小型カメラの第一歩
小型カメラの第一歩
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「小形カメラの第一歩」著者・吉川速男。
昭和7年(1932)7月18日、玄光社発行。四六版ハードカバー、478ページ、定価二圓五十銭。ずいぶん以前に古本屋で手に入れたのだが、入手先はよく覚えていない。

表紙裏に道頓堀の天牛本店のラベルが貼ってあるが、ここで買ったのでないことだけはたしかで、けっこうこの本は古本屋を転々とした来歴がありそうだ。

特に興味があるわけでもなく、手元に1台のカメラも持たない現在、僕に取って、写真は撮るものでなく、見るものでしかない。余程、小学校の頃の方が写真に親しんでいたような気がする。

母の弟である叔父(と言っても10も年が違わなかったので、兄貴のように感じていた)が高校卒業して写真を始めて、僕の家の一室を暗室として使用していたので、時々は僕もこの部屋に出入りして、DPEの過程を見物したり、現像、定着液などの匂いを嗅いだことが、断片的に思い出される。

カメラの方はほとんど記憶に残っていないのだが、引き伸ばし機で拡大された映像が印画紙に写し取られて琺瑯びきの液の中から浮かび上がる様は、まるで手品でも見ているような気がしたものだ。

余談だが、僕の手元にある、古いアルバムの母の写真のほとんどは、この叔父の撮影によるもので、それだけで、叔父が写真をやってて良かったと、思う。

戦前の日本でもカメラはかなり普及していたらしく、古本屋でも、この時期に発行された類書も相当出回っている。著者の吉川氏は斯界ではかなりの顔だったらしく、多数の入門書、解説書を著していて、本書の奥付きにも「パテーの第一歩」「パテーの第二歩」「十六ミリの第一歩」等の広告が載っている。

僕がこの本を気に入ってるのは、見本として収録されている写真の水準が高いことや、当時の小形カメラの精巧な図が多く含まれていて、見るだけで楽しいためだが、本文の行間から滲み出る、著者のカメラへの愛情と、巧まずしてユーモアを感じさせる文体が大きな魅力になっている。

もちろん、実用書としても、手抜きなく、丁寧に解説してある(ようだ)が、そのへんのところは、門外漢の僕にはよくわからない。

印象に残る写真としては、当時流行ったらしい、有名人に似ている動物を並列して笑いを誘うものや、脱ぎ捨てられた靴の並び方で持ち主の性格を占うもの、奇抜な前衛(当時としては)写真等がある。

その他僕の好きなステレオ写真にも触れていて、著者自身の撮影になる愛犬、愛猫の作品のキャプションもほほえましいものがある。

苦心のステレオ写真 「 昨年私の子供が生まれたばかりのブルテリアの牡を一匹貰って来ました。
其前既に私の處には二年半を經てゐる三毛の雌猫がをりますが日本では仲の悪い同志を「犬と猿」のやうだといひますが、獨乙では「犬と猫の如し」(Wie Hund und Katze)といふ譬もある位、兎も角も犬と猫とは仲が悪いらしいので、一つこの仲の悪い同志を仲良しにしてこれを寫眞に寫して見やうと考へたのであります。
早速先輩たるミー子に新参者のアカをお目見えさせました。するとミー子は唸り声を発して大恐慌です。
犬は嬉し気に猫に寄る、すると余計騒ぎが大きくなり
−−中略−−
桜の散る頃からは天気の良い春の朝暗室の前の海棠の花咲く下で彼らは同じ藁布団の上に日向ぼつこをし始め、ミー子は盛んにアカの体を舐めてやつて、無上のサーヴィス振を発揮し、私共を笑はせるまでになりました。
かくして寫せた一枚のステレオはこれで、半年の努力です。
見れば何のことない一枚の寫眞私はこれを思ふ時、世の多くの撮影者の隠れた努力を考へさせられます。 」


おしまいで、強引に写真と結びつけるあたりは、並じゃないと思う。

それにしても、戦前の写真を見る度に「写真は白黒に限る」との感をますます強くする。映画でも僕はモノクロファンだが、写真でも、色がないからこそイメージが強烈なのだと思う。最近のカラー技術の進歩には目を見張らせるものがあるのは事実だし、印刷物でのカラーの利点、恩恵に与ること多々としながらも、この嗜好だけは変わらない。

著者の誠実さは後書きを見ただけでも解る。

「本書は決して唯書架に死蔵され、一度で読み捨てにする書物として御扱ひ下されず諸君と私のあひだに現在生きたる使者たる役目を持つてゐて常に連絡を保つといふやうに解して頂きたいことであります 」と、して、読者からの質問には封書で答えることを約束し、自宅の住所まで記している。その住所が東京府下入新井町から、この年10月1日以降は東京都大森区に変わることになっているが、その大森区すら現在は無いことを思い、何と無く淋しくなってしまった。

[後日譚]
この記事を、アップしてから、一年くらい経った頃、デザイン関係の学校に通っているという若い男性から、1通のメールが送られて来た。
本書の筆者吉川速男氏のお孫さんにあたるらしい。
祖父が写真の専門家で写真の本も出していたことは、父に聞いて知っていたが、実際にその本を見たことはなかったのが、Morris.のサイトで、祖父の本に触れてあったのを見つけ、嬉しくて懐かしくて、メールをだすことにしたとのことであった。
この記事の元々は90年ごろ「サンボ通信」に掲載したものだから、発表してから10年もたって反応があったことになる。
こういう出逢いは、インターネットの醍醐味といえるかもしれない。




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