紹介棋譜 別ウィンドウにて。
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Evans Gambit を勉強した。

10/11/08
 グールドのモーツァルトは結局全部そろえた。幻想曲ハ短調K.475 とそれに続くソナタK.457 を繰り返し聴いている。演奏者として、これらを含む後期作品は不本意な仕事であったようだ。グールドは初期ソナタを好んでいたものの、後期に関しては、モーツァルトのソナタ全集を完成させるための義務感だけで演奏した、とのこと。
 おかげで、グールドによる後期ソナタを酷評する人は多い。しかしだ。「義務感だけで弾くグールド」をあたかも「やる気の無い日のリヒテル」と同列であるかの如く見なしてよいものか。私見では、「義務感だけで弾くグールド」は「死にかけのギレリス」と比べても遜色無いように思える。
10/11/06 紹介棋譜参照
 「お父さん」の中級で勝てるくらいには棋力が回復してきた。
 相変わらず「お父さん」の定跡選択は変わってる。馬鹿にはできない。こないだのシュタイニッツ・ギャンビットにしても、調べたら、アダムズが格下選手にこれをやられて負けていた。紹介棋譜に。
 名前さえよくわからんことをしてくることまである。図がそれだ。2.b4 である。Fritz 11 付属のデータで調べると、1939年にラウゼルが二局試したのが最初だった。強豪ではスパスキーとロンバディが一回やってる程度だ。たいしたことは無い。とは言え、私は考えこんでしまった。
 手の意味はわかる。黒Pc5 を牽制している。蔵書を調べたら、1923年にアリョーヒンも指していた。最初の自戦記集の第八九局だ。私と同じ意見だったのでうれしい。ただ、黒の有力策については書いてなかった。
 実戦例をいろいろ調べると、2.b3 と同様の扱いで2...Bg4 が多いようだ。ポノマリョフなんかそう指してる。
10/11/05
 「右脳のスパイス」の続報を。二〇〇二年一月号の連載第一八回まで協力詰(連載では「ばか詰」)が続いている。翌月からは羽生善治の実戦から採った次の一手になってしまった。第五回の問題を言っておこう。玉方、1二玉、攻方、1四歩、持駒、歩、これだけである。七手詰だ。
 協力詰(もっとましな名は無いのか)について書いていたら、メールをいただいて、棋士や奨励会員が何時間も悩んだ短編をふたつ教えていただいた。うち、長谷繁蔵作五手詰が素晴らしい。私は二時間考えてあきらめて、翌日ふと見てするっと解ける神秘的な体験をした。
 それにしても、モーツァルトにせよ、協力詰にせよ、このブログのレベルが落ちて一年半も経ってるのに、まだ気にしてくださる方がいる。
10/10/19
 ネットを見るかぎり、囲碁将棋に比べて日本のチェス・ファンはクラシック音楽を好む傾向が強いかも。こないだも、グールドのモーツァルトについて書いたら、さっそく情報を送ってくださった方がいらした。日本のチェスでグールド好きと言えば水野優である。チェストランス出版を立ち上げて、その第一弾としてアヴェルバッハ『チェス終盤の基礎知識』を翻訳し、アマゾンで売り出している。これはとても良い本である。薄っぺらで、英語も難しくはないから、洋書で買ってもいいけれど、やはり日本語で読みたいという人は多かろう。水野訳の本はすでに何冊かネットで公開されている。私の見たのはどれもちゃんと読めた。だから今度のも信用してる。
 この本を知ったのは、レベンフィッシュとスミスロフの名著"Rook Endings" で好著として推薦されていたからである。それに何てったって、アヴェルバッハと言えば、終盤定跡を論じた膨大な"Comprehensive Chess Endings" シリーズの著者だ。そのエッセンスを簡便にまとめた本と考えればいい。初歩的な技術から始まって、タイトルマッチの名局まで見事に解説してくれている。
 適当に開いたページから、簡単な例を御紹介しておこう。さて、図は黒番。どんな形勢判断の分析をなさいますか?結論は黒有利。勝てる。なぜ?アヴェルバッハの解説をざっとまとめると、一番の理由は、黒の方がポーンが盤の外側にあるから。そのうえ、h筋のポーンが互いに動けず、黒ポーンは白マス、白ポーンは黒マスにある。この場合、ビショップに取られる可能性がある白ポーンの方が不利だ。対して、黒の不安材料はふたつ。まづ、駒数が少ない最終盤だから兵力不足で、勝ちきるのが難しい。そして、白のhポーンを取れたとしても、h1 は白マスだから、黒のhポーンが無事ここまでたどり着くのは楽ではない。具体的な黒の勝ち手順は実際に読んでお確かめを。1...Bf6 が第一手。
 こんな風に冷静な大局観で指せたらかっこいい、と私は憧れる。愛読書だった。とにかく薄さが魅力である。初級者がちゃんと読み切れる。
