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「ゲームオーバー」、フィリドールの本、「チェスの花火」

05/11/27
 たとえばコンピュータと人間の比較について、他者と議論する気ならチューリングとサールに一回は言及すべきであろう。しかし、ピノーは自分の好きなフーコー、ベルグソン、ハイゼンベルグ等々を並べるだけなのだ。彼が援用する科学者や哲学者による無数の思想が本の中で何の矛盾も起こさず、著者の哲学に都合よく調和してゆく。他者の論理を本気で扱わないか、自分に同化させるか。彼に対峙する思想の存在が無い。著者の異国生活の長さを考えると不思議である。
 他者という概念を私に仕込んだ一人が柄谷行人で、今年は彼の「近代文学の終り」を読んでいた。こないだ本になったのでまた読んだ。私自身の人生も後始末の時期に入っており、おかげで最近は「終り」に敏感である。「最初からわかりきっていた」と言いたくなるようなビルバオの結果を見、紹介棋譜の一局を何度も並べるうち、とうとう「チェスの終り」という言葉が浮かんできた。おまけにもうカスパロフは居ないし。しばらく考えることになりそうだ。
 とはいえ今日も『チェスの花火』でキングスギャンビットを楽しんだ。いつまで私はこんな生活を続けてるだろう。
05/11/26
 畏友は『チェスの花火』を書店で手に取っただけのようだ。感想は「マイナーなにおい」。私は、著者の個人的なおしゃべりを垂れ流した本だと思う。マイナーという言葉はその意味でわかる気がした。
 ChessInformantの91に二局だけ収録されているのは何か。そして、86にも87にも88にも89にも90にも92にも93にも見当たらないものは何か。分類番号C3である。キングスギャンビットである。私は白勝のキングスギャンビットを並べるのが好きだ。Informantを入手するとまずC3を調べる。よって、ここ数年の失望は大きい。
 私が『チェスの花火』を買ったのは、キングスギャンビットの棋譜がたくさんあるからで、いまその部分を少し並べたところだが、妙手連発の変化が次々と現れて、まったく知らない棋譜というわけでなくても久しぶりに楽しい。並べるだけでテクストの快楽におぼれてゆく。本書のこのあたりは同好のC3フェチが居ればお薦め。
05/11/25 紹介棋譜参照
 昨年に続き今年もビルバオで機械と人間の団体戦があった。5勝1敗6分で機械の勝ち。機械はHydra、Fritz、Junior、人間はポノマリョフ、カシムジャノフ、ハリフマン。Hydraがポノマリョフを破った一局を紹介棋譜に。
05/11/23
 リナレス大会の件、これまでの開催者がカスパロフの引退でヤル気を無くしたのかなあ、とも考えた。
 明治のマッギーやメーソンに言及しておいて、平成のピノーに触れないのもどうかと思う。朝霞チェスクラブなどを拠点に長くチェスの普及に尽くしてくれてきたフランス人だ。新刊『チェスの花火』は彼の三冊目にあたる。福岡チェスクラブの掲示板でいろいろ議論されていて、それが面白い。本はひどい日本語で書かれているのだが、そこに焦点を当てて延々と罵る人や、ピノーの奇怪な論理にニューサイエンスや新興宗教的な匂いを感じ取る人。とにかく奇妙な本であるのはたしかだ。この本の不健康な印象は日本語だけの問題とは思えない、という説は至極もっともである。
05/11/22 紹介棋譜参照
 日本最初のチェス本『西洋将棊指南』について05/09/08に述べた。14の実戦、定跡、局面が載っており、そのすべてを紹介棋譜にしておく。興味を持ってくださる方は多いのではないか。これをフィリドールの本と比べてみよう。
 01番の棋譜は1819年にロンドンで指されたCazenove対Tomalinと同じである。実戦は22手で白勝ち、その手順も変化手順として加えておいた。フィリドールが解説したのは5.h4で、それも加えた。1749年版の手順である。
 最もフィリドールの解説と重なるのは04番の棋譜で、7.Qxc5まで同じ。1777年版の手順である。後にスタントンは4...Bb6で互角とした。だから『西洋将棊指南』はスタントンを参照してないと思う。
