紹介棋譜 別ウィンドウにて。
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ホーヘフェーン。タリ記念大会。クラムニクがDeep Fritzに負けた。

06/12/07 紹介棋譜参照
 クラムニクの0勝1敗4分で迎えた最終戦、私の予想では、彼は無理の無い戦形で早々に引き分けて終わる気がした。けれど、クラムニクは一矢を報いるべくナイドルフで勝とうとしたのだ。たしかに千秋楽のクラムニクは史上最強である。自分を信じた彼の心意気は誉めてあげたい。が、複雑な定跡でぶつかり合うのは機械の得意だ。ディープフリッツのフィッシャー攻撃に対し、ずるずるとクラムニクは二敗目を喫した。不本意なマッチだったろう。彼が再戦を望んでいるのはもっともである。追記棋譜は07/02/11に。
 ボンでこんなイヴェントがあった同じ頃、フィレンツェではラジャボフがディープジュニアと一戦していた。こちらの人間も果敢に打って出て散っている。棋譜は面白いので紹介棋譜に。
06/12/06
 これまで何度か「人間対機械」を観てきて、認めるべきなのは、どうも人間側は勝手が違って調子が狂うらしい、ということだ。有名な例では、私も05/10/21から触れた、カスパロフ対ディープブルーの第二回マッチにおける第二局と第六局、特に後者だ。今回はあの時に比べれば、いろいろ人間に配慮された対局設定なのだが、それでも大ポカが起きてしまった。
 機械に勝つには、ポーンとポーンをかみ合わせた持久戦にすれば良い、と言われたものだ。いわゆる地平線効果によって、コンピュータが無駄な計算をたくさんしてくれるからである。03/11/20で紹介したカスパロフ対ディープジュニアが好例である。そして、これが通用しなくなったのが04/10/12で紹介したポノマリョフ対ヒュドラだった。
 06/12/04で述べた今回のクラムニクの戦い方も昔から知られてる方法だ。もう人間にはこれしか無い。小さな有利に甘んじて引き分けを重ねつつも、そのうち勝てればいいという発想である。これは一局でも人間が大きなミスを犯すようでは成立しない作戦だ。したがって、第二局はクラムニクの勝ちが無くなったことを意味している。
06/12/05
 クラムニクは数分の考慮で信じがたい34...Qe3を指したあと、例によって休憩室へ行こうとした。この時の機械のオペレーターの心理はほとんど恐怖に近いものだったろう、でも、Deep Fritzの示したとおりの35.Qh7#をすぐ盤上に現した。振り返ったクラムニクは席に戻り、棋譜のサインを済ませ、記者会見の会場に向った。会見内容をざっと紹介すると、「あの筋はずっと前から知っていて、何度も何度も確認し読み直していた。別に疲れていたわけじゃない。ずっとうまく指せていた。その最後の最後にあんなミスが出た。自分にもよくわからない」。
06/12/04
 機械に勝てば100万ドル(約1億1500万円)もらえるという。世界チャンピオンになるより儲かる。負けても半額だ。クラムニクとディープフリッツの六番勝負が始まったのだ。この種のイヴェントは屁理屈の好きな掲示板を興奮させるためのもんだ、と思っていたが、ヒュドラの登場で私も見方を変えた。機械がはっきりと強いのである。けっこう面白い棋譜も生まれるようになった。とはいえ、やっぱりクラムニクだ。いま四局まで済んだところ。複雑な変化が無く、大局観で勝負する局面に誘導するので、本人の苦労はともかく、観戦者としては退屈なマッチである。私が最後まで見届けたのは勝負の着いた第二局だけだ。
