プチ・ラルース(左)とABCびき日本辞典(右)
PETIT LAROUSSE ILLUSTRE
vs.
ABC-biki Nihon Jiten
[PETIT LAROUSSE ILLUSTRE]1917年刊、発行所LIBRAILIE LAROUSSE PARIS。B5版1,664頁、定価不明、10年程前に上六の天地書房で入手、確か千円しなかったと思う。

ラルースと言えぱフランスの百科事典の老舗で「プチ・ラルース・イリュストレ」(以下プチ・ラルース)と言う題名からもこれが小型の図解百科事典と言うことは自明だろう。

全体が大きく二分されていて、前半が一般の博物事典(1,066p)後半が歴史と地理、つまり人名・地名事典(565p)の間にピンクの別紙で30pのラテン語中心の引用句辞典が挟んである。プチ・ラルース

もちろん本文は全てフランス語で僕には歯が立たないのだが(学生時代、二外が仏語だったなんて口が裂けても言えない)この本はイラストだけで、十二分に楽しめるのだ。

淡い朱鷺色の表紙には、ラルースの商標でもある蒲公英の綿毛が知の女神(だと思う)に吹き飛ばされてる絵があり、前書に、5.300のカット、130の図表、120の地図、680の肖像を収録していろと謳われている。

単純計算で1頁あたリ4.13点のカツトが載ってることになる。

すごいのは、その一点一点すぺてが精密な銅版画でほれぼれするような出来栄えと言うことだ。

「百科全書」の伝続を持つフランスの実力を感じさせる。

確かに小型版で、縮小されているため細かい描線など潰れたりしているが、後は想像力で補うことが出来る。

これが80年も以前の印刷物と思うと改めて驚愕させられる。
 

数年前に「ペンローズ年鑑」(1935)を紹介したときにも、印刷技術の進歩は目覚ましく見えながらも、実はその作りの丁寧さと、美しさにおいて後退しているのではないかと書いたが、このプチ・ラルースを見る限りでも同様の疑間を持った。

仕事柄外国人家族の引っ越し荷物を扱う際、その蔵書を見る機会も多く、たまにプチ・ラルースを見掛ける。

興味深いのは発行年(版)によって、全く印象が違うと言うことだ。

うろ覚えだが、大体1930年位から、人名地名事典のポートレートは写真が用いられている。写真製版自体の精度が低いためもあるのだろうが、とたんに全体がぼやけてしまう。

これが、1960年頃からは図版のほとんとが写真になり、これは、もう僕の好きなラルースとは別物というしかない。

最近では、やや版型を大きくした日本語版の同名の事典があり、これも当然図版は写真中心で、写真印刷は格段に鮮明になっているはずなのに、僕には魅カのかけらすら感じられなかった。

レトロ趣味ではないかと思われるかもしれないが、図版に写真を使うか否かは、対象と目的によって、慎重に選択されねばならない。

絵画作品などの紹介であれば文句なしに写真、それもカラーに限るが、生物や器具、調度などは、それぞれ一長一短がある。

たとえば植物図鑑など、写真では細部や構造が読み取りにくいため、専門的になるほど図解が中心になる傾向がある。

写真と印刷技術の進歩はコンピユータグラフィックの利用とあいまって、図を超えようとしているが、いまだに「手描き」には及ばないところが多々あると思うのは僕一人ではないだろう。
 

それほど大上段に構えなくていい。

このような事典類の優れたカットの魅力を最大限に享受するには、匿名の職人の技の冴えを楽しみ、想像の世界に翼を広げるにしくはない。

「地図と版画の好きな」(ボードレール)人種に取っては、これらのちっぼげなカットの一つ一つの彼方に遥かな世界を、宇宙を見ることができる(ような気がする)のだ。
 

ところで、僕はもう一冊、これによく似たポジションを占める事典を持っている。

希少価値(稀覯本という意味ではない)はこちらかも知れない。

こちらは日本産の「ABCびき日本辞典」(以下日本辞典、三省堂発行大正6年刊)で、新書版サイズで2,400ぺ一ジとなかなかのボリュームである。

編者として新渡戸稲造、井上哲次郎など8人の名が連ねてある。題名に「辞典」とあるが、内容は疑い無く小型百科事典で、カットもラルース程ではないが当時としてはかなり多い方だと思うし、絵の水準も高く、日本固有の事項が多いのは当然として、機械、器具の図の多さが目を引く。

末尾に50p余りの「難訓語索引」があり、宛字好きの僕は、これだけでも結構楽しめた。ABCびき日本辞典
 

この辞典はABCびき、簡単に言えばローマ字引きなのだが、何故そうしたのか、前書きにも書いてないので理由は分らない。

ただ、ローマ字見出しにより、横書きの日本語辞典と言う、当時としては珍しいレイアウトになってる。

ものぐさなので、調べもせずに書くが、あのころは平凡社、冨山房などと並んで、三省堂も百科事典製作にカを入れてたから、この小辞典は大百科事典製作の作業の中から派生したものかもしれない。

地震後処分したが、以前持っていた三省堂発行の百科事典の補遺2巻が、たしか横書き(しかも本文カタカナ!!)だったような記憶がある。

でも、ローマ字引きの日本語辞典は、はっきり言って使いにくいことこの上ない。一昔前までは、何故か和英辞典と言えば、見出しがローマ字のものが大部分で、僕は「何でひらがな見出しにしないんだ!!」といつも怒っていたものだ。

この「ABCびき日本辞典」は語彙に特徴があって、不思議な説明も多く、もう少し額繁に利用したい気もするのだが、ローマ字引きのおかげで、つい憶劫になってしまい、結局先のラルースと同じく、カットだけを楽しむことになってしまう。

惜しい。
 

この「ABCびき日本群典」を手に入れたのは今津の蝸牛だが、始めに希少価値と書いたのは、それ以外に古本屋や図書館などで見たことがないからだ。

要するに売れなくて発行部数が少なかったと言うことだろう。僕の所有するものは初版だが、増刷ごとに改版していた当時の慣行からすると、それ自体が異例に属する。
 

僕の持ってるプチ・ラルースが1917年、日本辞典が大正6年の発行と言うことは、奇しくも両者は全く同じ年に発行されたことになる。

年表を見ると、レーニン、トロツキーによるロシア十月革命が起こり、ソビエト政権が確立Lた年だ。

日本では萩原朔太郎が「月に吠える」を出している。武雄で一木の熊さんが生まれたのもこの頃だったように思う。

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