紹介棋譜 別ウィンドウにて。
HOME
現在に戻る
2010,English Attack

10/04/11
 バッハで泣きやむなら、と同年生まれのスカルラッティを試してみた。反応は芳しくない。ホロビッツなのに。やっぱバッハがいいのか。そこで、ポリー二による平均律に切り替えた。が、これもぱっとしない。フーガの技法には「聴いてる」という表情を見せたのに。どうも、ピアノが好きではなさそうだ。器内でわーんと響くのが不気味なのかもしれない。
 あまりにべたで不本意ながらモーツァルトはどうだろう。バイオリンとビオラの二重奏曲だ。K.423 と424 である。小林秀雄のお気に入りだったという。私の持ってるCDはクレーメルとカシュカシアンのだ。これを聴かせた。大成功。バッハ以上にすやすや寝る。ほかにもいろんな実験をしてみたくなったが、いまのところ嫁の報告では、「初音ミクはあかんかった」。
10/04/09
 ハイドンの交響曲を歩きながら聴いて通勤する企画は、百ちょっとの全曲をちょうど聴ききったところで、私が階段から転落してねんざしてしまったこともあり、終了した。さすがに最初の二十数曲はハイドンでなくても書けそうなのが多かった。それでも、第22番(哲学者)なんて楽しめる。総じて最初の四十曲に関しては、あだ名の付いた曲はなかなか良い。中でも第38番(エコー)は最初の大傑作ではなかろうか。
 四十番台はいわゆる疾風怒濤期で、いまさら聴き直すまでも無い有名曲ばかりだが、このたびは第43番(マーキュリー)が私のハイドン像にふさわしい最初のハイドンだな、と思った。第一楽章にちょっと切ないフレーズの入るところがミソである。前にも書いた典雅な感傷というやつである。
 最後に、全百曲強を通して言えることを付け加えれば、ハイドンの交響曲は緩徐楽章が肝要だ。第73番(狩)なんてそこが単調なので、全体として空疎な印象を残す。最初と最後の楽章が圧倒的なだけに、「楽しいけど芸術としての深みに欠ける」という、ありがちなハイドン像ができあがるわけだ。逆に、そんなハイドン像を抱いている多くの人は第二楽章を聴いてないということかもしれない。第79番とか、そこだけが印象的なおかげで、私には忘れがたい一曲である。
10/03/31
 みなさんは「フーガの技法」を誰のどんな演奏で聴いておられますでしょうか。私はいろいろ試しました。ゆきついたのがヨージェフ・エトヴェシュのギターです。もちろん、ギター一本では不可能なので、エトヴェシュは二重に録音したらしい。落ち着いた静かな演奏です。
 赤ちゃんの夜泣きがひどい。絶叫が始まると手の施しようが無く、私は「いい子いい子」とねこなで声で連呼し続け、三時に眠れたら恩の字。ほぼすべての人間がこうやって育ってるのだと思うと、通勤行列の顔顔顔のひとつひとつに秘められた親の苦労が偲ばれまする。
 ところがみなさん。上記のエトヴェシュを聴かせたところ、すとーんと寝たではありませんか。いびきがまさに「ふーがふーが」と寝るわけです。さすが二十人の子を作ったバッハです。
10/03/18
 関心のある方は無いと思うけど、話しだしたことの始末をつけておこう。母子ともに健康で本日退院できた。役場にも行って名を届けた。詩経ではなく、一番好きな荘子にした。
  視乎冥冥、聴乎無声。(冥冥に視、無声に聴く。)
  冥冥之中、独見暁焉、(冥冥の中、独り暁を見、)
  無声之中、独聞和焉。(無声の中、独り和を聞く。)
 ここから一字をとって「暁(あきら)」である。正しくは「曉」だが、ややこしいのは避けたい。つうか、前にも書いたけど『ヒカルの碁』ですわ。もちろん嫁は渡辺竜王を応援している。
10/03/12
 まったく個人的な話を。予定日を過ぎても産まれる気配が無く、ついに嫁は胎の子を「胎児性ひきこもり」と位置づけるまでになった。ところが、昨夜から今日に日付の変わるあたりから兆候が著しくなり、午前四時に家を出て入院の運びとなった。私は陣痛の間隔が狭まってゆく嫁に付き添いつつ、その合間に『詩経』を最初っから読み始めた。子の名前を探すつもりである。八時に分娩室に入って三〇分ほどしたら産声が聞こえてきた。やれやれ。四十七歳で子を成すとは思わなかった。
10/03/04
 一昨日の晩のこと、「ねえ何かやってるよお」と嫁が呼びに来た。テレビである。すぐわかった、「ああ、それ、将棋界の一番長い日だ」。ほとんど将棋を知らない嫁だが、画面の深刻な雰囲気につい引き込まれて動けなくなっていたらしい。もう順位戦なんてどうでもいい私も、そのままそこに座り込んでしまった。ちなみに、「一番長い日」の語で私の見つけた最も古い用例については04/03/05 に書いた。
