HOME
現在に戻る
三浦弘行の不正疑惑と調査結果。

16/12/28
 竜王戦は最終局までもつれ、渡辺が防衛した。すでに述べたとおり、丸山の健闘は竜王戦を救った。
 二六日に第三者委員会の調査報告があった。その翌日に三浦と連盟の会見もあった。年末で私にはあまり暇がない。今年最後の更新として、帰省前に簡単に書いておこう。
 報告を一言でまとめれば、「三浦の不正疑惑はまったく証拠の無いものだが、彼の疑惑への対応として、竜王戦直前という緊急に対処する必要のある状況において、日本将棋連盟が下した処分はやむを得ないものであった」。要するに、めんどうな騒動が続きそうな結果を避けた。三浦の除名にも竜王戦のやり直しなどにもつながらない、事なかれ主義の調査結果である。その意味で委員会は第三者ではなかった。実際、連盟に雇われている。
 三浦と「技巧」の90%を超える一致率は証拠として認定されなかった。90%では不十分なのではなく、一致率そのものが証拠として頼りにならなかったのだ。調査ごとに違う数字が出るし、コンピュータ以前の古い棋譜でも高い一致率が出る、とのこと。ただ、それなら、どうすれば不正が認定されるのか。今回の場合、この調査法なら最初っから無罪に決まっているようなものではないか。不正の方法についても、三浦が提出した機器に問題が無かったことのみ報告し、不正に使用した機器を隠した可能性については言及しなかったのである。私は不安を覚えた。これでは、今後第二第三の三浦が現れた場合、誰も疑えなくなるのではないか。
 棋士たちへの聞き取り調査の結果は「いかにも」だった。三浦を疑う者は少数派だったのである。これは、三浦が、無罪を信じる仲間たちのもとに復帰できることを意味しない、と思う。三浦を疑っていても、それを黙った棋士は多いのではないか。これは、不正追及の声を挙げた渡辺の心情としては、はしごを外された思いであろう。羽生が将棋会館の建て直しを働きかけて裏切られた一件を09/08/13 に書いたことがある。あれに近い思いだろう。
 ひとつだけ驚いたことがある。「久保戦の夕食休憩後の着手前での三〇分以上にわたる離席」について、「そのような事実は無かった」とのこと。翌日の理事の会見の発言によると、久保の勘違いだったようだ。もっとも、離席時間が異様に長かったのは確からしい。
 三浦の記者会見に移ろう。やはり、第三者委員会の「処分はやむを得なかった」という結論には納得していない内容だった。驚いたのは、十月一一日の会合内容だ。三浦が竜王戦の出場辞退を拒んでいると、新聞社からの伝言が入り、理事は「竜王戦は中止が決定した」と伝えた。三浦は主催者の判断として、それは受け入れた。理事は三浦を責め、休場届の提出を求めた。中止が決まったなら仕方がないので三浦は了承したが、後で考え直すと、それは不正行為を認めたことになりかねず、提出しないことにした、とのこと。そのあとは以前に書いたとおり。ちなみに、第三者委員会は「三浦は出場辞退を申し出た」と簡潔に報告しただけである。それでも、私は三浦が円満な解決を望んでいるような印象を受けた。屈辱感の解消ではなく、失われた対局機会に関する無理の無い補償を、である。竜王戦のやり直しなどは「無理だろう」とは彼もわかっているようだった。彼の弁護士からの演技指導は受けてたのだろうが、強硬な態度は見せなかった。弁護士は最後に付け加えて、三浦が不正棋士として知られてしまった不名誉の回復も課題に挙げていた。
 三〇分後に谷川会長ほか数人の記者会見が始まった。内容は、第三者委員会の結果の確認、三浦への謝罪、ソフト対策の遅れによって事件が起きたことの反省、処分がやむを得なかったことの言いわけ、三浦の来期順位戦はA級の地位を保証し順位は異例の十一位とする、長時間の離席を避けるなどの対策を講ずる、理事の減給処分、であった。久保戦の離席については、「これが今回の疑惑の発端であるが、連盟は久保の訴えの真偽を確かめなかった」と反省した。また、質疑応答で、「三浦に休場を強要したことは無い」と明言した。驚いたことに、竜王戦についても質疑応答で初めて言及された。それによると、三浦に対する補償措置は何もしないつもりのようだ。三浦の万全な棋界復帰に全力を尽くすと言いながら、不誠実な会見であったと思う。三浦は納得するだろうか。せめて、最低でも、来年の挑戦者決定三番勝負の出場権を認めるべきではないか。
 以上である。みなさまよいおとしを。

16/12/27
 56.h7. Qxe5+, 57.Kg1. Ng5, 58. h8=Q. Qxh8, 59.Qxg5. Qd4+
 本譜の56...Qxe5+ と、前回にFritz が推奨した55...Qf3 からの58...Qxe5+ は、実は同じ局面である。だから、本局の場合、本譜の55...Qd5 とFritz 推奨の55...Qf3 では、結果的に違いが無かったことになる。どちらも56.h7 に対応できる手であったのだ。
 だが、もし、56.Qh7+ だったら? Fritz によれば、55...Qf3 の場合、56.Qh7+ には56...Ke8 で良く、以下、57.Qg8+. Nf8 で、大差の形勢判断を示す。ところが、55...Qd5 の場合、57...Nf8 は58.Qxd5 で女王を素抜かれてしまうではないか。だから、56.Qh7+ には56...Kc8 に逃げるしか無さそうだ。以下、Fritz の手順を記すと、57.Qg8+. Kb7, 58.h7. Qxe5+, 59.Kg2 で、この場合、h7 地点の白ポーンはなかなか消えそうにない。Fritz も、白がまだまだ粘り甲斐のある形勢判断を示す。
 つまり、Anderssen の55...Qd5 は緩手であった。そのミスを見過ごした、Morphy の56.h7 も悪手であった。結果、白のhポーンは消え、大差で黒勝勢の終盤が残ったのである。チェスはここで終わった。実は本局は72手まで続くのであるが、もうAnderssen が間違えるような局面ではない。Morphy は往生際が悪かった、としか言いようが無い。Löwenthal の本は59...Qd4+ の後の棋譜を載せなかった。私もそれに倣おう。
 まとめれば、8.Ba3 を指さずに8.e5 に仕掛けたことが、かなり負担になった。こわい序盤であった。そして、25.Nf3 を指せなかったのは不思議である。そんな男が50.Nf6 を指すのだから、ますます不思議である。そして、この鬼手のおかげで、55手の段階までまだ粘れる可能性を残していたのも驚きだ。
 そんなわけで、二人の対局者の強さについては、私にはわからない。ただ、興味深い局面を維持する高貴な精神は感じた。

16/12/26
 55...Qd5
 私も55...Qd5 を予想した。しかし、である。Fritz にかけると、55...Qf3 を推奨するのだ。以下、56.h7. Qe2+, 57.Kg1. Qe1+, 58.Kh2. Qxe5+ である。きわどいが、これが王手になるので、白の昇格を止めている。
 次を最終回としたい。55...Qd5 と55...Qf3 の違いを見る。

16/12/23
 50...gxf6, 51.Qxf6+. Kg8, 52.Qg6+. Kf8, 53.Qxh6+. Ke8, 54.Qg6+. Kd7, 55.h6
 Fritz に言わせればいろいろあるかもしれないが、人間同士の対局として、図までの進行になるのは自然だろう。
 さて、今日はここまで。Anderssen は何を指したか。白Ph7 に対応できる手だ。Löwenthal は「唯一の正着」と評している。

