紹介棋譜 別ウィンドウにて。
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戎棋夷説

Alex Dunne, Great Chess Books of the Twentieth Century より
Griffith and White. Modern Chess Openings. Whitehead & Miller, 1911
 一巻本の定跡辞典として有名なMCOの初版である。副題はEspecially Compilled for Match and Tournament Players 。高度な専門書を謳って登場したようだ。現在は編者や出版社を変えつつ十五版まで出ている。いまでも専門書であるのは変わらないが、中級者なら絶対に役立つ内容だ。私が持っているのは一九三九年の第六版、一九六五年の第十版、一九九〇年の第十三版、二〇〇八年の第十五版である。初めて買ったのは第十三版だ。当時は洋書を簡単に買うことができず、MCOはなかなか手に入らなかった。日本橋の丸善だったか、有楽町の洋書イエナだったか、やっとこの本を見つけた時は、「これでようやく自分も普通のチェスファンになれた」とうれしかったものだ。
 グリフィスは序盤定跡をノートに書きためる習慣を持っていた。あるときそれを見せられたホワイトは驚いて、「すごいぢゃん、え、なんで全部の定跡を書いた本にしないのさ。お手伝いさせてもらうよ」と提案したのが始まりだったそうだ。もっとも、完成したのはわづか一九〇頁の小冊子だった。第十五版は七四八頁ある。内容も、当時最高水準の定跡理解を示す、とは言えなかったのではないか。一九一二年に出たシュレヒターのドイツ語によるHandbuch の方が有名である。
 いつから定評ある定跡辞典としてMCOの名が挙がるようになったかと言えば、やはり第六版だ。ファインが書いたからである。これが売れた。同時対局のイヴェントなどで司会者はファインを会場で呼ぶ際に、「さあ、御紹介いたしましょう、われらの聖書をお書きになった方です!」と述べたほどだった。それから、第十版はエヴァンズが書いたことで名高い。どちらも定跡史に興味のある人は必読である。また、現代の専門家には常識なので本では省略される手順だけど、われわれ中級者は疑問に思ってしまう手順なども、古い定跡書には書いてあることも多い。
 私の考えとして、定跡をくわしく理解するとは定跡史を理解することに等しい。チェスブログの定跡解説の多くが、私にはつまらなくて深みに欠けるように思えるのは、それらの記述が定跡史に関心が無いか、無知だからである。定跡とは「正しい手順」ではなく、「正しいと思われている手順」であり、当然、その「正しさ」は歴史的に成立してきたのだから、歴史的に理解するのが理にかなってるのではないか。このブログには第六版を使った記事がいくつかある。シシリアンについて08/08/17 とその翌日、ルイロペスについて08/09/18 、エヴァンズ・ギャンビットについて10/10/01とその翌日。

14/04/19
 プルリス対フレイマンをもう少し。無名選手どうしの棋譜でもラスカーが解説すると見どころが現れる例だ。16...Bd7 から次第に黒は形勢を損ねてしまった。どう粘るべきか。ラスカーのアドバイスは参考になる。
 図は21.g4 まで。白はK翼からぢわぢわ寄せてくるつもりだ。Pg5, Pf6 を狙っている。だから、私なら21...f6 を考えるだろう。実戦でも数手後に実現された。ラスカーはこうした防戦を認めない。
 彼の解説を聞こう。「白はgポーンを突き進めてK翼から攻めてくる。もはや防ぎようが無い。いつかはPg5 やPf6 あるいはPh6 といった猛襲がやってくる。その時に備えておきたいのだが、できることは何も無く、相手の兵力展開を待つより無い。だから、黒はできるだけ素早くQ翼で駒を動かすべきなのだ。それゆえ、21...b4 そして 22...Na4 からNxc3 を狙うが良い。そのあとは開いてるb筋で戦うのが正しい手順である。そんなふうに、黒は白のK翼からの攻撃を待ちうければ良かった」。
 b筋に関するところ、誤訳してるかもしれないが、全体として目からうろこの御指南である。
 
Alex Dunne, Great Chess Books of the Twentieth Century より
Lasker. International Chess Congress ST. Petersburg. 1909. Press of Dr. Emanuel Lasker
 一九〇九年のサンクトペテルブルグ大会の全対局をラスカーが解説した本だ。もとはドイツ語で一九〇九年に出た。本書は一九一〇年刊である。タイヒマンが大部分を翻訳したらしい。私が持っているのは二〇〇八年のRussell Enterprises 版である。Harding の序文が付き、棋譜は座標式に改められている。
 この大会は最高級棋士の参加がラスカーとルビンシュタインしか無く、現代人の目にはいささか物足りない。けれど、シュレヒター、タルタコヴェール、タイヒマン、シュピールマンなどの強豪がよく揃い、総勢十九人でにぎにぎしく開催された。これほど大規模の大会は一八九五年以来のことで、当時は注目されたらしい。ルビンシュタインが初顔合わせのラスカーを倒した一局がよく知られている。優勝は、13勝2敗3分のラスカーと、12勝1敗5分のルビンシュタインが、同点で分け合った。ふたりとも13位の下位棋士に敗れているのが興味深い。なお、全一七五局のうち一九局が短手数で終わった。これによって、初めてたくさんグランドマスタードローが生じた大会としても知られている。
 将棋では名人経験者が他人の棋譜を解説するということはあまり無い。中原誠や羽生善治など、非常に高い解説能力を持っているのではないか、と私は思う。なのに彼らの解説を読めないのは、たぶん、日本の将棋ファンがそういう本を望んでないからだろう。チェスでは歴代十六人の世界王者のうち、私が知っているだけで、シュタイニッツ、ラスカー、アリョーヒン、エイヴェ、ボトビニク、カルポフ、カスパロフが、古典や同時代の棋譜を解説した著作を残している。そのほとんどが傑作であるのは言うまでもない。強いて問題があるとすれば、実はラスカーである。評価はふたつに分かれており、好意的に「簡潔で的を得た教育的なスタイル」と紹介される反面、「短すぎて意味が無い」という批判もある。私の経験ではどちらも正しい。後者の代表は一九一四年のサンクトペテルブルグ大会の解説本だ。私はこれを注文して、パンフレットかと思うほど薄っぺらな本が届いた時は、ぺらぺらっと中身をめくって、とても落胆した。前者の代表が本書である。
