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光速の詰将棋。WaZはアロニアンとカールセン、アエロはニポムニシ。

08/02/24
 こないだの第6問をGishiさんは「良問だと思います」。看寿賞の斎藤夏雄も最初の十問のうち「一番時間がかかったのは第6問」だったとか。玄人受けするようだ。また、斎藤ブログで教わった。若島正の京都民報出題作がネットで見られる。
 最終第9Rはドレーエフ対モティレフが15手で引き分けて互いの同点二位を保障し合った。ニポムニシ対ヴォロキチンは後者が勝てば追いつくところだが、黒番では仕方が無く、31手を戦って引き分けた。かくてニポムニシが単独優勝に輝いた。ヴェイク、モスクワに続き、前から私が見守ってきたお気に入りが今年は大活躍だ。
 というわけで、若い人が伸びるのは楽しい。Magic on Chessboards というブログを見つけた。2004年8月からある日本人のブログだが今まで気づかなかった。私よりたくさん古今の名局を解説している人で、いま大学受験をひかえた高校生が書いている。ハンゲームで活躍しているJCA会員のようなので、岐阜の「鷹塚澪」を知らずにいた私の方がおかしいのだろう。作家志望だけあって文章に恥ずかしいところが無い。初期のブログではニムゾビッチを好んでいたようだけど、最近はタラッシュへの言及が多い。現代の棋士ではアロニアンを応援しているから曲者かもしれん。
 ネットの無い私の高校や大学の頃には考えられないチェス環境で育っている人である。未来がとてもうらやましい。私が18歳だった頃は米長邦雄がアイドルであり、死ぬまで感覚の基本は将棋だろう。鷹塚ブログにはほとんど将棋の話題が無い。
08/02/23 紹介棋譜1参照
 ラス前8Rは首位と半点差の三組が戦った。ドレーエフ対グセイノフは互いに隙が無く引き分けた。モティレフ対ロドシュタインは、後者の目分量攻撃がさすがに通用せぬ取組みで、順位が入れ替わった。レ対ニポンムニシは後者が勝って単独首位に立った。定跡は私がこないだから勉強中のAMGである。これを紹介棋譜に。
 08/01/25の図で黒にはNxe5, a6, Qb6, b4 などたくさんの選択肢がある中で、よく見かけるふたつの手がある。ひとつはBg7で08/02/02に進む。これが主流だ。そして、もうひとつ知っておきたいのが本局の11...h5である。ヴァレーホが二年前のリナレス/モレリアで発表し、トパロフを破るなど成功を収めた。意味のわかりにくい手だが、K側ルークの動きに特徴がある。
 図は31.Bh6まで。黒王が、危険になってきたe8からb8に向けて疎開する途中の出来事である。パンツを穿き替えている最中にドアが乱打された感じだろうか。しかし、ニポには返し技31...Rxg2+が用意されていた。いくらか駒は損するが、b3ポーンのおかげで黒が良い。31...Rxg2+自体は予想できる手かもしれない。けれど、こんな激しくなる局面で王の移動を敢行するニポのスケールが私は好きだ。
08/02/22 紹介棋譜2参照
 せっかくだから『華麗な詰将棋』から第11番を御覧にいれよう。失礼ながら、皆さんが一般人なら、考えても意味が無い。滅多に諦めない私でさえ答を見た。見て初めて感動した。さっき点検のため問題図を棋泉にかけて笑ってしまった。「15手以内では詰みませんでした!」と判定されたのだ。それほど巧緻な九手詰である。充分に味わうには変化手順も読みきる必要がある。
 第7Rはロドシュタイン対ドレーエフの直接対決があったが、たがいに無理はせず引き分けた。ニポムニシは意欲的なフランス防御マッカチェオン定跡である。なのに、面白そうなところで握手してしまった。そんなわけで下位者が半点差に迫っている。御存知のモティレフ、1991年生まれのベトナム人レ・クアン・リエム、そして1986生まれのアゼルバイジャン人グセイノフだ。