16/12/20
 43...Qd5, 44.Ng4. Qxa2+, 45.Kg3. Qb3+, 46.Kh2. Qc2+, 47.Kg3. Qc3+, 48.Kh2. Qc6, 49.h5. a5 50.Nf6
 長手順を進めたが、図のように黒女王はc6 地点を占めるのが絶好だ。Maróczy は高い評価を与えている。馬を守りつつ、白女王からの王手も許さない。しかし、49...a5 は49...Qc2+ の方が安全だった、とMaróczy は続ける。なぜなら、本譜の場合、あっと驚く50.Nf6 が飛んできたからである。これは、しかし、Anderssen を責めることはできまい。Morphy 以外の誰が50.Nf6 を読むだろう。Maróczy だって、この手を見た後に解説してるのだ。
 Morphy は終盤も強かったと述べる人と、終盤に弱点があったと述べる人がいるが、本局の流れのこの場面でこの手を放り込んでくるのは、やはりただ者ではなかろう。ちなみに、Fritz は50.Qg6 を推奨する。もし50...a4 なら51.Nxh6 の発想だ。これは本局と似た進行になる。しかし、これは読める。だから、Anderssen も正着50...Qd7 を指して、厄介な馬捨てを回避できたろう。これなら51.Nxh6 には51...Qd2+ から黒Qxh6 がある。対して本譜50.Nf6 は悩ましいことになった。
 かくて、最後の勝負所がやってきた。

16/12/17
 38...Rd3, 39.Rf2. Re3, 40.Nd2. Re2, 41.Qxf7+. Kh8, 42.Ne4. Rxf2+, 43.Nxf2
 最初に本譜の手順を並べた時、なかなかうまいと思った。しかし、手順の示す通り、黒はポーンをひとつ取り返されてしまった。次善手だったのである。Maróczy は38...Qd3 が最善で、この方が早く勝てたと述べている。手順は省くが、大駒の交換を強いるのだ。最悪は38...Nd4 である。これには39.Rxg7+ があり、連続王手の引き分けだ。Morphy はこの手順に期待したかもしれない。
 そんなわけで、差は縮まった。しかし、Anderssen はここから女王を巧みにさばく。しばらくこの駒しか動かさなかった。そうして、a2 地点のポーンを取りつつ、好位置を占めたのである。勝ちが見えかけた瞬間だった。この間、ほかの駒はほとんど動いていない。さて、Anderssen が女王を据えた好位置とはどこだろう。
 そして、次回が本局いちばんの見どころである。

16/12/14
 35.Qf6. Qd5, 36.Qf5. Rd1, 37.Rxd1. Qxd1+, 38.Kh2
 Morphy は35.Qf6 以下、女王を残す終盤を選んだ。
 ちなみに、Fritz は35.Qxf7+ を推奨する。Fritz の示す手順を書いておく。35.Qxf7+. Kxf7, 36.Nd4+ に36...Rf3 が最善で、37.Rxf3+. Qxf3, 38.Nxf3. Rd1+ で黒が良い。これはLöwenthal も読めていた。だから、Morphy も読めていて、そのうえで彼は35.Qf6 を選んだと思う。
 たぶん、最も負けが長引くのは35.Qxf7+ なんだろう。けれど、Morphy は、本譜の方がAnderssen の間違いを期待できると判断したのではないか。実際、Anderssen は最善最速の勝ちを逃した。今回の指了図がその場面だ。
 Maróczy は三種の手を解説している。38...Qd3, 38...Rd3, 38...Nd4 だ。最善手、次善手、大悪手を当ててほしい。大悪手は私でも読めた。Anderssen は次善手を選んだのである。

16/12/11
 33...Rd3, 34.Qf5. Red8
 Anderssen はd筋に城を重ね、open file を支配した。そういう考え方で良いんだ、とわかって安心する場面である。Fritz も同様の発想であった。しかし、推奨手は33...Rd7 である。この方が安全なのだ。
 それは図の局面を見ればわかる。Löwenthal は気づいていた。白にふたつの手が生じているのだ。まづ、35.Qf6 、これは、白Rxg7+ 黒Nxg7 白Qxc6 の狙いである。もうひとつは、35.Qxf7+ で、以下、35...Kxf7, 36.Nd4+ の両取りが実現する。黒が良いことに変わりは無いが、粘るという意味で白はどちらを選ぶべきだろう。私には難しくてわからない。要点は、35.Qf6 はポーン損ふたつのままで女王が残り、35.Qxf7+ はポーン損ひとつを取り返してRNの終盤に入る、ということだ。
 みなさんの粘りの大局観はどちらを支持するだろう。私はここが本局でいちばん悩んだ場面である。

16/12/08
 27.Qc6. Qd7, 28.Qg2. Bxd4, 29.Bxd4. Qxd4, 30.Nf3. Qd5, 31.h4. Ne6, 32.Qg4. Qc6, 33.Rg2
 不利なら大駒の交換は避けたい。Löwenthal もMaróczy も本譜の27.Qc6 を支持している。私でさえそう指すだろう。
 ところが、Fritz は27.Qxh3 を推奨するのだ。27...Nxh3, 28.Rg4 という凡庸な手順で白は形勢を僅差に挽回できる、という。にわかには信じがたかったが、いろんな手を試して、Fritz の狙いがわかるにつれ、納得した。白はNe4 からNf6+ の両取りを考えており、黒がそれを避けてKf8 なら白Bb4+ を用意しているのだ。白Ne4 を待ち受ける手として28...Ng5 がまづ浮かぶが、29.h4 で簡単に追われ、いま述べた手順に導かれてしまう。
 つまり、26...Qh3 は悪手だったのだ。Löwenthal が疑問手とした26...Bxd4 が正着らしい。大局観だけで判断し、読みを怠ったのがミスの原因である。これはいささかショックだった。二十世紀の強豪Maróczy でさえ、私と同じミスをしたのだ。
 本譜は28...Bxd4 以下、黒の駒得が増え、勝勢と言えるまで形勢に差がついた。特に私はe6 地点の黒馬が好位置だと思う。十九世紀におけるblockade だ。
 さて、次の段階である。どんな終盤を構想しよう。「やっぱりそうするか」という案をAnderssen は示した。ただし、ちょっと危険ではあった。

16/12/05
 25.Rg1. h6, 26.Raf1. Qh3
 本譜は25.Rg1 だった。もし25...Ne6 なら、26.d5 がある。以下、26...Bxg1 で白駒損だが、27.Rxg1 まで進めば、黒は馬とg2 地点があやうい。Morphy はこの順に期待したのだろうか。しかし、Anderssen がそんなヘボであるわけがなく、正確に25...h6 で受けた。
 なぜMorphy は間違えたのか。もう少し可能性のある理由を考えたい。本局のふたつの疑問手と悪手、16...Re8 と25.Rg1 は、どちらも「ルークを働かせようとした」という点で同じである。この作法が十九世紀においては当然だったのではないか。今後の棋譜鑑賞で検証したい仮説である。
 今日は26...Qh3 までとしよう。Anderssen の大局観はわかりやすい。有利になったのだから、大駒を交換しようとしている。ここでMorphy はどう指すべきだったか。

16/12/02
 22.Qf3. Nh3+, 23.Kh1. Ng5, 24.Qg2. Rad8
 21...c5, 22.Nc4 の有無が今回のテーマである。この手の交換を入れておけば、24...Rad8 のところ、黒Qe4 が可能である。黒が良い。対して、そうしなかった本譜の場合は、図で25.Nf3 が可能である。こう指せば、白は引き分けも夢ではない、とMaróczy は解説している。21...c5 の有無によって、白馬がd2 地点に残るか、c4 地点に跳ぶかの、大きな違いが生じたわけである。
 しかし、Morphy はこの好機を逃し、別の手を指してしまうのだ。25.Nf3 はそんなに難しい手であろうか。読まなかったとは考えにくい。すると、別の手の方が良い、と彼は判断したのだろう。その判断を否定する手をAnderssen が指したことになる。次回はそれを見ることにする。