 図が問題の局面。ずっと黒クラムニクがほんの少し良いかという流れでここまできたが、どうやら引き分けのようである。機械の分析も、34...Kg8なら35.Ng6. Bxb2で損するが、36.Qc4+以下連続王手で引き分けにできる、と読んでいた。時間はたっぷり残っていて、手番のクラムニクは考えている。ICCの観戦者はもう真面目に考えておらず、一人のIMがうっかり「34...Qf2で黒がいいぞ」と発言したのをみんなで笑っていた。無論、それは35.Qh7#を食らう。しばらくは「ここは34...Qf2が最善だ」というカキコミが続いてふざけあっていた。
 もちろん、観戦者たちの予想は外れた。画面には34...Qe3が映ったのである。もっとも、これも35.Qh7#でおしまいではないか。みんな大騒ぎを始めた。ただ、これはICCではよくあるミスであると、わけ知りのファンは落ち着いていた。私もそう思っていた。ところがぜんぜん訂正されない。そのうち、画面は35.Qh7#で終わってしまった。公式サイトを確認すると、本当にそれで負けている。何があったのか。
06/12/03
 書店で野地秩『エッシャーに魅せられた男たち』の文庫版を見かけた。解説が羽生善治で驚いた。棋士をこんな風に使ってくれると嬉しい。
 "Habu's Words"など数冊の将棋本を出しているTony Hosking が、初代宗桂から渡辺明にいたる将棋史400年の名局を集めた本を出した。"Classic Shogi"である。畏友が目次を送ってくれた。
全八十局の選び方が面白い。私に言わせれば「あれが無い、これも欠けている」だが、それだけに個性を感じる。特に江戸時代の棋譜に関しては私の知らないものがたくさんあった。近代では女流に注目している点と、海外対局を多く採っていることが特徴だろう。
 "Classic Shogi"にも羽生が一頁の序文を寄せている。後半部で将棋の戦略思想史を語っているところが面白い。要約するとこうだ、「江戸時代の棋譜を並べていると、中央志向が強く、金銀が中央に集まってゆくことに気付く。そこに天野宗歩が現れた。彼こそ厚みに対して速さを重んじた最初の棋士である。その思想をさらに深めたのが升田幸三だった。升田は駒がぶつかる前から優位に立とうとする構想力を持っていた。彼が現代将棋の基礎を築いたと言える。現代将棋では速さで優勢になることが強調される。囲いの完成が遅れたり、悪形になったりすることは最早気にならない。以前では考えられなかった着想が発展してゆく。思うにこれは、将棋がもっと力強く伸びてゆける分野であることを示している」。ああ、彼が将棋の"My Great Predecessors"を書いてくれたら!
06/12/01
 明日は出張だ。休みます。タリ記念大会の最終日は全部がドロー。四局が20手以下で、残る一局も26手で"にぎにぎ"。よくあることと諦めるより無い。面白い棋譜の多い大会だったことだし。かくて、二つ勝ち越したレコ、ポノマリョフ、アロニアン、三人の同点優勝で終わった。なるほど、クラムニクとアナンドとトパロフが居ない大会ではこの三人が優勝するんだな。カールセンは0勝2敗7分で八位九位だった。大会後のインタヴューでは、「これほどハイレベルの集まりでは一勝することすら難しい」と述べている。特に、アロニアンの考えてることがまったくわからなかったそうだ。
 引き続き十八人の強豪を集めたブリッツ大会が行われ、アナンドが優勝した。二位はアロニアン。
06/11/30 紹介棋譜参照
 ラス前の第8Rではスヴィドラー対モロゼビッチだけが勝負が着いた。後者が負けて1勝4敗3分、単独の最下位だ。強豪の集まる大会の彼はどうしてもこうなる。
 第7Rで、まだ一局言及してないのがある。グリシュク対シロフで、前者の勝ち。これが名局だった。紹介棋譜にしよう。図は11...h6まで。これが敗着。次の一手を十分警戒したつもりでシロフは指したのだが、グリシュクは自信を持って12.Nxf7に突っ込んだ。ここからのスピード感が気持良い。白が願うに、Q翼で出遅れたルックとナイトを早く展開させたい、そして、黒王にQ翼へ逃れる余裕を与えず苛烈に攻め続けたい。それをどちらも見事に達成したのだ。3P対Nの駒割で終盤に入ったが、白の勢いは止まらない。続々と白ポーンは前進して黒駒にプレッシャーを加える。とうとう7ポーンのうち、5つまでが四線に並んでしまったのだ。以下も的確で、グリシュクは星を五分に戻した。
