紹介棋譜 別ウィンドウにて。
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XXVI Linares, Grischuk, 『モーフィー時計の午前零時』はオススメ!

09/03/24 紹介棋譜1参照
 最終日はバクローとモイシェンコが4勝0敗5分の首位で終わった。黒番を多く指している、という判定で優勝はバクローに決まった。栄誉を称えて、一番派手な勝ちっぷりだった第4Rを紹介棋譜に。対局相手は日本語表記で「リーシィ」だと思うが、ロシア語の意味を調べたら「尻」だった。
 図から17.Ndxf7 が決断の一手だった。17...Rxf7, 18.Qxe6 と進んで、18...Bd5 の受けがあり、19.Bh7+ まで浮かんでないと指せない。これでどこまで有利か私にはわからないが、少なくとも白が主導権を握ったようである。
 久しぶりにムダ話でも。第五回大日本モロゼビッチ賞を発表しよう。高橋道雄に。これまでずっと、根性を発散した悪形を選んできたが、今年は棋士の体液がにおい立つような手順だ。今期竜王戦の後手鈴木大介戦で、高橋はどう指したか。▲7五歩△同歩▲同馬△7四歩、そこで▲4八馬である。地道にぷーんときますでしょう。先手陣はいきなり頑強になった。しかもこの五手で馬しか配置に変化が無い。好調だ。順位戦でもA級への復帰を決めている。
09/03/23 紹介棋譜2参照
 つい小説に夢中になってアエロフロートから興味が離れてしまった。急いで戻ろう。第8Rは序盤に工夫した好局が多かった。スミルノフ対ビチューゴフを選ぼう。前に少しだけ触れた手だが、図で10...a5 になった。イギリス攻撃を避けている。素人目には11.Bb5 が好手で、実際に勝率も良かったのだが、三年前から黒の対策が進んで今は容易でない。
 本局は11.a4 に一手受けてから、Pg4, Ph4 そしてPg5 のイギリス攻撃らしい手順に返った。もともと黒Pa5 が手損だから11.a4 の手入れは惜しくない。しかし、黒にNc6 からNb4 の好点を占める隙を与えてもいる。本局はこのナイトが攻撃拠点になって白陣を崩壊させるのである。図の白を得意とするレコは、いま何を考えているだろう。
 うっかり書かずにいたニュースを思い出した。先月の終りにソフィアでキリル・ゲオルギエフが360人を相手に同時対局をした。世界記録である。14時間かけて284勝6敗70分だった。これに備えて体力トレーニングを積んだそうだ。それまでの記録の300人や321人は正当性が議論されていたので、文句の無い今回の達成は話をスッキリさせてくれた。
09/03/22
 第十一篇もとても良い。解説によると、題名が気になった問い合わせが複数あった、とのこと。編者同様、私も意外な質問だと思う。この小説の発表年を考えれば、「1976年のスーパーボウル」が回答になろうか。アメフトに詳しい人なら本作との関連がわかるかもしれない。
 全十一篇におまけの一品が付いて『モーフィー時計の午前零時』はおしまい。そのうち一篇を除き、すべて楽しめた。実は短編名作集をほとんど最後まで読み切ったことの無い私には稀な体験である。編集の勝利だ。チェスに特化して作品を集めながらも、品ぞろえが多様で読者の期待が途切れることが無い。五篇が佳篇というのも極めて高い傑作率である。
09/03/21 紹介棋譜3、4参照
 『モーフィー時計の午前零時』は最初の三篇のあとは、ちょっとづつ質が落ちてゆく気がする。その不満は第九篇で不快に達し、これは途中で読むのをやめた。編者の解説には「ショートのファンの皆様、どうぞお許しを」とあるが、本当は「チェスのファンの皆様」と言うべきところだろう。将棋でこんな観戦記を書いたら連盟会長の嫌がらせを受けるぞ。