10/10/15 紹介棋譜参照
 夕方六時から会議という変な日だった。ネットで竜王戦第一局を観戦しながら待った。嫁からメールが来て、自宅で衛星中継を見ているとのこと。パンツが解説なので大喜びである。私は、「優劣不明のまま、あと数分でいきなり決着がつきそうだね」と返信して会議室に向かった。実際にそんな感じで終わったようである。渡辺明の3六銀、4七金という腰の入った受けが気に入った。内閣は彼を尖閣諸島に在駐させるべきだ。
 私は序盤では味を残しながらじっくり駒を組み上げたいのに、「お父さん」は形を決めたがり、積極的でもある。図の4.e4 なんてその好例だ。話の合わない男と飲んでる気がする。とりあえず、白Pd4 を避けて4...Bc5 と指す。次に黒Pd6 で悪くない。そう思ってるといきなり、5.Nxe5 なんて殴りこんでくるのだ。あたふたしてる間に私は崩壊してしまう。
 調べて愉快なのは、名うての棋士も5.Nxe5 を受け損なってることだ。ニムゾビッチ対イエーツ(1926, ドレスデン)の黒は明らかにへこたれてる。ほんとは4...Bc5 はひどい悪手ではない。そう知ってるはずなのに、コルチノイ対ヒュブナー(1973, ゾーリンゲン)には、何か黒に錯覚があったことを思わせる。
 一番良いのは4...Bb4 だろう。5.d3. d6 にしてから黒Bc5 に引くのが賢明である。1991年のグルコ対カルポフ(レイキャビク)で黒が勝ったあたりから主流になってるようだ。黒Bc5 は1926年のニムゾビッチ対ミーゼス(ハノーヴァー、白勝)からある。現代版は黒Pa6 からPb5 の反撃が自慢だ。次に「お父さん」が4.e4 で来たら、こう指そう。
 もちろん観戦しながら私も対局していた。この日の「お父さん」はシュタイニッツ・ギャンビットだった。なんちゅう定跡を仕込まれているんだ。
10/10/14
 古いソフトで「お父さんのためのチェス2」というのを私は気に入っている。たんに対局するというだけの気軽さが良い。Windows Vista でも問題無く動く。とても安かったし。今なら中古でもっと安かろう。自宅と職場の機械に入れて、手持無沙汰の折に遊んでいる。
 レベルは初級、中級、上級、師範。昔は上級で指しており、たまに師範に勝てた、という記憶がある。今はその記憶に自信が無いほど勝てない。中級で何度も「待った」して、たまに勝つ程度だ。中盤の形勢判断は私の方が良い気がする。負けパターンは、序盤の数手で崩壊するか、クィーンの残った終盤であっさり突き放されるかだ。
 序盤をやや不利で乗り切って、中盤で優勢を築き、決め手を逃がさなければいいのである。現実は、たとえば図で1...Rb1+?, 2.Rd1. Rxd1+? なんて指してるうちに、追いつかれてしまう。みなさんは正着わかりますよね。簡単でしょ。
 私だって、「ここが決め所だ」と教えてもらえれば見つけられる。将棋なら「詰みがありそうだ」って勘が働くのに、チェスではどうしても身につかない。将棋では詰み形に関する本が豊かなのに、チェスでは少ないことが理由だろうか。
10/10/10
 ネットで調べてみると、先手による七手詰は、「詰将棋パラダイス」1973年5月号で出題され、9月号で、二十九通りの手順(詰上りの形としては十一通り)がある、とされているらしい。▲9六歩△5四歩▲9七角△4二銀▲同角不成△5二玉▲5三銀なんてのが面白い。後手による六手詰は松田茂行『将棋パズル・クイズ』(日本文芸社、1967)にあるらしい。普及指導員は講習で「話のタネ」として六手詰を教わるのだとか。
10/10/07
 十年前の雑誌を図書館で借りるのにハマっている。十年もたてば、どの記事が今でも読むにあたいするか、自然にわかるのが楽しい。逆に、今となっては馬鹿馬鹿しい記事も楽しい。
 目次にも載らない広告のページで「中央公論」に羽生善治の連載エッセイがあるのを見つけた。八月号から始まっている。電源開発株式会社の「羽生善治の一局(ちょっと)指せますか」である。「ちょっと」は「一局」のルビだと思う。エッセイの欄外に「右脳のスパイス」というパズルがある。この連載は日本将棋連盟が協力しており、たぶん、このパズルがその部分ではないか。
 最初の五回だけ見た。第一回は対局開始の駒配置を先手だけ示した図があって、「飛車と角だけ入れ替わるのには何手かかる?他の駒は元の位置に戻します」。これは簡単だろう。22手が正解。
 第二回と第三回は先手も後手もそろった初形が図だ。第二回は「後手の玉は、最短何手で詰みますか?当然、後手の協力が必要です」、第三回は「先手の玉は、最短何手で詰みますか?先月より難問です」である。これはネットで見た記憶がある。7手と6手が正解。後者は「無意味な合駒は手数に含まない」というルールを知らないと、間違える。