 カペル・ラ・グランドの季節でもある。日本人がよく参加する大会だからなじみ深い。二年前にグセイノフがここで放った大技を紹介しておこう。図からを紹介棋譜に。20...Nf5, 21.exf5. Qxc3+である。単純ではない。変化手順にも絶妙手が加わる。難しいので、Chess Today の解説を借用させてもらった。こうした複雑な読みは、彼の棋風かもしれない。数局しらべてそんな印象をもった。
08/02/21 紹介棋譜3参照
 解けてしまえば第6問は捨駒が一回しか無い。つくづく簡単に見えてくる。淡々と議事の進む会議場で私はひそかに屈辱にふるえた。帰宅するや、本を引きちぎるぐらいの勢いでページを開く。四問ほどポポンと解いたぜ。第8問が気に入った。購入を迷っている方にはこれを推薦して本書の話題を終えよう。ちなみに、私がこうやって楽しめる短編集で本当に好きな宝物は若島正『華麗な詰将棋』である。私の棺桶と一緒にこれを焼いてくれるなら死さえも退屈とは思わない。チェスファンとしては、巻末にプロブレムの魅力が論じられているのもうれしい。
 アエロフロート第6Rは首位者の直接対決があり引き分けた。半点差の二人も対戦している。面白いチェスだ。紹介棋譜に。ドレーエフが勝ち、首位者が三人に増えた。半点差で続く棋士は居なくなった。
08/02/20 紹介棋譜4参照
 なんてこった、第6問でつまづいている。一目で▲2三角成△同玉▲2二飛成△3四玉▲4三銀かと思う。だが、無論そんな簡単なわけが無い。午前の会議中に何としても解く!
 アエロフロート大会の最上級A1組は年々参加者が減っている。今年は六十六人だ。優勝賞金は昨年と同じ3万ドル(約320万円)である。全9Rの5Rまで済んで、ニポムニシとロドシュタインが首位、ティモフェーエフとドレーエフが半点差、さらに半点差でヴォロキチキンら六人が続くという状況だ。
 上記棋士のうち本欄で勝局を紹介したことの無いのがロドシュタインである。1989年生まれで国籍はイスラエルだ。今場所はボロガンをねじ伏せたのが光る。気前の良いチェスを見せてくれており、たとえば、図から20.Nxf7. Kxf7 に21.Ne4 である。もし黒Nxe4なら白Qxh7+から詰む。Fritz で調べると必勝の攻めというわけでもなさそうだが、ノリで技が決まってゆく感じだ。
08/02/18
 blackdog 掲示板でGishiさんが本欄を誉めてくださって、「最近の記事は感心して読んでいます」。この日ばかりは私が嫁を「なあなあ」と呼びにいった、「これ見て」。Gishiって人は強いんだぞ。昨日の第3問は「五秒ほど」で解いたとか。
 モレリア/リナレスとアエロフロートが始まっているが、二月の無駄話を。この一年で見た展覧会から奈良国立博物館「美麗 院政期の絵画」。一枚に感激したというより、平安時代後期の逸品をよくまあ集めきったなあ、という感動があった。ひとつの時代の空気にたっぷり浸ることができたのである。特に仏画に迫力があった。ボストン美術館の馬頭観音像(十二世紀)など。
08/02/17 紹介棋譜5参照
 『光速の詰将棋』の最初五問は比較的簡単な七手詰である。レベルは「五分で初段」だけれど、第2問と第3問にてこずった。前者は10分ほど、そして後者は30分は悩んだ気がする。
 モスクワの最終日は面白い対局が多かった。特に、イナルキエフと、彼を半点差で追うティモフェーエフの決戦があった。結果は117手の長い戦いになり、駒得を維持し続けたティモフェーエフが勝って逆転優勝したのである。6勝0敗3分だった。やっと私の期待に応えてくれて嬉しい。
 優勝者のエフィメンコ戦を紹介棋譜に。図は18...Qb7まで。白はうっかりd5ポーンを守ってしまいそうだが、ティモフェーエフは見逃さなかった。19.a5が好手ではないか。白b3で黒馬は助からない。エフィメンコもよく抵抗して被害を最小限に食い止めたが、ティモフェーエフらしいきれいなチェスが生きる流れになった。投了図では白ポーンの昇格通路が掃き清められている。
