古典籍の為のTeX

 
 

※このページに記載していないTeXの小技については、
「備忘の電脳生活」も御覧ください。


 古典籍の研究公開に際して研究者自らによる版下の作成ということになった場合、直面する問題は以下の二点に集約されます。
 即ち、JIS漢字における字種・字数の不足と特殊な組版におけるスタイルマクロの不足です。
 そこで、ここではこれらの二点について示します。
※ここでは、縦組の場合に限定しています。(横組の場合には不具合が出る場合があります。)
 
目 次
(下記の項目は順次、増やしていく予定です。)
1、漢字の使用について
 1)「今昔文字鏡」の使用
  @「文字鏡」フォントの使用
  Aポイントの変更
  B文字位置の微調整
 2)「漢字道楽」の使用
   (旧漢字の使用)
 3)合成字の作成
2、スタイルマクロについて
 1)従来のスタイルマクロ
 2)「追い込み」マクロ
 3)後注マクロ
 4)系図マクロ
 5)課題として
 
 
  

 古典籍の翻字本文乃至は訓読文の類を公開する場合、一般にその字体は活字正字体(旧漢字)を用い、JIS漢字における字種・字数では到底覆いきれない多種多様な漢字を使用することが必要となります。

 1)「今昔文字鏡」の使用

 前述のJIS漢字における字種・字数の不足への対応策として、現段階ではフォントとして「今昔文字鏡 単漢字8万字 TTF版」(監修:石川忠久 編集:文字鏡研究会 開発・制作:エーアイ・ネット 発行:紀伊国屋書店)を使うことが注目され、又、普及し始めています。

@「文字鏡」フォントの使用

 「今昔文字鏡」は収録文字としてJIS(第1、第2水準、補助JIS)漢字、unicode文字を含む約9万字(日本、中国:大陸・台湾、字喃、梵字、甲骨文字なども含む)について、文字の検索・文字情報の入手・コンピュータ上における文字の利用を目的として開発されたソフトウェアです。この「今昔文字鏡」(以下、「文字鏡」)における文字鏡フォントはWindows95/98の標準フォントであるTTF形式であるため、コンピュータ上で自由に用いることができ、また、フォント自体はインターネット上で無償公開がされており、研究者の共通フォントとすることが可能です。更には、現在「文字鏡」フォントに存しない字体についてはそのフォントの作成を依頼することができ、新版の入手を行えば、常に望みうる最大の字数をフォントとして利用することが可能である。以上のような利点から、古典籍の翻字本文作成にこの「文字鏡」フォントを利用することが最も望ましいものと考えられます。

 LaTeXに おいて「文字鏡」フォントを利用する場合、

1:Windows95/98に「文字鏡」フォントをインストールする
2:「文字鏡」フォント用のスタイルマクロを用意する

という2点が前提となります。

前者1については、「文字鏡」の製品版を購入のする事によって、添付のインストール手順に従えば問題なくインストールできます。また、後者2については、@niftyのTEXフォーラム、10番会議室「日本語・外国語専科」において話題となり、ハンドル名bookworm氏によって作成・公開されているため、そこでそのスタイルマクロの用意や使用法に関して紹介されています。また、最近では文字鏡研究会によってこの点に関する詳細な使用法が紹介されています。(『悠悠漢字術2001』(文字鏡研究会編 '00・12 紀伊國屋書店))。そのため、上記の手順によってJIS漢字に搭載されていない漢字を補うことが可能となります。使用法としては以下の通りで、

[(入力例)]阿\MO{Mojikyo M103 豐}達摩倶舍論
[(出力例)] 阿達摩倶舍論

 上記の入力でJIS漢字に存在しない「」字が出力されます。
 つまり、JIS漢字に搭載されていない漢字を用いることはこの『今昔文字鏡』によって解決できます。

 但し、この『今昔文字鏡』のフォントは字体毎に微妙に大きさが異なる場合が存し、例えば前掲の「}」字の場合は、標準のフォントと比べて若干大小が存し、組版の列に凸凹ができてしまう。

