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文学の「トルコ人」、ヤルタ騒動、ロシア選手権

03/09/13
 モロゼビッチは9手でドロー、スヴィドレルは11手でドロー。ロシア選手権者のタイトルは、タイブレーク判定でスヴィドレルが獲得。それならモロゼビッチはもっとがんばれば良いのに。思うに、賞金は同額で山分け、という規定なのかな。
 音楽ネタをさらに。フィリドール、17世紀最強の棋士です。彼は作曲家でもありました、というか正確には、作曲家であるにも関わらず最強の棋士でした。彼の曲を聴いてみたいと思うのは当然の心情。畏友に頼んでフィリドールのCDを二枚、そろえてもらったことがあります。聴いてびっくり、すごく作風が古いのです。でもすぐ「あ、もしかして」と思いました。そうです、どうもフィリドール一族は作曲家集団らしい。音楽辞典には五人のフィリドールが載っています。ややこしいことに、我らがフランソワ=アンドレ・ダニカン・フィリドールの他に、アンドレ・ダニカン・フィリドールというのがいて、音楽史ではそっちの方が有名なんですね。無論、フランソワ・ダニカン・フィリドールさんもいらっしゃるようです。棋士フィリドールのCDを御存知の方はぜひ御一報を。
03/09/12 紹介棋譜参照
 ちょっとしたことがきっかけだったのだけど、九月になると、過去一年間に私が聴いたCDの最優秀盤を決める習慣が出来ている。去年はデムスとバリリ弦楽四重奏団の名盤「シューマン、ピアノ五重奏曲、変ホ長調、作品44」(1956録音)。今年、この栄冠に輝くのはランパルで「テレマン、無伴奏フルートのための12の幻想曲」(1972録音)。暗闇から孤独なフルートが流れてくる感じがいかにも「幻想曲」です。当時は「即興曲」の意味合いが強い語だったらしいけど。音楽はチェスの倍はわかる話題で、実はこれまでずーーーっと我慢してきたんです。
 ロシア選手権はモロゼビッチとNajerの直接対決。膠着状態だったんですが、ごちゃごちゃ駒を動かしてるうちに、Najerが大ポカ。モロゼビッチの話はいつもこうですね。一方、スヴィドレルは大技を決めてカッコ良かった。敗者の粘りにも味がある。紹介棋譜に。残り1ラウンドで首位がこの二人。普通なら最終日はさっさとドローで同点優勝なんですが、モロ様はどう出るか。
03/09/11
 ロシア選手権、終わりをちらっと見られた。スヴィドレルは引き分け。モロゼビッチは勝ち。これでこの二人と中堅のNajerが首位で並んだ。興味深いのが黒モロゼビッチのフレンチ。常用していたバーンではなく、バイナウアーだった、つまり、1.e4. e6, 2.d4. d5, 3.Nc3. Bb4。さらに 4.e5. c5, 5.a3. Bxc3+, 6.bxc3。ここで代表的な6...Ne7ではなく、6...Qa5!?。私は初めて見るが、どうも流行ってきたらしい(こういう情報はさすがChessToday)。発想は、Qa4でc2を狙いつつf6から反撃。あまりにシンプルだが、バイナウアーの天敵白Qg4にはg6でもKf8でも戦えるのが自慢で、白はこの手を指さないようだ。いいかも!