 続く第十篇が良かった。落ちの要点は誰でも予想できるだろうけど、読後感に満足のゆく締めくくりになっている。ただ、編者の解説がまた不親切だ。名人戦の5七銀と聞けば将棋ファンにはすぐその鮮烈さが想起されるように、チェスファンにとって、「爆弾」と言われるほどの8...d5 なら1985年の第十六局しかあり得ない。Chess Informant でも、64巻までの約4万5千局から第一位に選ばれたカルポフ対カスパロフだ。これが下敷きになっていることを伝えてほしかった。
 小説は図でどう指すかが節目になっている。カルポフは12.0-0 だった。ところが12.Be3 がはるかに良い手であることを、彼のセコンドはとっくに知っていた。だが、カルポフにそこまで伝える余裕が無いまま第十六局を迎えてしまったのである。後の実戦でカルポフは12.Be3 を指した。12...Bxe3, 13.Qa4+ が好手順で白が良い。第十六局とともに紹介棋譜にしておく。
 つまり8...d5 は疑問手なのだ。そういう事情があるからこそ、小説でもこの手が「はったり」かどうかが問題にされるのである。
09/03/20 紹介棋譜5参照
 すでに欧州選手権が終わっていて、その棋譜も並べている。ベルリン防御の5...Nd6 に6.dxe5 と指す一局があり、面白いなと思った。調べると十九世紀からある古い手だった。前にも書いたが、当時のベルリン防御は決して退屈ではない。ピルスベリーが得意にしていた。彼に対して6.dxe5 をタラッシュが試して勝っている。1896年のことだ。四年後、ミュンヘン大会の第12Rでも別の選手が使った。この時は経験済みのピルスベリーが勝った。そして第14Rでも現れる。『モーフィー時計の午前零時』第六篇はこの棋譜を借用した作品だった。棋譜に間違いがあるのが残念だ。紹介棋譜にしておこう。この小説にあやかって6.dxe5 を「ユニコーン・ヴァリエーション」と呼ぶことにする。
 もともと第14Rの一局には逸話がある。若島正の解説によると、「ピルスベリーと優勝を争っていたヨーロッパの選手たちが一計を案じ」、白番の選手にこの6.dxe5 を「伝授した」という。私の資料によると、「選手たち」の特に重要な一人はマロッツィーだ。彼が教えたのは図で14.b6. cxb6, 15.Nd5 、さらにルークを切るという猛攻だった。これを実戦で一手のミスも無くピルスベリーは引き分けて見せたのである。かくて、全15Rの大会はマロッツィー、ピルスベリー、シュレヒターの三人が同点で並んだ。そこでプレーオフが行われ、マロッツィーが脱落して、他二人の優勝で決着した。
 この第六篇は斎藤夏雄ブログでも触れられており、完全に同じ棋譜の対局が2000年にある、とのこと。ヤラセの棋譜か偶然の一致かまではわからない。
09/03/18
 昔は強い機械が登場すると、人間が操作していることを疑われた。『モーフィー時計の午前零時』の第五篇はそんな頃の話である。今は?今はこんな時代になっている、、、。
 第6Rでは首位三人のうちマメデャロフ対クルノソフの直接対決があった。ちょくちょくクルノソフがトイレに行く。いつもコートを持って。用をたして帰ってくると、端倪すべからざる手を指す。マメデャロフは序盤でしくじり、たった21手で負けた。勝負所をコンピュータで検討すると、その推奨手と相手の指した手が一致した。「決まりだ」、抗議の意味を込めてマメデャロフはこの大会を放棄した。運営者はクルノソフを検査したが不正の証拠を発見できなかった。あらぬ疑いをかけられたショックか、クルノソフは残り三局を0勝1敗2分で終わった。相手の猜疑心に抗議する声明を出した。マメデャロフも反論し、いまさらコンピュータを使えなくなったクルノソフが第7R以降に弱くなったのは当然である、と述べた。
09/03/16 紹介棋譜6参照
 『モーフィー時計の午前零時』の第四篇を読んだ。推理小説としては陳腐な仕掛けを使ってるが、科学やチェスの天才は精神の崩壊と紙一重だという通念が、犯行に存在感を与えている。
