紹介棋譜 別ウィンドウにて。
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クラムニクが統一チェス世界チャンピオンに。

06/10/21
 ロメールの『聖杯伝説』なんて見るチェスファンは滅多に居ないだろう。でも、盤と駒が登場する映画だ。しかも、お嬢様がこの盤駒を振りまわしたり投げつけたりして、兵隊と奮戦するのである。原作はクレチアン・ド・トロワという十二世紀のフランス人で、私は初耳だが名高い韻文作家だそうだ。実際、Murrayの "A History of Chess" にも、KnightとGuyの "King, Queen and Knight" にも、Yalomの "Birth of the Chess Queen" にも紹介されている。ただ、上記の奮戦まで原作どおりなのかどうかはわからない。ロメールの長編22作品のうち14本を見たが、盤駒を見つけたのはこれが初めてである。
06/10/20
 今後のチェス界がどうなるかを考えると暗くなるから、十月のムダ話でもしておこう。この一年で見た映画で、一番良かったのは豊田利晃監督の『空中庭園』だった。軽薄な原作を凄みのある映像に作り変えた傑作である。でも、私は柿澤潔の録音について述べよう。テーブルに皿を置く、「ごと」という音で物語は動き始めるのだが、それだけで、この映画は尋常ではないぞという妖気が漂ったのである。柿澤のインタヴューを見ると、そこが最も苦労した音だったとあり、さもありなん。だが、DVDを買って家で見直したら、ぜんぜんそれが伝わらない。良い劇場で見れた人は幸いである。ほか、ケーキにろうそくを差し込む音とか、凝った表現はもっとわかり易く、そうした楽しめる音もたくさんあった。
06/10/19
 延長第四局はクラムニクの1.d4で始まった。これで全十五局が同じ初手になった。Chess Todayの解説によると、双方にミスがあったらしいが、局面が進むにつれ、トパロフの方にだけ疑問手が増えるチェスになったようである。終局直後の映像が見られるサイトをチェスドクター氏のブログで知る。トパロフの投了と同時に会場は歓声に沸き、立ち上がったクラムニクが拳を突き上げた。カスパロフやレコに勝った時のガッツポーズも好きだったが、今度のは客席に向って喜びを分かち合っていたのが印象的だった。
06/10/18
 引越しの準備がややこしい上に仕事も忙しくなっていて、参ったである。
 トパロフの白番はすべて1.d4. d5, 2.c4. c6 だった。延長第三局はその名局だった。今大会で唯一派手な大技が決まった試合である。トパロフが白番でも黒番でも王頭のgポーンを突き上げる積極さが目立ったマッチだが、本局はその総仕上げでもあった。見所が十手以上も続く連続攻撃なので、図で説明しにくい。紹介棋譜でお楽しみを。トパロフ・ファンなら、十八番の猛ラッシュが始まる狼煙のように見えただろう。
06/10/17
 延長第二局は図のような堂々とした組み上がりになった。クラムニクが白である。ファンとして言わせてもらえば、これはもう勝負ありだ。もちろん、この局面をFritzで調べても「白勝ち」とは出ないだろうが、これまでのトパロフだって、この種のクラムニク好みの局面を避けて早目の開戦を志してきたはずである。おまけにクラムニクの恐るべき2ビショップまで実現してしまった。諸家はこの後のトパロフの疑問手を敗因に挙げているが、もう負け将棋の流れだったと思う。
 マッチの間にも重要な大会が行われていた。欧州クラブ杯があり、Tomsk-400 が優勝している。メンバーはモロゼビッチ、ヤコベンコ、ボロガンなど。二位はLadya Kazan で、ラジャボフが一番卓。三位はUral Sverdlovskaya で、スヴィドラーが一番卓。いずれもロシアのクラブで、結果も同点だったが、判定タイブレークで優勝が決まった。棋譜はまだ調べていない。
06/10/16