08/02/16 紹介棋譜6参照
 モスクワ大会の初戦でイナルキエフは不覚をとったが、おかげで二戦目からは弱い相手と当ることができた。それで勢いを付けてしまったところが偉い。七連勝して最終日を単独トップで迎えたのである。
 第4RのKazhgaleyev戦が転機だった。図は黒番で、白イナルキエフが絶体絶命の局面である。気楽に棋譜を並べながら私でさえ「黒Qh3+から詰みそうだ」と思った。事実わりと簡単に七手で詰む。ところがKazは手数の長さに慎重になったのだろう、40...Rf5を選んだ。40手目だから時間が無かったのかもしれない。
 これで白は息を吹き返した。ちょうど持ち時間も増えたところで、じっくり読んだことだろう。41.Qxe7+から大逆転の猛攻が始まったのである。そのあたりを紹介棋譜に。上記の詰手順も変化に加えた。
 NHK将棋講座の最後の数分に詰将棋が出題される。私は初段くらいあるから、問題図の説明が終わるまでには詰め上げたい。たいてい出来る。けれど、谷川浩司が講師だった時は当然不可能だった。彼の短編詰将棋集が出たので買った。「まえがき」によると、詰将棋の本はこれが初めてだそうだ。本領の中篇を集めた図式集も「いずれは」とのこと。
08/02/15
 フィッシャーの遺産195万ドル(約2億1000万円)をめぐる争奪戦が報じられている。本欄の過去の記事とも関わることだが、傍観するにとどめる。ひとつだけ書いておく。日本の訃報記事の多くで、渡井美代子がボビーの妻になっていた。私の知る限りで、それは事実ではない。
 原油価格の高騰でロシアには景気の良い人が居る。そのためだろう、モスクワで巨大な大会があった。公式サイトで勘定したら、A組303人、B組414人、女性組136人、子供組373人、計1226人の参加者だ。FIDEの関わった大会では過去最大らしい。子供組の棋譜が見つからないのが残念だが、レイティングは六七歳の子でも当然のように1350あったりする。
 全九回戦のA組だけでも998局あって途方に暮れる。ちょうど検索名人Kさんが、ケレスの音声ファイルを見つけてくださったところだ。そっちを聞いていただこう。意味不明だけど思ったとおりの声でうれしい。
08/02/13 紹介棋譜7参照
 「なあなあ」と最近は意識的に出演の機会を狙うようになった嫁が部屋に入ってきた、「明日は何の日?」。結婚していろいろ生活が変わったが、明日はもはやチョコの日ではなく、「君の誕生日だろ」。わが意を得たりと嫁は、「わがままをぜんぶ聞いてな」。しかしそれって、「いつもどおりでは?」。 一瞬彼女はうろたえたが、「違うの」と押し切った。やはりいつもどおりだ。明日は更新を休みます。
 ジブラルタル最終日で同点首位に並んだのがト祥志とナカムラだった。プレーオフが行われ、早指しに強いナカムラが優勝した。紹介棋譜はしかし彼らよりも、昨年同様エフィメンコから選びたい。今年はト祥志に勝ったもののナカムラに敗れ半点差の三位九位だった。ただ、十回戦の中でレイティング2600以上の相手と二局しか戦ってないナカムラにくらべ、エフィメンコが四局である点は評価してやりたい。ちなみにト祥志は五局である。
 図は白王皓戦で、20.Bxe6に対しエフィメンコは20...Nxb2と切った。そして、昨年同様キングの大移動で勝負を決めるのである。もっとも、20...Nxb2がなぜ成立したのか、私にはわからない。でも面白そうな奴ではないか。
08/02/12 紹介棋譜8参照
 ヴェイク・アーン・ゼーが終わるとジブラルタルである。二〇三人が十回戦を戦った。王ゲツ、ト祥志、倪華、王皓など中国の強豪が勢揃いしている。居ないのは周健超くらいか。