 森内対藤井は、敗勢の藤井が必死に考えてる。嫁が理解できてしまうほどの局面になっても考えてる。いつものことながら感動的な敗者の粘りだが、嫁も夢中で考えており、私は超一流と超初心者を見比べ、これが「初心忘るべからず」かあ、と思った。
 佐藤対丸山は佐藤の傑作だった。まづこの局面で▲8三角である。丸山は△7一飛に引き、機を見て△8六歩を突いた。佐藤は取れない。頭に歩を打たれたら角が死んでしまう形になる。それをめぐる戦いは△7八歩成までを見た限り、私の目には先手の大失敗だが、「両取り逃げるべからず」で佐藤は▲5三桂成だ。威勢が良い。もちろん丸山は△8九と。いやはや。
 しかし、佐藤には絶妙の利かしがあった。数手の応酬があって、ここがクライマックス。誰もが7七金を考える場面で▲3六歩だ。丸山は金を取れず、△2三桂と受けた。そこで▲7七金である。以下△8八飛成▲7六金だ。なんと先手が良いらしい。このあと、佐藤は▲6四馬の好位置を得て、3一角を打てる形にし、これが決め手になって、丸山はほどなく投了した。
 陥落がすでに決まっていた佐藤だが、佐藤に限らず、陥落しようが残留しようが関係無くみんな必死に戦う姿が尊い。チェス大会の最終日と対照的である。
10/03/01
 ハイドンの冷酷さについて書くのが難しい。娘の焼け死ぬ姿を写生する「地獄変」の良秀のような冷酷さ、と言えば近いか。ただし、ハイドンは良秀のように自殺しない。冷酷さが徹底してる。なにより、彼はどちらかと言うと極楽を描いたのだ。極楽をそのまま極楽として鳴らす。宮廷や大衆の空疎な面は空疎なままに表現すればウケることを彼は知っていた。モーツァルトやベートーヴェンと違って、自分らしく歌おうなんて露ほども思っていない。自分が理解されるなんてどうせありえないから。と言って虚無的ではない。手を抜いた交響曲はとても少ないのである。現代人は解説書を読み、CDを繰り返して聴けるおかげで、彼の凝った工夫にある日気づいたりするが、当時は使い捨てにされる交響曲が多かったろう。それでもハイドンは工夫をやめなかった。すると、注文主の嗜好に逆らわず、そして、高すぎて誰の目も届かぬ破風の浮き彫りでも完璧に仕上げるような、そうせざるをえない職人根性が、私の感じる冷酷さということだろうか。
10/02/27
 結局、平成22年2月22日は何事も無かった。いや、あった。思い通りにならぬ時の例として、嫁は最も身近な者に激しい八つ当たりをした。昨日はやっと四つ当たりくらいまで収まり、外出許可のおりた私は大阪の国立国際美術館に出かけて「絵画の庭−ゼロ年代日本の地平から」展を観に行けた。秋吉風人(ふうと)、加藤美佳、町田久美が気に入った。秋吉は金色だけしかない空っぽの部屋の連作である。加藤美佳は大画面の少女像が鮮烈だった。町田久美も大画面で、和人形のような童子像を独特の線で描いた。ネットの画像では半分の魅力さえ伝わらないのがもどかしい。御土産にミュージアムショップで手回しの小さなオルゴールを買ってきた。モネの睡蓮を印刷した紙箱で、取っ手を回すと「花のワルツ」が流れる。嫁は腹に乗せて胎児に聴かせていた。機嫌はなおったと思う。
10/02/22
 ハイドン交響曲週間が月間になり、いまやとうとう習慣になってしまった。104番から順に下って50番まできたところである。ドラティ盤で出勤に一回、帰りに一回、スポーツクラブで走りながら一回、最後に日付の変わり目にフィッシャー盤でもう一回聴く。入学式の式辞を我慢するように聴いた第60番(うかつ者)でさえ三回も機会を与えてやった。これ以外は駄作がほとんど無い。強いて言えば第59(火事)、71、72番くらいか。好きなのは第76のほか、55番(校長先生)が楽しい。第61、64(時の移ろい)、65、66、67番あたりも、おおざっぱに言えば、典雅な感傷を愛している。あと、第57番が、けれん味が嫌なのだが、書かずにおけない。
 ドラティとフィッシャーの比較も結論が出た。フィッシャーは下品である。メリハリが強すぎるのだ。ザロモンセットならハリウッド製のホラー映画みたいなものだから、私はフィッシャーを推す。他の大指揮者と比べても遜色無い。けれど、ほかは感心しない。
 ハイドンと最もタイプの近い芸術家というと、北原白秋やジョン・フォードといったところだろうか。ただ、ハイドンは本質的に冷酷である。フォードにも沈鬱な作品はあるけれど、画面から人間味が失われるのを見たことが無い。ハイドンは温かみにあふれる、と多くの人が言うが、心からそう信じてる人は居まい。たしかに温かいけど、モーツァルトに比べるとディズニーランドのような紋切型だ。もっと端的に、ハイドンのあれは温かさなんてもんぢゃない、と言うべきだと私は思う。