 2000年のマッチを畏友はよく覚えていて、あの時も「クラムニクはまず席にいなかったですけどね。カスパロフはそれどころじゃないって感じだったし」。
 早指しの棋譜を鑑賞することはあまりないが、さすがに今回は延長タイブレークを一局づつ振り返っておこう。まづ第一局は、白トパロフが、オープンになったc筋をルックで制し、その代わり、そのルックが居なくなったa筋のポーンを黒クラムニクが取って駒得する、という展開になった。結果は、互いに自分の得した点を強く主張することもなく、クラムニクが、駒交換を進める手を見つけて、無理をしないドローに終わった。トパロフが2Bを持つ試合の多いマッチだったが本局もそうだった。クラムニク封じとしては良い対策だと思う。追記。今朝、ICCのNewsletterが届いて、その解説を読むと、第一局は「A very tense game」だったとのこと。なるほど。クラムニクがそれまでの10...Bg6でなく14...Re8を選んだので、トパロフは敵王頭への強襲を諦めてQ翼に目を転じた。これがaポーンを捨てる作戦で、かなり強力にクラムニク陣を締め上げていたようだ。ゆえにクラムニクが見つけた36...Nc4以下の交換手順は起死回生の妙手だったことになる。失礼いたしました。解説はIMのM.Rahal。
06/10/14 紹介棋譜参照
 勝った。延長戦は2勝1敗1分。クラムニクが世界を統一し、13年間の混乱を終らせた。若い頃は何度もマッチに敗れたし、最近は長患いの不調に苦しんできた人である。うれしい。手の込んだ棋風で、勝負にも辛いから、人気があるとは言えない。でも、今回は思いがけない事情でたくさんの応援を受けることが出来た。今となれば、これもチェス神様のごほうびである。
06/10/13(その2)
 延長戦があっても、仕事やら私用やらで見られそうにない。結果が出る前にちょっと書いておこう。
 日本将棋連盟が変わらぬ限り将棋界は、やり手のマネージャーを必要としない世界である。コンピュータの使用や棋士間の助言に関しても、美しい信頼関係が成り立っている。どんなに機械が発達しようと、この美風は残るだろう。たとえば私がもう先の見えた下位棋士だったとする。コンピュータや通信機器を隠し持って勝率を上げようとするだろうか。見つかれば連盟を除名されるはずだ。それよりは、連盟棋士として何年間も全戦全敗を続けようとも最低限の対局料と給料と諸手当が保障されている生活を愛するに違いないのだ。下位棋士を保護する将棋界の体質を、私は名人戦騒動では批判したが、それが棋士のモラルを維持しているのも確かだ。
 畏友はブルガリアから配信される情報をよくチェックしていて、次のような話を送ってくれる。「トパロフはヘルペス、マネージャーは湿疹を発症とのこと。また、ブルガリアから帰国用の飛行機が飛んで来たものの、当局から着陸許可が下りなかった」。エリスタはイリュムジノフ大統領が治めるカルムイキア共和国の首都で、要するにロシア連邦の一部である。したがって、ブルガリアの人からすれば、ロシア人クラムニクにひいきした対局地ではないか、という不満があるようだ。
06/10/13(その1) 紹介棋譜参照
 第八局が済んだ時点で、トパロフが本国メディアのインタヴューを受けて言った、「ダナイロフがすごい仕事をやってくれました。今度は私が盤上で勝つ番です」。他に言い様も無いのはわかるが、続きを読む気は失せた。
 最終局は面白かった。図は25.Rb2まで。b筋を制し、Qa6もあるし、白クラムニクが良くなったかな、と見ていたら、黒の応手は25...Rh6だった。狙いはQf7-h5-h2である。これで、白黒どっちのクィーンが速いだろう、という争いになった。応酬の結果は、互いに敵陣を食い破り食い破られるという、これまでで一番激しい戦いになった。しかし、結局はドロー、3勝3敗6分で終った。
 翌日には持時間25分(一手10秒追加)の延長戦が四局予定されている。それも引き分けなら持時間5分(同追加)を二局指す。それでも決まらない時はアルマゲドンまでやる。白6分黒5分で、ドローなら黒勝ちという方式だ。何が何でも勝負を着ける、チェスのPK戦である。
