紹介棋譜 別ウィンドウにて。
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羽生善治と将棋会館の立て直し。

09/09/16
 「読売新聞」の「時代の証言者」は著名人に生い立ちから現在の抱負までを連載で語ってもらう企画で、先日までが大竹英雄だった。読んで、最近の本欄の訂正や補足をしておくべきだと思った。まづ、09/06/12 で、「木谷の弟子になってすぐの大竹英雄少年」はどうも間違いらしく、「木谷の弟子になる前の」が正しいようだ。また、09/06/28 でふれた川端康成『名人』の話も出てきた。あの小説では木谷實は「大竹」という名で書かれている。大竹はそれが不思議で、著者に訊いてみたいと思っていた。会食の約束ができたので楽しみにしていたところ、日が迫った頃になって、川端はガス管をくわえてしまい、永遠の謎になってしまったそうだ。
09/09/09
 前からよく貴重な情報を寄せてくださっていたKさんから、「Kosteniukが将棋に興味を持っているようです」。twitter で、「I'd love to learn Shogi. The chess GM Joel Lautier plays Shogi and has told me it's quite a good game.」(09/02)や、「I'm studying the wikipedia article on Shogi, interesting and great history!」(09/05)なんて言ってる。将棋の海外伝播などについてのブログですでに紹介されている、とのこと。
09/09/07
 『近代将棋図式精選』を最初の「短編の部」から順に解いている。第1番についてはこないだ書いたとおり。第2番、第3番は私には難問だった。一日に数分づつ、思い出した折に図を眺めて考えた。それぞれ三日かかったか。そして次、第4番 荒川善雄がまったくわからない。初手1三銀しか無いと思うのだが、こっちの角が役立たずで、玉方の馬が強力すぎる。一応、初手2二金も考えたが、いかにも野暮で手が続かない。
 結局、一週間も過ぎたか。かくなるうえは「あれ」しかない、カスパロフのポーズだ! 嫁がびっくりして飛んできた。私が悲報を受けて絶望してるように見えたらしい。しかし、おかげでついに突破できたのである。重い手と軽い手の複合、強力な敵駒をさらに強力にして無力化する変な手筋が気付きにくい。さすが第一回塚田賞を受けただけのことはある。
09/09/05
 音楽ネタをもうすこし。昨年の「新潮」六月号に「くわしく教えてクラシック」という馬鹿な企画が始まっていた。中原昌也が諸先生方と語るのか、第一回のゲストに浅田彰が招かれた。昨日、他の記事を調べるついでにこの回だけ読む機会があった。
 たいした内容の無い対談で、浅田の発言をひとつの引用でまとめれば、「ロブ=グリエが死に、ジョイス、ベケットからヌーヴォー・ロマンに至る現代文学なんてなかったことになって、みんなで大衆受けする物語を語ろう、という感じになる。それと同じく、シェーンベルクから、このあいだ死んだシュトックハウゼンに至る現代音楽も、なかったことになっていて、後はポップスと融合したイージー・リスニングのようなものになるか、あるいはウンチク風に楽しむパズルになっちゃうか。嫌ですねえ」。この対談で彼が語ったのは、古典は読み替えに堪え得る存在であること、そして、われわれが読み替えてみせることである。
 チェスでも歴史は忘却される。コンピュータで検討したり、定跡書を調べたりして得られる正着では一手の出来事を物語ることはできない。それが棋譜解説から批評を奪っている。体験記なら露わになるというものでもない。もちろん、過去の棋譜を参照するだけでは「ウンチク風に楽しむパズルになっちゃう」。真面目に更新してた頃の私を浅田が見たら「嫌ですねえ」と言うだろうか。
 対談にもどると、ほんとに面白かったのは余談に属するようなエピソード群だった。たとえば、昔はカラヤンが松山なんかに来たもので、巨匠が奥道後の温泉に泊まったりしたもんだ、とか、「戦時中は歌舞音曲が禁止されていた、それで尖らせた小指の爪をSPレコードの溝に当てて親指を耳につけて、骨伝導で曲を聴いたんだって」。