06/11/29
 カスパロフは自宅の近所でレコに挨拶されて驚いた、「なんであいつがここに?」。そのあと、グリシュクにも会った。で、思い出した、「あ、すぐそこでタリ記念やってんだ」。さっそく第7Rは観戦に現れ、いろんなコメントを残してくれた。ひとつだけ紹介しておこう。図はカールセン対レコの黒番で、彼は35...Rxf3, 36.Bxf3. Nxf3+, 37.Kf2. Bxe4 を指摘して、黒に勝機ありと判定。けれど実戦は35...Rd8以下、おだやかに進んだ。王様は失望もあらわであったとか。結果はもちろんドロー。
 ポノマリョフ対アロニアンは、駒を捨てたり捨て返したり、互いに陣形を崩す激しいチェスになったが25手でドロー。ゲルファンドはスヴィドラーのグリュエンフェルド対策をみっちり仕込んで対局場に臨み、勝った。マメデャロフはモロゼビッチに対してもブレイヤー定跡を採用して102手のドロー。ただし、15...d5は使わず、次のラウンドでもチゴリン定跡に変えた。グリシュク新手がこたえたかな。
06/11/28 紹介棋譜参照
 第5Rはアロニアン対レコが注目されたが全局ドロー。グリシュク対マメデャロフは例の15...d5のブレイヤー定跡になった。白が用意の新手を披露したが、両者にミスが出て引き分けたようだ。
 第6Rはドロー局も面白いが、三局で勝負が着いた。アロニアン対カールセンは28手から74手までの長いルックエンディングになり、最後は収局定跡を間違えてカールセンが負けた。やはりこの子の弱点は終盤だ。鍛えてほしいな。レコ対モロゼビッチは前者の勝ち。スヴィドラー対グリシュクは後者の勝ち。かくてレコとアロニアンがポノマリョフに追いついて首位に並んだ。
 紹介棋譜は第4Rからもう一局、レコ対ゲルファンドを選ぼう。この素晴らしさをワンポイントのコメントで伝えるのは不可能だが、図は白番、白の突き捨て二つによって黒ポーンがすべてバラバラになった局面である。レコはRxa6から駒損を回復しようなんて考えてはいなかった。35.Bf1から36.Bc4+と指し、さらに37.Ne2で黒Bを追って、38.f4から39.e5と中央を盛り上げる構想を持っていたのである。
 ここからがちょっとわかりにくいが面白い。黒は、下手にビショップを保存して自陣全体を窮屈にするよりは、eとfの白ポーン二つと刺し違えた方が良いと判断していた。そうすれば白ポーンは残り一つだけになる。これさえうまく消してしまえば引き分けである。黒ポーンはまだ多いのだ。ところがレコの指し手がとても丁寧で、その隙を与えない。自分の虎の子ポーンを守りながら、丹念に黒ポーンを摘み取ってゆき、とうとう殲滅してしまったのだ。
06/11/27 紹介棋譜参照
 タリ記念の第4Rは三局で勝負が着いた。モロゼビッチ対グリシュクは、後者が駒を捨てる感覚が不可解で、そのまま負けた。レコ対ゲルファンドは、白がポーンを二つ突き捨てて敵陣を乱したのが効き、小さな有利を長い終盤で維持して勝ち。シロフ対アロニアンは黒勝ち。引き分け二局も印象に残った。マメデャロフ対ポノマリョフは、後者に勝ち目の無い膠着戦になったが、ポノはヤケを起こさず80手を耐え切った。また、カールセンはブレイヤー定跡の新手でスヴィドラーと引き分けた。
