紹介棋譜 別ウィンドウにて。
HOME
現在に戻る
The 61st Russian Championship SuperFinal, Moscow

08/10/20
 WMSGについて函館チェスサークルが日本代表の健闘を伝えてくれているのを、ケレス65さんブログで教わった。第一回大会に参加したという意味は大きい。ただ、一年にこれとチェス五輪との両方に参加する、という負担が気になる。
 ソフィアルールの適用のおかげかロシア選手権は最終日もよく勝負が着いた。モロゼビッチ対マスラクはモロが勝ってトマシェフスキーと並び、首位と半点差で終えた。この人は不調でも最後まで実力を出し切る大会が多い。
 よみがえったのがスヴィドレルだった。アレクセーエフを相手に図で22...Be3 である。後は勢いの勝利だ。今年からカロカンを覚えようとしてるらしい。ほか、ヤコベンコ対ヴィチューゴフは白の勝ち。この結果、スヴィドレル、ヤコベンコ、アレクセーエフが勝越し3の同点首位になった。28日に早指しのタイブレークがある。二年前はヤコベンコとアレクセーエフの決戦になり、後者が勝った。私には意外な流れと結果だったから印象に残っている。
 竜王戦が始まった。第一局はパリ。ネット中継の記事が素晴らしい。いま81手7七同桂まで。羽生優勢ってほんと?
08/10/19 紹介棋譜1参照
 ラス前第10Rで二人の首位者はどちらも黒番だったが明暗が分かれた。ティモフェーエフは彼らしくない無理を重ねてヴィチューゴフに敗れた。サカエフ対アレクセーエフは紹介棋譜に。
 定跡はアレク得意のニムゾインディアンで、私の資料では5勝1敗20分の実績を誇る。本局も白にパスポーンを作らせながら余裕のある指し回しだった。図で39...b4 がそのクライマックスである。40.Rc2. Nd6, 41.Rxc5 で駒損だが、41...b3 がうまい。白が黒a4 を拒んで42.a4 なら42...Rf2+, 43.Kxf2. Nxe4+ の狙いだ。これは黒Nxc5 からNxa4 で大差になる。
 そこで本譜は40.Kh3 が選ばれ、黒はすんなり40...a4 でb3 のパスポーンを強固にできた。もちろん、e4 ポーンも取れる。おまけに40.Kh3 が悪手だったようだ。44...Nf2+ が好手順のチェックになったからである。40.Kg1 が正着だろう。
 これでアレクセーエフが単独首位に立った。半点差の二位がビチューゴフである。ほか、トマシェフスキーが調子を出してきて勝った。彼は最終日にもティモフェーエフを破ることになる。
08/10/18 紹介棋譜2参照
 案の定、ロス市警は三浦和義を新証人新証拠の用意も無く捕まえていた。さて、第8Rはスヴィドレル対ヴィチューゴフがあった。黒が絶妙手を逃してドローにし、他の二位選手を助ける一局になった。勝負が着いたのは一局だけで、モロゼビッチが、前日まで鳴かず飛ばずだったトマシェフスキーに敗れてしまった。さすがにこれで優勝は消えた。
 第9Rは四局も決まった。ティモフェーエフ対スヴィドレルを紹介棋譜に。図で16.Rh3 というセンスが良い。こんな手があるから私はずっとティモフェーエフを応援してきたのだ。黒も初志貫徹の16...Qa8 でg2地点を狙ってきたが、白の方が一手速い。スヴィドレルはそこを読み違え、技を食らって19手で終わった。強豪同士では近年出色のショートゲームだと思う。これで首位が入れ替わった。
 ほか勝ったのはモロゼビッチ、ヤコベンコ、アレクセーエフだ。つまり、ティモフェーエフとアレクセーエフが同点首位である。この二人に優勝争いが絞られたように感じたが、いやいや、残り2Rにまだ波瀾があった。
08/10/17
 書くことが溜まってますが、鈴木宏彦『イメージと読みの将棋観』が面白くてチェスどころではないのです。ある局面を竜王経験者六人に見せて、それぞれの読みや大局観を披露していただこうという企画です。似た本に島朗『読みの技法』がありましたが、あれは期待したほど参加者の違いが出なかった。その点、今回は評価の分かれる図がうまく選ばれた気がします。著者の編集が良いのでしょう、同じ意見が並ぶ場合でも、発言の微妙なニュアンスの差に現れる棋士の個性が楽しい。そんなわけで、将棋が持つ多様な価値観の豊かさを活かした好著です。
 たくさんの魅力から一つだけ言えば、局面を選ぶセンスが楽しい。だって、対局者の名前を伏せて初代大橋宗桂対本因坊算砂なんかを渡辺明に見せるわけですよ、すると彼ったら、「この将棋は少し前に見たことがある。平成の将棋でしょう。えーっ、江戸初期の初代宗桂の将棋?なんで?」。森内俊之も、「えーっ、これが初代宗桂の将棋ですか。見た瞬間、羽生佐藤戦かと思った」。そうさ、「父」よあなたは強かった!