 第四回はチェス・プロブレムの発想が入った問題だ。玉方1一玉、5五角、攻方、2三歩、持駒、飛金という図。「普通の詰将棋ではありません。玉方も協力して最短手数で詰めてください」。3手の手順がある。
 ここまでは小手調べみたい。第五回はちょっと考えさせる。これはまたいつか。こうしたパズルの分野はあまり根づかなかったようである。こういうのが十年たった時の悔しさだ。
10/10/06
 私がモーツァルトのピアノ曲のレコードを初めて買ったのは大学生の頃だと思う。演奏家の名前も知らないので、美しいジャケットに魅かれてグールドを選んだのだった。この盤で初めてソナタ第八番イ短調K.310 を知ったのである。おかげで後にバレンボイムなどの「正しい」演奏を聴いた時はぶっとんだ。
 第八番以上に異様なのが幻想曲ニ短調K.397 だった。ただでさえ普通のモーツァルトっぽくない曲をグールドが弾くのだから薄気味悪い。はっきり言って嫌いな曲だったが何度も聴いた。他にたくさんレコードを持ってなかったからだろう。そのうちCDの時代になって、聴けなくなった。
 三十を過ぎた頃からだと思う。あの幻想曲のポツポツとした息も絶え絶えの部分が、道頓堀をさまよう小林秀雄のごとくによみがえるのである。また聴きたくなっていた。ところが、なかなか売ってないのだ。レコードと同じジャケットのCDはあっても、そこにはK.397 が無い。別の編集ならあるのだけど、それはどうも気に食わない。内田光子の立派なK.397 は持っていたけど、美しくて物足りない。脳内再生でしばらく過ごしていた。
 こないだやっとピアノソナタ全集の第四集を千円以下で見つけて買ってきた。大満足である。音質も良くなったのでは。疲れた凡人という感じの曲だよなあ。身にしみるわけである。それにしても、グールドがモーツァルトをたくさん録音していたなんて知らなかったよ。幻想曲ハ短調K.475 もある。全集を買うべきだったな。
10/10/03 紹介棋譜参照
 興味深いのがMCO-15 である。クリスチャンセンの研究を採用した。まづ、8.Nbd2. Bb6 そこで9.a4 だ。先にBb6 へ引かせてからPa4 を突けば、タルタコヴェルの狙いを実現できる道理である。図から9...Nf6, 10.a5 以下、確かに白が良さそうに見える。これを紹介棋譜に。追記黒は9...Na5 が可能だよな。錯覚して考えるのを忘れてた。
 エヴァンズを何度も試す強豪の代表がショートである。MCO-15 が出たのは2008年、同じ年にショート対サルギシアン戦(ヴェイク・アーン・ゼー)でこの手順が使われた。図で変化する。9...Nh6 だ。見事な工夫だと思う。白がクリスチャンセンの研究どおりの攻撃を進めると、白dxe5 のとき、ポーンがナイトに当たらない。そこで黒はキャスリングできる。これは黒良しだろう。だから、ショートは猛攻を諦めて10.0-0 と指した。
 この一戦は10...0-0 以下、ショートが勝った。しかし、諸君、ここは誰が見たって10...Na5 と指すべきではなかろうか。ショートもわかったと思う。翌年のフィリッポフ戦(カルカッタ)では手を変えて8.0-0 と指した。これはしかし、8...Bb6 からあっさり黒Na5 が実現する。白は良いところ無く負けた。
 そんなわけで、四日間の結論をまとめると、6.d4. d6, 7.Qb3. Qd7, 8.Nbd2. Bb6, 9.a4. Nh6, 10.0-0. Na5 で黒良し、である。じゃあ、7.dxe5 はどうかな、と思いついた。7...dxe5, 8.Qb3 である。8...Qd7 なら10/10/02 で述べた白の攻めが続く局面になる。でも8...Qf6 でだめか。
10/10/02 紹介棋譜参照
 7...Qd7 に8.a4 が駄目ならどうすればいい。MCO-06 のファインが示唆していたのは図の8.dxe5 だった。アレグザンダー対タイラー戦(ヘイスティングス、1935-6)を例に挙げている。たいしたチェスでもないのに『500局』でも取り上げられているから、8.dxe5 の可能性を知らしめた、理論的な価値の高い棋譜だったんだろう。ファインは後の好著『定跡に隠れた考え方』ではもっと力強く8.dxe5 を推している。初版は1943年で私は1989年の第三版を持っている。
 ざっとまとめると、8.dxe5 は黒が取りかえせないのが強みだ。8...dxe5 は白0-0 からRd1 で黒Qに当てる。以下、黒Qe7 白Ba3 の調子良い追い討ちがかかるのだ。8...Nxe5 は9.Nxe5. dxe5, 10.Bxf7+. Qxf7, 11.Qb5+ だ。
 だから8...Bb6 は絶対だろう。というかこれが好手なのだ。Na5 を見せて、ラスカーの発想が生きている。白はNa5 をさせない9.Bb5 か、受け入れる9.Nbd2 しか無いと思う。私は前者が好きだけど、わづかな研究例は頼りない。実戦例は後者がほとんどだ。ファインも後者を推奨している。
