紹介棋譜 別ウィンドウにて。
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Poikovsky はRublevsky, Jakovenko, Gashimov, Shirov 。Biel はAlekseev。

08/08/08
 「猫を抱いて象と泳ぐ」で私の読んだことは08/07/10 の真ん中あたりに書いたとおりで、それに尽きている。最終回を読み終わって訂正することは無い。感想を付け加えておく。盤下の海でひっそり駒を操る主人公と、ネットの海底でこそこそ書き続けてる私と、ちょっと似てると思うことが何度かあった。好手はともかく、お互い、正着には興味の無い種族である。無人島で出会ったら、リトル・アリョーヒンは私の棋力に絶望もせず一日一局、ずっと相手を続けてくれるだろう。良い奴だ。
 主人公がこの世の自分を消去していくのは、この世の穢れを厭うからである。チェスはこの世を離れた清らかな空間に成立している、という信仰がそんな彼を支えている。数学を美しく描く『博士の愛した数式』の作者とも重なる。そこは私と違う。私にとってチェスは、中原中也の「骨」のような「光沢もなく、ただいたづらにしらじらと、とんがつてゐる」ものだ。自分の骨とは思えていない「可笑しなことだ」。リトル・アリョーヒンの美しい魂を私は持っていない。
08/08/06 紹介棋譜1参照
 マインツの早指し大会が終わってる。アナンドとカールセンの決勝になり、前者が2勝0敗2分で早指し世界王者の称号を得た。過去六年間すべて私は、アナンドがメインイベントを勝った、とお伝えしている。
 第1局を紹介棋譜に。すさまじい殴り合いである。ついにカールセンのドラゴンが負けた。シロフやイワンチュクになら通用する彼の自爆攻撃も、アナンドが好調なら見切られてしまう。24手でQ対RPPPの大差になるまでを鑑賞すれば充分だろう。けれどカールセンは50手まで指し、Q対RPになって降参した。
 定跡ではモロゼビッチのザイチェフが気になった。07/06/14 で触れた12...Na5 である。ポルガーを破った。アナンドは12.d5 を指し12...Na5 にさせず、モロゼビッチを倒している。ポルガーも後のモロゼビッチ戦では12.d5 を採用して引き分けた。
08/08/05
 嫁は阿部寛が好きである。本当は彼と結婚したかったのだ。栗山千明のファンでもある。この二人が井上ひさし原作、蜷川幸雄演出の『道元の冒険』で共演すると聞いた夫は、大阪公演の券を買ってあげたのだった。実は、イエスと釈尊を別格とすれば、夫にとって道元は最も好きな宗教家である。本当は出家したいほどだ。
 座禅の作法について、道元は「目は開すべし」と言っている。これだけでも、道元は我々のイメージする禅者ではない。戯曲にするなら、新鮮な道元像を描いて欲しいところだ。けれど、井上の描く道元は「すぐわかる標準日本仏教史」の丸写しとも言うべきものだった。凡庸なだけならまだしも、その祖述の長いこと。これを書きたかったわけね。
 僧衣の阿部寛の存在感は素晴らしかった。もうテレビなんか出るのはやめてほしい。とにかく、舞台の真ん中に彼が出てくるだけで、道元のカリスマ性が劇場を圧したはずだ。なのに、そんな場面がほとんど無いのである。役者の肉体を使わずに仏教史の解説で主人公を済ませておいて、それで演劇なのだろうか。公演の印象は教養講座であった。
 蜷川演出の井上作品としては、昨年の『藪原検校』の方がシンプルで力強く主人公を表現していた。今年の方が面白かったのは、十人の役者に四十七種もの役を演じさせたことだ。これによって生れるドタバタ感は観客の笑いを何度も誘った。そんな演出をもっと有効に使い、思想解説なんて切り捨てて、阿部寛の一人二役を活かせば、不立文字の傑作になったろう。
08/08/04 紹介棋譜2参照
