紹介棋譜 別ウィンドウにて。
HOME
現在に戻る
羽生善治の名局。AronianとCarlsenの死闘。

07/06/06 紹介棋譜1参照
 十六歳のカールセンにはまだ大きな欠点がある。一方、早指しマッチでは先月にクラムニクを吹っ飛ばしたアロニアンである。しかし、カールセンは信じがたい戦闘力で抵抗した。
 事件が起こったのは、0勝1敗2分で迎えた最終局だった。図は26...Bg5まで。Chess Todayの解説では、やや指しすぎという評価だったが、済んだ後だからこそ言える話である。白は普通なら27.Rxc8+だろう。でもそれはドローに落ち着きそうだ。すると27.f4しか無い。ただし、27...Rxc1+から28...Qxe4以下、ポーン損である。私にもそれくらいはわかるので、緊張して画面を見ていた。カールセンは考えて、27.f4を選んだ。そして、ひたむきに追いすがる。これだけで充分感動的だった。
 だが、だんだんドロー臭が漂ってくる。カールセンはたった一つ残ったクィーンでいつまでも盤をかき混ぜていた。こうなるとICCのギャラリーはたいてい嘲笑的である。それがこの日は「残念だったな、でも俺たちは応援をやめないぞ」という空気だった。
 メイトを含みに黒王につきまとうあたりはまだ迫力の余韻があり、最後はポーン得にした。とはいえ、58...f3からはさすがに悪あがきだ。ついにアロニアンに連続王手の手番がまわった。が、実は王手を掛けてはいけなかったのである。82...Qc1+が敗着でアロニアンは瞬時に頓死してしまった。これがカールセンだ。私は何度も見てきた。Chess Todayによれば、クィーンを中央に置く82...Qe4が理にかなって安全だった、とのこと。でも、82...Qc1+の方が早く勝てそうだ、と甘える気持ちもわかるではないか。
 かくて勝負はブリッツ二局に持ち越された。レイキャビクの豪華なブリッツ大会で、アロニアンは04年に優勝しているし、カールセンは06年に優勝している。でも勢いはカールセンにある。初めて彼が有利になった気がした。しかし、結果は二連敗。内容も大差だった。力尽きていたのだろう。部屋に戻って佐藤康光のように泣いたと思う。
07/06/05
 ピタゴラ装置はアメリカの漫画家Goldberg(1883-1970)のルーブ・ゴールドバーグ・マシンに由来するらしい。1930年代あたりとのこと。あちらでは、3分以上もかかる偏執的な大仕掛けを作る人たちもいて、チェスを使った作品もあった。
 さて、タイブレークである。まづ四局の早指しで行われる。ゲルファンドが2勝0敗1分で勝った。これでモロゼビッチは世界王座決定戦ではカシムジャノフをセコンドに起用できるかな。こないだも、モレリアでは不調だった彼がリナレスで復調したのは、カシムが駆けつけてくれたことが大きかったのだ。ちなみに、このままではスヴィドラーのほか、バレーエフやルブレフスキーまでもセコンドどころか対戦相手になるクラムニクはどんな気分だろう。いや、友達がたくさんメキシコに出場してくれるのは援護が期待でき、かえって良いか。
 一番の激戦区A組は、シロフが2勝0敗1分で勝ち残ったが、アロニアン対カールセンは死闘が果てしなかった。
07/06/04 00:43
 彼は散った。
07/06/04
 いまタイブレークの真っ最中だけど、とにかく最終第6局を語ってしまおう。
 バレーエフは2003年にHIARCS X というプログラムと四局マッチを指したことがある。ほとんど話題にならず、内容も全局地味なドローだった。けれど、コンピュータと対戦して平常心を失ってしまう棋士が目立つにつけ、あの時のバレーエフの手堅さを私は思い出すようになった。局後のインタヴューではたしか、「私はプロとしてどんな相手とも指しますよ」とか語っていた。そんなわけで、どんなにポルガーが揺さぶっても、彼が崩れるとは思えなかった。最終局は楽な戦いではなかったにせよ引き分けて、2勝1敗3分で終えた。
 ほか、ルブレフスキーも白番を19手で引き分けて、ポノマリョフを1勝0敗5分で退けた。棋歴の華やかさに差のある二人だが、どっちが勝っても不思議は無い。カシムジャノフ対ゲルファンドは21手でドロー、全局引き分けた。タイブレークで決める腹と見た。前者はこの疲れ知らずでトリポリを勝ったのだし、後者は早指しに自信がある。