 Fritz 11 付属のデータベースによると、8.dxe5. Bb6 の結果は、2001年から07年まで白2勝8敗5分である。これでは衰退するはずだ。ざっと並べた私の印象はやはり、黒Na5 からNxc4 を許すファイン推奨策は、白が明色ビショップを失って、せっかくエヴァンズを仕掛けた甲斐が無い。強豪同士の棋譜としてクルノソフ対サルギシアン戦を紹介棋譜に。
10/10/01
 定跡史家なら必携の名著、1939年のMCO-06 でファインは7.Qb3 を「ラスカー・ディフェンスを回避する手」と位置づけ、タルタコヴェルの研究手順を例に挙げている。オックスフォードのチェス事典第二版でも、7.Qb3 はモーフィーが最初に指したと指摘しつつ、「タルタコヴェル・アタック」として記載している。
 7.Qb3 には7...Qd7 が絶対とされている。7...Qe7 だと、斜めからチェックがかかる。8.d5. Nd4, 9.Nxd4. exd4, 10.Qa4+ で駒損だ。ファインはそう解説してるし、タルタコヴェルも『500局』(1952年)でそう書いている。7...Qf6 も同様。
 でも実際は、7...Qe7 ならQxe4+ からBf5 の反撃が可能だから、7...Qe7 は消えなかった。白からも8...Nd4 を取らずにすぐ9.Qa4+ という改良策が出た。これはすごいことになる。9...Qd7, 10.Qxa5. b6, 11.Nxd4. bxa5, 12.Bb5 だ。ECO の小版(1999年)の評価は互角。
 まあ、それでもほとんどの人が7...Qd7 を選んできたのは自然だろう。そこで8.a4 がタルタコヴェル・アタックだ。もし、黒がラスカー・ディフェンスの型に固執して8...Bb6 なら、9.a5. Nxa5, 10.Rxa5 で切ってしまう。黒自慢のNa5 を摘み取って、白が良いらしい。ただ、この発想は今でも戦略の基本ではあるが、8.a4 自体はMCO-06 の時点ですでに疑問符がつけられていた。
10/09/30 紹介棋譜参照
 Informant 107 が届いた。ちょっと気になってた定跡番号C51 とC52 を調べる。やっぱり無かった。エヴァンズ・ギャンビットである。Informant 98 を最後に三年間この定跡の扱いが無い。エヴァンズに限らず、C5 をほとんど見かけなくなった。つまり、ただでさえジオッコ・ピアノ系の3.Bc4 が減ってるうえ、3...Bc5, 4b4 に問題が生じてるらしい。
 エヴァンズ衰退の原因は何だろう。考えてみる。その前に基本のおさらいをした。
 図は白の方針の分かれ目だ。6.0-0 なら6...d6, 7.d4. Bb6 で、ラスカー・ディフェンスになる。このPd6 とBb6 が手堅い。白Qb3 には黒Na5 がちらついて、攻めを急かされる。MCO-15 はアナンドの黒番を実戦例に挙げている。これを超えられないと白は苦しい、という結論だ。アナンドらしいスレスレの受けである。素晴らしいんで、紹介棋譜に。
 MCO-15 を読むまでも無く、ラスカー・ディフェンスが優秀であるのは古来周知のことだ。だから、もともと6.d4 がこの定跡の本線である。6...exd4, 7.0-0 と進む。7...dxc3 なら、8.Qb3 からこれぞエヴァンズという白の猛攻撃が始まる。
 しかし、である。6.d4 に6...d6 ならどうだ。7.0-0, Bb6 でラスカー・ディフェンスになるではないか。それは白困る。だから7.Qb3 が定跡だ。で、私の感触では、最近はこの6.d4. d6, 7.Qb3 で白が勝てなくなっているのである。これがエヴァンズの危機を招いているのではないか。
10/09/25
 「きことわ」の続きを。「E2-E4」について。読み進めると最後の方で、マニュエル・ゴッチングの曲であることが明らかにされる。検索すると、一般には「マニュエル・ゲッチング」のようだ。1981年録音で、発表当時は酷評されたけど、90年代になってから、その新しさが絶賛されるようになった、という。ハウス系のはしり、という感じ。そっち方面では有名な曲らしい。さっそくCDを買った。全部で59分。同じリズムの繰り返しだから、You Tube でちょっと聴くだけでも十分理解できる。特にチェスとの関連が強い曲ではない、と思う。
10/09/12
 今日の将棋は谷川浩司対豊島将之だと。これは見逃せない。局前インタヴューで豊島は、「お互い終盤が得意なので終盤の寄せ合いに注目してほしい」。にゃにおー!十七世名人と同格のつもりか?谷川先生、こんな二〇才の青二才はのしちゃってください。ところが過去の対戦成績は豊島の2勝0敗だった。いやいやNHK杯こそが本場所ですって。
