紹介棋譜 別ウィンドウにて。
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バクーは三人の同点優勝。ソフィアはイワンチュクが大爆発。

08/06/03
 目の覚めた嫁が言うには「夢で『飾窓の女』を見た」、そして「西田敏行が主演だった」。ああ、それは私も見たかったなあ。日曜は彼女の実家の家族と山崎に遊んだ。サントリーの工場とアサヒビールの美術館がある。私は後者のモネが大好きなのだ。睡蓮が何枚もあり、展示も素敵で、大画面の筆遣いへキートンのように一体化する気分で鑑賞できる。この日はカンディンスキーのコンポジションNo.22にも逢えて大満足だった。
 往還の阪急電車では談笑もせず第四十番に没頭していた。直観では初手3六香であるが、3七香の方が得にも見える。けれど、どっちもうまくいかぬまま帰宅してしまった。そのうち、もう一つの可能性が見えてきた。それが正解だったのだが、その先はもう自分には無理だと思った。一日で解く、という不相応な了見は止そう。中途半端で忸怩たるものがあるが『禁じられた遊び』の話題はこれくらいにして、チェスに戻ることにする。
08/06/01
 更新を気にせず一日すごしてしまった。欲しかったDVDが最近は急に出始めているのだ。ブレッソンのBOX がその最たるものだが、他に一昨日は「飾窓の女」が届いて二十年ぶりに鑑賞し、昨日は「81/2」が届きついにこの名高い映画を見た。もうしばらくしたら「エル」が届くだろう。Fritz とも遊んだ。初手Nc3 なんてふざけた真似をしてきた。私の1...d5 に2.Nf3 である。ほぼ同棋力の設定だが、負ける気がせず楽勝だった。とは言っても一時間は使った。
 夜も更新を怠けて『禁じられた遊び』第二章の第一番で時間をつぶした。初手3四桂か2一角成か1四桂かで悩む。これは三手目でも悩むということでもある。ものすごく時間がかかったが、その目星がつけば、あとは考えなくても勝手に目が詰めた。さっそく解説を読む。初手は「まあ当たり前」、三手目は「ほかにやりようがない」。おっしゃるとおり。私はどうでもいいところで考え込んでいたんだ。空しさを抱えたまま第二番に進んだので、さっさと答えを見てしまった。後悔した。相変わらず弱者に非人情な解説だったが、作意は解答者の心理を欺く面白い問題だった。頑張って考えれば解けたかもなあ。
08/05/30
 続いて、毎日新聞の書評って何だ、と調べると珍しい、詰将棋が採り上げられていた。巨椋鴻之介『禁じられた遊び』である。担当者を見ればなるほどで、若島正だった。「そこに収められた圧倒的な作品群もさることながら、それを緻密で分析的な言葉で語ったという点で、おそらく初めての「批評的」な詰将棋作品集となっている」。たしかに巨椋自身による「解説の部」が充実しており、「フィギュールの美学」が語りつくされている。斎藤夏雄ブログでも解説への賛辞が記されていた。
 驚いたのは巨椋鴻之介が佐々木明だったことだ。渡辺一民と組んでフーコー『言葉と物』を訳した人ってわけだ。私には解けっこない詰将棋集だが、こりゃあ買うしか無いよなあ、と思った。
08/05/29
 「現代思想」に酒井隆史が通天閣をめぐる連載をしており、先月号から「王将」という題で阪田三吉を論じている。私は三吉自身が書く「坂田」で通してきたけど、酒井や畏友は戸籍表記の「阪田」だ。そっちが適当なのかな。
 四月号の記事から一点だけ紹介しておこう。私は1948年の映画「王将」のセットについて05/02/13 で書いた。酒井によると、あの風景が見える位置は実在しないらしい。何より、通天閣自体がまだ存在しない時代の出来事が描かれているのだそうな。他にも示唆多い論考である。
08/05/28
