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ダニッシュギャンビット、神戸チェスプロブレム世界大会

12/11/02
 神戸大会の後日談を。橋本問題を解いて意気盛んな嫁が、「もっと簡単な問題は無いの?」と問う。私が思いついたのは父ポルガーの『Chess: 5334 Problems, Combinations, and Games』(1995)である。広辞苑とか大辞泉とかくらいの重さの書物に、五三三四問の練習問題を詰め込んだ、要するに、初級者の腕力を鍛える器具である。嫁をおどすつもりでこれを見せると、彼女はひるむどころか、「二〇〇問でいいから、あなたの職場でコピーしてきて」と言い放った。翌朝、私はこの大冊を行商人のように背負って出勤せざるをえなかった。御存知ないかたのために、第一問だけでも図にしておこう。もちろん白番の一手詰だ。コピーを片手に解き始めた嫁を観察して思うに、こんな問題が三〇〇問も最初に並んでるというのは、超初心者にはちょうどよいトレーニングである。最初の数問に考えこんでいた彼女も、一目でわかる問題が次第に増えていった。
 何局か私と対戦もした。黒番の私がポーンとキングだけで相手をする。嫁が勝つか、私がステールメイトに持ち込むか、だいたい五分五分の勝負だ。対局時計がほしくなってきた。運の良いことに、近所にチェス用品販売専門店 Checkmate Japan の大阪堺店がある。さっそく出かけて、使い勝手の良さそうな中級機種を買ってきた。キズもの商品を安く売ってくれたりして、やはり店に直接出向くのは楽しい。もっとも、対局時計で私と嫁がまづ戦ったのはチェスではなかった。持時間二分の「しりとり」であった。ほかにもいろんな遊びかたがあるだろう。残念ながら、嫁のチェス熱はここ一週間ほど低下気味である。
12/10/27
 神戸でのチェスプロブレムの世界大会は大成功で終わったようだ。実行委員長若島正のツイッターによれば、海外の参加者から見てもスタッフの働きは素晴らしかったらしい。寄付を送った私たちへの礼状と会計報告も届いた。大会の晩餐会で配られた冊子が添えられている。寄付金は九〇数名から二三〇万円以上も集まっていた。会場費とほぼ同額である。役に立ったことがわかってうれしかった。名簿には羽生善治や渡井美代子の名も並び、ちょっとした連帯感も味わえる。そして冊子だ。大会で使われた問題が九〇数ページにわたって並んでるだけの編集なのだけど、集まった人たちの楽しさが伝わってくる。意味不明の局面図や棋譜記号を眺めて嫁も感嘆し、「これをやりたくって、世界中の不思議な人たちが一堂に会するわけね」。対話形式の問題もある。ひとつ訳して紹介しよう。「昨日さ、へんな試合を見たんだ」「面白そうだね、ちょっと聞かしてよ」「白が六手で黒王を詰めたんだ、で、そのときね、盤上にはナイトが六個あったんだ」。この棋譜がわかりますか、という問題である(中村雅哉)。
 角川映画に私が関心を持つことはまづ無い。けれど、「天地明察」に本因坊道策と安井算哲が登場する、となれば仕方ない。観に行った。10/07/03 にも書いたとおり、私は原作を最初の数章で読むのをやめた。それに比べれば、映画の方が出来は良いと思う。笹野高史と岸部一徳の役が気に入った。ともに主人公の上司なのだが、とにかく算術が好きで、主人公が算術に長けていることがわかれば、身分の上下も忘れてほめたたえ、夢中で語り合い、飽くことを知らない。仕事ぶりにも算術への愛があふれており、私はうらやましくなった。ああ、と思った。神戸の会場と同じ空気なのである。棋士がこの空気を吸えば健康になれる。大会参加と王座戦が重なる羽生善治の過密スケジュールを私は心配したけれど、大会参加はむしろ王座戦を戦う力を与えたはずだ。
12/10/14
 王座戦の第四局は千日手になった。後手の三間飛車に先手が天守閣美濃に組む懐かしい将棋だったので、私にもよくわかる。残業しながら棋譜中継を見るのが楽しかった。指し直し局は羽生が勝って再び王座に就いた。今のままの棋風で三十代に入ったら渡辺は弱くなる、と私は思っている。今回の結果は、早くもその始まりなのか、成長のきっかけなのか。
 この間にも羽生はチェスの対局を続けており、スケジュールが過密で、王座戦は心配だった。渋谷でスクリプチェンコと三十分切れ負けの持ち時間で二局指している。当日は台風のおかげで仕事が無くなり、私はテレビ中継を見ることができた。羽生の白番局はあまり見どころの無い引き分けだった。スクリプチェンコの白番局も最初はそんな流れだったが、彼女の打開が見事で勝ちそうになった。そこで引き分けた。残り時間が少なかったのである。
 とにかく、テレビでチェス対局が中継された。カメラはいつもの将棋番組よりも対局者に肉迫しており、羽生の集中と苦悶が大写しにされ、私は粛然と見守った。かつて、ロチェが来日して羽生森内佐藤と同時対局を指したことがある。あれがネットで中継されてから十年だ。この間の活動や発展の中心にいつも羽生がいてくれたことを思う。日本チェス協会は何の成果も挙げていない。
 読者さんから観戦の御報告をいただいていた。帰りのエレベーターで将棋棋士と一緒になったという。ベテラン九段だ。上手に話を向けると、「いやぁ、羽生さんはスゴイですねぇ」とか言いながら、「将棋界には二つの意見があるんです。羽生さんがチェスの世界に行ってしまっては困るというのと、早く行ってくれないかなというのが」という話をしてくれた、とのこと。
12/09/25
 羽生善治は東京でもヴァシェ・ラグラーヴと対局していた。森内俊之と組んだチェスの二面指しである。フランスで同様の対局をしたことは昨年に書いた。それとちょっと違って、今回は二人の永世名人が白番である。残念ながら、白番を意識した勝ちにいくような展開にはぜんぜんならず、フランス王者の完勝で終わった。森内は、黒が手を変える16手まで、神戸の羽生と同じ手を指していた。なお、このイヴェントのWEBデザインは、twitter で羽生と中村太地のファンとして知られるアリハラさんが担当したものだ。美しい。
 先月に述べた「ものぐさ記念対局」が終わった。自戦記を残しておく。また対局できるよう、ものぐさ氏には早く次の本を出してもらいたい、というのが対局者二人の統一見解である。
12/09/20
 重ねて言えば、スタッフの準備も見事だった。すべてのテーブルにはチェスの盤駒が用意され、観戦者はそれを使って検討できる。会場の後方には将棋用具も積まれており、希望者は自由に使えた。お茶席まで設けられていた。
 チェスの観戦記を書いた。この対局の翌日に羽生は岩手にいた。王座戦第三局のためである。対策を練る時間はあったのだろうか。自分がラグラーヴと指したいという以上に、大会が盛り上がってほしいという気持ちで、無理な日程を押してくれたのではなかろうか。「検討用のコンピュータとか持ち歩いてるのかな、そんな人には見えないけど」と私が言うと、嫁はそんなに心配していないようだ、「あの人自身がコンピュータなのよ」。
