05/03/25に戻る
畏友の成田報告

成田報告です。今朝、チェスベースで12:40成田発を知り、警備上のフェイントもあるかなと迷ったんですが、一生に一回のチャンスと行ってみました。

 10:00
成田第二ターミナル着、3階出発ロビーWカウンターへ。記者すでに数名、某局テレビ・カメラマンに、
「フィッシャーですよね? 情報入ってますか?」
「12:40発としかわからないんだよね。」
成田空港広報に電話を入れると、
「フィッシャーの件は把握しているが、何時に着くかわからない、記者会見もとくに聞いていない、12:40発に乗る。」
ということだけ。
(12:40発・スカンジナビア航空・コペンハーゲン行・984便。乗り継ぎ、レイキャビク着・24日22:20着・トータル18時間40分)

 10:25
空港建物から出て、車の乗り入れ場で待機。ボスニッチの姿が見えたので、さきほどのカメラマン氏に 、
「救う会のリーダーが来ましたね、あそこ。」
「ん? 知らないなあ・・・牛久を出たって。30〜40分で来るんじゃないかな。」

 10:35
ボスニッチは携帯でたびたびどこかに連絡、目があうと向こうからペコリ、あわててこちらも。
電話をかけながら近づいてきて、
「フィッシャー・インナ・タクシー。」
「コングラチュレーションズ! ユー・グレート。」
「サンキュー。」

 10:45
そのカメラマン氏に、
「タクシーで来るって言ってましたよ」。
「へえ? 外交官の車だってよ」。
新聞、テレビ、外国プレスなど、想像できる全社が集まりだし、車のナンバーなど情報交換。

 10:55
引きつづき車の乗り入れ場で待機。喫煙所でタバコを吸っていると、同じくタバコを吸うスッチーが、
「誰か来るんですか?」
「ボビー・フィッシャーっていう人ですけど・・・。」
「??」
「チェスってわかります?」
「ええ。」
ひととおり説明すると、
「どの便に乗るんですか?」
自分に関係ないとわかるとほっとした様子で、
「じゃあ、がんばってくださいね。」
「ええ、そちらも。」
耳にイヤホンをさした私服警官らしき男、空港職員もちらほら。しかし、自分も含め、ここに集まっている人々に対しノーチェック、大丈夫なのか?僕以外の一般人は、インスタント・カメラを手にしたカップル(外国人+日本人女性)のみのよう。

 11:05
ボスニッチが突如、大きな声で説明をはじめる。
「アイスランド大使館の車で来る、フィッシャーは9カ月の拘束で10歳老けた。」
と言っている。
「取材は受けないかもしれない、写真も嫌がっている。」
日本のマスコミは英語がわかる記者の周りに集まり、通訳をうける。