 ラスカーはこんなことを言っていた。「英語で書かれたチェスの文献ってのは、量はたっぷり、価値はちょっぴり。ほとんどにラベルを貼った方がいいです、"著者:凡人。気を付けて!有毒です!"」。薄くて豊かな本書は非常によく売れたそうだ。読者もそういうのを求めていたわけだ。ルビンシュタイン対ラスカーについて言えば、白黒たがいに40手づつ指したうちの約8分の1の手にしかコメントが無く、しかも、二段階以上に分岐する複雑な手順解説は無い。特に最後の18手は無言で流される。われわれにはこれで充分なのだ。こうしたスタイルが現在ではすたれてしまったのが残念である。それにもかかわらず、または、それゆえ本書は現代でも再刊される価値があると思う。
 私の感想を言えば、序盤の駒組の方針、不利な局面の粘り方、この二点に関するコメントが勉強になった。たいていの棋譜解説は、方針よりも具体的な手順を指摘し、有利な側がいかに勝ったかを解説することに重点が置かれている。とても対照的だ。本書がユニークで、古典としての価値を失っていない理由を、そこに求めたい。
 駒組の方針を解説した例として、プルリス対フレイマンを挙げよう。図は黒番で、どう指すか。私ならまづ16...Ba6 を考える。実戦は16...Bd7 だった。対して、ラスカーはこう批判する。「このビショップにはc8 地点が好所だった。黒は16...Kh8 の方が良かっただろう。以下、17...Ng8 さらにRa7 だ。そして状況に身を任せるがよい。Pg6 からPf5 を指せれば、あとあと反撃も見込める」。ビショップを動かすのではなく、Pg6 からPf5 の実現を考える、という発想が素晴らしいではないか。それにくらべると、Ra7 の意味はわかりにくい。「短すぎる」例かもしれない。

14/04/11
 升田大山の偉大さがわれわれ素人にもよくわかるようになるには、羽生善治や藤井猛が発言してくれる時代まで待たねばならなかった。シュタイニッツにも同じことが言えよう。A Memorial を読んでもいまひとつ感動が薄いのは、この本の編纂当時ではまだ、シュタイニッツの強さをうまく説明できなかったからだ。Lasker's Manual of Chess の説明と比べてみよう。ラスカーはシュタイニッツをポジショナルプレイの完成者と位置付けている。われわれの多くは、駒の配置やポーン型に気を配るのがポジショナルプレイだと思っている。ラスカーが強調するのはそんなことではない。ポジショナルプレイにおいて重要なのはプランなのだ。一口に言えば、小さな有利を雪だるまのように集合させて大きくすることだ。この点においてシュタイニッツがいかに優れており、彼のライバルたちがいかに無計画に駒を動かすだけであったか。ラスカーは何局も例を挙げて解説する。
 一八八五年のセルマン戦を見よう。A Memorial には収録されてないから、本局の価値を見出したのはラスカーが最初かもしれない。以後はエイヴェもカスパロフもこれを使ってシュタイニッツを説明するようになる。シュタイニッツは白番で、d筋のナイト二個とポーンに彼の工夫が現れている。ここではd1 のナイトだけに話をしぼって、シュタイニッツのプランをご覧いただこう。まづ、ずっと狙っていた急所にナイトを五手連続で移動させる。すなわち、Nd1 -Nc3 -Nb1 -Nd2 -Nb3 -Na5 だ。五手前にくらべ、白のc筋支配が強化されている。そうしておいて、いよいよ次は大駒の敵陣侵入を考えるわけだ。
 フィリドールやラブルドネ、モーフィーから、ラスカーは語り起こす。それら先覚者を受け継いでシュタイニッツはポジショナルプレイを完成させた、と説明は続く。特に、彼が一八六二年にロンドンを訪れて、英国流の棋風に触れたことを、ラスカーは重要視する。すると、一八六六年にアンデルセンを破った頃には、すでにポジショナルプレイが見受けられるわけだ。対してA Memorial は、それは一八七〇年代だ、と述べている。それが定説でもある。どちらも正しかろう。シュタイニッツのポジショナルプレイは六〇年代から七〇年代にかけてゆっくり完成された、と考えたい。

Alex Dunne, Great Chess Books of the Twentieth Century より
Steinitz. A Memorial to Wilhelm Steinitz. Edited by Charles Devide, G. P. Putnam's Sons
 言わずと知れた初代公式世界王者を記念する一冊である。初版は一九〇一年。亡くなった翌年にあたる。副題はContaining a Selection of His Games, Chronologically Arranged, with an Analysis of Play。私が持っているのは一九七四年のDover 版で、書名はWilhelm Steinitz Selected Chess Games に改題され、六局が追加され、Hooper の序文、大会やマッチの成績一覧が加わっている。
 羽生善治がチェスを覚えてしばらくした頃、まわりをながめ、驚いたそうだ、「誰も王を詰ますことを考えてないぞ」。いまや常識となってるこれを広めたのがシュタイニッツである。いきなり詰ましにかかるのではなく、その前に有利な局面を築く必要があることを彼は認めた。そして、陣形理解に関するいろんな議論や主張を繰り広げた。いわく、駒を後退させることにも利点はある、Q翼のポーン数が相手よりも多いのは良い、ナイトよりもビショップの方が価値が高い、サイドアタックを生みだすためには中央を制するべき、孤立ポーンは弱い、相手のダブルポーンやハンギングポーンを利用して優位に立て、などなど。