 ステファノバが注目を集めた。初日は不戦勝でそのあと三連勝し首位に立ったのである。昨年末には格上の男子を含む大会で優勝している。06/02/05でもこの大会における彼女の復調を伝えたが、あれは持続しなかった。今度はどうだろう。
 図は黒アコビアン戦の終盤で、黒ポーンがバラバラだから白が良さそうだ。ここでステファノバは56.Nxa5と切った。黒馬に取らせて、それをPb4 -b5で追えば、59.Kxd4を取れる。
 けれど、それだけでは白駒損だ。彼女は手をゆるめず、Pa5 -a6 -a7を進めた。これで黒駒の注意をQ翼に引きつける。その間にK翼で勝負を決めるという作戦だ。これが功を奏したのである。
 図からを紹介棋譜に。最後の数ラウンドがガタガタで順位を悪くしたのが残念だった。
08/02/10 紹介棋譜9参照
 Informant 99 の好局ベスト10の一位から五位まで、すでに紹介棋譜にしてあった。ちなみに一位はアナンド対カールセンで07/03/09、二位はクラムニク対アナンドで07/01/22だ。新手賞はクラムニク対カールセンの14.axb5で07/04/04である。
 07/02/21のイワンチュク対トパロフが五位というのは残念だけど仕方ないか。本当は11.Na4に新手賞を与えたい。でも厳密にはあれは新手ではない。ただその構想するところが前例とは異なるので、私は新手と呼んだ。そんな新構想を評価できないのがInformant方式の欠点だろう。機械的な検索では見落とされるこの種の新手の意義に、ファンや解説者は敏感でありたい。
 それより六位局を御覧あれ。1974年生まれの無名棋士ラックが一世一代のクィーンサクリファイスで敵王を追い掛け回す。03/12/31に触れた"The King Hunt" の新々版が出れば、必ずや収録されることだろう。
08/02/08
 Chess Informant 100 が届いている。1966年に第1巻が出て、ついに100巻である。私が初めて買ったのは1990年後期版の第50巻だ。銀座のイエナ書店で5880円だった。値段は時期によってまちまちで4900円の巻が多かった。イエナ書店は高価で面白い美術書や写真集の充実したありがたい洋書店で、片っ端から立ち読みするのが私の勉強法のひとつでさえあった。チェスの品揃えも見事だった。畏友は「イエナ・コレクション」と呼んでいた。創業は1950年だ。近藤書店の上階にあった。しかし、洋書はネットで買う時代になり、2002年に無くなっている。私の第100巻もネットでロンドンチェスセンターから買ったものだ。約21ポンド(約4400円)である。仕事の無い時期だったが、イエナで買いまくり、ひまはあったのでよく読んだ。おかげで今がある。仕事した方が良かったか?
08/02/07
 最終日はポルガー対アロニアンが、すでに述べたPd3型マーシャルで引き分けた。特に見所は無い。カールセン対ラジャボフも手の無いチェスを長引かせただけでドローに終わった。そうなるとアナンド対クラムニクが気に掛かるところだが、白が有利に進めながらしくじったようで、これも引き分けた。かくて4勝1敗8分のアロニアンと5勝2敗6分のカールセンが同点優勝である。前者は連続優勝、後者は前年最下位だった。
 本欄の特徴のひとつは、カールセンの成長を五年前の本格デヴューからずっと追っていることである。ヴェイク・アーン・ゼーのC組やB組でカールセンは鍛えられてきた。そしてA組の頂点を極めた。あっという間だったなあ。
08/02/06 紹介棋譜10・11・12参照
 ラス前12Rも見所が多かった。三局を紹介棋譜に。まづ、ラジャボフ対レコはクィーンズインディアンの研究披露になった。07/08/31で紹介した重要型だ。レコが17...b2ではなく不利とされる古い17...Bb5を選んだのが興味深い。ラジャボフは好手とされてきた19.Rc1ではなく19.Nc4を選んだ。たぶん新手だろう。なのに解説してくれる人が無い。結果は引き分け。