 もうひとつ、長めの引用を最後に。「僕は幸運にもリヒテルやミケランジェリに間に合ったんですね。ミケランジェリの弾いたラヴェルの「夜のガスパール」は忘れられない。低音で雲みたいにモワモワッとするところがあって、ピアノなのに一音一音の粒が全くわからず、もう電子音響のようでした。そこから高音域に行くと、もう完璧にクリスタル・クリアになるんだけど。これはコンピュータでは絶対無理だし、録音でもわからない。だから、こうやって口で言うしかないんだけど、やっぱり、その経験はプライスレスなんですよ」。
 ここまで手合い違いの組合せの対談でなければ、なかなか浅田はこんな話をしてくれない気がする。
09/09/04
 我が家のコンポは壊れており、ここ半年の音楽はイヤホンで聴くものだった。でもこのたび、誕生日が近くなって新機を買ってもらえたのである。機械に凝る趣味は無いので、ごく普通のを選んだ。嫁が回顧口調になって、「高校生の頃の誕生日プレゼントってこんなだったなあ」。
 久しぶりにスピーカーで部屋に響く音楽を聴けた。いいもんだ。こないだ買ってウォークマンで聴いた時はがっかりだった「ゴルトベルト変奏曲」をかけた。バッハはいろんなアレンジで聴くのも楽しい。今回はフィンチのハープである。再生された音のひろがり、豊かさにうっとり。当然のこととは言え、こんなに違うとは。
 嬉しいのでもう一枚、これもほぼ買いっぱなしだった、本田とブラジェッティによるリコーダーの二重奏も聴いた。リコーダーといってもアルトやソプラノの他にもいろいろあるわけで、それを曲によって何種も使い分け、古楽を中心に現代曲までたっぷり収めた一枚。更新作業のBGMには最適である。フィリドールも一曲ある。ただし御先祖様だ。
09/09/01
 鳩山家の人間が「友愛」を口にする時はフリーメーソンの友愛だと思うのだが、それを気にする人はあまり居ないのが私には不可解である。政治は難しすぎる。歳をとって頭が悪くなったから政治を始めた、とラッセルは自分の晩年を説明したが、頭とは別の高度な能力を育てないと無理なんだろう。彼の場合は、若き良き頭はかえって政治の邪魔だったに違いない。
 ここずっと、ある小説にハマっており、その関連でペンローズ『心は量子で語れるか』なんて読んでいた。こういう難しさは嫌いではない。量子力学の似たような啓蒙書はずいぶん読んだ。また、途中でゲーデルの話が出てくる。私の教養は人文系がほとんどだが、完全性定理やラッセルの還元公理なら若い頃は大学生に向かって講義できたと思う。もちろん今はバスの時刻表さえ理解できない。
 面白い本だった。特異点がどうとか、猫がどうとか、聞きあきた話が続くのだが、それらが一二〇ページあたりから見事につながってくる。読んでる途中で一気に推理小説の犯人がわかってしまうような快感があった。それが二〇〇ページほどで終わると、著者の説を批判するホーキングのエッセイがあり、これがなかなか鋭い。どんでん返しに近い効果がある。最後にペンローズがそれに反論して一冊は終わる。私としては、コンピュータでは意識をシミュレートできない、というペンローズを応援したいなあ。
 さて、途中にディープソートの話が出てくる。ディープブルーの兄貴は図でbxa5 と指したらしいのである。引き分けを敗勢にしてしまう大悪手だ。さっそく、同じ局面をFritz11 にかけてみる。するとわりと早くKc3 を見つけた。実はFritz5.32 でさえ同じ手を大差無く見つけた。今から見るとディープソートはあんまり強くなさそうだ。当時は人を驚かせたディープブルーの手も今ではたいしたことない、という話は05/10/24 に書いたので、関心ある方はそちらもどうぞ。
09/08/27
 フィッシャーが召されたので、もう民主党に義理は無い。嫁の意見を訊くと、「あたしは国民新党」。ほほう、なぜ? 「綿貫さんを見てるとゴッドファーザーのテーマ曲が聴こえてくるの」。なるほど、頼れそうだ。公約を読む気になった。なんと、"良き談合"かあ。「な、ぐっとくるやろ」。うん、きた。「スーツは黒、左手にブランデー、右手に葉巻で言ってほしい、『良き談合』って」。
09/08/23
 私はハイドンの弦楽四重奏曲をフェステティーチで聴くのが好きだ。しかし、全九巻のCDをこつこつ買い続けてあとは作品33だけだ、というところで、これが無い。何年もタワレコで「HAYDN」の棚をチェックし続けたが、無い。最近はこれも文字通りの"通過儀礼"になっていた。それが、こないだである。「フェシュテティーチ四重奏団」の文字が。「なんの名でしゅかね」とうそぶいてみたが、実際は血管が混線するほど興奮していた。聴いたらやっぱり素晴らしい。ほかに私が持っているヴェラー、モザイク、エオリアンより気に入った。