 New In Chess の本年1号でも、ティマンが13.Nxc3 を最も有望と述べている。とにかく、強豪たちが毒入りポーンを見直しつつある。きっかけは2005年アエロフロート大会カリャーキン対倪華の黒勝ちだろう。08/05/01 の基本形は、2001年から04年までの強豪同士の対戦では二局しか現れてないが、05年から現在までは十四局だ。計十六局のうち、13.Qxc3 は三局、13.Nxc3 は十一局である。ちなみに私は今世紀の棋士ならレイティング2500以上で棋譜検索の価値がある「強豪」に認定している。
 こないだ畏友から短いメールがあって、「現代思想5月号、また、毎日新聞5月4日付書評欄を見よ」。
08/05/27 紹介棋譜1参照
 アメリカ選手権にシャルマン(シュルマン?)が4勝0敗5分で単独優勝した。いつもあまり触れない大会だけど、ベセッラ・リベロ対シャルマンがフランス定跡毒入りポーンになったので紹介棋譜にする。やはり08/05/01 と同様13.Nxc3 だった。
 しかも今度は21.Ba3 を見せてくれたのだ。多くの定跡書で例示されてきた1988年ビール大会ホルト対ノゲイラスの手である。それは21...Bc6, 22.Qc3 で図になり、以下22...Qa7, 23.a5 と進んだ。黒Qが引いたおかげで、ホルトに面白い攻め筋が生じた。変化手順に含めておく。それでも優劣不明が定説だ。
 本局は20年ぶりに図が現われ、シャルマンが新手を出した。Qを引かない22...Rg4 である。Rを二本ともK翼に投入できる好手だ。対して23.h6 は新手に良さを発揮させた疑問手だった。最後はシャルマンが即詰みで勝っている。
 私の直観で最善は23.a5 だ。Fritz も同意見である。その後の見当が付かず、優劣不明に変り無さそうだが、ビールの局よりも黒に見込みを感じる。いよいよこの定跡の復活を宣言したくなってきた。
08/05/26
 我が家には本があふれている。『液体』『静物』『僧侶』『あむばるわりあ』『第三の神話』『失われた時』『ミロ』『ミロの星とともに』『瀧口修造の詩的実験』などが初版で揃ってる。『静物』には吉田一穂への、『失われた時』には金子光晴への、それぞれ著者直筆の献辞まである。こんなものに青春を捧げたから結婚が遅れたわけだ。
 結婚の障害になったものは、すなわち結婚生活の障害でもある。「本は嫌いじゃないわ」と嫁が言うには、「けど、どうにかして」。どうしよう。06/10/10 にも書いたとおり、不要な本は実家に送った。もう追加は無理だろう。手元には大事な本ばかり残っている。もちろん抵抗は無駄だ。リストラを告げる社長の気分で本の整理をした。心身ともに疲れたので今日はこのくらいで。
08/05/25 紹介棋譜2参照
 最終日である。トパロフ対ラジャボフは黒の戦いぶりに注目すべし。図でなんと15...Qxf5 だ。ラジャまでがダナイロフに雇われたのか。このあと黒Nc2+でKR両取りが実現した時にも、みすみすRを逃がしてしまうのである。
 いやはや、しかし、真相を言うと、ラジャボフは駒損の回復など眼中に無かったのである。黒駒を敵王に集中させ、トパロフをほとんど強制的な引き分け手順に引き込んだのだ。紹介棋譜に。
 チェパリノフ対イワンチュクの棋譜も並べた。チェパリノフが勝とうとした感じが伝わった。それが無理だったのもわかる。最後はヤケクソで駒を捨てたような自爆をして投了した。
 イワンチュクがスポンサーの意向を吹き飛ばした。6勝0敗4分の治外法権的優勝である。二位に1点半の差をつけた。レーティングに換算すれば2977になる。当分破れない数字だろう。
08/05/24 紹介棋譜3参照
