紹介棋譜 別ウィンドウにて。
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2009, 71st Corus Chess tournament, Sergey Karjakin won.

09/02/16 紹介棋譜1、2参照
 ジブラルタルは6勝0敗4分でスヴィドレルとミロフが同点首位だった。プレーオフはスヴィドレルが勢いに勝る内容で二連勝し優勝を決めた。エービクでの好調が続いている。半点差の三位はガシモフやナカムラなど四人。
 優勝者からはハリクリシュナ戦を紹介棋譜に。Fritz で調べると疑問手の無い勝利というわけでもなさそうだが、ルイロペスらしい入り組んだチェスである。競り勝った価値の高い一局だと思う。Fritz の示した手順も変化に含めた。
 後半に順位を大きく崩してしまったが、コトロニアスの棋譜が印象に残った。工夫を凝らし序盤をよく準備してきたのではないだろうか。ソコロフのマーシャルと、ナカムラのカロカンを破った二局にそれを感じる。
 後者を紹介棋譜に。図は19...Bd6 まで。ビショップをc1 に引いて、f2 をクィーンで守る構想が面白い。h4 のルークはよく見かけるが、本局では特に有効だった。d1 のルークまでh筋にまわって、最後は黒クィーンを捕縛するのである。g3 のナイトも、e4 ではなくf1 -e3 の経路で働いた。善悪までは私にはわからぬが独創的なのは確かだろう。
09/02/15 紹介棋譜3参照
 久しぶりに考えたからだろう、夢を見た。私は日本チェス協会を法人化する申請書類を作っていた。「これでチェスが亡ぶ前にみんなに助成金を配れるぞ」とか思ってなかなか楽しい作業だった。現実の協会には活気や清潔感が欠如していて不可能だろうけど。
 今年もヴェイク・アーン・ゼーの会期にジブラルタルとモスクワの大会が重なった。後者はオニシュクが優勝した。棋譜がよくわからなくて困るが、強い人には勝ってなさそうだ。なので好局は昨年の優勝者から選んでしまおう。
 図はティモフェーエフ対スミルノフで19...Nc5 まで。これは苦労した手順だった。普通は黒Rb8 になる。そこを空所にし、Nc6 -b8 -d7 -c5 と手数をかけてナイトを好所に組み替えたのだ。
 この長い物語をティモフェーエフは20.Rxc5 で瞬時に切り捨てた。黒dxc5 白d6 という中央突破が有効と考えたのである。実戦もその大局観を正しいとする流れになって白が勝った。
09/02/14
 もう十年くらい昔の話だ。ある掲示板が日本チェス協会への批判で沸いたことがあった。松本康司会長を引きずり下ろす案や、新しい団体を作る案、さらにはそれらを実行する案まで議論された。これは日本チェス界の維新か、と私は興奮して、畏友の意見を聞くと彼は、「みんなネットに期待しすぎ」。なるほど、と瞬時に冷めた。実際、ほどなくこの掲示板は会長の恫喝に屈してあっさり寂れてしまった。
 畏友のこの一言は何かにつけ思い起こされる。柄谷行人が自分の創始したNAMの破綻の理由として挙げたのも、運営手段としてのネットを過信したことだった。日本将棋連盟の米長邦雄会長もネットに入れ込んでいるが、たいした稼ぎは得られないだろう。ネットの大会に無関心な国際チェス連盟のイリュムジノフ会長は賢明だと思う。いわゆるブログの炎上も、本当はどうでもいいことだ。
 馬場雅裕がBehind the Scene を始めた、と知ったのは昨年末のkeres65 ブログにおいてである。話題も棋譜解説も、さすが海外の大会で場数を踏んでいる日本の強豪の内容だ。最近は日本チェス協会の運営方針に関する発言も増えてきた。十年前を思い出した次第である。昔なら会長が謝罪を要求し、いづれ粛清しただろう。けど、もうそんなことはあるまい。とても冷静な議論のブログだ。