 早指しはなおさらクラムニクが有利だ、と私は思う。しかし、さすがに、彼が指し続けるかどうか、もうわからない。うーん、でも、賭けるなら、「指して勝つ」に。
06/10/11 紹介棋譜参照
 ベケットはデュシャンと出会ってチェスをたくさん指した。『完全チェス読本』第一巻によると、それが「エンドゲーム」を生んだと言われてるそうだ。畏友からメールがあって、これが放送されるとのこと。で、録画して二度も見た。畏友は演出家に不満が残ったよう。私はわりと楽しめた。演劇ファンの同僚も見ていたが、彼は題名がチェスの終盤戦を意味することを知らなかった。教えたら、納得してくれた。
 盤も駒も出ない戯曲だが、たしかに、キングとナイトの一個だけになったような世界が描かれている。対局者はゲームの終りを感じているのだが、終るためにはゲームを続けるしかなく、そして、続ける限りゲームは終らない。要するにゲームの内部に居る限り、人生の「エンド(目的)」は見えないのである。そんな感じがよく出ていた。主人公は部屋の中央に居たがるのだが、これはもしかしたら、終盤戦のキングの心得と関連してるのかもしれない。
 こんなことを書いたのは、第十一局の終盤がまさに「エンドゲーム」だったからである。流れは両対局者に相応しく、中盤はトパロフが押し気味で、終盤はクラムニクの駒得になった。しかし、その時点で局面は素人目にもドローであることがわかった。それをクラムニクは延々と66手まで指し続けたのである。もちろん、ベケット劇の主人公と異なって、クラムニクには徹底的にトパロフにプレッシャーを与え続けるという明確な意思があっただろう。
06/10/10
 トパロフの本国ブルガリアは無論彼の味方だ。ただ、それ以外では、トパロフをヴェイカンゼーやリナレスなどから締め出そうかという、有力者の声まで聞こえるようになった。しかし、責めを負うべきはトパロフたちよりもFIDEではないのか。抗議委員会の新しい委員たちは、第五局に関するクラムニクの抗議を退けた。「自分らは第六局からの委員である」という理屈だ。
 家に本があふれている。引越しを決意し、本の整理を始めた。この際、不要な本は実家に送るのである。思い切って囲碁将棋の本を「不要」に分類したところ、20Kgほどの段ボールが4箱も積み上がった。それでも全然入りきらない。チェスよりも多い。将棋が大好きだったことを自覚した。たしかに今でもエリスタよりはNHK杯の方が、観戦していて好手を予想できる。
 『将棋対局日誌集』を「不要」と思うのは自己否定のような気もするが、そうでもしないと収拾がつかない。ほか、数学も中世哲学も「不要」にした。錬金術と仏教は悩んだが手元に残す。どちらの修行も完成間近に思えるのだ。もちろん、我が余生に欠かせぬ数冊も手放せない。『光速の終盤術』、『谷川浩司全集』の平成元年、二年、三年版、『恋唄』、『華麗な詰将棋』、『盤上のファンタジア』などなどである。
06/10/09 紹介棋譜参照
 さきほど第十局が終わって、クラムニクの楽勝だった。過去のタイトルマッチでカタロニア定跡を使って二勝した棋士は初めてである。トパロフにポカが出たのも確かだが、クラムニクの指し手に余裕が戻っていた。昨日までニ連敗していた棋士とは思えない。流れが読めなくなった。残り二局、どうなるのだろう、とにかく再び3勝3敗4分のタイである。
06/10/08 紹介棋譜参照
 「トイレに50回」というダナイロフの主張が虚偽であることをFIDEの会長代行マクロプロスが認めた。しかも、当初からそれを知っていたという。なんで訂正させなかったんだ。各局の正確な数え方がややこしいのだが、完全な録画が残っているのは第三局だけで、そのトイレ回数は18回だった。他に「25回だ」とマクロプロスが述べた試合もあるが、どんな資料をどう解釈した25回なのかはっきり言ってない。好意的に補足すれば、90分を欠いた第四局の録画のようには読める。また、個別用トイレの閉鎖を命じたのはイリュムジノフ会長だったことも、この会見でわかった。問題が起こった時点で現地に居なかった彼は、エリスタに戻った当初は、第五局をやり直す道を探るような発言をしていたのだが。