 第9Rはト祥志が頑張った。Chess Today によると両者で変なチェスだったらしく、Fritz で調べてそれもわかる気もしたけど、私の目にはトのQ翼のさばきがゴチャゴチャして面白かった。で、彼の勝局を初めて紹介棋譜に。トパロフがしくじった思われる所を一個所だけ変化手順に加えた。これで首位との差は1点差に開いた。ただし、最終日はトパロフが白である。イワンチュクは黒番だ。しかも相手はチェパリノフである。兄貴のために奮戦するだろう。
08/05/23
 後半戦のイワンチュクは引き分けを続けた。代わってトパロフの追い上げが始まる。第6第8Rに勝って半点差まで迫った。第7Rに二人の直接対決があったが、白番の余裕があるイワンチュクは穏やかな定跡で収めてしまった。
 首位者のこうした消極的な態度が凶と出ることがある。図は第8Rで黒イワンチュクの終盤だ。ルークがa筋から動けず、ポーンはバラバラ、「言わんちゅっくない」という駄洒落が洩れる非勢に陥っている。白がクラムニクだったら観念するより無かったろう。けれど、相手はト祥志だった。
 Fritz は44.Ke4 を推奨。その手順を進めると、Q翼ポーンが交換され、白王がb筋まで移動し、この方面での優位をきれいに高めていく。でも、実戦は44.Rc5+. f5 だった。これでも悪くないだろう。45.b5 からパスポーンを作れる。また、Rc5+ である以上、そうするつもりでなければならない。けれど、実戦は45.Rc6 だったのである。
 この後は解説不能だ。イワンチュクのルークはe2地点までのワープに成功し、50.Rxa6. Rxf2 の時点では互角と言うより無く、61手で引き分けることになった。
 チュッキーは運が良かったのだろう。けれど、この様子では追いつかれるかもしれない、そう私は思っていた。
08/05/22 紹介棋譜4参照
 調子に乗ると手を付けられないのがイワンチュクである。第5Rではアロニアンを圧倒し、全勝で前半を終えた。アロニアンはト祥志と一緒の最下位で全日程を終えることになる。
 トパロフ対ト祥志は両者得意のスラブになった。6.Ne5 から7.f3 の流行については07/07/29で書いたことがある。今回は古くから見慣れた6.e3 から7.Bxc4 になった。図まで進んで9.Nh4 が素人には覚えやすい定跡だが、本譜は9.Qe2. Ne4 だった。これもよく本に載っている。でも、続きが10.Ne5 だったので驚いた。10...Nxc3 で白駒損ではないか。ところが実戦は10...Nd7 だった。なぜ?以下、白が中央を制覇して好形を築き、見るからに難なく勝ちを得ている。
 流行りそうな気がするから紹介棋譜に。ただし新手ではない。10.Ne5. Nxc3 にも2001年の前例があり、無名棋士の対局ながら私の疑問に答えてくれているので、変化手順に加えておく。
 昨日の対局時計の謎を嫁に問うたら、あっさり解いてしまった。ただし、チェスや将棋を知ってる者にとっては無理なことが起こってる、と考えねばならない。で、私は疑問に思ってしまったわけだ。もちろん面白ければそれでいい。
08/05/21
 テレビを見ない私だけど、「相棒」という推理重視の警察ドラマは知ってる。温厚な内に熱い正義感を秘めた堅物の主人公が魅力的だ。これを演じる水谷豊が、トカゲのような低温動物を思わせる役作りをしていて、妙な好感を集めている。長い副題が付き、「劇場版 絶体絶命!42.195km 東京ビッグシティマラソン」として映画化された。チェスが出てくるとのこと、観に行った。
 結論から言えば、チェスの出る日本映画としては最も楽しめた。ガラスのセットが使われている。それでないと視覚的に伝わりにくい要点があるので、考えた小道具だった。将棋で似た趣向の作品には07/03/18 で触れた「変化如来」がある。でもガラス製の将棋盤は考えにくいもの。他にもチェスならではの特性が活かされていた。