08/10/16 紹介棋譜3参照
 第6Rは全局ドロー。第7Rが面白かった。勝ったのはヤコベンコ、アレクセーエフ、ティモフェーエフ。後者二名はビチューゴフに追いついて二位が三人になった。
 一番の熱戦はイナルキエフ対モロゼビッチのドローだろう。図は41.Ke5 まで、この白王を見るだけで伝わるものがあるはずだ。中央の黒ポーンを堰き止めるために出てきたのが始まりで、このあとd7まで侵入し、最後はf4で終戦を迎えた。紹介棋譜に。ここまで0勝4敗2分でさんざんのイナルキエフだったが、モロゼビッチ復調の勢いを止めたわけである。序盤も興味深く、07/02/21 でイワンチュクがトパロフを破り話題になった新構想が使われた。
 ボンのセコンドたちも紹介しておこう。アナンド陣はいつものニールセン。それとカシムジャノフにヴォイタシェクだ。後者は07/11/08 で触れたことがある。もう一人、インド強豪のガングリーも。ほか、カールセンも加わりそうだったが、ボンには来ていない。クラムニクはトパロフ戦の時のルブレフスキーにレコ、フレシネを加えた。
08/10/15
 第5Rは四局も勝負が着いた。ヴィチューゴフがラスティンのニムゾを上手に破って半点差の単独二位に上がった。ヤコベンコ対モロゼビッチは図で15...Na5 が面白かった。もちろんヤコは16.g5 である。そして16...Nc4。黒ビショップは大丈夫なのか。17.Bc1. b4 をFritz で調べると、変わった手順があって死なない。モロの不思議なところだ。ヤコも取りにいかず、実戦は17.Bd4. e5, 18.Bxe5. Bxg5 の乱戦に進んだ。しかし力比べになると、次第に差が出る。モロゼビッチが27手目で駒得になり、あとを抑え込んで57手の勝利を得た。この組み合わせは、妙にモロゼビッチが勝てない因縁のあることを何度かお伝えしたが、やっとこれで厄払いか。ほかはティモフェーエフとアレクセーエフが勝った。
 このまま私はロシア選手権を語り続けるより無いが、いよいよ今日からボンでアナンドとクラムニクのマッチが始まる。チェスドクター氏によれば、長い持ち時間での対戦成績はクラムニクの6勝4敗41分とのこと。カスパロフ戦、レコ戦、トパロフ戦、すべてクラムニクの勝ちを予想し当ててきた私だけど、今度は結論が出せぬまま開幕してしまった。
08/10/14 紹介棋譜4参照
 第4Rは全局ドロー。前ラウンドからもう一局とりあげたい。ヤコベンコ対アレクセーエフである。ヤコの終盤をこれまで何度も取り上げてきた。今度も見事だ。図で53.Bf6 と指すのである。もちろん白のP損になった。おまけにQ翼に駆けつけるのは黒王が速い位置だ。ところが、ヤコはのんびり55.a4 である。実はこれで決まった。白の勝勢である。こんなことってあるだろうか。ぜひ並べてください。ほんとにきわどい。ヤコベンコは実戦でどう見切ったのだろうか。
 ベルリン防御の中国流9...Ke8 を破ったということも本局の価値を高めよう。13手まで07/12/20のアダムス対周健超や08/08/11のカリャーキン対王ゲツと同じである。ヤコの工夫は暗色ビショップを使うのを遅らせたことだろうか。代わりにナイトをh5まで急ぎ駆ってg7地点を狙わせた。よくわからぬが、それで黒ルークの動きが制限されたのかもしれない。
 英国チェス協会が最優秀書籍賞にBareev とLevitovの"From London to Elista" を選んだ。下馬評どおりというところだ。すでに08/03/21 で触れた本だけど、いまだ読めてない。
08/10/13 紹介棋譜5参照
 第3Rはスヴィドレル対リアザンチェフが凄かった。定跡はリア得意のフランス防御で図になった。18...Nb4, 19.a3 まで。19.Qb3 の方が安全だろうが、スヴィドレルは油断していたのか、それとも「来いっ!」という気分だったのか。黒馬は引かず、19...Rxc2, 20.axb4. Rxc1+、リアザンチェフの猛攻が始まった。駒割はRRN対QPPPPPでわけわからん。そして白王の逃げること。義平に追い回される重盛みたいだった。逃げ勝つのである。リアが網を掛け損ねたらしい。