 コルチノイの発言も伝わっている。珍しいことに、と彼自身認めるとおり、カルポフと同意見だった。クラムニクはマッチを続行するべきではない、と言っている。私は、どうせクラムニクが勝つのだから一勝のハンデをトパロフにくれてやってもいいだろう、くらいに思って今回の対局再開に賛成している。ところが、とんでもないことになった。第九局もクラムニクが負けてしまったのである。私の目にもひどいチェスだった。ポカで負けたというのではなく、全体として情けなかった。
 ところで、今回の騒動についてトパロフ自身は、「交渉はダナイロフに任せてある」「クラムニクはフェアだと信じている」と述べている。だが、上記のコルチノイのインタヴューで、私と完全に一致する意見をひとつ挙げておこう。「トパロフの許可無しには、ダナイロフの行動はありえない」。当然だ。
06/10/07 紹介棋譜参照
 寝不足解消の土曜である。目が覚めて食事して、また寝て6時になった。脳内がすっきりしたが、更新する気の重さは変わらない。第八局はトパロフが勝ったのである。白クラムニクが複雑な駒割から主導権を取ろうとし、黒トパロフが耐えるという、二人のイメージを逆にしたチェスだった。その始まりが図の15...Qa5で新手である。短時間で手を進めていたトパロフは、次の16.Bc6から考え始めたとのこと。黒Bxc6白Nxc6の両取が狙いである。実戦もその流れになり、黒はルックを失うがナイト二騎を得た。駒割はR+P対N+Nで、形勢判断が難しい。しばらく黒陣で戦いが進んでいたのだが、だんだん白の攻めが切れてくる。トパロフが二騎のナイトを玄妙に配置して、白の主導権を見かけ倒しにしたのが印象的だった。そして、昨日ふれた41...Nc5直前の41.Kxg3が敗着である。
 かくて2勝2敗4分。トパロフに動揺が無いとは思わないが、それだけに立派だった。
06/10/06
 クラムニクを励ますために、二日ほどバレーエフとスヴィドラーがエリスタを訪ねてくれた。世論は決着した感がある。だからもう放っておけばいいのに、クラムニクのマネージャーは、トパロフ側がクラムニク用の休憩室とトイレに電子機器か何かを仕掛けようとした可能性を告発し始めた。両陣営ともお互いの技術力をきわめて高く評価し合っているようだ。
 それにしても、第八局、いま公式サイトで41...Nc5までだが、これってクラムニクが危ないのでは?
06/10/05 紹介棋譜参照
 棋士たちの連名でクラムニクを全面的に支持する書簡が公開された。何の咎も無いクラムニクが、卑劣な手段によって屈辱的な立場に追い込まれながらも、不利な条件で対局の再開に応じたことを、言葉を尽くして称賛し励ましている。コルチノイ、ショート、コステニク、などなど全部で29人、書ききれない。昨日の噂とはまた別のものだ。
 第七局からは手番の流れを変えて、トパロフが初手を指したが、その15分前にダナイロフも得意の絶妙手をかましていた。クラムニクがソフト指しをしている証拠を暴露した衝撃の記者会見である。クラムニクの指し手の78%がFritz と一致したと言うのだ。はっは、今度またやったらおしりぺんぺんだぞ。
 ICCのギャラリーは第六局にも増してクラムニクへの応援であふれていた。棋勢もトパロフの駒ががじりじりと後退する流れだから盛り上がる。34手目と42手目を比較すれば白の不振は明白だろう。困った側を見て嬉しくなるのは私も初めてのことだ。湧き上がる愉悦を抑え切れない。バッハのCDを流しながらパソコンの前で盆踊りを始めてしまった。
 だが、やはり2ビショップというのは頼りになる。トパロフは土俵を割らず、60手でドローに持ち込んだ。
06/10/03