 何より、犯罪捜査にチェスが役立つこともあるんだな、という誇らしさが心地よい。ただ、見終わって、あの犯人が対局時に時計を使いながら駒を操作していたのを思い出した。そこがちょっと不自然かな。少なくとも必然性が弱い気がする。いや、私の考え違いか。どうしてもネタバレになるから、ここは嫁と議論しよう。
08/05/18 紹介棋譜5参照
 昨日は久しぶりに仕事の無い土曜だったので、Fritz と遊んだ。Friend mode のハンデ -46で、私は白番である。要するにどっちも弱い。私は機械が引っかかりそうな長手数の罠を仕掛けて、これが運良く決まり、終盤ではQ対RNの駒得になった。けれど、実戦経験の無い者の欠点が出る。寄せ方がわからないのだ。大雑把に駒を動かしているうちに、最後は技を喰らって引き分けてしまった。
 図で私は38.f5 を指した。駒数を減らし、しかも、38...gxf5, 39.Qxf5 で相手の陣形も崩せる。実戦もそう進んだ。けれど、局後に調べてみると、Fritz はあまり感心してくれない。彼の推奨する手順は、38.Qb7. Nf8, 39.b3. f5, 40.c4 だった。「パスポーンを作り、a6 を孤立させよ」とおっしゃる。
 充分納得できる力が無いが、Fritz の方が正しいのだろう。少なくとも簡明に見える。みなさんなら?
 ソフィア第4Rからはイワンチュク対チェパリノフを紹介棋譜に。キングスインディアンの古典定跡で、24手まで私の持ってる本に載っているとおりだった。1997年にナンが書いたものだから、ずいぶん長く研究されている。17手までは1966年の第二回ピアティゴルスキー大会ラーセン対ナイドルフと同じである。大会本を調べると、ラーセンは11...f5 で形勢に強い自信を持っている。17.Qc2 が自慢の一手で、「最も自然で、きわめて強力だ」。本当はQb3 が第一志望なのに、c2地点に途中下車する一手損戦法である。狙いは17...Ne8 を強要することで、つまり、このナイトはまたf6地点に戻らねばならないから、黒に二手損させるわけだ。
 しかし、ラーセンの自負とは裏腹に、未だに結論が出ない型である。今回も優劣不明としか言い様が無い。最後はパワーと勢いに勝るイワンチュクが勝っている。
08/05/17 紹介棋譜6参照
 第2Rにはトパロフ対イワンチュクという優勝争いに関わる大一番があった。フランス古典定跡で白がわざと一手遅らす趣向を凝らす。図のa3 にその痕跡がある。結果論だと思うが、それが傷になった。
 黒馬の駒繰りが面白い。Pb3 がよく働いて今は動けず、それでQxc2 と取れない。イワンチュクはひとまず20...Nd7 に引いた。白Bd3 に黒Nc5 の予定だ。だから、c2 地点はやや不自然な21.Ra2 で守るより無い。そこでさらに21...Nb8 へ引くのである。22.0-0 に22...Nc6 へ出直すと、浮いた白ルークを狙うNb4 が見えてきた。これを防ぎようが無く、トパロフはQ翼を放棄せざるを得なかった。
 本局は黒が優勢になったこの後、白がK翼で反撃してゆく迫力が良い。解説によると互いにミスが出たようだが好局だった。何回かの攻め急ぎがトパロフの敗因らしい。
 第3Rのト祥志戦にも勝ってチュッキーは止まらなくなった。トの序盤のポカで瞬時に勝勢を得ている。
08/05/16 紹介棋譜7参照
 ソフィア大会でブルガリア人が優勝したら10万レフ(約830万円)の賞金が与えられるそうだ。ダナイロフとその金づる二本は燃えているだろう。私ならこんな大会には出ないが、アロニアン、ラジャボフ、イワンチュク、ト祥志が招きに応じている。外国人の優勝にはヨーグルト一年ぶんとか?