09/02/13
 ヴェイク・アーン・ゼーB組はカルアナが優勝した。6勝2敗5分だった。パンプローナで勝ったヴァレーホには負けたが、サシキランには借りを返した。どちらの棋譜も悪くない。C組でもソウが優勝した。7勝1敗5分だった。私の未来は明るい。
 結婚して生活が変わるのは誰でもそうだろう。この約一年半、うちのテレビはタルコフスキーとアンゲロプロスを一切扱わなくなった。レッドカーペットやQさまの受像専用機になっている。嫁が外出すると、私は隠れ切支丹のようにブレッソンのDVD を取り出し拝んでから再生する。親が寝たのを確かめてから11PM (イレブンピーエム)を見た頃を思い出している。
 それでも両性の合意が成り立つ映画は少なくない。互いに猫派なので「ハリーとトント」を流したところ、案の定、気に入ってもらえて、椅子には最後まで二人分の体重が乗っていた。最初のあたりと、終わり近くにチェスが出る。久しぶりに見るので忘れていた。
 一方、嫁はアニメを教えてくれる。いま二人でハマっているのは「灰羽連盟」のDVD で、全十三話を急がず楽しんでいるところだ。原作者の安倍吉俊は囲碁棋士の安倍吉輝の息子である。つまり岡田結美子の弟でもある。
09/02/11
 本物には及ばない、なんてわかりきったことは言うまい。展示は千点を超えていた。悪趣味どころか大塚国際美術館は大事業を成し遂げたことを認めるべきだろう。ポンペイの赤やさまざまな「受胎告知」、ダヴィッド「ナポレオンの戴冠」などなどを原寸大で楽しめる西洋絵画全集である。陶板なのでむしろ本物よりも保存がきくのだとか。
 監視がゆるくて、撮影は自由だった。ムンク「叫び」と並んで同じ格好をする。ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」に交じり、革命の雄たけびをあげて画中の人物になりきる。そんな記念写真をたくさん撮った。再入場も可能なので、鳴門大橋に散歩もできる。干潮の頃合いを見計らって渦潮を見た。十時半に着いて閉館間際の五時前まで遊びつくした次第である。
 前日に一泊して讃岐うどん巡りも敢行した。第二回である。昨年より一〇〇円も値上げして、二五〇円ぐらいが相場になっていた。長田、宮川、宮武、滝音をまわる。女性的ななめらかさの滝音がうまかった。ただし、昨年食した松岡にも寄ったところ、やはりここは頭抜けてると再確認した。宿はビジネスホテルでドーミーイン。高松に出張の方にはお薦めである。
09/02/09
 明日から第三局の王将戦だが、第一局の対局風景を書きたい。将棋史上屈指の奇観だ。俗悪な金屏風が盤上を照らす対局室には舌打ちで済ませられる私もあっけにとられた。屏風にして三百枚はあろうかというミケランジェロ「最後の審判」が原寸大でのしかかっている。「天地創造」も「大洪水」も勢揃いだ。つまりシスティーナ礼拝堂の内部全体が再現された空間で羽生善治と深浦康市が将棋を指したのである。08/11/29 のムダ話でもふれた大塚国際美術館だ。
 嫁の誕生日が近い。どうする?と訊くと「あの美術館に行きたい」と言う。ああいうスケールのでかい悪趣味に喜ぶところは私と気が合うのだ。そんなわけで、いま午前五時から出かけますので、明日の更新はお休みします。
09/02/08
 ラス前の第12Rは二局だけ勝負が着いた。勝ったのはカールセンとカリャーキンで、首位に追いついた。つまり、六人が同点で並んで最終日を戦うことになったのである。図でカールセンは29.Bc6 だ。これでスミーツは投了した。たしかに、白Bxd5+ 黒Kg7 白h6+ 黒Kh8 白Qxc7 からの詰みを防ぐ気にはなれない。29...Be6 には30.Ng5+ がある。