 クラムニクがマッチ継続に応じるのを予想した人は少なかったようだ。昨日のICCにはいろんな声があって、"To pee or not to pee. That is the Question"なんていう駄洒落から、カールセンなど数人の棋士がクラムニクを応援する便りを送ったという噂まで流れていた。後者は事実だといいな。
 Chess Base のページでカルポフの意見が読めた。彼は、トパロフ側の申し立てはクラムニクの調子を崩すための策略であると見ている。そして、クラムニクは強くダメージを受けたはずで、もし自分が彼ならマッチを打ち切るだろう、とも述べている。前者は私も同感できるが、後者はもっと事情が複雑ではないか。レイキャビクのスパスキーのように、不戦勝した方が激しく動揺してまう場合もあるのだ。今回はトパロフ側のやり方が汚いだけに、なおさらだろう。
 三年前のヤルタ騒動でポノマリョフの晴舞台を台無しにしたマネージャーの名前を忘れていた。ダナイロフだった。あの騒動はポノマリョフの若さが招いたのか、彼のスタッフの愚行の果てなのか、当時は不分明だったが、ついに確信が持てた。
06/10/02(その4) 紹介棋譜参照
 第六局は結果として穏やかなドローに終わったが、好形を得たのは白トパロフだった。久しぶりにICCで観戦した。いつもよりはクラムニクへの声援が多かった気がする。でも今日は、対局再開に歩み寄った二人双方に賞賛を送りたい。対局前の握手も成されたという。
06/10/02(その3)
 午前中にチェスドクターさんのブログに、次のようなコメントを書かせてもらった、「私がクラムニクなら、ダナイロフに一本取られたことも勝負のうちとあきらめて、今日はぎりぎりまでトパロフを待たせた上で対局します」。理由は私と違うかもしれないが、大山康晴も指すだろう。クラムニクも指すような気がしていたが、ついに第六局からの対局再開で同意した。ただし、第五局の扱いについては後でまた問題にする算段だ。なるほど、その方が賢い。華やかさと潔い爽快感を欠いてはいるが。
 荒れたマッチはいくらでもある。それをフィッシャーもカルポフもカスパロフも勝ち抜いてきた。クラムニクはその遺伝子を受け継いだ世界王者である。朝日か毎日かで浮き足立つような連中とは出来が違うところを見せてやれ。
06/10/02(その2)
 トイレは個別の二室が確保されることで合意した。ほぼ元通りだ。Appeals Committee は全員が自発的に辞表を提出した。中高生の読者のために付け加えておけば、大人が自発的に辞表を出す場合は、たいてい、解任を待つよりましな選択をせざるを得ぬ状態に追い込まれた場合である。会長キルサンの仕事として評価したい。委員会には副会長アズマイパラシヴィリも関わっていた。本欄ではこれまで何度か彼のユニークな言動を紹介してきており、私はそこそこ好きなタイプなのだが、彼の政治生命はこれで絶たれたかもしれない。
 ここまではクラムニクの要求がほぼ通っている。問題はここからだ。委員全員の辞任があった以上、第五局の強行は良くなかったと認めるしかなかろう。ただ、レイキャビクのフィッシャーでさえ第二局の対局時計を戻すことは出来なかったし、今回もそれは難しそうだ。あえて無責任なことを言うが、どうせ勝つのだからと割り切って、クラムニクは2勝1敗2分の状態で対局場に向ったらどうだろう。現状では、クラムニクは第五局からの再開を求めて交渉を続けている。
06/10/02(その1) 紹介棋譜参照
 一週間も前の話だが、畏友からメールがあって、エリスタでは水道管破裂があり、 トパロフの部屋が被害に遭ったとか。けれど、その真偽を確かめる意味があまり無い状況になってしまった。第四局の話をしておこう。セミスラブからトパロフが駒捨てを敢行、研究手順と見えて時間も使わずに指した。しかし、クラムニクも上手に駒得を返却して手堅く自陣をまとめる。その後はしぶい応酬が続いて私には難しい。次第に駒数が減って54手のドローに終わった。
06/10/01