 アロニアンらしい妙技を紹介棋譜に選ぼう。マーシャルアタックである。これについて06/05/24で書いたことがあったが、やはりそこで触れた15.Re4. g5型になった。実はシロフは第3Rでもレコにこの型を試している。この時は18手までブリッサーゴ第8局をなぞり、そこでシロフは19.a4というルックを捨てる手を見せた。そして第4Rでもシロフは19.a4を放った。無論、両者覚悟の上の研究合戦である。先に手を変えたのはアロニアンだった。22...Qg6の小さな変化であるが、これで黒は悪くないようだ。マーシャルアタックの至上権は揺るがなかった。
 いや、本局、見所はその後なのである。図はシロフの43.Bd6まで。これがなかなかの手だった。黒Rg2はうまくゆかないらしい。で、実戦は43...Ke6だが、そこで44.h6がうまい。44...Kxd6で大きな駒損になるが、シロフはhポーンをh7まで進めることに成功し、ほぼドローを手にしたのである。が、アロニアンはそれを超える構想を持っていた。まあ、並べてみてください。48...Ke8を見て、壮大な「しばり」の完成に気付いたかたは、深く感動なさるはずです。
06/11/26 紹介棋譜参照
 タリ記念の二日目は面白い棋譜もあったけど、すべてドロー。三日目はアロニアンがポカでスヴィドラーに負けた。カールセン対マメデャロフはどきどきする中盤になったが31手でドロー。
 三日目の白眉はポノマリョフ対モロゼビッチの終盤だろう。久しぶりに見るケレスアタックから図になった。白はキングをなんとかe4まで運んできたけど、ここから先どうやって敵陣に侵入すればいいんだろう。e5の自ポーンが邪魔なのである。で、まず45.Rd6+. Kc5、そして46.Kf4だ。f3ビショップの道を開けてRc6+を狙った手である。ただし、もちろん46...Rxd6, 47.exd6. Kxd6で駒損になる。が、そこでさらにポーンを捨てる48.c5+が決まった。48...Kxc5, 49.Ke5で勝利への経路が確保されたのである。かくてポノマリョフが単独トップに立った。このあたりを紹介棋譜に。
 コルシカで早指し大会があった。2000年から五年連続でアナンドが優勝していた大会である。昨年は決勝でミロフに敗れてしまったが、今年も準優勝だった。カシムジャノフが優勝賞金2万ユーロ(約300万円)を獲得した。
06/11/25 紹介棋譜参照
 モスクワで開かれたタリ記念大会を振り返ろう。初日は五局のうち三局で勝負が着いたが、ドローに終わったシロフ対マメデャロフにまず目がとまる。06/10/30で紹介したポルガー対マメデャロフと同じ15...d5なのだ。白の攻めも同じである。そして、シロフが工夫を見せたものの、結局はまた黒が悪くない分かれになったらしい。ブレイヤー定跡が見直されることになるのだろうか。
 カールセンはゲルファンドに負けた。気のせいか、2ビショップが2ナイトに負ける試合をしばしば見かけるようになったが、本局もそうだった。ほか、ポノマリョフ対グリシュクは以前はドローの多い組み合わせだったが、昨年末のW杯でポノが自信を持ち始めたのかもしれない、また彼が勝った。評家は終盤を称賛している。
 しかし、紹介棋譜にすべきはアロニアン対モロゼビッチだ。図は22...Nh4に対して、白が悠長に23.Qc2と指したところ。なぜ白に危機感が無いように書いたかというと、黒には23...Nxg2があるからだ。実戦もそう進み、以下、24.Kxg2. h4で技が決まったかに見えた。けれど、この種の駆け引きはアロニアンの最も得意とするところだろう。たちまち、バックハンドの剛球が飛んできた。25.Bxf7+である。そして、この後のしのぎがまた巧妙だった。本当はそちらで記憶されるべき名局かもしれない。最後の仕上げも綺麗だ。彼の代表局になることは間違いない。
06/11/24 紹介棋譜参照