 そんなシュタイニッツも晩年は貧しかったことが知られている。この本は遺族の生活を助けるために企画された。ところが売れなかった。仕方なく、1ドル50セントだったのを1ドル25セントに下げた。それでも売れず、75セントになった。一九一五年では60セントだった。やっと売りきって絶版にするまで二〇年近くかかったらしい。不人気の理由は、私が思うに、この本はつまらんからである。棋譜解説がシュタイニッツ自身のものでない。彼の革新性がよく伝わるような解説でもない。そして、棋風は守備的だ。この本を読んだ三〇年前を思い出す。特攻隊並みに無謀な攻撃を繰り返す相手と、それをはじき返す不沈の巨艦シュタイニッツの棋譜を並べると、だんだん虚しくなってくるのである。
 シュタイニッツの自戦記を読みたいなら、Chess Instructor 後半にチゴリンとの一八八九年の王座戦全局を解説したものがある。ただ、あまり読みたくなるようなものではなかった。せめて、できるだけ同時代人の言葉で読んで、シュタイニッツの偉大さを味わいたい。それなら、A Memorial よりはLasker's Manual of Chess の方が良い。もちろん、21世紀の我々にはKasparov, My Great Predecessors の第一巻がある。

14/04/04
 昨年末の帰省時に神田アカシヤ書店で見つけたAlex Dunne のGreat Chess Books of the Twentieth Century in English (Dover, 2005) のページをよくめくっている。内容は題名どおりだ。著者は九〇年代には二三〇〇ぐらいのレイティングを持ってた人で、棋力向上のために棋書を集めていた。そのうち彼の気づいたことは、「おれって、棋書が好きだから集めてるんだ」。千冊以上も持っていれば、まあそうだろう。フィリドールの本の一七七三年版の復刻でもなんでもないまさにそれさえ持っていた。ところが、ある日、対局のため家を離れていた彼に悲報が届く。家が全焼してしまったのだ。本は、もちろんフィリドールも、そして妻と孫が失われてしまった。序文が、読んでいてつらい。焼跡を整地するブルドーザーが土をめくりあげると、彼の本が掘り起こされ、また地中に消えてゆく。そんなわけで、この本は、彼のつらい経験と、そこからゆっくりどうやって立ち直っていったか、の記念碑でもある。にもかかわらず、あるいは、それゆえ、楽しい本だ。名局棋譜集のほか、定跡辞典、終盤指南書、プロブレム、研究書、読み物などチェスに関するさまざまな本について、内容紹介のほか、歴史的な意義、いかに読者に支持されたか、姉妹本や類書の存在、がくわしく説明されている。読んでいると、それがだんだん欲しくなる。実際、何冊か注文した。もっとも、そうするまでもなく、自分はこの本で紹介された名著の相当数をすでに読んだか所有してるかしており、ちょっと驚いた。自分がベテランであることを自覚した。本欄でその何冊かを日本語で取り上げ直すのは意味のあることかもしれない。
14/04/01
 日本将棋連盟会長谷川浩司は緊急棋士総会を招集し、平成26年度のA級棋士を現在の十人から十二人へ増員することを決めた。新制度のA級メンバーは、前年度のA級棋士十名にB1クラスからの昇級者二名を加えた十二名になる見通し。谷川会長「高度に発達した現代将棋のA級順位戦には十二人制がふさわしい。私心を捨てて決断した」。
14/03/31
 豊島将之がコンピュータに勝った。対戦ソフトの欠点をとことん調べて、それを突いたのが勝因のようだ。昨年に同じ手法で阿部光瑠が勝っている。私が理解に苦しむのは、多くの人がこうした勝利に不満を述べていることだ。彼らの目には、豊島阿部の事前準備は正々堂々としておらず、将棋本来の人間同士の対戦には通用しない、むしろ後ろめたさを感じるべき戦い方なのである。見ず知らずの人間同士が道場かネットで初めて出会って対局するように勝ってこそ、本当の勝利だと、彼らは考えてるようだ。前に書いたことを繰り返すと、かつて米長邦雄もコンピュータと対戦する前には対戦ソフトをよく研究した。その末に、人間同士では起こり得ない風変わりな初手を採用した。これを読売新聞が酷評した。それに対し、米長はプロ棋士の誇りの名において強く抗議した。私は米長が正しいと思う。今回も同じことを思う。
 私は通常のチェスでは中級者にすぎぬが、持ち時間を一手3日いただけるchess.com では上位0.4%の強豪である。なぜそんなことが可能かというと、充分な時間があれば、対戦相手の棋風を分析できるからだ。相手の欠点をさがし、そして、その欠点が表面化するような戦い方を何通りか準備し、相手をそのシナリオのひとつに乗せればいい。私の言いたいことはおわかりでしょう。これは「正々堂々とした人間同士の戦い」である。むしろ、分析を怠るプレーヤーや分析能力の無いプレーヤーに問題があろう。知ろうと思えば知れる相手を知らぬまま放置して戦う方が無謀である。孫子様が存命なら同意してくださるに相違ない。クラムニクがカスパロフに勝てたのも、まさに「普通の相手には劣る作戦がカスパロフには有効だ」と事前研究の末に気づいたからだ。Informant 118 で、カスパロフもそれを軽視したことを自分の敗因として認めている。当然のことながら、カスパロフは、「クラムニクは正々堂々と戦うべきだった」など非難していない。
14/03/29
 友人の結婚式に余裕をもって出席したい、というので嫁が式場の近くにある実家に外泊した。たびたびあるこんな夜の私は、歩いて数分のアイリッシュパブに出かけて、お気に入りのフィッシュアンドチップスを食べる。たいていはクライヌリッシュを頼む。気分がビールの時はキルケニーだ。そして、お店の人とチェスを何局か指すのである。お客さんと指すこともある。この夜は常連の強豪が二人連れで現れ、久しぶりに対局できた。私が黒番で、滅多に指したことの無いペトロフを試したらうまくいった。チェスを知っている人ほど、こういう手に驚いてくださるのがうれしい。
 この常連さんから、「越智信義さんが亡くなったそうです」と言われて驚いた。翌日に検索してみると、それがわかる記事がブログ二件しかなく、事情がぜんぜんわからない。事実であることは確かなのだろう。畏友の紹介で私は二度ほど機会があり、三軒茶屋でおいしいとんかつをごちそうになった。ぜんぜん知識を誇らない、それでいて、いろんなことを話してくださる、静かなかただった。『将棋文化誌』が最後の著書ということになるんだろう。巻末の一句に辞世の意味をこめておられたに違いない。「こゝまでがわが身歩める限界と息ととのえる葉桜の下」。葉桜の季節を予感なさってたのかもしれない。