 05番、06番の3...d5をフィリドールは扱っていない。彼が解説した黒の3手目はNc6の他、Qe7、Qf6、Qh4、Nf6である。3...d5は1834年にルイスが研究した手らしい。1842年のスタントン対コクランを紹介棋譜にしておくが、私はこれ一局しか見つけてない。
 ルイスはフィリドールとスタントンの間の人だ。『西洋将棊指南』もそのあたりの本を種本にしてるのではなかろうか。ちなみに、いずれ小野五平の『将棋秘訣』の棋譜にも触れるつもりだが、これははっきりスタントンの支流の一冊である。
05/11/21
 リナレス大会がメキシコのモレリアとの共同開催になるらしい。優勝賞金は10万ユーロくらいになりそう。日本円で1400万円ほど。例年の金額がよくわからないのだが、同額のようだ。単独開催の資金が集まらなかったのかな。景気の悪い話だが、出場予定者リストも物足りない。トパロフ、レコが居るが、アナンド、クラムニクは無し。
 フィリドールの1777年版と1832年版を簡単に較べておく。読みやすいのは1832年版である。序文は詳しい伝記になっており、編者ウォーカーが十九世紀人の観点で加えた注も興味深い。対して、1777年版には局面図がひとつも無く、指し手の表記も十八世紀式で読みづらい。けれど、両者の編集があまりに違うので、1777年版の方に「フィリドールの本」としての歴史的な価値がある。
05/11/20
 イワノフが58歳にしてグランドマスターに昇格した話を6月に書いたが、昨日のChessTodayにもう彼の訃報が載っていた。
 モスクワのはるか東、ウラル山脈を越えてさらに東、ハンティマンシスクという町は冬のスポーツではそこそこ知られてるらしい。来週からここに128人の選手が集まってワールドカップが開かれる。一回戦の組み合わせが発表された。サンルイの出場者は一人も居ないが良い顔ぶれだ。カムスキーやカールセンも出る。後者はアズマイパラシビリと戦う。
 フィリドールの本。初版は1749年にパリで発行、中身はフランス語だろう。1777年版はその英訳で、後半部が書き足された増補版のようだ。特に終盤の研究はすべて後半部にある。多くの終盤書がフィリドールポジションの図を1777年として掲げている理由がわかった。
05/11/19
 昨日の件にはFIDEの反論を含め多くの意見や情報が飛び交っているが、こんなことが理屈で決まるわけがない。どんな正論よりも、一月のヴェイカンゼーでクラムニクが残す成績が説得力を持つだろう。優勝すればトパロフは逃げ口上を言いづらくなるし、パッとしない順位に終わればスポンサーは手を引くに違いない。
 フィリドールの"Analysis of the Game of Chess"について04/02/07に話したことがあったが、あれは1832年版をCaissaが復刻したものだった。1777年版をHarding Simpoleが復刻している。それも買ったが、編集がまったく違う。
05/11/18
 UEP(ユニバーサル・イベント・プロモーション)って何だろう。とにかくUEPが、クラムニクとトパロフの世界王座統一戦を来年十一月に始める話を進めていた。ところが、トパロフ側が難色を示し壊れてしまった。トパロフがなぜ、と思ったが、UEPによって王座戦が組まれることをFIDEが嫌ったようだ。
 『隠喩のなかの中世』で面白かったのは、中世的世界観の終りが論じられる箇所だ。ヤコブスはチェスの隠喩によって世界全体の階級秩序を表現しようとした。しかしそれ以後は、王を中心として駒が語られる。農民や商人の役を受け持つ駒は消え、王の従者が増えてゆく。つまり、チェスは王と王との戦争ゲームになるのだ。近世の中央集権化された絶対王政の登場である。『隠喩のなかの中世』は、コイレと同じ「コスモスの崩壊」という名の章で、このあたりの事情を説明し終わっている。
05/11/17
 ベッセル・コクの名を知ったのは80年代末のワールドカップの時。このオランダの富豪あってのあの企画だった。彼も来年5月のFIDE会長選挙に立候補するようだ。カルポフも「自分が立たぬ場合はコックを支持するかも」と述べている。
 『隠喩のなかの中世』の第四章。アラビアの駒が西洋でどのように変容していったかを追う。たとえば、「二輪戦車」は「巡察吏」などに、「賢人」は「王妃」に、「象」は「司教」などに。それぞれ現在のルック、クィーン、ビショップだ。