 ついてきたらしい。古本屋では『近代将棋図式精選』を見つけた。定価4,200円が1,600円だ。買いー。いまアマゾンのマーケットプレイスを調べたら最低価格は98,898円だった。私なんかが持ってていいのかな。第1番 湯村光造を御紹介しておこう。王が盤端に逃げられそうだけど、金が四枚もあるから簡単に抑えることができる。私は十分で解けた。金打で龍を玉方の都合の悪い位置によろめかせたり、角が行ったり来たりするのが楽しい。
09/08/18
 羽生善治の対談本が何冊も出ている。畏友はこれを、「ここ何年かの羽生再ブームの気持ち悪さ」と評した。河口俊彦の記事でそれが「少しすっきりした」という。ブームへの「いいバランスになってると思います」。意味がよくわからなかったので、聞き直したら説明してくれた。
 「いまの羽生再ブームは、一部の将棋ファン及び関係者にによる自己正当化がベースでしょう。羽生を語るようで、実際は将棋をアピールしてる」。注目されているようでいて、羽生自身は無視されている。将棋会館の外でも孤高なのである。
 そんなときに出た河口の記事を、畏友は「羽生も内面をもつ一人の人間なのだという話」として読んだ。河口は、提案が否決された時の「羽生の顔を見ることができなかった」と書く。もちろん見るべきものを見ていたわけで、それが畏友を「すっきり」させたわけだ。
09/08/13
 こないだふれた「小説新潮」八月号、羽生善治の孤高の話を以前にも河口は書いたことがあるらしい。それを私は知らない。今回の記事もあまり話題になってなさそうである。まあどんな職場でもある話かもしれない。でも再読して、事実ならやはり尋常では無い、と私は思った。
 将棋会館の老朽化に関し、棋界の運営にも関わる使命感を持った羽生は、「建築について勉強し、一級建築士や会計士などにも助言を求めたと聞く。そして、建て直すべきとの結論を得て、試案をまとめた。それを見た先崎学によると、考えられぬほど完璧なものだったという」。羽生は根回しも怠らず、「東京だけでなく関西でも、若手棋士たちとの集会を開き、試案を説明し、賛成を得た」。そして棋士総会を迎える。「念を入れて、総会当日の午前中に、鳩森神社で羽生案支持の若手棋士たちを集めて、意思を確認した」。
 しかし、総会で羽生案は通らなかった。それは「仕方ないとして」と、河口は続ける、「驚いたのは、羽生案に対する支持が、予想をはるかに下回ったことで、感じとしては、支持すると確約した棋士の半数が裏切っていた」。河口は、「肚が立った」「将棋界の若者はどうしようもない」「いかにも陰湿」と言葉を連ねている。これ以後、羽生は積極的に運営に関わろうとせず、「棋士総会には顔を出すが、それも中途に来て、すぐ帰ってしまったこともあった」。悲惨な孤高である。「それがどれほどの損失か」と河口は嘆く、「若手棋士たちはわかっていない」。
09/08/06
 何万年も続いてることなのに、男は妊娠を何もわかっていないのではないか。はいま九週目くらいなのだけど、つわりがひどい。吐いたりすることは一切無い「寝づわり」だ。昼間もたいていは昏睡状態である。そんなの初めて聞いた。おまけに微熱が続く。驚いたことに、これは当たり前なんだそうだ。妊婦に平気で対局させていた将棋連盟って、知ったうえでそうしていたのだろうか。
 もちろん我が家の囲碁教室は途絶えてしまった。それでも先日、ちょっと打ってみようか、となった。久々のくせに嫁は自信に満ちている。実際、今まで一回も勝ってない九路盤の二子局で大勝だった。よく言われる「"ふたりがかり"は強い」は本当らしい。
 「別に書いてくれなくてもいいのよ」と言うので、書かねばならない。それくらいは私も学習済みである。
09/08/04
 先月のこと、水野優ページの近況欄に「フレッド・ウェイツキン著『ボビー・フィッシャーを探して…』の翻訳出版が確定しました」という記述が。最高のタイミングとは言い難いが、最近のチェス翻訳はいろんな人の長い努力が実る時期になってきたのは確かだ。長い努力といえば、『囲碁語園』も完売したそうで、あの出版局としては異例のことでは。著者は新たな展開を考えていると聞く。
09/08/01
 畏友が「小説新潮」連載の河口俊彦「盤上の人生盤外の勝負」を教えてくれた。八月号である。さっそく自転車で図書館に出かけてこっそり全文コピーした。羽生善治の時代は「あと十年くらいは」続く、という結論で、要するに若手への不満を述べた内容だ。結論それ自体よりも書きぶりがすごい。日本将棋連盟の理事選で上野裕和が当選したことに触れている。当選理由と当選事情を解説していて、前者は私の想像通りだったが、後者は意外だった。河口は後者の風潮を生んだ若手を情けなく思っている。しかし、私に言わせれば、この風潮は米長邦雄会長による恐怖政治の必然的な帰結だろう。
