涙を流す地蔵の話

 まったくもって、妙な夢を見たものだ。
 夢の中の私は、家から100メートル離れた公民館から、裏の山火事を見ている。炎は山を舐めるように焦がしながら、もくもくと黒い煙をあげている。
「やばいな」
 近所に住むおじさんの声がした。
「あの火、もしかしてこっちへくるんじゃないか?」
 まさか! 私は飛び上がった。あの山からどれほど離れているというのだ。
 だが、一度は鎮火しそうに見えた炎は俄然力を取り戻し、轟々(ごうごう)と山を燃やしていく。
 まるで地獄の炎だ――私は目を見はった。昔、本で見た地獄絵図にそっくりだったからだ。
 その時、「うー」、「うー」と人が唸る声がした。見ると、田んぼだったはずのそこはしめった砂に覆われていて、そこには一体の地蔵と何人もの人の絵が描かれている。
「うー、うー」
 声は絵から発せられたものらしい。その辺の棒きれで施されたらしい絵は、山肌にある地獄の炎に脅え、悶えていた。
「おい、あぶないぞ!」
 おじさんが叫んだ。燃えさかる炎の中から、マグマのような流動物体がどろりと山を滑り出した。
 私は1人では動けないはずの母に早く家に帰るようにさとし、逃げまどう住民たちの中、必死にお地蔵さんに祈った。「お願いです。どうか助けてください」と。
 瞬間、地蔵がブルブル震えた。砂に描かれた地蔵が動いたのだ! まるで、「おこりじぞう」のような険しい顔つきになると、じわりと砂の中から水がしみ出した。
 じわり、じわり、じわ、じわ、じわじわ…。
 みるみるうちに、砂は澄んだ水に覆われていく。だが、マグマも眼前に迫っていた。

 やばい! 私は一目散に逃げ出した。
 マグマはどんどん迫ってくる。どんどん、どんどん迫ってくる。
 後ろをふり返ると、その赤い流動物体はマグマから小鬼に姿を変えてまっすぐに突進してきた。
 私はぞっと身体を震わせながら、かたくしぼったタオルで手をぬぐう。いつの間にか、指先に砂が付着していた。おそらくは、あの苦しみ喘いでいた人たちの残骸に違いなかった。
 追いつかれる――私はひたすら家に向かって走りながら、指先の砂をぬぐい取る。そして、息を乱しながら家の敷地内に飛びこんだ。砂のついたタオルを門前に落として。
 瞬間、私を追ってきた小鬼は見えない壁にさえぎられて霧散した。あぶないところだったが、なんとか助かったらしい。庭にいた父に「お母さんは」と尋ねると、「帰ってきた」と言う。私はほっと胸をなでおろした。
「あの火事、大丈夫かな」
「うん、さっきの小鬼なら、きれいに消えちゃったよ」
「ふぅん?」
 父が疑わしげにつぶやく。
 私はお地蔵さんにお礼を言いながら、門前に落としたタオルを拾い上げる。そこで、目が覚めた。