名もなきお地蔵様の話

 まったくもって、妙な夢を見たものだ。
 夢の中の私は、えらく立派な図書館のある学校に勤務している。まだまだ、風の冷たい季節だ。
 私は「先生」と呼ばれながら、司書のような仕事をしている
 まだ勤務を始めて日が浅いらしく、生徒の顔も名前もはっきりしない。
 私は毎日――そこはまったく覚えのない場所なのだが――、家から徒歩で通い、そのちょうど中間点 にある立派なお地蔵様に手を合わせる。石でできた台の上に立っているお地蔵様は、150センチそこそ の私よりも背が高い。
 赤いよだれかけと、錫杖と、供えられた花が印象的な、そんなお地蔵様だった。

 ある日、私は帰り道でお地蔵様に手を合わせた。
 その日は朝から寒かったので、私はお地蔵様に「なにか欲しいものはありますか」と尋ねた。
 ただ、なんとなく――それまでは「お供え物」など一切したことはなかったのだが、どこかでお茶を買っ てお供えしようと思ったのだ。
 すると、「なにもなくていいよ」とおばあさんの声がした。
 なんと、お地蔵様が喋ったのだ!
 その声が、9年前に他界した祖母に似ていた気がして、私はまた驚いた。
「本当に寒くないの?」
 私は尋ねた。お地蔵様は――それは、もはや祖母としかいいようがないのだが――「いまは幸せだか らあたたかい」と答えた。
「幸せって、おばあちゃんは毎日なにしてるの?」
 死後の世界がわからない私。祖母は「機織り」とはにかんだ声で答えた。
「機織り?」
「生きてたときは全然わからなかったけど、前世で機織りの仕事をしていたらしくってね」
「ふーん」
「上手にできるんだよ。だから、毎日が楽しい」
 そのとき、見知らぬおじさんが声をかけてきた。「きみは、だれと喋っているんだ?」と。
 私は驚いてふり返り、そして、お地蔵さんの顔を見た。
 どうやら、私は日本語とは違う別の言葉で喋っていたらしいのだ。
 お地蔵さんは、もう声を発さなかった。そこで、目が覚めた。