 しばしば中世ではこれらの駒を使って様々な職業や階級が説明された。たとえば、巡察吏は王の直接統治しきれぬような辺境までもくまなく見回る、等々。この種のテクストで最もよく読まれたのがチェソーレのヤコブスなる人物が1300年頃に書いたものだ。ヤコブスは8個ある歩兵駒の一つ一つにも「医者」「農民」などと命名して、多くの階層を説明した。"端歩"にあたる歩兵は「のらくら者」だ。これは私は、端歩が序中盤で活躍することが少ないことに由来していると思う。
05/11/16
 『隠喩のなかの中世』をまだちゃんと紹介してなかった。著者によれば、西洋中世の人々は「階層的な秩序に基づいた調和としての神学的な世界像」を持っており、その「構造を生き生きと示すために、さまざまな隠喩を用いて社会のあるべき姿が語られ」た。隠喩の素材としてよく使われたのが、人体、建築、ミツバチ、そしてチェスなのである。
05/11/14
 「Chess Bitch」によると、コステニクのサイトには日に100通ほどもメールが届くのだとか。できるだけ返信してるものの、マネージャー氏のいわく「返事してないのが336通あるんだ、あはは」。実は畏友がマネージャーさんに最近は連絡がとれず、インタヴューがどうなってるか、わからなくなっている。まさか"あははメール"になってることは無かろうが。遅れてるといえば、「Bobby Fischer Goes to War」の翻訳も、年内に出ることは無さそう。気長にお待ちください。
05/11/13
 目覚めてすぐNHK杯にチャンネルを合わせると、深浦康市と川上猛。私の記憶による図だが、こんな局面をノータイム同然で並べた先手深浦が、また私の記憶だけど▲2四歩、△同角、▲5三角成、△同金、▲2四飛、△同歩、▲3一角、解説の行方尚史によれば、こんな無茶芸で先手よし。晩秋の気分を味わった。
 Carlsenの"伝記"「Wonderboy」を書いたAgdesteinは、Carlsenの師匠でもある。奇しくもこの師弟が七月のノルウェー選手権を同点首位で終え、今月になってそのプレーオフが行われた。六戦してようやく決着し、師匠の優勝。カールセンは二年続けて準優勝だ。
 畏友の「Chess Bitch」報告が続く。"bitch"という語感は私が学んだ時代と今では微妙な違いもあるようだ。グルジアや中国など各国の女性にとってチェスはどんな社会的な意味を持っているのか、また、ステファノバ、スクリプチェンコ、コステニクといった私の常連さんたちのエピソードも豊富。私も欲しくなってきた。
05/11/12
 世界団体選手権は首位中国と二位ロシアに2点半という大差が付いた状態で最終日を迎えた。そしてこの二チームの直接対決があり、結果は3勝0敗1分でロシアが勝って大逆転の優勝。このミラクルなお国の人々の名はスヴィドラー、グリシュク、モロゼビッチ、ドレーエフ、バレーエフ、ルブレフスキー。
 畏友は「Chess Bitch」に読みふけっている。女性特有の棋風や生理的な問題を論じたり、メンチクやグラフも紹介してくれてるそうだ。メンチクいわく、「女に勝ってももう嬉しくないの。男の血を吸いたい」。
 ネットで喜ばれそうな噂話がChessTodayに載っていた。トパロフは対局中にコンピュータの分析を教えられており、だからサンルイに優勝できたのだ、と主張してる人がいて、それはサンルイの参加者なのだそうだ。追記06/12/19参照。
05/11/11
 「Chess Bitch」という本が出ていて、題名のひどさに私は軽蔑しか感じなかったが、畏友は買った。感想を聞くと、これがどうも面白いらしい。女性のチェスを論じた本である。表紙にはオノ・ヨーコが寄せた言葉が記されている。
 NHKのテレビ番組は利潤を気にしなくても製作できる、という思い込みが私にはあった。よく考えればおかしい。畏友がいろいろ教えてくれた。たとえば、「趣味悠々」という教養講座番組でチェスを採り上げてもらおうとする。仮に8回シリーズとしても、テキストが7万部くらいは売れるようにしたいし、DVD化などの二次展開も見込めるような企画を出すべきなのだとか。日本チェス協会なんかの力も借りた組織的な販売に期待できればなおいいのだけれど。