 アダムズ対ポルガーを並べて、私はポーン七個づつの終盤を面白く感じた。専門家の解説を見ると、TWICのペインとChess Base のマリンで扱いが違う。前者はポーン終盤を自ら導いた白の大局観を責め、黒については「特に何かする必要も無く勝った」と一言だけ。対して、後者は終盤をとことん分析しつくしてポルガーの技を褒め称えた。
 そしてクラムニク対カールセンである。最初は受身に見えたカールセンだったが、それは勢いをためた姿勢であり、やがて主導権を奪ってしまった。白番のクラムニクが自陣に弱点を作られながら圧迫されるなんて珍しい。不死身のカールセンが再び首位に追いついた。
08/02/05 紹介棋譜13・14・15参照
 第11Rは変動が大きかった。内容も素晴らしい。図はアロニアン対ファンヴェリーで25.Rc1まで。Qはどこに逃げよう、b7かd7か。アロニアンらしいワナが張られている。本譜はしくじって25...Qd7を選び26.Nd6+をくらった。26...Qxd6に27.Bb5+だ。まだ意味のわからない方は紹介棋譜を御覧あれ。25...Qb7ならBb5+は無かった。
 ゲルファンド対ラジャボフは白も黒もキングスインディアンならではの模範演技を見るようだった。標本にすべく紹介棋譜に。白はc筋をルークで制してNc7を突き刺す。黒は白K翼に手慣れた嫌味をつけ襲い掛かる。双方作法どおりに攻め合って、最後は連続王手で分けるところだったが、白がしくじって詰まされた。
 カールセン対アナンドは激しかった。80年代型のスヘフェニンゲンから白が、Q翼を見捨てたばかりか、NもBも捨てて黒王頭へ殺到したのである。ただ、途中で一手ゆるんだらしい。指し切りになった瞬間、一気に寄せ返されてしまった。受けるアナンドも好きな私は今大会の彼からこれを紹介棋譜に。
 これでアロニアンが単独首位に、半点差でアナンド、ラジャボフ、カールセン。私は第9Rでカールセンをあきらめていたさ。
08/02/04 紹介棋譜16参照
 今年は従来のABC組のほか、優勝経験のあるベテラン四人を集めた組も設けられた。トパロフ新手が生まれた次の日、この組でティマンがリュボエビッチに対し同じ手を試みた。リュボエボッチが17...Rhg8と応じて勝っている。前日にすでに指摘された手だ。なおリュボは3勝1敗2分で優勝した。
 とりあえずポーンを捨てて駒の展開力で勝負するというカールセンがなかなか見られない。ようやく第10Rのファンヴェリー戦でベンコーギャンビットを採用し、暴れようとした。ところが図のように黒陣はポーン損のまま押し込まれてしまう。次の一手は26.exf5だった。ここでカールセンは勝負に出る。26...Rxf5、非勢ながら一気に戦いは複雑になった。
 このあたりからを面白いので紹介棋譜に。玉砕までも選択肢に入る無尽蔵の戦闘能力がカールセンの魅力のひとつだ。形勢は開くばかりでも、持ち時間はどちらも苦しい状態に持ち込んだ。そのため、マリンの解説によると、38手39手40手でファンヴェリーがミスをおかす。それでもまだ助かる棋勢だったが、もう収拾がつかず、持ち時間が追加された41手でも間違える。ついに逆転。カールセンが再び単独首位に上がった。
08/02/02 紹介棋譜17参照
 となると、第9Rのトパロフ対クラムニクの握手が注目された。どっちも手を差し出さぬまま初手は指された。それなら問題は起こらない、と周囲はあっけなく納得した。役者が一流ならもっと絵になる話なんだが。かつて、挑戦権を反故にされたことでシロフがカスパロフに謝罪を求め、それが拒否されて二人が険悪になった時も握手は無かった。でも、前にも写真を載せたが最後は仲直りしている。前者は悲しく後者は微笑ましく、二枚そろえば好きにならずにいられない。