16/11/29
 19...Nxf2+, 20.Kg1. Nd3, 21.Bc3. Nxf4
 図が一本道の局面である。この道はまだまだ続くと思われる。注釈者たちも重要なコメントを残していない。
 しかし、図でFritz は21...c5, 22.Nc4 の進行を主張する。私は、Fritz の支持する手順をいろいろ並べているうちに、やっと意味がわかった。主戦場はK翼である。そこから白馬を遠ざけておく必要があるのだ。この21...c5, 22.Nc4 を入れるかどうかを別にすれば、以下、Fritz の推奨手順と本譜の進行はまったく同じになる。そして、問題の場面に達した時、21...c5, 22.Nc4 の有る無しの違いが明らかになる。勝敗はそこで分わかれた。
 補足しておくと、21...c5 に22.Nf3 だと、22...Qg4+, 23.Kh1. Nxf4 が詰めろQ取りである。
 ここまで書いて、もう十年以上も昔の05/06/21 で本局に触れていたことを思い出した。不遇だった晩年のKholmov (Holmov) が本局を研究していた、というインタビューだ。彼が夢中になった理由が今ではわかる。Morphy もAnderssen も間違った手を指してはいる。しかし、間違って当然の興味深い局面に飛び込んでいるのだ。レベルが低いとかそういう問題ではなかろう。いろんな手順を発見できて、Kholmov は楽しかったに違いない。

16/11/26
 18.f4. Qh4, 19.Qxd5
 18.f4 である。Morphy はg5 地点を押さえた。これで黒Qh4 に白Qxd5 が可能になった理屈である。
 次、私が黒なら18...Nxf4 だ。Fritz も同じ考えである。ところが、Anderssen はそう指さなかった。Löwenthal もMaróczy も、この場面にはコメントを残していない。強い人間は18...Nxf4 を考えないのか。たぶん、18...Nxf4 の場合、その後どう攻め続ければいいのかわからない、ということだろう。本譜18...Qh4 なら、これまでの方針を継続できる。
 Morphy の望みもかなったことになる。18.Qxd5 で相手ポーンの数を減らすことができた。ただし、この後、白のf ポーンはふたつとも取られてしまったので、差し引き白の駒損になる。相変わらず黒が良い。Anderssen は18.f4 に驚いたかもしれないが、18...Qh4 で有利であることは読めていたろう。
 ところで、Fritz は19.a4 を推奨する。黒僧を脅かし、かつ、白Ra3 から城をK翼で活用する狙いだ。思いもよらぬ構想である。また、私は、19.Qc3 も考えられるかな、とも思った。自陣中央からK翼を手厚くするのが目的である。比較すると、19.a4 の方が良さげだ。「盤面を広く使う」「全部の駒を使う」というやつだ。
 上記二手と本譜19.Qxd5 を比較したところ、Fritz の評価値にあまり差は無かった。進行を見る限り、本譜はAnderssen の間違いそうな含みがいちばん多かったように思える。とはいえ、あるいは、それゆえ、以下しばらく一本道の手順である。一本道だと思い込むと、変化に気づけない。

16/11/23
 14.Bb2. Bxf3, 15.gxf3. Ng5, 16.Nd2. Re8, 17.Kh1. Nh3
 14.Bb2 と14.Be3 では後者の方が形は良いけれど、黒Pf6 に備える必要があるので、本譜の14.Bb2 が正しい。とはいえ、この位置ではこのさき働きが見込めそうにない。Anderssen は白陣玉頭に重ポーンを作り、ますます好調になった。しかし、ここでちょっと緩手が出た。
 16...Re8 は自然に見える。だが、本譜より一手早くここで黒Nh3 を指すべきだった。Löwenthal もMaróczy もそう指摘する。たとえば、16...Nh3+, 17.Kh1 なら17...Qh4 が厳しい。d4 とf2 の両方を狙っている。
 つまりMorphy は一手の余裕を得た。それをどう使うか。すでに述べたように、Anderssen の狙いは黒Qh4 である。さらに黒理想の手順を進めれば、黒Nxf2+ 白Kg1 黒Qg5+ だ。王馬両取りである。
 たぶん、Morphy は黒Qh4 に白Qxd5 を考えていたのだと思う。しかし、それには上記の狙いがあって駄目だ。これをどう防ぐか。次の一手はその解答だと思う。私は最初に並べた時は、苦し紛れの悪手だと思った。しかし、こう考えれば、なるほどの一手である。
 Maróczy はもちろん一目で意味がわかったろう。彼は次の手に好手マーク「!」を付けた。今日の記事を読んだ後なら、みなさんにも見つかるのでは。

16/11/20
 10.cxd4. O-O, 11.Bxc6. bxc6, 12.Qa4. Bb6, 13.Qxc6. Bg4
 Morphy は10.cxd4 を選んだ。以下、図のように駒損を取り返すのが狙いだったろう。Anderssen はそれを拒むつもりなら、10...Bd7 とすれば良かった。Maróczy は、それが安全だったと述べている。けれど、13...Bg4 まで進んで、私の目にも黒が指しやすい。安全策よりも本譜の方が良かろう。
 なお、Fritz は13...Qd7 を推奨する。14.Qxa8 に14...Ba6 という読みだ。これは、しかし、人間の目には凝りすぎている気がする。
 Maróczy は本譜の進行に不満だった。10.Ba3, 10.Qa4, 10.Nxd4 を検討し、10.Qa4 を最善と判定した。黒は10...0-0 か10...Bxc3 で悩むだろう。本譜より複雑である。要するにMaróczy はすでに白が悪いと判断しているのだ。
 なお、Fritz は10.Bxc6 を推奨する。これは本譜と同じになる。だから、Morphy は悪手を指したわけではない。
 Morphy も形勢の悪さは感じていた、と私は思う。すると、不利な局面において、彼は局面の複雑化よりも駒損の回復を重視したことになる。つまり、中盤で相手のミスが期待できる乱戦ではなく、終盤で息長く不利を持ちこたえる消耗戦で引き分けをもぎとる方針だ。この時代の傾向として他の棋譜もそうなのか、今後は気にしておこう。
 さて、黒はBxf3 からBxd4 を狙っている。それを防いで、次は14.Bb2 か14.Be3 か。そんなに難しい問題ではなかろう。

16/11/17
 9.Bb5. Ne4
 Morphy は9.Bb5 を指した。私もそう指すだろう。ただし、私はパターンとして9.exf6 が無理っぽいと丸暗記してるだけで、読みはしない。Morphy はいろんな変化を読んだはずである。読むと、これは難しい。Maróczy は9.exf6 を悪手としている。
 9.exf6 ならどうなるか。以下、9...dxc4. 10.fxg7. Rg8 までは絶対として、白はどう攻めをつなぐか、である。ややこしいけど、手順を書きつけておく。
 私なら、11.Re1+ である。以下、11...Be6, 12.Ng5. Kd7 まで読んで、攻めが続かないと見る。が、Fritz によれば、ここで13.Nxf7 というすごい手があるのだ。もし、13...Bxf7 なら14.Qg4+ で白が勝つ。やはり、12...Kd7 が不自然だった。Fritz によれば、12...Rxg7 で黒優勢である。以下、13.Nxe6. fxe6, 14.Rxe6+ で白が黒王に迫って私は不安だが、14...Kf7 でどうやら受けきっているらしい。難しい形勢判断だなあ。
 Maróczy が検討した手は11.Bg5 である。私なら11...f6 で応じる。これをFritz にかけたら、12.Nxd4 という絶妙手を返してきた。12...fxg5 なら13.Qh5+ で攻めが続く。だから、Maróczy の示す正着は11...Qd5 である。以下、12.Re1+. Be6, 13.Nbd2. Rxg7 で、これは黒の駒得が物を言う展開だ。
 今回はややこしい手順を書き並べた。要点だけ言うと、白exf6 が成立しないことを知らなければ、黒Pd5 は指せない。対局者は二人とも、上記の13.Nxf7 や12.Nxd4 のような妙手を読んで、かつ、読んだ局面を正確に形勢判断したはずである。
 ところが、繰り返せば、私は読まずに8...d5 も9.Bb5 も指せるのである。Lasker Defense の黒Pd6 にも同じことが言える。こういう型を覚えることによって、私は勝率を上げた。若い頃は記憶力も良かったので、これに限らず、序盤定跡はBatsford Chess Openings 2 の丸暗記で済ませてきた。これも棋力の一種であろう。しかし、こういう局面でこういう楽をするよりも、偉大な先人たちの苦労を追体験する方が意義深いはずだ。私は自分の長年の学習法を疑問に思い始めているのである。
 なおLöwenthal はこのあたり何もコメントを残さず、手順のみで流している。