14/03/22
 前に関根金次郎の自伝について書いたことを繰り返すと、彼自身が言ってるように、彼の強さのひとつは体力だった。将棋衰退期を支えた明治大正の棋士の棋力は生活力も含めた総合力なのである。現代棋士がタイムマシンで当時に送られたら連戦連敗というか、死ぬだろう。棋譜だけ見て「現代の方が進歩している」と考えるのはおかしい。同じことが三〇年前といま、あるいは、去年といまでさえ言えるはずである。昔の棋士の懐古談はたんにエピソードが愉快だということのほか、そんな、棋譜だけでは読み取れない強さや力に思いを至らせてくれる。
 小澤書房の電子書籍第三弾は『囲碁の談 将棋の談』である。巌崎健造、小野五平、関澄伯理、本因坊秀栄の昔語りが収録されている。たった101円だ。なのに売れてないという。嘆かわしい。巌崎は方円社の社長だったんだぞ、と言ってもピンとこない人が多いのではないか。関澄伯理は検校まで進んだ盲人棋士だ。いづれも、上記した総合力としての棋力について考えさせられる読み物である。
 収録されている巌崎健造の一三歳のエピソードをひとつ紹介しておこう。孤児の彼を引き取ってくれた和尚の薬代をかせぐため、賭け碁をする。ところが夜道で追剥ぎに遭遇してしまうのだ。事情を必死に訴えて勘弁してもらい、なんとか和尚に薬を飲ますことができた。しかし、その甲斐も無く和尚は死んでしまい、少年は郷里を捨てて江戸を目指すしかなくなる。現代の奨励会とはまた別の壮絶さだ。
 この本は順次増補されているのが特徴で、初版は巌崎と五平だけだった。さっき、さらに阪田三吉の話が追加されたと知った。電子書籍の便利なところは、増補された版を無料で入手できることだ。ただ、それをどうやって入手するか。慣れない者には難しい。私はずいぶん苦労した。小澤書房のページに手引きがあるので御参照を。
14/02/27
 亀戦法について、昨年の一月に書いた。研究を重ねた結果、十一月には必勝法を発見し、以来、持ち時間10分の早指しでは一二勝二敗という圧倒的な勝率を挙げている。二敗も私の時間切れ負けで、局面自体は勝勢だった。ぜひ紹介したい。
 ただ、亀戦法は私の勝手な命名でもあり、chess.com においてはよく見かけるものの、一般的な定跡にはなりきらない。ここでは河馬戦法を論じよう。片方だけフィアンケットするのが亀で、両翼でフィアンケットするのが河馬だ。これならそこそこ知られている。
 図は一九六六年の世界王座戦第一六局で、白ペトロシアン、黒スパスキーだ。黒の構えが河馬である。Pa6 を省いてあれば、より純粋な河馬だ。ゴロンベックはスパスキーの作戦についてこう述べている。「ピルツ・ウフィムツェフ・ディフェンスの中でも、いささか凡庸な構えである。ピルツもウフィムツェフもこれを見て、自分が創始した戦法だとは認めたがらないだろう」。結果は49手で引き分けた。そして、どんなに酷評されようと、引き分けることができたなら、それは良い河馬なのである。
 われわれのレベルのチェスでは、白が黒陣のどこに手をつけていいのかわからず攻めあぐねたり、無理攻めしたりするので、黒も勝てる戦法だ。こないだ、持ち時間一手3日の対局において、強豪の河馬と戦える機会があった。もちろん、私は亀退治の必勝戦法を応用した。どうなったか、自戦記第三一局として御覧いただこう。
14/02/18
 読もうとして何度も挫折してきた長編がキンドルだと楽に読み進められる。ダンテ『神曲』がそのひとつで、いま「煉獄篇」を終えたところだ。その前に「地獄篇」を読んでショックだったのは、生前に名誉も侮辱も受けなかった者が、天国にも地獄にも行けず、虫に刺されて血を流す場面だ。血は涙とまじって落ち、それを吸おうとしてさらに虫が群がってくる。身につまされる話であった。何も無いのが良い人生だと思っていただけに。
 新刊のちくま文庫『将棋エッセイコレクション』に我らが誇り「ものぐさ将棋観戦ブログ」の一篇が収録された。これで筆者は少なくとも天国か地獄のどちらかに行けるはずだ。編者後藤元気は良い仕事をした。まだ半分も読んでないけど、名文ばかりを見事に選んでいる。
 二〇一一年十二月に参加者二〇九一人で始まったchess.com の中級者大会がやっと決勝戦までたどりついた。勝ち残ったふたりのうち、一名は私である。つまりあと一勝で私は天国に行けるのだ。実は決勝進出はとてもきわどい僅差で決まった。それを象徴する最終局を自戦記にして記念に残しておく。
14/02/06
 畏友の起業のおかげでキンドル生活にハマっている。左手で本を持って右手でページをめくるという苦労が無いのが良い。棋譜並べが楽だ。通勤電車の吊皮を握ったままでも読める。ナイフとフォークを操りながらでも読める。著作権の切れた日本文学の名作が無料で入手できるので、成人して以来三十年ぶりに横光利一「機械」なんて読み返し、あらためて感心した。昨夜は森鴎外「舞姫」をダウンロードして、これも三十年ぶりの再読だ。優等生だった主人公が洋行して初めて今で言う「ほんとうのじぶん」を見つけ、文学への関心が芽生えてくる。なんか、かわいいではないか。夏目漱石とはずいぶん違うな。漱石が「文学論」の序文で書いたのは、優等生として洋行せねばならず、それで「ほんとうのじぶん」を見失う事態だった。彼の文学はそこから始まる。
 越智信義のキンドル叢書とでも呼ぼうか、第二冊『将棋の文化誌』が出た。「文化史」でなく「文化誌」ってのが良い。公式サイトに内容紹介がある。こんどはゆっくり読むつもりなので、私はまだ第一章の途中だ。「はじめに」からして名文だと思う。「将棋書の出版は(略)著者はプロ棋士が主力となっている」と述べ、「実は将棋界は、将棋を愛好する人々によって支えられているのだが」と続く。あたりまえの一言と思うなかれ。元禄だろうと平成だろうと、将棋界の発展や騒動の歴史からは、棋士の生活をいかに守るか、の一事しか見えてこないではないか。越智信義の仕事にいつもあふれているのは、彼が「将棋を愛好する人々」の一人だということだ。目次と前書きから期待できるのは、著者のこの特質がいかんなく発揮されていそうなことだ。本書は「将棋を愛好し支えてきた人々の折々の証言記録、将棋と時代時代の世相との関わりなどをまとめたもの」なのである。