03/09/10
 ロシア選手権はスヴィドレル対モロゼビッチ。決勝戦みたいなものだ。トップクラスに通用しないのがモロゼビッチの欠点だが、やはり駄目だった。ナイトを捨ててポーン2個を得るいつもながらのチェス。しかし、この駒損が最後まで響いた。これでスヴィドレルが単独トップ。あと3ラウンド。
03/09/09 紹介棋譜参照
 発音がわからないのは私たちだけではないらしい。夕方、ICCでロシア選手権を観る時間を作れたのだが、ギャラリーたちが可笑しかった。「"Ruy"をどう読んでるかい」「おいら"ルー"」「同じく」「カンガ"ルー"みたく?」「"y"は読まねえのか」「わかんないよお」。
 試合はすごかった、さすがロシア選手権。私は知らず知らず歯を食いしばっていたらしく、終局まで見届けて、ため息をついたら歯がガタガタになっていた。とにかく不利になってからの粘りが頑強。ヤコベンコは「もっと執着すれば強くなるのに」と言われていた若手だけど、どうしてなかなか、スヴィドレル相手に駒損の終盤をとことん抵抗して見事な引き分け。聞いたことも無いBachin(バッヒン?)もドレーエフと最後まで戦い抜いて半点とった。覚えておこう、まだIMとは(04.05.1984生)。
 でも、スターはやっぱりモロゼビッチだった。彼の白番、相手はモティレフ。出だしはペトロフでも、いつもながらの見かけぬ序盤。でもまあペトロフだから、自然に引き分け模様に。しかし、駄々をこねるようにモロゼビッチは手を作っていく。これはまさにモティレフの望んだ展開だったと思う。案の定、駒の損得は無いながら、モロゼビッチのポーンの連携が悪くなって終盤へ。が、ここからとんでもないクソ力をモロゼビッチは発揮する。「引き分けてくれー」と祈る私は目を疑った。勝ってしまったのである。かくて単独トップ。モティレフ最後の勝負手に、大ポカをした悔しさがにじみ出ていた。長いがこれを紹介棋譜に。
03/09/07 紹介棋譜参照
 Millietはミリエかな(02.11.1983生)、昨年から急に強くなってきたようだ。 図は彼女が白で、Armas戦、15...Kg8-h7まで。ここで決めた。16.Nxf7. Rxf7, 17.Bxg6+。これを17...Kxg6なら、18.Qd3+. Kh5, 19.Re5+の筋がある。この大会はほとんど中盤だけで勝ち続けた。本局も以下K翼を食い散らかして、終盤は付け足し。
 ロシア選手権、とてもモロゼビッチ一人に注目してはいられない。まず、グリシュクとスヴィドレルがいる。さらに、ドレーエフ、ハリフマン、他にも好きな中堅がざくざく。いま3Rまで、スヴィドレルとモティレフが全勝。モロゼビッチは半点差で追っている。好局が多くて選ぶのが困難ですが、棋譜再現が楽しいのをひとつ。
03/09/06 紹介棋譜参照
 しばらく棋戦情報なしでこのコラムを続けてきましたが、機械の故障がなければ、マインツのポルガー対アナンド戦は詳しくお伝えしていたでしょう。今更の感はありますが、8試合のうちの第一局を紹介棋譜として歴史に残しておきます。ご鑑賞ください。
 フランス選手権は結果だけでも。久しぶりに"アンドレイ"の方のソコロフが頑張った。全盛期の80年代後半には、物憂い雰囲気を漂わせた貴族的な写真があったりして、それだけで好きでした。近影は見るも、、、。まあいい、優勝はバクローに譲ったものの、ロチェと三人でプレーオフに残るまで戦ってくれた。女子の優勝者は、Sophie Milliet。うーん私もうれしいぞ。
 だが、いま注目すべきなのはロシア選手権である。今年は賞金総額が10万ドルも集まったそうで、豪華な顔ぶれの大会になった。
03/09/05
 プラハ合意は昨年5月。内容を簡単に言えば、ドルトムントの優勝者がクラムニクと戦う。また、ポノマリョフはカスパロフと戦う。最後に両方の勝者が戦って、世界統一のチャンピオンを決める、というものだ。この年のドルトムントはレコが優勝、クラムニクへの挑戦権を獲得したが、実現したのはここまで。その先の段階に進めていない。それでもこの合意を尊重して、先日のFIDEは今後の予定を発表した。