 昨日の「自然な解釈」は私だけでのものではなく、Chess Todayもほぼ同じ趣旨の論説を載せている。いつだったか最近のこと、キルサンがカルムイキア大統領としての仕事でロシア大統領プーチンに会いに行ったところ、まずプーチンは、キルサンのFIDE会長再選とクラムニクのドルトムント優勝を寿いだ。キルサンとしてはロシア人クラムニクにもFIDE公認の世界王者トパロフにも冷たくしづらいだろうが、いまのところ彼は落ち着いた対応をしてくれているようだ。マッチが無事再開されたら、対局者は極度の精神力が試されるだろう。それはますますトパロフが不利だと思う。クラムニク・ファンの私でさえ、今回のマッチがラジャボフとのマッチの先にまで延期されても仕方ないな、と観念していたが、二人とも再開を望んでいるらしい。
06/09/30(その2)
 王座戦での対局拒否による不戦敗はレイキャビクの有名な第二局以来だ。こんな日に、せっかくの土曜だったが、どうも仕事が入るようにできている。珍しく仕事の方に熱中していたが。私はトパロフ側を憐れみこそすれ非難するつもりは無い。悪いのは、彼らの訴えに添うような裁定を下した委員会だと思う。Appeals Committee という。ただ、彼らをFIDE会長キルサン・イリュムジノフが支持するのは立場上やむをえまい。
 情報が錯綜する事態になってるが、ダナイロフは嘘をついており、クラムニクの「おこもり」は50回ではなく実際は20回程度だと主張する人もある。20回ならありそうな話だ。でもそれだけにかえって疑惑に真実味が増したように感じる人もいるだろう。トパロフはクラムニクとの握手を拒否するという話もある。その理由は、トイレから出たクラムニクが手を洗ったかどうか定かでないためらしい。無論、この話の後半部は私好みの悪趣味な噂である。
 第五局の模様が詳しくわかった。この日のクラムニクは対局場の休憩室には来て待機していた。ただ、前局までは使えた自分専用のトイレが閉鎖されていることに抗議して、盤卓まで足を運びはしなかったわけである。
 それにしても、素朴に思うことだが、コンピュータを参照する種の不正は、誰でも思いつくだけに、それを出来るだけ防ぐ検査はなされているはずで、正直、トパロフ側の申し立てを読む限り、トパロフが手を指すたびにクラムニクは視線を休憩室方向に走らせて頻繁に席を立つではないかというに留まるのだから、その程度のことで検査を超える不正方法が開発されていると考えるよりも、申し立てはマッチの不利を認めたトパロフ側の断末魔なのだと見なす方が自然な解釈ではなかろうか。
 おっと速報、次の対局は一日延期された。それが「第五局」なのか「第六局」なのか、まだ不明だ。いろんな話があってすべては書ききれないのだが、すでにお伝えした第五局は無効にすべきだ、という意見もあるのだ。
06/09/30(その1)
 あらかじめ言っておくと、私はクラムニク側を支持する。クラムニクがトイレで隠れてコンピュータの分析を参照していたとは考えにくい。トパロフ側の申し立てる疑惑は、二敗してしまった彼らの被害妄想か盤外戦術である。
 申し立てに対処する委員会は、トイレは対局者だけが利用できる共通の一席のみに限ることを決めた。クラムニク側はこれに不快を表明し、「委員会の決定は、委員たちがダナイロフと親しいことによる不公正なもので、トパロフ側に映像の閲覧を許可したこと自体が許しがたい」と主張した。無論、疑惑も全面否定し、「もともとクラムニクは立ち歩くことを好むし、水も大量に飲むから、対局中にしばしば席を外し、そしてトイレに寄ることに不自然な点は無い」と反論した。
 それでも第五局の対局時計は始動された。クラムニクが対局場に現れぬまま時間は切れた。トパロフの初勝利である。
緊急事態
 第四局を語るどころではなくなった。トパロフのマネージャー、ダナイロフがマッチの運営委員会に申し立てを行った。対局中の映像を検討したところ、一局のあいだ、クラムニクは50回以上もトイレに入ることが確認されたというのだ。無論、トイレには監視カメラは無い。
 こんな訴えまでしてダナイロフはクラムニクの放尿シーンを見たいのだろうか?