 ほか、ヤコベンコとティモフェーエフが勝った。三連勝のスヴィドレルが単独首位である。以降ずっと引き分けを続け、いま8Rが終わっているが、それでもまだ順位に変わりは無い。
 WMSGはほとんど報道されず、あまり盛り上がってるとは言えない。開催国以外はチェスの有力選手を送っていないようだ。それだけに、コステニウクやステファノバの活躍はありがたい。私の不満は長い持ち時間の対局が無さそうなことである。心身二元論に固執する気はないけれど、ブリッツは胸を張って誇れるマインドスポーツではなかろう。
08/10/12
 二月のこと、1984年のロス疑惑で日本のブラウン管を独占した三浦和義が、旅先のサイパンで捕まったと聞いて、畏友も私もフィッシャー事件を連想した。アメリカの権力は執念深い。身元不明の遺体が発見されたのは1979年、疑惑につながった銃撃事件が1981年だから、三十年近い捜査と追跡である。私はフィッシャーが捕まった理由がわからなかった。それは、この執念深さが私の理解を超えていたからだろう。
 直感的に思ったのは、警察は三浦を捕まえたくて捕まえたのだろう、である。いまさら厄介な裁判を始める以上、ロス市警は重要な新証人や新証拠を握っているはずだ、と考えるのが常識だろうけど、私は案外無罪放免で終わる気もしていた。正義や真相究明よりも「捕まえる」ということが大事で、それはフィッシャーや三浦へではなく、私たちに向けたメッセージになるのである。
 さて、フィッシャーと違って三浦は守ってくれる有力者がおらず、裁判の待つアメリカへ送られてしまった。一昨日のことだ。そして昨日に自殺した。私は三浦は殺人者だと思っているから、1985年の逮捕よりも2003年の無罪判決が不満だった。でも、彼の裁判が不可能になって残念とか、そんなことよりどうしても先に立つ思いは、つくづくフィッシャーは幸運だった、である。あの結末は未だに信じられない。
08/10/11 紹介棋譜6・7参照
 第2Rでモロゼビッチ対スヴィドレルの激突があった。イナルキエフ対ヴィチューゴフも好局だった。この二局を紹介棋譜に。どちらも黒が勝った。ほか、アレクセーエフとラスティンも勝って、後者がスヴィドレルと並ぶ首位だ。
 34手から始まるスヴィドレルの敵陣突破は、好調なんだなあと思わせるものだった。でも図は終盤を掲げたい。一時は3Pもついた差をモロゼビッチが粘った場面である。とはいえ、やはり白が良い。さてK翼の形をどう決めるか。
 私なら66...h5 である。Fritz にかけてもそれで悪くはなさそうだ。けれど、ここは66...g4 と指すものらしい。Fritzが推奨するし、実戦もそう進んだ。白ポーンを封じる、という狙いだろう。勉強になったなあ、と思った。
 それでもこのあとモロゼビッチは71.f4 を突いて勝負に出た。さっきの学習が正しければ、黒は71...gxf3 と指すべきだ。分断された黒ポーンを狙って白王が寄ってくるだろうが、その間に黒王はQ翼へ転戦してこっちで勝勢を築く。Fritz はそんな手順を教えてくれた。
 ところがスヴィドレルは71...h4 だった。そしてモロゼビッチは72.gxh4。私はこれも理解できない。ポーンがバラバラになってしまい、これで敗勢が決定したと思う。Fritz で調べたら72.Kc5 が面白そうだ。以上すべて変化手順に加えたので、興味ある方はご覧ください。
08/10/10
 ロシア選手権決勝大会は初日からスヴィドレルが快調で、イナルキエフを大技で一蹴している。モロゼビッチはサカエフの時間切迫に救われて勝った。ほか、ラスティンとリアザンチェフも勝った。
 文庫化によって三十九年ぶりに復刊された『お前はただの現在にすぎない』はテレビ論の古典なのだという。じゃあ読んでみましょう。三人の共著で、そのうち萩元晴彦の自筆年譜を読むと、1965年の記事にこうあった、「坂田栄男対林海峯の囲碁名人戦を取材し、『勝敗』と題し放送、『テレビは時間である』という漠とした予感を抱く。この作品で鉱脈を掘り当てた気がした」。私も見た記憶のある番組では、「遠くへ行きたい」「オーケストラがやって来た」「北京にブラームスが流れた日、小澤征爾原点へのタクト」などを作った人だ。「聖の青春」もそう。藤原竜也と小林稔侍が演じたやつだ。これが放送された2001年に亡くなっているから、主人公と自分とを重ね合わせたりしていたのかもしれない。それにしても、「テレビは時間である」とはどういう意味だろう。読み終えればわかるかな。