 棋譜は初日から素晴らしく、三局すべてで勝負が着いた。ラジャボフ対イワンチュクは後者の勝ち。ポーンを押さえ込む技術に見所を感じた。チェパリノフも勝った。イギリス式攻撃で、Pg4 を後に回しキャスリングを急ぐ型である。レコやポルガーが得意のハンガリー流ともいえる。黒が負けたものの10...a5 という対応が面白い。どくぜんてきブログで解説されていた。
 けど選ぶならアロニアン対トパロフだろう。図から36...Re3 である。黒Qg3+を成立させるためであることはわかる。それより後が華麗なのだ。Qも捨ててしまう。そして、一息つく頃には、駒得になっている。
08/05/15
 今週から本欄は六年目に入ってる。記憶力が低下しており、ひと月も過ぎると書いたことを忘れてる。おかげで読み返せば新鮮で楽しい。これほど私の性に合った書記者はちょっと見つからない。私のような低棋力でも書ける日録だと思っていたけど、私だけしか書けない気もしてきた。
 反面、書き始めの頃とは違って、「書き残しておくと後で便利だ」という私個人の事情よりは、「記述しておかねば」という年代記作家のような意識が強まっている。だから、後悔してるとすれば、2002年のプラハ合意から始めておけば良かったなあ、ということだ。そしたら、今世紀初頭のチェス界の流れを書ききれていたろう。ただし、これはネット人間特有の誇大妄想である。
 この五年で本当に私の考えが変ったのは、キルサン・イリュムジノフへの評価である。前世紀の私は、彼をチェスの歴史を汚した会長としか思えなかった。悪行は悪行として今も許す気は無い。でも、プラハ合意の精神を最後まで一度も放棄すること無く貫徹し、棋界の統一を成したのは、カスパロフでもクラムニクでもなく彼である。前世紀の後始末として、彼はせざるを得ないことをしただけだ、とも言えるが、それをしたのはやはり偉大だろう。
 これから気になるのは、我々はいつまで彼に頼るのかだ。彼個人の威光や資金で大会が成立するのはやはり不健全である。実はそれは03/08/20 にも書いたことで、となると結局、私は何も変ってないらしい。そんなわけで今までと同様、明日からはソフィアを語りたい。
08/05/14
 ソフィアの大会が始まっている。前半5Rを終えてイワンチュクの大暴走が止まらぬ模様だ。十日も前に終わった欧州選手権は、最終日でサトフスキーを下したティヴャコフの単独優勝だった。6勝0敗5分である。どうしても紹介しておきたいというほどの棋譜が見つからないのが物足りない。女子はラーノが優勝した。
08/05/13
 そりゃあ私だって名人戦第三局の話をしたいさ。廃止が決まった大日本モロゼビッチ賞だが、第四回を遅ればせながら羽生善治に贈ろう。
08/05/12 紹介棋譜8参照
 最終日である。案の定、カールセンが疲れきったバクローをボコボコにした。黒番で主導権を張り合って、25手くらいで完全にペースを握り、後は思うがままだった。
 たとえば図である。Q翼で戦いを起こしたカールセンが、目先を変えてg筋からもポーンを突っかけた場面で、バクローはあちこちの火消しにてんやわんやだ、37.Rg6まで。ここでまたカールセンの目はa筋に飛ぶ。37...a5 だ。もうついてゆけないバクローが38.Rxg4 から39.Rg3 でg筋を整えてる間に、天才は38...a4、そして39...a3+、三手も掛けてポーンを突き捨てる。でも比較せよ、ルークより速いポーンだ。かくて40.Kxa3. Ra8+ から41Kb2. Ra2+、ついに白陣は突破された。ここまで長く駒損投資の攻めを続けていたカールセンは、以下あっと言う間に資金の回収を果たし、駒得黒字に転換した。
 首位二人の王ゲツとガシモフは引き分けたので、カールセンが加わった三人の同点優勝である。ああ、弱っちくて私をハラハラさせていたあの坊やはもうどこにもいない。