 この二十日間、チェス界に何があったかを知らない。遅れはゆっくり取り戻すことにしよう。フランスのカップダグドで早指しの大会があった。注目の若手のほか、カルポフやコステニクといったバラエティに飛んだ十六人が集まった。準決勝はカリャーキン対カールセンになった。1勝0敗1分で前者の勝ち。決勝はラジャボフ対カリャーキンだった。前にも触れたが、激戦必至の組み合わせだ。1勝0敗1分でラジャボフが勝って優勝賞金1万6千ユーロ(約240万円)を獲得した。勝負が着いた二局目を紹介棋譜に。ナイドルフのポイズンドポーンの激しいチェスである。
06/11/23
 ロメールは「聖杯伝説」だけではなくて「O侯爵夫人」にもチェスが出ていた。四季シリーズや「レネットとミラベル」のイメージで彼を愛してきた私には正直意外である。さて、今月見た映画は「パビリオン山椒魚」。オダギリジョーと香椎由宇が出ているならそれは見ずばなるまい。ただし最低の映画であった。
06/11/03
 名人戦の共同開催について、朝日新聞と毎日新聞で合意ができた。けれど、詳しく記事を読むと、両者で長々と相談した結果、「対等にやろうね」ということを約束した程度だ。朝日オープン将棋選手権や王将戦が無くなるかどうかを含め、契約金も決まってない。大丈夫なんだろうか。将棋連盟は能天気である。「連盟より提示しました契約金ほか総額についても、おおむね了承されたことに感謝しております」というコメントを出してしまった。電光石火で両紙に否定されている。
 明日からしばらく更新が途絶えそうだ。そう思うと、柄にも無く、この際たくさん将棋界を憂いておきたくなった。ほぼすべてチェスが発想源である。「勝手に将棋トピックス」が遠山雄亮四段のブログを紹介してくれており、これに絡めて述べよう。
 遠山は、「東京と大阪に棋士が集中し、イベント等もそこに集中している姿は正しい姿ではない」と言う。似たことを私も前に書いた。同感である。「『普及に多大に貢献した人』もちゃんと恵まれる世界になるべきだ」というのも、「普及協力金」などを想起すれば、同感というより必然だろう。そして、遠山の意見を活かすには、やはり前にも書いたことだが、連盟の棋士管理をもっと緩める必要があろう。連盟が全棋士と全対局を管理しなければ食っていけない時代はとっくに終わっている。タイトル戦に全棋士を参加させるのをやめよう。強豪だけ出ればいい。そして、連盟のあずかり知らぬ地方や都会の各大会にプロ棋士が参戦してアマチュアと賞金を争えるような態勢を作る。必ず普及に繋がると思う。弱い棋士も自分に見合った対局を探せるはずだ。どの種の大会にも手ごろなスポンサーが増えると私は思う。チェスがそうだ。
 付け加えれば、奨励会も廃止すべきだ。あれは連盟が自分で普及活動の枠を狭めているのだ。有望な子供にはプロが有料でコーチすればいい。貧しい家の子でも、才能があれば将棋ファンの金持ちが助けてくれるだろう。むしろ、東京や大阪の奨励会員に仕送りをしている親が居るなら、その負担が消える。棋士の卵は上京する必要が無く、棋士は地方でも稼げるようになる。無論、大変革が伴うので、一気にそうせよとまで言えないが、これもチェスでは当然のことである。
 遠山ブログでは次の一節も面白かった、「対局の後数日はその疲労が体に染み渡る。特に順位戦ともなれば、2日からひどい時は1週間程度疲労回復に時間がかかる」。だから、「月に3〜5局」というのは労働量として決して少なくない、という理屈である。チェス棋士が聞いたら奇異に感ずるだろう。順位戦に合わせて労働量を評価するのはおかしい。将棋のハードさを考慮しても、二週間の大会で十局は指せるような持時間の設定が、上記のプロアマ大会では望ましい。
 次の一節は正しい、「最近感じるのは、『将棋連盟』は誰の物なのか、という事。今は『将棋を愛する皆の者』とうたっているものの、実際はそうではない」。建前の話を措けば、将棋連盟は棋士の生活を守るために創立されたのである。連盟は棋士のものだ。しかし、古い体制の将棋連盟は現代では棋士にとって障害になりつつあると思う。だいたい、これも何度も書いてきたけど、棋士の数を増やし過ぎて面倒みきれなくなるはずだ。もちろん、チェスの世界も行き詰まりつつある。ただ、両者を比較すると、将棋連盟が必要以上に棋士を管理していることは理解できるのではなかろうか。