08/10/09
 年末行事だと思ってたロシア選手権の決勝大会が、WMSGを尻目に開催中である。いま4Rを終えて、トップに立っているのはスヴィドレルだ。参加は十二人でモロゼビッチ、ヤコベンコ、アレクセーエフなど。こないだの上級リーグとは七人が同じ顔触れで、そのうちラスティンが半点差の単独二位につけてる。07/09/08 で覚えた名だ。
 棋譜並べはこれから。本の話でも。"Garry Kasparov on Modern Chess" の二冊目が出た。"Predecessors" と合わせれば七冊目だ。全部で三万円は超えたろう。とっくに私は読むのを諦めてしまった。でも、すべて揃えておかねば、こんなブログは書けなくなる、ということはわかる。
 背表紙には"Part Two: Kasparov vs Karpov" とあるが、表紙はより正確に"1975 -1985" と付記されている。カルポフとの対局をひとつ残らず書きたい、という意思をカスパロフは持っているから、その第一冊目ということだろう。第一局は世界王者になったばかりのカルポフがバクーを訪れた同時対局だ。著者は十二歳だった。もちろん、第五局からはあの長いマッチが語られ、一冊は第七六局の新王者誕生で終わる。このふたつの世界戦が中心だ。
08/10/05
 世界に意味を失っているようでいて、でも、それゆえ「スカイ・クロラ」原作の主人公たちは世界から解放された空を愛している。対して、映画でも空は美しく描かれているが、その青はどことなく重い。世界と地続きの空である。両者の一番の違いを言えばこれだ。
 畏友が、「WMSGは週末からですか。ライブを見ようかと」。はて、彼はプロレスが好きだっけ。あ、ワールドマインドスポーツゲームズだ。Keres65さんがブログでずっと紹介なさってた。要するにブリッジやチェスなどのオリンピックで、第一回大会が北京で開催されるのである。日本代表の健闘をお祈りします。チェスドクターさんのブログによれば、チェスの世界ランクは参加六〇ヶ国の五十四位だ。囲碁は気合いが入っており、大竹英雄を団長に、山下敬吾、羽根直樹、高尾紳路、依田紀基など最強棋士を送り込む。個人戦優勝なら二百万円、団体戦なら一人あたり百万円という報奨金も出る。付記。08/11/14, 08/12/03 にも。なお囲碁は振るわず、団体三位が最高だった。
 厳密に計算すると実は今日で結婚一周年です。「有馬温泉!」という嫁の一声で両家の親たちがわらわら集まってくる。二十以上も歳の離れた結婚ということで、最初は猛反対に会い、ご挨拶した梅田のブルディガラでは、周囲の客の視線を集める大激論になったものです。それが今ではしきりに呼んだり呼ばれたりできるようになれて、ありがたい限り。そんなわけで更新はお休みをいただきます。
08/10/04
 そうそう、「おくりびと」では笹野高史が将棋盤を前にする場面が何度かあった。詰将棋が好きな役なのだ。俺は一人っきりで構わないよ、という性格が効果的に伝わった。
 嫁が森博嗣の大ファンなので、「スカイ・クロラ」シリーズを全六冊読めた。逆接がつなぐ世界観である。たとえば、「でも」と言ってみる。「無意味だ」で始めると一層雰囲気が増す。「無意味だ、でも、他に何か意味のあるものが思い浮かぶわけじゃない」。いかにも森博嗣の『スカイ・クロラ』っぽい語り口になったろう。フロイトの言うごとく、夢には接続詞が無い。これは言葉だけができる技である。
 押井守の「スカイ・クロラ」は、彼の作品のどれでもいいかもしれないが、たとえば「イノセンス」なら、トグサが同じ場面で同じ行動を繰り返すうち次第に自分が存在する世界のリアリティを失ってしまう、そんな彼らしい関心を引き継いでいる。永劫回帰する世界は生きるに値するかということだ。原作と無縁とまでは言わないが、本質的に別物だと思う。
 永劫回帰とは今風にいえば歴史の終わりだ。もう何年もこれを考えてる私にはとても面白かった。理屈でなくこの感じをどう伝えるかが、映像作家の課題だが、新聞の丁寧な畳み方や、大きな回転盤を使ったオルゴールなど、見事に決めてくれた。冒頭の音楽もとても良い。