 残り二局は大変だった。アロニアン対カールセンは、黒のルックがうまく働かず、カールセンはもがくようにその進路を拓こうとしたが、ポーンを損しただけで不利は隠せない。けれど、最後に連続王手の手筋を得てなんとかドローに持ち込んだ。2勝2敗2分でタイブレークへ。シロフ対アダムズは、アダムズが変調でシロフが勝ち、1勝1敗4分でタイブレークへ。
07/06/03 23:36
 わおおおっ!カールセン!!神!神!(詳細は後日。まだ最中だし。)
07/06/03 紹介棋譜2・3参照
 グリシュク対マラコフが第5局で終わった。2勝0敗3分だった。マラコフをよく知らない。アズマイパラシビリの待ったに文句を言えなかったという話を03/08/18に書いた程度である。
 終わると思っていたポルガーは一矢を報いた。見事である。紹介棋譜に。バレーエフ得意のカロカンに対し、珍しいツーナイツ攻撃のさらに珍しい変化から、黒クィーンに白Q翼を好き放題に食わせ、その隙に敵陣を中央から突き破る反撃が強烈で、最後はメイトで仕上げた。
 どうしても勝たねばならない最後の白番局でカールセンも感動的だった。白c3ポーンと働きの弱い黒ビショップ、どちらが致命的かという戦いが続いて、図は白Rf8と黒Rxc3の速さを争う局面である。私は白Ph5が利くかどうかと考えながら観戦していたが、カールセンはこの危急存亡の瞬間に36.f4を指したのだ。狙いはh5からf5、これが遅いようで見事に決まり、2勝2敗1分のタイに戻した。
07/06/02
 第4局でレコ対グレビッチとカムスキー対バクローが3勝0敗1分になり終結した。バレーエフもポルガーに勝ち、あと半点で終る。この三組は差が感じられる。ほか、グリシュクとアロニアンとアダムズが勝った。カールセンはボゴインディアンだった。たまに採用する定跡だが、うーん。
 シロフはアダムズに対し1990年の初顔合わせから最初の五年間で七勝し一回も負けなかった。その後は互角になったが、今世紀は意外に対戦が少なく、今回は貴重な機会である。ドローが三局続いてか、この日はシロフがやや無理気味に駒を捨ててギリギリの攻めをつないだ。けれどドローに落ち着きそうになったところが左図である。シロフは攻めの継続に未練があって、f7を取らず24.Be3と指した。これが大ポカで、アダムズは見逃さず、24...Kh8とかわして駒得は維持された。上級者なら当然の一手とはいえ、この遠ざかり方は面白い。以下、勝勢になったアダムズのしくじるわけが無かった。
07/05/31 紹介棋譜4参照
 ピタゴラ装置のNO.22にチェス盤が使われていた。エリスタの第3局では昨日に述べたほかにあと三局で勝負が着いた。勝ったのは、カムスキーとルブレフスキーである。そして紹介棋譜のカールセンだ。序盤を終えてすぐ中央にパスポーンを作り、さらにhポーンを押し込んだ。この手続きに16.h4から数えて10手も掛けなかった。それだけで中盤を済ませてしまい、さっさと、勝って当然の終盤に入った完勝である。これで1勝1敗1分だ。ただし残り三戦で一回しか白番が無い。
07/05/30
 第2局は三局で勝負が着いた。レコ、バレーエフ、カムスキーが勝った。この三人は勝ちあがりそうだ。アロニアン対カールセンはベンコーギャンビットで驚かせたが、21手でドロー。他にも面白い対局はあったが、書くほどでもない。さっき観戦を終えたばかりの第3局、レコ対グレビッチの話でもしておこう。私くらいの中級者には勉強になった。図で次の一手は35.h4だった。
 黒駒の働きが悪すぎることはわかる。問題は白の勝利計画がわかるかだ。ICCではナタフがいとも簡単に予測していた。すなわち、Be2、g5、そしてh5からh6である。なるほどなあ、と思っていたらそのとおりになった。黒のh7地点が弱い。そうしておいて、Nxe6という手も見えるが、レコはNf6を考えてナイトの地道な移動を始めた。どうせ黒はまったく動けない。50.Ng4で投了である。
 それにしても、更新が無いとわかっていても、「勝手に将棋トピックス」を見てしまう哀しさよ。
07/05/29 紹介棋譜5・6参照