 第三局は羽生が勝った。渡辺明と戦う時は積極的に攻め続けて、いつもそれが切れてしまいそうになるのが不満であった。今回は、不可解なジャブで渡辺陣を小突く仕掛けで始まり、途中で手を渡し合ったりするなど、羽生らしかったのがうれしい。
12/09/18
 半年前に書いたとおり、いま神戸でチェスプロブレムの世界大会が開催されている。その一環としてヴァシェ・ラグラーヴが来日し、昨日は羽生善治と対局した。持時間一時間で飛車落とチェスを同時に指そう、という企画である。「ナマハブを見たい!」と嫁が熱望し、私は会場で販売される橋本哲作品集が欲しかった。私はルールもよく知らない嫁に将棋の記譜法を一夜で教え込み、二歳児は保育所に預けて、神戸商工会議所会館に夫婦で馳せ参じたのである。盛況で大成功のイヴェントだった。ボランティアを集めたスタッフによる進行も見事だった。
 今日は将棋の話を。嫁の採譜がほぼ完璧で感心した。下手のヴァシェ・ラグラーヴは、二枚銀を押し上げ、角道を止めてでも桂を動員するという、超攻撃的な布陣である。当然、玉は薄くなり、羽生はその欠陥を自然に突いた。下手の攻めを受けて得た駒が上手の攻撃力を倍加させている。観戦慣れしているファンには「具体的にわかるわけないけど何かありそうだね」という局面になり、案の定、△4六歩▲同玉△3四桂から詰んで羽生が勝った。
 もう少し嫁自慢をさせてもらおう。会場では橋本哲の短編がプリントされたTシャツやバッグが売られていた。図がそれである。8手でこんな局面に至る棋譜を考えよ、という問題だ。8手とは、将棋や囲碁の数え方では16手である。答えは一通りしか無い。黒の手は想像がつく。Pe5, Pe4, Qf6, Qf3, Pf5, Kf7, Kg6, Kh5 で8手だ。これをうまく並べれば良い。難しいのは白である。すぐ思いつくのは、Nf3 とNg1 を繰り返し、ナイトを黒Qxf3で取らせて、その後はRg1 とRh1 を繰り返す手順だ。しかし、これは奇数手順でしか実現しない。工夫が必要になってくる。
 図はシンプルなのですぐ解けそうなのが、この問題の危険な香りだ。「まあやってみて」と、簡単にルールを教えて、嫁にすすめたら没入した。対局中も採譜しながら頭をかかえている。将棋もチェスも終わった頃に「解けた!と思う」という、がらにもない控えめな歓声があがった。超初心者が二時間も考え続けたことになる。私たちの隣に親切なドイツ人がいて、的確なヒントと温かい視線を与えてくれたのが助かった。記念に写真を撮らせてもらい、帰宅して名札を確認すると、ドイツの解図チャンピオンだった。
 橋本哲作品集『64 Proof Games』では第21番の問題だ。この作品集にはもっと高度な20手前後の作品がたくさん収録されている。日本のチェスはプロブレムの分野では先進国であることを誇れるのだ、ということは、ぜひ知っておいてほしい。嫁は会場で著者を探しだすと、「あたし初めて解けたんです!」と追いすがり、迷惑そうな反応にもかまわず、作品集にサインをねだってきた。そのうえ、私のところに戻ってきて「カメラカメラ!」と叫ぶ。「いや、そんなことさせてくれる人ぢゃないよ」と諦めさせて帰路についた。電車の中で彼女が問題の苦労と素晴らしさを語り続けたのは言うまでも無い。
12/09/10 紹介棋譜18参照
 イスタンブールでチェス五輪が開催されていた。日本のエース小島慎也は最終日に対局せず、代わりに南條遼介が一番卓に座った。南條が勝てば、昇格するための実績をひとつ積めたからである。私がすぐ思ったのは、これが松本康司存命の日本チェス協会なら、理由は想像もつかないが、とにかく小島は謝罪を強要され、その後、次第に退会や除名処分に追い込まれたであろうことである。仮に、小島が一番卓で戦った場合でも、理由は想像もつかないが、小島の謝罪やその後の除名が決まったかもしれない。
 前回の答え合わせをしておこう。Qg8 だ。つぎQh7+ で詰む。白がそれを防いでKb1 でも、Qh7+、Kxa2 にRa8+ で詰む。難易度よりも視野の広さが自慢だ。白の正着はRc1 だろう。以下、Qh7+ からQd3 で黒の優勢が続くはずだ。
 ダニッシュギャンビットについて。12/05/15 の基本図になればほぼ勝ったも同然である、とは前に書いた。これまでのchess.com の経験では12/07/04 の5...Bb4+ が一番多い。先日、珍しく12/05/26 の図になった。以下、定跡書どおりに6...Nc6, 7.Nf3 と進み、そこで7...Bb4 ではなく、7...d6 が出て私は考えこんでしまったのである。実戦は8.0-0. Bg4 と進み、本日の図になった。結果は惨敗。Bg4 が白Qまで串刺しにしてるのが煩わしく、さらに、Nc3 がBb2 の進路を妨害しており、この定跡特有の破壊的な展開力をまったく発揮できなかった。
 敗因分析の結果を書いておく。白は9.Nd5 が最善だろう。Bb2 の進路を拓き、Nf6 を傷にしようとしている。黒は9...Be7 が安全だ。私もそう指すだろう。ここに書いておきたいのは、傷を隠す9...Nd7 である。Fritz の見つけた絶妙手を紹介しておきたい。10.Rc1!. Bxf3, 11.Qb3!! だ。11...Bxg2 には12.Nf6+ がある。11...Bg4 には12.Qxb7. Rb8, 13.Nxc7+ が強烈だ。黒はたぶん、キングの退路を作りつつb7 地点を守る11...Qb8 を指す。このように黒Qを遠ざけてから12.Qxf3 を取るのがうまい。黒は12...Nce5 で受かったように見えた瞬間、13.Nxc7+ が飛んでくる。これが10.Rc1 の効果だ。意味はわかるでしょう。紹介棋譜に。
12/08/31
 八月いっぱい続いた不調も、いちじくの夜のおかげで終わったらしい。勝ちも負けも私らしくなってきた。好調は望めないにしても復調は果たせたようだ。
 図は持ち時間10分で、駒得した黒の私が油断して白に中央突破を許したものの、Rxa2 で端を食い破り、なんとか優勢を維持しようとしているのに対し、相手はKc2 で黒の攻めをかわそうとした局面。
 一見して白の手はおかしい。Kb1 なら私はルークを守る手を考えねばならなかった。本譜なら、攻めの継続をはかれる。すぐ浮かんだのはBa3 だが、Rb1 で簡単に受かりそう。Qc6 からRha8 を狙うのが手堅いか。しばらくこの筋を読む。楽しくない。時間が減る。
 うーん、のけぞって目を遠くした瞬間、「あれっ?」とひらめいた。詰めろがかかるぞ。わくわく指したら、相手はびっくりして受け損ない、瞬時に詰んだ。その決め手、わかります?