 科学者と棋士では狂気が描かれる様式に大きな違いがある。チェスの天才は狂えば狂うほど至高の強さが得られるのだ。理性的な生活に踏みとどまるか、盤上の祝祭空間にのめりこんでゆくか、それは最初の三篇に通底するテーマだろう。理性と美が相反するなんて、古典時代には考えにくい。モーフィーの切り拓いた近代はそれだ。
 第2Rも興味深い棋譜がたくさん。オニシュク対クルノソフを選ぼう。図で21...Qf5 から投了に追い込む連続技がスマートだ。まづ22.Qa4. Nxe5 が決まる。23.Rxd8 に23...Nxf3+ が利いた。白gxf3 なら黒Qg5+ でd8 のルークを取れる。24.Kh1. Rxd8, 25.Rxd8 で駒損だが、25...Nd4 で白ルークの帰還路をふさぎback rank mate の包囲網が完成した。
 締めの一手の軽さも洒落ている。人間技とは思えませんねえ、というのを伏線に第6Rで事件が起きる。
09/03/15 紹介棋譜7参照
 やっとアエロフロートを並べる順番が回ってきた。78人が強豪組の優勝を争った。先月に終わっている。全9Rというのが最後に優勝を分けた。とはいえ、第1Rから面白くて端折れない。いきなりスミルノフ対ドレーエフが組まれて図の局面になったりするのだ。私の読み筋は30...Bxd5, 31.Bxd5. Rxd5 だ。32.Rxd5. Rg1+ が必殺である。いやいや、実際は31.e6 という返し技が用意されていて、うまくいかない。
 ドレーエフは工夫した。30...Qh3 である。ルークを取ろうとしてるだけでなく、上記の白e6 にも利いている。だから今度こそ黒Bxd5 が防げない。ところがだ、これで満足してる私をスミルノフはさらに仰天させた。いきなり31.Rxf7+ である。そして31...Kxf7, 32.e6+ が絶妙だった。本譜の32...Qxe6 以外は詰んでしまうのである。もちろん本譜でも黒は助からない。34手で終わった。変化手順を含めて紹介棋譜に。
 そうそう、『モーフィー時計の午前零時』を手に入れた。最初の三篇を読んだところである。ああ!大満足だ。
09/03/13
 対局地が相手の地元に決まったと知った時はカムスキーが可哀想だった。彼が引退した時の事情は05/12/01 に簡単に語られている。それを思い出したわけだ。彼も雑音の心配が確実に無い所で指したかったのでは。
 図はカムスキーが勝った第四局である。彼は白番だ。駒の配置に協調性が無く、私は感心しない。Ph5 の構想が失敗している。どう打開するか。指されたのは不可解な26.b3 だった。解説によると、b6 ナイトとe6 ビショップを止める意図だという。実戦は26...Qxc3 以下、27.Bd2 から28.Ba5 そして29.Rd2 から30.Rad1 で、駒がさばけてきた。そっちが本当の効果だったと思う。これで流れが変わり、トパロフが陣形を崩し、白が有利になった。ただ、勝ち味の遅い人で、わかりにくい手を続け、終わったのは73手だった。
 敗退のインタヴューは、東洋的な微笑をもって、「対局運営には満足してます。わりと面白かったし。でも私は運営者でなく選手なんです」。ほぼ十年もチェスを離れてから上達したか、と訊かれても同じ微笑で、「そうは思いません」。
09/03/11 紹介棋譜8参照
 八番勝負のマッチはトパロフが3勝1敗3分で勝ってアナンドへの挑戦権を得た。私はダナイロフの活躍を見て嘆きたかったが、彼の出そうな進行ではなかった。なお、九月の予定だったタイトル戦は延期される模様だ。次の次のタイトル戦は2011年になる。その挑戦者は来年に参加者八人の大会で決めるらしい。
 マッチに戻ろう。最終第七局が素晴らしい。おだやかに始まりながら、だんだんのっぴきならない局面になっていく。ドローでいいはずのトパロフが意欲的だった。ポーン二個を捨てて中央突破を図る。好手と疑問手の入り乱れる難解な戦いで時間に追われ転落したのはカムスキーだった。