 豊島の8五飛戦法である。本当に「はやく終盤になれ!」という将棋になった。第一図は△5五角まで。研究会で試し済みの手だとか。1五角なら私も見たことがある。本譜は当然8五飛が怖い。谷川は▲2三歩△同銀を利かしてから▲8五飛を打った。利かしのあたりから豊島は考え始める。谷川は最初から小考を積み重ねていた。
 当然の△1九角成にさらに利かして▲2二歩。ここで第二図△8三歩が面白い。8四香の串刺しがあるから▲同飛成は当然だが、△2九飛に驚いた。そして▲2一歩成に△3四香が鋭かったのである。3八に成られたら先手はたまらない。そうか、そのための8三歩だったか。谷川も苦戦を認め、せっかくのと金を捨てて受けるしかなかった。▲2二と、取らせて桂を跳ね、手順良く角道を開けるつもり、ところが豊島は△3八香成だった。どっちが前進流かわからない。▲3二と△同玉▲3九金打。谷川は受け一方に。
 なんとか持ちこたえて第三図が難しい。豊島の不思議な寄せが始まった。△8七歩▲同金△8六歩▲同金。狭い先手玉の逃げ道を拓いてあげた?そして▲2九竜△6五桂、ついに後手の攻め口まで拓いた。しかし、ここ第四図で解説の桐山清澄が豊島の狙いに気がつく。3八桂成、同金、7七銀だ。これを同角なら7九竜で寄る。ところが、実戦は△6四馬▲7五金が挿入された。そして、△3八桂成▲同金△7七銀▲同角△7九竜で寄った。同角が敗着だったようだ。谷川の王手は▲3二との一回だけという惨敗だった。
 で、感想戦。△6四馬は必要だったのか。必要だったのだ。谷川は、「それをいったん引かれて、、、」とあきらめた風に語尾を弱めた。もし、△6四馬を省いて7七銀から7九竜を指したらどうなっていたか?第五図がそれだ。▲4二香△同玉▲5四桂△同歩▲3四桂、、、以下詰んでしまう。一方的に攻められてたようで、谷川は狙っており、豊島はそれを見越していたのである。言われたまんま、終盤の寄せ合いに注目してしまった。脱帽。
10/09/11
 昨年の純文学の新人で最も注目されたのが朝吹真理子である。デビュー作でBunkamura ドゥマゴ賞まで穫ってしまった。「新潮」九月号に「きことわ」を発表している。チェスが出てくるのでそこを紹介しておこう。

「これかけていい?」
 和雄がカセットテープをかえる。聞き覚えのない音に春子が曲名をたずねる。
「E2-E4」
「チェス?」
「そう。棋譜が音楽になってる。E4からはじまってステイルメイトで終わる」
 和雄はこの曲がどのような棋譜になっているのかを想像するのが愉しいと言った。しばらく曲を聴いていた春子は、「じゃあ、C5」とブラインドチェスのまねごとをはじめる。「またその手ですか」と和雄がすぐに応え、ふたりは数手やりとりをすすめたが、「もうわからない」と春子がハンドルから手を離し、あっけなく降参した。ボビー・フィッシャーの書いたチェスの入門書まで貸したのにいっこうに春子は上達しないと和雄はごちる。 

 以上である。こやつ、フィッシャーも1...c5 も知っとるやんけ。対する私は「曲」を聴いたことがない。たぶん実在すると思うんだが。
10/09/06
 先月に今敏が亡くなったと聞いて思ったのは、「インセプション」を観に行こう、ということだった。「パプリカ」とちょっと似た設定だからである。他人の夢にもぐりこんで、介入し、ある観念を植え付けてしまおう、という映画である。その標的となる人物の名は「ロバート・フィッシャー」だった。また、「トーテム」という小道具があって、それを使って夢と現実を見分けるのだけど、ある登場人物のトーテムはビショップの駒だった。ノーラン監督もチェス族かな。
 嫁がまた変なものを教えてくれた。仏式のクリスマス法要だ。よく聞くと、「サンタ菩薩」とか「めりくりそわか」とか言ってる。坊主がボーズのヘッドフォンを使ってるところも芸がこまかい。結婚相手は趣味より悪趣味を共有できる人を選ぶべきだろう。
10/09/03
 花田長太郎『将棋の急所(平手篇)』(一九三八)なんてのも読んだ。我ながらたくさん集めたもんだ。この書名を聞いても『現代将棋の急所』が浮かばぬ人は多くなったことだろう。『将棋の急所(平手篇)』は薄いながら、相掛りを中心に、横歩取り、振飛車や鬼殺しまで、当時の序盤定跡をけっこう詳しく解説した本である。児玉屋組という聞き慣れない戦法も解説されている。ひねり飛車の祖形だった。なお、花田は横歩を取らせる後手の可能性に賭けたパイオニアの一人だ。
 この本を買った理由は天竜寺の自戦記が載っていたからだった。南禅寺ほど記憶されてないので貴重だと思う。読んでみると、後世からは大差の勝負と言われているものの、花田は自分が数々の緩手や落手を指したことを責めている。対局中もそれらを悔やみながら指していたらしく、やはり大変な将棋であったようだ。