 六局マッチの初日。勝負が着いたのは二局だった。カールセン対アロニアンは、主導権を失うと粘れないカールセンの欠点が出た。図から26...Rf3がアロニアンらしいトリッキーな妙手だが、これに27.Ra3と応じたのが稚拙すぎる。27...Rxa3. 28.bxa3で、黒のcポーンは自然にパスポーンに生まれ変わった。グリシュク対マラコフは、白が軽くポーンを捨ててK翼を崩し、K翼に黒駒を押し込んでQ翼を手薄にさせた。そしてそのQ翼から難無く侵入した。時たまグリシュクは老練な完勝を見せるなあ。
 印象に残った引き分けも二局だった。ポルガー対バレーエフは、RP対BP4という、私の目には黒必勝の終盤になったので、観戦を止めたのだが、朝起きたら63手のドローだった。ポルガーの粘りよりもバレーエフの収束の問題だろう。ゲルファンド対カシムジャノフは、白が勝ちそうなところで、カシムらしいナイト使いの妙技が出た。この最後のところだけ紹介棋譜に。
07/05/28
 伊藤若冲の傑作群が相国寺に120年ぶりに結集する、というので嫁と早起きして京都に行った。地下鉄が今出川に着くと、どさっと下車した人群がぞろぞろと一番出口に向う。嫌な予感がして、道に出たら、プラカードを持った男が立っており、「入場まで80分待ち」ですと。光琳や北斎でさえこんなことは無かろう。地平線まで続く「イワン雷帝」のような行列だけ見て引き返した。
 しょんぼりしてうつむく私を見かねて嫁が「宇治の平等院に行こう」という。彼女は好きらしい。10円玉か、それも良いな。そして本当に良い所であった。ひとつだけ挙げると、南20号である。本尊阿弥陀如来のまわりを飛び回る52体の菩薩のひとつだ。本尊同様定朝たちの作である。木製とは思えない布の柔らかさ、それを握る手つきの優しいこと、軽く上げた片足は緩やかな舞踊の微妙な一瞬を捉えたもので、王朝時代の優雅なリズムを伝えてくれる。思わず二人で真似して笑った。
 いろんな大会があるけど、エリスタを後回しにはできない。二人を勝ち抜けば九月の世界王座決定戦に出場できるのだ。このたび集まった十六人がどうやって選ばれたかは05/12/09に書いた。便宜的にA組からD組と呼んでおくが、A組はアロニアン、カールセン、シロフ、アダムズ。B組はレコ、グレビッチ、ポルガー、バレーエフ。C組はポノマリョフ、ルブレフスキー、グリシュク、マラコフ。D組はゲルファンド、カシムジャノフ、バクロー、カムスキー。各組から一人だけが勝ち残るのである。
07/05/26
 日本語で読む最低のチェス書籍は実は『チェス思考に学べ!』ではない。『チャンドラー人物事典』である。シュタイニッツやカパブランカの名がどこにも無いのだ。
 村上春樹の訳で『グレイト・ギャツビー』がとても気に入ったので、いまは『ロング・グッドバイ』をちまちまと読み返している。マーロウが「スフィンクス」という名のプロブレムに取り組む場面が出てきて、以前に畏友と話したのを思い出した。七年も前のことなのでかんじんな点を覚えてない。七年前でもかんじんな点が曖昧だった。一応ここに書き残しておく。
 ブラックバーンの著書の最後のページに印刷されてる作品として「スフィンクス」が紹介されている。第40章だ。十一手詰だという。畏友がネットで探したところ、図がそれらしそうだ、ということになった。でも、スタントンの本の冒頭に載ってるもののようで、しかも、簡単に解けてしまう。
 釈然としない理由はいろいろ考えられるが、いつか作意あるいは正確な図がわかるといい。
07/05/25 紹介棋譜6参照
 「勝手に将棋トピックス」が休止する。長年の多忙で限界がきた、とのことだから他人事ではない。四年間たくさんの将棋関連情報を整理紹介してくださった。本欄は将棋ファンに読んでもらえるのが自慢だが、それも管理人"もず"さんのおかげだった。
 ロシアのチェス誌「64」が選ぶ毎年恒例のチェス・オスカーが決まった。今年の上位十人の投票結果は、1.Kramnik(3636), 2.Topalov(2828), 3.Anand(2754), 4.Aronian(2238), 5.Ivanchuk(1122), 6.Radjabov(980), 7.Leko(963), 8.Morozevich(888), 9.Mamedyarov(860), 10.Carlsen(822)。昨年の顔ぶれと比較したい方は06/05/03を御覧ください。三人が入れ替わり、ラジャボフがようやく入った。マメも初登場。昨年のクラムニクは10位内に居なかった。