 やっぱ最後に語るのは将棋だよねえ。それではまたあう日までさよーならー。
06/11/02
 著作権の保護期間が50年から70年に延びそうだという。先日の読売新聞に賛成派と反対派の意見が載っていたが、前者にまったく説得力を感じなかった。ディズニー社の意向によって今後「70年」が「80年」や「90年」に更新されていくのかどうかには、賛否両論とも触れてない。ミッキーマウスのキャラクター権を永遠に独占したい、あの社の存在がこの問題の本質だと私は思っていたのだけど。
 私のページは、著作権法と道路の速度制限は似たようなものだと見なしている。厳密に守る方が不都合なのだ。ただし、畏友の記事は、チェスボクシングの報告が典型的だけど、ちゃんと許可を取ってから掲載されている。彼の職業倫理に関わるのだ。おそらく同じ理由で、水野優さんのページの翻訳も著作権の法律を尊重している。
 もっとも、水野さんは単純に「作者の死後50年」を保護期間と考えているわけではない。1993年没のファインの著作を訳されているのもそのためだ。『定跡の背後にある考え方』と『チェス棋士の心理学』である。前者は古くさくてもう意味が無いと私は思っていたが、水野訳を読むと今でも結構面白い。後者は古くさいおかげで今こそ面白く読めそうだ。とにかく、こうした翻訳の試みがいつまでも可能であるような社会でありますよう。
 ちなみに、映画でも「50年」を利用した極安のDVDが売られている。私はよく買うが、ひどいのが多い。「チャップリンの番頭」は途中で切れるし、「グランドホテル」は字幕のタイミングがずれずれだ。著作権の保護がゆるいと、その安易さが粗悪品の製造につながる率は高くなるのだろう。もちろん、JCAや日本将棋連盟のように棋譜の権利をがちがちに堅く主張するだけで、棋譜を活かす気が失せてしまうケースもままある。
06/11/01
 引越しの準備が遅れがちで、インターネットの接続に関する手続きとか何もしてません。ですから、急に更新が途切れるかもしれないです。来週からタリの記念大会が始まって、カールセン、モロゼビッチ、グリシュク、ポノマリョフ等々、参加者十人全員が素晴らしい顔ぶれなのですが、見れないかもしれず、残念。
 さて、ホーヘフェーン最終日は、マメデャロフはソコロフに勝った。大変だったのがトパロフ対ポルガーだった。ポルガーにミスがあって、トパロフの強襲が決まったのだけど、詰めを誤り形勢逆転したらしい。最後はポルガーが勝って、マメデャロフと同じ4勝1敗1分で並び、同点優勝で終えた。トパロフは2勝3敗1分のていたらく。
06/10/30 紹介棋譜参照
 ホーヘフェーンの第4Rはソコロフ対ポルガーが面白かった。黒勝ち。トパロフ対マメデャロフは白勝ち。これでポルガーが単独首位に立った。
 詳しく話したいが、先に進もう。ラス前の第5Rにポルガー対マメデャロフがあったのだ。図は15.b3まで。よく知られた局面で、ポルガーも得意にしており、以下、多くは15...Bg7, 16.d5と進む。が、それを嫌って本局は黒が15...d5と先に出た。
 この手は強豪では1991年のベリャフスキーの新手で、他ならぬポルガーを破っている。もちろん、ポルガーは対策を練って、その二年後にスパスキーを破っている。つまり、マメデャロフはポルガーに挑戦状を叩きつけたのだ。ポルガーは受けて立った。16.Bg5が彼女の編み出した強手だ。16...h6, 17.Bh4. g5 に対して、18.Nxg5と切る手が成立するのである。
 理論家には白有望と言われている定跡らしい。本局でも白が主導権を握った。が、マメデャロフは駒得を維持し続けて逃げ切ったのである。これで再び二人が首位に並んだ。