 あえて激戦の収まった最後を図にしよう。38...b4 まで。大差とはいえ、黒カムスキーはまだ狙っている。トパロフは39.Rxa2 と取れるか。39...b3 がこわい。それでも40.Rb2 で勝勢のようだが、もたもたしてる。さて、トパロフは39.Rxa2 を選んだ。本譜は39...b3 に40.Ra8 で勝ち。もし40...b2 なら41.Bf6+ だ。
09/03/10
 判定タイブレークについては03/09/14 からしばらく書いたことがある。意見は今も変わりなく、たくさん引き分けた方が有利なSB法よりは、たくさん勝った数で判定するリナレスが良いと思う。リナレスの欠点は勝数まで同じ場合が釈然としなくなることで、05/03/13 に例がある。たまにしか無いから許せるが、多人数の大会には多発しそうで向かないだろう。
 最終日はグリシュクもイワンチュクも黒番だった。全局ドローに終わっている。優勝は3勝1敗10分のグリシュクに決まった。SB法なら2勝0敗12分のイワンチュクになるところだ。今場所のチュッキーには華が無かった。リナレス方式を支持したくなるゆえんである。ヴェイク・アーン・ゼーのように同点優勝で収めてもいいが、リナレスは少人数だから黙契ドローの同点優勝が増えそうだ。
 どの大会も勝数優先でタイブレーク判定し、勝数も同じならSB法で計算する、それでも差がつかないならさすがに同点優勝を認める、それが嫌な大会はタイブレークを判定ではなくプレーオフにする覚悟を決める、というのではいけないのかな。なお優勝賞金は例年どおりの10万ユーロ(約1200万円)だった。ただ、囲碁将棋なら対局料に相当するであろうappearance fees が今大会は無い、という断り書きがある。
 1989年以降、リナレスは超々一流だけしか優勝できない大会になった。昨年までの十九回でカスパロフ、カルポフ、アナンド、クラムニク、イワンチュク、レコ、アロニアンのたった七人だ。ダナイロフでさえまだなのである。ここにグリシュクが加わった意味は大きい。ポノマリョフもがんばれよー。ダナイロフが今大会に参加できなかったのは、アナンドへの挑戦権を賭けてソフィアでカムスキーと戦っていたからだ。くだらない皮肉はこれくらいにして、明日はこのマッチを調べよう。
09/03/09 紹介棋譜9、10参照
 グリシュクが逃げ切るだろうな、とは思いつつも、半点差の二位者のうち、イワンチュクよりはカールセンの優勝する確率の方が高いな、とは計算していた。リナレスには独特のタイブレーク判定があり、同点になればたくさん負けてる彼が有利だからである。ラス前の第13Rはイワンチュクがアロニアンに勝った。たった二勝だが首位に追いついた。しかし、今大会は彼だけが無敗であり、その不利は変わらない。
 カールセン対ラジャボフは激しかった。黒がQ翼を荒らし、白はK翼で圧力をかける。そこで技が決まって勝勢を得たのはカールセンだった。しかし、得意の終盤で一瞬の隙を見逃さなかったのはラジャボフである。互いの持ち味が出た好局のドローだった。ほとんど相手を投了寸前まで追い込んでいたカールセンはがっかり。最終戦はアナンド戦で黒番だ。逆転優勝がほぼ無くなった。
 グリシュク対アナンドのドローも激しい。ナイドルフの毒入りポーンで、これは07/01/26 で述べたように10.e5 が流行っている。しかし、グリシュクは10.f5 を復活させ、新手で疑問手を誘い、優勢を呼び込んだ。ただ、最後の絶妙の連続技を読み切れなかった。時間切迫のためだろう、仕方無い。そこでちょっと乱れた失着をアナンドに突かれ、あっという間に終わった。
 この素晴らしい引き分け二局を紹介棋譜に。最後の要所を変化手順に示した。
09/03/08 紹介棋譜11参照