12/08/29 紹介棋譜17参照
 近所のワインバーに寄ったら「新入りに負けたんですって?」と問われた。12/06/22 の一件である。実は他の店に行っても言われた。チェスの試合結果がこれほど話題になる土地って他にあるだろうか。おすすめのワインを頼むと、「夏っぽい感じでアリゴテ種はどうでしょう」。さわやかな味わいで、嫁が好きそうだと思い、数日後に酒屋で探して晩酌を楽しむことにした。つまみとして、嫁がいちじくを細く裂き、私がそれに薄い生ハムを巻く。合うのだ。余ったいちじくは口に入れて、チーズをかじる。これも合う。この日の私はTactics Trainer を二十五問のうち九問不正解で一気にレイティングを132も失っており、癒しの酒宴であった。おかげで次の日は全問正解だったけれど、まだ立ち直ったとは思えず、自分のチェスを考える気分でもなく、三ヶ月前に終わった世界王座戦の棋譜を並べてた。
 一九九〇年代の初め頃、オックスフォードのチェス事典では、カスパロフの後継者に目されている選手としてイワンチュクとゲルファンドが挙げられていた。その記述によれば、カスパロフ自身はゲルファンドの方に将来性を認めている。精神的な安定度が理由だった。実際は二者ともカスパロフに挑戦するほどの実績は挙げられずに終わってしまった。けれどゲルファンドはアナンドに挑戦する機会は得たのである。前号のNew In Chess ではこの王座戦がメインの特集であった。なるほど、と思ったのは、挑戦権を得るまでにゲルファンドが五十六局を戦い抜いたという、ニールセンの指摘である。これはフィッシャーの五十五局、カスパロフの五十一局をしのぐ数字だ。たんにチェスが強いだけでなく、精神力も試されてゲルファンドが選ばれたわけである。ニールセンはアナンドのセコンドだ。ファンの皮相な目には物足りない挑戦者ではあったが、この点を見逃さずにいたアナンド陣営は油断してなかった。結果は、1勝1敗10分の末、早指しの延長戦を1勝0敗3分で制してアナンドが防衛した。二人とも決して地味な棋風ではない。互いに自分らしさを控えてドローの多いしぶとい戦いに徹したようだ。おかげで棋譜のレベルは下がったけれど、防衛に成功したアナンドにしても、接戦に持ち込んだゲルファンドにしても、狙いは悪くなかったと思っているはずだ。
 勝負を決めた早指しの第二局がこのマッチの代表局だろう。9手でクィーンが消えてしまい、黒のゲルファンドが早々に18手でポーンを放棄し、粘りに入る。観戦者には気の滅入る展開だ。小技を利かせば引き分けられる機会が何度かあったが、ゲルファンドは安全策を選んだので、ぢわぢわ追いつめられてゆく。図はそんな63.Rg7+. Kb8 の局面である。安全策の成果はあって、白も決め手を得られていない。これを77手で勝ち切ったアナンドは強い。少ない残り時間で構想を描けていた。d4 のキングをa5 に運び、d5 のナイトをc3 -a4 -c5 に移し、ポーンをb6 に進めれば、Rg8# が見える。これが白Ka5 まで実現したところでついにゲルファンドに敗着が出た。そこから投了に追い込むまで数秒しかアナンドは時間を使わなかったという。図のあたりからを紹介棋譜に。
12/08/25
 こないだの自戦記が私の好調の終りだった。いまchess.com でのレイティングは、持ち時間が一手三日なら1800台のまま、10分切れ負けは1500を切った。Tactics Trainer はここ三ヶ月2000どころか1900にも届かない。正解率七割を維持するのがやっと。楽しくない。伸び悩んで対局から離れる人の気持ちがわかる。凋落のきっかけを自戦記第十二局として残しておく。大局観が悪いのだ。大局観って何だろう。読みの裏付けが無ければ素人の形勢判断と変わらないし、あれこれ読んでいるようでは大局観ではない。長期的な展望が必要な手広い局面で、何を読めばいいかわかるのが大局観ではないか。たいていそれは指したい一手だ。でも意志の濁ってる者は、手広い局面ではそれをしっかり読まず他の手に逃げてしまうのである。本局ではそれを思った。意志が純粋な大局観を加藤一二三は「直感精読」と言ったのかもしれない。
 こないだのオリンピックで無気力試合をしたバドミントンの選手が失格になった一件は記憶に新しい。チェスでも同じ処分をしたら試合場は無人の荒野になるだろう。前号のNew In Chess で一九五三年のチューリッヒが語られていた。ブロンシュタインの名著で知られる挑戦者決定大会だ。アメリカのユダヤ人レシェフスキーをつぶすためにソビエト選手は談合した。ブロンシュタインの告白が知られている。途中で首位に立ったスミスロフを優勝させるために、ソビエト選手はレシェフスキー戦に全力を尽くし、スミスロフに対しては疲労を気遣ってあっさりした引き分けを心がけるのである。談合に居合わせた我が最愛のケレスは決然としてこの案を拒否し、怒りすぎて冷静になれず、スミスロフに負けてしまった。ブロンシュタイン対スミスロフの気抜けした局面をのぞいたレシェフスキーは失望し、「んー」と鼻を鳴らして盤側を離れた。「あの音が今でも聞こえる」とブロンシュタインは約五十年後の告白に書いている、「私の恥辱が消えていないからだ」。ケレスやブロンシュタインと同点の二位に終わったレシェフスキーは閉会式で泣いていたという。
 New In Chess の記事はレシェフスキーに焦点を当てたものだった。どんな大会になるか、彼にも想像はついていたようで、出場すべきなのか最初は悩んだようだ。にもかかわらず、豪華メンバーと封じ手局面を検討する最強スタッフで大挙したソビエト軍団に対し、彼は妻と子供しか伴わなかったそうだ。それでも記事はレシェフスキーの孤独な戦いを称えている。彼の前例があったからこそ、フィッシャーは盤上のみならず盤外でもソビエト勢を相手に要求を押し通すことができたのだ。なお記事には、八〇歳のレシェフスキーが七〇歳のスミスロフの背中をたたいて再会を喜び合う一九九一年の写真もあった。
12/08/10
 帰省中で一番大きい事件は、「ものぐさ将棋観戦ブログ」の過去記事を編集した電子書籍が無料で配布されたことだろう。八月三日である。いまもう962ダウンロードされていて、嫁に訊いてみたら見事な数字らしい。表紙や巻末の解説などを、ものぐさファンが集まって協力しているのが特徴だ。どちらもただの付き合いではない。日ごろからあのブログを愛していることがわかる仕事だ。その評判が保証となって数字につながったのならうれしい。実は私も序文を担当させてもらったからだ。光栄である。前にも書いたことを繰り返すと、「ともあり遠方よりきたる」というのは、人のこういう集まり方の幸福を言ったものだ。「と言って、誰も自分のために集まってくれないことに腹を立てたりしないのが立派な人だ」、と孔子は続けて述べている。そう読まないと文脈が生じないし、その部分をこそ孔子は伝えたかったのだろうに、我々は二十年ぶりの同窓会のイメージでしばしば「とも」を考えてしまう。なお、「とも」はこの企画にまだ遊び足りないので、「ものぐさ記念対局」を始めることにした。ものぐさ氏から「まるで故人の扱いじゃないですか」という抗議を受けたが、内心では「もういつ死んでもいい」と思っているはずである。
 終盤の強いチェスプレーヤーが私は好きだ。自分もそうありたい。けれど、我々のレベルの終盤はたいてい大差になっているか、歴然とした引き分け局面である。終盤力を発揮する余地が無い。例外があれば記念に残しておきたくなる。そんなわけで自戦記第十一局を作った。けっこう真面目に書いたので、日本の中級者の終盤力がよくわかる出来ではないか。また、私よりちょっと弱い人が読んでくれたら、参考になる部分があるように思う。