10/02/13
 こないだの相撲協会の理事選が取り沙汰されてるが、09/08/13 で書いた将棋連盟の投票行動に比べれば、ずっとさわやかではあるまいか。05/07/25 で書いた将棋連盟の対応に比べれば、朝青龍の引退だって少なくとも筋は通ってるように思える。
 江戸の川柳って、教養の薄い者には意味の通じぬものが多い。「明日の碁を鬼が教へて帰りけり」「横着な丸呑みにした碁の妙技」って何を言いたいのか。「読売新聞」で『囲碁語園』の増田忠彦が短期の連載コラムを書いている。それによると、これは吉備真備が題材なのだと。愉快な話なので、ぜひ九日の夕刊を。
 二度も唐に渡った吉備真備が囲碁を日本に伝えたとも言われる。「帰朝してにはかに那智の砂が減り」。もちろん史実と異なる伝説だ。それをにべも無く否定するのでなく、「真備も囲碁文化を伝えた一人だったのだろう」と締めくくるコラムである。
10/02/07
 嫁が妊婦講習会に出かけたら助産婦さんが現れて、「ええか、毎日、カレンダーに念ずるんや」、すると、希望した日に生まれるそうだ、「これでうちはふたり当てた」。会場の妊婦たちはそれぞれに感銘を受けたらしい。
 んな馬鹿なことを関西では広めてるそうで、と新潟出身の同僚女性に同意を求めたら、返事は「あら、私もそうやって生んだわよ」。おかげで保育所に預ける手続きが楽に運んだとのこと。かくて嫁は2月22日をその日に定めた。「だって、22.2.22よ」。
10/02/02
 あたしの「ひたち号」、と嫁が言う。洗濯機かと思ったら、茨城出身の力士だった。三段目で全勝優勝したらしい。彼女は昼から相撲を見るのである。女性の相撲ファンってのは多い。私の母は若島津や霧島、益荒雄といったあたりが好きだった。嫁の祖母は五時半ころの電話は相手にしない。ちなみに、こないだ嫁に付き合って幕下を見ていた私は、琴勇輝というのが気に入った。
 DVDマガジン「映像で見る国技大相撲」が出ている。もう長いこと相撲を見てない私だが、1974年と75年を扱った創刊号「貴ノ花、初優勝!」にはクラクラした。悩んで買って帰ったら、嫁は自分の生まれる十年前の相撲に興味津々である。私は覚えてる相撲がけっこうあって懐かしかった。
 すごい取り組みがたくさん収録されている。二丁投げ、かわづ掛け、一本背負い、やぐら投げ、などなど大技に大はしゃぎで見た。土俵際の執念には夫婦して絶句である、「いまのなに?」。そうそう、昔はこんなだった。麒麟児対富士桜に象徴されるように、力士の個性も豊かで、青葉山の吊りとか、鷲羽山の小兵ぶりはこのDVDが出なくても忘れがたい。
 そんなわけで第二巻「千代の富士ブームの到来」も買ってきた。この1981年から83年は隆の里の全盛期ということもあって、残念ながら「私の千代の富士」は負け相撲ばかりが収録されており、個人的にはいまひとつだった。第四巻「輪湖時代」に期待している。
10/01/31
 昼から外出する予定で、嫁と私は用意を始めていた。景気づけにテレビをつけると、将棋NHK杯をやっている。今週も見てしまった。久保利明と渡辺明だ。解説は井上慶太だ。私が、「あ、自民党総裁が解説してる!」と言うと、画面を振り返った嫁は、「えっ!!」。
 対戦成績は久保の8勝2敗と聞いて驚いた。渡辺は久保と深浦が苦手らしい。今日は久保が意欲的な序盤を見せて不思議な将棋になった。しかし、渡辺がうまく攻めをつなげて勝った。私が着替えてると、「渡辺が変なことしたらしいよー」と嫁が呼ぶ。中途半端な格好でテレビに走ると、で△8七香と打ったようだ。金で取ると飛車が成り込んでくる。で、▲9七桂とかわしたところに△6九銀が決まった画面だった。以下は▲6八金△8九香成から大差になった。苦手克服である。
 序盤で渡辺が△8四飛にまわって、先手に8六歩を突かせたのが伏線になっている。8七にキズが生じたわけだ。
10/01/24
 今日の将棋NHK杯の取り組みが糸谷哲郎と鈴木大介だと聞いて、これは見たいなと思っていた。個性ある若手と、気持ちの良い強豪である。嫁が朝寝してるのを幸い、テレビをつけると図の局面である。糸谷流の右玉を初めて見ることができた。
 かねがね、わけわかんない形だと思っていた。観戦してみると、なるほど、振飛車から仕掛ける手があまり無さそうだ。そのうち、美濃囲の玉頭に火がついてしまった。図から△4五歩▲同桂△4四角▲7七桂△5五歩▲7四歩△同歩▲6五金で、この攻めがうるさいことは私にもわかった。解説の片上大輔も先手のペースで流れていることを認めた。後手は1八歩から1七歩に叩くのが楽しみではある。しかし、それは実現すること無く、糸谷が押し切って勝った。