 やっとノートンの更新に成功した。ところが、再起動させたら、使えなくなってるソフトがいろいろある。たとえば、Chess Base 7がダメだ。古いものに慣れてるということもあって、特殊な検索機能を別にすれば、私は8以降のChess Base をあまり使わない。チェスに限らず、親切めいた複雑なソフトが嫌いなのだ。文書の作成だって秀丸とメモ張が主だ。このホームページで読める文字はそれだけで書かれている。仕事でも、あたうかぎりWord は使わない。
 必要なCD ROM をなんとか見つけてChess Base 7を復旧したが、イライラが消えない。今日は気楽な話を書こう。私はたいして強くない。ただ、Yahoo! Japan での対局で思ったのは、図のような、引き分けて当然の終盤になると、私より弱い奴がほとんどなのである。脳内に大局観が用意されてないらしく、何も考えられなくなり、すすんで形を崩し、負けてくれた。
 この経験は、私と同レベルのコンピュータとの対戦にも応用できる。図も実は弱くしたFritz との局面である。序盤から優位に立とうとはせず、こんな局面を目指してじっくり戦うのがコツなのだ。大局観の無い機械は絶対に間違える。
 私は黒番である。白は1.Kf2 から2.Ke3 だった。こうしてキングを中央に上げるのが常識だろう。それだけに私も同じことをしたらドローになってしまう。1...a5, 2...b5 でQ翼を圧した。3.a4. b4, 4.Ne2 で白馬を追い、こうなれば、4...b3 以下、白a4が弱くなった。以下は楽勝である。紹介棋譜に。
 もっとも、こんな楽に勝てるのはおかしい。白はどこで間違ったのか。強くしたFritz で調べると、5.cxb3. Bxb3 の後に本譜の6.Nc3 ではなく、6.Nc1という絶妙手が見つかった。6...Bxa4 で駒損のようだが、敵僧を端に負えば、白馬が活躍できるのである。変化手順に含めた。これほどの好手順が成立するのは、黒王が8段目に残っているからで、私の構想はやはり本手ではなかったのだ、と納得できた。いつか自分が6.Nc1 のような手を指せればなあ。
 ネットを見る限り、日本人は序盤や妙手問題集ばかり勉強している。実際、その方が私よりも強い人を生んでいる。だから別に、簡単な構造の終盤を勉強しろとは言わない。好きな話を書いたまでである。
08/08/03
 ビールは最終日でドミンゲスが敗れた。脇役だったアレクセーエフは勝ち、5勝2敗3分で追いついたので、プレーオフが行われた。第2局がアレクセーエフの黒番で、またまたベルリン9...Ke8 である。黒の駒がほとんど四線を越えなかった。見事な籠城である。65手もかかったが、駒交換以外に戦いが存在しなかった。
 第4局もベルリンだった。ついにドミンゲスは手を変える。4.d3 からじっくり組み合う。これでやっと大きな駒得を得た。ところが、いつもは遅攻のアレクセーエフが激しく追いすがり、ドミンゲスは対応をしくじった。その一手で逆転である。
 かくてアレクセーエフの優勝になった。二年前のロシア選手権を思い出す。プレーオフに強いのだろう。
08/08/02 紹介棋譜3参照
 第7Rのカールセン対アレクセーエフは大きな試合だった。白が勝てるように見えた。アレクセーエフは自陣に引きこもるだけになった。けれど、カールセンは攻め込めない。次第に風向きが変って、黒の連携パスポーンが伸びてくる。これを受け損なって白が負けてしまった。それでもカールセンなら何とかなるだろうと思ったら、残り三戦すべて引き分けて三位で終わった。ラス前第9Rで首位に立っていたのはドミンゲスである。4勝0敗5分だった。第8Rでアレクセーエフも倒している。これが大会一番の好局だと思うので紹介棋譜に。
08/08/01 紹介棋譜4参照