 ロシアのチェスサイト「e3e5.com.」が決める昨年の名局も発表されている。一位はヴェイカンゼーのトパロフ対アロニアン以外あり得ない。127点で大差だろうと思ったが、二位のズヴャギンチェフ対張鵬翔とわづか1点差だった。この二位局を紹介棋譜にしておこう。そんなにすごい棋譜だろうか。ちなみに90点の三位はヴェイカンゼーのカリャーキン対アナンドで、これは06/01/15で紹介したのでよく覚えている。なお、「カルヤキン」と読む映像を見かけたが、しばらく「カリャーキン」で。
07/05/24 紹介棋譜7参照
 ソフィアの最終日をトパロフは半点差の二位でむかえた。相手は首位のサシキランである。この最終決戦でトパロフはコンピュータの助けを得ているとは思わせない卓越した大局観を見せつけた。
 図は白トパロフが序盤から目指し続けた局面である。d5の自ポーンのおかげで黒僧が働けぬまま中盤が終わってしまったのがわかるだろう。私が白なら序盤でQb3とNc3に組み、このd5ポーンを狙ってしまうところである。実際そうした実戦例も多い。けれど、トパロフはあえて手をつけずにc筋を支配し、そこに黒の守備を引き付けておいてから、K翼に主力を転換して思い切りよく駒を捨て、図のようなポーンの密集陣形を得たのである。それを意識して棋譜を並べるとエレガントな流れだ。
 図からの仕上げがまた良い。かくて3勝2敗5分で逆転サヨナラ優勝である。ひとつ勝ち越してるだけでの単独優勝というのはなかなか無い。
07/05/23 紹介棋譜8参照
 ソフィアは第7Rでサシキランが首位のマメデャロフを破った。図で、不利ながらf2地点を狙って36...Rc5から敵陣に回り込んだのが功を奏したのである。この一勝が大きく、ラス前の9Rまでは彼が首位だった。また、一番の快勝譜として、ニシピアヌ対アダムズを紹介棋譜に選んでおこう。
 南コルシカでラジャボフとカールセンの早指しミニマッチがあった。それは1勝1敗で終り、ブリッツのタイブレークに入ったが2引分で終り、アルマゲドンになってラジャボフが勝った。
 ケレス65さんのブログを介して知ったが、神戸チェスクラブのメーリングリストによれば、2012年のチェスオリンピアードの開催地として日本が立候補しようという動きがあったそうだ。残念というか当然というか、資金繰りに難があり、話が進まなくなった模様である。現状ではいたしかたあるまい。中途半端に集めた金がJCAの闇に消えてしまう疑念をぬぐえないからである。
07/05/22 紹介棋譜9参照
 羽生を語ってるうちにソフィアは終わってしまった。私が忙しかったこともあるが、今年の参加者が過去二回に比べてパッとせず、盛り上がる気分になれずにいたのである。ダナイロフが運営に絡んでる大会だしね。また、エリスタ大会が迫っているから、そっちを重視して、ソフィアへの参加を見送った棋士も多かった。
 とはいえ、立派な顔ぶれの大会だった。過去二年が凄すぎて、それと比べるから見劣りするだけなのである。トパロフの出だしが0勝2敗1分だったことからもわかる。一方、最初に傑作を披露したのはアダムズだった。紹介棋譜に。もっとも終わってみれば、彼はこの1勝どまりの単独最下位、トパロフは単独優勝という結果ではあったが。
 左はそのアダムズ対ニシピアヌの投了図である。キャスリングをしない黒陣に白が強襲を仕掛けて優位に立ち、アダムズらしく締め上げてこうなった。御覧あれ、白はPf4からf5を見せているが、黒はそれを防ごうにも動かせる駒が無い。変化手順に示したが、白は念のため一回Kg2で黒Bxc5+からの悪あがきをよけておきさえすればいい。
07/05/21