16/11/14
 7...Nf6, 8.e5. d5
 私ならMorphy の7...Nf6 を選ぶ。本譜のとおり、8.e5 に対して8...d5 の反撃があるからだ。いろんな定跡でよく現れる筋である。Blitz などでこれを使うと、相手が考え込むことが多い。1.e4 には1...e5 を採用する楽しさのひとつである。7...Nf6 は、まだ動いていない駒を使っているし、それに、キャスリングを可能にしているという点で、棋理にかなってもいるのではないか。
 実戦も7...Nf6 だった。しかし、すでに述べた通り、これまでのAnderssen なら7...dxc3 を選んだはずなのである。そして、さらに不思議なことに、より現代的で、Morphy を支持してくれそうなMaróczy が7...dxc3 を最善手と見なしているのだ。7...Nf6 と7...dxc3 のどちらが正しいかは、私にはとてもわからない。たぶん、どちらも間違ってない。とにかく、前者の方が駒の展開を重視しているのでMorphy らしい、とは言えるのではないか。
 図のように、黒が、f6 の黒馬を白Pe5 で攻められたとき、c4 の白僧を狙って黒Pd5 で反撃する、というのは、Giuocco Piano でよく見かける筋だ。これを確立したのはStaunton である。彼以外は黒Ne4 を使った。黒Pd5 が可能なら黒Pd5 の方が優れているのは、言うまでもなかろう。Anderssen は黒Ne4 も使うが、Staunton の黒Pd5 も受け継いだ珍しい存在だ。そう考えれば、本局の7...Nf6も納得できるかもしれない。
 8...d5 が強力だったとすると、8.e5 を指すべきではなかったかもしれない。Löwenthal もMaróczy も、8.e5 は良くなかったという意見で、8.Ba3 を推奨している。後にMorphy もそう指すようになった、とのこと。8.Ba3 でキャスリングを邪魔されたら、黒は8...d6 だろう。そこで白は9.e5 を指せばいい。すると、9...d5 は明らかな手損なので、黒は指せない。なるほど。といって、8...Nxe4 は9.Re1 がこわい。9...d5 か9...f5 でなんとかなりそうにも見えるが、Fritz によれば白優勢だ。
 実戦に戻ろう。次は9.Bb5 か9.exf6 か。私はこのパターンに慣れているので、さすがにわかる。ただ、これも、しっかり理解したのではなく、ここはこういうもんだ、と丸暗記しているだけだ。私が正着を指せるのはStaunton のおかげである。

16/11/11
 5...Ba5, 6.d4. exd4, 7.O-O
 Lasker が初めてLasker Defense を指したのは一八九五年から翌年にかけてのサンクトペテルブルク大会のTchigorin 戦である。実は5...Bc5 からの変化であった。5...Ba5 は少数派であり、Anderssen はその代表であった。
 前回に触れたように、6...exd4 が当時の絶対手である。諸書を参照したところ、6...d6 だと7.dxe5. dxe5 から8.Qxd8+. Nxd8 のQ交換になり、9.Nxe5 で黒はポーンを取られてしまう。それを嫌った発想のようだ。嫌う必要が無い、ということに気づいて6...d6 を指したのがLasker の手柄だったわけである。彼のManual of Chess, 1925 (原書はドイツ語)によれば、Q交換は終盤黒良しだ。私の目にも白cポーンの形が悪いが、当時は形による形勢判断が重視されなかったらしい。
 なお、Morphy は一局だけ白番で6...d6 を経験している。彼が指したのは7.0-0 でも7.dxe5 でもなく、7.Qb3 だった。さすがだ。Lasker 以前の彼がLasker Defense を回避する手を選んだのだ。一八五五年のAyers 戦である。7.Qb3 については10/10/01 で書いた。ちなみに、7.Qb3 に対する最善手は7...Qd7 である。これを見つけるのは難しい。だから古人は6...d6 を指さなかった、と考えたいところなのだが、違うようだ。Ayers は弱くてたまたま6...d6 を指しただけだと思う。
 7.0-0 のところ、ひとまづ7.Qb3 で先手が取れるような気がする。当時の実戦例は少ないながら、Staunton がこの手でLöwenthal に二勝〇敗〇分してもいる。だが、Fritz にかけてみると、7...Qf6, 8.0-0. Bb6 で黒良しだ。黒Qf6 には白Pe5 が有効だが、白王はキャスリングしていないので、それを指せない。つまり、本譜7.0-0 はPe5 の準備である。もし7...Qf6 なら、今度こそ8.e5 だ。
 そこで、次の手が大事になる。激しいのは、7...dxc3, 8.Qb3. Qf6,9.e5 で、例の黒Qf6 白Pe5 を受けて立つ順だ。当然、自らを危険にさらす手として知られていた。キャスリングを目指す自然な順は、7...Nf6 である。さて、Anderssen が深く研究し、実戦でよく採用していたのは7...dxc3 だった。だから、彼の5...Ba5 は現代人の感覚とは異なり、この危ない局面を望んでのものである。一方、Morphy は7...Nf6 を正着と考えていた。あなたなら?

16/11/08
 1.e4. e5, 2.Nf3. Nc6, 3.Bc4. Bc5, 4.b4. Bxb4, 5.c3
 思うところあり、十九世紀のチェスを並べたくなった。特にMorphy を。本は一八六〇年のLöwenthal, Morphy's Games of Chess を使う。当時の解説を私はどう思うだろう。もちろん、後世の解説を参照しなければ、私には自分がわからない。名著の誉れ高い一九〇九年のMaróczy, Paul Morphy を主に使う。思考ソフトはできたら使いたくないが、結果は検証すべきであろう。私はFritz 11 を使っている。
 特に鑑賞したい棋譜は決まっていないので、最初の一局を調べた。一八五八年十二月二〇日から始まった、Anderssen とのマッチの第一局である。先に七勝した方が勝ち、というマッチだった。対局地はパリである。当時のフランスはナポレオン三世の時代だ。日本では井伊直弼が大老になった年である。なお、私の脳内年表では、この前年が「悪の華」と「ボヴァリー夫人」の出版された年である。音楽では「天国と地獄」が一八五八年らしい。
 Morphy が白番である。定跡はEvans Gambit に。これは10/09/30 から四回かけて書いたことがある。当時の主流定跡のひとつで、Morphy もAnderssen も得意にしていた。特にMorphy はこの日まで一九勝一敗〇分の戦績を挙げていた。
 早くも図の局面で十九世紀の発想との違和感に出会う。Löwenthal の正着は5...Bc5 だった。6.d4 を誘うのである。意味は、6...exd4 から白cxd4 になったとき黒Bb6 に下がることにある。こうなれば、白Qb3 に黒Na5 が指せる。つまり、Lasker Defense の思想がすでにあったのだ。だが、完成されたLasker Defense なら、むしろ5...Ba5 を指す。ところが、これはLöwenthal には疑問手だった。思想は同じなのに、なぜ違いが生じるのか。
 理由は、白Pd4 に対し、十九世紀は黒exd4 を絶対手と考えているからだろう。その手の間に白はQb3 が可能になる。すると、黒にはNa5 の機会が無い。しかし、現代では黒exd4 を省いて黒Pd6 から黒Bb6 を指せるので、白Qb3 に黒Na5 が間に合うのだ。
 これはLasker のおかげある。そして、私はLasker の手順を丸暗記しただけだ。だから、白Pd4 を取らないのはLasker 並の度胸が要るということがわかっていない。