 第12Rから事態は動き始めた。カールセンがグリシュクを倒したのである。序盤はスケベニンゲンの本格型で、私も二十年前に何度も指した。黒Pe5 に対して、白はfポーンを交換するか、突き越すか、放置するか、難しい。08/07/17 のヤコベンコ対ルブレフスキーと同じになった。その図を見ると突き越している。白有利の展開だったそうだが、それが結論とは言えない。何より、この前年のグリシュク対ルブレフスキーはまさにその図の局面でドローに合意している。
 もちろんカールセンは相手の経験を知って臨んだろう。14...e5 に新手15.fxe5 を披露した。15...dxe5 は当然で、黒d6 ポーンを弱点として残しておきたいと思ってきた私の目には、白が損に映る。しかし、おかげで本局は白Pd6 という強烈な突き出しが決まった。そして左図の局面でも決め手を逃さなかった。
 28.Rxf6. gxf6, 29.Nd7 である。黒ルークのどちらかを取れるのはわかるだろう。本当の狙いはもっと深遠で、cポーンの道を開くことだった。30.c4, 31.c5, 35.c6 と進んでbcd三筋の重装歩兵が必勝の密集陣を完成させたのである。
09/03/07 紹介棋譜12参照
 第10Rからもう一局、ラジャボフ対アロニアンを見よう。解説はマリンで、当然ながらギリよりも格段にうまい。
 図で大技21.Bxh6 が決まった。取れば白Bxd7 黒Qxd7 白Nf6+ の狙いだ。このあと、空き筋になったd筋からルークを二本とも侵入させる流れもよどみ無い。やっとラジャボフが一勝を挙げた。これを紹介棋譜に。
 図ではアロニアンが黒e5 の実行に固執し、白にPd5 からPd6 を許したのがわかる。大技よりもマリンが重視したのはそこだ。e5 地点を補強する本譜の11...Bxf6 ではなく、d5 地点を押さえる11...Nxf6 が正着だったわけである。
 第11Rはどれも気になる定跡だったけど全局ドローに終わった。昨年のビルバオでカールセンがクィーンズギャンビットの古典定跡を扱いきれず、白番を二つも落としたのを私はよく覚えている。今年は黒番で同じ定跡のラスカー防御になった。結果は22手で何の心配も無く引き分けている。
 トップは相変わらずグリシュクで、1点差の二位がイワンチュクひとりになった。
09/03/06 紹介棋譜13参照
 第10Rは二局で勝負が着いた。まづはカールセン対王ゲツに注目せねばなるまい。残念なことに事情でロゴチェンコが解説できなくなってしまったが、なんと代役は十四歳のギリだ。彼は札幌チェスクラブで活躍したこともある。
 スラブにカールセンが3.Nc3 から4.e3 と指すのは、08/08/26 にも書いたとおり珍しい。その時にも述べたように、これなら黒はa6 型を選びやすい。王ゲツもそう指した。得意でもある。つまり、カールセンは準備してきたはずだ。ただ、序盤が終わったところで、ギリは黒が指しやすいという意見だ。私も同感で、カールセンは暗色ビショップに手をかけすぎたようだ。他の駒が伸びない。黒の方がカールセンらしいくらいだ。図を見ればわかるだろう。
 ここで王ゲツは24...Rxb6 だ。白が手塩にかけた唯一の駒を消してしまえば良い、という好判断である。一方、25.Nxb6. Qe5 の時にカールセンは間違えた。e3 とh2 のどちらを守るべきか。本譜は26.Re1 だが、ギリは26.g3 が良かったと言う。実際、26...Qh2+ から王ゲツの素晴らしい攻めが決まってしまった。さすがに私はカールセンの優勝はあきらめた。
09/03/04