 さて感想戦である。最初の図の局面で△1七歩と垂らす手があった。なるほど、叩きに期待する実戦譜よりも良い。糸谷も認めた。鈴木は△4五歩に▲7七桂を予想していた。▲同桂だから驚いた。で、△9九角成▲5三桂不成の手順に踏み込めなかったことを後悔しておった。
10/01/12
 畏友から新年のメールが来て、「依田がブログを始めています」。依田の文章には古き良き時代の芸談のにおいがあって好きだ。カス石の見分け方について、たしか、「活かしても意味の無い石」とか彼が説明した本を持っている。そりゃそうだ、でも「意味」がわからない私には、何の役にも立たなかった。買った当時は腹が立ったものの、今は尊い気がする。さて、ブログを読むと、「碁の手つきと棋力は、ほぼ一致するのである」なんて言ってる。そんなこたなかろうと思うが、彼の芸談として聞くと味がある。プロの何人か、石を置く直前に「ぴっ」と指が伸びる人がある。かっこいい。武宮(嫁の分類ではエロハゲ)ができる。私はつねづね真似をしたいと思うが、だめだ。依田のブログによれば、「打ち下ろす瞬間に人差し指と中指を伸ばして打つ」とのこと。カス石の定義と同じで、そんなこたわかってるのだ、「瞬間」がわからんのだ。しかし、わかりやすく教えてもらえれば自分にもできる、という風潮のほうがいやしい。とうてい及ばぬ尊さを思い知るべきだろう。私は嫁と碁を打ったとき、「手つきがこわい」と言われて泣かしたことがある。自分の醜さに愕然とした。いまは赤子を寝かすような気持ちで置いている。
10/01/10
 昨日の更新を済ませてからフィッシャーで第九十四番(驚愕)も聴いた。私は湯あがりによくカルピスを飲む。これがむせかえるほどびっくりしたぞ!ばか!こんなの「ホフナング音楽祭」以来だ。
10/01/09
 棋譜並べをしなくなったら、代用品を脳が求めたのだと思う、音楽を聴く量が増えた。なぜかほとんどハイドンだ。十年ちかく前は彼の交響曲が退屈で全曲制覇は苦痛だったのに。こないだは第七十六番について書いた。そのあと第四十九番(受難)にハマって、いまは第六十七番を繰り返している。変わった曲だ。ただ、何を聴いても忘れてしまう。ハイドンの音楽を思い出すといふ様な事は出来ない?私が耄碌しただけか。
 クイケン指揮がお気に入りである。第九十二番(オックスフォード)終楽章の快速ぶりなど、演奏史上の発明ではあるまいか。私の持っている全曲集はドラティ指揮のだ。これだけでは他の演奏と比べられぬ曲が多くて困る。評判ではフィッシャー指揮の全曲集が安価で内容も良いらしい。買ってみた。いま十曲ほど聴いたところ。これまで親しんできたいろんな指揮者と違う気がする。ハイドンを聴いていて飽きてしまうのが、同じテンポがいつまでも続くことだ。フィッシャーはしばしば軽い間をあけたり、音量に起伏をつけたりして、ハイドンの単調を回避する。おかげで、でくのぼうのような百番台の何曲かが、初めて魅力的に聴こえた。録音も良い。第六十六番のたった一回のピチカートがおしゃれである。
09/12/24
 柄谷行人が「探求」の連載を始めるのに合わせて私もヴィトゲンシュタインに凝り始めた。一九八五年のことだ。もう二十四年にもなるんだなあ。大修館の全集よりは研究書を良く読んだ。特に熟読したのは、末木剛博『ウィトゲンシュタイン論理哲学論考の研究』、ハッカー『洞察と幻想』である。今世紀に入って凡庸な入門書が増えただけに、どちらも今は入手困難であるのは許しがたい。もっとも、「よみやすい」と「おもしろい」しか言えぬ連中には小判か真珠だろうけど。
 本屋で中村昇『ウィトゲンシュタイン』を見かけた。帯に「ルートウィッヒには、日本の将棋がよく似合う」とある。それはそれは。ぱらっとめくって、ああ、こいつも「よみおも」だ、と失望したが、書き出しが河口俊彦への賛美で始まるのだ。また、廣松渉には「ウィトゲンシュタインには日本将棋を教えたかった」という言葉があるらしい。しゃあない。本は、と大学の先生に教わった、「出すのも買うのも義侠心です」。買ったるわ。
09/12/06
 日曜の八時は「坂の上の雲」を見る。私が最後に見たテレビドラマは「池袋ウエストゲートパーク」だったから九年ぶりだ。原作ではうまく出てなかった秋山真之(本木雅弘)のやんちゃぶりが発揮されており、根拠の無い自信にあふれてやたら前向きの明治人たちを楽しめる。正岡子規の妹律(菅野美穂)も原作以上に書きこまれており、嫁は激しく感情移入しておった。いま二回が終わったところ。第一回はボクシングの内藤亀田戦とかち合って、たぶん視聴率も悪かったと思うのだが、さて今後はどうだろう。実は、我が家もこの試合を優先して見てた。亀田の試合は初めて。うわさの印象と異なり、愚直に堪えることのできるスタイルだ、と私は思った。