06/10/29 紹介棋譜参照
 今日は新居の鍵をもらった。これまで、いろんな手続きがややこしくて、うんざりしてたのだけど、一段落である。みなさん、引越しをするなら30代に済ませましょう。気が抜けて、今日はホーヘフェーンは調べず仕舞い。それに、この24ヶ月、月に一本は映画を見ていた記録も途絶えそうである。
 バルセロナでなかなかの棋士を集めた大会があった。優勝したのはドミンゲス。初日でボロガンを破って勢いが付いたか、7勝0敗2分の好成績だった。最終日は半点差に迫る黒イワンチュクとの決戦になり、図で16.Nxf7から攻め立て、最後は有利な終盤にして勝った。これを紹介棋譜に。このレベルの大会はイワンチュクが荒稼ぎするのが常だったが、最近はそうもいかなくなってきたようだ。
06/10/28 紹介棋譜参照
 やはりクラムニクがメキシコシティーの大会に難色を示している。筋の通らぬ話だと思うが、マッチ形式の王座戦を残したいというのも一理ある。この際、クラムニクはFIDEの世界選手権に参戦しつつも、FIDEから独立したイヴェントとしてマッチを企画する、というのはどうだろう。
 ロイターによると、昨日ふれた同時対局の新記録は13,446人で、旧記録は12,388人という。
 ホーヘフェーンの第3Rは二局ともドローだった。そろそろダナイロフがポルガーの尿検査を要求するタイミングかもしれない。いまさら気付いたが、ポノマリョフとトパロフがACPに所属していないのは、奴の差し金ではないか。ACPがあると勝手がしにくいのだろう。
 紹介しきれずにいた欧州クラブ杯の棋譜をざっと並べて、グリシュクの決め手が気に入った。図で手番は黒。正解は紹介棋譜に。今年はほとんど彼の活躍を見ていない。応援の意をこめて。
06/10/27
 ホーヘフェーンの第2Rはマメデャロフもポルガーも連勝した。前者が好局で、後者には好手の見落としがあったが、後者の方が目に鮮やかな勝利である。図がそれで、黒トパロフはc2地点に脅しを掛けている。なのにポルガーは敢然と28.Qh4に出た。無論、黒は28...Bxc2+以下、白王を直撃する。が、あと一歩届かないことを、ポルガーは承知していたわけだ。トパロフの連敗は天罰かな。
 メキシコシティでギネスブック級の記録がふたつ更新された。まず、同時対局の参加者数で、昨年のサンタモニカにおける13,500人を破る14,065人が達成された。どちらもカルポフがスポンサーだった。チェス盤をイメージした特大の会場を約600人の棋士が巡回した。そして、当のカルポフは有名人によるサイン本の記録を更新した。昨年にビル・カレンなる者が達成した1848冊を超える1951冊を6時間で書きあげたのである。私はファンだからピンと来たが、カルポフは1951年生まれなのだ。
06/10/26 紹介棋譜参照
 ホーヘフェーンの初日は二局とも素敵だった。どちらも紹介棋譜に。まずポルガーがソコロフを倒した。この大会の顔合わせでは、03/10/15で紹介した三年前の激戦が忘れられないが、今年のポルガーは以前のような猛々しさが消えて、ふんわりと相手をあしらうようにして勝っている。
 それから、マメデャロフ対トパロフは白の勝ち。図から28.Bg5である。これでBを捨てたが、28...hxg5, 29.Qh5+で、h筋から敵陣に侵入できた。このあと、白hポーンが無くなって、黒には41...Qd1+から42...Qh5+という、よくある連続王手の手順が生じるのだが、マメデャロフはそれを事前に防いで40.Qh8+の形にしたのも芸が細かい。それでもまだ局面は駒の損得が無い状況だったのだが、そこで技が決まり、トパロフが投了した。図からこの収束まで一続きに流れたように見える綺麗な名局だ。すべて読み筋どおりだった、なんてことはあるんだろうか。