 もちろん、越智信義は「将棋界の発展や騒動の歴史」を書けない人ではない。雑誌か新聞か何かで連載を延々と続けたものがあったはずだ。第三冊目が出るとすれば、それも読んでみたい。
14/01/28
 私はネット上で対局するchess.com の会員であり、嫁は携帯電話向けの対戦カードゲームのメンバーである。互いに事情を話すと、よく似ていてわかり合えた。個人戦や団体戦の様子、課金のシステム、そして、悪質なやり口で成績をあげてゆく連中、その度が過ぎたあげく登録を抹消されてしまう連中、などなど、「いづこも同じだね」。最後に、私のレイティングが2111であり、「それって全会員数の上位0.5%にあたるんだよ」と伝えたら、嫁の表情が変わった。自分のゲームにあてはめて理解したらしい。われわれが出会い、結婚してから初めて見せた顔である。一言でいえば、「夫を尊敬する妻のまなざし」であった。
14/01/21
 越智信義『江戸の名人』を読みたくて、とうとうキンドルを買った。同僚が薦めてくれたPaperwhite という機種である。さて、期待どおりの好著であった。たとえば、棋譜法について、昔は右上隅のマスを「い」と呼ぶ「いろは符」で、たとえば穴熊なら玉が「い」、香は「ろ」だったことは、私も知っていた。けど、現在のような数字記号になるのは近代からかと思っていた。ところが一六六三年にすでに現れているのだとか。ほか、チェスではあっちこっちにローカルルールがあるのに対して、将棋にそれが無いのは、参勤交代の侍が家元提唱のルールを国元に持ち帰ったからだそうだ。なるほど。四世名人の「将棋百箇条」も知らなかった。勝負の心得を述べたものだ。現代語に訳すと、「対局の間中ずっと集中するのも良くないので、何度かはトイレに行って気分転換せよ」なんてあって、昔っからそうだったんだなあ。もちろん名局の名場面も解説されている。三世名人の一手を紹介しておく。
 いま五世名人まで読んだところで、ひとつ不満を言うと、四世名人のあたりから誤植や編集ミスが目立ってくることだ。たぶんそのうち修正版が出るだろうけど。(後記。修正版出ました)
14/01/07
 chess.com では会員が集まってチームを組むことができるので、団体戦も盛んである。昨年に私はTeam Japan のメンバーになり、すぐ運営に関わるようにもなった。私が任されているのはvote chess である。参加者の多数決によって指し手が決まるタイプの団体戦だ。Team Japan は数人が議論を重ね、それを読んだ他の参加者が最善手を判断して投票する。これが和やかに続く。国民性だろう。他のチームは議論もせず、個々が思い思いの手を勝手に投票するだけだったりする。
 PHILIPPINES' FINEST Chess Club との一局を自戦記にした。特に華の無い棋譜なのだけれど、議論はとても充実しており、いろんな着想が試されて、何局も指した気分だった。こうした議論は往々にして参加者の価値観や棋力の相違が表面化する。それが感情的な言い争いを招くものだが、その心配がぜんぜん無かった。
 しかし、最後の最後になって紛糾した。図がその局面で、我々は黒番である。Qa1を主張する私の派閥と、Qf6の一派との対立は制限時間ぎりぎりまで収拾つかなかった。Qa1 はa4 ポーンも狙った、より攻撃的な手だ。対して、Qf6 はキング周辺をかためた、より守備的な手だ。この後の展開を誰も読めない特殊な局面なので、比較が難しかった。結局、「Qa1 はb1のあたりで手が滑ってしまいそう」とか、「キングとクィーンは夫婦で寄り添っているのが望ましい」という声が支持を獲得し、Qf6 が採択されたのだった。
13/12/25
 私は年々コンピュータを使えない人間になっており、商売道具のひとつと言えるWord さえもおぼつかなくなっている。自分が十年前にこのホームページを開設したとは信じられない。
 畏友の近況が久々にわかった。Web 出版を始めたらしい。越智信義『江戸の名人』を出している。サンプルを送ってもらったが、上記の事情でどうにもならなかった。でも、これはきっと「将棋世界」で連載されてたやつだろう。ならば気になる。長年にわたり最高に将棋を愛してきた最も信頼のおける将棋史家の一冊だ。そんな本を書ける人を私は越智信義しか知らない。Kindle で読める。
 公式サイトで第一世名人大橋宗桂の部分と総目次が公開されている。もちろん、アマゾンからも買える
13/11/10
 chess.com での早指しの成績が落ちている、と書いたのは五月だった。入会者はレイティング1200 から始める。私はそれを1559 まで上げたのが昨年の八月のこと。それからしばらく1400台で定着してしまったのが当時の不満だった。ところが、九月にさらなる大暴落に見舞われて、1212 まで下がってしまったのである。入会以来の積み重ねをすべて失ったに等しい。持時間三日のonline 分野では順調に伸びているのに。
 そんなわけで、早指しの自戦記を書きづらい。自分も相手もレベルが低くて記事にできないのである。でもまあ、ここしばらくonline の疲れる対局ばかり書き続けてきたから、軽く読める早指しを自戦記第二八局として、御覧にいれたい。私と同レベルの早指し中級者には役立つ内容であるのは確か、かなあ、やっぱ特殊な一局だろうな。
13/10/28
 もう二〇年近くもむかし、ヴィトゲンシュタイン『論理的哲学論考』を読もうと思い、当然ながら、まづラッセルとホワイトヘッドの『数学原論』の序論を読んでおかねばと思い、そのためには記号論理学の初歩を身につけないといけないので、数学基礎論の入門書を何冊か集めて、ゲーデルの完全性定理くらいなら人にも説明できるかな、という程度になり、ラッセルの還元公理の発想も充分理解しつつ、ヴィトゲンシュタインの言わんとする「語りえぬこと」の輪郭がおぼろげに見えてきたところで、胃がこわれた。激痛が走って、初めて胃カメラを呑む羽目になったのである。高校時代の試験では物理が0点、化学では8点を取っていた私に、数理哲学はストレスだった。ちなみに百点満点での話である。