 これも簡単に言うと、まず11月にFIDEは世界選手権を開く。その優勝者が来年、カスパロフと戦う。また、クラムニク対レコのマッチもFIDEで面倒を見てくれるかもしれない。不可解な部分が無いではないが、いずれも実現可能な話だ。今回の騒動にもかかわらず、チェス界の絶望が大きくないのはこのためだろう。
03/09/04
 ChessBaseが届く。注文してから11日。見るからに「でかパッケージ」だ。うれしい、というより、「僕はどこまでのめり込んでしまうの」と不安になる。
 久しぶりにプラハ合意の写真を見たら、ポノマリョフがそこに写っていないことに今さら気づいた。ポノ君の疎外感や屈辱を今はわかる気がする。あの時点から彼は素直じゃなかった。以来いろんな要求を。「カスパロフと引き分けたなら私の方を最終戦に進出させてほしい」「カスパロフに負けても私がFIDEの世界王者であることを認めてほしい」などなど。最近は「ロシア語の話せる審判」とか「中立国でのドーピング検査」とかに関して。感情的になってたのかも。
 FIDEは常に強圧的で、年頭のヴェイカンゼー大会など、期間中に押しかけてまでマッチの交渉を迫り、ポノの調子をガタガタにしてしまった。交渉に応じたポノの失策でもあるが、あの時はFIDEの脅しが汚かった。棋士たちの援護も無かった。宿泊施設の待遇に不満なら組合闘争にしてしまう彼らが、である。同国の大先輩イワンチュクなど、ポノマリョフの交代要員として自分の名前が挙がり、そわそわしていた気味さえある。ポノマリョフに対して皆、敬意を欠いていた。
 それでも思う、「若いんだからさ、仕方ないじゃん」。前にも述べたが、「勝つのは君だったよ、きっと」。
03/09/03
 対してFIDEの方は覚悟を決めていたんだろう。「48時間以内、28日正午までにサインしろ、これが最後だ」とポノ側に伝えたのは脅しではなかった。キャンセルの発表と同時に今後の予定まで公表できたのだ。開会式に招いていたロシア、ウクライナ両大統領への配慮を含め、いろんな段取りを整えたうえで最後通告を出したに違いない。ポノたちはウクライナ大統領へ、FIDEに協力せぬよう要請していたらしいが、今回はFIDEの完勝だった。
 カスパロフの所感も伝わっている。彼も驚いていた。「ポノマリョフ・チームの言動は、私をかきみだすための神経戦だと思っていたが、まさか、ただ私から逃げたかっただけだったとはね」。ショックだろうが、皮肉を効かせてくれた。「この半年、マッチに備えて私はいろんな大会の招待を断ってきた。これはマッチの賞金に匹敵するぐらいの稼ぎを失った勘定になるよ」。本当はヤルタでなく、もっと前にブエノスアイレスでマッチが行われるはずだった。それが中止になったとき、ポノマリョフは相当額の"損害賠償"を要求したことを、私は思い出した。
 今後についての質問には、「別に」とカスパロフ。スタッフと相談した結果、FIDEの様子を見ることにしたとのこと。
03/09/02
 さて、ポノマリョフである。FIDEとは関係の無いマッチでカスパロフと対戦することを望んでいる、という話が伝わってきた。やっと彼の声らしきものが聞けたわけだが、これはしかし、FIDEから選ばれた棋士の希望としては虫が良すぎよう。過去の似た例でいえば、1993年のカスパロフとショートで実現したマッチがある。しかし、あの時のショートは男だった。
 今回のケースは、いろんな条件を並べて引かないポノマリョフ陣営に、とうとうイリュムジノフ会長の堪忍袋の緒が切れた、ということなんだろう。ポノ陣は、私の推測だが、まさかFIDEがマッチを取りやめるとは思ってなかったのではなかろうか。キャンセルの発表以降ここ数日の沈黙は、きっと、彼らの混乱や自失の表れである。「陣営スタッフ」の幼稚さであって、ルスラン・ポノマリョフの若さではない、とせめて思いたい。
03/09/01