 You Tubeでいろんなチェス棋士の映像を見られるようになったが、棋士名の読みが知れるのも有り難い。Magnusはマグヌスで良さそうだ。Talはタリだと思うが、タルと呼ぶロシア人が居ないでもない、などなど。特に読者Kさんにはいろんな映像を教えていただいている。今年のソフィアにはNisipeanuが出場していて、困ったことになった、と思っていたら、また調べてくださっていて、少なくともスウェーデンのあるチェス番組ではニシピアーノだった。ルーマニアではニシピアーヌだろうか。心でそう読みつつも、本欄では短く「ニシピアヌ」を採用する。当らずとも遠からじだろう。
 五月のムダ話は音楽を。05/10/20で好きな映画を100本並べたが、今度はクラシック音楽で。ただし101曲になった。こんなもの何に役にも立たんのだけど、映画の時と同様、自己紹介として。
07/05/19
 三月二六日の日本経済新聞夕刊で、羽生は渡辺明竜王のボナンザ戦を解説している。畏友が送ってくれた。記事は、「コンピューターの思考は、人間の思考にも影響を与えそうだ。先ほど挙げた6六角はそんな手だった。感覚の違いに刺激を受けて、人間はどのように感性を磨いていくのか。今回の一戦はそんなことをコンピューターが問いかけているように思う」と結ばれている。6六角については、「竜王からいろいろな仕掛けがあってボナンザが悪いように見えるが、何かワナがあるかもしれないと思わせる心理的な一手だ」と評している。
07/05/18
 ボナンザと戦うか、という問いに対して、「論座」の対談で羽生が否定的な答えをしているのが意外だった。昔は明快に「やる」と答えていたのだ。逆に渡辺が「いやですねえ」と答えていた昔も私は知っている。コンピュータと人間では棋風が違う、と羽生は言う。コンピュータと戦ったり、その準備をすることによって、コンピュータの棋風の影響を受けたくない、「私がコンピューターソフトとやりたくないのは、そういう理由もあるんです」。私も同感である。「そこから学ぼうとは思いません。それを受けいれるためには、考えるプロセスそのものを根本的に変える必要があるんです」。
 違いについてはこう述べている。長いが引用しておこう。「人間の場合、将棋が強くなるというのは、"形"の良し悪しが判断できるようになる、ということなんです。ところが、コンピューターは、基本的に深く読むほど強くなるというプロセスを経ます。特にボナンザは、たくさんの手を力技で可能な限り考える『全幅検索』を採用していますから、強くなっていくプロセスも思考の中身も人間の棋士とはまったく違うんです。人間の場合は瞬間的に考えなくてもいい手を『捨てる』方向に必ず向かいますが、コンピューターの場合はいかに読むかという『得る』方向に向かう。その結果、人間は強くなると、将棋の序盤、中盤、終盤が総合的に底上げされますが、コンピューターは終盤の寄せあいや詰みといった部分以外はなかなか強くならないんです」。
 もちろん単純なコンピュータ不要論ではない。全文読まれることをおすすめいたします。
07/05/17 紹介棋譜10参照
 羽生善治の好きな言葉は「幸運の女神は勇者に微笑む」だ。臆病な時がある自分の将棋を叱咤しているのだと思う。少なくとも、加藤米長谷川のような前進流の棋風ではない。羽生のチェスとして私がいつも思い浮かべるのは、05/07/09で紹介したスクリプチェンコ戦だ。直観的な確信でドーンと切ってくる。だから、将棋とは違う面の目立つチェスである。昨譜の25.Re3を「自然」と私は見た。黒Nxb2は無いと思ってたからだが、念のためFritzに掛けてみたら、充分ある。すると、羽生は自由意志によって25...Nxf2を選んでドーンと切ったわけか。将棋はもっと含みがあって慎重な人だと思う。
 GMを破った二局目も紹介棋譜に。ポーンを捨てて圧倒的に攻めかかる。白陣の三線まで侵入する黒駒は無かった。図から27.Ne6+が決め手だ、と書けば誰でも並べたくなるのではなかろうか。これも、読みきったというよりは感覚的な捨駒だと思う。将棋もチェスも大局観は素晴らしい。
07/05/16
 中央のポーン数が1対3になる、とはたとえば、昨日の図からe5とf7のポーンが交換されるということだ。それはg6地点が弱くなることでもあり、実際、白は16.Qc2から17.Bxg6でポーン得を果たした。それでも中央の厚みで黒は戦えるわけだ。厚いのは羽生将棋の特徴でもあるけど、偶然かなあ。