06/10/25
 1972年のレイキャビクの映像を見られる、と読者Tさんに教えてもらっていたのですが、Chess Todayも採り上げていました。全部で4回分もある。Part 1 だけ見ました。ソビエトにおいてチェスはたんなるゲーム以上の意味を持っているということが説明され、そしてスパスキーが、「世界チャンピオンの王冠は自分には重荷だった」という意味の談話を語る。ほとんど英語がわからない私でも、古い映像が楽しめました。
 そんなことを書いてると、ちょうどまたTさんからメールを頂きました。メキシコシティーのサイトでは、すでにトパロフが消えてクラムニクの名が記載されている、とのこと。ほんとだ。実は今年の四月に二人のマッチが発表された時点で決まっておりました。マッチの敗者は「ゼロから出直して、次のワールドカップに出場する」ことになっている。いつもながら変な話です。要するにトパロフは、メキシコシティーだけでなく、来年四月の最終選考大会にも出られない、ということでしょう。FIDEのこの手の話は朝令暮改が常なので、私は真面目に読んでなかった。でも今のところ、これに限っては予定通りに進んでいるんですね。
06/10/24
 今年のホーヘフェーンはトパロフ、ポルガー、マメデャロフ、ソコロフといった豪華なメンバーだ。その前に、考え出すとややこしくて暗くなる話を整理しておこう。
 トパロフとラジャボフのマッチが来年四月に予定されていた件は、どうも、クラムニクにトパロフが勝った場合の話のようだ。ケレス65さんのブログによると、四月にあるのは昨年十二月のワールドカップで選ばれた十人を含む十六人の大会である。エリスタで行われる。05/12/09でざっと触れたことがあるが、当初は年内開催の予定だったものである。
 四月の大会の成績優秀者四人と、すでに予定されている強豪四人を集めて、九月には次の世界チャンピオンをメキシコシティーで決めるわけだ。「強豪四人」を具体的に言うと、トパロフ、アナンド、スヴィドラー、モロゼビッチである。サンルイの成績を踏まえて以前から決まっていた顔ぶれなので、クラムニクの名が無い。トパロフとクラムニクを入れ替えるという案を見たことがあるが、トパロフはもちろんクラムニクも不満だろう。
 単純に考えれば、メキシコシティーの参加者を九人に増やせば良さそうなものだが、クラムニクとしては、得意なマッチ形式でタイトルを防衛したいはずで、インタヴューにもそんな口吻が感じられる。彼はメキシコシティーの優勝者とのマッチを望んでいるだろう。だが、国際オリンピック委員会は、チャンピオンの決定まで何年もかかる場合の多いマッチ形式に難色を示している。五輪種目にチェスを加えたい世界チェス協会としても認めにくかろう。
06/10/23 紹介棋譜参照
 Chess Informantが、95はもちろん96まで出ているのに、何のお話もせずにいたようです。とりあえず、95だけでも。まず、05/10/25で触れた羽生善治のウェルズ戦ですが、残念ながら収録されませんでした。前巻の好局ベスト10の一位はサンルイのアナンド対アダムズで、これは05/10/02で紹介しましたね。新手賞もこの23.Qd2が獲りました。対する正着はやはり23...Nxe1だったようです。
 並べた記憶が無いやつでは、好局五位のプルーシキンが面白い。初めて聞く名ですが1978年の生まれです。左図が見所で、黒はコルチノイ、19.Bg5. Nc4 まで。この19.Bg5の狙いは見破れない。だから実現しました、まず20.Bf6です。そして、20...gxf6に21.Qc1です。白Qh6からQg7#を見ていたんですね。けれど黒だって21...f5と指した。次にPf6を指せば、c7地点のQが受けに利いてきます。それを間に合わせない白の継続手順がまた巧みでした。紹介棋譜に。

戎棋夷説