 それはいい。記事の本題は羽生だ。この風潮をもっと古い話と河口は結びつけている。将棋会館の立て直しの議論だ。若き羽生が熱心に研究し提案した計画が否決された件である。この時の棋士たちへの失望が、羽生をチェスに熱中させ、連盟内でも孤高の立場に身を置かせるようになった、と河口は説く。一読して、どうかと思う点もあったが、河口俊彦ははっきりとものを言った。はっきりとものを言え、という記事の主張そのままである。実にまっとうな批評を読めた。
09/07/07
 どうでもいい話を。Windows 付属のゲームでハーツが私のお気に入りである。以前勝率が七割弱と書いたことがあった。これはXP での結果である。Vista のハーツは棋風が結構変わった。不可解で先の読めない手が多くなり、結果として強くなったと思う。今度は私が戦法を変える番だ。完勝も楽勝も狙わず、じっくり勝つようにした。かくて100戦で勝率73% が達成されたのである。50戦までは80% を維持できていた。けれど、不本意な一敗を四連勝で取り戻そうとしたり、90戦を過ぎてゴールが見えたりした時に、集中力が途切れてしまった。
 よくわからないのが、73% というのは高勝率なのか、並なのかである。愛好者が少ないゲームらしくて、検索しても、他の人がどのくらいの勝率なのか見つからない。
09/06/28
 ツェ・スーメイには「碁の名人(川端康成に倣って)」(2006)という写真連作がある。言うまでも無く、川端の『名人』に想を得ている。1938年に本因坊秀哉は引退記念の碁を木谷実と打った。半年にわたる対局の観戦記を担当したのが康成で、それをもとに書かれたのが『名人』だ。
 私が検索して得た写真は四枚である。もっとあるのかどうかわからない。秘術を尽くした戦いの図が、静寂に満ちた美しい気を放つ図でもある、そこに感動があるのだろう。石の配置は引退碁の棋譜から採ったとか。
 ムダ話を。ツェ・スーメイの代表的な動画作品に「エコー」(2003)がある。大自然とチェロ奏者。「おくりびと」の監督はこれを知っていたんぢゃないか、と私は思った。もっとも、ツェ・スーメイだって「サウンドオブミュージック」の冒頭を真似してるように見えないことはない。
09/06/26
 水戸芸術館の現代美術ギャラリーでツェ・スーメイ(1973- )という人の展示があったらしい。二月七日から五月十日までだったから、もっと早く気づけたら行けたなあ。六年前のヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞を得た人とのこと。
 ここずっと文芸誌を読み漁っているので、「すばる」五月号の記事で初めて知った。白い噴水に黒いインクがしたたる「語られた多くの言葉」(2009)の写真が美しかった。他の作品をネットで検索すると、「ヤドリギ楽譜」(2006)の写真にも魅かれた。ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第一番に合わせて、ヤドリギの球がキラっと光るように見える動画作品とのこと。
 You Tube で無いものかと探したら、「砂漠清掃人」(2003)が見つかった。ずっと同じ光景が続くだけなので、飽きた人は早めに脱落なされますよう。実際のパリの道路清掃夫から音を採ったそうだ。現代社会の営みを無意味に思わせる趣向だろう。でも、「潮騒の音は本当は天使たちがこうやって作っているんだ」と楽しくも見たい。ほか、良くない画像だと思うが、「マリオネット」(1999)も面白い。作品紹介によれば、「”偉大な芸術”と正しくも呼ばれるものの裏の学習過程への厳格な服従は、必要悪なのだろうか?」。演奏ミスした箇所だけつなぎあわせたそうな。
 以上は前置き。次回は私と畏友が興味を持った別の作品を。
09/06/22
 もうふた月近くチェスも将棋も棋譜を並べない生活です。これって十数年ぶりのことでしょう。いや、もしかしたら三十年ぶりかもしれない。Chess Today は読まぬまま八〇日分がたまりました。
 それでも竜王戦の新聞将棋欄は見ていて、翌朝の初手を考えてはいます。羽生深浦戦の▲5九銀には驚きました。これで流れを変えて苦手に逆転勝。もっと驚いたのは中川森下戦で、森下が振飛車を指しました。しかも△7二金▲3七桂△6一飛ですからね。専門家のように勝った。