 さあ第13Rだ。これが全米選手権だったら何年か前のように全員がさっさと引き分けたかもしれないが、ここはヴェイク・アーン・ゼーである。ただし、六人のうち白番は実は二人だけで、うちラジャボフは気の無いドローで終えた。彼にはこんな面がある。黒番四人のうち、二人はドローで終え、無理をしたカールセンが負けた。
 ドミンゲス対カリャーキンが激しい直接対決になった。ドミンゲスが特に積極的で、キャスリングしたQ翼を荒らされるままにし、敵王の居るK翼には駒を捨てる猛攻を仕掛けたのである。しかし、カリャーキンの対応が冷静だ。白の指し切りが誰の目にも明らかになる。かくてカリャーキンが5勝2敗6分で単独優勝を決めた。
09/02/06
 アロニアンを半点差のカリャーキンが追う展開で第11Rをむかえた。
 白ドミンゲスは黒アロニアンのマーシャルに付き合う気は無かった。8.c3 のところで8.d4 である。アロニアンが昨年にイワンチュク戦で難儀した手だ。08/03/03 に書いた。先に手を変えて研究を披露したのはドミンゲスである。対して、アロニアンは駒損して敵王頭を崩す奇策に出た。しかし、それも相手の研究範囲内だったのである。終始白が優勢で勝った。
 カリャーキンも災難だった。カムスキーは黒番ではスラヴからのK翼フィアンケットが得意だ。それをこの日はなんと白番で試してきたのである。いかにもエリートのカリャーキンは面食らったにちがいない。わけわかんないうちに駒損が広がって負けてしまった。
 上位二人が敗れ、しかも、他二局でも勝負が着き、優勝争いは混沌としてきた。アロニアン、ラジャボフ、ドミンゲス、モブセシアンが並んだ。
09/02/04 紹介棋譜4参照
 第10Rを続ける。カリャーキン対ファンヴェリーはドロー。カールセン対ドミンゲスは駒が入り乱れて難解だった。紹介棋譜に。図はカールセンの研究が成功したところだ。並べていただくとわかる。d5 地点の駒交換をうまく処理できたので、白黒のポーンがe筋で押し合ったまま残った。そのためg7 のビショップが世に出る機会を奪われたのである。
 それだけでも充分に面白いチェスだが、ドミンゲスも魅せてくれる。図から19...b5, 20.Bxb5. Nxa2 だ。このあと最後までどちらもポーンは進まず、ピースだけが華々しく動きまわるチェスになった。こうした展開はカールセンの得意である。もともとg7 の欠陥もある。とうとうドミンゲスに敗着が出て、即詰みで終わった。
 もう一局。ラジャボフ対スミーツにも触れておかねばならない。ラジャボフが激しく攻めて時間を使い切った。39手で残り一秒。大急ぎだ。勢い余った一手で相手の駒を飛ばしてしまったのである。スミーツは自分の手を指さぬまま時計を叩き返した。乱れた盤上をラジャボフは自分の持ち時間を使って直してから相手に手を渡すべきなのだ。もちろん不可能。一秒は過ぎて時間切れとなった。
 幸いにしてヴェイクは賢者の集う所だった。審判はドローと判定し、対局者も納得した。TWIC に同様の事例が1962年のキュラソーにもあったことが報告されている。その時はケレスがベンコーに勝った。
09/02/03 紹介棋譜5参照
 第9Rは他に二局で勝負が着いた。カムスキー対アロニアンはベルリン防御だった。最近では珍しく、黒王がQ翼に移動する型である。長い戦いになり、80手で黒が勝った。ドミンゲス対ステルワーゲンはバイナウアーの毒入りポーンである。WaZ ではB組でも現れた。どちらも黒が敗れたが、この定跡の復活は祝いたい。ドミンゲスを紹介棋譜に。
 首位はカリャーキン、アロニアン、ドミンゲスの三人になった。第10Rは特に面白いラウンドになり、この三人の結果は三様に分かれた。勝ったのはアロニアンである。アダムスにカタロニア定跡を使った。私の印象ではアダムスはこの定跡の黒番が強い。分類番号E04 に限れば、手持ちの資料で4勝0敗15分である。特に04/07/02 の一局が忘れがたい。ところがアロニアンはまさにこのE04 をぶつけたのだ。