 棋譜は先日ふれた「すごい新手」が出た。図は08/01/25の説明から11.Ne5. Bg7 と進んだところである。ここは12.Nxd7. Nxd7 に13.Bd6と突っ込む手が有力だ。三年前にイゾリアという人が13...e5 に新手14.Bg4を発見したのがきっかけで11.Ne5が流行戦法になった。14.Bg4それ自体の威力はわかりにくい。でも、成功例を何局か並べて気づくのは、この手によって白のQ側ルークが黒のよりも働くのが勝因になっていることだ。
 問題の新手はイゾリアの源泉とは発想が異なる強襲12.Nxf7である。私は04/07/27で触れた12.Nxf7をすぐ思い出したが、それよりはるかに洗練された攻め筋だった。チェパリノフが三年前に気づき、トパロフと研究を重ね、因縁つもる相手を迎えたことで遂に御披露目となったという。要点はb7のビショップである。12...Kxf7のあと、c3のナイトでNd6+のKB両取りを狙うのだ。黒はこれを防ぐだけで手一杯になり、白はそれに乗じて攻撃に勢いを付けてゆく。
 二人ぶんの怨念がこもる新手をくらってはたまらない。クラムニクは吹っ飛ばされた。風邪もひいたらしく、この後は精彩を欠いて優勝争いから遠のいていった。この一局を紹介棋譜に。なお、黒番のカールセンはレコから連続王手の引き分けをもらえそうだった、ぎりぎりの40手目、のこり20秒という状況で大ポカを出して負けた。これでアロニアンが首位に追いつき、半点差をクラムニク、アダムズ、ラジャボフ、アナンドが追う混戦になった。
08/02/01
 第8Rはダナイロフ一家受難の日だった。まづ、アナンド対トパロフでトパロフが負けた。07/03/17と07/07/10で触れたトパロフの8...h5が出た。K翼を弱くする代わりにイギリス式攻撃を回避できるこの作戦の評価はまだ難しいが、真似する強豪が少ないのは確かである。他の六局はすべてドローだった。
 それよりB組だ。ショート対チェパリノフで事件があった。理由は省いて構わないだろう。対局開始にショートが差し出した手を、チェパリノフが二度も無視したのである。ショートは審判に訴え、1.e4. c5 という棋譜だけ残し、ショートの勝ちが決まった。子分の子分の不始末とはいえ、ダナイロフは自分の出番だと感じた。
 理屈と経緯は省く。裁定は覆った。「チェパリノフは謝罪をする、二人は握手してから翌日に対局せよ」、とショートは言われたのである。03/10/07で書いたこともある、よく眠れるはずも無く、ショートはヴェイクを去ることも考えた。しかし、対局場に現れた。72手の対局はショートの勝利で終わる。局後の言葉は、「神は存在する。チェパリノフはブルガリア人ではない」。
08/01/31
 第7Rはトパロフ対カールセンがあって、アンチマーシャルのチゴリン応用型になった。07/09/08で述べた、いま最も白棋士を悩ましている型だ。やや珍しい白Nc3型の布陣にトパロフは工夫を凝らした。通常のNc3 -d5ではなく、Nc3 -e2 -g3 -f5を採用したのである。調べると、ゲルファンドがかつて同じ趣向を試して敗れていた。興味のあるかたは2002年のアダムズ戦を検索してください。比べると、トパロフの方が上手に見える。諸解説によると優勢でもあったらしい。最後は引き分けに終わったが、チゴリン応用型を崩す有力戦法に育つだろうか。じわじわ圧される展開に弱かったカールセンは、昨年のタリ記念から粘り方の進境が著しい。単独首位を守った。
 イワンチュク対クラムニクはペトロフ防御のドロー。大ファンの私でさえクラムニクのペトロフやベルリンは見たくない。ただ、定跡マニアには必見の15.Bf4. Rac8だった。こうなればクラムニクはアダムズ以外に負けたことが無い。