08/10/03
 「おくりびと」を観てきた。客の年齢層が高い。席がよく埋まってるのもうれしい。さすが関西のおばちゃんたち、よく笑い、泣く。館内いい雰囲気だった。客の会話や携帯音さえも許せてしまう。こんな人たちにこう喜んでもらえる映画がもっとあっていいだろう。
 主演が本木雅弘だから、「シコふんじゃった。」や「ファンシイダンス」の納棺師版だ。死の取扱いについて、こないだは「始めと終わり」のラテンパワーに圧倒されたが、「おくりびと」は和心で黙らせる。納棺師の様式化された所作が美しい。ああ見せられてこそ、死者の尊厳ということが理解できる。
 それにしても今年は邦画がすごい。この一年で一本だけ選ばせてもらえれば「スカイ・クロラ」だろうか。多くの映画に言えることだが、特にこれは映画館級の画面と音響でないとダメだ。押井守の中でも「天使のたまご」なんかが好きな人には絶対にオススメである。
08/10/02
 日本棋院で行われている囲碁史会によく参加している畏友である。こないだは相場一宏が、囲碁の起源を碁盤から探る試みを発表したという。『天元への挑戦』や『基本手筋事典』の仕事で知られる人だとか。畏友はこの人の文章を気に入ってるそうだ。
 碁盤の祖形をさかのぼると、殷の時代の占いの道具にいきつく、という話である。まったくの新説というわけではなく、二十五年前にも発想の重なる小論を発表しており、かねてからの持論である。いづれ本にまとめるつもりのようだ。
 簡単に言うと、盤の上に玉をバラバラっと散らす。その散らばり方で占うらしい。玉の位置を測るために盤にはタテヨコの細い線が引かれていた。それが現在の碁盤になってゆくというわけだ。
 玉を「圭」という。畏友が送ってくれた「囲碁史会会報」(第9号、本年9月)によると、もとは「上部がふくらみ、下部が平らだったようだ」。おお、と思う。まさに中国の碁石ではないか。
08/10/01 紹介棋譜8参照
 中国とロシアの交流戦が今年もあった。男女五人づつ。中国男子は卜祥志や王ゲツなどほぼ最強の布陣である。ロシア男子はスヴィドラーだけがベテランで、ヤコベンコ、イナルキエフといった若手強豪を率い、寧波へ遠征した。早指しやブリッツも含めた総合成績でロシアが勝ったという。でも、男子の長い持時間では中国が7勝3敗16分だった。この方が価値ありそう。
 面白い棋譜が無い。1989年生まれの李超が2勝1敗2分だったとだけ書いておこう。アレクセーエフのベルリン防御を破った一局を紹介棋譜に。サンルイのカシムジャノフ対トパロフとよく似ていた。図はその二局の分かれ目である。白ビショップがg5 に行かず、e3 で止まったのが特徴だ。Bg5 の意味は08/08/11 に書いた。
 カシムも李もRfe1 を考えている。ただ、黒Bb4 が嫌なので、前者は13.a3 を入れてから14.Rfe1 だった。しかし、李はいきなり13.Rfe1 だったのである。アレクセーエフは13...Bb4 を見送った。おかげで李はカシムと同じ手順を一手速く進めることが出来た。完勝である。当然の流れとも言えるが、そんな風に勝つのは彼がよく勉強した証拠だと思う。
08/09/29
 初耳組では1982年生まれのボチャロフも健闘した。5勝4敗2分という激しい最終成績だったが、第9Rまで首位に半点差で食らいついていた。マスラクと違ってマメデャロフやヴァレーホなど強豪を倒した実績もある。
 ラス前第10Rのティモフェーエフ対ボチャロフが優勝争いに終止符を打った。並べると、ボチャロフは面白いチェスを指す人のように感じたが、局面理解ではティモフェーエフの方が上だった。急所を次々に制して白の完勝である。これで単独首位に。
 マスラクは不利なルーク終盤を30手近く粘ってみせたが、挽回は素人目にも不可能で、ヴィチューゴフの軍門に降った。最終成績は5勝2敗4分の四位十一位である。満足してると思う。
 最終日の上位者はすべてドロー。ティモフェーエフが5勝0敗6分で優勝した。半点差の二位はヴィチューゴフとイナルキエフである。
08/09/28 紹介棋譜9参照