 日本郵便チェス協会の会長、早川茂男さんが亡くなった。本当に長い間、日本の通信チェスを支えてくださった方である。愛読ブログの一つ、水野優さんの所で読んだ。
05/11/09
 世界団体選手権は中国の男子チームが優勝しそうだ。中国だけ男女別のチームがふたつ参加していて、両者の対戦は男子チームの四戦全勝。この4ポイント効果が首位の維持に役立っている。いまのところ八百長疑惑は起こってないし、棋譜を並べた限り、女子チームが男に尽くしたとも言いにくい。でも、釈然としないのは確かだ。
 今月はたくさんの映画を見る。一本を選ぶのは悩みそうなので、もう、最初に見た「ヴェニスの商人」を。アル・パチーノのシャイロックがすごい。こわい。十九世紀的シャイロックの現代版とはいえ、すごいものはすごい。最近公開されたキリスト映画を見て同僚が言うに、反ユダヤの風潮が強いと受難劇の映画が作られるとか。そう考えると、シャイロックの反骨には別の味が出る。私は小学校二年生の頃からこの作品が好きで、今年はテレビでグローブ座カンパニーのも見た。これも良かった。
05/11/08
 ふくしま教育情報データベースというページを畏友に教わった。野口英世の画像がたくさんある。チェスも中国将棋も好きだったことがわかる。遺品の画像には盤駒もあったが、例によって例の如くだ。
 すこしひまが出来た畏友は他にもいろいろ見つけてくる。甚野尚志『隠喩のなかの中世』の第四章がまるまるチェスを扱っているというのだ。早速読んでみた。
05/11/07
 しばしば「将棋世界」は「岩根忍はコロコロしてて可愛いなあ」で終わってしまう雑誌だが、十二月号はどこを開いても読む価値があった。付録、大山康晴の実戦から選んだ「次の一手」を紹介しよう。これは第三集で、全盛期が終る頃の局面が多いが、それまでの二集より価値があると思う。「将棋パイナップル」に解答者の声があって、「まるで指し手が当たりません」「私もそうです」。受けや粘りが中心というだけでも珍しい問題集だ。第9問は後手大山が中盤の銀損で苦戦したタイトル戦から。図は終盤の▲8七飛まで、さて必敗の大山はどう粘ったか?正解は△7一玉。以下、▲9二角成、△5二銀で、次の▲8九飛が敗着になった。こう書くと△7一玉は当然の一手に見える。でも、▲9二角成が疑問手で、正着は▲8三銀成、△9一金、▲8九飛なら先手勝勢だった、と聞くと私は大山の読みと駆け引きに感動する。▲9二角成を選ぶのが普通ではないだろうか。この渋い編集をしたのは鈴木宏彦。『81枡物語』の人である。
05/11/06
 図の局面をご存知だろうか。1997年のアカデミー短編映画賞を受賞した「ゲーリーじいさんのチェス」の終盤である。チェスに関して不可解な点がところどころあるが、内容は悪くない。この4分だけが見たくて「バグズライフ」のDVDを買った。セリフは無く、フランス風アコーディオンのBGMと駒の音だけ。駒音が快い。ユーモアよりも老人相応の動きの表現を楽しむ一本。
 モスクワに永く保存されているレーニンの遺体をどうするか。ソビエトの崩壊以来よく話題になってきた。これが特にいまロシアの政治問題になっている。どうなるのかな、と思っていたら、キルサンが「百万ドル出すからカルムイキヤにくれ」と言ってるそうだ。彼が政界から引退する、と以前私は伝えたが、どうも情勢が変わってるらしい。むしろ、FIDE会長の再選の方が波乱含みになってきた。フランスのチェス協会副会長が立候補の意志を表明している。
05/11/04
 犯罪で思い出すのは大橋宗与である。明治10年に懲役5年の刑を受け14年に獄死した。これで大橋分家が断絶。畏友から一報があり、「週刊将棋」が1988年から明治以降の将棋史を100回くらい連載して、かなり興味深い内容らしく、「どうして出版してくれなかったの?」。それによると、宗与は詐欺事件に関わったそうだ。追記06/04/09参照。
 名人戦に使われる名人駒の名工奥野一香は初代一香か二代目か私は知らないが、初代は盤駒を扱う奥野一香商店を開いていた。たぶん二代が継いだだろう。そして、畏友からまた教わった話を総合すると、これが現在の奥野かるた店なんだそうだ。「さっき知って、もうビックリ」。