 アロニアン対ラジャボフは前者が勝ち、順位が入れ替わった。例によってアロニアンの勝因がわかりづらい。マリンの解説が面白かったので紹介しておく。彼にもアロニアンの陣形感覚は不可解なのだ。図の局面について「私見ではあるが」と断ったうえで、Nd2の布陣よりもNf3とQc2に組んだ方が良かろう、と述べている。Bf4が可能だし、Pe4からe5の突破に期待できるからだ。私も同感である。それだけに凡庸でもある。
 本譜は14.Qa4. Bd3, 15.Nf1. b5, 16.Qd1. Bc4, 17.Nd2という非凡な進行になった。黒はa6-f1間のビショップが自慢だったのだが、これで愚形だった白のd2ナイトと交換される。私見ではあるが、そう考えてみると、18.Nxc4の時点で、白が少なくとも気分は良くなった、ということではなかろうか。
08/01/30 紹介棋譜18参照
 十五ヶ月ぶりに我が家のテレビは地上波アナログ放送が受信できるようになった。ずっと衛星アナログ放送だけで満足だった私は憂鬱であるが、将棋NHK杯を久しぶりに楽しんだ。ちょっと見ぬ間に渡辺明が強くなっていた。夜はスポーツニュースで白鵬が朝青龍を裏返しにする横綱同士の千秋楽相星決戦を見た。近来の名勝負であろう。畏友によると、白鵬はチェスをよく指す。「この日の朝、師匠が白鵬を激励するのですが、座り込んでいる白鵬は何事かに夢中で、師匠を振り返りながら生返事。手元が映りませんでしたが、チェスじゃなかったのかなあ」。人口260万のモンゴルは国際チェス連盟134ヶ国の68位で、男女あわせて二十三人もマスター称号の保持者が居る。うち二人がGMだ。人口13億の中国が保持者八十三人であるのと比較できるなら盛んな方だろう。ちなみに日本は86位で保持者は六人である。
 第6Rは首位三者が三様だった。カールセンが勝って単独首位に、ドローのラジャボフが二位に、アロニアンは敗れて四位に後退した。彼を破ったクラムニクが二位に上がっている。なお、この時点でトパロフはやっと2勝2敗2分、アナンドは0勝1敗5分というていたらくだ。アロニアンのを紹介棋譜に。08/01/25の説明どおりのアンチメランギャンビット流行形だ。06/08/29の解説がそのまま使える。その一局をずっとなぞって、25手目に驚愕のクラムニク新手が出た。全部で110手もあるので、ここだけでも御覧あれ。最後は終盤の正確さでクラムニクが勝った。それをなぜ私が解説しないかって?皆さん御存知のとおり、もっとすごい新手が後に現れてしまうからだ。
08/01/29 紹介棋譜19参照
 ヴェイク・アーン・ゼーB組で優勝して翌年にA組で指す棋士は惨敗する慣わしである。五位六位に入った一昨年のカリャーキンは例外で、昨年のカールセンのように最下位の十三位十四位に沈むのが普通だ。今年この羊を務めるのはエリャノフで、第5Rはラジャボフ得意のキングスインディアンに完敗した。厳密にはベノニだが、これでラジャはカールセンとアロニアンに追いついて首位に立った。
 このラウンドはB組に気になる棋譜がある。スミーツ対バクローを紹介棋譜に。Pd3型のマーシャルアタックだ。08/01/05のシロフ戦で触れたこの型が今年はA組とB組で計4回も現れるのである。マーシャルウォッチャーとしては見逃せないではないか。
 図までが現在の基本形である。前に述べたことを踏まえ、白Re4を封じあらかじめ黒Bf5を指しておく、と考えればわかりやすい。前例は16.Nd2と16.Bxd5だ。A組はポルガーが前者と新手16.Be3を試して、いづれもドローだった。B組の二局はシロフと同じ16.Bxd5で、紹介棋譜の新手19...Bh3を見てほしい。従来の19...Bxd3が方向違いであることを気づかせてくれた。原始的なマーシャルの本来持っていた、敵王直撃の猛攻と妙手連発が復活したのである。
08/01/28 紹介棋譜20参照
 第4Rはカールセン対アロニアンがあった。カールセンがマーシャルを避け、退屈な駒組みになったとき、いきなりアロニアンがルークを切ったので驚いたが、結果は引き分けだった。