 これで単独首位である。勝ちっぷりを見て、私は彼が優勝だろうなと思った。三連覇か。これまで八年前のカスパロフしか居ない。
09/02/02 紹介棋譜6参照
 第8Rでカリャーキンはナイドルフの中でも昔の私が得意にしていた配置を布いた。四間飛車の美濃囲いみたいなもので、ヘボでもきれいに組める型なのだ。ただし、白ポーンがa5 まで伸びるとb6 地点が傷になる。相手のイワンチュクも当然そう突いてきた。結果は白の勝ち。モブセシアンが単独首位に立った。
 ところが第9Rがカリャーキン対モブセシアンだったのである。序盤から興味深い熱戦で、互角の終盤に入る。そこからの力量に差があった。紹介棋譜に。シポフの解説によると、図で24.Qe7 から互いにa7 とf3 を取り合えば、残りのポーンは白の方が速い。けど仮にそれが正しいとしても、局面がシンプルでモブセシアンの間違う確率は低かった気もする。本譜のカリャーキンは手厚くQ翼全体を押し上げる構想を見せた。実戦的だ。何より非凡だと思う。
 まづ24.a4 そして26.Rg5 から27.Rb5 で周辺の制空権を握る。かくて30.c5 まで進めた局面を左図と比べれば、白だけがポーンを有効に進めたことがわかる。こうして優勢の下地を作ったカリャーキンが1ラウンドですぐ首位を奪回した。
09/02/01
 暴走機関車事件を08/12/04 や08/12/21 でお伝えした。裁定が下ってイワンチュクはお咎め無し。あの時は極度の興奮状態で英語の忠告を聞けなかったから仕方ない、とのこと。理由はどうでもいい。どうせ無名選手には適応されないだろう。実際そうだったらしい。これはFIDE がそういう組織だというのではなく、世間がそういうものなのだ。
 第7Rを続けよう。モブセシアンがイワンチュクに勝ってカリャーキンと並んだ。チュッキーはモロ様、王ゲツと並んで最下位である。TWIC の解説を読んだ。図で19.Na4 の大局観が感心しなかったらしい。b6 とe4 を交換しようとしたわけだが、こうした型では中央のポーンの方が重要なのだ。このことをモブセシアンは「シシリー防御を使い続けた経験にもとづいて」理解していた、とAbeln(アーベルン?)が書いているのが感慨深かった。
 御存知の方も多いだろう。九年前のサラエボで、実績の無いモブセシアンはカスパロフに軽んじられたうえ、王様のシシリアンにこてんぱんにされた。これを私は思い出したのである。モブセシアンもベテランになったんだ。
09/01/30
 第6Rは三局で勝負が着いたが、一番熱かったのはカールセン対カリャーキンのドローだった。白馬を二頭とも敵陣にめりこませたカールセンが勝勢まで得たのだが、凝った手順で勝機を逸してしまう。第4Rもそんな引き分けだった。彼らしくない。対局後には緩手と言えるが、対局中で時間切迫のカリャーキンにとっては意味不明の妖手だったろう。しかし彼は思い切って反応し、首位を守った。
 第7Rは二局で勝負が着いたが、まづはドミンゲス対王ゲツのドローを紹介しておこう。中国流ベルリン防御を「終わったかな」と08/12/16 で評した私だが、実は二週間で改良型が現れて息を吹き返していたのである。
 図で10...Be7 から11...Nh4 でナイトの交換を進めるのが常道だった。それを嫌わず11.g4 でポーンを盛り上げる構想が黒を悩ませていた。ならば11.g4 を防いで10...h5 だ。これがグランプリ第3戦レコ対アレクセーエフで現れた。前世紀からある手だが、黒のポーン型が乱れて勝率は悪かった。そこをうまくまとめてアレクセーエフは半点を得たのである。