そこで、出力結果を確認の上で『今昔文字鏡』のフォントを用いた箇所について、その大きさを調整する必要があります。

Aポイントの変更

 その方法は、\scaleboxコマンドを用いる方法とポイント変更を行なう方法です。
まず、\scaleboxコマンドを用いる方法から述べます。
 \scaleboxコマンドは文字の縦・横の幅の比率を変更するコマンドであり、例えば、\scalebox{0.9}[0.8]{仏}と入力すれば、縦組の場合、文字(「仏」字)の縦幅を本来の0.9倍にし、横幅を本来の0.8倍にするコマンドです。これによって文字の大きさを微調整することが可能となります。そこで、以下のような形での入力例と出力例となります。

本来の (例@) (例A)

[(入力例)]阿\scalebox{0.85}[0.85]{\MO{Mojikyo M103 }}達摩倶舍論
[(出力例)]阿達摩倶舍論(例@)

 後者のポイント変更は、市販のワープロソフトにある文字のポイント変更をLaTeX で実現するものです。
 その方法は、以下をプリアンブル部分に記述した上で、

\newcommand{\trim}[2]{\fontsize{#1}{\baselineskip}
\selectfont #2}

本文中で{\trim{9}{○}}の如くに記述して、数字部分にポイント数(半角数字を入力・小数点も使用可能)を、○の部分にポイント変更したい文字列を入れることで、ポイント変更が可能となります。実際には次のような形での入力例と出力例となります。

[(入力例)] 阿{\trim{9}{\MO{Mojikyo M103 }}}達摩倶舍論
[(出力例)]阿達摩倶舍論(例A)

 上記のいずれかの方式によって、『今昔文字鏡』の各字体の大きさを調節でき、又、これは普通のフォントに対しても有効です。

 只、右のポイントの変更や「文字鏡」フォントの利用によって、行送りや文字間に不都合が起きる場合もあり、その間隔の変更の為に文字を移動させることも必要となります。

B文字位置の微調整

 文字を左右、上下に移動させる場合、\raiseboxコマンドと\kernコマンドを用います。

 まず、縦組において左右に移動させる\raiseboxコマンドについて述べます。
 \raiseboxコマンドの書式としては、\raisebox{○}{□}(○は移動量・□は移動させる文字列を示す)の如くに使用する。この移動量としては、縦組の場合、1zh(現在のフォントの漢字一文字分の幅)・1zw(現在のフォントの漢字一文字分の高さ)の単位で示します。そこで、文字を「現在のフォントの漢字一文字分の幅」の0.5倍(0.5文字分の幅)右に移動させたい場合、以下のようにします。(この数値はマイナスも使用でき、マイナスの場合には左に移動します。)
(例@) (例A)
    
[(入力例)] 実験\raisebox{0.5zh}{例}です。
[(出力例)]実験例です。(例@)

 また、文字を上下したい場合には\kernコマンドを用います。
 \kernコマンドの書式としては\kern○\hbox{□}(○は移動量・□は移動させる文字列を示す)のように使用します。この移動量は、\raiseboxコマンドと同じです。そこで、文字を「現在のフォントの漢字一文字分の高さ」の0.5倍(0.5文字分の高さ)下に移動させたい場合、以下のようにします。(この数値はマイナスも使用でき、マイナスの場合には上に移動する。)

[(入力例)] 実験\kern0.5zw\hbox{例}です。
[(出力例)] 実験 例です。(例A)

 これら二つのコマンドによって、文字位置の微調整としての移動を行ない、組版における文字の移動を行なうことが可能となります。

 以上のことを行なうことによって、JIS漢字に搭載されていない漢字を、そのポイント変更や移動を含め、LaTeX 文書で自由に利用できます。

 2)「漢字道楽」の使用

 前述の「今昔文字鏡」の使用によってJIS字における字種・字数の問題はほぼ解決できます。

 しかし、一方で入力上の問題もあります。古典籍の翻刻においては従来より活字正字体(旧漢字)によって行なわれ、例えば、JIS漢字として「道」という通行字体(新字体)は存しますが活字正字体としての「」字は存しない為、翻字本文作成に際して現行の通字体(新字体)のみで活字正字体(旧漢字)の存しない、このような漢字の入力の場合に、その都度「\MO{Mojikyo M107 蕈}」と入力したのでは相当の労力が必要となります。そこで、始めから活字正字体(旧漢字)で入力することができるならば、この問題も解決することになります。この問題を解決する上で、CX新旧漢字交換フォント(古典字専用書体)である「漢字道楽」を使用します。