12/08/07
 四十九日の法事があったりしたので、早めの帰省をしていた。例によって実家の棋書を読み返した。ツイッターでは『大山康晴名局集』が話題になっていて、あれは私も欲しい。でも将棋の本はもう買わない、と決めてもいる。悩みつつ、ひとまづ『大山、中原激闘123番』(1981) を手に取ったのである。一枚の写真が気になった。昭和五三年の王位戦第三局だ。私は大阪に帰って、こないだ紹介した加藤一二三『将棋名人血風録』を調べた。中原誠に大山が挑戦したこの年の王位戦で、大山は将棋盤を90度回転させてしまったという。タイトル保持者が上座、つまり床の間を背にするのがしきたりなのに、それを曲げられて、中原は激怒したのだった。写真も中原の顔がこわい。ところが、加藤の本では第五局での事になっている。また、話の経緯もいささか異なる。
 ダニッシュ・ギャンビットは上達してきて、12/05/15 の基本図になれば、ほぼ楽勝できるようになった。相手にソフト指しを疑われたほどである。私はすでに定跡本は読まず、自分のこの研究ページを復習してるだけだ。12/05/31 で扱ったQc2 から0-0-0 にする型が役立っている。みなさんもぜひお試しを。基本図にならなくても、勝率が高い。きれいに技の決まった一本勝ちを自戦記第十局にした。
12/07/17 紹介棋譜16参照
 二か月に渡った研究も今日で終りである。ダニッシュ・ギャンビットに関してネットで読める日本語では一番くわしいページだろう。最後は3...dxc3 を取らない場合だ。
 私が「お父さんのためのチェス2」を好んでいるのは何度も書いてきた。珍しいけど馬鹿にできない定跡選択が魅力のひとつである。私の1.e4 に1..e5 で返してきたので、もちろん2.d4. exd4 に3.c3をぶつけた。棋譜を自戦記第九局にしたので御覧ください。私という人間が完璧に表現されてます。
 さてこの一局、案の定、「お父さん」は不思議な手で応じてきた。3.c3 に図の3...d5 である。白はどう指すべきか、まったくわからなかった。局後にLutes の本で調べるとSorensen Defense というらしい。ずば抜けて優秀だ。アリョーヒンもこう述べている、「疑い無く最善の防御だ。白は互角の形勢を許してしまう」。私はいままで何を書いてきたのやら。定跡辞典では片隅に隠れていたので、こんな変化があることに気付かずにいた。
 4.Qxd4. dxe4 も4.e5. dxc3 もパッとしない。4.exd5 しか無さそうだ。4...Nf6 がラスカー、アリョーヒン、エイヴェの推奨手で、5.Bc4. Nxd5 なら黒が良い。マーシャルの巧みな5.Bb5+. Bd7 に6.Bc4 を覚えておこう。
 Lutes が詳しく紹介しているのは4.exd5. Qxd5 である。5.Nf3 なら5...Bg4 で黒良し。だから5.cxd4 が好手で、以下、5...Nc6, 6.Nf3 だ。つまり、スコットランド定跡で黒がゲーリング・ギャンビットを取らない形に落ち着く。この先は私の手に余る。マーシャル対カパブランカの短手数局を紹介棋譜にしておこう。黒が主導権を握って、どっちが仕掛けたのかわからないのがこの定跡の特徴だ。相手に好きなことをさせず自分から動きたい人、あるいは「正しい手を続けていれば負けないはずだ」と考えてる正着主義者にオススメの戦法である。
12/07/13 紹介棋譜15参照
 Giddins, The Greatest Ever Chess Endgames を読み終えた。チェスの洋書を一冊読み終えるのはとても久しぶりだ。12/06/09 に書いたことに付け加えると、だんだん棋譜は難しくなる。ビショップ対ナイトのあたりから、解説を読み飛ばすことが増えてきた。それでも五十局全部の横文字を鑑賞しきれたのだから、私としては快挙である。三十局は以前に並べたことのある名局だった。それらの新しい魅力をたくさん教えられた。対局当時のエピソードや最新の研究成果を披露してくれている。また、中級者に役立つ位置取りや駒交換の指針に満ちている。さらに言えば、それらの「コツ」を伝えつつも、「終盤では大局観よりも具体的な手順の読みが絶対に重要なのだ」というメッセージを送り続ける。
 日本語の本についても。いつか書こうと思いながら二か月もたってしまった。加藤一二三『将棋名人血風録』である。自身が名人経験者であるだけでなく、木村義雄から森内俊之までの実力制名人全員と対局したこともある、という超人が歴代名人を語るのだ。同じ新書版では大山康晴『昭和将棋史』(一九八八)が似たような趣旨の本だった。比較して、加藤の無私というか無邪気というか、まったく悪気の無い口調が、どんなドロドロしたエピソードだろうと読者の気分を暗くさせない。「なんで勝っても勝ちは勝ち」という神田辰之助の名ゼリフを、被害者本人の木村義雄が萩原淳に使っていた、など今まで聞いたことの無い話がたくさんある。なんと言っても大山康晴に関わる記述が最高だ。ぜひ読んでお確かめを。
 4...cxb2 を取ってくれないダニッシュ・ギャンビットで、なぜAlekhine Gambit が「無理の無い方針」に思えるか。たとえば、4...Bb4 (Krause Defense)に対し、Lutes の推奨する定跡どおり5.bxc3 を指すのは危険ではないか、と思うのだ。5...Qf6 に6.cxb4 が好手だ、とのこと。でも、6...Qxa1, 7.Qb3. Qf6 と進んだ局面は白の駒損が大きいのではないか。紹介棋譜にしておく。そんな変化に飛びこむよりは、私は5.Nxc3 を取りたいわけである。
 図は5.Nxc3 に5...Bb4, 6.Nf3. d6 まで。意味はもうわかるだろう。スミスロフの手だそうだ。いかにも堅実である。黒Nf6 の前に白Pe5 を防いだ。そのかわり、白e4 ポーンへの圧力が無い。だから7.0-0 が良さそうだ。以下は、ピンを解消されたので7...Bxb4, 8.bxc3 が自然である。ここからが難しい。8...Bg4 には9.Qb3 が好手らしい、とだけ書いておく。
12/07/10
 ルーレットで同じ目に張り続けるように期待して、私はソク―ロフを観てきた。苦痛なほど退屈な映画を何本も我慢してきた。いつかすごいのが来るはずだ、それに賭けてきたのである。そして「ファウスト」でついにめぐり合った。もっとも、何を見たのか、よくわからない。わからぬまま映像に圧倒されてふらふらと席を立った。原作にまったく感心できなかった私には、今回も言葉の多くは響かなかった。悪魔や悪魔をめぐる映像、グレートヒェンの清純なくせしてファウストをひきこむ映像に、「そう、ゲーテにもこう書いてほしかった」と思ったわけだ。
 ダニッシュ・ギャンビットを受けない手を最後に扱う。3...dxc3 で取らぬか、4...cxb2 で取らぬかだ。実はたくさんある。とても覚えきれないし、覚えても無駄だろう。簡単に済ませたい。特に、4...cxb2 を取らぬ手については、Alekhine Gambit を紹介することで代えたい。多くの変化が、この形やその類似形になるからである。1.e4. e5, 2.d4. exd4, 3.c3. dxc3 を4.Nxc3 で取り返すのが始まりだ。これが有利だと思えば、これに導けばいいし、不利だと思えば避ければいい。経験の浅い私の印象を言うと、白有利ではなさそうだけど、これに導くのが無理の無い方針に思える。