08/05/11 紹介棋譜9参照
 第12Rは優勝争いに大きな意味を持った。ここまでカールセンもあまりパッとしない一人だったが、アダムスを倒したのである。これで首位に半点差だ。いきなりの浮上で私は戸惑いながらも、最終日はバクロー戦だから追いつく、と確信した。
 図はニムゾインディアンで、三年前にバレーエフが章鍾を破ってから流行している型だ。ここで10.Nf3. Bf5 が普通だったのだが、昨年にカシムジャノフが10.e3 を始め、これをカールセンも採用するようになった。ヴェイク・アーン・ゼーではポルガーに快勝している。10.e3 には利点がふたつある。ひとつは10...Bf5 に11.Bd3 で対応できること。ふたつ目は、本局がそうだが、10...Qa5+ に強く11.b4 が指せることだ。無論、11...Nxb4 から白は駒損になるが、明色ビショップの道が拓けているのでなんとかなる。
 本局の面白いところは、カールセンが黒のK側ルークを活用させたことだろう。賢い構想とは思えないのだが、計算どおりであるかのように、アダムスはこのルークの活用を誤った。盤央で捕縛されてしまうのである。
08/05/10 紹介棋譜10参照
 第9Rではグリシュクが勝って単独首位に立っている。第10Rはほとんどがドロー。参加者が疲れてきたらしい。特にバクローがひどく、残り3戦をすべて負けた。第11Rでは王ゲツがスヴィドラーを倒した。有無を言わせぬ駒得手順という印象だ。首位が二人になった。
 ラジャボフとカリャーキンに見所が無く、違和感の強い大会である。代わりに王ゲツや、御当地枠で出場させてもらったに過ぎないガシモフが頑張った。すでにカムスキーを引きずりおろしてるガシモフが、第12Rではグリシュクを撃ち落とし、再び首位組に上がったのである。面白い定跡選択から新手12.Qd3 の披露、そして優勢を決める好手17.Qxf3 から投了を強いる最後の一手まで、一流の名局だった。これを紹介棋譜に。
08/05/09 紹介棋譜11参照
 第9Rを並べているとアダムス対スヴィドラーが懐かしい形になっていた。図である。1980年代カルポフ全盛期のナイドルフを勉強した人なら、私の感覚を共有できるはずだ。h筋の突き合いが違うが、それは無視できよう。
 21世紀の諸君におじさんが問題を出すぞ。図にはルークが欠けている。白も黒もどこに置くのが良いだろう。選択肢は赤か青だ。80年代前半の大問題だったのである。白は、Nd5 を指すために c2地点を守っておきたいなら赤、いやいや、黒からの反撃Pd5 に備えたい、というなら青である。黒は、Pd5 へ打って出るなら赤、白Nd5 に備えて e7地点を守りたいなら青が好ましい。
 答えは青である。白は図からQe1 が好手になる。さらにBf3 で完全に反撃を抑え込む。本譜もそうなったが、他にRd2 からQd1 で c2地点を補強する構想もある。赤の場合、白Nd5 をすぐ実現させても、黒Bxd5 白exd5 で白e ポーンが移動した後、黒からPf5 やPg5 のような反撃を食らう実戦例が目立つようだ。黒については、赤を選ぶと白Bb6 がこわいという欠点がある。昔の私はこんな勉強をしてました。
 閑話休題。実戦は15.Qe1. Qb8 でルーク路が通ったスヴィドラーはゴキゲンだったそうだ。けれど、16.Bf3 に対する16...Rc4 が調子に乗りすぎたらしく、以下、あっさりと敗勢になってしまう。
 この、あっさりと勝ってしまう技術が、アダムスの棋風の中でも私の好きな面なのだ。最近はそんな勝ち方が少なくなってきた気がするので、本局はその点でも懐かしかった。
08/05/06 紹介棋譜12参照