 第一回の放送後、畏友からメールがあって、「横浜港のシーン、背景の建物がホテルで、その隣の建物も若干映りましたがクラブハウス。あのへんでチェスクラブの会合をやってたわけです」。相変わらず見るところがちがう。脚本の野沢尚はこの仕事を完成させることなく2004年に自殺してしまったことも教えてくれた。
09/12/04
 体型を恥じる妊婦もいるらしいけど、うちの嫁は誇らしげである。知人にむかっては男女を問わず腹をはだけて見せている。私には「さわれさわれ」と日に何度もうながす。胎動を感じろというのだ。たしかによく動く胎児である。私は心配になって、これは痛みにのたうちまわってるのではないか、と思ったほどだ。生まれるまで性別は知らずにいるつもりが、検診映像でいきなりM字大開脚を披露し、父親の私さえ絶句させる巨根が判明した。
 かくなるうえは名前を練らねばならぬ。「康晴」とか「善治」はさすがに調子に乗りすぎであろう。「浩司」が最も好ましいが「看寿」も捨てがたい。「正」は狙いすぎか。いっそ「ボビー」はどうだ。『ヒカルの碁』を好きな嫁は「暁(アキラ)」が第一候補である。私もあの子は好きだ。
09/11/29
 汗の心配が無い季節になると、いつも通勤の電車を五つ早く下車して職場まで歩く。ぜんぶで四十分ほどだ。音楽を聴きながらが気持ち良い。昨年はマーラーの三番の後半をバーンスタインでずっと繰り返した。じっくり時間をかけてじわじわ盛り上がる壮大なドラマだ。
 今年の十一月はハイドンの交響曲第七十六番がお気に入りである。指揮はドラティだ。第一楽章はおいしいお鍋がぐつぐつ泡だつところからいきなり始まり、伸びやかな旋律に連なってせっかちに期待を高め、以下、それらが慣れた手さばきで様々な味付けをされて並べられる。第二楽章は弦がきれいだ。しかしながらいささか変化に乏しい変奏曲だな。そう思いかけたところで、旋律のしっぽが急速に重味を増し、厳粛な斉奏へ盛り上がる。ここが全曲の中でも忘れがたい。こんな意外性がハイドンの一番の魅力だと思う。その重い余韻を残した第三楽章のメヌエットが終わり、軽い音楽が始まる。優雅だけど演奏は控えめだ。派手にいこうと思えばできるだろうに、しない。これが終楽章なのである。なんとチャーミング。
09/11/15 紹介棋譜9参照
 タリ記念大会があって、久しぶりに論評しようかと棋譜を並べたらちんぷんかんぷんである。数十局を並べる日課から半年も離れたおかげで観賞能力が蒸発したらしい。結末に近づいたアルジャーノンの気分を味わった。いかん、それはいかんぞ。折からChess Informant 105 が届いた。好局と新手の上位局くらいは見ておこう、と思った。
 好局一位は昨年のドレスデンのチェス五輪からアコピアン対ヴァシェ・ラグラーヴだ。図は11...g6, 12.0-0. e5 まで。よくある局面のようで12...e5 が新手らしい。ここはBg7 が安全なところで、ラグラーヴ君も06年にはそう指してる。
 何より11...g6 が珍しい。この手の意味は白Nf5 の防止だろう。すぐ11...e5 だと12.Nf5 だ。そこで12...g6 は強く13.fxe5. Nxe5, 4.Bg5 と出られて不安だ。しかし、本譜ではh8 からの対角線に弱点を生じた。
 アコピアンはそこを突いた。図で好手は13.Rad1 である。もし13...exd4, 14.Bxd4 なら、白Pe5 黒dxe5 白fxe5 が見え、そうなると白Bxb7 も実現しそうで、f1 のルークがf7 に直射するから、白は全軍躍動だ。以下も好手が続いて勝った。
09/10/18
 嫁は鉄子である。こないだの連休は小海線に連れて行ってもらった。野辺山荘という小さな宿に泊まった。野菜や漬物の何てことの無い料理が絶品だった。線路沿いに三十分弱歩くと日本鉄道最高地点に着く。標高1375メートルだそうだ。カメラを持った鉄人たちが群がっている。彼らとちょっと離れた所に良い場所を見つけて私は撮ったが、ぶれてしまったのが残念。
 翌朝はきれいに晴れて八ヶ岳が美しかった。野辺山駅の近くにヤツレンの直売所がある。「ある!」と嫁が歓喜の声を上げたので寄って、寒いなかソフトクリームを食べてみた。うまい。最高にうまい。清里で食べたシュークリームもたぶん同社の製品だと思うが、これも最高だった。