 十六年ぶりに指す対局相手については、「歳よりもずつと若々しい感じで以前の氏とそんなに変わってゐないやうに思へました。そしてとくに変わつたと思へるのは、落ちついた物静かな態度になれたことでせう」。最後のは「なられた」の誤植かもしれない。
 問題の初手については、「▲七六歩に対し△一四歩は意外でした。全然予期せぬ手ではありませんでしたが、木村氏に△九四歩であつただけに不思議の感に打たれました。(略)私の興奮はくすぐつたいやうな、そして何か柔いものにでも触れたやうな甘い感じでした。実を云へば△一四歩を技術的に考へると策に凝らぬ恬淡な手法のやうに思へたからです」。平仮名の「くすぐつたい」は本では漢字を使っている。
10/09/01
 帰省してた。実家には大量の棋書を置いてあるので、滞在中はこれを読みふける。今年は倉島竹二郎『近代将棋の名匠たち』(一九七一)だった。戦後の名人戦を、やくざの親分が盤側で観戦する話があった。相撲界も将棋界も似たような面はあるはずである。また、「錯覚いけない、よく見るよろし」について、こんなことが書いてあった。「敗戦の様相がまだ深刻だったその当時、第三国人が街頭でおおっぴらに煙草の箱に印をつけたインチキ賭博をやり、ひっかかった連中から金を巻き上げる際に必ずいった言葉だそうだ」。これをそのまま受け取ると、この有名な自嘲の内には、「自分はだまされた」という被害者の気分もまじっている、ということになる。
 帰省する前にフリーセルは200連勝にしておいた。もっとも、「元に戻す」を使ってしまったので価値が無い。それでも使わない記録は更新して73連勝までいった。
10/07/25
 コンピューターを使うようになったのは1998年だったか。職場で否応無しだった。フリーセルばかりやっていたような。69連勝が最高だった。双葉山と同じだ。いま久しぶりに再開している。さっき54連勝して千代の富士を超えた。昔より簡単になった気がしている。15分以上かかった難問を紹介しようと思ってるのに、出会わない。さっき仕上げた#32224にやや手こずったくらいだ。難解フリーセルの解法によると、やはりこれは難問に挙げられていた。なお、素人とはいえ私には将棋指しの誇りがあるから「元に戻す」は使えない。
 たぶん、歳とって頭が変わったのだろう。以前は、画面をにらんで、ある程度読み切ってから初手に入ったものだ。同じことしたらいまは疲れる。ふと思う。チェスや将棋の棋士は若い頃はとことん読んで、ベテランになるにつれ大局観で指すようになる。数学者ってどうなんだろう。とことん計算するタイプの天才は、歳をとっても読みを省けず、狂ってしまう気がする。
10/07/18
 先週のこと、NHK杯の将棋を見てると、嫁がイライラしている。後手番の棋士が、相手の考慮中に駒の位置を何度も整えるのだ。盤上にその手つきがチラチラして画面が見づらい。当然、先手番の棋士の思考も乱れるだろう。嫁「そんなことまでして勝ちたいんか」。
 チェスの歴史を思い出しながら私は言った、「いや、そんなこと気にする方が弱いよ」。嫁はそこそこの勝負師気質を有している。すぐに理解した。嫁「あ、気にするからあたしのメガネ君は上にいけないんだ」、私「たしかに気にするタイプかもな」。メガネ君とは山崎隆之だ。二年前の大盤解説以来、嫁は応援してる。もちろん、「矢内さんをあきらめます」も好感度を上げている。
 しばらく番組そっちのけで盛り上がった。嫁「パンツなら気にせんな」、私「そうそう。将棋だけに没頭してそう」。嫁は三浦弘行を「パンツ」と呼んで愛している。でかいサルマタをはいてるように見えるのだろう。嫁「猫おじさんもそうやな」。加藤一二三である。猫好きの嫁は彼の野良猫裁判を支持している。それにしても棋士に詳しくなった。こないだも有吉道夫の引退番組を録画して私に見せてくれた。将棋棋士は魅力的な個性がそろっている。
 私「羽生善治なら、チラチラに気づいても、そんな相手を軽蔑するだけで、逆効果だろうな」、嫁「わかた、竜王もそっち系や」、私「うん、渡辺明は軽蔑がハッキリ顔に出るところが羽生とは違うだろうけど」。「ぢゃあ、あなたの谷川先生は?」と嫁が問う。「あの人はすごく気にする、でもな」と私、「それを補って余りある才能があった」。思わず過去形で言ってしまった。
 そんなこんなしてるうちに番組は勝負がついてしまった。穴熊の後手番が負けて良い気分である。おお、来週は里見香奈だ。嫁「あ、出雲のなんとかチャン」、私「イナヅマ」。相手は小林裕士だ、私「勝てるかもよ」。というわけで期待して今週も見た。しかし、惨敗。仕方なく、先週の話を書いた次第である。
10/07/12
 最近のネットで感動的な達成がふたつあった。ひとつは、チェスの玉手箱で昨年から続けられていたHorowitz のFrom Morphy to Fischer (1973) の翻訳が完結したことだ。知ってる棋譜が多かったので、私は対局事情や背景に関する部分だけ読んでいた。たいへん勉強になった。原本を持ってないことがだんだん恥ずかしくなり、とうとうこないだアマゾンで古書を買った。海外の古書店に日本語で注文できる時代になってることにも驚いた。