 機械が壊れてWindows98をWindowsXPにしたら、ChessBase7.0が快適に動かなくなり、仕方なく8.0を注文した。この際だから思い切って高価なメガパッケージ版を。ところがさっき、「あ、もしかしたら」と気がついた。で、ChessBaseのホームページから7.0のサービスパックをダウンロードしたところ、あっさり不具合が解消されてしまったではないか。私と同じ愚かな浪費に走る人を一人でも減らせたら、と思い、ここに恥を書き付ける次第である。
03/08/31
 昨日の衝撃を検討する前に、もう一回だけポーの話をしておきます。ポーは「大鴉」を書き終わってから、その創作計画書を「構成の原理」として書く、そんなタイプ。シェークスピアのような、予言することによって未来が変わってしまう動的な言説は期待できないわけです。「トルコ人」にしても、彼は中に人が入っていることをほぼ知っていたのでは。その上で、それを「推理」してみせたように思う。
 この場合、むしろ推理が外れた箇所の方が意外性があって、面白く読める。ひとつだけ挙げましょう。まれにではあるが「トルコ人」は負けることがある。もし本当に「トルコ人」が機械なら、とポーは考えた、「いつも勝たなくてはならないはずである」。チェスを指す機械を開発できたとは、つまり、チェスを指す原理を解明できたことであり、そうなら、常に勝つよう開発することも出来るはずだ。機械の「トルコ人」が負けることがあるとすれば、それは開発者が故意に不完全な機械を世に出したことになる。が、そんなことは「まったくありえそうにない」。
 どうでしょう、ご紹介する直前までは「ポーのとんでもない勘違い」と思ってましたが、いま見直すと、なかなか味がありますね。
03/08/30
 小林秀雄が「様々なる意匠」でデヴューするのが1929年。その彼がポーの"Maelzel's Chess-Player"(1836)の訳を出したのは翌年の二月、ミステリーの雑誌としては当時一番の「新青年」春季増刊号である。ただし、目次には訳者の名前さえ無い。抄訳で、しかも仏訳からの重訳、おまけに冒頭部は小林が付け加えた創作である。ある意味その方が面白いのだが、小林全集には収録されてない。後に大岡昇平が改訳増補して、題も「メエルゼルの将棋差し」から「メルツェルの将棋差し」に変わった。現在、比較的簡単に読めるのはこちらである。私はどちらもいま読んだばかりだが、特に文献上の興味が無ければ、新訳でいいだろう。創元社の「ポオ全集」や、同社の文庫版全集だ。
 と、ここまで、書いて、畏友よりメール。ポノマリョフとカスパロフのマッチが流れてしまった、とのこと。呆然。ポノがごねて契約を渋っていたことは知っていたが。ショックだ。寝ます。
03/08/29
 『完全チェス読本』第2巻には「トルコ人」を巡る有名人が何人も紹介されていて、中にはナポレオンまで出てくる。ここは笑える。ちなみに、Chess Baseで、1.e4に対して1...Nf6を最初に指した人を検索してみると、なんと彼の名が現れる。ついでに付け加えると、ナイドルフ・バリエーション、あのPa6を検索すると、若き日の現ローマ法王が現れる。
 「トルコ人」関係者にはポーも居る。彼は、この箱の中には人が隠れているのではないか、という"推理"をした。実は昨日ふれた「鏡面反射のシステム」説らしきものがここに出てくる。また、「せむし」という語ではないが、「ひどい猫背の男」の存在にも触れている。これが「モルグ街の殺人事件」より早い時期の推理作品だというのが興味深いではないか。畏友の調査によると、これを昭和初期に小林秀雄が紹介しているらしい。
 ところで訂正。夏風邪に倒れた畏友が床から這うようにして緊急のメールを送ってくれました。「トルコ人」の水ギセルは飾りで、対局時には取り外すのだとか。
03/08/28
 「トルコ人」に関する、ベンヤミン「歴史の概念について」の記述。畏友の報告をまとめました。「トルコ人」はチェスを指す機械のようでいて、実は中に人が隠れていたわけですが、問題はその隠し方、そして指し手の動かし方。なお、引用は野村修の岩波文庫。