 アンチウィルスソフトの更新が何度もうまくいかず、イライラして本業の更新をしませんでした。機械の反応は重くなりすぎるし、もうノートンはやめようかな。ビール第6Rまでの九局にさして面白いものは無し。強いて言えばカールセン対ドミンゲスだろう。ナイドルフ定跡に6.h3 である。08/03/27 の新手争いを覚えておられるだろうか。再びカールセンは9.0-0 を採用した。ドミンゲスは9...b4 を指さず、Nc6 だった。早めにナイト交換を済ませておけば、白Nc6 が無い。それでもカールセンは白Nd5 を強行したのである。激しい戦いになったが、結果は中盤での千日手だった。
08/07/30
 昨図の10.h3 は黒9手目がKe8 でもNe7 でもBd7 でも、白がよく使う手だ。本を何冊か調べると、g4 からK翼で黒陣を圧す考えとのこと。いまひとつピンとこないが、めづらしく仕事を家に持ち込んでいたので、今日はこんなもんで。
 そういえば、15日放送のNHK『プロフェッショナル』で時間枠を広げて森内俊之対羽生善治の名人戦を採り上げていた。ネットの予告を見ると、二人をライバル物語で追う凡庸な製作姿勢である。でも放送内容は充実していた。物語に収まりきらぬ二人の言葉や表情に見入った。
 「文芸春秋」にも羽生のインタビュー風エッセイが載った。彼はだんだん同じ発言を繰り返すようになってきた。加藤一二三のような大ベテランが将棋への情熱を持ち続ける姿に感銘を受ける、とのこと。『プロフェッショナル』でも、またその前からも言っていた。畏友は、「もう彼のチェスは期待できないかな」。
08/07/28
 ビール大会はカールセンの優勝をあからさまに予想させる顔ぶれになった。いま前半五局を終え、第6Rも済んだ段階で、彼が3勝0敗3分で単独首位である。
 第3Rまでの九局から、ドミンゲス対アレクセーエフでも見ておこうか。またもや"中国流"ベルリン9...Ke8 なのである。もう流行戦法と呼んでもよかろう。
 図は10.h3 まで。中国流は9...Ke8 よりも、ここで10...Be7 と指すあたりから考え方がはっきりしてくる。2001年ヴェイク・アーン・ゼーのカスパロフ対クラムニクが模範局のようだ。Informant 80/356 にクラムニクの解説がある。10...Be7 は黒Nh4 を狙った手だ。位置の不安定な黒馬を交換したいのだろう。
 カスパロフは10.Bg5 でナイト交換を拒否した。クラムニクは好手記号を付している。昨年のW杯で"9...Ke8 再興の祖"周健超を破ったアダムスは10.Rd1 だった。ドミンゲスは10.g4 である。白の応手はいろいろあるが、とりあえずこの三手を代表例としておこう。
 手広い定跡なので、私のにわか調査ではこれ以上はまだわからない。以後気にしてみる。
08/07/27
 ミクシィで『ネコナデ』の評判を読むと、どれもこれも「猫が可愛い」「癒されました」だ。他に言葉を知らないらしい。これでは『グーグーだって猫である』を見ても同じ事を言うしか無いだろう。批評言語の貧しさはチェスにも言える。二人の人間が、似たレイティングで、同じ序盤定跡を使い、共に攻撃的であれば、多くの解説者はもう棋譜以外のエピソードで両者を語り分けるしかない。
 Informant 100 の新手賞は07/06/22 で図にしたエリャノフ対カリャーキンの12...Nxf2 だった。a6型スラブであるがボロガンの本には載っていない。好局賞では第四位だった。なお、大差ながら新手二位には、07/06/08 で紹介したグリシュク対ルブレフスキーの16.Bf3 が着けた。従来は16.exd6 だった。新手が強手18.Nxd5 を用意していることがわかる。好局第五位だった。
08/07/26
 感覚のわかりづらい流行定跡の筆頭はa6型スラブだろう。これを編み出したチェバネンコはモルドバでコーチをしてた。考える時はいつも寝っころがったそうだ。手待ちの発想が上手な人で、ある弟子に3.Nc3. a6 というカロカンを伝授したらしい。4.Nf3 を誘って4...Bg4 を狙うのだ。