 実利と厚みの競り合いが続いて、左の図は24...Nd3まで。ニコリッチは自分の運命を知っていればルックをe2かf1に逃がしたろうが、実戦の25.Re3を指すのが自然ではあるまいか。で、最高の見せ場が訪れた。25...Nxf2である。もし白Kxf2なら黒Qxd4だ、このQを白Nxd4とは取れない、f8の黒ルックがf2の白王に利いている。だから、白は26.Qe2と受けたが、それでも26...Qxd4は襲ってきた。
 ケレス65さんのブログで教えていただいたサイトによれば、36.Kh2ならまだ白に勝ち目もあったとのこと。なるほどこれは好手だ。それを逸してからは、KQ両取りを含みに羽生がきれいに勝ちきった。
07/05/15 紹介棋譜参11照
 畏友が羽生善治と茂木健一郎の対談を送ってくれた。「論座」6月号である。「かなり面白いですね。まとめたのは瀬川の本を書いた古田靖氏。力がありそうです」。コンピュータと人間の将棋の棋風の違いが話題の中心だ。茂木はもっぱら聞き役で、羽生の頭の回転の良さを上手に引き出している。
 畏友はニコリッチ戦を並べて、「これは驚異かもですねえ」。私は日本のチェス史における特大の事件だと思う。黙っていたら沽券に関わる。今日と明日にかけて鑑賞したい。白Nbd2型が珍しいが、ペトロシアン、ポルティシュなど立派な棋士が採用しており、ニコリッチ自身も経験済みだった。
 注目すべきは羽生の対応で、d5ポーンを交換せずに指し続けたのが変わっていた。そこで、ニコリッチは図の局面のように中央を押し込んだのである。Fritz8は白有利を示すが、私はそうは思わない。棋譜を進めればわかる。中央のポーン数を1対3にして、羽生が優位に立ってゆくのだ。
07/05/13 紹介棋譜12・13参照
 羽生善治からチェスドクター氏がブリュッセルの棋譜を送られて、それが斎藤夏雄ブログで見られるようになっている。ニコリッチ戦がすごい。でも今日はロシアクラブ選手権をまとめておこう。優勝はトムスク400だ。アロニアンの参加は無かったが、それでもモロゼビッチ、ヤコベンコ、カリャーキンを擁して9ラウンドを全勝した。選手のレイティングだけで見れば、ラジャボフやグリシュクの居る二位のウラルの方が上だったのだから見事である。
 チェスドクター氏も述べたとおり、5勝1敗2分の「モロゼビッチの貢献度は大きい」。その彼に土を付けたイワンチュクも健在を示した。また、最近影の薄いグリシュクの棋譜を見れたのも良かった。6R以降の棋譜から、二人の勝局の決め手の部分だけを一局づつ紹介棋譜にした。
 図はオニシュク対カリャーキンの黒番である。おおざっぱに互角かな、というところから黒が、盤面に6個あった駒を一気に交換して、ポーンだけの終盤にした、まさにその直後の局面である。セルゲイ少年は白陣の秘孔を突いた。すると、その一手でオニシュクは投了してしまったのである。47...c5です、わかりますね。
07/05/11
 本欄は四年も続いたことになります。
 「将棋と違ってチェスの終盤は駒数が少なくて簡単だ」とは、チェスを指さない知ったかぶりだろう。私の実感では、将棋の方が人間には手が見える。新聞の将棋欄で明日の第一手を予想するのを私は楽しみにしてるが、けっこう終盤の正着が当たる。竜王戦6組の対局なら間違えれば屈辱をおぼえるほどだ。しかし、ICCで私は観戦が終盤に入ると全く先が見えなくなってしまうのである。将棋の終盤は玉を中心に見て、具体的な詰みの手順を考えれば良いのに対し、チェス・エンディングでは局面全体を把握して流れを構想するセンスが要求されるからだろう。
 たとえば、左の局面で何を考えれば良いというのだ。ヤコベンコは56...Rc3と指した。どんな意味を持つ手なのか。そもそも意味があるのか。次の攻めを見せるでもなく、純粋に駒の配置を考えただけの手だから、局面理解のセンスが無い私にはちんぷんかんぷんである。これがチェスの終盤なのだ。
 確かなのは、黒はPをe5からe4、e3+に進めたいことだ。もちろん、それではBが取られる。d5のBが好位置であるのは私にもわかるから、これは動かさず、黒はKを使ってBを守ってからPe5を指す。どうも、それに当ってはKc5とRc3という形が素敵なようなのだ。白Rはc筋からチェックできないし、5段からチェックしようとすると、黒は本譜のようにKd4からBc4でさらなる好形を得てしまう。だから62...Bc4でチェスは終わっている。そう思って再び棋譜を並べたら、今度はちょっと理解できる気になった。
