

[今日の韓国語単語from Kpedia] 편애[偏愛]하다(ピョネハダ えこひいきする)
어모니는 막내를 편애하십니다(オモニヌンマンネルルピョネハシムニダ 母は末っ子を贔屓します)

2018/10/13(土)●屋上読書
9時半起床。
今朝の血圧は166/68/84。35.9℃
昨夜ちょっと飲み過ぎでいささか二日酔い気味。
昼まで部屋でゴロゴロして、昼からは屋上で、サマーベッド広げて夕方まで読書。何を読んでたかというと、石川達三の「生きている兵隊」(@_@)1時から読み始めて、5時前読了。
九電の「出力抑制」が今日実施されたらしい。

九州電力は12日、太陽光など再生可能エネルギーの発電事業者に一時的な発電停止を求める「出力抑制」を、13日に実施することを決めた。離島を除き、国内初の抑制に踏み切る。原発4基を再稼働させていることもあり、増える太陽光の電力を受け入れきれないと判断した。

原発の再稼働などしなくとも、充分電力は間に合うはずだ。北海道の「ブラックアウト」を、原発再稼働に利用しようという電力会社の動きには要注意。
夜は久しぶりに、タイ風オムレツ作ってみた。昨日ナンプラー買ってきたばかりだったので作る気になったのだ。ひき肉、玉葱、トマトなどの具にナンプラーたっぷりかけて、中華鍋で薄い卵焼き作って中押に具を置いて四方から重ねて真四角にするところがちょっと面白い。もちろんパクチー載せて出来上がり。2枚焼いたのだが、一枚目は具を入れ過ぎて敗れてしまった(>_<)
今日の歩数は150歩。


午後の屋上 

中華鍋で 

タイ風オムレツ(カイ・ヤーサイ) 

[今日の韓国語単語from Kpedia] 번거롭다(ポンゴロプタ 煩わしい、複雑だ)    
번거로이(ポンゴロイ 煩わしく、厄介にも)    
번거로운 절차[節次](ポンゴロウン チョルチャ わずらわしい手続き)    
번거로우시겠지만(パンゴロウシゲッチマン    お手数ですが)
잡채는 만들기 번거로운 음식[飲食]이다(チャプチェヌンマンドゥルギポンギロウンウムシギダ チャプチェは作るのに手間がかかる料理です)

2018/10/12(金)●免許(原付(^^;))更新
8時起床。
今朝の血圧は173/65/81。35.8℃
朝の三点セット。
昼過ぎに部屋を出て、JRで元町、地下の阪神理容で散髪。その後警察署別館の免許更新センターへ。Morris.は車の免許もってないのだが、ずっと前に原付き免許だけ取ったことがあって、長いこと原付きにも乗っていないのだが、身分証明書代わりに使うため更新は続けて来た。今は、免許証返納で、代わりの証書も貰えるらしいが、何となくマイナンバーなどへの嫌悪感もあって、これはパスすることに。
1時前に窓口に行ったのだがすでに20人くらい来てた。午後1時半から30分間の講習。半分はビデオだったが、これがなかなかよく出来てた。三択のクイズなども使って飽きさせない。例えば、子どもの交通事故で、いちばん多いのは「飛び出し」と思いがちだが、実は交通規則を遵守してる状況での事故、つまり運転手側の不注意や交通違反での事故がいちばん多いという事実には、なるほど、と思った。
2時半頃に新しい免許証をもらったが、有効期限が「平成35年12月05日まで」となってる(@_@) おいおい、平成ってのは今年でおしまいぢゃなかったのかい。元号というのは、そもそも経年表記には不都合なものだ。こういった証明書や書類の日時は、西暦で統一してもらいたい。
その後、南京街に下りて、Morris.御用達の林商店で豆板醤、ナンプラーなど買い、三宮図書館に足を伸ばし、図書館前広場のMorris.指定席でミニギター。サイケデリックとボサノバが好きだという大砂くん(学生)が話しかけてきた。韓国のサイケデリックというのは想像できないが、ヘウニの「熱情」をボサノバ風に演奏したら、すごく喜んでくれた(^_^;)
その後ヤンシーくん、ケイさんという若いカップルが、すごく関心を示して、数曲演奏して記念写真も(^_^)/
けっこう冷え込んで来たので5時前に店じまいして、歩いて大安亭で買い物して6時半帰宅。
沖縄県知事玉城デニーと安倍総理の会談が行われたらしい。翁長元知事が当選してから、総理との会談に4ヶ月かかったことに比べると、かなり早かったが、これは、安倍政権が世間体を気にしての措置だろう。とにかく沖縄の問題を沖縄だけにせず、日本全体の問題として考えることが肝要である。
今日の歩数は7455歩。


三宮のパリビルがこんなに(>_<) 

不二家トートバッグ 

阪神元町地下有楽名店街 

兵庫県公館 

狂い咲き