 もうひとつは、水野優によるチェス人名日本語表記集だ。スウェーデン語やリトアニア語やハンガリー語や、いろんな言葉の発音を調べて、膨大な量のチェス棋士名のカタカナ表記を作ってくれた。私のようなフレンチ・ディフェンス・マニアには、Winawer をヴィナヴェル、McCutcheon をマカチョン と読めるようになったのがうれしい。
10/07/10
 おむつ以外の我が家の育児用品はほとんどがもらいものである。育児書、ベッド、乳母車、ガラガラ、幼児服、チャイルドシートなどなど。もらってばかりで恐縮なので、お返しの品を嫁がいろいろ工夫してさがしてくる。こないだは、どうぶつしょうぎを日本女子プロ将棋協会に注文していた。振込先は「日本将棋連盟」だったという。ほんまかいな。自宅用にも一品買ってくれたので、さっそく対局してみた。シンプルなのだが意外に深い。勝負所は真剣に読んだ。子供の遊びと思わずにみなさんもお試しあれ。将棋を知らない人でもすぐ誘うことができる。
10/07/03
 囲碁ファンが冲方丁『天地明察』を読んだらどう思うだろう。私は最初の数章で読むのをやめた。少年時代の道策が出てくる。私は谷川羽生といった将棋の天才少年を見てきた。十代から特別な人だった。冲方の道策はそこがぜんぜん書けてない。道策だけでなく、主人公の渋川春海(安井算哲)はもちろん、人物がみんな薄っぺらに思える。これは私の基準が厳しいのかもしれない。けど、それを差し引いたとしても、登場人物たちから江戸時代の人間らしい思考や感情が匂ってこない、と客観的に言えるだろう。
 当時の人が算額を解く気分と、現代人が受験数学問題集を解く気分では違うと思うんだけどな。たとえばチェスなら確信をもって言える。私が十八世紀のチェス小説を書くなら、現代棋士とはまったく違う脳の使い方を書く。古棋譜が私にそうしろと命ずるのだ。それが小説の面白さではないのか。古棋譜や算額を現代語に翻訳して考える人間にはわからないのだろう。
 数学で思い出した。小林秀雄と岡潔の対談『人間の建設』が文庫になった。これはしぶい。達人どうしの対話である。連続体仮説の独立性の証明について話してるんだろうな、と思える部分があった。岡潔はこの証明が気に食わないらしい。ある公理系に連続体仮説を加えてもまたその否定を加えても矛盾は発生しない、というのが、彼の感覚ではありえないことのようだ。素人の私は、「打歩詰めを認めても禁止しても、競技としての対局ルールは成立するようなもんだ」くらいに思っていたので、岡の危機感が不思議だった。そんな異質の気分が面白いのである。
10/06/02
 杳として行方の知れぬ畏友が久しぶりにメールをくれて、『鈴木善人翁の足跡』という本ができた、とのこと。鈴木善人(よしと)は明治の小諸で活動していた長野を代表する碁打ちである。信州は江戸期から碁の盛んなところで、嘉永三年の番付を見ると、四百人ちかくの名が並んでいるうちの二十名も占めている。江戸尾張に次ぐ囲碁王国であった。特に小諸藩は公称一万五千石ながら実質は三万石の豊かさがあり、技芸学芸を育む気風を持っていた。善人は江戸の生まれで井上家や本因坊家で修業し、尾張の囲碁役鈴木家の人となり、幕末に信州を訪れ、気に入ったのだろう、明治の初めに小諸に居ついて、多くの弟子を育てた。一八九九年に七十二歳で亡くなった。
 善人の記念碑が一八九四年に建っている。その建立に協力した人々は、地主はもちろん村長あり知識人あり衆議院議員や住職などなど。地図にその住まいを印してゆくと、千曲川沿いの長野上田小諸佐久小海に囲碁を介したネットワークの存在が浮かびあがる。わづかに残るエピソードからしても、善人は穏やかな魅力のある人だったようだ。
 なんてことを本書で知ったわけである。当時の一般的な修業風景を紹介して、読者に囲碁事情を彷彿とさせる配慮もある。ほか言ってるときりが無いくらい、A4版約一四〇頁の冊子なのに、内容は充実している。読んで楽しめる編集を心がけていることがわかるが、基礎資料はしっかり並べている。畏友いわく、「出版社には逆立ちしても作れない立派な本と思います」。値段は一五〇〇円。問い合わせ先はたぶん、鈴木翁之壽碑顕彰会かな。
10/05/24
 有吉道夫はすでに引退しているはずなのだが、NHK杯の予選を勝ち上がっているので、負けるまでは現役である。七四歳とのこと。私がよく並べた有吉は三十年前の彼であり、全盛期の終りかかりだった。そして、「終りかかり」の非常に長い人だった。六〇代でA級に居たあたり、師匠の大山康晴を受け継いでいた。矢倉が得意で、玉は8八まで囲う。守りは金銀三枚、攻めは飛車角銀桂という分担がはっきりしており、この点では明治時代の将棋のようだった。火の玉流の攻め、とよく言われたが、私には非勢を必死に耐える受けが印象に残っている。駒を升目の下にそろえて並べるのが当時は珍しかった。