 チェスの話もしておこう。キルサン・イリュムジノフの談話があって、「トパロフとのマッチを望むならクラムニクは200万ドルを用意すべきである」。日本円で2億3千万強だ。勝者を公式チャンピオンとして認める、とも言っている点が重要である。
05/11/03
 戦争犯罪人の処罰はポツダム宣言に明記されていて、これが二万人を超える公職追放につながってゆく。昭和21年の公職追放令は翌年に改正されて、該当者の範囲が広くなった。升田幸三がGHQに呼ばれたのがこの年だ、というのが私は気になっていて、本欄で何度か話題にした。戦地での行動に問題があったのか。新聞社の者が同行しているので検閲関連の事由かなと思う。他、木村義雄が公職追放の該当候補者に入るおそれがあったのでは、という気もする。昭和23年刊の総理庁官房監査課『公職追放に関する覚書該当者名簿』を調べたら、木村も将棋大成会もリストに無かった。当然ながら該当者でない。また、該当候補者なら個人審査の書類が作成されてるのだが、それの有無はわかりそうにない。この話題は今日限りのようである。なお、大成会が日本将棋連盟に変わるのも昭和22年だ。
05/11/02
 すみだ郷土文化資料館が木村義雄の展示をしているとか。ここんとこずっと忙しかった畏友が大きな仕事に一段落つき、見に行ってくれた。ごく小規模の展示だったようだ。でも木村の企画を考えてくれた墨田区の心意気はありがたい。そのあと畏友は神保町に出て奥野かるた店へ。そこで岡野伸『中将棋の記録(一)』を購入。中将棋の研究書で、「おすすめできます」とのこと。東京はいいなあ。まあ、こっちには正倉院展があるさ。
 イスラエルのベエル・シェバで世界団体選手権。ロシアチームに私のひいきが多いので応援したい。ウクライナも優勝候補で、こうした催しに消極的な発言もあったポノマリョフが参加してる。なお、参加国に関するいざこざがあった模様。
05/11/01
 何度か触れてきたACPマスターズの開催は不可能である。といってACPは下り坂というわけでもない。アローニアンやナカムラといった有望な若手が加入し、シロフもついにメンバーになった。
 羽生善治が七冠王になったとき、スポーツ新聞も一面で大きく扱ってくれた。米長邦雄が長文のコメントを寄せた一紙を私は買った。彼の文章はたしか、「私が最も尊敬する棋士は木村義雄である」と始まり、「木村には華があった。羽生にもそれがある」と続く内容だった。どうせ調子のいいウソだろうが、こんな時に木村の名を出してくれるセンスが非凡だなあと思った。今年は木村義雄の生誕百周年である。が、将棋連盟会長米長は今のところ黙殺。木村は武者野克己の師匠の師匠だから、では凡庸なんだが。
05/10/31 紹介棋譜参照
 ホーヘフェーンはハリクリシュナが優勝。オープン部門の羽生善治は4勝3敗2分で、77人中の20位から35位という成績でした。相撲で言えば幕下の下半分というところか。まずまず、でも頻繁に場数を踏めばもっと上に行ける人だろう。
 今年20歳のティモフェーエフという名前を何となく私は気にしてます。皆さんの目で見てどうでしょう。こないだのスカナボアからL.B.ハンセン戦を。図は20.Nc3-d5+、これ自体は何てこと無いけど、実は14.Nd2-b1からじわじわ実現させた手です。対する黒の21...Bxd5は当然として次は?実戦は21.exd5でした。ChessTodayによると、21.Rxd5でもいいけどティモフェーエフはBd3からBf5を考えている。結局それは実現しないのですが、好ましい構想だと思いました。この後がまた上手なので紹介棋譜に。ちなみに、この大会でベストゲームに選ばれたのも彼の勝局でNisipeanu戦でした。
05/10/30
 「Game Over」、最後の数分を。ディープブルーはスミソニアン博物館に収蔵されたが、その折、機械は二つに解体され、片方はまだIBM社内に残っている。これを撮影したのであるが、映像としてはただの黒い大きな箱であり、不正行為の真相は閉ざされたまま、という印象で映画は終わる。
 なお、私が一月に総評した時には、この映画が「トルコ人」の映像を何度も挿入した点に触れた。03/11/03でその画像も紹介した。「トルコ人」のレプリカはこれ一つではなく、他に丸顔でもっと愛嬌がある写真を見たことがある。