 以下、4...Nc6, 5.Nf3 はスコッチ・ギャンビットの一種になる。さらに両者が普通に指せば5...Bb4, 6.Bc4 だろう。ここを考えたい。代表的な手が6...Nf6 と6...d6 だ。図は前者。まづはこちらから。黒の狙いはBxc3+ であるのは言うまでもない。白はPe5 を指したい。0-0 も指したい。すぐ7.e5 なら黒には7...d5 の反撃がある。8.Bb3 でも8.exf6 でも激戦だ。ひとまづ7.0-0 なら、7...Bxc3, 8.bxc3. d6 は必然だろう、以下、9.e5 で激戦だ。Lutes の本の手順をFritz にかけたところ、いろんな手が見つかって、とにかく激戦である。
12/07/04
 八ヶ月かけてスコット・ロスのスカルラッティ大全集三十四枚組を聴き終えた。私はスポーツクラブで一時間を時速八キロでゆっくり走るのが好きだ。その際によくこれを耳に流す。ピアノや管弦楽は周囲の雑音に負けてしまうし、バッハはノリが悪いのである。ロックや電子音楽まで試した末にロスの快演にめぐりあった。聴き飽きる心配が無い。また一枚目から始めるつもりである。
 先日に書いたこともあって、末期の病室に私はどんなCDを携えてゆきたいか、と考えた。あす入院ならロスのスカルラッティとエオリアン弦楽四重奏団のハイドン、計五十六枚を。ふた箱だ、場所もとるまい。嫁には言いきかせておこう。さもないと自分で判断してミシェルガンエレファントとアニソンをがんがん鳴らしかねない。
 さて、12/05/15 から扱ってきた基本図で、最後に5...Bb4+ (Kolisch Defense) を検討する。いままでに触れた型に転移しやすいのが特徴である。白は漫然と指していると不利な局面に誘導されてしまう。たとえば、6.Nc3. d5, 7.Bxd5. Nf6, 8.Nf3. Bxc3+, 9.Bxc3. Nxd5 は、知らぬ間にSchlechter Defense の思う壺である。あるいは、6.Nc3. Nf6, 7.e5 は、12/05/22 で述べた「気の進まない」局面だ。以下、7...Qe7, 8.Ne2. Ne4 で、私には白Pe5 が空振り気味に思える。
 私自身は6.Nc3 を選び、6...Nf6 なら7.Nf3 で12/05/31 の図を目指したい。7.Ne2 という手もある。カパブランカは素人相手にダニッシュ・ギャンビットを採用する人で、彼がこの7.Ne2 を指した棋譜が残っている。
 ほか、5...Bb4+ の弱点はg7 地点だから、b2 ビショップの対角線を消さずに6.Kf1 と寄る手もある。黒は、白からキャスリング権を奪ったことに満足して6...Bf8 に引き7.Nc3 に7...Nh6 でf7 地点を補強するか、6...Nf6 で12/05/22 後記の変化に挑戦するかである。どちらも実戦例があてにならず、自分で試すしかない。Lutes の書きぶりは白にやや好意的だ。
12/06/27
 ヒッチコックの数本を知らぬままにしている私ではあるが、エリック・ロメールならほぼ全作を制覇している。残された一本が「三重スパイ」だ。大阪の上映があったので、都合をつけて観に行った。彼独特の低予算映画とは異なる系列の一本である。そして、ヒッチコックぽい味わいがあった。パリに住むギリシャ出身の女性が主人公だ。夫は革命で祖国を追われたロシア軍人で、反ソ連の諜報活動に従事している。夫は仕事柄どうしても疑われる。本当はソ連のために働いているのではないか、あるいはナチスにも魂を売っているのではないか、という噂がつきまとう。彼女は夫を信じており、また信じるしかないのだが、仕事について何も話せない立場にある夫の素行を怪しんでしまう。ロメールがヒッチに心酔しているのは有名だが、「断崖」や「疑惑の影」などを露骨に連想させるこんな設定は記憶に無い。
 セリフにチェスが二回出てくる。一回は「チェスを打つ」という許し難い字幕で現れ、もう一回は、「まるでチェスだ。愚かな作戦ほど防ぎにくい。それで素人にやられる」という、まだ生々しい先日の私のかさぶたをかきむしるものだった。夫婦の対局場面もあった。前から述べているとおり、ロメールはチェス派の監督なのである。
 5...d5 については前回で結論が出ているように思うけれど、Schlechter Defense 本来の考え方も知っておきたい。こっちの方が有名だから、実戦で出会うことも多いかもしれない。図は10.Nxd2 まで。
 私でも目につくのは10...Re8 だ。これには普通に11.f3 で、まだ難しいながら負けは無さそう。指してみたいのは11.Ngf3 だ。11...Nxe4 には12.Ne5+ を用意してある。だから、11...Nc6 に12.0-0 でキャスリングできる。互角だろう。
 シュレヒター自慢の一手は10...c5 である。以下、Be6 とRd8 で黒勝ちと主張した。ラスカーを追い詰めた男の言うことだけあって、Q翼のパスポーンを押し出す作戦には厚みを感じる。実戦例は11.f4 が多そうだ。Q翼の黒とK翼の白による重装歩兵団の先陣争いになる。MCO に載っているのは11.Ngf3 だ。黒Be6 に白Ng5+ を用意している。11...Nc6 で、MCO によれば白は攻勢を維持できるし、Lutes を信じれば黒良しだ。
 要するに本日の図は終盤で勝ちたい人におすすめの局面である。
12/06/24 紹介棋譜11・12・13・14参照
 chess.com のonline 対局は好調だ。12/04/17 に書いた敗戦を最後に十連勝してる。一局選んで自戦記に。
 今日のNHK杯に佐藤天彦が出た。相穴熊に向かったのでテレビをすぐ消して、家族で散歩する。天彦はおしゃれだという評判が私にはわからない。「彼は何を実現したいのだろう」と嫁に問うと、いつものように明快な回答が即座に飛んできた、「松山ケンイチを目指して出来そこなってんのよ」。
 Schlechter の工夫は図の6.Bxd5 に対する6...Nf6 だ。7.Bxf7+. Kxf7, 8.Qxd8 で大損かと思うと、8...Bb4+, 9.Qd2. Bxd2+, 10.Nxd2 で互角になる。盤上はスッキリして、もうダニッシュ・ギャンビットの荒々しさは望むべくもない。前回、上級者と初級者に対して云々と述べたのはこの局面である。次回に扱う。
 白が上記の手順を避けたいなら、7.Nc3 がある。一巻本ECO 第三版ではこれを主線としている。Lutes の本では、7...Be7, 8.Qb3. 0-0, 9.0-0-0 あるいは9.Rd1 で白がやや良し。8.Qb3 が好手で、この手に可能性があることはECO やMCO 第十五版も認めている。7...Nxd5 は、8.Nxd5 が白Nf6+ を見せており、これを黒は8...Nd7 で受けるしか無く、白好調のようだ。手順は難しいので紹介棋譜11に。9.Nf3. c6 に10.0-0 が要点だ。
 すると、黒は6...Bb4+ を考えざるを得ない。これが最善手のようだ。7.Nc3 は7...Bxc3+ で、Lutes とMCO が黒良し、ECO は白が攻勢を維持している、と見ている。7.Kf1 は7...Nf6 で黒良し、がLutes とMCO の見解。7.Nd2 は7...Bxd2+ で、Lutes は互角、MCO は黒良し、という判断。MCO は7.Ke2 という変った手も論じている。意味は7.Kf1 と比較すればわかる。黒クィーンの侵入Qd1+ を防いでいるのだ。これは7...Nf6, 8.Qa4+ で互角らしい。それぞれ適当にみつくろって紹介棋譜12・13にまとめた。MCO が挙げた7.Ke2 の実戦例は紹介棋譜14に。