 一番弟子のボロガンがa6型スラブの本を出した。とても詳しい。べらっとめくって私が理解したことをメモしておく。
 図で普通の感覚なら、5.e3 か5.Bf4 だろう。どちらか相手に決めてもらい、前者なら5...b5、後者なら5...dxc4だ。いづれも後備のa6ポーンが心強い。5.cxd5. cxd5 なら交換型スラブだ。6.Bf4 から7.e3 には、6...Nc6 から7...Bg4がある。黒Bg4を指せるのが、Pe6を指さなかった手待ちPa6の自慢だ。
 形を決めない定跡だから、白には他にも5.a4, 5.Bg5, 5.Ne5 などいろいろあって、ボロガンはすべてを解説してくれる。もっとも、丸暗記よりはそれらに通低する柔軟さの会得が大事なんだろう。
 対策の難しいのが言わずと知れた5.c5 で、これには5...Nbd7 からPe5 を狙う。これもPe6を指さなかった御利益だ。明色ビショップが閉じこもる心配も少ない。
 この定跡は白にもちょっと変な感覚を強いるのが面白い。私はタラッシュ防御ばかり指してきたが、転向しようか。
08/07/25
 私は猫が好きだが、嫁も相当である。映画館に早く着いてしまい、上映まで二時間もあった。「ポニョ」にする?と思わず問う私に、断固として彼女は初志貫徹の「ネコナデ」を見るべきだと主張した。二時間後、客がたった七人で一日一回という上映を我々は体験した。
 真面目一徹の人事部長を大杉漣が好演している。社員の首切りを推進する彼が、道端に捨てられた子猫を見捨てることができなくなる、という映画である。矛盾するようで、実はどちらも使命であることに変わりは無い。それがだんだん伝わる。けれど、片方は放棄できないこともない。
 監督は大森美香。テレビで働いてきた人にしては、淡々とした映画である。子猫が可愛くて騒ぐ類の女を出さず、観客に爆笑も号泣も要求してこない。ありがちな展開が多いが、ああのんびりした、と気分良く席を立てた。
08/07/24 紹介棋譜5・6参照
 Chess Informant 101 も出ている。前巻の好局ベスト10を見る。一位は52点のニールセン対イワンチュクだった。私が何も触れてないチェスである。チュッキーが優勝して当然の大会だったからだ。51点で僅差の二位は聞き覚えの無い棋士がティヴャコフを倒した一局である。どちらも面白い。紹介棋譜にしておこう。なお、三位は再びイワンチュクで、07/06/30 で紹介したシロフ戦である。対して、全三十位までの中にトパロフは一局も無かった。07/05/24 のサシキラン戦とか良いんだけどな。
08/07/23
 昨年に活躍した棋士が選ばれるチェスオスカーがとっくに決まっている。得票数がわからず、ご紹介できずにいました。たぶん、下記のとおり。一位アナンド(2419)、二位クラムニク(1848)、三位カムスキー(1210)、四位カールセン(1001)、五位トパロフ(994)、六位イワンチュク(993)、七位アロニアン(894)、八位モロゼビッチ(743)、九位ゲルファンド(425)、十位ラジャボフ(330)。メキシコとワールドカップが重視されている。前回と比較したい方は07/05/25 を御覧ください。レコは来年復活するだろう。
08/07/21 紹介棋譜7参照
 最終日は全局ドロー。真面目に指した人も居たので仕方あるまい。ふたつ勝ち越した四人の同点優勝で終わった。ヤコベンコは二連覇である。品のある棋風が好きだ。第6Rを紹介棋譜にしたい。
 白ヤコベンコはバランス良く駒を配置し、黒ボロガンはナイトの位置の微調整に手数を掛けすぎた。おかげで図では差がついている。b1 ビショップの収まりの良いこと。これが最後に黒王を刺す。