 すると白は58.Rd2が正着だったのか。その場合の構想もヤコベンコは持っていた気がするが。
07/05/10 紹介棋譜14・15参照
 本欄は各国内の選手権や団体戦にはあまり関心を持たない。でも、ロシアだけはさすがに別である。応援してるクラブも無いから優勝争いはどうでもいいけれど、面白い棋譜が見つかるとうれしい。第5Rまで丹念に探して、モロゼビッチ対イワンチュクがすごかった。すごすぎて私にはわけわからんので紹介棋譜にするに留める。たんに並べてるだけで迫力に息を呑む。
 ヴォロキチン対ヤコベンコも良い。図は25.c5まで。d6地点への圧力が強烈である。つぎ白Bb5を食らって黒陣は崩れそうだ。そこでヤコベンコは決断の25...Rxe3を選んだ。26.Kxe3. Bh6+と白王を吊り上げて勝負になってるようだ。ひき続き白王を追いまわして駒損を逆転した。その間、ヴォロキチンは何度も駒得を返上しようとし、ヤコベンコはその機会を見送っている。どんな駆け引きがそこにあるのか、私にわかるわけ無いが、呼吸は伝わって楽しい。これも紹介棋譜に。
 かくて50手を超えた終盤になればヤコベンコの芸が冴える。そこはまた明日。
07/05/09
 ロシアのクラブ対抗選手権が行われているが、棋譜が膨大で追いつかない。それに実はまだ深刻な旅行ボケだ。明日に真面目に戻るとして、今月見た映画の話でもしておこう。イニャリトゥ監督の「バベル」を。
 地球上の三つの地点での、希薄な関連をもった三つの出来事が扱われている。それらに通底する本質よりも、本質の無さを鑑賞すべきだろう。「バベルの塔崩壊以後の、言葉が通じなくなった世界」を描いた映画だと思ってる人が多いが、実際は「バベルの塔崩壊以後の、人間が散り散りになった世界」がテーマである。それも、心が離れ離れになったよりは、たんに人々が世界各地に離れていることを描いた映画である。映画作家はこの世界状況を悲劇的にとらえ、そこからの救済のイメージを探っている。それが陳腐だったが、映画の状況はグローバリゼーションの現代だからこそ生じている点は面白かった。バベルの塔が崩壊したことを21世紀になって実感できたわけだから。
07/05/08
 第二局はアロニアンの勝ち。そして、二日目は二局ともアロニアンが勝った。得意のごちゃごちゃしたチェスに持ち込んで勝っている。第一局の出来からすると意外な成り行きだ。何より、クラムニクに三連勝した奴なんて聞いたことが無い。最終日については少し触れたが、第五局が非常に激しい戦いになり、勝勢になったクラムニクが詰みを読みきれずドロー。第六局も引き分けて、アロニアンが3勝1敗2分で勝った。
 チェスドクター氏の伝えるところによると、羽生善治がブリュッセルの早指し大会で活躍したらしい、「GM5人と対戦し、2勝3敗とは素晴らしい」。棋譜が伝わってないのが残念だが、ソコロフに敗れたものの、なんとニコリッチを倒したという。約110人ほどの大会で、ケレス65さんによれば「自分よりレイティングの低い相手6人には全勝しました」とあり、成績は8勝3敗0分で四位七位である。セバーグやアンデルソンよりも上位に入った。
 いま調べた。引き分けをはさんでいいなら、2000年からアダムズがクラムニクに三連勝中である。
07/05/07 紹介棋譜16参照
 さっきまで第5局を観戦していた。期待以上のすごいチェスだった。一日二局を三日間という日程である。対局地はアルメニアの首都エレバンで、事情は知らぬが、対局者のほかイリュムジノフも一緒だった。それもあってか、この国の大統領と首相の歓迎を受けることができた。首相サルキシャンはアルメニアチェス協会の会長だそうだ。「サルギシアン」と私が読んでいた棋士名と同じ名かもしれない。