12/06/22 紹介棋譜10参照
 身内に不幸があり、嫁の実家に五泊してきた。この間、本を一冊も手にすることが無く、これは私が文字を読めるようになってからの過去四十数年間で初めてのことだった。最期を看取るという経験も初めてで、それまで一時間以上激しく呼吸していた人が、息を引き取る直前、ふと静かになって、声の出ない唇を文字どおり必死に動かした。連日の看病で疲れ切った家族に向けて、歯や舌の形が何度も「あ、り、、、と」と震えて、ついに固まって臨終となった。
 よく言われるように、最期の最期まで耳はしっかりしていた。好きだった松任谷由美のCDが病室でリピートされていた。故人と私の年齢が意外と近いことを改めて実感させられた。聴きながら思ったのは、最近流行の歌詞の常套句は松任谷由美が基本を作ったのかもしれない、ということだった。「そばにいる」「あなたにあえてよかった」「まもってあげたい」「みらいをしんじて」「あなたのえがおがすきだから」などなどである。
 自宅に帰って、前にも書いた近所のパブに行ってまたチェスを指した。新しい店員は必ずチェスを仕込まれてからカウンターに立つ。この日は私が新人研修をおおせつかった。当然すぐに彼の駒を取り放題になった。相手は絶望的な局面を延々と見つめている。初心者によくあることだ。私はいつものクライヌリッシュとフィッシュ&チップスを楽しみながら、いっしょに盤をながめる。そして気づいた。私の王が頓死している。大長考の果てに相手もその筋に気づき、私はルールを覚えてわづか二日という新入りに負けてしまった。
 いよいよ5...d5 (Schlechter Defense) に入る。ダニッシュ・ギャンビットを素人戦法に失墜させた手である。これが最善手とされており、基本的な定跡書にも載っている。ただ、中級者代表として私の感想を最初に言っておくと、上級者がこの手を指してくれれば引き分けにできるし、初級者が相手なら終盤で勝てるのではないか。黒は有利にならずとも白の破壊力を殺ぐだけで満足するからだ。すなわち、駒得を返上し、代わりに白と同様の展開力を得て駒交換を進め、簡素な終盤に持ち込む。
 定跡は6.Bxd5 だ。そんな暗記手順を避けたいなら6.exd5 (Mieses Attack) がある。欠点は言うまでも無く、明色ビショップの利きを止めてしまうことだ。そのためだろう、実戦例は少なく、勝率もすこぶる悪い。タルタコヴェルの研究手順を紹介棋譜に。6...Nf6, 7.Nc3. Bd6, 8.Qc2. Qe7 と進む。黒良しだ。白にも黒にも好手が続くので、知らないと指せない手順だとは思う。実戦例も見つからなかった。
12/06/15 紹介棋譜9参照
 大阪市の大正区に軽い出張をしたので、何年かぶりに凡愚でそばを食べてきた。ここは定休日が月火水というすごい店で、この三日で仕込みをするんだそうだ。水分たっぷりの白っぽいそばである。大阪に十五年住んで、記憶に残った蕎麦屋は、凡愚、芦生、摂河泉しか無い。
 ごく標準的な「好形と悪形の早わかり」を身につけたいなら、と04/04/15 で挙げたのがチェルネフの一冊である。読んで私が実際に強くなった、と思える本は過去三十年に三冊しか無くって、これはそのひとつ。水野優のチェストランス出版がこれを翻訳してくれた。『いちばん学べる名局集』である。なかなかうまく訳された題名ぢゃなかろうか。
 ダニッシュ・ギャンビット対策として、能書きに一理あることを認めるものの、あまりおすすめできないのが5...Nc6 (Steinitz Defence) である。白は図の6.Nf3 でスコッチ・ギャンビット系の定跡に転移させてしまえばいい。Fritz 11 内蔵のデータで、白の勝率は75%を誇る。もっとくわしく調べると、ラスカーでさえ、素人相手と思われる同時対局で黒番をもち、負けている。なにより、かんじんのシュタイニッツがこの局面を指していない。それは変だと思い、彼の本を開いてみると、初代世界王者はむしろ、図から6...Bb4+, 7.Nc3 の局面を白有利と評価していた。
 5...Nc6 の意味を確認すると、まづ、白Qb3 に対し黒Na5 を用意している。そして、黒Ne5 でf7 地点を守ろうとしている。対して、白はまったく白Qb3 を封じられてしまったわけではないし、白Ng5 から強引にf7 地点をこじ開けてしまえばいい。上記の6...Bb4+, 7.Nc3 のほか、6...d6, 0-0 が考えられる。この変化の一例を紹介棋譜に。私の説明どおりの流れである。ただし、6...Bb4+, 7.Nc3 から7...Nf6 なら12/05/31の図になる。黒は5...Nc6 独自の発想にこだわらずこの形に変化すればいい。
12/06/09 紹介棋譜7・8参照
 軽い出張で泉佐野まで行く。ひさしぶりだ。南海線を降りて駅前を見渡し、「なつかしいなあ」と思ってから駅舎を振り返ると、「岸和田駅」と書いてあった。本に夢中な時は私はこのミスをよくやる。読んでいたのは、新刊のGiddins, The Greatest Ever Chess Endgames である。このての本は難しいのが多くて、中級者には読み切れない。そんな本をたくさん持ってる私としては、この本はオススメである。ポーンエンディングから始まって、各種の終盤の特徴とコツをまとめてから、実戦譜を解説する。図が多いから電車の中で盤駒を使わずに読めた。英語も簡単だ。もちろん、棋譜はすばらしいものばかり。著者はBritish Chess Magazine の編集をしてた人だという。上手なわけだ。
 帰りに足を延ばして梅田に寄る。若松孝二が三島由紀夫の最期を描いた「11・25自決の日」を観た。切腹は精神が高揚しますなあ。若松としても「処女ゲバゲバ」以来の傑作ではないでしょうか。あの事件から逆算して三島を描くと、とてもわかりやすい三島像ができあがる、という例だ。もちろん、そのぶん、事件の不可解さ唐突さが消えてしまう。それはしかたない。三島が美青年とサウナにこもって死を語り合う場面が多い。現実の三島と違って、はだかがきれいである。ああ、おれだって中村太地と民主党本部に乗りこんで、屋上から抱き合って飛び降りたら、と妄想がつのり、だんだん頭が痛くなって、帰宅して夕食を済ませたところで、ついに発熱にたえられず、そのまま倒れこんで寝てしまった。気づかせないように同性愛を描いているだけに私は興奮したらしい。
 今日のダニッシュ・ギャンビットは5...d6 (Krause Defense)を。ひとつだけ要点を言えば、黒Be6 で白の主要攻撃線であるBc4 -f7 をつぶしてしまおう、ということである。開発者Krause は、Be6 の前に黒Nd7 からNc5 を指してb3, e4, e6 地点へ睨みを利かせていた。手が広くて具体的な手順を示しにくい定跡である。古来、白の最善手として知られている6.f4 (Nielsen Attack)だけ紹介しておく。Krause もNielsen も知らない人だ。この二人がたがいの看板戦法で戦った棋譜があるので紹介棋譜7に。白が負けている。どう指せば良かったかは変化手順に示した。
 Lutes の本を読んだだけの私には、6.f4 の意味がわかりづらい。黒がBe6 を即座に実行した場合に、白f5 の筋が生じる変化が役立ちそうだな、と思う程度だ。その手順を紹介棋譜8に。6...Be6, 7.Bxe6. fxe6, 8.Qh5+, Kd7 で始まる。これを避けたくて、Krause は6...Nd7 から7...Nc5 の後に8...Be6 を指したのだろう。対してNielsen は7.Nf3 から8.Ng5 で攻撃を増強し、9.Bxe6. fxe6, 10.Qh5+, Kd7 の筋を実現させたわけだ。