 このラウンドで王ゲツも10...h5 を採用した。私の第一感は11.Bg5 で、黒Nh4 からの交換を許さない。レコもそうしたが、成果は上がらなかった。本局のドミンゲスは11.Bf4 からもっと手の込んだ構想を示したが、結果は同じ。ヤコベンコならどう指すだろう。楽しみだ。
09/01/28 紹介棋譜7参照
 第5Rはドミンゲス対モロゼビッチに注目しておくべきだった。図は黒が入城せず、Q翼に目一杯なわばりを広げたのが特徴で、イギリス攻撃としては珍しい型に属する。ただし二人には経験済みの局面だった。
 12.Bxb6 や12.Qf2 などQ側ナイトを狙う実戦例があるが、素人目には12.g5 でどうよ、と思う。ドミンゲスもその手で一昨年に勝った。12.g5 に対してナイトを逃げず、12...b4 に反発してレコを破ったのが昨年のモロゼビッチだった。
 本譜もそこまで前例をたどる。レコは13.Nb1 で負けたが、ドミンゲスは新手を出した。13.Na4 である。ナイトを捨ててきた。モロゼビッチも13...Nxe4 で返し、自信と自信がぶつかり合う。
 結果は白の勝ち。12...b4 は黒のQ翼を自ら崩しているのが次第に明らかになったのである。これでは終盤がおぼつかない。それに乗じてクィーンの交換を迫る戦略もドミンゲスはうまかった。最後は妙手できれいに仕上げた。
 12...Nfd7 が正着らしいが、12...b4 がさえないとなると面白味が無かろう。統計的にも図は黒が悪い。
09/01/27
 第5Rは四局も勝負が着いた。カリャーキンが勝って単独首位に上がった。注目すべきはファンヴェリー対ラジャボフだ。2005年のW杯から二人は会うたびに9.b4 から白Ne6 に飛び込むキングスインディアンで張り合ってきた。長い持ち時間で2勝2敗0分である。本欄でもよく触れた。今場所もそうなった。結果は白の勝ち。他人の工夫をファンヴェリーが採用した。その手はラジャボフも知っていて不思議は無いのに、あっさり負けた観がある。恥づかしかろう。臥薪嘗胆ぞ。
09/01/26 紹介棋譜8参照
 読者さんが「CHESS通信」の神田大吾「ソフト紹介」を送ってくださった。記事の質の高さもさることながら、「ヴィシュワナータン・アーナンド」は前者が姓で後者が名である、と知って驚いた。馴染んだ「アナンド」は変えにくいけど。
 第4Rは全局ドローだった。カールセン対アロニアンを紹介棋譜に。Chess Base にシポフの素晴らしい解説がある。
 図は私にもわかる。白が優勢だ。黒はa筋を支配されたうえ、dポーンをブロックされてビショップが動けない。シポフは研究の勝利と見ている。カールセンは昨年から序盤準備がしっかりしてきた。今大会でも面白い試みが何局かある。
 カールセンはじっくり差を広げる作戦だ。用の済んだa筋を離れ中央に向けて25.R7a2 から26.Rd1 にルークを組み直したのがにくい。しかし、アロニアンは座して死を待つタイプでは無かった。25...Nc4 から26.Nxe3 の反撃を決行したのである。不利にも関わらず、いや、だからこそ敵陣に圧力をかけようとする。これを終盤まで続けた。
 それが良かったのだろう。ついに白のポーンを減らすことに成功して半点を得た。
09/01/25
 第3Rである。時間に苦しむイワンチュクの話題が多くなった。ラジャボフ戦もそれで白番を落とした。図を見ればわかるように、序中盤は気宇壮大で面白かったのである。それだけに時間を使いきってしまったわけだ。
 モロゼビッチとカムスキーの全対局はわづか三局しかない。カムスキーの1勝である。ブリッツも含めば4勝1敗3分だ。今期のWaZ はどうなったかというと、またカムスキーが勝った。白番の彼の遅攻に対して、モロゼビッチが局面を揺さぶろうとしたのが敗因らしい。いかにもありそうな筋書きなので、二人の相性が確定したと考えて良いだろう。