05/10/29
 「Game Over」、そろそろ終り近い10分。再戦での雪辱を誓うカスパロフに対し、IBMはディープブルーをしまいこんで二度と対局させようとはしなかった。場面は5年後に飛び、ブレドのチェス五輪、ニューヨークでのカルポフとのミニマッチが映る。カスパロフは前者で個人一位の成績を挙げ、後者では旧敵に十二年ぶりの敗北を喫した。それら興味深い映像の後で彼は語る。
 「1985年でのカルポフや共産主義体制に対する戦いと、97年のIBMとの戦いとをどうしても比較してしまう。前者の私は敵について何の幻想も抱いておらず、相手が私をいかなる手段を使ってでも倒そうとしていることがわかっていた。けれど、後者では、そんなことを思ってもみなかった」。企業が倫理を失ってしまったことを批判している。
05/10/28
 プロ野球阪神タイガースの株式上場の是非が話題になってる。先週のこと、読売新聞が65人の著名人からコメントを集めた。柄谷行人と谷川浩司、私の神が二人も登場してるので無視できない。前者は「上場は嫌だ。結局は多数決で株を多く持っている者の意見が通る。ファンが経営に関与できるなどということはないだろう」云々、後者は「はじめから上場はダメとはねつけるのは、発展の道が閉ざされる可能性があり疑問」等々。
 「Game Over」、まだ続く10分。悲しい最終局。IBM社に不信感をつのらせるカスパロフの顔は第二局以降、悲痛になるばかり。この第六局ではもう「あいつら」と対局するのが嫌になっていたし、そこまで彼を追い詰めたことをIBMのスタッフも確信していた。映画は具体的な局面について触れない。ただ、心理的に崩壊してしまったカスパロフが、到底信じがたい大悪手を指し、絶望を深め、投了し、対局場から逃げ去る様を収録している。かくて2勝1敗3分で機械が人間に勝った。
05/10/26
 トパロフの談話があって、クラムニクはもう強くはなく、彼とタイトルを賭けて争っても意味が無い、と述べた。クラムニクはもちろん反論して、自分こそが正当な世界チャンピオンであることを改めて強調し、マッチの実施を要求した。
 「Game Over」、今日も10分。両陣営が神経質になってゆく様が描かれる。IBM側はプリントアウトをマッチの終わった後に審判に渡すこと、という合意が成された。しかし、これは守られていない。四局と五局はドロー、後者は好局、前者は機械が動かなくなり、そのまま負けを宣告されても良かったと私は思う局だが、映画ではあっさり扱われている。五局後の会場で、喝采を浴びたカスパロフに対し、ディープブルーのスタッフは喝采のほかブーイングも受けた。
05/10/25 紹介棋譜参照
 Yamagishiさんの棋書翻訳がうれしい福岡チェスクラブのページだが、掲示板に羽生善治の情報がカキコまれた。ホーヘフェーンで開催されてるエッセント社の大会のオープン部門に参加していて、グランドマスターを倒したとの事。調べると棋譜がすごい。本欄でも紹介させていただきます。
 「Game Over」、さらに10分。第二局は周知の通り、カスパロフが投了した局面は本当はドローに出来るはずだった。ディープブルーは仕上げを誤っていたのだ。けれど、機械を過大評価していたカスパロフは自分の負けを勝手に判断してしまったのである。カスパロフは機械がわからなくなった。好手と疑問手に一貫性が無いのだ。カスパロフは機械の思考記録のプリントアウトを見せるようディープブルー側に求めた。が、相手は応じない、「敵に思考内容を教えてもらうような提案をするカスパロフの方がおかしい」。カスパロフは苛立った。第三局の顔は別人である。彼は言う、「以後もう二度と立ち直れなかった」。局後の壇上で会衆に向かい、ディープブルー側の不正を示唆さえした。「第三局に問題は無かったが、第二局は裏で人間が機械の悪手を手直ししていた」というのだ。「ディープブルーは特別なのだ」という意味の反論をディープブルー側はその場で申し述べた、「普通のコンピュータと違う反応をするからといって疑い始めるのは間違っている」。これで1勝1敗1分。
05/10/24
 スカナボア終了。優勝はジョババ。彼に勝ったカールセンは1勝2敗6分で十人中の八位。