 「漢字道楽」(企画開発・販売元 サンセール)はフォント辞書全体が活字正字体(旧字体)による外字フォント(Windows対応のTrueTypeフォント)であり、JISコードに対照する形で活字正字体(旧漢字)が登録されています。そのため、一般のワープロソフトであれば、普段通り(MS-WORDや一太郎の標準フォントであるMS明朝)に新字体で入力した結果にフォントを明朝体からゴチック体に切り替えるように漢字道楽のフォント(CX古典字フォント)に切り替えるだけで文書全体が活字正字体(旧漢字)の文書に切り替わります。つまり、このフォントを基本として、JIS漢字に搭載されていない字体に「今昔文字鏡」を用いることで従来よりの一般的な出版物のような活字正字体を用いた翻字本文が作成できます(但し、JIS第二水準漢字を使用する場合には、フォント切替による新旧対照漢字変換ができない場合もあります。例えば、「区」を入力した場合には新旧対照漢字変換によって「區」に切り替わりますが、始めから「區」を入力した場合にはこの変換によって、別字に変換されます。これは、一部の漢字コードは新旧漢字字形が入れ替わったり、使用頻度の高い「中国独自の漢字」が登録されているからで、この問題については、取扱説明書を参照して下さい。そのため、出力結果の確認は必要です。)。

 この「漢字道楽」をLaTeX 文書において利用する場合(購入時の取扱説明書に基づくインストールが前提)、いくつかの方法が存し、そのうちの三つの方法を以下に示します。

 最も単純にして手軽な方法は、以下のように、標準であるMS明朝体と「漢字道楽」のフォントである「CX古典ミンーR」とを置き換える方法です。これは、LaTeX 文書全体を活字正字体(旧字体)にしたい場合には有効です。
 
1: dvioutの[Option]-[Setup Parameters]-[WinJFont]で「jfm(omit pt)/tfm」の「tmin」(縦組)が反転していることを確認する。

2: 次に[ChangeFont]ボタンをクリックし、更に「tmin」に対して「@CX 古典ミン−R」をクリックする。

3: 最後に「適用(A)」−「OK」をクリックする。

 以上のフォント登録の手順によって、DVIOUTでの出力結果が活字正字体(旧字体)に切り替わります。但し、本来はMS明朝体として登録されているものを「CX古典ミンーR」に置き換えるという点では、言わば〈力技〉的なところが存し、不具合があるか否かは出力結果で確認する必要があります。

 次の方法としては、「漢字道楽」のフォントである「CX古典ミンーR」の使用をプリアンブル部分に指定し、又、DVIOUTに登録する方法です。その方法は以下の手順で行ないます。
 
1: プリアンブル部分に「\font\kotenji=tkoten scaled 1100」と記入する。この「{\kotenji}」コマンドは文中で「{\kotenji 道・兼・為}」と入力することで活字正字体(旧漢字)「{\kotenji 道・兼・為}」を出力するコマンドであり、命名は自由であるが、仮に命名する。又、「tkoten」も2で示すDVIOUTにおけるフォントの登録上の命名である。「scaled 1100」はフォントのポイント数を示し、10ポイントなら「scaled 1000」とする。

2: DVIOUTの[Option]-[Setup Parameters]-[WinJFont]を開く。 

3: 次に、[Add Font]をクリックし、「@CX古典ミンーR」を選択する。そして、左下の「Jfm(omit pt/tfm)の設定の部分に「tkoten」と記入し、右下の「direction」で「vertical」を選択、左上の「TrueType Font」が「@CX古典ミンーR」となっていることを確認した上で「Define」をクリックする。そして、「Save」をすることによって「DVIOUT」において「\kotenji」コマンドが使用可能となり、先述の如く、「{\kotenji 道・兼・為}」と入力することで当該箇所が活字正字体(旧漢字)「 ・爲」で出力される。