 Krause Defense についてLutes は、白が指しやすい、という見解のようだ。私の感想を言うと、漠然とした局面に持ち込んで、白の暗記手順を無益にし、黒が実力勝負を挑むには丁度良い戦法だと思う。図で上記のNd7, Be6 のほか、開発者の発想に無かったであろうNf6, Qh4+, Nh6 のどれかを指すだけで、白は長考を始めてくれるかもしれない。
12/06/02 紹介棋譜6参照
 不調である。Chess.com の早指しは三連敗。Tactics Trainer のレーティングも大暴落して、他人のように低い数字を確認した時は薄い涙で視界がぼやけた。自戦記を残しておく。
 定跡を勉強しても、その形がそのままchess.com の実戦に現れることは少ない。図の局面を実際に私が指すことは無かろう。けれど、Q翼にキャスリングしたことによる破壊力を実感できるので、ふれておきたい。白h4 からNg5 が強烈なのだ。もちろん狙いはQxh7# である。ただし、Lutes の本では、図で11.h4 は時期尚早である、という説を受け容れている。11...Ncxe5 が好防らしい。12.Ng5 には12...g6 からBf5 で黒陣はがっちりしている。
 定跡書の推奨手は11.Nd5 である。ここまでくると、私にはよくわからない。紹介棋譜にしておくので、各自で猛攻撃を観賞してください。11.Nd5. Bc5 に12.exd6 が好手。12...cxd6, 13.h4. h6 に14.Ng5 がすごいでしょう。以下、14...hxg5. 15.hxg5. Qxg5+, 16.f4. Bf5, 17.fxg5. Bxc2, 18.Kxc2 と進んで、もし、18...Nf2 なんて欲を出すと、19.Nf6+. gxf6, 20.Bxf6. Nxh1, 21.Rxh1 でゲームセット。Q翼キャスリングの破壊力がわかりますね。
 以上でClassical Defense を終える。感想を言うと、黒番で勝ちたいならこれが良さそうだ。白はNielsen Attack を選ぶべし。黒は紹介棋譜4と5で勝機をさぐればいいのでは。
12/05/31 紹介棋譜3・4・5参照
 学生だった大昔のこと、まだ昭和だった。提出する個人データの書類に「あなたの信条」という欄があり、「ゆるぎなく明確な音そのもの」と書いた。音楽は美意識を決定する。私の美意識に言葉を与えてくれたのが吉田秀和なのである。この一節を含む『主題と変奏』には、モーツァルトの交響曲三十九番を論じたエッセイもあり、この曲の冒頭が「美しく青きドナウ」と似ていることを述べ、似ていながらそれぞれがまったく異なる美意識を目指して別々の音楽に別れていく様を詳説している。これを読んで、私は「三十九番の方に生きてゆこう」と決心するよりなかった。ほか、当時に深く影響を受けた言葉に吉本隆明「マチウ書試論」の「関係の絶対性」がある。この二冊にどれだけ忠実でまたそむいてもきたか、によって私という人間はけっこう説明できるのではないか。三月に吉本隆明が亡くなり、吉田秀和も先週に亡くなっていたという。
 さて、ダニッシュギャンビットである。図でまづ考えるべき8.e5 には8...d5 が成立する。9.exf6 に9...Qxf6 から黒Bxc3 だ。シュタイン対スパスキーの実戦がある。紹介棋譜3に。これを避けて、ツケルトルト は8.0-0 を指した。ピンを解消された以上、8...Bxc3 が本筋だろう。すると、9.Bxc3. 0-0 で今度は10.e5 を指せる、という仕掛けだ。試す価値はある。ただ私は、あっさり8...0-0 に入城されたとき、9.Ng5 から攻め切る自信が無い。
 8.Qc2 の方が魅力的ではないか。0-0-0 が可能になる。おかげで黒d5 がこわくない。白0-0-0 が返し技になって黒Qをピンするからだ。問題は8...0-0 に9.e5 を突けるか。9...Ng4 で困るだろう。ただ、9.0-0-0 で入城しあっておけば、黒にも9...d6 ぐらいしか有効な手が無さそうだ。そうなれば、10.e5 が可能である。
 だから8.Qc2. d6, 9.0-0-0 が互いに納得の手順のようだ。9...Bxc3 に対して白にはBxc3, Qxc3 どちらもある。どっちでも、黒は8...d6 を活かすならBe6 で応じるべきだろう。10.Bxc3. Be6 の場合、白は11.e5 をすぐ突ける代わり、11...Bxc4 を取り返せないから、12.exf6 が必然になる。これには12...g6 が最善だが、もし12...gxf6 なら13.Ng5 が面白い。紹介棋譜4に。13...Be6, 14.Nxh7 だ。10.Qxc3. Be6 の場合、白はe5 は突けない。黒Ne4 がQに当たるからだ。11.Rhe1 でe4 を補強する必要がある。その代わり、11...Bxc4 を12.Qxc4 で取り返せる。12...0-0 に13.e5 を実現させて、攻めが続くかどうかが問題。紹介棋譜5に一例を示した。13...Ne8, 14.h4 だ。エイヴェが示した手順である。私の感触では、10.Bxc3 も10.Qxc3 も漠然として難しい。ただ、白に好意的な評家が目立つ感じはある。
 すると、黒としては、9...Bxc3 でなく9...0-0 ならどうか、を調べたくなるところだ。白はもちろん10.e5 である。10...Ng4 もこの一手だ。次回はこれを。上記の8.Qc2. 0-0 以下と同じ局面でもある。
12/05/26 紹介棋譜1・2参照
 ヒラリー・ハーンの新譜『Silfra』を聴いた。シルフラ、ってのはアイスランドの世界遺産なんだそうだ。北米プレートとユーラシアプレートの狭間なのだとか。氷河から何年もかけて溶け出してきた水は150メートルの深さまで澄み切っている、という評判だ。ハウシュカというプリペアード・ピアノの名手と組んだのが成功している。奇妙な音色でリズムをきざみ、それに乗ってヴァイオリンは野蛮な楽器だった大昔を思い出したようだ。私はさっそく嫁を呼びつけて、プロモーションビデオ見せると、「ナニコレ!かっこいい!」。やってくれたぜヒラリー・ハーン。もうクラシックに帰ってこなくていいから、このまま壁まで走れ、ぶっ飛べ。
 ダニッシュギャンビットについて、ここまで書いてわかってきたのは、黒の反撃はBb4, d5, Nf6 の三手の組み合わせだな、ということである。そのどれもが有効で困るけど、それしか無いなら、中級者の白番としては読みやすい。
 6.Nc3 (Nielsen Attack)を調べよう。黒Bb4 がチェックにならないのが前回との違い。だから、6...Bb4 には7.Qb3 で指しやすい、とのこと。ほんまかいな、とは思うけど、もともと能天気な定跡なのである。7...Qe7, 8.0-0-0. Nc6, 9.Nd5 までが本の手順。同じことは黒d5 にも言えそうで、6...d5 に7.Nxd5 と取れるのが強みだが、7...Nxd5 に8.Bxd5 を指しにくい。8...c6 が発見されてしまったからだ。9...Bxf7+ からの清算を強いられる。後に説明するダニッシュ対策の決定版Schlechter Defence 5...d5 に似た感じで不吉だ。そこで、本では8.exd5 で指しやすい、ということにしている。能天気だよなあ。8...Bb4+ に9.Kf1 だ。以下数手は紹介棋譜1に。9...0-0, 10.Qd4. f6, 11.Ne2 である。でもまあ、実戦的で勝率が良いなら良いではないか。今後、こうしたことは気にしないで進める。