 三年前の放送にうんざりしてから無視を続けたA級順位戦の最終日を、今年は見た。谷川浩司を応援せねばならない。相手が鈴木大介と知って、陥落しそうな気がしたのだ。いくらか良い形勢で午後六時に夕方の放送を終えた。そして、十一時の夜の放送前に谷川は勝っていた。画面は終局後で、勝者の表情は憮然としている。来年は挑戦権獲得の笑顔を見せてほしい。さっき午前二時に放送が終わった。その記憶で書くから図面は間違ってると思うが、夕食休憩後の一手がすごかったので、要点だけでも伝わればと思い、示しておく。鈴木の△5五銀は△8五金に対する▲6四角を防いだ手で、控室では、以下▲8八飛△8五金▲7七角で後手の歩切れを責める手順が検討されていたという。しかし、谷川が指したのは▲9三桂成だった。そして△同香▲7五銀△8五金である。はじめ、▲9三桂成という棋譜を知らされた勝又清和は「入力間違いでは?」と思ったそうだ。しかし、経過を見るほどに、成捨てが後手の桂跳ねを消す妙手であることが判明するのである。
 さて、リナレスにもどろう。第8Rと第9Rは一局づつ勝負が着いた。どちらもカールセンの対局である。前者はシャバロフ・シロフ・ギャンビットを再び採用した。たしかに彼向きの定跡かもしれない。ただ、アロニアンは準備していた。カールセンはポーン損でルーク終盤に入り、負けてしまう。しかし、棋譜を並べた限りでは非常にうまく粘っていた。ルーク終盤の部分だけでも52手あった。相手に連結ポーンを作らせない工夫が効いて、最後の妙手さえ気づけば引き分けであった。彼の終盤が上達しているのは間違いない。続くラウンドでは、08/09/08 でふれた中国式ドラゴンを彼が使う側に立ってドミンゲスに快勝し、すぐ二位に復帰している。私は彼の優勝をあきらめていなかった。
09/03/03
 第7Rはアロニアン対イワンチュクだけで勝負が着いて前半を終えた。この二人はイワンチュクの方が勝率が良い。ドローを数えなければ、Chess Today の調べで、9対5である。ハイになって突っ込んでくるイワンチュクには、アロニアンの幻術が目に入らないのでは。相撲で猫だましが相手に意識されないのを思い出す。今回もそんな展開でイワンチュクが勝った。一位グリシュクを、彼とカールセンが1点差で追う。
09/03/01 紹介棋譜14参照
 カールセンの本格的デヴュー以来ずっと彼を応援しながら、欠点も指摘し、それが改善されるのを確認してきた。六年間で、受身の時の戦い方も序盤の研究もずいぶん上達したのである。技術上の問題として残るのは終盤だけだった。さて、第6Rのアナンド戦を見よう。
 カールセンはセミスラヴからシャバロフとシロフのギャンビットを仕掛けた。本欄では08/08/26 以来である。私は今大会をChess Base の解説で楽しんでいる。担当のロゴチェンコがなかなか良い。彼によれば、アナンドはいくらかの不利に甘んじて終盤を切り抜けようという方針だった。正しいカールセン対策のような。しかし、男子は三日会わねば括目すべし。アナンドは相手がクラムニク並の技量を身に付けていることを思い知るのだ。カールセンが勝った。
 図は30.Rg7 まで。30...Rh8 は絶対だ。これで31.Bc2 に引けた。以下31...Rc8, 32.Bb3 で、もう黒王は動けない。そうして白ルークをg1 に引き戻す。ただし、g2 に途中下車して。これがツークツワンクになっている。うん、妙技だ。
09/02/28 紹介棋譜15、16参照
 第6Rは二局で勝負が着いた。首位対決グリシュク対アロニアンは白が勝った。アンチメランギャンビットの9.Ne5 である。黒は9...h5 で応じた。08/08/14 でも触れたが、私はこれが理にかなってると思っている。
 図はよくある形で15.b3 まで。これが好手だ。代表例としては今年のジブラルタルのアコビアン対スザボを紹介棋譜にしておく。15...cxb3, 16.axb3 でa筋の開く味が良い。また、白Bg3 に引いて白Pe5 を突けば、黒馬が逃げる。すると、キャスリングした黒王に対してc2 地点からh2 地点へのラインで、白は強力な攻勢を仕掛けることもできるのである。