 第8Rは上位三人がドローでバクーは静かだった。が、最下位争いの序盤が目に止まった。イナルキエフ対ナヴァラである。調べ始めると奥が深い。その模糊模糊をむさぼる愉悦は私だけが味わうとして、ここでは整理してお伝えしよう。お題は「マーシャル回避 9...Re8型」である。
 この型の要点は07/09/07 で解説した。サンルイのスヴィドラー対レコが重要であることも書いた。白が有望である、というのが私の意見だ。しかし、何度か見てきたように、白はせっかくの"有望形"を自分から避けてきたのである。
 図はサンルイの一局で13...Bc5, 14.Bd2 まで。スヴィドラー自身はInformant 94 で14.Bd2 を疑問手と述べている。でも、私の目には白が良い。名著"San Luis 2005" も同意見だ。そして、Informant 82 のボロガンも我々の仲間だ。a5地点の黒馬が致命傷になることを、彼は簡潔に指摘している。ただし、ボロガンの実戦譜は 9...Bc5型であり、彼の注は盤上に現れない変化手順に関するものに過ぎず、残念ながら注目されなかったようだ。
 手順、それが問題である。実はサンルイを再現しようとしても、13...Nxd5 が正着で、図にはならない。さて、9...Re8型の場合、黒はBc5の反撃を狙う。それを与えないために、白は10.a4 と指してきた。でも、ゆったり 10.Nc3、11.Bd2と指してみよう。わざと黒Bc5 を許すのだ。すると、ボロガンの 9...Bc5型や図に近づいてゆくのではないか。
 こう考えながらイナルキエフ対ナヴァラを並べると、手の意味がわかってくる。12.a4 でボロガンの実戦譜と重なった。それは12...b4 から白有利になった。12...Na5 なら図になったかも。だから、ナヴァラの12...Nd4 はよくある手とはいえたぶん正着だ。しかしこの場合、白はあっさりと駒得できるのである。そのままイナルキエフが勝って最下位を脱出した。ただし、最終結果は十三位十四位の最下位だった。同様、彼の新構想も破られるかもしれない。Fritz はそう予想している。どうなるか楽しみだ。
08/05/05
 2日の読売新聞夕刊にチェスボクシングが紹介された。畏友の得意分野でもあり、03/12/07 以来しばしば私も書いてきた。04/04/27 には『冷たい赤道』の映画化やチェスボクシング場面を紹介している。今回の新聞記事は、イップ・ルービングがこの競技を始めるまでの経緯を、日本語で書いた点が特徴だろう。事実と異なるか少なくとも不親切な記述について、言っておきたい。イップへの「日本からの問い合わせは今のところ、ない」とあるが、彼は四年前に東京で日本人を相手に試合をしている。畏友の観戦記も残っている。
 第7Rでガシモフがカムスキーに勝って首位組に加わった。それ以上に、カールセンがドラゴン定跡でラジャボフに勝ったのが話題になっている。私はこのブログを始めて五年になるが、ほとんどドラゴンを扱ったことが無い。トップ棋士どうしの重要な大会で一回も使われなかったからである。注目されたのはそのためだ。ラジャボフも忘れていたろう。定跡手順を間違っている。
08/05/04 紹介棋譜13参照
 女は見逃さない。靴下の穴とか、鼻毛の白髪とか、溌剌として指摘する。閑静な住宅街を散歩しながら嫁が、「なあなあ、今の見た?」。そういえば、道にたむろして煙草を吸うオッチャンたちが居た。楽しそうに世間話をしていた。「あのな」と彼女が言うに、車庫の中に机と椅子が並び、盤駒が三つそろい、「自家製将棋道場になってたん」。つくづく大阪は将棋が根付いている。
 第5Rは特に言うこと無し。第6Rからカムスキー対アダムスの終盤を紹介棋譜に。白が労せず駒得したようだが、図になると、ルークの働きが白は悪すぎる。どう勝つ?と進めたら、53.c4+. Kxb4, 54.c5. Kxb3 だった。あっという間に駒割は五分になり、ポーン型は黒の方が良くさえ見える。無論、白c6 も黒Rc7 で止められた。自滅?いや白h5 があったのである。突き捨てて白Kh3。アダムスは投了した。