 「どこから見ても透明に見えた」という記述がわかりにくい。ガラス張りの装置のように読める。オックスフォードのチェス事典で復元写真を見ると、盤卓は木製の机です。その扉を開けて、中に人が隠れていないことを客に示すのですが、「どこから見ても透明に見えた」という語感には違和感があります。
 透明に見えていたのは「鏡面反射のシステム」によってだ、というのは間違い。もっと単純な方法で人を隠していました。机の中、さも機械らしく仕込まれた歯車や円筒の裏に、人が入れる空間を作ってあった。
 「テーブルのなかには、ひとりのせむしのこびとが隠れていたのである」、これも間違い。当時にはこんな説もあったそうで、ベンヤミンはそれを書いたんでしょう。ちなみに、「アジーブ」も似たような装置として有名ですが、これにはピルスベリーが隠れていました。それらとは異なる操作方法の「メフィスト」は、グンスベルグが動かしていました。
 この「トルコ人」、人形は手に長い水ギセルを持っている。それが机の中につなっがていて、指し手を盤上に現したようです。ベンヤミンはそれを「紐で人形の手をあやつっていた」と書いていますが、紐ではなく、パンタグラフとのこと。よく出来てるものですね。
 『パサージュ論』の先の方には「人形、からくり」という章がある、第4巻。「トルコ人」に触れているのかもしれません。そこまで読むのを楽しみにしています。
03/08/27
 ベンヤミンの『パサージュ論』が面白い。ついでに、以前はちんぷんかんぷんだった「歴史の概念について」も久しぶりに引き出してみる。で、驚いた。書き出しがいきなり「トルコ人」なのである。『完全チェス読本』の第2巻をお持ちの方はご存知だろう。19世紀のパリ等で話題になった、チェスを指すカラクリ人形である。もう黙ってはいられない。さっそく畏友にメールする。彼はこれに詳しいのだ。「畏友」が登場するたびに、読者よ、「あんたら年中こんな話ばかりしてるのか」と思うかもしれないが、実はそうなのだ。
 さて、私はベンヤミンの記述が正確なのかどうかが気になった。彼はその日のうちに本屋に寄って確認してくれた。
03/08/26
 新しいコンピュータにも慣れてきた。ようやく本を読む余裕も作れた。14日の項で触れた、ナンの"Secrets of Rook Endings"。難解なスタディよりも、こうしたエンディングの基礎理論の方が、私のような中級者には楽しめるようだ。無論、基礎理論ってのは簡単ではない。この本でも、一流棋士が正着を外した例がいくつも取り上げられている。そんなハイレベルの話は出来ないから、今日は次の図をご紹介しよう。黒先で引き分けにせよ、という問題である(Cheron,1923)。
 候補手は1...Kd6+か1...Kf6+しかない。強い人には一目だろう。実は私も一目でわかった。もっともそれは、この図を見るまでに、類似局面の執拗な説明をこの本で読んでいたからである。でなければ、私は「黒王をa7の白ポーンに近づけるべきだ」と思って、1...Kd6+と指しただろう。しかし、正解は、1...Kf6+, 2.Kd5. Rf7=である。むしろ黒王を遠ざけるとは。黒ルークをf筋に置くのが大事なのだ。とにかく、どんな簡単な例でも、局面の本質が一目でわかるというのは快感である。何より、こんな簡単な図にも秘密がある、というのが素晴らしい。深いんだな。知らなかった。恥ずかしい。
03/08/24
 映画の話をもうひとつ。我が畏友は映画にも詳しく、この分野でもいろいろ教えてくれる。「とらばいゆ」もそうだ。チェスや将棋と関係ない映画では、たとえば、「夏至」なんかを薦めてくれるところがタダ者ではない。その彼がすごいのをダビングして送ってくれた。「Chess Fever」。1925年、ソビエト。無論、白黒無声映画である(台詞は簡単な英語で読める)。
 何がすごいって、この年のモスクワ大会だろう、マーシャル、グリュエンフェルド、シュピールマン、レティなどなどの対局風景が映るのである。彼らが動くだけでも感動だが、映画の内容が実に良い。畏友いわく「映画っていいなあって感じ」。うん、チェスに取り憑かれた若者の挙動がコミカルに描かれてるのだが、ここなんて、映画の快楽に浸れる。