 アロニアンの工夫は15...0-0, 16.bxc4. Nh7 だった。上記の白の利点をすべて消した。cポーンを取られるが、黒Qxh4 で駒損にはならない。しかし、この研究手順にその場で対応しなければならないグリシュクも正確だった。白番の有利を最後まで手放さず勝ち切ったのである。見事な勝利を紹介棋譜に。
 この定跡の黒は11...b4, 12.Na4. Nxe4 の方が良いのではないか。展開が遅れそうだけど、私は気にならない。
09/02/27
 第5Rもぜんぶドローだったが、イワンチュク対アナンドが話題になった。後者が危機を奇跡的にしのいだのである。
 図が最重要局面だ。両者ともその特殊性に気づいていたろう。一見、47.a7 が当然に思えるが、これには47...Ra3, 48.Re7 の後に48...Kh6 がうまい。こんな時に黒王が白Rh8+ を許す位置に上がるのは奇異ながら、成立する。以下、白がどう指そうと、49...g6 から50...Rxa7 だ。つまり、51.Rxa7 でステールメイトなのである。
 本譜は47.Kd5 だった。47...Ra3 には48.Kc5 だ。白ルークを三線に置いたままだから、白王をa筋に近づけるだけでいい。ステールメイトの心配が無くPa7 に進められる。反面、g4 ポーンが無防備になったが、黒がこれを取ろうとして47...Rg3 から48...Rxg4 なら、48.Kc6 から49.a7 で勝ちだ。
 しかし、ここでアナンドの47...Rc3 が絶好だった。白王は遮断されてa筋に渡れない。それなら47.Kd4 と指すべきだったらしい。以下、47...Rg3, 48.Kc5. Rxg4, 49.Re5 で白勝ち、という意見があった。いやはや難しすぎる。
09/02/26
 第3Rはすべてドローだった。第4Rに進む。図はアナンド対王ゲツである。白がポーン損のうえ、陣形もガタガタに見えるが、これで悪くないという。前例もある形だ。すると、黒陣も相当ひどいのか。なるほど、生き残りの駒が一歩も動けてない。それが重要だということに、強い人は気が付くらしい。
 ここで王ゲツの13...c3 が新手になった。アナンドは14.b4 である。新手も応手も私には意味がわからない。Chess Today の解説によると、王ゲツは14.bxc3 と取らせたかったし、アナンドはそれを拒否した。14.bxc3 なら白にとってc筋の通りが悪くなる。アナンドの方針はRfc1 からRxc3 で、急がずc筋を支配することだった。結果は白の勝ち。
 ほか、アロニアン対ドミンゲスが白勝ち。絶望的な駒損の終盤をドミンゲスが延々と指し続けた。ラジャボフ対グリシュクはQ翼インディアンになった。7.d5 を突き捨てる定跡は何度も見たが、ラジャボフは6.0-0 を省いて6.d5 を取らせた。そして16.0-0-0 という新構想を披露したのである。残念ながら、これは失敗だったようで、負かされた。
09/02/23 紹介棋譜17、18参照
 第2Rは全局が面白かった。まづ、白ラジャボフに対してイワンチュクがキングスインディアンを使って引き分けた。グリシュク対王ゲツは色違いビショップの終盤になったが、駒の配置に差があり、グリシュクが勝ちきった。他の二局を紹介棋譜に。
 昨年の第6Rでアロニアンが見せた驚愕の新手9.Qa4 がカールセン対ドミンゲスで再現された。08/03/06 に書いたやつだ。あれ以来何局か同じ局面が現れ、9...a6 などが指されたが、ドミンゲスはレコと同じ9...g5 を選んだ。ただし、短考だったところがレコと違う。研究済みだ。10.Bxe5 に10...Nxe5 だったレコに対し、ドミンゲスはついに10...Qxf2+ へ突っ込む局面を出現させた。結果は短手数の連続王手だったが楽しめた。
 さらにすごい大乱戦がアナンド対アロニアンだった。形勢は二転三転したしたようである。その果てが左の図だ。B対PPPPPPPという駒割である。とっくに大差だが、44.Bxh5. g6 で私にもそれが計算しやすくなった。