 優勝はカムスキーだ、と私が思った気持ちはわかるでしょう。
08/05/03 紹介棋譜14・15・16参照
 第4Rは三局で勝負が着いた。マメデャロフ対カールセンは技が決まるあたりを紹介棋譜に。
 アダムス対ナヴァラは終盤を紹介棋譜に。図で31...Rd4 が面白い。以下、32.Nxb7 でも32...Rd7 で取り返せる。駒得だし黒が良いんだろうな、というのは、しかし間違いなのだ。そこが本当に面白い。アダムスの32.Rc7 が白Ree7 からのメイトを狙う妙着だった。Chess Today の解説ではマメの対応も悪かったようだが、アダムスの技が冴えたと見よう。
 王ゲツ対チェパリノフはじっくり並べたい。二人の対戦は07/12/24 でも紹介棋譜にしたから好取組なのかもしれない。今度は王の名局だ。相手の反撃を予期しながら仕掛け、相手に攻めさせながら敵駒の行き場を奪っている。やはり受けの勝った不思議な棋風だ。
 紹介棋譜の再現が出来ない方が居られるらしい。原因がわからないのが申し訳ないです。
08/05/02
 第2Rは三局、第3Rは五局も勝負が着いた。でも、私には面白い棋譜があんまり無い。そんなわけでムダ話でも。
 カップの底が見えるほど透き通ってるけど味は濃い、そんな珈琲に長く憧れていたけど、味は焙煎した段階で九割方決まっている、と聞いたことがあり、自分で淹れるのは諦めていた。
 ところが、引っ越してから近所に美味しそうな豆を使う喫茶店を見つけた。けど、味があんまりだ。自分で淹れた方が良さそうな気がして、ここの豆を買って帰り、研鑽してみたのである。
 私の得た結論を述べると、仮に上記の九割説が正しいとしても、残りの一割がきわめて重要である。豆の挽き具合、湯の温度、ドリップの手さばき、などなど、書いてるときりがない。どの工程ひとつおろそかにしても、味が濁る。
 とにかく私はきわめた。来客がひとくちすすって絶句するのを見るのが快感である。コツをちょっとだけ話すと、まづ、手挽きのミルを使うこと。それから、御存知「コピルアック」である。我が家では、私が「コピ」を唱え、しかる後に嫁と二人でアニメヒーローのように「ルアック!」と唱和する。
08/05/01 紹介棋譜17・18・19参照
 バクーの初日は二局で勝負が着いた。どちらも紹介棋譜に。まづイナルキエフ対カムスキーはブレイヤー防御で後者の勝ち。この定跡で黒がこれほど快勝した例を私は知らない。
 そしてチェパリノフ対グリシュクはフランス防御で、私が諦めつつも心から復活を望む毒入りポーン定跡になった。おお、結果は黒が勝ったのだ。他にも面白い引き分け局があったのだが、これを語らずにはいられない。
 ただ、今まであまり触れてない定跡であるだけに、話は入門篇にとどめよう。図で13.Qxc3 か13.Nxc3 を選ぶのが主流定跡で最も重要な分岐点である。何十年もその時その時で結論が入れ替わってきた。2003年のフレンチ大全、Psakhis "French Defence 3 Nc3 Bb4" では13.Qxc3 で白の有利が確定したかのように書かれている。ただ、昨年のアエロフロート大会で、この本の22...Nxg2+ ではなく22...Rxg4 という手で黒が勝った例がある。これも紹介棋譜にしておこう。そのせいかどうか、今は13.Nxc3 の方が多そうなのである。
 本局も13.Nxc3 の道をたどった。上記の本では21.Ba3 から激戦が続いて引き分けに終わった棋譜が引用されている。チェパリノフは21.Qc3 だった。ここでグリシュクが彼らしく勝負を仕掛け、その結果が吉と出たようである。これがまぐれでなければ、フランスにバイナウアーが帰ってくるかもしれないのだが。

戎棋夷説