 二週間ほどまえのこと、胃の重苦しさが異様に続いて、久しぶりに胃カメラを呑んだ。問診で「最近、なにかストレスは?職場で環境が変るとか、ありましたか」と尋ねられ、思い当たったのが、自戦記第二七局の苦悩である。間違いない、あれが負担になっていたのだ。終局した現在は何の症状も無いし。ただ、五一歳男性として医者にそれを言うのも恥ずかしく、「特に何も」と答えるしかなかった。それくらい精魂を傾けた一局であった。逆に言えば、明らかに私の限界を超えている。このレベルの対局を二〇局くらい同時にこなして平穏に日常生活を送れなければ、良識ある社会人の趣味とは言えない。
 私は歯ブラシを口に入れるのも困難な体質なので、胃カメラは、無理やり熱湯を飲ませたタタール人の拷問のような苦痛である。胃酸の多い人間がこうなるらしい。今となっては、不完全定理はもちろん完全性定理も覚えていない。しかし、身動きのできぬ胃カメラの悶絶を二〇年ぶりに味わって、足首だけをパタパタさせつつ、脳裏をよぎったのは「還元公理って何だっけ」だった。専門家には悪名高い還元公理だが、私には、人間の思考に備わってる特性ではないか、と思えることがある。私はメタレベルに立ってものを言う人間が嫌いだ。歴史の終りも、官僚の無責任も、先日の嫁の冷たい予言も、みんなメタレベルのせいだ。けれど、還元公理が理性を正しく働かせているなら、人間は足を地に付けたまま論理的に考えることができるのではないか。そう思って、久しぶりに「序論」を開いて還元公理を調べ直したが、もはやそれはマヤ文明の象形文字とも見分けのつかぬ一列の記号でしかなかった。
13/10/26
 中級者限定のchess.com の大会は1ラウンド十局づつをこなして、第3ラウンドまで私は三十連勝で勝ち上がった。第4ラウンドが準決勝であり、いろいろな事情を考えると、ここを私が勝ち上がれば優勝できそうだった。そんな話を嫁にしたら、彼女はちょっと考えて言った、「きっとポカすると思う。それがあなたらしい」。
 図はこのラウンドの一局から。私は27.Rxa7 を指した。これで駒得である。パソコンの画面を眺め、さらに読みを深めて、27...Rxa7, 28.Bxa7 そして、28...b6 に気がついた。投了である。嫁には内緒だ。さて、同じ相手との黒番局を自戦記第二七局にした。こちらは打って変ってレベルが高い終盤になった。これまでで最も難しい自戦記だと思うので、読んでもらえなくても仕方ないかな。13/08/20 と同じことを繰り返せば、ほんと、同一人物の棋譜とは思えない。
 今回の自戦記を書きながら思うことがあった。心理のからむかけひきで、私は得をすることが多い。一般にチェスの本はほとんど技術論ばかりである。対して、将棋のを読んでいると、終盤の重要性、また、非勢における勝負手の考え方など、心がけにかかわる記述が多い。chess.com での対戦相手は技術論さえあまり読まないのだから、精神論はなおさらだろう。米長邦雄や羽生善治の本をたくさん読んできた経験は、私の場合、チェスに活かされている。かけひきに強いのはこのためだろう。
13/10/14 紹介棋譜3参照
 ルイロペスに対する最も抵抗力のある防御は3...a6 である。chess.com の早指しで私も愛用してきた。最も多く出会うのは4.Bxc6 だ。私が黒番のルイロペス六十二局のうち三十一局がこれだった。白どもは、黒陣にダブルポーンを作って形勢が良い、と思ってるのだろう。chess.com ではこんな「井の中理論」が優勢なのである。実際はビショップをナイトと交換した損も大きく、白は中終盤の馬鹿力が無いと勝ちきれない。何より、この交換によって四手目にして盤央は空漠となり、ドロー臭が漂う。一言で言えば、つまらない。私の黒番勝率は上がっても士気が下がるのだ。おかげで、腹立たしいことに取りこぼしが増えてきた。
 そこで、3...a6 をやめることにした。3...Bc5 を始めたのである。記録に残る最古の定跡のひとつだ。よくある4.Nxe5. Nxe5, 5.d4 は怖くない。4...Qg5 や4...Nd4 がある。驚いたことに、私の対局相手たちの多くは、相変わらず4.Bxc6 を指す。今度は私はゴキゲンである。3...a6 の時よりずっと黒が得だからだ。たとえば、4...dxc6. 5.Nxe5 には5...Bxf2+ がある。ほか、4.Nc3 には4...Nd4, 5.Nxe5. Qg5 が良いとのこと。
 ただ、3...Bc5 には欠点がある。黒Nf6 を後回しにしてるから、白e4 ポーンに圧力がかからず、白は安心して攻撃態勢を整えることができるのだ。すなわち4.c3 である。次のPd4 が雄大な模様になる。これが3...Bc5 がすたれた理由であり、現在の強豪たちは三手目の局面で61%が3...a6 を採用するのに対し、3...Bc5 は1%にすぎない。定跡辞典でも「白良し」だ。もちろん、われわれのレベルの早指しでは、こういう日陰定跡が有効であるのは言うまでも無い。辞典の手順を紹介棋譜にしておく。
 さて、この定跡辞典とはSmall Encyclopaedia of Chess Openings の第三版(二〇一〇)である。上記の手順は実戦譜をもとにしており、その白番がK.Sakai だ。これって、通信戦のグランドマスター酒井清隆ではあるまいか。日本人が定跡理論に貢献してるとしたら、とても誇らしい。
13/09/24
 ちょっとした思いつきを書きつけておく。図はフィリドール防御の代表的な局面で、7.Re1. Nbd7, 8.a4 と進む。いま注目されているのが、8...exd4 だ。これで白の勝率が下がり気味なのである。9.Nxd4 が最善とされているが、9...Ne5 で白ビショップを後退させるのが黒としては気分が良い。そして、黒Re8, Bd7 の構えが堅陣であることもわかってきた。
 では、9.Qxd4 が良いではないか。9...Ne5 には10.Nxe5. dxe5, 10.Qxe5 で白駒得だ。いやいや、そこで10...Ng4 が好手なのである。11.Qf4 に11...Bd6 で黒の気分が良い。特に、11.Qg3 の場合を付け加えておく。11...Bh4 でf2 地点を狙われ、白は一気に敗勢だ。
 さて、私の思いつきは、図で7.a4 である。型どおりの7...Nbd7 には8.Qd3 を。さらに型どおりに8...exd4 なら、今度は9.Qxd4 が指せる。上記とくらべて、わざと手損してるのがミソだ。以下、上記と同様に続けてみよう、9...Ne5, 10.Nxe5. dxe5, 10.Qxe5. Ng4 でしたね。さあ、11.Qg3 に引いてごらんなさい。11...Bd6 には12.Bf4 だ。そして、問題の11...Bh4 も怖くない。手損したおかげでルークが動いてないから、f2 地点は守られているでしょう。