06/09/29 紹介棋譜参照
 金属製ペンダントを着けたままサウナに入る映画「華麗なる賭け」にも対局シーンが出てきた。ただし、キャスリング後の局面から、スティーヴ・マックィーンはキャスリングをしている。
 エリスタのマッチは十二局しか無いぶん、短手数のドローは少なく、どれも力の入った勝負になりそうだ。第三局は38手のドローだった。面白い局面がふたつあったが、最初のを図にしよう。クラムニクの16.Bg5である。難しいので手順は省くが、黒Qxg5なら白Nxe6以下、白が良くなる。だから、トパロフは16...Be7と応じた。ここで、白Ne4という妙手があったらしい。だが、実戦は17.Bxe7以下、おだやかな終盤戦に入っていった。
 もう一つは白32手目の局面で、実戦はcxd5だった。私もそう指しそうだ。でも正着はexd5だったという。皆さんの感覚ではいかがでしょう。紹介棋譜でご確認を。
06/09/28 紹介棋譜参照
 カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』にチェスが出てきた。グループのリーダー格の女の子がルールを知ったかぶりする様子がよく書けている。
 第二局をどう評価すればいいのか。クラムニクが自陣をおろそかにした瞬間、20.g4からトパロフは攻め立てた。クラムニクも必死で王頭を守って、良いチェスである。が、黒31手目とそれに続く白32手目は、私でもしないようなミスだった。チェスドクター氏のブログが局後のインタヴューを訳されており、それを読む限り、たいしたドラマも無い単純な見落としである。終盤に入ってからは、トパロフが引き分けでは満足できず、勝とうとしたのが敗因になった。かくてクラムニクの二連勝である。
06/09/27
 今月みた映画は『太陽』。イッセー尾形が昭和天皇を好演しているが、そのモノマネも創意も彼個人の芸に留まって、映画としては退屈だった。戦前は神だった男に着目したソクーロフ監督が、その神性、その没落を、ただ周囲の人間がおどおどする情景でしか表現できなかったからである。
 先を急ぐより、もうすこし第一局にこだわって、問題のポカ場面にも言及しておきたい。図は55...Kg6-h5まで。狙いは黒Rg7。そこでクラムニクの56.d5が面白かった。黒exd5なら白Nd4だ。f3に突き刺さった小骨を取ってしまえる。それまで無為にルックを行ったり来たりさせてただけのクラムニクが、いきなりこんな手を指したから、トパロフは驚いたのでは。ちなみに、55...Kh6なら、56...Rg7から57...Rg2+も可能だったという。そんな局中の思いが伏線になったのか、56...e5, 57.Ra4に57...f5が大悪手だった。58.Nxe5で勝負あり。正着57...Nxf2の変化は紹介棋譜に付けておく。
06/09/26 紹介棋譜参照
 第一局の黒番からトパロフは積極的だった。印象に残ったのが図の局面である。カタロニア定跡特有の強力な明色ビショップをトパロフは消しにいった。まづ21...g5、そして22.e3に22...g4である。白ビショップはどこに逃げても、いずれ黒Bf3から交換を迫られる。実戦もそうなった。さらに黒はポーンを捨てて主導権を握り、白駒を敵陣に押し込んだ。そこで同一手順のドローかと思ったが、トパロフの駒は前進を続ける。クラムニクは消極的な指し手を続け、無言でドローを促すような展開になった。実際、局面はドローだったらしい。しかし、トパロフは圧力を緩めようとしない。これが無理につながって悲劇は起こった。57...f5が敗着である。60.Rd4を見落としていた、とのこと。
 素人目には大ポカだが、実際は、攻撃的な棋士によるハイレベルすぎた入れ込みから生じた敗着の例だろう。レイキャビク初戦の有名な29...Bxh2とちょっと似ている。
06/09/25
 ポルガーが女子選手権に出ないのと似た事情で、コルチノイもシニア選手権には興味を示さなかったのだが、75歳になった今回は顔を出した。もちろん、7勝0敗4分で優勝した。彼以外に知名度の高い棋士はほとんど居ない。賞金は3千ユーロ(約45万円)だった。

戎棋夷説