09/02/22 紹介棋譜19参照
 第1Rからもう一局。ドミンゲス対グリシュクが、バイナウアー好きの私には見逃せない毒入りポーンになった。07/11/10 で紹介棋譜にしたスヴィドレルの構想が現れたのである。あの時はどこか下手くそに見えた黒の対応を、グリシュクはどう改善してくれるか。
 この定跡について08/05/01 と08/05/27 に書いた。13.Qxc3 か13.Nxc3 かで大きく分かれる。ただ、13.Rb1 という手もあり、これは手の理解が本当に難しい。ドミンゲスが得意にしていて、09/02/03 でも勝っている。今回は13...d4 に対して14.Rg1 からgポーンを伸ばし、上記の一局と重なった。Informant で検索すると1994年のロドリゲスも指している。なお、この構想の発案者はたぶん1987年のチェシュコフスキーだ。
 図から15...Be8 に16.Rg3 がロドリゲスの好手で、スヴィドレルも踏襲している。この後のBg2 が好形だ。さて、グリシュクの工夫はここで出た。15...Nd5 である。d4 ポーンを守るより駒を活かす方が良い。素人目にはそれでも白Rg3 が可能だと思うが、本譜は16.Nxd4 だった。難しい応酬の後、やや黒が良くなったように感じたが引き分けた。
09/02/21 紹介棋譜20参照
 ヴェイク・アーン・ゼーとジブラルタル。ドルトムントとビール。同時期に重要な大会が重なることは多い。ファンの関心が分散されるし、選手の招待も競合してしまうので、好ましくないと思うのだが。一日一局のペースの私にもとても迷惑なことだ。今の時期はリナレスとアエロフロートである。おまけにトパロフとカムスキーのマッチまで行われている。
 リナレス優先でいこう。日程と移動の難しさがやはり理由か、モレリアとの共同開催ではなくなった。参加者は相変わらず素晴らしい。綺羅星の名を連ねるより、むしろその中に、ヴェイクを盛り上げてくれたドミンゲスが混じってることを伝えておこう。
 初日はアナンド対ラジャボフで勝負がついた。スベシニコフ定跡で、9.Bxf6 から10.Nd5 である。05/03/02 で紹介棋譜にした後者得意の15...d5 になった。今では白の対策も進んで黒の華麗なさばきは成立しにくい。ラジャから手を変え、h7 地点を守る流れになった。解説によると、その後の駒の組み替えが黒は悪かったとのこと。私には巧妙に見えたが、それによって白ルークをd1 からd2 に上げたおかげで、白陣が堅くなったと言われれば、たしかにそうだ。以下、アナンドが優勢をがっちり維持して勝った。
09/02/18 紹介棋譜21、22参照
 Chess Informant に棋譜だけでなく解説まで掲載された日本人は誰だろう。何人か検索したが、西村裕之しか見つからなかった。1993年の棋譜を収録した第57巻が最後の例で、その一局を紹介棋譜に残しておく。好局だ。解説も一ヶ所だけ変化手順に引用した。こんなことを書くのは、08/11/21 で紹介棋譜にした小島慎也の勝局が、彼自身とコーチの解説で第104巻に載る、という話をBehind the Scene で知ったからだ。
 08/11/21 では小島がローソンに勝ったこともお伝えした。この終盤がNew In Chess 最新号で扱われた。ローソン自身が彼の連載書評欄に約2ページをかけて分析しているのだ。図が大逆転の始まりで、そこから黒の勝ちがはっきりするまでを紹介棋譜にしておく。解説手順も引用させてもらった。
 図では黒Kg7 が絶妙のところ、小島はf4 ポーンを狙って54...Ra4 だった。白王との距離を縮め、白王の守備範囲に自ら入り込んだ悪手である。それに乗じてPa7 なら勝ちなのに、ローソンは55.Ra7 と指してしまった。以下もつれてゆく。

戎棋夷説