 8.a5 の方が効果的かもしれない。8...exd4 なら、9.Qxd4 で手損が無い。実はchess.com で私はそう指したのである。自戦記第二六局にした。online 部門のレイティング2000代の棋力の、強さも弱さも表現されていると思う。ただし、対局中に私は白Qd3 の手損作戦に気がつけなかった。局後に定跡を確認しているうちに思いついたのである。
13/09/22
 王座戦で羽生善治に中村太地が挑戦している。昨年の棋聖戦は三連敗で終わった。熱戦もあったが、そうなってからの力の差は明白だったと思う。それがまあ、「男子三日会わざれば刮目して見よ」とはよく言ったもので、今年はすさまじいことになっている。
 第一局は中村の先番で一手損角換りに。たがいに謎めいた手や視点を急に転ずる手を指し合って、形勢の流れがわかりにくい。要するに羽生対羽生のような将棋になった。たとえば、▲6四角なんてそう感じる。対して、鏡と戦って戸惑ったか、羽生が正確さを欠くのである。とは言え、羽生流本家の粘りは尋常ではない。打った角をすぐ引く△4四角▲1五金△5三角は解説不能だ。むしろ、敗勢に陥ったように見え、そろそろ終局かというところで、△4一飛が出た。このあたり、太地派の観戦者たちはtwitter で悲鳴をあげた。それでもまだ先手がかすかに良い。ハブならぬヤマタノオロチのごとき生命力を誇る怪物に、不確かな未来しか持ってない青年剣士が必死に食らいつく。大蛇の首を七つまで落としても最後の一つがしぶとい。祈りをこめて最後の駒を投げつけた中村の▲2五飛を見せられて、これでもまだ羽生を応援できる奴は、いまだに天動説を信じている狂信的カトリックよりもさらに頑固者だ。しかし、この手が決め手だったのだろう、一四一手で挑戦者が勝った。
 第二局は二〇三手もかかった。原因は中村の粘りである。プロはジリ貧を最も恐れる、と私は教わってきた。だから、不利になったら反撃しなければならない。ところが、序盤をいささかしくじった後手番の中村が選んだのは、出口の無い籠城戦だったのである。これを見た羽生は、夕食を済ませてから穴熊を組んでさらに優勢を確保する、という超持久戦になった。後手ジリ貧のパターンである。が、中村は決め手を一向に与えない。それどころか、もみ合っているうちに天井が抜けて、なんと入玉模様の将棋に持ち込んだ。羽生がしくじったのである。思えば、こうした粘りも羽生流だ。羽生対渡辺明と違って、羽生対太地は羽生と羽生に学んだ者との趣がある。もっとも、この将棋の最後の見どころは、羽生の力だった。中村玉は5九まで侵入するいわゆる「トライ」を成し遂げたが、羽生はこれを2五まで押し戻し、勝ちを決めたのである。
13/09/06
 チェスコム・オンラインでレイティングつきの対局が九〇局になった。七六勝一一敗三分である。レイティングは二〇四三だ。三十三万五千人いる会員全体の上位1%以内に入ったのがうれしい。
 引き分けが三局というのは、少ないほうだろう。左図はそのうちのひとつで、昨年四月のこと、私が28...Rxe4 を指して引き分けを提案し、相手が同意した。今の私なら考えられない振る舞いだ。c筋のダブルポーンを狙って、ネチネチと責め続けたい。昨年の私が気にしたのは、たぶん29.Rb7 の侵入だろう。そんなの30.Re2 でまだ良いよなあ。
 強くなる、とはどういうことなんだろう、とよく考える。われわれのレベルでは、定跡の暗記量が増えたとか、ポカが減ったとか、レイティングが上がった、とかそんなのは、強くなったのとは違う。チェスに慣れただけではなかろうか。私は、チェス観や勝負観が深まった、という実感がほしいのである。
 レイティング二〇四三の一局では、左図と似たポーン型の局面を再び得た。今度はしぶとく攻めを継続して勝ちを得た。これは強くなった実感と言えよう。圧力を掛け続ければ、a かc のポーンを落とせそうな気がしたのである。なにより、ここで引き分けを提案するのは試合放棄に等しい不義である。ここからがチェスなのだ、ということがわかっていた。自戦記第二五局にしておく。レイティング自体はもうこれ以上ほとんど上がらないだろう、という記念でもある。
 ただ、課題も残った。キングの位置の理解が弱い。簡単に修正できそうなほど弱いので、まだ上達できる余地がある、とも考えられる。われわれのレベルには、こんな弱点がたくさんある。プロにはもう味わえないよろこびだ。
13/08/20
 図はチェスコムでの持ち時間一手三日の対局で、私が熟考のすえ、かねて狙いの黒Be4+を指す局面である。指してからしばらく盤面をながめ、読み筋を確認し、相手の応手を待たず、私はしんみりした気分で投了した。レイティング2029を持っている選手が、こんな手を指すとは、我ながら理解できない。そして、12/12/12 で書いたように、私はこの種のポカが多い。もはや棋風の一部だ。私がもっと強くなったとしても、この傾向は変らないだろう。
 反面、ミスのまったく無いチェスも指せるようになった。自戦記第二四局として残す。これが上述の一局と同じ人の棋譜とはなあ。局面の本質を理解しており、それにもとづいて、序盤から最後の一手までの手順を進めることができた点が気に入っている。ポーンを勢いよく前進させたのも私らしい。私の棺には、嫁の写真とこの棋譜を収めてもらうことにしよう。もっとも、私の本当に指したいチェスにはまだほど遠い。
 局面の本質を理解することと、自分らしい手を指すこととは、一致しない場合が多い。そんなとき、我々はたいてい理屈をつけて後者を優先させる。「ダブルポーン」とか、「ツービショップス」とか、形勢判断の言葉は専門家と同じでも、実際は自分の主観を合理化しているだけだ。私が指したいのは、客観的な形勢判断によって、自分の価値観を変えて、たとえば私の場合、ポーンを前進させない正着を選んで勝つような、そんな一局である。読書では実践できてることなんだけど、チェスでは無理だなあ。
13/08/15
 石橋幸緒が一月に対局拒否をして、日本女子プロ将棋協会(LPSA)と日本将棋連盟の確執はややこしくなる一方である。この一件自体はだいたい先月でケリがついたようだけれど、問題の本質的な解決にはなっていない。互いに適当に手を引いただけである。