 三局で勝負が着いた。クラムニクがエリャノフを終盤戦で難なくつぶしている。ファンヴェリーがトパロフを倒した。トパロフが前半戦でしくじるのは慣れっこで、もう驚きが薄い。紹介棋譜はゲルファンド対ポルガーを選ぼう。ねっちょり戦いたいゲルファンドの気持ちなんておかまいなしにポルガーがポーンをぐいぐい突き進める。序盤早々に9...d3なんて手が登場し、勢いで白陣を破壊してしまった。
 まだ私はアロニアン対トパロフ戦を並べ返してる。図から29.g4そして31.h5という構想が気になるのだ。これで黒h6ポーンを弱くしておき、33.Rb6から狙ってゆく、というのがアロニアンの考えたことなんだろう。すると、トパロフがビショップをe6地点から外したのは感心しない、ということになる。
 私なら、b筋のポーンをどのタイミングで進行させるか、を軸に方針を立てる。実はFritz8が推奨したのも、29.b4や29.b3だ。しかし、アロニアンの指し手を見る限り、それを志向した形跡が無い。彼のチェスに違和感があるのはそんな点なんだろう。bポーンを動かすと、黒ルークがa2やb2から王手を掛けやすくなりそうだ。ポーンがb2にある限り、c1の黒ルークは活躍しにくい。32...Ra1はそれを認めた手に思える。
 他にもいろいろ調べたのだけれど、中級者が個人的に納得するためのメモである。このあたりをNew In Chess やInformant でアロニアンがどう語るのか楽しみにしてる。
08/01/27
 第2Rは二局で勝負が着いた。カールセンとアロニアンが連勝である。カールセンは落ち着いた終盤でエリャノフを突き放した。アロニアンはゲルファンドに対しa6型スラヴの研究成果を試して好形を作り、優勢のまま相手を時間切迫に追い込んでポカを誘った。そうは書いたものの、この人のチェスはほんとにわからない。この日も大局観で勝ってると思うのだが、どんな考えで指してるのか目に見えないのである。フィッシャランダムに強いわけだ。
 第3Rは前に書いたとおり、パッとせず全局ドローだった。このとき同様、今夜も嫁が実家に帰っているので、今はラス前12Rを見ているところ。面白そうだ。更新は適当に済ませて観戦態勢に入ります。
08/01/25 紹介棋譜21参照
 Wijk aan Zee はヴェイク・アーン・ゼーである、とネット上で発音と意味を明らかにしたのは本欄の04/01/10が最初だろう。あんまり長いのでつづめて書いてきたけど、カスパロフの本でも使われた地名だし、今後は改める。今年もクラムニク、アナンド、トパロフの三人が揃い、全十四人が充実した大会になった。初日は三局で勝負が着いた。
 マメデャロフ対カールセンは40手を終え、持ち時間が増えたところでマメが長考した。そして投げてしまった。実際はまだ充分に指せる局面だったそうだ。ラジャボフ対アナンドはアンチメランギャンビットになった。これを勉強しなかったのが、昨年のメキシコで私が戦型予想を大きく外した原因である。今年は気をつけようと思ってる。図で9.Be2が主流であり今回もそうだった。三年前までは10.h4が多かったけど、昨年は10.0-0が支持されている、とだけ理屈抜きで今日は覚えておこう。結果はラジャボフの勝ち。
 アロニアン対トパロフは難しかった。黒が巧みに攻め込んで駒得しただけに、なぜ負けたのか腑に落ちないのである。Chess Base でマリンの解説を読み、七八回並べてようやく流れが見えてきた。白e5と黒h6、白b2と黒e6、これら二回のポーン交換を許したのが間違いで、それを見逃さなかったのが勝因のようだ。その後、黒王を隅に閉じ込めてから、白王がするすると攻め上がって勝負を決めた。前半の読みではトパロフが力を発揮したものの、後半の大局観でアロニアンが勝った、ということになろう。これを紹介棋譜に。

戎棋夷説