16/11/05
 いまのところ、三浦は進行中の竜王戦について、裁判所に訴えて中止させようとはしていない。第三者委員会の設置以降、棋士たちは黙るか、せいぜい前言を補正するかだ。小康状態に入ったようだ。ひとまづ、まとめておこう。
 渡辺のブログには、「10月上旬の時点で放っておいても三浦九段に対する報道が出る可能性が高いことを知りました。このまま竜王戦に入れば七番勝負が中断になる可能性もありますし、将棋連盟にとって最悪の展開は後に隠していたと言われることです」とある。それで、理事に訴えたようだ。同じ内容をすでに「文芸春秋」で発言しており、そこでは、「タイトル戦を開催する各新聞社が、"不正"を理由にスポンサー料の引き下げや、タイトル戦の中止を決めたら連盟の存続さえも危うくなると思ったのです」とも付け加えている。
 もちろん、処分は理事が下した。十月二一日の会見での島の発言によれば、渡辺の強い意志に動かされてのことである。渡辺は、「疑念がある棋士と指すつもりはない。タイトルを剥奪されても構わない」と述べたのだ。しかし、渡辺のブログはこれについて、「島さんとの間での言葉のあや、解釈の違い、さらに報道を介すことで自分の本意ではない形で世に出てしまいました」と述べている。
 まとめれば、こうだ。島は渡辺のせいにしている。渡辺は読売新聞のせいにしている。読売新聞は沈黙している。天皇のように。
 最後に。渡辺は収入が減る心配しか書いていない。不正によって将棋が汚されてしまう、そんな危機感が、一言も無い。また、渡辺の書いたとおりに読む限り、「報道が出る可能性」が無ければ、将棋界はこの問題を隠し続けたことになる。こういうの、文章が下手なだけだよね、と思いたい。

16/11/03
 竜王戦第二局は後手丸山の一手損角換りだった。ただでさえ手損の上に、端歩を突き越した。そこで余裕を得た渡辺は穴熊に組もうとする。丸山は傍観できず、開戦した。しかし、銀を捨てて、と金を作り、激しく攻め込んだのは渡辺である。玉の堅い先手と広い後手、と金の先手と銀得の後手。形勢判断の難しい局面で封じ手になった。よくある展開は、結局は穴熊の勝ち。しかし、本局は丸山の見切りが素晴らしく、薄い玉が詰まない。そして、穴熊の急所を的確に突いた。丸山の生涯の名局ではなかろうか。端の突き越しが穴熊をしのいだことをまざまざと示す終局図であった。重責を果たす丸山の健闘が、愚劣に堕ちたかもしれない今期の竜王戦を支えている。
 残念ながら読売新聞の竜王戦観戦記は盛り上がっているとは言えない。三浦の痕跡を消している。それがどうしても不自然だ。たとえば、挑戦者決定三番勝負は一局だけで打ち切られた。七番勝負の第一局も、▲4五桂には重要な前例があったことは、三浦の名を出さずに書かれている。そんなことでこの手の何が伝わるのだろう。観戦記だけではない。読売新聞は竜王戦の主催者なのに、これまで最小限の事実しか報道していない。

16/11/02
 橋本が「私が三浦弘行九段の不正を断定したという事実はありません」とツイートした。以前の「1億%クロだと思っている」というツイートに関しては、他人の書き込みだったようなことを示唆している。いいだろう、私は「橋本の言うことを信じる」。それで彼が舌禍から免れるなら御同慶の至りだ。
 騒動にはこういう「言った」「言わない」の食い違いはつきものである。今回の件でも他にいろいろあって、たとえば、先月一八日のNHKのインタビューで三浦は、「竜王戦は将棋界最高峰の棋戦だから、挑戦するだけで大変な名誉であり、辞退するわけがない」といった意味の発言をしている。三浦は竜王戦の対局を拒否をしたのに期限までに届け出をしなかった、というのが今回の処分の理由だったのだが。いいだろう、私は「三浦の言うことを信じる」。連盟が反論したら、この際それも信じよう。もともと、そんなことが争点ではないのだから。
 ここまで書いて、さっき渡辺明のブログ(「渡辺明ブログ」)が更新されたのを知った。急いで付け加えておこう。「三浦九段の対局中の行動及び、棋譜の観点からも疑問が生じている(ソフト指しがあったと断定はしていない)ことから、常務会が竜王戦の開幕前に三浦九段に話を聞く、までが自分の行動意図です」とのこと(「一連のこと。」一日)。三浦とは対局できない、という叫びは一言も無い。いいだろう、私は「渡辺の言うことを信じる」。他の棋士の証言はもう省くが、まとめれば、誰も対局は拒否していないし、誰も三浦を告発していないのである。にもかかわらず。強烈な処分が下ったのだ。たぶん、振り駒で決定したのだろう。誰が昭和の戦争を始めたのかよくわからないのと同様、いかにも日本人の組織らしい事態である。もちろん、あってはならない事態である。
 いろんな場面で第三者の調査とか評価とか、お目にかかる。こういう連中が自分の職場に立ち入るのを、私は好まない。多くの場合、第三者の判断は現場の実感や本質を理解しないからである。彼らが発表するのは、野次馬が理解できるような物語でしかない。ただし、現場の人間に問題を解決する能力が無い場合は、第三者委員会に意見を仰ぐのが良かろう。今回の件はそれに当たると思う。
 陣屋事件の収束が見事だった、と言われる理由がやっとわかった。