 今年の将棋王位戦は深浦康市に羽生善治が挑戦した。北海道新聞が速報を頑張ってネットは盛り上がった。そして最終第七局はスリル満点の名局が生まれ、深浦が勝った。現代将棋らしからぬスレスレの受けに興奮した。
 ロシア選手権。五人が首位に並んだ、と書いた第7Rの顔ぶれに1984年生まれのマスラクがいた。聞かぬ名だ。ほったらかしにしていたところ、第9Rでも勝ってティモフェーエフに並んでしまった。これがこのリーグ毎年の楽しみである。
 図は彼の白番で第7Rヴォルコフ戦だ。d4 の孤立ポーンがテーマである。白Ne2 を考える選手では出場資格は得られなかっただろう。先手を取って攻める。黒にNxd4 の機会を与えなかった。16.Bxh7. Kxh7, 17.Nxe6 だ。以下も駒の展開力を活かして、しばらくd4 を受けずに乗り切った。
 もっとも、それで優勢を得たというわけでもなさそうだった。たぶん終盤が強いのだろう。次第にヴォルコフを抑え込み、60手で件の孤立ポーンをやっと取らせた頃には勝勢になっていた。
08/09/27 紹介棋譜10参照
 第8Rはティモフェーエフ対イナルキエフの大一番があった。定跡はルイロペスの中でも、盤端から盤端まで64マスが常に戦場になって、延々とねじりあいが続き、本当の実力が試されるザイチェフである。カスパロフ対カルポフがこれに組むと、横綱と横綱という風格が漂ったものだ。
 そのかつてのKK対決をなぞる手順を本局は踏んだ。Fritz で調べると、31手から37手の間で決まったようだ。まづ33手まで芸の細かい手順で黒が敵陣になだれ込む。が、そこで力をためたのが敗着だろう。きわどく白ポーンの方が一手先に伸びて成れる形になった。
 かくてティモフェーエフが単独首位に立った。半点差で六人が続く。
08/09/26 紹介棋譜11・12参照
 第7Rでニポムニシを引きずり降ろしたのはイナルキエフだった。紹介棋譜に。
 図は13.g4-g5. Nf6-h5 まで。定跡は言うまでもあるまい。引かないニポの13...Nh5 がやや強気に過ぎたようである。守られた所へ突っかけるイナルキエフの14.f4 がうまかった。14...exf4 に同Bかと思いきや、15.Bxb6. Qxb6 で目先を変えたのである。f4地点に利く駒がQになった。そして16.Be2だ。私の目には黒g6 で受けるしかないように見えたが、それは白Bxh5 黒gxh5 で陣形を崩されてからの白Qxf4 が相当悪いらしい。
 ニポも困ったろう、本譜は16...Nf6 だった。もちろん17.fxg6 で白駒得である。以下ことも無く、静かに勝負がついた。もうトップクラスの棋譜で図が再現されることはあるまい。
 これでイナルキエフのほか、ティモフェーエフ、ヴィチューゴフなど五人が首位で並んだ。なかでもリアザンチェフが黒番でモティレフを破ったフランス防御が激戦だったので、これも紹介棋譜に。
08/09/24 紹介棋譜13参照
 五年前にも似たような悲劇に見舞われたけど、あの時のWindows 2000 からXP への乗り換えは、今回のXP からVista に比べたら楽だったなあ。思いもかけず読者さんから慰めのメールをいただきました。ありがとうございます。そんなわけで気を取り直し、十日前に終わっているロシア選手権の上級リーグを振り返ろう。
 56人が11Rを戦ったうち、前半をずっと首位だったのがニポムニシである。図は走り出すきっかけになった第2R黒ズヴャギンチェフ戦で29...Qd2 まで。ニポの受けはなんとも危ない30.g3 で、勝負手30...Rc7 の試練を賜った。でも、ここで正着31.Bxg6+ が見えていたのが才能である。取れば詰むのだ。
 ほんとは図でそう指せていれば決まっていた。実戦は31...Kh6 以下、PPP対B の駒割りでQ終盤に。白が良いようだが難しそうだ。しかし、ここからのニポは堅実で、的確に両翼のポーンを進めて勝勢にした。紹介棋譜に。第6Rまで3勝0敗3分で首位だったのに、残り5Rを1勝4敗0分と崩れてしまい、二二位三五位で終わったのが残念だった。
08/09/23