 最後の方法として、フォント制御のためのマクロを作成する方法です。(このマクロは@niftyのTEXフォーラム、6番会議室「マクロとフォント」2929番でハンドル名:BB氏の作成されたマクロを参考にしています。)。
その手順としては、以下の通りです。
 
1: min10.tfmをコピーしてkoten.tfmに、tmin10.tfmをコピーしてtkoten.tfmにして,同じ場所におく。

2: 次に、dvioutのttfonts.mapに、koten− "CX 古典ミン−R"・tkoten−"@CX 古典ミン−R"を追加する。(前項の手順の2・3と同じ)

3: 以下の三つのファイルを作って,そのそれぞれを適切な場所においた上で\usepackage{kotenji}をする。

%%%%%%%% jy1koten.fd %%%%%%%%
\DeclareFontFamily{JY1}{koten}{}
\DeclareFontShape{JY1}{koten}{m}{n}{<-> ssub* koten/b/n}{}
\DeclareFontShape{JY1}{koten}{b}{n}{<-> koten}{}
\DeclareFontShape{JY1}{koten}{bx}{n}{<-> ssub* koten/b/n}{}
\endinput
 

%%%%%%%% jt1koten.fd %%%%%%%%
\DeclareFontFamily{JT1}{koten}{}
\DeclareFontShape{JT1}{koten}{m}{n}{<-> ssub* koten/b/n}{}
\DeclareFontShape{JT1}{koten}{b}{n}{<-> tkoten}{}
\DeclareFontShape{JT1}{koten}{bx}{n}{<-> ssub* koten/b/n}{}
\endinput

%%%%%%%% kotenji.sty %%%%%%%%
\NeedsTeXFormat{pLaTeX2e}
\ProvidesPackage{kotenji}
[2000/01/01 v0.1
pLaTeX2e package for cxkoten-minR fonts]
\DeclareRobustCommand\kotenfamily
{\not@math@alphabet\kotenfamily\mathmc
\kanjifamily{koten}\selectfont}
\DeclareTextFontCommand{\kotentxt}{\kotenfamily}
\endinput
%% 
%% End of file `kotenji.sty'.

 以上の手順によって、LaTeX 文書の中に\kotenfamilyを入れることでそれ以下の行を活字正字体(旧漢字)にすることができます。(この\kotenfamilyコマンドは「文字鏡」フォントを用いた文書であっても有効に機能します。)

 また、文書内の一部分だけを活字正字体にしたい場合には、次の入力例のように、\kotentxt{○}の○部分に活字正字体にしたい文字列を入力します。

[(入力例)] \kotentxt{国語学の研究の為に} 
[(出力例)] 國語學研究の爲に

 以上の孰れかの方法を用い、先の「今昔文字鏡」のフォントと組み合わせることで、翻字本文の字体に関する問題は現時点における一定の解決を見ることができるものと思われます。

 3)合成字の作成

 今までの処理によって、JIS漢字における字種・字体の不足を補うことが可能であり、又、これらのフォントをもってしても字種・字体が不足する場合には「文字鏡研究会」に字体の作成を依頼することも可能です。但し、場合によっては字体を自分で字体を作成せざるを得ない場合も存し、そのような場合における字体の合成についても付け加えておきます。

 聖教において、間々見出せる合字として、「潅頂」を「」()と表記する場合が存し、LaTeXe 文書における合成字は利用価値が存するものと思われます。

 このような合字の為のマクロとしては、本田知亮氏が作成されたマクロがあります。
(公開は、http://homepage2.nifty.com/cech/において公開されています。 )



(例@) (例A)

        
 その使用法はマクロ導入の上、漢字を横に合成するときはLaTeXe 文書の中で以下のように入力します。

[(入力例)] 區+鳥→\leftrightkanji{區}{鳥}
[(出力例)] 區+鳥→(例@)

また、漢字を縦に合成するときはLaTeX 文書の中で以下の如く入力します。

[(入力例)] 雨+云→\updownkanji{雨}{云}
[(出力例)] 雨+云→雲(例A)