 「Game Over」、また10分。初戦はカスパロフが勝った。セイラワンが絶賛している。一年をかけて機械を鍛え上げてきたIBMのスタッフは一晩でディープブルーの再調整をせざるをえなくなった。そして、問題の第二局。機械の苦手な、駒の組み合う膠着戦にカスパロフはもっていく。「初戦では、機械は王の安全を全く気にしてなかった」とカスパロフ、でも、「それ以降はものすごく気を使うようになったんだ」、つまり、「初戦と二戦は異なるコンピュータが戦ってたんだ」。IBMに協力していた棋士のベンジャミンは言う、「カスパロフがわかってないのは、私が長い時間をかけて、膠着戦を機械に仕込んだことだ」。図はディープブルーの37.Be4、会場の驚きを映像は伝えている。これは「カスパロフの頭蓋骨の中で爆発が起きたようなものだった」とセイラワン、「コンピューターの手ではない」。駒得に飛びつかなかったからだ。かくてカスパロフは投了。1勝1敗になった。
 ちなみに私のFritz5.32は37.Qb6に固執するが、Fritz8は即座に37.Be4を見つけてしまう。
05/10/23
 クラムニクとトパロフのマッチに関するイリュムジノフの見解を「やりたければやるがよい」と私は要約しましたが、かなり不正確でした。お詫びして、サンルイ直前の発言を訳しておきます。「世界チャンピオンのタイトルはFIDEに属するものだ。このタイトルマッチに関する交渉は原則としてFIDEとしかできない。もし、クラムニクのスポンサーが興味深い提案をしてくれれば、マッチの可能性が無いとは言わない。サンルイで決まる唯一の合法的な世界チャンピオンと、いわゆる"クラシカル世界チャンピオン"なるものとのマッチだ。無論、唯一の合法的な世界チャンピオンが引き受けてくれればの話だが」。クラシカル世界チャンピオンとは、シュタイニッツを初代としてクラムニクまで十四人を数える世界王者のこと。昨年のブリッサーゴで定着した言葉だと思います。
 「Game Over」、続きの10分。96年にカスパロフはディープブルーに勝つ。友好的なムードのイヴェントだった。「その時の大反響を見てから、だんだんIBM社の介入が目立つようになってきたんだ」とカスパロフ。翌年の再戦は様相が一変する。IBMは何が何でも(どんな汚い手を使っても?)カスパロフを倒そうとしており、この点にカスパロフは気付いていなかった。かくて97年の第一局が始まる。
05/10/22
 カールセンはブルゾンに完敗。駒を捨て合って主導権を争ったが、受身になってからのカールセンは粘れなかった。
 「Game Over」、昨日は10分、今日は続きを10分見た。哲学者サールが出てくる。彼らしい話を期待したが失望させられた。しかし、それに続くカスパロフの回想は豪華特典映像と言える。1984年と85年のタイトルマッチで、対局場を歩き回るカルポフや、最終局に勝って歓喜するカスパロフが映るのだ。
05/10/21
 昨日ふれたカールセンの対局をChessTodayも解説してくれました。面白いだけでなく、立派な棋譜だったようです。今日はイワンチュクとだ、と期待して風呂上りにICCを覗いたらドローで終わってました。
 将棋界では人間とコンピュータの対戦が話題になっている。せっかくだから、「Game Over」の紹介でもしてみよう。総評はすでに05/01/15で述べたが、もう少し詳しく何日かかけて内容を追ってみたい。1997年のカスパロフ対ディープブルーを扱った記録映画だ。始まりは2003年、ディープブルーに敗れた六年後、カスパロフはあのとき使っていた"作戦室"を訪れる。「ずいぶん変わったな」とまず一言、そして、「思い出したくないよ」。
05/10/20 紹介棋譜参照
 スカナボアはカールセンがやっと勝った。相手も悪くない。これで1勝1敗3分。内容も面白いので紹介棋譜に。形成判断は私にはわからない。
 好きな映画を100本挙げてみた。軽いエッセイも付けようと、最初の何本か試したが、読み返してひどい。何度直しても全く良くならず、でも一年以上かけて作ったのである。見て欲しくないなあ、という気も残しながら、アップすることにした。一種の自己紹介になってるとは思う。

戎棋夷説