 「龍岡城って知ってる?」と嫁が問う。え、それって五稜郭じゃん、小海線にあったのか。「行く?」。もちろん。龍岡城駅から重い荷物を提げて三十分強歩くと着いた。かわいい城跡だった。小さな星型の縄張りに合わせてお堀がカクンカクンしている。この日は小諸で一泊し、軽井沢も少しまわってそこから新幹線で東京に出た。
 ちょっとは将棋の話でも。渡辺明が江戸の名人たちをあまり知らないのを私は残念に思っていたのだけれど、畏友に「サンデー毎日」8月30日号を見よ、と教えられた。渡辺が三代伊藤宗看に短いながらコメントしてる。うれしくなったので、そこだけ紹介しておこう。
09/10/08
 一番むづかしいのが、図から12.g5. b4 の攻め合いである。で、思い出したのだが、これは07/09/11 で扱ったことがあった。すると、今回が最終回である。私は面白かったけど、人には伝わんない気がする。
 12.g5 以外の手を考えると、12.Kb1 と12.Rg1 が思い浮かぶ。
 12.Kb1 は手待ちである。白Pg5 より先に黒Pb4 からPa4 を指させ、その時に白Nc1 に引く余地を作った、と考えるとわかりやすい。このあと、白Pg5 黒Nh5 -f4 の展開になれば、引いた白馬はNd3 でさばける。
 12.Rg1 は手をためる、という感じだろうか。ルークをg筋の攻めに使うというよりは、Rg4 に浮いてQ翼の増援を図るという意味合いで使われる方が、活きる場合の多い感がある。
 書きかけ原稿だったけど、補筆してなんとか最後まで完結できた。白が基本形に組むに至る型はすべて分類できたのではないだろうか。将棋の矢倉のような定跡だな、と思った。
09/10/07
 いよいよ最難関の8.f3. Be7 である。図がそれだ。以下、たがいに入城して四つに組み合う。
 白は9.Qd2 の一手だ。8.f3. Be7 型の面白いところで、9.g4 は無い。9...d5 をくらう。10.exd5. Nxd5, 11.Nxd5 のとき、11.Bh4+ があるのだ。9.Qd2. 0-0 なら10.0-0-0 も絶対ではないか。もし10.g4 なら10...d5 で、勝率は黒が圧倒的だ。なお、9...Nbd7 は09/09/27 でふれた「悪く言えば手損」に入る。
 10.0-0-0 には10...Nbd7 がほとんどである。以下、11.g4. b5 も自然だ。これを次回に。ただ、Informator によれば、黒11手目にはQc7, Rc8, Nb6 もある。後二者は少ないので考えずにおこう。ちなみに11...h6 は全く無い。12.h4 で白のK翼攻撃と黒のQ翼攻撃の速度差はいかんともしがたいのだろう。
 11...Qc7 に対しては、ひとまづ12.Kb1 に寄っておくのが賢そうだ。12...b5 が多いが、c6 地点が弱くなるので、13.g5. Nh5, 14.Nd5. Bxd5, 15.exd5 からNc6 を狙う。12...Rfc8 なら黒Nb6 を阻止する13.Qf2 が面白い。白黒どちらも戦える。
09/10/04 紹介棋譜8参照
 図は昨図から11.Ne2. Nh5, 12.Qd2. a5, 13.Ng3. Nxg3, 14.hxg3. a4, 15.Nc1. Qa5 まで。私の目的はPe5型イングリッシュ・アタックの分類である。だからあんまり深く突っ込む気は無かったのだけれど、ここは気になって調べてみた。Informator で扱われている白16手目はNd3, Bh3, f4 だ。
 最も自然な16.Nd3. d5, 17.exd5 は、17...Bxd5 なら、18.Bh3 からBxd7 そしてNxe5 でポーン得だ。しかし、2002年の対アナンド戦でカスパロフは17...Qxd5, 18.Bg2. Qb5 と指し、これで事無きを得た。
 16.Bh3 は黒の狙いPd5 を阻止している。わかりやすい変化を書くと、16...d5, 17.exd5, Qxd5, 18.Qxd5. Bxd5, 19.Nd3. Bxf3, 20.Bxd7+. Kxd7, 21.Nxe5+ で両取りだ。ただ、あっさり16...Bxh3 で黒は怖いことも無さそうである。
 本線は16.f4 だろう。黒がPd5 の実現に固執すれば、16...exf4, 17.gxf4. d5 だ。そして18.f5. Ne5 が面白い。KQ両取りが狙いだ。大激戦をひとつ紹介棋譜に。ただ、19.Qf2 で白優勢らしい。今は16...g6 で難解な局面が続く。
09/10/03 紹介棋譜6・7参照