上記の如く、二つのコマンドを組み合わせることで様々な字体を合成することができます。

 以上、LaTeX 文書における漢字の問題については既述の方法を駆使することによって細かな字体や字種までをも表現することが可能となります。

2、スタイルマクロに関する問題

 古典籍の翻字本文の公開に際してLaTeX 文書を用いる場合、理想としてはそれぞれに適したスタイルマクロを作成することが望ましく、また、可能です。そのため、今後とも古典籍それぞれにおけるスタイルマクロがその必要に応じて作成されていって欲しいものです。

 とは言え、未だ専用のスタイルマクロの存しないものについても、従来公開されているスタイルマクロを用いることで多くのものは対応可能です。

 古典籍の翻字本文作成用のスタイルマクロとして公開されているものは非常に少なく、その代表的なものとしては以下のものが挙げられる。

 1)従来のスタイルマクロ
 
1: 「計算機による古典籍資料の組版・印刷について」(金水 敏『訓点語と訓点資料』 記念特輯号 '98・3)(改訂版としてのkunten2e.sty ver.2.0がホームページ上で公開されている。http://bun153.let.osaka-u.ac.jp/kokugogaku/kinsui/tex/top.htm

2: 『続\LaTeXe 階梯・縦組編』(藤田眞作 アジソンウェスレイ '98・12)

3: 『p\LaTeXe 入門・縦横文書術』(藤田眞作 ビアソン・エデュケーションズ '00・4)(これらのスタイルマクロはホームページ上で公開されている。http://www.chem.kit.ac.jp/fujita/fujitas/fujita.html

これらによって基本的な組(ルビ・行割・返点等)に関するコマンドや書式全般に関する対応が図られています。古典籍の翻字本文などを作成する場合、まず、これらのスタイルマクロを活用することが基本となります。

 2)「追い込み式」マクロについて

 前述のマクロのみで翻字本文作成の際に困難な組として、後に示す所謂「追い込み式」の組版(築島裕『興福寺蔵大慈恩寺三蔵法師伝古点の国語学的研究』訳文篇の訓読文の如き組版)があります。この問題に関しても、@niftyのTEXフォーラム、10番会議室「日本語・外国語専科」において話題となり、ハンドル名srk氏によって作成・公開され、又、その改良版が藤田眞作氏によって作成、氏のホームページ前述の(藤田氏のホームページ)において公開されていいます。このマクロは、未だ出版物の形で紹介されていないため(『パソコン悠悠漢字術2001』(文字鏡研究会 H12・12)で本田知亮氏がその存在を紹介されているにすぎない。)、国語学・国文学の研究者には広く知られていないように思われますが、古典籍の翻字本文作成に非常に有益なマクロと思われます。又、このマクロの作成に関しては私も@niftyのTEXフォーラムで発言をしていたことがあり、ここに紹介します。

 古典籍の翻字本文作成における行取りとしては底本通りの行取りをする場合と次のように行を追い込んでいく「追い込み」式の行取りをする場合があります。

【「追い込み」式の実例】
 

1表  1,2 ▲春日ノ大明神ノ御宣託ニハ明恵房解脱房ヲ▲バ我太郎
     3  次郎ト思フナリトコソ仰セラレケレ或時▲此ノ両人春日ノ御
        社ヘ参詣シ給ヒケ▲ルニ春日野ノ鹿共膝ヲ折リテ皆伏シテ
1裏  1   敬ヒ奉リケリ▲春日ノ大明神ノ御宣託ニハ明恵房解脱房ヲ
     2 ,3 ▲バ我太郎次郎ト思フナリトコソ仰セラレケレ或時▲此ノ両
     4  人春日ノ御社ヘ参詣シ給ヒケ▲ルニ春日野ノ鹿共膝ヲ折リテ