 11:20
到着するのはバスばかりだったところに、一台の一目瞭然の車がすべりこんできた。こちらに気づいたのだろう、すこし離れたところに止まる。マスコミが殺到し車道まで出てフラッシュをたく。車は急発進、追い掛けるマスコミ、車は30メートルほど先で停車しようとする。群がるマスコミにボスニッチが、
「さがれ! クラッシュでもしたらフィッシャーがまた連れて行かれてしまう」。
車の先頭にいつものコートをはおった鈴木弁護士、後部手前は大使館員か、中央に渡井、その向こうにキャップをかぶったフィッシャーが見えた。マスコミが囲んでいるせいか降りてこない、この現場は誰も仕切っていない。フィッシャーは冷静で、片手にペットボトル、携帯で淡々とメールを打っている様子。短く打ち終わると、その携帯を渡井にわたした。
「下がったら取材を受けるって!」
どこかのレポーターの叫び声と、私服やら空港職員の指示でマスコミは空港建物入口まで下がる。あきらめず撮影しようとするカメラマンへ怒号。マスコミ間からも、
「さがれ!さがれ!」
ボスニッチが、
「フィッシャーが通る道をつくれ!」
と身振り手振りをまじえ叫んでいる。カメラマンたちは望遠で撮影。
「帽子のヤツだよな?」
その30メートル先で、フィッシャー一行が車から降りた。フィッシャーは地味なセーターにジーンズ。気づくと、全身白いスーツの福島みずほの姿も。やがて福島を先頭に一行がこちらに向かってきた。カメラを向けられた福島が、
「写真はとらないでください。」
離れて歩いてきたフィッシャーが道をそれ、あらぬ方向に歩き出す。マスコミ間から、
「おいおい。」
福島も振り返って気づき、あせった様子。フィッシャーはみなの前に来る前に、はみだしたシャツの裾を直そうとしていた。やせてしまい、ズボンがゆるくなっている。福島、
「わたしも焦りました、でも、」
もう誰も聞いていない。
空港に入ろうとするフィッシャーにマスコミが殺到、混乱のなかマイクが向けられ、フィッシャーの
「キッドナップド」
という声が聞こえた。空港職員、
「奥さんを通して!」
もみくちゃの向こうにマスコミには興味の対象外らしい渡井のカートを押す姿が見えた。
空港カウンターへとゲートを入ったフィッシャーに質問が飛んでいる。フィッシャーも立ち止まり、意外なほどそれなりに応答。内容はラジオ声明などでおなじみのとおり。聞くまでもない。
ゲート向こうになった手続き中の一行を遠くから見つめるマスコミ。フラッシュも落ち着いた。どこかの外国プレスが英語で僕に、
「周りにいるのは大使館員ですか?」
日本語で、
「さあねえ。」
誰もよくわかっていない。
フィッシャー一行がゲートを出て再び歩き出す。福島みずほが囲み取材を受けているのを横目にあとを追った。一行は4Fのショッピングフロアへ。エスカレーターに群がるマスコミ、マスコミ間から、
「もう無茶苦茶だよな。」
「エスカレーター撮影もありかよ?」
一行を先頭にマスコミの大名行列。フィッシャーと渡井は小型家電店へ入った。外ではマスコミを制しながら空港職員が携帯で連絡をとっている。
「外国プレスが英語で質問して、フィッシャーも立ち止まって答えるから、もう・・・」
マスコミに叫ぶ、
「一般のお客さんの迷惑になりますから・・・・フィッシャーは下で搭乗しますから、そちらに行ってください」
店外でマスコミが去るのを待った。フィッシャーは落ち着いた様子で店内をうろうろ、電池などを手に取り渡井に何か言っている。小さな段ボール箱をかかえた鈴木弁護士に気づいた。まぬけなことに思わず、
「いろいろ、おつかれさまでした。」
「いえいえ(笑)」
「アイスランドに同行するんですか?」
「行きませんよお、行きません(笑)」
「仕事はここまでですか?」
「・・・・・もう少しかかわっていたいと思っているんですが。」
うなずいて一歩ひくと、さっきのカップルが同じことを聞いていた。
数メートル先にフィッシャーがいた。
用意してきた『60』とペンを示して、とにかくしっかり発音しようと思いながら声をかけた。
「チャンピオン、プリーズ」
(僕も、さいてーだ)
フィッシャーはちょっと迷ったような顔をしたけれど、でも近づいてきて、僕からいきなり『60』を奪い、
「これはフェイクだ!」
「ちがう、フェイバー&フェイバー・エディションでオリジナル版だ!」
「ノーノー、フェイク!」
「ユー、ロート!」
「ノーノー、フェイク!」
あとはそれの言い合い。
フィッシャーが言ってることはわかるつもりだった。彼が問題にしているのは、ジョン・ナンが(ひどい)校訂をしたバツフォード版のことだろう。96年7月19日のブエノスアイレス、フィッシャランダム・プロモーション会見でフィッシャーが糾弾した、あれのこと。僕が手にしていた『60』は、初版三年後に出た72年ペーパーバック版の、88年第三版で、ずっとそう思ってきたけれどフィッシャーに言われてみれば、それをオリジナルとは言える確信はない。甘かった。
フィッシャーは『60』のページを迷わず繰るや、あるページを開き、数行を指でたどって示し、
「ここをチェックしろ、ユダヤが変えてしまった。」
フィッシャーの止まった指先は「N-QR4 winning the Bishop's pawn」の「Bishop」を押さえていた。フィッシャーの伸びたヒゲは白かったけれど、それは整えられていたし、フィッシャーの目は光っていた。同じ空港内とはいえ離れて見る印象とはずいぶん違っていたと思う。
思わずうなずくと、フィッシャーは店内へと去った。汚さないよう大事にしてきた『60』だったけれど、僕はとにかくそこにアンダーラインをひいた。
我に返って周りを見ると、アイスランド大使館員(?)がやれやれという顔をしていた。さっきのカップルが声をかけてきて、 こちらも僕の『60』を勝手に奪いページをまくる。外国人男性はぶつぶつ言ったたあと、連れの女性をとおして、
「きみはチェスが好きなのか?きみのレーティングは?」
フィッシャーが店を出ていく。
「ほら、フィッシャーが行きますよ。」
カップルに声をかけ『60』を取り返した。フィッシャーはエスカレーターを下るや、あっという間に出発ロビーのゲート向こうに行ってしまった。

 11:45
フラッシュももうまばら。
家電店にもどり、騒ぎを詫びてから聞いた。フィッシャーが買ったのは「充電池と短波ラジオ」。店長、
「ところで、あの人は誰ですか?」
帰りの電車で『60』を開くと、フィッシャーが示していたのは
「19 Gudmundsson(Iceland)-Fischer」
で、ラリー・エバンスが書いたというリードの見出しは
「A long voyage home」
だった。
それは1960年にレイキャビックで指されたものだった。








付記 by Maro
『60』が何であるか、説明は省く。彼がこれを「持って行こうかな」と言ったとき、私は「ツバ吐かれたりして」。彼も「かもなあ、、、」。結果は御覧のとおり。私の持ってる『60』もFaber and Faber社のもので、やはり1988年の版。ところが、該当箇所は「winning the two Bishops」だった。畏友「やっぱりフィッシャーの勝ちです」。なお「外交官の車」はアイスランド大使館からのだった。