 9...b5 なら当然10.g5 になる。いきおい10...b4 も必然のようなものだ。図はそこまで。
 ちなみに10...Nh5 は白Nd5 を誘発するから勝率が悪すぎて、最近はとんと見ない。2000年グリシュク対フレシネを紹介棋譜に。d5 地点の駒交換の結果、白ポーンがd5 に残るので、c6 地点が黒の致命的な傷になるのである。白Na5 -c6 を狙われてしまう。10...b4 だったら白Qd2 -a5 の利きを遮るので、白Na5 は指せない。黒Qxa5 で取られる。
 図からはNd5, gxf6, Ne2 が考えられよう。11.Nd5 は実戦例もそれなりにあるが、さっき述べた理由で、10...b4 の時に使うのは芸が無さそうだ。11.gxf6 は指されない。悪手らしい。Fritz で調べた手順を紹介棋譜に。なるほど、と思う。
 11.Ne2 は元気が無さそうだが、この馬はNg3 でさばける。11...Nh5, 12.Qd2 は必然だ。1999年アダムズ対スヴィドレルが一号局で、その時は12...Be7 で白が勝った。しかし、自戦解説でアダムズは12...a5 を示唆し、これが主流になった。13.Ng3. Nxg3, 14.hxg3 に14...a4 が気持良いのである。ただ、白のK翼も手厚く、激戦例をたくさん見た。
09/10/01 紹介棋譜5参照
 8.f3 に入る。黒にはNbd7 とBe7 があるが、キャスリングを考えない前者から検討するのが整理しやすい。8...Nbd7 には9.Qd2 と9.g4 があるが、前者はすでに09/09/27 で述べた型だ。
 図は9.g4 まで。黒の応手にはNb6, b5, h6, Be7 がある。9...Be7 は10.Qd2 だ。09/09/27 や09/09/30 を参照。9...h6 は白Pg5 を遅らせる効果があり、その間に黒はPb5 やNc4 まで指せることが多い。ただ勝率はさえない。9...h6 はやや陣形を乱すし、キャスリングをせぬ弱みもあるからだろうか。9...b5 はいかにもナイドルフらしい攻め合いになる。次回に。
 9...Nb6 は歩越馬で形が悪いが、一番多く、勝率も優秀だ。d5 地点に駒を集中させ、10.Qd2 なら10...d5 が狙い。だから白は黒馬をどける必要があり、10.g5 が絶対だ。黒は積極的に10...Nh5 へ出るのが要点である。一方、白は黒の悪形に乗じてQ翼を制圧できる。2006年ポノマリョフ対イワンチュクを紹介棋譜に。穏やかなドローだが様子がわかる。
 10...Nh5 には11.Qd2. Be7, 12.0-0-0. 0-0, 13.Rg1. Rc8 をよく見る。そこで、普通に14.Qf2 を指すと14...Rxc3 を食らう。
09/09/30 紹介棋譜4参照
 この定跡のややこしさのひとつは、手順前後でいろんな型に転移してしまうことだ。棋譜の実戦手順を定跡書で調べようとしても、あっちこっちにページが飛んで、わけわかんなくなる。整理を思い立ったのはそんなわけだ。いまのところ、私は自分の説明方針と順序で満足している。気が向いたら黒Ph5 など、脇道にそれるタイミングの分類もしたい。
 図は黒番11手目、代表的な転移型である。互いに、仕掛けたいのか、入城したいのか、はっきりせぬまま辿り着いたりする局面だ。ただ、前回の10...Be7, 11.g4 は味わい深い。いきなり10...b4 よりも、図にしてから11...b4 の方が黒は得なのである。実戦例を並べると、11.g4 はあまり働かず、10...Be7 は貴重なキャスリングにつながることが多い。
 昔は図で0-0, h6, Nb6, b4がよく指されていた。Fritz 付属の棋譜集で2004年まで白30勝16敗15分である。が、最近は11...b4 の勝率が高まり、強豪たちの間では2005年から今年まで手製の棋譜集で白3勝2敗4分である。きっかけは、黒の敗局だが2004年スヴィドレル対サトフスキーだと思う。2005年ポノマリョフ対ト祥志を紹介棋譜に。
09/09/28 紹介棋譜3参照
 今日で8.Qd2 を終えよう。先述の10.g4 と10.a4 を比べると、個人的には前者が感心しない。黒b4 を誘わずに12.Nd5 に跳ねるから、黒Nc4 が好形に見えるのだ。その点、10.a4 は10...b4 で黒ポーンを崩してから11.Nd5 だ。この後の白Bc4 に期待できるし、白Pa5 からRa4 の進出も可能である。あくまで、ど素人の好みだけど。