 一局全体を通して素晴らしいのが郷田久保戦。▲3五歩△同歩▲同飛は当然として、△5六歩▲3三飛成で強く理想を主張した。後手の玉形が悪い、と。△同桂▲4四銀△5七歩成で大損でも、先手良のはず。それが将棋でなければならい。ただ、最後はミスが出て逆転。厳しい攻めはこうしたものです。もちろん久保の粘りが見事でした。
09/06/12
 木谷の弟子になってすぐの大竹英雄少年は、稽古で負ける度にポロポロ泣いたそうだ。それを面白がって先輩たちが何度も泣かしてるうちに、ほどなく先輩たちが泣かされるようになったわけである。
 嫁が勝つと自慢が終わらない。しかし、九路盤の二子で最初のスランプに陥った。負けると泣く。ルールを呪い、私の指導にケチをつけ、壁を蹴り、最後はうつぶせになって床を連打し、号泣するのである。こんなやつ、初めて見た。
 しかたなく九路盤は卒業させて、十三路盤、そして十九路盤の十七子で打つようになった。再び嫁の連戦連勝が始まり、機嫌が回復した。いまは十二子まで減っている。私の無理した大石を殺しては、「あたしはイリュージョニストなの」と棋風の解説も快調だ。
09/05/05
 嫁の碁は九路盤の三子まで進みました。彼女の参考書は『ヒカルの碁』全23巻です。これだけを彼女は何度も読み返しました。戦術や戦略の知識の得られる個所を使ってイメージトレーニングをしてます。これで実際に上達してるのだから文句は言えません。夫は『ヒカルの囲碁入門』と『ヒカルの碁−碁ジャス☆キャラクターズガイド』をアマゾンで注文してあげました。
 増田忠彦『囲碁 語園』を御紹介したのは08/10/25 でした。ついに本になりました。大阪商業大学アミューズメント産業研究所から。全二巻で、すさまじくでかい。ぶあつい。しかし、これで計五千円というのは安いでしょう。学術書はどんな名著でもなかなか増刷されないものですから、囲碁史に興味のある方はぜひお買い求めを。今のところ、アマゾンで扱いの無さそうなのが不便ですが。
 内容と意義については前回の紹介に書いたとおりです。実際に出来上がったのを見て直観したのは、『坐隠談叢』に匹敵する、二十一世紀における最重要の資料集である、ということです。たとえば、、、あ、嫁が来ました。「碁をやろう」と申してます。なので、でわ。
09/04/27
 39度の熱で寝込んでました。私がチェスの時評家になったのは十年くらい前だと思います。それまでは詩の好きな日本文学者でした。転向に決心は不要でした。当時は詩がつまらなくなったし、2005年の柄谷行人『近代文学の終り』はそれを裏付けてくれました。
 変わるきっかけが08/04/12 にちょっと書いた蓮實重彦のインタヴューです。文学が終ろうが終るまいが、頑張ってる爺さんに感動しました。そして、水村美苗『日本語が亡びるとき』が出て、「それなら亡ぶのを見届けようぢゃないの」と思いました。久々に「現代詩手帖」や「群像」の世界に復帰したわけです。
 文芸時評のブログまで始めました。アクセスが少ないんですが熱中してます。で、ふたつのブログに全力投球するというのはつらい。棋力が無いだけにチェスだけでも図面を使う時は毎回九〇分はかけて書いてますし。熱にうなされながら考えていたのはそんなことです。疲労がたまってる自覚はあったんで、たぶんこれが一因で体調を崩した。
 どっちかをやめるとなると、チェスのブログです。私がこのページから完全撤退するなんて、あり得ないとは思うのですが、少なくとも本欄の更新は極端に減らします。
09/04/23
 嫁たる自分を忘れてまで夫の熱中するチェスや将棋に関し、もともとゲーム好きの我が妻は好奇心が働いていた。ただ、どっちも難しいので、夫が教えたのは囲碁である。ところが、「欠け目」で彼女はつまづいた。囲碁入門者の理解しづらいルールである。短気な彼女は伝家の宝刀「もういい!イヤっ!」で私を一刀両断し、以後、碁盤は押入れに蟄居することになった。
 ところがたまたま、先日の日曜、テレビをつけると、石倉昇が囲碁講座をやっていた。まさに「欠け目」の説法である。嫁はじっと見ていた。そして、なんと会得したのである。石倉昇の指導力にあらためて敬服した。あのマイルドな雰囲気にも嫁は魅了されたようだ。
 以来この五日間、我が家は囲碁教室になった。スポーツクラブに行っても碁を打っている。六路盤の三子局から始めて、ついさっき九路盤の六子局に昇格したところだ。彼女いわく、「ニコニコ動画より面白い」。いつまで続くかわからぬが、そんなわけで、明日の更新は休みます。
09/04/22