 つい口走ったのがきっかけで、正着至上主義について考えていた。棋譜鑑賞の偏執的な趣味としてなら許せるが、実情は主義の問題だろう。私の知る限り、正着とは対局後にわかるものだ。「悪手を指さぬように対局する」という目標は、「いま指している対局の観戦記を参照して指す」のと同じくらい不可能だと思う。図の局面は正着至上主義的には「白はQ翼の大模様を過大評価している」と解説される。しかし、私にはイワンチュクの宿命のように見えるのだ。
09/01/24 紹介棋譜9参照
 第2Rはモロゼビッチ対ファンヴェリーが前者の勝ち。王ゲツ対イワンチュクが後者の勝ち。二局とも前Rの敗者が星をすぐ五分に戻した。ほか、モブセシアンが得意のイタリア定跡でアダムスを破った。いつもの4.c3 でなくマックス・ランゲ攻撃を志向する4.0-0 だったのが興味深い。
 王ゲツ対イワンチュクを紹介棋譜に。王ゲツが意欲的な序盤から激しく攻めかかる。イワンチュクもなんとか持ちこたえ反撃に出たところで、王ゲツにポカが出たのが図の22.a3 である。22...Rxb2 で勝負はついた。取らせて23...Qxa3+ である。ここもさることながら、図に至るまでの白の攻めと黒の立て直しが面白い。
 ところが、諸解説を見ると好手ばかりでなく、悪手も出し合ういささか見苦しい一局だったようだ。図もすでに大差である。しかしそれは書き方の問題だろう。せっかくの好局なのに駄局のように書いてしまうのである。チェスのライターたちが信奉している正着至上主義のせいだ。正着か否かという判断基準を軸にしたら本局の魅力は表現できない。
09/01/23
 グランプリの総合優勝者とワールドカップの優勝者が戦って世界チャンピオンの挑戦者を決める、という仕組みについて07/06/25 で書いた。詳しく書かなかったが、それが昨年の十一月に崩壊した。まづ、世界的経済危機のおかげで開催が不可能になった予定地が出てしまい、危機感を抱いたFIDE が制度を変更したのである。この体質的な朝令暮改は状況を悪化させた。転戦の苦労を重ねなくても挑戦者決定戦に出られる可能性が高くなったおかげで、カールセンとアダムスがグランプリから抜けたのは先月にお伝えしたとおり。こうなると歯止めが利かない。経済と制度が不安定なうえ、え、カールセンが出ないの、ということで、予定地のキャンセルが増えてしまったのである。
09/01/21
 ヴェイク・アーン・ゼーが始まった。アナンドもトパロフもクラムニクも出ず、その代わり、いつもならB組に居る選手がA組に名を連ねている。むしろB組のカルアナ、C組のソウの方が楽しみな気さえする。でも、2002年を思い出した。カスパロフもクラムニクもアナンドも居なかったが、充実した大会として記憶に残っている。やっぱりヴェイクだ。
 初日は二局で勝負がついた。イワンチュクがスミーツに時間切れで負けた。途中までは優勢だった。カリャーキンは早々にQとRを重ねて敵王頭に狙いを定める体勢を築き、たった26手でモロゼビッチを下した。
 一番の激戦はカールセン対ラジャボフだ。図で14.Bh6 である。駒損してもRd1 で黒Qをピンで刺すのが有効だ、と考えている。ラジャも工夫して、14...Nxe5, 15.Rd1. gxh6, 16.Qxe5 と進んだ。
 カールセンの大局観は間違っておらず、駒の損得の無い状態で終盤に入った。そうなると、本譜の15...gxh6 でポーンが乱れたぶんだけ白が良くなったのである。ただし、ラジャの終盤も正確で、最後は引き分けだった。
09/01/18 紹介棋譜10参照
 ちなみに、パンプローナの優勝は3勝0敗4分のサシキランだった。カルアナにも勝っている。ヴェイクのB組でまた顔が合うはずだ。