 九年をかけて集めた私製棋譜集も消えてしまった。何をしくじったのかなあ。機械を使い慣れてない人間には過酷な時代だ。愛用の古いChess Base 7 も新機では不安定である。本欄の図示に使っていたMicrosoft Photo Editor も無くなり、不便なMicrosoft Office Picture Manager に変わっていた。なんとかこれは取り戻したが、こんなことばかりでキリが無い。
 果てしなく落ち込んでると、嫁が今日も映画祭に行こうと促す、「さ、あたしは準備が出来たよ」。かねがね彼女の系図には安土桃山のどこかでラテンの血が混じっているのではないかと疑っていた、その遺伝子が目覚めたらしい。私もリヘン監督に興味を持ったので、元気を出して同監督の「おなじ月の下で」に出かけた。映画祭最優秀映画賞受賞作である。
 子供が法を犯してでも国境を越えて親に会いにゆく、というのは「霧の中の風景」、わけわからんおじさんと親捜しの旅に出る、というのは「菊次郎の夏」。どちらもお国柄と作家性が強烈で大好きだ。「おなじ月の下で」もそうだ。世界も映画も豊かだなあ。どうやって結末にもってゆくのか先を読みながら淡々と見ていたつもりが、ちょっと油断したすきに否応もなく感情移入の波にさらわれてしまった。この一年で最高の映画である。
 どうやって聞きつけたのか、映画好きが集まり、見やすい席がほぼ全部埋まったのもうれしかった。第1回は800人しか来なかったこの映画祭も、昨年は5000人になったという。企画アルベルト氏のおかげだ。
08/09/22
 機械の調子が悪い、と書いた私に昨日の読者さんが言うに、システムのリカバリーをすれば良い、とのこと。せっかくだからマニュアルどおりの手続きを試してみた。すると、あっさり直ったのである。ありがとうございます。ただ、新しい機械を買ってしまった後だった。問題は旧機から新機への移し替えである。うまくやって安心しきって、しばらくして気がついた。過去2800号ほどもあったChess Today がすべて消えている。毎日こつこつ八年間ため続けていたデータが蒸発したのだ。嫁の慰めは「警視庁に持ってけば?」。
 茫然自失して棋譜が読めないので、昨日みた映画でも。なんばパークスシネマで第五回スペイン・ラテンアメリカ映画祭という企画が開かれている。短編作品集の上映が素晴らしかった。五本とも、生き死にの価値に一点の疑いも無い世界観に圧倒される。冒頭の「始めと終わり」から鋼鉄の剛速球が飛んできた。黒沢明「赤ひげ」に描かれた老人の死の床の説教臭さと違い、本作は力強く老婆をあの世に送ってしまう。最後の「王冠」は女子刑務所の美人コンテストを撮ったドキュメンタリーで、女強盗や女ゲリラや女殺し屋が栄光を競い合う。全監房あげて盛り上がる応援の大歓声がすごい。娼婦や田舎娘を美女に仕立てる類のハリウッド製品には無い祝祭感覚だ。
 一本だけ選ぶならパトリシア・リヘン「トウモロコシ畑」を。チェスの対局シーンもあった。日本でDVDが出ることは無かろう。さあ、今日の16時15分からもう一回だけ上映されます。遠くても新幹線や飛行機に乗れる方はぜひ大阪までお越しくださいますよう。
08/09/20 紹介棋譜14参照
 コステニウクがついに世界女子王座に輝いた。第2から4局までをすべて引き分けて終わったが、どれも面白く、特に第2局の終盤は話題になった。図は46.Rf8まで。白Rf4 を防ぎたいからここは46...e3 だろう。けど、侯逸凡が指したのは46...Ke6 だった。コステニウクはもちろん、47.Rf4 だ。以下、47...Ke5, 48.Rxg4 で3P差になった。ところが、これでドローが確定しているという。白より黒のポーンが進んでおり、将棋で言う「終盤は駒の損得よりも速度」が当てはまるのだ。d筋のルークが白王を遮断しているのが大きい。そのあたりを紹介棋譜に。
 読売新聞の木曜夕刊で内藤国雄のエッセイが読める。四日は、最近の将棋ソフトの強さに関してで、「プロのトップを負かす日が間違いなくやってくること、それも遠い日でないことを私は痛感した」。その冷静な認識に続けて、「プロがそれでいいのか」という戸惑いが綴られており、読む者をしみじみさせる。
 十八日は、局面分析が詳しくなってきた最近の新聞観戦記の難しさで、「プロの私が見ても理解できない日がある」。これも良かった。思うに、映画や音楽の紹介記事もそんなのが多い。昔の印象批評よりはましなのだが、プロ批評の空しさと気楽さを素人の読者に押し付けている。そしてネットで素人が真似をする。空しさと気楽さだけを真似するわけで、その先が無い。