 もっともそれはまだ先の話だ。ここで26.f4 に捨てたのが本局の見せ場である。26...Qxf4 で取らせて27.Ne7+ 以下、eポーンをパスにする構想だ。26...Nxf4 はKQ両取の筋がちらついて指せない。それも面白いので変化手順に含めた。
 威圧感や疾走感に欠ける勝ち方だが、私は憧れている。追記 これを書いた日にChess Today も本局を解説した。遅いよ。とにかく、それによると、26...Nxf4 は27.Rc5 から28.e5 以下29.Nxh6 の猛攻を食らうとのこと。また、31...Bc8 ならまだ粘れたそうな。
08/07/20 紹介棋譜8参照
 第7Rは二局で勝負が着いた。ボロキチン対シロフは、08/03/08 で触れたアナンド対シロフと同じ局面になった。もちろん研究済みだろう、20...f4 に手を変えて勝った。これで単独首位である。ところが第8Rで唯一勝負が着いたガシモフ対シロフは、白が勝ってしまう。つまり、6Rまでの首位三人にガシモフまで加わって、四人が同点で並んだのである。
 シロフはマーシャルだった。最近は12.d3 戦法によるマーシャル破りの代表格だっただけに意外だった。警戒してか、ガシモフは12.d4 から15.Be3 の古典的な対策を選んだ。途中でやや珍しい20.Nf1 に切り替えたが、それでも25.h4 までは1989年のナンの名著にあるとおりの手順だ。あまり面白くないが、20.Nf1 が流行った時のことを考えて紹介棋譜に含めておく。
08/07/19 紹介棋譜9参照
 第6Rは四試合も勝負が着いた。勝ったのはヤコベンコ、ガシモフ、シロフ、王晧である。ルブレフスキーだけが引き分けだったので、ヤコベンコとシロフが首位に追いついた。
 王晧はフランス防御を使った。互いにはっきりした悪手の無いチェスである。大局観でサトフスキーに差をつけたわけだ。これを紹介棋譜に。
 図でa4のルークが目に付く。初期位置のh8からg2の白ポーンを取ってここまで流れてきた。こうなると他の駒が動いてない道理で、a8のルークとc8のビショップがフランス防御の欠点をあらわにしてる。逆に言えば、中央を頑強に耐えながら、ルーク一本で敵と渡り合う悪力に魅力がある。好きな定跡だ。
 私なら25...Bd7 からBc6 を考える。これでa8ルークも動き出すだろう。Fritz も同じ判断だった。けど、王晧はもっと才能のある駒の展開を見せてくれた。25...b6 である。この筋のポーンを消してからRb8 がb2の白ビショップに当る。うまい目の付け所だ。
 これを守るため、白はQ翼を薄くした。そこを狙って黒はPe5 からBxh3 である。初めて明色ビショップが動いた。h筋に止め様の無い黒のパスポーンが出来ている。いきなり大差がついたように見えるのが愉快だ。
08/07/18 紹介棋譜10・11参照
 最終日までの棋譜を並べ終えた。オニシュクとボロガンまで中国流を採用し半点を稼いでいる。認知されたようだ。
 初日で勝った首位三人が第5Rは三様だった。ヤコベンコはドローで半歩後退、そして王晧対ルブレフスキーの直接対決は攻めと受けの激突になった。図の17...h6 に18.Nxf7 である。
 18...Kxf7 に19.fxe6 を取れない。気がついたルブレフスキーは17...h6 を後悔したろうか。それでも黒は、b7地点からg2地点までの対角線で敵王を直射している。たぶん、王晧はこのラインを一回は受けておくべきだった。それから、駒成りのタイミングも間違えたので、"下成り"で我慢せざるを得なくなった。かくて駒割りの差が歴然となることを認め、王晧が投了した。けれど、新興中国勢の中でも彼に一番見所がある。08/04/21 の一局と合わせ、私はそう思った。
 とにかくルブレフスキーが単独首位に立った。ほか、イナルキエフ対シロフも後者会心の一局である。この二局を紹介棋譜に。
08/07/17 紹介棋譜12参照