 主人公は、この若者の恋人。若者がチェスに夢中で自分の方を向いてくれず、彼女は悲観してしまう。「チェスなんて最低!」と、チェスの無い場所を求めて街をさまようのだが、どこもかしこもチェスばかり、、、。
 さあ、我々にとってのクライマックスはここだ。自殺まで考えて泣き濡れる彼女の前に、現れ出でた 洒落者が一人。なんとカパブランカなのである。本当に本物のカパブランカなのである。ニコニコと彼は微笑んでいて、モスクワが温まった感さえある。素晴らしい人だ。さて、この彼が、何と言って彼女を慰めるのか。画面に現れた台詞を見て私は大爆笑してしまった。映画でこれほど笑ったことがあろうかと思うほど大爆笑してしまった。それは言わないのがエチケットというものだろう。入手困難な映画だろうが、カパ・ファンならあの場面が楽しいはずである。なんとか、鑑賞の機会がありますように。
03/08/22
 「とらばいゆ」を見る。女流棋士の姉妹を主人公にした映画だ。姉の方が主人公で瀬戸朝香が好演している。彼女がとても美しく撮れていて、私には意外だった。これだけでも成功作だろう。大谷健太郎監督。ワンカットが長い人らしい。ただ、かつての溝口やタルコフスキーのような、静謐な緊張感、様式美を狙ってるわけではない。むしろテニスの試合を目で追うように、言葉のやりとりを丹念に拾う感じ。若い監督なのだろう、未熟なところも気になるが、楽しみな人だ。テーマは将棋ではなく、共働きの夫婦である。しかし、特殊な"職材"で料理したから、妻の職業というものに焦点を絞れたし、住まいも洒落ていて、共稼ぎの経済生活は扱わないという線は明快だ。平成時代の共働きを描く方針として正解だろう。
03/08/21
 どうにか復旧。もっとも、やることは一杯ある。たとえば、Chess Padをダウンロードし直し、Craftyを使える設定にした。手順を忘れているから苦労した。Chess Padはエビカニエフさんのページで教わったのだが、PGNファイルを扱うソフトではこれが一番気に入っている。無論、仕事に関わる復旧も大変で、なかなかチェスの情報に追いつけない。03/06/01に触れた13歳のカテリーナが、GMやIMも参加した大会で優勝したらしいが。
03/08/20
 本日、機械は復旧の予定。うまくいきますように。壊れてる間、マインツはアナンドとポルガーの試合があって、引き分け無しの5対3とか。好局ぞろいだったらしく、見たかったなあ。レコとスヴィドレルのマッチも行われ、こっちはフィッシャランダムだったのかな。レコが負けた模様。調子下降気味か。
 アズマイの待ったの話をもう少し。かなり辛らつなインタビューで、私には不快なほどだったが、アズマイの受け答えが大者らしくて、気に入ってしまった。たとえば、「思うに、あなたあっさり投了すべきだったですよ」と突っ込まれても、「ああ、正しいね」。この事件、3秒あるかどうかのやりとりだったようだが、対局中の互いに緊張した心理状態の中、ほとんど無意識に、待ったとその了解がなされてしまったらしい。当然のことながらアズマイ自身は行為を恥じている。
 聞き手が辛らつなのは、無論、アズマイが世界チェス連盟の副会長だからだ。嫌われ役である。「俺はいろいろ言われるが、誰もイリュムジノフ会長の悪口は言わん。みんな、彼のお乳を搾りたいわけだ」。あの会長の金でチェス界が動いている現状について、彼は「悲観してない」と答えた。「会長はチェス界を見捨てない」。これはしかし、会長個人に見捨てられたらおしまいだ、ということではないか。健全でないのは確かだろう。
03/08/18