 なんて書いてると読者さんのメールが届いて、「最近詳しくなってきた指し手解説は読み飛ばしています」。おおブルータス、私もか。
08/09/19 紹介棋譜15参照
 ロシアのナルチックで女子世界王座戦が行われた。南オセチア問題でロシアに抗議して欠場した選手も多かったが、とにかく決勝の組み合わせはコステニウクと侯逸凡である。最近の私は女子戦を気にしてる余裕が無いけれど、こうなると何か言っておきたい。
 第1局を黒コステニウクが勝った。紹介棋譜に。図は8.a3 まで。珍しいマーシャル回避法である。スエーチンが得意にしていた。黒Na5 に対してビショップをa2 に引く用意である。最近ではカールセンが使う。ただ、彼はc2 に引く。相手もNa5 よりはBc5 を使う。08/03/07 の紹介棋譜がそうだ。この傾向の意味や良し悪しは私にはわからない。
 侯逸凡はカールセンの工夫を受け継いだ。問題は黒の構想で、8...d6, 9.c3. Bg4 だった。ボゴリュボフ定跡と比べて、私は思った。白d4 が決まってない状況のBg4 の効果は弱くはないか。侯もひとまづ10.d3 で受け、その後にPh3 で黒Bを追ってからPd4 を押し上げた。白の展開がやや遅れてる気はするが、中央の張り出しが気持ちよい。私は白を持つ。
 ところが、せっかくの中央を侯は14.d5 で崩してしまうのだ。私なら14.b4 を試したい。Fritz にお伺いを立ててみると、最初は鼻で笑っていた奴も、手を進めるにつれ同意してくれた。変化手順にしておく。結果を御存知の方は、本譜の14...c4 がどんな決め手を準備したかも御存知だろう。
 面白いのは、この珍しい型をコステニクが良く知っていたことだ。インタヴューをチェスドクター氏が訳してくれているので、ちょっとだけ引用させてもらう。「白がg4 としました。私が白でg4 と指して反省したことが何度もあります! 知る限りでは、このアイデアはスパスキーのもので、いまではどうすればよいか解っています」。彼女によれば17.g4 が敗着なのである。Chess Today も同意見だった。
08/09/18 紹介棋譜16参照
 図はルイロペスの9.d4 まで。良い子なら知ってる次の一手は9...Bg4 だ。白はd4地点を10.Be3 で補強する。そこで10...exd4 と指すことの効果に気が付いたのがボゴリュボフだ。11.cxd4 に11...Na5 から黒Pc5 以下、Q翼のポーン数で黒は優位に立つ。名高い1924年ニューヨーク大会での出来事だ。イエーツを新構想の威力で圧倒した。紹介棋譜に。
 この大会はアリョーヒンの名著で一層輝きを増した。9...Bg4 も高く評価されている。読んで面白いのは、この手が生れるまでの試行錯誤の物語である。当初のボゴは9...exd4, 10.cxd4. Bg4 と指していた。1922年のカパブランカは11.Be3 と応じて、これはイエーツ戦と同じになった。結果はカパが勝って彼の名局集に収まるわけだが、序盤は黒も悪くない。ところが、1923年のラスカーに11.Nc3 と指されてしまう。難しいが、白の快勝に終わった。エイヴェの『シュタイニッツからフィッシャーまで』に解説がある。そんな前史を経て9...Bg4 から10...exd4 という手順が決まったわけだ。
 でもまだ終りじゃない。10.d5 が40年代になって流行するのである。ポーンの交換を許さない。ファインは1939年のMCO 第6版で、これで白がわづかなリードを維持でき、黒は反撃の見込みが無い、と述べている。きっかけは1939年のエイヴェ対ケレスあたりだろうか。だから、第6版の主定跡は9.d4. Na5 なのである。
 無論、現在はボゴ定跡を避けて9.h3 が当然だ。ただ、統計を出すとボゴ定跡の誕生後は明らかに9.h3 が増えており、30年代ではすでに9.d4 は下火であった。10.d5 で勝ちきるのは実際は難しかったということだろう。ちなみに、現在は10.d5 よりも10.Be3 の方が多い。

戎棋夷説