 さ、ポイコフスキーに戻ろう。第3Rもすべてドローだった。激戦のヤコベンコ対ルブレフスキーを紹介棋譜に。図から、18...Nxc2 以下、19.Bg5. Nxa1, 20.Bxf6. Qc5, 21.Qd2 と進むと知ったら並べたくなるでしょう。
 第4Rはボロキチンとガシモフが勝ち。初戦を落とした二人が星を戻した。それより、ドローが見逃せない。サトフスキー対ヤコベンコが、私を喜ばせた08/01/29 のマーシャルと30手まで同じだった。
 それから、シロフ対王晧のベルリンも気になる。06/05/09 で黒9手目の難しさを書いた。また、周健超がベルリンを得意にしてることを07/12/20 で書いた。彼の9手目はいくらか珍しいKe8 である。この手で今年のバクーでは王ゲツがカリャーキンを破っている。そして今場所の王晧もまたBe7 だったのだ。こうなると9...Be7 を中国流ベルリン防御と呼びたくなる。共同研究なのか。
08/07/16
 遊んでしまったので映画の話でも。仕事の資料探しで大阪府立図書館に行ったついでに、ガンス『鉄路の白薔薇』を借りてきた。1922年の無声映画である。ビデオなので、職場の視聴覚室に忍び込んで見た。三時間もある。でもオリジナルはもっと長かったらしい。機関車やロバによる最初の素晴らしい一時間が済んだ後にうじうじとした場面が続く点を別にすれば、名高いだけのことはある作品だった。
 目の見えない主人公に気づかれぬようにして、別の人間が家に住み着く、という発想に驚いた。『暗いところで待ち合わせ』を読んたばかりだったのだ。やはり、前例の無い話などいまどき無いらしい。乙一の八〇年も前の映画だ。また、乱れた居酒屋の情景をじっくり見せる場面がある。いきなり現れるのが、空席の椅子に立てかけられたチェス盤だった。正式な競技で使えそうな一品であるが、最後までほったらかしだった。知的な遊びに関心を持つ客などいない、ということを表現したかったのだろうか。
08/07/14 紹介棋譜13参照
 第2Rは打って変って全局ドロー。やる気の感じられたのはボロキチン対ボロガンだけだった。それも面白くはない。けど気になる場面があった。個人的に好きなのだ。比較的簡素な終盤で、不利な方はどう粘り、有利な方はどう決めるか。
 図は38.Bb6 まで。P得で、ポーンが左右に分かれたB対Nだから、これは白が勝てるよなあ、と私は思う。問題は粘り方だ。Fritz は38...h5 を推奨した。ただし、39.gxh5 で白h3ポーンがパスになる。白は機を見てg2とf4のポーン交換をし、hポーンを自然に押し上げれば、勝てそうだ。
 Fritz の手順に難しいところは無い。それでか、ボロガンが指したのはわけわかんない38...Nb8 だ。そうしてから39...h5を決行した。が、これでは悪手なのである。
 夢多き私は、ボロガンが悪手と知りながら指した勝負手と思いたい。上記の自然な流れを信じて、相手がすっと40.gxh5 を指すことに賭けた、と想像して楽しむのである。実際、ボロキチンは40.gxh5 だった。しかし、本当は40.h4+ が好手なのである。40...Kg6 に引くより無く、41.g5 で強力なパスポーンが生れたはずだ。40...Kxh4 なら41.Bd8# ではないか。38...Nb8 が悪手になってる。
 それでもまだ白が有利だろう。ただ、瞬間のピンチが過ぎて、黒Nd7 が実現したら粘りやすくなっていた。Nc5 やNf6 でe4ポーンを脅かせたからだ。白王がなかなか四段に上がれない。38...Nb8 が好手になった。
 残り最後までFritz を走らせて検討したが、いま述べたほどの明白なミスは両者とも無かった。ボロキチンが有利なポーン終盤に持ち込んだように見えたが、実際はこれでドローが確定したようである。そのあたりのボロガンの見切りも見事だった。
08/07/13 紹介棋譜14・15・16参照