 第1局を15.Be3から紹介棋譜にした。18.a4を入れてから20.Qf1という手順は何度も見たが、クラムニクはいきなり18.Qf1と指した。そして19.f3が新手と言っていい。以下、この研究し尽くされた定跡において、非常に新鮮な指しまわしを見せてくれた。決め手は図から28.Bxe6+である。さらに、32.Rxa6でポーン得したのを見て感心してしまった。18.a4を入れずに進めていたからこそ実現した駒得だからだ。クラムニクは時間を使わなかったそうだから、そこまでアロニアン対策を練っていたのかなあ。
07/05/06
 デュシャンは新婚旅行の宿でもチェスに熱中するばかりで、嫁さんに愛想を付かされてしまったそうだ。私もNew In Chess の最新号を持っていったのだけど、やはり凡人である。二人で遊ぶ方が面白く、というより目まぐるしく、三泊四日の間、目次を読むだけで終わった。おかげで、帰ったばかりの今は書くことが無い。強いて言えば、「阿寒湖にお泊りなら旅館はぜひ"鄙の座(ひなのざ)"を」ということだろうか。
 では、これからクラムニク対アロニアンの棋譜を並べまする。おお、第1局はマーシャルで、白が新型15.Re4を諦め、昔ながらの15.Be3に戻ってしかも勝っている。何があったんだろう。
07/05/02
 私は飛行機を知らない。嫁に聞くと、ときどき頭上を横切るあの白いトンボのことだそうだ。「あたしたち結婚するのだから」と彼女は去年から言っていたが、「ゴールデンウィークには北海道に行かねばならないの」。そこは函館や札幌がある島か。「よく知ってるわね」。名門チェスクラブの所在地だからな。「でもね、もっと先に行くわ」。この四十数年間で私が本州のほかに経験したのは小豆島と淡路島と江ノ島に尽きる。「初日は網走よ」。新婚の夫には相応しい土地に思えた。
 でも、と気づいた、3泊4日もの間、本欄の更新はどうするのだ?庶民のぬくもりを感じさせる回答が予想された、「更新とあたしとどっちが大事かしら?」。あいわかった、私のような凡人にデュシャンの真似はできん。白いトンボにまたがるぞ。そんなわけでしばらくお休みいたします。
07/05/01 紹介棋譜17参照
 第8局は面白かった。まづ 1.e4. e5。クラムニクは黒番だが引き分けで良い。でも、ペトロフにもベルリンにもせず意欲的な変化に出た。観客を喜ばすためでなく、この方が最終局の態度としてむしろ安全だ、と判断したのだろう。あっさりと優勢にし、さっさと握手し、2勝1敗5分で終えた。こんなドライな彼の勝負感覚が私は嫌いじゃない。歴史に照らしてみても、とても難しいことだと思う。ICCでは相変わらず"Drawnik"という蔑称が生きているが、畏怖を込めて"Mr. Match"と呼ぶ人も現れた。
 最終局の二度の駒捨てで見せた大局観も見事ながら、図は我々でも芸を学べそうな第5局から選ぼう。28...Ra7まで。ずっとQ翼で戦いが続いているから、私なら29.Rc7で敵陣への侵入を果たす。でも、クラムニクは29.g4だった。レコは29...h6と受けたが、白h4からg5でK翼を簡単に崩されてしまった。
 図から駒得するまでの流れを紹介棋譜に。
07/04/30
 第6局のクラムニクは彼らしくなかった。不利な終盤からすぐ勝負を決める手順に出てあっさり負けてしまった。第7局は見所の無いドロー。2勝1敗4分。いま最終局が始まるのを待っているところ。
07/04/29
 レコの早指しマッチが盛り上がる企画とは思えないのだが、ミシュコルツのハンガリー人は続けている。今年はクラムニクを招いた。一日2局で全8局の日程だ。持ち時間を倍にして一日1局づつで4局指してもらう方が、この二人には相応しかろうに。クラムニクは引き続きアルメニアでアロニアンと6局の早指しをやる予定だ。そっちの方が期待できる。でも、ミシュコルツはレコの名を冠したチェス教室を作ってくれたりして、有り難い町である。
 4局が済んでクラムニクの1勝0敗3分。勝負が着いた第3局を観戦した。RとNの交換で損してもg2ビショップの威力で勝つという、こないだのカールセンと似た流れだった。でも、29手まで前例のあるチェスを早指しで見せられてもなあ。いま第5局が終わった。クラムニクの勝ち。ポーンを得する流れに無理が無い。それでも長い終盤が待っていそうに感じたが、駒数も時間も少なくなったら、テニス並みの速さの応酬でパコパコと片付けてしまった。ブリッサーゴの接戦が跡形も無い実力差だ。

戎棋夷説