 昨日のNHK杯は有吉道夫対高橋道雄だった。これは見なければ。今回で六〇期の将棋トーナメントで、有吉は三十五回の出場、高橋が三十回とのこと。どっちも「みちお」で、解説によると、高橋は新四段になった最初のNHK杯の対戦相手が有吉だったという。これだけでも充分の因縁だが、大山康晴の壮絶な最期が高橋戦だったことを真の将棋ファンは忘れていまい。
 将棋は矢倉になった。後手の高橋玉が早めに入城する。そこを狙って有吉は端歩を伸ばし、早囲いにも成功し、私の眼には先攻のチャンスを得た。だから、スズメ指しを見せて主導権を握るかと思ったら、飛車を三筋にまわし、右銀を左に上げて矢倉をゆっくり盛り上げていった。
 結果は、飛車先を保留して手数を稼いだ高橋に先攻されてしまった。もちろん有吉は反発した。駒得を果たし、その時は自信があったのだろう、駒を升目の中心に打ちつけていた。昔のままだ。しかし、これが相手の猛攻を呼び込んでしまい、そのまま自分は王手ひとつかけられずに惨敗を喫して一局は終った。でも、時間を使い切り、絶望的な棋勢を最後まで必死に考え抜く姿に変わりはなかった。多くの「○○流」が棋風よりも人柄に由来している。火の玉流もそうだろう。
10/05/20
 CPUが二つあるコンピュータは、人間で言えば脳が二つある状態だとすると、つまり、チェスコンピュータとしては棋士二人ぶんなのだから、たとえばディープブルーは数百人の棋士集団なのであって、それとカスパロフを戦わせたのはいささかアンフェアであったんぢゃなかろうか、なんて疑問があったのだけれど、こないだ斎藤環『文脈病』に、「回線でつながれた二台のコンピュータは、一台とみなされるべきなのだ」とあるのを読んで、やっぱそうだよなと思いながらも、あれっ、するってえとネットの海に潜った草薙素子はもう彼女ではないんだなあ、と今度はそっちが心配になってしまった。
10/05/09
 読売新聞の将棋欄がほとんど唯一の私の将棋になって久しい。今朝まで掲載されていたのが竜王戦の阿部隆対松尾歩だった。からの阿部の構想が素晴らしい。後手なんてどうでもいい、先手の手順だけ挙げておく。▲6八銀▲5六銀▲6七銀上、そして▲1八角である。銀型を悠然と整えて、仕上げが遠見の角だ。6五歩を突き捨てて6四歩、という筋で後手玉を直撃している。松尾は△6一玉と引くしかなかった。観戦記の言うとおり、玉飛接近の悪形を強いられた。
 そんでもってまあ、でも最後は阿部が負けるのだ。いかにも阿部らしい一局ではないか。
10/05/05
 十年前の若冲展あたりからだと思うけど、日本古美術の展覧館が混むようになった気がする。一九九七年の興福寺展はゆっくり観られたものだ。同じ上野で昨年にやった興福寺阿修羅展には八十万人が押し寄せた。阿修羅像の有無の違いが大きいのはわかるけど、展示品全体のレベルは興福寺展の方が充実していたはずだ。そんなわけで長谷川等伯展は二の足を踏んだ。
 もっと昔はピカソに人が集まったものだ。一九七七年の上野展の大混雑は忘れがたい。十五歳だったなあ。もちろん印象派も人気があって、私はルノアールのイレーヌ像とか好きだった。親に画集を買ってもらったものの、印刷に不満足だったのを思い出す。いまこの絵が大阪に来てる、というので懐かしくなり、中之島の国立国際美術館に出かけた。やはり本物は素晴らしかった。ネットの画像ではいまざっと検索しても、でぜんぜん違ってしまう。いちばん近いのはイかなあ。
 美術館では常設展や併設展を観るのも楽しみである。フォンタナの名品や会田誠「滝の絵」に再会できた。ベンヤミン以後の作品とはいえ、前者は複製が簡単ではない。また、後者は複製してもほとんど画質に変化が無い気もするが、なんといってもでかすぎる。やっぱりどっちも本物を観ておかないとだめな例だろう。「滝の絵」はまだ未完成なのだとか。六月に公開制作が予定されている。会田について、嫁は「巨大フジ隊員vsキングギドラ」が嫌いではないと言っている。
10/05/01
 せっかく夜泣きを鎮めたのに、六時になっても自分の眼が冴えてしまって眠れない。何か書こう。阿部和重『シンセミア』にチェスがちらっと出てくる。将棋の方がふさわしい場面なので作意がわからず違和感があった。先日、久しぶりに畏友からメールがっあって、「小説『天地明察』はご存じでしょうか」。渋川春海が主人公なんだそうだ。キャッチコピーは、「戦国時代の終わりを告げる「国産暦」−20年に及ぶ大事業は、ひとりの碁打ちによってなされた」。私も受信してすぐに更新すれば格好良かったのだが、もたもたしてるうちに本屋大賞が決まってしまった。

戎棋夷説