16/10/30
 いわゆる「女のカン」とか、「遠野物語」の不思議譚とか、私は馬鹿にできない。夫婦や明治期の遠野郷のような狭い共同体なら、現代人の常識をこえて「わかってしまう」場合があるのではなかろうか。千駄ヶ谷村もそれに近かろう。盤をはさんだ複数の棋士が三浦を疑うのだから、たしかに疑わしいのである。反面、彼らの将棋はわれわれの財産でもある。三浦を処分するなら、少なくとも村外の日本人の法的な常識に沿って執行しなければならない。これが難しい。渡辺や久保が肌で感じた不審をわれわれは共有できない。比喩的に言えば、現状で、千駄ヶ谷の村会議員たちは不謹慎なゆるキャラ一体の公開停止を決めたものの、その説明に観光客の多くは反発している。証拠不十分にうつるのだ。
 では、三浦は無実なのか。しかし、この判断はさらに難しい。不正の証明はできる場合があっても、逆の、不正をしていない証明はできない場合が多いからだ。今回の件で言えば、三浦が自分のパソコンとスマホを提出して、それらに遠隔操作の痕跡が無ければ、無実は一目瞭然になる、という意見がある。三浦もそう言っている。しかし、私が不正棋士なら、不正には不正専用の機械を使い、提出には別の機械を提出する。だから、三浦が無実だったとしても、それを疑われる。また、遠隔操作以外の手口があることも想像させ、かえって疑惑を広げる。ほかにも三浦はいろんな弁明をしているが、この、いちばん有効とされる機器提出でさえ、無実は証明できない。
 疑惑をかけられたら、それを除くのは難しく、冤罪の悲劇を招く。ゆえに、「疑わしきは被告の有利に」という有名な原則がある。今回はどうだろう。多くの声が、この原則を盾に三浦の処分に異議を唱えている。周囲の証言と93%の一致率では状況証拠にすぎない、とのこと。しかし、実のところ、この原則を当てはめたうえでどうだろう。私には、不正を認定するに充分な証拠だ、と思える。極端な場合は、三浦が無実であったとしても、不正を宣告されてしまうくらいの証拠ではないか。実際そうなっている。不満の声が多く聞こえるのは、説明が不足しているからだろう。
 私は今回の件が起こった当初からずっとtwitter で「私は三浦の言うことを信じる」と言い続けてきた。これは、しかし、「三浦の無実を信じる」とは異なる。事実がどうであれ、真相究明は得るところが少ないから、三浦の言うことを信じる線で収束を図り、かつ、今後の再発を防ぐのが穏当ではないか、と思っているのである。それは前に述べた。だが、処分に反対する声と疑惑をあおる声に、日本将棋連盟は押され気味だ。主体的に収束を図れず、真相を争う声に流され始めている。さらなる調査はしない、と言っていたのに、二七日、第三者委員会を設置することを決め、委員長を元検事総長の但木敬一弁護士が務める、と発表した。

16/10/28
 三浦のどんな対局行動が疑惑を呼んだのか。ネットの記事のほか、「週刊文春」と「週刊新潮」の十月二七日号などが書き立てた。
 まづは違和感から始まったようだ。三浦の離席が多いように感じられる。特に自分の手番で立つのがおかしい。そして、絶妙手が出る。よく話題に挙げられたのは久保戦の△6七歩成だ。直前までは久保は「ここは少しいいと思っていたのですが」(日本将棋連盟ライブ中継)と述べているが、この手の後はどうにもならなかった。「読売新聞」の観戦記でも特別扱いの一着だった。久保としては、「証拠は何もないんです。でも指していて"やられたな"という感覚がありました」(週刊文春)。コンピュータと人間では棋風が異なる。だから、三浦の手がコンピュータと妙に一致したら、離席以外にもこの点で違和感が湧くだろう。
 渡辺戦の時は複数の棋士が三浦とコンピュータを比較しながら観戦していた。両者は不自然なほど一致した。他の対局と合わせて、日本将棋連盟の挙げた一致率は93%のようだ。「週刊新潮」の調べでは、久保戦について、総手数のうち終盤にあたる三分の一で試したところ、93.3%だった。三浦とコンピュータは一手しか違わなかった。同様、郷田戦は92.8%だった。ただし、詳しい調査方法までは伝わっていない。
 考えられる手口は、スマホを使って自宅のパソコンを遠隔操作することだ。こういう方法があることを三浦は知っていた。ソフトは「技巧」を使う。言わずと知れた強豪ソフトだ。私は事情をよく知らないが、ほかに、もしかしたら、「技巧」を使う誰かと電話で話して手順を聞くような、もっと原始的な方法もあるかもしれない。
 羽生は島にメールした、「限りなく"黒に近い灰色"だと思います」。

16/10/26
 竜王挑戦者決定戦で三浦が丸山に勝った第二局(八月二六日)と第三局(九月八日)も疑惑があるようだ。ただし、丸山は「不審に思うことはなかった」と述べている。丸山は佐瀬勇次の弟子で、三浦は孫弟子だ。丸山は三浦に同門意識があるのか。日ごろからそんな発想に無縁で、ただ目の前の一局を勝つということだけしか考えてない棋士に思える。たとえば、体力の無駄づかいだからという理由で、駒を盤に打ちつけることさえ避けたような、無情の勝負師である。そんな彼が竜王戦の第一局に見せた。私は勝手に彼の心意気を感じた。
 その前に、前回にふれた疑惑の三浦渡辺の順位戦に触れておこう。▲4五桂という桂損になる仕掛けが強烈だった。渡辺はこれをくらって負けた。「毎日新聞」十月一八日の観戦記(上地隆蔵)によると、「夕食休憩に入った。たまたま見かけた中継スタッフの話によると「渡辺さん、対局室で膝を抱えてうなだれた様子でした」とのこと。桂得で悪いはずがないと思っていた将棋が、考えれば考えるほど苦しい」。将棋どころではなかった、と今ではわかる。一九日の観戦記最終回によると、「終盤の感想戦は一切なし。形式的に一礼を済ませると、渡辺はぶぜんとして対局室を立ち去った」。
 さて、竜王戦第一局である。前回に引用した丸山のコメントに私は不満だった。連盟の決定に賛成できないなら、彼も対局を辞退するべきではないか。そう思ったのである。しかし、丸山が正しかった。彼は棋士として対局し、そこで棋士らしく表現した。渡辺に▲4五桂を叩きつけたのである。結果は、この手を経験済みの渡辺がうまく対応し、丸山の完敗だった。丸山が何を思って▲4五桂を跳ねたか、わからない。しかし、私は一生この手を忘れない。

16/10/23
 日本将棋連盟は、スマホなど電子機器を対局室に持ち込むことを禁止し、また、対局中の外出も禁止した。発表は十月五日のこと。実施は十二月一四日から。前回に述べた「防止策」がこれである。三浦の処分が発表されたのは十月一二日だった。実は、この禁止規定は三浦を念頭に置いたものだった。三浦の挙動不審は八月半ば頃から棋士間のうわさになっていたらしい。
 つまり、処分は禁止規定の発効日を待てなくなった結果である。一五日から始まる竜王戦を前にして、竜王渡辺明が「三浦とは対局することができない」と訴えたのだ。一〇日に渡辺のほか、谷川浩司、羽生善治、佐藤康光、佐藤天彦、島朗、千田翔太が集まった。連盟や棋士会の役員、主要タイトル保持者、将棋ソフトに詳しい棋士の七人である。
 特に疑惑の持たれた将棋が二局ある。七月二六日の久保利明三浦戦(竜王挑戦者決定戦準決勝)と十月三日の三浦渡辺戦(順位戦)だった。久保は一〇日の会議には電話で参加している。禁止規定も棋士会での久保の提案を受けたものだった。久保と渡辺が三浦の不正を強く疑い、ほかの六名もそれを否定しきれなかった。なお、すでに述べた橋本のほか、郷田真隆も三浦の処分を求めていたようだ。郷田は七月一一日の竜王挑戦者決定戦準々決勝で三浦に敗れた一局に疑惑を抱いていた。
 かくて、一一日に理事の常務会が緊急に開かれ、そこで三浦が呼び出され、前回冒頭に書いた経緯で一二日に処分が発表された。ただし、確認すれは、処分理由は不正行為ではない。決定的な証拠は無かったのである。だから、理由は「対局を拒否したにもかかわらず対局辞退届を提出しなかった」ことであり、処分も「年末までの対局禁止」という中途半端なものだった。不正行為なら除名になるはずだ。上記の禁止規定に違反するだけでも「除名に相当する」という話だったのだから。
 連盟の対応について、疑問を持つ棋士は少なくない。処分発表の際、竜王戦挑戦者に決まった丸山のコメントを全文引用すると、「日本将棋連盟の決定には個人的には賛成しかねますが、竜王戦は将棋の最高棋戦ですので全力を尽くします」だった。一〇日の出席者であった羽生でさえ、連盟を非難することは避けつつも「疑わしきは罰せずが大原則と思っています」と述べた。ほか、対局拒否はむしろ渡辺が言い出したのだから三浦と同罪だろう、という声があった。