 優勝したのは昨年九位に落ちたTomsk-400 だった。選手はヤコベンコ、ティモフェーエフ、イナルキエフなど。昨日の更新で「しんえんぼうりょ」がうまく漢字変換されなかった。さっき気づいたが、正しいのは「深謀遠慮」だったか。しかし、それでは昨譜の感じが出ない気がする。
 不景気感の漂う話を。ブダペストの大会にソコロフやアルマーシなど十二人が集まった。ところが、第1Rが済んだところで、スポンサーに金が無いことがわかり、中止になった。選手たちは自費で帰ったという。十年くらい世界のチェス大会を見てきたが、こんなのは初めて聞いた。
 古い人はよく知っているもので、イワンチュク、コルチノイ、モロゼビッチなどが集まった1995年のヤルタでも同じことがあったそうだ。この時は形式を早指し大会に切り替えて済ませたとか。
09/04/21 紹介棋譜参照
 全7Rで好局が一番多かったのは第4Rだろう。一局にしぼってベロフ対グリシュクを。ベロフはこの大会で一番卓を任され、2勝0敗5分は大健闘である。対してグリシュクは0勝2敗5分でさっぱり。本局は好不調の差が出た。
 図は18.a4. h5 まで。ここでベロフは19.Nxf4 を敢行した。19...exf4, 20.g5 と進む。もし黒馬が逃げれば、白Nb5+ が開き王手になるのがミソ。さらに白Qd4 の増援で対角線をぶち抜く。本譜の20...Kh7 でも白が良い。以下、勝ち切った。
 そこで不思議に思う。18.a4 は不要で、一手早く18.Nxf4 を指せたのではないか。Fritz 11 にかけてみて判明した。長手順になるが、18.Nxf4 には、18...exf4, 19.g5 に19...a5 の反撃がある。いやそれだけではまだ秘密は明かされない。
 もしPa4 の形になっているなら、20.Nb5. axb4, 21.cxd6. cxd6, 22.Nxd6 で白優勢である。ところがそれを省いた18.Nxf4 の場合、22...Ba4 という返し技があるではないか。だからベロフはひとまづ慎重に18.a4 で機会を待ったのだ。
 変化手順に含めたので、手順を目で追えないかたは紹介棋譜でベロフの深遠謀慮を御鑑賞ください。
09/04/20 紹介棋譜参照
 ロシアの保養地ソチ近郊にダゴミスという町があって、この国で採れる紅茶の北端とのこと。ここでロシアクラブ選手権があった。集まった選手は例年よりやや寂しい顔ぶれだが、もちろん面白い棋譜を残してくれた。
 図は第2Rシロフ対王皓で、ナイドルフの毒入りポーンである。三年前にラジャボフがケレスの10.e5 を再評価し、この定跡が復活したことは07/01/26 に書いた。図も三年前に現れている。
 先月末に指されたブンデスリーガのステルワーゲン対アナンドも図の局面になった。機会があったら書きたかった一局である。ここでステルワーゲンは世界チャンピオンに対して13.Bb5 という手をぶつけた。四十年以上も前からあるというだけでも驚くが、ナンの解説書では「唯一のまともな攻撃継続手」とまで評されている。ただし、勝ったのはアナンドだ。
 ラジャボフによる復活は13.Bh4 から生まれた。シロフもそれに沿って指した。面白い流れだが、18手まで二年前の前例がある。しかし、最後の一手が素晴らしい。王皓はあっさり投げた。投了後の手順を変化に含めて紹介棋譜に。
09/04/18 紹介棋譜参照
 クラムニクの時代は終わったはずだが、ニースで彼は意外に好調だった。ペトロフばかりだった昨年と異なり、一局だけシシリー防御も試してくれた。最終第11Rのレコ戦である。棋譜も面白かった。
 図で次の一手を当てられる人は居まい。クラムニクは25...g6 を指した。意味がわからない。もしかしたら、と思うのは、26.cxd4 を誘った可能性である。私なら指したい手だ。が、これは26...Nxd4, 27.Bc1 だと奇襲27...Rxg2 が待っている。以下、28.Kxg2. Qc6+ から29...Nc2 だ。しかし、本譜は26.Qc1 だった。レコも見破ったのかもしれない。
 ところが、クラムニクにはまだ手段があった。26...Rxd2 である。二手も続けて驚かされた。以下、27.Qxd2. dxc3 と進み、Fritz 11で調べたら黒優勢である。そういうものか。パスポーンが大きいらしい。あとはこの優勢を活かして寄せ、最後はきれいに詰め上げた。
 クラムニクは白番でもレコを倒した。29手目にレコの悪手が出るまでは、研究したとおりの手順だったという。
09/04/16 紹介棋譜参照