 この「追い込み」式の行取りは紙面の都合が存する場合や訓点資料の訓読文作成の場合には一般的に行なわれる書式です。この書式をLaTeX 文書で実現させたマクロがハンドル名srk氏作成のマクロ:oikomi.sty(@nifty FTEX 9番ライブラリ 44)です。その細かな導入方法は氏の公開されたパッケージを参照するとして、その入力方式を前述の【「追い込み」式の実例】を用いて示すと以下のようになります。

\begin{s_oikomi}{1表}%
春日ノ大明神ノ御宣託ニハ明恵房解脱房ヲ
バ我太郎次郎ト思フナリトコソ仰セラレケレ或時
此ノ両人春日ノ御社ヘ参詣シ給ヒケ
ルニ春日野ノ鹿共膝ヲ折リテ皆伏シテ敬ヒ奉リケリ
\eof
\end{s_oikomi}

\lastoikomi
\begin{s_oikomi}{1裏}%
春日ノ大明神ノ御宣託ニハ明恵房解脱房ヲ
バ我太郎次郎ト思フナリトコソ仰セラレケレ或時
此ノ両人春日ノ御社ヘ参詣シ給ヒケ
ルニ春日野ノ鹿共膝ヲ折リテ皆伏シテ敬ヒ奉リケリ
\eof
\end{s_oikomi}

 この「追い込み」マクロは冊子本(丁数・表裏・行数が付加)用と巻子本(行数が付加)用とに分けられており、上記のような書式で底本の行取りのままに入力することで、改行部分に自動的に「▲」が挿入され、又、行数(行番号)が付加されて「追い込み」式の書式が完成します。

 この「追い込み」マクロ(oikomi.sty)と金水氏のマクロ(kunten2e.sty)とを組み合わせることによって聖教の訓点資料に関する訓読文の組版のみならず、古典籍の翻刻文は従来の活字組版と同等の細かな組版を期待することができるものと思われます。

 3)後注マクロについて

 翻字本文作成や論文作成の場合、一般に注が付されています。その後注に関するマクロについては、諸誌や藤田氏の前掲書において紹介されていますが、その多くは基本的に文献リスト(\thebibliography環境)に準じて後注を作成することが多いようです。(例えば、藤田眞作『続LaTeX2ε 階梯・縦組編』235頁)。しかし、入力手順から考えるならば、本文入力時に一緒に注も付加することが望ましいと思います。

 そのような後注を付すマクロとして、endnotes.sty(John Lavagnino氏作成・『LaTeX2ε スタイル・マクロ ポケットリファレンス』(奥村晴彦監修・今井康之+刀祢宏三郎+美吉明浩著 H9・8 技術評論社)に収載))が存します。

 このマクロは、プリアンブル部分に\usepackage{endnotes}を加えた上で、本文中に\endnote{注の内容}と記入し、文書の最後に\theendnotesと記述することで、後注を実現するものです。入力例と出力例は以下の通りです。

【入力例】

  例えばこのような形\endnote{実験です}です。

  \theendnotes
 

【出力例】
  例えばこのような形です

  Notes
  1 実験です

 このendnotes.styはそのままの形では日本語の縦組には適さないため、修正を加えることで一般的な後注の形式に変更できます。その手順は、以下の通りです。
 
1: このendnotes.styは、kunten2e.styを利用することを前提とするため、プリアンブル部分に\usepackage{kunten2e,endnote}の如く、endnotes.styの登録をkunten2e.styのあとにする。

2: endnote.styの207行目の

\def\@makeenmark{\hbox{$^{\@theenmark}$}}

を以下のように書き換える。

\def\@makeenmark{\hbox{\tinysounyuu{(注\rensuji{\@theenmark})\kern2.5zw}}}


3: endnote.styの293行目の

\def\notesname{Notes}% <------ JK

を以下のように書き換える。

\def\notesname{【注】}% <------ JK

この「【注】」は見出しであるため、好みに応じて「〈注〉」の如く書き換え可能である。


4: endnote.styの298行目との299行目の

\def\enoteformat{\rightskip\z@ \leftskip\z@ \parindent=1.8em
\leavevmode\llap{\hbox{$^{\@theenmark}$}}}

を以下のように書き換える。

\def\enoteformat{\rightskip\z@ \leftskip=4zh \parindent=3.0em\noindent
\leavevmode\llap{\hbox to 3.0em {\hss {(注\rensuji{\@theenmark})}}}}