 NICの03/5号が欧州選手権の優勝者アズマイパラシビリにインタヴュー。彼はFIDEの副会長でもある。カスパロフと親密な棋士がこんな要職に就けるとは知らなかった。チェス界の政治力学は成熟してるようだ。その話も大事だが、こないだの欧州選手権、ネット観戦ではわからなかったことに触れられている。驚いた。マラコフ対アズマイ戦、アズマイが「待った」をしたのだ。指し手を書き留めたあと、その次に指すつもりの駒を動かしてしまい、動転した彼は思わず「待った」。マラコフは抗議せず(できず?)、競技は続行。そして、勝ったのはアズマイだった。この一勝は大きい。優勝者と半点差で二位になったのがマラコフなのだから。
03/08/17
 何度かこのコラムに登場してもらってる「我が畏友」に、久しぶりに会えた。本をもらう。サラ・ハーストの"Curse of Kirsan"。二冊持っているとかで一冊を分けてくれたのだが、以前から、"Linares! Linares!"や、"Russians vs Fischer"など、私はもらってばかりである。何を言いたいかというと、この三冊の書名を見て、彼のセンスに脱帽していただきたいのである。定跡書を買うにしても、下記の"The Petroff Defence"だって、実は、彼が買ってると知ってから私も欲しくなったのである。チェスのホーム・ページの書評は、もともとまともな書評を目指してないのだから、文句を言うのはおかしいが、彼ほどの知識や見識が欠けている。読む者はそこを警戒すべきだし、書く者はせめて恥の感覚を持ってほしい。
03/08/16
 コンピュータが壊れてしまった。外したコンセントを差し込んだら、火花が散って、しゅー。こまりました。マインツでは楽しい催しがあるというのに。
 気落ちさえしていなければ、すくなくとも、この欄の継続はできそうです。今日は気落ちしてるのでこの程度で。
03/08/15
 マニアックな本といえば、ナンの本よりもユスポフの"The Petroff Defence"だろう。八重州のブックセンターに行ってしまった。昔からここにあるのだ。行ったら買ってしまう気がしたのだが、やっぱり買ってしまった。ホームページを開いて以来、自分がハイになってるのがわかる。B5版の大きさで434ページ。ずしり。普通はこれでA00からE99まで500種類、つまりチェスの全オープニングを詳細に論じるものだ。しかし、本書が扱うのはC42とC43だけ、たった2種類。いわゆる電話帳形式で、ページの多くが符号でぎっしり埋まってる。Olms、1999年。こんなのを買う奴の顔が見たいが、我が畏友は持っていた。私も彼も実戦家ではない。
 もう一冊買ったのだが、これは万人に薦めたい。同じ出版社から昨年出た本で、コルチノイの"Practical Rook Endings"。わずか98ページだが、形勢判断のポイント、必要な心がけ等、実戦的な示唆に満ちている。経験豊かな彼ならではの芸だ。
03/08/14
 先日、蒲田は池上にあるチェス・センターに行って来た。いまや、本を手に取って買える数少ない場所である。古本屋みたいな趣もあり、1986年にギネスから出た"Chess the Records"を買った。19世紀からの主要なマッチや大会の勝敗表が載っているのが特徴で、私のような者には便利な本だ。著者はワイルドだった。それから、ナンの"Secrets of Rook Endings"も買った。話をポーン一個のケースだけに絞り、そのすべてを語り尽くすというマニアックな本だ。Batsford、1992年。「ナンも相変わらずよくやるわ」と冷やかし半分で最初の図を立ち読みしたらもういけない、たちまち虜になってしまった。
 この日は近所の子供を集めたチェス教室も開かれていた様子。考えるのが苦手そうな子も居て、難しい局面になったのか、「リザインしちゃおっかなー」と言って渡井先生を脅していた。
03/08/13
 ChessTodayのバブーリンが、こんな質問を受けた、「レイティング2500のグランドマスターなら、試合をするだけでちゃんと食べてゆけますか?」。彼の答え、「いけるよ。住んでる土地にもよるけどね。ヨーロッパで国を選べば、月300ドルの稼ぎでもどうにかやっていける。でも、子供とかいるとしんどいぞ」。300ドルねえ、、、。小池重明みたいな人生だろうか。

戎棋夷説