 年に一局か二局しかカロカンを指さないモロゼビッチが今年はニースだけで三局も披露した。特に第7Rレコ戦が興味をひいた。紹介棋譜に。図で6...e5 とは驚いた。カロカンの型に慣れてる人ほど、考えずに6...e6 だろう。
 黒陣はf7 地点が薄くなった。レコは本局に時間を使ったそうだ。7.Bc4 は手損だが、黒の弱点をすぐにとがめた、観戦者の試してほしい手である。もちろん、モロゼビッチは研究済みだろう、7...Nd5 だ。これでもちこたえたように見える。
 しかし、モロゼビッチにしてみれば、いささか事志と異なったらしい。19...Be6 で引き分けを提案した。レコは断る。たしかに、数手進んで、22.Bxe6. fxe6 を見れば、私にも黒陣の乱れは明らかだ。以下、レコが勝った。
 どこでモロゼビッチは間違ったのか、そもそも6...e5 のセンスが悪かったのか。私の直観は後者だ。
 第7Rはアナンド対カリャーキンのドローも熱戦だった。今大会一番の好局かもしれない。不利を悟ったカリャーキンの大局観と、そこでクィーンを捨てた勝負勘が見どころである。これも紹介棋譜に加えた。
09/04/14 紹介棋譜参照
 ニースの唯一の楽しみは新手の実験場であることだ。私が復活を祝福しているフランス防御バイナウアーの毒入りポーンが第5Rアナンド対イワンチュクで現れた。本欄では09/02/22 以来である。紹介棋譜に。
 本局も13.Nxc3 だった。なら図の13...a6 はほぼ確定で、続く14.Ne2 がアナンドの工夫だった。ナイトを戻してしまう。スパスキー1986年の創始である。13...a6 を見た上で、ナイトをc3 に留めるよりは、手損でもe2 に引いてd4 に跳ねた方が働く、と柔軟に判断した。13...a6 を誘って黒陣のb6 地点に傷を作った、とも言える。この発想が芸術的に決まった例として1988年カルポフ対ノゲイラスを紹介棋譜に加えた。
 プサキスのフレンチ大全の一冊によれば14...Rc8, 15.Rb1 に15...Na7 と引くのが局面の特異性を活かした好防らしい。少なくとも14...Rc8 や14...Nf5 が普通の感覚である。ところがイワンチュクは、プサキスが疑問手と見なした14...0-0-0 を選んだ。このあたりが互いの駆け引きだろう。ただし勝負は終盤で決まり、アナンドが勝った。
09/04/13
 忙しいというのが理由でこんなに更新を休んだのは初めてである。昨年にも書いたようにニースの大会があまり好きでないこともあって、棋譜を並べる気がしなかったこともある。ぐったり帰宅すると部屋に閉じこもらず、居間で酒と読書を楽しむ日々だった。二人の時間が増えて嫁は機嫌が良い。
 ニースの目隠し部門はクラムニク、カールセン、アロニアンが優勝。アロニアンは一昨年までは苦手分野だったような。早指しはアナンド、カムスキー、アロニアンが優勝。したがって総合優勝はアロニアンだった。クラムニクとアナンドが半点差の二位である。
 図は目隠し第1Rのアナンド対レコである。35.Bxf7+. Rxf7 で36.Qh8+ だ。レコは投了した。アナンドは今年で四十歳、羽生善治は来年である。カールセンと渡辺山崎が挑戦者になるまで、この切れ味のままチャンピオンと名人が変わらずにいてくれるだろうか。
09/04/02
 え?「将棋の2008年度の公式戦は、後手番が勝ち越した」って!?エイプリルフールとしか思えない。
 欧州選手権に好局が無いではないのだけど、思い入れの弱い選手の棋譜は書きにくい。シューギロフをもう一局紹介してブドヴァを離れよう。終盤も強いのである。図は第8Rの白ボチャロフ戦で、102.Kxg3 まで。シューギロフが駒損を延々と粘っている。盤上六駒になったのでデータベースを参照できる。Chess Today の解説は、「通常はドローの駒割ながら、本局は黒王の位置が危険である」。実際、59手で詰む。
 白Ra6 からRa1+ があるので、102...Ne4+, 103.Kf4 だ。これは私でも指せる。そして次は、端を離れる103...Kf2 を選ぶだろう。これはしかし32手で詰んでしまう。最善は103...Nc3 なのだ。詰まされるまでの手数が長いだけでなく、104.Ng4 以外ならドローだ。シューギロフはこう指した。どういう判断が働いたのか、天才にはわかるらしい。
 本譜は104.Nf5. Kf2 だった。これで引き分け確定である。153手まで指したが結論は変わらなかった。
09/03/30 紹介棋譜参照