 図は8.Qd2. Nbd7, 9.f3. b5, 10.0-0-0 に組みあがって、10...Rc8, 11.g4 まで。10...Rc8 は実戦例は少ないが、理論的には重要だと思う。図になればもう11...Be7 から入城する余裕は無い。多いのは11...Nb6, 12.g5 で、黒12手目はNfd7, Nh5, b4 だ。Nfd7 は10.g4 と似ている。比較して、ここでのNfd7 はやや損だと私は思う。Nh5 は2008年カルアナ対コステニクを紹介棋譜に。白が良さそうだ。b4 は09/01/28 で書いた。
 ほか、ゲルファンドの好んだ10...Nb6 は滅んだ。11.Qf2. Nc4, 12.Bxc4. dxc4 にボロガン新手13.Na5 だ。13...Qxa5 は14.Bb6 で死ぬ。代表局は06/01/30 に。10...Be7, 11.g4 は次回に。いろんな手順前後で実現する中間領域だ。
09/09/27 紹介棋譜1・2参照
 図は8.Qd2. Nbd7, 9.f3 まで。8...Be7 もあるが、9.f4 の対策を考えないといけない。8...Nbd7 なら9.f4 を心配しなくて済む。最も単純な9...exf4, 10.Bxf4. Ne5 でさえ黒は戦えるだろう。
 白がf4 の含みを残したいなら、8...Nbd7 には9.0-0-0 だ。9...Be7 でも9...b5 でも10.f4 である。黒も悪くない。白がイングリッシュ・アタックの研究戦を避ける手順だ。普通のイングリッシュ・アタックに戻りたければ10.f3 だ。これも多い。ただし、キャスリング無しで攻める後述の作戦が消え、選択肢が狭まる。したがって、図の手順が本線である。
 図からは9...b5 か9...Be7 だ。9...b5 には10.0-0-0, 10.g4, 10.a4 がある。主流の10.0-0-0 は次回に。10.g4 は10...Nb6 が面白い。11.g5 に11...Nfd7 と引ける味がある。1996年ポルガー対ゲルファンドを紹介棋譜に。10.a4 も独特だ。白16手まで確定手順で、そこからが深い。1996年シロフ対ゲルファンドが重要。紹介棋譜に。
 9...Be7 は悪く言えば手損だ。白Pg5 に黒Nbd7 と引く余裕が無い。むしろ白Pg5 を誘って黒Nh5 に飛び出す手である。
09/09/25
 今回はPe5 型だけを扱う。Pe6 型には07/09/10 の勝率八割攻撃を目指してもらえばいい、ということで。
 白が基本型に組むには、f3 とQd2 のどちらを先に指すか選ばなければならない。その分かれ目は8手目に訪れる。8.f3 はPg4 を早く突けるし、8.Qd2 はPf4 の可能性を含みに残せる。8.f3 か8.Qd2 かの決め手は、前者の8...h5 と後者の8...Nc6 、どちらの脇道定跡を恐れるかだ。図は8.Qd2. Nc6 まで。
 8.f3 は白Pg4 が狙いのひとつだ。だから、黒に8...h5 を指されるとそれが阻止されてしまう。対して、8.Qd2 はPg4 に固執した手ではないので、黒には8...h5 と指す意味が無い。
 8.Qd2 は白f3 を指してないのでe4 が弱い。当然ながら8...Nc6 に9.Nd5 は不可能である。しかし、8.f3 なら8...Nc6 には9.Nd5 だ。以下、白Bb6 から白Nc7 を狙える。だから、黒はNc6 ではなくNbd7 型でb6 地点を守っておくべきだ。
 統計的には8.f3 が選ばれる率の方が高いが、整理しやすい8.Qd2 を先に調べよう。
09/09/24
 すこし古い原稿が出てきた。未完だけど、せっかくだから、アップしておく。
 図はチェスファンなら誰でもわかるイングリッシュ・アタックの駒組みである。それは前提として話を進める。
 白は基本型、黒は理想形だ。ここで黒の手番なら、Pb4 が指せる。シシリアンの悲願Pd5 も実現可能だ。ただし、この図が実戦で現れることは無い。黒が3手多く指しているからである。面白いことに、Fritz によると、ここで白番なら形勢は、やっと黒も互角で戦える、というところらしい。白の布陣がいかに優秀であるかがわかる。
 黒の考え方も見えてくる。図から3手のどれかを省略し、できるだけ理想形に近づけ、白の基本形に対抗する、である。つまり、「Ph6 を省く」「キャスリングを省く」「Q翼の構築を省く」という方針の兼ね合いだ。
 もちろん、「白に基本形を築かせない」という作戦もある。たとえば、早めにPh5 を指すだけでそれは可能だし、他にもたくさんの選択肢がある。ただ、そこまでは語れない。

戎棋夷説