16/10/15
 ちょっと前から、三浦弘行の対局行動が不自然だ、と言われていた。離席のたびに、隠れてコンピュータをのぞいているのではないか、と疑われていたようだ。疑惑をささやかれつつ三浦は竜王戦を勝ち進み、丸山忠久を破り挑戦権を獲得した。対局の数日前になって、とうとう理事が彼を呼び出し、事情を訊いた。もちろん三浦が不正を認めるわけがない。それどころか、ややこしいことに、「疑いを持たれたままでは対局できない」とまで言い出した。それを聞いて、もともと三浦を疑っていたに違いない理事は「渡りに船」と思ったのではないか、「ぢゃあ、対局辞退の届けを明日に提出してください」と言い渡した。翌日、三浦は提出しなかった。即座に日本将棋連盟は三浦に年末までの対局禁止を課した。挑戦権は丸山に渡った。「ぬれぎぬです」と三浦は述べた。
 twitter で各棋士の反応を見ると、寝耳に水の声があった、三浦が不正をするとは信じられない、という声もあった。橋本崇載は三浦を「奴」呼ばわりし、「1億%クロだと思っている」と述べた。橋本の発言はすぐ削除されたが、最も重要だろう。疑われても仕方のない事情があったに違いない。報道によれば、五人前後の棋士が理事に訴えていた。とは言え、理事は真相を追及することは避けた。逆に言えば、「あやしい」という以上の決定的な証拠を得られなかったわけである。得ようとすれば、問題はややこしさを増すばかりで、解決とは逆の方向に進みそうだ。
 こういう事件が起こることは以前から危惧されていた。早い例で言うと、真部一男が「将棋世界」の連載で書いている。やっと最近になって日本将棋連盟は防止策を考えた。ただし、間に合わなかったわけだ。では、どうしたらいいのだろう。完璧な解決はありえないので、みんなで妥協点を見つけるしかないのではないか。
 たとえば、こんなふうに、三浦「やましいことは何も無いけど、疑いを起こす行動をとって申し訳なかった、処分は受け入れる」、理事「棋士が疑われるような対局設定を継続してしまったことは遺憾である」、橋本「前言についてはすでに撤回したし、もうこの件について公的に蒸し返すことはしない」。そして手を打つのだ。しこりは残るし、棋士や棋士仲間について、我々がいだいていた牧歌的な印象は損なわれるだろうが、守るべきものは守ったことになるはずだ。

16/07/25
 21...Nxh2, 22.Kxh2. Qh4+, 23.Kg1 (図) 23...Rxg2+, 24.Kxg2. Rg8+, 25.Kf3. Qg4#
 最終回である。
 チェスでは即詰みの局面が思ったよりも多く生じる。そんなとき、「これは詰みそうだ」という直観が働けば、勝率は上がる。そうするには、実戦で現れるたくさんの詰み筋を体に覚えこませるのが良い。私はNunn の"1001 Deadly Checkmates" で身につけた。実戦の即詰みの局面を集めて分類した、とても良い問題集である。お試しを。
 特にDutch Defence は即詰みで終わることが多い。私の性に合う理由のひとつだ。本局では図の23...Rxg2+ が気に入っている。ただ、本当に気に入っているのは、16/07/17 の図である。自陣に攻め込まれたこの局面の安全を見極めて、相手を誘導した。私には滅多にできないことだ。
 それに、アドバイスを受け入れて、自分の考え方を変えて勝てたのもうれしい。これができずに中級者のままとどまる人は多いと思う。

16/07/23
 20.hxg4. Nxg4, 21.d5
 b7 地点の黒ビショップが強烈すぎるから、白はこれをかわしたい。だから、図の21.d5 は私もそう指すだろう、と思っていた。けれど、Fritz は21.g3 を推奨する。白はビショップの働きが悪くなるが、なるほど、これなら私もちょっと考えただろう。実際は黒がすでに勝勢である。
 さて、本譜21.d5 で私は勝利を確信した。chess.com では、予想手順を入力しておけば、自動的に手を進めてくれる。私は最後まで読み切って、その手順を入力し、ログオフした。もちろん、予想どおりに進んだ。だから、次にログインした時は終局していた。
 その手順、わかりますか?

16/07/21
 18.c4. d6, 19.Nd3. g4
 やっぱり18.c4 だった。Fritz は18.Qd1 を推奨していたが、ここで退くようではすでに白が悪いのだろう。
 ついに私に攻撃の手番がまわってきた。まづ、18...d6 で白ナイトにお引き取り願う。これで前線を清掃できた。そして19...g4 だ。初めて黒駒が五段目に侵入した。
 もうこの時点では「油断しなければ勝てる」と思っている。ただ、図で20.h4 の場合を読まず、勢いで19...g4 に踏み込んでいた。まあ、19...g4 以外無かろう。実際、20.h4 なら20...Ne4 が黒Nd2 の両取りを狙っていて、黒良しだ。以下、21.Rad1. Qxh4 である。

16/07/19
 17.Nxe7. Qxe7
 10手目から読み筋どおりの展開が続き、とうとう17手目までそのまんま実現した。私のレベルではあまり無いことである。10手目に述べたことを繰り返すと、「17...Qxe7 が可能なら、黒は希望を持てる」。不安材料は、c7 地点のポーンが離れ駒になる点である。しかし、何日もあったので結論は出た。どうやら、白にはc7 地点を攻める手順が無い。そこで、自信をもって17...Qxe7 を指した。
 図では、「つぎ、18.c4 なら、形勢は黒が指しやすいな」と思っていた。序盤の一手で指せる白Pc4 に二手もかけるのだから遅い。つくづくPc3 型は拙劣である。18.c4 なら黒は攻撃開始だ。しかし、18.c4 くらいしか思いつかない。白はどうするのか。

16/07/17
 15.Nfe5. Rg7, 16.Qb3. Kh7
 前回に述べた読み筋どおりに進んでいる。相手もそうだろう。騎馬軍団が敵陣に侵入し、優勢を感じていたはずだ。しかし、黒だって、ルークが逃げ回っているようでいて、実は自然にg7 の好位置を占め、白王を射程に収めている。
 そして、私は、図の16...Kh7 が好手だ、と思っていた。狙いは黒Rxg6 からの二枚替である。白は17.Nxe7 しか無いだろう。4手もかけたせっかくのナイトが、5手目にビショップと交換しただけで消えてしまうのだ。残ったもうひとつの白ナイトも黒Pd6 で撃退されるだろう。つまり騎馬軍団は崩壊だ。一方、黒陣について言えば、黒王は白Qの斜線筋から避難できた。さらにa筋のルークをg8 地点にまわすことも見込める。16...Kh7 にはこれだけの功徳がある。
 ところが、対局後にFritz で調べると、もっと効果的な手があった、とのこと。16...Bd6 である。こうしてから黒Kh7 の方が良いらしい。g6 地点の白ナイトはビショップとの交換さえできず、敵中で孤立することになるからだ。
 ただ、本譜で黒が有利なら、この方がわかりやすいとは思う。では有利なのか。図の時点ではわからなかった。攻め込まれてるのはたしかだから、不安はあったのである。