 早指しのイヴェントについて大雑把に書いておこう。エービク(Gjovik)の決勝でスヴィドレルが地元カールセンを破って優勝した。図はナカムラ戦からで、18.Rxd7 が冴えている。18...Qxd7に19.Rd1 から20.Rc1 で黒馬は助からない。終盤も上手なので紹介棋譜に。ヴェイクに出ないのが残念だ。
 ほか、ムカチェヴォでイワンチュクとレコのマッチがあった。1勝0敗6分でチュッキーの勝ち。この種のマッチにレコが現れて盛り上がった例をあまり知らない。そしてレコは滅多に勝てない。三年前にカルポフと指した時ぐらいでは。
 そして、年始めの恒例行事になりかけていたACPの早指しW杯である。ヴェイク直前で人が揃わず私は不満だったが、今年は二月の予定である。ところが五月に延期された。世界的経済危機のおかげとのこと。
09/01/17 紹介棋譜11参照
 ヴェイク・アーン・ゼーが始まるが、まだお伝えしてない昨年末の大会が残っている。パンプローナは中堅どころの選手の大会だったが、カルアナが出たのである。
 結果は1勝1敗5分の四位五位だった。けれど、この1勝が見逃せない。序盤から大模様を張った。黒ヴァレーホを相手に、ポーンを二つ捨ててK翼に広大な空き筋を作り、さらに敵主力をQ翼に引き込む。これで、K翼での攻撃態勢を揺るぎなくした。素人目には、白陣のQ翼が荒れ果ててしまい、危ないのだが。
 そして図で28.Rf5 である。28...gxf5 に取らせる。で、白Qxh5 かと思うと29.Nd4 だった。駒損が大きいが、実は、黒Qには29...Qe5 しか逃げ場が無いのを見越している。白Qxh5 からRxg3+ の詰筋を他では防げにくいのだ。そうしておいて30.Nc6 まで白良し、という読みの実現は、アリョーヒン並のイリュージョンである。
 今年のヴェイク・アーン・ゼーではB組に出る。パンプローナよりきつい顔ぶれだが頑張って。
09/01/16
 増田忠彦『囲碁語園』を08/10/25 に紹介した。大学の出版局から出ることが決まったそうだ。めでたい。三月下旬になるらしい。上下二巻の大冊で、値が張るかと思うが、これは欲しい。
 パッハマン『チェス戦略大全T』が届いた。私は著者やその著作についてほとんど知らない。「訳者まえがき」によれば、「中盤のバイブル(決定書)として不動の地位を確立してきたこの本」とある。そうだろうか?また、著者の説明が「懇切丁寧」だともある。でも、私にはむしろ簡潔すぎて理解できない説明が多々あった。訳者にはもっと上手にこの本の魅力を伝えてほしかったと思う。
 まだざっと眺めただけの私が言うのもなんだが、本書の魅力は、中盤の形勢判断には多彩な観点があることを実践的に語ってくれた点だろう。いかに自分の中盤の鑑賞能力が貧しいかを思い知った。よく読んで日々の更新をもっと豊かな言葉で語れるようにしたい。よく読めばきっとできる、という希望を与えてくれる点でも、これは良書である。全三巻の完結することを願う。
 形勢判断の上達が期待できるから、強くなりたい人にも薦められる。日本語で読める本では最高のレベルだ。もっとも、簡単な本ではない。何の分野にせよ、てっとり早く上達できる道を聞くだけで理解を深めようという、文明をなめた輩が多すぎる。『チェス戦略大全T』を読んでチェスの難しさを思い知り、立ち去るべき者が去るのも仕方なかろう。囲碁将棋と異なり、日本のチェスという分野は当分それでいいと思う。
 最後に。人名の表記やチェス用語が、とても自然に読めた。「訳者あとがき」によれば、山岸智彦、水野優の貢献が大きいとのこと。本書がチェスの日本語の標準規格になってほしい。私自身は自分の字数を減らしたくって、変な用語を使い続けるだろうけど。

戎棋夷説