 上記の手順によって、一般の出版物のような後注が可能となります。その入力例と出力例は以下の通りです。

【入力例】

  例えばこのような形\endnote{実験です}です。

  \theendnotes

【出力例】
             (注1)
  例えばこのような形です。

  【注】
  (注1)実験です
 

このマクロの修正によって、翻字本文作成の注も自由に付すことが可能となります。









 4)系図マクロについて

 古典籍の中には、系図もあります。また、国語学・国文学研究や日本史研究においても系図を使うことは多いようです。その為、系図を作成するマクロも必要です。

 そのようなマクロとして、現在、@nifty(FTEX ライブラリ#9 87)においてハンドル名 tDB氏が作成されています。そのマクロ(
EMkeizu.sty:マクロパッケージEMkeizu.lzh) は,複数ページにまたがる系図を作成するためのマクロです。
ただし、
(1) 婚姻関係を含めることはできません。
(2) 縦組での使用を想定しています。
(3) 次のスタイルファイルを使用します。
  i)
ifthen.sty (LaTeX 標準配布)
  ii)
keyval.sty (graphics パッケージに含まれます。)
  iii)
eclarith.sty(例えば次のサイトにあります。http://mechanics.civil.tohoku.ac.jp/~bear/bear-collections/index-j.html

基本的使用法については,同梱の
sample.tex をご覧ください(PDFファイルとしての説明書についてはこちらをご覧下さい。)。

また、実例として、tDB氏が徳川幕府の系図を
tokugawa.tex として同梱されています(PDFファイルとしてこちらをご覧下さい。)
このファイルをタイプセットするには、
kunten2e.styが必要です。このファイルの在処は金水氏のHP(http://bun153.let.osaka-u.ac.jp/kokugogaku/kinsui/tex/top.htm)で公開されています。

入力の実例は、以下の通りです。
   \begin{EMkeizu}
\eda{親}
\begin{bunki}
\eda{子1}
\begin{bunki}
\eda{孫 \rensuji{11}}
\eda{孫 \rensuji{12}}
\eda{孫 \rensuji{13}}
\end{bunki}
\eda{子2}
\eda{子3}
\begin{bunki}
\eda{孫 \rensuji{31}}
\end{bunki}
\end{bunki}
\end{EMkeizu}

上記のように、
 \eda{親}とその下に「子」を入力するために
\begin{bunki}〜
\end{bunki}の間に\eda{子1}を入力するという形で、\eda{}
\begin{bunki}〜\end{bunki}との組み合わせによって、系図を作成します。

このマクロも継続的に改良、また、多くの方々によって開発されていくものと期待されます。


 5)スタイルマクロの課題

 ここでは、国語学・国文学の研究者がLaTeX を用いることを前提として、最低限、必要とされる部分について述べたにすぎず、私自身、技術的に高いスタイルマクロを作成しているわけではありません。しかし、LaTeX を用いる上で必要に迫られて作成したり、探し出したものばかりであり、文系の研究者にとっては有効なものと思われます。又、理系の方にとっては、文系の研究者(特に、古典籍を取り扱う研究者)がどのようなところにこだわるかということを察してていただければ幸いです。
 

【参考文献】

[1] @niftyのTEXフォーラムの話題が最も参考になっている。
[2]『LaTeX スーパー活用術』(大野義夫監修 嶋田隆司著 '95・5 オーム社)
[3]『LaTeX トータルリファレンス』(海野太孝 '97・12 秀和システム)
[4]『LaTeX2ε美文書作成入門』 (藤田眞作 '97・9 技術評論社)
[5]『日本語LaTeX2ε ブック』(中野 賢 '98・6 アスキー出版局)
[6]『LaTeX2ε スタイル・マクロ ポケットリファレンス』(奥村晴彦監修 今井康之+刀祢宏三郎+美吉明浩著 '97・8)
[7]『pLaTeX 初級リファレンス』(暗黒通信団編集部 '00・10 暗黒通信団)
 

【謝辞】
 成稿に際しては、@niftyのTEXフォーラム、10番会議室「日本語・外国語専科」の諸氏のご教示があったことを記し、厚く御礼申し上げます。