 日本女子プロ将棋協会はことあるごとに「法的な措置も辞さない」と述べてきた。けれど、とうとう毛虫の裁判さえただのひとつも始まることは無かった。他に有効な措置を思いつけなかったのか、あるいは、法的な措置の示唆は有効だと信じていたのか。いづれにせよ、勝負師としては無能だ。
 これに比べれば、ほとんど対局拒否の一点にしぼってLPSAを攻撃した将棋連盟は戦上手である。それは裏返せば、彼らの論理が彼らだけに都合の良い身勝手な話だったことを示している。
 私は覚えている。芹沢博文は一九八二年度の順位戦全十局を故意に全敗した。これは石橋による一局の対局拒否と比べてどうなんだろう。日本将棋連盟は芹沢を罰することは無かった。
13/07/07
 自分の文体を持てない人がブログを続けても楽しくないだろう。同様に棋風を持てない人が将棋やチェスに何年も熱中できるとは思えない。私の文章は私らしいと思う。対して、棋風は別人である。実人生ではダニッシュギャンビットのような振る舞いをしたことは一度も無い。また、不利な状況を粘って逆転しよう、なんてのは無駄な努力だとも思っている。つまり、私の棋風は私の影なんだろう。日頃は軽蔑して自分には禁じている生き方が、影のようにまとわりついて、それはそれで自分の性格の一部に、つうか半分くらいになってゆく。実生活では仕事の成績や実績を上げる意志をまったく持てない私が、Chess Com ではレイティングの維持や上昇に血眼になる理由も、そう考えるとわかる。私のチェスに関する活動はネット上にほぼ限られている。本名など実生活に関する部分をあまり公開しないのも、自分の嫌な影の部分をネットでさらしているからに違いない。
 影の存在を認めて上手に付き合えばよい。趣味として十年間もチェスのブログ作成に熱中していられた点で、私は人生の優等生であろう。すると、影を本業にして成功した人がいたら、人生の達人である。人柄と棋風が正反対な例で浮かぶのは有吉道夫だ。彼の場合も棋風が影なのかもしれない。特に師匠の影が投影された面もあろう。森下卓や深浦康市が花村元司の弟子だってのも、師匠の影ってことで説明できるかもしれない。師匠に愛された森下の場合はなおさらだ。
 そんなわけで私は自分の棋風が好きではない。特に、不利になったら暴れてもがくのがあさましい。不利になったら、身を引き、自陣を固めて、相手の切っ先を見極め、手出しを封じたいものである。チェスではそれが可能である。12/09/25 の自戦記にした一戦で、とても驚いたのは、不利になった対戦相手nyankomusume がこれをやったことである。とてもエレガントに見えた。 自分もやってみたいな、と思って試したのが図の局面である。結局はできなかった。私が黒番で、望みの綱はK翼のポーン数が多いことだ。私が指したのは、それを活かして攻め込むことだったのである。38...h5, 39.h3. g5, 40.Kf1. f5 である。他の手はどうしても指せなかった。それで負けずに済んだから、結果に不満は無いものの、nyanko 氏ならぢっと控えて待ったろう。
 久々の更新は前置きが長くなった。不利になって暴れたのを自戦記第二三局にした。棋風は変えない方が幸せなんだ、と思うことにする。
13/06/11
 ここんところ、私はツーナイツ・ディフェンスを連採している。以前は、1.e4. e5 から白Bc4 のイタリア系には黒Bc5 で応じていて、これはこれで勝率は良かった。黒Bc5 からグレコ・アタックやエヴァンズ・ギャンビットのような、強烈な攻めを受け切ってしまいたい、というのがひそかな野望である。ところが、ほとんどの白は、Pd3 から地味に組み合ってきた。それくらいなら、ツーナイツ・ディフェンスの方が活気のある戦いが望める。そして意外に簡単に勝てる。理由はふたつあって、長い手順の定跡どおりに進む率がわりと高いこと、それから、図の4.Nc3 になる場合がけっこうあることだ。私は4...Nxe4 だ。相手が息をのむのがパソコン画面から伝わって楽しい。13/01/21 の図と比べてほしい。今日の図は白Qh5 が不可能なので、黒が楽だ。
 いろんなチェス・ファンが「ギャンビット・オン・ガール」に言及している。私と違って、局面の間違いを指摘する声が多い。代表として皇帝陛下のページを紹介しておこう。このページは復活したようだ。私は、13/02/17 に書いた「日本最古かも」という称号を奪われたことになる。もちろんめでたい。なお、この漫画について、嫁は対局時計に違和感を感じていた。なるほど。たぶんアナログ式なんだろうが、旗が無い。みんな、文句を言いつつも、この漫画を育ててやろうという意識はあるようだ。
13/06/07
 twitter で知り合った宿敵nyankomusume から、七月号の「月刊少年マガジン」にチェス漫画が載ることを教わった。木口糧と若松卓宏の「ギャンビット・オン・ガール」である。一気の六二頁だ。高校生の男の子が、校内でチェスをひとり指す女子に出会う。そして、彼女の勢いに呑みこまれ、だんだんチェスに熱中してゆく、というヒット作の基本定跡に忠実な一品である。この女子は、駒のひとつひとつに名をつけ、西欧中世の騎士に擬人化させ、その妄想にひたるのを趣味としている。これもオタクっぽい読者の好むキャラ作りの基本手筋と言えよう。アホ毛のメガネっ娘という設定にもその作意は明確だ。一回の読み切りで終えてしまうのはもったいない。連載になれば、過去の実戦例をなぞるだけでなく、新味や深みが増すかどうか、それを見届けたいなと思った。
 最後にふたりが対局するのはルイロペスである。たぶん、ベルリンディフェンスだ。5...Nd6, 6.Bxc6 らしき手順が現れる。しっかり受け切る、というのが黒番の狙いであることもはっきり書かれており、その方針どおりに指し手が進行していることになる。読む前は「どうせキングとクィーンの位置がおかしいんだろ」と疑っていたので、これにはちょっと感心した。12/02/03 でも書いたとおり、『月下の棋士』でさえ盤の白マス黒マスを逆にしているのが普通の漫画というものだ。

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