 ポイコフスキーは華々しく三局で勝負を着けて始まった。勝ったのはヤコベンコ、王晧、ルブレフスキーである。後二者を紹介棋譜に。ルブレフスキーの落ち着いた大人の勝ち方に感心した。
 でも、この日は引き分けが凄かった。サトフスキー対シロフも紹介棋譜に。図は16...Nxg3まで。並べればわかるが、サトフスキーには読み筋の馬僧交換である。
 これを17.fxg3 で取って見せたのだ。形にこだわる人には指せないだろう。b6 からg1 までのラインがこわいよ。もちろんシロフは17...g4 だ。それを18.e5 に切り返すのが狙いの一手だった。黒gxf3 なら白Qg6+ である。白だってb3 からg8 までのラインを持っていた。以下、全駒が敵陣に向う。
 ルークを捨ててサトフスキーは攻め込む。シロフはNxd4 からNf3++ を実現させる。冷静な形勢判断が意味をなさない激戦だった。千日手になりかかったが、シロフはクィーンを切って戦いを続けた。
08/07/12
 キエフにショートを招いてカリャーキンが迎え撃つ、という早指しマッチがあった。結果は7勝2敗1分で若い方の勝ち。ショートはキングスギャンビットからブダペストディフェンスまで多彩な定跡を使った。それはそれで準備不足の苦し紛れかもしれない。でも、観客は喜んだはずだ。なお、キングスギャンビットに対し、カリャーキンもファルクビアで突き返したことも書き添えておく。この一局はベテランが勝った。
 買った本もあり、いろいろ書きたいことがあるけど、ポイコフスキーでカルポフ杯が始まっているのでそっちを見よう。超トップクラスの出場は無い。でも、シロフのようなベテラン、ヤコベンコのような中堅、王晧のような新人などを、バランスよく十人揃えた。しかも個性の明確なチェスを指す棋士が多い。期待していい大会である。
08/07/11
 原田泰夫が八十一歳で亡くなって四年になる。今日は命日だ。書の良し悪しのわからぬ私だが、「将棋世界」に連載されていた「今朝の一筆」は最終回まで鑑賞していた。銀座の鳩居堂で遺墨展が開かれているという。下記は畏友の報告です。
 展示作品は八段時の「三手の読み」から、亡くなった年の「安心立命」まで全39点。原田節がつづられた巻子(「原田愛語」「原田語録」)も見ものでした。写真パネルや書籍、戦前のノート、原稿執筆用の小さな駒(宮松影水作とのこと)の展示もありましたが、これらも本当に丁寧に、美しく配置されていて、ご家族の思いが伝わってきます。
 お知り合い達が思い出話に花を咲かせていて、とてもステキな雰囲気でした。お祝いの花もいっぱいで、屋敷伸之、佐藤康光の名が目にとまりました。受付には中田宏樹と藤倉勇樹が。原田先生の声や佇まいが思い出され、つい引き込まれ見入ってしまい、 結果、「失礼ですが、書家の方ですか?」。フリをすれば良かったなあ、、、。13日まで。
08/07/10
 さて今月のリトル・アリョーヒンはどうなったかな。小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」の連載第二回である。いよいよ現代版「トルコ人」としてデヴューしていた。作者はすでに羽生善治との対談で予告してたから、それくらい言ってもよかろう。また、前回で散りばめられた素材がいろいろ活きてきた。
 狭い所に閉じこもる場面は、他の作家でもよく見かける。が、小川が書いたのは、多く子宮回帰として読み解かれるそれらの愉悦とは別の志向だ。主人公は、自分の存在を隠したい、ひっそりと生きたいという、この世では必然的に受難を伴う願いの持ち主なのだ。それが、チェス卓の下に我が身を押し込むという苦行を彼に強いるのである。
 不満をひとつ書けば、音の表現が物足りなかった。駒音は精緻に描写されるわりに、小川の「トルコ人」は歯車がきしみもしないのである。それならそれで「きしみもしなかった」と書いて欲しかった。機械の雰囲気がまったく伝わらない。

戎棋夷説