16/07/15
 10...g5, 11.Bh2. a6, 12.Bxc6. Bxc6, 13.Nce5. Bb7, 14.Ng6. Rf7
 何度も何度も読みを確認するうちに、だんだん気づいてきた。白の狙いが実現しても、黒はあんまり困ってないのである。そこで、私は10...g5 を選んだ。さらに11...a6 も指して、相手の望み通り白馬を急所を呼び込んだ。ほんとにこれで黒は安心なのか。しかし、へたに相手の狙いを避けるのは、もっと悪い気がした。
 図まですべて読み筋どおりである。白の手順は妥当なものだろう。ここからの五手で形勢が動く。
 私はもっと先まで考えていた。読み筋を書き留めておくと、図から15.Nfe5. Rg7, 16.Qb3. Kh7. 17. Nxe7 と進むのが最善で、ここで17...Qxe7 が可能なら、黒は希望を持てる。
 Fritz によれば、図での正着は15.Nxe7+ である。これで形勢互角とのこと。これなら私は上記の読み筋の黒Qxe7 ができず、15...Rxe7 しかない。ただ、白も急所のナイトを手放すから、引き分けがせいぜいだろう。
 そこで、相手はナイトを残し、勝つ手順を選んできた。
 

16/07/13
 9...h6, 10.Nc4
 私は、白のBf4 型とPh3 型の両方をとがめよう、と思った。それが9...h6 である。Pg5 でf4 地点のビショップを追い、さらにPg4 でh3 地点に仕掛けてゆく。
 欠点はg6 地点に穴が生じることだが、黒の攻めが速そうだから問題無い、と判断した。甘い判断であった。ちなみにFritz は9...Qe8 を推奨する。これならg6 地点のキズをあらかじめカバーしている。しかし、以下10.Bxc7 は10...d6 で黒が良い、という形勢判断ができなければ、9...Qe8 は指せない。私には無理だ。だから、結論としては、9...h6 は自分の棋力相応の手だったと思う。
 10.Nc4 を見て、やっと白の新手8.Bb5 の意味に気づいた。白Bxc6 黒Bxc6 から白Nce5 を狙っていたのだ。e5 地点に白馬が居座ると厄介なのである。しかも、白Ng6 の狙いまで生じている。9...h6 の欠点を早くも突かれてしまった。どうしよう。本局でいちばん考えた場面である。
 いまFritz で調べると、10...a6 が推奨される。これはちょっと指す気がしない。上記の相手の狙いがすんなり実現してしまう。だから、10...d6 か10...g5 だ。Nce5 を阻止するなら10...d6 である。ただし、黒の攻めは遅くなる。対して、当初の私の構想通り、黒の攻めの速さに期待するなら9...g5 だ。その代わり、白の攻撃をまともに食らう。
 10...d6 は11.Qa4 で白駒の展開が威勢良い。10...g5 はe5 地点やg6 地点を守れそうにない。すこし不利なのか。

16/07/11
 8.Bb5. Nc6, 9.O-O
 新手は8.Bb5 だった。意味は後でわかった。e5 地点の支配を狙っていたのである。
 黒はもちろん8...Nc6 だ。いつもなら白Pd5 がこわくて、指すには度胸の要る手である。黒がこの手を気楽に指せるのも白Pc3 型の欠点だろう。
 白は9.0-0 で駒組の基礎工事を終えた。黒は8...Nc6 ですでに終えている。白に一手の遅れが生じたのは4.h3 を入れたためだ。これは白Bf4 型の欠点である。
 とはいえ、黒はこれでやっと互角というところだ。Dutch Defence はなかなか優勢を感じられない。初手1...f5 が作るf7 地点のキズが大きいからだろう。「Dutch Defence の原罪」と私は呼んでいる。
 さて、黒の手番だ。何を構想しよう。実は本局の直前のDutch Defence で私は負けていた。Q翼が決戦場になった一局であり、この点がDutch Defence にふさわしくなかった、という指摘を上級者から受けた。私としては、Q翼で動いたのは自慢の構想だったのに。後で棋譜をFritz にかけて調べても、私の構想に間違いは無かった。しかし、たしかにDutch らしからぬ一局ではあった。上記の一局を負けたから良かったものの、たまたま勝っていたら、Dutch Defence の理解は何局も遅れたに違いない。
 だから、私はQ翼で動く発想は捨てた。K翼、K翼、と念じながら、盤面のそっちの方を見て考えた。

16/07/09
 3...c3. e6, 4.h3. b6, 5.Bf4. Bb7, 6.Nbd2. Be7, 7.e3. O-O
 黒はPe6 からBe7 の布陣を選ぶ。白はb3 地点からg8 地点までの斜線に乗って攻めてくるから、それをPe6 で止めるのだ。
 白Bf4 型は白Pc3 型と合わせて採用されることが多い。e5 地点で黒が反撃するのを封じている。その場合、Ph3 型もほとんどワンセットで現れる。白の暗色ビショップが黒から狙われた時の引き上げ場所として、h2 地点を用意するためだ。
 白の布陣を一言でまとめれば、b3 地点からg8 地点までの明色斜線と、h2 地点からb8 地点までの暗色斜線を、左右から十字砲火のように交差させ、黒陣を圧迫するのが狙いだ。chess.com ではよく見かける布陣であり、実際、慣れてないと非常に苦労するのは黒だ。
 ただ、慣れてしまえば、白陣の欠陥は大きい。Q翼の構えが低く、したがって圧力が感じられない。黒には理想形をゆっくり組む余裕が生じる。図がそれだ。Bb7 が好位置である。いつもなら、このビショップがさばけず、悩むところだ。
 もう一つ大事な工夫がある。dポーンを動かさない。これを会得するまで、ずいぶん時間がかかった。この型をわかっていても、ついPd6 を指して、白の暗色ビショップに対抗したくなってしまうのである。しかし、Pd6 はe6 地点を弱くする悪手だ。
 次が新手だった。普通は8.Bd3 である。

16/07/05
 1...f5, 2.Nf3. Nf6, 3.c3
 実際に勝てなくなる前から不調には気づいていて、立ち直りをいろいろ考えた。そのひとつが定跡選択である。もともと私は相手の棋譜を調べて、長所と弱点を見つけ、それに合わせて定跡や中盤の戦い方を決めていた。しかし、相手が強くなると、これがうまくいかない。弱点は見つけづらく、また、私が一夜漬けで用意した定跡では歯が立たない。苦戦が続き、やっと悟った。これからは、相手の弱点に合わせて作戦を決めるのではなく、自分の棋風に合わせて得意戦法を決め、それを磨くべきなのである。
 さいわい、自分の棋風はよくわかっている。1.d4 には1...f5 のDutch Defence だ。正直言って、この定跡は黒が悪いと思う。陣形に癖があり、しばしば一般的な教科書の教える大局観が通用しないので、習得も難しい。でもまあ、自分にはこれだ、と思った。で、持時間10分の早指しで試したところ、最初はことごとく負けた。でも、だんだん使えるようになってきたのである。本局はその一区切りの成果だ。
 3.c3 がchess.com でよく見かける特有の素人戦法だ。黒0-0 のあと、白はQb3 やBc4 で黒王を狙うつもりである。素人戦法だけに、専門の定跡書にはあまり載ってない。だから、対策は自分で考えた。かなり考えた。本局はその発表会でもある。
 最初に黒が決めなければならないのは駒組だ。Bg7 か、Be7 か。さて、どちらを選ぼう。

16/07/03
 chess.com で持時間一手三日のonline 戦は不調が続いていた。昨年十月に勝ったのを最後に翌年五月まで0勝7敗5分というありさまだった。
 レイティングは2123 から2010 まで下がった。chess.com での「強い人」の基準であるらしい2000 を割るかどうかまで追い詰められたことになる。もっとも、そのおかげで対戦相手は弱くなり、最近はまた持ち直している。二〇一一年十一月にchess.com を始めて以来最高の好局も指せた。記念に棋譜を残しておきたい。
 対局期間は六月一五日から七月一日まで。各国の代表を名乗るチームの対抗戦であるWorld League の対アルバニア戦から。参加者は互いに三一人で、私はその四番卓だ。対局開始時点で私のレイティングは2042。相手は2028 だった。ほぼ互角だ。
 私は黒番である。初手は1.d4 だった。

戎棋夷説