 欧州選手権は、優勝争いがどうでもいいうえに中堅ばかり三〇六人も集まるから、棋譜を並べるのが一年で最も苦痛な大会である。それでも、新人の登場や面白い戦法が見つかれば、我慢した甲斐があったことになる。
 図は第6Rのペトロシアン対ヴォロキチンで11.Nh4 まで。定跡はわかるだろうか、エヴァンズ・ギャンビットである。一見して黒Bd6 が変てこだ。5.c3 のときここに引いたのである。ピルスベリーも指した古い戦法だ。今世紀ではソコロフやハリクリシュナが何局か試しており、意外に勝率も悪くないので、ご紹介しよう。MCO15 にも載ってない。
 ヴォロキチンの工夫は、たぶん10.Qb3. Re7 である。e7 地点にはクィーンを置く例が多かった。白はNf5 を狙っている。そのとき、Qe7型では白馬の当りが強いわけだ。Re7型の本譜の場合、11...exd4, 12.Nf5. dxc3 と進んだ。ルークなら捨てられるのである。私は、12.cxd4. Nxd4, 13.Qd3 の方が白は戦えるかも、と思った。ところが、Fritz 8で調べたら、黒からのすごい詰め手順がある。変化に含めたので紹介棋譜をご覧あれ。
09/03/29 紹介棋譜参照
 定跡の興味からシューギロフをもう一局、第5Rの黒ファン・ヴェリー戦を。図はナイドルフの7...Nbd7, 8.Bc4 まで。今世紀に入って7...Nbd7 がじわじわ増えている。キャスリングをせずQ翼の展開を早めながらf6 地点を補強する手だ。8.Qf3 から9.0-0-0 主流だが、本局は攻めっ気の強い8.Bc4 が見られた。
 キャスリングできない白陣を見れば9...Qb6 を指したくなる。ピンも外せるし、それが主流だ。しかし、激しい筋を逃げないファン・ヴェリーである。9...b5 を見せてくれた。9.Bxe6. fxe6, 10.Nxe6 が四十年前からある強攻だ。勝率は白が良いのだけれど、優劣不明ということになっている。
 本局の工夫は14...Nc5 だった。従来は14...b4 で白ナイトを追っていた。でも、15.Ne2 からNg3 -f5 に転戦する味が良かったので、ファン・ヴェリーは省いたわけだ。ただし、おかげでシューギロフも一手でNd5 の好所を占めることができた。どちらが良いか私にはわからない。結果はPPPPP対B という駒割で白が勝った。
09/03/28 紹介棋譜参照
 実は畏友が映画を語るのは久しぶりだ。彼は囲碁史家になりつつあり、チェスの話題も絶えていた。私もいま熱中しているのは日本の現代文学である。もともとチェスに転向する前は文学者だった。つまり二十五年ぶりの復帰である。
 シューギロフの好局は第2Rで生まれた。白番で相手はチェパリノフというのも立派だ。図から20.f5 を突っかけた。20...exf5, 21.Bxf5 である。損得勘定よりも数の攻めでf筋を突破した。21...gxf5, 22.Qxf5. Rh7 に23.Rxd5 が仕上げである。6勝2敗3分で一二位三四位だった。ファン・ヴェリーやロドシュタインにも勝っている。ロドシュタインといえば、兵役があってしばらく我々は彼の棋譜を見られなくなるらしい。
 日本チェス協会でも百傑戦というのをやっていた。碁打ちの松本康司らしい命名だと思うが、たぶんそうだろう。もちろん日本のチェスで百人の強豪が集うわけはない。それより、今年は森内俊之が参加していた。6勝2敗0分で三位四位の成績である。昔なら優勝できたと思うが、最近は日本人全体のレベルが上がってきたようだ。
09/03/27 紹介棋譜参照
 「おくりびと」を最後に半年も映画を観に行ってない。畏友は「チェンジリング」を観て、「チェスボードもありました」。
 欧州選手権は優勝賞金は1万5千ユーロ(約200万円)で、これでは超一流が現れない。成績優秀な二十二人がワールドカップの出場権を得る。それを目標に戦うからだろう、優勝争いがいつも盛り上がらない。
 モンテネグロのブドヴァで行われた今年も、全11Rを戦って十一人が同点の首位で終わった。プレーオフでトマシェフスキーが優勝している。もちろんおめでとう。好調の原因にラズバエフの指導を挙げている。
 二十二人のなかにシューギロフが入ったことを伝えておこう。04/03/04 で書いて以来、この名を再び記す機会を私はずっと狙っていたのだ。十六歳以下でレイティングは世界四位、欧州一位だとか。
 第1Rからはカルアナの好局を紹介棋譜に。図でルークは逃げない。33.Bxh7+ の大技が決まった。初日からこれで私を期待させたが、二日目以降は振るわなかった。

戎棋夷説..