 実際、図で黒は白e5 を気にして6...Nc6 で受ける人が多いそうだ。黒Nc6 もこの定跡でよく見かける。白は黒Na5 を気にしなければならない。が、ここで7.Nf3 を指すのがNielsen の骨子である。7...Na5 には8.Bxf7+ を突っ込んで白が良いのだ。8...Kxf7, 9.e5 で、黒馬が逃げれば白Qd5+ からQxa5 がある。ね、あなたも試してみたいでしょう。したがって、9...Nc4 でb2 を狙うのが最善だが、10.exf6 で良い。白Qd5+ がますます強烈になっており、10...Nxb2 は悪いのだ。以下数手は紹介棋譜2に。10...Qe8+, 11.Kf1. Nxb2, 12.Qd5+. Kg6, 13.Re1 である。
 6...Nc6 を指してしまうと、黒は上記のd5 からc6 ができない。となると、やはり最善は7...Bb4 だ。次回はこれを。
12/05/22
 阪田三吉の弟子、藤内金吾は引退して四国に帰った後も神戸三宮の道場は閉めずにいた。阪田一門の流れを絶やすわけにはいかぬ、という思いゆえである。看板は昔の書体のままだった。右から読む。それを、ある子供は当然のように左から「内藤」と読み、「あ、ぼくと同じ名前や」という、ただそれだけの理由で門をたたいた。しかし、藤内金吾は見抜いたのである。「ついに来てくれた」。羽織袴の正装をととのえ、内藤少年の家に出向いて両親を説得した。「国雄君は間違いなく八段にはなれます」。
 近所で阪田三吉杯将棋大会というのが開催された。阪田一門の内藤国雄、谷川浩司、久保利明による講演やトークショーもある、というので、私より嫁が興味を示し、親子三人で講演から参加した。上記の話は内藤の講演である。「ついに来てくれた」は私の想像で、内藤は「当時の私はとても弱かったので、八段云々は師匠も大袈裟に言ったのだ」と謙遜する。いや、私の想像の方が内藤の謙遜よりも正しいと思う。嫁は会場に集まった将棋おじさんたちの会話を調査していた。誰もが「谷川名人」「久保二冠」と言っていたそうである。久保は「今年は復活の年にします」と宣言していた。失冠も陥落も、彼の頭の中では去年のことになっているようだ。そうさ、そうでなきゃ。
 ダニッシュ・ギャンビットの黒Bb4+ はいろんな局面で有効である。問題は白の感覚だ。図で7.Nc3 が普通の手に見える。けれど、この定跡に慣れてくると、ちょっと損な気がして、7.Kf1 を考えたくなる。逆に言えば、自然な7.Nc3 をためらわせる6...Bb4+ は最善手なんだろう。なぜ7.Nc3 は損か。図で6.e5 を一手もどし、かわりに6.Nc3 を指した局面を考えればいい。これは現れやすい局面だ。さて、ここで7.e5 を指したくなるだろうか。悪手ではなさそうだけど、他にもっと良い手がありそうに思う。図で7.Nc3 と指すと、そんな気の進まない局面になってしまうわけだ。
 7.Kf1 なら黒はNg8, Ne4, d5 しか手は無い。7...Ng8 には8.e6 が好手だ。7...Ne4 には8.Bd5. Ng5 からf筋のポーンを伸ばしてゆく。7...d5には 8.exf6 で前回に述べたMarshall の8.Kf1 になる。ただ、Lutes の本がくわしく解説するのはBlackburne の8.Bb5+ だ。私としては、Marshall の感触が悪ければ、Blackburne を勉強するよりは、「6.e5 は良くない」とひとまづ見なして6.Nc3 を考えたい。実際、Marshall は悪い気がしてきた。8...dxc4, 9.Qxd8+. Kxd8 で勝ち切れそうにない(後記。8.exf6 でなく、8.Qa4+ という手もあることに気付いた、これならどうか)。ということで、次回から6.Nc3 に入ろう。
12/05/17
 残業を終えて帰宅すると、アキラ2歳はもう寝ている。すなわち、テレビは私が使えることになったので、将棋番組の録画をまとめて流した。「将棋フォーカス」では名人戦の歴史を紹介している。木村義雄から始まって、大山康晴、升田幸三、、、え、塚田正夫は?どゆこと?誰も不思議に思わなかったの?除名?抹殺?節電?唖然としつつ、次は名人戦の中継を見る。森内俊之が考えている。「なんか似てる」と嫁がまた言いだした、「ファービーだ、ファービー!」。
 今日のダニッシュ・ギャンビットは5...Nf6 (Classical Defense) を。この手は強気だ。これでいいならこれがいい。けっこういい、と私は思う。e5 のポーンを狙い、白Bxg7 の筋を受け止めたので暗色ビショップを出しやすくなり、そのうちキャスリングできそうな感じだ。そして、Pd5 から反撃する。ただ、6.e5 をくらうのが痛い。それを承知で5...Nf6 を指すから強気なのである。6.e5 のほか、6.Nc3 もある。
 気になる6.e5 (Lindehn Attack) から。黒の応手はd5, Ng4, Bb4+ だ。6...d5 ならもちろん7.exf6 だ。そのための6.e5 ではないか。Marshall が指すまで有効性を認められてなかった、というのは不思議に思える。駒を取り合う7...dxc4 は白Qxd8+ からfxg7 で黒が悪かろう。難しいのは7...Bb4+, 8.Nc3. Qxf6 だ。これは白が悪そう。しかし、8.Kf1 がうまい。Marshall が推奨した手だ。
 かつて、黒良しと言われたのが6...Ng4 (Alapin Variation) である。7.Qxg4 には7...d5 だ。現在ではKeres の評価した7.Nf3 で白が指しやすいそうだ。以下、7...Bb4+, 8.Nc3. 0-0, 9.0-0 という普通の進行でよい。すると、残された黒の手段は6...Bb4+ ということになる。これは次回。
12/05/15
 Chess.com のTactics Trainer は最初のレイティング一五〇〇から始め、三か月くらいで一九〇〇まで上げ、次の三か月でやっと二〇〇〇の壁を突破した。これ以上は無理だ。年長の中級者としては満足である。時間制限を守れずに減点されようとも、自分のペースは崩さず、こつこつと正解率を上げることに専念すれば、得点は自然に伸びる、それが心得のようだ。
 ダニッシュ・ギャンビットを実戦で何局か試した感触は、意外にも悪くなかった。まじめにLutes の本を勉強してみよう。いまのところ、全局が1.e4. e5, 2.d4. exd4, 3.c3. dxc3, 4.Bc4. cxb2, 5.Bxb2 まで進む。図がそうだ。
 私なら4...cxb2 は危険な気がして指しづらい。4...Nf6 を選ぶだろう。5.Nxc3 を待って5...Bb4 のつもりである。白が5.Nxc3 をせず5.e5 なら5...d5 だ。これで実際どうなるかは、まだ経験が浅くてわからない。(後記。5.Nxc3. Bb4 には6.e5 が有力。5.Ne2 もある。)
 とにかく、まづは図の局面から覚えるのが実用的だ。有効な黒の候補手としては、Nf6, d6, Nc6, d5, Bb4+ の五種がある。順に並べてゆくこととしたい。今日は素朴な疑問として、5...Qg5 はどうかを見ておく。これには6.Nf3 が好手だ。6...Qxg2 を取らせてしまう。7.Bxf7+ があるからだ。これがこの定跡の魅力である。7...Kxf7 なら8.Rg1 だ。8...Qh3 に9.Ng5+ でおしまい。ね、あなたも試してみたいでしょう。

戎棋夷説